説明

レーザ加工用ガラス

レーザ光の照射によって加工されるレーザ加工用ガラスであって、その組成が以下の関係を満たすレーザ加工用ガラス。 40≦M[NFO]≦70 5≦(M[TiO])≦45 5≦M[NMO]≦40[式中、M[NFO]、M[TiO]およびM[NMO]は、それぞれ、網目形成酸化物の含有率(モル%)、TiOの含有率(モル%)、および網目修飾酸化物の含有率(モル%)を表す。]。この構成によれば、ガラス表面近傍のみならず、ガラス内部に至るレーザ加工が可能なレーザ加工用ガラスが得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、レーザ光照射による加工に適したレーザ加工用ガラスに関する。
【背景技術】
ナノ秒台以下のパルス幅を持つレーザ光を固体物質に照射すると、強い発光、衝撃音とともに分解物が蒸散する。この現象は、光アブレーション、レーザアブレーション、あるいは単にアブレーションと呼ばれ、近年では、ガラスやセラミックス等の無機固体、金属、高分子等の有機物の微細加工に広く利用されている。
アブレーションを利用した加工は、極めて短いレーザ照射時間、すなわちレーザ光のパルス幅の時間程度内に行われる。そのため、炭酸ガスレーザなどの連続発振赤外レーザを用いた熱処理加工に比べて、加工部周辺の熱的損傷が抑えられ、熱的損傷層の少ない精密かつ微細な加工が可能となる。
超短パルスレーザ(フェムト秒レーザ)を用いる加工は、加工材料中で熱拡散が起こる前にレーザ光照射が終了するため、特に精密加工に適している。しかし、現状では、レーザ装置、その他光学系の取り扱いの簡便さなどから、エキシマレーザなど、パルス幅が数ナノ秒〜数十ナノ秒程度の紫外レーザの利用が一般的である。紫外光は1光子あたりのエネルギーが大きい。光子エネルギーが物質中の原子間、イオン間、分子間の化学結合エネルギー以上であれば、その化学結合を切断し得るため、紫外レーザは、アブレーションによる加工に適している。
レーザ加工のし易さは、加工する材料の物性に依存する。例えば、加工に必要なレーザパワーが小さい材料を用いる場合には、レーザ装置の選択肢が増えて装置コストも下がるので、より簡便に低コストで微細加工を行うことができる。
透明媒体であるガラスは、特に光学的用途に適した材料であるが、その他様々な用途への応用も含め、微細加工に対する潜在的なニーズは強いと考えられる。レーザ加工に適したガラス、すなわち、レーザ加工しきい値が低く、加工時にクラックが発生しにくいといった特徴を持つガラスとして、イオン交換によって銀が内部に導入されたガラスが知られている(例えば、特開平11−217237号公報参照)。
イオン交換法によって作製されたイオン交換ガラスでは、ガラス表面近傍のアルカリ金属が銀イオンと交換され、導入された銀イオンは最終的に金属銀、銀イオン、あるいは銀コロイド等の形でガラス表面に固定される。イオン交換ガラスの加工に紫外レーザを用いた場合、ガラス表面の銀に関連する吸収源が紫外レーザを吸収し、周辺の急激な温度上昇による材料蒸発や、化学結合の切断が生じる。その結果、比較的低いレーザパワーでもアブレーションによる材料加工を行うことができる。
しかしながら、上記イオン交換ガラスは、ガラス表面の加工には適していたものの、次のような2つの課題があった。
第1の課題は、ガラス内部に至る加工(たとえば貫通孔の形成)が難しいことである。銀のイオン交換は、銀イオンをガラス表面から拡散させることによって行うため、銀はガラス内部まで浸透しない。そのため、紫外光を吸収する中心(銀に関連する中心)は、ガラス表面近傍に集中して存在する。その結果、イオン交換ガラスでは、レーザで加工可能な領域がガラス表面近傍に限られ、貫通孔のようにガラス内部に及ぶ微細加工をレーザ照射で行うことは困離であった。
ガラス内部に及ぶレーザ加工が可能なガラスを、ガラス体に対する処理によって形成することは困難である。そのため、レーザ加工しやすい組成を有する均質なガラスを開発する必要がある。しかしながら、そのようなガラス組成を得る指針が明らかでない、という本質的な問題点があった。
第2の課題は、銀イオンと交換しやすいアルカリ金属イオンを多量に含むガラスを、イオン交換に供する母ガラスとして用いる必要が高いということである。作製にかかるコストを考慮すると、イオン交換処理はできるだけ短時間で行うことが望ましい。このため、この組成的な制約を回避することは、現実には難しい。したがって、イオン交換処理が必要である限り、電気回路基板などの用途に需要の高い無アルカリガラスや低熱膨張ガラスを、レーザ加工用ガラスに適用することは困難であった。
さらに、熱膨張係数の小さいレーザ加工用ガラスも要望されている。レーザ加工の際には、レーザ光が照射された部分は高温となる。したがって、ガラスの熱膨張係数が大きければ、レーザ照射部の熱膨張とその周辺の熱膨張との差に起因する加工部の変形や破壊によって、加工精度が低下する。また、熱膨張係数が小さいレーザ加工用ガラスは、光学素子などのように、温度変化による体積変化が小さいことが必要なデバイスの部材として用いる場合に、特に重要である。
【発明の開示】
本発明の目的は、ガラス表面近傍のみならず、ガラス内部に至るレーザ加工が容易なレーザ加工用ガラスを提供することにある。また、本発明の他の目的は、ガラス内部に至るレーザ加工が容易であると共に、熱膨張係数の低いレーザ加工用ガラスを提供することにある。
上記目的を達成するために、本発明のガラスは、レーザ光の照射によって加工されるレーザ加工用ガラスであって、その組成が以下の関係を満たす。
40≦M[NFO]≦70
5≦(M[TiO])≦45
5≦M[NMO]≦40
[式中、M[NFO]、M[TiO]およびM[NMO]は、それぞれ、網目形成酸化物の含有率(モル%)、TiOの含有率(モル%)、および網目修飾酸化物の含有率(モル%)を表す。]
また、本発明の他のガラスは、レーザ光の照射によって加工されるレーザ加工用ガラスであって、組成が次の条件を満たす。
40≦M[SiO]≦60
10≦M[Al]≦20
10≦M[TiO]≦20
10≦M[MgO]≦35
[式中、M[SiO]、M[Al]、M[TiO]およびM[MgO]は、それぞれ、SiOの含有率(モル%)、Alの含有率(モル%)、TiOの含有率(モル%)およびMgOの含有率(モル%)を表す。]
【図面の簡単な説明】
第1図は、レーザ加工しきい値を測定するために用いた光学系を示す模式図である。
第2図は、陽イオン場強度の平均値fとレーザ加工しきい値Fthとの関係を示すグラフである。
第3図は、全陽イオン場強度の平均値f’とレーザ加工しきい値Fthとの関係を示すグラフである。
第4図は、単結合強度の平均値Fとレーザ加工しきい値Fthとの関係を示すグラフである。
第5図は、全単結合強度の平均値F’とレーザ加工しきい値Fthとの関係を示すグラフである。
第6図は、単結合強度の平均値Fを吸収係数αで除した値(F/α)と、レーザ加工しきい値Fthとの関係を示すグラフである。
第7図は、SiOユニット1個あたりのSi−O−Ti結合数Nと、レーザ加工しきい値Fthおよびレーザ加工速度Δhとの関係を示すグラフである。
第8図は、M[TiO]/M[SiO]の比と、Si−O−Ti結合数Nとの関係を示すグラフである。
第9図は、M[TiO]/M[SiO]の比と、レーザ加工しきい値Fthおよびレーザ加工速度Δhとの関係を示すグラフである。
第10図は、架橋酸素数(NBOまたはNBO)を吸収係数αで除した値と、レーザ加工しきい値Fthとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
以下に、本発明の好ましい実施の形態について説明する。
[実施形態1]
実施形態1では、レーザ加工しやすいガラス、すなわちレーザアブレーションが低いエネルギーで発生するガラスについて説明する。このガラスは、低いレーザ加工しきい値Fthを有する。たとえば、波長が266nmのレーザ光を用いたときの、このガラスのレーザ加工しきい値Fthは、500mJ・cm−2以下(より好ましくは400mJ・cm−2以下)であることが好ましい。レーザ加工しきい値Fthが400mJ・cm以下である場合、レーザ加工を特に容易に行うことができる。
〔陽イオン場強度の平均値f
レーザ加工しやすいガラスを得るには、レーザ光を照射した際に化学結合が切断されやすいことが重要である。化学結合が切断されやすいガラスでは、ガラスを構成するイオン間の平均の化学結合力が弱いと考えられる。平均の化学結合力を反映すると考えられる陽イオン場強度の平均値fは、次の式のように定義される。
=(Σx/(r+r/Σx
式中、xは、アルカリ金属イオンおよびアルカリ土類金属イオン以外の陽イオン(i)を含有する酸化物(i)が組成に占めるモル分率を表す。Cは酸化物(i)の組成式に含まれる陽イオン(i)の数を表す。Zは陽イオン(i)の価数を表す。rおよびrはそれぞれ、陽イオン(i)および酸化物イオン(O2−)のイオン半径をオングストローム単位で表したときの数値を表す。また、式中、Σは、ガラス中に含まれる陽イオンのうち、アルカリ金属イオンとアルカリ土類金属イオンとを除く全ての陽イオン(i)についての総和を求めることを意味する。
陽イオン(i)がAl3+であり、それを含有する酸化物がAlである場合には、xはAlが組成に占めるモル分率であり、Cは2であり、Zは3である。
なお、イオン半径に対応する数値rおよびrには、シャノン(Shannon)とプレウィット(Prewitt)が実測に基づいて整理した値にShannonが改良を加えて得た値「アール.ディー.シャノン、アクタ クリスタログラフィカ(R.D.Shannon,Acta Crystallogr.,)A32(1976)751」を使用できる。たとえば、Si4+イオンのイオン半径、Ti4+のイオン半径、Naのイオン半径には、それぞれ、0.40、0.75、1.16オングストロームの値を用いることができる。
後述するように、fの値を1.35以下とすることによって、レーザ加工が容易なガラスが得られる。
上述したように、組成がアルカリ金属イオンおよび/またはアルカリ土類金属イオンを含む場合でも、fを計算する際には、アルカリ金属イオンとアルカリ土類金属イオンとを陽イオン(i)に含めずに計算する。ここで、アルカリ金属イオンとは、Li、Na、K、RbおよびCsのイオンであり、アルカリ土類金属イオンとは、Mg、Ca、SrおよびBaのイオンである。これらのイオンを陽イオン(i)に含めて計算した値f’とレーザ加工しきい値との間に相関は見られない(図3参照)。これは、アルカリ金属イオンと酸化物イオンとの間、およびアルカリ土類金属イオンと酸化物イオンとの間の化学結合力が極めて弱く、レーザ光照射によるそれら結合の切断がレーザ加工性の程度を決定する主要因とはならないためと考えられる。
の計算においては、アルカリ金属イオンおよびアルカリ土類金属イオンの寄与は除外される。しかし、本発明のレーザ加工用ガラスがアルカリ金属酸化物および/またはアルカリ土類金属酸化物を含むことについて制限はない。たとえば、本発明のレーザ加工用ガラスを通常の溶融法によって作製する場合に、高温での融液の粘性を下げるなどの理由のため、組成中にアルカリ金属酸化物および/またはアルカリ土類金属酸化物を加える場合がある。
〔単結合強度の平均値F
酸化物ガラスでは、それを構成する酸化物が分解しやすいことも、レーザ加工しやすいガラスを得るために重要である。そのため、以下の式で定義される単結合強度の平均値Fが小さいことが必要である。
=Σxdj/Σx
式中、xは、アルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物以外の酸化物(j)が組成に占めるモル分率を表す。Cは、酸化物(j)の組成式に含まれる陽イオン(j)の数を表す。Edjは、陽イオン(j)の組成比を1として酸化物(j)を表したときの酸化物(j)の解離エネルギーを表す。Nは、酸化物(j)において陽イオン(j)に配位している酸化物イオンの数である。また、式中、Σは、ガラス中に含まれる陽イオンのうち、アルカリ金属イオンとアルカリ土類金属イオンとを除く全ての陽イオン(j)についての総和を求めることを意味する。
陽イオン(j)がAl3+であり、それを含有する酸化物(j)がAlである場合には、xはガラスにおけるAlのモル分率であり、Cは2であり、EdjはAl1.5の解離エネルギー(Alの解離エネルギーの半分の値)であり、Nは6である。なお、それぞれの酸化物(j)は、陽イオン(j)を1種類だけ含む。
上記式の計算において、EdjおよびNの値には、例えば、「ケー.エイチ.スン、ジャーナルオブザアメリカンセラミックソサイエティー、(K.H.Sun,J.Amer.Ceram.Soc.)30(1947)277」、あるいは、「エー.マキシマ アンド ジェー.ディー.マッケンジー、ジャーナルオブノンクリスタラインソリッズ(A.Makishima and J.D.Mackenzie,J.Non−Cryst.Solids)12(1973)35」に記載の値を用いることができる。たとえば、SiOの解離エネルギー、TiOの解離エネルギー、MgOの解離エネルギーには、それぞれ、424kcal・mol−1、435kcal・mol−1、222kcal・mol−1の値を用いることができる。
後述するように、Fの値を400kJ・mol−1(95kcal・mol−1)以下とすることによって、レーザ加工が容易なガラスが得られる。
レーザ加工用ガラスは、アルカリ金属酸化物および/またはアルカリ土類金属酸化物を含んでもよい。けれども、Fの値の計算においては、アルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物を酸化物(j)には含めない。これらの酸化物を酸化物(j)に含めて計算した値F’とレーザ加工しきい値との間に相関は見られない(図5参照)。これは、アルカリ金属イオンと酸化物イオンとの間、およびアルカリ土類金属イオンと酸化物イオンとの間の化学結合力が極めて弱く、レーザ光照射によるそれらの結合の切断が、レーザ加工の容易性を決定する主要因とはならないためと考えられる。
さらに、結合が切れやすいガラスであっても、レーザ光が有効に吸収されなければアブレーションは生じない。そのため、上記の式で定義されるFの値をガラスの吸収係数αで除した値も、レーザ加工の容易性と大きな関係を有する。この値は、レーザ加工しきい値と良い相関を持つ。ここでは、F/αの値は、Fとαの単位をともに[cm−1]としてF/αの計算を行って求める。具体的には、[kJ・mol−1]の単位で表されたFの値に、83.5935を乗ずることによって、[cm−1]の単位で表されたFの値を得ることができる。
/αの計算で用いられる吸収係数αは、次の式(1)によって定義される。
Δh=α−1×In(F/Fth)・・・(1)
式(1)において、Δhはアブレーション加工速度であり、レーザパルス1ショットあたりの加工深さ(単位はcm)に相当する。Fはレーザフルエンスであり、単位面積あたりのレーザパワーを表す。Fthはレーザ加工しきい値であり、アブレーションを起こすことのできる最小のレーザフルエンスに相当する。吸収係数αは、後述する方法で求めることができる。
〔Si−O−Ti結合数N〕
一般的なガラス組成において、SiOおよびBはガラス網目形成酸化物であり、ガラスの網目構造を形成する。また、アルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物はガラス網目修飾酸化物であり、組成中に含ませるとガラス網目構造の一部を切断する働きがあり、ガラス融液の粘性を下げるなどの効果が得られる。TiOおよびAlは中間酸化物と呼ばれ、ガラス網目形成酸化物とガラス網目修飾酸化物との中間的性質を持つ。
一方、本発明者らは、TiO量を増加させることによって、レーザ加工しきい値を低減できることを見出した。本発明のガラスにおいて、TiOは、レーザ加工しきい値を下げるために必要な成分である。
TiOの含有量とレーザ加工しきい値との関係を定量化するため、Si−O−Ti結合数Nと名付けられた値を導入する。ガラスの組成が、実質的に、SiOと、TiOと、アルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物から選ばれる1つの酸化物とによって形成される場合、後述するように、Si−O−Ti結合数Nとレーザ加工しきい値との間には相関があり、Nが大きいほどレーザ加工しきい値が下がる。
ガラス網目構造の形成単位であるSiOユニット1個あたりのSi−O−Ti結合数Nは次のように定義される。まず、ガラス中に含まれるO、SiおよびTiのモル分率をそれぞれM、MSi、MTiとする。また、NBOおよびNNBOを、それぞれ、Tiのないガラス構造を仮定した際の架橋酸素数および非架橋酸素数とする。ここで、架橋酸素数とは、構造上2個のSiを架橋している酸素の、SiOユニット1個あたりの数を意味する。また、非架橋酸素数とは、構造上2個のSiを架橋していない酸素の、SiOユニット1個あたりの数を意味する。
上記のガラスの構造においては架橋酸素数NBOおよび非架橋酸素数NNBOはそれぞれ、以下の式で表される。
BO=8−2M/MSi
NBO=4−NBO
このとき、ガラスの組成が、(MSiNBO−2MTi)>0を満たす場合には、定数NNBOを以下の式で定義する。
NBO=(MSiNBO−2MTi)/MSi
すなわち、定数NNBOは、Ti導入後もなお1個のSiにのみ結合している酸素の、SiOユニット1個あたりの数である。このとき、Si−O−Ti結合数Nは、以下の式で定義される。
N=NNBO−NNBO
一方、ガラスの組成が、(MSiNBO−2MTi)≦0を満たす場合には、定数NTiおよび定数NBOは、それぞれ、以下の式で定義される。
Ti=(2MTi−MSiNBO)/2
BO=(MSiBO−NTi)/MSi
ここで、NBOは、Ti導入後もなお2個のSiを架橋している酸素の、SiOユニット1個あたりの数である。このときNは、以下の式で計算される。
N=4−NBO
したがって、Nは0≦N≦4となる。後述するように、Nの値を0.4以上とすることによって、レーザ加工が容易なガラスが得られる。また、Nの値を1.3以下とすることによって、加工速度が速いガラスが得られる。
〔組成の例〕
実施形態1のレーザ加工用ガラスの好ましい一例では、組成が以下の条件を満たす。なお、M[NFO]、M[TiO]およびM[NMO]は、それぞれ、網目形成酸化物、TiOおよび網目修飾酸化物が組成に占める含有率(モル%)を表す。
40≦M[NFO]≦70
5≦(M[TiO])≦45
5≦M[NMO]≦40
網目形成酸化物としては、たとえば、SiO、B、GeO、P、ZrOを用いることができる。網目修飾酸化物としては、たとえば、アルカリ金属酸化物、アルカリ土類金属酸化物、遷移金属酸化物(たとえば、ZnO、Ga、SnO、In、La、Sc、Y、CeO、MnO)を用いることができる。アルカリ金属酸化物としては、LiO、NaO、KO、RbO、およびCsOを用いることができる。アルカリ土類金属酸化物としては、MgO、CaO、SrO、およびBaOを用いることができる。
上記組成の一例では、網目形成酸化物をSiOおよびBから選ばれる少なくとも1つの酸化物としてもよく、網目修飾酸化物をアルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物から選ばれる少なくとも1つの酸化物としてもよく、TiOの一部をAlで置き換えてもよい。この場合のガラスの組成は以下の条件を満たす。なお、M[SiO]、M[B]、M[AMO]、M[AEMO]、およびM[Al]は、それぞれ、SiO、B、アルカリ金属酸化物、アルカリ土類金属酸化物、およびAlが組成に占める含有率(モル%)を表す。
40≦(M[SiO]+M[B])≦70
5≦M[TiO]+M[Al]≦45
5≦M[TiO
5≦(M[AMO]+M[AEMO])≦40
なお、レーザ加工しきい値を低減する観点では、10≦M[TiO]が満たされることが好ましく、15≦M[TiO](たとえば20≦M[TiO])が満たされることがより好ましい。
好ましい酸化物の組み合わせとしては、たとえば、SiO/B/TiO/NaOや、SiO/Al/TiO/NaOといった組み合わせが挙げられる。
上述した組成は、上述した酸化物のみによって構成されてもよい。また、上述した組成は、本発明の効果が失われない限り、上述した酸化物以外の酸化物を含んでもよい。そのような酸化物を含む場合、その含有率は、たとえば20モル%以下であり、通常は10モル%以下である。
上述した組成は、陽イオン場強度の平均値f、単結合強度の平均値F、およびSi−O−Ti結合数Nが、上述した好ましい範囲を満たすことが好ましい。また、上述した組成は、後述するNBO/α(またはNBO/α)、およびM[TiO]/M[SiO]の好ましい範囲を満たすことが好ましい。
[実施形態2]
本発明者らは、ガラスの組成についてさらに検討を行い、チタンを含み、かつアルカリ金属イオンを実質的に含まない組成のガラスにおいて、レーザ加工しやすく、かつ、熱膨張係数の低いガラスを見出した。このガラスの組成は次の条件を満たす。なお、M[MgO]は、組成に占めるMgOの含有率(モル%)を示す。
40≦M[SiO]≦60
10≦M[Al]≦20
10≦M[TiO]≦20
10≦M[MgO]≦35
また、実施形態2のガラスの組成は、以下の条件を満たすことがさらに好ましい。
45≦M[SiO]≦55
15≦M[Al]≦20
10≦M[TiO]≦15
10≦M[MgO]≦25
なお、実施形態2のガラスは、アルカリ金属酸化物を含まないか、またはその含有率が微量であることが好ましい。実施形態2のガラスがアルカリ金属酸化物を含む場合であっても、その含有率は、たとえば5モル%以下(好ましくは3モル%以下)である。また、実施形態2のガラスは、MgO以外のアルカリ土類金属酸化物を含まないか、またはその含有率が微量であることが好ましい。実施形態2のガラスがMgO以外のアルカリ土類金属酸化物を含む場合であっても、その含有率は、たとえば10モル%以下(好ましくは5モル%以下)である。
また、実施形態2のガラスは、SiO、Al、TiOおよびMgOのみによって形成されてもよいし、発明の効果が失われない限り、他の酸化物を含んでもよい。そのような酸化物を含む場合、その含有率は、たとえば5モル%以下であり、通常は3モル%以下である。
以上、本発明のガラスの好ましい実施形態について説明した。本発明のレーザ加工用ガラスは、低いパワーのレーザで加工することが可能であり、また、ガラスの内部まで加工することが可能である。本発明の別の側面では、本発明は、本発明のガラスを用いたレーザ加工の方法に関する。レーザ加工には、一般的な加工装置、たとえば図1に示されるような光学系を備える装置を用いることができる。このレーザ加工で用いられるレーザ光は特に限定はないが、短波長(好ましくは波長が400nm以下で、たとえば300nm以下)のレーザ光を用いることが好ましい。短波長のレーザ光ほど、集光径を小さくできるので、微細加工を精度よく行うことができる。
なお、本発明のさらに別の側面では、本発明は、レーザ加工用ガラスの製造方法に関する。この製造方法について以下に説明する。
この製造方法で製造されるガラスは、その成分として、TiOを所定の含有率(通常5〜45モル%、好ましくは10〜45モル%、たとえば15〜45モル%)で含む。製造されるガラスの好ましい成分としては、たとえば、実施形態1または2で説明した酸化物の組み合わせを用いることができる。このガラスは、低いレーザ加工しきい値を有し、短波長(たとえば紫外域)のレーザ光による加工に適している。
この製造方法では、ガラスの組成、すなわち、ガラスを構成する酸化物の種類および含有率を選択する際に、陽イオン場強度の平均値f、単結合強度の平均値F、Si−O−Ti結合数N、およびM[TiO]/M[SiO]から選ばれる1つの値が好ましい範囲となるように選択する。たとえば、fの値が1.35以下となるように材料を選択してもよい。また、Fの値が400kJ・mol−1以下となるように材料を選択してもよい。また、SiOと、TiOと、アルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物から選ばれる少なくとも1つの酸化物とによって実質的に形成されるガラスについては、Si−O−Ti結合数Nが0.4以上となるように材料を選択してもよい。また、そのガラスでは、0.2≦M[TiO]/M[SiO]≦0.7を満たすように材料を選択してもよい。このような範囲となるように、酸化物およびそれらの含有率を選択することによって、レーザ加工しきい値が低く製造が容易なガラスが得られる。
この製造方法では、上記の方法で選択された組成となるように、ガラスを形成する。ガラスの形成方法は、特に限定はなく、溶融法や気相法を用いることができる。溶融法でガラスを製造する場合には、選択された組成となるように複数の酸化物を混合して溶融した後、冷却する。このようにして、レーザ加工が容易なレーザ加工用ガラスが得られる。
【実施例】
以下、実施例を用いて本発明を説明する。
【実施例1】
組成が異なる16種類のガラスを溶融法によって作製した。作製した16種類のガラスの組成を表1に示す。全てのサンプルは、SiO、TiO、およびNaOからなる3成分系ガラスである。Si−O−Ti間の結合状態とレーザ加工しきい値との関係を明確にするため、最も簡単な系における実施例を示すが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。

〔試料の作製〕
それぞれのサンプルについて200gのガラスが得られるように、表1に示すサンプル1〜16の組成に従って原材料を調合した。この原材料を白金製のるつぼに移した。次に、このるつぼを1250℃〜1550℃に昇温した溶融炉内に投入し、原材料の融液の攪拌を適宜行いながら5〜6時間保持した。この後、融液を鉄板上の型の中に流し出したのち、これを直ちに約500℃の徐冷炉に投入し、30分〜1時間所定の温度に保持した。その後、16時間かけて炉内を室温まで徐冷した。このようにして得られたガラスブロックを一般的な方法によって切断、研磨し、両表面が平滑なガラス板を得た。このガラス板を、レーザ加工試験用のサンプルとした。
〔レーザ照射実験〕
ここでは、サンプルにレーザ光を照射し、レーザ加工しきい値Fthを求めた。サンプルへのレーザ照射は図1に示す光学系を用いて行った。照射レーザ光1として、Nd:YAGレーザの第4高調波(波長:266nm)を用いた。レーザ光源2から、繰り返し周波数20Hzでパルス幅5〜8nsのレーザ光1を供給した。
サンプル12へレーザ光1を照射しない場合には、ミラー3を光路内に挿入した。ミラー3で反射されたレーザ光1は、ダンパー4によって吸収された。グランレーザプリズム5は、一方向の偏光のみを通すプリズムであり、第4高調波とは異なる偏光方向を持つ第2高調波(532nm)を除去する。アッテネータ6は、レーザ光強度を調節するために光路内に挿入されている。アッテネータ6を通過したレーザ光1の強度は、パワーメータ7によって測定した。
サンプル12に対してレーザ光1を照射する際には、パワーメータ7を光路から除いた。シャッタ8は遠隔操作が可能であり、サンプル12へのレーザ照射開始時に開とし、照射終了時に閉とした。シャッタ8が開のときにこれを通過したレーザ光1は、焦点距離10cmのレンズ9で集光された。集光されたレーザ光1は、サンプル12の表面に対して垂直方向に照射された。サンプル12は、XYZステージ10に連結されたサンプルホルダ11に固定した。
〔レーザ加工しきい値およびレーザ加工速度の算出〕
レーザ光1は、XYZステージ10を光軸に垂直な平面内において一定速度で直線的に移動させながら、サンプル12に照射した。このとき、レーザフルエンスを加工しきい値Fth以上に設定した。レーザ光1の照射によって、サンプル表面に溝が形成された。レーザ光1の繰り返し周波数、XYZステージ10の移動速度、およびレーザスポット径は既知であり、これらの値を用いて、溝の任意の箇所におけるレーザショット数を算出した。
ここで、レーザ繰り返し周波数およびレーザスポット径は、レーザパワー等その他の条件に拘わらず、本実施例でのレーザ加工実験を通じて一定とした。このため、ステージ移動速度を変えてレーザ照射実験を繰り返すことによって、照射されたレーザショット数が場所によって異なる溝を、サンプル表面に形成した。
所定のレーザフルエンスの下で、ステージ移動速度を様々に変化させて上記レーザ照射実験を行うことによって、加工深さ(溝深さ)のレーザショット数依存性を知ることができる。通常、加工深さはレーザショット数にほぼ比例するため、この傾きから、1ショットあたりの加工深さ、すなわち加工速度Δhが求められる。なお、本実施例では、1本の溝に対して数十箇所の断面形状を三次元形状測定器によって測定し、測定によって得られた溝の深さの平均を加工深さとした。
上記方法によって、様々なレーザフルエンスにおけるΔhを求めることができ、Δhのレーザフルエンス依存性を知ることができる。この依存性は理論上、上記式(1)に従うことが知られている。そのため、本実施例では、測定結果に対して式(1)を適用し、最小2乗法によるフィッティングを行って、物質固有の吸収係数αと、未知数であるレーザ加工しきい値Fthとを算出した。
〔評価結果〕
上記式(1)に基づいて求めた各サンプルの吸収係数α、レーザ加工しきい値Fth、および加工速度Δh(レーザパワーが0.8mJのレーザ照射時の加工速度)を表1に示す。各サンプルのレーザ加工しきい値Fthに関しては、組成によって倍程度の差があった。ただし、この実施例の全てのサンプルのFthは、一般的な窓ガラス等に用いられるソーダライムガラスのFthに比べて、はるかに低かった。
各サンプルにおける陽イオン場強度の平均値f、単結合強度の平均値F、Fを吸収係数αで除した値F/α、Si−O−Ti結合数N、M[TiO]/M[SiO]比、架橋酸素数を吸収係数で除した値N/α(またはNBO/α)を表2に示す。

図2は、レーザ加工しきい値Fthと、陽イオン場強度の平均値fとの関係を示す。Fthは、fの減少に伴って低下する。本実施例のサンプルの場合、f≦1.35を満たせば、約400mJ・cm−2以下のFth値が得られた。なお、本実施例のサンプルでは、Fth値が約400mJ・cm−2以下になるとレーザ加工が特に容易に行えるので、約400mJ・cm−2をレーザ加工の容易性を判断する目安とした。
図3は、組成中のNaイオンの寄与も含めて計算した全陽イオン場強度の平均値f’と、レーザ加工しきい値Fthとの関係を示すグラフである。f’とFthとの間には明確な相関が見られないことから、結合強度の弱いNa−O結合の切断が、レーザ加工しきい値の大小に影響しないことが分かる。したがって、本実施例の場合、Naイオンが作る局所場の寄与を除いて陽イオン場強度の平均値を求めることが必要である。
図4に、レーザ加工しきい値Fthと、単結合強度の平均値Fとの関係を示す。Fthは、Fの減少に伴って低下する。本実施例サンプルの場合、F≦400kJ・mol−1(F≦95kcal・mol−1)を満たせば、Fth値を約400mJ・cm−2以下とすることができた。
図5に、Na−O結合の寄与も含めて計算した全単結合強度の平均値F’と、レーザ加工しきい値Fthとの関係を示す。F’とFthとの間には明確な相関が見られないことから、結合強度の弱いNa−O結合の切断は、加工しきい値の大小に影響しないことが分かる。したがって、本実施例の場合、Na−O結合の寄与を除いて単結合強度の平均値を求めることが必要である。
図6に、単結合強度の平均値Fを吸収係数αで除した値F/αと、レーザ加工しきい値Fthとの関係を示す。Fthは、F/αの減少に伴って低下する。本実施例サンプルの場合、F/α≦0.13を満たせば、Fth値を約400mJ・cm−2以下とすることができた。
図7において、SiOユニット1個あたりのSi−O−Ti結合数Nと、レーザ加工しきい値Fthとの関係を黒丸で示す。また、図7において、Nと、レーザ加工速度Δhとの関係を白丸で示す。Fthは、Nの増加に伴って低下する。本実施例のサンプルの場合、0.4≦Nを満たせば、Fth値を約400mJ・cm−2以下とすることができた。
しかしながら、Nが1.3を超えるとNの増加に伴うFthの減少は徐々に緩やかとなる。0≦N≦4であるから、本実施例の組成では、組成の調整によって達成される最小のFthは、約200mJ・cm−2と予測される。一方、ΔhのN依存性には極大が見られ、Nが過大な領域ではΔhが遅くなってレーザ加工しにくくなる。以上から、低いFthと速いΔhとを両立させるためには、0.4≦N≦1.3を満たすことが好ましい。
図8は、Si−O−Ti結合数Nと、M[TiO]/M[SiO]比との関係を示す。図8から明らかなように、NはM[TiO]/M[SiO]比にほぼ比例する。このため、レーザ加工しきい値Fthおよび加工速度ΔhとM[TiO]/M[SiO]比との関係は、それらとNとの関係と同様の傾向を示すことが予想できる。
図9に、M[TiO]/M[SiO]比とレーザ加工しきい値Fthとの関係を黒丸で示し、M[TiO]/M[SiO]比とレーザ加工速度Δhとの関係を白丸で示す。図9から明らかなように、低いFthと速いΔhとを両立させるには、0.2≦M[TiO]/M[SiO]≦0.7を満たすことが好ましい。
図10に、架橋酸素数を吸収係数αで除した値(NBO/αまたはNBO/α)と、レーザ加工しきい値Fthとの関係を示す。MSiNBO−2MTi>0のときには、架橋酸素数としてNBOを用いた。また、MSiNBO−2MTi≦0のときには、架橋酸素数として、NBOを用いた。Fthは、NBO/αまたはNBO/αの減少に伴って低下した。本実施例サンプルの場合、NBO/αまたはNBO/αが11×10−6cm以下であれば、Fth値を約400mJ・cm−2以下とすることができた。
また、上記実施例から、レーザ加工用ガラスの組成に関して、以下のことが導かれる。
TiOの含有率M[TiO](モル%)が、10≦M[TiO]≦45を満たすことによって、レーザ加工しきい値を特に低減できる。TiOの含有率が10モル%未満では加工しきい値を低減させる効果が少なく、45モル%を超えると、溶融法(融液の放冷)によってバルク状のガラスを得ることは困難であった。レーザ加工しきい値の低減には、TiOの含有率が15モル%以上であることが好ましく、20モル%以上であることがより好ましい。TiOの含有率が30モル%程度を超えた場合には、加工しきい値の低下は飽和傾向となる一方、加工速度は低下する傾向であった。したがって、TiOの含有率は、10≦M[TiO]≦30を満たすことがより好ましい。
また、SiOの含有率M[SiO](モル%)は、20≦M[SiO]≦70を満たすことが好ましい。ガラスの網目を形成するためには、M[SiO]は20モル%以上であることが必要である。また、M[SiO]が70モル%を越えると溶融が困難になる。
アルカリ金属酸化物であるNaOの含有率M[NaO](モル%)は、5≦M[NaO]≦40を満たすことが好ましく、20≦M[NaO]≦40を満たすことがより好ましい。
上記実施例では、SiO、TiO、およびNaOからなる3成分系ガラスを扱ったが、上述した好ましい組成範囲は、これらの3成分以外の成分を含む系のガラスにも拡張できる。
は、SiOと同様に、ガラスの網目構造を形成する網目形成酸化物である。また、ガラス溶融の際の溶剤としての作用もある。NaO以外のアルカリ金属酸化物であるLiO、KO、RbO、CsOおよびアルカリ土類金属酸化物MgO、CaO、SrO、BaOは、NaOと同様にガラス網目修飾酸化物であり、組成中に含ませるとガラス網目構造の一部を切断する働きがある。また、これらの酸化物は、ガラス融液の粘性を下げるなどの作用を有する。
Alは、TiOと同様に、ガラス網目形成酸化物とガラス網目修飾酸化物との中間的性質を持つ中間酸化物である。組成中に適当量のAlを含ませることによって、ガラスの耐水性や耐薬品性を向上させることができる。
以上の点から、上述した成分を含むレーザ加工用ガラスにおいて、好ましい組成範囲は次のようになる。
40≦(M[SiO]+M[B])≦70
5≦(M[TiO]+M[Al])≦45
5≦M[TiO
5≦M[AMO]+M[AEMO]≦40
M[AMO]は、アルカリ金属酸化物の含有率(モル%)の和である。アルカリ金属酸化物には、LiO、NaO、KO、RbO、およびCsOが該当する。
M[AEMO]は、アルカリ土類金属酸化物の含有率(モル%)の和である。アルカリ土類金属酸化物には、MgO、CaO、SrO、およびBaOが該当する。
さらに、溶融法によってガラスを作製する場合は、M[TiO]/(M[B]+M[TiO])≧0.5の関係を満足するように組成を調整することが好ましい。この関係を満足する場合、ガラス形成が容易になる。
また、低い加工しきい値と速い加工速度とを両立させるためには、0.2≦M[TiO]/(M[SiO]+M[B])≦0.7の関係を満たすようにTiOを導入することが望ましい。
なお、組成に関する上記の条件を満足するガラスを溶融法によって作製する際に、清澄剤として知られるSb等を若干量加えてもよい。また、上記組成のガラスは溶融法以外の方法、例えば、気相法等によって作製してもよい。
【実施例2】
実施例2では、実施形態2のガラスを溶融法によって作製した。実施例2では、サンプルの組成と、サンプル作製時の溶融炉の温度とが異なることを除き、実施例1と同様の方法でサンプルを作製した。実施例2では、サンプル作製時の溶融炉の温度を1620℃とした。サンプル評価のためのレーザ照射条件は実施例1と同様とした。
表3に、溶融法によって作製した4種類のサンプル(サンプル17〜20)の組成を示す。また、各サンプルのガラス転移点Tg、50〜350℃における線熱膨張係数β、および式(1)によって求めたレーザ加工しきい値Fthについても、表3に示す。全てのサンプルは、SiO、Al、TiO、およびMgOからなる4成分系ガラスである。ガラス組成と熱膨張係数との関係を明確にするため、実施例2では最も簡単な系のサンプルを示すが、本発明のガラスの成分は、以下のサンプルの成分に限定されるものではない。

まず、TiOの組成範囲について検討する。図9から明らかなように、レーザ加工しきい値を下げるという観点からは、TiOが多い方が好ましい。TiOの量を10モル%以上とすることによって、低いFth値が得られる。一方、SiO、Al、TiOおよびMgOの4成分からなるガラス組成では、TiOの量を20モル%以下とすることによって、ガラスの製造が特に容易になる。したがって、TiOの量は、10モル%以上20モル%以下であることが好ましい。TiOの量が15モル%より大きい場合、TiOの量が増加するにつれて、ガラスの製造が徐々に難しくなる。このため、TiOの量は、10モル%から15モル%の範囲であることがより好ましい。なお、本実施例のサンプルのレーザ加工しきい値Fthは500mJ・cm−2以下であり、一般的な窓ガラス等に用いられるソーダライムガラスのFthに比べて、はるかに低い値であった。
次に、ガラス網目修飾酸化物であるMgOは、ガラス網目修飾酸化物の中でも熱膨張係数を増加させにくい成分として知られている。しかし、表3から明らかなように、MgOの量を多くすると、熱膨張係数βが増大した。また、SiO、Al、TiOおよびMgOの4成分からなる実施例2のガラス組成では、MgOの量を25モル%以下とすることによって、熱膨張係数βを約50×10−7−1以下とすることができた。また、表3に示されるように、ガラス網目形成酸化物であるSiOの量が少ない場合には熱膨張係数が増大した。また、実施例2の組成のガラスでは、SiO量を45モル%以上とすることによって、熱膨張係数βを約50×10−7−1以下とすることができた。
また、MgOの量を10モル%以上35モル%以下とし、SiO量を40モル%以上60モル%以下とすることによって、ガラスの製造が容易になる。たとえば、実施例2の製造条件では、M[SiO]:M[Al]:M[TiO]:M[MgO]=40:10:15:35という組成ではガラスを形成できた。一方、同じ製造条件において、M[SiO]:M[Al]:M[TiO]:M[MgO]=30:15:15:40という組成、M[SiO]:M[Al]:M[TiO]:M[MgO]=35:10:15:40という組成、およびM[SiO]:M[Al]:M[TiO]:M[MgO]=35:15:15:35という組成ではガラスを形成できなかった。したがって、MgOの量は10モル%以上35モル%以下であることが好ましく、SiOの量は40モル%以上60モル%以下であることが好ましい。
実施例2の組成のガラスでは、Al量を10モル%以上20モル%以下とすることによって、ガラスの製造が容易になる。したがって、Al量は、10モル%以上20モル%以下であることが好ましい。Alは、TiOと同様に中間酸化物であり、組成中に適当量のAlを含ませることによって、ガラスの耐水性や耐薬品性を向上させることができる。
なお、組成に関する上記の条件を満足するガラスを溶融法によって作製する際に、清澄剤として知られるSb等を若干量加えてもよい。また、酸化剤として少量のCeOなどを加えてもよい。例えば、CeOを適当量、典型的には0.5〜2モル%程度をバッチに加えると、ガラス中のTi3+を減らすことができる。その結果、レーザ加工しきい値および加工速度を大きく変化させることなく、500nm〜1000nm付近の光透過率を向上させることができる。また、上記組成のガラスは溶融法以外の方法、例えば、気相法等によって作製してもよい。
なお、実施例1および実施例2では、板状のサンプルを用いてレーザ加工を行ったが、本発明のレーザ加工用ガラスは形状に拘わらず良好なレーザ加工性を有しているので、ガラスの形状は板状に限定されない。例えば、ガラスの形状を、棒状、ガラスフレーク、ガラス繊維、ガラス布としてもよい。
【産業上の利用の可能性】
本発明によれば、ガラス表面近傍のみならず、ガラス内部に至るレーザ加工が可能なレーザ加工用ガラスが得られる。本発明のガラスは、低いレーザ加工しきい値を有するため、レーザ加工に要するレーザエネルギー投入量を小さくすることができ、加工が容易である。また、本発明によれば、ガラス内部に至るレーザ加工が容易であると共に、熱膨張係数の低いレーザ加工用ガラスが得られる。本発明のレーザ加工用ガラスは、レーザによって加工される様々なガラスに適用できる。本発明のレーザ加工用ガラスは、たとえば、回路基板、光学素子、インクジェットプリンタのヘッド、印刷のマスク、光学素子成形用の金型、フィルタ、触媒の担体、光ファイバの接続素子、化学分析用ガラスチップに適用できるが、本発明のガラスの用途はこれらに限定されない。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ光の照射によって加工されるレーザ加工用ガラスであって、その組成が以下の関係を満たすレーザ加工用ガラス。
40≦M[NFO]≦70
5≦(M[TiO])≦45
5≦M[NMO]≦40
[式中、M[NFO]、M[TiO]およびM[NMO]は、それぞれ、網目形成酸化物の含有率(モル%)、TiOの含有率(モル%)、および網目修飾酸化物の含有率(モル%)を表す。]
【請求項2】
前記網目形成酸化物がSiOおよびBから選ばれる少なくとも1つの酸化物であり、前記網目修飾酸化物がアルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物から選ばれる少なくとも1つの酸化物であり、組成が以下の関係をさらに満たす請求項1に記載のレーザ加工用ガラス。
5≦(M[TiO]+M[Al])≦45
[式中、M[Al]はAlの含有率(モル%)を表す。]
【請求項3】
以下の式で定義されるfが1.35以下である請求項2に記載のレーザー加工用ガラス。
=(Σx/(r+r)/Σx
[式中、xは、アルカリ金属イオンおよびアルカリ土類金属イオン以外の陽イオン(i)を含有する酸化物(i)が前記組成に占めるモル分率を表す。Cは前記酸化物(i)の組成式に含まれる前記陽イオン(i)の数を表す。Zは前記陽イオン(i)の価数を表す。rおよびrはそれぞれ、前記陽イオン(i)および酸化物イオンのイオン半径をオングストローム単位で表したときの数値を表す。]
【請求項4】
以下の式で定義されるFが400kJ・mol−1以下である請求項2に記載のレーザ加工用ガラス。
=Σxdj/Σx
[式中、xは、アルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物以外の酸化物(j)が前記組成に占めるモル分率を表す。Cは、前記酸化物(j)の組成式に含まれる陽イオン(j)の数を表す。Edjは、前記陽イオン(j)の組成比を1として前記酸化物(j)を表したときの前記酸化物(j)の解離エネルギーを表す。Nは、前記酸化物(j)において前記陽イオン(j)に配位している酸化物イオンの数である。]
【請求項5】
レーザ加工用ガラスの吸収係数αと、前記Fとを同じ単位で表したときに、(F/α)≦0.13を満たす請求項4に記載のレーザ加工用ガラス。
【請求項6】
SiOと、TiOと、アルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物から選ばれる少なくとも1つの酸化物とによって実質的に形成され、SiOユニット1個あたりのSi−O−Ti結合数が0.4以上である請求項2に記載のレーザ加工用ガラス。
【請求項7】
SiOと、TiOと、アルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物から選ばれる少なくとも1つの酸化物とによって実質的に形成され、以下の関係を満たす請求項2に記載のレーザ加工用ガラス。
BO/α≦11×10−6cm(ただし、MSiNBO−2MTi>0のとき)
BO/α≦11×10−6cm(ただし、MSiNBO−2MTi≦0のとき)
[式中、MSiおよびMTiは、それぞれ、レーザ加工用ガラスにおけるSiおよびTiのモル分率を表す。NBOおよびNNBOは、それぞれ、Tiを含まない場合のガラス構造における、架橋酸素数および非架橋酸素数を表す。αは、レーザ加工用ガラスの吸収係数(単位:cm−1)を表す。NBOは、Ti導入後もなお2個のSiを架橋している酸素の、SiOユニット1個あたりの数である。]
【請求項8】
レーザ光の照射によって加工されるレーザ加工用ガラスであって、組成が次の条件を満たすレーザ加工用ガラス。
40≦M[SiO]≦60
10≦M[Al]≦20
10≦M[TiO]≦20
10≦M[MgO]≦35
[式中、M[SiO]、M[Al]、M[TiO]およびM[MgO]は、それぞれ、SiOの含有率(モル%)、Alの含有率(モル%)、TiOの含有率(モル%)およびMgOの含有率(モル%)を表す。]

【国際公開番号】WO2004/063109
【国際公開日】平成16年7月29日(2004.7.29)
【発行日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−507980(P2005−507980)
【国際出願番号】PCT/JP2004/000085
【国際出願日】平成16年1月8日(2004.1.8)
【出願人】(000004008)日本板硝子株式会社 (853)
【Fターム(参考)】