説明

レーザーマイクロダイセクション法およびその利用、並びに、油性封入剤

【課題】細胞の異常や細胞内小器官を明瞭に観察することができるとともに、核酸の加水分解を防ぐことができるレーザーマイクロダイセクション法およびその利用、並びに、油性封入剤を提供する。
【解決手段】油性封入剤前駆体と紫外線吸収剤とを含んでいる油性封入剤を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザーマイクロダイセクション法およびその利用、並びに、油性封入剤に関する。更に詳細には、本発明は、病理学検査、医学研究または生物学研究にて用いられるレーザーマイクロダイセクション法(微小組織片の切断と回収)およびその利用、並びに、レーザーマイクロダイセクション法に使用できる油性封入剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
レーザーマイクロダイセクション法は、顕微鏡観察下で、病理組織などの一部をレーザー光線にて切断して回収する技術の総称であり、レーザーキャプチャーマイクロダイセクション法ともいう。
【0003】
この技術は、回収された組織片中に含まれるデオキシリボ核酸(DNA)、リボ核酸(RNA)またはタンパク質などの生体材料を分離して、当該生体材料を分析に供する目的で用いられる。
【0004】
レーザーマイクロダイセクション法では、組織を回収するという目的上、必然的に、通常の顕微鏡観察に用いられるカバーガラスを用いて組織を封入することができない。そのため、従来のレーザーマイクロダイセクション法では、封入剤を使用せずに作業(例えば、顕微鏡観察および病理組織の切断など)を行っていた。
【0005】
しかしながら封入剤を使用しないと、組織片を透過する光が、組織片などの不整な表面によって散乱され、その結果、組織形態の観察が妨害される。この場合、細胞内小器官(例えば、核など)の微細構造の差異に基づいて目的の領域(例えば、病理組織など)を選択するというマイクロダイセクションの目的が果たせない。例えば、封入剤を使用しないと、病変組織(例えば、腫瘍など)と正常組織との区別が困難であるので、病変組織特異的に核酸を回収して、当該核酸を解析することが困難である。
【0006】
そこで、従来から、レーザーマイクロダイセクション法において、水溶性封入剤を用いることが検討されてきた(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】J Clin Pathol:Mol Pathol 2003;56,240-243
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、水溶性封入剤を用いる技術は、組織片の光透過性が低いために、細胞の異常や細胞内小器官(例えば、核など)を明瞭に観察することができないという問題点を有している。例えば、腫瘍組織などを識別する場合には核の形態異常を確認する必要がある場合があるので、水溶性封入剤を用いる技術は、腫瘍組織を正確に識別する上で、大きな問題点を抱えている。
【0009】
また、水溶性封入剤を用いる技術は、水溶性封入剤に含まれている水によって核酸(DNAおよびRNA)が加水分解されるという問題点を有している。例えば、病変組織を分析するためには、顕微鏡観察下で病変組織を切り出した後に、更に、当該病変組織中の核酸(例えば、DNAまたはRNA)の塩基配列または量を解析する必要がある場合があるので、水溶性封入剤を用いる技術は、病変組織中の核酸を解析する上で、大きな問題点を抱えている。
【0010】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、細胞の異常や細胞内小器官を明瞭に観察することができるとともに、核酸の加水分解を防ぐことができるレーザーマイクロダイセクション法およびその利用、並びに、油性封入剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明のレーザーマイクロダイセクション法は、上記課題を解決するために、油性封入剤前駆体と紫外線吸収剤とを含んでいる油性封入剤によって試料を被覆する工程を含むことを特徴としている。
【0012】
本発明のレーザーマイクロダイセクション法では、上記油性封入剤前駆体は、アクリル系ポリマー、スチレン系ポリマー、シリコーン系ポリマー、変性シリコーン系ポリマー、ポリスルフィド、ポリウレタン、ブチル系ポリマー、クロロスルホン化ポリエチレンおよびスチレントリブロック共重合体からなる群から選択される少なくとも1つを含んでいることが好ましい。
【0013】
本発明のレーザーマイクロダイセクション法では、上記油性封入剤は、50重量%〜85重量%のキシレンを含んでいることが好ましいい。
【0014】
本発明のレーザーマイクロダイセクション法では、上記試料は、ヒトおよび動物の正常組織および病変組織、血液塗抹標本、培養細胞、植物組織、または、細菌であることが好ましい。
【0015】
本発明のレーザーマイクロダイセクション法では、上記油性封入剤にて試料を被覆する工程は、以下の1)および2)の少なくとも1つの工程を含むことが好ましい。
1)上記油性封入剤を、エアブラシまたはスプレーによって上記試料へ塗布する工程。
2)上記油性封入剤を基板上に滴下するとともに、重力によって当該油性封入剤を上記基板上に伸展させ、当該伸展した油性封入剤によって上記基板上に貼り付けられた上記試料を覆う工程。
【0016】
本発明の核酸の精製方法は、上記課題を解決するために、本発明のレーザーマイクロダイセクション法によって、上記試料の一部を切り出す工程と、上記切り出された試料から核酸を精製する工程と、を有していることを特徴としている。
【0017】
本発明の核酸の精製方法では、上記核酸は、DNAまたはRNAであることが好ましい。
【0018】
本発明の油性封入剤は、上記課題を解決するために、油性封入剤前駆体と紫外線吸収剤とを含んでいることを特徴としている。
【0019】
本発明の油性封入剤では、上記油性封入剤前駆体は、アクリル系ポリマー、スチレン系ポリマー、シリコーン系ポリマー、変性シリコーン系ポリマー、ポリスルフィド、ポリウレタン、ブチル系ポリマー、クロロスルホン化ポリエチレンおよびスチレントリブロック共重合体からなる群から選択される少なくとも1つを含んでいることが好ましい。
【0020】
本発明の油性封入剤は、50重量%〜85重量%のキシレンを含んでいることが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、レーザーマイクロダイセクションにおける試料(例えば、各種組織)の視認性を向上させ、試料中の標的部位とそれ以外の部位とを明確に識別できるという効果を奏する。
【0022】
本発明は、レーザーマイクロダイセクションにおいて、標的部位のみを切り出すことができるという効果を奏する。
【0023】
本発明は、試料中の物質の劣化(例えば、核酸の加水分解)を抑制することができるという効果を奏する。
【0024】
本発明は、レーザーによる標的部位の切り出しを阻害しないという効果を奏する。具体的には、本発明は、紫外線レーザーによって試料中の標的部位を切り出すことができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】油性封入剤を用いて作製したスライド、および、封入剤を用いずに作製したスライドの顕微鏡写真である。
【図2】油性封入剤を用いてスライドを作製する工程を示す模式図である。
【図3】各種スライドの顕微鏡写真である。
【図4】実施例にて精製したDNAの収量を示すグラフである。
【図5】実施例にて精製したRNAの電気泳動の結果を示す写真である。
【図6】実施例にて精製したRNA中に含まれる28S リボゾームRNAと18S リボゾームRNAとの量比を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の一実施形態について以下に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0027】
〔1.レーザーマイクロダイセクション法〕
本実施形態のレーザーマイクロダイセクション法は、油性封入剤前駆体と紫外線吸収剤とを含んでいる油性封入剤によって試料を被覆する工程を含んでいる。なお、本実施形態のレーザーマイクロダイセクション法は、当該工程以外の工程を含むことも可能であって、レーザーマイクロダイセクションに用いられている周知のあらゆる工程を含むことが可能である。
【0028】
例えば、本実施形態のレーザーマイクロダイセクション法は、上記試料を被覆する工程の後に、上記試料の一部を切り出す工程を備え得る。当該工程の詳細は特に限定されないが、例えば、紫外線レーザーによって上記試料の一部(例えば、組織中の病変部位など)を切り出す工程であり得る。本実施形態のレーザーマイクロダイセクション法は、紫外線吸収剤を含んだ油性封入剤を用いるので、紫外線レーザーによって試料中の標的部位を正確かつ簡便に切り出すことができる。
【0029】
本実施形態のレーザーマイクロダイセクション法は、上記試料の一部を切り出す工程の前に、上記試料を染色する工程を備え得る。当該工程の詳細は特に限定されないが、例えば、ヘマトキシリン・エオジン染色、または、トルイジンブルー染色であることが好ましい。なお、ヘマトキシリン・エオジン染色、および、トルイジンブルー染色は、周知の方法に基づいて行うことが可能である。当該構成であれば、試料(例えば、病変組織など)の形態の差異を明確に区別できるので、試料中の標的部位を正確に切り出すことができる。
【0030】
本実施形態のレーザーマイクロダイセクション法は、上記染色する工程と上記試料の一部を切り出す工程との間に、上記試料を脱水する工程を含み得る。当該工程の詳細は特に限定されないが、例えば、基板上に貼り付けられた試料をエタノールおよびキシレンに浸漬する工程で有り得る。更に具体的には、基板上に貼り付けられた試料を80%エタノールに5秒間浸漬し、続いて95%エタノールに5秒間浸漬し、続いて100%エタノールに5秒間浸漬し、最後にキシレンに1分間浸漬した後で、室温で風乾させてキシレンを蒸発する工程であってもよい。当該構成であれば、試料が含有する水が除去されるので、試料と油性封入剤との親和性を上昇させることができる。そして、その結果、試料の形態異常を明確に区別することができるとともに、標的部位を正確に切り出すことができる。また、当該構成であれば、試料中の水を除去することができるので、核酸の加水分解を防止することができる。
【0031】
上述したように、本実施形態のレーザーマイクロダイセクション法は、油性封入剤前駆体と紫外線吸収剤とを含んでいる油性封入剤を用いる方法である。
【0032】
上記紫外線吸収剤としては特に限定されず、周知の紫外線吸収剤を用いることが可能である。例えば、紫外線吸収剤としては、4−メトキシけい皮酸2−エチルヘキシル、2−ヒドロキシ−4−メトキシベンゾフェノン、パラアミノ安息香酸等の安息香酸系紫外線吸収剤、アントラニル酸メチル等のアントラニル酸系紫外線吸収剤、サリチル酸オクチル、サリチル酸フェニル、サリチル酸ホモメチル等のサリチル酸系紫外線吸収剤、パラメトキシケイ皮酸イソプロピル、パラメトキシケイ皮酸オクチル、ジパラメトキシケイ皮酸モノ−2−エチルヘキサン酸グリセリル、〔4−ビス(トリメチルシロキシ)メチルシリル−3−メチルブチル〕−3,4,5−トリメトキシケイ皮酸エステル等のケイ皮酸系紫外線吸収剤、2,4−ジヒドロキシベンゾフェノン、2−ヒドロキシ−4−メトキシベンンゾフェノン、ウロカニン酸、ウロカニン酸エチル、2−フェニル−5−メチルベンゾキサゾール、2−(2’−ヒドロキシ−5’−メチルフェニル)ベンゾトリアゾール、または、4−tert−ブチル−4’−メトキシジベンンゾイルメタンなどを用いることが可能である。これらの紫外線吸収剤の中では、4−メトキシけい皮酸2−エチルヘキシル、または、2−ヒドロキシ−4−メトキシベンゾフェノンが好ましい。
【0033】
油性封入剤中に含まれる紫外線吸収剤は、1種類であってもよいし複数種類であってもよい。油性封入剤中に含まれる紫外線吸収剤が複数種類である場合には、油性封入剤は、上述した紫外線吸収剤のあらゆる組み合わせを含み得る。具体的な組み合わせとしては特に限定されないが、例えば、複数種類の紫外線吸収剤の中に、4−メトキシけい皮酸2−エチルヘキシル、または、2−ヒドロキシ−4−メトキシベンゾフェノンの少なくとも1つが含まれている組み合わせを挙げることができる。
【0034】
油性封入剤中に含まれる紫外線吸収剤の量としては特に限定されないが、例えば、油性封入剤の全体を100重量%とした場合に、2−ヒドロキシ−4−メトキシベンゾフェノンの場合、油性封入剤に対して0.3重量%〜1重量%の紫外線吸収剤が含まれていることが好ましく、4−メトキシけい皮酸2−エチルヘキシルの場合、油性封入剤に対して1体積%〜10体積%の紫外線吸収剤が含まれていることが好ましい。なお、その他の紫外線吸収剤についても同様の量にて用いることが可能である。上記構成であれば、レーザーを用いて、試料を正確かつ容易に切断することができる。
【0035】
本実施形態の油性封入剤は、油性封入剤前駆体を含んでいる。
【0036】
本明細書において「油性」とは、成分として水を含まないか、あるいは、含んでいたとしても僅かの量の水しか含んでいない状態を意図する。例えば、水を含んでいるとしても、水の量が10重量%以下であることが好ましく、5重量%以下であることが更に好ましく、1重量%以下であることが更に好ましく、0.1重量%以下であることが更に好ましく、0.01重量%以下であることが更に好ましいが、これらに限定されない。
【0037】
上記油性封入剤前駆体の成分としては特に限定されず、適宜、所望の成分を含み得る。なお、上記成分は、1種類の成分であってもよいし、複数種類の成分であってもよい。
【0038】
例えば、上記油性封入前駆物質の成分としては、例えば、シリコーン系ポリマー、変性シリコーン系ポリマー、ポリスルフィド、アクリル系ポリマー、スチレン系ポリマー、ポリウレタン、ブチル系ポリマー、クロロスルホン化ポリエチレンおよびスチレントリブロック共重合体などを挙げることが可能である。これらの中では、アクリル系ポリマーおよびスチレン系ポリマーが好ましいといえる。
【0039】
上記シリコーン系ポリマーを含む油性封入剤前駆体の処方は特に限定されないが、例えば、以下の通りである:主成分(ポリジメチルシロキサンジオール)80〜85重量%、架橋剤5〜7重量%、触媒(硬化促進、カルボン酸スズまたはチタン酸エステル)0.05〜0.10%、充填剤(シリカ、カーボンブラック、ガラスミクロバルーン)6〜10重量%、可塑剤(非反応性シリコーンフルイド)0〜10重量%。当該油性封入剤前駆体は、任意の難燃剤、殺菌剤、接着促進剤、顔料および粘調剤を含んでもよい。
【0040】
上記ポリスルフィドを含む油性封入剤前駆体の処方は特に限定されないが、例えば、以下の通りである:主成分(LP(チオコール)ブレンド)15〜60重量%、充填剤(炭酸カルシウム)30〜60重量%、顔料(二酸化チタン)10重量%未満、接着促進剤(シラン、チタン酸塩)10重量%未満、酸化防止剤(フェニル−2−ナフチルアミン)10重量%未満、促進剤(p−キノンジオキシム、ジフェニルグラニジン)10重量%未満、チキソトロープ剤(Cabosil,Ircogel)10重量%未満、遅延剤(ステアリン酸、ステアリン酸エステル)10重量%未満、溶媒(トルエン、メチルエチルケトン)10重量%未満から構成されるベースコンパウンド100重量部に対し、触媒(二酸化マグネシウム、フタル酸ジブチル)10重量部。
【0041】
上記ポリウレタンを含む油性封入剤前駆体の処方は特に限定されないが、例えば、以下の通りである:主成分(ジイソシアネートプレポリマー、ジフェニルメタンジイソシアネート当量=1272)50〜60重量%、充填剤(カーボンブラックなど)40〜50重量%、シリカ2〜4重量%、溶媒(トルエン)。当該油性封入剤前駆体は、任意の酸化防止剤、難燃剤、充填剤および顔料を含んでもよい。
【0042】
上記ブチル系ポリマーを含む油性封入剤前駆体の処方は特に限定されないが、例えば、以下の通りである:主成分(イソブチレン、ポリブテン)40〜45重量%、充填剤(クレイ、シリカ、炭酸カルシウム、カーボンブラック)30〜40重量%、顔料(二酸化チタン、酸化亜鉛)2〜4重量%、粘着付与剤(ロジン−ペンタエリスリトールエステル)0.5〜1.0重量%、粘調剤(繊維)10重量%、溶媒(シクロヘキサン)。
【0043】
上記アクリル系ポリマーを含む油性封入剤前駆体の処方は特に限定されないが、例えば、以下の通りである:ラテックスアクリルポリマー30〜40重量%、充填剤(炭酸カルシウム、アルミニウム、シリカ、タルク)30〜45重量%、顔料(二酸化チタン)1.0〜1.5重量%、界面活性剤1.0〜1.5重量%、凝固点降下剤(エチレングリコール)20〜25重量%、可塑剤7〜8重量%、チキソトロープ剤1〜2重量%、無機アルコール0.2重量%。当該油性封入剤前駆体は、任意の酸化防止剤および防カビ剤を含んでもよい。
【0044】
上記クロロスルホン化ポリエチレンを含む油性封入剤前駆体の処方は特に限定されないが、例えば、以下の通りである:主成分(クロロスルホン化ポリエチレン)15〜20重量%、塩化パラフィン15〜20重量%、充填剤15〜20重量%、顔料10〜15重量%、酸化物触媒(鉛酸化物)6〜8重量%、可塑剤(フタル酸ジブチル)15〜20重量%、溶媒(イソプロピルアルコール)4〜5重量%。
【0045】
上記油性封入剤前駆体としては、顕微鏡観察に用いられる周知の油性封入剤を用いることも可能である。例えば、ビオライト(応研商事 #23−1001)を用いることも可能である。
【0046】
本実施の形態の上記油性封入剤は、50重量%〜85重量%のキシレンを含んでいることが好ましく、60重量%〜80重量%のキシレンを含んでいることが更に好ましく、65重量%〜75重量%のキシレンを含んでいることが最も好ましい。上記構成によれば、本実施の形態の油性封入剤の粘度を適切に調節できるので、簡便かつ確実に、本実施の形態の油性封入剤によって試料を覆うことが可能になる。更に具体的には、上記構成であれば、後述する1)および2)の工程において、簡便かつ確実に、本実施の形態の油性封入剤によって試料を覆うことが可能になる。一方、キシレンの量が少なければ、本実施の形態の油性封入剤の粘度が上昇し、その結果、被覆が厚すぎてレーザーによる切断ができないという問題、および、エアブラシやスプレーが詰まるという問題が生じる。逆に、キシレンの量が多ければ、本実施の形態の油性封入剤の粘度が低下し、その結果、試料を確実に覆うことができないという問題が生じる。
【0047】
上記キシレンの代わりに、代替キシレン(サクラファインテック社製ティシュー・クリア等)またはトルエンを用いることも可能である。この場合、上記油性封入剤中のこれらの物質の含量は、キシレンと同じ含量にすることが可能である。
【0048】
本実施形態のレーザーマイクロダイセクション法に用いる試料としては特に限定されず、適宜、所望の試料を用いることが可能である。例えば、上記試料は、ヒトおよび動物の正常組織および病変組織、血液塗抹標本、培養細胞、植物組織または細菌であり得る。また、上記試料は、これらのパラフィン包埋切片または凍結切片であってもよい。試料として細菌を用いる場合、従来のレーザーマイクロダイセクション法によって1つの細菌を分離(切断)しようとすれば、フィルムの切断に伴うフィルムの振動によって細菌が移動するという問題点を有している。本実施の形態のレーザーマイクロダイセクション法であれば、当該問題点を解決することが可能である。
【0049】
本実施形態のレーザーマイクロダイセクション法は、油性封入剤によって試料を被覆する工程を含んでいる。当該工程は特に限定されないが、例えば以下の1)および2)の少なくとも1つの工程によって行われることが好ましい。なお、以下の1)および2)の少なくとも1つの工程を採用する場合には、上述したように、油性封入剤がキシレンを含んでいることが好ましいといえる。
1)上記油性封入剤を、エアブラシまたはスプレーによって上記試料へ塗布する工程。
2)上記油性封入剤を基板上に滴下するとともに、重力によって当該油性封入剤を上記基板上に伸展させ、当該伸展した油性封入剤によって上記基板上に貼り付けられた上記試料を覆う工程。
【0050】
勿論、油性封入剤によって試料を被覆する工程は、基板上に滴下した油性封入剤をカバーガラスなどの板によって引き伸ばす工程であってもよい。
【0051】
上記1)の工程では、上記エアブラシおよびスプレーの具体的な構成は特に限定されず、適宜、周知のエアブラシおよびスプレーを用いることが可能である。本実施形態のレーザーマイクロダイセクション法であれば、吐出口が小さいエアブラシまたはスプレーであっても、吐出口を詰まらせることなく、油性封入剤を試料へ塗布することができる。
【0052】
上記2)の工程では、上記基板の具体的な構成は特に限定されず、適宜所望の基板を用いることができる。上記基板としては、例えば、マイクロダイセクション用のプレパラートを挙げることができる。なお、当該基板の上には、予め試料が貼り付けられている。
【0053】
上記2)の工程にて、重力によって油性封入剤を基板上に伸展させるためには、上記基板を重力の方向に対して傾けることが好ましい。つまり、重力の方向に対して傾いていない状態の基板は、重力の方向と直交する平面に対して平行に配置されている。上記基板を重力の方向に対して傾ける場合には、当該状態から、基板を傾ければよい。なお、傾ける角度は特に限定されず、例えば、油性封入剤中に含まれるキシレンの量に応じて適宜設定することが可能である。
【0054】
上記基板を重力の方向に対して傾ける場合、油性封入剤を基板上に滴下する位置は、基板上に貼り付けられた試料よりも、重力の方向に対して上側になる。当該構成であれば、油性封入剤が、重力の方向に対して下側にある試料に向かって伸展することができる。そして、その結果、伸展した油性封入剤によって、基板上に貼り付けられた試料を覆うことができる。
【0055】
上述したように、本実施形態のレーザーマイクロダイセクション法は、油性封入剤によって試料を被覆する工程を含んでいる。このとき、試料を被覆する油性封入剤の厚さとしては特に限定されない。例えば、1μm〜20μmの厚さであり得るが、これらに限定されない。上記構成であれば、試料を明確に観察することができるとともに、試料中の標的部位を正確かつ容易に切り出すことができる。
【0056】
〔2.核酸の精製方法〕
本実施形態の核酸の精製方法は、上述した本発明のレーザーマイクロダイセクション法によって、上記試料の一部を切り出す工程と、上記切り出された試料から核酸(例えば、DNAまたはRNA)を精製する工程と、を有している。
【0057】
上記試料の一部を切り出す工程の具体的な構成は、特に限定されない。例えば、顕微鏡観察下で、レーザー(例えば、紫外線レーザー)によって試料の一部(例えば、病変部位などの標的部位)を切り出せばよい。なお、本発明のレーザーマイクロダイセクション法については既に説明したので、ここでは、その説明を省略する。
【0058】
本実施形態の核酸の精製方法は、後述する核酸を精製する工程の前に、切り出された試料の一部から上記油性封入剤を除去する工程を有していることが好ましい。当該工程の具体的な構成は特に限定されないが、例えば、切り出された試料の一部をキシレンにて洗浄することが好ましく、切り出された試料の一部をキシレンにて洗浄した後に試料をエタノールにて洗浄することが更に好ましい。当該構成によれば、試料から油性封入剤を除去した後で核酸を精製するので、精製される核酸の収量を上昇させることができるとともに、精製される核酸の純度を上昇させることができる。なお、洗浄に用いるキシレンおよびエタノールの濃度は特に限定されないが、核酸の加水分解を防止するという観点から、水分含量がキシレンについて0.02%以下、エタノールについて0.5%以下であることが好ましいといえる。
【0059】
上記切り出された試料から核酸を精製する工程は、特に限定されず適宜周知の方法に基づいて行うことが可能である。つまり、核酸がDNAである場合には、周知のDNA精製方法にしたがって当該工程を行うことが可能であり、核酸がRNAである場合には、周知のRNA精製方法にしたがって当該工程を行うことが可能である。勿論、市販の核酸精製キットを用いることも可能である。
【0060】
本実施形態の核酸の精製方法であれば、病変組織のみを正確に切り出した後で、当該病変組織の核酸を特異的に精製し、当該精製された核酸を解析できるので、本実施の形態の核酸の精製方法を、臨床検査の一つである遺伝子検査に利用することが可能である。
【0061】
例えば、腫瘍の治療においては、特定の遺伝子の点突然変異の有無によって治療薬が選択される場合がある。例えば、肺癌におけるEGFR遺伝子の変異の有無、大腸癌におけるKRAS遺伝子の変異の有無が、抗腫瘍製剤の選択に影響を与える。遺伝子の変異は、DNAまたはRNAの塩基配列を解読することによって確認できる。本実施形態の核酸の精製方法であれば、腫瘍のみからDNAまたはRNAを精製できるので(換言すれば、精製されるDNAまたはRNA中に正常組織由来のDNAまたはRNAが含まれていないので)、遺伝子の変異の有無を正確に判定することができる。そして、その結果、抗腫瘍製剤の選択を正確に行うことができる。
【0062】
また、現在、RNAの量に基づいた、腫瘍の分子生物学的診断もなされている。例えば、ある種の腫瘍では、特定の遺伝子の発現量、換言すれば、RNAの量が、正常な組織と比較して増減している場合がある。それ故に、当該RNA量の増減に基づいて、腫瘍であるか否か判定することも可能である。本実施形態の核酸の精製方法であれば、RNAの加水分解を防止することができるので、より正確にRNAを定量することができる。そして、その結果、本実施形態の核酸の精製方法であれば、より正確な腫瘍の分子生物学的診断を可能にする。
【0063】
〔3.油性封入剤〕
本実施の形態の油性封入剤はレーザーマイクロダイセクションに用いられるものであって、油性封入剤前駆体と紫外線吸収剤とを含んでいる。レーザーマイクロダイセクションの具体的な構成は特に限定されず、本実施の形態の油性封入剤は、周知のあらゆるレーザーマイクロダイセクションに用いられ得る。
【0064】
本実施の形態の油性封入剤を用いれば、カバーガラスによって試料を覆わなくても、試料を明確に顕微鏡観察することが可能であるので、本実施の形態の油性封入剤は、レーザーマイクロダイセクションに限定されず、カバーガラスを用いずに顕微鏡にて観察することが必要な、あらゆる技術に用いることが可能である(例えば、臨床病理診断または生物医学研究など)。本発明の油性封入剤については、〔1.レーザーマイクロダイセクション法〕などで詳細に説明したので、以下には簡単に説明する。
【0065】
本実施形態の油性封入剤に含まれる紫外線吸収剤としては特異限定されないが、例えば、4−メトキシけい皮酸2−エチルヘキシル、2−ヒドロキシ−4−メトキシベンゾフェノン、パラアミノ安息香酸等の安息香酸系紫外線吸収剤、アントラニル酸メチル等のアントラニル酸系紫外線吸収剤、サリチル酸オクチル、サリチル酸フェニル、サリチル酸ホモメチル等のサリチル酸系紫外線吸収剤、パラメトキシケイ皮酸イソプロピル、パラメトキシケイ皮酸オクチル、ジパラメトキシケイ皮酸モノ−2−エチルヘキサン酸グリセリル、〔4−ビス(トリメチルシロキシ)メチルシリル−3−メチルブチル〕−3,4,5−トリメトキシケイ皮酸エステル等のケイ皮酸系紫外線吸収剤、2,4−ジヒドロキシ ベンゾフェノン、2−ヒドロキシ−4−メトキシベンンゾフェノン、ウロカニン酸、ウロカニン酸エチル、2−フェニル−5−メチルベンゾキサゾール、2−(2’−ヒドロキシ−5’−メチルフェニル)ベンゾトリアゾール、4−tert−ブチル−4’−メトキシジベンンゾイルメタン等を用いることが可能である。
【0066】
本実施の形態の油性封入剤中に含まれる紫外線吸収剤の量としては特に限定されないが、例えば、油性封入剤の全体を100重量%とした場合に、2−ヒドロキシ−4−メトキシベンゾフェノンの場合、油性封入剤に対して0.3重量%〜1重量%の紫外線吸収剤が含まれていることが好ましく、4−メトキシけい皮酸2−エチルヘキシルの場合、油性封入剤に対して1体積%〜10体積%の紫外線吸収剤が含まれていることが好ましい。
【0067】
本実施の形態の油性封入剤中に含まれる油性封入剤前駆体は、アクリル系ポリマー、スチレン系ポリマー、シリコーン系ポリマー、変性シリコーン系ポリマー、ポリスルフィド、ポリウレタン、ブチル系ポリマー、クロロスルホン化ポリエチレンおよびスチレントリブロック共重合体からなる群から選択される少なくとも1つを含んでいることが好ましい。これらの中では、アクリル系ポリマーおよびスチレン系ポリマーが好ましいといえる。
【0068】
本実施の形態の油性封入剤は、50重量%〜85重量%のキシレンを含んでいることが好ましく、60重量%〜80重量%のキシレンを含んでいることが更に好ましく、65重量%〜75重量%のキシレンを含んでいることが最も好ましい。
【0069】
上記キシレンの代わりに、代替キシレン(サクラファインテック社製ティシュー・クリア等)またはトルエンを用いることも可能である。この場合、上記油性封入剤中のこれらの物質の含量は、キシレンと同じ含量にすることが可能である。
【実施例】
【0070】
〔実施例1〕
紫外線吸収剤である4−メトキシけい皮酸2−エチルヘキシル(東京化成工業 M1082)、油性封入剤前駆体であるビオライト(応研商事 #23−1001)およびキシレンを、1:6:3の容積比にて混合して、油性封入剤を調製した。
【0071】
未固定である新鮮なマウス肝臓組織(5mm×5mm×5mm)をOCTコンパウンド中に包埋して、当該OCTコンパウンドを液体窒素にて急速冷凍した。
【0072】
クリオスタットを用いて、冷凍されたOCTコンパウンドから、10μm厚の切片を作成した。切片をポリLリジンでコートされたレーザーマイクロダイセクション用スライド Frameslide(ライカマイクロシステムズ社、製品番号11505191)上に付着させた。
【0073】
スライド上に付着した切片を−20℃の冷却状態に保ち、5分後に氷温温度下でヘマトキシリン・エオジン染色を行った。スライドを氷温の80%エタノールに5秒間浸漬し、続いて氷温の95%エタノールに5秒間浸漬し、続いて氷温の100%エタノールに5秒間浸漬し、最後に室温のキシレンに1分間浸漬した後、当該スライドを室温で風乾させて、キシレンを蒸発させた。
【0074】
上記調製した油性封入剤をスライド上に滴下し、当該油性封入剤をカバーガラスの縁を用いて引き伸ばし、これによって、スライド上の組織を5〜20μmの厚さの油性封入剤によって被覆した。
【0075】
以上のようにして作製した顕微鏡観察用スライドを、レーザーマイクロダイセクション顕微鏡LMD6000(ライカマイクロシステムズ社)に固定して、各種倍率にて観察した。なお、対照実験としては、封入剤で試料を覆っていない顕微鏡観察用スライドを用いた。なお、当該封入剤で試料を覆っていない顕微鏡観察用スライドの作製方法は、基本的に油性封入剤で試料を覆っている顕微鏡観察用スライドの作製方法と同じであって、封入剤にて試料を覆う工程がない点のみが異なっている。
【0076】
その結果を、図1に示す。図1から明らかなように、油性封入剤を用いれば、細胞全体の形態は勿論のこと、細胞内小器官まで明確に観察することができた。一方、封入剤を用いない場合には、細胞内小器官は勿論のこと、細胞の形態をも明確に観察することができなかった。
【0077】
〔実施例2〕
紫外線吸収剤である2−ヒドロキシ−4−メトキシベンゾフェノン(東京化成工業 H0266)100mg、油性封入剤前駆体であるビオライト(応研商事 #23−1001)6mLおよびキシレン4mLを混合して、油性封入剤を調製した。
【0078】
ホルマリンにて固定(10%ホルマリンにて、室温、18時間の固定)したヒト大腸癌組織をパラフィン中に包埋して、ミクロトームを用いて、当該パラフィン包埋物から4μmの切片を作製した。
【0079】
上記切片を水面に浮かべ、当該切片を、ポリLリジンでコートされたレーザーマイクロダイセクション用スライド Frameslide(ライカ社)上に掬いとって50℃のホットプレート上で10分間伸展させた後、59℃で1時間乾燥させた。
【0080】
キシレンおよびエタノールを用いてパラフィンを除去した後、ヘマトキシリン・エオジン染色を行った。スライドを80%エタノールに5秒間浸漬し、続いて95%エタノールに5秒間浸漬し、続いて100%エタノールに5秒間浸漬し、最後にキシレンに1分間浸漬した後、当該スライドを室温で風乾させて、キシレンを蒸発させた。
【0081】
上記調製した油性封入剤をスライド上に滴下し、当該油性封入剤をカバーガラスの縁を用いて引き伸ばし、これによって、スライド上の組織を5〜20μmの厚さの油性封入剤によって被覆した。
【0082】
以上のようにして作製した顕微鏡観察用スライドを、レーザーマイクロダイセクション顕微鏡LMD6000に固定して、各種倍率にて観察した。なお、対照実験としては、封入剤で試料を覆っていない顕微鏡観察用スライドを用いた。なお、当該封入剤で試料を覆っていない顕微鏡観察用スライドの作製方法は、基本的に油性封入剤で試料を覆っている顕微鏡観察用スライドの作製方法と同じであって、封入剤にて試料を覆う工程がない点のみが異なっている。
【0083】
その結果は、図1と同様であった。つまり、油性封入剤を用いれば、細胞全体の形態は勿論のこと、細胞内小器官まで明確に観察することができた。一方、封入剤を用いない場合には、細胞内小器官は勿論のこと、細胞の形態をも明確に観察することができなかった。
【0084】
〔実施例3〕
肝臓腫瘍を発症するAIDトランスジェニックマウス(83週令、メス)の肝臓を未固定のままOCTコンパウンド(サクラファインテックジャパン)中に包埋し、当該OCTコンパウンドを液体窒素にて急速冷凍した。
【0085】
クリオスタットを用いて、冷凍されたOCTコンパウンドから、10μm厚の連続切片を作製した。4枚の連続切片を、4枚のレーザーマイクロダイセクション用スライドガラス(メンブレインスライドPEN 2.0μm、ライカマイクロシステムズ)上に接着させ、当該連続切片を−20℃に冷却した。5分後に、氷温温度下でマイヤーヘマトキシリン(サクラファインテックジャパン)とエオジン(サクラファインテックジャパン)とを用いて、上記連続切片を染色した。染色された連続切片を、氷温のエタノールの希釈系列と常温のキシレンとに浸漬することによって、脱水した。
【0086】
乾燥後の切片を用いて、以下の(1)〜(4)に示すダイセクション用のスライドを作製した。
(1)封入剤を用いないスライド。
(2)油性封入剤(紫外線吸収剤である4−メトキシけい皮酸2−エチルヘキシル(東京化成工業 M1082)、油性封入剤前駆体であるビオライト(応研商事 #23−1001)およびキシレンを、1:6:13の容積比で混合したもの)を、図2の方法にて組織切片上へ掛け流して作製したスライド。
(3)水溶性封入剤(Pinpoint Solution(Zymo Research, D3001-1)、Blue−Black Quink インク(Parker)および水を、10:5:100の容積比で混合したもの)10μLを組織切片上に滴下し、当該水溶性封入剤をピペットを用いて薄く伸展させて組織を覆ったスライド。
(4)油性封入剤(紫外線吸収剤である4−メトキシけい皮酸2−エチルヘキシル(東京化成工業 M1082)、油性封入剤前駆体であるビオライト(応研商事 #23−1001)およびキシレンを、1:6:13の容積比で混合した物)20μLを組織切片上に滴下し、カバーガラスをかけたスライド。
【0087】
ここで、図2の方法について説明する。図2の(a)は、スライド1(例えば、レーザーマイクロダイセクション用のスライド)上に接着した組織切片2を示すとともに、当該組織切片2を拡大して示している(円内)。円内に示すように、組織切片2内には、悪性腫瘍組織3と正常組織4とが混在している。図2の(b)では、染色後に脱水処理を施したスライド1を約70°(好ましくは、70°)の角度に傾け、組織切片2よりも高い地点へ、ピペット5にて、紫外線吸収剤を含んでいる油性封入剤6をスライド1に対して掛け流している。これによって、油性封入剤6は、重力によって伸展し、伸展した状態で、油性封入剤6が固化する。図2の(c)は、重力によって伸展した後に乾燥した油性封入剤7によって封入された組織切片とスライドとを示している。図1の(d)には、レーザーマイクロダイセクション顕微鏡に供される組織切片8とスライドとを示している。
【0088】
レーザーマイクロダイセクション顕微鏡LMD6000を用いて、50倍、100倍、400倍の倍率で、上記の4つのスライドを同一の光学的条件下で撮影した。
【0089】
その結果を図3に示す。
【0090】
油性封入剤を用いたスライドは、カバーグラスを用いたスライドと同程度の明瞭な画質を得ることができた。つまり、油性封入剤を用いたスライドでは、細胞の形態上の微細な異常を明確に観察することができた。一方、水溶性封入剤を用いたスライド、および、封入剤を用いないスライドでは、細胞形態上の微細な異常を観察することができなかった。
【0091】
上記観察の後、上記(2)のスライドについて細胞の異常が認められる部位をダイセクションして回収した。また、上記(1)および(3)のスライドについては、異常があると思われる部位をダイセクションして回収した。回収した部位は、以降の試験に用いた。
【0092】
〔実施例4〕
実施例3において、上記(1)、(2)および(3)のスライドから回収した試料について、各々、422,346平方マイクロメートル、522,089平方マイクロメートルおよび514,307平方マイクロメートルから、DNAを精製した。なお、DNAの精製は、QIAamp DNA Micro Kit(キアゲン)を用いて行った。
【0093】
上記(2)のスライドから回収した試料については、細胞を溶解する前にキシレンを用いて試料を洗浄し、これによって、油性封入剤を除去した。それ以外の操作は、キットに添付されている説明書にしたがった。
【0094】
精製したDNAを30μLの水に溶解し、当該溶液中に含まれるDNAの量を定量PCR法によって確認した。
【0095】
得られたDNA溶液中に含まれるマウスのアポリポプロテインBをコードするApoB遺伝子の量を既知濃度のDNAと比較することによって、得られたDNA溶液のDNA濃度を算出した。
【0096】
PCRは、QuantiTect kit(キアゲン)、下記の配列のプライマーおよび蛍光ラベル加水分解プローブ、並びに、M×3000P装置(アジレント)を用いて行った。なお、下記mApoB−1RPにおいて「VIC」および「TAMRA」は、当業者にとって周知の蛍光色素を意図している。
mApoB−1F :CCAGGTCCCCACTTTTAC ・・・・・・・・・・(配列番号1)
mApoB−1R :CCAGTGTAGGAGGCTGACCAGT ・・・・・・・・(配列番号2)
mApoB−1RP:VIC-CATTTGTGGAAAGGTCTAGAACACCCAAG-TAMRA (配列番号3)
用いたサンプルの体積は、上述した面積に対して切片の厚さ(10マイクロメートル)を積算することによって算出した。
【0097】
試験結果を図4に示す。図4は、サンプルの単位体積あたりのDNA収量を縦軸にして表示している。1つの細胞の体積(略1ピコリットル)と、1つの細胞に含まれると考えられているDNA量(略6.6ピコグラム)とを勘案すると、油性封入剤を用いる上記(2)のスライド由来の試料では、28%の収率でDNAが回収され、封入剤を用いない上記(1)のスライド由来の試料、および、水溶性封入剤を用いる上記(3)のスライド由来の試料と大きな差がないことが明らかになった。
【0098】
〔実施例5〕
図3に示されている組織(上記(1)〜(3)のスライドの各々)の正常部位から、約600万平方マイクロメートルの面積の組織をダイセクションし、RNeasy Plus Micro Kit(キアゲン)を用いて、当該組織からRNAを精製した。ダイセクションを行うタイミングは、ヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)後すぐにダイセクションを行う場合(遅延時間0)と、ヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)後18時間室温で放置した後でダイセクションを行う場合(遅延時間18時間)との2通りについて検討した。
【0099】
油性封入剤を使用する上記(2)のスライド由来の試料については、細胞を溶解する前にキシレンを用いて試料を洗浄し、これによって、油性封入剤を除去した。それ以外の操作は、キットに添付されている説明書にしたがった。
【0100】
精製したRNAを14μLの水に溶解し、当該溶液中に含まれるRNAの品質を、Experion装置(日本バイオ・ラッドラボラトリーズ)と、Experion RNA HighSens用分析キット(日本バイオ・ラッドラボラトリーズ)とを用いた電気泳動法によって検討した。
【0101】
一般的にRNAの品質はリボゾームの2大構成物である28S リボゾームRNA(4700塩基の長さに相当)と18S リボゾームRNA(1900塩基の長さに相当)との量比によって評価され、量比が大きいものほど、分解が少ない高品質のRNAであるとみなされる。高品質のRNAにおける、28S リボゾームRNA対18S リボゾームRNAの量比は、1前後である。
【0102】
図5は、精製されたRNAを電気泳動したゲルの写真であって、図6は、28S リボゾームRNA対18S リボゾームRNAの量比を示した棒グラフである。対照実験として、セパゾール RNA I スーパー(ナカライテスク)を用いてマウス肝臓から精製したRNA溶液を用いた。
【0103】
図5および6から明らかなように、油性封入剤を用いれば、遅延時間0であっても遅延時間18時間であっても、水溶性封入剤を用いる場合や封入剤を用いない場合と比較して、高品質のRNAが回収できることが明らかになった。
【0104】
本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態や実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態や実施例についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0105】
本発明は、生命科学分野、製薬分野、医療分野、食品分野または農薬分野などに広く利用することが可能である。
【符号の説明】
【0106】
1 スライド
2 組織切片
3 悪性腫瘍組織
4 正常組織
5 ピペット
6 油性封入剤
7 油性封入剤
8 組織切片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
油性封入剤前駆体と紫外線吸収剤とを含んでいる油性封入剤によって試料を被覆する工程を含むことを特徴とするレーザーマイクロダイセクション法。
【請求項2】
上記油性封入剤前駆体は、アクリル系ポリマー、スチレン系ポリマー、シリコーン系ポリマー、変性シリコーン系ポリマー、ポリスルフィド、ポリウレタン、ブチル系ポリマー、クロロスルホン化ポリエチレンおよびスチレントリブロック共重合体からなる群から選択される少なくとも1つを含んでいることを特徴とする請求項1に記載のレーザーマイクロダイセクション法。
【請求項3】
上記油性封入剤は、50重量%〜85重量%のキシレンを含んでいることを特徴とする、請求項1または2に記載のレーザーマイクロダイセクション法。
【請求項4】
上記試料は、ヒトおよび動物の正常組織および病変組織、血液塗抹標本、培養細胞、植物組織または細菌であることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載のレーザーマイクロダイセクション法。
【請求項5】
上記油性封入剤にて試料を被覆する工程は、以下の1)および2)の少なくとも1つの工程を含むことを特徴とする、請求項1〜4の何れか1項に記載のレーザーマイクロダイセクション法。
1)上記油性封入剤を、エアブラシまたはスプレーによって上記試料へ塗布する工程。
2)上記油性封入剤を基板上に滴下するとともに、重力によって当該油性封入剤を上記基板上に伸展させ、当該伸展した油性封入剤によって上記基板上に貼り付けられた上記試料を覆う工程。
【請求項6】
請求項1〜5の何れか1項に記載の方法によって、上記試料の一部を切り出す工程と、
上記切り出された試料から核酸を精製する工程と、を有していることを特徴とする核酸の精製方法。
【請求項7】
上記核酸は、DNAまたはRNAであることを特徴とする請求項6に記載の核酸の精製方法。
【請求項8】
油性封入剤前駆体と紫外線吸収剤とを含んでいることを特徴とする、レーザーマイクロダイセクションに用いられる油性封入剤。
【請求項9】
上記油性封入剤前駆体は、アクリル系ポリマー、スチレン系ポリマー、シリコーン系ポリマー、変性シリコーン系ポリマー、ポリスルフィド、ポリウレタン、ブチル系ポリマー、クロロスルホン化ポリエチレンおよびスチレントリブロック共重合体からなる群から選択される少なくとも1つを含んでいることを特徴とする請求項8に記載の油性封入剤。
【請求項10】
50重量%〜85重量%のキシレンを含んでいることを特徴とする請求項8または9に記載の油性封入剤。

【図2】
image rotate

【図4】
image rotate

【図6】
image rotate

【図1】
image rotate

【図3】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2012−205572(P2012−205572A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−75467(P2011−75467)
【出願日】平成23年3月30日(2011.3.30)
【出願人】(311017913)
【Fターム(参考)】