説明

リンゴ小球形潜在ウイルスベクターを用いたダイズの世代促進方法

【課題】 ダイズの世代を促進する新しい手段を提供する。
【解決手段】 シロイヌナズナFT遺伝子を発現する組換えリンゴ小球形潜在ウイルス(FT-ALSV)に感染した増殖宿主から全RNAを抽出し、VEステージのダイズ芽生えの子葉パーティクルガン法を用いて接種する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、ALSVベクターを介したシロイヌナズナFT遺伝子導入によるダイズの世代促進方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
(1)ダイズの世代交代について
ダイズの子実は良質のタンパク質と脂質、ならびに様々な機能性成分の供給源であることから、食用や加工原料としてその用途は幅広い。日本の食生活においても、ダイズの子実は煮豆や枝豆としてそのまま食材となるとともに、豆腐や味噌および醤油などに加工されるなど日本の食卓に欠かせない重要な位置を占めている。
【0003】
ダイズにはその用途に応じた様々な品種が存在し、また色ダイズのような独特な特性を備えた在来種も多く存在する。しかしながら、ダイズは早晩性や伸育型等の栽培特性についても多種多様であるとともに、その生育は気候や土壌などの栽培環境によって大きく左右される。したがって、高品質ダイズの生産性を向上させ、作付規模の拡大を図るためには多様な要因を考慮するとともに栽培地域に適したきめ細やかな品種の育種が重要である(非特許文献28)。
【0004】
ダイズの新品種育成には交配と選抜による優良農業形質の導入および不良農業形質の除去が欠かせない(非特許文献28)。また、近年急速に発展してきた遺伝子導入法による新品種育成(非特許文献29、30)においても、導入形質を評価するためには導入遺伝子の固定化が不可欠である。すなわち、ダイズ新品種育成の育種年限の短縮には育種現場における世代促進が重要な鍵を握っている。
【0005】
ダイズの生育、特に開花期から成熟期は、温度をはじめとする環境条件によって大きく左右されることが知られており(非特許文献35、36)、例え同一品種であっても、実際に栽培する地域によって播種時期を変更するなどの措置を講じる必要がある。従って、ダイズ育種の年月を短縮するために、日本ではダイズの花芽形成に必要な短日処理を人工的に行って開花を促進させる方法(非特許文献31、32、41)や、冬期間の温室の利用(非特許文献33、34、41)ならびに種子の早期収穫(非特許文献32、41)を利用した世代促進法が利用されており、最大で1年に3世代の連続育成が可能である(非特許文献31、41 )。
(2)花芽形成に関連する遺伝子機構について
植物は固着生物であるが故、周囲からの多様な情報を取り入れ最適な環境で発生と生長を行う必要がある。ことに花芽の形成は茎頂分裂組織における栄養生長から生殖生長への切り換えという劇的は変化を意味する発生プログラム過程の一つであり、有性生殖による繁殖を成功させる上で、この変化を決定するタイミングは特に重要である。
【0006】
花芽形成開始のタイミングは栄養状態や概日リズム、また植物の生育ステージなどといった内的要因と、温度や光周期などの環境による外的要因に制御されていることが明らかにされている(非特許文献1)。近年では、モデル植物で、長日植物のArabidopsis thaliana(以下シロイヌナズナ)を用いた精力的な研究により、光周期(photoperiodic)、春化(vernalization)、ジベレリン(GA)、そして自律的(autonomous)花芽形成促進の4つの経路が花芽形成を決定すると提唱されている(非特許文献2-4)。これらの経路の各シグナルは必要に応じて補い合うように働いているため、どれか一つの機能が失われたとしても花芽形成が完全に阻害されることはない。また、花芽形成のシグナルは、FLOWERING LOCUS T(FT)遺伝子とSUPPRESSOR OF OVEREXPRESSION OF CO1(SOC1)遺伝子に統合され、花の形態形成を誘導するAPETALA1(AP1)遺伝子とLEAFY(LFY)遺伝子の発現を促進し、開花を促す(非特許文献5-7)。経路統合遺伝子であるFT遺伝子は光周期花芽促進経路により強く発現される遺伝子であり、この遺伝子の転写制御は花芽形成を調節する上で最も重要なステップである。
【0007】
FT遺伝子は1991年に花芽形成遅延変異体の解析から明らかにされた(非特許文献8)。概日時計と光受容体の相互作用によって日長の変化を受容する場所は葉であることが知られており、葉の師部組織でCONSTANS(CO)遺伝子の発現が誘導され(非特許文献6、9)、さらにCO遺伝子の発現がFT遺伝子の発現を促進する(非特許文献10-14)。このようにして葉で発現したFT遺伝子はFTタンパク質の形で茎頂分裂組織に移行することが明らかとなっている (非特許文献15)。また、茎頂で特異的に発現するFD遺伝子はbZIP型転写因子をコードしており、FDタンパク質は核に局在することが確認されている(非特許文献16、17)。FDタンパク質の制御標的は花芽分裂調節遺伝子であるAP1遺伝子であり、FTタンパク質がこのFDタンパク質と結合することでAP1遺伝子の転写活性を促進し、花芽形成を促進する(非特許文献16、18)。
【0008】
ダイズは春化要求性を持たない短日植物であり、また、栄養生長と生殖生長が並行して進行する期間があるなどといった点でシロイヌナズナと異なっており、前述したシロイヌナズナで明らかにされてきた4つの花芽形成経路が、ダイズにも保存されているかどうかは現在のところ不明であり、ダイズの花芽形成機構の詳細については現在明らかとなっていない。しかしながら、近年、シロイヌナズナの花芽形成関連遺伝子に対応するマメ科植物の遺伝子の調査や、花芽形成時のダイズ茎頂分裂組織における遺伝子発現変動の調査が為された結果、シロイヌナズナ花芽形成遺伝子機能との正確な関連は不明であるものの、シロイヌナズナの複数の花芽形成関連遺伝子のクレードの存在がダイズにおいても示唆され、また、花芽形成時のダイズ茎頂分裂組織において複数の遺伝子が花芽形成時のシロイヌナズナ茎頂における花芽形成遺伝子と同様の発現特性を示すことが確認されている(非特許文献38,39)。
(3)ALSVによる植物への遺伝子導入について
リンゴ小球形潜在ウイルス(Apple latent spherical virus:ALSV)は2分節の1本鎖RNAゲノム(RNA1とRNA2)と3種類の外被タンパク質(Vp25、Vp20、Vp24)から構成される径25nmのウイルスであり、リンゴ以外に、5種のナス科植物[Nicotiana tabacum cv. Xanthi nc(以下タバコ)、Nicotiana glutinosa(以下グルチノーサ)、Nicotiana occidentalis(以下オキシデンタリス)、ベンサミアナ、ペチュニア]やダイズ、およびシロイヌナズナなどに潜在感染することが明らかにされている(非特許文献19)。ALSVは実験植物であるChenopodium quinoa(以下キノア)では全身感染して葉脈透過や退緑斑紋の症状を(非特許文献20、21)、ダイズでは感染初期に退緑斑紋症状を引き起こす。これまでにALSV-RNA2がコードする細胞間移行タンパク質(MP)とVp25の間にプロテアーゼ切断サイトを反復し、外来遺伝子導入サイトを付加した感染性cDNAクローンが作出され(非特許文献22-25)、さらに、これを利用した感染植物における外来遺伝子の発現(特許文献2、非特許文献22、26、27)が報告されている。ALSVはほとんどの宿主で潜在感染するというウイルスベクターとして非常に有利な特徴を持っており、様々な有用遺伝子の導入と発現、さらにはVIGSを利用したポストゲノム解析や、原宿主による有用作物の新品種育種への応用など多くの可能性が期待されている。
【0009】
また、前記のALSVベクターにシロイヌナズナの開花促進遺伝子であるFT遺伝子を導入したFT遺伝子発現ALSVベクター(FT-ALSV)の感染が、シロイヌナズナならびに5種のナス科植物(タバコ、グルチノーサ、オキシデンタリス、ベンサミアナ、ペチュニア)の開花時期を促進させることが確認されている(非特許文献37)。これら植物ではFT-ALSV感染により、日長条件とは無関係に花芽が形成され開花に至ることが確認されている(非特許文献37)。
【0010】
なお、ALSVはダイズにも感染し、生育初期に退緑症状などの病徴を示すが、その後病徴は軽微となり、開花結実などのダイズのその後の生育には影響を及ぼさない。植物の新育種育成をする際、感染植物に激しい病徴を引き起こさないことや、感染植物において安定して増殖することなどが有効に機能するウイルスベクターの条件であるが、ALSVベクターはダイズにおいてこれらの条件を満たすウイルスベクターであるといえる。
【特許文献1】特開2008-211993号公報
【特許文献2】特開2004-65009号公報(リンゴでの外来遺伝子の発現)
【非特許文献1】Hastings MH,Follett BK.2001.Toward a molecular biological calendar? Journal of Biological Rhythms 16,424-430.
【非特許文献2】Boss PK,Bastow RM,Mylne JS,Dean C.2004.Multiple pathways in the decision to flower: enabling, promoting, and resetting. The Plant Cell 16,S18-S31.
【非特許文献3】Corbesier L,Coupland G.2005.Photoperiodic flowering of Arabidopsis: integrating genetic and physiological approaches to characterization of the floral stimulus.Plant, Cell and Environment 28,54-66.
【非特許文献4】Searle I,Coupland G.2004.Induction of flowering by seasonal changes in photoperiod. The EMBO Journal 23,1217-1222.
【非特許文献5】Moon J,Sus SS,Lee H,Choi KR,Hong CB,Peak NC,Kim SG,Lee I.2003.The SOC1 MADS-box gene integrates vernalization and gibberellin signals for flowering in Arabidopsis. The Plant Journal 35,613-623.
【非特許文献6】Pineiro M,Gomez-Mena C,Schaffer R,Martinez-Zapater JM,Coupland G.2003.EARLY BOLTING IN SHORT DAYS is related to chromatin remodelling factors and regulates flowering in Arabidopsis by repressing FT. The Plant Cell 15,1552-1562.
【非特許文献7】Takada S,Goto K.2003.TERMINAL FLOWER2, an Arabidopsis homolog of HETEROCHROMATIN PROTEIN1, counteracts the activation of FLOWERING LOCUS T by CONSTANS in the vascular tissues of leaves to regulate flowering time. The Plant Cell 15,2856-2865.
【非特許文献8】Koornneef M,Hanhart CJ,van der Veen JH.1991.A genetic and physiological analysis of late flowering mutants in Arabidopsis thaliana. Mol Gen Genet 229,57-66.
【非特許文献9】An H,Roussot C,Suarez-Lopez P,Corbesier L,Vincent C,Pineiro M,Hepworth S,Mouradov A,Justin S,Turnbull C,Coupland G.2004.CONSTANS acts in the phloem to regulate a systemic signal that induces photoperiodic flowering of Arabidopsis. Development 131,3615-3626.
【非特許文献10】Imaizumi T,Schultz TF,Harmon FG,Ho LA,Kay SA.2005.FKF1 F-box protein mediates cyclic degradation of a repressor of CONSTANS in Arabidopsis. Science 309,293-297.
【非特許文献11】Imaizumi T,Tran HG,Swartz TE,Briggs WR,Kay SA.2003.FKF1 is essential for photoperiodic-specific light signalling in Arabidopsis. Nature 426,302-306.
【非特許文献12】Suarez-Lopez P,Wheatley K,Robson F,Onouchi H,Valverde F,Coupland G.2001.CONSTANS mediates between the circadian clock and the control of flowering in Arabidopsis. Nature 410,1116-1120.
【非特許文献13】Valverde F,Mouradov A,Soppe W,Ravenscroft D,Samach A,Coupland G.2004.Photoreceptor regulation of CONSTANS protein in photoperiodic flowering. Science 303,1003-1006.
【非特許文献14】Yanovsky MJ,Kay SA.2002.Molecular basis of seasonal time measurement in Arabidopsis. Nature 419,308-312.
【非特許文献15】Corbesier L, Vincent C, Jang S, Fornara F, Fan Q, Searle I, Giakountis A, Farrona S, Gissot L, Turnbull C, Coupland G. 2007. FT Protein Movement Contributes to Long-Distance Signaling in Floral Induction of Arabidopsis. Science 316, 1030-1033.
【非特許文献16】Abe M,Kobayashi Y,Yamamoto S,Daimon Y,Yamaguchi A,Ikeda Y,Ichinoki H,Notaguchi M,Goto K,Araki T.2005.FD,a bZIP protein mediating signals from the floral pathway integrator FT at the shoot apex. Science 309,1052-1056.
【非特許文献17】Jakoby M,Weisshaar B,Droge-Laser W,Vicente-Carbajosa J,Tiedemann J,Kroj T,Parcy F.2002.bZIP transcription factors in Arabidopsis.Trends in Plant Science 7,106-111.
【非特許文献18】Wigge PA,Kim MC,Jaeger KE,Busch W,Schmid M,Lohmann JU,Weigel D.2005.Integration of spatial and temporal information during floral induction in Arabidopsis. Science 309,1056-1059.
【非特許文献19】五十嵐亜紀.2007.リンゴ小球形潜在ウイルスベクターを利用した植物内在性遺伝子のRNAサイレンシングの誘導. 岩手大学大学院農学研究科修士論文.
【非特許文献20】伊藤伝,小金澤碩城,吉田浩二.1992.リンゴ輪状さび果Aウイルス(仮称)のリンゴ実生への戻し接種.日植病報 58,617.
【非特許文献21】伊藤伝.1997.リンゴ輪状さび果病の病原ウイルスについて. 日植病報 63,487.
【非特許文献22】Li C,Sasaki N,Isogai M,Yoshikawa N.2004.Stable expression of foreign proteins in herbaceous and apple plants using Apple latent spherical virus RNA2 vectors. Arch Virol 149,1541-1558.
【非特許文献23】Li C,Yoshikawa N,Takahashi T,Ito T,Yoshida K,Koganezawa H.2000.Nucleotide sequence and genome organization of apple latent spherical virus: a new virus classified into the family Comoviridae. Journal of General Virology 81,541-547.
【非特許文献24】李春江.1999.リンゴから分離された小球形ウイルスの分類学的研究.岩手大学大学院農学研究科修士論文.
【非特許文献25】李春江.2003.リンゴ小球形潜在ウイルス構造のゲノムとウイルスベクターへの改変に関する研究.岩手大学大学院連合農学研究科博士論文.
【非特許文献26】佐々木伸浩.2003.ALSVベクターによる抗菌性ペプチドの植物体での発現.岩手大学農学部応用生物学科卒業論文.
【非特許文献27】佐々木伸浩.2005.GFPでタグしたリンゴ小球形潜在ウイルスの細胞間および長距離移行の解析. 岩手大学大学院農学研究科修士論文.
【非特許文献28】海妻矩彦, 喜多村啓介, 酒井真次 編.2003.総合農業研究叢書 第44号 我が国における食用マメ類の研究.
【非特許文献29】古谷規行. 2007. 外被タンパク質遺伝子を用いたモザイク病抵抗性ダイズの育成に関する研究.京都府農業研究所報告 第28号(特別号).
【非特許文献30】藤郷誠. 遺伝子組換えによるダイズわい化病抵抗性ダイズの作出. 2009. 東北農業研究センター研究報告. 第110号 別刷.
【非特許文献31】杉山信太郎,堀内寿朗,川島良一.1963.大豆の世代促進に関する研究I. 世代促進の方法について. 育種學雜誌13 (3).189.
【非特許文献32】杉山信太郎,堀内寿朗,川島良一.1965.大豆の世代促進に関する研究I. 世代促進法の確立. 育種學雜誌15 (3).217.
【非特許文献33】高橋将一,松永亮一,小松邦彦,中澤芳則,羽鹿牧太,酒井真次,異儀田和典. 2006. ダイズ新品種「キヨミドリ」の育成とその特性.九州沖縄農業研究センター報告. 48:59-77
【非特許文献34】冬でも大豆を育てています!より早く新品種を作るために<育種年限短縮のための冬季温室利用世代促進事業>. 北海道立中央農業試験場. http://www.agri.pref.hokkaido.jp/chuo/photopics/sesoku/sesokuex.htm
【非特許文献35】松本定夫,石川正示. 1970. 播種期を異にした大豆品種の開花期および成熟期の予測について(第1報).東北農業研究. 13:143-147
【非特許文献36】阿部吉克,桃谷英. 1985. 大豆の生育予測に関する研究(第1報).東北農業研究. 37:145-14
【非特許文献37】山形広輔.2007.シロイヌナズナFT遺伝子を導入したリンゴ小球形潜在ウイルスベクター感染による各種植物の開花促進.岩手大学大学院農学研究科修士論文.
【非特許文献38】Wong CE, Singh MB, Bhalla PL. 2009.Molecular processes underlying the floral transition in the soybean shoot apical meristem. Plant J 57,832-845.
【非特許文献39】Hecht V, Foucher F, Ferrandiz C, Macknight R, Navarro C, Morin J, Vardy ME, Ellis N, Beltran JP, Rameau C, Weller JL. 2005.Conservation of arabidopsis frowering genes in model legumes. Plant Physiol 137, 1420-1434.
【非特許文献40】Zhang C, Ghabrial SA. 2006. Development of Bean pod mottle virus-based vectors for stable protein expression and sequence-specific virus-induced gene silencing in soybean. Virology 344, 401-411.
【非特許文献41】異儀田和典,中澤芳則. 1989. 暖地におけるダイズの世代促進技術.九州農業研究. 51:43
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前記のとおり、ダイズ新品種育成も目的とする育種年限の短縮には、ダイズの世代促進が重要な鍵を握っている。
【0012】
一方、シロイヌナズナにおいて花芽形成に関係する遺伝子機構が解明されつつあり、FT遺伝子の発現の変化が植物の開花期を変化させることが報告されている。また、ALSVを用いたFT遺伝子の導入によってシロイヌナズナならびに5種のナス科植物の開花時期を促進させることが確認されている。
【0013】
ただし、FT遺伝子の導入による開花促進を利用してダイズの世代交代を促進する試みは全く行われていない。
【0014】
本願発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであり、ダイズ新育種育成における育種年限短縮のための世代促進法の新しい手段を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
ウイルスベクターを用いたダイズへの遺伝子導入としては、ダイズ初生葉へのウイルスの接種が一般的である(例えば、非特許文献40)。従来のALSVによるダイズへの遺伝子導入もダイズ初生葉にウイルス接種を行っている(非特許文献37)。しかしながら、本願発明者らは、ダイズ初生葉へのALSV接種では、第4位上葉にならないと病徴が現れず、接種後7日経過しても接種部位からのウイルスも検出されず、ウイルスの感染率が不安定であり感染成立時期が遅れるなど、接種効率が非常に低いことを見出した。そして、ダイズにおけるALSVの感染性や接種効率の最適条件について鋭意研究の結果、本願発明を完成させた。
【0016】
すなわち、本願は、前記の課題を解決するための発明として、シロイヌナズナFT遺伝子を発現する組換えリンゴ小球形潜在ウイルス(FT-ALSV)に感染した増殖宿主から全RNAを抽出し、VEステージのダイズ芽生えの子葉にパーティクルガン法を用いて接種する工程を含むことを特徴とするダイズの世代促進法を提供する。
【0017】
本願はまた、前記の方法で世代促進されたダイズの次世代個体から選別されたウイルスフリーの個体またはその種子を提供する。
【0018】
なお、本願発明において、「世代促進」とは、ダイズの開花・採種までの期間が、野生型ダイズのそれよりも短縮されることを意味する。
【発明の効果】
【0019】
本願発明によれば、日長ならびに温度条件などの調節を必要とせずに、ダイズの世代促進が可能となる。例えば、ダイズ品種ネマシラズ(晩性)を4月に播種した場合、開花までの期間が約1ヶ月半以上、採種までの期間が約6ヶ月であるのに対し、本願発明の方法を同ダイズ品種に適用した場合、同一生育条件下において、発芽から開花までが約1ヶ月、採種までが約3ヶ月と大幅に短縮される。また、他のダイズ品種においても同様の結果が得られる。すなわち、従来の日長や温度条件などの調節による方法の場合には、1年の連続育成は最大で3世代であるが、本願発明方法の場合には、1年で4世代の連続育成が可能となる。また、本願発明方法を用いることにより開花時期の異なるダイズ品種の開花時期を揃えることも可能となる。これによって、ダイズの品種改良を確実かつ効率よく行うことが可能となる。
【0020】
また、ALSVの種子伝染率は100%ではなく、ALSVベクター感染ダイズから採種した次世代個体群からウイルスフリーの個体を選抜することが可能である。したがって、前記の方法で世代促進された次世代個体から選別されたウイルスフリーの個体は、遺伝子導入がなされていないダイズ個体となんら変わることがないことから、この選別個体やその種子はそのまま育種素材として使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】左は、FT-ALSV接種後約1ヶ月で茎頂に花芽が形成されたダイズの写真像と、その一部拡大像である。右は、wtALSV(野生型ALSV)を接種した同時期のダイズの写真像とその一部拡大像であり、茎頂には葉芽が形成されている。
【図2】左はFT-ALSV接種後約3ヶ月後、枯れ上がり採種可能な状態となったダイズの写真像である。右はwtALSV(野生型ALSV)を接種した同品種のダイズであるが、同時期においてもまだ栄養生長を続けている。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本願発明におけるダイズ(Glycine max(L.)Merill)とは、草型、茎の生育習性、および早晩性などの特性によって分類される様々な品種が存在するマメ科の一年草を言う。
【0023】
シロイヌナズナFT遺伝子は、公知の配列情報(GenBank/AB027504)に基づいて、シロイヌナズナのトータルRNAを鋳型とするRT-PCRや、シロイヌナズナcDNAライブラリーのプラークハイブリダイゼーション法等の公知の方法により取得することができる。具体的には、後記の実施例に記載の手順で容易に取得することができる。
【0024】
FT遺伝子を発現する組換えALSVベクター(FT-ALSV)の作製は、基本的には特許文献2に開示された方法に従って行うことができる。すなわち、ALSV RNA2の感染性cDNAクローンであるpEALSR2L5R5の外来遺伝子導入サイトに、FT遺伝子 cDNAを挿入することによってpEALSR2L5R5FTを構築し、ALSV RNA1の感染性cDNAクローンであるpEALSR1とともに増殖宿主に接種しウイルス化を行うことでFT-ALSVを得ることができる。
【0025】
このようにして得たFT-ALSV感染キノア葉から抽出した全RNAをパーティクルガン法でVEステージのダイズ芽生えの子葉に接種することで、ほぼ100%の効率でFT-ALSVをダイズに感染させることができ、さらに感染個体は一様に開花・採種までの期間が大幅に早まるため、日長条件の調節等の労力を要さずにダイズの世代促進が可能となる。
【0026】
本願発明におけるダイズへのFT-ALSVのパーティクルガン接種は以下の手順で行うことができる。
工程(1):FT-ALSVを増殖宿主(例えば、キノア)に接種する。
工程(2):増殖宿主の感染葉から全RNAを抽出する。
工程(3):VEステージのダイズ芽生えの子葉にパーティクルガン法を用いて前記RNAを接種する。
【0027】
これらの具体的操作は、後記実施例に詳細に記載されており、実施例の記載に従って実施することができるが、特にこの方法は、前記工程(2)においてFT-ALSV感染葉から抽出した全RNAを接種すること、並びに前記工程(3)においてVEステージのダイズ芽生えの子葉に接種することを特徴の一つとしている。
【0028】
全RNAを接種した種子は、遮光して湿度を保った状態で1-2日静置したのち、徐々に外気に馴化させ、その後培養土に移植して、長日条件下の温室において。
【0029】
このようにして育成したダイズは100%の個体が接種後約1ヶ月で開花した。
【0030】
以下、実施例を示して本願発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、本願発明は以下の例によって限定されるものではない。
【実施例1】
【0031】
1.材料および方法
(1) FT-ALSVの感染性cDNAクローンの構築
シロイヌナズナFT遺伝子(864bp,accession number:AB027504)のFTタンパク質発現領域である525bp(塩基番号70〜594番)を次のように増幅した。DNA増幅の際、鋳型にはpBlue script II SK(+)のXbaI/SacIサイトにFT mRNAの塩基番号29〜709番までの配列を組み込んだプラスミド(pBSAtFT-19)を用い、またプラス鎖プライマーには10μM FT-Xho(+)[5’- CCGCTCGAGATGTCTATAAATATAAGAGA-3’](配列番号1)を、マイナス鎖プライマーには10μM FT-Sma(-)[5’-TCCCCCGGGAAGTCTTCTTCCTCCGCAGC-3’](配列番号2)を用いた。鋳型DNA溶液(10ng/μl)を1μl、プラス鎖プライマーとマイナス鎖プライマーをそれぞれ2μl、2.5mM dNTP mixture(TaKaRa)を1.6μl、10×Ex Taq Buffer(TaKaRa)を2μl、滅菌水を11.2μl、TaKaRa Ex Taqを0.2μl混合し、GeneAmp PCR System2400(Perkin Elmer)を使用して94℃で5分間処理した後、[94℃、30秒→55℃、30秒→72℃、60秒]の反応を35サイクル行い、続いて72℃で7分間処理した後、最後に4℃で5分間処理してPCRを終了した。得られたPCR産物1μlにLoading Buffer[0.25%ブロモフェノールブルー,1mM EDTA(pH8.0),40%スクロース]1μlを加え、Agarose S(ニッポンジーン)0.15g、TAE[40mM Tris,20mM 酢酸,1mM EDTA(pH8.0)]15ml、エチジウムブロマイド0.6μlで調製した1%アガロースゲルのウェルにアプライして電気泳動し、増幅したDNAが期待されたFT遺伝子のサイズであることを確認した。
【0032】
次に、増幅したFT遺伝子をXhoIおよびSmaIで以下のように切断した。まず、PCRで増幅したFT遺伝子の溶液を10μl、10×K Buffer(TaKaRa)を10μl、滅菌水を78μl、XhoI(TaKaRa)を2μl混合し、37℃で2時間静置した。この反応液に100μlの滅菌水、100μlのTE[10mM Tris-HCl(pH8.0),1mM EDTA(pH8.0)]飽和フェノール、100μlのクロロホルムを順に加え、ボルテックスミキサーで30秒間撹拌し、14,000rpmで5分間(4℃)遠心分離した。上清200μlに等量のクロロホルムを加え、ボルテックスミキサーで30秒間撹拌した後、14,000rpmで5分間(4℃)遠心分離し、この上清200μlを別の1.5ml容チューブに移した。その上清に20μlの3M 酢酸ナトリウム(pH5.2)、600μlの99%エタノールを加え、十分に撹拌した後、-80℃で30分間静置した。14,000rpmで10分間(4℃)遠心分離して得られた沈殿に70%エタノール1mlを加えて14,000rpmで5分間(4℃)遠心分離した。上清を捨て、沈殿を減圧乾燥し、50μlの滅菌水に懸濁した。引き続きこの溶液に10×T Buffer(TaKaRa)を10μl、0.1%BSA(TaKaRa)を10μl、滅菌水を28μl、SmaI(TaKaRa)を2μl混合し、25℃で2時間静置した。制限酵素処理を施した反応液に100μlの滅菌水、100μlのTE飽和フェノール、100μlのクロロホルムを加え、ボルテックスミキサーで30秒間撹拌し、14,000rpmで5分間(4℃)遠心分離した。上清200μlに等量のクロロホルムを加え、ボルテックスミキサーで30秒間撹拌した後、14,000rpmで5分間(4℃)遠心分離した。遠心分離後、この上清200μlに20μlの3M 酢酸ナトリウム(pH5.2)と600μlの99%エタノールを加え、十分に撹拌した後、-80℃で30分間静置した。14,000rpmで10分間(4℃)遠心分離して得られた沈殿に70%エタノール1mlを加えて14,000rpmで5分間(4℃)遠心分離した。上清を捨て、沈殿を減圧乾燥し、20μlの滅菌水に懸濁した。XhoIおよびSmaIによる酵素処理は、ALSV-RNA2に外来遺伝子導入サイトを付加した感染性cDNAクローンのpEALSR2L5R5(100ng/μl)10μlに対しても上記と同様に行った。
【0033】
続いて、制限酵素処理したFT遺伝子およびpEALSR2L5R5の回収をQIA quick Gel Extraction Kit(QIAGEN)を用いて行った。FT遺伝子の溶液18μlに10×Loading Buffer 2μlを加え、1%アガロースゲルのウェルにアプライして電気泳動した後、メスを用いて目的のDNA断片をアガロースゲルから切り出し、1.5ml容チューブに入れゲルの重量を測った。ゲルの3倍容のBuffer QGを1.5ml容チューブに加え50℃に加温してゲルを完全に溶解し、溶液の色が黄色であることを確認した。ゲルと等量のイソプロパノールを加え、2ml容のチューブにカラムをセットし、これにゲルが溶解した溶液を入れ、10,000rpmで1分間(室温)遠心分離した。2ml容チューブに落ちた溶液を捨て、カラムに750μlのBuffer PEを加えて洗浄し、10,000rpmで1分間(室温)遠心分離した後、再度2ml容チューブに落ちた溶液を捨てた。10,000rpmで1分間(室温)遠心分離し、カラムを新たな1.5ml容チューブにセットし、DNA溶出のため30μlのBuffer EB[10mM Tris-HCl(pH8.5)]をカラムの中央に加え、1分間静置後、13,000rpmで1分間(室温)遠心分離した。
【0034】
ゲル回収後のFT遺伝子をインサートDNA、pEALSR2L5R5をプラスミドベクターとしてライゲーションを行った。インサートDNA溶液4μlとプラスミドベクター溶液1μlを混合し、DNA Ligation Kit Ver.2.1(TaKaRa)のI液を5μl加えて16℃で2時間静置した後、1.1μlのIII液を加えてライゲーション溶液とした。
【0035】
形質転換はHeat Shock法で行った。-80℃で保存していた100μlのコンピテントセルを氷中でゆっくりと解凍し、そこへライゲーション溶液を5μl加え5秒間ゆっくりと混合し、氷中で30分間静置した。続いてウォーターバスを用いて42℃で45秒間加温し、終了後2分間氷中で冷却した。予め温めておいたSOC[2%tryptone,0.5%yeast extract,0.058%NaCl,0.019%KCl,10mM MgCl2,10mM MgSO4,20mM グルコース] 900μlをクリーンベンチ内で加え蓋をしてパラフィルムを巻き、振とう培養器を用いて37℃で1時間振とうした。この培養液200μlをLMAプレート[1%tryptone,0.5%yeast extract,0.058%NaCl,10mM MgSO4,1.5%agar,40mg/mlアンピシリン]に滴下し、スプレッダーで培地の表面に塗布し、シャーレの蓋を開けた状態で10分間乾かした。残った培養液800μlは14,000rpmで30秒間遠心分離し、上清600μlを捨て残った200μlの溶液で沈殿を懸濁した。この溶液のうち100μlを同様にLMAプレートに滴下してスプレッダーで培地の表面に塗布、さらに蓋を開けた状態で10分間乾かした。培地が乾燥したら各プレートはインキュベーターに入れ、37℃で12〜16時間培養した。
【0036】
形質転換したコロニーをスモールスケール培養するため2mlのLB培養液[1%tryptone,0.5%yeast extract,1%NaCl]を入れた試験管を16本用意し、オートクレーブ後これに10倍希釈したアンピシリン[25mg/ml]を各試験管に40μl添加した。コロニーを滅菌した爪楊枝の先端でかきとりLMAプレートに接触させることで大腸菌の一部を植菌してマスタープレートを作成し、爪楊枝はそのままLB培養液の入った試験管に入れた。マスタープレートはコロニーごとに番号をふって区別し、37℃で一晩静置培養した後、ビニールテープで密閉し、4℃で保存した。LB培養液の入った試験管にもマスタープレートと対応する番号をふり、傾けて37℃で一晩振とう培養した後、各試験管の全量を同じ番号を記した16本の1.5ml容チューブに移して14,000rpmで1分間(室温)遠心分離した。以下、16本の各1.5ml容チューブについて行った操作を示す。上清をアスピレーターで除去し、STET[0.1M NaCl,10mM Tris-HCl(pH8.0),1mM EDTA(pH8.0),5% TritonX-100]350μlを加えて混和し、沈殿を懸濁した。10mM Tris-HCl(pH8.0)に10mg/mlになるよう調製したリゾチーム溶液を25μl加えて3秒間撹拌し、40秒間煮沸した後氷中で5分間冷却した。14,000rpmで10分間(室温)遠心分離し、沈殿を滅菌した爪楊枝を用いて除去し、残った上清に3M酢酸ナトリウム(pH5.2)40μlとイソプロパノール420μlを加えて撹拌した後、室温で5分間静置した。これを14,000rpmで5分間(4℃)遠心分離し、上清を丁寧に取り除いた。得られた沈殿に500μlの70%エタノールを加え、14,000rpmで5分間(4℃)遠心分離後、上清を除去し、沈殿を減圧乾燥した。これにRNaseが20μg/mlとなるよう調整したTEを50μl添加して懸濁し、37℃で30分間静置してプラスミド溶液とした。
【0037】
スモールスケール培養により得たプラスミドにFT遺伝子が導入されているかどうかを制限酵素で処理して確認した。プラスミド溶液2μl、10×K Buffer(TaKaRa)1μl、滅菌水6.8μl、XhoI(TaKaRa)0.2μlを新たな1.5ml容チューブに移して混合し、37℃で2時間静置した。その後、90μlの滅菌水、50μlのTE飽和フェノール、50μlのクロロホルムを順に加え、ボルテックスミキサーで30秒間撹拌し、14,000rpmで5分間(4℃)遠心分離した。上清100μlに等量のクロロホルムを加え、ボルテックスミキサーで30秒間撹拌した後、14,000rpmで5分間(4℃)遠心分離し、この上清100μlを別の1.5ml容チューブに移した。その上清に10μlの3M 酢酸ナトリウム(pH5.2)、300μlの99%エタノールを加え、十分に撹拌した後、-80℃で30分間静置した。静置後、14,000rpmで10分間(4℃)遠心分離し、得られた沈殿に70%エタノール500μlを加えて14,000rpmで5分間(4℃)遠心分離した。上清を捨て、沈殿を減圧乾燥し、10μlの滅菌水に懸濁した。引き続きこの溶液に10×T Buffer(TaKaRa)を2μl、0.1%BSA(TaKaRa)を2μl、滅菌水を5.6μl、SmaI(TaKaRa)を0.4μl混合し、25℃で2時間静置した。静置後、XhoIとSmaIで処理したプラスミド溶液のうち9μlに10×Loading buffer 1μlを加え1%アガロースゲルのウェルにアプライして電気泳動した。泳動の結果、PCRにより得られたFT遺伝子と同じサイズの断片がプラスミドから切り出されているサンプルの番号を控え、次のラージスケール培養にその番号の記されたコロニーを用いた。
【0038】
ラージスケール培養には200μlのアンピシリンを加えた100mlのLB培養液とQIAGEN Plasmid Midi Kit(100)(QIAGEN)を用いて行った。マスタープレートから単一コロニーを爪楊枝で採取し、これをLB培養液の入った坂口フラスコに入れ37℃で12〜16時間振とう培養し、培養後ファルコンチューブに培養液50mlを移して7,500rpmで15分間(4℃)遠心分離した。上清を捨て、残りの50mlも同じように遠心分離し、その後ペレットをRNaseの入った4mlのBuffer P1に懸濁して4mlのBuffer P2を添加後、4〜6回転倒させ十分に混和し5分間室温で静置した。冷却したBuffer P3を4ml添加して4〜6回転倒させ混和した後、15分間氷上でインキュベーションした。続いて50ml容の遠心管に溶液を移し、13,000rpm(日立RPR16ローター)で30分間(4℃)遠心分離し、プラスミドDNAを含む上清を回収した。この上清を再度13,000rpmで15分間 (4℃)遠心分離した。カラムに4mlのBuffer QBTを加えカラムが空になるまで自然落下させ平衡化し、遠心分離で得られた上清をこのカラムに添加して樹脂に浸透させた。カラムを10mlのBuffer QCで2回洗浄し、5mlのBuffer QFでDNAを新たなファルコンチューブに溶出した。溶出したDNA溶液にイソプロパノール3.5mlを添加し混和した後、COREXチューブへ入れ直ちに11,000rpmで30分間(4℃)遠心分離(日立RPR16ローター)し、上清を素早くデカンテーションで除去した。沈殿したDNAを70%エタノール2mlで洗浄し、11,000rpmで10分間(4℃)遠心分離し、上清を取り除いて沈殿したDNAを減圧乾燥した後、TE100μlに溶解した。分光光度計(ND-1000 v3.1.2)を用いてDNAの濃度を1μg/μlに調製し、pEALSR2L5R5にFT遺伝子を導入した感染性cDNAクローンpEALSR2L5R5FTを得た。
(2) 感染性cDNAクローンのウイルス化
(1)の方法に従って、ラージスケール培養から精製したALSV RNA1 の感染性cDNAクローンであるpEALSR1を1μg/μlに調製した。増殖宿主のChenopodium quinoa(以下キノア)の葉にカーボランダムをふりかけ、pEALSR1(1μg/μl)とpEALSR2L5R5FT(1μg/μl)を等量ずつ混ぜ合わせたDNA溶液をこれら1葉当たり8μlずつ接種しウイルス化を行うことでFT遺伝子を発現するALSVベクター(FT-ALSV)を得た。FT-ALSV感染により退緑症状が現れたキノア葉をサンプリングし、以後の操作に用いた。
(3)FT-ALSV感染キノア葉からのRNA抽出
FT-ALSVが感染したキノア葉から全RNAを抽出した。まず、FT遺伝子を連結したALSV(FT-ALSV)の濃縮は以下の手順で行った。まず、FT-ALSVをChenopodium quinoa(以下キノア)に接種後、7〜10日の接種葉と病徴の現れた上葉をサンプリングした。FT-ALSV感染キノア葉1gを凍結し、乳棒と乳鉢を用いてパウダー状になるまで完全に破砕した。破砕後、植物体が融けないうちに、速やかに10mlのTri Reagent(シグマ)を乳鉢に加え、よくすり混ぜて完全に混和・懸濁した。懸濁液をチューブに移し取り、5分間室温で放置した後、2mlのクロロホルムを加え、30秒間激しく振り混ぜて、完全に混和・懸濁した。懸濁液を10分間室温で静置した後、14,000rpm、4℃で15分間遠心分離を行い、懸濁液を水層と有機溶媒層に分離した。水層(約5ml)を新しいチューブに移し取り、等量の2-プロパノールを加えて完全に転倒混和し、10分間室温で静置した後、14,000rpm、4℃で10分間遠心分離を行い、全RNAを沈殿させた。上清を捨て、75%エタノールを加えてボルテックスミキサーで激しく攪拌することにより、全RNA沈澱を洗浄した。攪拌後、14,000rpm、4℃で5分間遠心分離を行い、全RNAを再び沈殿させた。上清を取り除いた後全RNAの沈殿を300μlのRNase free H2Oに溶解してFT-ALSV感染葉由来全RNA溶液(接種源)とした。RNA濃度は吸光光度計(ND-1000、NanoDrop)を用いて測定し、Helios Gene Gunシステムのサンプルカートリッジの調製に用いた。
(4) パーティクルガン接種(Helios Gene Gun System(Bio-Rad))
マイクロキャリア(RNA;7μg/金粒子;0.4mg/shot)の調製は以下の手順で行った。まず、1.5ml容チューブに金粒子(0.6, 1.0, および1.6μmのいずれか)を20mg量り取り、滅菌水50μlを加えボルテックスミキサーで十分に混和した。超音波洗浄機にチューブを入れ、5分間ソニケーションした。ボルテックスミキサーにチューブをセットし撹拌しながら100μlのRNA溶液(3.5μg/μl)を静かに加えた。同様に、5M 酢酸アンモニウムを15μl、続いてイソプロパノールを330μl静かに加えた。しばらく撹拌した後、−20℃で1時間以上静置した。上清を取り除き金粒子の沈殿をボルテックスミキサーで一瞬撹拌した。金粒子の沈殿に1mlの100%エタノールを加え、沈殿を崩さないように静かに振盪し、その後上清を取り除いた。この作業を4回繰り返した後に3mlの100%エタノールに金粒子を懸濁し、ゴールドコートチューブの調製に使用した。チュービングプレップステーション(BIO-RAD)にゴールドコートチューブ(BIO-RAD)をセットし、純窒素ガスを20分間通してゴールドコートチューブの内部を完全に乾燥させた。続いて金粒子の懸濁液を、均一になるようゴールドコートチューブ内に充填し、5分間放置して金粒子をゴールドコートチューブに沈着させた後、上清の99.5%エタノールをゴールドコートチューブ内から取り除いた。続いてチュービングプレップステーションを回転させ、金粒子をゴールドコートチューブ内部に均一に拡散させながらゴールドコートチューブ内に純チッソガスを通し、金粒子を完全に乾燥させた。続いてゴールドコートチューブを、チューブカッター(BIO-RAD)を用いて50個に裁断し、パーティクルガンを用いてVEステージのダイズの子葉に接種した。接種はヘリウム圧250psiでHelios Gene Gun System(Bio-Rad)を用いて1個体あたり4shot行った。
(5) 接種個体の育成
接種個体は湿度を保ち、遮光条件下で1-2日静置した後に、徐々に外気に馴化させ、その後培養土に移植し、長日条件下の温室で育成した。
2.結果
FT-ALSV感染キノア葉から抽出した全RNAをVEステージのダイズ芽生えの子葉にパーティクルガン法を用いて接種することにより、ほぼ100%の全身感染率が得られた。したがって、本法を用いることにより、ウイルス濃縮などの煩雑な操作を必要とせずに非常に高い効率でFT-ALSVをダイズに感染させることができることが明らかとなった。また、FT-ALSVの感染が確認された全ての個体(品種:デワムスメ、ネマシラズ、Jack、ハタユタカ、およびスズカリ)において、その早晩性や伸育型に関わらず、通常は花芽形成の生じない長日条件下において、接種後約1ヶ月で茎頂に花芽形成が確認できた。これら個体はその後開花・結実し、接種後約3ヶ月で採種できる状態となった。採種した種子を播種したところ、FT-ALSVの種子伝染率は14-50%であり、次世代でウイルスフリーの個体が得られることが確認できた。すなわち、FT-ALSVを利用することで、様々なダイズ品種の世代を促進することが可能であるとともに、次世代においてウイルスフリーの種子を得ることが可能であることが確認できたことから、本法を用いたダイズの世代促進法は育種現場で利用可能な実用技術であるといえる。
<比較例1>
【0039】
1.材料および方法
実施例1の1.(1)から(3)までは同様の方法で接種ウイルスを調製し、同(4)のパーティクルガンを用いた接種時において、ダイズの初生葉に対して同様の接種方法で接種を行なった。
2.結果
ウイルス感染率が30〜80%と非常に不安定で、感染成立時期が遅れ、接種後7日経過しても接種部位からはウイルスは検出されず病徴も現れなかった。第4上葉にならないと病徴が現れなかった。
【産業上の利用可能性】
【0040】
以上詳しく説明したように、本願発明によって、日長条件の調節などを必要とせずにダイズの世代促進が可能となる。これは、ダイズの品種改良に大いに資するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シロイヌナズナFT遺伝子を発現する組換えリンゴ小球形潜在ウイルス(FT-ALSV)に感染した増殖宿主から全RNAを抽出し、VEステージのダイズ芽生えの子葉にパーティクルガン法を用いて接種する工程を含むことを特徴とするダイズの世代促進法。
【請求項2】
請求項1の方法で世代促進されたダイズの次世代個体から選別されたウイルスフリーの個体またはその種子。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−30491(P2011−30491A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−179477(P2009−179477)
【出願日】平成21年7月31日(2009.7.31)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年6月4日 インターネットアドレス「http://www.springerlink.com」に発表
【出願人】(504165591)国立大学法人岩手大学 (222)
【Fターム(参考)】