説明

レーザ脱離イオン化質量分析方法およびそれに用いられる質量分析用基板

【課題】微細構造体を有する基板を用いたレーザ脱離イオン化質量分析方法において、微細構造体の飛散を防止する。
【解決手段】質量分析用基板上に供給された被分析物質を、レーザ光照射により質量分析用基板から脱離させ、イオン化された被分析物質のマススペクトルを測定するレーザ脱離イオン化質量分析方法において、微細構造体12と、この微細構造体12を被覆するように形成された飛散防止膜13とを有する質量分析用基板10を用いて分析を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ光照射により被分析物質のマススペクトルを測定するレーザ脱離イオン化質量分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
物質の同定等に用いられる質量分析法において、質量分析用基板上に供給された試料にレーザ光を照射して被分析物質を基板から脱離させ、脱離された被分析物質を質量(より詳細にはm/z。ここで、mはイオンの質量を統一原子質量単位で割って得られた無次元量、zは電荷の価数である。)別に検出する質量分析方法が知られている。このような質量分析法においては、通常、被分析物質はイオン化されて脱離される。例えば、飛行時間型質量分析法(Time of Flight Mass Spectroscopy : TOF-MS)は、イオン化され基板から脱離された被分析物質を、電磁場発生器によって加速し、所定距離飛行させて、その飛行時間により被分析物質の質量を分析するものである。
【0003】
しかしながら、特に生体物質等の難揮発性の物質や合成高分子等の高分子量の物質が被分析物質である場合には、被分析物質の脱離が難しい。そこで、これらの物質を質量分析可能とする方法が種々検討されている。難揮発性の物質や合成高分子等の高分子量の物質の質量分析法としては、例えば、電界脱離質量分析法(FD−MS)や高速原子衝撃質量分析法(FAB−MS)、マトリックス支援レーザ脱離イオン化法(MALDI)等が挙げられる。中でもMALDI法は、分子量が1万を超す被分析物質の測定が可能であり、試料に対する化学的な影響も少ない分析法として知られている。
【0004】
MALDI法は、被分析物質をマトリックス剤と呼ばれるシナピン酸やグリセリン等に混入したものを試料とし、マトリックス剤が吸収した光エネルギーを利用して被分析物質をマトリックス剤と共に気化させるとともに、被分析物質をイオン化させる方法である。このMALDI法をTOF−MSに適用したMALDI−TOF MSは、生体物質や合成高分子の分野で普及してきており、より高精度な分析を可能とするMALDI−TOF MSが検討されている(特許文献1)。
【0005】
これらの質量分析法においては、基板の表面に供給した被分析物質をイオン化させ、表面から脱離させる上で、高いパワーのレーザ光を必要とする。しかしながら、高いパワーのレーザ光を用いた場合、被分析物質が損傷する恐れがあること、および高出力の光源を要するために装置構成がコスト高となること等の問題がある。
【0006】
このため、被分析物質を基板から脱離させるために照射されるレーザ光のパワーを低く抑えるために、基板上に複数のナノ粒子を有する微細構造体を形成することによって、レーザ光と微細構造体との相互作用を利用して効率よくイオン化を図る質量分析方法および装置が提案されている。例えば非特許文献1は、基板上に金微粒子からなる微細構造体を備え、基板表面に局在プラズモンを生じせしめることによってイオン化の効率を上げている。
【特許文献1】特開平9−320515号公報
【非特許文献1】Lee C. Chen, et al., Journal of Physical Chemistry C, Vol. 111, No. 6, p.2409-2415 (2007)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、単にナノ粒子を有する微細構造体を形成しただけでは、レーザ照射によってイオン化された被分析物質と共に、ナノ粒子も飛散してしまうという問題がある。実際に、非特許文献1には、マススペクトル分布の低分子量域に、金由来の妨害ピークが現れることが示されている。このような妨害ピークは、分析の定量性を低下させるため大きな問題となる。また、ナノ粒子の飛散は、装置内を汚染する原因にもなる。
【0008】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、微細構造体を構成する複数のナノ粒子の飛散を防止しながら、レーザ光と微細構造体との相互作用を利用して効率よくイオン化を図ることが可能なレーザ脱離イオン化質量分析方法およびそれに用いられる質量分析用基板を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明によるレーザ脱離イオン化質量分析方法は、
質量分析用基板上に供給された被分析物質を、レーザ光照射により質量分析用基板から脱離させ、イオン化された被分析物質のマススペクトルを測定するレーザ脱離イオン化質量分析方法において、
質量分析用基板として、支持基板と、支持基盤上に配置された複数のナノ粒子を有する微細構造体と、微細構造体を被覆するように形成された飛散防止膜と、を備えるものを用いることを特徴とするものである。
【0010】
ここで、「ナノ粒子」とは、ナノメートルオーダの微粒子を意味するものとする。その形状としては特に限定されるものではなく、球状、ロッド状 針状およびチューブ状等を挙げることができる。また、その材料も特に限定されるものではなく、金属、酸化金属、カーボンナノチューブ、フラーレン等を挙げることができる。
【0011】
「微細構造体を被覆するように」飛散防止膜を形成するとは、ナノ粒子の上部から覆い被さるように形成することを意味するものとする。
【0012】
さらに、本発明によるレーザ脱離イオン化質量分析方法において、飛散防止膜は、透光性材料を主成分とするものであることが好ましく、さらに、飛散防止膜は、SiO2を主成分とするものであることがより好ましい。ここで、「主成分」とは、含量90質量%以上の成分を意味するものとする。
【0013】
また、飛散防止膜の膜厚は、下記式(1)を充足することが好ましい。
φ/2≦d≦φ・・・(1)
(ここで、dは飛散防止膜の膜厚、φはナノ粒子の粒径である。)
そして、ナノ粒子は非凝集金属微粒子であることが好ましい。
【0014】
ここで、「非凝集金属微粒子」とは、(1)金属微粒子同士が会合せず、金属微粒子同士が離間されて存在しているもの、あるいは(2)金属微粒子が結合した後に一体の微粒子となり、再びもとの状態には戻らないもの、の何れかに含まれる金属微粒子を意味するものとする。
【0015】
さらに、本発明による質量分析用基板は、
上記に記載のレーザ脱離イオン化質量分析方法に用いられる質量分析用基板であって、
支持基板と、
支持基盤上に配置された複数のナノ粒子を有する微細構造体と、
微細構造体を被覆するように形成された飛散防止膜と、を備えることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によるレーザ脱離イオン化質量分析方法および質量分析用基板では、微細構造体を構成するナノ粒子を飛散防止膜によって被覆しているため、ナノ粒子の飛散を防止することができる。この結果、妨害ピークを低減すると共に装置内の汚染を防止することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について図面を用いて説明するが、本発明はこれに限られるものではない。
【0018】
「質量分析用基板」
<第1の実施形態>
本発明による質量分析用基板の第1の実施形態について説明する。図1は、本実施形態による質量分析用基板の構成を示す概略図である。
【0019】
図1に示すように、本実施形態に係る質量分析用基板10は、支持基板11と、複数のナノ粒子として金属微粒子Mが、支持基板11上に配置されてなる微細構造体12と、微細構造体12を被覆するように形成された飛散防止膜13を備えている。
【0020】
支持基板11は、特に限定されるものではないが、金属材料からなるものであることが好ましい。例えば、ステンレスプレート等を用いることができる。
【0021】
本実施形態における微細構造体12は、複数のナノ粒子として金属微粒子Mが支持基板11上に略規則的に配置されてなるものである。金属微粒子Mの材料としては、特に限定されるものではないが、局在プラズモンを効果的に誘起することができ、かつ化学的安定性(試料に対する安定性)にも優れることから、Au、Ag、Cu、Pt、Ni、Ti等が好ましい。金属微粒子Mのピッチは、レーザ光の波長よりも小さい条件を充足すれば特に制限なく、レーザ光として可視光を用いる場合には例えば200nm以下が好ましい。金属微粒子Mの粒径は、特に制限なく、小さい方が好ましい。金属微粒子Mの粒径は、照射光の半波長以下であることが好ましい。ここで、ナノ粒子の粒径とは、ナノ粒子の最大径を意味するものとする。ただし、後述するナノロッドやカーボンナノチューブ等のアスペクト比の大きい材料については、長軸方向に垂直な方向の最大径を意味するものとする。
【0022】
また、金属微粒子Mは非凝集金属微粒子であるので、(1)金属微粒子同士が会合せず、金属微粒子同士が離間されて存在しているもの、あるいは(2)金属微粒子が結合した後に一体の粒子となり、再びもとの状態には戻らないもの、の何れかに含まれる金属微粒子である。
【0023】
(1)の金属微粒子が複数配置された微細構造体としては、金属微粒子同士が会合しないように一定の距離以上離間されて配置された微細構造体を挙げることができる。この微細構造体において、金属微粒子の配置は、ランダムでも略規則的な配列を有していてもよい。金属微粒子がランダムに配置された微細構造体としては、例えば斜め蒸着法等により得られる島状パターンの微細構造体等が挙げられる。また、金属微粒子が略規則配列された微細構造体としては、ドット状、メッシュ状、ボウタイ形状アレイ、針状の金属微粒子が、略規則配列されるようにパターニングされたものなどが挙げられる。これらの場合のパターニングは、リソグラフィや集束イオンビーム法(FIB法)等による加工及び自己組織化を利用する方法等により実施することができる。
【0024】
(2)の金属微粒子が複数配置された微細構造体としては、融着やメッキ処理による金属成長の過程において一体化して形成され、再び一体化する前の状態には戻ることのできない金属微粒子が複数配置された微細構造体を挙げることができる。
【0025】
また微細構造体12は、上記した以外に、支持基板11の表面に金属微粒子Mの分散溶液をスピンコート法等により塗布し、乾燥することによっても形成できる。分散溶液に樹脂や蛋白質等のバインダを含有させ、バインダを介して金属微粒子Mを支持基板11の表面に配置させることが好ましい。バインダとして蛋白質を用いる場合には、蛋白質同士の結合反応を利用して、金属微粒子Mを支持基板11の表面に配置させることも可能である。
【0026】
飛散防止膜13は、微細構造体12を被覆するように形成されたものである。飛散防止膜13の材料としては、特に限定されないが、透光性材料であることが好ましく、SiO2であることがより好ましい。そして、飛散防止膜の膜厚は、下記式(1)を充足することが好ましい。
φ/2≦d≦φ・・・(1)
ここで、dは飛散防止膜の膜厚、φはナノ粒子の粒径である。飛散防止膜の膜厚の下限がφ/2となっているのは、ある程度の厚さがなければ飛散防止効果を得ることができないためである。しかし、ナノ粒子が完全に埋没する程の膜厚は必ずしも必要ではなく、ナノ粒子の粒径の半分程度の膜厚があれば飛散防止効果は充分得られる。一方、飛散防止膜の膜厚の上限がφとなっているのは、あまり厚すぎるとレーザ光と微細構造体との相互作用の効果を得ることができないためである。例えば、ナノ粒子が金属微粒子の場合、このレーザ光と微細構造体との相互作用の効果は、局在プラズモンによる電場増強効果である。この電場増強効果が及ぶ範囲は、金属微粒子からこの金属微粒子の粒径程度である。
【0027】
質量分析用基板10は、基板表面に供給された試料にレーザ光を照射して、試料中に含まれる被分析物質を基板表面から脱離させ、脱離した被分析物質を質量分析する方法に用いられるものである。質量分析用基板10は、レーザ光が照射されて生じる、レーザ光と微細構造体との相互作用の効果により、試料供給面(基板表面)においてレーザ光のエネルギーが高められることを利用し、その高められた光エネルギーにより被分析物質を試料供給面から脱離させることができる。すなわち、試料供給面上において、上記相互作用によりレーザ光のエネルギーを高くすることができるため、レーザ光自身のエネルギーを低エネルギー化することができ、その結果装置コストを低減させることができる。ここで、被分析物質のイオン化については、被分析物質を試料供給面から脱離させる前に被分析物質をイオン化させるものであってもよいし、被分析物質を試料供給面から脱離させた後にイオン化させるものであってもよい。
【0028】
本実施形態においては、微細構造体がレーザ光の波長よりも小さな金属微粒子により構成されているため、局在プラズモンが誘起される。局在プラズモン共鳴は、金属の自由電子が光の電場に共鳴して振動することで電場を生じる現象である。特に微細な凹凸構造を有する金属部では、凸部の自由電子が光の電場に共鳴して振動することで凸部周辺に強い電場を生じ、局在プラズモン共鳴が効果的に起こるとされている。
【0029】
さらに、本実施形態に係る質量分析用基板は、微細構造体を構成するナノ粒子を飛散防止膜によって被覆しているため、ナノ粒子の飛散を防止することができる。この結果、妨害ピークを低減すると共に装置内の汚染を防止することが可能となる。
【0030】
(設計変更)
本実施形態では、ナノ粒子を構成する材料を金属材料として説明したが、本発明に係る質量分析用基板において、これに限られるものではない。つまり、ナノ粒子を構成する材料は、金属材料に限定されるものではなく、他にも酸化チタンや酸化銅等の酸化金属、FePtCu等の磁性材料、カーボンナノチューブおよびフラーレン等でもよい。
【0031】
<第2の実施形態>
本発明による質量分析用基板の第2の実施形態について説明する。図2は、本実施形態による質量分析用基板20の構成を示す概略図である。本実施形態は、第1の実施形態における支持基板21が、多孔質型の金属酸化物体41および金属層42から構成されている点で第1の実施形態と異なる。
【0032】
すなわち図2に示すように、本実施形態に係る質量分析用基板20は、多孔質型の金属酸化物体からなる支持基板21と、複数のナノ粒子として金属微粒子Mが、支持基板11上に配置されてなる微細構造体12と、微細構造体12を被覆するように形成された飛散防止膜13を備えている。ここで、第1の実施形態と同様の構成については、同様の符号を付し、特に必要のない限り説明は省略する。
【0033】
図3A〜図3Cを参照して、本発明に係る第2実施形態の質量分析用基板について説明する。本実施形態の質量分析用基板20は、光共振体を構成するものである。
【0034】
図3A〜図3Cは質量分析用基板の作製工程を示す斜視図である。すなわち、本実施形態に係る質量分析用基板20は、被陽極酸化金属体40を陽極酸化することにより、微細孔41aを形成し、この微細孔41aを形成した面に金属微粒子からなる微細構造体12を形成し、その上から飛散防止膜13を形成することにより作製される。したがって、本実施形態では、第1実施形態と異なり、支持基板21が、透光体41と、金属層42から構成されている。そして、金属微粒子Mからなる微細構造体12が第1の反射体、金属層42が第2の反射体となり、本実施形態にかかる質量分析用基板は光共振体となる。
【0035】
また、透光体41は、第1の反射体(微細構造体)12側から第2の反射体(金属層)42側に延びる複数の微細孔41aが開孔された透光性微細孔体である。複数の微細孔41aは微細構造体12側の面において開口し、第2の反射体42側は閉じられている。透光体41において、複数の微細孔41aはレーザ光の波長より小さい径及びピッチで略規則的に配列されている。透光体41を構成する透光性微細孔体は、例えば、被陽極酸化金属体(Al)40の一部を陽極酸化して得られる金属酸化物体(Al2O3)からなり、第2の反射体42は被陽極酸化金属体40の非陽極酸化部分(Al)からなる。
【0036】
陽極酸化は、被陽極酸化金属体40を陽極とし、陰極と共に電解液に浸漬させ、陽極陰極間に電圧を印加することで実施できる。被陽極酸化金属体40の形状は制限されず、板状等が好ましい。また、支持体の上に被陽極酸化金属体40が層状に成膜されたものなど、支持体付きの形態で用いることも差し支えない。陰極としてはカーボンやアルミニウム等が使用される。電解液としては制限されず、硫酸、リン酸、クロム酸、シュウ酸、スルファミン酸、ベンゼンスルホン酸等の酸を、1種又は2種以上含む酸性電解液が好ましく用いられる。
【0037】
図3Aに示す被陽極酸化金属体40を陽極酸化すると、表面40sから該表面40sに対して略垂直方向に酸化反応が進行し、図3Bに示すような金属酸化物体(Al2O3)41が生成される。陽極酸化により生成される金属酸化物体41は、多数の平面視略正六角形状の微細柱状体が隙間なく配列した構造を有するものとなる。各微細柱状体の略中心部には、表面40sに垂直に略ストレートに延びる微細孔41aが開孔され、各微細柱状体の底面は丸みを帯びた形状となる。陽極酸化により生成される金属酸化物体の構造は、益田秀樹、「陽極酸化法によるメソポーラスアルミナの調製と機能材料としての応用」、材料技術Vol.15,No.10、1997年、p.34等に記載されている。
【0038】
規則配列構造の金属酸化物体41を生成する場合の好適な陽極酸化条件例としては、電解液としてシュウ酸を用いる場合、電解液濃度0.5M、液温14〜16℃、印加電圧40〜40±0.5V等が挙げられる。通常、互いに隣接する微細孔41a同士のピッチは10〜500nmの範囲で、また微細孔の孔径は、5〜400nmの範囲でそれぞれ制御可能である。特開2001−9800号公報や特開2001−138300号公報には、微細孔の形成位置や孔径をより細かく制御する方法が開示されている。これらの方法を用いることにより、上記範囲内において任意の孔径及び深さを有する微細孔を略規則的に配列形成することができる。上記条件で生成される微細孔41aは例えば、径が5〜200nm、ピッチが10〜400nmである。
【0039】
金属微粒子からなる第1の反射体(微細構造体)12は、第1の実施形態と同様の方法により形成することができる。また、第1の反射体12は、反射性金属からなるが、空隙である粒子間隙を複数有しているので光透過性を有し、半透過半反射性を有する。金属微粒子Mの径及びピッチは、レーザ光Lの波長よりも小さく設計されており、第1の反射体12は、レーザ光の波長よりも小さい凹凸構造を有するものとなっている。第1の反射体12は、凹凸構造が光の波長よりも小さいので、電磁メッシュシールド機能を有する半透過半反射性の薄膜となる。ここで、「半透過半反射性」とは、透過性と反射性を共に有する性質を意味するものとし、透過率と反射率は共に0%より大きく100%未満の範囲で任意である。
【0040】
飛散防止膜13は、第1の実施形態と同様の方法により形成することができる。
【0041】
以下本実施形態に係る質量分析用基板20についての作用を説明する。
質量分析用基板20にレーザ光が入射すると、第1の反射体12の透過率又は反射率に応じて、一部は第1の反射体12の表面で反射され、一部は第1の反射体12を透過して透光体41に入射する。透光体41に入射した光は、第1の反射体12と第2の反射体42との間で反射を繰り返す。すなわち、質量分析用基板20は、第1の反射体12と第2の反射体42との間で多重反射が起こる共振構造を有している。従って、透光体41の中で多重反射光による多重干渉が起こり、共振条件を満たす特定波長において共振し、共振波長の光を吸収する吸収特性を示す。この共振構造内部における吸収特性に応じて、基板表面の電場が増強され、試料供給面である第1の反射体12の表面において電場増強効果を得ることができる。質量分析用基板20では、透光体41内における多重反射回数(フィネス)が最大となるよう、光インピーダンスマッチングをとった基板構造とすることが好ましい。かかる構成とすることで、吸収ピークがシャープになり、より効果的な電場増強が得られ、好ましい。
【0042】
また、本実施形態の質量分析用基板20は、透光体41の厚みと透光体41内の平均屈折率とに応じて共振波長を変化させることができる。透光体41の厚みと透光体41内の平均屈折率と共振波長とは下記式(2)を略充足しており、従って、透光体41内の平均屈折率が同じものであれば、透光体41の厚み変えるだけで共振波長を変化させることができる。
λ≒2nd/(m+1)・・・(2)
(式中、dは透光体41の厚み、λは共振波長、nは透光体41内の平均屈折率、mは整数である。)
本実施形態のように、透光体41が透光性微細孔体からなる場合は、「透光体41内の平均屈折率」とは、透光性微細孔体の屈折率とその微細孔内の物質(微細孔内に特に充填物質がない場合には空気、微細孔内に充填物質がある場合には充填物質/又は充填物質と空気)の屈折率とを合わせて平均化した平均屈折率を意味する。
【0043】
また、屈折率は、材料に吸収がある場合は複素屈折率で表すが、透光体41において虚数部分はゼロであり、透光体41が微細孔を有する場合にも、微細孔内の充填物質による影響は小さいため、上記(2)式においては、複素部分を持たない屈折率表示とした。共振条件は、第1の反射体12及び第2の反射体42の物理特性や表面状態によっても変化するが、この変化の大きさは、透光体41の厚み及び透光体41内の平均屈折率による影響に比して小さいため、数nmオーダーの精度で上記式により共振波長を決定することができる。
【0044】
以上のように、本実施形態においても、第1の実施形態と同様に、微細構造体12が飛散防止膜13に被覆されているため、第1の実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0045】
さらに本実施形態においては、第1の反射体12を透過して透光体41に入射した光が第1の反射体12と第2の反射体42との間で多重反射し、多重反射光による多重干渉が起こり、共振条件を満たす特定波長において共振する。共振により、共振波長の光が吸収され、基板内の電場が増強され、試料供給面において電場増強効果を得ることができる。共振波長は、透光体41の平均屈折率と厚みとに応じて変化するため、これらのファクタに応じた波長において高い電場増強効果(例えば、100倍以上の増強効果)を得ることができる。したがって、本実施形態に係る質量分析用基板20は、上記の共振構造による電場増強効果を利用してより効率よく、被分析物質のイオン化を図ることが可能となる。
【0046】
多重干渉による吸収ピークおよび微細構造体との相互作用による吸収ピークは、異なる波長に現れる場合もあるし、重なる場合もある。レーザ光の波長がそれぞれのピーク波長からずれていたとしても、お互いの電場増強効果を強めあうことができる。また、これら2つの現象の相互作用又は上記基板構成特有の現象により、電場増強効果が強められていることも考えられる。上記したように、質量分析用基板20において、共振波長λは透光体41の平均屈折率と厚みとに応じて変わるので、局在プラズモン共鳴による電場増強効果との相乗効果が最も大きく得られるようにこれらのファクタを変化させればよい。
【0047】
また、本実施形態の質量分析用基板20は、陽極酸化を利用して製造されたものであるので、透光体41の微細孔41aが略規則配列された質量分析用基板20を容易に製造することが可能である。
【0048】
(設計変更)
本実施形態では、第1の反射体12が略同一径の複数の金属微粒子Mがマトリックス状に規則配列して固着された金属層からなる場合について説明したが、金属微粒子Mは径に分布があってもよく、配列パターンも任意であり、ランダム配列でもよい。ただし、構造規則性が高い方が共振構造の面内均一性が高く、特性が集約されるので好ましい。
【0049】
本実施形態では、透光体41の製造に用いる被陽極酸化金属体40の主成分としてAlのみを挙げたが、陽極酸化可能で生成される金属酸化物が透光性を有するものであれば、任意の金属が使用できる。Al以外では、Ti、Ta、Hf、Zr、Si、In、Zn等が使用できる。被陽極酸化金属体40は、陽極酸化可能な金属を2種以上含むものであってもよい。
【0050】
本実施形態では、また、陽極酸化を利用して微細孔41aが略規則配列した透光体41を作製したが、微細孔41aの形成方法は、陽極酸化に制限されない。表面全面を一括処理でき、大面積化に対応でき、高価な装置を必要としないことから、陽極酸化を利用した上記実施形態は好ましいが、陽極酸化を利用する以外に、透光体41の表面にナノインプリント技術により規則配列した複数の凹部を形成する方法や、集束イオンビーム(FIB)、電子ビーム(EB)等の電子描画技術により規則配列した複数の凹部を描画する等の微細加工技術によっても形成することができる。
【0051】
本実施形態では、微細孔41a内に充填物質がない場合について説明したが、微細孔41a内には充填物質があってもよい。充填物質としては、金属であれば特に制限されず、Au、Ag、Cu、Al、Pt、NiおよびTi等が好ましく、AuおよびAgが特に好ましい。微細孔41aに金属材料を充填する方法は、例えば電気メッキにより行うことができる。電気メッキにより行う場合には、微細孔41aの底の導通性を確保しておく必要がある。導通性を確保する方法としては、例えば陽極酸化処理を行う際に微細孔41aの底の金属酸化物体が特に薄くなるように条件を制御する方法、陽極酸化処理を複数回繰り返すことにより上記底の金属酸化物体を薄くする方法、或いは上記底の金属酸化物体をエッチングにより除去する方法などが考えられる。電気メッキは、微細孔41aを有する金属体をメッキ液中で処理することにより行う。金属酸化物体が非導電性であるのに対し、微細孔41aの底は上記処理により導通性が確保されている。このため、電場が強い微細孔41a内において優先的にメッキ金属材料が析出され、微細孔41aにメッキ金属材料が充填される。
【0052】
「レーザ脱離イオン化質量分析方法」
次に、本発明によるレーザ脱離イオン化質量分析方法について説明する。
【0053】
図4を参照して、質量分析方法を実施するための質量分析装置の一実施形態について説明する。本実施形態の質量分析装置100は、飛行時間型質量分析装置(TOF−MS)である。図4は本実施形態の質量分析装置100の構成を示す概略図である。
【0054】
図示されるように、質量分析装置100は、真空に保たれたボックス101内に、上記実施形態の質量分析用基板10と、質量分析用基板10を保持する基板保持手段を備えたステージ102と、質量分析用基板10の表面に供給された試料にレーザ光Lを照射して、被分析物質Sを質量分析用基板10の表面から脱離させる光照射手段103と、脱離した被分析物質Sを検出して被分析物質Sの質量を分析する分析手段104とを備え、質量分析用基板10と分析手段104との間に、質量分析用基板10の表面に対向する位置に配された引き出しグリッド105と、引き出しグリッド105の質量分析用基板10側の面と反対側の面に対向して配されたエンドプレート106を備えた構成としている。
【0055】
ステージ102は、該ステージ102上に載置された質量分析用基板10を少なくとも一方向(図中X方向)に移動させることが可能な移動ステージである
光照射手段103は、レーザ光源を備えており、光源から出射される光を導光するミラーなどの導光系を備えていてもよい。光源としては、例えば、波長355nm、パルス幅50ps〜50ns程度のパルスレーザが挙げられる。
【0056】
分析手段104は、レーザ光Lの照射により質量分析用基板10の表面から脱離され、引き出しグリッド105及びエンドプレート106の中央の孔を通過して飛行してきた被分析物質Sを検出する検出部107と、検出部107の出力を増幅させるアンプ108と、アンプ108からの出力信号を処理するデータ処理部109により概略構成されている。
【0057】
以下に上記構成の質量分析装置100を用いた質量分析について説明する。質量分析は、質量分析用基板10上に供給された被分析物質Sについて行う。まず、質量分析用基板10に電圧Vs印加され、所定のスタート信号により光照射手段103から特定波長のレーザ光Lが質量分析用基板10の表面に照射される。レーザ光Lの照射により、質量分析用基板10の表面において電場が増強されるとともに、その電場により増強されたレーザ光Lの光エネルギーにより試料中の被分析物質Sがイオン化されると共に表面から脱離される。なお、被分析物質Sはイオン化された後に脱離されるものであってもよいし、脱離された後にイオン化されるものであってもよい。
【0058】
脱離された被分析物質Sは、質量分析用基板10と引き出しグリッド105との電位差Vsにより引き出しグリッド105の方向に引き出されて加速し、中央の孔を通ってエンドプレート106の方向にほぼ直進して飛行し、更にエンドプレート106の孔を通過して検出部107に到達して検出される。
【0059】
検出部107からの出力信号は、アンプ108により所定レベルに増幅され、その後データ処理部109に入力される。データ処理部109では、上記スタート信号と同期する同期信号が入力されており、この同期信号とアンプ108からの出力信号とに基づいて被分析物質Sの飛行時間を求めることができるので、その飛行時間からm/zを導出してマススペクトルを得ることができる。
【0060】
本実施形態では、ボックス101内に、すべてが備えられた構成について説明したが、少なくとも、質量分析用基板10、引き出しグリッド105、エンドプレート106及び検出部107がボックス101内に配置されていればよい。
【0061】
本実施形態では、質量分析装置100がTOF−MSである場合を例に説明したが、イオン化された試料イオンの質量分析を行う装置としては、TOF型のものに限らず、IT(Ion Trap;イオントラップ型)、FT(ICR)(Fourier-Transform Ion Cyclotron Resonance;フーリエ変換型)、また複数の質量分析手法を組み合わせた手法であるQqTOF(Quadrupole-TOF;四重極-TOF型)、TOF−TOF(TOF連結型)などの質量分析装置を用いることができる。
【0062】
なお、上記第1および第2の実施形態の質量分析用基板は、レーザ光の照射に基板表面において効果的に電場を増強させることができる。従って、質量分析用基板は、基板表面における電場増強効果を利用したセンサ基板としても適用可能である。例えば、表面増強ラマン活性基板(SERS活性基板)は、微弱なラマン散乱光の強度を試料接触面における電場増強効果により高めて、センシングの感度を良好にすることのできるラマン分光用基板であるので、上記質量分析用基板は、SERS活性基板として好適に適用することができる。従って、例えば、質量分析を行う前に、ラマン分光によるセンシングを行い質量分析の被分析物質の有無および位置を検出した上で、質量分析を行ってもよい。
【0063】
<実施例>
本発明による質量分析用基板10およびそれを用いたレーザ脱離イオン化質量分析方法を用いて行った実施例を以下に示す。分析条件は、分析装置:島津製作所製MALDI−TOFMS AXIMA、励起波長:355nm、測定モード:ポジティブモードおよびリニアモード、サンプル:SIGMA-ALDRICH製 Angiotensin I、サンプル濃度:0.5mM、溶液滴下量:0.5ul、微細構造体:配列金属微粒子、飛散防止膜:SiO2(蒸着膜)である。図5は、飛散防止膜のない場合の分析結果であり、図6は、飛散防止膜のある場合の分析結果である。図5および図6により、飛散防止膜があることにより金由来の妨害ピークを低減できていることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明による質量分析用基板の第1の実施形態を示す概略図
【図2】本発明による質量分析用基板の第2の実施形態を示す概略図
【図3A】本発明に係る第2実施形態の質量分析用基板の製造工程を示す斜視図(その1)
【図3B】本発明に係る第2実施形態の質量分析用基板の製造工程を示す斜視図(その2)
【図3C】本発明に係る第2実施形態の質量分析用基板の製造工程を示す斜視図(その3)
【図4】本発明に係るレーザ脱離イオン化質量分析方法に用いる質量分析装置の一実施形態の構成を示す概略図
【図5】従来法のレーザ脱離イオン化質量分析方法の実施結果を示すデータ(飛散防止膜なし)
【図6】本発明にかかるレーザ脱離イオン化質量分析方法の実施結果を示すデータ(飛散防止膜あり)
【符号の説明】
【0065】
10、20 質量分析用基板
11、21 支持基板
12 微細構造体(第1の反射体)
13 飛散防止膜
40 被陽極酸化金属体
41 金属酸化物体(透光体)
41a 微細孔
42 金属層(第2の反射体)
100 質量分析装置
101 ボックス
102 ステージ
103 光照射手段
104 分析手段
105 グリッド
106 エンドプレート
107 検出部
108 アンプ
109 データ処理部
L レーザ光
M 金属微粒子
S 被分析物質

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析用基板上に供給された被分析物質を、レーザ光照射により前記質量分析用基板から脱離させ、イオン化された前記被分析物質のマススペクトルを測定するレーザ脱離イオン化質量分析方法において、
前記質量分析用基板として、支持基板と、該支持基盤上に配置された複数のナノ粒子を有する微細構造体と、該微細構造体を被覆するように形成された飛散防止膜と、を備えるものを用いることを特徴とするレーザ脱離イオン化質量分析方法。
【請求項2】
前記飛散防止膜が、透光性材料を主成分とするものであることを特徴とする請求項1に記載のレーザ脱離イオン化質量分析方法。
【請求項3】
前記飛散防止膜が、SiO2を主成分とするものであることを特徴とする請求項2に記載のレーザ脱離イオン化質量分析方法。
【請求項4】
前記飛散防止膜の膜厚が、下記式(1)を充足することを特徴とする請求項1から3いずれかに記載のレーザ脱離イオン化質量分析方法。
φ/2≦d≦φ・・・(1)
(ここで、dは飛散防止膜の膜厚、φはナノ粒子の粒径である。)
【請求項5】
前記ナノ粒子が、非凝集金属微粒子であることを特徴とする請求項1から4いずれかに記載のレーザ脱離イオン化質量分析方法。
【請求項6】
請求項1から5いずれかに記載のレーザ脱離イオン化質量分析方法に用いられる質量分析用基板であって、
支持基板と、
該支持基盤上に配置された複数のナノ粒子を有する微細構造体と、
該微細構造体を被覆するように形成された飛散防止膜と、を備えることを特徴とする質量分析用基板。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図3C】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−66060(P2010−66060A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−230967(P2008−230967)
【出願日】平成20年9月9日(2008.9.9)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】