説明

リン回収資材とその製造方法およびリン回収方法

【課題】排水等、特に高濃度のリンおよび窒素を含む消化汚泥脱離液などから、大型の装置を必要とせず、回収物を副産りん酸肥料として利用することができるリン回収資材およびリン回収方法を提供する。
【解決手段】平均粒子径10μm以上〜150μm以下、BET比表面積80m2/g以上、細孔容積0.5cm3/g以上の多孔質および非晶質の珪酸カルシウム水和物からなることを特徴とし、好ましくは、遊離石灰含有量10%未満の珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材であり、このリン回収資材を用い、反応終了時のpHが8.0以上〜9.0未満になるように酸を添加し、リン回収資材の使用量が排水中のリン含有量に対して、Ca/Pモル比が1.5以上〜2.5以下であるように使用するリン回収方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、消化汚泥脱離液など、リンを高度に含む有機性排液からリンをリン酸肥料として回収することができるリン回収資材およびリン回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
嫌気性消化は嫌気性微生物を用いて汚泥中の有機物をメタンと二酸化炭素に変換することにより減量するプロセスである。脱水過程で生じる脱離液は高濃度の溶解性リンを含んでおり、その大部分はリン酸イオン(PO43-)として溶存している。また、有機性の窒素は大部分がアンモニアに変換されるので、高濃度のアンモニウムイオン(NH4+)を含んでいる。通常、消化汚泥脱離液は汚水処理プロセスに返流されるが、これが汚水処理系における窒素やリンの負荷を高め、放流水中の窒素濃度やリン濃度を高めてしまう結果となる。
【0003】
また、汚泥中に含有されるリン酸イオン、マグネシウムイオン、アンモニウムイオンが配管中において、リン酸マグネシウムアンモニウム(MgNH4PO4・6H2O:MAPと云う)を生成し、特に近年の下水処理施設の高度処理化に伴い、生物学的脱リン法を適用された汚泥は嫌気性消化によってリン酸イオン濃度が高くなり、MAPによるスケーリングが深刻である。
【0004】
そこで、嫌気性消化工程の後の消化脱離液にマグネシウムイオンを添加してリン酸マグネシウムアンモニウム(MAP)結晶を析出させて脱リンするMAP晶析法と呼ばれる処理方法が行なわれている。回収されたMAPはリン酸と窒素を含む化成肥料として農業利用することができる。
【0005】
しかし、従来のMAP法は、pH調整剤としての水酸化ナトリウムや添加剤として塩化マグネシウム等の薬品コストが嵩むと云う問題がある。また、水中のリンをMAPの固体粒子として回収する際に、生成した微細なMAP粒子が処理水と共に流出してMAPの回収率が低下し、これが処理水槽中に蓄積される等の問題があった。具体的には、MAP法は比較的SS濃度が小さく、例えば3000mg/L程度において有効であり、高濃度の汚泥中に含まれる微細なMAP粒子はほとんど回収されず、汚泥とともに処分されるので、窒素とリンの回収技術としては問題があった。
【0006】
MAP晶析法の上記問題を解消する手段として、例えば、特開2002−326089号公報には、流動層リアクター内の結晶が外部に流出しないような速度で原水および循環水を上向流で通水することが記載されている。流動層リアクターの場合、リアクター内で結晶成長が進むように操作条件を設定すれば、微細な核を発生させずにMAP粒子を回収することができるが、実際は局所的な過飽和度の生成によって微細な核の発生を避けることができず、このためリン回収率が低下し、また原水および循環水、薬剤のショートパスによる結晶表面以外での核化によるリン回収率の低下等の問題がある。
【0007】
リンを除去する他の方法として凝集沈殿法が知られている。凝集沈殿法は、カルシウム、アルミニウム、鉄など、リンと不溶性沈殿を生成する無機凝集剤を排水に添加し、沈殿を分離除去する方法である。しかし、凝集剤としてアルミニウム塩や鉄塩を添加する方法では、生成したリン酸アルミニウム、リン酸鉄が植物に利用されないため、肥料等に再利用するのは困難である。また、凝集剤として消石灰、塩化カルシウム等のカルシウム化合物を添加する法では、生成するリン酸カルシウムは植物に利用されやすい形態であるので、これを肥料等として再利用するためには好適な方法である。しかし、この方法では、生成したリン酸カルシウムは微細粒子のため、濾過や沈降分離などの固液分離が難しく、また生成したケーキの含水率が高くハンドリングが困難であると云う問題がある。
【0008】
これら従来の方法を解決する手段として、珪酸カルシウムを主成分とする脱リン剤を使う方法が種々提案されている。例えば、特開昭61−263636号公報(特許文献1)にはCaO/SiO2モル比が1.5〜5の範囲内にある珪酸カルシウム水和物を主成分とする水処理剤が記載されている。また、特公平2−20315号公報(特許文献2)には空隙率50〜90%の独立気泡を有する珪酸カルシウム水和物からなる脱リン材が記載されている。特開平10−235344号公報(特許文献3)には珪酸カルシウム水和物を主成分とした直径数ミリ程度の球状または中空状に成形した脱リン材が記載されている。さら、特開2000−135493号公報(特許文献4)には珪灰石を用いた脱リン方法が提案されている。
【特許文献1】特開昭61−263636号公報
【特許文献2】特公平02−020315号公報
【特許文献3】特開平10−235344号公報
【特許文献4】特開2000−135493号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来の珪酸カルシウムを主成分とする脱リン材を用いる方法は、回収物の脱水性や有機物混入の問題はある程度回避できるものの、リンとの反応速度が遅いため、回収物のリン濃度を上げるためには長い反応時間を必要とする。特に、消化汚泥脱離液を対象とした場合には、含有するリンと珪酸カルシウム類の反応速度が非常に遅く、実用に適さない。
【0010】
また、回収されるリン含有物はク溶性リン酸の含有量が15%に満たないため、肥料公定法で定める副産りん酸肥料に該当せず、リン酸肥料として利用することができない。ク溶性リン酸の含有量を15%以上に高めるには処理装置の容積を大きくする必要があり、コストアップを招くため実用的ではない。
【0011】
本発明は、従来のリン回収資材およびリン回収方法における上記問題を解決したものであり、排水等からリンを回収する際に、大型の装置を必要とせず、回収物を副産りん酸肥料として利用することができるリン回収資材およびリン回収方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、以下に示す構成によって上記課題を解決したリン回収資材に関する。
〔1〕凝集沈殿用のリン回収資材であって、平均粒子径(メジアン径)10μm以上〜150μm以下、BET比表面積80m2/g以上、細孔容積0.5cm3/g以上の多孔質および非晶質の珪酸カルシウム水和物からなることを特徴とするリン回収資材。
〔2〕遊離石灰含有量10%未満の珪酸カルシウム水和物からなる上記[1]のリン回収資材。
〔3〕Ca/Siモル比0.8以上〜1.8以下の珪酸カルシウム水和物からなる上記[1]または上記[2]に記載するリン回収資材。
〔4〕消化汚泥脱離液に含まれるリンの回収に用いられる上記[1]〜上記[3]の何れかに記載するリン回収資材。
〔5〕該リン回収資材を用いてリン含有排液から回収した回収物がク溶性リン酸15%以上である上記[1]〜上記[4]の何れかに記載するリン回収資材。
【0013】
また、本発明は以下に示す構成からなるリン回収資材の製造方法に関する。
〔6〕珪酸原料と石灰原料とを水性スラリーとし、その水熱反応によって珪酸カルシウム水和物を生成させ、これを濾別し乾燥して珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材を製造する方法において、上記水性スラリーに水酸化アルカリを添加して水熱反応させることによって多孔質および非晶質の珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材を製造することを特徴とするリン回収資材の製造方法。
【0014】
また、本発明は以下に示す構成からなるリン回収方法に関する。
〔7〕リン含有排水にリン回収資材を添加してリン含有沈殿物を生成させ、これを濾別してリンを回収する方法において、リン含有排水が消化汚泥脱離液であり、リン回収資材として平均粒子径10μm以上〜150μm以下、BET比表面積80m2/g以上、細孔容積0.5cm3/g以上の多孔質および非晶質の珪酸カルシウム水和物を用いることを特徴とするリン回収方法。
〔8〕消化汚泥脱離液にリン回収資材を添加すると共に酸を添加して該液のpHを酸性側にし、珪酸カルシウム水和物の逐次的な分解でカルシウムを溶出させ、該液中のリンと反応させて珪酸カルシウム水和物粒子表面にヒドロキシアパタイトを生成せしめ、この沈殿物を分離してリンを回収する上記[7]のリン回収方法。
〔9〕上記[7]または上記[8]のリン回収方法において、反応終了時のpHが8.0以上〜9.0未満になるように酸を添加するリン回収方法。
〔10〕リン回収資材の使用量が、排水中のリン含有量に対して、Ca/Pモル比が1.5以上〜2.5以下である上記[7]〜上記[9]の何れかに記載するリン回収方法。
〔11〕処理温度が10℃以上〜100℃未満である上記[8]〜上記[10]の何れかに記載するリン回収方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明のリン回収資材は、多孔質度が高く、好ましくは遊離石灰含量が10%未満であって、Ca/Siモル比が0.8〜1.8の非晶質珪酸カルシウム水和物からなるので、消化汚泥脱離液に添加して液中のリンを沈澱化する際に、競合する炭酸カルシウム生成反応が起こり難く、従来から知られている珪酸カルシウム水和物や消石灰など他の石灰質資材よりも高いリンの回収率を得ることができる。また、得られたリン回収物の濾過性等の物性も良好で、低コストで消化汚泥脱離液中のリンを回収することができる。
【0016】
また、本発明のリン回収資材はリンとの反応性が高いので、消化汚泥脱離液中のリンと短時間に反応しリン含有量の高い沈殿物を生成することができ、ク溶性リン酸15%以上の沈殿物を回収することができる。これは副産りん酸肥料として利用することができ、回収物を再資源化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を実施形態に基づいて具体的に説明する。なお、%は単位固有の場合を除き質量%である。
【0018】
〔リン回収資材〕
本発明のリン回収資材は、凝集沈殿用のリン回収資材であって、平均粒子径(メジアン径)10μm以上〜150μm以下、BET比表面積80m2/g以上、細孔容積0.5cm3/g以上の多孔質および非晶質の珪酸カルシウム水和物からなることを特徴とする。
【0019】
本発明のリン回収資材は、珪酸カルシウム水和物が水中のリンと反応して一般式〔Ca10(PO4)6(OH)2〕によって表される難溶性のリン酸カルシウム(ヒドロキシアパタイト)を生成する。この沈殿物を排水から分離することによってリンを排水から回収することができる。
【0020】
本発明のリン回収資材の粒径は、リンの回収効率を高め、濾過性および沈降性の良い回収物を得るために、平均粒子径(メジアン径)10μm〜150μmであるものが好ましい。平均粒子径が10μmより小さいと濾過性および沈降性に劣り、リン回収後の固液分離が難しくなる。一方、リン回収資材の平均粒径が150μmより大きいと、液との接触面積の低下からリン回収能力が低下する。
【0021】
本発明のリン回収資材は、細孔容積0.5cm3/g以上、BET比表面積80m2/g以上の多孔質珪酸カルシウム水和物である。細孔容積0.5cm3/g以上であれば概ね比表面積80m2/g以上であり、この多孔質度の珪酸カルシウム水和物はリンとの反応速度が速く、短時間で消化汚泥脱離液中のリンを回収することができる。具体的には、実施例1〜2に示すように、反応時間60分のリン回収率は約65%以上、反応時間120分のリン回収率は約75%以上である。
【0022】
一方、珪酸カルシウム水和物の細孔容積が0.5cm3/g未満および比表面積が80m2/g未満のものはリンとの反応性が低く、例えば、比較例1〜2に示すように、反応時間60分のリン回収率は約50%未満、反応時間120分のリン回収率は60%以下であり、反応時間が240分でもリン回収率は約60%程度である。
【0023】
さらに、本発明のリン回収資材は非晶質の珪酸カルシウム水和物である。ここで非晶質の珪酸カルシウム水和物とは、X線回折分析において、トバモライトやゾノトライト
のような明瞭な回折像を示さず、29.4°において不明瞭なメインピークを有する回折像を与える珪酸カルシウム水和物である。結晶質の珪酸カルシウム水和物に比べて、非晶質の珪酸カルシウム水和物はリンとの反応速度が高い。
【0024】
例えば、比較例1(非晶質珪酸カルシウム水和物)と比較例3(結晶質珪酸カルシウム水和物)に示すように、これらは平均粒子径、細孔容積、比表面積が類似しているが、反応性は大幅に異なり、非晶質の比較例1は反応時間60分のリン回収率は約50%であるのに対して、結晶質の比較例3は反応時間60分のリン回収率は約15%程度である。
【0025】
本発明のリン回収資材において、珪酸カルシウム水和物に含有される遊離石灰は10%未満であることが好ましい。遊離石灰量が10%より多いとリンとの反応率が低下する。
【0026】
本発明のリン回収資材において、珪酸カルシウム水和物のカルシウムとケイ素のモル比(Ca/Si)は0.8以上〜1.8以下が好ましい。Ca/Siモル比が1.8を上回ると多孔質度が低下し、かつ遊離石灰含量が10%以上となり、リンとの反応性が低下する。一方、Ca/Siモル比が0.8未満では回収物のヒドロキシアパタイトの含量が低下し、ク溶性リン酸15%以上という副産りん酸肥料の要件を満足できなくなる。
【0027】
本発明のリン回収資材は、珪酸カルシウム水和物が水中に含まれるリンと反応してリン酸カルシウム(ヒドロキシアパタイト)を生成する。このヒドロキシアパタイトの生成に必要なカルシウムは、他からカルシウムを添加することなく、珪酸カルシウム水和物のリン酸による逐次的な分解によって供給される。そのため、液中のカルシウムの初期濃度は低く、ヒドロキシアパタイトの過飽和度も液全体としては低い状態が維持される。
【0028】
さらに、珪酸カルシウム水和物の分解にともなって、カルシウムイオンが多孔質の細孔を通じて粒子表面に供給されるため、ヒドロキシアパタイトの結晶化は珪酸カルシウム水和物粒子の表面のみで起こる。そのため、凝集沈殿法のカルシウム源として本発明の珪酸カルシウム水和物を用いると、該水和物表面にヒドロキシアパタイトが堆積し、微細なヒドロキシアパタイト粒子が液中に遊離することなく、従って、濾過性および沈降性の良いケーキを得ることができる。
【0029】
一方、従来の凝集沈殿法において、消石灰や塩化カルシウムなどのカルシウム溶解度の高い化合物を用いた場合は、これらを投入した直後に液中のカルシウム濃度は非常に高いレベルに達するため、リン酸イオンと瞬時に反応してヒドロキシアパタイトの過飽和度は非常に高まり、液中にヒドロキシアパタイトの微細結晶が遊離して多数生成する。そのため、生成したケーキは濾過性に劣り、固液分離が困難になる。また、含水率が高いだけでなく、下水処理場の処理水のように有機物を多量に含有している場合は、有機物と共沈するため回収物の純度が低くなる。
【0030】
また、本発明の珪酸カルシウム水和物と異なる軽量気泡コンクリート、珪灰石、造粒成形した珪酸カルシウム水和物などを用いた場合にも、排水中のリンをヒドロキシアパタイトとして回収することができるが、これらの珪酸カルシウム水和物は多孔性に劣り、排水中のリンと反応する表面積が小さいため、反応速度が遅い。
【0031】
例えば、軽量気泡コンクリートはトバモライトを主体とした珪酸カルシウム化合物中に独立気泡を多く含む性状であって連続気泡を持たないため、生成した多孔質体の多孔性が劣り、全細孔容積は0.2cm3/g程度である。また、造粒成形した珪酸カルシウム水和物は連続気泡を持つが、全細孔容積は0.2cm3/g程度である。従って、これらの珪酸カルシウム水和物はリンとの反応速度が遅く、リンを回収するための時間が長くかかるため、これらの珪酸カルシウム水和物を用いて凝集沈殿法を行なうことは実際的ではない。
【0032】
本発明のリン回収資材は、高濃度のアンモニウムイオンおよび炭酸イオンを含むリン含有排液に対して特に有効であり、例えば、消化汚泥脱離液からリンを高い率で回収することができる。消化汚泥脱離液は高濃度のアンモニウムイオンおよび炭酸イオンが溶存しており、従来の珪酸カルシウム水和物を用いた凝集沈殿法では、反応時間が長く、迅速にリンを回収することができず、副産りん酸肥料の要件であるク溶性リン酸15%以上の沈澱物を回収することができない。一方、本発明のリン回収資材はリンとの反応性が高いので、消化汚泥脱離液から短時間にリンを回収することができ、ク溶性リン酸15%以上の沈殿物を回収できるので、これを副産りん酸肥料として利用することができる。
【0033】
〔リン回収資材の製造方法〕
本発明のリン回収資材として用いる珪酸カルシウム水和物は、珪酸原料と石灰原料とを水性スラリーとし、その水熱反応によって珪酸カルシウム水和物を生成させ、これを濾別し乾燥して珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材を製造する方法において、上記水性スラリーに水酸化アルカリを添加して水熱反応させ、多孔質および非晶質の珪酸カルシウム水和物を生成させることによって製造することができる。珪酸原料が非晶質の形態であれば、100℃未満の温度で合成することも可能である。
【0034】
珪酸原料と石灰原料からなる水性スラリーに添加する水酸化アルカリ溶液としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムのようなアルカリ金属水酸化物であれば特に限定されず、これらは単独で用いてもよく、2種以上の混合物として用いてもよい。上記水性スラリーに適量の水酸化アルカリを添加して水熱反応させることによって、細孔容積0.5cm3/g以上、BET比表面積80m2/g以上の多孔質珪酸カルシウム水和物を得ることができる。
【0035】
添加するアルカリ水溶液の濃度は0.1〜1%が好ましい。アルカリ水溶液の濃度が0.1%未満では細孔容積を大きくする効果が発揮されず、一方、アルカリ水溶液の濃度を1%より高くしてもアルカリの添加効果は頭打ちであり、コストアップを招くので望ましくない。
【0036】
〔リン回収方法〕
リン含有排水に、本発明の珪酸カルシウム水和物を添加してヒドロキシアパタイトを生成させ、この沈殿を分離することによって、リンを回収する凝集沈殿法において、処理液のpHがアルカリ性であると、珪酸カルシウム水和物との効率的な反応が進行しない。本発明のリン回収資材は、他からカルシウムを添加することなく、排水(消化汚泥脱離液)に含まれるリン酸による珪酸カルシウム水和物の逐次的な分解によってカルシウムを溶出させ、排水中のリンと反応させて珪酸カルシウム水和物の表面にヒドロキシアパタイトを生成させる。ここで液のpHが中性以上であると珪酸カルシウムの逐次的な分解が十分に進行しない。そこで、他の酸、例えば塩酸、硫酸、硝酸等の無機酸、酢酸などの有機酸を添加してpHを酸性側にすることによって、珪酸カルシウム水和物の分解を促すとよい。
【0037】
また、リン含有排水が消化汚泥脱離液の場合には、高濃度に含まれる炭酸イオンとリン回収資材のカルシウムが炭酸カルシウムを生成し、リンとカルシウムの反応が抑制される傾向がある。この炭酸カルシウム生成反応は、液のpHが高いほど迅速に進むため、この反応を抑制してリンとカルシウムの反応をスムースに進めるためには、でき得る限りpHを低く保つほうが良い。
【0038】
具体的には、酸の添加量は反応終了時のpHが8.0以上〜9.0未満になる量が好ましい。消化汚泥脱離液の場合は、高濃度に含有される炭酸イオンとアンモニウムイオンの緩衝作用によって、酸を添加してもpHの変動が少ないので、珪酸カルシウム水和物を添加する前のpHが5.0〜8.0、より望ましくは6.0〜7.0の範囲になるように酸を添加すれば、反応終了時のpHが8.0以上〜9.0未満にすることができ、効率のよいリン回収を行なうことができる。
【0039】
また、リン回収資材の使用量は、排水中に含まれるリンに対して、珪酸カルシウム水和物のカルシウムのモル比(Ca/P)が1.5以上〜2.5以下の範囲が好ましい。このモル比が2.5より高いと未反応の珪酸カルシウム化合物が残留し、アパタイトの生成量が不十分となるため、回収物中のリン濃度が低下する。一方、このモル比が1.5より低いとリンの溶解度が高くなり、十分な回収率が得られなくなる。
【0040】
本発明のリン回収方法において、処理温度は高い方が効率的なリン回収が可能である。処理温度の上限は限定されないが、加熱コスト等を勘案すれば工業的にみて10℃以上〜100℃以下、より好ましくは25℃以上〜70℃以下が適当である。また、液を攪拌して反応速度を促進することができる。処理時間は、本発明のリン回収資材を用いれば1〜2時間程度で十分である。
【実施例】
【0041】
以下に本発明の実施例を比較例と共に示す。なお、製造したリン回収資材ならびにリン回収品の物性は下記測定方法によって求めた。
【0042】
〔細孔容積、比表面積〕150℃で1時間真空脱気を行なった試料につき、日本BEL社装置(BELSORP-mini)を用い、窒素吸着法(BJH法)により測定した。
〔平均粒子径〕レーザー回折式粒度分布測定装置(堀場製作所製品:LA-300)を用いて測定した。
〔X線回折像〕
ミニフレックスX線回折装置(理学社製)を用い、Cu管球、管電圧30kV、管電流15mA、サンプリング幅0.02°、スキャンスピード4°/分の条件で測定した。
【0043】
〔遊離石灰〕セメント協会標準試験方法「遊離酸化カルシウムの定量方法」によって遊離石灰含量を定量した。
〔ク溶性リン酸〕肥料分析法に基づき、1gのサンプルを2%クエン酸で30℃、1時間振盪し、溶解したリン酸をバナドモリブデン酸アンモニウム法で定量した。
〔濾過時間〕沈降濃縮スラリー250mlをφ150mmのヌッチェで濾過したときの所要時間である。
【0044】
〔実施例1〕
珪酸原料(平均粒径20μmの非晶質シリカ粉)と消石灰をCa/Siモル比0.8になるように調合し、水−固形分比8相当分の0.4%水酸化ナトリウム溶液を加え、オートクレーブ中で攪拌しながら180℃、4時間水熱反応を行なった。生成した珪酸カルシウム水和物スラリーを濾過、乾燥して、珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材を得た。この物性値を表1に示す。
一方、下水処理場由来の嫌気性消化汚泥にカチオン性界面活性剤を200mg/Lの割合で添加し、3500rpmで20分間遠心分離して、リンを含有した消化汚泥脱離液を得た。この液の分析値を表2に示す。
次に、この消化汚泥脱離液5000mlに硫酸を添加してpHを6.6に下げた後、液中のリンに対してCa/Pモル比が2.00になる量のリン回収資材を上記脱離液に添加し、室温(25℃)で4時間攪拌してリンの回収を行なった。一定時間毎にスラリーをサンプリングし、濾液のリンをバナドモリブデン酸アンモニウム法で定量し、リンの回収率を求めた。その結果を図1に示す。終了後スラリーを自然沈降濃縮し、沈殿を濾過・乾燥してリン回収物を得た。回収品の物性ならびに分析値を表3に示す。
【0045】
〔実施例2〕
実施例1と同じ珪酸原料(平均粒径20μmの非晶質シリカ粉)と消石灰を、Ca/Siモル比1.2になるように調合し、水−固形分比8相当分の0.4%水酸化ナトリウム溶液を加え、オートクレーブ中で攪拌しながら180℃、4時間水熱反応を行なった。生成した珪酸カルシウム水和物スラリーを濾過、乾燥して、珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材を得た。この物性値を表1に示す。実施例1と同様な条件でリン含有排水の処理を行なった。その結果を図2および表3に示す。
【0046】
〔実施例3〕
実施例1と同じ珪酸原料(平均粒径20μmの非晶質シリカ粉)と消石灰を、Ca/Siモル比1.5になるように調合し、水−固形分比8相当分の0.4%水酸化ナトリウム溶液を加え、オートクレーブ中で攪拌しながら180℃、4時間水熱反応を行なった。生成した珪酸カルシウム水和物スラリーを濾過、乾燥して、珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材を得た。この物性値を表1に示す。実施例1と同様な条件でリン含有排水の処理を行なった。その結果を図2および表3に示す。
【0047】
〔実施例4〕
珪酸原料(平均粒径20μmの非晶質シリカ粉)と消石灰を、Ca/Siモル比1.0になるように調合し、水−固形分比8相当分の0.4%水酸化ナトリウム溶液を加え、温浴中で攪拌しながら95℃、20時間反応を行なった。生成した珪酸カルシウム水和物スラリーを濾過、乾燥して、珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材を得た。この物性値を表1に示す。実施例1と同様な条件でリン含有排水の処理を行なった。その結果を図1および表3に示す。
【0048】
〔比較例1〕
実施例1と同じ珪酸原料(平均粒径20μmの非晶質シリカ粉)と消石灰を、Ca/Siモル比0.8になるように調合し、水−固形分比8相当分の水を加え、オートクレーブ中で攪拌しながら180℃、4時間水熱反応を行なった。生成した珪酸カルシウム水和物スラリーを濾過、乾燥して、珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材を得た。この物性値を表1に示す。実施例1と同様な条件でリン含有排水の処理を行ない、その結果を図1および表3に示す。
【0049】
〔比較例2〕
実施例1と同じ珪酸原料(平均粒径20μmの非晶質シリカ粉)と消石灰を、Ca/Siモル比1.0になるように調合し、水−固形分比8相当分の水を加え、温浴中で攪拌しながら95℃、20時間反応を行なった。生成した珪酸カルシウム水和物スラリーを濾過、乾燥して、珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材を得た。この物性値を表1に示す。実施例1と同様な条件でリン含有排水の処理を行なった。その結果を図1および分析値を表3に示す。
【0050】
〔比較例3〕
珪酸原料(平均粒径10μmの珪石粉末)と消石灰を、Ca/Siモル比0.8になるように調合し、水−固形分比15相当分の水を加え、オートクレーブ中で攪拌しながら180℃、8時間水熱反応を行なった。生成した珪酸カルシウム水和物スラリーを濾過、乾燥して、結晶質の珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材を得た。この物性値を表1に示す。実施例1と同様な条件でリン含有排水の処理を行なった。その結果を図1および表3に示す。
【0051】
〔比較例4〕
実施例1と同じ珪酸原料(平均粒径20μmの非晶質シリカ粉)と消石灰を、Ca/Siモル比2.0になるように調合し、水−固形分比8相当分の0.4%水酸化ナトリウム溶液を加え、オートクレーブ中で攪拌しながら180℃、4時間水熱反応を行なった。生成した珪酸カルシウム水和物スラリーを濾過、乾燥して、珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材を得た。この物性値を表1に示す。実施例1と同様な条件でリン含有排水の処理を行なった。その結果を図2および表3に示す。
【0052】
〔比較例5〕
消石灰粉末を用い、実施例1と同様な条件でリン含有排水の処理を行なった。その結果を図2および表3に示す。
【0053】
表1に示すように、珪酸カルシウム水和物を製造する際に水性アルカリを添加して合成した本発明の実施例1と実施例4のリン回収資材は細孔容積および比表面積が大きく、比較例1、比較例2のリン回収資材と比べると約2倍〜4倍である。一方、原料スラリー調整時にアルカリを添加せずに水を用いた比較例1と比較例2のリン回収資材は、細孔容積および比表面積が小さい。このため、図1に示すように、実施例1および実施例4は比較例1および比較例2に比べて短時間に反応が進行しており、リン回収率の向上が顕著である。この結果から、本発明のリン回収資材は液中のリンとの反応性が高く、リンの回収率が高いと考えられる。
【0054】
一方、結晶性の珪酸カルシウム水和物であるトバモライトをリン回収資材として用いた比較例3では、資材の細孔容積、比表面積は比較例1よりも若干大きく、ある程度の多孔性を有しているが、図1に示すようにリンの回収速度は非常に遅い。このことから、結晶質の珪酸カルシウム水和物は、消化汚泥脱離液のリン回収資材としては不適であることがわかる。
【0055】
表1に示すように、Ca/Siモル比が高い比較例4は、細孔容積および比表面積は実施例3とほぼ同等であるが、遊離石灰の含有量は15.1%と高い。その影響により、図2に示すように、比較例4は実施例2および実施例3よりもリン回収率が低い。消石灰粉末を回収資材として用いた比較例5では、さらに回収率が低くなる。
【0056】
回収資材中の遊離石灰の量が、リン回収速度に影響を与える理由は、消化汚泥脱離液中に高濃度に含まれる炭酸イオンが遊離石灰と反応して炭酸カルシウムになり、これがリンとの反応を阻害するためである。表2に示したように、消化汚泥脱離液中には炭酸イオンがCO2換算で2100mg/lと多量に含まれており、カルシウムがリンと反応してヒドロキシアパタイトを生成する反応と、炭酸と反応して炭酸カルシウムを生成する反応が競合的に進む。遊離石灰のカルシウムは、珪酸カルシウム水和物のカルシウムよりも溶解しやすいため、液と回収資材の界面の局部的なpHの上昇を引き起こし、ヒドロキシアパタイト生成反応よりも高いpHで反応が促進される炭酸カルシウム生成反応が優先することになる。
【0057】
実施例1と比較例5におけるリン回収品のX線回折像を図3に示す。消石灰をリン回収資材として用いた比較例5では、炭酸カルシウム(カルサイト)のシャープなピークが観察されるのに対し、本発明のリン回収資材を用いた実施例1では、炭酸カルシウムの生成は僅かであり、非晶質なヒドロキシアパタイトのブロードなピークが観察される。このようにリン回収資材の遊離石灰量を低くすることによって、炭酸カルシウムの生成を抑え、効率的にリンを回収することができる。
【0058】
また、リン回収資材中の遊離石灰含量が増えると、炭酸カルシウム生成反応に消費される分が増えるため、リン回収に働く有効なカルシウム量が減少することになるが、排水中のリン含有量に対して、リン回収資材の使用量を調整し、リンに対するカルシウムのモル比(Ca/P)を高くすることによって、カルシウムの消費をある程度はカバーすることができる。しかし、遊離石灰含量の増加に応じてリン回収資材の使用量を増していくことは、コスト上昇を招くと同時に、回収品のリン濃度が低下することになるので望ましくない。遊離石灰含量10%未満のリン回収資材を用い、Ca/Pモル比2.5未満でリンを回収すると、リン回収品のリン酸濃度は15%以上となって好適である。
【0059】
消化汚泥脱離液について、消石灰を用いた従来の石灰凝集沈殿法を適用すると、表3の比較例5に示すように、生成したケーキは濾過性が非常に悪く、含水率が非常に高いケーキになり、濾過による固液分離は実質的に不可能である。一方、本発明の回収資材を用いると、実施例1〜実施例4に示されるように、生成したケーキの濾過性は非常に良く、含水率の低い回収物を得ることができる。
【0060】
【表1】

【0061】
【表2】

【0062】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】リン回収方法の結果を示すグラフ
【図2】リン回収方法の結果を示すグラフ
【図3】実施例1と比較例5におけるリン回収品のX線回折像

【特許請求の範囲】
【請求項1】
凝集沈殿用のリン回収資材であって、平均粒子径(メジアン径)10μm以上〜150μm以下、BET比表面積80m2/g以上、細孔容積0.5cm3/g以上の多孔質および非晶質の珪酸カルシウム水和物からなることを特徴とするリン回収資材。
【請求項2】
遊離石灰含有量10%未満の珪酸カルシウム水和物からなる請求項1のリン回収資材。
【請求項3】
Ca/Siモル比0.8以上〜1.8以下の珪酸カルシウム水和物からなる請求項1または請求項2に記載するリン回収資材。
【請求項4】
消化汚泥脱離液に含まれるリンの回収に用いられる請求項1〜請求項3の何れかに記載するリン回収資材。
【請求項5】
該リン回収資材を用いてリン含有排液から回収した回収物がク溶性リン酸15%以上である請求項1〜請求項4の何れかに記載するリン回収資材。
【請求項6】
珪酸原料と石灰原料とを水性スラリーとし、その水熱反応によって珪酸カルシウム水和物を生成させ、これを濾別し乾燥して珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材を製造する方法において、上記水性スラリーに水酸化アルカリを添加して水熱反応させることによって多孔質および非晶質の珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材を製造することを特徴とするリン回収資材の製造方法。
【請求項7】
リン含有排水にリン回収資材を添加してリン含有沈殿物を生成させ、これを濾別してリンを回収する方法において、リン含有排水が消化汚泥脱離液であり、リン回収資材として平均粒子径10μm以上〜150μm以下、BET比表面積80m2/g以上、細孔容積0.5cm3/g以上の多孔質および非晶質の珪酸カルシウム水和物を用いることを特徴とするリン回収方法。
【請求項8】
消化汚泥脱離液にリン回収資材を添加すると共に酸を添加して該液のpHを酸性側にし、珪酸カルシウム水和物の逐次的な分解でカルシウムを溶出させ、該液中のリンと反応させて珪酸カルシウム水和物粒子表面にヒドロキシアパタイトを生成せしめ、この沈殿物を分離してリンを回収する請求項7のリン回収方法。
【請求項9】
請求項7または請求項8のリン回収方法において、反応終了時のpHが8.0以上〜9.0未満になるように酸を添加するリン回収方法。
【請求項10】
リン回収資材の使用量が、排水中のリン含有量に対して、Ca/Pモル比が1.5以上〜2.5以下である請求項7〜請求項9の何れかに記載するリン回収方法。
【請求項11】
処理温度が10℃以上〜100℃未満である請求項8〜請求項11の何れかに記載するリン回収方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−285636(P2009−285636A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−143896(P2008−143896)
【出願日】平成20年5月30日(2008.5.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、生物系特定産業技術研究支援センター「生物系産業創出のための異分野融合研究支援事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(592012384)小野田化学工業株式会社 (20)
【Fターム(参考)】