レーザーアブレーション質量分析装置

【課題】固体試料がアブレーションされてできた試料エアロゾルをアブレーションチャンバーからICP-MS装置にスムースに提供することができ、しかもアブレーションチャンバー内の洗浄性能に優れたレーザーアブレーション質量分析装置を提供する。
【解決手段】LA装置10とICP−MS装置20からなるレーザーアブレーション質量分析装置100において、アブレーションチャンバー3は外管32と内管31の二重管構造の管路からなり、内管31の内部が第1の流路31a、その外側が第2の流路32aであり、流路31aとICP−MS装置20が導入路4で流体連通され、チャンバー3は固体試料Sとの間に隙間Gを設けた姿勢で固定され、流路31aおよび流路32aにキャリアガスを固体試料Sに向かう方向に導入し、流路32aを流れるキャリアガスが固体試料S表面で反射して流路31aに導かれ、試料エアロゾルAEを導入路4に導くようになっている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザーアブレーション質量分析装置に係り、特にレーザーを固体試料に照射して気化させ、キャリアガスとともにICP-MS装置に気化試料を導入するアブレーションチャンバーに特徴を有するレーザーアブレーション質量分析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
誘導結合プラズマ質量分析(Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry: ICP-MS)法は、超微量元素を高感度で、しかも多元素を同時定量分析できる手法として現在注目されている。中でも、固体試料を直接局所的に分析できるレーザーアブレーション(LA)法を適用した、レーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析(LA-ICP-MS)法が特に注目されており、地質学や材料化学の分野で利用されている。
【0003】
このLA-ICP-MS法適用の際に使用されるLA-ICP-MS装置は、固体試料を収容するアブレーションチャンバーと、この固体試料表面にNd-YAGレーザー等の高強度のレーザーを照射するレーザー発信器と、から構成されるLA装置と、アブレーションチャンバー内でレーザーによって固体試料が熱的に気化した試料エアロゾル(試料微粒子)がキャリアガスとともに導入されて質量分析が実施されるICP-MS装置と、から大略構成されている。
【0004】
様々な分野で利用されているLA-ICP-MS法であるが、上記LA-ICP-MS装置においては、固体試料がアブレーションされてできた試料エアロゾルを高い割合でICP-MS装置に導入することが当該分野における解決課題の一つとなっている。より具体的に説明するに、LA-ICP-MS分析では、固体試料のエリアごとの質量分析からそのエリアの主たる形成元素を特定し、固体試料の全体でマッピング分析をおこなうものである。
【0005】
この分析に使用される従来のLA-ICP-MS装置においては、固体試料を収容してレーザーが照射されるアブレーションチャンバーの寸法が往々にして大きいことから、試料エアロゾルとキャリアガスが拡散してしまい、このアブレーションチャンバーに流体連通するICP-MS装置内に試料エアロゾルがスムースに提供されないといった問題が生じている。
【0006】
ICP-MS装置に試料エアロゾルが提供されるまでに必要以上に時間を要してしまうと、ICP-MS装置においてあるエリアの質量分析をおこなう際にそれよりも先行して質量分析がおこなわれた他のエリアの質量分析内容が影響してしまい、精緻な質量分析やマッピング分析ができなくなってしまう。
【0007】
また、従来のLA-ICP-MS装置では、アブレーションチャンバー内でアブレーションを実行し、これに流体連通するICP-MS装置内でその質量分析をおこなった後に、アブレーションチャンバー内の残留試料エアロゾルをICP-MS装置へ排出してアブレーションチャンバー内を洗浄し、次のアブレーションを実行するようになっている。この装置では、アブレーションチャンバーとICP-MS装置が流体連通しながら密閉空間を形成し、外気と流体連通するものでないことから、アブレーションチャンバー内の洗浄が十分におこなわれ難く、このことも上記する精緻なマッピング分析の障害の一要因となっている。
【0008】
したがって、アブレーションチャンバーからICP-MS装置へスムースに試料エアロゾルを含むキャリアガスを提供でき、しかも、アブレーションチャンバー内の洗浄効果の高いLA-ICP-MS装置の開発が当該技術分野における急務の課題である。
【0009】
ところで、固体試料のみならず液体試料にも適用可能なLA-ICP-MS法と装置が特許文献1に開示されている。これは、液体試料を凍結固化させて固体試料とすることにより、液体試料に対してレーザーアブレーションを可能とした方法と装置である。装置を構成する試料ホルダを低温冷却可能とすることにより、試料温度を低温に維持してレーザー光によるアブレーションを可能としている。
【0010】
しかし、特許文献1に開示のLA-ICP-MS装置では、試料ホルダを低温冷却可能とすることが特徴構成であるものの、そのほかの装置構成は上記する従来の装置と実質的に同じであり、したがって、アブレーションチャンバーから試料エアロゾルをスムースにICP-MS装置に導入することや、アブレーションチャンバー内に残る試料エアロゾルを効果的に洗浄することを何等担保するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平11−51904号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記する問題に鑑みてなされたものであり、固体試料がアブレーションされてできた試料エアロゾルをアブレーションチャンバーからICP-MS装置に時間をかけることなくスムースに提供することができ、しかもアブレーションチャンバー内の洗浄性能に優れ、もって、精緻な質量分析およびマッピング分析をおこなうことのできるレーザーアブレーション質量分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記目的を達成すべく、本発明によるレーザーアブレーション質量分析装置は、レーザー発信器と固体試料が収容されるアブレーションチャンバーとからなるレーザーアブレーション装置(LA装置)と、このアブレーションチャンバーに流体連通し、気化された試料エアロゾルがキャリアガスとともに導入されて試料エアロゾルの質量分析がおこなわれる誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP−MS装置)からなるレーザーアブレーション質量分析装置において、前記アブレーションチャンバーは外管と内管から構成される二重管構造の管路からなり、内管の内部が第1の流路、内管と外管の間の空間が第2の流路であり、内管の途中位置において第1の流路とICP−MS装置を流体連通する導入路が設けてあり、前記アブレーションチャンバーは固体試料との間に隙間を設けた姿勢で固定され、レーザーアブレーションによって試料エアロゾルを生じさせ、前記第1の流路および第2の流路にキャリアガスを固体試料に向かう方向に導入し、第2の流路を流れるキャリアガスが固体試料表面で反射して第1の流路に導かれ、試料エアロゾルを導入路に導くようになっているものである。
【0014】
本発明のレーザーアブレーション質量分析装置は、これを構成するLA装置のアブレーションチャンバーに二重管構造の管路を適用し、アブレーションチャンバーを固体試料との間に隙間を設けた姿勢で固定した状態でアブレーションをおこなって試料エアロゾルを生じさせ、内管の内部(第1の流路)と内管と外管の間の空間(第2の流路)の双方にキャリアガスを流すことにより、第2の流路を流れるキャリアガスが固体試料表面で反射して第1の流路に導かれ、この導入されたキャリアガスがICP−MS装置に流体連通する導入路にスムースに試料エアロゾルを提供する作用を奏するものである。
【0015】
ここで、アブレーションチャンバーと固体試料の間に隙間が設けてあることから、アブレーションチャンバーはこの隙間を介して外気に開放されている。しかし、第2の流路を流れるキャリアガスにより、外気がアブレーションチャンバー内に入ってこようとした際に第2の流路を流れるキャリアガスがバリアを形成し、外気がアブレーションチャンバー内に入って試料エアロゾルをコンタミするのを抑制することができる。
【0016】
このように、二重管構造の管路形態を適用し、固体試料との間に隙間を形成したことにより、キャリアガスが内管内で上方へ向かう流れを形成して導入路への試料エアロゾルの提供を保証できるため、内管やさらに外管と内管の間の空間を可及的に小寸法に設定することができ、少量(もしくは遅い速度)のキャリアガスでもスムースに試料エアロゾルをICP−MS装置に提供することが可能となる。
【0017】
また、試料エアロゾルのICP−MS装置への提供が完了したら、キャリアガスの流れを停止することで、アブレーションチャンバーと固体試料の間の隙間を介してアブレーションチャンバー内に残った試料エアロゾルを排気することができる。
【0018】
また、本発明によるレーザーアブレーション質量分析装置の他の実施の形態として、前記アブレーションチャンバーは前記外管のさらに外側に別途の外管を備えた三重管構造の管路からなり、外管と別途の外管の間の空間が第3の流路であって、前記アブレーションチャンバーは固体試料との間に隙間を設けた姿勢で固定され、レーザーアブレーションによって試料エアロゾルを生じさせ、前記第1の流路および第2の流路および第3の流路にキャリアガスを固体試料に向かう方向に導入し、第2の流路および第3の流路を流れるキャリアガスが固体試料表面で反射して第1の流路に導かれ、試料エアロゾルを導入路に導くようになっている形態がある。
【0019】
三重管構造とすることで、外気の進入抑止効果や試料エアロゾルの外部への漏れ抑止効果を一層高めることができる。なお、さらに四重管構造等を適用してもよい。
【0020】
また、本発明によるレーザーアブレーション質量分析装置の好ましい実施の形態は、前記外管もしくは前記別途の外管が、前記固体試料と対向する端面においてその外側に張り出すフランジを備えているものである。
【0021】
二重管構造の場合には外管が、三重管構造の場合には別途の外管(最も外側の管路)が、それらの固体試料と対向する端面に外側に張り出すフランジを備えていることにより、フランジ下の隙間を介して外気が浸入したり、フランジ下の隙間を介して試料エアロゾルが外部へ漏洩するまでの距離が長くなり、圧力損失も大きくなることから、外気が浸入し難くなり、キャリアガスや試料エアロゾルが外部へ漏洩し難くなる。このことはすなわち、可及的に少ない量のキャリアガスで、もしくは可及的に低速のキャリアガスにて試料エアロゾルを導入路を介してICP−MS装置へ導入できることにも繋がる。
【0022】
また、本発明によるレーザーアブレーション質量分析装置の好ましい実施の形態は、内管と固体試料の前記隙間が、外管と固体試料の前記隙間よりも大きいものである。
【0023】
内管と固体試料の隙間を外管と固体試料の隙間よりも大きくすることにより、第2の流路を流れてきたキャリアガスを第1の流路側に流れ易く、逆に外気側に漏れ難くすることができる。さらに、外部との流体連通を担保しながら、外部から第2の流路をはじめとするアブレーションチャンバー内に外気を入り難くすることができ、試料エアロゾルのコンタミを抑制することができる。
【0024】
さらに、本発明によるレーザーアブレーション質量分析装置の好ましい実施の形態は、ICP−MS装置内で固体試料に由来する試料エアロゾルの質量分析がおこなわれている間は、前記第1の流路にのみ、キャリアガスを固体試料に向かう方向に導入し続ける制御が実行されるものである。
【0025】
本発明のレーザーアブレーション質量分析装置においては、アブレーションチャンバーの下方が固体試料との間で外気に開放されていることから、固体試料表面の任意エリアのレーザーアブレーションおよびその質量分析が終了し、別途エリアのレーザーアブレーションを実行するに当たって、アブレーションチャンバー内に残った試料エアロゾルを外部へ効果的に排気することができる。これは、既述する密閉空間を成している従来のレーザーアブレーション質量分析装置では奏することのできない作用効果である。
【0026】
そこで、ICP−MS装置内において任意エリアの質量分析をおこなっている間に、第1の流路にのみ、キャリアガスを固体試料に向かう方向に導入し続ける制御を実行することにより、質量分析の間にアブレーションチャンバー内の洗浄がおこなわれ、質量分析が終了した段階で別途エリアのレーザーアブレーションへスムースに移行することができる。したがって、従来構造のレーザーアブレーション質量分析装置のように、アブレーションチャンバー内に別エリアの試料エアロゾルが残ってしまい、その影響がマッピング分析結果に反映されるといった問題が効果的に解消され、しかも、効率的なレーザーアブレーション質量分析を実現することができる。
【発明の効果】
【0027】
以上の説明から理解できるように、本発明のレーザーアブレーション質量分析装置によれば、固体試料がアブレーションされてできた試料エアロゾルをアブレーションチャンバーからICP-MS装置にスムースに提供することができ、外気からのコンタミを抑制しながらアブレーションチャンバー内の洗浄性に優れ、もって、効率的に、高精度なレーザーアブレーション質量分析およびマッピング分析を実行することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明のレーザーアブレーション質量分析装置を示す模式図であり、レーザーアブレーション装置を構成するアブレーションチャンバーの一実施の形態を縦断面図で示した図であってキャリアガスの流れとともに示した図である。
【図2】アブレーションチャンバーの一実施の形態の斜視図である。
【図3】アブレーションチャンバーの他の実施の形態の縦断面図であってキャリアガスの流れとともに示した図である。
【図4】(a)、(b)ともにアブレーションチャンバーのさらに他の実施の形態の縦断面図であってキャリアガスの流れとともに示した図である。
【図5】隙間の長さと導入路内のガス流速、および導入路長さと導入路内のガス流速の関係を求めるCAE解析に関し、(a)はアブレーションチャンバーモデルの説明図であり、(b)は隙間の長さと導入路内のガス流速の関係を示すCAE解析結果であり、(c)は導入路長さと導入路内のガス流速の関係を示すCAE解析結果である。
【図6】フランジの長さと導入路内への導入ガス量の関係を求めるCAE解析に関し、(a)はアブレーションチャンバーモデルの説明図であり、(b)はフランジの長さと導入ガス量の関係を求めるCAE解析結果である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。図1は、本発明のレーザーアブレーション質量分析装置を示す模式図であり、特にレーザーアブレーション装置を構成するアブレーションチャンバーの一実施の形態を縦断面図で示した図であり、図2は、アブレーションチャンバーの一実施の形態の斜視図である。
【0030】
図示するレーザーアブレーション質量分析装置100は、レーザーアブレーション装置10(以下、LA装置10)のアブレーションチャンバー3と誘導結合プラズマ質量分析装置20(以下、ICP−MS装置20)の質量分析チャンバーがLA装置10を構成する導入路4を介して流体連通してその大略が構成されている。
【0031】
LA装置10は、Nd-YAGレーザー等の高強度のレーザーを照射するレーザー発信器1と、レーザーを屈折させる屈折レンズ11と屈折後のレーザーを集光する集光レンズ12とからなる光学系と、アルゴンやヘリウムといった不活性ガスからなるキャリアガスを収容するガスタンクとこれを提供するポンプから構成されたキャリアガス供給系、キャリアガスが流通するとともに固体試料に照射するレーザーLが通過し、固体試料S表面をアブレーションして生じた試料エアロゾルAEが一時的に滞留するアブレーションチャンバー3と、アブレーションチャンバー3とICP−MS装置20の質量分析チャンバーを流体連通する導入路4とから構成されている。なお、図示例では、屈折レンズ11の上方にCCDカメラが搭載され、ここでの撮像データが不図示のTVモニターに送信されるようになっており、アブレーションポイントにおけるレーザー合焦等の確認をTVモニターにておこなうことができるようになっている。
【0032】
アブレーションチャンバー3は不図示の係止手段もしくは吊持固定手段により、ステージST上に載置される固体試料Sとの間に隙間Gを設けた姿勢で固定される。固体試料の任意ポイントもしくは任意エリアのアブレーションと質量分析が実行されたら、ステージSTが可動し(X1方向)、別途ポイントもしくは別途エリアのアブレーションと質量分析が実行される。なお、このステージSTは、平面(X軸およびY軸)を移動自在なX−Yテーブルであり、面的に広がる固体試料表面の各ポイントもしくは各エリアを所望順序でレーザーアブレーションするように移動制御される。
【0033】
なお、レーザーアブレーション質量分析装置100の特徴構成がLA装置10の特にアブレーションチャンバー3にあることから、ICP−MS装置20は従来公知のものを適用することができ、その具体的な内部構成の図示は省略する。たとえば、導入路4と連通する質量分析チャンバー内に固体試料に由来する試料エアロゾルがキャリアガスによって運ばれて導入されると、プラズマトーチに巻装されたコイルに高周波電力が供給され、これによってプラズマトーチ内に誘導結合型のプラズマを発生させ、このプラズマによって試料エアロゾルがイオン化された後に質量分析計にて質量分析が実行されるようになっている。なお、固体試料表面のエリアごとに質量分析が実行され、これをマッピング分析することによって固体試料表面の質量分析マップが作成される。
【0034】
上記するステージSTの移動制御、レーザー発信器1の作動ON−OFF制御、キャリアガス供給機2のキャリアガス導入ON−OFF制御やそれらの相対的な制御タイミングのほか、高周波電力の供給制御、質量分析計の実行制御などは不図示のコンピュータにて実行されるようになっており、このコンピュータ内部には、レーザー強度やキャリアガスの流量(もしくは流速)等に関する設定値が格納され、これに基づいて一連のレーザーアブレーション質量分析が実行されるようになっている。
【0035】
アブレーションチャンバー3は、外管32と内管31から構成される二重管構造の管路からなり、内管31の内部が第1の流路31aを画成し、内管31と外管32の間の空間が第2の流路32aを画成しており、内管31の途中位置において第1の流路31aとICP−MS装置20を流体連通する導入路4が設けてある。
【0036】
第1の流路31a内を流れるレーザーLが固体試料S表面をアブレーションして試料エアロゾルAEが第1の流路内で生じ、このレーザー照射と同期して、もしくはこれに続いてキャリアガス供給機2からキャリアガスが第1の流路31aと第2の流路32a内を固体試料S側に向かう方向に導入される(Y1方向)。
【0037】
第2の流路32aに導入されたキャリアガスは、その下方の隙間Gを介して固体試料S表面に反射し(Y3方向)、その一部は第1の流路31a内に入り込んで滞留する試料エアロゾルAEを導入路4まで運ぶ(Y4方向)。この導入路4内への試料エアロゾルAEの導入は、下方からのキャリアガスの流れ(Y4方向)と上方からのキャリアガスの流れ(Y5方向)によっておこなわれる。また、第2の流路32aに導入されたキャリアガスのうち、第1の流路31a内に入り込むキャリアガス以外のガスは外側の隙間Gを介して外部へ漏洩する(Y2方向)。
【0038】
このように、アブレーションチャンバー3と固体試料Sの間に隙間Gが存在していても、アブレーションチャンバー3が二重管構造を呈し、その外側の第2の流路32aを流れるキャリアガスの流れが存在していることにより、それが反射して第1の流路31aに入り込んで試料エアロゾルAEを上方へ持ち上げ、導入路4内へ導入することを可能とする。
【0039】
また、第2の流路32aを流れるキャリアガスが外部とアブレーションチャンバー3の内部とを遮断するエアバリアを形成することから、生じた試料エアロゾルAEが外部へ漏洩するのが効果的に抑止される。
【0040】
一方、ICP−MS装置20内で固体試料に由来する試料エアロゾルAEの質量分析がおこなわれている間は、第1の流路31aにのみキャリアガスを固体試料Sに向かう方向に導入し続ける制御が実行され、第1の流路31a内を洗浄した後のキャリアガスは隙間Gを介して外部に排気される。
【0041】
このような洗浄制御をおこなうことにより、質量分析と並行して第1の流路31a内の洗浄が実行でき、質量分析終了後は速やかにステージSTが移動して別エリアのアブレーションを実行できることから、効率的なレーザーアブレーション質量分析をおこなうことが可能となる。また、キャリアガスの第1の流路31a内への導入と外部への排気を連続的におこなうことで第1の流路31a内の洗浄効果が高くなり、後続の試験エリアにおける質量分析の際に先行する試験エリアの試料エアロゾルの影響が入り込んだり、精緻なマッピング分析ができないといった課題は生じ得ない。
【0042】
以上より、図示する二重管構造のアブレーションチャンバー3を適用し、固体試料Sとの間に所望の隙間Gを設けた姿勢でこれを固定してアブレーションをおこなうことにより、ICP−MS装置20への試料エアロゾルAEの提供を保証しながら、アブレーションチャンバー3内の洗浄性能に優れ、精緻な質量分析結果とマッピング分析結果を得ることができる。
【0043】
図3、図4a,bはいずれも、アブレーションチャンバーの他の実施の形態を示したものである。
【0044】
図3で示すアブレーションチャンバー3Aは三重管構造を呈するものであり、外管32のさらに外側に最外管33を有し、外管32と最外管33の間に形成される第3の流路33aにキャリアガスが流れるようになっている。
【0045】
第2の流路32aおよび第3の流路33aを流れて固体試料Sで反射したキャリアガス(Y3方向)は、第1の流路内に入り込んで滞留する試料エアロゾルAEを上方へ持ち上げる。
【0046】
三重管構造であることから、外気が隙間Gを介してアブレーションチャンバー3A内へ流入すること、アブレーションチャンバー3Aから隙間Gを介して試料エアロゾルAEが外部へ漏洩することがいずれも二重管構造に比して一層抑制される。外気が第1の流路31aに入るまでの過程で圧力損失が大きくなり、第2、第3の流路32a,33aを流れるキャリアガスによる二重のエアバリアが形成されるからである。そのため、可及的に少ない量のキャリアガスで、もしくは可及的に低速のキャリアガスにて試料エアロゾルを導入路4を介してICP−MS装置20へ導入することができる。
【0047】
一方、図4aで示すアブレーションチャンバー3Bは、二重管構造であるが、外管32の下端に外側に張り出したフランジ5を具備するものである。
【0048】
二重管構造の外管32が固体試料Sと対向する端面に外側に張り出すフランジ5を備えていることにより、フランジ5下方の隙間Gを介して外気が浸入したり、隙間Gを介して試料エアロゾルAEが外部へ漏洩するまでの距離が長くなり、したがって圧力損失が大きくなることから、外気が浸入し難くなり、キャリアガスや試料エアロゾルが外部へ漏洩し難くなる。なお、図示を省略するが、図3で示す三重管構造のアブレーションチャンバー3Aにおいて、最外管33の下端にフランジを設けた実施の形態であってもよい。
【0049】
さらに、図4bで示すアブレーションチャンバー3Cは、内管31と固体試料Sの隙間t1を外管32と固体試料Sの隙間t2よりも大きくしたものであり、この隙間調整により、第2の流路32aを流れて固体試料Sで反射したキャリアガスは第1の流路31a内に入り易く、長さt2の隙間Gを介して外部へ漏洩し難くなる。さらに、長さt2の隙間Gを介した外気の入り込みも抑制することができる。なお、図示を省略するが、この実施の形態に関しても、図3で示す三重管構造のアブレーションチャンバー3Aにおいて、最外管33と固体試料Sの隙間を最も短くし、外管32と内管31の各隙間をそれよりも長くする等した実施の形態であってもよい。
【0050】
[導入路内において試料エアロゾルを運搬するキャリアガスの適正な流速を保証する隙間の長さと導入路の内径に関する検証とその結果]
本発明者等は、導入路内におけるキャリアガスの適正な流速を保証するファクターを特定する検証をおこなった。本発明のレーザーアブレーション質量分析装置を構成するアブレーションチャンバーを図5aに模擬している。同図において、隙間Gの長さをt、導入路4の長さ(外管32からの長さ)をs、導入路4の内径をdとしている。
【0051】
本発明者等によれば、この導入路4を介してICP−MS装置20の質量分析チャンバーへ導入されるキャリアガスの適正な流速は1〜2m/sec程度であると特定されている。流速が2m/secを超えると、分析対象で質量分析チャンバー内を通過する試料エアロゾルが質量分析に当たって速過ぎること、流速が1m/secを下回ると、質量分析に十分な量の試料エアロゾルが質量分析チャンバー内に提供され難いことなどがその数値限定の理由である。
【0052】
そこで、本発明者等は、導入路におけるキャリアガスの流速:1〜2m/secを保証するアブレーションチャンバー構成要素とその数値もしくは数値範囲を特定するに当たり、まず、導入路4の長さ:sを種々変化させて導入路内における流速をCAE解析にて検証し、次に、隙間Gの長さ:tを種々変化させて導入路4内における流速(最大流速)をCAE解析にて検証した。導入路の長さに関するCAE解析結果を図5b、隙間の長さに関するCAE解析結果を図5cにそれぞれ示している。なお、導入路の長さに関する解析では、アブレーションチャンバー内に提供されるキャリアガス流量が110ml/sec、導入路の内径が4mm、隙間の長さを4mmとしている。また、隙間Gの長さに関する解析では、アブレーションチャンバー内に提供されるキャリアガス流量が110ml/sec、導入路の内径が4mm、導入路の長さが1000mmとしている。
【0053】
図5b、cの解析結果より、導入路の長さが長くなるにつれて圧力損失が大きくなるために、また、隙間の長さが長くなるほど外部へ漏洩するキャリアガス量が多くなるために、ともにICP−MS装置へ導入されるキャリアガスの流速は低下する。
【0054】
図5bにおいて、導入路の長さが最も短い100mm程度の場合でも流速は0.7m/sec程度と上記する1〜2m/secの範囲に入らないことが検証されている。
【0055】
一方、隙間の長さが実機で想定される最低長さの0.05mm程度の場合でも、流速は0.3〜0.4m/sec程度であり、上記する1〜2m/secの範囲には程遠いことが検証されている。
【0056】
上記解析結果より、アブレーションチャンバーにおける導入路の長さや固体試料との隙間の長さを調整しても、導入路におけるキャリアガスの流速である1〜2m/secを達成できないことが特定された。
【0057】
一方、管路内に流体が流れる際の圧力損失とガス流量等に関し、以下の一般式は当業者によく知られるところである。
【0058】

ここで、dPは圧力損失、μはガス粘性、Lは導入路の長さ、Qがガスの流量、dは導入路の内径。
【0059】
式1より、隙間の長さが4mm、導入路の長さが1000mmの場合は導入路の内径は10mm、隙間の長さが1mm、導入路の長さが1000mmの場合は導入路の内径は8mm(いずれの組み合わせも実機で適用される可能性が高い)とすることで、導入路内の流速:2m/secを達成できることが分かった。すなわち、上記一般的を使用して、導入路内の流速が1〜2m/secとなる隙間の長さと導入路の内径の組み合わせを検討すればよいことが分かった。
【0060】
[フランジの長さと導入路へのガス導入量の関係に関する検証とその結果]
本発明者等は、フランジの長さと導入路へのガス導入量の関係を特定する検証をおこなった。本発明のレーザーアブレーション質量分析装置を構成するアブレーションチャンバーを図6aに模擬している。同図において、隙間Gの長さをt、フランジ5の長さをrとしている。CAE解析結果を図6bに示す。なお、図6bにおける解析結果を示すグラフでは、フランジ長さが2mmでその際の導入ガス量:0.08cc/secを基準に、フランジ長さを種々変化させた際の導入ガス量を特定するとともに、上記基準値に対する倍率を同図で示している。なお、本解析では隙間を4mmとしている。
【0061】
図6bより、フランジが長くなるにつれて、隙間を介して外部へ漏洩しようとするキャリアガスの圧力損失は大きくなり、キャリアガスの漏洩量が低減することから、したがって、アブレーションチャンバー内へ提供されるキャリアガス量が同量であっても、導入路へ提供されるキャリアガス量を増加できることが分かった。
【0062】
たとえば、図6bより、フランジの長さを2mm程度から20mm程度とすることで、導入路へのキャリアガス導入量はおよそ1.5倍程度も増加できることが本CAE解析にて特定されている。
【0063】
以上、本発明の実施の形態を図面を用いて詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計変更等があっても、それらは本発明に含まれるものである。
【符号の説明】
【0064】
1…レーザー発信器、2…キャリアガス供給系、3,3A,3B,3C…アブレーションチャンバー、31…内管、32…外管、33…最外管、31a…第1の流路、32a…第2の流路、33a…第3の流路、4…導入路、5…フランジ、10…レーザーアブレーション装置(LA装置)、20…誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP−MS装置)、100…レーザーアブレーション質量分析装置(LA−ICP−MS装置)、S…固体試料、ST…ステージ、AE…試料エアロゾル、G…隙間(ギャップ)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー発信器と固体試料が収容されるアブレーションチャンバーとからなるレーザーアブレーション装置(LA装置)と、このアブレーションチャンバーに流体連通し、気化された試料エアロゾルがキャリアガスとともに導入されて試料エアロゾルの質量分析がおこなわれる誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP−MS装置)からなるレーザーアブレーション質量分析装置において、
前記アブレーションチャンバーは外管と内管から構成される二重管構造の管路からなり、内管の内部が第1の流路、内管と外管の間の空間が第2の流路であり、
内管の途中位置において第1の流路とICP−MS装置を流体連通する導入路が設けてあり、
前記アブレーションチャンバーは固体試料との間に隙間を設けた姿勢で固定され、レーザーアブレーションによって試料エアロゾルを生じさせ、前記第1の流路および第2の流路にキャリアガスを固体試料に向かう方向に導入し、第2の流路を流れるキャリアガスが固体試料表面で反射して第1の流路に導かれ、試料エアロゾルを導入路に導くようになっているレーザーアブレーション質量分析装置。
【請求項2】
前記アブレーションチャンバーは前記外管のさらに外側に別途の外管を備えた三重管構造の管路からなり、外管と別途の外管の間の空間が第3の流路であって、
前記アブレーションチャンバーは固体試料との間に隙間を設けた姿勢で固定され、レーザーアブレーションによって試料エアロゾルを生じさせ、前記第1の流路および第2の流路および第3の流路にキャリアガスを固体試料に向かう方向に導入し、第2の流路および第3の流路を流れるキャリアガスが固体試料表面で反射して第1の流路に導かれ、試料エアロゾルを導入路に導くようになっている請求項1に記載のレーザーアブレーション質量分析装置。
【請求項3】
前記外管もしくは前記別途の外管が、前記固体試料と対向する端面においてその外側に張り出すフランジを備えている請求項1または2に記載のレーザーアブレーション質量分析装置。
【請求項4】
内管と固体試料の前記隙間が、外管と固体試料の前記隙間よりも大きい請求項1〜3のいずれかに記載のレーザーアブレーション質量分析装置。
【請求項5】
ICP−MS装置内で固体試料に由来する試料エアロゾルの質量分析がおこなわれている間は、前記第1の流路にのみ、キャリアガスを固体試料に向かう方向に導入し続ける制御が実行される請求項1〜4のいずれかに記載のレーザーアブレーション質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−64523(P2012−64523A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−209681(P2010−209681)
【出願日】平成22年9月17日(2010.9.17)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】