レーザースプレーイオン化を用いる質量分析
レーザースプレーイオン化(LSI)を用いる質量分析のための系および方法を本明細書中に開示する。LSIは、分析のために大気圧で多荷電イオン(多価イオン)を生成することが可能であり、4000ダルトンを超える分子を含む高分子量分子の分析を可能にする。該分析は、溶媒に基づく分析、または無溶媒分析でありうる。LSIによる無溶媒分析は、表面および/または組織イメージングにおいて有益な改善された空間分解能を可能にする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示の分野
レーザースプレーイオン化(LSI)を用いる質量分析のための系および方法を本明細書中に開示する。LSIは、分析のために大気圧で多荷電イオン(多価イオン)を生成することが可能であり、4000ダルトンを超える分子を含む高分子量分子の分析を可能にする。該分析は、溶媒に基づく分析、または無溶媒分析でありうる。LSIによる無溶媒分析は、組織イメージングおよび限られた溶解度の化合物の分析において有益な改善された空間分解能を可能にする。
【背景技術】
【0002】
本開示の背景
マトリックス支援レーザー脱離/イオン化(MALDI)は、多数の(生物)分子の分析を可能にする、質量分析(MS)において用いられるイオン化技術である。(生物)分子のイオン化はレーザーにより誘発され、一方、マトリックスは、(生物)分子をレーザーから保護するために使用される。適当なマトリックス物質は、一般に、低い分子量を有し、優先的に正に荷電した(生物)分子を得るためのプロトン源となるよう、しばしば酸性である。優先的に負に荷電した(生物)分子イオンを得るために、塩基性マトリックス物質も使用されうる。また、マトリックス物質は、使用されるレーザー波長において、良好な光吸収を示し、それはレーザー照射を迅速に吸収する。この方法においては溶媒も頻繁に使用される。
【0003】
表面イメージングは、癌境界の検出、薬物取り込み位置の決定のような多様な分野において並びに脳組織内のシグナリング分子のマッピングおよび合成分子の分析(重合体組成物における亀裂)において非常に有用となる可能性を有する。MSによるイメージングは、特に二次イオン質量分析(SIMS)を用いて、十分に確立されているが、SIMSは、無傷生物組織では限られた有用性を有するに過ぎない。一方、MALDI MSは、特に膜脂質、薬物代謝産物およびタンパク質のような高含量成分に関する組織イメージングに用いられており、ある程度の成功を収めている。しかし、特に純粋な組織に関する組織イメージングのための、そのような真空に基づくMALDI MSの使用には、多数の欠点が存在する。常圧(AP)−MALDI組織イメージングは真空MALDIの欠点の多くを回避するが、高い空間分解能におけるその感度の問題のため、限られたものであるにすぎない。重要なことに、MALDIは、MSによる分析のために主として1価イオンを生成させるためのイオン化法として注目されている。しかし、強力なMS装置は、しばしば、1価イオンを検出せず、その結果、AP−MALDIは、高分解能質量分析に適さない可能性がある。
【0004】
溶媒を使用する伝統的な分析方法も多数の欠点を有する。例えば、現在使用されているMALDI技術は幾つかの(生物)分子を分析するために用いられうるが、一般的な溶媒にしばしば不溶性であるタンパク質を含む多数の(生物)分子に関して重大な技術的問題が尚も存在する。例えば、膜タンパク質のような幾つかのタンパク質は、疎水性であるため、不溶性である。さらに、ミスフォールドしたタンパク質は疎水性領域を露出しており、不溶性凝集物を形成しうる。多数の組換えタンパク質は、異種宿主内で過剰発現されると、ミスフォールディングのため、またはアルツハイマー病のような病態の進行において、不溶性となる。
【0005】
さらに、溶媒に基づくMSサンプル調製においては、トリプトファンおよびメチオニン残基の酸化のようなアーチファクトが生じうる(Cohen,Anal.Chem.2006;78:4352−4362;Froelichら,Proteomics 2008;8:1334−1345)。これらのアーチファクトは、サンプルの溶液とマトリックスの溶液とが一緒にされたのと同時に生じうる。したがって、溶媒に基づくMSは、酸化ストレスを受けることに関連した用途には最適でないかもしれない。
【0006】
MSは、物質の特徴づけにおけるその使用において、これら及び他の欠点を有する。なぜなら、それは、純粋で複合的なイオン化または溶解遅延性の物質を分析できないからである。生物学的物質はそのような複合的物質の1つのタイプである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Cohen,Anal.Chem.2006;78:4352−4362
【非特許文献2】Froelichら,Proteomics 2008;8:1334−1345
【発明の概要】
【0008】
開示の概要
本開示は、質量分析(MS)による物質の分析および表面イメージング(組織イメージングを含む)を改良する系および方法を提供する。該系および方法は、通常のマトリックス支援レーザー脱離/イオン化(MALDI)により生成される主として単一に荷電したイオンよりもMS法により検出されやすい多数の多荷電イオン(多価イオン)を生成するレーザースプレーイオン化(LSI)法を用いる。透過配置で整列されたレーザーは、表面イメージング分析に特に重要な空間分解能を改善する。LSI後のMSは、溶媒に基づくもの、または溶媒を含まないもの(無溶媒分析)でありうる。LSI後の無溶媒分析は、溶媒に基づく分析に伴う前記欠点の多くを回避する。無溶媒分析は、MS表面イメージングにおいて有益な改善された空間分解能をも可能にする。
【0009】
特に、本明細書に開示されている1つの実施形態は、物質およびマトリックスを物質/マトリックスアナライトとして表面に適用し、該物質/マトリックスアナライトを大気圧(常圧)またはその圧力付近でレーザーでアブレーションし、該レーザーアブレート化物質/マトリックスアナライトを加熱領域に通過させた後、該物質/マトリックスアナライトを質量分析計の高真空領域に進入させることを含む、物質の分析のための多荷電イオン(多価イオン)の製造方法(生成方法)を提供する。生成した多荷電イオンは正または負でありうる。
【0010】
もう1つの実施形態においては、該マトリックスは、レーザーの波長におけるエネルギーを吸収する小分子から構成される。もう1つの実施形態においては、該小分子は、ジヒドロキシ安息香酸およびジヒドロキシアセトフェノンからなる群から選択される。もう1つの実施形態においては、該小分子は、2,5−ジヒドロキシ安息香酸(2,5−DHB;酸性マトリックス物質)、2,5−ジヒドロキシアセトフェノン(2,5−DHAP)、2,6−ジヒドロキシアセトフェノン(2,6−DHAP)、2,4,6−トリヒドロキシアセトフェノン(2,4,6−THAP)、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(CHCA)、2−アミノベンジルアルコール(2−ABA;塩基性マトリックス物質)および/または類似した位置的官能性を有する他の小さな芳香族分子からなる群から選択される。
【0011】
もう1つの実施形態においては、該レーザーは紫外領域の出力を有する。もう1つの実施形態においては、該レーザーは窒素レーザー(337nm)または周波数3倍化Nd/YAGレーザー(355nm)である。
【0012】
もう1つの実施形態においては、該加熱領域は加熱チューブである。特定の実施形態においては、該加熱チューブは、質量分析計真空系に有害な蒸気を放出しない耐熱性物質から構成される。もう1つの実施形態においては、該チューブは金属または石英から構成される。該チューブは直接的または間接的に加熱されうる。幾つかの実施形態においては、それは50〜600℃の温度に直接的または間接的に加熱されうる。もう1つの実施形態においては、該チューブは150〜450℃の温度に直接的または間接的に加熱されうる。
【0013】
もう1つの実施形態においては、質量分析計の真空へのイオン進入および物質/マトリックスアナライトのレーザーアブレーションの点により定められるイオン源領域内の電場は800V未満である。もう1つの実施形態においては、該イオン源領域内の電場は100V未満である。もう1つの実施形態においては、該イオン源領域内の電場は0Vである。もう1つの実施形態においては、該イオン源領域内の電場は0V未満である。
【0014】
該物質は生物学的物質または非生物学的物質でありうる。ある実施形態においては、該物質は生物学的物質であり、限定的なものではないが、タンパク質、ペプチド、炭水化物または脂質でありうる。他の実施形態においては、該物質は非生物学的物質であり、限定的なものではないが、重合体または油でありうる。
【0015】
本明細書に開示されている実施形態は、溶媒を含まない(無溶媒)または溶媒に基づく物質/マトリックスアナライト調製方法を用いて、該物質/マトリックスアナライトを分析することを含みうる。1つの実施形態においては、該分析は構造の特徴づけのための表面イメージングおよび/または電荷遠隔(charge remote)フラグメンテーションを含む。もう1つの実施形態においては、該物質/マトリックス内のアナライトを分析するために質量分析計を使用する。該分析は正または負イオン形態で行われうる。
【0016】
レ−ザーアブレーションは透過または反射配置で達成されうる。透過配置はアブレーション面積(例えば、組織における細胞下の場合)を最小にする。
【0017】
該表面は、限定的なものではないが、反射形態におけるガラス、石英、セラミック、金属、重合体、または透過形態におけるガラス、石英および/または重合体でありうる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、図2〜14(7種のペプチド、2種の小タンパク質および4種の脂質)に示されているイメージを得るために使用したマトリックス(2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHB)/アナライト)の写真を示す。
【図2】図2は、β−アミロイド(33−42)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図3】図3は、リポトロピンの、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図4】図4は、バソプレッシンの、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図5】図5は、ダイノルフィンの、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図6】図6は、β−アミロイド(1−11)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図7】図7は、サブスタンスPの、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図8】図8は、メリチンの、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図9】図9は、β−アミロイド(1−42)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図10】図10は、ウシインスリンの、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図11】図11は、2−アラキドノイルグリセロール(2−AG)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図12】図12は、N−アラキドノイルガンマアミノ酪酸(NAGABA)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図13】図13は、ホスファチジルイノシトール(PI)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図14】図14は、ホスファチジルコリン(PC)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図15】図15は形状による等圧分子(同じ名目質量を有する化合物)の無溶媒分離を示す。
【図16】図16は、異性体分子(同じ元素組成を有するが異なる構造を有する化合物)に関して示された、形状による無溶媒分離を示す。
【図17】図17は、マトリックス支援レーザー脱離/イオン化(MALDI)を用いるイメージング質量分析方法の概要図を示す。真空または常圧(AP)法(AP−MALDIおよびレーザースプレーイオン化(LSI))のための、より均一な無溶媒マトリックス/アナライト調製の利点が示されている。
【図18】図18は、組織切片上のマトリックスの調製を示すTissueBoxの概要図を示す。
【図19】図19はTissueBoxの写真を示す。
【図20】図20は、内側に示されているTissueBoxのためのアダプターセットを示す。
【図21】図21は、ボールミル法によりボールがマトリックスを粉砕するよう所望の時間および周波数で2つのアダプターセットを同時に振とうするボールミル装置(TissueLyzer(Qiagen,Valencia,CA))を示す。
【図22A】図22A〜Bは、44ミクロンのメッシュを使用してボールミル(DHBマトリックス、25Hzで30秒間)に付した後のマトリックス結晶サイズを示す。図22Aは100倍拡大図(倍尺線は500μm)および100倍拡大図(倍尺線は50μm)のインセットを示す。
【図22B】図22A〜Bは、44ミクロンのメッシュを使用してボールミル(DHBマトリックス、25Hzで30秒間)に付した後のマトリックス結晶サイズを示す。図22Bは3000倍の走査電子顕微鏡観察(SEM)での10μmの倍尺線を示す。
【図23】図23は、44ミクロンのメッシュを使用してボールミル(DHBマトリックス、25Hzで30秒間)に付した後のマトリックス結晶サイズを示す。
【図24】図24は約10μmのサイズの図25のマトリックス結晶の拡大図を示す。
【図25】図25は、マトリックスを移すために20μmメッシュを使用して25Hzの周波数および60秒間の持続時間のTissuLyzer設定を用いる異なるステンレス鋼ビーズ(1.2および4mm)の及び種々のメッシュサイズでマウントされたSurfaceBoxを使用した場合の裸顕微鏡スライド上に蒸着されたマトリックスの光学顕微鏡観察イメージを示す。DHBマトリックスを使用した。
【図26】図26は、α−シアノ−4−ヒドロキシ−ケイ皮酸(CHCA)マトリックスを使用すること以外は図25の場合と同様にして得られたマトリックスの光学顕微鏡観察イメージを示す。
【図27】図27は、マトリックスを移すために3μmメッシュを使用して25Hzの周波数および5分間の持続時間のTissuLyzer設定を用いる異なるステンレス鋼ビーズ(1.2および4mm)の及び種々のメッシュサイズでマウントされたSurfaceBoxを使用した場合の裸顕微鏡スライド上に蒸着されたマトリックスの光学顕微鏡観察イメージを示す。CHCAマトリックスを使用した。
【図28】図28は、(1)急速無溶媒SurfaceBoxマトリックス蒸着(左)および(2)スプレーコーティング(右)ならびにCHCAマトリックスを用いた場合のマウス脳組織の組織イメージングを示す:(A)CHCAマトリックスで被覆された組織の写真、(B)質量スペクトル、(C)以下のそれぞれのm/z値のMSイメージ:(I)無溶媒の場合は779.6および(II)843.3、ならびに溶媒に基づく場合は(I)726.3および(II)804.3。
【図29】図29はマウス脳の無溶媒DHB調製を示す。
【図30】図30は、Bruker装置(Bruker Datonics,Inc.,Billerica,MA)上での2,5−DHBをマトリックスとして使用するマウス脳の無溶媒TissuBox調製を示す。
【図31】図31は、エタノールで洗浄され50:50:0.2 アセトニトリル(ACN)/水/トリフルオロ酢酸(TFA)中のシナピン酸マトリックスでスポットされたマウス脳のMALDI−飛行時間型(TOF)MS質量スペクトルを示す。
【図32】図32A〜Bは、エタノールで洗浄され50:50 ACN/水中の2,5−DHAPマトリックスでスポットされたマウス脳からのLSI−MS質量スペクトルを示す。
【図33】図33は、エタノールで洗浄され50:50 ACN/水中の2,5−DHAPマトリックスでスポットされたマウス脳からのLSI−MS質量スペクトルを示す。
【図34】図34は、より細かい粒径を得るための二重メッシュアプローチを用いる代表例を示す。
【図35】図35は二重メッシュTissueBoxアプローチの代表例を示す。
【図36】図36は、(A)15Hzの周波数で30分間および(B)25Hzの周波数で5分間のTissueLyzer条件で(1)クロムビーズおよび(2)ステンレスビーズを使用する、予め破砕されたマトリックスのSEMイメージを示す。
【図37】図37は、25Hzの周波数および5分間の持続時間のTissuLyzer設定を用いる異なるステンレス鋼ビーズ(1.2および4mm)の及び3μmのメッシュサイズでマウントされたSurfaceBoxを使用した場合のマウス脳組織切片上に蒸着されたDHBマトリックスの光学顕微鏡観察イメージを示す。透過光が示されている。
【図38】図38は、SurfaceBoxを使用した場合のマウス脳組織切片上に蒸着されたDHBマトリックスの光学顕微鏡観察イメージを示し、25Hz/300秒間の44×3μmのメッシュの後のDHBの光学顕微鏡観察イメージを示す。
【図39】図39は、25Hzの周波数および5分間の持続時間のTissuLyzer設定を用いる異なるステンレス鋼ビーズ(1.2および4mm)の及び3μmのメッシュサイズでマウントされたSurfaceBoxを使用した場合のマウス脳組織切片上に蒸着されたDHBマトリックスの光学顕微鏡観察イメージを示す。反射光が示されている。
【図40】図40は、二重メッシュTissuBoxが、単一メッシュTissuBox(図23)と比較して、<5μm(右下の倍尺線)より小さい粒子の顕著な増加をもたらすことを示している。
【図41】図41は、通常のRG(上)をTG(下)と比較するスキームを示す。
【図42】図42は、APにおけるイオンの生成のためのレーザーに基づく源の設計およびマトリックス適用の概要図を示す。図42(A)はRGを示し、図42(B)はTGを示す。
【図43】図43は、無電場透過配置常圧(LSI)を用いたマウス脳組織の分析からの結果を示す。
【図44】図44はマウス脳切片の分析を示す。
【図45】図45はレーザーアブレーション後の図44(1)の無溶媒マトリックス処理組織切片を示す。
【図46】図46はレーザーアブレーション後の図44(1)の無溶媒マトリックス処理組織切片を示し、クレーター周囲の残存マトリックスは該組織のアブレーション過程におけるマトリックス支援を示す。
【図47】図47はレーザーアブレーション後の図44(2)の無溶媒マトリックス処理組織切片を示す。
【図48】図48は2つの異なる無溶媒サンプル調製法を示す。
【図49】図49は、多荷電イオンを生成させるためのLSIでの実験の結果を示す。
【図50】図50は前面からのイオンマックス(Ion Max)源の拡大図を示し、x,y,zステージ上に保持された集束レンズが最前面に示されている。
【図51】図51はイオン進入口(アパーチャー)の近傍の石英プレートの拡大図を示す。
【図52】図52は、前方および後方のみの移動方向でのレーザービームによる石英プレートの複数回の通過により生じている、マトリックス(ハート形)を貫く線を示す。
【図53】図53は2,5−DHBマトリックスにおけるスフィンゴミエリンを示す。
【図54】図54は、全て1価(単一荷電)であるスフィンゴミエリンからのイオンを示す。
【図55】図55は、1価イオンを示す2,5−DHBにおけるホスファチジルグリセロールを示す。
【図56】図56は、1価イオンを示す2,5−DHBにおけるホスファチジルイノシトールのスペクトルを示す。
【図57】図57は、1価イオンを示す2,5−DHBにおけるアナンダミドのスペクトルを示す。
【図58】図58は、1価イオンを示す2,5−DHBにおけるNAGlyのスペクトルを示す。
【図59】図59は、1価イオンを示すLeu−エンケファリンのスペクトルを示す。
【図60】図60は、LSIにより2価イオンを示し1価イオンを示さないブラジキニンのスペクトルを示す。
【図61】図61はサブスタンスPの2価イオンのスペクトルを示す。
【図62】図62はアンジオテンシン1のLSIスペクトルを示す。
【図63】図63はアンジオテンシン1のESIスペクトルを示す。
【図64】図64は、分子量の増加と共にLSIがより高い電荷状態を生成させることを示す、ACTHのスペクトルを示す。
【図65】図65は、電荷状態+4を有するアミロイド1−42に関するスペクトルを示す。
【図66】図66は、電荷状態+5を有するアミロイド1−42に関するスペクトルを示す。
【図67】図67は、電荷状態+6を有するアミロイド1−42に関するスペクトルを示す。
【図68】図67は、電荷状態+4および+5を示すウシインスリンに関するスペクトルを示す。
【図69】図69は、ガラススライド上のマトリックス/アナライトサンプル調製物上に配置された針金(ワイヤ)メッシュを示す。
【図70】図70は、図69の針金メッシュを使用した結果を示す。
【図71A】図71A〜Cは、溶媒に基づくサンプル調製条件および2,5−DHAPマトリックス、150℃のコーン温度ならびにマウント化脱溶媒和装置(非加熱)を用いる、トリプシンによるウシ血清アルブミン(BSA)タンパク質消化物のLSI−イオン移動度スペクトロメトリー−質量分析(IMS)−MSおよびMS/MSを示す:I)IMS−MS(図71A)、II)図71(B)トラップおよび図71(C)TriWave部の移動領域におけるCIDフラグメンテーション。左側に質量スペクトルが示されており、右側にドリフト時間分離対質量/電荷比(m/z)の2Dプロットが示されている。
【図71B】図71A〜Cは、溶媒に基づくサンプル調製条件および2,5−DHAPマトリックス、150℃のコーン温度ならびにマウント化脱溶媒和装置(非加熱)を用いる、トリプシンによるウシ血清アルブミン(BSA)タンパク質消化物のLSI−イオン移動度スペクトロメトリー−質量分析(IMS)−MSおよびMS/MSを示す:I)IMS−MS(図71A)、II)図71(B)トラップおよび図71(C)TriWave部の移動領域におけるCIDフラグメンテーション。左側に質量スペクトルが示されており、右側にドリフト時間分離対質量/電荷比(m/z)の2Dプロットが示されている。
【図71C】図71A〜Cは、溶媒に基づくサンプル調製条件および2,5−DHAPマトリックス、150℃のコーン温度ならびにマウント化脱溶媒和装置(非加熱)を用いる、トリプシンによるウシ血清アルブミン(BSA)タンパク質消化物のLSI−イオン移動度スペクトロメトリー−質量分析(IMS)−MSおよびMS/MSを示す:I)IMS−MS(図71A)、II)図71(B)トラップおよび図71(C)TriWave部の移動領域におけるCIDフラグメンテーション。左側に質量スペクトルが示されており、右側にドリフト時間分離対質量/電荷比(m/z)の2Dプロットが示されている。
【図72】図72は完全無溶媒分析の利点の一例を示す。
【図73】図73A〜Bは、無溶媒サンプル調製およびそれに続く粗油サンプルのLSI−IMS−MS取得によるTSAを示す。
【図74A】図74A〜CはTSA質量スペクトルを示す。
【図74B】図74A〜CはTSA質量スペクトルを示す。
【図74C】図74A〜CはTSA質量スペクトルを示す。
【図75】図75は、400℃の加熱移動毛管を使用し2,5−DHBを使用する炭酸脱水酵素(平均分子量29029)タンパク質のLTQ Velos装置上のLSIを示す。
【図76】図76はLTQ−ETD Velos装置上のLSIを示す。
【図77】図77はOVAペプチド323−339の種々の電荷状態のLSI−CID質量スペクトルを示す。
【図78A】図78A〜Fは図78(A、D)混合物IのLSI−LTQ−MS分析と図78(B、E)GF(m/z=612.4)のCIDスペクトルとの比較を示す。図78(C、F)は、DHAPおよびDHBマトリックスを使用した場合のAngI(m/z=648.9)を示す。
【図78B】図78A〜Fは図78(A、D)混合物IのLSI−LTQ−MS分析と図78(B、E)GF(m/z=612.4)のCIDスペクトルとの比較を示す。図78(C、F)は、DHAPおよびDHBマトリックスを使用した場合のAngI(m/z=648.9)を示す。
【図78C】図78A〜Fは図78(A、D)混合物IのLSI−LTQ−MS分析と図78(B、E)GF(m/z=612.4)のCIDスペクトルとの比較を示す。図78(C、F)は、DHAPおよびDHBマトリックスを使用した場合のAngI(m/z=648.9)を示す。
【図78D】図78A〜Fは図78(A、D)混合物IのLSI−LTQ−MS分析と図78(B、E)GF(m/z=612.4)のCIDスペクトルとの比較を示す。図78(C、F)は、DHAPおよびDHBマトリックスを使用した場合のAngI(m/z=648.9)を示す。
【図78E】図78A〜Fは図78(A、D)混合物IのLSI−LTQ−MS分析と図78(B、E)GF(m/z=612.4)のCIDスペクトルとの比較を示す。図78(C、F)は、DHAPおよびDHBマトリックスを使用した場合のAngI(m/z=648.9)を示す。
【図78F】図78A〜Fは図78(A、D)混合物IのLSI−LTQ−MS分析と図78(B、E)GF(m/z=612.4)のCIDスペクトルとの比較を示す。図78(C、F)は、DHAPおよびDHBマトリックスを使用した場合のAngI(m/z=648.9)を示す。
【図79】図79A〜Bは、OVAペプチド323−339(m/z 444.554)のCIDを用いた場合のLSI−MSnスペクトルを示す。
【図80】図80A〜Bはアンジオテンシン−IのMS/MSスペクトルを示す。
【図81】図81A〜Bは酸化型β−アミロイド10−20(m/z 488)のMS/MSスペクトルを示す:(A)LSI−CID、(B)LSI−ETD(DHBを使用)。
【図82】図82A〜Eは、LSI−MS分析の最適化および利点を例示する写真を示す:(I)SYNAPT G2(左側の列)のXYZ−ステージを用いる正確かつ連続的なアブレーションを利用する取得、手動イメージング実験設定、(A)〜C;マトリックス/アナライトがマウントされたガラススライド:2,5−DHAPおよびアンジオテンシン1を使用する(D)溶媒に基づく、(E)無溶媒サンプル調製。
【図83】図83A〜Bは、溶媒に基づく蒸着された2,5−DHBの、および透過配置LSI設定においてN2レーサーによりアブレーションされた顕微鏡観察を示す。
【図84】図84は、ESI様多荷電イオンが得られるようにレーザーアブレーション中に形成されたマトリックス/アナライト塊の脱溶媒和を可能にするためのIMS−MS SYNAPT G2上の源修飾を示す。
【図85】図85は、50:50 ACN/水において2,5−DHAPマトリックスを使用して調製された、LSI−MS質量スペクトルを得るために使用されるサンプルとしての1)アンジオテンシン1、2)ウシ由来インスリンおよび3)ユビキチンを使用する、脱溶媒和装置金属材料A)銅およびB)ステンレス鋼の比較研究を示す。
【図86】図86は、A)加熱を伴わない、およびB)熱(5V)が加えられた銅脱溶媒和装置を使用した場合の、1)アンジオテンシン1、2)インスリン、3)ユビキチン、および4)リゾチームのマトリックスとして2,5−DHAPを使用したLSI−MS質量スペクトルを示す。
【図87】図87はユビキチンの多荷電構造のLSI−IMS−MSを示す。
【図88A】図88はLSI−IMS−MSを示す。区分(1)は質量スペクトルを示し、区分(2)は、50:10 ACN/水において2,5−DHAPマトリックスを使用して調製され加熱を伴わないで銅脱溶媒和装置を使用して得られたA)シトクロムC、(B)リゾチームおよびC)ミオグロビンのtd対m/zの2Dプロットを示す。
【図88B】図88はLSI−IMS−MSを示す。区分(1)は質量スペクトルを示し、区分(2)は、50:10 ACN/水において2,5−DHAPマトリックスを使用して調製され加熱を伴わないで銅脱溶媒和装置を使用して得られたA)シトクロムC、(B)リゾチームおよびC)ミオグロビンのtd対m/zの2Dプロットを示す。
【図88C】図88はLSI−IMS−MSを示す。区分(1)は質量スペクトルを示し、区分(2)は、50:10 ACN/水において2,5−DHAPマトリックスを使用して調製され加熱を伴わないで銅脱溶媒和装置を使用して得られたA)シトクロムC、(B)リゾチームおよびC)ミオグロビンのtd対m/zの2Dプロットを示す。
【図89】図89は、加熱を伴わないで銅脱溶媒和装置を使用して得られた、50:50 ACN/水において2,5−DHAPマトリックスを使用した場合のβ−アミロイド(1−42)および(42−1)の異性体タンパク質のLSI−IMS−MSを示す。
【図90】図90は、熱を加えないで銅脱溶媒和装置を使用して得られた、2,5 DHAPマトリックスを使用した場合のアルツハイマー病の非アミロイド成分(NAC)のLSI−IMS−MS TSAを示す。
【図91】図91A〜BはLTQ−Velosからのアンジオテンシン1のLSI質量スペクトルを示す。(A)飽和DHAP溶液(50:50 ACN/水)におけるもの、および(B)それぞれの2μLスポットにおいて、より多数のマトリックスが可能となるように、該溶液が加温され過飽和になった場合。
【図92】図92はABA溶液(50:50 ACN/水)からの単一および二重荷電アンジオテンシン1負イオンのLSI LTQ質量スペクトルを示す。
【図93】図93は負および正の二重荷電アンジオテンシン1イオンのLSI−IMS−MSドリフト時間分布を示す。
【図94】図94A〜CはDHAPによる複数の電荷のTSA生成を示す。
【図95】図95は、無溶媒で調製された各マトリックスにより生成された最高アンジオテンシン1電荷状態(+2〜+3)が5分以降には粉砕時間に反比例することを示すグラフを示す。
【図96】図96は、DHAPマトリックスでアブレーションされたアンジオテンシン1のLSI−MSスペクトルを示す。
【図97】図97は、337nmのレーザーによりアブレーションされたDHBを示す。
【図98】図98は高流束で355nmのレーザーによりアブレーションされたDHBを示す。
【図99】図99は、337nmのレーザーによりアブレーションされたABAを示す。
【図100】図100は、355nmのレーザーによりアブレーションされたABAを示す。
【図101】図101A〜Cは電荷遠隔(charge remote)フラグメンテーションによる脂肪酸分析を示す。
【図102】図102は電荷遠隔フラグメンテーションによる脂肪酸分析を示す。
【図103】図103はアンジオテンシン1の伝統的なイオン化法の要約を示す。
【図104】図104は、LSIを加えた場合の、図103に示されているアンジオテンシン1に関する伝統的なイオン化法の要約を示す。
【図105】図105はLSI−MSの概要および結果を示す。
【図106】図106はLSI装置の写真を示す。
【図107】図107A〜Bは、マトリックスとして2,5−DHBを使用した場合のウシインスリンのLSI−IMS−MSを示す。
【図108】図108は、マトリックスとしての2,5−DHBおよび加熱装置(この場合は約5ボルトをヒータ線に加えた)を使用した場合のリゾチームおよびユビキチンの低存在量タンパク質のLDI−IMS−MSを示す。
【図109】図109は、マトリックスとしての2,5−DHBおよび加熱装置(この場合は約5ボルトをニクロムヒータ線に加えた)を使用した場合の、図108に類似した濃度におけるユビキチンの二次元ドリフト時間対m/zを示す。
【図110】図110は、マトリックスとしての2,5−DHBおよび加熱装置(この場合は約5V)を使用した場合の、図108に類似した濃度におけるリゾチームの二次元ドリフト時間対m/zを示す。
【図111】図111は、マトリックスとしての2,5−DHBおよび加熱装置(この場合は約5V)を使用した場合の、図108と同じ濃度におけるユビキチンおよびリゾチームの二次元ドリフト時間対m/zを示す。
【図112】図112A〜BはユビキチンおよびリゾチームのMSを示す。
【図113】図113は、加熱することなく2,5−DHBを使用した場合の、粗製油のLSI−IMS−MS分析を示す。
【図114】図114は、加熱を伴って2,5−DHBを使用した場合の、粗製油のLSI−IMS−MS分析を示す。
【図115A】図115A〜Dは、加熱することなく2,5−DHAPおよび脱溶媒和装置を使用した場合の、漸増分子量を有するタンパク質に関するLSI−IMS−MSを示す。
【図115B】図115A〜Dは、加熱することなく2,5−DHAPおよび脱溶媒和装置を使用した場合の、漸増分子量を有するタンパク質に関するLSI−IMS−MSを示す。
【図115C】図115A〜Dは、加熱することなく2,5−DHAPおよび脱溶媒和装置を使用した場合の、漸増分子量を有するタンパク質に関するLSI−IMS−MSを示す。
【図115D】図115A〜Dは、加熱することなく2,5−DHAPおよび脱溶媒和装置を使用した場合の、漸増分子量を有するタンパク質に関するLSI−IMS−MSを示す。
【図116】図116は、同じm/zおよびここに示されているとおり非常に類似した電荷状態分布を有するために質量分析のみでは識別されていない異性体タンパク質の分析のためのLSI−IMS−MSを示す。
【図117】図117はβ−アミロイド(1−42)の二次元ドリフト時間対m/zを示す。
【図118】図118はβ−アミロイド(42−1)の二次元ドリフト時間対m/zを示す。
【図119】図119は、ユビキチンを使用するLSI−IMS−MSとのESI−IMS−MS比較に用いた条件を示す。
【図120】図120は、二次元ドリフト時間対m/zプロットにおいて示されたユビキチンのLSI−IMS−MSに関する結果を示す。
【図121】図121は、二次元ドリフト時間対m/zプロットにおいて示されたユビキチンのESI−IMS−MSに関する結果を示す。
【図122】図122は、図120および121の全電荷状態に関する抽出ドリフト時間分布を示す。
【図123】図123は、図124〜127に示されている結果で用いた条件を示す。
【図124】図124は、イオン存在量の増加およびより低い電荷状態(電荷ストリッピング)を示す漸増コーン電圧で得られたMSを示す。ドリフト時間分布は電荷状態+9、+7、+5に関して抽出された。
【図125】図125は、図124から抽出された電荷状態+9のドリフト時間を示す。
【図126】図126は、図124から抽出された電荷状態+7のドリフト時間を示す。
【図127】図127は、図124から抽出された電荷状態+5のドリフト時間を示す。
【図128】図128は、タンパク質(左パネル)と比較した場合のタンパク質複合体(右パネル)のLSI−IMS−MSドリフト時間分布を示す。
【図129】図129はウシインスリンのTSAを示す。
【図130】図130はアンジオテンシン1のTSAを示す。
【図131】図131は、1:1のモル比における一定の脂質(スフィンゴミエリン、SM)およびペプチド(アンジオテンシン1、Ang.I)の、溶媒に基づく分析を示す。
【図132】図132は、1:1のモル比における一定の脂質(スフィンゴミエリン、SM)およびペプチド(アンジオテンシン1、Ang.I)の、TSA分析を示す。
【図133】図133は、Orbitrap Exactiveを使用して多荷電タンパク質イオンを示している、50:50 ACN/水中の2,5−DHAPマトリックスでスポットされた無蒸着(plain)ガラススライド上の脱脂新鮮組織のLSI−MS総計完全質量スペクトルおよびインセット(差込)質量スペクトルを示す。
【図134】図134A〜B2は、LTQ−Velosを使用した場合の、50:50 ACN/水中の2,5−DHAPマトリックスでスポットされた無蒸着ガラススライド上の脱脂新鮮組織のLSI−MSスペクトルを示す。
【図135】図135は、Orbitrap Exactiveを使用した場合の、無蒸着ガラススライド上の50:50 ACN/水中の2,5−DHAPでスポットされた脱脂熟成組織から検出された最高質量イオンの同位体分布を示すLSI MSを示す。
【図136A】図136A〜B3は、Orbitrap Exactiveを使用した場合の、無蒸着ガラススライド上で50:50 ACN/水中の2,5−DHAPでスポットされた金被覆ガラススライド上の脱脂新鮮組織のLSI MSを示す。
【図136B1】図136A〜B3は、Orbitrap Exactiveを使用した場合の、無蒸着ガラススライド上で50:50 ACN/水中の2,5−DHAPでスポットされた金被覆ガラススライド上の脱脂新鮮組織のLSI MSを示す。
【図136B2】図136A〜B3は、Orbitrap Exactiveを使用した場合の、無蒸着ガラススライド上で50:50 ACN/水中の2,5−DHAPでスポットされた金被覆ガラススライド上の脱脂新鮮組織のLSI MSを示す。
【図136B3】図136A〜B3は、Orbitrap Exactiveを使用した場合の、無蒸着ガラススライド上で50:50 ACN/水中の2,5−DHAPでスポットされた金被覆ガラススライド上の脱脂新鮮組織のLSI MSを示す。
【図137】図137はLSI MSのインセットを示す。
【図138】図138A〜Bは、50:50 ACN/水中の2,5−DHAPマトリックス(倍率100倍)(図138A)および2,5−DHB(倍率5倍)(図138B)でスポットされた無蒸着ガラススライド上の脱脂新鮮組織のLSI−IMSを用いるレーザーアブレーション後の顕微鏡観察を示す。
【図139】図139A〜Bは、50:50 ACN/水中の2,5−DHAPマトリックス(倍率100倍)(図139A)および2,5−DHB(倍率10倍)(図139B)でスポットされた金被覆ガラススライド上の脱脂新鮮組織のLSI−IMSを用いるレーザーアブレーション後の顕微鏡観察を示す。
【図140】図140A〜Bは、0.1% TFA中の50:50 ACN:水中のシナピン酸(sinapinic acid)(図140A)および50:50 ACN:水中の2,5−DHAP(図140B)でスポットされた金被覆ガラススライド上の脱脂新鮮組織のMALDI MSを示す。
【図141】図141A〜Bは、0.1% TFA中の50:50 ACN:水中のシナピン酸(sinapinic acid)(図141A)および50:50 ACN:水中の2,5−DHAP(図141B)でスポットされた無蒸着ガラススライド上の脱脂新鮮組織のMALDI MSを示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
詳細な説明
マトリックス支援レーザー脱離/イオン化(MALDI)は、多数の(生物)分子の分析を可能にする、質量分析(MS)において用いられるイオン化技術である。MSによるイメージングも、特に二次イオン質量分析(SIMS)を用いて、十分に確立されている。しかし、SIMSは、無傷生物組織または他の表面では限られた有用性を有するに過ぎない。(AP)−MALDIイメージングは、高い空間分解能におけるその感度の問題のため、同様に限られたものであるに過ぎない。
【0020】
通常のAP−MALDIは、マトリックス/アナライトのレーザーアブレーションにより、主として、単一の又は低い電荷状態のイオンを生成する。AP−MALDIにおいては、低い電荷状態のイオンを上昇させて質量分析計のイオン進入口に集中させるのを助けるためにサンプル保持プレートに電圧が加えられる。市販のAP−MALDI源は、サンプルプレートに〜2000Vが加えられた場合に最高イオン存在量に達し、〜500Vではイオンをほとんど生成しない。通常、蒸着サンプルがイオン化チャンバーと分光計との間のインターフェースの入口に接近するように、そしてサンプルが反射配置でレーザービームにより照射されうるように、サンプル支持体はイオン化チャンバーの内部に配置される。このサンプル支持体は、通常、伝導性物質を含む群から選択される。サンプル支持体が伝導性である場合、それは、通常、イオン化アナライトを標的表面からインターフェイス(それを通ってイオン化アナライトは分光計に進入する)の入口へ移動させる電場を与えるための電極として使用される。
【0021】
MS中に溶媒を使用する伝統的な分析方法も多数の欠点を有する。例えば、タンパク質を含む多数の(生物)分子は、しばしば、一般的な溶媒に不溶性である。さらに、ミスフォールドしたタンパク質は疎水性領域を露出しており、不溶性凝集物を形成しうる。多数の組換えタンパク質は、異種宿主内で過剰発現されると、ミスフォールディングのため、またはアルツハイマー病のような病態の進行において、不溶性となる。
【0022】
さらに、溶媒に基づくMSサンプル調製においては、トリプトファンおよびメチオニン残基の酸化のようなアーチファクトが生じうる(Cohen,Anal.Chem.2006;78:4352−4362;Froelichら,Proteomics 2008;8:1334−1345)。これらのアーチファクトは、サンプルの溶液とマトリックスの溶液とが一緒にされたのと同時に生じうる。したがって、溶媒に基づくMSは、酸化ストレスを受けることに関連した用途には最適でないかもしれない。
【0023】
本開示は、質量分析(MS)による物質の分析および表面イメージング(組織イメージングを含む)を改良する系および方法を提供する。該系および方法は、通常のマトリックス支援レーザー脱離/イオン化(MALDI)により生成される主として単一に荷電したイオンよりもMS法により検出されやすい多数の多荷電イオンを生成するレーザースプレーイオン化(LSI)法を用いる。レーザーはサンプルホルダー(サンプル保持体)に対して反射または透過配置で整列されうるが、透過配置で整列された場合、表面イメージング分析に特に重要な空間分解能を改善する。LSI後のMSは、溶媒に基づくもの、または溶媒を含まないもの(無溶媒分析)でありうる。LSI後の無溶媒分析は、溶媒に基づく分析に伴う前記欠点の多くを回避する。無溶媒分析は、MS表面イメージングにおいて有益な改善された空間分解能をも可能にする。
【0024】
本開示の多荷電イオンは、4000の質量対電荷(m/z)比にしばしば制限される高性能質量分析計の質量範囲の拡張を可能にする。単一荷電イオンの場合、これは分子量を4000ダルトンに制限する。多荷電は、電子移動解離(ETD)を用いて実証されたとおり、フラグメンテーションの改善をももたらしうる。
【0025】
エレクトロスプレーイオン化(ESI)に類似しているが、ESIにおけるような印加電圧および液体溶液ではなくマトリックス/アナライトのレーザーアブレーションを用いる、大気圧またはその付近における多荷電イオンの製造方法(生成方法)を本発明において提供する。いくつかのESI様法、例えばESI(DESI)およびAP−MALDI法は多荷電イオンを生成するが、それは常に電場(通常はキロボルト)および溶媒の存在下である。本明細書に開示されている方法は、LSIにより、迅速な分析(サンプル当たり約1秒)および正確な質量測定(<5ppm)を可能にする。該方法は更に、LSIおよび場合によっては無溶媒分析による、質量特異的表面イメージング(組織イメージングを含む)を可能にする。該方法はまた、液体分離とのLSIの結合、およびTSAによる相対的定量を可能にする。オリゴヌクレオチド、グリカンおよび糖タンパク質(これらに限定されるものではない)のような他の化合物のクラスもLSIにより分析されうる。
【0026】
LSIにより多荷電イオンを生成させるためには電場は不要であり、AP−MALDIで用いられる高電場は多荷電イオンの生成に有害となりうる。いくつかの実施形態においては、レーザーによりアブレーションされた物質は、質量分析に使用される質量分析計の高真空に進入する前に加熱領域を通過しうる。LSIの利点はレーザーの使用、ひいては高い空間分解能、溶媒に基づく又は無溶媒サンプル調製(溶解度が限られた化合物の場合および組織イメージングでの空間分解能の改善のためには無溶媒)、多荷電イオンが高性能質量分析計の質量範囲を拡張させ、構造分析のためのフラグメンテーションを改善することである。LSIはまた、多荷電イオンと単一荷電イオンとの間の迅速な変換を可能にする。無溶媒条件の変換も、随意的に、単一または多荷電イオンを生成する。大気圧および真空中で作動させ、レーザーを透過形態で背部から一直線に向けた場合に、空間分解能は増強されうると予想される。
【0027】
該マトリックスは、レーザー波長で吸収する多数の小分子のいずれか、例えば、2,5−ジヒドロキシ安息香酸(2,5−DHB)、2,5−ジヒドロキシアセトフェノン(2,5−DHAP)および2−アミノベンジルアルコール(2−ABA)(337nmにおけるもの)および2,5−DHAP(355nmにおけるもの);ならびに/または類似した位置的官能性を有する他の小さな芳香族分子でありうる。低い蒸気圧を有する又は室温で液体である、多荷電イオンを生成する物質/マトリックス、例えばエチル 2−アミノベンゾアート(N2レーザー、337nm)または2−ヒドロキシアセトフェノン(Nd/YAGレーザー、355nm)が使用されうる。溶媒で濡れた又は更には溶媒中で蒸発したマトリックス物質は、しばしば、LSIの条件下で多荷電イオンを生成する。
【0028】
これらの実験に使用されるレーザーは、紫外領域の出力を有する任意のレーザーでありうるが、最も典型的には、窒素レーザー(337nm)または周波数3倍化Nd/YAGレーザー(355nm)である。
【0029】
いくつかの実施形態においては、該加熱領域は加熱チューブであり、それを通って、レーザーによりアブレーションされた物質が過渡的に真空へと通過しなければならない。該チューブは、金属、石英、または質量分析計真空系に有害な蒸気を放出しない任意の耐熱性物質のものでありうる。いくつかの実施形態においては、該チューブは、50〜600℃の温度、あるいはもう1つの実施形態においては125〜450℃に直接的または間接的に加熱されうる。
【0030】
質量分析計の真空へのイオン進入および物質/マトリックスアナライトのレーザーアブレーションの点により定められるイオン源領域内の電場は500V未満でありうる。いくつかの実施形態においては、該電場は100V未満、または0V未満、または更には−100V未満でありうる。
【0031】
該レーザービームは反射配置でマトリックスアナライト表面に衝突し、この場合、該レーザーは、アブレーション(MSイオン進入口に向かうアブレーション)と同じ側から該サンプルに衝突し、あるいは、透過配置形態でレーザービームをレーザー波長透過サンプルホルダーに通過させて、イオン進入口へ向かう次第に増大するマトリックスアナライトプルーム(plume)を伴って該サンプルをレーザーアブレーションに対してマトリックス/アナライトの反対側から衝突させることによりそれが生じる。
【0032】
反射形態においては、金属または非伝導性表面、例えば金属、ガラスまたはプラスチック(これらに限定されるものではない)がサンプルホルダーとして使用可能であり、透過配置においては、レーザービーム伝導性物質、例えばガラス、石英およびプラスチック(これらに限定されるものではない)がサンプルホルダーとして使用可能である。
【0033】
添加マトリックスの存在下の組織のレーザーアブレーションは、イオン源電圧が低く加熱移動領域が適用された場合には、例えばタンパク質の多荷電イオンを生成しうる。これは特に重要でありうる。なぜなら、それは、高性能質量分析計が組織イメージングのために及びAP状態で使用されることを可能にするからである。
【0034】
この方法を用いて、100,000の質量分解能(1000〜2000の従来の分解能と比べて大きな増加)および5ppmの質量精度(25〜100ppmの従来の質量精度との比較)で、組織からのタンパク質のスペクトルが得られ、遥かに改善されたタンパク質特定が可能となった。
【0035】
本明細書に記載されているとおりに行った無溶媒マトリックス支援レーザー脱離/イオン化(MALDI)分析は、均一な適用範囲が得られうることを示している。したがって、得られた均一サンプルは、より低いレーザー出力を用いて、厳密な意味でそれぞれのレーザースポットからイオンを生成しうる。なぜなら、結晶サイズのばらつきが存在せず、したがって、化学的不均一性(質量測定の定性的および定量的態様を改善する、「スエットスポット」または「ホットスポット」)望ましくないアナライトフラグメンテーションおよび化学的バックグラウンド(マトリックスシグナル)を有効に減少させるからである。
【0036】
また、下流でのタンパク質の取扱い中のサンプルの喪失は、溶媒に基づくアプローチにおいては50%にも達しうる。この問題は、無溶媒MALDI法においては、いくつかの場合には有意に軽減されうる。なぜなら、ビーズを機械的に使用してアナライトと物質/マトリックスとを混合する工程中に該サンプルがバイアルの壁から有効に回収されうるからである。図56および57は、伝統的MALDIと無溶媒MALDIとの一般的相違を示す概要図を示す。
【0037】
本明細書に開示されている方法は自動化無溶媒マトリックス蒸着法でも使用可能であり、20μmメッシュを使用して<1〜12μmの範囲の結晶サイズの均一マトリックス保証範囲で約1分間で純粋組織サンプルの調製を可能にする。それぞれのマトリックスを3μmのメッシュで約5分以内のボールミルに付すことにより、該サイズは<1〜5μmのサイズの結晶へと更に減少されうる。この迅速表面適用方法をマウス脳組織に適用し、結果を、MALDI−飛行時間型(TOF)質量分析計を使用して、溶媒に基づくスプレーコーティング法と比較した(実施例4)。MALDI−イオン移動度分光法−質量分析(IMS)−TOF質量分析計上で行った全無溶媒分析(TSA)は、無溶媒気相分離を用いて等圧組成物を分離することが示されうる。
【0038】
本開示による無溶媒MALDI法の一例はアミロイドペプチドの分析である(実施例8)。アミロイドペプチド(1−42)はアルツハイマー病の発病に極めて重要であり、酸化ストレスを促進し、不溶性神経毒性β−アミロイド原線維形態に変化する。アルツハイマー病に関連したアセチル化およびリン酸化に関連したタンパク質修飾における変化のほかに、His−6、His−13、His−14およびMet−35の重要な関与を証拠は示唆している。アミロイド前駆体タンパク質(APP)のミスフォールディングおよびアルツハイマー病の開始の原因としてMet−35の酸化も議論されている。
【0039】
しかし、本開示によれば、アミロイドペプチドの疎水性成分は、無溶媒MALDI分析が、MSに適さない界面活性剤の使用を伴うことなく、これらの酸化アーチファクトおよび溶解度の問題を克服しうることを示した。疎水性ペプチドのイオン化抑制および発射ごとの再現不可能性も著しく軽減されて、分析の定量的態様が改善されうる。トリプシンで消化されたアミロイドペプチド(1−42)は無溶媒アプローチでは100%の配列カバレッジ(coverage;適用範囲)を示しうるが、溶媒に基づくMALDIは、溶解度およびイオン化の問題のため、疎水性ペプチドを検出し得ない。膜タンパク質であるバクテリオロドプシンの分析でも同様の改善が見出されうる。
【0040】
本開示によれば、同時調製、均質化およびMALDIプレート上への蒸着による、それぞれのサンプルホルダー(例えば、マイクロタイタープレート)を使用する無溶媒MALDI法は、ハイスループット分析の可能性を増大させうる。
【0041】
タンパク質/ペプチド分析に関する無溶媒MALDI法の現在の問題点には、溶媒に基づく方法と比べて物質に対する必要性が高いこと、および金属付加の傾向がより高く、このため分析時間が長くなりうることが含まれる。これは、無溶媒MALDI分析を用いた場合に疎水性ペプチドの分析を信頼しうるものとする少なくとも1つの金属カチオン(Na+)を結合させることにより克服されうる。
【0042】
マトリックス/アナライトの無溶媒調製または溶媒に基づく調製はいずれも、多荷電イオンを生成しうる。無溶媒サンプル調製は組織サンプルに関する利点を有しうる。なぜなら、それは、溶媒による化合物の拡散を回避しうるからである。また、それは、溶媒溶解度の要件を伴うことなく適用可能でありうる。
【0043】
本開示のもう1つの実施形態は、SurfaceBox/TissueBoxであり、これらは、高分解能イメージングをもたらすようマトリックスを組織に適用するための無溶媒法をもたらしうる。また、それは、複数のサンプル無溶媒サンプルを同時に調製しMALDI標的プレート(これは、限定的なものではないがガラス顕微鏡スライドでありうる)に直接移するために、マイクロタイタープレートと共に使用されうる。ガラススライドは、高価な金属サンプルプレートに伴うキャリオーバーおよびクリーニングの問題を排除する。
【0044】
透過配置はより高い空間分解能の表面イメージングを可能にしうる。ティッシュ・ボックス、透過配置およびレーザースプレー多荷電イオンの組合せは、より大きな分子のイメージングにおいて有用でありうる。
【0045】
大気圧(常圧)は、該方法を、真空イオン化より迅速かつより生理的に適切なものにしうる。本明細書に記載されているとおり、これらの方法では空間分解能および質量分解能の両方が高くなりうる。
【0046】
したがって、本明細書に記載されている系および方法は、場合によっては無溶媒マトリックス蒸着および/または分離を伴う、LSIの迅速かつ簡便な手段を提供する。該系および方法は、MALDIにおける複数の電荷が、より効率的なフラグメンテーションをもたらし、適用可能な質量範囲を拡張しうることを示している。開示されている方法の利点は、例えば図65に示されているベータアミロイド(1−42)のような4,000Daを超える分子量のタンパク質をイメージングしうることを含む。該開示はまた、図70に示されているとおり、該分子をイメージングする能力に対する高電圧の効果を示している。
【0047】
本明細書に記載されている系および方法は、ESIに類似した多荷電イオンの生成を可能にする。LSIは、伝統的には真空またはAP−MALDIにおいて使用される、溶媒に基づくサンプル調製法により、または無溶媒サンプル調製により得られうる。該マトリックス/アナライトLSIサンプルは透過配置または反射配置においてレーザー(N2レーザー337nm;Nd/YAGレーザー355nm)でアブレーションされて、LSIイオンを生成しうる。
【0048】
該イオンはサンプルプレートとイオン入口との間の低または無電圧で得られる。これは、限定的なものではないがガラス、プラスチックまたは金属サンプルホルダーの使用を可能にする。透明なガラスおよびプラスチック(金属コーティングを伴う又は伴わないもの)は透過配置を可能にする。低電圧は500〜100ボルトのレベルを含みうる。
【0049】
本明細書に開示されている方法の多荷電イオンは、マトリックスによるレーザーエネルギーの吸収により生成された多荷電マトリックス滴内にアナライトが捕捉されるメカニズムにより生じる。ガス噴射が生じて、該多荷電滴をイオン入口へと噴射する。この過程の運動量は、電場の非存在下で該荷電滴がイオン入口に達するのを可能にする。
【0050】
これらの多荷電滴は脱溶媒和されて、多荷電イオンを与える。したがって該多荷電イオンは、ミクロン単位ではなくミリメートル単位で測定される、表面からの距離において生成される。あるマトリックスでは、他のマトリックスの場合より該脱溶媒和エネルギーが小さい可能性があるが、すべては、好ましくは、熱を利用して、多荷電アナライトイオンを生成するマトリックス蒸発(脱溶媒和)を引き起こすであろう。
【0051】
したがって、脱溶媒和領域は、レーザースプレーイオンを生成させるためには使用されるが、MALDIイオンの生成においては一般に有用でない。加熱チューブ(限定的なものではないが例えば銅またはステンレス鋼のような種々の金属から構成されるもの;種々の直径および長さ;ならびにコーン熱以外の熱の適用の存在下および非存在下)が使用され、それにおいて、該イオンは、大気圧から、脱溶媒和のための領域としての真空へと移される。これが有する利点としては、壁への損失を減少させ、より低い圧力領域において機能するイオン漏斗(ion funnel)のような手段を用いて、より低い圧力の毛管口における該イオンの集中を可能にする層流において、該イオンが生成されることが挙げられる。
【0052】
電場の非存在下の多荷電滴(またはクラスター)の生成のもう1つの利点は、APから真空領域へのイオン進入口における喪失(「リム損失(rim loss)」)が最小になることである。
【0053】
本明細書に開示されている系および方法の例は、タンパク質、脂質、表面および組織(これらに限定されるものではない)を分析および/またはイメージングするために使用されうる。しかし、該系および方法は、タンパク質、ペプチドおよび脂質での使用には限定されず、組織のような複雑な表面からも直接的に使用される。とりわけ、重合体およびプラスチックは、本明細書に開示されている分析に適した非限定的な典型的な物質である。オリゴヌクレオチドも分析されうる。本明細書に開示されている系および方法は、プロテオミクスおよびメタボロミクスの分野における分析にも適している。
【0054】
レーザーは赤外線(IR)または紫外線(UV)でありうる。レーザースプレーイオン化(LSI)は無電場透過配置AP−MALDIと互換的に用いられうる。方法の説明における参考文献の引用を、参照されている方法に関するそれらの教示について、参照により本明細書に組み入れることとする。
【実施例】
【0055】
I.実施例1
本実施例は、高い空間分解能および超高質量分解能でのAPにおける組織から直接的なタンパク質分析のためのレーザースプレーイオン化の使用を記載する。本実施例に記載されている実験からの結果は、LSI−MSがMALDIの分析速度、高い空間分解能およびイメージング能とESIのソフトイオン化、多荷電、フラグメンテーションおよび横断面分析とを兼ね備えたものでありうることを示唆している。
【0056】
A.序論
MSによる組織イメージングは、腫瘍境界の検出、高い薬物取り込みの部位の決定のような分野、および脳組織におけるシグナリング分子のマッピングにおいて有用であることが判明している。二次イオン質量分析(SIMS)を用いるイメージングは十分に確立されているが、生物学的組織および他の表面からの無傷分子質量測定では限られた有用性を有するに過ぎない。真空条件下で作動するMALDI MSは、特に膜脂質、薬物代謝産物およびタンパク質のような高含量成分に関する組織イメージングに用いられており、ある程度の成功を収めている。20μmまでの空間分解能が得られており、パーキンソン病、筋ジストロフィー、肥満および癌疾患を解明するためにMALDI−MS法が適用されている。
【0057】
純粋な又は溶媒で希釈された又は有機溶媒と混合された溶媒での組織の洗浄または固定はペプチドおよびタンパク質のシグナルの質を向上させ、マトリックス適用前の組織の寿命を延長させうる。Schwartzらは、ペプチドおよびタンパク質分析のための組織切片の適切な取り扱い(組織の貯蔵、切片化およびマウント)に関する、ならびにMALDIを用いる最適な質量分析データの取得のためのマトリックス、溶媒組成物、マトリックス蒸着法および装置パラメーターの選択および濃度に関する一連の実施指針を作成した(Schwartzら,J.Mass Spectrom 2003;38:699−708)。組織の厚さも全体的なピーク強度ならびにペプチドおよびタンパク質の観測ピーク数の総数に影響を及ぼす。また、マトリックスおよび組織上へのその蒸着の選択は、該組織から抽出され検出されるタンパク質の亜集団の決定において重要である。
【0058】
残念ながら、純粋組織の分析に関する組織イメージングのための、真空に基づくMSには、欠点が存在する。また、これらの研究において使用される質量分析計は、しばしば、不十分な質量分解能および質量精度を有する。真空イオン化法は単一荷電イオン(1価イオン)を生成するため、質量により選択されるフラグメンテーション法は、特にペプチドおよびタンパク質に関しては、限られた情報しかもたらさない。また、電子移動解離(ETD)のような進化したフラグメンテーションは、信頼しうるタンパク質特定に利用可能ではない。
【0059】
AP−MALDI組織イメージングは高分解能質量分析計に接続されうるが、高空間分解能における感度の問題を受ける。また、AP−MALDIは主として単一荷電イオンを生成する。したがって、これらの質量分析計でAP−MALDIを用いた場合、4000未満の質量対電荷比(m/z)をしばしば有するそれらの固有の質量範囲の限界のため、無傷タンパク質の質量および横断面分析は不可能である。
【0060】
APにおいて作動する新規MALDI様方法であるLSIは、タンパク質の組織イメージングのためのMSに基づく他の方法と比べて、分析の速度、空間分解能の改善、より適切なAP条件、多荷電による質量範囲の拡張およびフラグメンテーションの改善、ならびに適当な装置で横断面データを入手しうることを含む利点を有する。高性能APイオン化質量分析計(Orbitrap Exactive,SYNAPT G2)での高質量化合物へのLSIの適用可能性は、ESI様多プロトン化イオンを生成させることにより実証されている。LSI法を用いるETDによる配列分析を示している第1の実験はThermo Fisher Scientific LTQ−ETD質量分析計で成功裏に行われた。重要な調節タンパク質であるユビキチンに関してほぼ完全な配列カバレッジが得られた。LSI−MS分析へのETDフラグメンテーションの適用は、無傷タンパク質からの及び直接的に組織からのリン酸化、グリコシル化およびユビキチン化部位のマッピングを含む生物学的過程を研究するための新規方法をもたらす可能性がある。
【0061】
さらに、ESIおよびESIに基づく関連方法(例えば、脱離−ESI)とは異なり、LSI法は、脂質に関して示されたとおりの高空間分解能イメージング(〜10から〜80μmまで)を可能にする。同じ開発段階におけるAP−MALDIに関する報告と比較して、LSIは1桁以上高感度であり、高分解能質量分析計でタンパク質を分析しうる。これは、顕微鏡ガラススライドへの僅か17フェトモルのウシ膵インスリンの適用の後で完全取得質量スペクトルを得ることにより実証されたとおりである。LSI法の速度は、5つのサンプルの質量スペクトルを8秒で得ることにより示されており、これは、該方法が、機械的運動を用いれば1サンプルを1秒以内で分析する可能性を有することを予測させるものである。MSにおいては例示されていないが、無傷タンパク質分析の有用性は、100,000質量分解能に設定されたOrbitrap質量分析計、および〜300μm3空間体積をアブレーションするように集中する窒素レーザーを使用して、マウス脳組織から直接的に示された。
【0062】
B.実験方法
1.材料
マトリックスである2,5−ジヒドロキシ安息香酸(2,5−DHB)98%、2,5−ジヒドロキシアセトフェノン(2,5−DHAP)99.5%およびシナピン酸(SA)99%をSigma Aldrich,Inc.,St.Louis,MOから購入した。溶媒であるACN、トリフルオロ酢酸TFAおよびEtOHをFisher Scientific Inc.,Pittsburgh,PAから購入した。精製水を使用した(Millipore’s Corporate,Billerica,MA)。無蒸着顕微鏡ガラススライド(寸法76.2×25.4×1mm)をGold Seal Products,Portsmouth,NHから入手した。イメージング実験のためのITO被覆伝導性ガラススライドはBruker(Billerica,MA)からの贈呈品であった。
【0063】
2.マウス脳組織
20週齢のC57 Bl/6マウスをCO2ガスで安楽死させ、氷冷1×リン酸緩衝食塩水(150mM NaCl,100mM NaH2PO4,pH7.4)で経心的(transcardially)に5分間潅流して、赤血球を除去した。Leica CM1850クリオスタット(Leica Microsystems Inc.,Bannockburn, IL)を使用して、脳を−22℃で冷凍し、連続的に10μm切片に薄片化した。該組織切片を、予め冷却された顕微鏡ガラススライド(無蒸着または金被覆)上に配置し、裏側から指で手短に加温して切片を緩和させ付着させた。組織がマウントされたガラススライドを乾燥剤含有気密箱内で使用まで貯蔵(−20℃)し輸送(ドライアイス下)することにより、水分凝結を防ぐように注意した。
【0064】
3.熟成(aged)および新鮮組織サンプルの分析
本研究において使用するマウス脳組織切片をドライアイス中で輸送した後で脱脂(delipify)し、ついでドライアイス中で一晩輸送した。該熟成脱脂組織サンプルを−5℃で約2ヶ月間貯蔵した。該脱脂は、まず、該熟成組織サンプル上で行われ、MALDI−TOF−MSにより確認された。最適化された脱脂条件を、MALDIおよびLSI−MS分析から得られた結果を比較する更なる研究に用いた。
【0065】
第2組のマウス脳組織サンプルを切断し、冷凍し、直ちに一晩にわたって輸送した。各顕微鏡ガラススライド(無蒸着および金被覆)に4〜5個の組織切片をマウントした。該凍結サンプルを受領したら、ガラススライド上の該組織の脱脂を後記のとおりに行い、Orbitrap Exactive(Thermo Fisher Scientific)質量分析計上での即時分析のために、再び直ちに冷凍し、一晩にわたって輸送した。顕微鏡観察ならびにそれに続くMALDI−MSおよびLSI−LTQ Velos分析のために、これらのサンプルを再び冷凍し、一晩にわたって輸送した。
【0066】
4.組織の脱脂
組織切片中の脂質を、公開されている方法に従い除去した。簡潔に説明すると、組織がマウントされたガラススライドをデシケータ内で乾燥させた後、エタノールで2回洗浄した。第1洗浄においては、マウントされた組織を伴うガラススライドを、70% EtOHで満たされたガラスペトリ皿に浸漬させ、30秒間回転させ、注意深く取り出した。ついで、溶媒を除去するために該ガラススライドを約10秒間傾け、直ちに別のペトリ皿中の95% EtOHで更に30秒間洗浄した。2回目の洗浄の後、該ガラススライドを分析前にデシケータ内で20分間乾燥させ、あるいは使用または輸送までドライアイス下で−20℃で貯蔵した。
【0067】
5.マウス脳組織のレーザースプレーイオン化(LSI)質量分析(MS)
Orbitrap ExactiveまたはLTQ−Velos質量分析計でのLSIは、Ion Max源の除去、ならびにインターロックを解除し、または前窓および横窓を取り外してイオン進入口へのレーザーおよびサンプルの接近を可能にすることを含む。簡潔に説明すると、レーザービーム(337nm,Newport Corporation VSL−337ND−S)を質量分析計のイオン進入口と整列させた。マウス脳組織がマウントされた顕微鏡ガラススライドを、該組織材料上に幾つかの0.2μLの液滴を載せることにより、50:50 ACN:水中に溶解されたLSIマトリックス(2,5−DHBまたは2,5−DHAP)を使用して調製した。溶媒蒸発後、マウス脳組織に適用されたLSIマトリックスを含有するガラススライドを質量分析計イオン移動チューブ進入口(孔)の前方に接近(1〜3mm)させて配置し、イオン進入口に対して180度に調節して配置されたレーザービームが通るように(透過配置)、手動で移動させた。該APないし真空イオン移動毛管を2,5−DHBの場合には375℃に、2,5−DHAPの場合には300℃に加熱し、パルス当たりのレーザー・フルエンス(fluence)は約0.5〜1Jcm−2であった。該イオン源領域において電場の非存在下で多荷電イオンが観察された。そのような配置は、多荷電イオンを観察するための手動粗組織研究を可能にする。無蒸着ガラススライドおよび金被覆ガラススライドの両方を使用した。
【0068】
6.マウス脳組織のMALDI MS
組織脱脂の成否をモニターするために、およびLSI結果との比較のために、窒素レーザー(337nm)を備えたMALDI−TOF Bruker Ultraflex質量分析計(Bruker,Bremen,Germany)を使用した。公開されている研究に従ってMALDIサンプル調製を行った。該組織を洗浄し、デシケーター内で乾燥させた後、該組織を、0.1% TFA中の50:50 ACN:水に溶解された0.2μLのSAマトリックス、または50:50 ACN:水中の2,5−DHAPでスポットした。20.16kVの加速電圧、18.48kVの抽出電圧、7.06kVのレンズ電圧および360nsのパルス化イオン抽出で直線正イオンモードを用いて質量スペクトルを得た。12kDaの質量範囲に最適な分解能および感度を示すように遅延抽出パラメーターを最適化した。30レーザーショットの増量を用い、単一マトリックススポット内にショットを配置し、移動させて、合計120レーザーショットを有する質量スペクトルを得た。Flex Analysisソフトウェアを使用して、該質量スペクトルを処理し、ベースラインを補正した。無蒸着および金被覆の両方の顕微鏡スライドを使用した。金被覆顕微鏡スライドのみが、正確な質量校正をもたらすと予想される。
【0069】
7.顕微鏡観察および空間体積測定
LSI−Orbitrap分析(およびWSUへの輸送)後の組織上のアブレーション面積を測定することにより、光学顕微鏡観察(Nikon,ECLIPSE,LV 100)を行って、空間分解能に関する定性的情報を得た。5倍〜100倍の種々の倍率条件を用いて、分解能1μm未満までの詳細な像を得た。熟成組織サンプルおよび新鮮組織サンプルの両方に関して顕微鏡観察データを得た。該熟成組織切片に関して観察されたとおり、厚さ10μmの組織切片上で幅3μm未満で長さ10μm未満の空間分解能で、300μm3未満の十分に定められた高空間体積決定に関する典型例が得られる。該新鮮組織切片は、それより若干良好な分解能を示した。
【0070】
C.結果
1.熟成組織サンプルに関する実験条件の評価
質量スペクトル組織分析前に脂質を抽出するために本研究において使用した溶媒は、これまでに報告されている研究に基づいて、および本発明者らがMALDI−MS分析から得た結果から選択された。該熟成組織切片を脱脂するために2つの溶媒を使用したが、マトリックスとしてSAをした場合、エタノール洗浄はイソプロパノール洗浄より高い強度のタンパク質MALDI−MSシグナルを与えた。質量スペクトルの取得は、どちらの脱脂法に関しても、無蒸着顕微鏡ガラススライド上にマウントされた同じマウス脳からの異なる組織切片上のほぼ同じ位置であった。図31は、エタノールで洗浄され50:50:0.2 ACN/水/TFA中のシナピン酸マトリックスでスポットされたマウス脳のMALDI−TOF MS質量スペクトルを示す。図31に示されているとおり、検出されたペプチドおよびタンパク質シグナルは約5,000から19,000までのm/zの範囲にわたり(図31)、これは、Seeleyら(Seeleyら,J.Am.Soc.Mass Spectrom 2008;19:1069−1077)が提示しているm/z範囲内である。伝導性コーティングを伴わない無蒸着顕微鏡ガラススライドを使用したため、質量校正は若干ずれていると予想される。検出されたタンパク質の少数のみが有意なシグナル強度を示しており、該組織における最も豊富なタンパク質種からのものだと推定される。
【0071】
質量範囲m/zが2200未満に設定されたOrbitrap Exactive装置上でのLSI法の使用は、主にタンパク質をイオン化する2,5−DHAPと比較して、脂質のイオン化に関しては2,5−DHBのほうが遥かに好ましいことを示している。マトリックスとして2,5−DHBを使用した場合、脱脂組織においてさえも、従前の報告と同様に、脂質シグナルのみがLSIにより観察されたが、十分に洗浄された組織においては、より低い存在量で存在した。一方、図32Aに示されているとおり、エタノールで洗浄され50:50 ACN/水中の2,5−DHAPマトリックスでスポットされたマウス脳の完全な質量スペクトルは、大部分は、多荷電イオンを示している。該質量スペクトル分解能は13C同位体の分離をもたらすものであるため、単一荷電状態の分布が、タンパク質分子量を高い精度で決定するのに必要な全てである。したがって、対応する単同位体ピークが、信頼可能な様態では特定され得ない、ノイズの直ぐ上で観察されたイオンでさえも、直線的なMALDI−TOF値に比肩する平均的な質量データを与える。図32Bは、650〜1000のm/zに設定された質量範囲を有する、図32Aからのインセット領域を示す。該多荷電イオンは+3〜+8であり、約650〜5000Daの分子量を有するイオンに相当する。このデータセットに関しては、ほとんどのイオンは10kDa未満の化合物からのものであり、小さなタンパク質だと考えられる。図135は、無蒸着ガラススライド上で50:50 ACN/水中の2,5−DHAPでスポットされた脱脂熟成組織から検出された最高質量イオンの同位体分布が13kDa未満の化合物のものであることを示している(図135)。該熟成サンプルの長い貯蔵期間のため、観察されたタンパク質の幾つかは死後酵素消化に由来するものである可能性がある。
【0072】
レーザーアブレーション後、LSIによりアブレーションされた組織領域の空間分解能を調べるために顕微鏡観察データを得た。同様の源配置を用いたこれまでの組織分析研究は、マトリックスとしての2,5−DHBの無溶媒適用により、平均して約80μmの空間分解能を示し、未洗浄組織切片上への無溶媒マトリックス蒸着を用いて、有意に、より大きなアブレーション面積を示した。図33の光学顕微鏡イメージに示されているとおり、改善されたレーザー集束により、およびマトリックスとして2,5−DHAPを使用した場合、アブレーション領域は幅<3〜10μmであった。拡張されたアブレーション領域特性(長さ〜8〜15μm)は、おそらく、集束レーザービームが通るマウント化組織の連続的移動により説明されうる。アブレーション領域付近に蒸着物として見出されるマトリックスは該組織材料の脱離/イオン化におけるLSIマトリックスの効用を示している。
【0073】
2.新鮮組織サンプル上でのLSI−MS、顕微鏡観察およびMALDI−MS分析の比較
熟成組織サンプルでの成功した結果は、ガラススライドへの組織のマウント化、脱脂、質量分析および顕微鏡観察に必要な短時間を除き−20℃以下で維持された新鮮組織切片の検査を促す契機となった。図133は、無蒸着ガラススライド上で50:50 ACN/水中の2,5−DHAPマトリックスを使用した場合の、新鮮脱脂サンプルの総計完全質量スペクトルおよびインセット(差込)MSを示しており、m/z 917.50(MW 1833.0)における豊富な二重荷電LSIイオン、およびより高いm/z値における、大部分は多価である荷電イオンを示している。約19,665Daの分子量を有するイオンに関して、単一の低存在量同位体分布が観察されたものの、少なくとも2つの観察電荷状態分布を有する最高質量タンパク質は17,882Daの分子量を有していた。熟成組織において観察された、より低い分子量のタンパク質の幾つかは(図32B)、該新鮮サンプルにおいても観察されたが、それはより低い存在量で観察され、一方、より高い質量のタンパク質は、有意に、より高い存在量を示した。図136A〜B3は、単一のレーザーショット(レーザー射出)において、最も高い存在量のタンパク質が観察されることを示している。図136Aは、該レーザービームが通るように、そしてイオン進入口から3mm以内で該組織を移動させることにより得られた全イオン電流を示している。該レーザーは1Hzで作動され、1秒ごとに1つの質量スペクトルが得られた。図136B1は完全取得からの総和を示し、図136B2は、単一ショット取得を示し、図136B3は、約7レーザーショットに相当する7つの連続的質量スペクトル取得の総和を示す。金被覆ガラススライド(図136)と無蒸着ガラススライド(図133)との間で顕著な相違は観察されなかった。図137は3つの同位体分布を示し、それぞれは、9908、11788および12369Da(単一同位体質量)の分子量を有するタンパク質に関するものである。図137に示されているタンパク質の同位体分布は、100,000質量分解能に設定されたOrbitrap Exactiveを使用した場合の、50:50 ACN:水中の2,5−DHAPマトリックスでスポットされた金被覆ガラススライド上の脱脂新鮮組織からのものである。
【0074】
同一マウスからの新鮮組織切片を脱脂し、直ちにLTQ Velos装置で質量を測定した。前記の多荷電イオンのほとんどが観察された。しかし、分子量1830を有するペプチドは観察されず、脱脂中に除去された可能性がある。図134B1は、MW 11,788を有するタンパク質の多荷電状態分布を示す単一の0.1秒取得を示す。図134B2はマウス脳組織の別の領域に関する単一取得を示し、MW 17882の第2のタンパク質より低い存在量のMW 11,788のタンパク質を示す。多走査の総和質量スペクトルを図134Aに示す。図134A〜B2においてm/z 約760で観察されるイオンは脂質由来である。これらの結果は高空間分解能組織イメージングに対するこの方法の可能性を示している。
【0075】
さらに、LSIマトリックスの添加を伴わないLSI−MS分析は有用な分析結果を何ら示していない。LSIマトリックスの蒸着の後の金被覆顕および無蒸着顕微鏡スライドの使用は該脱脂組織の比較されうる存在量の質量スペクトルを与えた。予想どおり、伝導性または非伝導性ガラススライドを使用した場合のAP LSI結果において、質量シフトは観察されない。熟成組織の場合とちょうど同じように、2,5−DHBは脂質成分および2,5−DHAPタンパク質成分を優先的に検出する。
【0076】
図138Aは、無蒸着顕微鏡ガラススライド上にマウントされ2,5−DHAPで処理された新鮮脱脂組織のLSI−IMSを用いた場合のレーザーアブレーションの後の倍率100倍での顕微鏡観察が幅<3〜8μmおよび長さ<5〜25μmの空間分解能を示すことを示している。金被覆ガラススライドを使用する新鮮脱脂組織のLSI−IMSを用いるレーザーアブレーションの後の倍率100倍での図139Aの顕微鏡観察は、図138Aに見られるものより若干良好な空間アブレーションを示している。図138Bは、図138Aの同一ガラススライド上およびほぼ同じレーザー集束での、2,5−DHBマトリックスを使用した場合および倍率10倍での別の脱脂切片を示す。図138Bの顕微鏡観察は〜200μmの空間分解能を示している。同様に、図139Bは、図139Aの同一金被覆ガラススライド上およびほぼ同じレーザー集束での、2,5−DHBマトリックスを使用した場合および倍率10倍での別の脱脂切片を示す。図138Bの顕微鏡観察は〜100μmの空間分解能を示している。明らかに、2,5−DHBを使用した場合には、より高い空間分解能および体積分析を得ることが、有意に、より困難である。種々の実験条件の空間分解能は以下の一般的傾向を示している:2,5−DHB(金被覆および無蒸着ガラススライド)>>2,5−DHAP(金被覆および無蒸着ガラススライド)>マトリックス無し(金被覆および無蒸着ガラススライド)。
【0077】
比較目的で、金被覆および無蒸着ガラススライド上でマウントされたマウス脳からの連続的組織切片を真空MALDI−MS分析に使用した。各脱脂組織切片の半分を2,5−DHAPでコーティング(被覆)し、残り半分を、数個の0.2μlマトリックス溶液を使用するSAでコーティングした。興味深いことに、多荷電イオンの同一分子量はいずれも、2,5−DHAPを使用するLSIと、2,5−DHAPまたはSAのいずれかを使用するMALDIとで共通ではない。2,5−DHAPマトリックスを使用するMALDIは不良な結果を示し、これは真空MALDIとLSIとの間の矛盾を説明する手助けとなるかもしれない。図140Aおよび141Aは、それぞれ金被覆ガラススライドおよび無蒸着ガラススライド上の、0.1% TFA中の50:50 ACN:水中のシナピン酸でスポットされた脱脂新鮮組織のMALDI−MSを示す。図140Bおよび141Bは、それぞれ金被覆ガラススライドおよび無蒸着ガラススライド上の、50:50 ACN:水中の2,5−DHAPでコーティングされた脱脂新鮮組織のMALDI MSを示す。
【0078】
D.考察
100,000質量分解能および<5ppmの外部質量精度(単一レーザーショットに相当する単一の1秒取得から)に設定されたOrbitrap Exactive質量分析計を使用して、マウス脳組織から質量スペクトルが観察される。図133に示す質量スペクトルは、0.2μL マトリックススポットのほとんどのアブレーションに相当する約15秒のデータの平均化を要した。前記の図134A〜B2に示すとおり、LTQ Velos質量分析計を使用して、質量分離を伴わないが同様の結果が得られた。
【0079】
アブレーション領域の深さは、反射配置のMALDI測定においては得ることが困難な値であるが、組織再構築のためには必要な情報である。反射配置MALDIの適用によるイメージングは、深さおよび形状の大きなばらつきを伴う深さ約50μmのアブレーションを示しており、標準的な側方アブレーションは約100μmである。該ばらつきはレーザー衝突角およびレーザービームの集束不良の結果でありうるが、特に、サンプル調製条件、各分析の空間分解能の決定における不確実さの導入によるものでありうる。一方、SIMSは最上層のみをアブレーションし(正確な深さは尚も議論されているところである)、50μmの側方分解能が商業的に入手可能である。しかし、SIMSは、多数の生物学的分子で、有意なフラグメンテーションを引き起こし、イオン収率はm/zの増加と共に急速に減少し、これは組織切片の分析を極めて困難にする。最近の研究は、レーザーに基づく新しいイメージング技術であるレーザーアブレーションエレクトロスプレーイオン化MSを導入した。これは、生きた組織の、横350μmおよび深さ50μmの分解能を有する深さプロファイリングもたらす。これらの研究は、反射配置のレーザー衝突によりどのくらいの量の物質がアブレーションされるかの何らかの指標をもたらす。大きなアブレーション面積(体積)は不良な空間分解能を与える。アブレーション面積のばらつきも、MALDIの、不良な定量的性能の原因となりうる。真空MALDIを用いた場合、購入したペプチドおよびタンパク質標準物のアブレーション領域から〜12mm離れた集束レンズで5μm側方分解能が達成されると報告された。MALDIサンプルへのそのような短い距離は、レーザービームを透過配置で使用することによってのみ達成されうる。本発明者らの測定アブレーション値および既知の10μmの組織切片の厚さは、<300μm3の十分に定められた空間体積が得られうることを示している。
【0080】
本研究で用いられた、マトリックスをスポットする乾燥滴(dried droplet)法は、組織イメージングには不適当である。なぜなら、ACN:H2O溶媒中に抽出される可溶性タンパク質は、溶媒に基づく適用マトリックスにさらされる領域の大部分に広がると予想されるからである。この問題を緩和するために、本発明者らは無溶媒マトリックス調製方法を用いている。透過配置のLSIでは組織の厚さ全体がアブレーションされるという事実は、LSIおよびMALDI−MS(後者は該組織切片の表面領域のみをアブレーションする)に関して得られた異なる質量スペクトル結果を説明しうる。さらに、LSI−MSから得られたアブレーション面積に基づけば、レーザーによるアブレーションおよび溶媒/マトリックスによる組織傷害の度合は、2,5−DHAPを使用した場合には2,5−DHBを使用した場合と比較して、また、脱脂組織を使用した場合には未洗浄組織を使用した場合と比較して、有意に低いようである。
【0081】
検討を要するもう1つの難点は、レーザービームが組織を透過しないレーザーアブレーション領域である。これは不均一な組織の厚さおよびマトリックス適用に関連しているようである。将来の進展は、改善された感度、各レーザーショットが組織を透過することを可能にする条件、および生成される気相イオンの複雑性の効率的な単純化のための無溶媒気相分離を要するであろう。
【0082】
TOF分析装置を使用する現在のイメージング質量分析計が、10,000を超える質量分解能、および20ppmより良好な質量精度をもたらしうるとしても、これは、タンパク質構造を特定し又は更には証明するためには不適当である。さらに、ETDのような進歩した技術によるフラグメンテーションは、タンパク質イオンの低荷電状態のため、適用不可能である。LSIアプローチでは、多荷電ESI様イオンが生成されうるため、API質量分析計の質量分解能および精度ならびにETDおよび横断面分析を適用する潜在的可能性と共に、MALDIの空間的利点が達成される。
【0083】
E.結論
同時的な高い空間分解能および質量分解能により、多荷電イオンを生成する組織から直接的に観察されるペプチドおよびタンパク質の最初の具体例を報告する。単一レーザーショット取得および<300μm3のアブレーション空間体積が達成される。多荷電イオンの生成は、高性能API質量分析計が高質量分析に使用されることを可能にして、同位体分離および正確な質量測定をもたらしうる。多荷電イオンは、改善されたタンパク質特定のための電子移動解離(ETD)フラグメンテーションを潜在的に可能にする。組織からの直接イオン化のためのレーザーの使用は質量特異的組織イメージングのための高い空間分解能を可能にする。組織イメージングにおけるタンパク質のマッピングに関連した多数の潜在的用途がこの新規アプローチには存在する。この技術を単一細胞分析へと進展させるためには、改善された感度、サンプル調製およびレーザー集束が必要である。
【0084】
II.実施例2
本実施例は、2つの脱溶媒和装置を用いて行った研究、およびそれらが2,5−DHAPマトリックスを脱溶媒和しうることを記載する。銅およびステンレス鋼から構成される脱溶媒和装置を使用して、比較研究を行った。本実施例に含まれる追加的研究は、該脱溶媒和装置の適用により得られた結果を記載する。
【0085】
A.概観
レーザースプレーイオン化(LSI)は、マトリックス/アナライト混合物のレーザーアブレーションにより多荷電イオン(多価イオン)を生成させるための方法である。LSIは、効率的な脱溶媒和条件を導入することにより、市販のイオン移動度スペクトロメトリー質量分析SYNAPT G2装置上で達成される。
【0086】
B.序論
レーザースプレーイオン化(LSI)−質量分析(MS)はThermo Fisher Scientific Orbitrap(商標) Exactive(Thermo Scientific,Waltham,MA)により最近導入された。このイオン化法の原理は、大気圧(AP)で作動するレーザーの使用によりアナライト/マトリックスサンプルがアブレーションされ、ついで脱溶媒和過程中に多荷電マトリックス/アナライトクラスターからイオンが生成されるというものである。電荷状態の選択が自由に選べることは、マトリックス支援レーザー脱離/イオン化(MALDI)で得られるものに類似した単一荷電イオンおよびエレクトロスプレーイオン化(ESI)により生成されるものに類似した多荷電イオンを用いる複雑な混合物の分析のためのLSIの有用性を示している。後者は、タンパク質および合成重合体のようなより大きな分子をレーザーアブレーションによりイオン化し次いでOrbitrap Exactiveのような高性能であるが質量範囲が限られた装置で該多荷電イオンを分析することを可能にするのに特に有益である。本研究においては、図84に示されているとおり、自作の脱溶媒和装置を使用してタンパク質を分析するために、市販のイオン移動度スペクトロメトリー(IMS)SYNAPT G2装置でLSIを例示する。IMS−MSは、高分解能質量分析計と比較した場合にも多数の利点を有する。なぜなら、それはダイナミックレンジを拡張し、異性体組成物を分離しうるからである。IMSの次元(ディメンション)は、電荷および横断面(サイズおよび形状)に従いイオンを分離する。IMSは、無溶媒気相分離の利点を有し、無溶媒サンプル調製により、イオン化、分離および質量分析を、いずれの溶媒の使用からも完全に切り離して、MSによる完全な無溶媒分析を達成する。
【0087】
C.方法
1.脱溶媒和装置の製造
外径1/8インチ、内径1/16インチ、長さ3/4インチの銅およびステンレス鋼チューブを脱溶媒和チャンバーとして使用した。該チューブに24ゲージのニクロム線(Science Kit and Boreal Laboratories,Division of Science Kit,Inc.,Tonawanda,NY,USA)を巻きつけた。該線の上および下には絶縁および安定性のためにSaureisen P1セメント(Inso−lute Adhesive Cement Powder no.P1)が塗られていた。該チューブの出口末端はWaters Z−スプレー源のイオン入口スキマーの向かいに配置された。「乾燥滴(dried droplet)」法を用いて顕微鏡ガラススライド上に蒸着されたマトリックス/アナライトサンプルを、透過配置を用いて、窒素レーザー(Spectra Physics VSL 337 ND S)がアブレーションした。
【0088】
2.材料
2,5−ジヒドロキシアセトフェノン(DHAP)マトリックス(純度98%)、インスリン(ウシ膵臓)、ユビキチン(ウシ赤血球)、リゾチーム(ニワトリ卵白)、シトクロムC(ウマ心臓)およびミオグロビン(ウマ心臓)をSigma Aldrich,Inc.,St.Louis,MO,USAから入手し、アンジオテンシン1(ヒト)をAmerican peptideから入手した。アセトニトリル(ACN)、メタノール(MeOH)、トリフルオロ酢酸(TFA)および酢酸溶媒をFisher Scientific Inc.,Pittsburgh,PA,USAから入手した。精製水を使用した(Millipore Corp.,Billerica,MA,USA)。顕微鏡スライド(寸法1×3インチ)をGold Seal Products,Portsmouth,NH,USAから入手した。
【0089】
3.サンプル調製
アンジオテンシン、ユビキチン、リゾチーム、シトクロムCおよびミオグロビンのストック溶液を個別に純粋水で調製し、インスリンのストック溶液を50:50 MeOH:水中で調製した。1μLを使用して、50:50 ACN:水中で調製され2,5−DHAPマトリックスを使用する無溶媒サンプル調製法を用いてガラススライド上でLSIサンプルを調製し、ついで完全に送風乾燥した。該乾燥LSIを該脱溶媒和装置の前に約1から3mmの距離で配置した。ESIとLSIとの比較のために、ユビキチンを49:49:2 ACN/水/酢酸中で調製した。
【0090】
E.結果
自作脱溶媒和装置を使用する、レーザーに基づく新規イオン化法を例示した。該脱溶媒和装置の概要は図84に見られうる。図84は、ESI様多荷電イオンが得られるようにレーザーアブレーション中に生じるマトリックス/アナライトクラスターの脱溶媒和を可能にするための、IMS−MS SYNAPT G2上の源修飾を示す。該脱溶媒和装置は、例えばVariacを使用して加熱されうる。該脱溶媒和装置への熱の適用は必ずしも必要ではない。また、該マトリックスの熱要件を低下させることにより、該脱溶媒和はより効率的にされて、イオン化効率が向上しうる。これは2,5−ジヒドロキシアセトフェノン(2,5−DHAP)に関して示されうる。多荷電イオンの生成を示しうるマトリックスの他の具体例としては、2−アミノベンゾイルアルコール(ABA)、およびDHB異性体の幾つかが挙げられる。揮発性および液体マトリックスも使用されうる。
【0091】
2つの脱溶媒和装置を、2,5−DHAPマトリックスを脱溶媒和するそれらの能力に関して調べた。図85A〜Bは、銅およびステンレス鋼脱溶媒和装置から得られたMSを示し、低質量タンパク質に関しては、シグナル強度における差は存在しない。図85(A)は銅脱溶媒和装置からのMSを示し、図85(B)はステンレス鋼脱溶媒和装置からのMSを示し、これらにおいては、サンプル(1)アンジオテンシン(MW 1295)、(2)ウシ由来インスリン(MW 5731)、および(3)ユビキチン(MW 8561)を使用した。50:50 ACN/水中で2,5−DHAPを使用して該サンプルを調製した。図85A3は、銅が、タンパク質の質量が大きくなるほど高いシグナル強度をもたらすことを示している。
【0092】
図86は、マトリックスとして2,5−DHAPを使用した場合の、1)アンジオテンシン(MW 1295)、2)インスリン(MW 5731)、3)ユビキチン(MW 8561)、および4)リゾチーム(MW 14300)のLSI−MS質量スペクトルを示し、この場合、区分(A)に示されているとおりに非加熱で、および区分(B)に示されているとおりに加熱(5V)して、該銅脱溶媒和装置を使用した。源温度は150℃である。図86(A)(2)の質量スペクトルは、該タンパク質が、図86(B)(2)において見られるとおり、該脱溶媒和装置上で加熱を伴わない場合に、より高いSN比(シグナル対ノイズ比)、およびより良好な質量スペクトルを有することを示している。
【0093】
図87は、A)LSIによる、およびB)ESIによる、ユビキチンのIMS−MSデータを示す。区分(1)は質量スペクトルを示し、区分(2)はドリフト時間対m/zの2Dプロットを示し、区分(3)は、A)50:50 ACN/水中の2,5−DHAPマトリックスを含むLSI、およびB)49:49:2 ACN/水/酢酸中のESIを用いて得られた種々の電荷状態のドリフト時間分布を示す。LSIの場合、2,5−DHAPをマトリックスとして使用し、加熱を伴わないがイオン源温度が150℃に設定された銅脱溶媒和装置を使用してデータを得た。ESIは5μL/分の流量および150℃の源で得た。図87(A)(1)および87(B)(1)における質量スペクトル電荷状態は類似しており、図87(A)(3)および87(B)(3)におけるドリフト時間はほぼ同一であり、このことは、それらの2つのイオン化法による、類似した気相イオン構造を示している。
【0094】
図88の区分(1)は質量スペクトルを示し、区分(2)は、50:10 ACN/水において2,5−DHAPマトリックスを使用して調製され加熱を伴わないで銅脱溶媒和装置を使用して得られた高質量タンパク質:A)シトクロムC(MW 12310)、(B)リゾチーム(MW 14300)および(C)ミオグロビン(MW 16952)のtd対m/zの2Dプロットを示す。該源温度は150℃である。これらの、より高い質量のタンパク質は、加熱を伴わないが150℃の源温度を有する銅脱溶媒和装置を使用してIMS−MSデータ(図88(2))を得るための、該LSIの適用可能性を示している。
【0095】
また、該方法を用いて、β(1−42)および(42−1)の同位体タンパク質混合物を分析した。図89は、加熱を伴わないで銅脱溶媒和装置を使用して得られた、50:50 ACN/水において2,5−DHAPマトリックスを使用した場合のβ−アミロイド(1−42)および(42−1)の異性体タンパク質のLSI−IMS−MSを示す。区分(A)の質量スペクトルは2つの化合物の存在を識別しないが、td対m/zドリフトスコープ・スナップショット(driftscope snapshot)の二次元プロット(区分(B))は、それらの2つの成分を明らかに示している。区分(B)におけるインセットは、+4電荷状態の、ベースラインに近い分離を示している。該二次元ドリフト時間対m/zは、両方のタンパク質に関する、ならびにそれぞれ図117および118において分析された純粋なサンプルと比較して重ね合わされた位置における、電荷の数および横断面による分離を示している。電荷状態+4の抽出(extracted)ドリフト時間分布(右下の隅)により示されているとおり、該タンパク質の電荷状態はベースライン分離される。ベータ−アミロイド(1−42)は、その低い溶解度および高い凝集傾向に関して知られており、アルツハイマー病における神経毒性プラーク形成において中心的な役割を果たしている。これは、LSI−IMS−MSを用いて該同位体ペプチドがイオン化され分離されうることを示しており、より速いドリフト時間から認められるとおり、該(1−42)はより小さな構造を有する。該分析は、マトリックスとして2,5−DHAPを使用して行われ、イオン源の150℃以外の追加的な熱は該熱装置に適用されなかった。
【0096】
また、該方法を用いて、アルツハイマー病の非アミロイド成分(NAC)に関する完全無溶媒分析を分析した。図90は、熱を加えないで銅脱溶媒和装置を使用して得られた、2,5 DHAPマトリックスを使用した場合のアルツハイマー病の非アミロイド成分(NAC)のLSI−IMS−MS完全無溶媒分析を示す。区分(A)は質量スペクトルを示し、区分(B)は、2D時間ドリフト対m/zを示す。該ドリフトスコープ表示は、大気圧における表面からの直接的な、大きな多荷電ペプチドイオンの効率的生成を示している。より高い電荷状態は、真空MALDIにおける観察に類似したカチオン付加およびプロトン付加を示している。より低い電荷状態は2つの異なる形状を示している。
【0097】
F.結論
マトリックス/タンパク質混合物のレーザーアブレーションにより生成された多荷電マトリックス/アナライトクラスターを、低い加熱および/または熱容量を有する装置(例えば、Waters IMS−MS装置)のための多荷電イオンに変換するために、単純な脱溶媒和装置を製造した。多荷電LSIイオンを生成させるための、この製造された脱溶媒和装置のAP条件下での使用の成功は、LSIがESIに類似しているという、提示されているイオン化メカニズムを支持するものである。IMS−MS技術を用いるタンパク質混合物の無溶媒混雑除去(分離)および完全無溶媒分析に該方法が適用可能であることは組織イメージング用途にとって非常に有望である。
【0098】
III.実施例3
本実施例は、レーザースプレーイオン化により完全無溶媒分析のための多荷電正および負イオンを生成するマトリックスおよびマトリックス調製方法を研究する。
【0099】
A.序論
これまでの研究は、溶媒に基づく乾燥滴サンプル調製物からの多荷電LSIイオンの生成を示しているに過ぎない。MALDI MSにおいて一般に使用されるマトリックスのレーザーアブレーションによりLSIにおいて生成されるESI様多荷電イオンの生成および電荷減少に関与する過程を理解するための努力がなされている。マトリックスにおけるアナライトの含有が主として多荷電のイオンをどのように生成するのか、および非含有が、全て単一に荷電したイオンを、どのように生成するのか、およびこれが2,5−ジヒドロキシ安息香酸以外のマトリックスに当てはまるか否かを理解することは、MALDIのメカニズムを理解し新規な且つ改良されたMS用途を開発するうえで根本的に重要である。いくつかの共通のマトリックス材料が関わるこれらの研究において得られた洞察、ならびにTSAのための多荷電正および負イオンの生成の知見は、レーザーに基づくAPイオン化法を用いる多荷電イオンの生成における改善をもたらすと予想される。無溶媒調製を、LSIを用いて研究した。
【0100】
B.方法
一般的なMALDIマトリックスである2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHB)および2,5−ジヒドロキシアセトフェノン(DHAP)ならびにこれまでにLSI法で試験されていないマトリックスである2−アミノベンジルアルコール(ABA)、アントラニル酸(AA)および2−ヒドロキシアセトフェノン(HAP)について研究した。溶媒に基づく用途においては、粉末化アナライト(American Peptide Company Inc.から購入)を7.7nmol μL−1の濃度で50:50 ACN:水に溶解することにより、アンジオテンシン1アナライトを調製した。粉末化ウシインスリン(Sigma Aldrichから購入)を90pmol μL−1の濃度で50:50 水:MeOHに溶解することにより、タンパク質アナライトを調製した。2μLのアナライト溶液をガラススライド(Gold Sealから購入)上にスポットし、ついで2μLの飽和マトリックス溶液を最上部にスポットし、混合し、乾燥させた。無溶媒調製の場合には、10μLのアナライト(50:50 水:MeOH溶液中で調製されたもの)をステンレス鋼ビーズ上に注ぎ、35℃で3時間蒸発させて、溶媒を蒸発させた。ついでTissueLyzerアプローチを用いて、該固体アナライト/マトリックス混合物をガラススライド上に配置した。粉末化アンジオテンシン1およびマトリックスをTissueLyzerで直接的に混合することにより、ABAを含むサンプルを調製した。2μLのアナライト溶液および2μLのマトリックスをガラススライド上で混合することにより、HAP(25℃で液体)を含むサンプルを調製した。イオン移動度スペクトロメトリー(IMS)−MS分析のための改造されたWaters SYNAPT G2質量分析計またはThermo LTQ−Velos質量分析計内に、Spectra Physics VSL 337 ND−S窒素レーザーを用いて、透過配置で、全てのサンプルをアブレーションした。また、顕微鏡観察研究およびHAPサンプルのために355nmのNd:YAGレーザーを用いた。全てのマトリックスはSigma Aldrichから購入した。
【0101】
C.結果
LSIにおける多荷電イオン生成の改善ための条件を例示する。図91A〜BはLTQ−Velosからのアンジオテンシン1のLSI質量スペクトルを示す。図91(A)においては、飽和DHAP溶液(50:50 水:ACN)は、+3イオンより多くの+1イオンを生成している。図91(B)においては、該溶液は加温され、過飽和になって、各2μLスポット中に、より多くのマトリックスが存在することが可能となった。この方法は、該飽和溶液より高い+3イオン比およびより高い全体的イオン強度を有するスペクトルを与えた。図92は、ABA溶液(50:50 水:ACN)からの単一および二重荷電アンジオテンシン1負イオンのLSI LTQ質量スペクトルを示す。スペクトルの拡大図は、該電荷に対応する同位体分布を示している。塩基性アミノ酸置換基により、LSIは多荷電負イオンを生成しうることが示されている。アミノ基を含有しないマトリックスは単一荷電負イオンを生成したに過ぎなかった。正および負二重荷電アンジオテンシン1イオンに関するドリフト時間分布の観察は、どのマトリックスがそれらを生成するのかに無関係に、該負イオンが、より遅いドリフト時間を有し、該正イオンが、同じドリフト時間を有することを示している。図93は、どのマトリックスが使用されたかには無関係に、該−2イオンが、該+2イオンより若干遅く移動すること、および該+2が、同じドリフト時間を示すことを示している。
【0102】
多荷電イオンの豊富な生成が示されており、30Hzの粉砕周波数(grinding frequency)がマトリックス内へのアナライトの含有に最適である。図94A〜CはDHAPによる複数の電荷のTSA生成を示す。図94(A)は、25Hzにおける10分間の粉砕が+2の電荷のみを与えることを示している。図94(B)は、30Hzにおける10分間の粉砕が+2および+3の両方の電荷を与え、+3が最高相対存在量を示すことを示している。図94(C)は、強力二次元ドリフト時間プロットにおいて+7もの電荷状態が得られるように、30Hzの粉砕がウシインスリンをDHAPの結晶内に含有させることを示している。
【0103】
また、有機液体マトリックスを使用することによりアナライトをマトリックス自体に溶解させることにより、複数の電荷が生成された。尤も、図96に示すとおり、HAPマトリックス(25℃で液体)を使用してアブレーションされたアンジオテンシン1のスペクトルは、355nmの波長を有するNd/YAGレーザーを使用した場合にのみ結果が達成されたことを示している。図95は、無溶媒で調製された各マトリックスにより生成された最高アンジオテンシン1電荷状態(+2〜+3)が5分以降には粉砕時間に反比例することを示すグラフを示す。無溶媒サンプルを調製した場合、各マトリックス混合物は、5分間ではなく10分間粉砕された場合に、より小さな高電荷比を与えることが示された。最後に、定性的顕微鏡研究は、図98に示されているとおり、より高い流速で355nm Nd:YAGレーザーが使用された場合には溶融DHB/アナライト滴の生成を示しており、一方、図97に示されているとおり、337nmの窒素レーザーからは非常に少量の溶融物質を示している。337nmのレーザーによりアブレーションされたDHBの無溶媒LSI実験は単一の電荷のみを生成した。355nmのレーザーによりアブレーションされたDHBの無溶媒LSI実験は多荷電イオンを生成した。また、該窒素レーザーを使用する溶媒に基づくABA実験における溶融アブレーションを行わなかった場合も示されており、355nm Nd/YAGレーザーで生成された多量の溶融物質とは対照的であった。図99は、337nmのレーザーによりアブレーションされたABAを示す。このレーザーは、ABAの結晶構造を破壊するという問題を有し、したがって、溶媒に基づくLSI実験では遥かに低いシグナルを生成する。図100は、355nmのレーザーによりアブレーションされたABAを示す。このレーザーは、溶媒に基づくLSI実験における337nmより遥かに良好な多荷電シグナルを与える。なぜなら、より高いレーザー流速は溶融マトリックス/アナライト滴の生成を可能にするからである。
【0104】
D.結論
どのようなLSI条件が多荷電イオンの豊富な生成をもたらすかの理解はMS用途の改良に非常に重要である。無溶媒多荷電生成は、おそらく、LSIフラグメンテーション技術を、溶解度が限られたアナライトに拡張させることが可能であり、負イオンの生成は、プロトン化より脱プロトン化する傾向が遥かに高い分子の分析を改善するであろう。
【0105】
IV.実施例4
本実施例は、表面への無溶媒MALDIマトリックス蒸着のためにTissueBox/SurfaceBox装置を使用して得られたサンプルの無溶媒MALDI研究および結果を記載する。
【0106】
A.一般的方法
ボールミル法のために、ステンレス鋼ビーズ(1.2mm)およびクロムビーズ(1.3mm)をBioSpec Products,Inc.Bartlesville,OKから購入した。物質Aの3および20μmメッシュをIndustrial Netting,Inc.,Minneapolis,MNから購入し、物質Bの20μmのものをHogentogler & Co,Inc.Colombia,MDから購入した。マトリックスであるα−シアノ−4−ヒドロキシ−ケイ皮酸(CHCA)および2,5−ジヒドロキシ安息香酸98%(DHB)をSigma Aldrich,Inc.,St.Louis,MOから購入した。溶媒であるアセトニトリル(ACN)およびトリフルオロ酢酸(TFA)をFisher Scientific Inc.,Pittsburgh,PAから購入した。精製水を使用した(Millipore’s Corporate,Billerica,MA)。無蒸着顕微鏡スライド(寸法1インチ×3インチ)をGold Seal Products,Portsmouth,NHから購入した。イメージングのためのITO被覆伝導性スライドを使用した(Bruker,Billerica,MA)。エアブラシ(1/5馬力、100PSIコンプレッサおよびエアブラシキット)をCentral Pneumatic Professional,Camahllo,CAから得た。組織/マトリックス組成物を損なうことなくサンプルを輸送し除霜するためにプラスチック真空密閉食品容器を使用し、それをZeVRO,Skokie,ILから購入した。
【0107】
1.マウス脳組織
18週齢のC57 Bl/6マウスを麻酔し、氷冷1×リン酸緩衝食塩水(150mM NaCl,100mM NaH2PO4,pH7.4)で経心的(transcardially)に5分間潅流して、赤血球を除去した。Leica CM1850クリオスタット(Leica Microsystems Inc.,Bannockburn, IL)を使用して、脳を−20℃で冷凍し、連続的に10μm切片に薄片化した。それぞれのMALDI−TOF−MSおよびMALDI−IMS−MS研究においては、切片は同一マウスからのものを使用したが、動物は、該分析に使用した2つの異なるタイプの質量分析計によって異なるものであった。予め冷却されたスライド上に切片を配置した。該ガラススライドを裏側から指で手短に加温して、切片を緩和させ付着させた。水分凝結を防ぐように注意した。スライドを、使用まで、乾燥剤含有気密箱内で−20℃で貯蔵した。
【0108】
2.急速無溶媒マトリックス蒸着適用のためのSurfaceBox:設計および製造
表面への無溶媒MALDIマトリックス蒸着のための装置を設計し製造した。図18は、ボールミル装置(TissueLyzer)により可能となるビーズの激しい運動およびメッシュの生じうる曲がりが組織切片を損なわないように、堅く固定されているが十分な距離(約1cm)が隔てられている2つの区画からなる、この装置の原理的設計を示す。上部区画には、下部区画に面するメッシュ(20または3μm)が取り付けられている。それぞれのマトリックス物質およびビーズはSurfaceBoxの上部区画に加えられる。該ビーズは、所望のマトリックス物質と共に、SurfaceBoxの上部区画に留まる。上部区画に面する組織切片を保持する顕微鏡スライドは下部区画内に十分な距離を隔てて配置され、SurfaceBoxの側壁内のスリットにより又は単に顕微鏡スライドの裏側に両面粘着テープを使用することにより、下部区画に固定される。SurfaceBoxは、顕微鏡スライドを越えてマトリックスを汚染することがないように設計される。それぞれのマトリックス物質の適用は、労力を要さない柔軟なTissuLyzer装置を使用して、SurfaceBoxの激しい運動により行われる。
【0109】
B.マウス脳組織のMS分析
1.無溶媒MALDI分析:MALDI−TOF装置
ITOガラススライド(Bruker Datonics,Inc.,Billerica,MA)に付着された凍結マウス脳組織切片を、組織解凍中、乾燥窒素チャンバー内に20分間配置した。該組織のデジタルイメージをEpsonスキャナー(Epson Perfection 4490 Photo)で2400dpiの解像度で得た。該組織をAutoflex III MALDI TOF装置(Bruker Datonics,Inc.,Billerica,MA)内に配置し、サンプルステージのxy配置を、Flexlmaging 2.1ソフトウェア(Bruker Datonics,Inc.,Billerica,MA)内の3つのティーチポイント(teach point)を用いて整合させた。該装置は、500〜2000Daの質量範囲を測定する正イオン レフレクトロン(reflectron)モードで作動させた。全ての固体スマートビームレーザーは、200Hzの繰返し率で作動させ、レーザービーム径は、50μmに調節した。高い空間分解能の分子イメージを得るために、イメージングラスタ分解能も50μmに設定した。マウス脳(2mm×5mm)の部分を、3600スペクトルを超える取得をもたらすイメージング実験のために手動で定めた。合計200レーザーショットを各画素から合計した。該分析の完了後、FlexImagingを使用して、問合せたシグナルの検出および強度の両方に基づいてカラーグラジエントとして各ボクセル(voxel)の分子詳細を表示させることにより、結果を処理した。
【0110】
2.TissueLyzerを使用する急速無溶媒マトリックス蒸着のためのSurfaceBoxの適用
大量のストックマトリックス物質(約1g)を、ビーズ剤を含有する5mLガラスバイアル内で、TissueLyzer(QIAGEN,Valencia,CA)で一定時間(この場合は5および30分間)にわたり、所定の周波数(この場合は15および25Hz)で前粉砕する。1つの実験においては、30〜50個のクロムビーズ(1.3mm)を使用した。もう1つの実験においては、3個の4mmビーズと共に20〜30個のステンレス鋼ビーズ(1.2mm)を使用した。
【0111】
3.マトリックス移動条件の評価
前粉砕マトリックス(CHCA、DHB)を3個の大きな(4mm)ステンレス鋼ビーズおよび10〜20個の小さな(1.2mm)ステンレス鋼ビーズと共にSurfaceBoxの上部区画内に配置する。マウントされたマウス脳切片を含有する顕微鏡スライドを下部区画内に配置する。ついで、組み立てられたSurfaceBox装置をTissuLyzerサンプルホルダー内に配置し、TissueLyzerアームに固定する。該組織切片のマトリックスの厚さは25Hzの所定周波数で時間(30秒〜5分)により制御される。20μmの開口部を有するメッシュ材の場合、DHBおよびCHCAマトリックス物質に関して、60秒で均一なカバレッジ(被覆)が得られた。3μmの開口部を有するメッシュ材の場合、ボールミル時間を5分に増加させた(DHB、CHCAマトリックス)。また、1つの顕微鏡スライド上に位置する2つの異なる組織切片上に2つの異なるマトリックス物質(DHB、CHCA)を適用した。それぞれの切片をマトリックス適用範囲内で単に移動させることのみにより、後続の2つのマトリックス適用サイクルを行った。2つのSurfaceBoxをTissueLyzerホルダー内に配置することにより、多重化が達成されうる(補足情報において写真が入手可能である)。
【0112】
4.溶媒に基づくマトリックス蒸着のためのスプレーコーティング
既に報告されている方法(Garrettら,Int.J.Mass Spectrom 2007,260,166−176)に従いエアブラシを使用して、溶媒に基づくマトリックスを組織切片に適用した(それに関する該文献の教示を参照により本明細書に組み入れることとする)。
【0113】
簡潔に説明すると、マトリックス(CHCA)を、0.1% TFAを含有する50:50 ACN/水の溶液に溶解させ、それを、エアブラシを使用して12〜15cmの距離から、ガラススライド上にマウントされた組織切片上に噴霧(スプレー)した。合計20のマトリックス溶液のコーティングを各組織切片に適用した。溶媒に基づくこのマトリックス適用法は全てのサンプルに関して一定に保たれ、したがって全てのサンプルに関して最適ではなかった。
【0114】
5.顕微鏡観察
ガラススライド上の蒸着マトリックスおよびマトリックス被覆組織ならびに純粋な組織および種々のメッシュの定性的理解を得るために、光学顕微鏡(Nikon,ECLIPSE,LV 100)を使用した。種々の拡大条件(5倍〜100倍)を用いて、約1〜10μmまでの詳細な像を得た。Hitachi S−2400走査電子顕微鏡により走査電子顕微鏡(SEM)分析を行った。該SEM研究のために、マトリックスで覆われた組織の上にカーボンテープを配置してSEMサンプルを得た。該SEMサンプルをSEMサンプルホルダーに配置し、種々の倍率で分析した。
【0115】
6.サンプルの調製および貯蔵
MALDIマトリックスで調製された組織サンプルを、プラスチック真空密閉食品容器内に確実に配置し、少し排気して、空気中に含まれる水分を除去した。サンプル容器を−80℃で一晩維持し、ドライアイス上に配置した。使用前に、容器をドライアイスから取り出し、該容器を室温に加温した後、弱真空密閉を解いた。MALDI−TOF上で1日間およびMALDI−IMS−TOFのための6日間の後、質量測定値を得た。
【0116】
C.マウス脳組織のMS分析
1.無溶媒MALDI分析:MALDI−TOF装置
ITOガラススライド(Bruker Datonics,Inc.,Billerica,MA)に付着された凍結マウス脳組織切片を、組織解凍中、乾燥窒素チャンバー内に20分間配置した。該組織のデジタルイメージをEpsonスキャナー(Epson Perfection 4490 Photo)で2400dpiの解像度で得た。該組織をAutoflex III MALDI TOF装置(Bruker Datonics,Inc.,Billerica,MA)内に配置し、サンプルステージのxy配置を、Flexlmaging 2.1ソフトウェア(Bruker Datonics,Inc.,Billerica,MA)内の3つのティーチポイント(teach point)を用いて整合させた。該装置は、500〜2000Daの質量範囲を測定する正イオン レフレクトロン(reflectron)モードで作動させた。全ての固体スマートビームレーザーは、200Hzの繰返し率で作動させ、レーザービーム径は、50μmに調節した。高い空間分解能の分子イメージを得るために、イメージングラスタ分解能も50μmに設定した。マウス脳(2mm×5mm)の部分を、3600スペクトルを超える取得をもたらすイメージング実験のために手動で定めた。合計200レーザーショットを各画素から合計した。該分析の完了後、FlexImagingを使用して、問合せたシグナルの検出および強度の両方に基づいてカラーグラジエントとして各ボクセル(voxel)の分子詳細を表示させることにより、結果を処理した。
【0117】
2.完全無溶媒分析(TSA):MALDI−IMS−MS装置
イメージング実験の前に、CanoScan 4400Fスキャナー(Canon,Reigate,U.K.)を使用して該組織切片のデジタルスキャンを得、MALDIイメージング・パターン・クリエータ(imaging Pattern Creator)ソフトウェア(Waters Corporation,Manchester,U.K.)内に移し、それにおいて、イメージングされるべき領域を選択した。IMSモードで作動するMALDI SYNAPT HDMS(Waters Corporation,Manchester,U.K.)を使用して、MALDI−IMS−MS分析を行った。該装置の校正は、m/z 100〜1000の範囲のポリエチレングリコール(Sigma−Aldrich,Gillingham,U.K.)の標準混合物を使用して行った。200Hz Nd/YAGレーザーを使用して、100〜1000のm/z範囲にわたってHDMSモードで作動するMALDI SYNAPT HDMS上で該組織イメージングデータを得た。150μmの空間分解能を選択し、画素当たり400レーザーショットを得た。イオン移動度分離に用いた気体は、22mL 分−1に設定された流量の窒素であった。IMS装置内の圧力は5.07×10−1 mBarであった。IMS波速度は300m 秒−1に設定され、この場合、種々の波高が可能であった。該波高は6〜14Vに設定された。取得後、該データを、BioMap(Novartis,Basel,CH)を用いるイメージ分析のために、MALDI Imaging Converter(Waters Corporation,Manchester,U.K.)を使用してアナライズ(Analyze)ファイルフォーマットに変換した。また、DriftScope 2.1(Waters Corporation,Manchester,U.K.)を使用して、該データを評価した。この場合、m/z対ドリフト時間二次元プロットが可視化されうる。ここでは、「ピーク検出」アルゴリズムを適用して、m/z、強度およびドリフト時間が表示されるExcel内にローディングされうるピーク一覧を作成した。したがって、m/z 863.5における低存在量の等圧(isobaric)種に関して示されるとおり、類似したm/z(等圧)および異なるドリフト時間(移動度)を有する種を特定することが可能であった。DriftScope 2.1から、特定のm/zおよびドリフト時間をそれらのXおよびY座標と共に保有する個々のイオン種が選択され抽出されうる。ついで、抽出された生データはBioMapのために変換されうる。該出力は、関心のあるイオンのみが表示されるイオンイメージである。
【0118】
TissuLyzerを使用して、幾つかの無溶媒サンプルを調製した。それらのサンプルを分析し、結果を図1〜14に示す。図1は、図2〜14(7種のペプチド、2種の小タンパク質および4種の脂質)に示されているイメージを得るために使用したマトリックス(2,5−DHB/アナライト混合物)の写真を示す。均質化およびMALDIプレートへの粉末の直接的な移動のためにTissueLyzer(20Hzの周波数で10分間)を使用して、サンプルを無溶媒条件で調製した(左側)。それらの2つの異なるイオン化アプローチにおいて同じマトリックス/アナライト条件が満たされることが保証されるよう、該容器内に残った該無溶媒調製マトリックス/アナライトサンプルの一部を50/50 アセトニトリル/水に溶解させ、MALDI標的プレート上にスポットし、その後、該溶媒を蒸発させて、溶媒に基づく調製サンプルを得た(右側)。この定められたモデル混合物は多種多様な化合物クラス(ペプチド、小さなタンパク質および脂質)、分子量(378.6〜5733.5Da)、溶解度/疎水性[例えば、ウシインスリン(可溶性)対β−アミロイド(1−42)(不溶性);β−アミロイド(1−11)(親水性)対β−アミロイド(33−42)(疎水性)];およびイオン化[例えば、2−AG対NAGABA;PI対PC]にわたっていて、生きた組織内に存在する単純な難題を例示する。他のマトリックス(例えば、α−シアノ−4−ヒドロキシ−ケイ皮酸(CHCA))も使用した。
【0119】
それらの2つの異なる調製されたサンプル(溶媒の使用を伴うもの及び伴わないもの)を、MALDI−TOF/TOF装置(Bruker)を使用してイメージングした。得られたイメージングは、無溶媒調製に関して、溶媒に基づく調製と比較して、イオン存在量の測定による該マトリックスにおける均一なサンプル分布を示している。左側のイメージは無溶媒のものであり、右側のイメージは溶媒に基づくものであり、これらは、多種多様な化合物クラス(ペプチド、小さなタンパク質および脂質)、分子量(378.6〜5733.5Da)、溶解度/疎水性[例えば、ウシインスリン対β−アミロイド(1−42);β−アミロイド(1−11)対β−アミロイド(33−42)];およびイオン化[例えば、2−AG対NAGABA;PI対PC]に関する一定のモデル混合物におけるペプチド、小さなタンパク質および脂質に関して例示されている。溶媒に基づくイオン化法を用いた場合には、類似した化合物および分子量[例えば、図2(m/z 915.2)〜11(m/z 2846.5)における次第に増加する分子量により定められるペプチド]でさえも低い再現性の結果を示しているが(右)、無溶媒の場合は、全体のサンプルにわたって類似したイオン存在量を示している(左)。種々の特性を有する多種多様な化合物を使用する無溶媒サンプル調製を用いた場合には(左イメージ)、該分析に関するイオンシグナルは全体のサンプルにわたって相当に一定であるが、溶媒に基づく方法の場合には(右イメージ)、該イオンシグナルは非常に不均一である。
【0120】
図2〜14は、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を用いた場合の幾つかのタンパク質、ペプチドおよび脂質の分析を示す。図2は、β−アミロイド(33−42; MW 915.2)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図3は、リポトロピン(MW 951.1)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図4は、バソプレッシン(MW 1084.3)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図5は、ダイノルフィン(MW 1137.4)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図6は、β−アミロイド(1−11;MW 1325.3)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図7は、サブスタンスP(MW 1347.8)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図8は、メリチン(MW 2846.5)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図9は、β−アミロイド(1−42;MW 4511)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図10は、ウシインスリン(MW 5733.5)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図11は、2−アラキドノイルグリセロール(2−AG)(MW 378.6)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図12は、N−アラキドノイルガンマアミノ酪酸(NAGABA)(MW 389.6)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図13は、ホスファチジルイノシトール(PI)(MW 909.1)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図14は、ホスファチジルコリン(PC)(MW 760.1)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【0121】
V.実施例5
本実施例は、組織切片の被覆の改善のための、SurfaceBoxにおいて使用されるマトリックス結晶のサイズの均一な減少を達成するために行った研究を記載する。
【0122】
A.マトリックス適用
図18は、MALDIを用いるイメージング質量分析での使用に適したTissueBoxの概要図を示す。より多数の組織切片またはより多数の箱を同じホルダー内に加えて、後にそれが種々のマトリックスを使用することが可能となるようにすることにより、TissueBoxを多重化することが可能である。示されている部分は、マトリックス物質、メッシュおよび金属ビーズを収容するSurfaceBox上部区画、ならびに組織薄片およびガラススライドを含む下部区画を含む。TissueBoxは、マトリックスとビーズとを含有する重ね合わせ可能な箱、ならびに約44μmの開口を有するメッシュ底を含む。収容箱はガラススライド上に組織サンプルを含みうる。それらの成分はぴったりと密着して嵌るように重ね合されて、該メッシュの分離を維持するのに十分な空間の確保を可能にする。
【0123】
製造されたSurfaceBoxの場合のように、ボールミルは内容物の激しい運動のための周波数および時間の長さの選択を可能にする。そしてこれは、メッシュ開口を通って押出される(したがって組織切片表面上のマトリックスの厚さに対応した)物質の量を変化させるための非常に容易かつ簡便な手段をもたらす。該アプローチは迅速であり、実施者の介入および経験をほとんど要さす、使用されるメッシュに応じて<1〜30μmの結晶サイズ(44μmメッシュ開口を使用した場合の組織からのSEMデータ)を有する均一な被覆(カバレッジ)をもたらす。図22A〜Bは、44ミクロンのメッシュを使用してボールミル(DHBマトリックス、25Hzで30秒間)に付した後のマトリックス結晶サイズを示す。図22Aは100倍拡大図(倍尺線は500μm)および100倍拡大図(倍尺線は50μm)のインセットを示す。図22Bは3000倍の走査電子顕微鏡観察(SEM)での10μmの倍尺線を示す。
【0124】
SurfaceBoxにおいて使用されるマトリックス結晶の均一な減少を達成するための条件を調べた。図36は適切な粒径の重要性に関するものである。図36は、(A)15Hzの周波数で30分間および(B)25Hzの周波数で5分間のTissueLyzer条件で(1)クロムビーズおよび(2)ステンレスビーズを使用した場合の、5μmの倍尺線を有する6000倍における顕微鏡走査を示す。1.3mmのクロムビーズを含有するバイアルにおける予め粉砕されたマトリックスからの最適な顕微鏡観察の結果は、ステンレス鋼ビーズの場合と比較して、結晶サイズの効率的かつ均一な減少が達成されることを示している。より重いクロム金属ビーズを使用する、より長い粉砕時間は、得られた最小かつ均一な結晶サイズ(<1〜5μmの寸法を有する綿毛状非結晶性物質)に基づけば、図36(1)(A)に示されているとおり、最良の結果をもたらす。
【0125】
均一な結晶カバレッジを達成するために、SurfaceBox装置において使用されるメッシュ開口(20および3μm)を減少させるための条件を評価した。マトリックス層の個々の結晶サイズをより明らかにするために、裸の顕微鏡ガラススライド上での比較、および評価を妨げる、より厚いマトリックス層を避けるための短い粉砕時間との比較が得られる。図24〜27はDHBまたはCHCAの光学顕微鏡観察イメージを示す。図24および25は、25Hz/60Hz秒における20μmメッシュの後のDHBの光学顕微鏡観察イメージを示し、10μmの倍尺線を示している。図26は、25Hz/60Hz秒における20μmメッシュの後のCHCAの光学顕微鏡観察イメージを示し、10μmの倍尺線を示している。図27は、マトリックスを移すために3μmメッシュを使用して25Hzの周波数および5分間の持続時間のTissuLyzer設定を用いる異なるステンレス鋼ビーズ(1.2および4mm)の混合物および種々のメッシュサイズでマウントされたSurfaceBoxを使用した場合の裸顕微鏡スライド上に蒸着されたCHCAマトリックスの光学顕微鏡観察イメージを示す。20μmメッシュの物質(物質A)がマウントされたSurfaceBoxとの図36(1)(A)において決定された減少した及びより均一な結晶サイズの使用は<1〜12μmのDHB結晶サイズおよび約1〜12μmのCHCAを与えた。該相違は、DHBが、約1μm以下の有意な数の結晶を、それより相当に大きな(3〜12μm)第2のサイズの結晶と共に有することによるものであるらしい。CHCAの場合、小さな及び大きな結晶のばらつきはそれほど顕著ではなく、結晶は主に1〜3μmの範囲であり、少数のみが12μmもの大きさである。
【0126】
該マトリックス適用アプローチの単純性は、より一層小さな開口を有するメッシュを使用してサンプルを調製することを保証する。最終実験において、3μmのメッシュ開口の適用可能性を調べた。3μmの物質の構造は20μmの物質Aに類似している。組織切片のカバレッジの改善のために、TissueLyzerでのSurfaceBoxの激しい振動の持続時間を25Hzの周波数で5分にまで増加させた。図27に例示されているとおり、これらの条件は均一サイズ結晶の非常に均一なカバレッジをもたらす。<1〜5μmのCHCA結晶が観察される。
【0127】
図37〜39は、SurfaceBoxを使用した場合のマウス脳組織切片上に蒸着されたDHBマトリックスの光学顕微鏡観察イメージを示し、25Hz/300秒で44×3μmのメッシュに付された後のDHBの光学顕微鏡観察イメージを示す。異なるステンレス鋼ビーズ(1.2および4mm)の混合物が使用された。図37は、透過光および200μmの倍尺線を用いた場合の光学顕微鏡観察のイメージを示す。図38は、反射光および100μμの倍尺線を用いた場合の光学顕微鏡観察のイメージを示す。図39は、反射光および10μμの倍尺線を用いた場合の光学顕微鏡観察のイメージを示す。図40は、25Hz/300秒で44×3μmのメッシュに付された後のDHBのSEMイメージを示し、5μmの倍尺線を示す。二重メッシュTissueBoxは、単一メッシュTissueBox(図23)と比較して、<5μm(右下の倍尺線)より小さな粒子における顕著な増加をもたらす。該組織上に蒸着されたマトリックス(この場合はDHB)に関して得られた結果は図37および40に示されている。透過光顕微鏡観察(200μmの倍尺線)を用いた場合に図37において見られうるとおり、3μmメッシュを使用した場合の該組織のカバレッジは全体的に均一であり、反射光においては、該マトリックスは暗い斑点として現われる。拡大視野(図40、5μmの倍尺線)を用いた場合の反射光は、裸ガラススライドに関してこれまでに観察されていたもの(図27、CHCA)に類似した均一性を示している。該データは、該マトリックスが該組織表面上に含まれることを示唆しており、これは、おそらくはTissueLyzerアームの激しい運動により生じた速度の結果であろう。ここで用いた条件下、該均一性は、溶媒に基づくマトリックス適用と比較して改善される。したがって、マウス脳組織切片の均一なマトリックスのカバレッジ(DHB)が達成される。
【0128】
図28A〜Cに示されている組織MSイメージング研究のために、20μmの物質Aを使用した。図28A〜Cは、(1)急速無溶媒SurfaceBoxマトリックス蒸着(左イメージ)および(2)スプレーコーティング(右イメージ)ならびにCHCAマトリックスを使用した場合のマウス脳組織の組織イメージングを比較している。図28Aは、CHCAマトリックスで被覆された組織を示し、図28Bは質量スペクトルを示し、図28Cは、以下のそれぞれのm/z値を示す:(I)無溶媒の場合は779.6および(II)843.3、ならびに溶媒に基づく場合は(I)726.3および(II)804.3。マウス脳切片への急速無溶媒マトリックス(この場合はCHCA)適用を用いて得られたMS組織イメージングの結果がスプレーコーティング法(Garrettら,Int.J.Mass Spectrom 2007,260,166−176)と比較されている。この方法を用いた場合、溶媒に基づく適用は、CHCAの飽和溶液が噴霧として適用された場合に約5〜50μmの結晶サイズを与える。MALDI−TOF装置を使用するデータ取得は、50μmの側方分解能およびマトリックス閾値をちょうど超えるレーザー力を用いて両方の組織切片に関して同一に維持された。図28には、それぞれ各方法で得られた典型的な質量スペクトル(B)および重ね合されたイオンイメージ(C)と共に、各マウス脳切片のイメージング領域が(A)に示されている。より豊富なイオンのm/z(図28B)はカリウム化ホスファプチジルコリンに対応する(例えば、m/z 772(32:0)およびm/z 798(34:1))。
【0129】
m/z 779.6および726.3ならびにm/z 843.3および804.3のような、相補的イメージを示す、m/z値の重ね合わされたイオンイメージが、ヒットの数と共に示されている。溶媒に基づくサンプル調製を用いた場合および無溶媒サンプル調製を用いた場合で異なるイオンが検出されることは意外ではない。それらの方法は相補的であり、該無溶媒サンプル調製は、疎水性の及び溶解度が限られた化合物をより良好にイオン化する。組織変化から脂質シグナルを得ることはマトリックスの選択、溶媒系および極性に左右される(Schwartzら,J.Mass Spectrom 2003,38,699−708)。
【0130】
脂質プロファイルおよびシグナル強度はそれらの2つのサンプル調製の間で異なる。個々のイオンは、十分なイオン強度を有するように、および視認可能な分子イメージが得られるように、および同一サンプル調製において相補的ペアとなるように選択された。本実施例および図28A〜Cにおいて重要なのは、イオンシグナルの強度やm/z値ではなく、均一な応答である。
【0131】
イオンイメージは、イメージ全体を構成する各質量スペクトルにおけるイオン強度を示すように色分けされる。イオンイメージにおける同一m/z値に関する同一色の均一分布は、ほぼ同一のイオン強度を有する質量シグナルを示す。例えば、同一色を有する領域の大きな斑点により示されているとおり(図28、1、C)、無溶媒MALDI分析を用いて均一なイオンシグナル応答が得られる。溶媒に基づくMALDI分析(図28、2C)は、例えば主に緑(中等度の存在量)の斑点における赤(高存在量)および青(低存在量)ピクセルとしての、シグナル強度変化のランダムな変動を示している。イオンシグナル強度変化は、MALDI分析においてしばしば生じるスイートスポット(sweet spot)、およびMALDI組織イメージング適用の制限によるものだと考えられうる。この比較は、迅速なマトリックス適用および高分解能イメージ分析のためにSurfaceBoxを使用して高分解能イメージが得られうることを示している。組織イメージングのためにMALDI−TOF−MS装置を使用する従来の無溶媒適用は100μmの側方分解能を用いていた(Puolitaivalら,J.Am.Soc.Mass Spectrom 2008,19,882−886)。
【0132】
VI.実施例6
本実施例は、FF−TG−AP MALDIを用いるマウス脳組織の分析を記載する。無溶媒および溶媒に基づくマトリックス適用の比較も記載する。
【0133】
A.マウス脳の組織質量分析
図43A〜Bは、組織とガラススライドとの間にマトリックスを配置することにより調製されたマウス脳の、無電場透過配置常圧(field−free transmission geometry atmospheric pressure)(FF−TG−AP)MALDI源を使用する組織質量分析を示す。図43(A)は、新しい(virgin)組織スポットをサンプリングすることにより得られた全イオン電流を示し、図43(B)は質量スペクトルを示す。該インセットは、高質量分解能装置(50000質量分解能、<5ppm質量精度)を使用して表された等圧(isobaric)組成を示す。このFF設計はTG−AP源での組織およびマトリックス層の両方のアブレーションを可能にする。組織およびマトリックスの両方の厚さは厳密に決定され最適化されうる。
【0134】
後記に詳細に説明するとおり、図44は、レーザーアブレーションを行う前の、乾燥物質に噴霧することによりDHBで被覆された脳切片の顕微鏡スライドの写真を示す。図44は、(1)レーザーアブレーション前に容器から直接的に乾燥物質に噴霧することによりDHBで被覆された、および(2)4滴を用いて、溶媒に基づくDHBマトリックスが添加された、脳切片の顕微鏡スライドを示す。図45および46は、レーザーアブレーション後の図44の無溶媒マトリックス処理組織切片の光学顕微鏡イメージを示す。図45(50μmの倍尺線)においては、クレーターの形状は、該組織を通ったレーザーアブレーションの成功を示しており、図46(10μmの倍尺線)においては、クレーターを囲む残留マトリックスは該組織のアブレーションにおけるマトリックス支援を示している。図47はレーザーアブレーション後の図44(2)の無溶媒マトリックス処理組織切片を示し、0.2μLのマトリックスにさらされた領域は黒色として現われている。
【0135】
組織切片上の、溶媒に基づくおよび無溶媒マトリックス適用を、イオンを生成させるためのレーザー照射の後、イオン光学顕微鏡観察により調べた。レーザービームがマトリックスへの到達の前に該組織を横断するように、該組織切片をDHBマトリックスで被覆した。該マトリックスはこの配置で組織物質のイオン化を支持したが、それは、組織と顕微鏡スライドとの間にマトリックスが存在する場合より低い度合であった。組織に対するレーザーの影響(衝撃)は裸眼では視認できなかった。
【0136】
光学顕微鏡検査は組織全体にわたる衝撃事象を示した。図45および46には2つの領域が示されている。図45は図44の無溶媒マトリックス処理組織切片を示し、これらは、図47に示されている溶媒に基づく適用からの結果と比較されうる。図45における、より大きな衝撃領域は、アブレーションされた組織領域(〜80μm)の形状を示している。アブレーションされた組織の隆起周囲により示されるとおり、組織損傷が観察される。図46に示されている2つのアブレーション領域の小さいほうは該マトリックスの考えられうる役割を示している。マトリックスが組織に十分に接近している場合にのみ、組織分子の脱離/イオン化におけるマトリックス支援が生じうる。考えられうるメカニズムは、最初のショットの後、熱がマトリックスを組織へ溶融させる、というものである。これは、クレーターの両側に尚も存在するマトリックス結晶の部分を伴うアブレーション組織領域を説明するであろう。
【0137】
マトリックスを組織の下に配置した場合に、有意に、より良好なイオン電流が得られたが、レーザーでアブレーションされた組織領域は顕著に、より大きかった。FF−TG−APアプローチで生成したイオンの存在量は、改善されたレーザービーム集束で十分なシグナルが観察されることを示唆している。
【0138】
VII.実施例7
本実施例はアンジオテンシン1の無溶媒MS分析を示す。
【0139】
MALDIサンプルの調製には、乾燥滴法に従った(Karasら,Anal Chem 1998;60:2299)。ガラススライドへのサンプルの直接蒸着に関する無溶媒サンプル調製物は、Trimpinら,Rapid Commun Mass Spec 2001;15:1364に記載されているプロトコールを用いて調製した。ペプチド、タンパク質、DHB異性体および溶媒をSigma Aldrich(St.Louis,MO)から入手した。
【0140】
図62は、2,5−DHBを使用するLSIにより得られたアンジオテンシン1の質量スペクトルを示す。インセットは、示されている拡大領域を示す。図63は、50/50 CAN/水を使用するエレクトロスプレーイオン化(ESI)により得られたアンジオテンシン1の質量スペクトルを示す。
【0141】
結果は、アンジオテンシン1のような小さな系に関しては、2,5−DHBおよび溶媒に基づくサンプル調製条件を用いた場合、ESIとFF−TG AP−MALDIとで同じ電荷状態分布および存在量が観察されることを示している。
【0142】
VIII.実施例8
本実施例はイオン化アミロイドペプチド(1−42)のAP−MALDIを示す。
【0143】
アミロイドペプチド(1−42)はアルツハイマー病の発生病理において主要な役割を果たしている。疾患過程の一部として、それは不溶性神経毒性β−アミロイド原線維形態に変換される(Wunderlinら,Peptides−European Symposium 1999;25;330−331)。本実施例では、アミロイド(1−42)に対してAPスルーステージ(through−stage)MALDIを行った。該タンパク質分子量は標準的なMS範囲を上回るため、該タンパク質はイオン化された。図65〜67は、+4、+5および+6の電荷を有する質量スペクトルを示す。本実施例は、より大きな分子量のタンパク質(約4,000mwを超える)のイオン化が、APスルーステージMALDIを用いるそれらの分析を可能にしうることを示している。
【0144】
IX.実施例9
本実施例はウシインスリンの調製およびMS分析を示す。
【0145】
2,5−DHBおよび溶媒に基づくMALDIマトリックス/アナライト調製法を用いて、ウシインスリンに関する質量スペクトルを得た(Karasら,Anal.Chem.1988;60:2299)。該MALDI質量スペクトル(図68)はインスリンに関するESIスペクトルに類似していた。図10はウシインスリンの無溶媒および溶媒に基づく調製を示す。
【0146】
X.実施例10.追加的なデータおよび開示
以下の図は、質量分析(MS)による物質の分析および組織イメージングを改善するために行った研究および実験に関する追加的なデータおよび開示を表す。
【0147】
図15は形状による同圧(isobaric)分子の無溶媒分離を示す。IMS−MSは電荷の数および横断面(サイズおよび形状)により分子を分離し、ガラクトースおよびアスピリンは実質的に同じ分子量(実質的に同じサイズ)を有し、1個のカチオンを加えることによりイオン化される(同じ数の電荷)。図15は、アスピリン(C9H8O4;正確な分子量180.042Da)と対比されたガラクトース(C6H12O6;正確な分子量180.063Da)のESI−IMS−MS(SYNAPT G2,Waters Company)を用いた場合のドリフト時間スペクトル(無溶媒分離、イオン移動度出力)を示す。
【0148】
図16は形状による異性体分子の無溶媒分離を示す。IMS−MSは電荷の数および横断面(サイズおよび形状)により分子を分離する。N−AEA(アナンダミド;医薬関連化合物エンドカンナビノイド;脳機能および健康(幸福)に関連;アミド結合を生成するようにアミン官能性により互いに連結されたアラキドン酸およびエタノールアミン)およびO−AEA(アナンダミド;薬理学的には重要でないと考えられる化合物;エステル結合を生成するようにアルコール官能性により互いに連結されたアラキドン酸およびエタノールアミン)は同一分子量(同一サイズ)を有し、1個のカチオンを加えることによりイオン化される(同じ数の電荷)。図16は、N−AEAと対比されたO−AEAのESI−IMS−MS(SYNAPT G2,Waters Company)を用いた場合のドリフト時間スペクトル(無溶媒分離、イオン移動度出力)を示す。インセットのスペクトルは、質量対電荷比(m/z)348.28における[M+H]+に関して豊富なイオンを示すN−AEAおよびO−AEAの質量スペクトル(MS出力)である。これらのイオンは、同一の分子量および電荷を有するため、MS次元(m/zのみにより分離される)においては区別できない。
【0149】
図17はサンプル調製および反射配置(RG)MALDIのスキームを示し、組織物質の分析に特に関連した問題を示している。組織はサンプルホルダー上に配置され、マトリックスが適用される。レーザーは該マトリックスおよびサンプルに向けられて、組織分子の脱離およびイオン化を引き起こす。
【0150】
図17は特に、マトリックス物質が組織サンプルを完全には被覆しないことが望ましくないことを示している。RG MALDIは、現在市販されている真空および常圧(大気圧)MALDI質量分析計において専ら用いられている源配置である。一番左のイメージは表面(しばしば、金被覆ガラススライド、金属板、またはガラススライドを保持しうる金属板)上の組織物質を示す。
【0151】
該分子を気相内に元のまま(無傷)で移し、電荷を付けるためには、より大きな分子に特に重要なことであるが、該アナライトの脱離およびイオン化を支援するマトリックスを使用しなければならない。真ん中の上のイメージは理想的な場合を示し、真ん中の下のイメージは、溶媒に基づく適用アプローチを用いてマトリックスを適用した場合の実験的な実際の状況を示しており、組織切片における種々の化合物のイオン化が乱れ混乱していて、それらはそれらの元の及び天然の環境および位置を喪失している。
【0152】
右上のイメージは、気相内で無傷分子イオンを生成するRG MALDIを示す。UVレーザー(しばしば355nm[N2レーザー];355nm[Nd:YAGレーザー])は該マトリックスを「前」から或る角度で励起する(これは側方および深さの次元でのアブレーション領域の制御を制限する)。生成されるイオンは、電圧の適用により該表面から上昇し、加速して分析計へと送られ、該分析計において、該分子は、多くの場合にはm/zにより、分離される。
【0153】
図19は、TissueBoxの、1つの代表例の写真を示す。図18に概要が示されているTissueBoxを組み立てるために使用される組み立て部分が示されている。左イメージは、メッシュ(典型的には金属またはプラスチックであり、>44〜1μmの種々の「細孔」径を有する)を保持する上部区画を示す。この上部区画は、組み立てられると、マトリックスおよびビーズ(しばしば、ステンレス鋼、ガラス、クロムであり、典型的なサイズは0.5mm〜5mmの範囲である)で満たされる。右イメージは、底部においてガラススライド(2つの組織切片がマウントされる)を保持する下部区画を示しており、これが上部区画と合体した場合、組織とメッシュとの間に十分な空間が存在し、後続のTissueLyzerの適用(時間および周波数は、所望のマトリックス、例えば2,5−DHBおよびCHCAの最適な均一な被覆が得られるように調節されうる)中にビーズの激しい運動が生じてもそれらが接触しないように、それらの区画は設計され製造されている。
【0154】
図20は、内側に示されているTissueBoxのためのアダプターセットホルダーを示す。
【0155】
図21は、ボールミル法によりボールがマトリックスを粉砕するように所望の時間および周波数で2つのアダプターセットを同時に振とうするTissueLyzer装置を示す。図18に示されているとおりに該スクリーンが配置された場合、該マトリックスは組織薄片上に蒸着される。該スクリーンが存在しない場合、図1〜14に示されているとおりにマトリックス/アナライト無溶媒調製が行われうる。
【0156】
図29は、Bruker TOF/TOF装置上で2,5−DHBをマトリックスとして使用するマウス脳の無溶媒TissueBox調製を示す。上側のイメージは、組織イメージを示し、そのスポットは質量により選択されたものであり、下側のイメージにおいては、質量スペクトルが示されており、その質量は、m/z 772.5におけるシグナルのMS/MSフラグメンテーションをもたらすように選択されている。結果を図30に示す。これは、TissueBox調製方法を用いた場合の組織イメージングの一例である。
【0157】
図30はマウス脳組織からのm/z 772.5Daの無溶媒MALDI TOF/TOFを示す。ピークは86,058 m/z、183,991 m/z、551,288 m/z、713,371 m/zおよび772,501 m/zで見られる。組織物質からの組織スポット選択および質量選択イオンm/z 772.5(図29を参照されたい)のフラグメンテーションの質量スペクトル。
【0158】
図34は、より一層細かい粒径のために二重メッシュアプローチを用いるためのティッシュ・ボックス(tissue box)の代表例を示す。その設計は、2つのメッシュが使用されていることを除き、単一メッシュTissueBoxである図18に類似している。該二重メッシュアプローチは、しばしば、2つの異なるサイズのメッシュを使用し、ビーズを保持しうる大きいほうの開口を有するメッシュの下に、小さいほうの「細孔」開口を有するメッシュが位置する。この中央区画は、下方の表面(ここに例示されているのは、組織切片がマウントされたガラススライドである)を覆う、より一層小さな粒子へと、粒径を精密化する。
【0159】
図35は、組織を含有するガラススライド、および二重メッシュTissueBoxアプローチの代表例を示す。図35は、図34に概要が示されている二重メッシュTissueBoxを組み立てるために使用される製造部分を示す。2つの異なるを有するマウントされたメッシュ「細孔」径(ここでは、上部に合体される20μmのもの、および中央部に合体される3μmのもの)が左側に示されている。右から2番目には下部区画が示されている。一番右側には、下部区画の下に合体されるガラススライド(2つの組織切片がマウントされている)が示されている。該二重メッシュアプローチでは前粉砕が省略されうる。
【0160】
図41は、通常のRG(上)をTG(下)と比較するスキームを示す。TGにおける前方の運動量は、より高い運動量の粒子を得るために質量分析計へのイオン進入口とサンプルプレートとの間に加えられる電圧の必要性を排除する。
【0161】
図42は、APにおけるイオンの生成のためのレーザーに基づく源の設計およびマトリックス適用の概要図を示す。図42(A)はRGを示し、図42(B)はTGを示す。
【0162】
図48は2つの異なる無溶媒サンプル調製法を示す。該スキームの上部は、組織の上に、TissueBoxアプローチを用いてマトリックスを無溶媒で適用することを示し、これは、典型的には、RG MALDIと共に用いられる。下半分は、まず、TissueBox無溶媒アプローチを用いて顕微鏡ガラススライドをマトリックスで被覆(コーティング)し、ついで、該組織を上に適用することを示す。このアプローチは透過配置に関する利点を有する。どちらの場合も、レーザーエネルギーは、組織ではなくマトリックスにより吸収される。
【0163】
図49〜52は、無溶媒MALDIを行うために用いられる装置の写真を示す。図49は、多荷電イオンを生成させるためのLSIでの実験の結果を示す。乾燥滴(dried droplet)アプローチを用いてマトリックス/アナライトが適用された石英プレートのホルダーが示されている。窒素レーザーは黒色の箱であり、その真正面には熱Fisher Scientific Ion Max源がある。図50は前面からのイオンマックス(Ion Max)源の拡大図を示し、x,y,zステージ上に保持された集束レンズが最前面に示されている。レーザービームは、質量分析計イオン進入口の近くの石英プレート上に保持されているマトリックス/アナライトサンプルに達するように該レンズにより集束される。該レーザービームはイオン進入毛管と一列(180度)に並んでおり、該MSの0.2mmのイオン進入口と20mmのイオン進入口との間に保持されたサンプルに達する。図51も、孔、および石英ガラス上のサンプルを示す。図52は、前方および後方のみの移動方向でのレーザービームによる石英プレートの複数回の通過により生じている、マトリックス(ハート形)を貫く線を示す。
【0164】
図53〜61は、LSIを用いて得られた結果を示す。図53および54は、LSI用いて得られたスフィンゴミエリンに関する結果を示す。図55は、2,5−DHBにおける、脂質であるホスファチジルグリセロールに関する結果を示し、この場合も、ESIの場合とちょうど同じのように、LSIにおける単一荷電(1価)イオンを示している。図56は、LSIを用いて得られたホスファチジルイノシトールに関する結果を示す。図57は、LSIを用いて得られたアナダミドに関する結果を示す。図58は、LSIを用いて得られたNAGlyに関する結果を示す。図59は、LSIを用いて得られたleu−エンカファリンに関する結果を示す。図60は、LSIを用いて得られたブラジキニンに関する結果を示す。図61は、LSIを用いて得られたサブスタンスPに関する結果を示す。
【0165】
図64〜67は、LSIを用いて得られた追加的な結果を示す。図64は、+2および+3の電荷状態を有するACTHに関する結果を示す。図65〜67は、それぞれ+4、+5および+6の電荷状態を有するアミロイド(1−42)に関する結果を示す。
【0166】
図69は、電圧の存在下で無溶媒MALDIを行うために使用した装置の写真を示す。図70は、電圧の存在下でAPスルー・ステージ(through−stage)MALDIを用いて得られた、アンジオテンシン1に関する結果を示す。電荷状態は+1および+2であり、図62(この場合、電圧の非存在下で+2および+3の電荷状態が見られた)と比較される。
【0167】
図71〜80は、本明細書に開示されている方法の利点の更なる証拠を示す。図71B〜Cに示されているとおり、フラグメントイオンはBSAのトリプシン消化性ペプチドの必要な配列情報を与える。特に、図71A〜Cは、溶媒に基づくサンプル調製条件および2,5−DHAPマトリックス、150℃のコーン温度ならびにマウント化脱溶媒和装置(非加熱)を用いる、トリプシンによるウシ血清アルブミン(BSA)タンパク質消化物のLSI−IMS−MSおよびMS/MSを示す:I)IMS−MS(図71A)、II)図71(B)トラップおよび図71(C)TriWave部の移動領域におけるCIDフラグメンテーション。左側に質量スペクトルが示されており、右側にドリフト時間分離対質量/電荷比(m/z)の2Dプロットが示されている。
【0168】
図72A〜Bは完全無溶媒分析の利点の一例を示す。ペプチドおよび脂質(50/50のモル比)のモデル混合物を調製し、I)LSIを用いる完全無溶媒分析、II)無溶媒サンプル調製を用いるIMS−MSにより分析した。IIのみが両方の成分を検出する。区分(A)は2D IMS−MSプロットを示し、区分(B)は質量スペクトルを示す。図73A〜Bは、無溶媒サンプル調製およびそれに続く粗油サンプルのLSI−IMS−MS取得によるTSAを示す。図73(A)は質量スペクトルを示し、図73(B)は、加熱(200℃以上)を伴う無溶媒条件下の2,5−DHBにおける原液粗油のドリフト時間(td)対m/zの二次元プロットを示す。
【0169】
図74A〜CはTSA質量スペクトル、およびドリフト時間(td)対m/zの二次元プロットを示す。図74Aは、30Hzで5分間、追加的マトリックスの添加および30Hzで5分間の粉砕の反復の粉砕パターンで無溶媒条件下で調製された2,5−DHAP中の粗油を示す。図74Bは、図74Aと同じ純粋な植物油を示す。図74Cは、30Hzで5分間の粉砕パターンにおける2,5−DHAP中のモーター油を示す。図74A〜Cに関しては、2μLのアナライトを使用し、無溶媒条件下で調製した。全3個のサンプルに熱を加えた。生成したイオンはイオン移動度次元における形状により分離される。この情報は、伝統的なMALDI分析で一般的に存在するレーザー誘発性凝集物が存在しないことを示している。これらのLSIの結果はまた、該マトリックスに関連した化学的バックグラウンドが重要ではないことを示している。該純粋植物油およびモーター油はより低い質量種の存在を有さないが、該粗油サンプルに関連した複雑性が該2Dプロットにおいて見られうる。さらに、該2Dプロットは、ドリフト時間対m/zの画像2D表示のスナップショットアプローチを用いる比較分析に有用であることを示している。
【0170】
図75は、400℃の加熱移動毛管を使用し2,5−DHBを使用する炭酸脱水酵素(平均分子量29029)タンパク質のLTQ Velos装置上のLSIを示す。図76はLTQ−ETD Velos装置上のLSIを示す。ダウンタイム(真空インターロック)も交差汚染も伴うことなく、複数のサンプルに関する迅速な取得が行われる。
【0171】
図77A〜Bは、OVAペプチド323−339の種々の電荷状態のLSI−CID質量スペクトルを示す。図77(A)m/z=887;図77(B)m/z=444(DHBマトリックスを使用)。
【0172】
図78A〜Fは図78(A、D)混合物IのLSI−LTQ−MS分析と図78(B、E)GF(m/z=612.4)のCIDスペクトルとの比較を示す。図78(C、F)は、DHAPおよびDHBマトリックスを使用した場合のAngI(m/z=648.9)を示す。図78(D) DHBは、DHAP(図78A)より高い電荷状態を生成する。図78(B、C、E、F)は、CIDフラグメンテーションにより得られた類似した配列情報が両方のマトリックスに関して観察されることを示している。
【0173】
図79A〜Bは、OVAペプチド323−339(m/z 444.554)のCIDを用いた場合のLSI−MSn(n=2および3)スペクトルを示す。図79(A)はLSI−MS2を示し、図79(B)は、DHBを使用した場合のLSI−MS3を示す。図80A〜Bは、アンジオテンシン1(Ang.1)、OVAペプチド323−339(OVA)、β−アミロイド10−20(BA(10−20))、、ミエリンプロテオリピドタンパク質139−151(MPP)および増殖因子102−111(GF)を含有する混合物中のAng.1(m/z 433)のMS/MSスペクトルを示す。図80(A)はLSI−CIDを示し、図80(B)は、DHBマトリックスを使用した場合のLSI−ETDを示す。
【0174】
図81A〜Bは、酸化型β−アミロイド10−20(BA),m/z 488のMS/MSスペクトルを示す:(A)LSI−CID、(B)LSI−ETD(DHBを使用)。LSI−ETDを用いた場合には、LSI−CIDと比較して改善された配列カバレッジが認められる。
【0175】
図82A〜EはLSI−MS分析の最適化および利点を例示する:(I)SYNAPT G2(左側の列)のXYZ−ステージを用いる正確かつ連続的なアブレーションを利用する取得、手動イメージング実験設定(A)〜C;マトリックス/アナライトがマウントされたガラススライド:2,5−DHAPおよびアンジオテンシン1を使用する(D)溶媒に基づく、(E)無溶媒サンプル調製。
【0176】
図83A〜Bは、溶媒に基づく蒸着された2,5−DHBの、および透過配置LSI設定においてN2レーサーによりアブレーションされた顕微鏡観察を示す。質量分析計進入口ではなく、約2mmの距離の位置に第2の顕微鏡ガラススライドを配置して、アブレーションプルームを集めた。左側(a)には親スライド上のアブレーション領域が示されており、右側(b)には、集められた該プルームが示されている。実験観察は該レーザーアブレーション過程における「クラスター」または「滴」の生成を示している。
【0177】
図101A〜Cは、電荷遠隔(charge remote)フラグメンテーションによる脂肪酸分析を示す。該図は、真空MALDIを用いてSYNAPT HD質量分析計上で取得されたオレイン酸のTSAを示す。図101Aは質量スペクトルを示し、図101Bは二次元ドリフト時間対m/zを示し、図101Cは、2つの等圧体(isobar)m/z 295.123〜295.179およびm/z 295.260〜295.322に関する抽出ドリフト時間を示す。
【0178】
図102は電荷遠隔(charge remote)フラグメンテーションによる脂肪酸分析を示す。オレイン酸の図101A〜CからのMS/MS:区分(A)は全MSを示し、区分(B)は、3つの移動度が観察されることを示している。最低移動度は電荷遠隔フラグメンテーションを示し、したがって、区分(C.3)に示されているとおり構造情報(C−9二重結合位置)を与える。
【0179】
図103はアンジオテンシン1(ペプチド)の伝統的なイオン化法の要約を示す。左パネルは真空MALDIからの結果を示し、右パネルはAP ESIを示す。
【0180】
図104は、LSI(下)を加えた場合の、図103に示されているアンジオテンシン1(ペプチド)に関する伝統的なイオン化法の要約を示す。該LSIは、微量の該ペプチドを含有する固体マトリックス(2,5−ジヒドロキシ安息香酸[2,5−DHB])のレーザーアブレーションを用いた場合にESI様多荷電イオン質量スペクトルを示す。
【0181】
図105はLSI−MSの概要および結果を示す。上区分は、多荷電イオンを遊離するための該マトリックスの蒸発のために脱溶媒和領域に進入する多荷電クラスターまたは液滴を生成するレーザーアブレーションを示すLSI法の概要を示す。左下区分は、通常のMALDIメカニズム(APCI過程)により見掛け上生成されている若干荷電したイオンと比較した場合の、脱溶媒和領域(上右に示されている)の温度の上昇に対する多荷電イオンの応答を示す。右下区分は、マトリックス2,5−DHBを含有する親ガラス顕微鏡スライドから3mmの距離を隔てて保持された顕微鏡スライド上に集められたレーザーアブレーションされた液滴を示す。該条件はLSIレーザーアブレーション条件に類似しており、APにおけるレーザーアブレーションにより該固体マトリックスから液滴が生成されることを示している。
【0182】
図106はLSI装置の写真を示す。上区分はIMS−MS SYNAPT G2を示す。レーザー(右上)が質量分析計の孔と一直線に並ぶことが可能となるように、ロッススプレーのモーターは取り外されている。レーザーと孔との間の集束レンズは、ガラススライド上に配置され該孔から1〜3mm前にマウントされたマトリックス/アナライトサンプル上にレーザービームが直接的に集束することを可能にする。右下区分は源改造の内部図を示す。該サンプルは熱装置(白)に面しており、レーザーは後方(この場合は右側)から当たり、集束レーザービームが通るようにマトリックス/アナライトサンプルを移動(ラスタ)させるためにナノエレクトロスプレー源のxyzステージが用いられる。前部の針金は例えばVariac装置につなぎとめられて、使用マトリックスに応じて熱も加えられる。左下区分は、約3ダースのLSIサンプルがローディングされた顕微鏡ガラススライドを示す。
【0183】
図107A〜Bは、マトリックスとしての2,5−DHBを使用した場合のウシインスリンのLSI−IMS−MSを示す。図107Aは、熱が加えられ、集束レーザービームを通るようにサンプルが移動された場合、全イオン電流が効率的なイオン生成の指標となることを示す。約80秒間の取得の後に加温をやめた後、イオン電流の有意な低下が観察される。図107Bは全イオン電流からの複数の取得の質量スペクトルを示す。ESIで典型的に観察される豊富なシグナルおよび電荷状態が、電荷状態+4に関するインセットスペクトルで示されているとおり高い分解能で示されている。
【0184】
図108は、マトリックスとしての2,5−DHBおよび加熱装置(この場合は約5ボルト)を使用した場合のリゾチームおよびユビキチンの低存在量タンパク質混合物のLDI−IMS−MSを示す。それらの2つのタンパク質の電荷状態の複雑さのため、混雑した全質量スペクトルが認められる。
【0185】
図109は、マトリックスとしての2,5−DHBおよび加熱装置(この場合は約5ボルト)を使用した場合の、図108に類似した濃度におけるユビキチンの二次元ドリフト時間対m/zを示す。LSIイオンは、ESIイオンの場合と同様に電荷の数および横断面(サイズおよび形状)により分離される。
【0186】
図110は、マトリックスとしての2,5−DHBおよび加熱装置(この場合は約5V)を使用した場合の、図108に類似した濃度におけるリゾチームの二次元ドリフト時間対m/zを示す。LSIイオンは、ESIイオンの場合と同様に電荷の数および横断面(サイズおよび形状)により分離される。
【0187】
図111は、マトリックスとしての2,5−DHBおよび加熱装置(この場合は約5V)を使用した場合の、図108と同じ濃度におけるユビキチンおよびリゾチームの二次元ドリフト時間対m/zを示す。両方のタンパク質のLSIイオンは、ESIイオンの場合と同様に電荷の数および横断面(サイズおよび形状)により分離される。該データの二次元性および該表示の画像は、電荷状態および両方のタンパク質に対するそれぞれの特徴の特定を可能にする。各タンパク質の質量スペクトルは、図112においてリゾチームに関して示されているとおり、正確に抽出されうる。
【0188】
図112A〜BはユビキチンおよびリゾチームのMSを示す。図112Aは、図108に示されているとおりのユビキチンおよびリゾチームの全MSを示す。図112Bは、図111に示されている二次元ドリフト時間対m/zプロットからの、リゾチームの抽出質量スペクトルを示す。
【0189】
図113は、加熱することなく2,5−DHBを使用した場合の、粗製油のLSI−IMS−MS分析を示す。
【0190】
図114は、加熱を伴って2,5−DHBを使用した場合の、粗製油のLSI−IMS−MS分析を示す。脱溶媒和装置に「加熱が適用されない」(「加熱することなく」、「非加熱」)と記載されている場合、それは、150℃であるイオン源スキマーに尚も接続されている。したがって、金属脱溶媒和装置は150℃に近い。脱溶媒和装置に熱が加えられると、それは150℃を超える温度に加熱される。熱が加えられた場合、より豊富かつより高い分子量のイオンが観察される。該イオンは気相中で分離される。レーザー脱離/イオン化でしばしば観察される高いレーザー力またはESIでのより高い濃度による凝集は観察されない。同一サンプルおよび取得プロトコールが用いられる限り、これらの複雑な系の画像スナップショットは、迅速に識別されるのに十分な程度に区別されうる。
【0191】
図115A〜Dは、加熱することなく2,5−DHAPおよび脱溶媒和装置を使用した場合の、漸増分子量を有するタンパク質に関するLSI−IMS−MSを示す。図115Aはブタインスリンに関する結果を示し、図115Bはユビキチンに関する結果を示し、図115CはシトクロムCに関する結果を示し、図115Dはリゾチームに関する結果を示す。
【0192】
図116は、同じm/zおよびここに示されているとおり非常に類似した電荷状態分布を有するために質量分析のみでは識別不可能な異性体タンパク質混合物の分析のためのLSI−IMS−MSを示す。ベータアミロイド(1−42)の全質量スペクトルが区分(A)に示されており、アミロイド(42−1)のものが区分(B)に示されている。該分析は、マトリックスとして2,5−DHAPを使用し脱溶媒和装置に熱を加えないで行った。
【0193】
図117はベータアミロイド(1−42)の二次元ドリフト時間対m/zを示す。該二次元ドリフト時間対m/zは電荷の数および横断面による分離を示す。該分析は、マトリックスとして2,5−DHAPを使用し加熱装置に熱を加えないで行った。
【0194】
図118はアミロイド(42−1)の二次元ドリフト時間対m/zを示す。該二次元ドリフト時間対m/zは電荷の数および横断面による分離を示す。該分析は、マトリックスとして2,5−DHAPを使用し加熱装置に熱を加えないで行った。
【0195】
ここに開示されている方法は、温度を増加させること(2,5−DBHでは〜400℃)およびマトリックスの熱要件を低下させること(2,5−DHBでは〜300℃)により、アナライト/マトリックスクラスターの脱溶媒和が達成されうることを示している。ここに開示されている方法はまた、異性体タンパク質混合物の電荷状態同族体(ファミリー)がIMS次元においてベースライン分離されることを示している。
【0196】
図119〜122は、SYNAPT G2上で同じナノエレクトロスプレーイオン化源を使用するESIにより得られた結果と比較した場合の、LSIにより得られたドリフト時間の結果に基づくユビキチンの構造を示す。図119は、ユビキチンを使用するLSI−IMS−MSとのESI−IMS−MS比較に用いた条件を示す。図120は、二次元ドリフト時間対m/zプロットにおいて示されたユビキチンのLSI−IMS−MSに関する結果を示す。図121は、二次元ドリフト時間対m/zプロットにおいて示されたユビキチンのESI−IMS−MSに関する結果を示す。電荷状態はLSIとESIとで非常に類似しており、イオン存在量は、ESIイオンで、より高い。図122は、図120および121の全電荷状態に関する抽出ドリフト時間分布を示す。左側にはLSIイオンが示されており、右側にはESIイオンが示されている。LSIおよびESIイオンは実質的に同一のドリフト時間を示している。電荷状態には無関係に、LSIイオンは、それぞれのESIイオンより狭いドリフト時間を有する。さらに、電荷状態+12を有するLSIイオンは、ESIイオン+12より分離されたドリフト時間分布を示している。したがって、LSIは大きな分子の軟(ソフト)イオン化をもたらし、構造情報を保有する。
【0197】
図123〜127は、LSIにより得られたドリフト時間の結果に基づくユビキチンの構造を示す。図123は、図124〜127に示されている結果で用いた条件を示す。該LSI条件は図199におけるものと同一であるが、コーン電圧は0V(伝統的なLSI条件)から100V(典型的なESI値)へと系統的に変化された。図124は、イオン存在量の増加およびより低い電荷状態(電荷ストリッピング)を示す漸増コーン電圧で得られたMSを示す。ドリフト時間分布は電荷状態+9、+7、+5に関して抽出された。図125は、図124から抽出された電荷状態+9のドリフト時間を示す。電荷状態+9は狭いドリフト時間分布を示す。100Vのコーン電圧においては、より長いドリフト時間(約80ドリフト時間ビン)も観察され、このことは、幾つかのタンパク質イオンが、より伸張した構造へと開くことによりそれらの構造を喪失したことを示している。図126は、図124から抽出された電荷状態+7のドリフト時間を示す。電荷状態+7は、コーンにおける0Vにおける幾つかの小型構造を示す幾つかのドリフト時間(<約95ビン)を示している。電圧の増加と共に、これらのドリフト時間は消失し、1つの豊富なドリフト時間のみが観察される。図127は、図124から抽出された電荷状態+5のドリフト時間を示す。電荷状態+5は広いドリフト時間分布を示す。電圧の増加と共に、該分布の存在量はより強力になる。これらの結果は、コーンにおいて0Vにおいて、電圧の増加と共に喪失した幾つかの構造が適用されることを示している。したがって、LSIは、ユビキチンの構造の完全性を維持する軟イオン化法である。
【0198】
図128は、タンパク質(左パネル)と比較した場合のタンパク質複合体(右パネル)のLSI−IMS−MSドリフト時間分布を示す。全ての電荷状態に関して、より長いドリフト時間が観察され、最も顕著なのは電荷状態+7である。この観察は、該タンパク質−リガンド複合体の、より大きな横断面と合致している。
【0199】
ここに開示されている方法は、同じナノESI−IMS−MS装置を使用して、LSIおよびESIの両方が、より少数のコンホーメーションを示す該LSIにおける全ての電荷状態に関して類似したドリフト時間を示すことを示している。ここに開示されている方法はまた、LSIおよびコーン電圧に関して、該電圧が、より低い電荷状態(電荷ストリッピング)のイオンの存在量を増加させること、電圧がバックグラウンドを導入すること、およびより少数のコンホメーションが電圧の増加と共に観察されることを示している。
【0200】
図129はウシインスリンのTSAを示す。該分析は、2,5−DHAPマトリックス/ウシインスリンのTissueLyzer均一化/移動、および熱の適用を伴わない脱溶媒和装置を用いて行った。二次元ドリフト時間対m/zプロットにおいて観察されるとおり、気相中で多荷電イオンが生成され分離される。
【0201】
図130はアンジオテンシン1のTSAを示す。該分析は、種々のマトリックス/アンジオテンシン1脱溶媒和、および熱の適用を伴わない脱溶媒和装置を用いて行った。該抽出ドリフト時間分布において示されるとおり、気相中で多荷電イオンが生成され分離される。上に示されているドリフト時間は、負イオンモードで測定された2−アミノベンジルアルコールを示し、中央に示されているドリフト時間は、正イオンモードで測定された2−アミノベンジルアルコールを示し、下に示されているドリフト時間は、正イオンモードで測定された2,5−DHAPを示す。結果は、負および正イオンモードの両方のTSAに多種多様なマトリックスが使用されうることを示している。同じ電荷状態(2価)の負イオンは、プロトン化されているイオンより速いドリフト時間を有する。2つの異なるマトリックスにより生成された正の2価イオンは実質的に同一のドリフト時間を有し、このことは、該マトリックスが該イオンのドリフト時間(ひいては構造)にほとんど影響を及ぼさないことを示している。注目すべきこととして、ABAの溶媒に基づくサンプル調製は負の2価イオンの生成をもたらさず、Nd/YAGレーザー(355nm)を使用した場合に負の2価イオンが観察された。
【0202】
図131〜132は、1:1のモル比の脂質(スフィンゴミエリン、SM)およびペプチド(アンジオテンシン1、Ang.1)の一定の混合物の分析を示す。図131は、1:1のモル比における脂質(スフィンゴミエリン、SM)およびペプチド(アンジオテンシン1、Ang.1)の一定の混合物の、溶媒に基づく分析を示す。
【0203】
図132は、1:1のモル比における脂質(スフィンゴミエリン、SM)およびペプチド(アンジオテンシン1、Ang.1)の一定の混合物の、TSA分析を示す。図131はペプチドのみを観察しているが、図132は、SMとAng.1との混合物の両方の成分を観察している。これらの結果は分析における定性的および相対定量的改善を示している。該分析は、2,5−DHAPマトリックス/アナライト混合物のTissueLyzer均一化/移動、および熱の適用を伴わない脱溶媒和装置を用いて行った。二次元ドリフト時間対m/zプロットにおいて観察されるとおり、気相中で多荷電イオンが生成され分離される。
【0204】
特に示さない限り、本明細書および特許請求の範囲において用いられる、成分の量、特性、例えば分子量、反応条件などを表す全ての数字は、全ての場合において、「約」なる語により修飾されていると理解されるべきである。したがって、特に示さない限り、本明細書および添付の特許請求の範囲に記載されている数的パラメーターは、本発明が得ることを望む所望の特性に応じて変動しうる近似値である。少なくとも、そして特許請求の範囲の範囲への均等論の適用を制限するものではないが、各数的パラメーターは、少なくとも、示されている有効数字を考慮して、および通常の丸め技術を適用することにより解釈されるべきである。
【0205】
本発明の広い範囲を記載している数的範囲およびパラメーターは近似値であるが、具体例において記載されている数値は、可能な限り厳密に示されている。しかし、いずれの数値も、そのそれぞれの試験測定において見出される標準偏差から必然的に生じる或る誤差を本質的に含有する。
【0206】
本発明を記載する文脈で用いられている単数形は、本明細書中で特に示されていない限り、または文脈に明らかに矛盾しない限り、単数形および複数形の両方を含むと解釈されるべきである。本明細書における値の範囲の列挙は、該範囲内に含まれるそれぞれの別個の値に個々に言及する省略法として用いられているに過ぎないと意図される。本明細書中に特に示されていない限り、それぞれの個々の値は、それが本明細書中で個々に列挙されているのと同様に、本明細書に含まれる。本明細書中で特に示されていない限り、または文脈に明らかに矛盾しない限り、本明細書に記載されている全ての方法は任意の適当な順序で行われうる。本明細書に記載されている全ての例または例示的用語(例えば、「のような」)は単に、本発明をより明らかにすることを意図したものであり、別に特許請求されている本発明の範囲を限定するものではない。本明細書におけるどのような表現も、本発明の実施に必須である特許請求されていないいずれかの要素を示していると解釈されるべきではない。
【0207】
本発明の代替的要素または実施形態の群分けは限定的なものと解釈されるべきではない。それぞれの群構成要素は、個別に、または該群の他の構成要素もしくは本明細書中で見出される他の要素とのいずれかの組合せとして言及され特許請求されうる。群の構成要素の1以上は、便宜上および/または特許性の理由により、群に含められ又は群から除外されうると予想される。いずれかのそのような包含または除外が生じる場合、本明細書は、該群を、修飾されたものとして、したがって添付の特許請求の範囲において用いられている全てのマーカッシュ群の記載説明を満たすものとして含有するとみなされる。
【0208】
本発明の或る実施形態は、本発明を実施するための、本発明者らに知られている最良の形態を含むものとして、本明細書に記載されている。もちろん、これらの記載実施形態に対する変更は、前記説明を読めば当業者に明らかとなるであろう。本発明者は、当業者がそのような変更を適宜用いると予想しており、本発明者らは、本発明が、本明細書に具体的に記載されている以外の様態で実施されることを意図している。したがって、本発明は、適用可能な法律により認められているとおり、本明細書に添付されている特許請求の範囲に記載されている内容の全ての修飾および均等物を含む。さらに、本明細書に特に示されていない限り、または文脈に明らかに矛盾しない限り、前記要素の、その全ての可能な変更を伴うあらゆる組合せが本発明に含まれる。
【0209】
本明細書に開示されている特定の実施形態は、からなる、および/または、から実質的になる、の表現を用いて、特許請求の範囲において更に限定されうる。「からなる」なる移行句は、特許請求の範囲において用いられる場合、それが出願時に用いられているか補正により加えられるかには無関係に、特許請求の範囲において特定されていないいずれの要素、工程または成分をも除外する。「から実質的になる」なる移行句は、特許請求の範囲の範囲を、特定されている物質または工程、および基本的かつ新規な特性に実質的に影響を及ぼさないものに限定する。そのように特許請求されている本発明の実施形態は本明細書において本質的または明示的に記載されており実施可能にされている。
【0210】
最後に、本明細書に開示されている本発明の実施形態は本発明の原理を例示するものであると理解されるべきである。用いられうる他の修飾も本発明の範囲内である。したがって、限定的なものではなく例示としてであるが、本発明の代替的態様も本明細書における教示に従い用いられうる。したがって、本発明は、示されており記載されているとおりのものには限定されない。
【技術分野】
【0001】
本開示の分野
レーザースプレーイオン化(LSI)を用いる質量分析のための系および方法を本明細書中に開示する。LSIは、分析のために大気圧で多荷電イオン(多価イオン)を生成することが可能であり、4000ダルトンを超える分子を含む高分子量分子の分析を可能にする。該分析は、溶媒に基づく分析、または無溶媒分析でありうる。LSIによる無溶媒分析は、組織イメージングおよび限られた溶解度の化合物の分析において有益な改善された空間分解能を可能にする。
【背景技術】
【0002】
本開示の背景
マトリックス支援レーザー脱離/イオン化(MALDI)は、多数の(生物)分子の分析を可能にする、質量分析(MS)において用いられるイオン化技術である。(生物)分子のイオン化はレーザーにより誘発され、一方、マトリックスは、(生物)分子をレーザーから保護するために使用される。適当なマトリックス物質は、一般に、低い分子量を有し、優先的に正に荷電した(生物)分子を得るためのプロトン源となるよう、しばしば酸性である。優先的に負に荷電した(生物)分子イオンを得るために、塩基性マトリックス物質も使用されうる。また、マトリックス物質は、使用されるレーザー波長において、良好な光吸収を示し、それはレーザー照射を迅速に吸収する。この方法においては溶媒も頻繁に使用される。
【0003】
表面イメージングは、癌境界の検出、薬物取り込み位置の決定のような多様な分野において並びに脳組織内のシグナリング分子のマッピングおよび合成分子の分析(重合体組成物における亀裂)において非常に有用となる可能性を有する。MSによるイメージングは、特に二次イオン質量分析(SIMS)を用いて、十分に確立されているが、SIMSは、無傷生物組織では限られた有用性を有するに過ぎない。一方、MALDI MSは、特に膜脂質、薬物代謝産物およびタンパク質のような高含量成分に関する組織イメージングに用いられており、ある程度の成功を収めている。しかし、特に純粋な組織に関する組織イメージングのための、そのような真空に基づくMALDI MSの使用には、多数の欠点が存在する。常圧(AP)−MALDI組織イメージングは真空MALDIの欠点の多くを回避するが、高い空間分解能におけるその感度の問題のため、限られたものであるにすぎない。重要なことに、MALDIは、MSによる分析のために主として1価イオンを生成させるためのイオン化法として注目されている。しかし、強力なMS装置は、しばしば、1価イオンを検出せず、その結果、AP−MALDIは、高分解能質量分析に適さない可能性がある。
【0004】
溶媒を使用する伝統的な分析方法も多数の欠点を有する。例えば、現在使用されているMALDI技術は幾つかの(生物)分子を分析するために用いられうるが、一般的な溶媒にしばしば不溶性であるタンパク質を含む多数の(生物)分子に関して重大な技術的問題が尚も存在する。例えば、膜タンパク質のような幾つかのタンパク質は、疎水性であるため、不溶性である。さらに、ミスフォールドしたタンパク質は疎水性領域を露出しており、不溶性凝集物を形成しうる。多数の組換えタンパク質は、異種宿主内で過剰発現されると、ミスフォールディングのため、またはアルツハイマー病のような病態の進行において、不溶性となる。
【0005】
さらに、溶媒に基づくMSサンプル調製においては、トリプトファンおよびメチオニン残基の酸化のようなアーチファクトが生じうる(Cohen,Anal.Chem.2006;78:4352−4362;Froelichら,Proteomics 2008;8:1334−1345)。これらのアーチファクトは、サンプルの溶液とマトリックスの溶液とが一緒にされたのと同時に生じうる。したがって、溶媒に基づくMSは、酸化ストレスを受けることに関連した用途には最適でないかもしれない。
【0006】
MSは、物質の特徴づけにおけるその使用において、これら及び他の欠点を有する。なぜなら、それは、純粋で複合的なイオン化または溶解遅延性の物質を分析できないからである。生物学的物質はそのような複合的物質の1つのタイプである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Cohen,Anal.Chem.2006;78:4352−4362
【非特許文献2】Froelichら,Proteomics 2008;8:1334−1345
【発明の概要】
【0008】
開示の概要
本開示は、質量分析(MS)による物質の分析および表面イメージング(組織イメージングを含む)を改良する系および方法を提供する。該系および方法は、通常のマトリックス支援レーザー脱離/イオン化(MALDI)により生成される主として単一に荷電したイオンよりもMS法により検出されやすい多数の多荷電イオン(多価イオン)を生成するレーザースプレーイオン化(LSI)法を用いる。透過配置で整列されたレーザーは、表面イメージング分析に特に重要な空間分解能を改善する。LSI後のMSは、溶媒に基づくもの、または溶媒を含まないもの(無溶媒分析)でありうる。LSI後の無溶媒分析は、溶媒に基づく分析に伴う前記欠点の多くを回避する。無溶媒分析は、MS表面イメージングにおいて有益な改善された空間分解能をも可能にする。
【0009】
特に、本明細書に開示されている1つの実施形態は、物質およびマトリックスを物質/マトリックスアナライトとして表面に適用し、該物質/マトリックスアナライトを大気圧(常圧)またはその圧力付近でレーザーでアブレーションし、該レーザーアブレート化物質/マトリックスアナライトを加熱領域に通過させた後、該物質/マトリックスアナライトを質量分析計の高真空領域に進入させることを含む、物質の分析のための多荷電イオン(多価イオン)の製造方法(生成方法)を提供する。生成した多荷電イオンは正または負でありうる。
【0010】
もう1つの実施形態においては、該マトリックスは、レーザーの波長におけるエネルギーを吸収する小分子から構成される。もう1つの実施形態においては、該小分子は、ジヒドロキシ安息香酸およびジヒドロキシアセトフェノンからなる群から選択される。もう1つの実施形態においては、該小分子は、2,5−ジヒドロキシ安息香酸(2,5−DHB;酸性マトリックス物質)、2,5−ジヒドロキシアセトフェノン(2,5−DHAP)、2,6−ジヒドロキシアセトフェノン(2,6−DHAP)、2,4,6−トリヒドロキシアセトフェノン(2,4,6−THAP)、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(CHCA)、2−アミノベンジルアルコール(2−ABA;塩基性マトリックス物質)および/または類似した位置的官能性を有する他の小さな芳香族分子からなる群から選択される。
【0011】
もう1つの実施形態においては、該レーザーは紫外領域の出力を有する。もう1つの実施形態においては、該レーザーは窒素レーザー(337nm)または周波数3倍化Nd/YAGレーザー(355nm)である。
【0012】
もう1つの実施形態においては、該加熱領域は加熱チューブである。特定の実施形態においては、該加熱チューブは、質量分析計真空系に有害な蒸気を放出しない耐熱性物質から構成される。もう1つの実施形態においては、該チューブは金属または石英から構成される。該チューブは直接的または間接的に加熱されうる。幾つかの実施形態においては、それは50〜600℃の温度に直接的または間接的に加熱されうる。もう1つの実施形態においては、該チューブは150〜450℃の温度に直接的または間接的に加熱されうる。
【0013】
もう1つの実施形態においては、質量分析計の真空へのイオン進入および物質/マトリックスアナライトのレーザーアブレーションの点により定められるイオン源領域内の電場は800V未満である。もう1つの実施形態においては、該イオン源領域内の電場は100V未満である。もう1つの実施形態においては、該イオン源領域内の電場は0Vである。もう1つの実施形態においては、該イオン源領域内の電場は0V未満である。
【0014】
該物質は生物学的物質または非生物学的物質でありうる。ある実施形態においては、該物質は生物学的物質であり、限定的なものではないが、タンパク質、ペプチド、炭水化物または脂質でありうる。他の実施形態においては、該物質は非生物学的物質であり、限定的なものではないが、重合体または油でありうる。
【0015】
本明細書に開示されている実施形態は、溶媒を含まない(無溶媒)または溶媒に基づく物質/マトリックスアナライト調製方法を用いて、該物質/マトリックスアナライトを分析することを含みうる。1つの実施形態においては、該分析は構造の特徴づけのための表面イメージングおよび/または電荷遠隔(charge remote)フラグメンテーションを含む。もう1つの実施形態においては、該物質/マトリックス内のアナライトを分析するために質量分析計を使用する。該分析は正または負イオン形態で行われうる。
【0016】
レ−ザーアブレーションは透過または反射配置で達成されうる。透過配置はアブレーション面積(例えば、組織における細胞下の場合)を最小にする。
【0017】
該表面は、限定的なものではないが、反射形態におけるガラス、石英、セラミック、金属、重合体、または透過形態におけるガラス、石英および/または重合体でありうる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、図2〜14(7種のペプチド、2種の小タンパク質および4種の脂質)に示されているイメージを得るために使用したマトリックス(2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHB)/アナライト)の写真を示す。
【図2】図2は、β−アミロイド(33−42)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図3】図3は、リポトロピンの、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図4】図4は、バソプレッシンの、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図5】図5は、ダイノルフィンの、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図6】図6は、β−アミロイド(1−11)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図7】図7は、サブスタンスPの、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図8】図8は、メリチンの、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図9】図9は、β−アミロイド(1−42)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図10】図10は、ウシインスリンの、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図11】図11は、2−アラキドノイルグリセロール(2−AG)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図12】図12は、N−アラキドノイルガンマアミノ酪酸(NAGABA)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図13】図13は、ホスファチジルイノシトール(PI)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図14】図14は、ホスファチジルコリン(PC)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【図15】図15は形状による等圧分子(同じ名目質量を有する化合物)の無溶媒分離を示す。
【図16】図16は、異性体分子(同じ元素組成を有するが異なる構造を有する化合物)に関して示された、形状による無溶媒分離を示す。
【図17】図17は、マトリックス支援レーザー脱離/イオン化(MALDI)を用いるイメージング質量分析方法の概要図を示す。真空または常圧(AP)法(AP−MALDIおよびレーザースプレーイオン化(LSI))のための、より均一な無溶媒マトリックス/アナライト調製の利点が示されている。
【図18】図18は、組織切片上のマトリックスの調製を示すTissueBoxの概要図を示す。
【図19】図19はTissueBoxの写真を示す。
【図20】図20は、内側に示されているTissueBoxのためのアダプターセットを示す。
【図21】図21は、ボールミル法によりボールがマトリックスを粉砕するよう所望の時間および周波数で2つのアダプターセットを同時に振とうするボールミル装置(TissueLyzer(Qiagen,Valencia,CA))を示す。
【図22A】図22A〜Bは、44ミクロンのメッシュを使用してボールミル(DHBマトリックス、25Hzで30秒間)に付した後のマトリックス結晶サイズを示す。図22Aは100倍拡大図(倍尺線は500μm)および100倍拡大図(倍尺線は50μm)のインセットを示す。
【図22B】図22A〜Bは、44ミクロンのメッシュを使用してボールミル(DHBマトリックス、25Hzで30秒間)に付した後のマトリックス結晶サイズを示す。図22Bは3000倍の走査電子顕微鏡観察(SEM)での10μmの倍尺線を示す。
【図23】図23は、44ミクロンのメッシュを使用してボールミル(DHBマトリックス、25Hzで30秒間)に付した後のマトリックス結晶サイズを示す。
【図24】図24は約10μmのサイズの図25のマトリックス結晶の拡大図を示す。
【図25】図25は、マトリックスを移すために20μmメッシュを使用して25Hzの周波数および60秒間の持続時間のTissuLyzer設定を用いる異なるステンレス鋼ビーズ(1.2および4mm)の及び種々のメッシュサイズでマウントされたSurfaceBoxを使用した場合の裸顕微鏡スライド上に蒸着されたマトリックスの光学顕微鏡観察イメージを示す。DHBマトリックスを使用した。
【図26】図26は、α−シアノ−4−ヒドロキシ−ケイ皮酸(CHCA)マトリックスを使用すること以外は図25の場合と同様にして得られたマトリックスの光学顕微鏡観察イメージを示す。
【図27】図27は、マトリックスを移すために3μmメッシュを使用して25Hzの周波数および5分間の持続時間のTissuLyzer設定を用いる異なるステンレス鋼ビーズ(1.2および4mm)の及び種々のメッシュサイズでマウントされたSurfaceBoxを使用した場合の裸顕微鏡スライド上に蒸着されたマトリックスの光学顕微鏡観察イメージを示す。CHCAマトリックスを使用した。
【図28】図28は、(1)急速無溶媒SurfaceBoxマトリックス蒸着(左)および(2)スプレーコーティング(右)ならびにCHCAマトリックスを用いた場合のマウス脳組織の組織イメージングを示す:(A)CHCAマトリックスで被覆された組織の写真、(B)質量スペクトル、(C)以下のそれぞれのm/z値のMSイメージ:(I)無溶媒の場合は779.6および(II)843.3、ならびに溶媒に基づく場合は(I)726.3および(II)804.3。
【図29】図29はマウス脳の無溶媒DHB調製を示す。
【図30】図30は、Bruker装置(Bruker Datonics,Inc.,Billerica,MA)上での2,5−DHBをマトリックスとして使用するマウス脳の無溶媒TissuBox調製を示す。
【図31】図31は、エタノールで洗浄され50:50:0.2 アセトニトリル(ACN)/水/トリフルオロ酢酸(TFA)中のシナピン酸マトリックスでスポットされたマウス脳のMALDI−飛行時間型(TOF)MS質量スペクトルを示す。
【図32】図32A〜Bは、エタノールで洗浄され50:50 ACN/水中の2,5−DHAPマトリックスでスポットされたマウス脳からのLSI−MS質量スペクトルを示す。
【図33】図33は、エタノールで洗浄され50:50 ACN/水中の2,5−DHAPマトリックスでスポットされたマウス脳からのLSI−MS質量スペクトルを示す。
【図34】図34は、より細かい粒径を得るための二重メッシュアプローチを用いる代表例を示す。
【図35】図35は二重メッシュTissueBoxアプローチの代表例を示す。
【図36】図36は、(A)15Hzの周波数で30分間および(B)25Hzの周波数で5分間のTissueLyzer条件で(1)クロムビーズおよび(2)ステンレスビーズを使用する、予め破砕されたマトリックスのSEMイメージを示す。
【図37】図37は、25Hzの周波数および5分間の持続時間のTissuLyzer設定を用いる異なるステンレス鋼ビーズ(1.2および4mm)の及び3μmのメッシュサイズでマウントされたSurfaceBoxを使用した場合のマウス脳組織切片上に蒸着されたDHBマトリックスの光学顕微鏡観察イメージを示す。透過光が示されている。
【図38】図38は、SurfaceBoxを使用した場合のマウス脳組織切片上に蒸着されたDHBマトリックスの光学顕微鏡観察イメージを示し、25Hz/300秒間の44×3μmのメッシュの後のDHBの光学顕微鏡観察イメージを示す。
【図39】図39は、25Hzの周波数および5分間の持続時間のTissuLyzer設定を用いる異なるステンレス鋼ビーズ(1.2および4mm)の及び3μmのメッシュサイズでマウントされたSurfaceBoxを使用した場合のマウス脳組織切片上に蒸着されたDHBマトリックスの光学顕微鏡観察イメージを示す。反射光が示されている。
【図40】図40は、二重メッシュTissuBoxが、単一メッシュTissuBox(図23)と比較して、<5μm(右下の倍尺線)より小さい粒子の顕著な増加をもたらすことを示している。
【図41】図41は、通常のRG(上)をTG(下)と比較するスキームを示す。
【図42】図42は、APにおけるイオンの生成のためのレーザーに基づく源の設計およびマトリックス適用の概要図を示す。図42(A)はRGを示し、図42(B)はTGを示す。
【図43】図43は、無電場透過配置常圧(LSI)を用いたマウス脳組織の分析からの結果を示す。
【図44】図44はマウス脳切片の分析を示す。
【図45】図45はレーザーアブレーション後の図44(1)の無溶媒マトリックス処理組織切片を示す。
【図46】図46はレーザーアブレーション後の図44(1)の無溶媒マトリックス処理組織切片を示し、クレーター周囲の残存マトリックスは該組織のアブレーション過程におけるマトリックス支援を示す。
【図47】図47はレーザーアブレーション後の図44(2)の無溶媒マトリックス処理組織切片を示す。
【図48】図48は2つの異なる無溶媒サンプル調製法を示す。
【図49】図49は、多荷電イオンを生成させるためのLSIでの実験の結果を示す。
【図50】図50は前面からのイオンマックス(Ion Max)源の拡大図を示し、x,y,zステージ上に保持された集束レンズが最前面に示されている。
【図51】図51はイオン進入口(アパーチャー)の近傍の石英プレートの拡大図を示す。
【図52】図52は、前方および後方のみの移動方向でのレーザービームによる石英プレートの複数回の通過により生じている、マトリックス(ハート形)を貫く線を示す。
【図53】図53は2,5−DHBマトリックスにおけるスフィンゴミエリンを示す。
【図54】図54は、全て1価(単一荷電)であるスフィンゴミエリンからのイオンを示す。
【図55】図55は、1価イオンを示す2,5−DHBにおけるホスファチジルグリセロールを示す。
【図56】図56は、1価イオンを示す2,5−DHBにおけるホスファチジルイノシトールのスペクトルを示す。
【図57】図57は、1価イオンを示す2,5−DHBにおけるアナンダミドのスペクトルを示す。
【図58】図58は、1価イオンを示す2,5−DHBにおけるNAGlyのスペクトルを示す。
【図59】図59は、1価イオンを示すLeu−エンケファリンのスペクトルを示す。
【図60】図60は、LSIにより2価イオンを示し1価イオンを示さないブラジキニンのスペクトルを示す。
【図61】図61はサブスタンスPの2価イオンのスペクトルを示す。
【図62】図62はアンジオテンシン1のLSIスペクトルを示す。
【図63】図63はアンジオテンシン1のESIスペクトルを示す。
【図64】図64は、分子量の増加と共にLSIがより高い電荷状態を生成させることを示す、ACTHのスペクトルを示す。
【図65】図65は、電荷状態+4を有するアミロイド1−42に関するスペクトルを示す。
【図66】図66は、電荷状態+5を有するアミロイド1−42に関するスペクトルを示す。
【図67】図67は、電荷状態+6を有するアミロイド1−42に関するスペクトルを示す。
【図68】図67は、電荷状態+4および+5を示すウシインスリンに関するスペクトルを示す。
【図69】図69は、ガラススライド上のマトリックス/アナライトサンプル調製物上に配置された針金(ワイヤ)メッシュを示す。
【図70】図70は、図69の針金メッシュを使用した結果を示す。
【図71A】図71A〜Cは、溶媒に基づくサンプル調製条件および2,5−DHAPマトリックス、150℃のコーン温度ならびにマウント化脱溶媒和装置(非加熱)を用いる、トリプシンによるウシ血清アルブミン(BSA)タンパク質消化物のLSI−イオン移動度スペクトロメトリー−質量分析(IMS)−MSおよびMS/MSを示す:I)IMS−MS(図71A)、II)図71(B)トラップおよび図71(C)TriWave部の移動領域におけるCIDフラグメンテーション。左側に質量スペクトルが示されており、右側にドリフト時間分離対質量/電荷比(m/z)の2Dプロットが示されている。
【図71B】図71A〜Cは、溶媒に基づくサンプル調製条件および2,5−DHAPマトリックス、150℃のコーン温度ならびにマウント化脱溶媒和装置(非加熱)を用いる、トリプシンによるウシ血清アルブミン(BSA)タンパク質消化物のLSI−イオン移動度スペクトロメトリー−質量分析(IMS)−MSおよびMS/MSを示す:I)IMS−MS(図71A)、II)図71(B)トラップおよび図71(C)TriWave部の移動領域におけるCIDフラグメンテーション。左側に質量スペクトルが示されており、右側にドリフト時間分離対質量/電荷比(m/z)の2Dプロットが示されている。
【図71C】図71A〜Cは、溶媒に基づくサンプル調製条件および2,5−DHAPマトリックス、150℃のコーン温度ならびにマウント化脱溶媒和装置(非加熱)を用いる、トリプシンによるウシ血清アルブミン(BSA)タンパク質消化物のLSI−イオン移動度スペクトロメトリー−質量分析(IMS)−MSおよびMS/MSを示す:I)IMS−MS(図71A)、II)図71(B)トラップおよび図71(C)TriWave部の移動領域におけるCIDフラグメンテーション。左側に質量スペクトルが示されており、右側にドリフト時間分離対質量/電荷比(m/z)の2Dプロットが示されている。
【図72】図72は完全無溶媒分析の利点の一例を示す。
【図73】図73A〜Bは、無溶媒サンプル調製およびそれに続く粗油サンプルのLSI−IMS−MS取得によるTSAを示す。
【図74A】図74A〜CはTSA質量スペクトルを示す。
【図74B】図74A〜CはTSA質量スペクトルを示す。
【図74C】図74A〜CはTSA質量スペクトルを示す。
【図75】図75は、400℃の加熱移動毛管を使用し2,5−DHBを使用する炭酸脱水酵素(平均分子量29029)タンパク質のLTQ Velos装置上のLSIを示す。
【図76】図76はLTQ−ETD Velos装置上のLSIを示す。
【図77】図77はOVAペプチド323−339の種々の電荷状態のLSI−CID質量スペクトルを示す。
【図78A】図78A〜Fは図78(A、D)混合物IのLSI−LTQ−MS分析と図78(B、E)GF(m/z=612.4)のCIDスペクトルとの比較を示す。図78(C、F)は、DHAPおよびDHBマトリックスを使用した場合のAngI(m/z=648.9)を示す。
【図78B】図78A〜Fは図78(A、D)混合物IのLSI−LTQ−MS分析と図78(B、E)GF(m/z=612.4)のCIDスペクトルとの比較を示す。図78(C、F)は、DHAPおよびDHBマトリックスを使用した場合のAngI(m/z=648.9)を示す。
【図78C】図78A〜Fは図78(A、D)混合物IのLSI−LTQ−MS分析と図78(B、E)GF(m/z=612.4)のCIDスペクトルとの比較を示す。図78(C、F)は、DHAPおよびDHBマトリックスを使用した場合のAngI(m/z=648.9)を示す。
【図78D】図78A〜Fは図78(A、D)混合物IのLSI−LTQ−MS分析と図78(B、E)GF(m/z=612.4)のCIDスペクトルとの比較を示す。図78(C、F)は、DHAPおよびDHBマトリックスを使用した場合のAngI(m/z=648.9)を示す。
【図78E】図78A〜Fは図78(A、D)混合物IのLSI−LTQ−MS分析と図78(B、E)GF(m/z=612.4)のCIDスペクトルとの比較を示す。図78(C、F)は、DHAPおよびDHBマトリックスを使用した場合のAngI(m/z=648.9)を示す。
【図78F】図78A〜Fは図78(A、D)混合物IのLSI−LTQ−MS分析と図78(B、E)GF(m/z=612.4)のCIDスペクトルとの比較を示す。図78(C、F)は、DHAPおよびDHBマトリックスを使用した場合のAngI(m/z=648.9)を示す。
【図79】図79A〜Bは、OVAペプチド323−339(m/z 444.554)のCIDを用いた場合のLSI−MSnスペクトルを示す。
【図80】図80A〜Bはアンジオテンシン−IのMS/MSスペクトルを示す。
【図81】図81A〜Bは酸化型β−アミロイド10−20(m/z 488)のMS/MSスペクトルを示す:(A)LSI−CID、(B)LSI−ETD(DHBを使用)。
【図82】図82A〜Eは、LSI−MS分析の最適化および利点を例示する写真を示す:(I)SYNAPT G2(左側の列)のXYZ−ステージを用いる正確かつ連続的なアブレーションを利用する取得、手動イメージング実験設定、(A)〜C;マトリックス/アナライトがマウントされたガラススライド:2,5−DHAPおよびアンジオテンシン1を使用する(D)溶媒に基づく、(E)無溶媒サンプル調製。
【図83】図83A〜Bは、溶媒に基づく蒸着された2,5−DHBの、および透過配置LSI設定においてN2レーサーによりアブレーションされた顕微鏡観察を示す。
【図84】図84は、ESI様多荷電イオンが得られるようにレーザーアブレーション中に形成されたマトリックス/アナライト塊の脱溶媒和を可能にするためのIMS−MS SYNAPT G2上の源修飾を示す。
【図85】図85は、50:50 ACN/水において2,5−DHAPマトリックスを使用して調製された、LSI−MS質量スペクトルを得るために使用されるサンプルとしての1)アンジオテンシン1、2)ウシ由来インスリンおよび3)ユビキチンを使用する、脱溶媒和装置金属材料A)銅およびB)ステンレス鋼の比較研究を示す。
【図86】図86は、A)加熱を伴わない、およびB)熱(5V)が加えられた銅脱溶媒和装置を使用した場合の、1)アンジオテンシン1、2)インスリン、3)ユビキチン、および4)リゾチームのマトリックスとして2,5−DHAPを使用したLSI−MS質量スペクトルを示す。
【図87】図87はユビキチンの多荷電構造のLSI−IMS−MSを示す。
【図88A】図88はLSI−IMS−MSを示す。区分(1)は質量スペクトルを示し、区分(2)は、50:10 ACN/水において2,5−DHAPマトリックスを使用して調製され加熱を伴わないで銅脱溶媒和装置を使用して得られたA)シトクロムC、(B)リゾチームおよびC)ミオグロビンのtd対m/zの2Dプロットを示す。
【図88B】図88はLSI−IMS−MSを示す。区分(1)は質量スペクトルを示し、区分(2)は、50:10 ACN/水において2,5−DHAPマトリックスを使用して調製され加熱を伴わないで銅脱溶媒和装置を使用して得られたA)シトクロムC、(B)リゾチームおよびC)ミオグロビンのtd対m/zの2Dプロットを示す。
【図88C】図88はLSI−IMS−MSを示す。区分(1)は質量スペクトルを示し、区分(2)は、50:10 ACN/水において2,5−DHAPマトリックスを使用して調製され加熱を伴わないで銅脱溶媒和装置を使用して得られたA)シトクロムC、(B)リゾチームおよびC)ミオグロビンのtd対m/zの2Dプロットを示す。
【図89】図89は、加熱を伴わないで銅脱溶媒和装置を使用して得られた、50:50 ACN/水において2,5−DHAPマトリックスを使用した場合のβ−アミロイド(1−42)および(42−1)の異性体タンパク質のLSI−IMS−MSを示す。
【図90】図90は、熱を加えないで銅脱溶媒和装置を使用して得られた、2,5 DHAPマトリックスを使用した場合のアルツハイマー病の非アミロイド成分(NAC)のLSI−IMS−MS TSAを示す。
【図91】図91A〜BはLTQ−Velosからのアンジオテンシン1のLSI質量スペクトルを示す。(A)飽和DHAP溶液(50:50 ACN/水)におけるもの、および(B)それぞれの2μLスポットにおいて、より多数のマトリックスが可能となるように、該溶液が加温され過飽和になった場合。
【図92】図92はABA溶液(50:50 ACN/水)からの単一および二重荷電アンジオテンシン1負イオンのLSI LTQ質量スペクトルを示す。
【図93】図93は負および正の二重荷電アンジオテンシン1イオンのLSI−IMS−MSドリフト時間分布を示す。
【図94】図94A〜CはDHAPによる複数の電荷のTSA生成を示す。
【図95】図95は、無溶媒で調製された各マトリックスにより生成された最高アンジオテンシン1電荷状態(+2〜+3)が5分以降には粉砕時間に反比例することを示すグラフを示す。
【図96】図96は、DHAPマトリックスでアブレーションされたアンジオテンシン1のLSI−MSスペクトルを示す。
【図97】図97は、337nmのレーザーによりアブレーションされたDHBを示す。
【図98】図98は高流束で355nmのレーザーによりアブレーションされたDHBを示す。
【図99】図99は、337nmのレーザーによりアブレーションされたABAを示す。
【図100】図100は、355nmのレーザーによりアブレーションされたABAを示す。
【図101】図101A〜Cは電荷遠隔(charge remote)フラグメンテーションによる脂肪酸分析を示す。
【図102】図102は電荷遠隔フラグメンテーションによる脂肪酸分析を示す。
【図103】図103はアンジオテンシン1の伝統的なイオン化法の要約を示す。
【図104】図104は、LSIを加えた場合の、図103に示されているアンジオテンシン1に関する伝統的なイオン化法の要約を示す。
【図105】図105はLSI−MSの概要および結果を示す。
【図106】図106はLSI装置の写真を示す。
【図107】図107A〜Bは、マトリックスとして2,5−DHBを使用した場合のウシインスリンのLSI−IMS−MSを示す。
【図108】図108は、マトリックスとしての2,5−DHBおよび加熱装置(この場合は約5ボルトをヒータ線に加えた)を使用した場合のリゾチームおよびユビキチンの低存在量タンパク質のLDI−IMS−MSを示す。
【図109】図109は、マトリックスとしての2,5−DHBおよび加熱装置(この場合は約5ボルトをニクロムヒータ線に加えた)を使用した場合の、図108に類似した濃度におけるユビキチンの二次元ドリフト時間対m/zを示す。
【図110】図110は、マトリックスとしての2,5−DHBおよび加熱装置(この場合は約5V)を使用した場合の、図108に類似した濃度におけるリゾチームの二次元ドリフト時間対m/zを示す。
【図111】図111は、マトリックスとしての2,5−DHBおよび加熱装置(この場合は約5V)を使用した場合の、図108と同じ濃度におけるユビキチンおよびリゾチームの二次元ドリフト時間対m/zを示す。
【図112】図112A〜BはユビキチンおよびリゾチームのMSを示す。
【図113】図113は、加熱することなく2,5−DHBを使用した場合の、粗製油のLSI−IMS−MS分析を示す。
【図114】図114は、加熱を伴って2,5−DHBを使用した場合の、粗製油のLSI−IMS−MS分析を示す。
【図115A】図115A〜Dは、加熱することなく2,5−DHAPおよび脱溶媒和装置を使用した場合の、漸増分子量を有するタンパク質に関するLSI−IMS−MSを示す。
【図115B】図115A〜Dは、加熱することなく2,5−DHAPおよび脱溶媒和装置を使用した場合の、漸増分子量を有するタンパク質に関するLSI−IMS−MSを示す。
【図115C】図115A〜Dは、加熱することなく2,5−DHAPおよび脱溶媒和装置を使用した場合の、漸増分子量を有するタンパク質に関するLSI−IMS−MSを示す。
【図115D】図115A〜Dは、加熱することなく2,5−DHAPおよび脱溶媒和装置を使用した場合の、漸増分子量を有するタンパク質に関するLSI−IMS−MSを示す。
【図116】図116は、同じm/zおよびここに示されているとおり非常に類似した電荷状態分布を有するために質量分析のみでは識別されていない異性体タンパク質の分析のためのLSI−IMS−MSを示す。
【図117】図117はβ−アミロイド(1−42)の二次元ドリフト時間対m/zを示す。
【図118】図118はβ−アミロイド(42−1)の二次元ドリフト時間対m/zを示す。
【図119】図119は、ユビキチンを使用するLSI−IMS−MSとのESI−IMS−MS比較に用いた条件を示す。
【図120】図120は、二次元ドリフト時間対m/zプロットにおいて示されたユビキチンのLSI−IMS−MSに関する結果を示す。
【図121】図121は、二次元ドリフト時間対m/zプロットにおいて示されたユビキチンのESI−IMS−MSに関する結果を示す。
【図122】図122は、図120および121の全電荷状態に関する抽出ドリフト時間分布を示す。
【図123】図123は、図124〜127に示されている結果で用いた条件を示す。
【図124】図124は、イオン存在量の増加およびより低い電荷状態(電荷ストリッピング)を示す漸増コーン電圧で得られたMSを示す。ドリフト時間分布は電荷状態+9、+7、+5に関して抽出された。
【図125】図125は、図124から抽出された電荷状態+9のドリフト時間を示す。
【図126】図126は、図124から抽出された電荷状態+7のドリフト時間を示す。
【図127】図127は、図124から抽出された電荷状態+5のドリフト時間を示す。
【図128】図128は、タンパク質(左パネル)と比較した場合のタンパク質複合体(右パネル)のLSI−IMS−MSドリフト時間分布を示す。
【図129】図129はウシインスリンのTSAを示す。
【図130】図130はアンジオテンシン1のTSAを示す。
【図131】図131は、1:1のモル比における一定の脂質(スフィンゴミエリン、SM)およびペプチド(アンジオテンシン1、Ang.I)の、溶媒に基づく分析を示す。
【図132】図132は、1:1のモル比における一定の脂質(スフィンゴミエリン、SM)およびペプチド(アンジオテンシン1、Ang.I)の、TSA分析を示す。
【図133】図133は、Orbitrap Exactiveを使用して多荷電タンパク質イオンを示している、50:50 ACN/水中の2,5−DHAPマトリックスでスポットされた無蒸着(plain)ガラススライド上の脱脂新鮮組織のLSI−MS総計完全質量スペクトルおよびインセット(差込)質量スペクトルを示す。
【図134】図134A〜B2は、LTQ−Velosを使用した場合の、50:50 ACN/水中の2,5−DHAPマトリックスでスポットされた無蒸着ガラススライド上の脱脂新鮮組織のLSI−MSスペクトルを示す。
【図135】図135は、Orbitrap Exactiveを使用した場合の、無蒸着ガラススライド上の50:50 ACN/水中の2,5−DHAPでスポットされた脱脂熟成組織から検出された最高質量イオンの同位体分布を示すLSI MSを示す。
【図136A】図136A〜B3は、Orbitrap Exactiveを使用した場合の、無蒸着ガラススライド上で50:50 ACN/水中の2,5−DHAPでスポットされた金被覆ガラススライド上の脱脂新鮮組織のLSI MSを示す。
【図136B1】図136A〜B3は、Orbitrap Exactiveを使用した場合の、無蒸着ガラススライド上で50:50 ACN/水中の2,5−DHAPでスポットされた金被覆ガラススライド上の脱脂新鮮組織のLSI MSを示す。
【図136B2】図136A〜B3は、Orbitrap Exactiveを使用した場合の、無蒸着ガラススライド上で50:50 ACN/水中の2,5−DHAPでスポットされた金被覆ガラススライド上の脱脂新鮮組織のLSI MSを示す。
【図136B3】図136A〜B3は、Orbitrap Exactiveを使用した場合の、無蒸着ガラススライド上で50:50 ACN/水中の2,5−DHAPでスポットされた金被覆ガラススライド上の脱脂新鮮組織のLSI MSを示す。
【図137】図137はLSI MSのインセットを示す。
【図138】図138A〜Bは、50:50 ACN/水中の2,5−DHAPマトリックス(倍率100倍)(図138A)および2,5−DHB(倍率5倍)(図138B)でスポットされた無蒸着ガラススライド上の脱脂新鮮組織のLSI−IMSを用いるレーザーアブレーション後の顕微鏡観察を示す。
【図139】図139A〜Bは、50:50 ACN/水中の2,5−DHAPマトリックス(倍率100倍)(図139A)および2,5−DHB(倍率10倍)(図139B)でスポットされた金被覆ガラススライド上の脱脂新鮮組織のLSI−IMSを用いるレーザーアブレーション後の顕微鏡観察を示す。
【図140】図140A〜Bは、0.1% TFA中の50:50 ACN:水中のシナピン酸(sinapinic acid)(図140A)および50:50 ACN:水中の2,5−DHAP(図140B)でスポットされた金被覆ガラススライド上の脱脂新鮮組織のMALDI MSを示す。
【図141】図141A〜Bは、0.1% TFA中の50:50 ACN:水中のシナピン酸(sinapinic acid)(図141A)および50:50 ACN:水中の2,5−DHAP(図141B)でスポットされた無蒸着ガラススライド上の脱脂新鮮組織のMALDI MSを示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
詳細な説明
マトリックス支援レーザー脱離/イオン化(MALDI)は、多数の(生物)分子の分析を可能にする、質量分析(MS)において用いられるイオン化技術である。MSによるイメージングも、特に二次イオン質量分析(SIMS)を用いて、十分に確立されている。しかし、SIMSは、無傷生物組織または他の表面では限られた有用性を有するに過ぎない。(AP)−MALDIイメージングは、高い空間分解能におけるその感度の問題のため、同様に限られたものであるに過ぎない。
【0020】
通常のAP−MALDIは、マトリックス/アナライトのレーザーアブレーションにより、主として、単一の又は低い電荷状態のイオンを生成する。AP−MALDIにおいては、低い電荷状態のイオンを上昇させて質量分析計のイオン進入口に集中させるのを助けるためにサンプル保持プレートに電圧が加えられる。市販のAP−MALDI源は、サンプルプレートに〜2000Vが加えられた場合に最高イオン存在量に達し、〜500Vではイオンをほとんど生成しない。通常、蒸着サンプルがイオン化チャンバーと分光計との間のインターフェースの入口に接近するように、そしてサンプルが反射配置でレーザービームにより照射されうるように、サンプル支持体はイオン化チャンバーの内部に配置される。このサンプル支持体は、通常、伝導性物質を含む群から選択される。サンプル支持体が伝導性である場合、それは、通常、イオン化アナライトを標的表面からインターフェイス(それを通ってイオン化アナライトは分光計に進入する)の入口へ移動させる電場を与えるための電極として使用される。
【0021】
MS中に溶媒を使用する伝統的な分析方法も多数の欠点を有する。例えば、タンパク質を含む多数の(生物)分子は、しばしば、一般的な溶媒に不溶性である。さらに、ミスフォールドしたタンパク質は疎水性領域を露出しており、不溶性凝集物を形成しうる。多数の組換えタンパク質は、異種宿主内で過剰発現されると、ミスフォールディングのため、またはアルツハイマー病のような病態の進行において、不溶性となる。
【0022】
さらに、溶媒に基づくMSサンプル調製においては、トリプトファンおよびメチオニン残基の酸化のようなアーチファクトが生じうる(Cohen,Anal.Chem.2006;78:4352−4362;Froelichら,Proteomics 2008;8:1334−1345)。これらのアーチファクトは、サンプルの溶液とマトリックスの溶液とが一緒にされたのと同時に生じうる。したがって、溶媒に基づくMSは、酸化ストレスを受けることに関連した用途には最適でないかもしれない。
【0023】
本開示は、質量分析(MS)による物質の分析および表面イメージング(組織イメージングを含む)を改良する系および方法を提供する。該系および方法は、通常のマトリックス支援レーザー脱離/イオン化(MALDI)により生成される主として単一に荷電したイオンよりもMS法により検出されやすい多数の多荷電イオンを生成するレーザースプレーイオン化(LSI)法を用いる。レーザーはサンプルホルダー(サンプル保持体)に対して反射または透過配置で整列されうるが、透過配置で整列された場合、表面イメージング分析に特に重要な空間分解能を改善する。LSI後のMSは、溶媒に基づくもの、または溶媒を含まないもの(無溶媒分析)でありうる。LSI後の無溶媒分析は、溶媒に基づく分析に伴う前記欠点の多くを回避する。無溶媒分析は、MS表面イメージングにおいて有益な改善された空間分解能をも可能にする。
【0024】
本開示の多荷電イオンは、4000の質量対電荷(m/z)比にしばしば制限される高性能質量分析計の質量範囲の拡張を可能にする。単一荷電イオンの場合、これは分子量を4000ダルトンに制限する。多荷電は、電子移動解離(ETD)を用いて実証されたとおり、フラグメンテーションの改善をももたらしうる。
【0025】
エレクトロスプレーイオン化(ESI)に類似しているが、ESIにおけるような印加電圧および液体溶液ではなくマトリックス/アナライトのレーザーアブレーションを用いる、大気圧またはその付近における多荷電イオンの製造方法(生成方法)を本発明において提供する。いくつかのESI様法、例えばESI(DESI)およびAP−MALDI法は多荷電イオンを生成するが、それは常に電場(通常はキロボルト)および溶媒の存在下である。本明細書に開示されている方法は、LSIにより、迅速な分析(サンプル当たり約1秒)および正確な質量測定(<5ppm)を可能にする。該方法は更に、LSIおよび場合によっては無溶媒分析による、質量特異的表面イメージング(組織イメージングを含む)を可能にする。該方法はまた、液体分離とのLSIの結合、およびTSAによる相対的定量を可能にする。オリゴヌクレオチド、グリカンおよび糖タンパク質(これらに限定されるものではない)のような他の化合物のクラスもLSIにより分析されうる。
【0026】
LSIにより多荷電イオンを生成させるためには電場は不要であり、AP−MALDIで用いられる高電場は多荷電イオンの生成に有害となりうる。いくつかの実施形態においては、レーザーによりアブレーションされた物質は、質量分析に使用される質量分析計の高真空に進入する前に加熱領域を通過しうる。LSIの利点はレーザーの使用、ひいては高い空間分解能、溶媒に基づく又は無溶媒サンプル調製(溶解度が限られた化合物の場合および組織イメージングでの空間分解能の改善のためには無溶媒)、多荷電イオンが高性能質量分析計の質量範囲を拡張させ、構造分析のためのフラグメンテーションを改善することである。LSIはまた、多荷電イオンと単一荷電イオンとの間の迅速な変換を可能にする。無溶媒条件の変換も、随意的に、単一または多荷電イオンを生成する。大気圧および真空中で作動させ、レーザーを透過形態で背部から一直線に向けた場合に、空間分解能は増強されうると予想される。
【0027】
該マトリックスは、レーザー波長で吸収する多数の小分子のいずれか、例えば、2,5−ジヒドロキシ安息香酸(2,5−DHB)、2,5−ジヒドロキシアセトフェノン(2,5−DHAP)および2−アミノベンジルアルコール(2−ABA)(337nmにおけるもの)および2,5−DHAP(355nmにおけるもの);ならびに/または類似した位置的官能性を有する他の小さな芳香族分子でありうる。低い蒸気圧を有する又は室温で液体である、多荷電イオンを生成する物質/マトリックス、例えばエチル 2−アミノベンゾアート(N2レーザー、337nm)または2−ヒドロキシアセトフェノン(Nd/YAGレーザー、355nm)が使用されうる。溶媒で濡れた又は更には溶媒中で蒸発したマトリックス物質は、しばしば、LSIの条件下で多荷電イオンを生成する。
【0028】
これらの実験に使用されるレーザーは、紫外領域の出力を有する任意のレーザーでありうるが、最も典型的には、窒素レーザー(337nm)または周波数3倍化Nd/YAGレーザー(355nm)である。
【0029】
いくつかの実施形態においては、該加熱領域は加熱チューブであり、それを通って、レーザーによりアブレーションされた物質が過渡的に真空へと通過しなければならない。該チューブは、金属、石英、または質量分析計真空系に有害な蒸気を放出しない任意の耐熱性物質のものでありうる。いくつかの実施形態においては、該チューブは、50〜600℃の温度、あるいはもう1つの実施形態においては125〜450℃に直接的または間接的に加熱されうる。
【0030】
質量分析計の真空へのイオン進入および物質/マトリックスアナライトのレーザーアブレーションの点により定められるイオン源領域内の電場は500V未満でありうる。いくつかの実施形態においては、該電場は100V未満、または0V未満、または更には−100V未満でありうる。
【0031】
該レーザービームは反射配置でマトリックスアナライト表面に衝突し、この場合、該レーザーは、アブレーション(MSイオン進入口に向かうアブレーション)と同じ側から該サンプルに衝突し、あるいは、透過配置形態でレーザービームをレーザー波長透過サンプルホルダーに通過させて、イオン進入口へ向かう次第に増大するマトリックスアナライトプルーム(plume)を伴って該サンプルをレーザーアブレーションに対してマトリックス/アナライトの反対側から衝突させることによりそれが生じる。
【0032】
反射形態においては、金属または非伝導性表面、例えば金属、ガラスまたはプラスチック(これらに限定されるものではない)がサンプルホルダーとして使用可能であり、透過配置においては、レーザービーム伝導性物質、例えばガラス、石英およびプラスチック(これらに限定されるものではない)がサンプルホルダーとして使用可能である。
【0033】
添加マトリックスの存在下の組織のレーザーアブレーションは、イオン源電圧が低く加熱移動領域が適用された場合には、例えばタンパク質の多荷電イオンを生成しうる。これは特に重要でありうる。なぜなら、それは、高性能質量分析計が組織イメージングのために及びAP状態で使用されることを可能にするからである。
【0034】
この方法を用いて、100,000の質量分解能(1000〜2000の従来の分解能と比べて大きな増加)および5ppmの質量精度(25〜100ppmの従来の質量精度との比較)で、組織からのタンパク質のスペクトルが得られ、遥かに改善されたタンパク質特定が可能となった。
【0035】
本明細書に記載されているとおりに行った無溶媒マトリックス支援レーザー脱離/イオン化(MALDI)分析は、均一な適用範囲が得られうることを示している。したがって、得られた均一サンプルは、より低いレーザー出力を用いて、厳密な意味でそれぞれのレーザースポットからイオンを生成しうる。なぜなら、結晶サイズのばらつきが存在せず、したがって、化学的不均一性(質量測定の定性的および定量的態様を改善する、「スエットスポット」または「ホットスポット」)望ましくないアナライトフラグメンテーションおよび化学的バックグラウンド(マトリックスシグナル)を有効に減少させるからである。
【0036】
また、下流でのタンパク質の取扱い中のサンプルの喪失は、溶媒に基づくアプローチにおいては50%にも達しうる。この問題は、無溶媒MALDI法においては、いくつかの場合には有意に軽減されうる。なぜなら、ビーズを機械的に使用してアナライトと物質/マトリックスとを混合する工程中に該サンプルがバイアルの壁から有効に回収されうるからである。図56および57は、伝統的MALDIと無溶媒MALDIとの一般的相違を示す概要図を示す。
【0037】
本明細書に開示されている方法は自動化無溶媒マトリックス蒸着法でも使用可能であり、20μmメッシュを使用して<1〜12μmの範囲の結晶サイズの均一マトリックス保証範囲で約1分間で純粋組織サンプルの調製を可能にする。それぞれのマトリックスを3μmのメッシュで約5分以内のボールミルに付すことにより、該サイズは<1〜5μmのサイズの結晶へと更に減少されうる。この迅速表面適用方法をマウス脳組織に適用し、結果を、MALDI−飛行時間型(TOF)質量分析計を使用して、溶媒に基づくスプレーコーティング法と比較した(実施例4)。MALDI−イオン移動度分光法−質量分析(IMS)−TOF質量分析計上で行った全無溶媒分析(TSA)は、無溶媒気相分離を用いて等圧組成物を分離することが示されうる。
【0038】
本開示による無溶媒MALDI法の一例はアミロイドペプチドの分析である(実施例8)。アミロイドペプチド(1−42)はアルツハイマー病の発病に極めて重要であり、酸化ストレスを促進し、不溶性神経毒性β−アミロイド原線維形態に変化する。アルツハイマー病に関連したアセチル化およびリン酸化に関連したタンパク質修飾における変化のほかに、His−6、His−13、His−14およびMet−35の重要な関与を証拠は示唆している。アミロイド前駆体タンパク質(APP)のミスフォールディングおよびアルツハイマー病の開始の原因としてMet−35の酸化も議論されている。
【0039】
しかし、本開示によれば、アミロイドペプチドの疎水性成分は、無溶媒MALDI分析が、MSに適さない界面活性剤の使用を伴うことなく、これらの酸化アーチファクトおよび溶解度の問題を克服しうることを示した。疎水性ペプチドのイオン化抑制および発射ごとの再現不可能性も著しく軽減されて、分析の定量的態様が改善されうる。トリプシンで消化されたアミロイドペプチド(1−42)は無溶媒アプローチでは100%の配列カバレッジ(coverage;適用範囲)を示しうるが、溶媒に基づくMALDIは、溶解度およびイオン化の問題のため、疎水性ペプチドを検出し得ない。膜タンパク質であるバクテリオロドプシンの分析でも同様の改善が見出されうる。
【0040】
本開示によれば、同時調製、均質化およびMALDIプレート上への蒸着による、それぞれのサンプルホルダー(例えば、マイクロタイタープレート)を使用する無溶媒MALDI法は、ハイスループット分析の可能性を増大させうる。
【0041】
タンパク質/ペプチド分析に関する無溶媒MALDI法の現在の問題点には、溶媒に基づく方法と比べて物質に対する必要性が高いこと、および金属付加の傾向がより高く、このため分析時間が長くなりうることが含まれる。これは、無溶媒MALDI分析を用いた場合に疎水性ペプチドの分析を信頼しうるものとする少なくとも1つの金属カチオン(Na+)を結合させることにより克服されうる。
【0042】
マトリックス/アナライトの無溶媒調製または溶媒に基づく調製はいずれも、多荷電イオンを生成しうる。無溶媒サンプル調製は組織サンプルに関する利点を有しうる。なぜなら、それは、溶媒による化合物の拡散を回避しうるからである。また、それは、溶媒溶解度の要件を伴うことなく適用可能でありうる。
【0043】
本開示のもう1つの実施形態は、SurfaceBox/TissueBoxであり、これらは、高分解能イメージングをもたらすようマトリックスを組織に適用するための無溶媒法をもたらしうる。また、それは、複数のサンプル無溶媒サンプルを同時に調製しMALDI標的プレート(これは、限定的なものではないがガラス顕微鏡スライドでありうる)に直接移するために、マイクロタイタープレートと共に使用されうる。ガラススライドは、高価な金属サンプルプレートに伴うキャリオーバーおよびクリーニングの問題を排除する。
【0044】
透過配置はより高い空間分解能の表面イメージングを可能にしうる。ティッシュ・ボックス、透過配置およびレーザースプレー多荷電イオンの組合せは、より大きな分子のイメージングにおいて有用でありうる。
【0045】
大気圧(常圧)は、該方法を、真空イオン化より迅速かつより生理的に適切なものにしうる。本明細書に記載されているとおり、これらの方法では空間分解能および質量分解能の両方が高くなりうる。
【0046】
したがって、本明細書に記載されている系および方法は、場合によっては無溶媒マトリックス蒸着および/または分離を伴う、LSIの迅速かつ簡便な手段を提供する。該系および方法は、MALDIにおける複数の電荷が、より効率的なフラグメンテーションをもたらし、適用可能な質量範囲を拡張しうることを示している。開示されている方法の利点は、例えば図65に示されているベータアミロイド(1−42)のような4,000Daを超える分子量のタンパク質をイメージングしうることを含む。該開示はまた、図70に示されているとおり、該分子をイメージングする能力に対する高電圧の効果を示している。
【0047】
本明細書に記載されている系および方法は、ESIに類似した多荷電イオンの生成を可能にする。LSIは、伝統的には真空またはAP−MALDIにおいて使用される、溶媒に基づくサンプル調製法により、または無溶媒サンプル調製により得られうる。該マトリックス/アナライトLSIサンプルは透過配置または反射配置においてレーザー(N2レーザー337nm;Nd/YAGレーザー355nm)でアブレーションされて、LSIイオンを生成しうる。
【0048】
該イオンはサンプルプレートとイオン入口との間の低または無電圧で得られる。これは、限定的なものではないがガラス、プラスチックまたは金属サンプルホルダーの使用を可能にする。透明なガラスおよびプラスチック(金属コーティングを伴う又は伴わないもの)は透過配置を可能にする。低電圧は500〜100ボルトのレベルを含みうる。
【0049】
本明細書に開示されている方法の多荷電イオンは、マトリックスによるレーザーエネルギーの吸収により生成された多荷電マトリックス滴内にアナライトが捕捉されるメカニズムにより生じる。ガス噴射が生じて、該多荷電滴をイオン入口へと噴射する。この過程の運動量は、電場の非存在下で該荷電滴がイオン入口に達するのを可能にする。
【0050】
これらの多荷電滴は脱溶媒和されて、多荷電イオンを与える。したがって該多荷電イオンは、ミクロン単位ではなくミリメートル単位で測定される、表面からの距離において生成される。あるマトリックスでは、他のマトリックスの場合より該脱溶媒和エネルギーが小さい可能性があるが、すべては、好ましくは、熱を利用して、多荷電アナライトイオンを生成するマトリックス蒸発(脱溶媒和)を引き起こすであろう。
【0051】
したがって、脱溶媒和領域は、レーザースプレーイオンを生成させるためには使用されるが、MALDIイオンの生成においては一般に有用でない。加熱チューブ(限定的なものではないが例えば銅またはステンレス鋼のような種々の金属から構成されるもの;種々の直径および長さ;ならびにコーン熱以外の熱の適用の存在下および非存在下)が使用され、それにおいて、該イオンは、大気圧から、脱溶媒和のための領域としての真空へと移される。これが有する利点としては、壁への損失を減少させ、より低い圧力領域において機能するイオン漏斗(ion funnel)のような手段を用いて、より低い圧力の毛管口における該イオンの集中を可能にする層流において、該イオンが生成されることが挙げられる。
【0052】
電場の非存在下の多荷電滴(またはクラスター)の生成のもう1つの利点は、APから真空領域へのイオン進入口における喪失(「リム損失(rim loss)」)が最小になることである。
【0053】
本明細書に開示されている系および方法の例は、タンパク質、脂質、表面および組織(これらに限定されるものではない)を分析および/またはイメージングするために使用されうる。しかし、該系および方法は、タンパク質、ペプチドおよび脂質での使用には限定されず、組織のような複雑な表面からも直接的に使用される。とりわけ、重合体およびプラスチックは、本明細書に開示されている分析に適した非限定的な典型的な物質である。オリゴヌクレオチドも分析されうる。本明細書に開示されている系および方法は、プロテオミクスおよびメタボロミクスの分野における分析にも適している。
【0054】
レーザーは赤外線(IR)または紫外線(UV)でありうる。レーザースプレーイオン化(LSI)は無電場透過配置AP−MALDIと互換的に用いられうる。方法の説明における参考文献の引用を、参照されている方法に関するそれらの教示について、参照により本明細書に組み入れることとする。
【実施例】
【0055】
I.実施例1
本実施例は、高い空間分解能および超高質量分解能でのAPにおける組織から直接的なタンパク質分析のためのレーザースプレーイオン化の使用を記載する。本実施例に記載されている実験からの結果は、LSI−MSがMALDIの分析速度、高い空間分解能およびイメージング能とESIのソフトイオン化、多荷電、フラグメンテーションおよび横断面分析とを兼ね備えたものでありうることを示唆している。
【0056】
A.序論
MSによる組織イメージングは、腫瘍境界の検出、高い薬物取り込みの部位の決定のような分野、および脳組織におけるシグナリング分子のマッピングにおいて有用であることが判明している。二次イオン質量分析(SIMS)を用いるイメージングは十分に確立されているが、生物学的組織および他の表面からの無傷分子質量測定では限られた有用性を有するに過ぎない。真空条件下で作動するMALDI MSは、特に膜脂質、薬物代謝産物およびタンパク質のような高含量成分に関する組織イメージングに用いられており、ある程度の成功を収めている。20μmまでの空間分解能が得られており、パーキンソン病、筋ジストロフィー、肥満および癌疾患を解明するためにMALDI−MS法が適用されている。
【0057】
純粋な又は溶媒で希釈された又は有機溶媒と混合された溶媒での組織の洗浄または固定はペプチドおよびタンパク質のシグナルの質を向上させ、マトリックス適用前の組織の寿命を延長させうる。Schwartzらは、ペプチドおよびタンパク質分析のための組織切片の適切な取り扱い(組織の貯蔵、切片化およびマウント)に関する、ならびにMALDIを用いる最適な質量分析データの取得のためのマトリックス、溶媒組成物、マトリックス蒸着法および装置パラメーターの選択および濃度に関する一連の実施指針を作成した(Schwartzら,J.Mass Spectrom 2003;38:699−708)。組織の厚さも全体的なピーク強度ならびにペプチドおよびタンパク質の観測ピーク数の総数に影響を及ぼす。また、マトリックスおよび組織上へのその蒸着の選択は、該組織から抽出され検出されるタンパク質の亜集団の決定において重要である。
【0058】
残念ながら、純粋組織の分析に関する組織イメージングのための、真空に基づくMSには、欠点が存在する。また、これらの研究において使用される質量分析計は、しばしば、不十分な質量分解能および質量精度を有する。真空イオン化法は単一荷電イオン(1価イオン)を生成するため、質量により選択されるフラグメンテーション法は、特にペプチドおよびタンパク質に関しては、限られた情報しかもたらさない。また、電子移動解離(ETD)のような進化したフラグメンテーションは、信頼しうるタンパク質特定に利用可能ではない。
【0059】
AP−MALDI組織イメージングは高分解能質量分析計に接続されうるが、高空間分解能における感度の問題を受ける。また、AP−MALDIは主として単一荷電イオンを生成する。したがって、これらの質量分析計でAP−MALDIを用いた場合、4000未満の質量対電荷比(m/z)をしばしば有するそれらの固有の質量範囲の限界のため、無傷タンパク質の質量および横断面分析は不可能である。
【0060】
APにおいて作動する新規MALDI様方法であるLSIは、タンパク質の組織イメージングのためのMSに基づく他の方法と比べて、分析の速度、空間分解能の改善、より適切なAP条件、多荷電による質量範囲の拡張およびフラグメンテーションの改善、ならびに適当な装置で横断面データを入手しうることを含む利点を有する。高性能APイオン化質量分析計(Orbitrap Exactive,SYNAPT G2)での高質量化合物へのLSIの適用可能性は、ESI様多プロトン化イオンを生成させることにより実証されている。LSI法を用いるETDによる配列分析を示している第1の実験はThermo Fisher Scientific LTQ−ETD質量分析計で成功裏に行われた。重要な調節タンパク質であるユビキチンに関してほぼ完全な配列カバレッジが得られた。LSI−MS分析へのETDフラグメンテーションの適用は、無傷タンパク質からの及び直接的に組織からのリン酸化、グリコシル化およびユビキチン化部位のマッピングを含む生物学的過程を研究するための新規方法をもたらす可能性がある。
【0061】
さらに、ESIおよびESIに基づく関連方法(例えば、脱離−ESI)とは異なり、LSI法は、脂質に関して示されたとおりの高空間分解能イメージング(〜10から〜80μmまで)を可能にする。同じ開発段階におけるAP−MALDIに関する報告と比較して、LSIは1桁以上高感度であり、高分解能質量分析計でタンパク質を分析しうる。これは、顕微鏡ガラススライドへの僅か17フェトモルのウシ膵インスリンの適用の後で完全取得質量スペクトルを得ることにより実証されたとおりである。LSI法の速度は、5つのサンプルの質量スペクトルを8秒で得ることにより示されており、これは、該方法が、機械的運動を用いれば1サンプルを1秒以内で分析する可能性を有することを予測させるものである。MSにおいては例示されていないが、無傷タンパク質分析の有用性は、100,000質量分解能に設定されたOrbitrap質量分析計、および〜300μm3空間体積をアブレーションするように集中する窒素レーザーを使用して、マウス脳組織から直接的に示された。
【0062】
B.実験方法
1.材料
マトリックスである2,5−ジヒドロキシ安息香酸(2,5−DHB)98%、2,5−ジヒドロキシアセトフェノン(2,5−DHAP)99.5%およびシナピン酸(SA)99%をSigma Aldrich,Inc.,St.Louis,MOから購入した。溶媒であるACN、トリフルオロ酢酸TFAおよびEtOHをFisher Scientific Inc.,Pittsburgh,PAから購入した。精製水を使用した(Millipore’s Corporate,Billerica,MA)。無蒸着顕微鏡ガラススライド(寸法76.2×25.4×1mm)をGold Seal Products,Portsmouth,NHから入手した。イメージング実験のためのITO被覆伝導性ガラススライドはBruker(Billerica,MA)からの贈呈品であった。
【0063】
2.マウス脳組織
20週齢のC57 Bl/6マウスをCO2ガスで安楽死させ、氷冷1×リン酸緩衝食塩水(150mM NaCl,100mM NaH2PO4,pH7.4)で経心的(transcardially)に5分間潅流して、赤血球を除去した。Leica CM1850クリオスタット(Leica Microsystems Inc.,Bannockburn, IL)を使用して、脳を−22℃で冷凍し、連続的に10μm切片に薄片化した。該組織切片を、予め冷却された顕微鏡ガラススライド(無蒸着または金被覆)上に配置し、裏側から指で手短に加温して切片を緩和させ付着させた。組織がマウントされたガラススライドを乾燥剤含有気密箱内で使用まで貯蔵(−20℃)し輸送(ドライアイス下)することにより、水分凝結を防ぐように注意した。
【0064】
3.熟成(aged)および新鮮組織サンプルの分析
本研究において使用するマウス脳組織切片をドライアイス中で輸送した後で脱脂(delipify)し、ついでドライアイス中で一晩輸送した。該熟成脱脂組織サンプルを−5℃で約2ヶ月間貯蔵した。該脱脂は、まず、該熟成組織サンプル上で行われ、MALDI−TOF−MSにより確認された。最適化された脱脂条件を、MALDIおよびLSI−MS分析から得られた結果を比較する更なる研究に用いた。
【0065】
第2組のマウス脳組織サンプルを切断し、冷凍し、直ちに一晩にわたって輸送した。各顕微鏡ガラススライド(無蒸着および金被覆)に4〜5個の組織切片をマウントした。該凍結サンプルを受領したら、ガラススライド上の該組織の脱脂を後記のとおりに行い、Orbitrap Exactive(Thermo Fisher Scientific)質量分析計上での即時分析のために、再び直ちに冷凍し、一晩にわたって輸送した。顕微鏡観察ならびにそれに続くMALDI−MSおよびLSI−LTQ Velos分析のために、これらのサンプルを再び冷凍し、一晩にわたって輸送した。
【0066】
4.組織の脱脂
組織切片中の脂質を、公開されている方法に従い除去した。簡潔に説明すると、組織がマウントされたガラススライドをデシケータ内で乾燥させた後、エタノールで2回洗浄した。第1洗浄においては、マウントされた組織を伴うガラススライドを、70% EtOHで満たされたガラスペトリ皿に浸漬させ、30秒間回転させ、注意深く取り出した。ついで、溶媒を除去するために該ガラススライドを約10秒間傾け、直ちに別のペトリ皿中の95% EtOHで更に30秒間洗浄した。2回目の洗浄の後、該ガラススライドを分析前にデシケータ内で20分間乾燥させ、あるいは使用または輸送までドライアイス下で−20℃で貯蔵した。
【0067】
5.マウス脳組織のレーザースプレーイオン化(LSI)質量分析(MS)
Orbitrap ExactiveまたはLTQ−Velos質量分析計でのLSIは、Ion Max源の除去、ならびにインターロックを解除し、または前窓および横窓を取り外してイオン進入口へのレーザーおよびサンプルの接近を可能にすることを含む。簡潔に説明すると、レーザービーム(337nm,Newport Corporation VSL−337ND−S)を質量分析計のイオン進入口と整列させた。マウス脳組織がマウントされた顕微鏡ガラススライドを、該組織材料上に幾つかの0.2μLの液滴を載せることにより、50:50 ACN:水中に溶解されたLSIマトリックス(2,5−DHBまたは2,5−DHAP)を使用して調製した。溶媒蒸発後、マウス脳組織に適用されたLSIマトリックスを含有するガラススライドを質量分析計イオン移動チューブ進入口(孔)の前方に接近(1〜3mm)させて配置し、イオン進入口に対して180度に調節して配置されたレーザービームが通るように(透過配置)、手動で移動させた。該APないし真空イオン移動毛管を2,5−DHBの場合には375℃に、2,5−DHAPの場合には300℃に加熱し、パルス当たりのレーザー・フルエンス(fluence)は約0.5〜1Jcm−2であった。該イオン源領域において電場の非存在下で多荷電イオンが観察された。そのような配置は、多荷電イオンを観察するための手動粗組織研究を可能にする。無蒸着ガラススライドおよび金被覆ガラススライドの両方を使用した。
【0068】
6.マウス脳組織のMALDI MS
組織脱脂の成否をモニターするために、およびLSI結果との比較のために、窒素レーザー(337nm)を備えたMALDI−TOF Bruker Ultraflex質量分析計(Bruker,Bremen,Germany)を使用した。公開されている研究に従ってMALDIサンプル調製を行った。該組織を洗浄し、デシケーター内で乾燥させた後、該組織を、0.1% TFA中の50:50 ACN:水に溶解された0.2μLのSAマトリックス、または50:50 ACN:水中の2,5−DHAPでスポットした。20.16kVの加速電圧、18.48kVの抽出電圧、7.06kVのレンズ電圧および360nsのパルス化イオン抽出で直線正イオンモードを用いて質量スペクトルを得た。12kDaの質量範囲に最適な分解能および感度を示すように遅延抽出パラメーターを最適化した。30レーザーショットの増量を用い、単一マトリックススポット内にショットを配置し、移動させて、合計120レーザーショットを有する質量スペクトルを得た。Flex Analysisソフトウェアを使用して、該質量スペクトルを処理し、ベースラインを補正した。無蒸着および金被覆の両方の顕微鏡スライドを使用した。金被覆顕微鏡スライドのみが、正確な質量校正をもたらすと予想される。
【0069】
7.顕微鏡観察および空間体積測定
LSI−Orbitrap分析(およびWSUへの輸送)後の組織上のアブレーション面積を測定することにより、光学顕微鏡観察(Nikon,ECLIPSE,LV 100)を行って、空間分解能に関する定性的情報を得た。5倍〜100倍の種々の倍率条件を用いて、分解能1μm未満までの詳細な像を得た。熟成組織サンプルおよび新鮮組織サンプルの両方に関して顕微鏡観察データを得た。該熟成組織切片に関して観察されたとおり、厚さ10μmの組織切片上で幅3μm未満で長さ10μm未満の空間分解能で、300μm3未満の十分に定められた高空間体積決定に関する典型例が得られる。該新鮮組織切片は、それより若干良好な分解能を示した。
【0070】
C.結果
1.熟成組織サンプルに関する実験条件の評価
質量スペクトル組織分析前に脂質を抽出するために本研究において使用した溶媒は、これまでに報告されている研究に基づいて、および本発明者らがMALDI−MS分析から得た結果から選択された。該熟成組織切片を脱脂するために2つの溶媒を使用したが、マトリックスとしてSAをした場合、エタノール洗浄はイソプロパノール洗浄より高い強度のタンパク質MALDI−MSシグナルを与えた。質量スペクトルの取得は、どちらの脱脂法に関しても、無蒸着顕微鏡ガラススライド上にマウントされた同じマウス脳からの異なる組織切片上のほぼ同じ位置であった。図31は、エタノールで洗浄され50:50:0.2 ACN/水/TFA中のシナピン酸マトリックスでスポットされたマウス脳のMALDI−TOF MS質量スペクトルを示す。図31に示されているとおり、検出されたペプチドおよびタンパク質シグナルは約5,000から19,000までのm/zの範囲にわたり(図31)、これは、Seeleyら(Seeleyら,J.Am.Soc.Mass Spectrom 2008;19:1069−1077)が提示しているm/z範囲内である。伝導性コーティングを伴わない無蒸着顕微鏡ガラススライドを使用したため、質量校正は若干ずれていると予想される。検出されたタンパク質の少数のみが有意なシグナル強度を示しており、該組織における最も豊富なタンパク質種からのものだと推定される。
【0071】
質量範囲m/zが2200未満に設定されたOrbitrap Exactive装置上でのLSI法の使用は、主にタンパク質をイオン化する2,5−DHAPと比較して、脂質のイオン化に関しては2,5−DHBのほうが遥かに好ましいことを示している。マトリックスとして2,5−DHBを使用した場合、脱脂組織においてさえも、従前の報告と同様に、脂質シグナルのみがLSIにより観察されたが、十分に洗浄された組織においては、より低い存在量で存在した。一方、図32Aに示されているとおり、エタノールで洗浄され50:50 ACN/水中の2,5−DHAPマトリックスでスポットされたマウス脳の完全な質量スペクトルは、大部分は、多荷電イオンを示している。該質量スペクトル分解能は13C同位体の分離をもたらすものであるため、単一荷電状態の分布が、タンパク質分子量を高い精度で決定するのに必要な全てである。したがって、対応する単同位体ピークが、信頼可能な様態では特定され得ない、ノイズの直ぐ上で観察されたイオンでさえも、直線的なMALDI−TOF値に比肩する平均的な質量データを与える。図32Bは、650〜1000のm/zに設定された質量範囲を有する、図32Aからのインセット領域を示す。該多荷電イオンは+3〜+8であり、約650〜5000Daの分子量を有するイオンに相当する。このデータセットに関しては、ほとんどのイオンは10kDa未満の化合物からのものであり、小さなタンパク質だと考えられる。図135は、無蒸着ガラススライド上で50:50 ACN/水中の2,5−DHAPでスポットされた脱脂熟成組織から検出された最高質量イオンの同位体分布が13kDa未満の化合物のものであることを示している(図135)。該熟成サンプルの長い貯蔵期間のため、観察されたタンパク質の幾つかは死後酵素消化に由来するものである可能性がある。
【0072】
レーザーアブレーション後、LSIによりアブレーションされた組織領域の空間分解能を調べるために顕微鏡観察データを得た。同様の源配置を用いたこれまでの組織分析研究は、マトリックスとしての2,5−DHBの無溶媒適用により、平均して約80μmの空間分解能を示し、未洗浄組織切片上への無溶媒マトリックス蒸着を用いて、有意に、より大きなアブレーション面積を示した。図33の光学顕微鏡イメージに示されているとおり、改善されたレーザー集束により、およびマトリックスとして2,5−DHAPを使用した場合、アブレーション領域は幅<3〜10μmであった。拡張されたアブレーション領域特性(長さ〜8〜15μm)は、おそらく、集束レーザービームが通るマウント化組織の連続的移動により説明されうる。アブレーション領域付近に蒸着物として見出されるマトリックスは該組織材料の脱離/イオン化におけるLSIマトリックスの効用を示している。
【0073】
2.新鮮組織サンプル上でのLSI−MS、顕微鏡観察およびMALDI−MS分析の比較
熟成組織サンプルでの成功した結果は、ガラススライドへの組織のマウント化、脱脂、質量分析および顕微鏡観察に必要な短時間を除き−20℃以下で維持された新鮮組織切片の検査を促す契機となった。図133は、無蒸着ガラススライド上で50:50 ACN/水中の2,5−DHAPマトリックスを使用した場合の、新鮮脱脂サンプルの総計完全質量スペクトルおよびインセット(差込)MSを示しており、m/z 917.50(MW 1833.0)における豊富な二重荷電LSIイオン、およびより高いm/z値における、大部分は多価である荷電イオンを示している。約19,665Daの分子量を有するイオンに関して、単一の低存在量同位体分布が観察されたものの、少なくとも2つの観察電荷状態分布を有する最高質量タンパク質は17,882Daの分子量を有していた。熟成組織において観察された、より低い分子量のタンパク質の幾つかは(図32B)、該新鮮サンプルにおいても観察されたが、それはより低い存在量で観察され、一方、より高い質量のタンパク質は、有意に、より高い存在量を示した。図136A〜B3は、単一のレーザーショット(レーザー射出)において、最も高い存在量のタンパク質が観察されることを示している。図136Aは、該レーザービームが通るように、そしてイオン進入口から3mm以内で該組織を移動させることにより得られた全イオン電流を示している。該レーザーは1Hzで作動され、1秒ごとに1つの質量スペクトルが得られた。図136B1は完全取得からの総和を示し、図136B2は、単一ショット取得を示し、図136B3は、約7レーザーショットに相当する7つの連続的質量スペクトル取得の総和を示す。金被覆ガラススライド(図136)と無蒸着ガラススライド(図133)との間で顕著な相違は観察されなかった。図137は3つの同位体分布を示し、それぞれは、9908、11788および12369Da(単一同位体質量)の分子量を有するタンパク質に関するものである。図137に示されているタンパク質の同位体分布は、100,000質量分解能に設定されたOrbitrap Exactiveを使用した場合の、50:50 ACN:水中の2,5−DHAPマトリックスでスポットされた金被覆ガラススライド上の脱脂新鮮組織からのものである。
【0074】
同一マウスからの新鮮組織切片を脱脂し、直ちにLTQ Velos装置で質量を測定した。前記の多荷電イオンのほとんどが観察された。しかし、分子量1830を有するペプチドは観察されず、脱脂中に除去された可能性がある。図134B1は、MW 11,788を有するタンパク質の多荷電状態分布を示す単一の0.1秒取得を示す。図134B2はマウス脳組織の別の領域に関する単一取得を示し、MW 17882の第2のタンパク質より低い存在量のMW 11,788のタンパク質を示す。多走査の総和質量スペクトルを図134Aに示す。図134A〜B2においてm/z 約760で観察されるイオンは脂質由来である。これらの結果は高空間分解能組織イメージングに対するこの方法の可能性を示している。
【0075】
さらに、LSIマトリックスの添加を伴わないLSI−MS分析は有用な分析結果を何ら示していない。LSIマトリックスの蒸着の後の金被覆顕および無蒸着顕微鏡スライドの使用は該脱脂組織の比較されうる存在量の質量スペクトルを与えた。予想どおり、伝導性または非伝導性ガラススライドを使用した場合のAP LSI結果において、質量シフトは観察されない。熟成組織の場合とちょうど同じように、2,5−DHBは脂質成分および2,5−DHAPタンパク質成分を優先的に検出する。
【0076】
図138Aは、無蒸着顕微鏡ガラススライド上にマウントされ2,5−DHAPで処理された新鮮脱脂組織のLSI−IMSを用いた場合のレーザーアブレーションの後の倍率100倍での顕微鏡観察が幅<3〜8μmおよび長さ<5〜25μmの空間分解能を示すことを示している。金被覆ガラススライドを使用する新鮮脱脂組織のLSI−IMSを用いるレーザーアブレーションの後の倍率100倍での図139Aの顕微鏡観察は、図138Aに見られるものより若干良好な空間アブレーションを示している。図138Bは、図138Aの同一ガラススライド上およびほぼ同じレーザー集束での、2,5−DHBマトリックスを使用した場合および倍率10倍での別の脱脂切片を示す。図138Bの顕微鏡観察は〜200μmの空間分解能を示している。同様に、図139Bは、図139Aの同一金被覆ガラススライド上およびほぼ同じレーザー集束での、2,5−DHBマトリックスを使用した場合および倍率10倍での別の脱脂切片を示す。図138Bの顕微鏡観察は〜100μmの空間分解能を示している。明らかに、2,5−DHBを使用した場合には、より高い空間分解能および体積分析を得ることが、有意に、より困難である。種々の実験条件の空間分解能は以下の一般的傾向を示している:2,5−DHB(金被覆および無蒸着ガラススライド)>>2,5−DHAP(金被覆および無蒸着ガラススライド)>マトリックス無し(金被覆および無蒸着ガラススライド)。
【0077】
比較目的で、金被覆および無蒸着ガラススライド上でマウントされたマウス脳からの連続的組織切片を真空MALDI−MS分析に使用した。各脱脂組織切片の半分を2,5−DHAPでコーティング(被覆)し、残り半分を、数個の0.2μlマトリックス溶液を使用するSAでコーティングした。興味深いことに、多荷電イオンの同一分子量はいずれも、2,5−DHAPを使用するLSIと、2,5−DHAPまたはSAのいずれかを使用するMALDIとで共通ではない。2,5−DHAPマトリックスを使用するMALDIは不良な結果を示し、これは真空MALDIとLSIとの間の矛盾を説明する手助けとなるかもしれない。図140Aおよび141Aは、それぞれ金被覆ガラススライドおよび無蒸着ガラススライド上の、0.1% TFA中の50:50 ACN:水中のシナピン酸でスポットされた脱脂新鮮組織のMALDI−MSを示す。図140Bおよび141Bは、それぞれ金被覆ガラススライドおよび無蒸着ガラススライド上の、50:50 ACN:水中の2,5−DHAPでコーティングされた脱脂新鮮組織のMALDI MSを示す。
【0078】
D.考察
100,000質量分解能および<5ppmの外部質量精度(単一レーザーショットに相当する単一の1秒取得から)に設定されたOrbitrap Exactive質量分析計を使用して、マウス脳組織から質量スペクトルが観察される。図133に示す質量スペクトルは、0.2μL マトリックススポットのほとんどのアブレーションに相当する約15秒のデータの平均化を要した。前記の図134A〜B2に示すとおり、LTQ Velos質量分析計を使用して、質量分離を伴わないが同様の結果が得られた。
【0079】
アブレーション領域の深さは、反射配置のMALDI測定においては得ることが困難な値であるが、組織再構築のためには必要な情報である。反射配置MALDIの適用によるイメージングは、深さおよび形状の大きなばらつきを伴う深さ約50μmのアブレーションを示しており、標準的な側方アブレーションは約100μmである。該ばらつきはレーザー衝突角およびレーザービームの集束不良の結果でありうるが、特に、サンプル調製条件、各分析の空間分解能の決定における不確実さの導入によるものでありうる。一方、SIMSは最上層のみをアブレーションし(正確な深さは尚も議論されているところである)、50μmの側方分解能が商業的に入手可能である。しかし、SIMSは、多数の生物学的分子で、有意なフラグメンテーションを引き起こし、イオン収率はm/zの増加と共に急速に減少し、これは組織切片の分析を極めて困難にする。最近の研究は、レーザーに基づく新しいイメージング技術であるレーザーアブレーションエレクトロスプレーイオン化MSを導入した。これは、生きた組織の、横350μmおよび深さ50μmの分解能を有する深さプロファイリングもたらす。これらの研究は、反射配置のレーザー衝突によりどのくらいの量の物質がアブレーションされるかの何らかの指標をもたらす。大きなアブレーション面積(体積)は不良な空間分解能を与える。アブレーション面積のばらつきも、MALDIの、不良な定量的性能の原因となりうる。真空MALDIを用いた場合、購入したペプチドおよびタンパク質標準物のアブレーション領域から〜12mm離れた集束レンズで5μm側方分解能が達成されると報告された。MALDIサンプルへのそのような短い距離は、レーザービームを透過配置で使用することによってのみ達成されうる。本発明者らの測定アブレーション値および既知の10μmの組織切片の厚さは、<300μm3の十分に定められた空間体積が得られうることを示している。
【0080】
本研究で用いられた、マトリックスをスポットする乾燥滴(dried droplet)法は、組織イメージングには不適当である。なぜなら、ACN:H2O溶媒中に抽出される可溶性タンパク質は、溶媒に基づく適用マトリックスにさらされる領域の大部分に広がると予想されるからである。この問題を緩和するために、本発明者らは無溶媒マトリックス調製方法を用いている。透過配置のLSIでは組織の厚さ全体がアブレーションされるという事実は、LSIおよびMALDI−MS(後者は該組織切片の表面領域のみをアブレーションする)に関して得られた異なる質量スペクトル結果を説明しうる。さらに、LSI−MSから得られたアブレーション面積に基づけば、レーザーによるアブレーションおよび溶媒/マトリックスによる組織傷害の度合は、2,5−DHAPを使用した場合には2,5−DHBを使用した場合と比較して、また、脱脂組織を使用した場合には未洗浄組織を使用した場合と比較して、有意に低いようである。
【0081】
検討を要するもう1つの難点は、レーザービームが組織を透過しないレーザーアブレーション領域である。これは不均一な組織の厚さおよびマトリックス適用に関連しているようである。将来の進展は、改善された感度、各レーザーショットが組織を透過することを可能にする条件、および生成される気相イオンの複雑性の効率的な単純化のための無溶媒気相分離を要するであろう。
【0082】
TOF分析装置を使用する現在のイメージング質量分析計が、10,000を超える質量分解能、および20ppmより良好な質量精度をもたらしうるとしても、これは、タンパク質構造を特定し又は更には証明するためには不適当である。さらに、ETDのような進歩した技術によるフラグメンテーションは、タンパク質イオンの低荷電状態のため、適用不可能である。LSIアプローチでは、多荷電ESI様イオンが生成されうるため、API質量分析計の質量分解能および精度ならびにETDおよび横断面分析を適用する潜在的可能性と共に、MALDIの空間的利点が達成される。
【0083】
E.結論
同時的な高い空間分解能および質量分解能により、多荷電イオンを生成する組織から直接的に観察されるペプチドおよびタンパク質の最初の具体例を報告する。単一レーザーショット取得および<300μm3のアブレーション空間体積が達成される。多荷電イオンの生成は、高性能API質量分析計が高質量分析に使用されることを可能にして、同位体分離および正確な質量測定をもたらしうる。多荷電イオンは、改善されたタンパク質特定のための電子移動解離(ETD)フラグメンテーションを潜在的に可能にする。組織からの直接イオン化のためのレーザーの使用は質量特異的組織イメージングのための高い空間分解能を可能にする。組織イメージングにおけるタンパク質のマッピングに関連した多数の潜在的用途がこの新規アプローチには存在する。この技術を単一細胞分析へと進展させるためには、改善された感度、サンプル調製およびレーザー集束が必要である。
【0084】
II.実施例2
本実施例は、2つの脱溶媒和装置を用いて行った研究、およびそれらが2,5−DHAPマトリックスを脱溶媒和しうることを記載する。銅およびステンレス鋼から構成される脱溶媒和装置を使用して、比較研究を行った。本実施例に含まれる追加的研究は、該脱溶媒和装置の適用により得られた結果を記載する。
【0085】
A.概観
レーザースプレーイオン化(LSI)は、マトリックス/アナライト混合物のレーザーアブレーションにより多荷電イオン(多価イオン)を生成させるための方法である。LSIは、効率的な脱溶媒和条件を導入することにより、市販のイオン移動度スペクトロメトリー質量分析SYNAPT G2装置上で達成される。
【0086】
B.序論
レーザースプレーイオン化(LSI)−質量分析(MS)はThermo Fisher Scientific Orbitrap(商標) Exactive(Thermo Scientific,Waltham,MA)により最近導入された。このイオン化法の原理は、大気圧(AP)で作動するレーザーの使用によりアナライト/マトリックスサンプルがアブレーションされ、ついで脱溶媒和過程中に多荷電マトリックス/アナライトクラスターからイオンが生成されるというものである。電荷状態の選択が自由に選べることは、マトリックス支援レーザー脱離/イオン化(MALDI)で得られるものに類似した単一荷電イオンおよびエレクトロスプレーイオン化(ESI)により生成されるものに類似した多荷電イオンを用いる複雑な混合物の分析のためのLSIの有用性を示している。後者は、タンパク質および合成重合体のようなより大きな分子をレーザーアブレーションによりイオン化し次いでOrbitrap Exactiveのような高性能であるが質量範囲が限られた装置で該多荷電イオンを分析することを可能にするのに特に有益である。本研究においては、図84に示されているとおり、自作の脱溶媒和装置を使用してタンパク質を分析するために、市販のイオン移動度スペクトロメトリー(IMS)SYNAPT G2装置でLSIを例示する。IMS−MSは、高分解能質量分析計と比較した場合にも多数の利点を有する。なぜなら、それはダイナミックレンジを拡張し、異性体組成物を分離しうるからである。IMSの次元(ディメンション)は、電荷および横断面(サイズおよび形状)に従いイオンを分離する。IMSは、無溶媒気相分離の利点を有し、無溶媒サンプル調製により、イオン化、分離および質量分析を、いずれの溶媒の使用からも完全に切り離して、MSによる完全な無溶媒分析を達成する。
【0087】
C.方法
1.脱溶媒和装置の製造
外径1/8インチ、内径1/16インチ、長さ3/4インチの銅およびステンレス鋼チューブを脱溶媒和チャンバーとして使用した。該チューブに24ゲージのニクロム線(Science Kit and Boreal Laboratories,Division of Science Kit,Inc.,Tonawanda,NY,USA)を巻きつけた。該線の上および下には絶縁および安定性のためにSaureisen P1セメント(Inso−lute Adhesive Cement Powder no.P1)が塗られていた。該チューブの出口末端はWaters Z−スプレー源のイオン入口スキマーの向かいに配置された。「乾燥滴(dried droplet)」法を用いて顕微鏡ガラススライド上に蒸着されたマトリックス/アナライトサンプルを、透過配置を用いて、窒素レーザー(Spectra Physics VSL 337 ND S)がアブレーションした。
【0088】
2.材料
2,5−ジヒドロキシアセトフェノン(DHAP)マトリックス(純度98%)、インスリン(ウシ膵臓)、ユビキチン(ウシ赤血球)、リゾチーム(ニワトリ卵白)、シトクロムC(ウマ心臓)およびミオグロビン(ウマ心臓)をSigma Aldrich,Inc.,St.Louis,MO,USAから入手し、アンジオテンシン1(ヒト)をAmerican peptideから入手した。アセトニトリル(ACN)、メタノール(MeOH)、トリフルオロ酢酸(TFA)および酢酸溶媒をFisher Scientific Inc.,Pittsburgh,PA,USAから入手した。精製水を使用した(Millipore Corp.,Billerica,MA,USA)。顕微鏡スライド(寸法1×3インチ)をGold Seal Products,Portsmouth,NH,USAから入手した。
【0089】
3.サンプル調製
アンジオテンシン、ユビキチン、リゾチーム、シトクロムCおよびミオグロビンのストック溶液を個別に純粋水で調製し、インスリンのストック溶液を50:50 MeOH:水中で調製した。1μLを使用して、50:50 ACN:水中で調製され2,5−DHAPマトリックスを使用する無溶媒サンプル調製法を用いてガラススライド上でLSIサンプルを調製し、ついで完全に送風乾燥した。該乾燥LSIを該脱溶媒和装置の前に約1から3mmの距離で配置した。ESIとLSIとの比較のために、ユビキチンを49:49:2 ACN/水/酢酸中で調製した。
【0090】
E.結果
自作脱溶媒和装置を使用する、レーザーに基づく新規イオン化法を例示した。該脱溶媒和装置の概要は図84に見られうる。図84は、ESI様多荷電イオンが得られるようにレーザーアブレーション中に生じるマトリックス/アナライトクラスターの脱溶媒和を可能にするための、IMS−MS SYNAPT G2上の源修飾を示す。該脱溶媒和装置は、例えばVariacを使用して加熱されうる。該脱溶媒和装置への熱の適用は必ずしも必要ではない。また、該マトリックスの熱要件を低下させることにより、該脱溶媒和はより効率的にされて、イオン化効率が向上しうる。これは2,5−ジヒドロキシアセトフェノン(2,5−DHAP)に関して示されうる。多荷電イオンの生成を示しうるマトリックスの他の具体例としては、2−アミノベンゾイルアルコール(ABA)、およびDHB異性体の幾つかが挙げられる。揮発性および液体マトリックスも使用されうる。
【0091】
2つの脱溶媒和装置を、2,5−DHAPマトリックスを脱溶媒和するそれらの能力に関して調べた。図85A〜Bは、銅およびステンレス鋼脱溶媒和装置から得られたMSを示し、低質量タンパク質に関しては、シグナル強度における差は存在しない。図85(A)は銅脱溶媒和装置からのMSを示し、図85(B)はステンレス鋼脱溶媒和装置からのMSを示し、これらにおいては、サンプル(1)アンジオテンシン(MW 1295)、(2)ウシ由来インスリン(MW 5731)、および(3)ユビキチン(MW 8561)を使用した。50:50 ACN/水中で2,5−DHAPを使用して該サンプルを調製した。図85A3は、銅が、タンパク質の質量が大きくなるほど高いシグナル強度をもたらすことを示している。
【0092】
図86は、マトリックスとして2,5−DHAPを使用した場合の、1)アンジオテンシン(MW 1295)、2)インスリン(MW 5731)、3)ユビキチン(MW 8561)、および4)リゾチーム(MW 14300)のLSI−MS質量スペクトルを示し、この場合、区分(A)に示されているとおりに非加熱で、および区分(B)に示されているとおりに加熱(5V)して、該銅脱溶媒和装置を使用した。源温度は150℃である。図86(A)(2)の質量スペクトルは、該タンパク質が、図86(B)(2)において見られるとおり、該脱溶媒和装置上で加熱を伴わない場合に、より高いSN比(シグナル対ノイズ比)、およびより良好な質量スペクトルを有することを示している。
【0093】
図87は、A)LSIによる、およびB)ESIによる、ユビキチンのIMS−MSデータを示す。区分(1)は質量スペクトルを示し、区分(2)はドリフト時間対m/zの2Dプロットを示し、区分(3)は、A)50:50 ACN/水中の2,5−DHAPマトリックスを含むLSI、およびB)49:49:2 ACN/水/酢酸中のESIを用いて得られた種々の電荷状態のドリフト時間分布を示す。LSIの場合、2,5−DHAPをマトリックスとして使用し、加熱を伴わないがイオン源温度が150℃に設定された銅脱溶媒和装置を使用してデータを得た。ESIは5μL/分の流量および150℃の源で得た。図87(A)(1)および87(B)(1)における質量スペクトル電荷状態は類似しており、図87(A)(3)および87(B)(3)におけるドリフト時間はほぼ同一であり、このことは、それらの2つのイオン化法による、類似した気相イオン構造を示している。
【0094】
図88の区分(1)は質量スペクトルを示し、区分(2)は、50:10 ACN/水において2,5−DHAPマトリックスを使用して調製され加熱を伴わないで銅脱溶媒和装置を使用して得られた高質量タンパク質:A)シトクロムC(MW 12310)、(B)リゾチーム(MW 14300)および(C)ミオグロビン(MW 16952)のtd対m/zの2Dプロットを示す。該源温度は150℃である。これらの、より高い質量のタンパク質は、加熱を伴わないが150℃の源温度を有する銅脱溶媒和装置を使用してIMS−MSデータ(図88(2))を得るための、該LSIの適用可能性を示している。
【0095】
また、該方法を用いて、β(1−42)および(42−1)の同位体タンパク質混合物を分析した。図89は、加熱を伴わないで銅脱溶媒和装置を使用して得られた、50:50 ACN/水において2,5−DHAPマトリックスを使用した場合のβ−アミロイド(1−42)および(42−1)の異性体タンパク質のLSI−IMS−MSを示す。区分(A)の質量スペクトルは2つの化合物の存在を識別しないが、td対m/zドリフトスコープ・スナップショット(driftscope snapshot)の二次元プロット(区分(B))は、それらの2つの成分を明らかに示している。区分(B)におけるインセットは、+4電荷状態の、ベースラインに近い分離を示している。該二次元ドリフト時間対m/zは、両方のタンパク質に関する、ならびにそれぞれ図117および118において分析された純粋なサンプルと比較して重ね合わされた位置における、電荷の数および横断面による分離を示している。電荷状態+4の抽出(extracted)ドリフト時間分布(右下の隅)により示されているとおり、該タンパク質の電荷状態はベースライン分離される。ベータ−アミロイド(1−42)は、その低い溶解度および高い凝集傾向に関して知られており、アルツハイマー病における神経毒性プラーク形成において中心的な役割を果たしている。これは、LSI−IMS−MSを用いて該同位体ペプチドがイオン化され分離されうることを示しており、より速いドリフト時間から認められるとおり、該(1−42)はより小さな構造を有する。該分析は、マトリックスとして2,5−DHAPを使用して行われ、イオン源の150℃以外の追加的な熱は該熱装置に適用されなかった。
【0096】
また、該方法を用いて、アルツハイマー病の非アミロイド成分(NAC)に関する完全無溶媒分析を分析した。図90は、熱を加えないで銅脱溶媒和装置を使用して得られた、2,5 DHAPマトリックスを使用した場合のアルツハイマー病の非アミロイド成分(NAC)のLSI−IMS−MS完全無溶媒分析を示す。区分(A)は質量スペクトルを示し、区分(B)は、2D時間ドリフト対m/zを示す。該ドリフトスコープ表示は、大気圧における表面からの直接的な、大きな多荷電ペプチドイオンの効率的生成を示している。より高い電荷状態は、真空MALDIにおける観察に類似したカチオン付加およびプロトン付加を示している。より低い電荷状態は2つの異なる形状を示している。
【0097】
F.結論
マトリックス/タンパク質混合物のレーザーアブレーションにより生成された多荷電マトリックス/アナライトクラスターを、低い加熱および/または熱容量を有する装置(例えば、Waters IMS−MS装置)のための多荷電イオンに変換するために、単純な脱溶媒和装置を製造した。多荷電LSIイオンを生成させるための、この製造された脱溶媒和装置のAP条件下での使用の成功は、LSIがESIに類似しているという、提示されているイオン化メカニズムを支持するものである。IMS−MS技術を用いるタンパク質混合物の無溶媒混雑除去(分離)および完全無溶媒分析に該方法が適用可能であることは組織イメージング用途にとって非常に有望である。
【0098】
III.実施例3
本実施例は、レーザースプレーイオン化により完全無溶媒分析のための多荷電正および負イオンを生成するマトリックスおよびマトリックス調製方法を研究する。
【0099】
A.序論
これまでの研究は、溶媒に基づく乾燥滴サンプル調製物からの多荷電LSIイオンの生成を示しているに過ぎない。MALDI MSにおいて一般に使用されるマトリックスのレーザーアブレーションによりLSIにおいて生成されるESI様多荷電イオンの生成および電荷減少に関与する過程を理解するための努力がなされている。マトリックスにおけるアナライトの含有が主として多荷電のイオンをどのように生成するのか、および非含有が、全て単一に荷電したイオンを、どのように生成するのか、およびこれが2,5−ジヒドロキシ安息香酸以外のマトリックスに当てはまるか否かを理解することは、MALDIのメカニズムを理解し新規な且つ改良されたMS用途を開発するうえで根本的に重要である。いくつかの共通のマトリックス材料が関わるこれらの研究において得られた洞察、ならびにTSAのための多荷電正および負イオンの生成の知見は、レーザーに基づくAPイオン化法を用いる多荷電イオンの生成における改善をもたらすと予想される。無溶媒調製を、LSIを用いて研究した。
【0100】
B.方法
一般的なMALDIマトリックスである2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHB)および2,5−ジヒドロキシアセトフェノン(DHAP)ならびにこれまでにLSI法で試験されていないマトリックスである2−アミノベンジルアルコール(ABA)、アントラニル酸(AA)および2−ヒドロキシアセトフェノン(HAP)について研究した。溶媒に基づく用途においては、粉末化アナライト(American Peptide Company Inc.から購入)を7.7nmol μL−1の濃度で50:50 ACN:水に溶解することにより、アンジオテンシン1アナライトを調製した。粉末化ウシインスリン(Sigma Aldrichから購入)を90pmol μL−1の濃度で50:50 水:MeOHに溶解することにより、タンパク質アナライトを調製した。2μLのアナライト溶液をガラススライド(Gold Sealから購入)上にスポットし、ついで2μLの飽和マトリックス溶液を最上部にスポットし、混合し、乾燥させた。無溶媒調製の場合には、10μLのアナライト(50:50 水:MeOH溶液中で調製されたもの)をステンレス鋼ビーズ上に注ぎ、35℃で3時間蒸発させて、溶媒を蒸発させた。ついでTissueLyzerアプローチを用いて、該固体アナライト/マトリックス混合物をガラススライド上に配置した。粉末化アンジオテンシン1およびマトリックスをTissueLyzerで直接的に混合することにより、ABAを含むサンプルを調製した。2μLのアナライト溶液および2μLのマトリックスをガラススライド上で混合することにより、HAP(25℃で液体)を含むサンプルを調製した。イオン移動度スペクトロメトリー(IMS)−MS分析のための改造されたWaters SYNAPT G2質量分析計またはThermo LTQ−Velos質量分析計内に、Spectra Physics VSL 337 ND−S窒素レーザーを用いて、透過配置で、全てのサンプルをアブレーションした。また、顕微鏡観察研究およびHAPサンプルのために355nmのNd:YAGレーザーを用いた。全てのマトリックスはSigma Aldrichから購入した。
【0101】
C.結果
LSIにおける多荷電イオン生成の改善ための条件を例示する。図91A〜BはLTQ−Velosからのアンジオテンシン1のLSI質量スペクトルを示す。図91(A)においては、飽和DHAP溶液(50:50 水:ACN)は、+3イオンより多くの+1イオンを生成している。図91(B)においては、該溶液は加温され、過飽和になって、各2μLスポット中に、より多くのマトリックスが存在することが可能となった。この方法は、該飽和溶液より高い+3イオン比およびより高い全体的イオン強度を有するスペクトルを与えた。図92は、ABA溶液(50:50 水:ACN)からの単一および二重荷電アンジオテンシン1負イオンのLSI LTQ質量スペクトルを示す。スペクトルの拡大図は、該電荷に対応する同位体分布を示している。塩基性アミノ酸置換基により、LSIは多荷電負イオンを生成しうることが示されている。アミノ基を含有しないマトリックスは単一荷電負イオンを生成したに過ぎなかった。正および負二重荷電アンジオテンシン1イオンに関するドリフト時間分布の観察は、どのマトリックスがそれらを生成するのかに無関係に、該負イオンが、より遅いドリフト時間を有し、該正イオンが、同じドリフト時間を有することを示している。図93は、どのマトリックスが使用されたかには無関係に、該−2イオンが、該+2イオンより若干遅く移動すること、および該+2が、同じドリフト時間を示すことを示している。
【0102】
多荷電イオンの豊富な生成が示されており、30Hzの粉砕周波数(grinding frequency)がマトリックス内へのアナライトの含有に最適である。図94A〜CはDHAPによる複数の電荷のTSA生成を示す。図94(A)は、25Hzにおける10分間の粉砕が+2の電荷のみを与えることを示している。図94(B)は、30Hzにおける10分間の粉砕が+2および+3の両方の電荷を与え、+3が最高相対存在量を示すことを示している。図94(C)は、強力二次元ドリフト時間プロットにおいて+7もの電荷状態が得られるように、30Hzの粉砕がウシインスリンをDHAPの結晶内に含有させることを示している。
【0103】
また、有機液体マトリックスを使用することによりアナライトをマトリックス自体に溶解させることにより、複数の電荷が生成された。尤も、図96に示すとおり、HAPマトリックス(25℃で液体)を使用してアブレーションされたアンジオテンシン1のスペクトルは、355nmの波長を有するNd/YAGレーザーを使用した場合にのみ結果が達成されたことを示している。図95は、無溶媒で調製された各マトリックスにより生成された最高アンジオテンシン1電荷状態(+2〜+3)が5分以降には粉砕時間に反比例することを示すグラフを示す。無溶媒サンプルを調製した場合、各マトリックス混合物は、5分間ではなく10分間粉砕された場合に、より小さな高電荷比を与えることが示された。最後に、定性的顕微鏡研究は、図98に示されているとおり、より高い流速で355nm Nd:YAGレーザーが使用された場合には溶融DHB/アナライト滴の生成を示しており、一方、図97に示されているとおり、337nmの窒素レーザーからは非常に少量の溶融物質を示している。337nmのレーザーによりアブレーションされたDHBの無溶媒LSI実験は単一の電荷のみを生成した。355nmのレーザーによりアブレーションされたDHBの無溶媒LSI実験は多荷電イオンを生成した。また、該窒素レーザーを使用する溶媒に基づくABA実験における溶融アブレーションを行わなかった場合も示されており、355nm Nd/YAGレーザーで生成された多量の溶融物質とは対照的であった。図99は、337nmのレーザーによりアブレーションされたABAを示す。このレーザーは、ABAの結晶構造を破壊するという問題を有し、したがって、溶媒に基づくLSI実験では遥かに低いシグナルを生成する。図100は、355nmのレーザーによりアブレーションされたABAを示す。このレーザーは、溶媒に基づくLSI実験における337nmより遥かに良好な多荷電シグナルを与える。なぜなら、より高いレーザー流速は溶融マトリックス/アナライト滴の生成を可能にするからである。
【0104】
D.結論
どのようなLSI条件が多荷電イオンの豊富な生成をもたらすかの理解はMS用途の改良に非常に重要である。無溶媒多荷電生成は、おそらく、LSIフラグメンテーション技術を、溶解度が限られたアナライトに拡張させることが可能であり、負イオンの生成は、プロトン化より脱プロトン化する傾向が遥かに高い分子の分析を改善するであろう。
【0105】
IV.実施例4
本実施例は、表面への無溶媒MALDIマトリックス蒸着のためにTissueBox/SurfaceBox装置を使用して得られたサンプルの無溶媒MALDI研究および結果を記載する。
【0106】
A.一般的方法
ボールミル法のために、ステンレス鋼ビーズ(1.2mm)およびクロムビーズ(1.3mm)をBioSpec Products,Inc.Bartlesville,OKから購入した。物質Aの3および20μmメッシュをIndustrial Netting,Inc.,Minneapolis,MNから購入し、物質Bの20μmのものをHogentogler & Co,Inc.Colombia,MDから購入した。マトリックスであるα−シアノ−4−ヒドロキシ−ケイ皮酸(CHCA)および2,5−ジヒドロキシ安息香酸98%(DHB)をSigma Aldrich,Inc.,St.Louis,MOから購入した。溶媒であるアセトニトリル(ACN)およびトリフルオロ酢酸(TFA)をFisher Scientific Inc.,Pittsburgh,PAから購入した。精製水を使用した(Millipore’s Corporate,Billerica,MA)。無蒸着顕微鏡スライド(寸法1インチ×3インチ)をGold Seal Products,Portsmouth,NHから購入した。イメージングのためのITO被覆伝導性スライドを使用した(Bruker,Billerica,MA)。エアブラシ(1/5馬力、100PSIコンプレッサおよびエアブラシキット)をCentral Pneumatic Professional,Camahllo,CAから得た。組織/マトリックス組成物を損なうことなくサンプルを輸送し除霜するためにプラスチック真空密閉食品容器を使用し、それをZeVRO,Skokie,ILから購入した。
【0107】
1.マウス脳組織
18週齢のC57 Bl/6マウスを麻酔し、氷冷1×リン酸緩衝食塩水(150mM NaCl,100mM NaH2PO4,pH7.4)で経心的(transcardially)に5分間潅流して、赤血球を除去した。Leica CM1850クリオスタット(Leica Microsystems Inc.,Bannockburn, IL)を使用して、脳を−20℃で冷凍し、連続的に10μm切片に薄片化した。それぞれのMALDI−TOF−MSおよびMALDI−IMS−MS研究においては、切片は同一マウスからのものを使用したが、動物は、該分析に使用した2つの異なるタイプの質量分析計によって異なるものであった。予め冷却されたスライド上に切片を配置した。該ガラススライドを裏側から指で手短に加温して、切片を緩和させ付着させた。水分凝結を防ぐように注意した。スライドを、使用まで、乾燥剤含有気密箱内で−20℃で貯蔵した。
【0108】
2.急速無溶媒マトリックス蒸着適用のためのSurfaceBox:設計および製造
表面への無溶媒MALDIマトリックス蒸着のための装置を設計し製造した。図18は、ボールミル装置(TissueLyzer)により可能となるビーズの激しい運動およびメッシュの生じうる曲がりが組織切片を損なわないように、堅く固定されているが十分な距離(約1cm)が隔てられている2つの区画からなる、この装置の原理的設計を示す。上部区画には、下部区画に面するメッシュ(20または3μm)が取り付けられている。それぞれのマトリックス物質およびビーズはSurfaceBoxの上部区画に加えられる。該ビーズは、所望のマトリックス物質と共に、SurfaceBoxの上部区画に留まる。上部区画に面する組織切片を保持する顕微鏡スライドは下部区画内に十分な距離を隔てて配置され、SurfaceBoxの側壁内のスリットにより又は単に顕微鏡スライドの裏側に両面粘着テープを使用することにより、下部区画に固定される。SurfaceBoxは、顕微鏡スライドを越えてマトリックスを汚染することがないように設計される。それぞれのマトリックス物質の適用は、労力を要さない柔軟なTissuLyzer装置を使用して、SurfaceBoxの激しい運動により行われる。
【0109】
B.マウス脳組織のMS分析
1.無溶媒MALDI分析:MALDI−TOF装置
ITOガラススライド(Bruker Datonics,Inc.,Billerica,MA)に付着された凍結マウス脳組織切片を、組織解凍中、乾燥窒素チャンバー内に20分間配置した。該組織のデジタルイメージをEpsonスキャナー(Epson Perfection 4490 Photo)で2400dpiの解像度で得た。該組織をAutoflex III MALDI TOF装置(Bruker Datonics,Inc.,Billerica,MA)内に配置し、サンプルステージのxy配置を、Flexlmaging 2.1ソフトウェア(Bruker Datonics,Inc.,Billerica,MA)内の3つのティーチポイント(teach point)を用いて整合させた。該装置は、500〜2000Daの質量範囲を測定する正イオン レフレクトロン(reflectron)モードで作動させた。全ての固体スマートビームレーザーは、200Hzの繰返し率で作動させ、レーザービーム径は、50μmに調節した。高い空間分解能の分子イメージを得るために、イメージングラスタ分解能も50μmに設定した。マウス脳(2mm×5mm)の部分を、3600スペクトルを超える取得をもたらすイメージング実験のために手動で定めた。合計200レーザーショットを各画素から合計した。該分析の完了後、FlexImagingを使用して、問合せたシグナルの検出および強度の両方に基づいてカラーグラジエントとして各ボクセル(voxel)の分子詳細を表示させることにより、結果を処理した。
【0110】
2.TissueLyzerを使用する急速無溶媒マトリックス蒸着のためのSurfaceBoxの適用
大量のストックマトリックス物質(約1g)を、ビーズ剤を含有する5mLガラスバイアル内で、TissueLyzer(QIAGEN,Valencia,CA)で一定時間(この場合は5および30分間)にわたり、所定の周波数(この場合は15および25Hz)で前粉砕する。1つの実験においては、30〜50個のクロムビーズ(1.3mm)を使用した。もう1つの実験においては、3個の4mmビーズと共に20〜30個のステンレス鋼ビーズ(1.2mm)を使用した。
【0111】
3.マトリックス移動条件の評価
前粉砕マトリックス(CHCA、DHB)を3個の大きな(4mm)ステンレス鋼ビーズおよび10〜20個の小さな(1.2mm)ステンレス鋼ビーズと共にSurfaceBoxの上部区画内に配置する。マウントされたマウス脳切片を含有する顕微鏡スライドを下部区画内に配置する。ついで、組み立てられたSurfaceBox装置をTissuLyzerサンプルホルダー内に配置し、TissueLyzerアームに固定する。該組織切片のマトリックスの厚さは25Hzの所定周波数で時間(30秒〜5分)により制御される。20μmの開口部を有するメッシュ材の場合、DHBおよびCHCAマトリックス物質に関して、60秒で均一なカバレッジ(被覆)が得られた。3μmの開口部を有するメッシュ材の場合、ボールミル時間を5分に増加させた(DHB、CHCAマトリックス)。また、1つの顕微鏡スライド上に位置する2つの異なる組織切片上に2つの異なるマトリックス物質(DHB、CHCA)を適用した。それぞれの切片をマトリックス適用範囲内で単に移動させることのみにより、後続の2つのマトリックス適用サイクルを行った。2つのSurfaceBoxをTissueLyzerホルダー内に配置することにより、多重化が達成されうる(補足情報において写真が入手可能である)。
【0112】
4.溶媒に基づくマトリックス蒸着のためのスプレーコーティング
既に報告されている方法(Garrettら,Int.J.Mass Spectrom 2007,260,166−176)に従いエアブラシを使用して、溶媒に基づくマトリックスを組織切片に適用した(それに関する該文献の教示を参照により本明細書に組み入れることとする)。
【0113】
簡潔に説明すると、マトリックス(CHCA)を、0.1% TFAを含有する50:50 ACN/水の溶液に溶解させ、それを、エアブラシを使用して12〜15cmの距離から、ガラススライド上にマウントされた組織切片上に噴霧(スプレー)した。合計20のマトリックス溶液のコーティングを各組織切片に適用した。溶媒に基づくこのマトリックス適用法は全てのサンプルに関して一定に保たれ、したがって全てのサンプルに関して最適ではなかった。
【0114】
5.顕微鏡観察
ガラススライド上の蒸着マトリックスおよびマトリックス被覆組織ならびに純粋な組織および種々のメッシュの定性的理解を得るために、光学顕微鏡(Nikon,ECLIPSE,LV 100)を使用した。種々の拡大条件(5倍〜100倍)を用いて、約1〜10μmまでの詳細な像を得た。Hitachi S−2400走査電子顕微鏡により走査電子顕微鏡(SEM)分析を行った。該SEM研究のために、マトリックスで覆われた組織の上にカーボンテープを配置してSEMサンプルを得た。該SEMサンプルをSEMサンプルホルダーに配置し、種々の倍率で分析した。
【0115】
6.サンプルの調製および貯蔵
MALDIマトリックスで調製された組織サンプルを、プラスチック真空密閉食品容器内に確実に配置し、少し排気して、空気中に含まれる水分を除去した。サンプル容器を−80℃で一晩維持し、ドライアイス上に配置した。使用前に、容器をドライアイスから取り出し、該容器を室温に加温した後、弱真空密閉を解いた。MALDI−TOF上で1日間およびMALDI−IMS−TOFのための6日間の後、質量測定値を得た。
【0116】
C.マウス脳組織のMS分析
1.無溶媒MALDI分析:MALDI−TOF装置
ITOガラススライド(Bruker Datonics,Inc.,Billerica,MA)に付着された凍結マウス脳組織切片を、組織解凍中、乾燥窒素チャンバー内に20分間配置した。該組織のデジタルイメージをEpsonスキャナー(Epson Perfection 4490 Photo)で2400dpiの解像度で得た。該組織をAutoflex III MALDI TOF装置(Bruker Datonics,Inc.,Billerica,MA)内に配置し、サンプルステージのxy配置を、Flexlmaging 2.1ソフトウェア(Bruker Datonics,Inc.,Billerica,MA)内の3つのティーチポイント(teach point)を用いて整合させた。該装置は、500〜2000Daの質量範囲を測定する正イオン レフレクトロン(reflectron)モードで作動させた。全ての固体スマートビームレーザーは、200Hzの繰返し率で作動させ、レーザービーム径は、50μmに調節した。高い空間分解能の分子イメージを得るために、イメージングラスタ分解能も50μmに設定した。マウス脳(2mm×5mm)の部分を、3600スペクトルを超える取得をもたらすイメージング実験のために手動で定めた。合計200レーザーショットを各画素から合計した。該分析の完了後、FlexImagingを使用して、問合せたシグナルの検出および強度の両方に基づいてカラーグラジエントとして各ボクセル(voxel)の分子詳細を表示させることにより、結果を処理した。
【0117】
2.完全無溶媒分析(TSA):MALDI−IMS−MS装置
イメージング実験の前に、CanoScan 4400Fスキャナー(Canon,Reigate,U.K.)を使用して該組織切片のデジタルスキャンを得、MALDIイメージング・パターン・クリエータ(imaging Pattern Creator)ソフトウェア(Waters Corporation,Manchester,U.K.)内に移し、それにおいて、イメージングされるべき領域を選択した。IMSモードで作動するMALDI SYNAPT HDMS(Waters Corporation,Manchester,U.K.)を使用して、MALDI−IMS−MS分析を行った。該装置の校正は、m/z 100〜1000の範囲のポリエチレングリコール(Sigma−Aldrich,Gillingham,U.K.)の標準混合物を使用して行った。200Hz Nd/YAGレーザーを使用して、100〜1000のm/z範囲にわたってHDMSモードで作動するMALDI SYNAPT HDMS上で該組織イメージングデータを得た。150μmの空間分解能を選択し、画素当たり400レーザーショットを得た。イオン移動度分離に用いた気体は、22mL 分−1に設定された流量の窒素であった。IMS装置内の圧力は5.07×10−1 mBarであった。IMS波速度は300m 秒−1に設定され、この場合、種々の波高が可能であった。該波高は6〜14Vに設定された。取得後、該データを、BioMap(Novartis,Basel,CH)を用いるイメージ分析のために、MALDI Imaging Converter(Waters Corporation,Manchester,U.K.)を使用してアナライズ(Analyze)ファイルフォーマットに変換した。また、DriftScope 2.1(Waters Corporation,Manchester,U.K.)を使用して、該データを評価した。この場合、m/z対ドリフト時間二次元プロットが可視化されうる。ここでは、「ピーク検出」アルゴリズムを適用して、m/z、強度およびドリフト時間が表示されるExcel内にローディングされうるピーク一覧を作成した。したがって、m/z 863.5における低存在量の等圧(isobaric)種に関して示されるとおり、類似したm/z(等圧)および異なるドリフト時間(移動度)を有する種を特定することが可能であった。DriftScope 2.1から、特定のm/zおよびドリフト時間をそれらのXおよびY座標と共に保有する個々のイオン種が選択され抽出されうる。ついで、抽出された生データはBioMapのために変換されうる。該出力は、関心のあるイオンのみが表示されるイオンイメージである。
【0118】
TissuLyzerを使用して、幾つかの無溶媒サンプルを調製した。それらのサンプルを分析し、結果を図1〜14に示す。図1は、図2〜14(7種のペプチド、2種の小タンパク質および4種の脂質)に示されているイメージを得るために使用したマトリックス(2,5−DHB/アナライト混合物)の写真を示す。均質化およびMALDIプレートへの粉末の直接的な移動のためにTissueLyzer(20Hzの周波数で10分間)を使用して、サンプルを無溶媒条件で調製した(左側)。それらの2つの異なるイオン化アプローチにおいて同じマトリックス/アナライト条件が満たされることが保証されるよう、該容器内に残った該無溶媒調製マトリックス/アナライトサンプルの一部を50/50 アセトニトリル/水に溶解させ、MALDI標的プレート上にスポットし、その後、該溶媒を蒸発させて、溶媒に基づく調製サンプルを得た(右側)。この定められたモデル混合物は多種多様な化合物クラス(ペプチド、小さなタンパク質および脂質)、分子量(378.6〜5733.5Da)、溶解度/疎水性[例えば、ウシインスリン(可溶性)対β−アミロイド(1−42)(不溶性);β−アミロイド(1−11)(親水性)対β−アミロイド(33−42)(疎水性)];およびイオン化[例えば、2−AG対NAGABA;PI対PC]にわたっていて、生きた組織内に存在する単純な難題を例示する。他のマトリックス(例えば、α−シアノ−4−ヒドロキシ−ケイ皮酸(CHCA))も使用した。
【0119】
それらの2つの異なる調製されたサンプル(溶媒の使用を伴うもの及び伴わないもの)を、MALDI−TOF/TOF装置(Bruker)を使用してイメージングした。得られたイメージングは、無溶媒調製に関して、溶媒に基づく調製と比較して、イオン存在量の測定による該マトリックスにおける均一なサンプル分布を示している。左側のイメージは無溶媒のものであり、右側のイメージは溶媒に基づくものであり、これらは、多種多様な化合物クラス(ペプチド、小さなタンパク質および脂質)、分子量(378.6〜5733.5Da)、溶解度/疎水性[例えば、ウシインスリン対β−アミロイド(1−42);β−アミロイド(1−11)対β−アミロイド(33−42)];およびイオン化[例えば、2−AG対NAGABA;PI対PC]に関する一定のモデル混合物におけるペプチド、小さなタンパク質および脂質に関して例示されている。溶媒に基づくイオン化法を用いた場合には、類似した化合物および分子量[例えば、図2(m/z 915.2)〜11(m/z 2846.5)における次第に増加する分子量により定められるペプチド]でさえも低い再現性の結果を示しているが(右)、無溶媒の場合は、全体のサンプルにわたって類似したイオン存在量を示している(左)。種々の特性を有する多種多様な化合物を使用する無溶媒サンプル調製を用いた場合には(左イメージ)、該分析に関するイオンシグナルは全体のサンプルにわたって相当に一定であるが、溶媒に基づく方法の場合には(右イメージ)、該イオンシグナルは非常に不均一である。
【0120】
図2〜14は、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を用いた場合の幾つかのタンパク質、ペプチドおよび脂質の分析を示す。図2は、β−アミロイド(33−42; MW 915.2)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図3は、リポトロピン(MW 951.1)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図4は、バソプレッシン(MW 1084.3)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図5は、ダイノルフィン(MW 1137.4)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図6は、β−アミロイド(1−11;MW 1325.3)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図7は、サブスタンスP(MW 1347.8)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図8は、メリチン(MW 2846.5)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図9は、β−アミロイド(1−42;MW 4511)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図10は、ウシインスリン(MW 5733.5)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図11は、2−アラキドノイルグリセロール(2−AG)(MW 378.6)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図12は、N−アラキドノイルガンマアミノ酪酸(NAGABA)(MW 389.6)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図13は、ホスファチジルイノシトール(PI)(MW 909.1)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。図14は、ホスファチジルコリン(PC)(MW 760.1)の、溶媒を含まない(無溶媒)および溶媒に基づく分析を示す。
【0121】
V.実施例5
本実施例は、組織切片の被覆の改善のための、SurfaceBoxにおいて使用されるマトリックス結晶のサイズの均一な減少を達成するために行った研究を記載する。
【0122】
A.マトリックス適用
図18は、MALDIを用いるイメージング質量分析での使用に適したTissueBoxの概要図を示す。より多数の組織切片またはより多数の箱を同じホルダー内に加えて、後にそれが種々のマトリックスを使用することが可能となるようにすることにより、TissueBoxを多重化することが可能である。示されている部分は、マトリックス物質、メッシュおよび金属ビーズを収容するSurfaceBox上部区画、ならびに組織薄片およびガラススライドを含む下部区画を含む。TissueBoxは、マトリックスとビーズとを含有する重ね合わせ可能な箱、ならびに約44μmの開口を有するメッシュ底を含む。収容箱はガラススライド上に組織サンプルを含みうる。それらの成分はぴったりと密着して嵌るように重ね合されて、該メッシュの分離を維持するのに十分な空間の確保を可能にする。
【0123】
製造されたSurfaceBoxの場合のように、ボールミルは内容物の激しい運動のための周波数および時間の長さの選択を可能にする。そしてこれは、メッシュ開口を通って押出される(したがって組織切片表面上のマトリックスの厚さに対応した)物質の量を変化させるための非常に容易かつ簡便な手段をもたらす。該アプローチは迅速であり、実施者の介入および経験をほとんど要さす、使用されるメッシュに応じて<1〜30μmの結晶サイズ(44μmメッシュ開口を使用した場合の組織からのSEMデータ)を有する均一な被覆(カバレッジ)をもたらす。図22A〜Bは、44ミクロンのメッシュを使用してボールミル(DHBマトリックス、25Hzで30秒間)に付した後のマトリックス結晶サイズを示す。図22Aは100倍拡大図(倍尺線は500μm)および100倍拡大図(倍尺線は50μm)のインセットを示す。図22Bは3000倍の走査電子顕微鏡観察(SEM)での10μmの倍尺線を示す。
【0124】
SurfaceBoxにおいて使用されるマトリックス結晶の均一な減少を達成するための条件を調べた。図36は適切な粒径の重要性に関するものである。図36は、(A)15Hzの周波数で30分間および(B)25Hzの周波数で5分間のTissueLyzer条件で(1)クロムビーズおよび(2)ステンレスビーズを使用した場合の、5μmの倍尺線を有する6000倍における顕微鏡走査を示す。1.3mmのクロムビーズを含有するバイアルにおける予め粉砕されたマトリックスからの最適な顕微鏡観察の結果は、ステンレス鋼ビーズの場合と比較して、結晶サイズの効率的かつ均一な減少が達成されることを示している。より重いクロム金属ビーズを使用する、より長い粉砕時間は、得られた最小かつ均一な結晶サイズ(<1〜5μmの寸法を有する綿毛状非結晶性物質)に基づけば、図36(1)(A)に示されているとおり、最良の結果をもたらす。
【0125】
均一な結晶カバレッジを達成するために、SurfaceBox装置において使用されるメッシュ開口(20および3μm)を減少させるための条件を評価した。マトリックス層の個々の結晶サイズをより明らかにするために、裸の顕微鏡ガラススライド上での比較、および評価を妨げる、より厚いマトリックス層を避けるための短い粉砕時間との比較が得られる。図24〜27はDHBまたはCHCAの光学顕微鏡観察イメージを示す。図24および25は、25Hz/60Hz秒における20μmメッシュの後のDHBの光学顕微鏡観察イメージを示し、10μmの倍尺線を示している。図26は、25Hz/60Hz秒における20μmメッシュの後のCHCAの光学顕微鏡観察イメージを示し、10μmの倍尺線を示している。図27は、マトリックスを移すために3μmメッシュを使用して25Hzの周波数および5分間の持続時間のTissuLyzer設定を用いる異なるステンレス鋼ビーズ(1.2および4mm)の混合物および種々のメッシュサイズでマウントされたSurfaceBoxを使用した場合の裸顕微鏡スライド上に蒸着されたCHCAマトリックスの光学顕微鏡観察イメージを示す。20μmメッシュの物質(物質A)がマウントされたSurfaceBoxとの図36(1)(A)において決定された減少した及びより均一な結晶サイズの使用は<1〜12μmのDHB結晶サイズおよび約1〜12μmのCHCAを与えた。該相違は、DHBが、約1μm以下の有意な数の結晶を、それより相当に大きな(3〜12μm)第2のサイズの結晶と共に有することによるものであるらしい。CHCAの場合、小さな及び大きな結晶のばらつきはそれほど顕著ではなく、結晶は主に1〜3μmの範囲であり、少数のみが12μmもの大きさである。
【0126】
該マトリックス適用アプローチの単純性は、より一層小さな開口を有するメッシュを使用してサンプルを調製することを保証する。最終実験において、3μmのメッシュ開口の適用可能性を調べた。3μmの物質の構造は20μmの物質Aに類似している。組織切片のカバレッジの改善のために、TissueLyzerでのSurfaceBoxの激しい振動の持続時間を25Hzの周波数で5分にまで増加させた。図27に例示されているとおり、これらの条件は均一サイズ結晶の非常に均一なカバレッジをもたらす。<1〜5μmのCHCA結晶が観察される。
【0127】
図37〜39は、SurfaceBoxを使用した場合のマウス脳組織切片上に蒸着されたDHBマトリックスの光学顕微鏡観察イメージを示し、25Hz/300秒で44×3μmのメッシュに付された後のDHBの光学顕微鏡観察イメージを示す。異なるステンレス鋼ビーズ(1.2および4mm)の混合物が使用された。図37は、透過光および200μmの倍尺線を用いた場合の光学顕微鏡観察のイメージを示す。図38は、反射光および100μμの倍尺線を用いた場合の光学顕微鏡観察のイメージを示す。図39は、反射光および10μμの倍尺線を用いた場合の光学顕微鏡観察のイメージを示す。図40は、25Hz/300秒で44×3μmのメッシュに付された後のDHBのSEMイメージを示し、5μmの倍尺線を示す。二重メッシュTissueBoxは、単一メッシュTissueBox(図23)と比較して、<5μm(右下の倍尺線)より小さな粒子における顕著な増加をもたらす。該組織上に蒸着されたマトリックス(この場合はDHB)に関して得られた結果は図37および40に示されている。透過光顕微鏡観察(200μmの倍尺線)を用いた場合に図37において見られうるとおり、3μmメッシュを使用した場合の該組織のカバレッジは全体的に均一であり、反射光においては、該マトリックスは暗い斑点として現われる。拡大視野(図40、5μmの倍尺線)を用いた場合の反射光は、裸ガラススライドに関してこれまでに観察されていたもの(図27、CHCA)に類似した均一性を示している。該データは、該マトリックスが該組織表面上に含まれることを示唆しており、これは、おそらくはTissueLyzerアームの激しい運動により生じた速度の結果であろう。ここで用いた条件下、該均一性は、溶媒に基づくマトリックス適用と比較して改善される。したがって、マウス脳組織切片の均一なマトリックスのカバレッジ(DHB)が達成される。
【0128】
図28A〜Cに示されている組織MSイメージング研究のために、20μmの物質Aを使用した。図28A〜Cは、(1)急速無溶媒SurfaceBoxマトリックス蒸着(左イメージ)および(2)スプレーコーティング(右イメージ)ならびにCHCAマトリックスを使用した場合のマウス脳組織の組織イメージングを比較している。図28Aは、CHCAマトリックスで被覆された組織を示し、図28Bは質量スペクトルを示し、図28Cは、以下のそれぞれのm/z値を示す:(I)無溶媒の場合は779.6および(II)843.3、ならびに溶媒に基づく場合は(I)726.3および(II)804.3。マウス脳切片への急速無溶媒マトリックス(この場合はCHCA)適用を用いて得られたMS組織イメージングの結果がスプレーコーティング法(Garrettら,Int.J.Mass Spectrom 2007,260,166−176)と比較されている。この方法を用いた場合、溶媒に基づく適用は、CHCAの飽和溶液が噴霧として適用された場合に約5〜50μmの結晶サイズを与える。MALDI−TOF装置を使用するデータ取得は、50μmの側方分解能およびマトリックス閾値をちょうど超えるレーザー力を用いて両方の組織切片に関して同一に維持された。図28には、それぞれ各方法で得られた典型的な質量スペクトル(B)および重ね合されたイオンイメージ(C)と共に、各マウス脳切片のイメージング領域が(A)に示されている。より豊富なイオンのm/z(図28B)はカリウム化ホスファプチジルコリンに対応する(例えば、m/z 772(32:0)およびm/z 798(34:1))。
【0129】
m/z 779.6および726.3ならびにm/z 843.3および804.3のような、相補的イメージを示す、m/z値の重ね合わされたイオンイメージが、ヒットの数と共に示されている。溶媒に基づくサンプル調製を用いた場合および無溶媒サンプル調製を用いた場合で異なるイオンが検出されることは意外ではない。それらの方法は相補的であり、該無溶媒サンプル調製は、疎水性の及び溶解度が限られた化合物をより良好にイオン化する。組織変化から脂質シグナルを得ることはマトリックスの選択、溶媒系および極性に左右される(Schwartzら,J.Mass Spectrom 2003,38,699−708)。
【0130】
脂質プロファイルおよびシグナル強度はそれらの2つのサンプル調製の間で異なる。個々のイオンは、十分なイオン強度を有するように、および視認可能な分子イメージが得られるように、および同一サンプル調製において相補的ペアとなるように選択された。本実施例および図28A〜Cにおいて重要なのは、イオンシグナルの強度やm/z値ではなく、均一な応答である。
【0131】
イオンイメージは、イメージ全体を構成する各質量スペクトルにおけるイオン強度を示すように色分けされる。イオンイメージにおける同一m/z値に関する同一色の均一分布は、ほぼ同一のイオン強度を有する質量シグナルを示す。例えば、同一色を有する領域の大きな斑点により示されているとおり(図28、1、C)、無溶媒MALDI分析を用いて均一なイオンシグナル応答が得られる。溶媒に基づくMALDI分析(図28、2C)は、例えば主に緑(中等度の存在量)の斑点における赤(高存在量)および青(低存在量)ピクセルとしての、シグナル強度変化のランダムな変動を示している。イオンシグナル強度変化は、MALDI分析においてしばしば生じるスイートスポット(sweet spot)、およびMALDI組織イメージング適用の制限によるものだと考えられうる。この比較は、迅速なマトリックス適用および高分解能イメージ分析のためにSurfaceBoxを使用して高分解能イメージが得られうることを示している。組織イメージングのためにMALDI−TOF−MS装置を使用する従来の無溶媒適用は100μmの側方分解能を用いていた(Puolitaivalら,J.Am.Soc.Mass Spectrom 2008,19,882−886)。
【0132】
VI.実施例6
本実施例は、FF−TG−AP MALDIを用いるマウス脳組織の分析を記載する。無溶媒および溶媒に基づくマトリックス適用の比較も記載する。
【0133】
A.マウス脳の組織質量分析
図43A〜Bは、組織とガラススライドとの間にマトリックスを配置することにより調製されたマウス脳の、無電場透過配置常圧(field−free transmission geometry atmospheric pressure)(FF−TG−AP)MALDI源を使用する組織質量分析を示す。図43(A)は、新しい(virgin)組織スポットをサンプリングすることにより得られた全イオン電流を示し、図43(B)は質量スペクトルを示す。該インセットは、高質量分解能装置(50000質量分解能、<5ppm質量精度)を使用して表された等圧(isobaric)組成を示す。このFF設計はTG−AP源での組織およびマトリックス層の両方のアブレーションを可能にする。組織およびマトリックスの両方の厚さは厳密に決定され最適化されうる。
【0134】
後記に詳細に説明するとおり、図44は、レーザーアブレーションを行う前の、乾燥物質に噴霧することによりDHBで被覆された脳切片の顕微鏡スライドの写真を示す。図44は、(1)レーザーアブレーション前に容器から直接的に乾燥物質に噴霧することによりDHBで被覆された、および(2)4滴を用いて、溶媒に基づくDHBマトリックスが添加された、脳切片の顕微鏡スライドを示す。図45および46は、レーザーアブレーション後の図44の無溶媒マトリックス処理組織切片の光学顕微鏡イメージを示す。図45(50μmの倍尺線)においては、クレーターの形状は、該組織を通ったレーザーアブレーションの成功を示しており、図46(10μmの倍尺線)においては、クレーターを囲む残留マトリックスは該組織のアブレーションにおけるマトリックス支援を示している。図47はレーザーアブレーション後の図44(2)の無溶媒マトリックス処理組織切片を示し、0.2μLのマトリックスにさらされた領域は黒色として現われている。
【0135】
組織切片上の、溶媒に基づくおよび無溶媒マトリックス適用を、イオンを生成させるためのレーザー照射の後、イオン光学顕微鏡観察により調べた。レーザービームがマトリックスへの到達の前に該組織を横断するように、該組織切片をDHBマトリックスで被覆した。該マトリックスはこの配置で組織物質のイオン化を支持したが、それは、組織と顕微鏡スライドとの間にマトリックスが存在する場合より低い度合であった。組織に対するレーザーの影響(衝撃)は裸眼では視認できなかった。
【0136】
光学顕微鏡検査は組織全体にわたる衝撃事象を示した。図45および46には2つの領域が示されている。図45は図44の無溶媒マトリックス処理組織切片を示し、これらは、図47に示されている溶媒に基づく適用からの結果と比較されうる。図45における、より大きな衝撃領域は、アブレーションされた組織領域(〜80μm)の形状を示している。アブレーションされた組織の隆起周囲により示されるとおり、組織損傷が観察される。図46に示されている2つのアブレーション領域の小さいほうは該マトリックスの考えられうる役割を示している。マトリックスが組織に十分に接近している場合にのみ、組織分子の脱離/イオン化におけるマトリックス支援が生じうる。考えられうるメカニズムは、最初のショットの後、熱がマトリックスを組織へ溶融させる、というものである。これは、クレーターの両側に尚も存在するマトリックス結晶の部分を伴うアブレーション組織領域を説明するであろう。
【0137】
マトリックスを組織の下に配置した場合に、有意に、より良好なイオン電流が得られたが、レーザーでアブレーションされた組織領域は顕著に、より大きかった。FF−TG−APアプローチで生成したイオンの存在量は、改善されたレーザービーム集束で十分なシグナルが観察されることを示唆している。
【0138】
VII.実施例7
本実施例はアンジオテンシン1の無溶媒MS分析を示す。
【0139】
MALDIサンプルの調製には、乾燥滴法に従った(Karasら,Anal Chem 1998;60:2299)。ガラススライドへのサンプルの直接蒸着に関する無溶媒サンプル調製物は、Trimpinら,Rapid Commun Mass Spec 2001;15:1364に記載されているプロトコールを用いて調製した。ペプチド、タンパク質、DHB異性体および溶媒をSigma Aldrich(St.Louis,MO)から入手した。
【0140】
図62は、2,5−DHBを使用するLSIにより得られたアンジオテンシン1の質量スペクトルを示す。インセットは、示されている拡大領域を示す。図63は、50/50 CAN/水を使用するエレクトロスプレーイオン化(ESI)により得られたアンジオテンシン1の質量スペクトルを示す。
【0141】
結果は、アンジオテンシン1のような小さな系に関しては、2,5−DHBおよび溶媒に基づくサンプル調製条件を用いた場合、ESIとFF−TG AP−MALDIとで同じ電荷状態分布および存在量が観察されることを示している。
【0142】
VIII.実施例8
本実施例はイオン化アミロイドペプチド(1−42)のAP−MALDIを示す。
【0143】
アミロイドペプチド(1−42)はアルツハイマー病の発生病理において主要な役割を果たしている。疾患過程の一部として、それは不溶性神経毒性β−アミロイド原線維形態に変換される(Wunderlinら,Peptides−European Symposium 1999;25;330−331)。本実施例では、アミロイド(1−42)に対してAPスルーステージ(through−stage)MALDIを行った。該タンパク質分子量は標準的なMS範囲を上回るため、該タンパク質はイオン化された。図65〜67は、+4、+5および+6の電荷を有する質量スペクトルを示す。本実施例は、より大きな分子量のタンパク質(約4,000mwを超える)のイオン化が、APスルーステージMALDIを用いるそれらの分析を可能にしうることを示している。
【0144】
IX.実施例9
本実施例はウシインスリンの調製およびMS分析を示す。
【0145】
2,5−DHBおよび溶媒に基づくMALDIマトリックス/アナライト調製法を用いて、ウシインスリンに関する質量スペクトルを得た(Karasら,Anal.Chem.1988;60:2299)。該MALDI質量スペクトル(図68)はインスリンに関するESIスペクトルに類似していた。図10はウシインスリンの無溶媒および溶媒に基づく調製を示す。
【0146】
X.実施例10.追加的なデータおよび開示
以下の図は、質量分析(MS)による物質の分析および組織イメージングを改善するために行った研究および実験に関する追加的なデータおよび開示を表す。
【0147】
図15は形状による同圧(isobaric)分子の無溶媒分離を示す。IMS−MSは電荷の数および横断面(サイズおよび形状)により分子を分離し、ガラクトースおよびアスピリンは実質的に同じ分子量(実質的に同じサイズ)を有し、1個のカチオンを加えることによりイオン化される(同じ数の電荷)。図15は、アスピリン(C9H8O4;正確な分子量180.042Da)と対比されたガラクトース(C6H12O6;正確な分子量180.063Da)のESI−IMS−MS(SYNAPT G2,Waters Company)を用いた場合のドリフト時間スペクトル(無溶媒分離、イオン移動度出力)を示す。
【0148】
図16は形状による異性体分子の無溶媒分離を示す。IMS−MSは電荷の数および横断面(サイズおよび形状)により分子を分離する。N−AEA(アナンダミド;医薬関連化合物エンドカンナビノイド;脳機能および健康(幸福)に関連;アミド結合を生成するようにアミン官能性により互いに連結されたアラキドン酸およびエタノールアミン)およびO−AEA(アナンダミド;薬理学的には重要でないと考えられる化合物;エステル結合を生成するようにアルコール官能性により互いに連結されたアラキドン酸およびエタノールアミン)は同一分子量(同一サイズ)を有し、1個のカチオンを加えることによりイオン化される(同じ数の電荷)。図16は、N−AEAと対比されたO−AEAのESI−IMS−MS(SYNAPT G2,Waters Company)を用いた場合のドリフト時間スペクトル(無溶媒分離、イオン移動度出力)を示す。インセットのスペクトルは、質量対電荷比(m/z)348.28における[M+H]+に関して豊富なイオンを示すN−AEAおよびO−AEAの質量スペクトル(MS出力)である。これらのイオンは、同一の分子量および電荷を有するため、MS次元(m/zのみにより分離される)においては区別できない。
【0149】
図17はサンプル調製および反射配置(RG)MALDIのスキームを示し、組織物質の分析に特に関連した問題を示している。組織はサンプルホルダー上に配置され、マトリックスが適用される。レーザーは該マトリックスおよびサンプルに向けられて、組織分子の脱離およびイオン化を引き起こす。
【0150】
図17は特に、マトリックス物質が組織サンプルを完全には被覆しないことが望ましくないことを示している。RG MALDIは、現在市販されている真空および常圧(大気圧)MALDI質量分析計において専ら用いられている源配置である。一番左のイメージは表面(しばしば、金被覆ガラススライド、金属板、またはガラススライドを保持しうる金属板)上の組織物質を示す。
【0151】
該分子を気相内に元のまま(無傷)で移し、電荷を付けるためには、より大きな分子に特に重要なことであるが、該アナライトの脱離およびイオン化を支援するマトリックスを使用しなければならない。真ん中の上のイメージは理想的な場合を示し、真ん中の下のイメージは、溶媒に基づく適用アプローチを用いてマトリックスを適用した場合の実験的な実際の状況を示しており、組織切片における種々の化合物のイオン化が乱れ混乱していて、それらはそれらの元の及び天然の環境および位置を喪失している。
【0152】
右上のイメージは、気相内で無傷分子イオンを生成するRG MALDIを示す。UVレーザー(しばしば355nm[N2レーザー];355nm[Nd:YAGレーザー])は該マトリックスを「前」から或る角度で励起する(これは側方および深さの次元でのアブレーション領域の制御を制限する)。生成されるイオンは、電圧の適用により該表面から上昇し、加速して分析計へと送られ、該分析計において、該分子は、多くの場合にはm/zにより、分離される。
【0153】
図19は、TissueBoxの、1つの代表例の写真を示す。図18に概要が示されているTissueBoxを組み立てるために使用される組み立て部分が示されている。左イメージは、メッシュ(典型的には金属またはプラスチックであり、>44〜1μmの種々の「細孔」径を有する)を保持する上部区画を示す。この上部区画は、組み立てられると、マトリックスおよびビーズ(しばしば、ステンレス鋼、ガラス、クロムであり、典型的なサイズは0.5mm〜5mmの範囲である)で満たされる。右イメージは、底部においてガラススライド(2つの組織切片がマウントされる)を保持する下部区画を示しており、これが上部区画と合体した場合、組織とメッシュとの間に十分な空間が存在し、後続のTissueLyzerの適用(時間および周波数は、所望のマトリックス、例えば2,5−DHBおよびCHCAの最適な均一な被覆が得られるように調節されうる)中にビーズの激しい運動が生じてもそれらが接触しないように、それらの区画は設計され製造されている。
【0154】
図20は、内側に示されているTissueBoxのためのアダプターセットホルダーを示す。
【0155】
図21は、ボールミル法によりボールがマトリックスを粉砕するように所望の時間および周波数で2つのアダプターセットを同時に振とうするTissueLyzer装置を示す。図18に示されているとおりに該スクリーンが配置された場合、該マトリックスは組織薄片上に蒸着される。該スクリーンが存在しない場合、図1〜14に示されているとおりにマトリックス/アナライト無溶媒調製が行われうる。
【0156】
図29は、Bruker TOF/TOF装置上で2,5−DHBをマトリックスとして使用するマウス脳の無溶媒TissueBox調製を示す。上側のイメージは、組織イメージを示し、そのスポットは質量により選択されたものであり、下側のイメージにおいては、質量スペクトルが示されており、その質量は、m/z 772.5におけるシグナルのMS/MSフラグメンテーションをもたらすように選択されている。結果を図30に示す。これは、TissueBox調製方法を用いた場合の組織イメージングの一例である。
【0157】
図30はマウス脳組織からのm/z 772.5Daの無溶媒MALDI TOF/TOFを示す。ピークは86,058 m/z、183,991 m/z、551,288 m/z、713,371 m/zおよび772,501 m/zで見られる。組織物質からの組織スポット選択および質量選択イオンm/z 772.5(図29を参照されたい)のフラグメンテーションの質量スペクトル。
【0158】
図34は、より一層細かい粒径のために二重メッシュアプローチを用いるためのティッシュ・ボックス(tissue box)の代表例を示す。その設計は、2つのメッシュが使用されていることを除き、単一メッシュTissueBoxである図18に類似している。該二重メッシュアプローチは、しばしば、2つの異なるサイズのメッシュを使用し、ビーズを保持しうる大きいほうの開口を有するメッシュの下に、小さいほうの「細孔」開口を有するメッシュが位置する。この中央区画は、下方の表面(ここに例示されているのは、組織切片がマウントされたガラススライドである)を覆う、より一層小さな粒子へと、粒径を精密化する。
【0159】
図35は、組織を含有するガラススライド、および二重メッシュTissueBoxアプローチの代表例を示す。図35は、図34に概要が示されている二重メッシュTissueBoxを組み立てるために使用される製造部分を示す。2つの異なるを有するマウントされたメッシュ「細孔」径(ここでは、上部に合体される20μmのもの、および中央部に合体される3μmのもの)が左側に示されている。右から2番目には下部区画が示されている。一番右側には、下部区画の下に合体されるガラススライド(2つの組織切片がマウントされている)が示されている。該二重メッシュアプローチでは前粉砕が省略されうる。
【0160】
図41は、通常のRG(上)をTG(下)と比較するスキームを示す。TGにおける前方の運動量は、より高い運動量の粒子を得るために質量分析計へのイオン進入口とサンプルプレートとの間に加えられる電圧の必要性を排除する。
【0161】
図42は、APにおけるイオンの生成のためのレーザーに基づく源の設計およびマトリックス適用の概要図を示す。図42(A)はRGを示し、図42(B)はTGを示す。
【0162】
図48は2つの異なる無溶媒サンプル調製法を示す。該スキームの上部は、組織の上に、TissueBoxアプローチを用いてマトリックスを無溶媒で適用することを示し、これは、典型的には、RG MALDIと共に用いられる。下半分は、まず、TissueBox無溶媒アプローチを用いて顕微鏡ガラススライドをマトリックスで被覆(コーティング)し、ついで、該組織を上に適用することを示す。このアプローチは透過配置に関する利点を有する。どちらの場合も、レーザーエネルギーは、組織ではなくマトリックスにより吸収される。
【0163】
図49〜52は、無溶媒MALDIを行うために用いられる装置の写真を示す。図49は、多荷電イオンを生成させるためのLSIでの実験の結果を示す。乾燥滴(dried droplet)アプローチを用いてマトリックス/アナライトが適用された石英プレートのホルダーが示されている。窒素レーザーは黒色の箱であり、その真正面には熱Fisher Scientific Ion Max源がある。図50は前面からのイオンマックス(Ion Max)源の拡大図を示し、x,y,zステージ上に保持された集束レンズが最前面に示されている。レーザービームは、質量分析計イオン進入口の近くの石英プレート上に保持されているマトリックス/アナライトサンプルに達するように該レンズにより集束される。該レーザービームはイオン進入毛管と一列(180度)に並んでおり、該MSの0.2mmのイオン進入口と20mmのイオン進入口との間に保持されたサンプルに達する。図51も、孔、および石英ガラス上のサンプルを示す。図52は、前方および後方のみの移動方向でのレーザービームによる石英プレートの複数回の通過により生じている、マトリックス(ハート形)を貫く線を示す。
【0164】
図53〜61は、LSIを用いて得られた結果を示す。図53および54は、LSI用いて得られたスフィンゴミエリンに関する結果を示す。図55は、2,5−DHBにおける、脂質であるホスファチジルグリセロールに関する結果を示し、この場合も、ESIの場合とちょうど同じのように、LSIにおける単一荷電(1価)イオンを示している。図56は、LSIを用いて得られたホスファチジルイノシトールに関する結果を示す。図57は、LSIを用いて得られたアナダミドに関する結果を示す。図58は、LSIを用いて得られたNAGlyに関する結果を示す。図59は、LSIを用いて得られたleu−エンカファリンに関する結果を示す。図60は、LSIを用いて得られたブラジキニンに関する結果を示す。図61は、LSIを用いて得られたサブスタンスPに関する結果を示す。
【0165】
図64〜67は、LSIを用いて得られた追加的な結果を示す。図64は、+2および+3の電荷状態を有するACTHに関する結果を示す。図65〜67は、それぞれ+4、+5および+6の電荷状態を有するアミロイド(1−42)に関する結果を示す。
【0166】
図69は、電圧の存在下で無溶媒MALDIを行うために使用した装置の写真を示す。図70は、電圧の存在下でAPスルー・ステージ(through−stage)MALDIを用いて得られた、アンジオテンシン1に関する結果を示す。電荷状態は+1および+2であり、図62(この場合、電圧の非存在下で+2および+3の電荷状態が見られた)と比較される。
【0167】
図71〜80は、本明細書に開示されている方法の利点の更なる証拠を示す。図71B〜Cに示されているとおり、フラグメントイオンはBSAのトリプシン消化性ペプチドの必要な配列情報を与える。特に、図71A〜Cは、溶媒に基づくサンプル調製条件および2,5−DHAPマトリックス、150℃のコーン温度ならびにマウント化脱溶媒和装置(非加熱)を用いる、トリプシンによるウシ血清アルブミン(BSA)タンパク質消化物のLSI−IMS−MSおよびMS/MSを示す:I)IMS−MS(図71A)、II)図71(B)トラップおよび図71(C)TriWave部の移動領域におけるCIDフラグメンテーション。左側に質量スペクトルが示されており、右側にドリフト時間分離対質量/電荷比(m/z)の2Dプロットが示されている。
【0168】
図72A〜Bは完全無溶媒分析の利点の一例を示す。ペプチドおよび脂質(50/50のモル比)のモデル混合物を調製し、I)LSIを用いる完全無溶媒分析、II)無溶媒サンプル調製を用いるIMS−MSにより分析した。IIのみが両方の成分を検出する。区分(A)は2D IMS−MSプロットを示し、区分(B)は質量スペクトルを示す。図73A〜Bは、無溶媒サンプル調製およびそれに続く粗油サンプルのLSI−IMS−MS取得によるTSAを示す。図73(A)は質量スペクトルを示し、図73(B)は、加熱(200℃以上)を伴う無溶媒条件下の2,5−DHBにおける原液粗油のドリフト時間(td)対m/zの二次元プロットを示す。
【0169】
図74A〜CはTSA質量スペクトル、およびドリフト時間(td)対m/zの二次元プロットを示す。図74Aは、30Hzで5分間、追加的マトリックスの添加および30Hzで5分間の粉砕の反復の粉砕パターンで無溶媒条件下で調製された2,5−DHAP中の粗油を示す。図74Bは、図74Aと同じ純粋な植物油を示す。図74Cは、30Hzで5分間の粉砕パターンにおける2,5−DHAP中のモーター油を示す。図74A〜Cに関しては、2μLのアナライトを使用し、無溶媒条件下で調製した。全3個のサンプルに熱を加えた。生成したイオンはイオン移動度次元における形状により分離される。この情報は、伝統的なMALDI分析で一般的に存在するレーザー誘発性凝集物が存在しないことを示している。これらのLSIの結果はまた、該マトリックスに関連した化学的バックグラウンドが重要ではないことを示している。該純粋植物油およびモーター油はより低い質量種の存在を有さないが、該粗油サンプルに関連した複雑性が該2Dプロットにおいて見られうる。さらに、該2Dプロットは、ドリフト時間対m/zの画像2D表示のスナップショットアプローチを用いる比較分析に有用であることを示している。
【0170】
図75は、400℃の加熱移動毛管を使用し2,5−DHBを使用する炭酸脱水酵素(平均分子量29029)タンパク質のLTQ Velos装置上のLSIを示す。図76はLTQ−ETD Velos装置上のLSIを示す。ダウンタイム(真空インターロック)も交差汚染も伴うことなく、複数のサンプルに関する迅速な取得が行われる。
【0171】
図77A〜Bは、OVAペプチド323−339の種々の電荷状態のLSI−CID質量スペクトルを示す。図77(A)m/z=887;図77(B)m/z=444(DHBマトリックスを使用)。
【0172】
図78A〜Fは図78(A、D)混合物IのLSI−LTQ−MS分析と図78(B、E)GF(m/z=612.4)のCIDスペクトルとの比較を示す。図78(C、F)は、DHAPおよびDHBマトリックスを使用した場合のAngI(m/z=648.9)を示す。図78(D) DHBは、DHAP(図78A)より高い電荷状態を生成する。図78(B、C、E、F)は、CIDフラグメンテーションにより得られた類似した配列情報が両方のマトリックスに関して観察されることを示している。
【0173】
図79A〜Bは、OVAペプチド323−339(m/z 444.554)のCIDを用いた場合のLSI−MSn(n=2および3)スペクトルを示す。図79(A)はLSI−MS2を示し、図79(B)は、DHBを使用した場合のLSI−MS3を示す。図80A〜Bは、アンジオテンシン1(Ang.1)、OVAペプチド323−339(OVA)、β−アミロイド10−20(BA(10−20))、、ミエリンプロテオリピドタンパク質139−151(MPP)および増殖因子102−111(GF)を含有する混合物中のAng.1(m/z 433)のMS/MSスペクトルを示す。図80(A)はLSI−CIDを示し、図80(B)は、DHBマトリックスを使用した場合のLSI−ETDを示す。
【0174】
図81A〜Bは、酸化型β−アミロイド10−20(BA),m/z 488のMS/MSスペクトルを示す:(A)LSI−CID、(B)LSI−ETD(DHBを使用)。LSI−ETDを用いた場合には、LSI−CIDと比較して改善された配列カバレッジが認められる。
【0175】
図82A〜EはLSI−MS分析の最適化および利点を例示する:(I)SYNAPT G2(左側の列)のXYZ−ステージを用いる正確かつ連続的なアブレーションを利用する取得、手動イメージング実験設定(A)〜C;マトリックス/アナライトがマウントされたガラススライド:2,5−DHAPおよびアンジオテンシン1を使用する(D)溶媒に基づく、(E)無溶媒サンプル調製。
【0176】
図83A〜Bは、溶媒に基づく蒸着された2,5−DHBの、および透過配置LSI設定においてN2レーサーによりアブレーションされた顕微鏡観察を示す。質量分析計進入口ではなく、約2mmの距離の位置に第2の顕微鏡ガラススライドを配置して、アブレーションプルームを集めた。左側(a)には親スライド上のアブレーション領域が示されており、右側(b)には、集められた該プルームが示されている。実験観察は該レーザーアブレーション過程における「クラスター」または「滴」の生成を示している。
【0177】
図101A〜Cは、電荷遠隔(charge remote)フラグメンテーションによる脂肪酸分析を示す。該図は、真空MALDIを用いてSYNAPT HD質量分析計上で取得されたオレイン酸のTSAを示す。図101Aは質量スペクトルを示し、図101Bは二次元ドリフト時間対m/zを示し、図101Cは、2つの等圧体(isobar)m/z 295.123〜295.179およびm/z 295.260〜295.322に関する抽出ドリフト時間を示す。
【0178】
図102は電荷遠隔(charge remote)フラグメンテーションによる脂肪酸分析を示す。オレイン酸の図101A〜CからのMS/MS:区分(A)は全MSを示し、区分(B)は、3つの移動度が観察されることを示している。最低移動度は電荷遠隔フラグメンテーションを示し、したがって、区分(C.3)に示されているとおり構造情報(C−9二重結合位置)を与える。
【0179】
図103はアンジオテンシン1(ペプチド)の伝統的なイオン化法の要約を示す。左パネルは真空MALDIからの結果を示し、右パネルはAP ESIを示す。
【0180】
図104は、LSI(下)を加えた場合の、図103に示されているアンジオテンシン1(ペプチド)に関する伝統的なイオン化法の要約を示す。該LSIは、微量の該ペプチドを含有する固体マトリックス(2,5−ジヒドロキシ安息香酸[2,5−DHB])のレーザーアブレーションを用いた場合にESI様多荷電イオン質量スペクトルを示す。
【0181】
図105はLSI−MSの概要および結果を示す。上区分は、多荷電イオンを遊離するための該マトリックスの蒸発のために脱溶媒和領域に進入する多荷電クラスターまたは液滴を生成するレーザーアブレーションを示すLSI法の概要を示す。左下区分は、通常のMALDIメカニズム(APCI過程)により見掛け上生成されている若干荷電したイオンと比較した場合の、脱溶媒和領域(上右に示されている)の温度の上昇に対する多荷電イオンの応答を示す。右下区分は、マトリックス2,5−DHBを含有する親ガラス顕微鏡スライドから3mmの距離を隔てて保持された顕微鏡スライド上に集められたレーザーアブレーションされた液滴を示す。該条件はLSIレーザーアブレーション条件に類似しており、APにおけるレーザーアブレーションにより該固体マトリックスから液滴が生成されることを示している。
【0182】
図106はLSI装置の写真を示す。上区分はIMS−MS SYNAPT G2を示す。レーザー(右上)が質量分析計の孔と一直線に並ぶことが可能となるように、ロッススプレーのモーターは取り外されている。レーザーと孔との間の集束レンズは、ガラススライド上に配置され該孔から1〜3mm前にマウントされたマトリックス/アナライトサンプル上にレーザービームが直接的に集束することを可能にする。右下区分は源改造の内部図を示す。該サンプルは熱装置(白)に面しており、レーザーは後方(この場合は右側)から当たり、集束レーザービームが通るようにマトリックス/アナライトサンプルを移動(ラスタ)させるためにナノエレクトロスプレー源のxyzステージが用いられる。前部の針金は例えばVariac装置につなぎとめられて、使用マトリックスに応じて熱も加えられる。左下区分は、約3ダースのLSIサンプルがローディングされた顕微鏡ガラススライドを示す。
【0183】
図107A〜Bは、マトリックスとしての2,5−DHBを使用した場合のウシインスリンのLSI−IMS−MSを示す。図107Aは、熱が加えられ、集束レーザービームを通るようにサンプルが移動された場合、全イオン電流が効率的なイオン生成の指標となることを示す。約80秒間の取得の後に加温をやめた後、イオン電流の有意な低下が観察される。図107Bは全イオン電流からの複数の取得の質量スペクトルを示す。ESIで典型的に観察される豊富なシグナルおよび電荷状態が、電荷状態+4に関するインセットスペクトルで示されているとおり高い分解能で示されている。
【0184】
図108は、マトリックスとしての2,5−DHBおよび加熱装置(この場合は約5ボルト)を使用した場合のリゾチームおよびユビキチンの低存在量タンパク質混合物のLDI−IMS−MSを示す。それらの2つのタンパク質の電荷状態の複雑さのため、混雑した全質量スペクトルが認められる。
【0185】
図109は、マトリックスとしての2,5−DHBおよび加熱装置(この場合は約5ボルト)を使用した場合の、図108に類似した濃度におけるユビキチンの二次元ドリフト時間対m/zを示す。LSIイオンは、ESIイオンの場合と同様に電荷の数および横断面(サイズおよび形状)により分離される。
【0186】
図110は、マトリックスとしての2,5−DHBおよび加熱装置(この場合は約5V)を使用した場合の、図108に類似した濃度におけるリゾチームの二次元ドリフト時間対m/zを示す。LSIイオンは、ESIイオンの場合と同様に電荷の数および横断面(サイズおよび形状)により分離される。
【0187】
図111は、マトリックスとしての2,5−DHBおよび加熱装置(この場合は約5V)を使用した場合の、図108と同じ濃度におけるユビキチンおよびリゾチームの二次元ドリフト時間対m/zを示す。両方のタンパク質のLSIイオンは、ESIイオンの場合と同様に電荷の数および横断面(サイズおよび形状)により分離される。該データの二次元性および該表示の画像は、電荷状態および両方のタンパク質に対するそれぞれの特徴の特定を可能にする。各タンパク質の質量スペクトルは、図112においてリゾチームに関して示されているとおり、正確に抽出されうる。
【0188】
図112A〜BはユビキチンおよびリゾチームのMSを示す。図112Aは、図108に示されているとおりのユビキチンおよびリゾチームの全MSを示す。図112Bは、図111に示されている二次元ドリフト時間対m/zプロットからの、リゾチームの抽出質量スペクトルを示す。
【0189】
図113は、加熱することなく2,5−DHBを使用した場合の、粗製油のLSI−IMS−MS分析を示す。
【0190】
図114は、加熱を伴って2,5−DHBを使用した場合の、粗製油のLSI−IMS−MS分析を示す。脱溶媒和装置に「加熱が適用されない」(「加熱することなく」、「非加熱」)と記載されている場合、それは、150℃であるイオン源スキマーに尚も接続されている。したがって、金属脱溶媒和装置は150℃に近い。脱溶媒和装置に熱が加えられると、それは150℃を超える温度に加熱される。熱が加えられた場合、より豊富かつより高い分子量のイオンが観察される。該イオンは気相中で分離される。レーザー脱離/イオン化でしばしば観察される高いレーザー力またはESIでのより高い濃度による凝集は観察されない。同一サンプルおよび取得プロトコールが用いられる限り、これらの複雑な系の画像スナップショットは、迅速に識別されるのに十分な程度に区別されうる。
【0191】
図115A〜Dは、加熱することなく2,5−DHAPおよび脱溶媒和装置を使用した場合の、漸増分子量を有するタンパク質に関するLSI−IMS−MSを示す。図115Aはブタインスリンに関する結果を示し、図115Bはユビキチンに関する結果を示し、図115CはシトクロムCに関する結果を示し、図115Dはリゾチームに関する結果を示す。
【0192】
図116は、同じm/zおよびここに示されているとおり非常に類似した電荷状態分布を有するために質量分析のみでは識別不可能な異性体タンパク質混合物の分析のためのLSI−IMS−MSを示す。ベータアミロイド(1−42)の全質量スペクトルが区分(A)に示されており、アミロイド(42−1)のものが区分(B)に示されている。該分析は、マトリックスとして2,5−DHAPを使用し脱溶媒和装置に熱を加えないで行った。
【0193】
図117はベータアミロイド(1−42)の二次元ドリフト時間対m/zを示す。該二次元ドリフト時間対m/zは電荷の数および横断面による分離を示す。該分析は、マトリックスとして2,5−DHAPを使用し加熱装置に熱を加えないで行った。
【0194】
図118はアミロイド(42−1)の二次元ドリフト時間対m/zを示す。該二次元ドリフト時間対m/zは電荷の数および横断面による分離を示す。該分析は、マトリックスとして2,5−DHAPを使用し加熱装置に熱を加えないで行った。
【0195】
ここに開示されている方法は、温度を増加させること(2,5−DBHでは〜400℃)およびマトリックスの熱要件を低下させること(2,5−DHBでは〜300℃)により、アナライト/マトリックスクラスターの脱溶媒和が達成されうることを示している。ここに開示されている方法はまた、異性体タンパク質混合物の電荷状態同族体(ファミリー)がIMS次元においてベースライン分離されることを示している。
【0196】
図119〜122は、SYNAPT G2上で同じナノエレクトロスプレーイオン化源を使用するESIにより得られた結果と比較した場合の、LSIにより得られたドリフト時間の結果に基づくユビキチンの構造を示す。図119は、ユビキチンを使用するLSI−IMS−MSとのESI−IMS−MS比較に用いた条件を示す。図120は、二次元ドリフト時間対m/zプロットにおいて示されたユビキチンのLSI−IMS−MSに関する結果を示す。図121は、二次元ドリフト時間対m/zプロットにおいて示されたユビキチンのESI−IMS−MSに関する結果を示す。電荷状態はLSIとESIとで非常に類似しており、イオン存在量は、ESIイオンで、より高い。図122は、図120および121の全電荷状態に関する抽出ドリフト時間分布を示す。左側にはLSIイオンが示されており、右側にはESIイオンが示されている。LSIおよびESIイオンは実質的に同一のドリフト時間を示している。電荷状態には無関係に、LSIイオンは、それぞれのESIイオンより狭いドリフト時間を有する。さらに、電荷状態+12を有するLSIイオンは、ESIイオン+12より分離されたドリフト時間分布を示している。したがって、LSIは大きな分子の軟(ソフト)イオン化をもたらし、構造情報を保有する。
【0197】
図123〜127は、LSIにより得られたドリフト時間の結果に基づくユビキチンの構造を示す。図123は、図124〜127に示されている結果で用いた条件を示す。該LSI条件は図199におけるものと同一であるが、コーン電圧は0V(伝統的なLSI条件)から100V(典型的なESI値)へと系統的に変化された。図124は、イオン存在量の増加およびより低い電荷状態(電荷ストリッピング)を示す漸増コーン電圧で得られたMSを示す。ドリフト時間分布は電荷状態+9、+7、+5に関して抽出された。図125は、図124から抽出された電荷状態+9のドリフト時間を示す。電荷状態+9は狭いドリフト時間分布を示す。100Vのコーン電圧においては、より長いドリフト時間(約80ドリフト時間ビン)も観察され、このことは、幾つかのタンパク質イオンが、より伸張した構造へと開くことによりそれらの構造を喪失したことを示している。図126は、図124から抽出された電荷状態+7のドリフト時間を示す。電荷状態+7は、コーンにおける0Vにおける幾つかの小型構造を示す幾つかのドリフト時間(<約95ビン)を示している。電圧の増加と共に、これらのドリフト時間は消失し、1つの豊富なドリフト時間のみが観察される。図127は、図124から抽出された電荷状態+5のドリフト時間を示す。電荷状態+5は広いドリフト時間分布を示す。電圧の増加と共に、該分布の存在量はより強力になる。これらの結果は、コーンにおいて0Vにおいて、電圧の増加と共に喪失した幾つかの構造が適用されることを示している。したがって、LSIは、ユビキチンの構造の完全性を維持する軟イオン化法である。
【0198】
図128は、タンパク質(左パネル)と比較した場合のタンパク質複合体(右パネル)のLSI−IMS−MSドリフト時間分布を示す。全ての電荷状態に関して、より長いドリフト時間が観察され、最も顕著なのは電荷状態+7である。この観察は、該タンパク質−リガンド複合体の、より大きな横断面と合致している。
【0199】
ここに開示されている方法は、同じナノESI−IMS−MS装置を使用して、LSIおよびESIの両方が、より少数のコンホーメーションを示す該LSIにおける全ての電荷状態に関して類似したドリフト時間を示すことを示している。ここに開示されている方法はまた、LSIおよびコーン電圧に関して、該電圧が、より低い電荷状態(電荷ストリッピング)のイオンの存在量を増加させること、電圧がバックグラウンドを導入すること、およびより少数のコンホメーションが電圧の増加と共に観察されることを示している。
【0200】
図129はウシインスリンのTSAを示す。該分析は、2,5−DHAPマトリックス/ウシインスリンのTissueLyzer均一化/移動、および熱の適用を伴わない脱溶媒和装置を用いて行った。二次元ドリフト時間対m/zプロットにおいて観察されるとおり、気相中で多荷電イオンが生成され分離される。
【0201】
図130はアンジオテンシン1のTSAを示す。該分析は、種々のマトリックス/アンジオテンシン1脱溶媒和、および熱の適用を伴わない脱溶媒和装置を用いて行った。該抽出ドリフト時間分布において示されるとおり、気相中で多荷電イオンが生成され分離される。上に示されているドリフト時間は、負イオンモードで測定された2−アミノベンジルアルコールを示し、中央に示されているドリフト時間は、正イオンモードで測定された2−アミノベンジルアルコールを示し、下に示されているドリフト時間は、正イオンモードで測定された2,5−DHAPを示す。結果は、負および正イオンモードの両方のTSAに多種多様なマトリックスが使用されうることを示している。同じ電荷状態(2価)の負イオンは、プロトン化されているイオンより速いドリフト時間を有する。2つの異なるマトリックスにより生成された正の2価イオンは実質的に同一のドリフト時間を有し、このことは、該マトリックスが該イオンのドリフト時間(ひいては構造)にほとんど影響を及ぼさないことを示している。注目すべきこととして、ABAの溶媒に基づくサンプル調製は負の2価イオンの生成をもたらさず、Nd/YAGレーザー(355nm)を使用した場合に負の2価イオンが観察された。
【0202】
図131〜132は、1:1のモル比の脂質(スフィンゴミエリン、SM)およびペプチド(アンジオテンシン1、Ang.1)の一定の混合物の分析を示す。図131は、1:1のモル比における脂質(スフィンゴミエリン、SM)およびペプチド(アンジオテンシン1、Ang.1)の一定の混合物の、溶媒に基づく分析を示す。
【0203】
図132は、1:1のモル比における脂質(スフィンゴミエリン、SM)およびペプチド(アンジオテンシン1、Ang.1)の一定の混合物の、TSA分析を示す。図131はペプチドのみを観察しているが、図132は、SMとAng.1との混合物の両方の成分を観察している。これらの結果は分析における定性的および相対定量的改善を示している。該分析は、2,5−DHAPマトリックス/アナライト混合物のTissueLyzer均一化/移動、および熱の適用を伴わない脱溶媒和装置を用いて行った。二次元ドリフト時間対m/zプロットにおいて観察されるとおり、気相中で多荷電イオンが生成され分離される。
【0204】
特に示さない限り、本明細書および特許請求の範囲において用いられる、成分の量、特性、例えば分子量、反応条件などを表す全ての数字は、全ての場合において、「約」なる語により修飾されていると理解されるべきである。したがって、特に示さない限り、本明細書および添付の特許請求の範囲に記載されている数的パラメーターは、本発明が得ることを望む所望の特性に応じて変動しうる近似値である。少なくとも、そして特許請求の範囲の範囲への均等論の適用を制限するものではないが、各数的パラメーターは、少なくとも、示されている有効数字を考慮して、および通常の丸め技術を適用することにより解釈されるべきである。
【0205】
本発明の広い範囲を記載している数的範囲およびパラメーターは近似値であるが、具体例において記載されている数値は、可能な限り厳密に示されている。しかし、いずれの数値も、そのそれぞれの試験測定において見出される標準偏差から必然的に生じる或る誤差を本質的に含有する。
【0206】
本発明を記載する文脈で用いられている単数形は、本明細書中で特に示されていない限り、または文脈に明らかに矛盾しない限り、単数形および複数形の両方を含むと解釈されるべきである。本明細書における値の範囲の列挙は、該範囲内に含まれるそれぞれの別個の値に個々に言及する省略法として用いられているに過ぎないと意図される。本明細書中に特に示されていない限り、それぞれの個々の値は、それが本明細書中で個々に列挙されているのと同様に、本明細書に含まれる。本明細書中で特に示されていない限り、または文脈に明らかに矛盾しない限り、本明細書に記載されている全ての方法は任意の適当な順序で行われうる。本明細書に記載されている全ての例または例示的用語(例えば、「のような」)は単に、本発明をより明らかにすることを意図したものであり、別に特許請求されている本発明の範囲を限定するものではない。本明細書におけるどのような表現も、本発明の実施に必須である特許請求されていないいずれかの要素を示していると解釈されるべきではない。
【0207】
本発明の代替的要素または実施形態の群分けは限定的なものと解釈されるべきではない。それぞれの群構成要素は、個別に、または該群の他の構成要素もしくは本明細書中で見出される他の要素とのいずれかの組合せとして言及され特許請求されうる。群の構成要素の1以上は、便宜上および/または特許性の理由により、群に含められ又は群から除外されうると予想される。いずれかのそのような包含または除外が生じる場合、本明細書は、該群を、修飾されたものとして、したがって添付の特許請求の範囲において用いられている全てのマーカッシュ群の記載説明を満たすものとして含有するとみなされる。
【0208】
本発明の或る実施形態は、本発明を実施するための、本発明者らに知られている最良の形態を含むものとして、本明細書に記載されている。もちろん、これらの記載実施形態に対する変更は、前記説明を読めば当業者に明らかとなるであろう。本発明者は、当業者がそのような変更を適宜用いると予想しており、本発明者らは、本発明が、本明細書に具体的に記載されている以外の様態で実施されることを意図している。したがって、本発明は、適用可能な法律により認められているとおり、本明細書に添付されている特許請求の範囲に記載されている内容の全ての修飾および均等物を含む。さらに、本明細書に特に示されていない限り、または文脈に明らかに矛盾しない限り、前記要素の、その全ての可能な変更を伴うあらゆる組合せが本発明に含まれる。
【0209】
本明細書に開示されている特定の実施形態は、からなる、および/または、から実質的になる、の表現を用いて、特許請求の範囲において更に限定されうる。「からなる」なる移行句は、特許請求の範囲において用いられる場合、それが出願時に用いられているか補正により加えられるかには無関係に、特許請求の範囲において特定されていないいずれの要素、工程または成分をも除外する。「から実質的になる」なる移行句は、特許請求の範囲の範囲を、特定されている物質または工程、および基本的かつ新規な特性に実質的に影響を及ぼさないものに限定する。そのように特許請求されている本発明の実施形態は本明細書において本質的または明示的に記載されており実施可能にされている。
【0210】
最後に、本明細書に開示されている本発明の実施形態は本発明の原理を例示するものであると理解されるべきである。用いられうる他の修飾も本発明の範囲内である。したがって、限定的なものではなく例示としてであるが、本発明の代替的態様も本明細書における教示に従い用いられうる。したがって、本発明は、示されており記載されているとおりのものには限定されない。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
物質の分析のために多荷電イオンを製造する方法であって、
a.物質およびマトリックスを物質/マトリックスアナライトとして表面に適用し、
b.該物質/マトリックスアナライトを大気圧またはその圧力付近でレーザーでアブレーションし、
c.該レーザーアブレート化物質/マトリックスアナライトを加熱領域に通過させた後、該物質/マトリックスアナライトを質量分析計の高真空領域に進入させることを含む、方法。
【請求項2】
マトリックスが、レーザーの波長におけるエネルギーを吸収する小分子から構成される、請求項1の方法。
【請求項3】
小分子が、ジヒドロキシ安息香酸、2,5−ジヒドロキシ安息香酸(2,5−DHB);ジヒドロキシアセトフェノン、2,5−ジヒドロキシアセトフェノン(2,5−DHAP)、2,6−ジヒドロキシアセトフェノン(2,6−DHAP)、2,4,6−トリヒドロキシアセトフェノン(2,4,6−THAP)、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(CHCA)、2−アミノベンジルアルコール(2−ABA)およびそれらの組合せからなる群から選択される、請求項2の方法。
【請求項4】
レーザーが紫外領域の出力を有する、請求項1の方法。
【請求項5】
レーザーが窒素レーザー(337nm)または周波数3倍化Nd/YAGレーザー(355nm)である、請求項1の方法。
【請求項6】
加熱領域が加熱チューブである、請求項1の方法。
【請求項7】
チューブが、質量分析計真空系に有害な蒸気を放出しない耐熱性物質から構成される、請求項6の方法。
【請求項8】
チューブが金属または石英から構成される、請求項7の方法。
【請求項9】
チューブが50から600℃の温度に加熱される、請求項6の方法。
【請求項10】
チューブが150から450℃の温度に加熱される、請求項6の方法。
【請求項11】
質量分析計の真空へのイオン進入および物質/マトリックスアナライトのレーザーアブレーションの点により定められるイオン源領域内の電場が800V未満である、請求項1の方法。
【請求項12】
イオン源領域内の電場が100V未満である、請求項11の方法。
【請求項13】
イオン源領域内の電場が0Vまたは0V未満である、請求項11の方法。
【請求項14】
物質が生物学的物質または非生物学的物質である、請求項1の方法。
【請求項15】
物質が、タンパク質、ペプチド、炭水化物および脂質からなる群から選択される生物学的物質である、請求項14の方法。
【請求項16】
物質が、重合体および油からなる群から選択される非生物学的物質である、請求項14の方法。
【請求項17】
無溶媒物質/マトリックスアナライト調製方法を用いて、該物質/マトリックスアナライトを分析することを更に含む、請求項1の方法。
【請求項18】
分析することが、構造の特徴づけのための表面イメージングおよび/または電荷遠隔フラグメンテーションを含む、請求項18の方法。
【請求項19】
物質/マトリックスアナライトを分析するために質量分析計を使用する、請求項1の方法。
【請求項20】
請求項1の方法を実施するための系。
【請求項1】
物質の分析のために多荷電イオンを製造する方法であって、
a.物質およびマトリックスを物質/マトリックスアナライトとして表面に適用し、
b.該物質/マトリックスアナライトを大気圧またはその圧力付近でレーザーでアブレーションし、
c.該レーザーアブレート化物質/マトリックスアナライトを加熱領域に通過させた後、該物質/マトリックスアナライトを質量分析計の高真空領域に進入させることを含む、方法。
【請求項2】
マトリックスが、レーザーの波長におけるエネルギーを吸収する小分子から構成される、請求項1の方法。
【請求項3】
小分子が、ジヒドロキシ安息香酸、2,5−ジヒドロキシ安息香酸(2,5−DHB);ジヒドロキシアセトフェノン、2,5−ジヒドロキシアセトフェノン(2,5−DHAP)、2,6−ジヒドロキシアセトフェノン(2,6−DHAP)、2,4,6−トリヒドロキシアセトフェノン(2,4,6−THAP)、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(CHCA)、2−アミノベンジルアルコール(2−ABA)およびそれらの組合せからなる群から選択される、請求項2の方法。
【請求項4】
レーザーが紫外領域の出力を有する、請求項1の方法。
【請求項5】
レーザーが窒素レーザー(337nm)または周波数3倍化Nd/YAGレーザー(355nm)である、請求項1の方法。
【請求項6】
加熱領域が加熱チューブである、請求項1の方法。
【請求項7】
チューブが、質量分析計真空系に有害な蒸気を放出しない耐熱性物質から構成される、請求項6の方法。
【請求項8】
チューブが金属または石英から構成される、請求項7の方法。
【請求項9】
チューブが50から600℃の温度に加熱される、請求項6の方法。
【請求項10】
チューブが150から450℃の温度に加熱される、請求項6の方法。
【請求項11】
質量分析計の真空へのイオン進入および物質/マトリックスアナライトのレーザーアブレーションの点により定められるイオン源領域内の電場が800V未満である、請求項1の方法。
【請求項12】
イオン源領域内の電場が100V未満である、請求項11の方法。
【請求項13】
イオン源領域内の電場が0Vまたは0V未満である、請求項11の方法。
【請求項14】
物質が生物学的物質または非生物学的物質である、請求項1の方法。
【請求項15】
物質が、タンパク質、ペプチド、炭水化物および脂質からなる群から選択される生物学的物質である、請求項14の方法。
【請求項16】
物質が、重合体および油からなる群から選択される非生物学的物質である、請求項14の方法。
【請求項17】
無溶媒物質/マトリックスアナライト調製方法を用いて、該物質/マトリックスアナライトを分析することを更に含む、請求項1の方法。
【請求項18】
分析することが、構造の特徴づけのための表面イメージングおよび/または電荷遠隔フラグメンテーションを含む、請求項18の方法。
【請求項19】
物質/マトリックスアナライトを分析するために質量分析計を使用する、請求項1の方法。
【請求項20】
請求項1の方法を実施するための系。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22A】
【図22B】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図31】
【図32】
【図33】
【図34】
【図35】
【図36】
【図37】
【図38】
【図39】
【図40】
【図41】
【図42】
【図43】
【図44】
【図45】
【図46】
【図47】
【図48】
【図49】
【図50】
【図51】
【図52】
【図53】
【図54】
【図55】
【図56】
【図57】
【図58】
【図59】
【図60】
【図61】
【図62】
【図63】
【図64】
【図65】
【図66】
【図67】
【図68】
【図69】
【図70】
【図71A】
【図71B】
【図71C】
【図72】
【図73】
【図74A】
【図74B】
【図74C】
【図75】
【図76】
【図77】
【図78A】
【図78B】
【図78C】
【図78D】
【図78E】
【図78F】
【図79】
【図80】
【図81】
【図82】
【図83】
【図84】
【図85】
【図86】
【図87】
【図88A】
【図88B】
【図88C】
【図89】
【図90】
【図91】
【図92】
【図93】
【図94】
【図95】
【図96】
【図97】
【図98】
【図99】
【図100】
【図101】
【図102】
【図103】
【図104】
【図105】
【図106】
【図107】
【図108】
【図109】
【図110】
【図111】
【図112】
【図113】
【図114】
【図115A】
【図115B】
【図115C】
【図115D】
【図116】
【図117】
【図118】
【図119】
【図120】
【図121】
【図122】
【図123】
【図124】
【図125】
【図126】
【図127】
【図128】
【図129】
【図130】
【図131】
【図132】
【図133】
【図134】
【図135】
【図136A】
【図136B1】
【図136B2】
【図136B3】
【図137】
【図138】
【図139】
【図140】
【図141】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22A】
【図22B】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図31】
【図32】
【図33】
【図34】
【図35】
【図36】
【図37】
【図38】
【図39】
【図40】
【図41】
【図42】
【図43】
【図44】
【図45】
【図46】
【図47】
【図48】
【図49】
【図50】
【図51】
【図52】
【図53】
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【図55】
【図56】
【図57】
【図58】
【図59】
【図60】
【図61】
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【図65】
【図66】
【図67】
【図68】
【図69】
【図70】
【図71A】
【図71B】
【図71C】
【図72】
【図73】
【図74A】
【図74B】
【図74C】
【図75】
【図76】
【図77】
【図78A】
【図78B】
【図78C】
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【図78E】
【図78F】
【図79】
【図80】
【図81】
【図82】
【図83】
【図84】
【図85】
【図86】
【図87】
【図88A】
【図88B】
【図88C】
【図89】
【図90】
【図91】
【図92】
【図93】
【図94】
【図95】
【図96】
【図97】
【図98】
【図99】
【図100】
【図101】
【図102】
【図103】
【図104】
【図105】
【図106】
【図107】
【図108】
【図109】
【図110】
【図111】
【図112】
【図113】
【図114】
【図115A】
【図115B】
【図115C】
【図115D】
【図116】
【図117】
【図118】
【図119】
【図120】
【図121】
【図122】
【図123】
【図124】
【図125】
【図126】
【図127】
【図128】
【図129】
【図130】
【図131】
【図132】
【図133】
【図134】
【図135】
【図136A】
【図136B1】
【図136B2】
【図136B3】
【図137】
【図138】
【図139】
【図140】
【図141】
【公表番号】特表2012−529058(P2012−529058A)
【公表日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−514146(P2012−514146)
【出願日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際出願番号】PCT/US2010/037311
【国際公開番号】WO2010/141763
【国際公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【出願人】(511293641)ウエイン・ステート・ユニバーシテイ (1)
【Fターム(参考)】
【公表日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際出願番号】PCT/US2010/037311
【国際公開番号】WO2010/141763
【国際公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【出願人】(511293641)ウエイン・ステート・ユニバーシテイ (1)
【Fターム(参考)】
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