説明

リン酸架橋澱粉の製造方法

【課題】トリメタリン酸ナトリウムの使用量を低減でき、比較的低温で効率よく反応させることができ、反応時間を短縮できるようにしたリン酸架橋澱粉の製造方法を提供する。
【解決手段】カルシウム塩類の存在下、pH8〜12で、澱粉とトリメタリン酸ナトリウムとを、10〜45℃で反応させる。トリメタリン酸ナトリウムの澱粉に対する添加量は0.01〜1.00%が好ましく、カルシウム塩類が塩化カルシウムであることが好ましい。また、澱粉とトリメタリン酸ナトリウムとの反応時間が、10分〜10時間であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、澱粉にトリメタリン酸ナトリウムを作用させるリン酸架橋澱粉の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リン酸架橋澱粉は、膨潤が抑制される、糊化開始温度が高温側に移行する、ブレークダウンが減少し、ついにはブレークダウンが消失する、などの特徴があり、レトルト食品、ソース、スープ、冷凍食品など過酷な条件で処理される食品に主に使用されている。
【0003】
澱粉にリン酸架橋を処するためには、下記非特許文献1に示されるように、アルカリ側で澱粉にオキシ塩化リン、無水リン酸、トリメタリン酸塩、ヘキサメタリン酸塩などを反応させる方法が採用されている。
【0004】
澱粉にトリメタリン酸塩を反応させる方法として、下記非特許文献2には、水180mlにトリメタリン酸ナトリウム2g、炭酸ナトリウム3gを溶解し、トウモロコシ澱粉100gを懸濁させ、pH10.2に調整し、50℃で6時間反応を行ってジ澱粉リン酸エステルを得る方法が記載されている。
【0005】
また、下記特許文献1には、澱粉を調製するプロセスであって、トリメタリン酸ナトリウム(STMP)、又はトリメタリン酸ナトリウムとトリポリリン酸ナトリウム(STPP)の組み合わせを用いて澱粉を架橋するステップを含み、そこではpHが、該架橋反応の前に11.5と12.0の間に調整され、該架橋反応の間11.5〜12.0に維持される、プロセスが開示されている。また、反応を25℃から70℃までの温度で、10分〜30時間行うことが記載されている。更に、水酸化ナトリウムを用いてpHを調整することが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】澱粉科学ハンドブック、株式会社朝倉書店発行、510頁
【非特許文献2】澱粉・関連糖質実験法、中村道徳、貝沼圭二編、株式会社学会出版センター、293頁
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−202050号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献2及び特許文献1に示されるように、澱粉にトリメタリン酸ナトリウムを反応させる方法としては、炭酸ナトリウムや、水酸化ナトリウムなどを用いてpH10以上に調整し、50℃前後の温度で反応させる方法が一般的に採用されている。このように、従来は、ナトリウム塩を触媒として、高アルカリで、澱粉が糊化しない範囲で、できるだけ高温で処理するほど、反応速度が増加し、架橋度の高いリン酸架橋澱粉が得られると考えられていた。
【0009】
しかしながら、上記従来の方法では、トリメタリン酸ナトリウムの使用量が多く、高温に維持するためのエネルギーコストがかかり、反応時間が長いので生産効率が悪いという問題があった。
【0010】
したがって、本発明の目的は、トリメタリン酸ナトリウムの使用量を低減でき、比較的低温で効率よく反応させることができ、反応時間を短縮できるようにしたリン酸架橋澱粉の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するため、本発明のリン酸架橋澱粉の製造方法は、カルシウム塩類の存在下、pH8〜12で、澱粉とトリメタリン酸ナトリウム(以下「STMP」と略称する場合もある)とを、10〜45℃で反応させることを特徴とする。
【0012】
本発明のリン酸架橋澱粉の製造方法によれば、カルシウム塩類を触媒として、pH8〜12のアルカリ条件下で、澱粉とトリメタリン酸ナトリウムとを反応させることにより、10〜45℃という比較的低い反応温度で効率よく反応させることが可能となる。カルシウム塩類を触媒とした場合、意外にも、反応温度は33℃前後が最も反応効率が向上し、架橋度が高い製品が得られることがわかった。その結果、反応温度を下げると共に、反応時間を短縮することができ、更にはトリメタリン酸ナトリウムの使用量を低減できる。また、反応温度の低下に伴ってpH調整に必要なアルカリ剤の使用量も低減でき、中和時の酸の使用量も低減できる。また、大規模な製造においても反応温度を一定に保ち易いため、製品の架橋度のばらつきも少なくなり、製品品質をより安定化することができる。
【0013】
本発明においては、トリメタリン酸ナトリウムの澱粉に対する添加量が、0.01〜1.00%であることが好ましい。本発明では、トリメタリン酸ナトリウムの添加量が上記のように少なくても、架橋度の高い製品が得られる。
【0014】
また、本発明においては、カルシウム塩類が塩化カルシウムであることが好ましい。触媒として塩化カルシウムを用いることにより、反応時間を短縮し、架橋度を上昇できるという利点が得られる。
【0015】
更に、本発明においては、澱粉とトリメタリン酸ナトリウムとの反応時間が、10分〜10時間であることが好ましい。本発明では、上記のように比較的短い反応時間でも架橋度の高い製品を得ることができ、生産効率を高めることができる。
【0016】
本発明においては、上記リン酸架橋の他、必要に応じてアセチル化、ヒドロキシプロピル化、リン酸化、オクテニルコハク酸化などの化学加工や湿熱処理、油脂加工、微粉砕処理などの物理加工を組み合わせることができるが、これらは特に限定されるものではない。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、カルシウム塩類を触媒として、アルカリ条件下で澱粉とトリメタリン酸ナトリウムとを反応させることにより、比較的低い反応温度で、しかも比較的短い反応時間で、架橋度が高いリン酸架橋澱粉を効率よく製造することができ、加熱エネルギーコストを低減できると共に、生産効率を高めることができる。また、従来製品と同等な架橋度にするのに必要なトリメタリン酸ナトリウムの添加量も低減でき、原料コストも低減できる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明において、澱粉としては、特に限定されないが、例えばトウモロコシ澱粉、タピオカ澱粉、サゴ澱粉、米澱粉、馬鈴薯澱粉などを用いることができる。
【0019】
カルシウム塩類としては、例えば塩化カルシウム、乳酸カルシウム、酢酸カルシウム、水酸化カルシウムなどを用いることができるが、中でも、溶解性が高いという理由から、塩化カルシウム、乳酸カルシウムが特に好ましい。
【0020】
トリメタリン酸ナトリウムの澱粉100質量部に対する添加量は、0.01〜1.00質量部であることが好ましく、0.01〜0.70質量部であることが更に好ましい。トリメタリン酸ナトリウムの澱粉に対する添加量が0.01質量部未満では、試薬量が少ないため架橋澱粉の特性が得られないという問題があり、1.00質量部を超えると、反応効率が低下して試薬量に見合った架橋度が得られないという問題がある。
【0021】
本発明のリン酸架橋澱粉の製造方法について、その好ましい態様を工程順に説明すると次の通りである。
【0022】
(1)澱粉スラリー調製工程
澱粉に予め水を添加してスラリー状にする。スラリー中の澱粉の濃度は、30〜45質量%とすることが好ましく、38〜42質量%とすることが更に好ましい。
【0023】
(2)触媒添加工程
塩化カルシウム等のカルシウム塩類からなる触媒を添加する。スラリー中のカルシウム塩類の添加量は、カルシウム量として0.01〜1.00質量%が好ましく、0.05〜0.50質量%がより好ましい。
【0024】
(3)pH調整工程
例えば水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、炭酸ナトリウムなどのアルカリ剤を添加して、pH8〜12、好ましくは9〜11.5に調整する。pH8未満では、リン酸架橋反応が起こり難いという問題があり、pH12を超えると、澱粉がアルカリ糊化するという問題がある。
【0025】
(4)リン酸架橋反応工程
スラリーの温度を10〜45℃、好ましくは20〜40℃、より好ましくは25〜35℃に調整し、トリメタリン酸ナトリウムを、澱粉に対して、好ましくは0.01〜1.00%、より好ましくは0.05〜0.70%添加して、好ましくは10分〜10時間、より好ましくは15分〜5時間反応させる。
【0026】
スラリーの温度が10℃未満では、リン酸架橋の反応効率が低下すると共に、冷却に関わるコストが高くなるという問題があり、45℃を超えると、リン酸架橋の反応効率が低下するという問題がある。
【0027】
また、トリメタリン酸ナトリウムの添加量が、澱粉に対して0.01%未満では、試薬量が少ないため架橋澱粉の特性が得られないという問題があり、1.00%を超えると、反応効率が低下して試薬量に見合った架橋度が得られないという問題がある。
【0028】
更に、反応時間が、10分未満では、反応時間が短すぎて架橋澱粉の特性が得られないという問題があり、10時間を超えると、ランニングコストが高いという問題がある。
【0029】
(5)中和工程
例えば塩酸などの酸を添加して、スラリーを中和する。
【0030】
(6)水洗・脱水・乾燥工程
以上の処理を行ったスラリーに、水を添加し、水洗・脱水した後、乾燥させる。
【0031】
こうして本発明のリン酸架橋澱粉を得ることができるが、本発明では、こうして得られた澱粉に、必要に応じてアセチル化、ヒドロキシプロピル化、リン酸化、オクテニルコハク酸化などの化学加工や湿熱処理、油脂加工、微粉砕処理などの物理加工を更に施すことができる。
【実施例】
【0032】
以下に実施例を挙げて本発明の詳細を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、以下の実施例において、各測定数値は下記のような条件で測定した値である。
【0033】
(A)アミログラム測定:無水物換算で6%に調製した澱粉スラリーの糊化特性を、アミログラフを用いて測定した(測定条件:30℃で測定を開始した後、1.5℃/分で95℃まで昇温させ、その後95℃を30分間維持した)。
【0034】
(B)アミロ粘度:アミログラム測定結果から、95℃・0分時の粘度を読み取り、これをアミロ粘度とした。アミロ粘度が低いほど架橋度が高い傾向があるため、架橋度の指標となる。
【0035】
(C)ブレークダウン:アミログラム測定結果から、一度上昇した粘度が低下した場合、粘度低下前の最大値(ピーク粘度)と95℃・30分時の粘度の差をブレークダウンとした。ブレークダウンが高いほど架橋度が低くなり、架橋度が高い場合にはブレークダウンは認められないことから、架橋度の指標となる。
【0036】
(D)架橋度:前述したアミロ粘度とブレークダウンを合わせて評価することで、各澱粉の架橋度の高さを順位法で評価した。
【0037】
実施例1
未加工のタピオカ澱粉300g(乾物重量)に、水を加えて40%濃度の澱粉スラリーを調整した。このスラリーに塩化カルシウム(CaCl)を澱粉に対して0.5質量%となるように添加し、45℃となるように温度調整した。更に、上記スラリーに、3%水酸化ナトリウムを添加してpH11.0となるようにpH調整した。次いで、澱粉に対して0.17%のトリメタリン酸ナトリウム(STMP)を添加し、45℃に保って90分間反応させた。更に、9%塩酸を添加してpH5.0となるようにpH調整し、水道水3Lを加えて希釈し、250メッシュの篩にかけて脱水し、更に2Lの水を加えて同様に脱水した。この脱水物を棚式乾燥機によって乾燥し、リン酸架橋澱粉を得た。
【0038】
実施例2
実施例1において、スラリー温度を33℃に調整し、反応時の温度を33℃に保った他は、実施例1と同様にして、リン酸架橋澱粉を得た。
【0039】
比較例1
実施例1において、スラリー温度を5℃に調整し、反応時の温度を5℃に保った他は、実施例1と同様にして、リン酸架橋澱粉を得た。
【0040】
比較例2
実施例1において、スラリー温度を50℃に調整し、反応時の温度を50℃に保った他は、実施例1と同様にして、リン酸架橋澱粉を得た。
【0041】
比較例3
実施例1において、塩化カルシウム(CaCl)を添加しなかった(触媒無添加)他は、実施例1と同様にして、リン酸架橋澱粉を得た。
【0042】
比較例4
実施例1において、塩化カルシウム(CaCl)を澱粉に対して0.5質量%となるように添加する代わりに、硫酸ナトリウム(NaSO)を澱粉に対して2.0質量%となるように添加した他は、実施例1と同様にして、リン酸架橋澱粉を得た。
【0043】
比較例5
実施例1において、塩化カルシウム(CaCl)を澱粉に対して0.5質量%となるように添加する代わりに、硫酸ナトリウム(NaSO)を澱粉に対して2.0質量%となるように添加し、スラリー温度を33℃に調整し、反応時の温度を33℃に保った他は、実施例1と同様にして、リン酸架橋澱粉を得た。
【0044】
比較例6
実施例1において、塩化カルシウム(CaCl)を澱粉に対して0.5質量%となるように添加する代わりに、塩化ナトリウム(NaCl)を澱粉に対して1.15質量%となるように添加し、スラリー温度を45℃に調整し、反応時の温度を45℃に保った他は、実施例1と同様にして、リン酸架橋澱粉を得た。
【0045】
比較例7
実施例1において、塩化カルシウム(CaCl)を澱粉に対して0.5質量%となるように添加する代わりに、塩化ナトリウム(NaCl)を澱粉に対して1.15質量%となるように添加し、スラリー温度を38℃に調整し、反応時の温度を38℃に保った他は、実施例1と同様にして、リン酸架橋澱粉を得た。
【0046】
比較例8
実施例1において、塩化カルシウム(CaCl)を澱粉に対して0.5質量%となるように添加する代わりに、塩化ナトリウム(NaCl)を澱粉に対して1.15質量%となるように添加し、スラリー温度を33℃に調整し、反応時の温度を33℃に保った他は、実施例1と同様にして、リン酸架橋澱粉を得た。
【0047】
試験例1
実施例1、2及び比較例1〜8で得られた各リン酸架橋澱粉について、アミロ粘度及びブレークダウンを測定し、その結果に基づいて架橋度を評価した。その結果を下記表1に示す。表中の「STMP」は、トリメタリン酸ナトリウムを表す。
【0048】
【表1】

【0049】
表1の結果から、トリメタリン酸ナトリウム(STMP)の添加量が澱粉に対して0.17%という条件下では、触媒として塩化カルシウム(CaCl)を用いた実施例1及び2は、いずれも架橋度が十分に高く、また、反応温度を33℃にした実施例2の方が、反応温度を45℃にした実施例1よりも架橋度が高くなっていることがわかる。また、触媒として塩化カルシウム(CaCl)を用い、反応温度を5℃とした比較例1、及び反応温度を50℃とした比較例2では、いずれも架橋度が低下することがわかる。
これに対して、触媒を添加しない比較例3、触媒として硫酸ナトリウム(NaSO)を用いて反応温度を45℃、33℃とした比較例4及び5、触媒として塩化ナトリウム(NaCl)を用いて反応温度を45℃、38℃、33℃とした比較例6〜8では、架橋度を十分に高めることができなかった。
【0050】
更に、触媒として硫酸ナトリウム(NaSO)を用いて反応温度を45℃、33℃とした比較例4及び5を比較すると、高温の方で反応効率が高いことがわかる。同様に、触媒として塩化ナトリウム(NaCl)を用いて反応温度を45℃、38℃、33℃とした比較例6〜8を比較すると、高温の方で反応効率が高いことがわかる。
【0051】
実施例3
実施例2において、トリメタリン酸ナトリウムの添加量を澱粉に対して0.09%とした他は、実施例2と同様にして、リン酸架橋澱粉を得た。
【0052】
実施例4
実施例2において、トリメタリン酸ナトリウムの添加量を澱粉に対して0.12%とした他は、実施例2と同様にして、リン酸架橋澱粉を得た。
【0053】
実施例5
実施例2において、トリメタリン酸ナトリウムの添加量を澱粉に対して0.15%とした他は、実施例2と同様にして、リン酸架橋澱粉を得た。
【0054】
実施例6
実施例2において、トリメタリン酸ナトリウムの添加量を澱粉に対して0.50%とした他は、実施例2と同様にして、リン酸架橋澱粉を得た。
【0055】
試験例2
実施例3〜6で得られた各リン酸架橋澱粉について、アミロ粘度及びブレークダウンを測定し、その結果に基づいて架橋度を評価した。その結果を、前記実施例2の結果と併せて、下記表2に示す。表中の「STMP」は、トリメタリン酸ナトリウムを表す。
【0056】
【表2】

【0057】
表2に示されるように、触媒として塩化カルシウム(CaCl)を用いた本願発明では、トリメタリン酸ナトリウム(STMP)の添加量の増加に伴って架橋度が増大することがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルシウム塩類の存在下、pH8〜12で、澱粉とトリメタリン酸ナトリウムとを、10〜45℃で反応させることを特徴とするリン酸架橋澱粉の製造方法。
【請求項2】
トリメタリン酸ナトリウムの澱粉100質量部に対する添加量が、0.01〜1.00質量部である請求項1記載のリン酸架橋澱粉の製造方法。
【請求項3】
カルシウム塩類が塩化カルシウムである請求項1又は2に記載のリン酸架橋澱粉の製造方法。
【請求項4】
澱粉とトリメタリン酸ナトリウムとの反応時間が、10分〜10時間である請求項1〜3のいずれか1つに記載のリン酸架橋澱粉の製造方法。

【公開番号】特開2011−211922(P2011−211922A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−81015(P2010−81015)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【特許番号】特許第4532603号(P4532603)
【特許公報発行日】平成22年8月25日(2010.8.25)
【出願人】(000231453)日本食品化工株式会社 (68)
【Fターム(参考)】