説明

ルテニウム酸鉛微粉末の製造方法

【課題】 厚膜抵抗体の形成用ペーストに好適な、粗大粒を含まないルテニウム酸鉛微粉末を再現良く製造する方法を提供する。
【解決手段】 カリウムやナトリウムなどの不純物を実質的に含まないルテニウム酸鉛水酸化物に硫黄を添加した後、必要に応じて乾燥し、例えば温度700〜800℃×2時間の条件で空気中で焼成する。硫黄は、ルテニウム酸鉛水酸化物に対して800質量ppm以上1300質量ppm以下となるように添加するのが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粗大粒を含まないルテニウム酸鉛微粉末を製造する方法に関し、特に、粒度分布が狭く、厚膜抵抗体を構成したときの面積抵抗値のバラツキが小さくなるルテニウム酸鉛微粉末を再現性良く製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、絶縁基板上にペーストを印刷して形成する抵抗器、コンデンサ等の電子部品で構成される回路配線基板が電子機器に多用されている。特に、絶縁体基板の表面に形成された導電体回路パターン又は電極の上に抵抗ペーストを印刷し、これを焼成することによって作製される厚膜抵抗体が、チップ抵抗器、厚膜ハイブリッドIC、及び抵抗ネットワーク等に広く用いられている。
【0003】
厚膜抵抗体の製造に用いる抵抗ペーストは、導電粉とガラス結合剤とをビヒクルと呼ばれる有機媒体中に均一に分散させることにより調製されている。このうち、導電粉は厚膜抵抗体の電気的特性を決定する上で特に重要な役割を担っており、酸化ルテニウム(RuO)やルテニウム酸鉛(PbRu6.5)の微粉末が広く用いられている。
【0004】
上記ルテニウム酸鉛微粉末は、一般に以下に示す方法で製造することができる。すなわち、先ず金属ルテニウム(Ru)を酸化剤共存下でアルカリ溶解して得たルテニウム酸アルカリ金属塩の水溶液か、あるいは金属ルテニウムを過剰の水酸化カリウム及び硝酸カリウムを用いてアルカリ溶融して得たルテニウム酸カリウムを水に溶解して得た水溶液を用意する。
【0005】
次に、この水溶液中のルテニウムと当量の鉛イオンを含む溶液を当該水溶液に添加し、酸あるいはアルコールで還元する。これによりPbRu6.5水酸化物を析出させる。そして、この析出した水酸化物を洗浄及び乾燥した後、焼成することによってルテニウム酸鉛微粉末が得られる(例えば、特許文献1、2参照)。
【0006】
厚膜抵抗体の用途に用いられるルテニウム酸鉛微粉末の大きさは、約50nm(比表面積が10m/g以上)であり、その粒度が厚膜抵抗体の特性に大きく影響する。例えば粒度が少し変わるだけで厚膜抵抗体特性の抵抗値に変化が生ずる。また、市場から要求される厚膜抵抗体のサイズは年々小さくなる傾向にあるため、厚膜抵抗体に使用される導電物の粒度も小さく、かつバラツキの少ないものが求められるようになってきている。
【0007】
このように、ルテニウム酸鉛微粉末の製造においてはより精確な粒度コントロールが要求されている。そこで、焼成前の金属水酸化物や金属塩にカリウムやナトリウム等のアルカリ金属イオンを不純物として少量添加し、焼成時の粒子成長を抑制することによって粒度を安定化させる化学的方法が提案されている(例えば、特許文献3、4、5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平02−302327
【特許文献2】特開平08−119637
【特許文献3】特公昭63−55841号公報
【特許文献4】特開昭59−50032号公報
【特許文献5】特許4475330号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記したように、ルテニウム酸鉛微粉末の製造ではより精確な粒度コントロールが要求されているが、特許文献1、2に示すルテニウム酸鉛微粉末の製造方法では、ルテニウム酸鉛微粉末の粒度を精確にコントロールすることは困難であった。これは、金属ルテニウムの溶解工程、中和・還元工程、洗浄工程、乾燥工程、焼成工程のそれぞれに粒度に影響を及ぼす製造上のパラメーターが存在するため、製造条件の僅かな変動が粒度の差となってあらわれてしまうからである。特に、PbRu6.5水酸化物は焼成時の粒子成長が不均一になりやすく、そのため焼成後に得られたルテニウム酸鉛微粉末の粒度は安定せず、場合によっては1μm以上の粗大粒が含まれることがあった。
【0010】
特許文献3、4及び5には前述したように化学的方法で粒度を安定化させる技術が示されているものの、同じ添加剤であっても金属水酸化物や金属塩の種類によってはその効果は異なる場合が多かった。更に、ルテニウム酸鉛の粒子成長を抑制させる添加剤については示されていなかった。
【0011】
粒度を安定化させる物理的方法として、PbRu6.5水酸化物を焼成する温度を低くすることが考えられる。しかしながら、粗大粒が発生しない温度まで焼成温度を下げると、ルテニウム酸鉛微粉末の大きさが、所望とする大きさに比べて著しく小さくなり、更に結晶性も低くなるため好ましくない。
【0012】
焼成後に得られるルテニウム酸鉛微粉末を解砕・分級することによって粒度を安定化させることも考えられるが、一般的に解砕機で得ることのできる粒子の大きさが1μm程度であるのに対し、厚膜抵抗体の用途に用いられるルテニウム酸鉛微粉末の大きさは50nmと小さいため、ルテニウム酸鉛微粉末を解砕することで粒度を安定化させることは困難である。さらに、粗大粒のみを気流式の遠心分級機などで除去することも考えられるが、1μm以上の粗大粒をほぼ完全に除去することは実質的に不可能であり、また収率も50〜60%程度に低下するため高コストな製造方法になってしまう。
【0013】
このような状況から、ルテニウム酸鉛微粉末の製造において、粗大粒を含まないルテニウム酸鉛微粉末を再現性良く製造できる方法が強く望まれていた。本発明はかかる状況に鑑みてなされたものであり、厚膜抵抗体の形成用ペーストに好適な、粗大粒を含まないルテニウム酸鉛微粉末を再現良く製造する方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、粗大粒を含まないルテニウム酸鉛(PbRu6.5)微粉末を再現性よく製造する方法について研究を重ねた結果、硫黄を含有したPbRu6.5水酸化物を焙焼すると、焙焼後に得られるルテニウム酸鉛微粉末に粗大粒が発生しないことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明のルテニウム酸鉛微粉末の製造方法は、不純物を実質的に含まないルテニウム酸鉛水酸化物に硫黄を添加した後、焼成することを特徴としている。また、本発明のルテニウム酸鉛微粉末の製造方法においては、ルテニウム酸鉛水酸化物に対する硫黄の濃度が、800質量ppm以上1300質量ppm以下となるように硫黄を添加するのが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、製造条件の僅かな変動による影響をほとんど受けることなく粗大粒を含まないルテニウム酸鉛微粉末を再現良く製造することができる。これにより、粒度バラツキが少ないルテニウム酸鉛微粉末を高収率で得ることが可能となる。また、本発明の製造方法によって得たルテニウム酸鉛微粉末を導電粉に用いて作製された厚膜抵抗体は、その面積抵抗値のバラツキが極めて小さくなる。このように、本発明の製造方法の工業的価値は極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】試料1のルテニウム酸鉛微粉末の粒度分布を示すグラフである。
【図2】試料2のルテニウム酸鉛微粉末の粒度分布を示すグラフである。
【図3】試料3のルテニウム酸鉛微粉末の粒度分布を示すグラフである。
【図4】試料4のルテニウム酸鉛微粉末の粒度分布を示すグラフである。
【図5】試料5のルテニウム酸鉛微粉末の粒度分布を示すグラフである。
【図6】試料6のルテニウム酸鉛微粉末の粒度分布を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明のルテニウム酸鉛微粉末の製造方法の一実施形態を、ルテニウム酸鉛としてPbRu6.5を例に挙げて詳細に説明する。この一実施形態のルテニウム酸鉛微粉末の製造方法は、硫黄を含有したPbRu6.5水酸化物を焙焼することを特徴としている。
【0019】
本発明の一実施形態の製造方法に用いる硫黄を含有したPbRu6.5水酸化物の製造方法としては、特に限定されるものではないが、例えば以下の方法を用いることができる。すなわち、先ず次亜塩素酸ナトリウムなどの酸化剤共存下で水酸化ナトリウムなどのアルカリを用いて金属ルテニウムをアルカリ溶解し、これによりルテニウム酸アルカリ金属塩の水溶液を作製する。あるいは、金属ルテニウムを過剰の水酸化カリウム及び硝酸カリウムを用いてアルカリ溶融してルテニウム酸カリウムを作製し、これを水に溶解して水溶液にする。
【0020】
次に、この水溶液中のルテニウムと当量の鉛イオンを含む硝酸鉛溶液などの溶液を当該水溶液に添加し、酸で還元する。これによりPbRu6.5水酸化物を析出させる。そして、この析出した水酸化物を水で洗浄した後、硫黄を添加する。ここで、析出したPbRu6.5水酸化物を洗浄するのは、この析出した水酸化物にはカリウムやナトリウムといったアルカリ金属イオンが付着しており、これらを取り除いて実質的に不純物を含まない状態にしてから硫黄を添加するのが好ましいからである。
【0021】
硫黄が添加されたPbRu6.5水酸化物は、必要に応じて乾燥した後、空気中で温度700〜800℃×2時間の条件で焙焼する。その際、硫黄の存在により焙焼時におけるルテニウム酸鉛の粗大粒の発生が抑制され、粗大粒を含まないルテニウム酸鉛微粉末を得ることができる。
【0022】
上記した硫黄の添加方法としては、特に限定されるものではないが、硫黄化合物を溶解した水溶液にPbRu6.5水酸化物を投入し、攪拌機などで攪拌した後、ろ過することで硫黄が均一に混ざった粉体を得ることができる。使用する硫黄化合物には特に限定はないが、チオ硫酸ナトリウム(Na)などの水に対して良好な溶解性を有するものが好ましい。
【0023】
硫黄の濃度としては、PbRu6.5水酸化物に対して800質量ppm以上1300質量ppm以下程度となるように硫黄を添加するのが好ましい。この濃度が800質量ppmより少ないと粒成長抑制効果が小さくなり、粗大粒が発生するおそれがある。一方、1300質量ppmより多く添加しても粒成長抑制効果は変わらず、逆に焼成後のルテニウム酸鉛微粉末に多量の硫黄が残留することになる。
【0024】
なお、残留する硫黄が問題になる場合は、焼成後のルテニウム酸鉛微粉末を水洗等により洗浄し、硫黄を除去すればよい。また、例えば硫黄化合物としてチオ硫酸ナトリウム(Na)を用いる場合は、ナトリウムが硫黄と一緒に残留することになるが、上記した硫黄濃度の範囲内であれば特に問題はない。
【実施例】
【0025】
以下、実施例及び比較例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【0026】
(実施例1)
ルテニウム酸ナトリウム(NaRu)を35質量%含む水溶液に、硝酸鉛を20質量%含む水溶液を添加し、ルテニウムと鉛とが当量になるようにした。この硝酸の還元により、不定形のPbRu6.5水酸化物を析出させた。この析出した水酸化物に対して水洗を5回繰り返すことによって、不純物の除去された泥しょうを得た。
【0027】
次に、ルテニウム酸鉛(PbRu6.5)水酸化物に対する硫黄の濃度が800質量ppmになるように、チオ硫酸ナトリウム(Na)を0.04質量%含む水溶液を上記の不純物の除去された泥しょうに添加して約30分間攪拌した後、脱水した。これを105℃の空気で乾燥した後、空気中で700℃×2時間の条件で焼成した。このようにして、試料1のルテニウム酸鉛(PbRu6.5)微粉末を作製した。また、焼成温度を700℃に代えて800℃にした以外は上記試料1の作製方法と同様にして試料2のルテニウム酸鉛(PbRu6.5)微粉末を作製した。
【0028】
更に、ルテニウム酸鉛(PbRu6.5)水酸化物に対する硫黄の濃度を800質量ppmに代えて1300質量ppmにした以外は試料1の作製方法と同様にして試料3のルテニウム酸鉛(PbRu6.5)微粉末を作製した。また、焼成温度を700℃に代えて800℃にした以外は上記試料3の作製方法と同様にして試料4のルテニウム酸鉛(PbRu6.5)微粉末を作製した。
【0029】
比較のため、試料1と同様にして作製した泥しょうをそのまま脱水した。そして、以降は試料1の作製方法と同様に乾燥及び焼成して試料5のルテニウム酸鉛(PbRu6.5)微粉末を作製した。また、焼成温度を700℃に代えて800℃にした以外は試料5の作製方法と同様にして試料6のルテニウム酸鉛(PbRu6.5)微粉末を作製した。
【0030】
このようにして作製した試料1〜6のルテニウム酸鉛(PbRu6.5)微粉末の粒度分布をそれぞれ図1〜6に示す。なお、粒度分布は光散乱法(マイクロトラック)で測定した。また、原子吸光分析で測定した硫黄濃度、及び吸着法(BET法)で測定した比表面積を焼成温度と共に下記の表1に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
これらの結果より、硫黄を添加しなかった試料5及び6のルテニウム酸鉛(PbRu6.5)微粉末では、1μmから10μmにかけて粗大粒によるピークが見られた。これに対して硫黄を添加した試料1〜4のルテニウム酸鉛(PbRu6.5)微粉末では、1μm以上の粗大粒を含んでいなかった。また、これら試料1〜4のルテニウム酸鉛(PbRu6.5)微粉末は、試料5及び6に比べて比表面積が大きかった。
【0033】
(実施例2)
次に、実施例1で得た試料1〜6のルテニウム酸鉛(PbRu6.5)微粉末を各々別々に導電粉として用い、ガラス結合剤と有機ビヒクルとともに三本ロールで混練して6種類の抵抗ペーストを作製した。ここで、ガラス結合剤には、PbO/SiO/B/Alが質量%で55/30/10/5の組成を有するガラスフリットを使用した。また、有機ビヒクルにはエチルセルロール及びターピネオールが主成分のものを使用した。なお、これら6種類の抵抗ペーストには、抵抗特性を比較するため、面積抵抗値でおよそ100kΩになるようにルテニウム酸鉛(PbRu6.5)微粉末とガラス結合剤とを配分した。
【0034】
一方、96%アルミナ基板上にAg/Pdペーストを印刷し、850℃で焼成してAg/Pd電極を作製した。このAg/Pd電極の上に前述した6種類の抵抗ペーストをそれぞれ印刷し、150℃で乾燥後、ピーク温度850℃×9分、トータル30分のベルト炉で焼成し、幅1mm、長さ1mm、膜厚7〜10μmの抵抗体を形成した。得られた各抵抗体の面積抵抗値を4端子法で測定した。その結果を、ルテニウム酸鉛/ガラスフリットの質量比と共に下記の表2に示す。なお、表2の変動係数は、標準偏差を平均値で除した値であり、相対的なバラツキの目安となる。つまり、この変動係数の値の小さいものほどバラツキが小さいことを示している。
【0035】
【表2】

【0036】
上記表2の結果より、硫黄を添加した試料1〜4のルテニウム酸鉛(PbRu6.5)微粉末を用いて作製した抵抗体は、硫黄を添加しなかった試料5及び6のルテニウム酸鉛(PbRu6.5)微粉末を用いて作製した抵抗体に比べて変動係数の値が小さく、面積抵抗値のバラツキが小さい抵抗体が得られることが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
不純物を実質的に含まないルテニウム酸鉛水酸化物に硫黄を添加した後、焼成することを特徴とするルテニウム酸鉛微粉末の製造方法。
【請求項2】
前記ルテニウム酸鉛水酸化物に対する前記硫黄の濃度が800質量ppm以上1300質量ppm以下となるように硫黄を添加することを特徴とする、請求項1に記載のルテニウム酸鉛微粉末の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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