説明

リン酸イオンの検出方法および検出用キット

【課題】生理的・化学的に重要なリン酸アニオン類を水系媒質中で簡便に蛍光検出できる方法およびこの方法を実施できるキットを提供する。
【解決手段】リン酸イオンの検出方法であって、被検体を、ジオール部位をもつ蛍光色素および2,2'-ジピコリルアミン金属錯体部位をもつフェニルボロン酸(但し、金属錯体部位の金属は亜鉛または銅である)と混合し、発生する蛍光を検出することを含む前記方法。以下の試薬を含むリン酸イオンの検出用キット。(1)ジオール部位をもつ蛍光色素および(2)2,2'-ジピコリルアミン金属錯体部位をもつフェニルボロン酸但し、金属錯体部位の金属は亜鉛または銅である)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸イオンの計測に利用できる蛍光検出方法および検出用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
生体系において,リン酸化合物は、DNAやRNAをはじめとした様々なリン酸エステル体として見いだされる。よって、その生化学的重要性が指摘されており、シグナル伝達系では、リン酸化タンパク質等を介して、種々の情報伝達制御に関わる。また、代謝反応においても、いくつか関係する酵素があり、たとえば、アルカリフォスファターゼ(ALP)は、アルカリ条件下でリン酸エステルを加水分解するが、ALP異常値は肝障害を示唆するものであり、臨床検査に対しても重要被検査物質となる。
【0003】
リン成分は、環境における制御因子である。例えば、フィチン酸は、myo-イノシトールの6リン酸エステルであり、身近な例として、家畜の穀物飼料に含まれているが、消化されず自然界のリン酸の濃度を上昇させる(富栄養化)。従って、リン酸化合物は、環境化学的視点からも重要である。
【0004】
リン酸イオンの化学検査法には、モリブデン青法、バイオセンサーまたは合成分子による化学センサーを用いる方法がある。
【0005】
モリブデン青法は、被検査試料に、酸性溶液中モリビデン酸を反応させモリビデン錯体を生成する。これを還元してモリブデン青とし、光学的に定量する。
3NH4+ + 12MoO42- + H2PO4- + 22H+ ←→ (NH4)3PO4・12MoO3 + 12H2O
この方法は、オルトリン酸検出法であるので、他のリン酸種に対して、直接適用できないという欠点がある。
【0006】
バイオセンサー(リン酸測定用酵素センサー)を用いる方法は、酵素基質や必要な補酵素等の試薬を共存させなければならない。検出情報をシグナル変換させるためのデバイス化が必要とされる。
【0007】
合成分子による化学センサーを用いる方法は、分子認識能と認識情報の信号化処理できる人工分子が、バイオイメージング用試薬や簡易計測システムを提案するうえで有効である。
【0008】
特開2003-254909号公報(特許文献1)は、例えば、下記式で示される環状ポリアミンの金属錯体からなるアニオンホストおよび蛍光色素を有する化合物をからなる、ピロリン酸イオン等のアニオンを検出するための蛍光センサーを開示する。
【化1】

【0009】
特開2003-246788号公報(特許文献2)は、例えば、下記式で示される亜鉛錯体からなる蛍光性化合物からなる、リン酸イオン等のリン酸アニオンを検出するための蛍光センサーを開示する。
【化2】

【0010】
S. Aoki, et al., J. Am. Chem. Soc., 2005, 127, 9129-9139. (非特許文献1)は、例えば、下記式で示される亜鉛錯体からなる蛍光性化合物からなる、リン酸イオン等のリン酸アニオンを検出するための蛍光センサーを開示する。
【化3】

【0011】
さらに、本発明者らは、下記式で示されるジピコリルアミン亜鉛錯体共役型フェニルボロン酸を用いた自己組織型アニオン蛍光センシングについて提案している(日本化学会第86春季年会,1K1-49 (2006);日本化学会第87春季年会,4E4-35 (2007)、非特許文献2)。
【化4】

【特許文献1】特開2003-254909号公報
【特許文献2】特開2003-246788号公報
【非特許文献1】S. Aoki, et al., J. Am. Chem. Soc., 2005, 127, 9129-9139.
【非特許文献2】日本化学会第86春季年会,1K1-49 (2006);日本化学会第87春季年会,4E4-35 (2007)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかし、特許文献1、2および非特許文献1に記載の合成分子による化学センサーを用いる方法は、前記のような複数の機能を分子内で発現させるのは容易でなく、水中で機能できるリン酸イオン蛍光プローブの例は少ない。非特許文献2に記載の方法で用いるジピコリルアミン亜鉛錯体共役型フェニルボロン酸は、リガンド合成の段階でボロン酸部位が水酸基に置換した副生成物が混ざるため、精製が極めて困難で化成品の提供に支障があるという問題がある。
【0013】
そこで本発明の目的は、生理的・化学的に重要なリン酸アニオン類を水系媒質中で簡便に蛍光検出できる方法およびこの方法を実施できるキットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は以下のとおりである。
[1]リン酸イオンの検出方法であって、被検体を、ジオール部位をもつ蛍光色素および2,2'-ジピコリルアミン金属錯体部位をもつフェニルボロン酸(但し、金属錯体部位の金属は亜鉛または銅である)と混合し、発生する蛍光を検出することを含む前記方法。
[2]2,2'-ジピコリルアミン亜鉛錯体部位をもつフェニルボロン酸が以下の式で表される化合物の少なくとも1つである[1]に記載の方法。
【化5】

[3]2,2'-ジピコリルアミン銅錯体部位をもつフェニルボロン酸が以下の式で表される化合物である[1]に記載の方法。
【化6】

[4]ジオール部位をもつ蛍光色素がアリザリンレッドSである[1]〜[3]のいずれかに記載の方法。
[5]前記混合および蛍光検出を中性の水系媒質中で行う[1]〜[4]のいずれかに記載の方法。
[6]リン酸イオンが、ピロリン酸イオン、アデノシン三リン酸イオン(ATP)、アデノシンニリン酸イオン(ADP)、アデノシンモノリン酸イオン(AMP)、またはフィチン酸イオン、イノシトールリン酸イオンである[1]〜[5]のいずれかに記載の方法。
[7]前記蛍光検出を、蛍光最大波長付近での蛍光強度として測定する[1]〜[6]のいずれかに記載の方法。
[8]以下の試薬を含むリン酸イオンの検出用キット。
(1)ジオール部位をもつ蛍光色素および
(2)2,2'-ジピコリルアミン金属錯体部位をもつフェニルボロン酸但し、金属錯体部位の金属は亜鉛または銅である)
【発明の効果】
【0015】
本発明の特徴は自己組織化法を利用した点にある。すなわち、化学センサーに必要な被検査物質認識部位と光学的応答部位をそれぞれ分子部品で提供し、被検査物質であるリン酸イオン類が添加されると目的に沿う自発組織化がおこり、センサーとして機能する方法である。
【0016】
本発明の方法によれば、以下の利点がある。
ジオール部位をもつ蛍光色素と2,2'-ジピコリルアミン亜鉛錯体部位をもつフェニルボロン酸を中性の水系媒質に混ぜるだけで、センサー機能が発現する。また、ビス(ジコピコリル亜鉛錯体)型フェニルボロン酸(2・2Zn)を用いたシステムでは、フィチン酸イオンに対して、レシオ検出を見いだした。異なる二波長の蛍光強度比で定量をおこなうことができるので、初期状態での強度差や退色、自家蛍光の影響を軽減でき、精密測定に有利な方法となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明は、リン酸イオンの検出方法である。この方法は、被検体を、ジオール部位をもつ蛍光色素および2,2'-ジピコリルアミン金属錯体部位をもつフェニルボロン酸(但し、金属錯体部位の金属は亜鉛または銅である)と混合し、発生する蛍光を検出することを含む。
【0018】
2,2'-ジピコリルアミン金属錯体部位をもつフェニルボロン酸は、金属錯体部位の金属が亜鉛または銅である。金属錯体部位の金属が亜鉛である、2,2'-ジピコリルアミン亜鉛錯体部位をもつフェニルボロン酸の例としては、以下の式で表される化合物を挙げることができる。これらの化合物は、いずれも新規化合物であり、実施例に記載の方法によって合成できる。
【0019】
【化7】

【0020】
金属錯体部位の金属が銅である、2,2'-ジピコリルアミン銅錯体部位をもつフェニルボロン酸の例としては、以下の式で表される化合物を挙げることができる。この化合物は、新規化合物であり、実施例に記載の方法によって合成できる。
【化8】

【0021】
ジオール部位をもつ蛍光色素は、アリザリン系色素、ピロカテコールバイオレット、フラボノール、またクマリン誘導体であるエスクレチンや4-メチルエスクレチンがある。より具体的には、例えば、アリザリンレッドSやアリザリンコンプレックスオンがより好ましい。
【0022】
本発明の方法は、被検体を、ジオール部位をもつ蛍光色素および2,2'-ジピコリルアミン金属錯体部位をもつフェニルボロン酸と混合し、次いで蛍光検出を行うが、これら混合および蛍光検出は、中性の水系媒質中で行うことができる。混合の際のジオール部位をもつ蛍光色素と2,2'-ジピコリルアミン金属錯体部位をもつフェニルボロン酸との比率は、例えば、1当量から5当量を超えない範囲が望ましく、これらの範囲を念頭に適宜条件(測定温度も含めて)を設定することができる。
【0023】
また、ジオール部位をもつ蛍光色素の濃度は10-5 mol/Lオーダーの濃度で、2,2'-ジピコリルアミン金属錯体部位をもつフェニルボロン酸の濃度は、10-5から10-4mol/Lのオーダーの範囲であることができる。
【0024】
中性の水系媒質とは、例えば、pH6〜8の水溶液であり、pH調整のための緩衝剤を含むこともできる。
【0025】
検出対象であるリン酸イオンは、例えば、ピロリン酸イオン、アデノシン三リン酸イオン(ATP)、アデノシンニリン酸イオン(ADP)、アデノシンモノリン酸イオン(AMP)、フィチン酸イオン、イノシトールリン酸イオン等であることができる。
【0026】
特筆すべきことに、ジオール部位をもつ蛍光色素であるアリザリンレッドSと2,2'-ジピコリルアミン亜鉛錯体型フェニルボロン酸(1・Zn)組み合わせたキットでは、縮合リン酸イオン類に対して選択的応答が観測され、その序列は、ピロリン酸イオン>ATP>ADP>AMPであった。
【0027】
蛍光検出は、定性的な測定の場合には、単に蛍光の発生の有無を肉眼で確認することができる。また、定量または半定量を行う場合には、蛍光最大波長付近での蛍光強度として測定することもできる。また、検出対象であるリン酸イオンの種類、ジオール部位をもつ蛍光色素および2,2'-ジピコリルアミン金属錯体部位をもつフェニルボロン酸の種類の組み合わせによっては、異なる二波長の蛍光強度比で定量をおこなうことができる場合もある。その場合には、初期状態での強度差や退色、自家蛍光の影響を軽減でき、精密測定に有利な方法となる。
【0028】
本発明は、以下の試薬を含むリン酸イオンの検出用キットを包含する。
(1)ジオール部位をもつ蛍光色素および
(2)2,2'-ジピコリルアミン金属錯体部位をもつフェニルボロン酸(但し、金属錯体部位の金属は亜鉛または銅である)
(1)および(2)の試薬は、いずれも適量を容器に梱包したものであることができる。
【0029】
さらに、本発明のキットは、上記試薬に加えて、緩衝剤を含む水溶液を含むこともできる。
【0030】
実施例1 合成
1.N-3-boronobenzyl-N',N'-bis(2-pyridylmethyl)ethylenediamine (1) の合成
【化9】

【0031】
Ar雰囲気下、N,N-bis(2-pyridylmethyl)ethylenediamine1 (4.60 g, 19.0 mmol) と3-formyl phenylboronic acid (2.85 g, 19.0 mmol) を凍結脱気したdryエタノール (380 mL) に溶解させ、モレキュラーシーブス3A (10 g) の存在下、室温で一晩攪拌する。TLCで反応を確認後、NaBH4 (1.44 mg, 38.1 mmol) のdryエタノール溶液を加えて、さらに1時間撹拌する。反応終了後、モレキュラーシーブスを取り除き、溶媒を留去する。残渣をAcOEt-H2Oで水層に抽出し、さらに塩化メチレンで有機層に抽出する。有機層を無水硫酸ナトリウムで撹拌乾燥し、ひだ折りろ過の後に溶媒を留去する。得られた粗生成物を6 wt%シリカゲルカラムクロマトグラフィー (グラジエント:CH2Cl2−MeOH) で分離し、さらに酢酸エチル、ジエチルエーテルで洗浄することにより淡黄色固体を得る。(843.9 mg, 12 %)
【0032】
1H NMR (400 MHz, 50 mM in CD3OD): δ 8.25 (d, J = 4.5 Hz, Pyr-H1, 2H), 7.64 (td, J = 7.7, J = 1.7 Hz, Pyr-H, 2H), 7.63 (t, J = 7.4 Hz, Ar-H11 ,1H), 7.58 (s, Ar-H12, 1H), 7.28 (t, J=7.4 Hz, Ar-H10, 1H), 7.17-7.23 (m, Pyr-H2,4, Ar-H9, 5H), 4.11 (s, Ar-CH2-NH, 2H), 3.87 (s, Pyr-CH2-N, 4H), 3.25 (t, J = 5.4 Hz, NH-CH2-CH2, 2H), δ 3.04 (t, J = 5.5 Hz, CH2-CH2-NH2, 2H); 13C NMR (100.7 MHz, 50 mM in CH3OH-d4): δ159.9, 149.8, 138.6, 135.3, 135.1, 131.4, 128.3, 127.2, 124.9, 123.8, 60.6, 53.0, 52.7, 46.4; ESI MS: m/z 376 ([M + H]+); elemental analysis: anal. calcd for C21H25BN4O2・0.3H2O: C 66.09; H 6.76; N 14.68 %, found: C 65.96; H 6.64; N 14.28 %.
【0033】
N-3-boronobenzyl-N',N'-bis(2-pyridylmethyl)ethylenediamine zinc (II) complex (1・Zn) の合成
【化10】

【0034】
化合物 (1) (514.4 mg, 1.37 mmol) とZn(NO3)2・6H2O (407.6 mg, 1.37 mmol) をMeOH (45 ml) に溶解させ、室温で60分攪拌する。反応終了をTLCで確認し、evaporationした後、THFで再沈殿することにより、黄色固体を得る。なお、真空乾燥してもTHFが除けなかったため、MeOHに溶解させ凍結乾燥する操作を繰り返した後、固体をジエチルエーテルで洗浄し、40 ℃で加熱しながら乾燥した。(687.9 mg, 89 %)
【0035】
1H NMR (400 MHz, 98 mM in CD3OD): δ 8.74 (d, J = 4.6 Hz, Pyr-H1, 2H), 8.13 (app.t, J = 7.7 Hz, Pyr-H3, 2H), 7.66 (t, J = 6.4 Hz, Pyr-H2, 2H), 7.61 (d, J = 7.9 Hz, Pyr-H4, 2H), 7.54 (s, Ar-H12, 1H), 7.50 (d, J = 6.7 Hz, Ar-H11, 1H), 7.33 (d, J = 7.4 Hz, Ar-H9, 1H), 7.29-7.22 (m, Ar-H10, 1H), 4.38, 4.25 (dd, J=17.0 Hz, Pyr-CH2-N, 4H), 4.11(brs, H8, 1H), 3.49 (brs, H8, 1H), 2.95 (br, NH-CH2-CH2, 2H), 2.63 (s, CH2-CH2-NH2, 2H); 13C NMR (100.7 MHz, 98 mM in CH3OH-d4): d 157.1, 149.7, 142.6, 136.3, 136.03, 135.6, 134.9, 134.4, 132.4, 131.8, 129.1, 126.2, 125.7, 59.1, 54.2, 53.4, 44.6; ESI Mass: m/z 219 ([M - 2(NO3-)]2+; elemental analysis: anal. calcd for C21H25BN6O8Zn・0.5 H2O・0.5 MeOH: C 42.70; H 4.78; N 14.23 %, found: C 42.50; H 4.42; N 14.11 %.
【0036】
実施例2 合成
3,5-bis((bis(pyridin-2-ylmethyl)amino)methyl)benzylamine (7)
【化11】

【0037】
Ar雰囲気下、dry DMF (100 ml) にモノフタルイミド体 (3)2 (8.00 g, 18.91 mmol) と炭酸カリウム (11.10 g, 80.31 mmol) を加えて室温で攪拌し、そこへdry DMF (20 ml) に溶解させた 2,2'-ジピコリルアミン (8.67 g, 43.51 mmol) をゆっくりと滴下して90分間攪拌した。反応終了後、ろ過により不溶物を取り除き、溶媒を減圧留去することで粗製体 (4) を得た。続いて、Ar雰囲気下、先の粗製体 (4) と、ヒドラジン一水和物 (2.0 ml, 40.77 mmol) をdry EtOH (200 ml) に溶解させて一晩加熱還流した。反応終了後、溶媒を減圧留去して、その残渣を塩化メチレンに抽出、イオン交換水により洗浄した。その有機相を硫酸ナトリウムにより乾燥させた後、溶媒を減圧留去した。得られた残渣をカラムクロマトグラフィー (SiO2, eluent; CH2Cl2/MeOH/aqueous ammonia = 100:5:2) により精製し、黄色いタール状の5を得た。(収量 5.17 g, 収率 52 %)
【0038】
1H NMR (200 MHz, CDCl3) δ 3.69 (s, 4H, Ph-CH2-N), 3.81 (s, 8H, N-CH2), 3.84 (s, 2H, NH2-CH2-Ph), 7.09-7.16(m, 4H, pyridine-H), 7.21 (s, 2H, Ph-H), 7.39 (s, 1H, Ph-H), 7.59-7.66 (m, 8H, pyridine-H), 8.49-8.52 (m, 4H, pyridine-H); FAB+ MS (m/z) 530 [M+H]+ (matrix; 3-nitrobenzyl alcohol)
【0039】
3-((3,5-bis((bis(pyridin-2-ylmethyl)amino)methyl)benzylamino)methyl)phenylboronic acid (2)
【化12】

【0040】
Ar雰囲気下、ビスジピコリルアミン体 (5) (5.17 g, 9.76 mmol) と3-ホルミルフェニルボロン酸 (1.47 g, 9.80 mmol) を凍結脱気したdry EtOH (150 ml) に溶解させ、MS3A (ca.10 g) 存在下、室温で8時間攪拌した。その後、水素化ホウ素ナトリウム (748.2 mg, 19.78 mmol) を加えてさらに1時間攪拌した。反応終了後、桐山ろ過により不溶物を取り除き、ろ液を濃縮して酢酸エチルに抽出し、イオン交換水により洗浄した後、硫酸ナトリウムにより乾燥させた。その有機相を濃縮してカラムクロマトグラフィー (SiO2, eluent; gradient MeOH (0-100 % (v/v) ) in CH2Cl2 ) により薄い黄色粉末の2を得た。(収量 2.95 g, 収率 47 %)
【0041】
1H NMR (400 MHz, CD3OD) δ 3.68 (s, 4H, Ph-CH2-N), δ3.76 (s, 8H, N-CH2), 3.99 (s, 2H, NH-CH2 or CH2-NH), 4.04 (s, 2H, NH-CH2 or CH2-NH), 7.15 (d, J = 6.40 Hz, 1H, Ph-H), 7.22-7.27 (m, 5H, Ph-H, pyridine-H ), 7.33 (s, 2H, Ph-H), 7.47 (s, 1H, Ph-H), 7.51 (s, 1H, Ph-H), 7.56 (d, J = 7.2 Hz, 2H, Ph-H), 7.65 (d, 4H, J = 7.8 Hz, pyridine-H), 7.74 (td, 4H, J = 7.7, 1.7 Hz, pyridine-H), 8.40-8.41(m, 4H, pyridine-H); ESI MS (m/z) 664 [M+H]+ (solvent; CH3OH); Anal. Calc. for C40H42BN7O2・0.1MeOH:C,72.05; H, 6.41; N, 14.70. Found C, 71.97; H, 6.19; N, 14.94 %
【0042】
3-((3,5-bis((bis(pyridin-2-ylmethyl)amino)methyl)benzylamino)methyl)phenylboronic acid zinc(II) complex (2・2Zn)
【化13】

【0043】
リガンド (2) (1.87 g, 2.81 mmol) と硝酸亜鉛六水和物 (1.70 g, 5.71 mmol) をアセトン (50 ml) に溶解させて室温で30分間攪拌した。反応終了後、析出した白色固体をろ過により収集し、水に溶解させた。その後、不溶物をろ過により除去し、凍結乾燥させることで白色粉末の2-2Znを得た。(収量 2.83 g, 収率 97 %)
【0044】
1H NMR (400 MHz, D2O) δ 3.82 (s, 4H, Ph-CH2-N), 3.98 (s, 2H, NH-CH2 or CH2-NH), 4.09 (s, 2H, NH-CH2 or CH2-NH), 4.00, 4.19 (dd, J = 16.3 Hz, 4H, N-CH2), 7.18-7.22 (m, 2H, Ph-H), 7.41-7.50 (m, 7H, Ph-H, pyridine-H), 7.59 (t, J = 6.0 Hz, 4H, pyridine-H), 7.64 (s, 1H, Ph-H), 7.73 (d, 1H, J = 6.5 Hz, Ph-H), 8.03 (t, J = 7.2 Hz, 4H, pyridine-H), 8.58 (d, J = 4.1 Hz, 4H, pyridine-H); ESI MS (m/z) 978 [M+H−NO3]+ (solvent; CH3OH); Anal. Calc. for C40H42BN11O14Zn2・5H2O: C, 42.42; H, 4.63; N, 13.60. Found C, 42.60; H, 4.64; N, 13.83 %
【0045】
文献
1. K. Hanaoka, K. Kikuchi, Y. Urano and T. Nagano, Chem. Soc., Perkin Trans. 2, 2001, 1840 - 1843.
2. W. T. S. Huck, L. J. Prins, R. H. Fokkens, N. M. M. Nibbering, F. C. J. M. van Veggel and D. N. Reinhoudt, J. Am. Chem. Soc., 1998, 120, 6240-6246.
【0046】
実施例3
生体重要化学種であるピロリン酸イオン検出システム
【化14】

【0047】
アリザリンレッドS(ARS)(50 μM)と実施例1で合成した1・Zn(250 μM)を、NaCl(10 mM)を含むMeOH-10 mM HEPES buffer (1:1 v/v)、 pH 7.4に溶解させ、PPi添加(0 - 500 μM)にともなう蛍光スペクトル(λex = 480 nm)を25℃で測定したところ。蛍光強度の増加が観測された(図1)。
【0048】
図2は、各種アニオン(PPi(ピロリン酸イオン)、 Pi(リン酸イオン)、 ATP、 ADP、 AMP、 クエン酸)を添加して濃度を変化させた場合の586 nmにおける蛍光変化(励起波長480 nm)を示す。アリザリンレッドS(ARS)(50 μM)と実施例1で合成した1・Zn(250 μM)を、NaCl(10 mM)を含むMeOH-10 mM HEPES buffer (1:1 v/v)、 pH 7.4に溶解させた系を用いた。PPiに対する選択性が示唆され、特に他のリン酸間連体より応答性が大きかった意義は大きい。
【0049】
実施例4
イノシトールリン酸エステルを標的とした関連システム
【化15】

【0050】
ARS(10 μM)と2・2Zn(10 μM)を10 mM HEPES buffer (pH 7.4)に溶解させ、フィチン酸イオン添加(0 - 200 μM)にともなう蛍光スペクトル(λex = 470 nm)を25℃で測定した(図3)。フィチン酸イオン無添加の溶液では、610 nm付近に発光極大を示す蛍光が観測されるが、フィチン酸イオンの添加に伴って、その蛍光バンドの減少とともに新たに560 nm付近に発光極大をもつケ蛍光スペクトルが観測された。そこで、I650(650 nmにおける蛍光強度)とI550(550 nmにおける蛍光強度)の比(I560/I650)をとったレシオ検出(励起波長470 nm)を試みた(アニオン濃度依存性)(図4)。他のイノシトールリン酸系イオン(cis,cis-1,3,5-シクロヘキサントリオールトリフォスフェート)に比べて、フィチン酸イオン選択性を示した。
【0051】
実施例5
N-3-boronobenzyl-N',N'-bis(2-pyridylmethyl)ethylenediamine copper (II) complex (1・Cu) の合成
【化16】

リガンド(1) (30.0 mg, 0.080 mmol) とCu(NO3)2・3H2O (19.4 mg, 0.080 mmol) をMeOH (3 ml) に溶解させ、室温で60分攪拌した。反応終了をTLCで確認したのち、溶媒留去と凍結乾燥を施すことで青色固体を得た。(45.2 mg, 100 %)
ESI Mass: m/z 218.7354 ([M - 2(NO3-)]2+.
【0052】
実施例6
ARS(50 μM)と1-Cu(250 μM)をMeOH-10 mM HEPES buffer (1:1, v/v) containing 10 mM NaCl (pH 7.4)に溶解させ、各種アニオン(PPi(ピロリン酸イオン)、 Pi(リン酸イオン)、クエン酸)を添加した場合の蛍光変化を測定した(25 ℃. λex = 480 nm, λem = 590 nm.、図5)。PPiおよびATPに対する選択性が示唆され、クエン酸イオンに対する応答性が大きいことも分かった。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、臨床検査等の生化学検査の分野および環境化学の検査分野に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】実施例3で得られた蛍光強度の増加の結果を示す。
【図2】各種アニオン(PPi(ピロリン酸イオン)、 Pi(リン酸イオン)、 ATP、 ADP、 AMP、 クエン酸)を添加した場合の蛍光変化を示す。
【図3】実施例4で得られたフィチン酸イオン添加にともなう蛍光スペクトルの変化の結果を示す。
【図4】各種アニオン(フィチン酸、CTP3、Pi(リン酸イオン)、 F-、酢酸)を添加した場合の蛍光変化を示す。
【図5】各種アニオン(PPi(ピロリン酸イオン)、 Pi(リン酸イオン)、クエン酸)を添加した場合の蛍光変化を測定した結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸イオンの検出方法であって、被検体を、ジオール部位をもつ蛍光色素および2,2'-ジピコリルアミン金属錯体部位をもつフェニルボロン酸(但し、金属錯体部位の金属は亜鉛または銅である)と混合し、発生する蛍光を検出することを含む前記方法。
【請求項2】
2,2'-ジピコリルアミン亜鉛錯体部位をもつフェニルボロン酸が以下の式で表される化合物の少なくとも1つである請求項1に記載の方法。
【化1】

【請求項3】
2,2'-ジピコリルアミン銅錯体部位をもつフェニルボロン酸が以下の式で表される化合物である請求項1に記載の方法。
【化2】

【請求項4】
ジオール部位をもつ蛍光色素がアリザリンレッドSである請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記混合および蛍光検出を中性の水系媒質中で行う請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
リン酸イオンが、ピロリン酸イオン、アデノシン三リン酸イオン(ATP),アデノシンニリン酸イオン(ADP),アデノシンモノリン酸イオン(AMP),またはフィチン酸イオン、イノシトールリン酸イオンである請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記蛍光検出を、蛍光最大波長付近での蛍光強度として測定する請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
以下の試薬を含むリン酸イオンの検出用キット。
(1)ジオール部位をもつ蛍光色素および
(2)2,2'-ジピコリルアミン金属錯体部位をもつフェニルボロン酸但し、金属錯体部位の金属は亜鉛または銅である)

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−186350(P2009−186350A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−27508(P2008−27508)
【出願日】平成20年2月7日(2008.2.7)
【出願人】(504190548)国立大学法人埼玉大学 (292)
【Fターム(参考)】