説明

リポ蛋白中成分の分別定量用標準品の製造方法

【課題】長期間の保存後にも正確な測定値を与える、血清中に含まれるリポ蛋白中の測定すべき成分の分別定量用標準品の製造方法を提供する。
【解決手段】以下の工程を含む、血清中に含まれるリポ蛋白中の測定すべき成分を分別定量するために使用する標準品の製造方法。
(1)血清を、リポ蛋白を透過させない透過膜で透析する工程;及び、
(2)上記(1)で得られる透析後の血清に含まれるリポ蛋白中の測定すべき成分の含量を、既知量の測定すべき成分を用いて値付けする工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血清中に含まれるリポ蛋白中の測定すべき成分を分別定量するために使用する標準品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
臨床診断において、脂質項目の測定は糖尿病などの生活習慣病の予防、生活習慣の改善などにおいて重要である。検体中の脂質項目を測定する方法は数多く報告されているが、検体中のリポ蛋白を分離することなく当該リポ蛋白中の成分を測定する、所謂、ホモジニアス法が一般的となっている。例えば、ディスクリートタイプの自動分析装置にて、デキストラン硫酸などのポリアニオンを使用したホモジニアス法や界面活性剤を使用したホモジニアス法により多量な検体が連続的に定量されている。これらの方法においては、いずれも、検体中の測定すべき成分濃度の算出は、分析時に検体と同時に既知濃度の測定対象成分を含有する標準品を測定し、標準品から得られる吸光度等の情報量と検体から得られる吸光度等の情報量との検量線又は相関式を用いて行われている。
【0003】
標準品には、測定対象となる成分が単独で一定濃度又は一定含量で含有される製品形態、所謂、純品タイプの標準品の他、測定対象となる検体中の成分が他の成分と共に既知濃度又は既知含量で含有される製品形態、所謂、血清タイプの標準品が知られている。血清タイプの標準品としては、例えば特許文献1に記載された標準品などが知られている。
【0004】
血清は不安定であるため、血清タイプの標準品としては、凍結乾燥品として販売されており、リポ蛋白中の測定すべき成分の定量に用いるためには、ユーザーが純水を一定量添加して溶解し、均一に混合する必要があった。ユーザーによる純水の添加は標準品中のリポ蛋白の濃度に誤差を生じる原因となり、純水の量が規定より多いと表示された濃度より希薄な標準品になり、少ないと表示された濃度より濃い標準品となる。濃度の誤差はそのまま測定値の誤差に直結する。
【0005】
新鮮な血清をそのまま利用したものは、簡単に製造でき、標準品としても液状で、ユーザーにとってもそのまま使用できる人的な誤差の生じないものであるが、上記したように血清は不安定であるため、許容誤差範囲内で使用するには1〜2日程度の短期間しか使用することができない。また、血清をそのまま凍結したものは、凍結することによるリポ蛋白粒子へのストレスから、リポ蛋白同士の凝集や変性が進み、凍結融解後では酵素反応の反応性が元の血清と異なってしまう。
【0006】
リポ蛋白中の測定すべき成分を分別定量するための安定な標準品の製造方法としては、例えば血清に2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オンを添加する方法(特許文献2)、蛋白変成剤である硫酸グアニジンをリポ蛋白を含む溶液に添加する方法(特許文献3)、スルホ基を有する緩衝剤を添加して安定化させる方法(特許文献4)等が知られているが、高密度リポ蛋白しか安定化できない、或いは十分な安定性が得られない等の問題があった。
【0007】
長期間の保存後にも正確な測定値を与える安定な標準品が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平10−17597号公報
【特許文献2】特開平10−87693号公報
【特許文献3】特開平9−216835号公報
【特許文献4】国際公開第2006/054519号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、長期間の保存後にも正確な測定値を与える、血清中に含まれるリポ蛋白中の測定すべき成分の分別定量用標準品の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
今般、発明者は当該課題を検討し、血清を、リポ蛋白を透過させない透過膜を用いて透析することにより、又は、血清に特定の構造の化合物を添加することにより、血清中のリポ蛋白が安定に保持される、という知見を見出し、本発明を完成させた。すなわち、本発明は、以下の[1]〜[15]に関する。
[1] 以下の工程を含む、血清中に含まれるリポ蛋白中の測定すべき成分を分別定量するために使用する標準品の製造方法。
(1)血清を、リポ蛋白を透過させない透過膜で透析する工程;及び、
(2)上記(1)で得られる透析後の血清に含まれるリポ蛋白中の測定すべき成分の含量を、既知量の測定すべき成分を用いて値付けする工程。
[2] 透析膜が、分画分子量1万以上の透析膜である[1]記載の製造方法。
[3] さらに、透析後の血清に、トリメチルアンモニオアルキル−ホスホリル残基を有する化合物又はジメチルスルホアルキルアンモニオ基を有する化合物を添加する工程を含有する、[1]又は[2]記載の製造方法。
[4] トリメチルアンモニオアルキル−ホスホリル残基を有する化合物が、メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、ポリメタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、又は、メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンとそれ以外のビニル化合物との共重合体である[3]記載の製造方法。
[5] ジメチルスルホアルキルアンモニオ基を有する化合物が、3−[(3−コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]プロパンスルホネートである[3]記載の製造方法。
【0011】
[6] さらに、透析後の血清に、融点が−20℃以下のアルキレングリコールを添加する工程を含む、[1]〜[5]のいずれかに記載の製造方法。
[7] 標準品が溶液状である[1]〜[6]のいずれかに記載の製造方法。
[8] [1]〜[5]のいずれか1項記載の製造方法で製造される標準品を凍結乾燥する工程を含む、凍結乾燥標準品の製造方法。
【0012】
[9] 以下の工程を含む、血清中に含まれるリポ蛋白中の測定すべき成分を分別定量するために使用する標準品の製造方法。
(1)血清に、トリメチルアンモニオアルキル−ホスホリル残基を有する化合物を添加する工程;及び、
(2)上記(1)で得られる血清に含まれるリポ蛋白中の測定すべき成分の含量を、既知量の測定すべき成分を用いて値付けする工程。
[10] トリメチルアンモニオアルキル−ホスホリル残基を有する化合物が、メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、ポリメタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、又は、メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンとそれ以外のビニル化合物との共重合体である[9]記載の製造方法。
【0013】
[11] さらに、融点が−20℃以下のアルキレングリコールを添加する工程を含む[9]又は[10]記載の製造方法。
[12] 標準品が溶液状である[9]〜[11]のいずれかに記載の製造方法。
[13] [9]又は[10]の製造方法で製造される標準品を凍結乾燥する工程を含む、凍結乾燥標準品の製造方法。
【0014】
[14] リポ蛋白が、高密度リポ蛋白、低密度リポ蛋白、超低密度リポ蛋白、カイロミクロン及びレムナントリポ蛋白からなる群より選ばれるリポ蛋白である[1]〜[13]のいずれかに記載の製造方法。
[15] リポ蛋白中の測定すべき成分が、高密度リポ蛋白中のコレステロール、高密度リポ蛋白中の中性脂肪、低密度リポ蛋白中のコレステロール、低密度リポ蛋白中の中性脂肪、超低密度リポ蛋白中のコレステロール、超低密度リポ蛋白中の中性脂肪、カイロミクロン中のコレステロール、カイロミクロン中の中性脂肪、レムナントリポ蛋白中のコレステロール、及び、レムナントリポ蛋白中の中性脂肪からなる群より選ばれる成分である[1]〜[14]のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、長期間の保存後にも正確な測定値を与える、血清中のリポ蛋白中の測定すべき成分の分別定量用標準品の製造方法が提供され、本発明の製造方法で製造される分別定量用標準品により、血清中のリポ蛋白中の測定すべき成分の分別定量を正確に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】検体中の高密度リポ蛋白中のコレステロール測定における、吸光度の経時変化を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(標準品の製造方法)
本発明の標準品の製造方法は、血清中に含まれるリポ蛋白中の測定すべき成分を分別定量するために使用する標準品の製造方法であり、以下の工程を含む方法である。
・製造方法1
(1)血清を、リポ蛋白を透過させない透過膜で透析する工程;及び、
(2)上記(1)で得られる透析後の血清に含まれるリポ蛋白中の測定すべき成分の含量を、既知量の測定すべき成分を用いて値付けする工程。
【0018】
また、本発明の標準品の製造方法は、以下の工程を含む方法である。
・製造方法2
(1)血清に、トリメチルアンモニオアルキル−ホスホリル残基を有する化合物を添加する工程;及び、
(2)上記(1)で得られる血清に含まれるリポ蛋白中の測定すべき成分の含量を、既知量の測定すべき成分を用いて値付けする工程。
【0019】
本発明の標準品は、溶液状態でも凍結乾燥状態でもよい。溶液状態の標準品の具体例を以下に記す。
・製造方法1を用いる場合
(1)血清を、リポ蛋白を透過させない透過膜で透析して得られるもの;
(2)血清を、リポ蛋白を透過させない透過膜で透析した後、透析後の血清にトリメチルアンモニオアルキル−ホスホリル残基を有する化合物又はジメチルスルホアルキルアンモニオ基を有する化合物を添加して得られるもの;
(3)血清を、リポ蛋白を透過させない透過膜で透析した後、融点が−20℃以下のアルキレングリコールを添加して得られるもの;
(4)血清を、リポ蛋白を透過させない透過膜で透析した後、透析後の血清にトリメチルアンモニオアルキル−ホスホリル残基を有する化合物若しくはジメチルスルホアルキルアンモニオ基を有する化合物、及び、融点が−20℃以下のアルキレングリコールを添加して得られるもの。
【0020】
上記(1)〜(4)のいずれにおいても、得られた血清に対して、該血清に含まれるリポ蛋白中の測定すべき成分の含量は、既知量の測定すべき成分を用いて値付けされる。
【0021】
・製造方法2を用いる場合
(5)血清に、トリメチルアンモニオアルキル−ホスホリル残基を有する化合物を添加して得られるもの;
(6)血清に、トリメチルアンモニオアルキル−ホスホリル残基を有する化合物及び融点が−20℃以下のアルキレングリコールを添加して得られるもの。
【0022】
溶液状の標準品を製造する場合、血清を、リポ蛋白を透過させない透過膜で透析した後、融点が−20℃以下のアルキレングリコールを添加することが好ましい。
【0023】
上記(5)〜(6)のいずれにおいても、得られた血清に対して、該血清に含まれるリポ蛋白中の測定すべき成分の含量は、既知量の測定すべき成分を用いて値付けされる。
【0024】
標準品が凍結乾燥状態の場合、上記(1)、(2)又は(5)を凍結乾燥することにより、凍結乾燥標準品を調製することができる。
【0025】
(標準品の値付け)
標準品の値付けとは、製造された標準品中に含まれるリポ蛋白中の測定すべき成分の含量を、既知量の当該成分を含有する標準血清を用いて決定することを意味する。ここで、既知量の当該成分を含有する標準血清とは、例えば米国厚生省疾病管理・予防センター(CDC)勧告法等のホモジニアス法によらない基準法により、当該成分の含量が決定されている血清をいう。この標準血清及び製造された標準品を検体として用いて、実際の自動分析装置を用いるホモジニアス法により測定を行い、既知量の当該成分を含有する標準血清の測定吸光度と製造された標準品の測定吸光度とを比較し、製造された標準品中の当該成分の含量を決定する。製造された標準品は検査施設において標準血清として検体の測定値の決定に使用される。
【0026】
本発明において、凍結乾燥とは、当該分野において使用される通常の意味で使用され、試料を凍結させ、凍結状態のままで減圧して、試料から水分を除き乾燥することを意味する。凍結乾燥の条件は特に制限はないが、通常−80〜20℃、好ましくは−80〜15℃の温度で、0.667〜1333Pa、好ましくは13.3〜133.3Paの圧力で6〜72時間、より好ましくは、12〜72時間行う。凍結乾燥品の水分含量は通常10重量%以下、好ましくは1重量%以下である。凍結乾燥標準品の製造方法の一態様を以下に記す。
【0027】
血清を、リポ蛋白を透過させない透過膜で透析した後、透析膜内に残存する血清(=透析後の血清)を例えば2〜8℃に冷却し、必要に応じて、トリメチルアンモニオアルキル−ホスホリル残基を有する化合物又はジメチルスルホアルキルアンモニオ基を有する化合物を添加する。約1mol/Lの水酸化ナトリウム又は約1mol/Lの塩酸溶液にてpHを調整した後、このpH調整した血清含有水溶液を0.2〜0.8ミクロン程度の濾過膜を使用して濾過する。得られた溶液を凍結乾燥用のバイヤルビンに分注し、半打栓する。バイヤルビンに分注した溶液を例えば、−30℃以下の低温で、例えば133.3Paの真空条件下で凍結乾燥させ、徐々に加温しながら最終的に0〜20℃にてドライアップし、凍結乾燥状態の標準品を作製する。
【0028】
本発明の製造方法により得られる標準品は、標準品及び検体が自動的に計量され測定される自動分析機を用いた測定方法に好適に用いられる。
【0029】
本発明の製造方法により製造された標準品を用いることにより、リポ蛋白中の測定すべき成分を、自動分析機等により測定することができる。標準品を用いて作成された測定すべき成分の濃度と、情報量との間の関係を表す検量線に基づき、市販のキット等を用いて測定された検体中の測定すべき成分の測定値から、検体中の測定すべき成分の濃度を決定することができる。
【0030】
(血清)
本発明において用いられる血清としては、血液から血球成分等を除いて得られる通常の意味の血清を意味する。血液としては、ヒト等の動物由来の血液が用いられる。また、EDTAやヘパリンが添加された血液から得られる血漿に血球凝固剤を添加してオフ・クロットした血清、成分献血から得られる血漿を前述と同様に処理した血清であってもよい。
【0031】
(リポ蛋白)
本発明におけるリポ蛋白としては、例えば高密度リポ蛋白(以下、HDLと記す)、低密度リポ蛋白(以下、LDLと記す)、超低密度リポ蛋白(以下、VLDLと記す)、カイロミクロン(以下、CMと記す)及びレムナントリポ蛋白等が挙げられる。
【0032】
(リポ蛋白中の測定すべき成分)
本発明におけるリポ蛋白中の測定すべき成分としては、例えばHDL中のコレステロール(HDLコレステロール)、HDL中の中性脂肪、LDL中のコレステロール(LDLコレステロール)、LDL中の中性脂肪、VLDL中のコレステロール、VLDL中の中性脂肪、CM中のコレステロール、CM中の中性脂肪、レムナントリポ蛋白中のコレステロール、レムナントリポ蛋白中の中性脂肪等が挙げられる。
【0033】
(透析膜)
本発明に使用する透析膜としては、通常血液の透析に使用できるものであればいずれも使用することができる。例えば、セルロース膜、再生セルロース膜、酢酸セルロース膜、ポリアクリロニトリル膜、エチレンビニールアルコール膜、ポリスルホン膜、ポリアミド膜、ポリエステル系ポリマーアロイ膜等が用いられるが、セルロース膜が好ましい。本発明に使用する透析膜の分画分子量は、測定すべき成分を含むリポ蛋白分子を通過させない分子量であればいずれでもよいが、通常、0.5万から20万であり、好ましくは1〜10万である。また、透析膜の代わりに、透析用中空糸を用いてもよい。
【0034】
(透析液)
本発明において、透析する際の透析液としては、例えば生理食塩水、生理食塩水と同じ浸透圧の緩衝液、生理食塩水と同じ浸透圧の塩類含有緩衝液等が挙げられる。緩衝液の調製に用いられる緩衝剤としては、例えばリン酸塩、酢酸塩、クエン酸塩、リンゴ酸塩、コハク酸塩、シュウ酸塩、グッド緩衝剤等を用いることができる。グッド緩衝剤としては、例えば2−モルホリノエタンスルホン酸(MES)、ビス(2−ヒドロキシエチル)イミノトリス(ヒドロキシメチル)メタン(Bis−Tris)、N−(2−アセトアミド)イミノ二酢酸(ADA)、ピペラジン−N,N’−ビス(2−エタンスルホン酸)(PIPES)、N−(2−アセトアミド)−2−アミノエタンスルホン酸(ACES)、3−モルホリノ−2−ヒドロキシプロパンスルホン酸(MOPSO)、N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)−2−アミノエタンスルホン酸(BES)、3−モルホリノプロパンスルホン酸(MOPS)、N−〔トリス(ヒドロキシメチル)メチル〕−2−アミノエタンスルホン酸(TES)、2−〔4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジニル〕エタンスルホン酸(HEPES)、3−〔N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)アミノ〕−2−ヒドロキシプロパンスルホン酸(DIPSO)、N−〔トリス(ヒドロキシメチル)メチル〕−2−ヒドロキシ−3−アミノプロパンスルホン酸(TAPSO)、ピペラジン−N,N’−ビス(2−ヒドロキシプロパンスルホン酸)(POPSO)、3−〔4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジニル〕−2−ヒドロキシプロパンスルホン酸(HEPPSO)、3−〔4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジニル〕プロパンスルホン酸〔(H)EPPS〕、N−〔トリス(ヒドロキシメチル)メチル〕グリシン(Tricine)、N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)グリシン(Bicine)、N−トリス(ヒドロキシメチル)メチル−3−アミノプロパンスルホン酸(TAPS)、N−シクロヘキシル−2−アミノエタンスルホン酸(CHES)、N−シクロヘキシル−3−アミノ−2−ヒドロキシプロパンスルホン酸(CAPSO)、N−シクロヘキシル−3−アミノプロパンスルホン酸(CAPS)等が挙げられる。緩衝液に含有される塩類としては、例えば塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化リチウム、酢酸カリウム等が挙げられる。透析液のpHは、通常7.0〜8.2であり、7.4〜7.8が好ましい。
【0035】
本発明において、透析後の血清に添加される、融点が−20℃以下のアルキレングリコールとしては、例えばエチレングリコール、プロピレングリコール等が挙げられる。融点が−20℃以下のアルキレングリコールを添加することにより、−15℃においても凍結しない、溶液状の標準品を製造することができる。
【0036】
透析後の血清、又は、透析前の血清に添加されるトリメチルアンモニオアルキル−ホスホリル残基を有する化合物としては、例えばメタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、ポリメタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンとそれ以外のビニル化合物との共重合体等が挙げられる。メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンとそれ以外のビニル化合物との共重合体としては、例えばメタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンと2−ヒドロキシ−3−(メタ)アクリロイルオキシプロピルトリメチルアンモニウム クロライドとの共重合体等が挙げられる。ポリメタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンの市販品としては、例えばLIPIDURE(登録商標)−HM(日油社製)等がある。メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンと2−ヒドロキシ−3−(メタ)アクリロイルオキシプロピルトリメチルアンモニウム クロライドとの共重合体の市販品としては、例えばLIPIDURE(登録商標)−C(日油社製)等がある。
【0037】
トリメチルアンモニオアルキル−ホスホリル残基を有する化合物の添加量は、例えば透析後又は透析前の血清100mLに対して0.01〜10mg/mLであり、好ましくは1.0〜5.0mg/mLである。
【0038】
透析後の血清に添加されるジメチルスルホアルキルアンモニオ基を有する化合物としては、例えば3−[(3−コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]プロパンスルホネート(CHAPS)、3−[(3−コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−2−ヒドロキシプロパンスルホネート(CHAPSO)、N,N−ビス(3−D−グルコナミドプロピル)コラミド(BIGCHAP)、N,N−ビス(3−D−グルコナミドプロピル)デオキシコラミド(deoxy−BIGCHAP)等が挙げられる。ジメチルスルホアルキルアンモニオ基を有する化合物の添加量は、例えば透析後の血清100mLに対して0.01〜10mg/mLであり、好ましくは1.0〜5.0mg/mLである。
【0039】
(添加物)
本発明の標準品の製造方法において、透析液に、必要に応じて、金属イオン、塩類、界面活性剤、防腐剤、糖化合物、キレート剤等が添加されてもよい。金属イオンとしては、例えばマグネシウムイオン、カルシウムイオン、マンガンイオン、亜鉛イオン等が挙げられる。塩類としては、例えば塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化リチウム、酢酸カリウム等が挙げられる。界面活性剤としては、例えば非イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤、陰イオン性界面活性剤、両性界面活性剤等が挙げられる。防腐剤としては、例えばアジ化ナトリウム、ストレプトマイシン、ゲンタマイシン等の抗生物質、バイオエース、プロクリン300、プロキセル(登録商標)GXL等が挙げられる。糖化合物としては、例えば単糖類、二糖類等が挙げられるが、二糖類が好ましい。単糖類としては、例えばグルコース、フルクトース、フコース等が挙げられる。二糖類としては、例えばサッカロース、トレハロース、マルトース等が挙げられる。単糖類、二糖類等は2種以上を併用することもできる。また、糖化合物を透析液に添加する際の糖化合物の添加量は、透析液100mLに対し、0.5〜20gであり、1〜5gが好ましい。キレート剤としては、例えばETDA等が挙げられる。
【0040】
以下に、本発明の実施例を示すが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0041】
[実施例1]
人より採血されたヒトオフ・クロット血清を、濁り成分を除去するために、一旦アドバンテック社製プレフィルターを使用して濾過した。得られた血清にグリセロール−3−リン酸を300mg/dLの濃度になるように添加し、分画分子量5万の透析膜[Spectra/Por Biotech社製、製品名:Cellulose Ester (CE) Dialysis Membranes (MWCO 50,000、チューブサイズ(Flat Width/Diameter/Volume/length):24 mm/15 mm/1.8 mL/cm)]を使用し、5℃の冷室にて透析液を緩やかに攪拌しながら透析膜内の血清と透析液中のグリセロール−3−リン酸の濃度がほぼ等しくなるまで透析した。透析液としては(1)生理食塩液(大塚製薬社製)、又は、(2)pH7.6の10mmol/L リン酸緩衝液(1mmol/L EDTAと0.142mmol/L 塩化ナトリウムを含む)を使用した。
【0042】
透析後の血清を回収し、透析前の血清と共に、HDLコレステロール測定試薬であるデタミナーL HDL(協和メデックス社製)とLDLコレステロール測定試薬であるデタミナーL LDL(協和メデックス社製)を用いて試料中のHDLコレステロール濃度及びLDLコレステロール濃度を測定し、初発測定値とした。次に、透析後の血清を10℃で11日間保存したものについて、HDLコレステロール及びLDLコレステロールの濃度を測定した。対照として、透析しないで保存した場合のリポ蛋白質コレステロール濃度を測定した。
【0043】
コレステロール濃度の測定には、自動分析装置TBATM−200FR(東芝メディカルシステムズ社製)を使用し、パラメータにはそれぞれの測定試薬の能書に示す条件を使用した。
【0044】
透析前の血清および(1)、(2)の透析液で透析した血清の保存後のHDLコレステロール及びLDLコレステロールの測定値の変動率%を下記式(I)で算出した。尚、本式において、保存後、測定値に変動がない場合は、100となる。結果を表1に示す。
【0045】
【数1】

【0046】
【表1】

【0047】
第1表に示す様に、HDLコレステロール及びLDLコレステロールとも、透析した場合は、透析しない場合と比較して、安定に保持されることが判明した。
【0048】
[実施例2]
実施例1で用いた透析膜を分画分子量1万の透析膜[Spectra/Por Biotech社製、製品名:スペクトラポア7(MWCO 10,000、Flat Width:10 mm、Diameter:6.4 mm)]に代えた他は、実施例1と同様に行った結果を第2表に示す。
【0049】
【表2】

【0050】
第2表に示す様に、透析膜として分画分子量1万の透過膜を用いた場合においても、HDLコレステロール及びLDLコレステロールは、透析しない場合に比較して安定に保持されることが判明した。
【0051】
[実施例3]
評価用血清として、イ:実施例1で用いた血清(ヒトオフ・クロット血清をろ過して得られた血清で、透析処理されていない血清)、ロ:人血清8mLに10%アジ化ナトリウム溶液を0.1mL添加し、これに1mol/LのHEPES溶液を2mL添加し撹拌したもの、ハ:ヒトプール血清1mLに対し、硫酸グアニジン20mgを添加したものを調製した。それぞれの溶液を10℃で11日間保存し、実施例1と同様にしてHDLコレステロールを測定した。その結果、変動率は、透析処理をしなかった血清イについては3%以上、血清ロについては2.2%、血清ハについては1.9%であったのに対して、(1)生理食塩水で透析した各血清については、変動率が1%以下であった。
【0052】
[実施例4]
実施例1で使用した血清および透析後の血清をさらに30℃で4日間保存後、自動分析装置TBATM−200FRを使用し、実施例1と同様に吸光度を経時的に測定した。パラメータにはそれぞれの測定試薬の能書に示す条件を使用した。
【0053】
図1にHDLコレステロール測定の場合の吸光度の経時変化を示す。図1において、R1は第一試薬が添加される時点を示し、R2は第二試薬が添加される時点を示す。E16は検体に第一試薬が添加・撹拌された時の最終ポイントでの吸光度であり、酵素反応が始まる前の吸光度である。その後、17ポイントの直前で第二試薬が添加され、酵素反応がスタートする。E18は酵素反応がスタートして間もない時点の吸光度である。E21はリポ蛋白の外側に近い部分に存在するコレステロールが関与する初期の酵素反応が反映される時点の吸光度であり、(E21−E18)はほぼ初期の正味の反応速度に相当すると判断される。E28はリポ蛋白の内側部分のコレステロールが関与する後期の酵素反応が始まる時点と考えられる時点の吸光度であり、E33は酵素反応全体がほぼ終了すると考えられる時点の吸光度である。(E33−E28)は正味の後期酵素反応に相当すると判断される。HDLコレステロール及びLDLコレステロールの測定値は(E33−E16)の値から計算される。
【0054】
ここで、各透析条件におけるリポ蛋白中の成分の安定性を、2つの指標、すなわち、初期段階での反応性を表わす指標Rfと、後期段階での反応性を表わす指標Reとから評価した。この2つの指標RfとReは、それぞれ、以下の式(II)及び式(III)により算出した。
【0055】
【数2】

【0056】
【数3】

【0057】
HDLコレステロールに対して、各条件における血清におけるRfとReを第3表に示す。
【0058】
【表3】

【0059】
同様に、LDLコレステロールに対して、各条件における血清におけるRfとReを第4表に示す。
【0060】
【表4】

【0061】
第3表及び第4表に示す様に、HDLコレステロール、LDLコレステロールとも、透析しない血清を用いた場合は、30℃4日間保存後、Rf及びReは大きな変化を示すが、血清を透析した場合は、30℃4日間保存後でもRf、Re共に変化が抑制されていた。
【0062】
[実施例5]
実施例1で使用した塩化ナトリウムの代わりに、塩化カリウム、塩化リチウム、酢酸カリウムを使用する以外は実施例1と同様に行なったところ、実施例1と同様な結果を得た。
【0063】
[実施例6]
透析液として、(1)生理食塩水、又は、(2)pH7.6の10mmol/L リン酸緩衝液(1mmol/L EDTAと0.142mmol/L 塩化ナトリウムを含む)を使用し、血清として、ヒトオフ・クロット血清を使用した。血清は濁り成分を除去するために、一旦アドバンテック製プレフィルターで濾過したものを用いた。透析膜は分画分子量5万の透析膜[Spectra/Por Biotech社製、製品名:Cellulose Ester (CE) Dialysis Membranes (MWCO 50,000、チューブサイズ(Flat Width/Diameter/Volume/length):24 mm/15 mm/1.8 ml/cm)]を使用し、5℃の冷室にて外液を緩やかに攪拌しながら18時間透析した。
【0064】
透析前の血清、(1)および(2)の透析液で透析した後の血清をそれぞれ半分に分け、半分に分けられたそれぞれの血清にエチレングリコールを、血清量7mLに対して3mL加えて撹拌した。また、添加前のサンプルも併せて合計6種類のサンプルを用意した。これらについて、実施例1と同様にして10℃、11日間保存後、各サンプル中のHDLコレステロールおよびLDLコレステロールを測定した。
【0065】
第5表に、各サンプルにおける測定値の変動率を示す。
【0066】
【表5】

【0067】
第5表に示す様に、HDLコレステロール、LDLコレステロールとも、透析前の血清にエチレングリコールを添加しても安定性は向上しなかったが、透析後の血清にエチレングリコールを添加した場合は、HDLコレステロール及びLDLコレステロールが安定に保持されることが判明した。
【0068】
[実施例7]
実施例6で用いた透析膜を分画分子量1万の透析膜[Spectra/Por Biotech社製、製品名:スペクトラポア7(MWCO 10,000、Flat Width:10 mm、Diameter:6.4 mm)]に代えた他は、実施例6と同様に行った結果、同様の結果を得た。
【0069】
[実施例8]
実施例6において、透析液として、(2)pH7.6の10mmol/L リン酸緩衝液(1mmol/L EDTAと0.142mmol/L 塩化ナトリウムを含む)の代わりに、(3)pH7.6の10mmol/L HEPES緩衝液(1mmol/L EDTAと0.142mmol/L 塩化ナトリウムを含む)を用いる以外は実施例6と同様の方法により、HDLコレステロール及びLDLコレステロールそれぞれに対する測定値の変動率を算出した。その結果を第6表に示す。
【0070】
【表6】

【0071】
第6表に示す様に、リン酸緩衝液の代わりにHEPES緩衝液を用いた場合でも、透析後の血清にエチレングリコールを添加した場合は、HDLコレステロール及びLDLコレステロールが安定に保持されることが判明した。
【0072】
[実施例9]
血清サンプルとして、(a)ヒトオフ・クロット血清そのまま、(b)ヒトオフ・クロット血清に、LIPIDURE(登録商標)−HMを添加したもの、(c)ヒトオフ・クロット血清を後述の条件により透析したもの、及び、(d)後述の条件により透析したヒトオフ・クロット血清にLIPIDURE(登録商標)−HMを添加したものを用いて、実施例4の方法に従い、各サンプル中のHDLコレステロールに対してRf及びReを算出した。さらに、各サンプルを10℃で11日間保存した後のサンプルについて、同様に該サンプル中のHDLコレステロールに対してRf及びReを算出した。その結果を第6表に示す。透析は血清を分画分子量5万の透析膜[Spectra/Por Biotech社製、製品名:Cellulose Ester (CE) Dialysis Membranes (MWCO 50,000、チューブサイズ(Flat Width/Diameter/Volume/length):24 mm/15 mm/1.8 mL/cm)]に密封し、透析液としてpH7.6の10mmol/L リン酸緩衝液(1mmol/L EDTAと0.142mmol/L 塩化ナトリウムを含む)を用い、−8℃の冷室内にて透析液を緩やかに攪拌しながら18時間行った。
【0073】
【表7】

【0074】
第7表に示す様に、HDLコレステロールは、血清を透析した場合も透析しない場合も、トリメチルアンモニオアルキル−ホスホリル残基を有する化合物であるLIPIDURE(登録商標)−HMの添加により、Rf、Re共に変化が抑制され、従って、LIPIDURE(登録商標)−HMの添加により、HDLコレステロールが安定に保持されることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明により、動脈硬化などの生活習慣病の予防・診断に有用な、血清中に含まれるリポ蛋白中の測定すべき成分を分別定量するために使用する標準品の製造方法が提供される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、血清中に含まれるリポ蛋白中の測定すべき成分を分別定量するために使用する標準品の製造方法。
(1)血清を、リポ蛋白を透過させない透過膜で透析する工程;及び、
(2)上記(1)で得られる透析後の血清に含まれるリポ蛋白中の測定すべき成分の含量を、既知量の測定すべき成分を用いて値付けする工程。
【請求項2】
透析膜が、分画分子量1万以上の透析膜である請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
さらに、透析後の血清に、トリメチルアンモニオアルキル−ホスホリル残基を有する化合物又はジメチルスルホアルキルアンモニオ基を有する化合物を添加する工程を含有する、請求項1又は2記載の製造方法。
【請求項4】
トリメチルアンモニオアルキル−ホスホリル残基を有する化合物が、メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、ポリメタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、又は、メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンとそれ以外のビニル化合物との共重合体である請求項3記載の製造方法。
【請求項5】
ジメチルスルホアルキルアンモニオ基を有する化合物が、3−[(3−コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]プロパンスルホネートである請求項3記載の製造方法。
【請求項6】
さらに、透析後の血清に、融点が−20℃以下のアルキレングリコールを添加する工程を含む、請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
標準品が溶液状である請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれか1項記載の製造方法で製造される標準品を凍結乾燥する工程を含む、凍結乾燥標準品の製造方法。
【請求項9】
以下の工程を含む、血清中に含まれるリポ蛋白中の測定すべき成分を分別定量するために使用する標準品の製造方法。
(1)血清に、トリメチルアンモニオアルキル−ホスホリル残基を有する化合物を添加する工程;及び、
(2)上記(1)で得られる血清に含まれるリポ蛋白中の測定すべき成分の含量を、既知量の測定すべき成分を用いて値付けする工程。
【請求項10】
トリメチルアンモニオアルキル−ホスホリル残基を有する化合物が、メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、ポリメタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、又は、メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンとそれ以外のビニル化合物との共重合体である請求項9記載の製造方法。
【請求項11】
さらに、融点が−20℃以下のアルキレングリコールを添加する工程を含む請求項9又は10記載の製造方法。
【請求項12】
標準品が溶液状である請求項9〜11のいずれかに記載の製造方法。
【請求項13】
請求項9又は10の製造方法で製造される標準品を凍結乾燥する工程を含む、凍結乾燥標準品の製造方法。
【請求項14】
リポ蛋白が、高密度リポ蛋白、低密度リポ蛋白、超低密度リポ蛋白、カイロミクロン及びレムナントリポ蛋白からなる群より選ばれるリポ蛋白である請求項1〜13のいずれかに記載の製造方法。
【請求項15】
リポ蛋白中の測定すべき成分が、高密度リポ蛋白中のコレステロール、高密度リポ蛋白中の中性脂肪、低密度リポ蛋白中のコレステロール、低密度リポ蛋白中の中性脂肪、超低密度リポ蛋白中のコレステロール、超低密度リポ蛋白中の中性脂肪、カイロミクロン中のコレステロール、カイロミクロン中の中性脂肪、レムナントリポ蛋白中のコレステロール、及び、レムナントリポ蛋白中の中性脂肪からなる群より選ばれる成分である請求項1〜14のいずれかに記載の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−156681(P2010−156681A)
【公開日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−273022(P2009−273022)
【出願日】平成21年12月1日(2009.12.1)
【出願人】(000162478)協和メデックス株式会社 (42)
【Fターム(参考)】