説明

レーザー蒸発法に基づくパルス試料導入方法

【課題】ガスクロマトグラフで分離した試料を、高温状態に保持したまま、デッドボリュームが無視できる条件下で、間歇的に短いパルスとして安定に質量分析計に導入することができる。
【解決手段】試料を導入するキャピラリーの真空側の先端部の内径を小さくし、希釈ガスの断熱膨張によってキャピラリー先端部を冷却し、凝着した試料をパルスレーザー照射によって瞬時に蒸発させることにより、試料を間歇的に効率よく質量分析計に導入することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量スペクトル分析法における試料導入方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最近、レーザーイオン化質量分析法が広く利用されている。この方法では、試料分子をレーザーパルスにより瞬時にイオン化し、飛行時間型質量分析計により計測されることが多い。たとえば、窒素レーザーと組み合わせたマトリクス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)質量分析計は、たんぱく質の計測に広く用いられている。
【0003】
環境中の試料は、一般に濃度が低く、多くの夾雑物が存在している。このため、一旦試料を捕集・濃縮した後、ガスクロマトグラフ装置で分離しながら、逐次質量スペクトルを測定する方法が用いられている。
【0004】
レーザーイオン化法は、レーザーの波長を適切に選択することにより、特定の分子を選択的にイオン化できる利点がある。このため多量の夾雑物中の微量試料を分析する場合に有利である。
【0005】
通常、試料は質量分析計に連続的に導入させている。したがって、パルスレーザーを照射すると、一部の試料分子しかイオン化せず、ほとんどの試料が無駄になる。したがって、条件にもよるが、約1万倍感度が低下する。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記の状況を鑑みて、試料を導入するキャピラリーの真空側の先端部を冷却し、そこに試料を一旦凝着させた後、パルスレーザーを照射して瞬時に試料を蒸発させ、間歇的に試料を質量分析計に導入する方法、装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記目的を解決するために、
[1]キャピラリーを通して真空容器内に試料を導入する際に、キャピラリーの真空側の先端部の内径を小さくし、試料と一緒に流している希釈ガスの断熱膨張によってキャピラリー先端部を冷却し、この冷却効果によって凝着した試料をパルスレーザー照射によって瞬時に蒸発させ、試料を真空中に間歇的に導入する。
【0008】
[2]上記[1]に記載の方法において、キャピラリーを加熱するための装置を付属させ、キャピラリー先端部の温度を制御できるようにしてもよい。
【0009】
[3]上記[1]から[2]のいずれか1つに記載の方法において、希釈ガスとしてヘリウムを用いてもよい。
【0010】
[4]上記[1]から[3]のいずれか1つに記載の方法において、パルスレーザーとしてヤグレーザーを用いてもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、以下のような効果を奏することができる。
【0012】
(1)キャピラリーを通して真空容器内に試料を導入する際に、キャピラリーの真空側の先端部の内径を小さくし、試料と一緒に流している希釈ガスの断熱膨張によってキャピラリー先端部を冷却し、この冷却効果によって凝着した試料をパルスレーザー照射によって瞬時に蒸発させることにより、試料を真空中に間歇的に導入することができる。
【0013】
(2)上記(1)に加えて、キャピラリーを加熱するための装置を付属すれば、キャピラリー先端部の温度を制御でき、試料の凝着量、蒸発量を最適化することができる。
【0014】
(3)上記(1)から(2)のいずれか1つに加えて、希釈ガスとしてヘリウムを用いることにより、ガスクロマトグラフにより分離した試料を直接導入することができる。
【0015】
(4)上記(1)から(3)のいずれか1つに加えて、パルスレーザーとしてヤグレーザーを用いることにより、長時間安定に動作でき、かつ532nm、355nm、266nm、213nmの高調波のいずれかを選択することにより、効率よく試料を蒸発させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
キャピラリーを通して真空容器内に試料を導入する際に、キャピラリーの真空側の先端部の内径を小さくし、試料と一緒に流している希釈ガスの断熱膨張によってキャピラリー先端部を冷却し、この冷却効果によって凝着した試料をパルスレーザー照射によって瞬時に蒸発させることにより、試料を真空中に間歇的に導入することができる。以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【実施例1】
【0017】
図1は、試料をガスクロマトグラフ装置で分離した後、飛行時間型質量分析計により測定する装置である。キャピラリーの真空側の先端部を加工しない場合は、試料は速やかに質量分析計に連続的に導入される。一方、図2(A)のように、キャピラリー先端部の内径を小さくすると、試料と一緒に流している希釈ガス(キャリヤーガス)の断熱膨張により、キャピラリー先端部の温度が低下する。このため試料は、先端部に凝着する。そこで、図2(B)のように、その部分に蒸発用(可視)レーザーを照射すると、瞬時に加熱されて試料が蒸発する。その結果、図2(C)のように、試料は局在化して噴出する。そこに、イオン化用(紫外)レーザーを導入すると、局在化(濃縮)した試料が得られ、高感度な分析が行える。
【0018】
図3は、蒸発用レーザーとイオン化用レーザーの時間間隔(タイミング)を変化させ、その時間間隔とイオン信号強度の関係を求めた結果である。この結果より、試料は10μsの時間幅に局在化して真空中に導入されていることがわかる。
【0019】
試料をノズルから真空中に噴出させる場合には、一般にパルスノズルを用いる。しかし、加熱できる上限は200℃程度であり、パルス幅も50μs程度が実用上の限界である。本発明を用いると、加熱できる上限はキャピラリーが溶融する温度により決まり、少なくとも500℃までは使用できる。また、パルス幅もより短くできるので、感度をより向上させることができる。
【0020】
レーザーの繰返し速度を10Hzとすると、試料は100ms毎に蒸発し、10μsの時間幅に局在することになる。したがって、最良の場合には、試料濃度を1万倍(100ms/10μs)濃縮することができ、分析感度を大幅に改善できる。また、本発明においては、先端部の温度を調整することにより、低沸点の夾雑物は凝着させずに流出させることもできる。したがって、妨害成分の影響を低減できる利点もある。
【0021】
図4は、先端部の内径を小さくしない場合と、小さくした場合に得られたクロマトグラムである。前者の場合には、試料の流速が早くなり、クロマトグラフから溶出する時間が若干短くなっている。後者の信号強度は、蒸発用レーザーのエネルギーが大きくなるに従って増大し、最終的には本発明を用いない場合と比較して、ピーク値で4.5倍、面積値で18倍増大することを示している。信号の増大率は1万倍にはなっていないが、これは試料の凝着が不十分であるか、あるいはレーザー蒸発が不十分なためと考えられる。この効率を改善するには、キャピラリー先端部の温度を十分下げて試料を完全に凝着させ、一方では試料が凝着する部分をできるだけ先端部に局在化させて蒸発の効率を上げる必要がある。
【実施例2】
【0022】
図5は、キャピラリーを加熱するための装置を付属させたノズルである。キャピラリー保持部の温度を計測して制御すること並びにキャピラリー先端部の突出部の長さを調整することにより、全ての試料を先端部に凝着させてレーザー蒸発させることができる。また、ガスクロマトグラフでは、キャリヤーガスとして通常ヘリウムを用いるので、これを希釈ガスとしてそのまま用いることができる。一方、蒸発のためのパルスレーザーとしてヤグレーザーを用いることにより、長時間安定に動作でき、かつ532nm、355nm、266nm、213nmの高調波のいずれかを選択して、効率よく試料を蒸発させることができる。
【実施例3】
【0023】
環境中には、有害なダイオキシン化合物が存在し、その微量分析法の確立が要求されている。しかし、その存在量は少なく、多量の夾雑物が共存するので、その分析は容易ではない。超音速分子ジェット/レーザーイオン化/質量分析法は、そのための有力な方法であるが、ガスクロマトグラフで分離した試料を高温状態に保持したまま、デッドボリュームが無視できる条件下で、かつ間歇的に短いパルスとして安定に質量分析計に導入することは極めて困難である。
【0024】
開発した試料導入法を用いれば、分離したダイオキシンを、200〜400℃に加熱して、デッドボリュームをなくし、10μsのパルス幅で質量分析計に導入できる。したがって、最良の場合には1万倍感度を向上させることができる。したがって、排ガス、飛灰、大気、水、土壌だけでなく血液や母乳中のダイオキシンなど、超微量試料の分析が要求される分野において、大きな威力を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】ガスクロマトグラフ/レーザーイオン化/飛行時間型質量分析装置
【0026】
【図2】試料の凝着、蒸発、イオン化過程を示す模式図 (A)凝着(B)レーザー蒸発(C)レーザーイオン化 ○は気化した試料分子(矢印は動きの方向)、□は凝着した試料分子、○の中に+があるものはイオン化した試料分子を示す 可視光(532nm)を用いて蒸発させ、紫外光(266nm)によりイオン化する様子を例示している
【0027】
【図3】蒸発用レーザーパルスに対するイオン化用レーザーパルスの遅延時間とイオン信号強度の関係
【0028】
【図4】レーザー蒸発法による信号強度の増大 試料は2,8−ジクロロジベンゾフラン (A)キャピラリー先端部の内径を小さくしない従来法(蒸発用レーザーも照射せず)(B)−(D)キャピラリー先端部の内径を小さくし、蒸発用レーザーを照射した場合 蒸発用レーザーのエネルギー:(B)25mJ(C)38mJ(D)51mJ
【0029】
【図5】キャピラリーを加熱する装置を付属したノズル
【符号の説明】
【0030】
1 ガスボンベ
2 ガスクロマトグラフ
3 試料注入装置
4 ヒーター
5 キャピラリー
6 飛行時間型質量分析計
7 イオン検出器
8 蒸発用レーザー
9 ミラー
10 イオン化用レーザー
11 遅延回路
12 オシロスコープ
13 クロマトグラフからの溶出試料
14 キャピラリー
15 キャピラリー先端部
16 加熱部
17 熱電対
18 コントローラー
19 真空チャンバー(質量分析計)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キャピラリーを通して真空容器内に試料を導入する際に、該キャピラリーの真空側の先端部の内径を小さくし、該試料と一緒に流している希釈ガスの断熱膨張によって該キャピラリー先端部を冷却し、該冷却効果によって凝着した該試料をパルスレーザー照射によって瞬時に蒸発させ、該試料を真空中に間歇的に導入することを特徴とする試料導入方法、及び装置。
【請求項2】
前記キャピラリーを加熱するための装置を付属することを特徴とする請求項1に記載の方法、及び装置。
【請求項3】
前記希釈ガスとして、ヘリウムを用いることを特徴とする請求項1から2のいずれか1項に記載の方法。
【請求項4】
前記パルスレーザーとして、ヤグレーザーを用いることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の方法


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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