説明

リン脂質類の定量方法

【課題】簡便な操作にて正確にかつ低コストでリン脂質類を定量するための方法を提供すること。
【解決手段】本発明のリン脂質類の定量方法は、リン脂質類含有組成物中のリン脂質類を定量するための方法であって、(1)該組成物中の該リン脂質類の実測含量を、該リン脂質類を構成する塩基の種類および脂肪酸基数ごとに区分して、分析手段を用いて測定する工程、(2)該リン脂質類を構成する脂肪酸組成を測定する工程、(3)該分析手段における該リン脂質類の該区分ごとの感度差を、工程(2)で測定した該脂肪酸組成、および該リン脂質類を構成する各脂肪酸基に固有の感度差と該リン脂質類の脂肪酸基以外の部分に固有の感度差との両方もしくはいずれか一方に基づいて算出する工程、および(4)工程(3)で算出した該区分ごとの感度差に基づいて、工程(1)で測定した該実測含量を補正して、該区分ごとの精密含量を算出する工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン脂質類の定量方法に関する。より詳細には、リン脂質類含有組成物中のリン脂質類を定量するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リン脂質は、親水基と疎水基とを有する両親媒性物質であり、生物界に広く分布して、生体膜の主要な構成成分となるほか、生体内でのシグナル伝達にも関わる重要な機能を担っている。このため、その物理的特徴や生化学的機能が着目され、食品、化粧品、医薬などに広く利用されている。
【0003】
産業上、主として大豆や卵黄由来のリン脂質が利用されているが、その物理的特徴や生化学的機能は、リン脂質を構成する脂肪酸や塩基によって異なる。このため、近年では、大豆や卵黄とは異なる構成の菜種、ヒマワリ、米、魚介類、微生物などに由来するリン脂質の利用が試みられている。また、不飽和脂肪酸に水素を添加して飽和脂肪酸としてリン脂質の物性や安定性を改良したり、天然由来のリン脂質から酵素反応や化学反応によって目的の機能を有するリン脂質類を取得するなどの試みが行われている。
【0004】
一方、リン脂質類の分析法についても、様々な方法が報告されている。従来より、2次元薄層クロマトグラフィー(2D−TLC)によりリン脂質類を分離して、分離した各リン脂質類のスポットを定量・分析する方法が、最も信頼性の高い方法として、一般的に認知されている(非特許文献1)。しかし、2D−TLC法は、分析操作が煩雑であり、分析誤差を小さくするには熟練の技術を要する。分析者の熟練度によっては、得られた分析値は信頼性が低いものとなり得る。近年、31P−NMR法により、リンに結合した物質の違いによって各リン脂質類を分離して分析する方法が開発された(非特許文献2)。31P−NMR法は、比較的正確にリン脂質類を分析することができるが、分析に用いる装置(NMR)が非常に高額であり、その維持費も高いため、一般的な方法としては利用しにくい。一般的には、HPLCを用いて、各リン脂質類を分離する方法がとられる。HPLC法には、検出方法の違いにより、HPLC−UV法(非特許文献3)、HPLC−RI法(非特許文献4)、HPLC−ELSD法(非特許文献5)がある。HPLC法は、非常に簡便なリン脂質類の分析法であるが、リン脂質類を構成する脂肪酸や塩基の感度差の影響を大きく受ける。
【0005】
一般技術者がリン脂質類を定量・分析する方法として、一般的な分析機器の使用で、より簡易で精度の高い分析法が望まれる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】IUPAC collaborative study WG 3/80、Sampling and analysis of lecithin、1984年(Revised 2003年)、Ja 7-86
【非特許文献2】K. L. Lanierら、Phospholipid Analysis 31P NMR、2008年、Avanti Polar Lipids, Inc.、p. 1-13
【非特許文献3】K. Shimbo、Agric. Biol. Chem.、1986年、第50巻、p. 2643-2645
【非特許文献4】Y. Yamagishiら、J. Am. Oil Chem. Soc.、1989年、第66巻、p. 1801-1808
【非特許文献5】F. D. Confortiら、J. Chromatogr.、1993年、第645巻、p. 83-88
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、簡便な操作にて正確にかつ低コストでリン脂質類を定量するための方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、リン脂質類含有組成物中のリン脂質類を定量するための方法において、該リン脂質類を構成する塩基の種類および脂肪酸基数ごとに区分して感度差を算出し、この感度差に基づいて区分ごとの実測含量を補正して、区分ごとの精密含量を算出することによって、簡便な操作にて正確にかつ低コストでリン脂質類を定量できることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
本発明は、リン脂質類含有組成物中のリン脂質類を定量するための方法を提供し、該方法は、(1)該組成物中の該リン脂質類の実測含量を、該リン脂質類を構成する塩基の種類および脂肪酸基数ごとに区分して、分析手段を用いて測定する工程、(2)該リン脂質類を構成する脂肪酸組成を測定する工程、(3)該分析手段における該リン脂質類の該区分ごとの感度差を、工程(2)で測定した該脂肪酸組成、および該リン脂質類を構成する各脂肪酸基に固有の感度差と該リン脂質類の脂肪酸基以外の部分に固有の感度差との両方もしくはいずれか一方に基づいて算出する工程、および(4)工程(3)で算出した該区分ごとの感度差に基づいて、工程(1)で測定した該実測含量を補正して、該区分ごとの精密含量を算出する工程を含む。
【0010】
1つの実施態様では、上記工程(1)はHPLC法により行われる。
【0011】
1つの実施態様では、上記HPLC法はHPLC−RI法である。
【0012】
1つの実施態様では、上記工程(2)がGC法により行われる。
【0013】
1つの実施態様では、上記リン脂質はグリセロリン脂質である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、簡便な操作にて正確にかつ低コストでリン脂質類を定量することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】パルミチン酸標準品を用いて作成した検量線(HPLC条件1、検出器RI)を示すグラフである。
【図2】パルミチン酸標準品を用いて作成した検量線(HPLC条件1、検出器UV205nm)を示すグラフである。
【図3】ドデカン酸標準品を用いて作成した検量線(HPLC条件2、検出器RI)を示すグラフである。
【図4】ドデカン酸標準品を用いて作成した検量線(HPLC条件2、検出器UV205nm)を示すグラフである。
【図5】ジパルミトイルホスファチジルコリン標準品を用いて作成した検量線(HPLC条件3、検出器RI)を示すグラフである。
【図6】ジパルミトイルホスファチジルコリン標準品を用いて作成した検量線(HPLC条件3、検出器UV205nm)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のリン脂質類の定量方法は、リン脂質類含有組成物中のリン脂質類を定量するための方法であって、該方法は、(1)該組成物中の該リン脂質類の実測含量を、該リン脂質類を構成する塩基の種類および脂肪酸基数ごとに区分して、分析手段を用いて測定する工程、(2)該リン脂質類を構成する脂肪酸組成を測定する工程、(3)該分析手段における該リン脂質類の該区分ごとの感度差を、工程(2)で測定した該脂肪酸組成、および該リン脂質類を構成する各脂肪酸基に固有の感度差と該リン脂質類の脂肪酸基以外の部分に固有の感度差との両方もしくはいずれか一方に基づいて算出する工程、および(4)工程(3)で算出した該区分ごとの感度差に基づいて、工程(1)で測定した該実測含量を補正して、該区分ごとの精密含量を算出する工程を含む。
【0017】
本発明でいう「リン脂質類」とは、グリセロールやスフィンゴシンを基本骨格とするグリセロリン脂質またはスフィンゴリン脂質などをいう。また、これらのリン脂質の脂肪酸基が水酸基に置き換わったものも本発明でいう「リン脂質類」に含まれる。グリセロリン脂質としては、例えば、ホスファチジルコリン(レシチン)、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルグリセロール、カルジオリピン、ホスファチジン酸が挙げられ、スフィンゴリン脂質としては、例えば、スフィンゴミエリン、スフィンゴエタノールアミンが挙げられる。また、これらのリン脂質の脂肪酸基が水酸基に置き換わったものとしては、例えば、グリセロリン脂質の脂肪酸基が1つ水酸基に置き換わって脂肪酸基数が1となったもの、2つ水酸基に置き換わって脂肪酸基数が0となったものが挙げられる。グリセロリン脂質の脂肪酸基が1つ水酸基に置き換わって脂肪酸基数が1となったものとしては、例えば、リゾホスファチジルコリン(リゾレシチン)、リゾホスファチジルエタノールアミン、リゾホスファチジルセリン、リゾホスファチジルイノシトール、リゾホスファチジルグリセロール、リゾホスファチジン酸が挙げられ、グリセロリン脂質の脂肪酸基が2つ水酸基に置き換わって脂肪酸基数が0となったものとしては、例えば、グリセロホスホリルコリン、グリセロホスホリルエタノールアミン、グリセロホスホリルセリン、グリセロホスホリルイノシトール、グリセロホスホリルグリセロール、グリセロホスホン酸が挙げられる。
【0018】
リン脂質類を構成する脂肪酸基は特に限定されない。例えば、炭素数8〜24の飽和または不飽和脂肪酸基が挙げられる。炭素数8〜24の飽和または不飽和脂肪酸基としては、例えば、ミリストレイン酸、ミリスチン酸、パルミトレイン酸、パルミチン酸、リノレン酸、リノール酸、オレイン酸、ステアリン酸などの脂肪酸基が挙げられる。
【0019】
リン脂質類を構成する塩基は特に限定されない。例えば、リン酸基に結合したコリン、エタノールアミン、セリン、グリセロール、イノシトール、水酸基が挙げられる。
【0020】
リン脂質類の起源は特に限定されず、天然物由来(例えば、抽出物、濃縮物)であってもよく、または化学的に合成または修飾したものであってもよい。天然物由来のリン脂質類としては、例えば、大豆、卵黄、菜種、ヒマワリ、米、魚介類(例えば、イカ、オキアミ、マグロ、イクラ、カズノコ)、微生物(例えば、細菌、古細菌、原生生物、真菌類)に由来するリン脂質類が挙げられる。
【0021】
本発明でいう「リン脂質類含有組成物」とは、上記リン脂質類の少なくとも1種を含有する組成物をいう。リン脂質類含有組成物としては、例えば、大豆、卵黄、菜種、ヒマワリ、米、魚介類(例えば、イカ、オキアミ、マグロ、イクラ、カズノコ)、微生物(例えば、細菌、古細菌、原生生物、真菌類)、これらの乾燥粉末および粗抽出物、上記リン脂質類の試薬混合物、これらの組合せが挙げられる。
【0022】
上記定量方法では、リン脂質類含有組成物中のリン脂質類を、リン脂質類を構成する塩基の種類および脂肪酸基数ごとに区分して定量できる。
【0023】
(1)リン脂質類含有組成物中のリン脂質類の実測含量を、リン脂質類を構成する塩基の種類および脂肪酸基数ごとに区分して、分析手段を用いて測定する工程
分析手段は特に限定されない。例えば、高速液体クロマトグラフィー法(HPLC法)、薄層クロマトグラフィー法(TLC法)が挙げられる。HPLC法としては、例えば、HPLC−RI法、HPLC−UV法、HPLC−ELSD法が挙げられる。
【0024】
分析条件としては、塩基の種類および脂肪酸基数ごとに区分してリン脂質類を分離、定量できる条件であれば、特に限定されない。すべての区分を同時に分離できる条件がない場合であっても、いくつかの区分を分離できる条件を複数組み合わせれば定量することが可能である。
【0025】
実測量および実測含量とは、分析手段によって測定した量および含量、またはこれを、基準物質を用いて作成した検量線にあてはめて算出した量および含量をいう。すなわち、絶対値であっても相対値であってもよい。
【0026】
例えば、リン脂質類含有組成物をHPLCで分析すると、塩基の種類および脂肪酸基数の区分ごとにリン脂質類のピークの位置が分かれるので、各ピーク面積を区分ごとの実測含量とする。あるいは、基準物質のピーク面積を用いて検量線を作成し、基準物質の質量に換算した値を実測量(例えば、mg)および実測含量(例えば、mg/g、%)とする。
【0027】
検量線の作成に用いる基準物質の塩基は、分析対象のリン脂質類と同じであっても異なっていてもよい。基準物質は、分析対象のリン脂質類と同一条件で定量する限り、基準物質単独で分析してもよいし、分析対象のリン脂質類と混合して分析してもよい。
【0028】
実測量および実測含量の単位としては、特に限定されず、例えば、実測量ではHPLCのピーク面積、質量(例えば、μg、mg、g、μmol、mmol、mol)、体積(μL、mL、L)が挙げられ、例えば、実測含量ではmg/g、mg/mL、%、mol/Lが挙げられる。
【0029】
実測含量は、通常、測定誤差や物質による検出感度の差などに起因する誤差を含んでおり、補正が必要とされる場合がある。
【0030】
(2)リン脂質類を構成する脂肪酸組成を測定する工程
リン脂質類を構成する各脂肪酸の組成比を測定することができる。組成比は特に限定されない。例えば、質量比、モル比、体積比が挙げられる。例えば、ガスクロマトグラフィー法(GC法)により測定した各脂肪酸のピーク面積比が挙げられる。
【0031】
各脂肪酸の組成比を測定する手段は特に限定されない。例えば、エチルエステル化処理やメチルエステル化処理にて脂肪酸を遊離させて、GC法で分析する方法が挙げられる。GC法としては、例えば、GC−FID法、GC−MS法が挙げられる。
【0032】
リン脂質類含有組成物中に、リン脂質類を構成する脂肪酸基以外の脂肪酸もしくは脂肪酸基を含有する物質が多量に存在する場合は、例えば、リン脂質類が溶解しないアセトンなどの有機溶剤にてリン脂質類含有組成物を洗浄し、これらの脂肪酸もしくは脂肪酸基を有する物質を除去した後に、リン脂質類を構成する各脂肪酸の組成比を測定することが好ましい。
【0033】
(3)分析手段におけるリン脂質類の区分ごとの感度差を、上記工程(2)で測定した脂肪酸組成、およびリン脂質類を構成する各脂肪酸基に固有の感度差とリン脂質類の脂肪酸基以外の部分に固有の感度差との両方もしくはいずれか一方に基づいて算出する工程
本発明でいう「検出感度」とは、一定量の物質を特定の分析手段にて分析した分析値をいい、例えば、物質1μgあたりの分析値、物質1mgあたりの分析値、物質1gあたりの分析値をいう。分析値としては、例えば、HPLCの場合、例えば、得られたクロマトグラムのピーク面積、これを、基準物質を用いて作成した検量線にあてはめて算出した実測量(例えば、g、mg、μg、mL、μL、mol、mmol、μmol)、および実測量から算出した実測含量(例えば、mg/g、mg/mL、%、mol/L)が挙げられる。検出感度は、特定の分析手段において、物質に固有の値であるが、例えば、ピーク面積を分析値とした場合、分析日や分析機器が異なれば、同型あるいは同種の検出器であっても検出器や光源の状態などによって、値に顕著な差異が生じる場合がある。一方、ピーク面積を、特定の基準物質を用いて作成した検量線にあてはめて算出した実測量および実測含量を分析値とした場合、分析日間や分析機器間の差異は検量線により補正できる。このため、本明細書実施例では、実測含量を分析値としている。同じ日に、同じ分析機器にて分析する場合には、ピーク面積を分析値としてもよい。
【0034】
本発明では、検出感度=実測含量(mg/mLもしくは%)/実際の物質量(mg/mLもしくは%)=分析値(mg)/物質量(mg)などにより算出している。ここで、実際の物質量とは、採取した物質量に純度を乗じた値をいう。純度とは、物質に応じて一般的に信憑性が高いとされる分析手段にて分析した分析値(例えば、mg/ml、mmol/L、%)をいう。一般的に信憑性が高いとされる分析手段としては、例えば、脂肪酸の場合、GC法などが挙げられる。分析対象が試薬として市販されている物質の場合には、メーカー分析値であってもよい。
【0035】
本発明でいう「感度差」とは、特定の物質の検出感度と分析対象の検出感度との比をいう。例えば、特定の物質の検出感度を1、1.0、1.00、1.000、1.0000、1.00000などとした場合における分析対象の検出感度の相対値(比)をいう。すなわち、特定の物質が、実測量を算出するために用いた基準物質である場合は、感度差=検出感度となる。HPLC分析における感度差を算出するために、パルミチン酸を基準物質とし、その検出感度を1.00とした場合の各脂肪酸に固有の感度差を以下の表5に示す。
【0036】
本発明では、実測含量を測定する分析手段における脂肪酸基に固有の感度差と脂肪酸基以外の部分に固有の感度差とに基づいて区分ごとの感度差を算出する。例えば、HPLC−RI法によりリン脂質類の実測含量を測定する場合には、HPLC−RI法により測定した値から算出する感度差を用いる。
【0037】
各脂肪酸基に固有の感度差は、対応する各脂肪酸に固有の感度差とする。具体的には、対応する各脂肪酸標準品を測定して算出する。このような標準品は、例えば、SIGMA−ALDRICH社から市販されている。具体的には、各脂肪酸について、実測含量を測定する分析手段を用いて標準品を測定し、真値と測定値との比を算出して検出感度とする。次いで、特定の脂肪酸またはリン脂質類の検出感度を1.00とした場合の塩基および脂肪酸の感度差とする。例えば、パルミチン酸の検出感度を1.00として、各脂肪酸の感度差を算出する。
【0038】
塩基の種類によって異なる脂肪酸基以外の部分に固有の感度差は、感度差が組成比に比例すると仮定して、特定の脂肪酸基が結合したリン脂質について標準品を用いて感度差を算出し、この値から脂肪酸基の感度差を減じることにより算出する。例えば、1位および2位にパルミチン酸が結合したリン脂質であるジパルミトイルホスファチジルコリンの感度差を、脂肪酸基の感度差、すなわちパルミチン酸基の検出感度を1.00として算出する。ジパルミトイルホスファチジルコリンの感度差から、パルミチン酸の感度差にその組成比を乗じた値(ジパルミトイルホスファチジルコリン中でのパルミチン酸の感度差)を減じることにより、ジパルミトイルホスファチジルコリン中での脂肪酸基以外の部分に固有の感度差が算出される。なお、脂肪酸基以外の部分に固有の感度差の算出はこの方法に限定されるものではない。
【0039】
リン脂質類を構成する各脂肪酸基に固有の感度差および脂肪酸基以外の部分に固有の感度差は、一度算出しておけばよい。
【0040】
リン脂質類の区分ごとの感度差は、構成する脂肪酸基および脂肪酸基以外の部分のそれぞれに固有の感度差とそれぞれの組成比(分子量比)に関係すると考えられる。すなわち、感度差が組成比に比例すると仮定して、各脂肪酸基の感度差にその組成比(分子量比)を乗じた値の全脂肪酸の和に、脂肪酸基以外の部分の感度差にその組成比(分子量比)を乗じた値を加えることにより算出する。
【0041】
精密含量の精度のレベルによっては、リン脂質類を構成する各脂肪酸基に固有の感度差または脂肪酸基以外の部分に固有の感度差のいずれか一方を考慮することなく、区分ごとの感度差を算出してもよい。
【0042】
(4)上記工程(3)で算出した区分ごとの感度差に基づいて、上記工程(1)で測定した実測含量を補正して、区分ごとの精密含量を算出する工程
区分ごとの感度差に基づく実測含量の補正は、例えば、基準物質の感度差を1.00とした場合の分析対象のリン脂質類の感度差の逆数(=基準物質の感度差/分析対象のリン脂質類の感度差)を実測含量に乗じることによって行うことができる。以下、この値(基準物質の感度差/分析対象のリン脂質類の感度差)を補正係数という場合がある。例えば、ジパルミトイルホスファチジルコリンの感度差を大豆ホスファチジルコリンの区分ごとの感度差で除した値を区分ごとの実測含量に乗じることで、補正がなされる。
【0043】
精密含量とは、区分ごとの感度差に基づいて実測含量を補正した含量をいう。精密含量の単位は特に限定されない。
【0044】
精密含量の単位としては、特に限定されず、例えば、質量(mg)、濃度(mg/mL)、含量(%)、純度(%)が挙げられる。
【0045】
精密含量は、目的に応じて、測定誤差や物質による検出感度の差などに起因する誤差が、補正によりある程度除去されている。
【実施例】
【0046】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに詳しく説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0047】
(実施例1:HPLC分析における各脂肪酸の感度差の確認)
SIGMA−ALDRICH社より購入した以下の表1に記載の脂肪酸標準品について、HPLC分析により脂肪酸の含量(純度)を定量し、脂肪酸の実際の純度と比較することによって、HPLC分析における各脂肪酸の検出感度(=HPLC定量値(%)/実際の純度(%))を確認した。
【0048】
(純度の確認)
各脂肪酸標準品の脂肪酸の実際の純度については、メーカー分析値を用いてもよいが、高純度の脂肪酸、特に不飽和脂肪酸は劣化しやすいため、HPLC分析時にGC分析にて確認した。
【0049】
各脂肪酸標準品5〜6mgおよび内部標準として開封直後のトリコサン酸(SIGMA−ALDRICH社T6543,純度99.2%)5〜6mgを5mLメスフラスコに秤量し、溶媒のクロロホルム、クロロホルム/メタノール(=2/1(容積))またはクロロホルム/メタノール/蒸留水(=2/1/0.12(容積))に溶解し、全量を5mLにした。溶媒は、脂肪酸の溶解性に応じて適宜選択した。この溶液0.5mLを栓付試験管に採取し、これに10%塩酸/メタノール溶液(和光純薬工業株式会社18615−08)1mLを加えて、密栓し、80℃湯浴にて3時間加熱して、メチルエステル化反応を行った。放冷後、試験管に蒸留水6mLおよびヘキサン1mLを添加し、十分に混合した。試験管を遠心分離に供し、上層を採取してGC分析を行った。
【0050】
<GC分析条件>
カラム:ULBON HR−Thermon−3000B(内径0.25mm×長さ30m,膜厚0.25μm,信和化工株式会社)
キャリアガス:ヘリウム
流速:1.0mL/分
ガス圧力:150kPa(ヘリウム)
ガス流量:30mL/分(ヘリウム、窒素(メイクアップガス))、40mL/分(水素)、400mL/分(空気)
試料注入量:2μL
スプリット比:1/100
検出器:FID
カラム温度:50℃(10℃/分)→100℃(25℃/分)→150℃(2℃/分)→220℃(25分)
試料注入口温度:220℃
検出器温度:220℃
【0051】
GC分析の結果より、下記の計算方法で、各脂肪酸の純度を算出した。なお、内部標準として使用したトリコサン酸は比較的安定な脂肪酸であり、劣化はないものと考え、その純度はメーカー分析値99.2%とした。結果を表1に示す。
【0052】
各脂肪酸の純度(%)=((トリコサン酸の質量mg×99.2%/トリコサン酸のGC分析ピーク面積)×各脂肪酸のGC分析ピーク面積)/各脂肪酸標準品の質量mg×100
【0053】
【表1】

【0054】
例えば、ドデカン酸5.5mgとトリコサン酸5.2mgとを混合してGC分析を行ったところ、GCピーク面積はドデカン酸が50451、トリコサン酸が50880の結果が得られた。この場合、ドデカン酸標準品のドデカン酸純度(%)は、((5.2×99.2/50880)×50451)/5.5×100=98(%)となる。
【0055】
表1から明らかなように、購入した脂肪酸標準品のGC分析による脂肪酸純度は100%に近いことから、脂肪酸の純度の確認にGC分析法は適していることがわかった。
【0056】
(各脂肪酸のHPLC分析)
次いで、以下のHPLC条件1または条件2にて、各脂肪酸標準品のHPLC分析を行った。HPLC条件1は炭素数12以上の脂肪酸の分析に用い、HPLC条件2は極性が高い炭素数12以下の脂肪酸の分析に用いた。
【0057】
<HPLC条件1>
カラム:Inertsil ODS−SP(内径4.6mm×長さ15cm,GL SCIENCE社)
移動相:アセトニトリル/0.1%リン酸水溶液=9/1(容積)
試料希釈液:クロロホルム
流速:1.3mL/分
検出器:RIおよびUV(波長205nm)
カラム温度:30℃
検出器温度:30℃
【0058】
<HPLC条件2>
カラム:Inertsil ODS−SP(内径4.6mm×長さ15cm,GL SCIENCE社)
移動相:アセトニトリル/0.1%リン酸水溶液=5/5(容積)
試料希釈液:メタノール
流速:1.3mL/分
検出器:RIおよびUV(波長205nm)
カラム温度:30℃
検出器温度:30℃
【0059】
HPLC条件1では、パルミチン酸標準品(SIGMA−ALDRICH社P0500,純度100%)を用いて検量線を作成し、得られた各脂肪酸のHPLC分析値(HPLCピーク面積)を検量線にあてはめて、パルミチン酸の質量に換算した値(パルミチン酸換算値)を算出した。検量線の一例を図1(検出器:RI)および図2(検出器:UV205nm)に示す。図1の検量線は、y(HPLCピーク面積)=34885x(パルミチン酸換算値)-125.35であり、図2の検量線は、y(HPLCピーク面積)=33737x(パルミチン酸換算値)+5136.9であった。結果を表2に示す。
【0060】
【表2】

【0061】
例えば、ドデカン酸標準品をクロロホルムにて4.18mg/mLに希釈してHPLC分析を行ったところ、HPLCピーク面積はRI検出器では141512、UV検出器(205nm)では186215の結果が得られた。例えば、RI検出器の141512を図1の検量線にあてはめると、4.06mg/mLのパルミチン酸換算値が得られ、パルミチン酸の純度100%から、4.06mg/mL÷4.18mg/mL×100%=97%のHPLC定量値(基準物質:パルミチン酸;RI)となる。
【0062】
HPLC条件2では、ドデカン酸標準品(SIGMA−ALDRICH社L4251,純度98%)を用いて検量線を作成し、得られた各脂肪酸のHPLC分析値(HPLCピーク面積)を検量線にあてはめて、ドデカン酸の質量に換算した値(ドデカン酸換算値)を算出した。検量線の一例を図3(検出器:RI)および図4(検出器:UV205nm)に示す。図3の検量線は、y(HPLCピーク面積)=17100x(ドデカン酸換算値)+507.47であり、図4の検量線は、y(HPLCピーク面積)=18217x(ドデカン酸換算値)+484.66であった。結果を表3に示す。
【0063】
【表3】

【0064】
例えば、デカン酸標準品をメタノールにて4.18mg/mLに希釈してHPLC分析を行ったところ、HPLCピーク面積はRI検出器では71912、UN検出器(205nm)では115615の結果が得られた。例えば、RI検出器の71912を図3の検量線にあてはめると、4.10mg/mLのドデカン酸換算値が得られ、ドデカン酸の純度100%から、4.10mg/mL÷4.18mg/mL×100%=98%のHPLC定量値(基準物質:ドデカン酸;RI)となる。
【0065】
さらに、表3の結果に、HPLC条件1にて得られたドデカン酸のパルミチン酸換算値(0.99(RI)および1.31(UV205nm))(表2)を乗じると、デカン酸標準品のパルミチン酸換算値が得られる。結果を表4に示す。
【0066】
【表4】

【0067】
次いで、各脂肪酸のGC分析から得られた純度(実際の純度)とHPLC定量値とから、HPLC分析における検出感度(=HPLC定量値(%)/実際の純度(%))を算出した。さらに、パルミチン酸の検出感度を1.00として、各脂肪酸の感度差(=検出感度/パルミチン酸の検出感度)を算出した。結果を表2および4に示す。
【0068】
例えば、ドデカン酸標準品の実際の純度は98%であるため、HPLC定量値(基準物質:パルミチン酸;RI)97.1%÷実際の純度98%=0.99が、パルミチン酸の検出感度を1.00とした場合のドデカン酸の感度差となる。
【0069】
同様にして、SIGMA−ALDRICH社より購入した以下の表5に記載の脂肪酸標準品について、GC分析により脂肪酸純度を確認し、HPLC分析により脂肪酸の含量(純度)を定量し、パルミチン酸の検出感度を1.00として、各脂肪酸の感度差を算出した。結果を表5に示す。
【0070】
【表5】

【0071】
表5から明らかなように、脂肪酸種によって感度差が異なることがわかった。検出法を比較すると、感度差はRI法に比べ、UV法で顕著な差異となっている。また、炭素数や二重結合が多いほど感度差が大きくなる傾向となっている。異性体であるオレイン酸とエライジン酸との感度差およびリノレイン酸とγ−リノレイン酸との感度差がそれぞれ一致していることから、脂肪酸の構造は感度差に影響しないと考えられる。
【0072】
(実施例2:HPLC分析におけるホスファチジルコリンの脂肪酸基以外の部分の感度差の確認)
SIGMA−ALDRICH社より購入した表5に記載のジパルミトイルホスファチジルコリン標準品(P4329:1,2−Dipalmitoyl−sn−glycero−3−phosphocholine,純度100%)、すなわち、1位および2位の脂肪酸基がパルミチン酸由来であるホスファチジルコリンについて、実施例1と同様にして、ジパルミトイルホスファチジルコリンの実際の純度100%と、HPLC定量値(HPLC条件1)とから、HPLC分析における検出感度(=HPLC定量値(%)/ジパルミトイルホスファチジルコリンの実際の純度(100%))を算出した。さらに、パルミチン酸の検出感度を1.00として、ジパルミトイルホスファチジルコリンの感度差(=検出感度/パルミチン酸の検出感度)を算出した。結果を表5に示す。
【0073】
表5から明らかなように、ジパルミトイルホスファチジルコリンの感度差は、パルミチン酸の検出感度を1.00にすると、1.08(RI)および0.99(UV205nm)であることがわかった。
【0074】
ジパルミトイルホスファチジルコリンおよびパルミチン酸の分子量から、脂肪酸基以外の部分の組成比(%)を算出し、その組成比(%)とHPLC分析における感度差から、ホスファチジルコリンの脂肪酸基以外の部分の感度差を算出した。すなわち、パルミチン酸の感度差:1.00、パルミチン酸(2分子)の組成比:69.9%およびジパルミトイルホスファチジルコリンの感度差:1.08(RI)および0.99(UV205nm)から、ジパルミトイルホスファチジルコリンのパルミチン酸(脂肪酸)由来基以外の部分(組成比:30.1%)の感度差は、(ジパルミトイルホスファチジルコリンの感度差−0.699×1.00)/0.301=1.27(RI)または0.97(UV205nm)となる。結果を表6に示す。
【0075】
【表6】

【0076】
表6から明らかなように、ジパルミトイルホスファチジルコリンの脂肪酸基以外の部分、すなわちホスファチジルコリンの脂肪酸基以外の部分の感度差は、パルミチン酸の感度差を1.00にすると、1.27(RI)および0.97(UV205nm)であることがわかった。
【0077】
(実施例3:HPLC分析におけるホスファチジルコリン以外のリン脂質の脂肪酸基以外の部分の感度差の確認)
SIGMA−ALDRICH社より購入した以下の表7に記載の1位および2位の脂肪酸基がパルミチン酸由来であるリン脂質標準品について、これらのリン脂質の脂肪酸基以外の部分の感度差を算出した。
【0078】
これらのリン脂質のHPLC分析は、上記HPLC条件1およびHPLC条件2では困難であったため、以下のHPLC条件3にて行った。ジパルミトイルホスファチジルコリン標準品(SIGMA−ALDRICH社P4329,純度100%)を用いて検量線を作成し、得られた各リン脂質のHPLC分析値(HPLCピーク面積)を検量線にあてはめて、ジパルミトイルホスファチジルコリンの質量に換算した値(ジパルミトイルホスファチジルコリン換算値)を算出した。
【0079】
<HPLC条件3>
カラム:Inertsil NH2(内径4.6mm×長さ25cm,GL SCIENCE社)
移動相:アセトニトリル/メタノール/10mMリン酸二水素アンモニウム水溶液=7/2/1(容積)
流速:1.3mL/分
検出器:RIおよびUV(波長205nm)
カラム温度:37℃
検出器温度:37℃
【0080】
HPLC条件3にて得られた検量線の一例を図5(検出器:RI)および図6(検出器:UV205nm)に示す。図5の検量線は、y(HPLCピーク面積)=74383x(ジパルミトイルホスファチジルコリン換算値)-470.36であり、図6の検量線は、y(HPLCピーク面積)=101794x(ジパルミトイルホスファチジルコリン換算値)-6878.6であった。
【0081】
各脂肪酸のメーカー分析値による純度(実際の純度)とHPLC定量値とから、HPLC分析における検出感度(=HPLC定量値(%)/実際の純度(%))を算出した。さらに、ジパルミトイルホスファチジルコリンの検出感度を1.00として、各リン脂質の感度差(=検出感度/ジパルミトイルホスファチジルコリンの検出感度)を算出した。結果を表7に示す。
【0082】
【表7】

【0083】
例えば、ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン標準品をクロロホルム/メタノール=2/1(容積)にて4.31mg/mLに希釈してHPLC分析を行ったところ、HPLCピーク面積はRI検出器では308776、UV検出器(205nm)では438211の結果が得られた。例えば、RI検出器の308776を図5の検量線にあてはめると、4.2mg/mLのジパルミトイルホスファチジルコリン換算値が得られ、ジパルミトイルホスファチジルコリンの純度100%から、4.2mg/mL÷4.31mg/mL×100%=96.5%のジパルミトイルホスファチジルコリンを基準物質とした場合のHPLC定量値(基準物質:ジパルミトイルホスファチジルコリン;RI)となる。
【0084】
ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン標準品の実際の純度は97%であるため、HPLC定量値(基準物質:ジパルミトイルホスファチジルコリン;RI)96.5%÷実際の純度97%=0.994が、ジパルミトイルホスファチジルコリンの検出感度を1.00とした場合のジパルミトイルホスファチジルエタノールアミンの感度差となる。
【0085】
ジパルミトイルホスファチジルコリンの検出感度を1.00とした場合の各リン脂質の感度差に、実施例2のパルミチン酸の検出感度を1.00とした場合のジパルミトイルホスファチジルコリンの感度差(1.08(RI)および0.99(UV205nm))(表5)を乗じることにより、パルミチン酸の検出感度を1.00とした場合の各リン脂質の感度差を算出した。さらに、実施例2と同様にして、各リン脂質およびパルミチン酸の分子量から、脂肪酸基以外の部分の組成比(%)を算出し、その組成比(%)とHPLC分析における感度差から、各リン脂質の脂肪酸基以外の部分の感度差を算出した。結果を表8に示す。
【0086】
【表8】

【0087】
例えば、ジパルミトイルホスファチジルコリンの検出感度を1.00とした場合のジパルミトイルホスファチジルエタノールアミンの感度差は0.994(RI)および1.0046(UV205nm)であった。これらの値にパルミチン酸の検出感度を1.00とした場合のジパルミトイルホスファチジルコリンの検出感度(1.08(RI)および0.99(UV205nm))(表5)をそれぞれ乗じた値、すなわちパルミチン酸の検出感度を1.00とした場合のジパルミトイルホスファチジルエタノールアミンの感度差は1.07(RI)および1.04(UV205nm)となる。
【0088】
さらに、ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミンおよびパルミチン酸の分子量から、脂肪酸基以外の部分の組成比(%)を算出し、その組成比(%)とHPLC分析における感度差から、ホスファチジルエタノールアミンの脂肪酸基以外の部分の感度差を算出した。すなわち、パルミチン酸の感度差:1.00、パルミチン酸(2分子)の組成比:74.12%およびジパルミトイルホスファチジルエタノールアミンの感度差:1.07(RI)および1.04(UV205nm)から、ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミンのパルミチン酸(脂肪酸)由来基以外の部分(組成比25.88%)の感度差は、(ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミンの感度差−0.7412×1.00)/0.2588=1.27(RI)および1.15(UV205nm)となる。
【0089】
表8から明らかなように、1位および2位の脂肪酸基がパルミチン酸由来である各リン脂質のパルミチン酸(脂肪酸)由来基以外の部分の感度差、すなわちホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルグリセロールまたはホスファチジン酸をそれぞれ塩基とするリン脂質の脂肪酸基以外の部分の感度差は、パルミチン酸の感度差を1.00にすると、塩基の違いにより、0.81〜1.49(RI)および0.97〜2.76(UV205nm)であった。リン脂質中の脂肪酸基以外の部分の組成比は30%前後であり、せいぜい2、3倍の感度差の差異であることから、求められる定量精度のレベルによっては脂肪酸基以外の部分の感度差を無視することも可能であることがわかった。
【0090】
(実施例4:リン脂質類のHPLC定量値の補正1)
(工程1:リン脂質類のHPLC分析)
SIGMA−ALDRICH社より購入した以下の表9に記載のリン脂質類標準品について、以下のHPLC条件4にてHPLC分析を行った。すなわち、ホスファチジルコリン(PC;脂肪酸基数:2)、リゾホスファチジルコリン(LPC;脂肪酸基数:1)およびグリセロホスホリルコリン(GPC;脂肪酸基数:0)を定量した。ジパルミトイルホスファチジルコリン(SIGMA−ALDRICH社P4329,純度100%)を用いて検量線を作成し、得られた各リン脂質のHPLC分析値(HPLCピーク面積)を検量線にあてはめて、ジパルミトイルホスファチジルコリンの質量に換算した値(ジパルミトイルホスファチジルコリン換算値)を算出した。結果を表9に示す。
【0091】
<HPLC条件4>
カラム:Inertsil SIL 100A(内径4.6mm×長さ25cm,GL SCIENCE社)
移動相:アセトニトリル/メタノール/リン酸=90/9/1(容積)
流速:1.0mL/分
検出器:RIおよびUV(波長205nm)
カラム温度:37℃
検出器温度:40℃
【0092】
【表9】

【0093】
表9から明らかなように、HPLC定量値(基準物質:ジパルミトイルホスファチジルコリン)はメーカー分析値による純度からずれがみられる。特に、UV検出ではずれが顕著となっている。したがって、HPLC定量値(基準物質:ジパルミトイルホスファチジルコリン)を補正して正確な定量値を算出する必要があることがわかった。
(工程2:リン脂質類の脂肪酸組成の測定)
工程1で得られた各リン脂質類のHPLC定量値(基準物質:ジパルミトイルホスファチジルコリン)を補正するデータを得るため、各リン脂質類の脂肪酸組成を測定した。具体的には、実施例1のGC分析と同様の方法にて、各リン脂質類の脂肪酸組成を測定した。ただし、内部標準であるトリコサン酸は使用しなかった。
【0094】
GC分析結果から、各リン脂質類を構成する各脂肪酸について、脂肪酸組成比(%)=(各脂肪酸ピーク面積/全脂肪酸ピーク面積)×100を算出した。溶媒ピークおよびピーク面積≦500以下のピークは除外した。得られたリン脂質類の脂肪酸組成比(%)の一例を表10に示す。
【0095】
【表10】

【0096】
表10に示す通り、大豆や卵黄といった天然物から抽出したリン脂質類は種々の脂肪酸から構成されていることがわかる。
【0097】
また、得られた脂肪酸組成比から、各リン脂質類の脂肪酸部分の分子量および感度差を算出した。具体的には、分子量は、各脂肪酸の組成比(%)に各脂肪酸の分子量を乗じた値の合計値とし、感度差は、各脂肪酸の組成比(%)に実施例1で得られたパルミチン酸の検出感度を1.00とした場合の各脂肪酸の感度差を乗じた値の合計値とした。結果を表10に示す。
【0098】
表10から明らかなように、大豆由来ホスファチジルコリンおよび卵黄由来ホスファチジルコリンの脂肪酸部分の分子量はそれぞれ278.16および273.79であり、感度差はそれぞれ1.21(RI)および125.90(UV205nm)ならびに1.11(RI)および48.96(UV205nm)であった。
【0099】
(工程3:リン脂質類の補正係数の算出)
工程1で得られた各リン脂質類のHPLC定量値(基準物質:ジパルミトイルホスファチジルコリン)を、工程2で得られた各リン脂質類の脂肪酸基部分の分子量および感度差を用いて補正するための補正係数を算出した。工程1では、ジパルミトイルホスファチジルコリンを基準物質としているため、補正係数は下記の計算方法で算出した。結果を以下の表11に示す。
【0100】
補正係数=ジパルミトイルホスファチジルコリンの感度差/各リン脂質類の感度差
【0101】
ここでいう感度差はパルミチン酸の検出感度を1.00とした場合の感度差であり、具体的には、工程2で得られた各脂肪酸の組成比(%)に各脂肪酸基の感度差を乗じた値の合計値と、脂肪酸基以外の部分の組成比(%)に脂肪酸基以外の部分の感度差を乗じた値を加えることにより算出した。表11には表10に記載のリン脂質類以外のリン脂質類についても記載しているが、これらのリン脂質類も工程2と同様にして、脂肪酸基部分の分子量および感度差を確認し、算出している。
【0102】
なお、1位や2位の脂肪酸基が加水分解したリゾホスファチジルコリンやグリセロホスホコリンについても同様に算出したが、これらの脂肪酸基が加水分解したリン脂質加水分解物には脂肪酸結合部分に水酸基(−OH)が結合した状態となっており、水酸基(−OH)の感度差は無視して算出した。
【0103】
【表11】

【0104】
例えば、1位、2位の脂肪酸基がオレイン酸由来であるジオレオイルホスファチジルコリンは脂肪酸基部分の組成比が71.86%で、脂肪酸基以外の部分の組成比が28.14%である。オレイン酸の感度差は1.13(RI)および26.93(UV205nm)であり(表5)、脂肪酸基以外の部分の感度差は1.27(RI)および0.97(UV205nm)である(表6)。よって、例えば、RI検出では、ジオレオイルホスファチジルコリンの感度差は1.13×0.7186+1.27×0.2814=1.17(パルミチン酸の検出感度を1.00とした場合の感度差)となる。ジパルミトイルホスファチジルコリンの感度差は1.08であるため(表5)、ジオレオイルホスファチジルコリンの補正係数は1.08÷1.11=0.92となる。
【0105】
表11に示す通り、ジパルミトイルホスファチジルコリンを基準物質とした場合の各リン脂質の補正係数は0.86〜1.01(RI)および0.01〜1.19(UV205nm)と、構成脂肪酸によって大きく異なることがわかる。
【0106】
(工程4:リン脂質類のHPLC定量値の補正)
工程1で得られた各リン脂質類のHPLC定量値(基準物質:ジパルミトイルホスファチジルコリン)(表9)を工程3で得られた補正係数(基準物質:ジパルミトイルホスファチジルコリン)を用いて補正した。具体的には、HPLC定量値に補正係数を乗じることにより補正した。補正係数は上記の通り、基準物質のジパルミトイルホスファチジルコリンの感度差を分析対象の各リン脂質類の感度差で除した値であり、この補正係数をHPLC定量値に乗じることにより、基準物質と分析対象の各リン脂質類との感度差の差異を補正することになる。結果を表12(RI)および13(UV205nm)に示す。
【0107】
【表12】

【0108】
【表13】

【0109】
例えば、ジパルミトイルホスファチジルコリンを基準物質とした場合のジオレオイルホスファチジルコリンのHPLC定量値は107.4%(RI)および1898.5%(UV205nm)であり、ジパルミトイルホスファチジルコリンを基準物質とした場合のジオレオイルホスファチジルコリンの補正係数は0.92(RI)および0.05(UV205nm)である。したがって、例えば、上記ジオレオイルホスファチジルコリンのHPLC定量値(RI)は、上記補正係数を乗じることにより、107.4%×0.92=98.8%と補正することができる。
【0110】
表12および13から明らかなように、補正係数を乗じた値は、メーカー分析値と概ね一致し、UV検出ではメーカー分析値から若干のずれがみられるものの、RI検出では、いずれのリン脂質類についてもメーカー分析値とほぼ一致することがわかった。
【0111】
上記結果は、リン脂質類を脂肪酸基と脂肪酸基以外の部分に分けて考え、それぞれの感度差がそれぞれの構成割合に応じて影響することを示している。また、構成脂肪酸が多種である大豆や卵黄由来のホスファチジルコリンについても、定量値を補正することで、メーカー分析値とほぼ一致しており、各脂肪酸基の感度差がその構成割合に応じて影響することがわかった。さらに、1位や2位の脂肪酸基が加水分解したものは、脂肪酸結合部分に結合した水酸基(−OH)の感度差を無視することで、問題なく定量値を補正できており、これらのリゾリン脂質や1位、2位の脂肪酸基が両方とも加水分解したものも、同じ定量法、補正法が利用できることを確認できた。一方でジミリストイルホスファチジルコリン(SIGMA−ALDRICH社P2663:1,2−Dipalmitoyl−sn−glycero−3−phosphocholine)などは、その補正係数がほぼ1となり、補正を行わなくてもほとんど問題のないものがあることがわかった。すなわち、特定のリン脂質について、本発明の定量方法による検証結果から、脂肪酸基および脂肪酸基以外の部分の感度差に基づいた補正を省略できると判断することも可能である。
【0112】
(実施例5:リン脂質類のHPLC定量値の補正2)
SIGMA−ALDRICH社より購入した以下の表14に記載のリン脂質類標準品について、実施例4と同様にして、HPLC分析を行い、補正係数を算出し、HPLC定量値を補正した。補正係数を表14に示し、ホスファチジルエタノールアミンのHPLC定量値および補正結果を表15(RI)および表16(UV205nm)に示す。
【0113】
【表14】

【0114】
【表15】

【0115】
【表16】

【0116】
表14、15および16から明らかなように、ホスファチジルエタノールアミンについてもホスファチジルコリンと同様に、補正係数を乗じた値は、メーカー分析値と概ね一致し、UV検出ではメーカー分析値から若干のずれがみられるものの、RI検出では、いずれのリン脂質類についてもメーカー分析値とほぼ一致することがわかった。構成脂肪酸が多種である大豆や卵黄由来のホスファチジルエタノールアミンや脂肪酸基が加水分解したリゾホスファチジルエタノールアミンも問題なく、メーカー分析値と一致した。すなわち、本発明の定量法および補正法はリン脂質類の塩基または脂肪酸基数に関係なく使用できることがわかった。
【0117】
(実施例6:HPLC法の条件の影響確認およびリン脂質類のHPLC定量値の補正3)
HPLC法の条件の影響を確認するため、HPLC条件4以外の分析条件として、上記HPLC条件3および以下のHPLC条件5にて、上記表14に記載の各リン脂質類について、実施例4および5と同様にして、HPLC分析を行い、補正係数を算出し、HPLC定量値を補正した。補正係数を表14に示し、HPLC分析における各リン脂質の検出時間を表17に示し、HPLC定量値および補正結果を表18(HPLC条件3)および表19(HPLC条件5)に示す。
【0118】
<HPLC条件5>
カラム:YMC Polyamine−II(内径4.6mm×長さ25cm,YMC社)
移動相:アセトニトリル/メタノール/10mMリン酸二水素アンモニウム水溶液=1856/874/270(容積)
流速:1.3mL/分
検出器:RI
カラム温度:37℃
検出器温度:40℃
【0119】
【表17】

【0120】
表17に示すように、HPLC分析の条件により、各リン脂質の検出時間が異なり、また溶出順も異なる。すなわち、HPLC分析の条件3、条件4および条件5は分析条件が大きく異なることを示す。
【0121】
【表18】

【0122】
【表19】

【0123】
表18および19に示すように、HPLCの分析条件を変えても、補正係数を乗じた値は、メーカー分析値と概ね一致し、UV検出ではメーカー分析値から若干のずれがみられるものの、RI検出では、いずれのリン脂質類についてもメーカー分析値とほぼ一致することがわかった。ホスファチジルセリン、ホスファチジルグリセロール、ホスファチジン酸といったリン脂質類についても問題なく、メーカー分析値と一致した。
【0124】
実施例1〜6の結果が示すように、本発明のリン脂質類の定量方法は、HPLCやGCといった汎用分析機器を用いて、簡便な操作にて正確にリン脂質類を定量できることがわかった。高額で維持費用のかかるNMRのような分析機器を使用しないため、設備費を抑えることができ、分析作業に手間がかからないため、分析にかかる人件費を抑えることができる。
【産業上の利用可能性】
【0125】
本発明によれば、簡便な操作にて正確にかつ低コストでリン脂質またはその加水分解物を定量することができる。このため、種々のリン脂質またはその加水分解物の分析が促進され、リン脂質またはその加水分解物の食品、化粧品、医薬などへの利用が加速される。また、試薬などの品質やその経時変化を容易に確認することができ研究開発に貢献できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン脂質類含有組成物中のリン脂質類を定量するための方法であって、
(1)該組成物中の該リン脂質類の実測含量を、該リン脂質類を構成する塩基の種類および脂肪酸基数ごとに区分して、分析手段を用いて測定する工程、
(2)該リン脂質類を構成する脂肪酸組成を測定する工程、
(3)該分析手段における該リン脂質類の該区分ごとの感度差を、工程(2)で測定した該脂肪酸組成、および該リン脂質類を構成する各脂肪酸基に固有の感度差と該リン脂質類の脂肪酸基以外の部分に固有の感度差との両方もしくはいずれか一方に基づいて算出する工程、および
(4)工程(3)で算出した該区分ごとの感度差に基づいて、工程(1)で測定した該実測含量を補正して、該区分ごとの精密含量を算出する工程を含む、方法。
【請求項2】
前記工程(1)がHPLC法により行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記HPLC法がHPLC−RI法である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記工程(2)がGC法により行われる、請求項1から3のいずれかの項に記載の方法。
【請求項5】
前記リン脂質がグリセロリン脂質である、請求項1から4のいずれかの項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−194132(P2012−194132A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−59889(P2011−59889)
【出願日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【出願人】(000214250)ナガセケムテックス株式会社 (173)
【出願人】(000214272)長瀬産業株式会社 (137)
【Fターム(参考)】