説明

レクチン様酸化LDL受容体阻害用医薬品及び動脈硬化予防医薬品

【課題】優れたレクチン様酸化LDL受容体阻害作用を有する化合物を同定し、レクチン様酸化LDL受容体が増悪因子として働く疾患、特に動脈硬化性疾患の治療・予防に有用な医薬品の提供。
【解決手段】3量体以上のプロシアニジンを有効成分とすることを特徴とするレクチン様酸化LDL受容体阻害用医薬品、前記プロシアニジンがリンゴ、ブドウ種子、ピーナッツ渋皮、及び松樹皮からなる群より選択される植物に由来することを特徴とする前記記載のレクチン様酸化LDL受容体阻害用医薬品、及び、有効成分として3量体以上のプロシアニジンを含み、レクチン様酸化LDL受容体阻害作用を有することを特徴とする動脈硬化予防医薬品。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レクチン様酸化LDL受容体と酸化LDLとの結合を阻害する阻害用医薬品、及び当該阻害用医薬品を含む動脈硬化予防医薬品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、日本を含む先進国において、生活環境の変化や食生活の変化による様々な生活習慣病の患者が増加している。主要な生活習慣病として糖尿病、高血圧症、高脂血症等が挙げられ、これらの疾患の発症者が増加している。また、重篤な症状に至らなくともその兆候を示す、いわゆる予備軍も増加の傾向を示している。そして、これらの生活習慣病は、しばしば重篤な疾患の原因となる。
【0003】
動脈硬化性疾患は、生活習慣病から引き起こされる疾患の1つであり、高脂血症、特に高コレステロール血症が主要な要因であるとされている。現在のところ、動脈硬化性疾患等の循環器疾患の予防や治療を目的とする薬剤や特定保健用食品は、血中のコレステロールや中性脂肪の濃度(量)を低下させることを指標に認定がなされている。例えば、コレステロール合成阻害薬のスタチンや、中性脂肪の血中濃度を低下させるPPARアゴニストは、虚血性心疾患等の循環器疾患に対して効果を示し、広く使われている。
【0004】
動脈硬化性疾患及びその主要原因たる生活習慣病は慢性疾患であることから、効果的な予防のためには、長期間安全に服用可能であって効果的な予防剤が望まれる。例えば、動脈硬化の予防に効果的な薬剤として、リンゴ由来ポリフェノールを有効成分として含有してなることを特徴とするアディポネクチン調節剤が開示されている(例えば、特許文献1参照。)。アディポネクチン(adiponectin)は脂肪細胞に特異的に高発現する分泌蛋白質として発見されたが、その後の研究で単球の血管内皮細胞への接着や、平滑筋細胞の増殖を抑制するなど、抗動脈硬化的な作用を持つことが明らかとなっており、血中のアディポネクチン量を調節することにより、抗動脈硬化的な作用が奏される。
【0005】
リンゴ由来ポリフェノールには、様々な作用効果が報告されており、その中には脂質代謝に関する作用効果もある。例えば、リンゴ由来ポリフェノールに含まれているプロシアニジンは、膵臓リパーゼを阻害し、このため、トリグリセリドの吸収が抑制されることが報告されている(例えば、非特許文献1参照。)。
【0006】
また、LDL(low−density lipoprotein)の酸化によって生成する酸化LDLは、動脈硬化に対して促進的に機能することが分かっており、血中の酸化LDL量を低減することにより、抗動脈硬化作用が奏される。例えば、プロアントシアニジンを乾燥重量換算で95重量%未満の割合で含む松樹皮抽出物を有効成分とする動脈硬化予防剤が開示されている(例えば、特許文献2参照。)。松樹皮抽出物は血管における高い脂質の酸化抑制効果を有しており、このため、松樹皮抽出物を服用することにより酸化LDLの血中量を低減させることができる。
【0007】
一方、酸化LDLによる動脈硬化促進作用は、酸化LDLがレクチン様酸化LDL受容体(LOX−1;Lectin−like oxidized low−density lipoprotein receptor−1)を介して血管内皮細胞に取り込まれるために生ずると考えられている。LOX−1は、血管内皮細胞の酸化LDL受容体として同定されたが、現在では、炎症、動脈硬化、血栓、心筋梗塞、カテーテル治療後の血管再狭窄等の循環器疾患を促進する因子として知られている。つまり、酸化LDLのLOX−1との結合及び血管内皮細胞への取り込みを抑制することによっても、抗動脈硬化作用が得られる。
【0008】
このようなLOX−1阻害作用を有する予防剤として、コバノイシカグマ科に属するワラビの植物抽出物を有効成分として含有する、LOX−1アンタゴニスト作用を有する組成物(例えば、特許文献3参照。)や、ミカン科に属する植物抽出物を有効成分として含有してなり、LOX−1アンタゴニスト作用を有する動脈硬化抑制剤(例えば、特許文献4参照。)等が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2006−193502号公報
【特許文献2】特開2005−23032号公報
【特許文献3】特開2007−297381号公報
【特許文献4】特開2007−320956号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】スギヤマ(Sugiyama)、外6名、ジャーナル・オブ・アグリカルチュラル・アンド・フード・ケミストリー(Journal of Agricultural and Food Chemistry)、2007年、第55巻、第4604〜4609ページ。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1及び2に記載の予防剤は、スタチン等と同様に、血中脂質レベルを抑制することによって動脈硬化を予防することを目的とする。これに対して、特許文献3及び4に記載の予防剤は、酸化LDL等の動脈硬化惹起性リポタンパク質の作用点をブロックすることを目的とする、全く新しいメカニズムによる予防・治療法である。
しかしながら、これらの予防剤による酸化LDLのLOX−1との結合及び血管内皮細胞への取り込みに対する抑制効果は十分であるとは言い難く、より効果的な動脈硬化予防剤が求められている。
【0012】
本発明は、上記課題を鑑みてなされたものであって、優れたレクチン様酸化LDL受容体阻害作用を有する化合物を同定し、LOX−1が増悪因子として働く疾患、特に動脈硬化性疾患の治療・予防に有用な医薬品を提供することを目的とする。
【0013】
なお、本発明及び本願明細書において、「レクチン様酸化LDL受容体阻害作用」とは、LOX−1と酸化LDLとの結合を阻害し、酸化LDLの細胞内への取り込みを阻害する作用を意味する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記先行技術を踏まえ、さらに高いレクチン様酸化LDL受容体阻害作用をもつものを探索した結果、プロアントシアニジンの中でも3量体以上のものに特に強い効果があることを見出し、本発明を完成させた。
【0015】
すなわち、本発明は、
(1) 3量体以上のプロシアニジンを有効成分とすることを特徴とするレクチン様酸化LDL受容体阻害用医薬品、
(2) 前記プロシアニジンがリンゴ、ブドウ種子、ピーナッツ渋皮、及び松樹皮からなる群より選択される植物に由来することを特徴とする前記(1)記載のレクチン様酸化LDL受容体阻害用医薬品、
(3) 有効成分として3量体以上のプロシアニジンを含み、レクチン様酸化LDL受容体阻害作用を有することを特徴とする動脈硬化予防医薬品、
(4) 前記プロシアニジンがリンゴ、ブドウ種子、ピーナッツ渋皮、及び松樹皮からなる群より選択される植物に由来することを特徴とする前記(3)記載の動脈硬化予防医薬品、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明のレクチン様酸化LDL受容体阻害用医薬品及びそれを用いた動脈硬化予防医薬品は、酸化LDLのレクチン様酸化LDL受容体への結合を阻害し、酸化LDLの細胞内への取り込みを効果的に抑制することができる。また、本発明のレクチン様酸化LDL受容体阻害用医薬品等の有効成分であるプロシアニジンは、従来から飲食品に含まれている化合物であって、長期間服用したとしてもほとんど副作用が報告されていない、安全性の高い化合物である。このため、本発明のレクチン様酸化LDL受容体阻害用医薬品等を継続的に摂取することにより、動脈硬化性疾患を効果的に予防し、当該疾患に罹患するリスクを低減させ得ることが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】実施例1において、450nmの吸光度(OD450)の測定結果を、プロシアニジンの重合度ごとに示した図である。
【図2】実施例2において、算出された酸化LDL取込率(%)を、プロシアニジンの重合度ごとに示した図である。
【図3】実施例3において、各ポリフェノールを添加した場合の酸化LDL取込率(%)を示した図である。
【図4】実施例4において、各種プロシアニジンを添加した場合の酸化LDL結合率(%)を示した図である。
【図5】実施例5において、4種類の構造の異なる3量体プロシアニジンを添加した場合の酸化LDL結合率(%)を示した図である。
【図6】実施例7において、APを経口摂取させたラットの腸管膜動脈中の脂質の染色像(A)、及び腸管膜動脈中に観察された脂質沈着個数(B)を示した図である。
【図7】実施例7において、APを経口摂取させたラットの血中酸化LDL濃度を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
プロシアニジンは、Flavan−3−olが4−8位若しくは4−6位の炭素間で繰り返し縮合した構造の化合物であり、代表的なプロシアニジンは(+)−カテキンと(−)−エピカテキンが4−8位もしくは4−6位の炭素間で繰り返し縮合した構造をしている。プロシアニジンは、Flavan−3−olが6位又は8位のどちらに結合するかといった結合位置の違い、どのFlavan−3−olが結合するのかといった結合種の違い、さらには結合した単量体の間で生じる立体配座の影響により、複雑な構造をとる。
【0019】
本発明者らは、ヒトLOX−1タンパク質と酸化LDLとの結合を測定するELISA系を用いて、約500種類の食品素材の中からレクチン様酸化LDL受容体阻害作用(以下、「LOX−1阻害作用」)を有する化合物を探索した。ELISA系は、Satoらの方法(Atherosclerosis、2008年、第200巻第2号、第303〜309ページ参照。)を改良して行った。この結果、リンゴ由来ポリフェノールにLOX−1阻害作用があることが見出された。さらに、細胞表面にLOX−1を発現している細胞に対して、リンゴ由来ポリフェノールの存在下で酸化LDLを反応させると、LOX−1と酸化LDLとの結合が阻害され、引いては細胞内への酸化LDLの取り込みも阻害されることを、すなわち、リンゴ由来ポリフェノールがLOX−1阻害作用を有することを、新たに見出した。また、このリンゴ由来ポリフェノールによるLOX−1阻害作用は、主にプロシアニジン、特に3量体以上のプロシアニジンにおいて強く観察されることも見出した。
【0020】
本発明のレクチン様酸化LDL受容体阻害用医薬品(以下、「LOX−1阻害用医薬品」)は、3量体以上のプロシアニジンを有効成分とすることを特徴とする。プロシアニジンが有するLOX−1阻害作用は、プロシアニジンの重合度に依存し、重合度の大きいプロシアニジンほど、高いLOX−1阻害作用を有する。本発明のLOX−1阻害用医薬品は、重合度が3以上という比較的大きなプロシアニジン類化合物を有効成分とすることにより、重合度が2以下のプロシアニジン類化合物(2量体若しくは単量体のプロシアニジン)又は重合度別に精製していないプロシアニジンよりも、顕著に優れたLOX−1阻害作用を奏することができる。なお、プロシアニジンが有するLOX−1阻害作用がプロシアニジンの重合度に依存することは、本発明者らによって初めて見出された知見である。
【0021】
本発明のLOX−1阻害用医薬品は、特定の重合度のプロシアニジンのみを有効成分とするものであってもよく、重合度が相違する複数種類のプロシアニジンの混合物を有効成分とするものであってもよい。本発明のLOX−1阻害用医薬品においては、後述する原料植物から抽出・精製したプロシアニジンの中から、1量体及び2量体のプロシアニジンを除いた、重合度が3以上の全てのプロシアニジンを有効成分として用いることが好ましい。
なお、本願明細書において、「1量体のプロシアニジン」はカテキン類(カテキンやエピカテキン)を意味する。
【0022】
また、本発明のLOX−1阻害用医薬品の有効成分としては、重合度が3以上のプロシアニジンであればよく、特定の構造の化合物に限定されるものではない。重合度が3以上であれば、いずれの構造を有するプロシアニジンであっても、LOX−1阻害作用を有するためである。なお、少なくとも1つの縮合部位がFlavan−3−olの4−6位の炭素間で縮合した構造であるプロシアニジンや、末端がエピカテキンであるプロシアニジンが、比較的強いLOX−1阻害作用を有するため、これらの構造を有するプロシアニジンが有効成分として含まれていることが好ましい。
【0023】
3量体以上のプロシアニジンは、公知の有機合成法により合成したプロシアニジンであってもよく、プロシアニジンを含有する植物を原料として、この原料植物からプロシアニジン画分を得た後に重合度に基づいて精製した天然のプロシアニジンを用いてもよい。天然のプロシアニジンは、例えば、原料植物からプロシアニジンを抽出した抽出物からプロシアニジンを含有するプロシアニジン画分を得た後、このプロシアニジン画分からカラムクロマトグラフィー法等により重合度が3以上のプロシアニジンを精製することにより得ることができる。
【0024】
原料植物としては、例えば、バラ科のリンゴ、オトギリソウ科のマンゴスチン、モクセイ科のオリーブ、ブドウ科のブドウ、ツツジ科のクランベリーやコケモモ、ザクロ科のザクロ、ユキノシタ科のカシス、アオギリ科のカカオ、マメ科の大豆(黒豆)やラッカセイ(ピーナッツ)、松等の樹皮等が挙げられる。これらの植物のうち、プロシアニジン含有量の比較的多い組織や抽出し易い組織を原料として用いることができる。本発明のLOX−1阻害用医薬品の有効成分としては、リンゴ、ブドウ、ピーナッツ、又は松由来のプロシアニジンであることが好ましく、リンゴの果実、ブドウの種子、ピーナッツの渋皮、松の樹皮から抽出・精製したプロシアニジンであることがより好ましい。中でも、リンゴの果実由来のプロシアニジンであることが特に好ましい。
【0025】
原料植物からのプロシアニジンの抽出は、プロシアニジンを損なうことなく植物から抽出可能な方法であれば特に限定されるものではなく、常法により行うことができる。例えば、原料植物から果実、種子、葉、茎、樹皮等の組織を採取し、適宜細断・粉砕処理等を行った後、水やアルコール類等の有機溶媒中で加熱抽出を行うことにより、プロシアニジンを含む抽出物を得ることができる。有機溶媒を用いて抽出した場合には、蒸留法等により抽出物から有機溶媒を除去してもよい。また、リンゴ等の果実の場合には、常法により得られる原料果実の搾汁果汁を抽出物とすることもできる。なお、搾汁果汁や有機溶媒を除去した抽出物は、そのままでも使用することは可能であるが、遠心分離やろ過等の工程を経て、清澄な果汁若しくは抽出物としたものを使用することが好ましい。
【0026】
このようにして得られた抽出物から、常法によりプロシアニジン画分を得る。プロシアニジン画分は、1段階の精製操作により調製してもよく、多段階の精製操作を行うことにより調製してもよい。例えば、原料植物から得られた抽出物から、ポリフェノールを吸着し得る吸着剤等を用いてポリフェノール画分を分離精製し、得られたポリフェノール画分から、吸着クロマトグラフィー法等を用いて、プロシアニジン画分を精製することができる。
【0027】
ポリフェノールを吸着し得る吸着剤としては、例えば、イオン交換樹脂や合成吸着樹脂、シリカゲル等の吸着剤、ゲルろ過剤等が挙げられる。抽出物中のポリフェノールの吸着剤への吸着や溶出は、常法により行うことができる。例えば、吸着剤を充填したカラムに原料植物から得られた抽出物を通液し、ポリフェノール類を吸着させる。なお、カラムに通液する前に、当該抽出物のpHを4〜9、好ましくは5〜7、より好ましくは5〜6に調整しておく。続いて該カラムに純水又は脱イオン水(pH5〜7)を十分に通液して、カラム中の非吸着物質(糖類、有機酸類等)を除去した後、アルコール溶媒、例えば、10〜90%、好ましくは30〜80%のエタノールでポリフェノールを溶出させることができる。このようにして得られるポリフェノール画分は、プロシアニジンを主要成分とし、その他にも、クロロゲン酸等のカフェ酸誘導体(エステル)やp−クマル酸誘導体、フラバン−3−オール類(カテキン類)、ケルセチン配糖体等のフラボノール類、フロレチン配糖体等のカルコン類等のポリフェノール類が含まれている。
【0028】
ポリフェノール画分からのプロシアニジン画分の分離精製に用いる吸着クロマトグラフィーのカラム固定相としては、前述の吸着剤と同様のものを用いることができる。なお、カラムに通液する前に、当該ポリフェノール画分のpHを4〜9、好ましくは5〜7、より好ましくは5〜6に調整しておく。さらに、溶出前に、カラムを純水又は脱イオン水(pH5〜7)にて十分に洗浄しておくことが好ましい。また、溶出溶媒(移動相)としては、カラム固定相からのプロシアニジンの溶出時間と、プロシアニジン以外のポリフェノールの溶出時間とを十分に相違させることが可能な溶媒であればよく、カラム固定相の種類や使用する装置等を考慮して適宜決定することができる。
【0029】
例えば、メタノールに溶解させたポリフェノール画分を、シリカゲルをカラム固定相とし、溶出溶媒としてヘキサン−メタノール−アセトンを用いたバイナリグラジエント溶出による吸着クロマトグラフィーにより、プロシアニジン以外のポリフェノールを、プロシアニジンよりも先に溶出させることができ、かつ、プロシアニジンを重合度の小さいものから順次溶出させることができる(例えば、非特許文献1参照。)。したがって、標準品等を用いて予め各重合度のプロシアニジンの溶出時間を調べておくことにより、所望の重合度のプロシアニジンのみを含むプロシアニジン画分を得ることができる。また、3量体のプロシアニジン以降の溶出画分を全て回収することにより、重合度が3以上の全てのプロシアニジンを含む画分を得ることもできる。その他、例えば、2量体のプロシアニジン以降の溶出画分を回収して濃縮・凍結乾燥後、再度メタノールに溶解させて、同様に吸着クロマトグラフィーにより分離することによって、所望の重合度のプロシアニジン画分を、より精製度の高い状態で回収することができる。
【0030】
本発明のLOX−1阻害用医薬品の有効成分としては、上記手法により得られたプロシアニジン画分をそのまま用いてもよく、該プロシアニジン画分を濃縮した濃縮液を用いてもよい。例えば、25〜100℃、好ましくは35〜90℃で減圧濃縮することにより、該プロシアニジン画分からメタノール等の溶媒を除去し、濃縮することができる。また、得られたプロシアニジン画分を濃縮後、得られた濃縮液をそのままあるいはデキストリン等の粉末助剤を添加し、噴霧乾燥又は凍結乾燥処理することにより、粉末状としたものを用いてもよい。さらに、粉末状のプロシアニジンを、エタノール等の有機溶媒やクエン酸等の有機酸等に溶解させることにより、好ましい溶剤に溶解させたプロシアニジンとしたものを用いてもよい。なお、プロシアニジンを溶解させる溶剤としては、例えば、エタノール等の有機溶媒やクエン酸などの有機酸等を用いることができる。
【0031】
本発明のLOX−1阻害用医薬品に含有される3量体以上のプロシアニジンの量は、LOX−1阻害作用が奏されるために十分な量であれば特に限定されるものではなく、プロシアニジンの精製度、剤型、又は摂取方法等を考慮して適宜決定することができる。本発明においては、より十分なLOX−1阻害作用を奏することができるため、3量体以上のプロシアニジンの含有割合は、LOX−1阻害用医薬品の50%以上であることが好ましく、80%以上であることがより好ましく、100%であることがさらに好ましい。
【0032】
また、本発明のLOX−1阻害用医薬品は、3量体以上のプロシアニジンによるLOX−1阻害作用を損なわない限りにおいて、その他の成分を含有していてもよい。例えば、賦形剤、安定化剤、保存剤、粘度調製剤等の、通常用いられている補助的な原料や添加物を含有させることができる。
【0033】
本発明のLOX−1阻害用医薬品は、服用により優れたLOX−1阻害効果が得られるため、LOXが増悪因子として働く疾患、例えば炎症、動脈硬化、血栓、心筋梗塞、カテーテル治療後の血管再狭窄等の治療又は予防を目的として摂取される医薬品の有効成分として添加されることが好ましい。特に、本発明のLOX−1阻害用医薬品を有効成分とする、すなわち、3量体以上のプロシアニジンを有効成分とすることにより、安全性に優れ、かつ予防効果の高い動脈硬化予防医薬品を製造することができる。
【0034】
本発明のLOX−1阻害用医薬品を有効成分とする動脈硬化予防医薬品(以下、本発明の動脈硬化予防医薬品)は、常法により製造することができる。また、これらを製造するにあたり、通常用いられている補助的な原料や添加物を添加することができる。このような原料及び添加物としては、例えば、ブドウ糖、果糖、ショ糖、マルトース、ソルビトール、ステビオサイド、ルブソサイド、コーンシロップ、乳糖、L−アスコルビン酸、dl−α−トコフェロール、エリソルビン酸ナトリウム、グリセリン、プロピレングリコール、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、アラビアガム、カラギーナン、カゼイン、ゼラチン、ペクチン、寒天、ビタミンC、ビタミンB群、ビタミンE、ニコチン酸アミド、パントテン酸カルシウム、アミノ酸類、カルシウム塩類、界面活性剤、色素、香料、保存料等が挙げられる。
【0035】
また、本発明のLOX−1阻害用医薬品又は本発明の動脈硬化予防医薬品の剤型としては、LOX−1阻害作用が奏される剤型であれば特に限定されるものではなく、錠剤、液剤、カプセル剤、ドリンク剤、トローチ等が挙げられる。
【0036】
本発明の動脈硬化予防医薬品中の3量体以上のプロシアニジン量は、LOX−1阻害作用が奏されるために十分な量であれば特に限定されるものではなく、プロシアニジンの精製度、剤型、又は摂取方法や、摂取対象者の性別、年齢、体重、健康状況等を考慮して適宜決定することができる。
【0037】
LOX−1阻害効果及び動脈硬化予防効果を得るために、本発明のLOX−1阻害用医薬品又は動脈硬化予防医薬品に、3量体以上のプロシアニジンを、例えば、3量体以上のプロシアニジンの摂取量が乾燥重量として成人1日当たり10〜3000mg、好ましくは30〜1000mgとなるように含有させることができる。また、本発明のLOX−1阻害用医薬品及び動脈硬化予防医薬品は、1日に1〜数回に分けて経口摂取してもよい。
【実施例】
【0038】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0039】
[調製例1 リンゴ由来ポリフェノール(AP)の調製]
青森県産リンゴ幼果300kgを破砕、圧搾し果汁210kgを得た。得られた果汁にペクチナーゼを30ppmとなるよう加えて清澄化し、遠心分離後、珪藻土(シリカ300S、中央シリカ社製)ろ過により、さらに清澄化を行い、清澄果汁を得た。清澄果汁を吸着樹脂(ダイアイオンSP−850、三菱化学社製)を充填したカラムに通液し、ポリフェノール類を吸着させた。続いて純水を通液し、カラム中の非吸着物質(糖類、有機酸類等)を除去したのち、40%アルコールでポリフェノール類を溶出した。得られたポリフェノール画分からアルコールを減圧濃縮し、抽出粉末(AP)約2kgを調製した。抽出粉末中の成分を、逆相高速液体クロマトグラフィーを用いて分析した結果、クロロゲン酸類(約20重量%)、フロレチレン配糖体類(約5重量%)、フラボノール類(約15重量%)、プロシアニジン(約50重量%)及びその他褐変物質(約10重量%)からなることが確認できた。さらに、このプロシアニジン類は、マトリックス支援レーザーイオン化−飛行時間型質量分析計(MALDI−TOF/MS、アプライドバイオシステム社製)による解析の結果、フラボノール類であるカテキンやエピカテキンから構成される2量体から15量体までのオリゴマーやポリマーであることが確認された(M.Ohnishi−kameyama,et.al.、Mass Spectrometry、1997年、第11巻、第31〜36ページ参照。)
以下の実施例においてAPを使用する場合には、この抽出粉末APを生化学用試薬グレードのジメチルスルホキシド(DMSO)(和光純薬社製)に懸濁したものを、反応溶液のDMSOの終濃度が1%以下となるように、超純水を用いて適宜希釈して使用した。
【0040】
[調製例2 重合度別のプロシアニジンの調製]
非特許文献1に記載の手法(吸着クロマトグラフィー法)に準じて、APからプロシアニジンを重合度ごとに分離精製した。
まず、上記で調製した粉末状のAPを、メタノールに溶解させた後、シリカゲルが充填されたカラムInertsil PREP−SIL(GL Science社製)にアプライし、溶出溶媒としてヘキサン−メタノール−アセトンを用いたバイナリグラジエント溶出を行った。これにより、プロシアニジン以外のポリフェノールが先に溶出され、その後、プロシアニジンが重合度の小さいものから順次溶出された。2量体のプロシアニジン以降に溶出されたフラクションを全て回収し、これをプロシアニジン画分とした。
次いで、このプロシアニジン画分を濃縮・凍結乾燥後、再度メタノールに溶解させて、同様に吸着クロマトグラフィーにより分離し、各重合度のプロシアニジンの画分を別個に回収した。但し、8量体以上のプロシアニジンは全て1の画分として回収した。これらの回収された画分は、濃縮・凍結乾燥後、生化学用試薬グレードのDMSO(和光純薬社製)により懸濁させて使用した。なお、以下の実施例において使用する場合には、このDMSO懸濁液を、反応溶液のDMSOの終濃度が1%以下となるように、超純水を用いて適宜希釈して使用した。
なお、本調製例では、APを用いているが、他の植物由来ポリフェノールを用いた場合でも、同様に、各重合度のプロシアニジンの画分を別個に調製することが可能である。
【0041】
[調製例3 ex−hLOX−1の作製]
human LOX−1 cDNA(Genbank:NM002543)のうち、細胞外ドメイン(ex−hLOX−1)をコードする領域(61〜273番目の塩基配列)を、発現用ベクターpSecTag/FRT/V5His(Invitrogen社製)に組み込み、さらに、ex−hLOX−1のN末端にIgK selection signalが付加されるように当該シグナルをコードする塩基配列を組み込むことにより、ex−hLOX−1発現用プラスミドを作製した。このプラスミドを、293F細胞に、FreeStyle 293 Expression System(Invitrogen社製)を用いてトランスフェクションし、ex−hLOX−1を発現させた。トランスフェクションした細胞を4日間培養した後、培養液からNi−NTA superflow cartride(Qiagen社製)を用いて発現させたタンパク質ex−hLOX−1を回収した。
【0042】
[調製例4 ex−hLOX−1を固定したELISA用プレートの作製]
まず、調製例3において作製したex−hLOX−1を、PBSを用いて5μg/mlとなるように調整したタンパク質溶液を、384ウェルのEIA Plate(GREINER社製、製品番号:781061)に50μl/wellずつ分注した。このプレートを4℃で一晩静置することにより、ウェルにex−hLOX−1を固定した。その後、各ウェルをPBSで3回洗浄した後、3%BSA含有HEPESバッファーを、80μl/wellずつ分注してブロッキング処理を行った。その後さらに、各ウェルをPBSで3回洗浄したものをELISA用プレートとした。なお、BSAは、Sigma社のA−7888を、HEPESバッファーは10mMHEPES、150mMNaClとなるように、GIBCO社の15630とWAKO社の191−01665を用いて調整したものをpH7.0に調整したものを、それぞれ用いた。
【0043】
[調製例5 酸化LDLの作製]
まず、健常人からACD(acid−citrate−dextrose)含有バッファーが添加されている採血管に採取した血液から血漿を分離回収した。得られた血漿に臭化カリウムを加えて比重を1.019に調整した後、58000rpmで20時間遠心分離処理を行った。得られた下層を別のチューブに移し、臭化カリウムにて比重を1.063に調整した後、58000rpmで20時間遠心分離処理を行った。なお、超遠心機は、Beckman社製のL−80を使用した。回収した上層を、Slide−A−Lyzer(登録商標)Dialysis Cassettes 10K MWCO(takara社製)を用いて、PBSを外液として透析し(外液4回交換)、精製ヒトLDLを得た。
BCA Protein Assay Kit(pierce社製)を用いてタンパク質量を測定し、精製ヒトLDL濃度が3mg/mlとなるようにPBSで調整した溶液に、硫酸銅を7.5μMとなるように添加した後、37℃のCOインキュベーター内で16時間インキュベートした。続いて、当該溶液を、2mMEDTAを含有する0.15M塩化ナトリウム溶液を外液として透析し(外液4回交換)、ヒト酸化LDLを得た。
【0044】
[調製例6 DiI標識酸化LDLの作製]
作製したヒト酸化LDLを、2mMEDTAを含有する0.15M塩化ナトリウム溶液を用いて希釈し、1mg/mlとなるように調整した。このヒト酸化LDL溶液に、終濃度が0.3mg/mlとなるようにDiI(#D282、Invitrogen社製)を、終濃度が5mg/mlとなるようにLipoprotein Deficient Serum(sigma社製)を、それぞれ添加し、37℃で18時間反応させた。なお、DiIは、30μg/mlとなるようにDMSOに懸濁した溶液を用いた。反応後、塩化ナトリウムと臭化カリウムにて比重を1.15に調整した後、58000rpmで20時間遠心分離処理を行った。回収した上層を、Slide−A−Lyzer(登録商標)Dialysis Cassettes 10K MWCO(takara社製)を用いて、2mMEDTAを含有する0.15M塩化ナトリウム溶液を外液として透析し(外液4回交換)、DiI標識酸化LDLを得た。
【0045】
[調製例7 TetOn hLOX−1 CHO細胞の作製]
テトラサイクリン発現調節システム(Clontech社製)を用いて、doxycyclineを添加することによりhLOX−1の発現誘導が可能な培養細胞を作製した。なお、細胞の培養培地としては、終濃度が10%となるようにFBSを、終濃度が1%となるようにAntibiotics−Antimicotics(gibco社製)を、それぞれ添加したHam‘s F−12+GlutaMAX(gibco社製)を用いた。
まず、human LOX−1 cDNA(Genbank:NM002543)を発現ベクターpTRE2hyg(Clontech社製)に組み込んだhLOX−1発現用ベクターを作製した。このhLOX−1発現用ベクターを、Lipofectamin 2000 transfection reagent(Invitrogen社製)を用いて、CHO−K1 Tet−On cells(Clontech社製)にトランスフェクトした。培養培地に、終濃度が400μg/mlとなるようにhygromysinB(wako社製)を、終濃度が100μg/mlとなるようにG418(calbiochem社製)を、それぞれ添加して培養することにより、hLOX−1発現用ベクターが導入された細胞を選抜し、これをTetOn hLOX−1 CHO細胞として用いた。
【0046】
[調製例8 抗LOX−1抗体の作製]
抗LOX−1抗体は、Sawamuraらの方法(Nature、1997年、第386巻、第73〜7ページ参照。)に準じて製造した。
即ち、hLOX−1を発現しているCHO細胞を、5mM EDTA−PBSで処理(室温、5分間)した後、プロテアーゼ阻害剤含有緩衝液〔25mM HEPES(pH 7.4)、10mM 塩化マグネシウム、0.25M シュークロース、及びプロテアーゼ阻害剤(10U/mL Aprotinine、2μg/mL Pepstatin、50μg/mL Leupeptin、及び0.35mg/mL APMSF)〕中に懸濁し、ポッター式ホモゲナイザーで破砕し、低速遠心分離処理(1500rpm、10分間、4℃)した。次いで、上清を回収し、超遠心分離処理(100,000×g、1時間、4℃)し、沈殿した膜画分を回収しリン酸緩衝液中に懸濁し−20℃で保存した。この懸濁液を、ヒト抗体の作製(免疫源)として用いた。
得られた細胞膜画分を正常マウスに免疫し、hLOX−1に対するマウスモノクローナル抗体を調製した。
モノクローナル抗体の作製は、実験医学(別冊)細胞工学ハンドブック(黒木登志夫ら編集、羊土社発行、p66−74、1992年)及び単クローン抗体実験操作入門(安東民衛ら著作、講談社発行、1991年)に記載される一般的方法に従って調製した。
なお、抗LOX−1抗体とは、LOX−1を抗原とした特異抗体であり、抗原抗体反応によりLOX−1のアンタゴニストとして作用するものをいう。
【0047】
[実施例1 ELISAによるLOX−1とプロシアニジンの結合評価]
Satoらの方法(Atherosclerosis、2008年、第200巻第2号、第303〜309ページ参照。)をさらに改良した方法により、調製例1及び2において調製したAP及び各重合度のプロシアニジンのLOX−1との結合性を評価した。具体的には、調製例4で作製したELISA用プレートと、調製例5で作製した酸化LDLを用いて、反応溶液にプロシアニジン等を添加した場合に、LOX−1と酸化LDLの結合が阻害されるかどうかを調べた。
まず、前記ELISA測定用バッファーに、終濃度が250ng/mlとなるように酸化LDLを、終濃度が12.5、25、50、100、200、又は400μg/mlとなるように各種プロシアニジン(APを含む)を、それぞれ添加して調製したサンプルを、ELISA用プレートの各ウェルに40μlずつ、それぞれ分注した。このプレートを室温で2時間静置した後、各ウェルをPBSで5回洗浄した。次いで、1%BSA及び2mMEDTAを含有するHEPESバッファーを用いて500倍希釈した抗ヒトアポリポプロテインB抗体anti Human Apolipoprotein B PEROX(the binding site:PP086)の希釈液を、各ウェルに50μlずつ分注した後、室温で1時間静置した。静置後、各ウェルをPBSで5回洗浄し、TMB Peroxidase EIA substrate kit(Bio−Rad社製、製品番号:68−12−2(A) 2722−84−1(B))を用いてTMBを発色させた。各ウェルに2M硫酸を添加して発色反応を停止させた後、450nmの吸光度を測定した。
【0048】
図1は、450nmの吸光度(OD450)の測定結果を、プロシアニジンの重合度ごとに示した図である。図中、「Xmer」はX量体のプロシアニジンを、「≦8mer」は8量体以上のプロシアニジンを、それぞれ意味する。吸光度が小さいほど、LOX−1と結合した酸化LDLが少なく、LOX−1と酸化LDLとの結合が、プロシアニジン又はAPによって阻害されていることを示す。この結果、APがLOX−1と酸化LDLとの結合を阻害すること、すなわち、LOX−1阻害作用を有することが明らかとなった。また、このLOX−1阻害作用は、プロシアニジンにおいても観察されたことから、APによるLOX−1阻害作用は主にプロシアニジンによるものと推察された。特に、3量体以上のプロシアニジンが、強いLOX−1阻害作用を有することが分かった。
【0049】
[実施例2 LOX−1発現細胞による酸化LDLの取り込み阻害評価]
続いて、プロシアニジンがどの程度LOX−1と酸化LDLの結合を阻害するかを、LOX−1を発現している細胞への酸化LDL取り込み量により評価した。具体的には、ヒトLOX−1を強制過剰発現させたCHO細胞(以下、LOX−1発現細胞)が酸化LDLを取り込むことを利用して、LOX−1を介した蛍光標識酸化LDLの取り込みに対する、AP及びプロシアニジンによる影響を観察した。なお、LOX−1発現細胞として、調製例7において作製したTetOn hLOX−1 CHO細胞を、蛍光標識酸化LDLとして調製例6において作製したDiI標識酸化LDLをそれぞれ用いた。また、AP及びプロシアニジンは、調製例1及び2で調製したAP及び各重合度のプロシアニジンを用いた。
まず、前記の培養培地により1×10cells/mlとなるように調整したLOX−1発現細胞溶液を、96ウェルプレート(costar社製、製品番号:3603)の各ウェルに100μlずつ、それぞれ分注した。また、LOX−1の発現誘導をかけるため、終濃度が1μg/mlとなるようにdoxycycline(Calbiochem社製)を添加した。この96ウェルプレートを37℃で24時間、COインキュベーター内で培養した後、各ウェルをFBS(−)培地で洗浄した。なお、FBS(−)培地は、前記の培養培地からFBSのみを除いた培地である。
次いで、FBS(−)培地により0.3、1、3、又は10μg/mlとなるように調整した各種プロシアニジン(APを含む)を、各ウェルに100μlずつそれぞれ分注した後、37℃で1時間、COインキュベーター内で培養した。各ウェルをFBS(−)培地で洗浄した後、FBS(−)培地により1μg/mlとなるように調整したDiI標識酸化LDLを、各ウェルに100μlずつそれぞれ分注し、37℃で2時間、COインキュベーター内で培養した。各ウェルをFBS(−)培地で2回洗浄した後、各ウェルに10%中性緩衝ホルマリン液(wako社製)を添加して細胞固定処理を行い、さらに、1μg/mlのDAPI溶液(sigma社製)を添加して核染色を行った。
この96ウェルプレートをIn Cell Analyzer 1000 system(GE healthcare社製)を用いて、各ウェル当たりのDiI蛍光強度及び核数を測定した。測定結果から、下記式(1)により、一細胞当たりの蛍光強度を求めた。
式(1): 一細胞当たりの蛍光強度 =[ウェル当たりのDiI蛍光強度]/[ウェル当たりの核数]
【0050】
さらに、下記式(2)により、酸化LDL取り込み率(%)を算出した。なお、Aは各種プロシアニジン(APを含む)を添加しなかったウェルの一細胞当たりの蛍光強度であり、BはDiI標識酸化LDLを添加しなかったウェルの一細胞当たりの蛍光強度であり、Xは各種プロシアニジン(APを含む)とDiI標識酸化LDLを添加したウェルの一細胞当たりの蛍光強度である。
式(2): 酸化LDL取込率(%)=(X−B)/(A−B)×100
【0051】
図2は、算出された酸化LDL取込率(%)を、プロシアニジンの重合度ごとに示した図である。図中の「Xmer」及び「≦8mer」は図1と同様である。この結果、酸化LDL取込率が低下していることから、実施例1の結果と同様に、AP及び2量体以上のプロシアニジンは、濃度依存的に、LOX−1と酸化LDLとの結合を阻害することが確認された。特に、3量体以上のプロシアニジンは、APよりも、低濃度において高いLOX−1阻害効果を奏することが分かった。一方、1量体のプロシアニジンではLOX−1阻害作用は観察されなかった。
なお、本実施例のように、LOX−1発現細胞と蛍光標識酸化LDLを用いたアッセイ系により、動脈硬化が抑制されたか否かを指標とする他の動脈硬化抑制剤の選抜方法とは異なり、様々な循環器疾患増悪に関与するLOX−1に焦点を絞り、LOX−1に対する阻害物質を選抜することができる。
【0052】
[実施例3 他の植物由来のプロシアニジンの酸化LDLの取り込み阻害評価]
リンゴ以外の他の植物由来のプロシアニジンも、同様にLOX−1阻害作用を有するか否かを調べた。なお、プロシアニジンに代えて、プロシアニジンを多く含有する各種ポリフェノール〔AP(調製例1で調製したもの)、ブドウ種子由来ポリフェノール(キッコーマン社製、商品名:グラヴィノール)、ピーナッツ渋皮由来ポリフェノール(岸本産業社製)、及び松樹皮由来ポリフェノール(トレードピア社製)〕を測定試料として用いた。
具体的には、各種プロシアニジンに代えて、FBS(−)培地により10μg/mlとなるように調整した各種ポリフェノールを用いた以外は、実施例2と同様にして測定を行い、酸化LDL取り込み率(%)を算出した。なお、各ポリフェノールに代えて、これらと等濃度のDMSO溶液を添加したものをブランクとした。
図3は、ブランク又は各ポリフェノールを添加した場合の酸化LDL取込率(%)を示した図である。この結果、さらに、APにおいて観察された酸化LDLとLOX−1との結合抑制作用は、他のプロシアニジン含有素材である、松樹皮、ぶどう種子、ピーナッツ渋皮由来のポリフェノールにおいても同様に観察され、これらがLOX−1阻害作用を有することが確認された。
各ポリフェノールは、APと同様にプロシアニジンを多く含有しているため、本実施例の結果から、各ポリフェノールから分離精製した3量体以上のプロシアニジンも、各ポリフェノールと同様にLOX−1阻害作用を有することが分かる。
【0053】
[実施例4 LOX−1発現細胞による酸化LDLの結合阻害評価]
細胞内への酸化LDLの取り込みは、LOX−1を介したもの以外にも、カベオラやクラスリンも作用しているといわれている。そこで、LOX−1と酸化LDLとの結合に対する阻害効果をより直接的に評価するために、細胞を低温条件下に置いてエンドサイトーシスを抑制した条件で、LOX−1と酸化LDLとの結合をプロシアニジンが阻害するかを評価した。
まず、前記の培養培地により1×10cells/mlとなるように調整したLOX−1発現細胞溶液を、96ウェルプレート(costar社製、製品番号:3603)の各ウェルに100μlずつ、それぞれ分注した。また、LOX−1の発現誘導をかけるため、終濃度が1μg/mlとなるようにdoxycycline(Calbiochem社製)を添加した。なお、コントロールとして、doxycyclineを添加せず、発現誘導をかけないウェルも調製した。この96ウェルプレートを37℃で24時間、COインキュベーター内で培養した後、各ウェルを、4℃に冷却した前記のFBS(−)培地で洗浄した。
この96ウェルプレートを、氷上で30分間、冷蔵庫中で静置した後、4℃に冷却したFBS(−)培地により0.1μg/mlとなるように調整した各種プロシアニジン(APを含む)を、各ウェルに100μlずつそれぞれ分注した後、氷上で1時間、冷蔵庫中で静置した。この際、各種プロシアニジンに代えて、これらと等濃度になうようにDMSOを添加した4℃に冷却したFBS(−)培地を分注したものをブランクとした。また、各種プロシアニジンに代えて、4℃に冷却したFBS(−)培地により0.3μg/mlとなるように調整した抗LOX−1抗体溶液を分注したものをポジティブコントロールとした。なお、抗LOX−1抗体は、調製例8において作製したものを用いた。
各ウェルを4℃に冷却したFBS(−)培地で洗浄した後、4℃に冷却したFBS(−)培地により1μg/mlとなるように調整したDiI標識酸化LDLを、各ウェルに100μlずつそれぞれ分注し、氷上で1時間、冷蔵庫中で静置した。各ウェルを4℃に冷却したFBS(−)培地で2回洗浄した後、各ウェルに4℃に冷却した10%中性緩衝ホルマリン液(wako社製)を添加して細胞固定処理を行い、常温に戻した後、1μg/mlのDAPI溶液(sigma社製)を添加して核染色を行った。
この96ウェルプレートをIn Cell Analyzer 1000 system(GE healthcare社製)を用いて、各ウェル当たりのDiI蛍光強度及び核数を測定し、実施例2と同様にして一細胞当たりの蛍光強度を求めた。
さらに、下記式(3)により、酸化LDL結合率(%)を算出した。なお、A、B、及びXは、上記式(2)と同様である。
式(3): 酸化LDL結合率(%)=(X−B)/(A−B)×100
【0054】
図4は、各種プロシアニジンを添加した場合の酸化LDL結合率(%)を示した図である。図中の「Xmer」及び「≦8mer」は図1と同様である。また、「誘導なし」は、doxycyclineを添加せず、発現誘導をかけなかったウェルの結果を示している。この結果、LOX−1の発現を誘導させなかったウェルではほとんど酸化LDLは結合していなかった。また、LOX−1と結合することが分かっている抗LOX−1抗体を添加したウェルでは酸化LDL結合率が53%程度であり、酸化LDLとの結合が阻害されたことが確認できた。これらの結果から、本実施例のアッセイ系が、LOX−1と酸化LDLとの結合に対する各種プロシアニジンの影響を測定できることが確認できた。
図4に示すように、AP及び2量体以上のプロシアニジンは、LOX−1と酸化LDLとの結合を阻害することが確認された。特に、3量体以上のプロシアニジンは、APよりも高いLOX−1阻害効果を奏することが分かった。一方、1量体のプロシアニジンではLOX−1阻害作用は観察されなかった。
【0055】
[実施例5 構造の異なるプロシアニジンによる酸化LDLの結合阻害評価]
プロシアニジンの構造により、LOX−1阻害作用の効果が相違するかを調べた。
調製例2において調製した3量体プロシアニジンを、逆相クロマトグラフィーによりさらに構造ごとに分離精製し、これを用いて、実施例4と同様にして酸化LDLの結合阻害を評価した。
まず、調製例2において調製された3量体プロシアニジンを、水に溶解させた後、カラムInertsil ODS−3(GL Science社製、4μm φ20×250mm)にアプライし、移動層を20%メタノールとして、流速が12.0ml/min、カラム温度が40℃の条件で溶出した。UV検出器を用いて、溶出液の280nmの吸光度を測定したところ、保持時間(溶出時間)が14〜24分の間に3本のピークが、40〜55分の間に1本のピークが、検出された。
各ピークの画分の再精製を行った。まず、保持時間が14〜24分間の画分を濃縮し凍結乾燥後、再度水に溶解させて、カラムInertsil ODS−3(GL Science社製、4μm φ20×250mm)にアプライし、移動層を15%メタノールとして、流速が12.0ml/min、カラム温度が40℃の条件で溶出した。UV検出器を用いて、溶出液の280nmの吸光度を測定したところ、保持時間が33〜37分の間に1本(peak1)、40〜44分の間に1本(peak2)、及び48〜58分の間に1本(peak3)のピークが、それぞれ検出された。
これとは別に、1回目の逆相クロマトグラフィーにおける保持時間が40〜55分の間の画分を濃縮し凍結乾燥後、再度水に溶解させて、カラムInertsil ODS−3(GL Science社製、4μm φ20×250mm)にアプライし、移動層を20%メタノールとして、流速が12.0ml/min、カラム温度が40℃の条件で溶出した。UV検出器を用いて、溶出液の280nmの吸光度を測定したところ、保持時間が40〜55分の間に1本のピーク(peak4)が、検出された。
peak1〜4の各画分は、それぞれ濃縮・凍結乾燥後、生化学用試薬グレードのDMSO(和光純薬社製)により懸濁させて使用した。酸化LDLの結合阻害を測定する際には、反応溶液のDMSOの終濃度が1%以下となるように、超純水を用いて適宜希釈して使用した。
【0056】
各ピークの3量体プロシアニジンの構造を調べたところ、表1の化合物であることが分かった(J.Agric.Food Chem., 2003, vol.51, p3806-3813)。表中、「epi」はエピカテキンを、「cat」はカテキンを、「(4β→8)」は4−8位の炭素間で縮合した構造であることを、意味する。
【0057】
【表1】

【0058】
次いで、これら4種の3量体プロシアニジンのLOX−1と酸化LDLとの結合に対する阻害効果を評価した。具体的には、4℃に冷却したFBS(−)培地により0.1μg/mlとなるように調整した各種3量体プロシアニジンを用いた以外は、実施例4と同様にして行った。
図5は、ブランク又は4種類の構造の異なる3量体プロシアニジンを添加した場合の酸化LDL結合率(%)を示した図である。図中の「3mer」及び「誘導なし」は図4と同様である。この結果、構造ごとに精製した4種類の3量体プロシアニジン(peak1〜4)は、いずれも高いLOX−1阻害効果を示した。特に、peak2及び3の3量体プロシアニジンがpeak1及び4の3量体プロシアニジンよりもLOX−1阻害作用が強かったことから、縮合部位がFlavan−3−olの4−6位の炭素間で縮合した構造であるプロシアニジンや、末端がエピカテキンであるプロシアニジンが、比較的強いLOX−1阻害作用を有することが示唆された
【0059】
なお、peak1〜4のいずれも、分離精製前の3量体プロシアニジン(図5中、「3mer」)よりもLOX−1阻害作用が強かった。これは、分離精製前の3量体プロシアニジンには、表1記載の4種の3量体プロシアニジン以外にも何らかの不純物が混入していたためと考えられる。実際に、1回目の逆相クロマトグラフィーにおいて、peak1よりも前、peak3とpeak4の間、及びpeak4の後において、明確なピークは検出できないものの、280nmの吸光度がベースラインよりも高かったことから、何らかの化合物が溶出されており、プロシアニジン以外の何らかの不純物が含まれていることが示唆される。
【0060】
[実施例6 BIACORE測定によるLOX−1とプロシアニジンの結合評価]
プロシアニジンとLOX−1の直接的な結合を、BIACOREを用いて評価した。LOX−1タンパク質は、調製例3において作製したタンパク質ex−hLOX−1を用いた。一方、プロシアニジンは、調製例2において調製した各重合度のプロシアニジン(1〜7量体)と、実施例5において3量体プロシアニジンからpeak3として分離精製したepi(4β→6)epi(4β→8)epi(以下、「3量体peak3」ということがある。)と、を用いた。
センサーチップ上にLOX−1を固定し、プロシアニジンを液相としてBIACORE測定を行った。BIACORE測定及び解析は、BIACORE2000(GEヘルスケア社)を用いて行った。また、センサーチップとしてセンサーチップCM5を用い、アミンカップリング法を用いて、タンパク質ex−hLOX−1をセンサーチップ上に固定化した。ランニングバッファーとして、HEPES溶液(10mM HEPES、150mM NaCl、2mM CaCl)を脱気したものを用いた。
チップに流すプロシアニジンのうち、1〜7量体のプロシアニジンは、それぞれ、ランニングバッファーを用いて20μMに調整したものを測定に用いた。一方、3量体peak3は、同じくランニングバッファーを用いて、20、10、5、2.5、1.25μMの濃度にそれぞれ調整したものを測定に用いた。
また、センサーチップへプロシアニジンを反応させる時には、流速20μl/minとし、結合120秒、乖離120秒で乖離定数を測定した。一方、再生時には、流速60μl/mlnで50mM NaOHを5秒間流し、プロシアニジンとLOX−1の結合を乖離させた。
【0061】
各プロシアニジンの乖離定数の測定結果を表2に示す。その結果、1量体以外のプロシアニジンにおいて、LOX−1との結合が見られた。また、重合度が高くなるほど乖離定数が小さくなっており、LOX−1と強く結合していることが明らかとなった。この結果は、ELISA法やLOX−1発現細胞を用いて測定された結果と一致している。この結果より、プロシアニジン類はLOX−1に直接的に結合し、酸化LDLとLOX−1の結合を阻害しているといえる。
【0062】
【表2】

【0063】
[実施例7 プロシアニジンによる動脈硬化予防効果の評価]
動脈硬化の評価系として用いられているSHR−SPラット腸間膜脂質沈着数評価系を用いて、プロシアニジンの動脈硬化に対する影響を観察した。
まず、8週齢のSHR−SPラット8匹に対して、2週間、APを1%含有させた高脂肪食と生理食塩水とを自由摂食自由飲水させた(AP1%群)。一方、コントロールとして、同じく8週齢のSHR−SPラット8匹に対して、2週間、APを含有させていない高脂肪食と生理食塩水とを自由摂食自由飲水させた(コントロール群)。2週間経過後、血清を採取し、調製例5と同様にして作製した酸化LDLを検量線として、ELISA法により血中酸化LDL濃度を測定した。さらに、解剖して各ラットから腸間膜動脈を取り出し、Oil Red O(染色剤)により腸間膜動脈中の脂質を染色し、脂質沈着個数を測定した。図6(A)は、ラットの腸管膜動脈中の脂質の染色像であり、図6(B)は、ラットの腸管膜動脈中に観察された脂質沈着個数を示した図である。図6(A)中、動脈(図中の白色チューブ)中の黒丸点が脂質沈着部位である。また、図7は、ラットの血中酸化LDL濃度を示した図である。
この結果、図6に示すように、コントロール群に比べAP1%群では、有意に脂質沈着個数の減少が見られ、APを摂取することにより、動脈硬化が予防し得ることが確認された。一方、図7に示すように、両群では、血中酸化LDL濃度に差は見られなかった。このため、APは、酸化LDLの生成を抑制したのではなく、LOX−1と酸化LDLとの結合を阻害することにより細胞内への酸化LDLの取り込みを阻害したことが確認された。つまり、APはin vitroのみならずin vivoにおいてもLOX−1阻害作用を有することが確認された。
すなわち、これらの結果から、3量体以上のプロシアニジンを含むポリフェノールを摂取することにより、動脈硬化等の循環器疾患の発症を抑制できることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明のレクチン様酸化LDL受容体阻害用医薬品及びそれを用いた動脈硬化予防医薬品は、非常に優れたLOX−1阻害作用を有している上に、安全性が高く継続的に摂取可能である。このため、LOX−1が増悪因子として働く疾患、例えば炎症、動脈硬化、血栓、心筋梗塞、カテーテル治療後の血管再狭窄等の治療・予防のための医薬品の製造分野で利用が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
3量体以上のプロシアニジンを有効成分とすることを特徴とするレクチン様酸化LDL受容体阻害用医薬品。
【請求項2】
前記プロシアニジンがリンゴ、ブドウ種子、ピーナッツ渋皮、及び松樹皮からなる群より選択される植物に由来することを特徴とする請求項1記載のレクチン様酸化LDL受容体阻害用医薬品。
【請求項3】
有効成分として3量体以上のプロシアニジンを含み、レクチン様酸化LDL受容体阻害作用を有することを特徴とする動脈硬化予防医薬品。
【請求項4】
前記プロシアニジンがリンゴ、ブドウ種子、ピーナッツ渋皮、及び松樹皮からなる群より選択される植物に由来することを特徴とする請求項3記載の動脈硬化予防医薬品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−6326(P2011−6326A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−148658(P2009−148658)
【出願日】平成21年6月23日(2009.6.23)
【出願人】(000000055)アサヒビール株式会社 (535)
【出願人】(591108880)国立循環器病センター総長 (159)
【Fターム(参考)】