レーザ分析装置及び方法
照射手段は、試料表面に照射されることで試料表面に非熱的な脱離イオン化を引き起こす、該試料表面の材質に応じた低フルーエンス領域内のフェムト秒レーザを、試料表面に対して照射する。分析手段は、照射されたフェムト秒レーザに応じて試料表面から脱離される分子イオンを、例えば飛行時間型質量分析等で、分析する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばレーザを利用した固体表面における非破壊的な超微量分析などの、非破壊的な分析に好適に利用される、デソープションイオン化方式のレーザ分析装置及び方法の技術分野に関する。
【背景技術】
【0002】
この種のレーザを用いたデソープションイオン化方式(脱離イオン化方式)のレーザ分析方法としては、MALDI(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization:マトリックス支援レーザ脱離イオン化法)が広く知られている(特許文献1、2、非特許文献1、2参照)。
【0003】
係るMALDI法によれば、試料表面にマトリックス剤が添加されることで、マトリックス剤が混合された試料表面から、ナノ秒レーザの照射に応じて分子イオンが試料表面から脱離イオン化される。そして、このように脱離された分子イオンを分析することで、試料表面の質量分析等の超微量分析が可能となるとされている。例えば、分子イオンのスペクトル分析を行うことで、相対ピーク強度スペクトル上で、マトリックス剤のピーク以外に現れるピークから、試料表面を有する試料の質量分析が行なわれる。
【0004】
【特許文献1】特開平09−320515号公報
【特許文献2】特開平09−326243号公報
【非特許文献1】「無機物マトリックスを用いたMALDI分析(島津製作所)」田中耕一・川畑慎一郎 1995年度質量分析連合討論会 1−P−32
【非特許文献2】「マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法」田中耕一 (島津製作所) ぶんせき, NO.4 p253−261(1996)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述したMALDI法によれば、試料表面へのマトリックス剤の添加や、特殊加工したシリコン基板など特殊な基板等を用いることが必要であり、分析は必ずしも容易ではない或いは効率的ではないという技術的な問題点がある。更に、試料分析の際に相対ピーク強度スペクトル上に現れるマトリックス剤に起因した各種のピークやノイズ的成分は、試料の分析精度を低下させる要因に、大なり小なり成らざるを得ない。加えて、試料表面の非破壊的な超微量分析を行うこと、或いは試料を何ら損なわないように分析を行うこと、特に生体試料に対して外的傷害を及ぼさないように分析を行うことなどは、従来のマトリックス剤等を用いたMALDI法によれば、実践上大変困難であるという問題点もある。
【0006】
本発明は、上述の問題点に鑑みてなされたものであり、例えば生体試料、半導体材料、金属材料、化学物試料、化合物試料などの固体試料をそのまま或いは非破壊的に超微量分析することを可能ならしめる、デソープションイオン化方式のレーザ分析装置及び方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のレーザ分析装置は上記課題を解決するために、試料表面に照射されることで前記試料表面に非熱的な脱離イオン化を引き起こす、該試料表面の材質に応じた低フルーエンス領域内のフェムト秒レーザを、前記試料表面に対して照射する照射手段と、前記照射されたフェムト秒レーザに応じて前記試料表面から脱離される分子イオンを、分析する分析手段とを備える。
【0008】
本発明のレーザ分析装置によれば、照射手段によって、例えば生体試料、半導体材料、金属材料、化学物試料、化合物試料等の固体試料に係る試料表面の材質に応じた低フルーエンス領域内のフェムト秒レーザが、試料表面に対して照射される。ここに「フェムト秒レーザ」とは、パルス幅が1ピコ秒(ps)以下であるフェムト秒オーダのレーザ或いはレーザパルスをいい、より詳細には、固体表面をなす固体試料の材質に対して、その衝突緩和時間よりも短い時間のパルス幅を有する、フェムト秒オーダのパルスレーザを意味する。即ち、フェムト秒レーザに係るパルス幅そのものについては、試料表面をなす生体試料、半導体材料、金属材料、化学物試料、化合物試料等の材質に応じて可変である。例えば、Al(アルミニウム)であれば、1.12ps(ピコ秒)、Cu(銅)であれば17.49ps、Ti(チタン)であれば、0.83psといった具合である。「フルーエンス」とは、レーザの1パルス当りの出力エネルギを照射断面積で割って求めたエネルギ密度(J/cm2)である。また、「低フルーエンス」とは、一般には、相対的にフルーエンスの値が小さいことをいうが、本発明に係る「低フルーエンス」或いは「低フルーエンス領域」とは、レーザを材料表面に照射することで材料表面が蒸発する現象が生じるエネルギ密度の最小値(アブレーション閾値)近傍のフルーエンスを意味する。言い換えれば、本発明に係る「低フルーエンス領域」とは、非熱的なイオン化が固体表面で生じるアブレーション閾値付近の領域を意味する。より具体的には、典型的には1番目に小さいアブレーション閾値フルーエンスと2番目に小さいアブレーション閾値フルーエンスとの間の領域内を意味する。低フルーエンス領域は、固体表面の材質によって変化するが、例えば、15mJ/cm2〜150mJ/cm2といったオーダのフルーエンス領域が、ここでは挙げられる。
【0009】
本発明では特に、このように照射手段により照射されるフェムト秒レーザは、試料表面に非熱的な脱離イオン化を引き起こすレーザとされている。本発明で照射されるフェムト秒レーザは、低フルーエンスであって且つ高光強度である“低フルーエンス高強度レーザパルス”となる。ここに本発明に係るレーザの「高強度」或いは「高光強度」とは、フェムト秒レーザを固体表面に照射することで、固体表面における材料を解離することなく、該固体表面から分子イオン又は多価分子イオンとして放出させることが可能なレーザに係る強度或いは光強度を意味し、この値は、固体表面の材質に固有の値となる。尚、分子は、複数の原子が結合してできており、外部から分子にエネルギー(熱、電場等)を与え、結合を切ることを「解離」と言う。但し、本発明で、「光強度」というパラメータに対する条件付けは、独立に要求される必要はなく、上述したアブレーション閾値フルーエンスに係る条件が決まれば、レーザ強度(光強度)=フルーエンス/パルス幅なる関係式より、フルーエンスに従属して決められる。そして、このようなフェムト秒レーザの照射に応じて試料表面から脱離される分子イオン(即ち、分子構造を保ったままのイオン或いは多価イオン)が、分析手段によって分析される。分析手段は、例えばイオン検出型分析装置である。
【0010】
従って、(i)高フルーエンスのレーザ照射によって又は(ii)フェムト秒レーザではなく衝突緩和時間よりも長いパルスのレーザ照射によって、固体表面における熱的なイオン化を招くことなく或いは加熱による溶融や破壊を招くことなく、原子・分子レベルで剥離或いは脱離イオン化を行うことができる。即ち、超微量の分子イオンを試料表面から脱離させることが可能となる。この際、低フルーエンスであって且つフェムト秒レーザという極短いパルスを用いることで、非熱的なイオン放出現象(或いは、イオン生成に係る脱離イオン化現象)が試料表面で起き、該試料表面が加熱されることなく、原子・分子レベルでの剥離が可能となるのである。尚、本発明において「原子・分子レベル」とは、例えば原子1個や原子数個、或いは原子十数個から数十個といった、試料表面付近におけるナノオーダやサブナノオーダの範囲或いは単位を示す。
【0011】
本願発明の研究によれば、このような非熱的なデソープションイオン化という現象は、低フルーエンス領域においてフェムト秒レーザが照射されると、試料表面で材料の解離現象が殆ど発生することなくイオン化現象が発生することによると考察され、この際、例えば多価イオン化現象としての3光子吸収過程が、試料表面におけるデソープションイオン化の要因として顕著に又は完全に支配的となっていると考察される。本来、フェムト秒レーザよりもパルス幅(照射時間)が長いレーザで物質を励起(イオン化・デソープション)する場合には、試料の熱的な緩和が不可欠となるので、MALDI法の如きマトリックス剤が存在しない場合、熱的な反応が誘起され試料分子が壊れてしまう。即ち、非破壊的な質量分析等が困難或いは殆ど不可能となる。これに対して、フェムト秒レーザを集光照射して入る場合には、試料に吸収がない波長領域の光を照射しても、ある一定以上の光強度であるなら、試料を解離することなく、試料を脱離イオン化することが可能となる。
【0012】
より詳細には、(1)試料が金属試料である場合、上述の如き本発明に係る“低フルーエンス高強度フェムト秒レーザ”における光強度を制御して照射することにより、デソープションイオン化を引き起こし、多価イオンがかなり選択的に生成する。アブレーション閾値との対応付けも可能となる。即ち、金属試料の場合には、多価イオン放出現象が観測される。但し、金属試料の他にも、例えば化合物試料の場合にも、多価イオン放出現象が観測される。(2)試料が化学試料である場合、上述の如き本発明に係る“低フルーエンス高強度フェムト秒レーザ”における光強度を制御して照射することにより、分子イオン(1価イオン)が効率良く生成される。分子多価イオンも観測される。分子の解離は、非常に少ない。(3)試料が生体試料である場合、上述の如き本発明に係る“低フルーエンス高強度フェムト秒レーザ”における光強度を制御して照射することにより、分子イオンが観測され、顕著な解離イオンは見られない。
【0013】
そこで、本発明のレーザ分析装置では、試料表面の材質(即ち、金属試料、化学試料、生体試料等の別)に応じて、低フルーエンス高強度フェムト秒レーザに係るレーザ強度、波長及びパルス幅を制御することにより、デソープションイオン化を達成することとしている。これにより、フルーエンスを低フルーエンス領域内に収め、レーザ強度をアブレーション閾値近傍に制御することで、イオン化に伴う解離反応の抑制が可能となる。
【0014】
加えて、レーザイオン化法だけでなく多くの質量分析計におけるイオン化法に於いて、積極的に分子の解離(フラグメンテーション)を利用することがある。本発明において、例えば、レーザ強度を故意にアブレーション閾値近傍より強くすることにより、分子イオンのみならずフラグメントイオンを観測することも可能となる。フラグメントイオンの質量を観測することにより、分子量の比較的大きな分子(この場合、分子量1000以上)の構造についての情報を得ることが可能となる。
【0015】
以上のように本発明のレーザ分析装置によれば、非熱的なデソープションイオン化を起こさせるためのレーザ照射によって、比較的容易にして、原子・分子レベルでの剥離によって、試料表面から非破壊的に微量の分子イオンを脱離させられるので、質量分析等の超微量分析が可能となる。特に、先述したMALDI法の如く、マトリックス剤の添加や混合を必要とせず或いは特殊な基板等を用いることなく、生体試料、半導体材料、金属材料、化学物試料、化合物試料等の試料を殆ど又は実践的な意味では全く傷めることなく、そのまま微量分析できるので、実践上大変有利である。即ち、極めて迅速且つ効率的な超微量分析が可能である。加えて、復元力に優れた生体試料については、生物的に瞬時に復元する程度の超微量な分子イオンの脱離によって、当該分析が可能となるので、一段と有利である。
【0016】
加えて、非破壊的に超微量の分子イオンの脱離による分析であり、特にMALDI法と比べてマトリックス剤を使用しないために、試料組成の分布を静的/動的に観測できる点で格段に有利である。即ち、試料の局所的組成分布をレーザ照射領域程度の分解能によって観測できる点においても、本発明は大変優れている。生体試料における動的分布過程を分析する際にも、極めて有利となる。更にまた、当該分析に係る位置分解能についても、レーザの波長程度の分解能が容易に得られる。
【0017】
本発明のレーザ分析装置によれば、このように非破壊的に試料をそのまま分析できるので、医療、創薬、遺伝子治療関連分野、半導体産業等の各種技術分野において、幅広い応用が可能となる。
【0018】
本発明のレーザ分析装置の一態様では、前記分析手段は、前記脱離された分子イオンの質量を分析する質量分析手段を含む。
【0019】
この態様によれば、フェムト秒レーザの照射に応じて試料表面から脱離される分子イオンが、質量分析手段によって分析される。即ち、各種形状や各種形態の試料について、非破壊的な質量分析をそのまま行うことができ、実践上大変有利である。
【0020】
この態様では、前記質量分析手段は、前記脱離された分子イオンの濃度を検出する濃度検出手段を含むように構成してもよい。
【0021】
このように構成すれば、既存のイオン濃度検出装置等の濃度検出手段を採用することで、本発明のレーザ分析装置を比較的安価に構築することも可能となる。
【0022】
本発明のレーザ分析装置の他の態様では、前記照射手段は、マトリックス剤が混合されていない状態にある前記試料表面に対して、前記フェムト秒レーザを照射する。
【0023】
この態様によれば、マトリックス剤を全く不要としつつ試料表面から脱離される分子イオンを分析できるので、従来のMALDI法と比較して、分析の手間等の上で著しく有利である。
【0024】
本発明のレーザ分析装置の他の態様では、前記フェムト秒レーザの光強度は、前記フェムト秒レーザに起因したレーザ電場によるトンネルイオン化過程と非共鳴多光子吸収過程とによって前記試料表面から前記分子イオンが脱離される値に設定される。
【0025】
この態様によれば、フェムト秒レーザの光強度が、トンネルイオン化過程と非共鳴多光子吸収過程とを引き起こす値に設定されているので、極めて効率良く非熱的且つ非破壊的に試料表面から分子イオンを脱離させることが可能となる。よって極めて効率良く試料分析を実施可能となる。尚、既に述べたように「光強度」というパラメータに対する条件付けは、独立に要求される必要はなく、上述したアブレーション閾値フルーエンスに係る条件が決まれば、これに従属して決められる。
【0026】
本発明のレーザ分析装置の他の態様では、前記試料表面は、生体試料又は固体試料の表面からなり、前記照射手段は、前記試料表面から前記分子イオンを非破壊的に脱離させる。
【0027】
この態様によれば、生体試料又は固体試料を、非破壊的に試料分析できるので、各種の応用技術分野において、実践上大変有益なレーザ分析装置を実現できる。
【0028】
本発明のレーザ分析装置の他の態様では、前記試料表面は、生体試料の表面からなり、前記分析手段は、前記試料表面における前記分子イオンの動的分布過程を検出する検出手段を含む。
【0029】
この態様によれば、生体試料における動的分布過程についての分析が可能となるので、各種の応用技術分野において、実践上大変有益なレーザ分析装置を実現できる。例えば、細胞における一端と他端とに係る、或いは表側と裏側とに係る動的分布過程についての分析が可能となる。
【0030】
本発明のレーザ分析装置の他の態様では、前記試料表面を有する試料を、前記照射手段が前記フェムト秒レーザを照射可能なように収容すると共に、前記脱離された分子イオンを加速するイオン加速器と、前記加速された分子イオンを前記分析手段に導く真空容器とを更に備える。
【0031】
この態様によれば、イオン加速器に収容された試料の試料表面に対して、フェムト秒レーザを照射すれば、その照射によって脱離した分子イオンを、イオン加速器により、すぐさま加速できる。更に、このように加速された分子イオンを、真空容器により質量分析装置等の分析手段に導くことによって、超微量の分子イオンに基づいて比較的高精度の分析が可能となる。特に、イオン加速器を用いれば、電界によって軽い分子イオンは加速され易いのに対して重い分子イオンは加速され難く、また分子イオンの価数が多いと加速され易いのに対して価数が少ないと加速され難い等の性質に基づいて、質量分析等を行なうことが可能となる。
【0032】
本発明のレーザ分析方法は上記課題を解決するために、試料表面に照射されることで前記試料表面に非熱的な脱離イオン化を引き起こす、該試料表面の材質に応じた低フルーエンス領域内のフェムト秒レーザを、前記試料表面に対して照射する照射工程と、前記照射されたフェムト秒レーザに応じて前記試料表面から脱離される分子イオンを、分析する分析工程とを備える。
【0033】
本発明のレーザ分析方法によれば、照射工程により照射されるフェムト秒レーザは、試料表面に非熱的な脱離イオン化を引き起こすレーザとされており、該フェムト秒レーザの照射に応じて試料表面から脱離される分子イオンが、分析工程によって分析される。従って、上述した本発明のレーザ分析装置の場合と同様に、非熱的なデソープションイオン化を起こさせるためのレーザ照射によって、比較的容易にして、原子・分子レベルでの剥離によって、試料表面から非破壊的に微量の分子イオンを脱離させられるので、質量分析等の超微量分析が可能となる。特に、先述したMALDI法の如く、マトリックス剤の添加や混合を必要とせず或いは特殊な基板等を用いることなく、生体試料、半導体材料、金属材料、化学物試料、化合物試料等の試料を殆ど又は実践的な意味では全く傷めることなく、そのまま微量分析できるので、実践上大変有利である。
【0034】
尚、本発明のレーザ分析方法においても、上述した本発明のレーザ分析装置における各種態様と同様の態様を適宜採用可能である。
【0035】
本発明のレーザ分析装置の一の態様では、前記試料表面の材質に応じて、前記フェムト秒レーザに係る照射フルーエンスの値を、前記低フルーエンス領域内で設定する設定工程を更に備え、前記照射工程は、前記試料表面に対して前記設定された照射フルーエンスの値で前記フェムト秒レーザを照射する。
【0036】
この態様によれば、設定工程では、試料表面の材質に応じて、当該試料表面に対して照射するフェムト秒レーザに係る照射フルーエンスの値が設定される。例えば、アブレーション率に換算して0.01nm/shot(ナノメートル/ショット、但し「ショット」とは、レーザパルスの一回の照射を意味する)程度といった、原子・分子レベルでの、即ち、非常に浅い剥離深さが、試料の性質上好ましい場合であれば、照射フルーエンスの値は、例えば0.1J/cm2に設定される。そして、照射工程では、このように設定工程で設定された照射フルーエンスの値で、フェムト秒レーザが固体表面に対して照射される。従って、試料表面における熱的なイオン化を招くことなく或いは加熱による溶融や破壊を招くことなく、原子・分子レベルで剥離或いはアブレーションを行うことができる。
【0037】
尚、試料表面の材質に応じて、フェムト秒レーザの光強度、波長等の他のパラメータを調整・制御することも可能である。例えば、試料表面の局所における光強度を相対的に強くしつつ、試料表面の全域については焼けない程度に低いフルーエンスで照射してもよい。
【0038】
本発明のこのような作用及び他の利得は次に説明する実施の形態から明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の実施形態に係るレーザ分析装置のうち試料及び検出部付近における構成を具体的に示す外観斜視図である。
【図2】本発明の実施形態に係るレーザ分析装置の全体構成を図式的に示すブロック図である。
【図3】本発明の実施形態に係る極短パルスレーザ(即ち、フェムト秒レーザ)の波形特性を示す特性図である。
【図4】実施形態に係るレーザ分析装置における各種パラメータや各種機材等に係る条件の一例を示す表である。
【図5】実施形態に係るレーザ分析装置内における、レーザ光源装置及び検証用のCCDカメラ等の光学配置を示すブロック図である
【図6】実施形態に係るレーザ分析装置によって得られる照射フルーエンスとアブレーション率との関係を示す特性図である。
【図7】実施形態に係るレーザ分析装置によって得られるレーザパルス幅とアブレーション閾値との関係を示す特性図である。
【図8】実施形態に係るレーザ分析装置によって検出されるイオン信号強度を時間軸(横軸)に対して示す特性図(その1)である。
【図9】実施形態に係るレーザ分析装置によって検出されるイオン信号強度を時間軸(横軸)に対して示す特性図(その2)である。
【図10】実施形態に係るレーザ分析装置によって検出されるイオン信号強度を時間軸(横軸)に対して示す特性図(その3)である。
【図11】Cu(銅)についての温度と分布密度との関係を示す特性図である。
【図12】実施形態に係るレーザ分析装置によって得られるCuについての入射レーザエネルギとイオン信号強度との関係を示す特性図である。
【図13】実施形態に係るレーザ分析装置による試料表面のデソープションイオン化の概念図である。
【図14】比較例に係るレーザ分析装置による試料表面のデソープションイオン化の概念図である。
【図15】実施形態に係るレーザ分析装置によって、ホスファチジルコリン分子を試料とした場合に検出されるイオン信号強度の時間変化を示す特性図である。
【図16】実施形態に係るレーザ分析装置によって、コロネン分子を試料とした場合に検出されるイオン信号強度の時間変化を示す特性図(その1)である。
【図17】実施形態に係るレーザ分析装置によって、コロネン分子を試料とした場合に検出されるイオン信号強度の時間変化を示す特性図(その2)である。
【図18】実施形態に係るレーザ分析装置によって、コロネン分子を試料とした場合に検出されるイオン信号強度の時間変化を示す特性図(その3)である。
【図19】実施形態に係るレーザ分析装置によって、コロネン分子を試料とした場合に検出されるイオン信号強度の時間変化を示す特性図(その4)である。
【図20】実施形態に係るレーザ分析装置によって、フラーレン分子を試料とした場合に検出されるイオン信号強度の時間変化を示す特性図(その1)である。
【図21】実施形態に係るレーザ分析装置によって、フラーレン分子を試料とした場合に検出されるイオン信号強度の時間変化を示す特性図(その2)である。
【図22】実施形態に係るレーザ分析装置によって、フラーレン分子を試料とした場合に検出されるイオン信号強度の時間変化を示す特性図(その3)である。
【図23】実施形態に係るレーザ分析装置によって、フラーレン分子を試料とした場合に検出されるイオン信号強度の時間変化を示す特性図(その4)である。
【符号の説明】
【0040】
2…レーザ分析装置
10…制御装置
11…レーザ光源装置
12…集光レンズ
13…ターゲット(試料)
16…検出装置
101…イオン加速器
102…真空容器
【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
以下では、本発明の実施の形態について図を参照しつつ説明する。
【0042】
先ず図1及び図2を参照して、レーザ分析装置の構成について説明する。ここに図1は、本実施形態に係るレーザ分析装置のうち試料及び検出部付近における構成を具体的に示しており、図2は、本実施形態に係るレーザ分析装置の全体構成を図式的に示す。
【0043】
図1において、レーザ分析装置2は、集光レンズ12、イオン加速器101、真空容器102及び検出装置16を備える。
【0044】
図2において、レーザ分析装置12は、図1に示した構成要素の他に、制御装置10及びレーザ光源装置11を備える。
【0045】
図1及び図2に示すように、集光レンズ12には、レーザ光源装置11から出射される低フルーエンスのフェムト秒レーザLBが、他の光学部品やレンズ等を介して入射される。集光レンズ12は、これを集光して、本発明に係る「試料表面」を有する試料の一例としてのターゲット13に向けて集光するように構成されている。
【0046】
レーザ光源装置11は、制御装置10による駆動制御を受けて、フェムト秒レーザLBを、集光レンズ12を介してターゲット13に向けて照射する。レーザ光源装置11は、制御装置10により、ターゲット13の材質に応じて、ターゲット13の表面を原子・分子レベルで或いは超微量だけ、非熱的に脱離イオン化(即ち、非熱的なデソープションイオン化)するように設定された照射フルーエンスの値で、フェムト秒レーザLBを発生するように構成されている。尚、制御装置10によって、ターゲット13の材質に応じて、フェムト秒レーザLBに係る照射フルーエンスの値に加えて又は代えてフェムト秒レーザLBに係る光強度の値が、ターゲット13の表面を原子・分子レベルで非熱的に脱離イオン化するように設定されてもよい。
【0047】
制御装置10によるフェムト秒レーザLBに係るパラメータ設定については後に詳述する。
【0048】
ターゲット13は、フェムト秒レーザLBを入射するための窓を有するイオン加速器101内に配置されている。但し、必ずしもこのようにイオン加速器101内に配置しなくてもよい。ターゲット13は、フェムト秒レーザLBの入射軸に対して、例えば45度といった、所定角度θだけ傾けられて配置されており(図2参照)、これによりターゲット13の表面から、脱離イオン化した分子イオンのイオン加速器101内への放出が良好に行なわれる。
【0049】
イオン加速器101は、複数の電極を有しており、これらにより電界を発生させることで、ターゲット13の試料表面からフェムト秒レーザLBの照射に応じて脱離イオン化された分子イオンM+を真空容器102の方に向けて(即ち図1中、左側に向けて)加速するように構成されている。
【0050】
真空容器102は、分子イオンの飛行時間を長めるように、即ち図1中、イオン飛跡LPが十分に長く取れるように、分子イオンM+の飛行方向に延在する真空空間を内部に規定している。そして、真空容器102における、イオン加速器101に面する側には、検出装置16が、配置されている。図1中、イオン飛跡LPとして示したように、分子イオンM+は、イオン加速器101による加速によって先ずは左側へ向けて飛行した後、真空容器102内で、飛行方向を逆向きに変え、検出装置16へ向けて飛行することになる。
【0051】
検出装置16は、例えば、真空容器102内を飛行した分子イオンM+の濃度を時間に対して検出することで、該分子イオンM+の質量を分析する飛行時間型質量分析装置からなる。CPU(Central Processing Unit)或いはシステムコントローラ等を備えてなる制御装置10には、検出装置16から分子イオンの質量の分析結果に係る検出情報が入力され、ここで検出情報が記録される。
【0052】
以上のように本実施形態では、レーザ光源装置11及び集光レンズ12は、本発明に係る「照射手段」の一例を構成しており、イオン加速器101、真空容器102及び検出装置16は、本発明に係る「分析手段」の一例を構成している。
【0053】
尚、図1及び図2では説明の簡略化のため、光学系として、集光レンズ12が、フェムト秒レーザLBの光路に配置されているが、その他のレンズ、プリズム、ミラー、シャッター等が該光路に適宜配置されてもよく、更に、レーザ光源装置11内に、半導体レーザ装置等の各種レーザ装置と、各種レンズ、シャッター、偏光板、位相差板等の光学部品とが適宜組み込まれてもよい。
【0054】
次に図3から図12を参照して、上述の如き構成を有するレーザ分析装置2における、フェムト秒レーザLBに係る照射フルーエンスの値の設定等について説明する。ここでは、照射フルーエンスの値と、ターゲット13の表面におけるアブレーション率(剥離深さに対応する)との関係を検証し、更に、ターゲット13の表面におけるアブレーション率が、低フルーエンス領域におけるフェムト秒レーザLBの照射フルーエンスの値によって、或いは光強度の値によって、調整・制御可能であることを検証する。尚、これらの検証に基づき、図1及び図2に示したレーザ分析装置2では、非熱的な脱離イオン化が超微量だけ行われるように照射フルーエンスの値等が設定されることになる。
【0055】
先ず図3を参照して、本実施形態で用いられる、極低フルーエンスであり且つ高強度であるフェムト秒レーザにおける特性について説明する。ここに、図3は、本実施形態に係る極短パルスレーザ(即ち、フェムト秒レーザ)の波形特性を示す。
【0056】
図3に示すように、レーザ光源装置11によって照射される、極短パルスレーザ(即ち、フェムト秒レーザ)は、例えば、ターゲット13の材質に応じて、該材料を解離することなく非熱的なイオン化放出を引き起こす、低フルーエンスであって且つ高光強度である“低フルーエンス高強度レーザパルス”である。ここに本実施形態に係る「低フルーエンス」とは、後に詳述するように、1番目に小さいアブレーション閾値フルーエンスF3,thと2番目に小さいアブレーション閾値フルーエンスF2,thとの間にあるフルーエンスのことを意味する。また、本実施形態に係るレーザの「高強度」或いは「高光強度」とは、図3に例示した如き「アブレーション閾値レーザ強度」を超えるレーザ強度(光強度)のことを意味する。言い換えれば、「高強度」或いは「高光強度」とは、フェムト秒レーザを固体表面(ここでは、ターゲット13の表面)に照射することで、該固体表面の材料を解離することなく、分子イオン若しくは多価分子イオンとして放出させることが可能なレーザに係る強度或いは光強度を意味しており、この値は、固体表面(ここでは、ターゲット13の表面)の材質に固有の値となる。
【0057】
尚、一般に、「フルーエンス」の単位は、J/cm2であり、「レーザ強度」或いは「光強度」の単位は、W/cm2(即ち、J/s・cm2)である。従って、レーザのフルーエンスとは、レーザのエネルギを照射面積で割ったものであり、レーザ強度(光強度)は、フルーエンスを、レーザのパルス幅(時間)で割ったものとなる。言い換えれば、レーザ強度(光強度)は、レーザのエネルギを、(照射面積×レーザのパルス幅)で割ったものとなる。よって、本実施形態において、レーザ強度或いは光強度の調整は、レーザのエネルギ、レーザの照射面積及びレーザのパルス幅を調整することにより行なわれる。但し、本実施形態では、「光強度」というパラメータに対する条件付けは、独立に要求されるものではなく、後述の如きアブレーション閾値フルーエンスF3,th〜F2,thに係る条件が満たされれば、これに従属して(即ち、レーザ強度(光強度)=フルーエンス/パルス幅なる関係式より)決定される性質のものである。
【0058】
図3では、エネルギが300μJであり且つパルス幅が100fsのレーザであって、集光レンズ12等によってターゲット13の表面で照射径が20μmに絞られている“低フルーエンス高強度レーザパルス”を示している。尚、本実施形態に係る「パルス幅(レーザパルス幅)」の定義としては、レーザ強度の時間波形を実験的に調べ、最大レーザ強度の半分になる時間を測定したものである。図3に例示したレーザパルスの場合、フルーエンスは、95J/cm2と低いが(即ち、低フルーエンスであるが)、レーザ強度は、1015W/cm2と極めて高い(即ち、高強度である)。因みにこのレーザは、東京電力の平成13年度における電力消費のピーク時における6430万kW(=6×1010W)を優に超えるパワーである。これは、フェムト秒レーザという極短パルスレーザの特徴の一つと言える。
【0059】
次に、図2に加えて図4及び図5を参照して、照射フルーエンスの値とアブレーション率との関係等を検証するため実験について更に説明する。ここに、図4は、図2に示したレーザ照射・分析装置に係る各種パラメータや各種機材等に係る条件の一例を示し、図5は、図2に示したレーザ照射・分析装置内における、レーザ光源装置及び検証用のCCD(Charged Coupled Device)カメラ等の光学配置を示す。尚、図5において、図1と同様の構成要素には同様の参照符号を付し、それらの説明は適宜省略する。
【0060】
次に、図2に加えて図4及び図5を参照して、照射フルーエンスの値とアブレーション率との関係を検証するため実験について説明する。ここに、図4は、レーザ照射・分析装置に係る各種パラメータや各種機材等に係る条件の一例を示し、図5は、レーザ照射・分析装置内における、レーザ光源装置及び検証用のCCD(Charged Coupled Device)カメラ等の光学配置を示す。尚、図5において、図1と同様の構成要素には同様の参照符号を付し、それらの説明は適宜省略する。
【0061】
図4の一覧表に例示した如くに、レーザ分析装置2では、各種パラメータや各種機材、ターゲット13に係る諸条件が設定される。即ち、ターゲット13としては、金属サンプルCu、Al、Fe、…等が選択され、そのサイズ等が、5×5cm等とされる。また、フェムト秒レーザLBとしては、波長等が800nm(ナノメートル)等とされる。特に光強度(エネルギ)は、0.21〜600μJの間で可変とされ、これに伴い、照射フルーエンスは、10mJ/cm2〜28J/cm2の間で可変とされる。
【0062】
図5に示すように、レーザ分析装置2内には、レーザ光源装置11に加えて、図2には不図示である、ターゲット13の表面を撮像するためCCDカメラ31等が光学系に組み込まれている。尚、図5では、図2に示した検出装置16、制御装置10等の他の構成要素は、省略してある。
【0063】
図5において、レーザ光源装置11は、非熱的なアブレーションを引き起こさせるためのフェムト秒レーザLfsを発生させるフェムト秒レーザ光源装置(fs laser)11aと、光学的なアラインメント用のレーザLaを発生させるヘリウム−ネオンガスレーザ光源(He−Ne laser)11bとを含む。フェムト秒レーザLfsは、ミラー21を経た後に、レーザLaは、偏光状態制御用の光学板25及びミラー26を経た後に、ハーフミラー(ダイクロイックミラー)22のところで合成され、同一光路上のレーザLBとされる。更に、レーザLBは、ハーフミラー(ダイクロイックミラー)34へ到達する。レーザLBのうちフェムト秒レーザLfsは、ハーフミラー34で反射され、集光レンズ12を介して、ターゲット13たる金属サンプルの表面に照射される。他方で、レーザLBのうちアラインメント用のレーザLaは、ハーフミラー34を透過して、アラインメント用に用いられる。そして、フェムト秒レーザLfsによりアブレーションされる金属サンプルの表面の様子は、集光レンズ12、ハーフミラー34、レンズ33、ミラー32を経てCCDカメラ31に至る反射光Lrを受光することで、CCDカメラ31によって、撮像される。
【0064】
次に図6から図12を参照して、上述の如きレーザ分析装置2によって得られる、照射フルーエンスとアブレーション率との関係、特にこの関係を示す特性曲線上で識別される、三つのアブレーション閾値フルーエンス、及びこれらの閾値によって規定される新規なアブレーション物理を示す低フルーエンス領域について説明する。ここに、図6は、レーザ分析装置2によって得られる照射フルーエンスとアブレーション率との関係を示し、図7は、レーザ分析装置2によって得られるレーザパルス幅とアブレーション閾値(アブレーション閾値フルーエンス)との関係を示す。図8から図10は夫々、レーザ分析装置2によって検出されるイオン信号強度を時間軸(横軸)に対して示す。図11は、Cu(銅)についての温度と分布密度との関係を示し、図12は、レーザ分析装置2によって得られるCuについての入射レーザエネルギとイオン信号強度との関係を示す。
【0065】
図2から図5を参照して説明したレーザ分析装置2を用いると、図6に例示した如き照射フルーエンス(レーザ照射フルーエンス(J/cm2))とアブレーション率(nm/shot)との関係が得られる。但し、ここでは、ターゲット13をCu(銅)とし、フェムト秒レーザFfsの波長を800nmとし、パルス幅を70fs(フェムト秒)としており、その他の諸条件については、図4に例示した通りとしてある。
【0066】
図6に示すように、黒丸で示した離散的な実験データ(experimental data)によれば、照射フルーエンスとアブレーション率との関係を示す特性曲線には、三つのアブレーション閾値フルーエンスとして、小さい順に、アブレーション閾値フルーエンスF3,th(=0.018J/cm2)、F2,th(=0.18J/cm2)及びF1,th(=0.25J/cm2)が存在しているのが確認される。
【0067】
ここで「アブレーション率」は、1レーザパルス当りのターゲット13の表面に形成されるクレータの深さ(剥離深さ)を意味し、次式(1)で表記される。
【0068】
L=α―1ln(F/Fth) …(1)
但し、
α―1:光侵入長(cm)、
F:照射フルーエンス(J/cm2)
従って、この式(1)から、上述した三つのアブレーション閾値フルーエンスFth(F3,th、F2,th、F1,th)は夫々、L=0なる照射フルーエンスFから評価されることになる。
【0069】
より一般には、レーザの空間プロファイルがガウス関数で表される場合、クレータの口径Γは、次式(2)で表記される。
【0070】
Γ=a{ln(F/Fth)}0.5 …(2)
但し、a:入射されるレーザビームの径
従って、この場合には、この式(2)から、上述した三つのアブレーション閾値フルーエンスFth(F3,th、F2,th、F1,th)は夫々、Γ=0なる照射フルーエンスFから評価されることになる。
【0071】
以上、式(1)及び(2)に示したように、アブレーション閾値フルーエンスは、二つの手法により評価可能である。
【0072】
尚、図6では、両対数グラフ上での特性曲線であるため、これら三つのアブレーション閾値フルーエンスF3,th、F2,th及びF1,thの存在は多少目視し難くなっているが、この特性曲線を、横軸(レーザ照射フルーエンス軸)のみを対数としたグラフ上で描けば、上記式(1)及び式(2)からも明らかなように、これら三つのアブレーション閾値フルーエンスF3,th、F2,th及びF1,thの存在は、目視により容易且つ明確に確認可能となる。
【0073】
図7に示すように、レーザパルス幅(s)とアブレーション閾値フルーエンス(J/cm2)との関係を示す特性曲線上で、これら三つのアブレーション閾値フルーエンスF3,th、F2,th及びF1,thは夫々、フェムト秒レーザLfsに係るパルス幅に依存して変化する性質を有する。ここで、フェムト秒レーザLfsは、ターゲット13における衝突緩和時間よりも短い時間のパルス幅を有するので、フェムト秒レーザLfsに係るパルス幅は、ターゲット13の表面の材質に応じて可変である。例えば、例えばCuであれば17.49psといった具合である。(尚、この例では、図6の場合と同じく、ターゲット13をCu(銅)とし、フェムト秒レーザFfsの波長を800nmとしてある。)このように、三つのアブレーション閾値フルーエンスF3,th、F2,th及びF1,thは夫々、パルス幅と共に変化するので、レーザ強度もパルス幅に依存する重要パラメータであると言える(図3参照)。集光光学系を変えることで、ターゲット13の表面のレーザ照射面積が変わるため、レーザの強度を変えることができる。つまり、アブレーションに寄与する時間間隔を長くしたり短くしたりの調節が可能である。但し、本実施形態では、「光強度」というパラメータに対する条件付けは、独立に要求されるものではなく、上述の如きアブレーション閾値フルーエンスF3,th〜F2,thに係る条件が満たされれば、これに従属して決定される。
【0074】
図6及び図7から分かるように、本実施形態に係る「低フルーエンス領域」とは、1番目に小さいアブレーション閾値フルーエンスF3,thと2番目に小さいアブレーション閾値フルーエンスF2,thとの間の領域を意味する。従って、低フルーエンス領域は、ターゲット13の材質によって変化することとなるが、図6に示した例(即ち、ターゲットがCuである例)では、0.018J/cm2〜0.18J/cm2のフルーエンス領域が、低フルーエンス領域に該当する。言い換えれば、この0.018J/cm2〜0.18J/cm2のフルーエンス領域が、非熱的なイオン化がCuからなるターゲット13の表面で生じるアブレーション閾値付近の領域を意味することになる。
【0075】
図6において、3光子吸収過程に基づいてシミュレーション又はモデル化された特性曲線L3(ξ3)が、実線で示されている。この特性曲線L3(ξ3)は、アブレーション閾値フルーエンスF3,thとアブレーション閾値フルーエンスF2,thとの間の領域、即ち低フルーエンス領域では、黒丸で示した実験データと整合がとれているのが確認される。
【0076】
ここで、m次の多光子吸収が起こった場合、その吸収係数ζm(cmm/Wm−1)が分かれば、アブレーション率Lm(cm/shot)は解析的に説くことができ、次式(3)で表される。
【0077】
Lm=1/{(m−1)ζm}
×{(Eth/τpζm)((1−m)/m)−(F/τp)1−m} …(3)
但し、
m≧2
τp(s):レーザーパルスの幅、
ETH(J/cm3):融解熱で単位体積の固体を融解させるのに必要なエネルギ
そして、Lm=0となる条件が、アブレーション閾値フルーエンスFthで、次式(4)で表される。
【0078】
Fth=(Eth/ζm)1/mτp((1−m)/m)=βmτp((1−m)/m) …(4)
以上式(3)及び(4)から分かるように、アブレーション閾値フルーエンスF3,thは、パルス幅に依存しており、図6の特性曲線L3(ξ3)で示された3光子吸収過程によるものとして説明される。
【0079】
また図6において、2光子吸収過程に基づいてシミュレーション又はモデル化された特性曲線Lσが、破線で示されている。この特性曲線Lσは、アブレーション閾値フルーエンスF2,thとアブレーション閾値フルーエンスF1,thとの間の領域、即ち、低フルーエンス領域に隣接する高フルーエンス領域では、黒丸で示した実験データと整合がとれているのが確認される。この高フルーエンス領域では、2光子吸収過程がアブレーション現象において支配的となり、熱的なイオン化放出現象が発生する。
【0080】
更に図6において、1次元2温度熱拡散過程に基づいてシミュレーション又はモデル化された特性曲線L1が、一点鎖線で示されている。この特性曲線L1は、アブレーション閾値フルーエンスF1,thよりも高い高フルーエンスの領域では、黒丸で示した実験データと整合がとれているのが確認できる。
【0081】
このように、フェムト秒レーザFfsを用いる場合、低フルーエンス領域内では、“3光子吸収過程”がアブレーション現象の要因として顕著に又は完全に支配的となる。尚、フェムト秒レーザLfsの場合、例えば、800nmの波長であれば、光子としては1.5eVの粒の性質を有する。よって、ターゲット13の表面において、3光子吸収過程に従って非熱的なイオン化放出(非熱的な脱離イオン化)が行なわれる。逆に、本実施形態に係る低フルーエンス領域から外れた高フルーエンス領域では、本実施形態の如き非熱的なイオン化放出現象は殆ど又は全く確認されておらず、熱的なイオン化放出現象が顕著に確認される。
【0082】
次に図8から図10を参照して、このように新規なアブレーション物理を示す低フルーエンス領域における、2光子吸収過程に基づく特性曲線L3(ξ3)について、更に検証する。より具体的には、レーザ分析装置2において検出装置16によって測定される、ターゲット13表面から放出される分子イオンに基づいて、イオン化放出過程とレーザ多光子吸収過程(或いは、3光子吸収過程)との関連性について検討する。ここでは、波長800nmであるフェムト秒レーザLfsのパルス幅は、130fsに固定され、集光レンズ12として、f(焦点距離)=250mmのレンズが用いられる。そして、ターゲット13たるCuの金属サンプルの表面に、照射フルーエンスを15〜700mJ/cm2の範囲で変化させつつ、フェムト秒レーザLfsが照射されるものとする。そして、ターゲット13の表面から放出される分子イオンが、検出装置16の一例として、飛行時間型質量分析器(TOF)によって、測定される。このようにして得られる測定結果が、図8から図10に示されている。図8から図10はこの順番に、フェムト秒レーザLfsの照射エネルギを、27μJ(相対的に高エネルギ)、17μJ(相対的に中エネルギ)、8.7μJ(相対的に低エネルギ)として測定したものである。
【0083】
図8から図10に示すように、本測定条件では、いずれの場合にも、Cu3+及びCu2+に対応するピークが測定され、即ち、多価の銅イオンが顕著に放出されていることが確認される。尚、図8から図10において、3μs付近のピークは、測定環境に起因する水素イオンによるもので、当該新規なアブレーション物理に係る検証とは、特に関係がない。
【0084】
図11は、上述の如き測定に係るアブレーションが、仮に熱過程によるものとして計算した場合における、温度(k)に対する、銅イオン(Cu+、Cu2+、Cu3+)及び銅(Cu)の価数分布を示している。これに対して、図12は、上述の如き本実施形態の測定で得られる、入射レーザエネルギ(μJ)に対する、銅イオン(Cu+、Cu2+、Cu3+)及び銅(Cu)の価数分布を示している。尚、図12における、入射レーザエネルギが9μJ付近のところに見られるピークは、信号が得られない際のイオン信号強度を示しており、当該新規なアブレーション物理に係る検証とは、特に関係がない。
【0085】
図11及び図12からも、図6に示した低フルーエンス領域におけるアブレーション或いはイオン化放出現象が、熱過程ではなく、非熱過程で起こっていることが推察される。これは、前述したように、低フルーエンス領域では、多光子吸収過程或いは3光子吸収過程がアブレーション現象の要因として顕著に又は完全に支配的となり、分子イオンとして、多価のイオンが生成されるという考察を裏付ける結果となっている。
【0086】
以上図2から図12を参照して説明したように、1つのフェムト秒レーザに係るパルスで、ターゲット13の表面を、原子・分子レベルで、言い換えれば、非常にソフトにアブレーションさせ、或いはイオン化できる。この際、1価以外の多価イオンのみが顕著に放出される非熱的アブレーション現象、或いは非熱的イオン化現象は、本発明の以前には報告されていない。
【0087】
また、本実施形態では、金属として適宜Cuの場合について例示しているが、図4の表に例示した全ての金属についても同様の非熱的アブレーション現象、或いは非熱的イオン化現象が確認される。総括すれば、図6等を参照して説明したアブレーション率のフルーエンス依存性は、概ね全ての金属をターゲット13とした場合にも、傾きの異なる三つの対数成分からなっており、アブレーション閾値フルーエンスは夫々、三つ(F3,th、F2,th及びF1,th)存在する。そして、概ねいずれの金属についても、アブレーション閾値フルーエンスのパルス依存性は、多光子吸収過程或いは3光子吸収過程に従っていると考察される。
【0088】
以上図4から図12を参照しての考察に鑑み、図1及び図2に示した本実施形態に係るレーザ分析装置2では、制御装置10等による設定工程において、照射フルーエンスの値は、ターゲット13の表面に非熱的な脱離イオン化(即ち、非熱的なデソープションイオン化)を引き起こす低フルーエンス領域内(図6の例では、0.018J/cm2〜0.18J/cm2の領域内)で設定される。そして、レーザ光源装置11等による照射工程では、フェムト秒レーザLBがこの設定値で照射される。従って、レーザ分析装置2によれば、高フルーエンスのレーザ照射によって又は長いパルスのレーザ照射によってターゲット13の表面における熱的なイオン化を招くことなく或いは加熱による溶融や破壊を招くことなく、原子・分子レベルで即ち超微量だけ、非熱的な脱離イオン化を行うことができる。この様子について、図13及び図14を参照して説明を加える。ここに、図13は、本実施形態により、ターゲット13の表面に引き起こされる非熱的な脱離イオン化を概念的に示しており、図14は、本実施形態の比較例として、MALDI法により、特殊基板201上でマトリックス剤に混在された試料に引き起こされる熱的な脱離イオン化を概念的に示す。
【0089】
図13に例示するように、本実施形態によれば、ターゲット13の表面で、原子・分子レベルの脱離イオン化を起こすことができ、例えば手で触るなど、物理的接触する場合よりも微量だけ表面を脱離させることも可能となる。これにより、図13中、左側に示したレーザパルス照射前におけるターゲット13の表面の状態と、図13中、右側に示したレーザパルス照射後におけるターゲット13の表面の状態とでは、殆ど差はなく、電子顕微鏡で拡大したレベルで僅かに、脱離の痕跡が確認できる程度である(図13中、右下部分参照)。
【0090】
これに対して図14に示すように、MALDI法によれば、シリコン製などの特殊基板201上に、試料分子202、不純物203及びマトリックス剤(試薬分子)213を混在させた状態で質量分析が行なわれる。これにより、図14中、左側に示したレーザパルス照射前における試料分子202を混合したターゲットの表面の状態と、図14中、右側に示したレーザパルス照射後における該ターゲットの表面の状態とでは、表面の破壊が生じた分だけ、顕著な差が生じている。そして、原子・分子レベルと比べて遥かに巨大なる脱離の痕跡が明確に確認できる。即ち、MALDI法では、非破壊的な質量分析は困難である。加えて、マトリックス剤213や不純物203の存在により、飛行時間型の質量分析にノイズ成分が生じることになるので、MALDI法では、イオン信号強度中におけるピークの同定が大なり小なり困難になる。ここで分析精度を高めるためには、試料分子202の種類に応じて、マトリックス剤213の種類を適宜変える必要性も生じる。
【0091】
続いて図15から図23を参照して、以上のように照射フルーエンスが設定されたフェムト秒レーザLBを用いて分析を行う本実施形態に係るレーザ分析装置2によって、各種試料に対する質量分析を行う場合について説明する。
【0092】
先ず図15を参照して、“生物試料”に対する質量分析を行う場合について説明する。
【0093】
図15に示すイオン信号強度は、生物試料の典型例として、細胞膜として周知性の高いホスファチジルコリン分子(PCM=745 1μmmol)に対する質量分析を行うことで得られる。ここでは先ず、該生物試料を、ジクロロメタン溶液にし、ガラス基板上に10nmol乾燥塗布する。これにより、1μmolという極薄い試料がガラス基板上に生成される。そして、該ガラス基板に対して、レーザ分析装置2によって、前述の如く波長が800nmであり、パルス幅が130fsのフェムト秒レーザLBを低フルーエンスで照射することで、飛行時間型の質量分析を行う。その結果が、図15に示したイオン信号強度となる。
【0094】
図15において、84.65μs付近に観測されているブロードなピークは、ホスファチジルコリン分子と同定される。他方、25μs以下に観測される強度の強いピークは、ガラス基板からのアブレーションにより生成された原子イオンである。25〜80μsの間に顕著なフラグメントイオンが観測されていないことから、低フルーエンス領域でのデソープションイオン化は、分子イオンを選択的に生成するソフトなイオン化であると考察される。また、図15から明らかなように、分析精度は、一般的なMALDI法と比較しても、遜色はないか又は試料の種類によっては遥かに優れる。
【0095】
次に図16から図23を参照して、以上のように照射フルーエンスが設定されたフェムト秒レーザLBを用いて分析を行う本実施形態に係るレーザ分析装置2によって、“固体化合物試料”の二例に対する質量分析を行う場合について説明する。
【0096】
図16から図19に示すイオン信号強度は、固体化合物試料の一例として、コロネン分子(C24H12:分子量300.4)に対する質量分析を行うことで得られる。特に図16、図17、図18及び図19に示すイオン信号強度は、レーザ光強度を、この順に、5.5μJ、5.9μJ、6.5μJ及び8.7μJに設定して得られるものである。また、図中、「M+」とは、コロネン分子の1価イオンであり、「M2+」とは、2量体(2つの分子が会合している)のイオンである。このようなコロネン分子に対して、レーザ分析装置2によって、例えば前述の如く波長が800nmであり、パルス幅が130fsのフェムト秒レーザLBを低フルーエンスで照射することで、飛行時間型の質量分析を行う。その結果が、図16から図19に示したイオン信号強度となる。
【0097】
図16から図19から分かるように、図15に示した“生体試料”の場合より顕著に分子イオンが観測される。また、レーザ強度を少し上げるだけで、飛躍的に検出されるイオン量が増加する。5.9μJ以上のレーザー強度では、分子2量体のイオンも観測されている。更に、レーザー強度の増加に伴い、フラグメントイオン(フラグメンテーション)も観測されている。
【0098】
図20から図23に示すイオン信号強度は、固体化合物試料の他の例として、フラーレンC60分子(C60:分子量720)に対する質量分析を行うことで得られる。特に図20、図21、図22及び図23に示すイオン信号強度は、レーザ光強度を、この順に、9.4μJ、11μJ、13μJ及び17μJに設定して得られるものである。このようなフラーレンC60分子に対して、レーザ分析装置2によって、例えば前述の如く波長が800nmであり、パルス幅が130fsのフェムト秒レーザLBを低フルーエンスで照射することで、飛行時間型の質量分析を行う。その結果が、図20から図23に示したイオン信号強度となる。
【0099】
図20から図23から分かるように、図15に示した“生体試料”の場合より顕著に分子イオンが観測される。また、レーザ強度を少し上げるだけで、飛躍的に検出されるイオン量が増加する。更に、分子2量体イオンが観測されており、特に強度の強い領域では、フラグメントイオン(フラグメンテーション)も観測されている。
【0100】
以上図16から図23を参照して説明したように、コロネン分子及びフラーレン分子の両者について、生体試料の場合(図15参照)よりも、よりフラグメントが少なく分子イオンが顕著に観測されている。これは、(1)試料分子濃度が非常に高いことと(2)分子サイズが比較的小さいこととに起因すると考察される。
【0101】
以上詳細に説明したように本実施形態のレーザ分析装置2によれば、金属試料、生物試料、化学物試料、化合物試料等の各種のターゲット13に対して、低フルーエンスであって且つフェムト秒レーザLBという極短いパルスを用いることで、非熱的な分子イオン放出現象がターゲット13の表面で起き、該表面が加熱されることなく、原子・分子レベルでの剥離が可能となるのである。特に、フェムト秒レーザLBの光強度を、フェムト秒レーザLBに起因したレーザ電場によるトンネルイオン化過程と非共鳴多光子吸収過程とによって、ターゲット13の表面から分子イオンM+が脱離される値に設定しておけば、極めて効率良く非熱的且つ非破壊的にターゲット13の表面から分子イオンM+を脱離させることが可能となる。従って、レーザ分析装置2によれば、非破壊的な質量分析が可能となり、特に前述したMALDI法の如くマトリックス剤の添加等を必要とせず、生体試料、半導体材料、金属材料、化学物試料、化合物試料等の各種試料を、殆ど又は実践的な意味では全く傷めることなく、そのまま微量分析できるので、実践上大変有利である。
【0102】
また、金属試料や生物試料以外の、例えば半導体材料、絶縁体等をターゲット13としても、ターゲット13の材質に個別具体的に応じた低フルーエンス領域内のフェムト秒レーザLBを、ターゲット13の材質に応じた光強度で照射することによって、いずれのターゲット13に対しても、非破壊的な分析が可能となる。例えば、レーザ強度を高めることで、絶縁体等を、比較的問題なくターゲット13として質量分析等できる。或いは、レーザを低フルーエンスで照射するので、破壊されやすい化合物や生物試料も比較的問題なくターゲット13として質量分析等できる。本実施形態は、例えば、生きた細胞内で影響を及ぼす物質の高時間分解検出が可能なため、細胞や生体器官における分子の動的分布過程を検出するなど、生体機能解明のために有力なツールとも成り得る。また、本実施形態は、ポストゲノム薬剤の遺伝子発現誘導・抑制のプロセス解明のためにも有力なツールと成り得、更に、ゲノム創薬における画期的な制御技術とも成り得る。
【0103】
このように、微細化が進行してゆく、ナノテクノロジー、情報技術、環境技術、バイオテクノロジー、製造技術など広い分野にわたって、本発明は、極めて重要な分析技術を提供することになる。
【0104】
尚、図6に例示した如き三つのアブレーション閾値フルーエンスF3,th、F2,th及びF1,thは、ターゲット13の表面の材質等に依存して予め数値化、或いはテーブル化可能である。よって、一旦、これらの値を求めておけば、制御装置10(図2参照)による設定工程における照射フルーエンスの値を、実際にレーザ照射の対象となるターゲット13の材質に応じて、一意的に決めることが可能となる。即ち、様々な種類の試料に対して実際に分析を実施する際には、制御装置10による照射フルーエンスの値の設定を、迅速且つ容易に行える。
【0105】
加えて、上述の実施形態においては、制御装置10による駆動制御下で、レーザ分析装置2は、フェムト秒レーザLBとして、一つのレーザパルスを他のレーザパルスから時間的に独立した形で照射可能に構成されてもよい。これにより、一つのレーザパルスを他のレーザパルスから時間的に独立した形で照射することで、ターゲット13の表面から分子イオンを、一つのレーザパルスに対応する極めて微細な剥離量で脱離イオン化させることが可能となる。或いは、制御装置10による駆動制御下で、レーザ分析装置2は、複数のレーザパルスをまとめて或いは連続して照射するように構成してもよい。これにより、ターゲット13から大量の剥離量で分子イオンを放出させ、分析装置2における分析速度や分析精度を上げることが可能となる。
【0106】
本発明は、上述した実施形態に限られるものではなく、請求の範囲及び明細書全体から読み取れる発明の要旨、あるいは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴うレーザ分析装置及び方法もまた、本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明に係るレーザ分析装置及び方法は、例えば、レーザを利用した固体表面における非破壊的な超微量分析などの、非破壊的な分析に利用可能である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばレーザを利用した固体表面における非破壊的な超微量分析などの、非破壊的な分析に好適に利用される、デソープションイオン化方式のレーザ分析装置及び方法の技術分野に関する。
【背景技術】
【0002】
この種のレーザを用いたデソープションイオン化方式(脱離イオン化方式)のレーザ分析方法としては、MALDI(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization:マトリックス支援レーザ脱離イオン化法)が広く知られている(特許文献1、2、非特許文献1、2参照)。
【0003】
係るMALDI法によれば、試料表面にマトリックス剤が添加されることで、マトリックス剤が混合された試料表面から、ナノ秒レーザの照射に応じて分子イオンが試料表面から脱離イオン化される。そして、このように脱離された分子イオンを分析することで、試料表面の質量分析等の超微量分析が可能となるとされている。例えば、分子イオンのスペクトル分析を行うことで、相対ピーク強度スペクトル上で、マトリックス剤のピーク以外に現れるピークから、試料表面を有する試料の質量分析が行なわれる。
【0004】
【特許文献1】特開平09−320515号公報
【特許文献2】特開平09−326243号公報
【非特許文献1】「無機物マトリックスを用いたMALDI分析(島津製作所)」田中耕一・川畑慎一郎 1995年度質量分析連合討論会 1−P−32
【非特許文献2】「マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法」田中耕一 (島津製作所) ぶんせき, NO.4 p253−261(1996)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述したMALDI法によれば、試料表面へのマトリックス剤の添加や、特殊加工したシリコン基板など特殊な基板等を用いることが必要であり、分析は必ずしも容易ではない或いは効率的ではないという技術的な問題点がある。更に、試料分析の際に相対ピーク強度スペクトル上に現れるマトリックス剤に起因した各種のピークやノイズ的成分は、試料の分析精度を低下させる要因に、大なり小なり成らざるを得ない。加えて、試料表面の非破壊的な超微量分析を行うこと、或いは試料を何ら損なわないように分析を行うこと、特に生体試料に対して外的傷害を及ぼさないように分析を行うことなどは、従来のマトリックス剤等を用いたMALDI法によれば、実践上大変困難であるという問題点もある。
【0006】
本発明は、上述の問題点に鑑みてなされたものであり、例えば生体試料、半導体材料、金属材料、化学物試料、化合物試料などの固体試料をそのまま或いは非破壊的に超微量分析することを可能ならしめる、デソープションイオン化方式のレーザ分析装置及び方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のレーザ分析装置は上記課題を解決するために、試料表面に照射されることで前記試料表面に非熱的な脱離イオン化を引き起こす、該試料表面の材質に応じた低フルーエンス領域内のフェムト秒レーザを、前記試料表面に対して照射する照射手段と、前記照射されたフェムト秒レーザに応じて前記試料表面から脱離される分子イオンを、分析する分析手段とを備える。
【0008】
本発明のレーザ分析装置によれば、照射手段によって、例えば生体試料、半導体材料、金属材料、化学物試料、化合物試料等の固体試料に係る試料表面の材質に応じた低フルーエンス領域内のフェムト秒レーザが、試料表面に対して照射される。ここに「フェムト秒レーザ」とは、パルス幅が1ピコ秒(ps)以下であるフェムト秒オーダのレーザ或いはレーザパルスをいい、より詳細には、固体表面をなす固体試料の材質に対して、その衝突緩和時間よりも短い時間のパルス幅を有する、フェムト秒オーダのパルスレーザを意味する。即ち、フェムト秒レーザに係るパルス幅そのものについては、試料表面をなす生体試料、半導体材料、金属材料、化学物試料、化合物試料等の材質に応じて可変である。例えば、Al(アルミニウム)であれば、1.12ps(ピコ秒)、Cu(銅)であれば17.49ps、Ti(チタン)であれば、0.83psといった具合である。「フルーエンス」とは、レーザの1パルス当りの出力エネルギを照射断面積で割って求めたエネルギ密度(J/cm2)である。また、「低フルーエンス」とは、一般には、相対的にフルーエンスの値が小さいことをいうが、本発明に係る「低フルーエンス」或いは「低フルーエンス領域」とは、レーザを材料表面に照射することで材料表面が蒸発する現象が生じるエネルギ密度の最小値(アブレーション閾値)近傍のフルーエンスを意味する。言い換えれば、本発明に係る「低フルーエンス領域」とは、非熱的なイオン化が固体表面で生じるアブレーション閾値付近の領域を意味する。より具体的には、典型的には1番目に小さいアブレーション閾値フルーエンスと2番目に小さいアブレーション閾値フルーエンスとの間の領域内を意味する。低フルーエンス領域は、固体表面の材質によって変化するが、例えば、15mJ/cm2〜150mJ/cm2といったオーダのフルーエンス領域が、ここでは挙げられる。
【0009】
本発明では特に、このように照射手段により照射されるフェムト秒レーザは、試料表面に非熱的な脱離イオン化を引き起こすレーザとされている。本発明で照射されるフェムト秒レーザは、低フルーエンスであって且つ高光強度である“低フルーエンス高強度レーザパルス”となる。ここに本発明に係るレーザの「高強度」或いは「高光強度」とは、フェムト秒レーザを固体表面に照射することで、固体表面における材料を解離することなく、該固体表面から分子イオン又は多価分子イオンとして放出させることが可能なレーザに係る強度或いは光強度を意味し、この値は、固体表面の材質に固有の値となる。尚、分子は、複数の原子が結合してできており、外部から分子にエネルギー(熱、電場等)を与え、結合を切ることを「解離」と言う。但し、本発明で、「光強度」というパラメータに対する条件付けは、独立に要求される必要はなく、上述したアブレーション閾値フルーエンスに係る条件が決まれば、レーザ強度(光強度)=フルーエンス/パルス幅なる関係式より、フルーエンスに従属して決められる。そして、このようなフェムト秒レーザの照射に応じて試料表面から脱離される分子イオン(即ち、分子構造を保ったままのイオン或いは多価イオン)が、分析手段によって分析される。分析手段は、例えばイオン検出型分析装置である。
【0010】
従って、(i)高フルーエンスのレーザ照射によって又は(ii)フェムト秒レーザではなく衝突緩和時間よりも長いパルスのレーザ照射によって、固体表面における熱的なイオン化を招くことなく或いは加熱による溶融や破壊を招くことなく、原子・分子レベルで剥離或いは脱離イオン化を行うことができる。即ち、超微量の分子イオンを試料表面から脱離させることが可能となる。この際、低フルーエンスであって且つフェムト秒レーザという極短いパルスを用いることで、非熱的なイオン放出現象(或いは、イオン生成に係る脱離イオン化現象)が試料表面で起き、該試料表面が加熱されることなく、原子・分子レベルでの剥離が可能となるのである。尚、本発明において「原子・分子レベル」とは、例えば原子1個や原子数個、或いは原子十数個から数十個といった、試料表面付近におけるナノオーダやサブナノオーダの範囲或いは単位を示す。
【0011】
本願発明の研究によれば、このような非熱的なデソープションイオン化という現象は、低フルーエンス領域においてフェムト秒レーザが照射されると、試料表面で材料の解離現象が殆ど発生することなくイオン化現象が発生することによると考察され、この際、例えば多価イオン化現象としての3光子吸収過程が、試料表面におけるデソープションイオン化の要因として顕著に又は完全に支配的となっていると考察される。本来、フェムト秒レーザよりもパルス幅(照射時間)が長いレーザで物質を励起(イオン化・デソープション)する場合には、試料の熱的な緩和が不可欠となるので、MALDI法の如きマトリックス剤が存在しない場合、熱的な反応が誘起され試料分子が壊れてしまう。即ち、非破壊的な質量分析等が困難或いは殆ど不可能となる。これに対して、フェムト秒レーザを集光照射して入る場合には、試料に吸収がない波長領域の光を照射しても、ある一定以上の光強度であるなら、試料を解離することなく、試料を脱離イオン化することが可能となる。
【0012】
より詳細には、(1)試料が金属試料である場合、上述の如き本発明に係る“低フルーエンス高強度フェムト秒レーザ”における光強度を制御して照射することにより、デソープションイオン化を引き起こし、多価イオンがかなり選択的に生成する。アブレーション閾値との対応付けも可能となる。即ち、金属試料の場合には、多価イオン放出現象が観測される。但し、金属試料の他にも、例えば化合物試料の場合にも、多価イオン放出現象が観測される。(2)試料が化学試料である場合、上述の如き本発明に係る“低フルーエンス高強度フェムト秒レーザ”における光強度を制御して照射することにより、分子イオン(1価イオン)が効率良く生成される。分子多価イオンも観測される。分子の解離は、非常に少ない。(3)試料が生体試料である場合、上述の如き本発明に係る“低フルーエンス高強度フェムト秒レーザ”における光強度を制御して照射することにより、分子イオンが観測され、顕著な解離イオンは見られない。
【0013】
そこで、本発明のレーザ分析装置では、試料表面の材質(即ち、金属試料、化学試料、生体試料等の別)に応じて、低フルーエンス高強度フェムト秒レーザに係るレーザ強度、波長及びパルス幅を制御することにより、デソープションイオン化を達成することとしている。これにより、フルーエンスを低フルーエンス領域内に収め、レーザ強度をアブレーション閾値近傍に制御することで、イオン化に伴う解離反応の抑制が可能となる。
【0014】
加えて、レーザイオン化法だけでなく多くの質量分析計におけるイオン化法に於いて、積極的に分子の解離(フラグメンテーション)を利用することがある。本発明において、例えば、レーザ強度を故意にアブレーション閾値近傍より強くすることにより、分子イオンのみならずフラグメントイオンを観測することも可能となる。フラグメントイオンの質量を観測することにより、分子量の比較的大きな分子(この場合、分子量1000以上)の構造についての情報を得ることが可能となる。
【0015】
以上のように本発明のレーザ分析装置によれば、非熱的なデソープションイオン化を起こさせるためのレーザ照射によって、比較的容易にして、原子・分子レベルでの剥離によって、試料表面から非破壊的に微量の分子イオンを脱離させられるので、質量分析等の超微量分析が可能となる。特に、先述したMALDI法の如く、マトリックス剤の添加や混合を必要とせず或いは特殊な基板等を用いることなく、生体試料、半導体材料、金属材料、化学物試料、化合物試料等の試料を殆ど又は実践的な意味では全く傷めることなく、そのまま微量分析できるので、実践上大変有利である。即ち、極めて迅速且つ効率的な超微量分析が可能である。加えて、復元力に優れた生体試料については、生物的に瞬時に復元する程度の超微量な分子イオンの脱離によって、当該分析が可能となるので、一段と有利である。
【0016】
加えて、非破壊的に超微量の分子イオンの脱離による分析であり、特にMALDI法と比べてマトリックス剤を使用しないために、試料組成の分布を静的/動的に観測できる点で格段に有利である。即ち、試料の局所的組成分布をレーザ照射領域程度の分解能によって観測できる点においても、本発明は大変優れている。生体試料における動的分布過程を分析する際にも、極めて有利となる。更にまた、当該分析に係る位置分解能についても、レーザの波長程度の分解能が容易に得られる。
【0017】
本発明のレーザ分析装置によれば、このように非破壊的に試料をそのまま分析できるので、医療、創薬、遺伝子治療関連分野、半導体産業等の各種技術分野において、幅広い応用が可能となる。
【0018】
本発明のレーザ分析装置の一態様では、前記分析手段は、前記脱離された分子イオンの質量を分析する質量分析手段を含む。
【0019】
この態様によれば、フェムト秒レーザの照射に応じて試料表面から脱離される分子イオンが、質量分析手段によって分析される。即ち、各種形状や各種形態の試料について、非破壊的な質量分析をそのまま行うことができ、実践上大変有利である。
【0020】
この態様では、前記質量分析手段は、前記脱離された分子イオンの濃度を検出する濃度検出手段を含むように構成してもよい。
【0021】
このように構成すれば、既存のイオン濃度検出装置等の濃度検出手段を採用することで、本発明のレーザ分析装置を比較的安価に構築することも可能となる。
【0022】
本発明のレーザ分析装置の他の態様では、前記照射手段は、マトリックス剤が混合されていない状態にある前記試料表面に対して、前記フェムト秒レーザを照射する。
【0023】
この態様によれば、マトリックス剤を全く不要としつつ試料表面から脱離される分子イオンを分析できるので、従来のMALDI法と比較して、分析の手間等の上で著しく有利である。
【0024】
本発明のレーザ分析装置の他の態様では、前記フェムト秒レーザの光強度は、前記フェムト秒レーザに起因したレーザ電場によるトンネルイオン化過程と非共鳴多光子吸収過程とによって前記試料表面から前記分子イオンが脱離される値に設定される。
【0025】
この態様によれば、フェムト秒レーザの光強度が、トンネルイオン化過程と非共鳴多光子吸収過程とを引き起こす値に設定されているので、極めて効率良く非熱的且つ非破壊的に試料表面から分子イオンを脱離させることが可能となる。よって極めて効率良く試料分析を実施可能となる。尚、既に述べたように「光強度」というパラメータに対する条件付けは、独立に要求される必要はなく、上述したアブレーション閾値フルーエンスに係る条件が決まれば、これに従属して決められる。
【0026】
本発明のレーザ分析装置の他の態様では、前記試料表面は、生体試料又は固体試料の表面からなり、前記照射手段は、前記試料表面から前記分子イオンを非破壊的に脱離させる。
【0027】
この態様によれば、生体試料又は固体試料を、非破壊的に試料分析できるので、各種の応用技術分野において、実践上大変有益なレーザ分析装置を実現できる。
【0028】
本発明のレーザ分析装置の他の態様では、前記試料表面は、生体試料の表面からなり、前記分析手段は、前記試料表面における前記分子イオンの動的分布過程を検出する検出手段を含む。
【0029】
この態様によれば、生体試料における動的分布過程についての分析が可能となるので、各種の応用技術分野において、実践上大変有益なレーザ分析装置を実現できる。例えば、細胞における一端と他端とに係る、或いは表側と裏側とに係る動的分布過程についての分析が可能となる。
【0030】
本発明のレーザ分析装置の他の態様では、前記試料表面を有する試料を、前記照射手段が前記フェムト秒レーザを照射可能なように収容すると共に、前記脱離された分子イオンを加速するイオン加速器と、前記加速された分子イオンを前記分析手段に導く真空容器とを更に備える。
【0031】
この態様によれば、イオン加速器に収容された試料の試料表面に対して、フェムト秒レーザを照射すれば、その照射によって脱離した分子イオンを、イオン加速器により、すぐさま加速できる。更に、このように加速された分子イオンを、真空容器により質量分析装置等の分析手段に導くことによって、超微量の分子イオンに基づいて比較的高精度の分析が可能となる。特に、イオン加速器を用いれば、電界によって軽い分子イオンは加速され易いのに対して重い分子イオンは加速され難く、また分子イオンの価数が多いと加速され易いのに対して価数が少ないと加速され難い等の性質に基づいて、質量分析等を行なうことが可能となる。
【0032】
本発明のレーザ分析方法は上記課題を解決するために、試料表面に照射されることで前記試料表面に非熱的な脱離イオン化を引き起こす、該試料表面の材質に応じた低フルーエンス領域内のフェムト秒レーザを、前記試料表面に対して照射する照射工程と、前記照射されたフェムト秒レーザに応じて前記試料表面から脱離される分子イオンを、分析する分析工程とを備える。
【0033】
本発明のレーザ分析方法によれば、照射工程により照射されるフェムト秒レーザは、試料表面に非熱的な脱離イオン化を引き起こすレーザとされており、該フェムト秒レーザの照射に応じて試料表面から脱離される分子イオンが、分析工程によって分析される。従って、上述した本発明のレーザ分析装置の場合と同様に、非熱的なデソープションイオン化を起こさせるためのレーザ照射によって、比較的容易にして、原子・分子レベルでの剥離によって、試料表面から非破壊的に微量の分子イオンを脱離させられるので、質量分析等の超微量分析が可能となる。特に、先述したMALDI法の如く、マトリックス剤の添加や混合を必要とせず或いは特殊な基板等を用いることなく、生体試料、半導体材料、金属材料、化学物試料、化合物試料等の試料を殆ど又は実践的な意味では全く傷めることなく、そのまま微量分析できるので、実践上大変有利である。
【0034】
尚、本発明のレーザ分析方法においても、上述した本発明のレーザ分析装置における各種態様と同様の態様を適宜採用可能である。
【0035】
本発明のレーザ分析装置の一の態様では、前記試料表面の材質に応じて、前記フェムト秒レーザに係る照射フルーエンスの値を、前記低フルーエンス領域内で設定する設定工程を更に備え、前記照射工程は、前記試料表面に対して前記設定された照射フルーエンスの値で前記フェムト秒レーザを照射する。
【0036】
この態様によれば、設定工程では、試料表面の材質に応じて、当該試料表面に対して照射するフェムト秒レーザに係る照射フルーエンスの値が設定される。例えば、アブレーション率に換算して0.01nm/shot(ナノメートル/ショット、但し「ショット」とは、レーザパルスの一回の照射を意味する)程度といった、原子・分子レベルでの、即ち、非常に浅い剥離深さが、試料の性質上好ましい場合であれば、照射フルーエンスの値は、例えば0.1J/cm2に設定される。そして、照射工程では、このように設定工程で設定された照射フルーエンスの値で、フェムト秒レーザが固体表面に対して照射される。従って、試料表面における熱的なイオン化を招くことなく或いは加熱による溶融や破壊を招くことなく、原子・分子レベルで剥離或いはアブレーションを行うことができる。
【0037】
尚、試料表面の材質に応じて、フェムト秒レーザの光強度、波長等の他のパラメータを調整・制御することも可能である。例えば、試料表面の局所における光強度を相対的に強くしつつ、試料表面の全域については焼けない程度に低いフルーエンスで照射してもよい。
【0038】
本発明のこのような作用及び他の利得は次に説明する実施の形態から明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の実施形態に係るレーザ分析装置のうち試料及び検出部付近における構成を具体的に示す外観斜視図である。
【図2】本発明の実施形態に係るレーザ分析装置の全体構成を図式的に示すブロック図である。
【図3】本発明の実施形態に係る極短パルスレーザ(即ち、フェムト秒レーザ)の波形特性を示す特性図である。
【図4】実施形態に係るレーザ分析装置における各種パラメータや各種機材等に係る条件の一例を示す表である。
【図5】実施形態に係るレーザ分析装置内における、レーザ光源装置及び検証用のCCDカメラ等の光学配置を示すブロック図である
【図6】実施形態に係るレーザ分析装置によって得られる照射フルーエンスとアブレーション率との関係を示す特性図である。
【図7】実施形態に係るレーザ分析装置によって得られるレーザパルス幅とアブレーション閾値との関係を示す特性図である。
【図8】実施形態に係るレーザ分析装置によって検出されるイオン信号強度を時間軸(横軸)に対して示す特性図(その1)である。
【図9】実施形態に係るレーザ分析装置によって検出されるイオン信号強度を時間軸(横軸)に対して示す特性図(その2)である。
【図10】実施形態に係るレーザ分析装置によって検出されるイオン信号強度を時間軸(横軸)に対して示す特性図(その3)である。
【図11】Cu(銅)についての温度と分布密度との関係を示す特性図である。
【図12】実施形態に係るレーザ分析装置によって得られるCuについての入射レーザエネルギとイオン信号強度との関係を示す特性図である。
【図13】実施形態に係るレーザ分析装置による試料表面のデソープションイオン化の概念図である。
【図14】比較例に係るレーザ分析装置による試料表面のデソープションイオン化の概念図である。
【図15】実施形態に係るレーザ分析装置によって、ホスファチジルコリン分子を試料とした場合に検出されるイオン信号強度の時間変化を示す特性図である。
【図16】実施形態に係るレーザ分析装置によって、コロネン分子を試料とした場合に検出されるイオン信号強度の時間変化を示す特性図(その1)である。
【図17】実施形態に係るレーザ分析装置によって、コロネン分子を試料とした場合に検出されるイオン信号強度の時間変化を示す特性図(その2)である。
【図18】実施形態に係るレーザ分析装置によって、コロネン分子を試料とした場合に検出されるイオン信号強度の時間変化を示す特性図(その3)である。
【図19】実施形態に係るレーザ分析装置によって、コロネン分子を試料とした場合に検出されるイオン信号強度の時間変化を示す特性図(その4)である。
【図20】実施形態に係るレーザ分析装置によって、フラーレン分子を試料とした場合に検出されるイオン信号強度の時間変化を示す特性図(その1)である。
【図21】実施形態に係るレーザ分析装置によって、フラーレン分子を試料とした場合に検出されるイオン信号強度の時間変化を示す特性図(その2)である。
【図22】実施形態に係るレーザ分析装置によって、フラーレン分子を試料とした場合に検出されるイオン信号強度の時間変化を示す特性図(その3)である。
【図23】実施形態に係るレーザ分析装置によって、フラーレン分子を試料とした場合に検出されるイオン信号強度の時間変化を示す特性図(その4)である。
【符号の説明】
【0040】
2…レーザ分析装置
10…制御装置
11…レーザ光源装置
12…集光レンズ
13…ターゲット(試料)
16…検出装置
101…イオン加速器
102…真空容器
【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
以下では、本発明の実施の形態について図を参照しつつ説明する。
【0042】
先ず図1及び図2を参照して、レーザ分析装置の構成について説明する。ここに図1は、本実施形態に係るレーザ分析装置のうち試料及び検出部付近における構成を具体的に示しており、図2は、本実施形態に係るレーザ分析装置の全体構成を図式的に示す。
【0043】
図1において、レーザ分析装置2は、集光レンズ12、イオン加速器101、真空容器102及び検出装置16を備える。
【0044】
図2において、レーザ分析装置12は、図1に示した構成要素の他に、制御装置10及びレーザ光源装置11を備える。
【0045】
図1及び図2に示すように、集光レンズ12には、レーザ光源装置11から出射される低フルーエンスのフェムト秒レーザLBが、他の光学部品やレンズ等を介して入射される。集光レンズ12は、これを集光して、本発明に係る「試料表面」を有する試料の一例としてのターゲット13に向けて集光するように構成されている。
【0046】
レーザ光源装置11は、制御装置10による駆動制御を受けて、フェムト秒レーザLBを、集光レンズ12を介してターゲット13に向けて照射する。レーザ光源装置11は、制御装置10により、ターゲット13の材質に応じて、ターゲット13の表面を原子・分子レベルで或いは超微量だけ、非熱的に脱離イオン化(即ち、非熱的なデソープションイオン化)するように設定された照射フルーエンスの値で、フェムト秒レーザLBを発生するように構成されている。尚、制御装置10によって、ターゲット13の材質に応じて、フェムト秒レーザLBに係る照射フルーエンスの値に加えて又は代えてフェムト秒レーザLBに係る光強度の値が、ターゲット13の表面を原子・分子レベルで非熱的に脱離イオン化するように設定されてもよい。
【0047】
制御装置10によるフェムト秒レーザLBに係るパラメータ設定については後に詳述する。
【0048】
ターゲット13は、フェムト秒レーザLBを入射するための窓を有するイオン加速器101内に配置されている。但し、必ずしもこのようにイオン加速器101内に配置しなくてもよい。ターゲット13は、フェムト秒レーザLBの入射軸に対して、例えば45度といった、所定角度θだけ傾けられて配置されており(図2参照)、これによりターゲット13の表面から、脱離イオン化した分子イオンのイオン加速器101内への放出が良好に行なわれる。
【0049】
イオン加速器101は、複数の電極を有しており、これらにより電界を発生させることで、ターゲット13の試料表面からフェムト秒レーザLBの照射に応じて脱離イオン化された分子イオンM+を真空容器102の方に向けて(即ち図1中、左側に向けて)加速するように構成されている。
【0050】
真空容器102は、分子イオンの飛行時間を長めるように、即ち図1中、イオン飛跡LPが十分に長く取れるように、分子イオンM+の飛行方向に延在する真空空間を内部に規定している。そして、真空容器102における、イオン加速器101に面する側には、検出装置16が、配置されている。図1中、イオン飛跡LPとして示したように、分子イオンM+は、イオン加速器101による加速によって先ずは左側へ向けて飛行した後、真空容器102内で、飛行方向を逆向きに変え、検出装置16へ向けて飛行することになる。
【0051】
検出装置16は、例えば、真空容器102内を飛行した分子イオンM+の濃度を時間に対して検出することで、該分子イオンM+の質量を分析する飛行時間型質量分析装置からなる。CPU(Central Processing Unit)或いはシステムコントローラ等を備えてなる制御装置10には、検出装置16から分子イオンの質量の分析結果に係る検出情報が入力され、ここで検出情報が記録される。
【0052】
以上のように本実施形態では、レーザ光源装置11及び集光レンズ12は、本発明に係る「照射手段」の一例を構成しており、イオン加速器101、真空容器102及び検出装置16は、本発明に係る「分析手段」の一例を構成している。
【0053】
尚、図1及び図2では説明の簡略化のため、光学系として、集光レンズ12が、フェムト秒レーザLBの光路に配置されているが、その他のレンズ、プリズム、ミラー、シャッター等が該光路に適宜配置されてもよく、更に、レーザ光源装置11内に、半導体レーザ装置等の各種レーザ装置と、各種レンズ、シャッター、偏光板、位相差板等の光学部品とが適宜組み込まれてもよい。
【0054】
次に図3から図12を参照して、上述の如き構成を有するレーザ分析装置2における、フェムト秒レーザLBに係る照射フルーエンスの値の設定等について説明する。ここでは、照射フルーエンスの値と、ターゲット13の表面におけるアブレーション率(剥離深さに対応する)との関係を検証し、更に、ターゲット13の表面におけるアブレーション率が、低フルーエンス領域におけるフェムト秒レーザLBの照射フルーエンスの値によって、或いは光強度の値によって、調整・制御可能であることを検証する。尚、これらの検証に基づき、図1及び図2に示したレーザ分析装置2では、非熱的な脱離イオン化が超微量だけ行われるように照射フルーエンスの値等が設定されることになる。
【0055】
先ず図3を参照して、本実施形態で用いられる、極低フルーエンスであり且つ高強度であるフェムト秒レーザにおける特性について説明する。ここに、図3は、本実施形態に係る極短パルスレーザ(即ち、フェムト秒レーザ)の波形特性を示す。
【0056】
図3に示すように、レーザ光源装置11によって照射される、極短パルスレーザ(即ち、フェムト秒レーザ)は、例えば、ターゲット13の材質に応じて、該材料を解離することなく非熱的なイオン化放出を引き起こす、低フルーエンスであって且つ高光強度である“低フルーエンス高強度レーザパルス”である。ここに本実施形態に係る「低フルーエンス」とは、後に詳述するように、1番目に小さいアブレーション閾値フルーエンスF3,thと2番目に小さいアブレーション閾値フルーエンスF2,thとの間にあるフルーエンスのことを意味する。また、本実施形態に係るレーザの「高強度」或いは「高光強度」とは、図3に例示した如き「アブレーション閾値レーザ強度」を超えるレーザ強度(光強度)のことを意味する。言い換えれば、「高強度」或いは「高光強度」とは、フェムト秒レーザを固体表面(ここでは、ターゲット13の表面)に照射することで、該固体表面の材料を解離することなく、分子イオン若しくは多価分子イオンとして放出させることが可能なレーザに係る強度或いは光強度を意味しており、この値は、固体表面(ここでは、ターゲット13の表面)の材質に固有の値となる。
【0057】
尚、一般に、「フルーエンス」の単位は、J/cm2であり、「レーザ強度」或いは「光強度」の単位は、W/cm2(即ち、J/s・cm2)である。従って、レーザのフルーエンスとは、レーザのエネルギを照射面積で割ったものであり、レーザ強度(光強度)は、フルーエンスを、レーザのパルス幅(時間)で割ったものとなる。言い換えれば、レーザ強度(光強度)は、レーザのエネルギを、(照射面積×レーザのパルス幅)で割ったものとなる。よって、本実施形態において、レーザ強度或いは光強度の調整は、レーザのエネルギ、レーザの照射面積及びレーザのパルス幅を調整することにより行なわれる。但し、本実施形態では、「光強度」というパラメータに対する条件付けは、独立に要求されるものではなく、後述の如きアブレーション閾値フルーエンスF3,th〜F2,thに係る条件が満たされれば、これに従属して(即ち、レーザ強度(光強度)=フルーエンス/パルス幅なる関係式より)決定される性質のものである。
【0058】
図3では、エネルギが300μJであり且つパルス幅が100fsのレーザであって、集光レンズ12等によってターゲット13の表面で照射径が20μmに絞られている“低フルーエンス高強度レーザパルス”を示している。尚、本実施形態に係る「パルス幅(レーザパルス幅)」の定義としては、レーザ強度の時間波形を実験的に調べ、最大レーザ強度の半分になる時間を測定したものである。図3に例示したレーザパルスの場合、フルーエンスは、95J/cm2と低いが(即ち、低フルーエンスであるが)、レーザ強度は、1015W/cm2と極めて高い(即ち、高強度である)。因みにこのレーザは、東京電力の平成13年度における電力消費のピーク時における6430万kW(=6×1010W)を優に超えるパワーである。これは、フェムト秒レーザという極短パルスレーザの特徴の一つと言える。
【0059】
次に、図2に加えて図4及び図5を参照して、照射フルーエンスの値とアブレーション率との関係等を検証するため実験について更に説明する。ここに、図4は、図2に示したレーザ照射・分析装置に係る各種パラメータや各種機材等に係る条件の一例を示し、図5は、図2に示したレーザ照射・分析装置内における、レーザ光源装置及び検証用のCCD(Charged Coupled Device)カメラ等の光学配置を示す。尚、図5において、図1と同様の構成要素には同様の参照符号を付し、それらの説明は適宜省略する。
【0060】
次に、図2に加えて図4及び図5を参照して、照射フルーエンスの値とアブレーション率との関係を検証するため実験について説明する。ここに、図4は、レーザ照射・分析装置に係る各種パラメータや各種機材等に係る条件の一例を示し、図5は、レーザ照射・分析装置内における、レーザ光源装置及び検証用のCCD(Charged Coupled Device)カメラ等の光学配置を示す。尚、図5において、図1と同様の構成要素には同様の参照符号を付し、それらの説明は適宜省略する。
【0061】
図4の一覧表に例示した如くに、レーザ分析装置2では、各種パラメータや各種機材、ターゲット13に係る諸条件が設定される。即ち、ターゲット13としては、金属サンプルCu、Al、Fe、…等が選択され、そのサイズ等が、5×5cm等とされる。また、フェムト秒レーザLBとしては、波長等が800nm(ナノメートル)等とされる。特に光強度(エネルギ)は、0.21〜600μJの間で可変とされ、これに伴い、照射フルーエンスは、10mJ/cm2〜28J/cm2の間で可変とされる。
【0062】
図5に示すように、レーザ分析装置2内には、レーザ光源装置11に加えて、図2には不図示である、ターゲット13の表面を撮像するためCCDカメラ31等が光学系に組み込まれている。尚、図5では、図2に示した検出装置16、制御装置10等の他の構成要素は、省略してある。
【0063】
図5において、レーザ光源装置11は、非熱的なアブレーションを引き起こさせるためのフェムト秒レーザLfsを発生させるフェムト秒レーザ光源装置(fs laser)11aと、光学的なアラインメント用のレーザLaを発生させるヘリウム−ネオンガスレーザ光源(He−Ne laser)11bとを含む。フェムト秒レーザLfsは、ミラー21を経た後に、レーザLaは、偏光状態制御用の光学板25及びミラー26を経た後に、ハーフミラー(ダイクロイックミラー)22のところで合成され、同一光路上のレーザLBとされる。更に、レーザLBは、ハーフミラー(ダイクロイックミラー)34へ到達する。レーザLBのうちフェムト秒レーザLfsは、ハーフミラー34で反射され、集光レンズ12を介して、ターゲット13たる金属サンプルの表面に照射される。他方で、レーザLBのうちアラインメント用のレーザLaは、ハーフミラー34を透過して、アラインメント用に用いられる。そして、フェムト秒レーザLfsによりアブレーションされる金属サンプルの表面の様子は、集光レンズ12、ハーフミラー34、レンズ33、ミラー32を経てCCDカメラ31に至る反射光Lrを受光することで、CCDカメラ31によって、撮像される。
【0064】
次に図6から図12を参照して、上述の如きレーザ分析装置2によって得られる、照射フルーエンスとアブレーション率との関係、特にこの関係を示す特性曲線上で識別される、三つのアブレーション閾値フルーエンス、及びこれらの閾値によって規定される新規なアブレーション物理を示す低フルーエンス領域について説明する。ここに、図6は、レーザ分析装置2によって得られる照射フルーエンスとアブレーション率との関係を示し、図7は、レーザ分析装置2によって得られるレーザパルス幅とアブレーション閾値(アブレーション閾値フルーエンス)との関係を示す。図8から図10は夫々、レーザ分析装置2によって検出されるイオン信号強度を時間軸(横軸)に対して示す。図11は、Cu(銅)についての温度と分布密度との関係を示し、図12は、レーザ分析装置2によって得られるCuについての入射レーザエネルギとイオン信号強度との関係を示す。
【0065】
図2から図5を参照して説明したレーザ分析装置2を用いると、図6に例示した如き照射フルーエンス(レーザ照射フルーエンス(J/cm2))とアブレーション率(nm/shot)との関係が得られる。但し、ここでは、ターゲット13をCu(銅)とし、フェムト秒レーザFfsの波長を800nmとし、パルス幅を70fs(フェムト秒)としており、その他の諸条件については、図4に例示した通りとしてある。
【0066】
図6に示すように、黒丸で示した離散的な実験データ(experimental data)によれば、照射フルーエンスとアブレーション率との関係を示す特性曲線には、三つのアブレーション閾値フルーエンスとして、小さい順に、アブレーション閾値フルーエンスF3,th(=0.018J/cm2)、F2,th(=0.18J/cm2)及びF1,th(=0.25J/cm2)が存在しているのが確認される。
【0067】
ここで「アブレーション率」は、1レーザパルス当りのターゲット13の表面に形成されるクレータの深さ(剥離深さ)を意味し、次式(1)で表記される。
【0068】
L=α―1ln(F/Fth) …(1)
但し、
α―1:光侵入長(cm)、
F:照射フルーエンス(J/cm2)
従って、この式(1)から、上述した三つのアブレーション閾値フルーエンスFth(F3,th、F2,th、F1,th)は夫々、L=0なる照射フルーエンスFから評価されることになる。
【0069】
より一般には、レーザの空間プロファイルがガウス関数で表される場合、クレータの口径Γは、次式(2)で表記される。
【0070】
Γ=a{ln(F/Fth)}0.5 …(2)
但し、a:入射されるレーザビームの径
従って、この場合には、この式(2)から、上述した三つのアブレーション閾値フルーエンスFth(F3,th、F2,th、F1,th)は夫々、Γ=0なる照射フルーエンスFから評価されることになる。
【0071】
以上、式(1)及び(2)に示したように、アブレーション閾値フルーエンスは、二つの手法により評価可能である。
【0072】
尚、図6では、両対数グラフ上での特性曲線であるため、これら三つのアブレーション閾値フルーエンスF3,th、F2,th及びF1,thの存在は多少目視し難くなっているが、この特性曲線を、横軸(レーザ照射フルーエンス軸)のみを対数としたグラフ上で描けば、上記式(1)及び式(2)からも明らかなように、これら三つのアブレーション閾値フルーエンスF3,th、F2,th及びF1,thの存在は、目視により容易且つ明確に確認可能となる。
【0073】
図7に示すように、レーザパルス幅(s)とアブレーション閾値フルーエンス(J/cm2)との関係を示す特性曲線上で、これら三つのアブレーション閾値フルーエンスF3,th、F2,th及びF1,thは夫々、フェムト秒レーザLfsに係るパルス幅に依存して変化する性質を有する。ここで、フェムト秒レーザLfsは、ターゲット13における衝突緩和時間よりも短い時間のパルス幅を有するので、フェムト秒レーザLfsに係るパルス幅は、ターゲット13の表面の材質に応じて可変である。例えば、例えばCuであれば17.49psといった具合である。(尚、この例では、図6の場合と同じく、ターゲット13をCu(銅)とし、フェムト秒レーザFfsの波長を800nmとしてある。)このように、三つのアブレーション閾値フルーエンスF3,th、F2,th及びF1,thは夫々、パルス幅と共に変化するので、レーザ強度もパルス幅に依存する重要パラメータであると言える(図3参照)。集光光学系を変えることで、ターゲット13の表面のレーザ照射面積が変わるため、レーザの強度を変えることができる。つまり、アブレーションに寄与する時間間隔を長くしたり短くしたりの調節が可能である。但し、本実施形態では、「光強度」というパラメータに対する条件付けは、独立に要求されるものではなく、上述の如きアブレーション閾値フルーエンスF3,th〜F2,thに係る条件が満たされれば、これに従属して決定される。
【0074】
図6及び図7から分かるように、本実施形態に係る「低フルーエンス領域」とは、1番目に小さいアブレーション閾値フルーエンスF3,thと2番目に小さいアブレーション閾値フルーエンスF2,thとの間の領域を意味する。従って、低フルーエンス領域は、ターゲット13の材質によって変化することとなるが、図6に示した例(即ち、ターゲットがCuである例)では、0.018J/cm2〜0.18J/cm2のフルーエンス領域が、低フルーエンス領域に該当する。言い換えれば、この0.018J/cm2〜0.18J/cm2のフルーエンス領域が、非熱的なイオン化がCuからなるターゲット13の表面で生じるアブレーション閾値付近の領域を意味することになる。
【0075】
図6において、3光子吸収過程に基づいてシミュレーション又はモデル化された特性曲線L3(ξ3)が、実線で示されている。この特性曲線L3(ξ3)は、アブレーション閾値フルーエンスF3,thとアブレーション閾値フルーエンスF2,thとの間の領域、即ち低フルーエンス領域では、黒丸で示した実験データと整合がとれているのが確認される。
【0076】
ここで、m次の多光子吸収が起こった場合、その吸収係数ζm(cmm/Wm−1)が分かれば、アブレーション率Lm(cm/shot)は解析的に説くことができ、次式(3)で表される。
【0077】
Lm=1/{(m−1)ζm}
×{(Eth/τpζm)((1−m)/m)−(F/τp)1−m} …(3)
但し、
m≧2
τp(s):レーザーパルスの幅、
ETH(J/cm3):融解熱で単位体積の固体を融解させるのに必要なエネルギ
そして、Lm=0となる条件が、アブレーション閾値フルーエンスFthで、次式(4)で表される。
【0078】
Fth=(Eth/ζm)1/mτp((1−m)/m)=βmτp((1−m)/m) …(4)
以上式(3)及び(4)から分かるように、アブレーション閾値フルーエンスF3,thは、パルス幅に依存しており、図6の特性曲線L3(ξ3)で示された3光子吸収過程によるものとして説明される。
【0079】
また図6において、2光子吸収過程に基づいてシミュレーション又はモデル化された特性曲線Lσが、破線で示されている。この特性曲線Lσは、アブレーション閾値フルーエンスF2,thとアブレーション閾値フルーエンスF1,thとの間の領域、即ち、低フルーエンス領域に隣接する高フルーエンス領域では、黒丸で示した実験データと整合がとれているのが確認される。この高フルーエンス領域では、2光子吸収過程がアブレーション現象において支配的となり、熱的なイオン化放出現象が発生する。
【0080】
更に図6において、1次元2温度熱拡散過程に基づいてシミュレーション又はモデル化された特性曲線L1が、一点鎖線で示されている。この特性曲線L1は、アブレーション閾値フルーエンスF1,thよりも高い高フルーエンスの領域では、黒丸で示した実験データと整合がとれているのが確認できる。
【0081】
このように、フェムト秒レーザFfsを用いる場合、低フルーエンス領域内では、“3光子吸収過程”がアブレーション現象の要因として顕著に又は完全に支配的となる。尚、フェムト秒レーザLfsの場合、例えば、800nmの波長であれば、光子としては1.5eVの粒の性質を有する。よって、ターゲット13の表面において、3光子吸収過程に従って非熱的なイオン化放出(非熱的な脱離イオン化)が行なわれる。逆に、本実施形態に係る低フルーエンス領域から外れた高フルーエンス領域では、本実施形態の如き非熱的なイオン化放出現象は殆ど又は全く確認されておらず、熱的なイオン化放出現象が顕著に確認される。
【0082】
次に図8から図10を参照して、このように新規なアブレーション物理を示す低フルーエンス領域における、2光子吸収過程に基づく特性曲線L3(ξ3)について、更に検証する。より具体的には、レーザ分析装置2において検出装置16によって測定される、ターゲット13表面から放出される分子イオンに基づいて、イオン化放出過程とレーザ多光子吸収過程(或いは、3光子吸収過程)との関連性について検討する。ここでは、波長800nmであるフェムト秒レーザLfsのパルス幅は、130fsに固定され、集光レンズ12として、f(焦点距離)=250mmのレンズが用いられる。そして、ターゲット13たるCuの金属サンプルの表面に、照射フルーエンスを15〜700mJ/cm2の範囲で変化させつつ、フェムト秒レーザLfsが照射されるものとする。そして、ターゲット13の表面から放出される分子イオンが、検出装置16の一例として、飛行時間型質量分析器(TOF)によって、測定される。このようにして得られる測定結果が、図8から図10に示されている。図8から図10はこの順番に、フェムト秒レーザLfsの照射エネルギを、27μJ(相対的に高エネルギ)、17μJ(相対的に中エネルギ)、8.7μJ(相対的に低エネルギ)として測定したものである。
【0083】
図8から図10に示すように、本測定条件では、いずれの場合にも、Cu3+及びCu2+に対応するピークが測定され、即ち、多価の銅イオンが顕著に放出されていることが確認される。尚、図8から図10において、3μs付近のピークは、測定環境に起因する水素イオンによるもので、当該新規なアブレーション物理に係る検証とは、特に関係がない。
【0084】
図11は、上述の如き測定に係るアブレーションが、仮に熱過程によるものとして計算した場合における、温度(k)に対する、銅イオン(Cu+、Cu2+、Cu3+)及び銅(Cu)の価数分布を示している。これに対して、図12は、上述の如き本実施形態の測定で得られる、入射レーザエネルギ(μJ)に対する、銅イオン(Cu+、Cu2+、Cu3+)及び銅(Cu)の価数分布を示している。尚、図12における、入射レーザエネルギが9μJ付近のところに見られるピークは、信号が得られない際のイオン信号強度を示しており、当該新規なアブレーション物理に係る検証とは、特に関係がない。
【0085】
図11及び図12からも、図6に示した低フルーエンス領域におけるアブレーション或いはイオン化放出現象が、熱過程ではなく、非熱過程で起こっていることが推察される。これは、前述したように、低フルーエンス領域では、多光子吸収過程或いは3光子吸収過程がアブレーション現象の要因として顕著に又は完全に支配的となり、分子イオンとして、多価のイオンが生成されるという考察を裏付ける結果となっている。
【0086】
以上図2から図12を参照して説明したように、1つのフェムト秒レーザに係るパルスで、ターゲット13の表面を、原子・分子レベルで、言い換えれば、非常にソフトにアブレーションさせ、或いはイオン化できる。この際、1価以外の多価イオンのみが顕著に放出される非熱的アブレーション現象、或いは非熱的イオン化現象は、本発明の以前には報告されていない。
【0087】
また、本実施形態では、金属として適宜Cuの場合について例示しているが、図4の表に例示した全ての金属についても同様の非熱的アブレーション現象、或いは非熱的イオン化現象が確認される。総括すれば、図6等を参照して説明したアブレーション率のフルーエンス依存性は、概ね全ての金属をターゲット13とした場合にも、傾きの異なる三つの対数成分からなっており、アブレーション閾値フルーエンスは夫々、三つ(F3,th、F2,th及びF1,th)存在する。そして、概ねいずれの金属についても、アブレーション閾値フルーエンスのパルス依存性は、多光子吸収過程或いは3光子吸収過程に従っていると考察される。
【0088】
以上図4から図12を参照しての考察に鑑み、図1及び図2に示した本実施形態に係るレーザ分析装置2では、制御装置10等による設定工程において、照射フルーエンスの値は、ターゲット13の表面に非熱的な脱離イオン化(即ち、非熱的なデソープションイオン化)を引き起こす低フルーエンス領域内(図6の例では、0.018J/cm2〜0.18J/cm2の領域内)で設定される。そして、レーザ光源装置11等による照射工程では、フェムト秒レーザLBがこの設定値で照射される。従って、レーザ分析装置2によれば、高フルーエンスのレーザ照射によって又は長いパルスのレーザ照射によってターゲット13の表面における熱的なイオン化を招くことなく或いは加熱による溶融や破壊を招くことなく、原子・分子レベルで即ち超微量だけ、非熱的な脱離イオン化を行うことができる。この様子について、図13及び図14を参照して説明を加える。ここに、図13は、本実施形態により、ターゲット13の表面に引き起こされる非熱的な脱離イオン化を概念的に示しており、図14は、本実施形態の比較例として、MALDI法により、特殊基板201上でマトリックス剤に混在された試料に引き起こされる熱的な脱離イオン化を概念的に示す。
【0089】
図13に例示するように、本実施形態によれば、ターゲット13の表面で、原子・分子レベルの脱離イオン化を起こすことができ、例えば手で触るなど、物理的接触する場合よりも微量だけ表面を脱離させることも可能となる。これにより、図13中、左側に示したレーザパルス照射前におけるターゲット13の表面の状態と、図13中、右側に示したレーザパルス照射後におけるターゲット13の表面の状態とでは、殆ど差はなく、電子顕微鏡で拡大したレベルで僅かに、脱離の痕跡が確認できる程度である(図13中、右下部分参照)。
【0090】
これに対して図14に示すように、MALDI法によれば、シリコン製などの特殊基板201上に、試料分子202、不純物203及びマトリックス剤(試薬分子)213を混在させた状態で質量分析が行なわれる。これにより、図14中、左側に示したレーザパルス照射前における試料分子202を混合したターゲットの表面の状態と、図14中、右側に示したレーザパルス照射後における該ターゲットの表面の状態とでは、表面の破壊が生じた分だけ、顕著な差が生じている。そして、原子・分子レベルと比べて遥かに巨大なる脱離の痕跡が明確に確認できる。即ち、MALDI法では、非破壊的な質量分析は困難である。加えて、マトリックス剤213や不純物203の存在により、飛行時間型の質量分析にノイズ成分が生じることになるので、MALDI法では、イオン信号強度中におけるピークの同定が大なり小なり困難になる。ここで分析精度を高めるためには、試料分子202の種類に応じて、マトリックス剤213の種類を適宜変える必要性も生じる。
【0091】
続いて図15から図23を参照して、以上のように照射フルーエンスが設定されたフェムト秒レーザLBを用いて分析を行う本実施形態に係るレーザ分析装置2によって、各種試料に対する質量分析を行う場合について説明する。
【0092】
先ず図15を参照して、“生物試料”に対する質量分析を行う場合について説明する。
【0093】
図15に示すイオン信号強度は、生物試料の典型例として、細胞膜として周知性の高いホスファチジルコリン分子(PCM=745 1μmmol)に対する質量分析を行うことで得られる。ここでは先ず、該生物試料を、ジクロロメタン溶液にし、ガラス基板上に10nmol乾燥塗布する。これにより、1μmolという極薄い試料がガラス基板上に生成される。そして、該ガラス基板に対して、レーザ分析装置2によって、前述の如く波長が800nmであり、パルス幅が130fsのフェムト秒レーザLBを低フルーエンスで照射することで、飛行時間型の質量分析を行う。その結果が、図15に示したイオン信号強度となる。
【0094】
図15において、84.65μs付近に観測されているブロードなピークは、ホスファチジルコリン分子と同定される。他方、25μs以下に観測される強度の強いピークは、ガラス基板からのアブレーションにより生成された原子イオンである。25〜80μsの間に顕著なフラグメントイオンが観測されていないことから、低フルーエンス領域でのデソープションイオン化は、分子イオンを選択的に生成するソフトなイオン化であると考察される。また、図15から明らかなように、分析精度は、一般的なMALDI法と比較しても、遜色はないか又は試料の種類によっては遥かに優れる。
【0095】
次に図16から図23を参照して、以上のように照射フルーエンスが設定されたフェムト秒レーザLBを用いて分析を行う本実施形態に係るレーザ分析装置2によって、“固体化合物試料”の二例に対する質量分析を行う場合について説明する。
【0096】
図16から図19に示すイオン信号強度は、固体化合物試料の一例として、コロネン分子(C24H12:分子量300.4)に対する質量分析を行うことで得られる。特に図16、図17、図18及び図19に示すイオン信号強度は、レーザ光強度を、この順に、5.5μJ、5.9μJ、6.5μJ及び8.7μJに設定して得られるものである。また、図中、「M+」とは、コロネン分子の1価イオンであり、「M2+」とは、2量体(2つの分子が会合している)のイオンである。このようなコロネン分子に対して、レーザ分析装置2によって、例えば前述の如く波長が800nmであり、パルス幅が130fsのフェムト秒レーザLBを低フルーエンスで照射することで、飛行時間型の質量分析を行う。その結果が、図16から図19に示したイオン信号強度となる。
【0097】
図16から図19から分かるように、図15に示した“生体試料”の場合より顕著に分子イオンが観測される。また、レーザ強度を少し上げるだけで、飛躍的に検出されるイオン量が増加する。5.9μJ以上のレーザー強度では、分子2量体のイオンも観測されている。更に、レーザー強度の増加に伴い、フラグメントイオン(フラグメンテーション)も観測されている。
【0098】
図20から図23に示すイオン信号強度は、固体化合物試料の他の例として、フラーレンC60分子(C60:分子量720)に対する質量分析を行うことで得られる。特に図20、図21、図22及び図23に示すイオン信号強度は、レーザ光強度を、この順に、9.4μJ、11μJ、13μJ及び17μJに設定して得られるものである。このようなフラーレンC60分子に対して、レーザ分析装置2によって、例えば前述の如く波長が800nmであり、パルス幅が130fsのフェムト秒レーザLBを低フルーエンスで照射することで、飛行時間型の質量分析を行う。その結果が、図20から図23に示したイオン信号強度となる。
【0099】
図20から図23から分かるように、図15に示した“生体試料”の場合より顕著に分子イオンが観測される。また、レーザ強度を少し上げるだけで、飛躍的に検出されるイオン量が増加する。更に、分子2量体イオンが観測されており、特に強度の強い領域では、フラグメントイオン(フラグメンテーション)も観測されている。
【0100】
以上図16から図23を参照して説明したように、コロネン分子及びフラーレン分子の両者について、生体試料の場合(図15参照)よりも、よりフラグメントが少なく分子イオンが顕著に観測されている。これは、(1)試料分子濃度が非常に高いことと(2)分子サイズが比較的小さいこととに起因すると考察される。
【0101】
以上詳細に説明したように本実施形態のレーザ分析装置2によれば、金属試料、生物試料、化学物試料、化合物試料等の各種のターゲット13に対して、低フルーエンスであって且つフェムト秒レーザLBという極短いパルスを用いることで、非熱的な分子イオン放出現象がターゲット13の表面で起き、該表面が加熱されることなく、原子・分子レベルでの剥離が可能となるのである。特に、フェムト秒レーザLBの光強度を、フェムト秒レーザLBに起因したレーザ電場によるトンネルイオン化過程と非共鳴多光子吸収過程とによって、ターゲット13の表面から分子イオンM+が脱離される値に設定しておけば、極めて効率良く非熱的且つ非破壊的にターゲット13の表面から分子イオンM+を脱離させることが可能となる。従って、レーザ分析装置2によれば、非破壊的な質量分析が可能となり、特に前述したMALDI法の如くマトリックス剤の添加等を必要とせず、生体試料、半導体材料、金属材料、化学物試料、化合物試料等の各種試料を、殆ど又は実践的な意味では全く傷めることなく、そのまま微量分析できるので、実践上大変有利である。
【0102】
また、金属試料や生物試料以外の、例えば半導体材料、絶縁体等をターゲット13としても、ターゲット13の材質に個別具体的に応じた低フルーエンス領域内のフェムト秒レーザLBを、ターゲット13の材質に応じた光強度で照射することによって、いずれのターゲット13に対しても、非破壊的な分析が可能となる。例えば、レーザ強度を高めることで、絶縁体等を、比較的問題なくターゲット13として質量分析等できる。或いは、レーザを低フルーエンスで照射するので、破壊されやすい化合物や生物試料も比較的問題なくターゲット13として質量分析等できる。本実施形態は、例えば、生きた細胞内で影響を及ぼす物質の高時間分解検出が可能なため、細胞や生体器官における分子の動的分布過程を検出するなど、生体機能解明のために有力なツールとも成り得る。また、本実施形態は、ポストゲノム薬剤の遺伝子発現誘導・抑制のプロセス解明のためにも有力なツールと成り得、更に、ゲノム創薬における画期的な制御技術とも成り得る。
【0103】
このように、微細化が進行してゆく、ナノテクノロジー、情報技術、環境技術、バイオテクノロジー、製造技術など広い分野にわたって、本発明は、極めて重要な分析技術を提供することになる。
【0104】
尚、図6に例示した如き三つのアブレーション閾値フルーエンスF3,th、F2,th及びF1,thは、ターゲット13の表面の材質等に依存して予め数値化、或いはテーブル化可能である。よって、一旦、これらの値を求めておけば、制御装置10(図2参照)による設定工程における照射フルーエンスの値を、実際にレーザ照射の対象となるターゲット13の材質に応じて、一意的に決めることが可能となる。即ち、様々な種類の試料に対して実際に分析を実施する際には、制御装置10による照射フルーエンスの値の設定を、迅速且つ容易に行える。
【0105】
加えて、上述の実施形態においては、制御装置10による駆動制御下で、レーザ分析装置2は、フェムト秒レーザLBとして、一つのレーザパルスを他のレーザパルスから時間的に独立した形で照射可能に構成されてもよい。これにより、一つのレーザパルスを他のレーザパルスから時間的に独立した形で照射することで、ターゲット13の表面から分子イオンを、一つのレーザパルスに対応する極めて微細な剥離量で脱離イオン化させることが可能となる。或いは、制御装置10による駆動制御下で、レーザ分析装置2は、複数のレーザパルスをまとめて或いは連続して照射するように構成してもよい。これにより、ターゲット13から大量の剥離量で分子イオンを放出させ、分析装置2における分析速度や分析精度を上げることが可能となる。
【0106】
本発明は、上述した実施形態に限られるものではなく、請求の範囲及び明細書全体から読み取れる発明の要旨、あるいは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴うレーザ分析装置及び方法もまた、本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明に係るレーザ分析装置及び方法は、例えば、レーザを利用した固体表面における非破壊的な超微量分析などの、非破壊的な分析に利用可能である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料表面に照射されることで前記試料表面に非熱的な脱離イオン化を引き起こす、該試料表面の材質に応じた低フルーエンス領域内のフェムト秒レーザを、前記試料表面に対して照射する照射手段と、
前記照射されたフェムト秒レーザに応じて前記試料表面から脱離される分子イオンを、分析する分析手段と
を備えたことを特徴とするレーザ分析装置。
【請求項2】
前記分析手段は、前記脱離された分子イオンの質量を分析する質量分析手段を含むことを特徴とする請求の範囲第1項に記載のレーザ分析装置。
【請求項3】
前記質量分析手段は、前記脱離された分子イオンの濃度を検出する濃度検出手段を含むことを特徴とする請求の範囲第2項に記載のレーザ分析装置。
【請求項4】
前記照射手段は、マトリックス剤が混合されていない状態にある前記試料表面に対して、前記フェムト秒レーザを照射することを特徴とする請求の範囲第1項に記載のレーザ分析装置。
【請求項5】
前記フェムト秒レーザの光強度は、前記フェムト秒レーザに起因したレーザ電場によるトンネルイオン化過程と非共鳴多光子吸収過程とによって前記試料表面から前記分子イオンが脱離される値に設定されることを特徴とする請求の範囲第1項に記載のレーザ分析装置。
【請求項6】
前記試料表面は、生体試料又は固体試料の表面からなり、
前記照射手段は、前記試料表面から前記分子イオンを非破壊的に脱離させることを特徴とする請求の範囲第1項に記載のレーザ分析装置。
【請求項7】
前記試料表面は、生体試料の表面からなり、
前記分析手段は、前記試料表面における前記分子イオンの動的分布過程を検出する検出手段を含むことを特徴とする請求の範囲第1項に記載のレーザ分析装置。
【請求項8】
前記試料表面を有する試料を、前記照射手段が前記フェムト秒レーザを照射可能なように収容すると共に、前記脱離された分子イオンを加速するイオン加速器と、
前記加速された分子イオンを前記分析手段に導く真空容器と
を更に備えたことを特徴とする請求の範囲第1項に記載のレーザ分析装置。
【請求項9】
試料表面に照射されることで前記試料表面に非熱的な脱離イオン化を引き起こす、該試料表面の材質に応じた低フルーエンス領域内のフェムト秒レーザを、前記試料表面に対して照射する照射工程と、
前記照射されたフェムト秒レーザに応じて前記試料表面から脱離される分子イオンを、分析する分析工程と
を備えたことを特徴とするレーザ分析方法。
【請求項10】
前記試料表面の材質に応じて、前記フェムト秒レーザに係る照射フルーエンスの値を、前記低フルーエンス領域内で設定する設定工程を更に備え、
前記照射工程は、前記試料表面に対して前記設定された照射フルーエンスの値で前記フェムト秒レーザを照射することを特徴とする請求の範囲第9項に記載のレーザ分析方法。
【請求項1】
試料表面に照射されることで前記試料表面に非熱的な脱離イオン化を引き起こす、該試料表面の材質に応じた低フルーエンス領域内のフェムト秒レーザを、前記試料表面に対して照射する照射手段と、
前記照射されたフェムト秒レーザに応じて前記試料表面から脱離される分子イオンを、分析する分析手段と
を備えたことを特徴とするレーザ分析装置。
【請求項2】
前記分析手段は、前記脱離された分子イオンの質量を分析する質量分析手段を含むことを特徴とする請求の範囲第1項に記載のレーザ分析装置。
【請求項3】
前記質量分析手段は、前記脱離された分子イオンの濃度を検出する濃度検出手段を含むことを特徴とする請求の範囲第2項に記載のレーザ分析装置。
【請求項4】
前記照射手段は、マトリックス剤が混合されていない状態にある前記試料表面に対して、前記フェムト秒レーザを照射することを特徴とする請求の範囲第1項に記載のレーザ分析装置。
【請求項5】
前記フェムト秒レーザの光強度は、前記フェムト秒レーザに起因したレーザ電場によるトンネルイオン化過程と非共鳴多光子吸収過程とによって前記試料表面から前記分子イオンが脱離される値に設定されることを特徴とする請求の範囲第1項に記載のレーザ分析装置。
【請求項6】
前記試料表面は、生体試料又は固体試料の表面からなり、
前記照射手段は、前記試料表面から前記分子イオンを非破壊的に脱離させることを特徴とする請求の範囲第1項に記載のレーザ分析装置。
【請求項7】
前記試料表面は、生体試料の表面からなり、
前記分析手段は、前記試料表面における前記分子イオンの動的分布過程を検出する検出手段を含むことを特徴とする請求の範囲第1項に記載のレーザ分析装置。
【請求項8】
前記試料表面を有する試料を、前記照射手段が前記フェムト秒レーザを照射可能なように収容すると共に、前記脱離された分子イオンを加速するイオン加速器と、
前記加速された分子イオンを前記分析手段に導く真空容器と
を更に備えたことを特徴とする請求の範囲第1項に記載のレーザ分析装置。
【請求項9】
試料表面に照射されることで前記試料表面に非熱的な脱離イオン化を引き起こす、該試料表面の材質に応じた低フルーエンス領域内のフェムト秒レーザを、前記試料表面に対して照射する照射工程と、
前記照射されたフェムト秒レーザに応じて前記試料表面から脱離される分子イオンを、分析する分析工程と
を備えたことを特徴とするレーザ分析方法。
【請求項10】
前記試料表面の材質に応じて、前記フェムト秒レーザに係る照射フルーエンスの値を、前記低フルーエンス領域内で設定する設定工程を更に備え、
前記照射工程は、前記試料表面に対して前記設定された照射フルーエンスの値で前記フェムト秒レーザを照射することを特徴とする請求の範囲第9項に記載のレーザ分析方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【国際公開番号】WO2005/074003
【国際公開日】平成17年8月11日(2005.8.11)
【発行日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−517459(P2005−517459)
【国際出願番号】PCT/JP2005/001019
【国際出願日】平成17年1月26日(2005.1.26)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】
【国際公開日】平成17年8月11日(2005.8.11)
【発行日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【国際出願番号】PCT/JP2005/001019
【国際出願日】平成17年1月26日(2005.1.26)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】
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