レーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析装置

【課題】試料上の狭い測定領域内の異なる複数の測定点についての質量分析を行って収集されたデータを用い該測定領域におけるマススペクトルを求める場合に、試料表面の凹凸により測定点毎の飛行距離に差異があっても、その影響をなくして高い質量分解能のマススペクトルを求める。
【解決手段】1つの測定点について得られるマススペクトル毎に、内部標準法による質量較正を実行して正確な質量軸に修整する(S3〜S7)。測定点毎に得られる較正済みのマススペクトルの中で、積算により質量分解能を低下させるおそれのある形状不良のマススペクトルがある場合にはそれを排除し(S8、S10)、質量軸が正確で形状が正常であるマススペクトルを積算することにより、測定領域に対するマススペクトルを求め、これを表示画面上に表示する(S9、S13)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はレーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析装置(LDI−TOFMS=Laser Desorption/Ionization Time of Flight Mass Spectrometer)に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザ脱離イオン化(LDI=Laser Desorption/Ionization)法は、試料にレーザ光を照射し、レーザ光を吸収した物質の内部で電荷の移動を促進させてイオン化を行うものである。レーザ脱離イオン化法の中で最も広く利用されているのは、マトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI=Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization)法である。MALDI法では、レーザ光を吸収しにくい試料やタンパク質などレーザ光で損傷を受けやすい試料を分析するために、レーザ光を吸収し易く且つイオン化し易い物質をマトリックスとして試料に予め混合しておき、これにレーザ光を照射することで試料をイオン化する。
【0003】
特にMALDI法と飛行時間型質量分析装置(TOFMS=Time of Flight Mass Spectrometer)とを組み合わせたMALDI−TOFMSは、分子量の大きな高分子化合物をあまり開裂させずに質量分析することが可能であり、しかも高感度で微量分析にも好適であることから、近年、生命科学などの分野で広範に利用されている(特許文献1など参照)。以下、このMALDI−TOFMSを例に挙げて説明を行う。
【0004】
上述のようにMALDI法では、試料に短時間だけレーザ光を照射してイオン化を行うが、1回のレーザ光照射で発生するイオンの量は必ずしも多くない。また、レーザ光照射毎に発生するイオンの量にもばらつきが比較的多い。そのため、MALDI−TOFMSでは一般的に、レーザ光照射を実行してそれにより発生するイオンを質量分析してマススペクトルを取得する、という操作を多数回繰り返し、その多数のマススペクトルを積算することでSN比を上げるようにしている。
【0005】
但し、試料上の同じ位置にレーザ光を繰り返し照射し続けると次第にイオンが発生しなくなる。そこで、試料上の測定領域内で近接した異なる位置にレーザ光が照射させるように試料又はレーザ光を走査し、その異なる位置(測定点)において取得される多数のマススペクトルを積算処理して測定領域に対するマススペクトルを求めることもよく行われる。
【0006】
ところで、質量分析では、正確な未知試料イオンの正確な質量電荷比を求めるために、例えば、質量電荷比が既知である化合物(内部標準物質)を目的試料とともに質量分析してその実測の質量電荷比を求め、実測値と理論値とを比較して較正情報を作成し、それに基づいて未知試料イオンの質量較正が行われる(特許文献2参照)。
【0007】
こうした内部標準法による質量較正をMALDI−TOFMSで行う場合、内部標準物質はマトリックス自体であったりマトリックスに混合されたりし、レーザ光照射によって目的試料とともにイオン化されてTOFMSに導入される。しかしながら、上述したように測定領域内の異なる位置におけるマススペクトルを積算処理する場合には、次のような問題がある。
【0008】
即ち、試料表面は平坦ではなく或る程度凹凸を有する場合がある。そのため、たとえ試料上で近接した位置であっても、試料の走査によってレーザ光の照射位置が変わると飛行距離が微妙に変化する。同一質量電荷比を持つイオンでも飛行距離が変わると飛行時間が変わるため、マススペクトルに出現する位置がずれる。そのため、こうしたマススペクトルを積算するとピーク幅が拡がってしまい、質量較正を行っても高い質量分解能や質量精度が得られなくなるおそれがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平11−185696号公報
【特許文献2】特開2005−292093号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記課題に鑑みて成されたものであり、試料上の測定領域内の異なる複数の測定点から得られたデータを用いて該測定領域に対するマススペクトルを求めるレーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析装置において、その質量分解能や質量精度を向上させることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明は、試料にレーザ光を照射することにより該試料中の物質をイオン化するレーザ脱離イオン化部と、生成されたイオンを飛行時間に応じて質量分析する飛行時間型質量分析部と、を有するレーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析装置であって、
a)試料上の測定領域内の相異なる微小領域にレーザ光を照射するべくレーザ光照射位置に対し試料を移動させる走査手段と、
b)前記走査手段による走査の下に、同一測定領域内の異なる複数の微小領域に対し取得されたマススペクトルについて、それぞれ内部標準法により質量較正を行って微小領域毎に較正済みのマススペクトルを求める質量較正手段と、
c)前記質量較正手段により微小領域毎に質量較正されたマススペクトルを積算して、測定領域に対するマススペクトルを求める較正後積算手段と、
を備えることを特徴とする。
【0012】
本発明において、上記レーザ脱離イオン化部は典型的にはマトリックス支援レーザ脱離イオン化部(MALDI)である。
【0013】
本発明に係る質量分析装置では、内部標準法による質量較正を実行するために、予め試料に対し正確な質量電荷比が既知である内部標準物質を混合しておく。これにより、質量分析により得られたデータから作成されるマススペクトルには内部標準物質のピークが現れる。質量較正手段は、1つの微小領域に対するマススペクトルが得られると、そのマススペクトルに現れている内部標準物質のピークの位置から質量電荷比の理論値との誤差を算出し、その誤差を補正するように質量較正を実施する。それにより、1つの微小領域に対する質量較正済みの、つまり正確な質量軸を持つマススペクトルが得られる。1つの測定領域内の複数の微小領域毎にそれぞれ、同様の質量較正により、正確な質量軸を持つマススペクトルを取得する。
【0014】
その後、較正後積算手段は、測定領域内の複数の微小領域に対する質量較正済みのマススペクトルを全て積算し、測定領域に対する1つのマススペクトルを求める。この積算の際にはマススペクトルの質量軸は精度が十分に高くなっているので、積算によっても質量分解能や質量精度が下がることはなく、ピークが拡がることもない。
【0015】
但し、レーザ脱離イオン化法ではレーザ光照射毎のイオン生成量にばらつきが大きく、1回のレーザ光照射により取得したデータに基づいてマススペクトルを作成しても、内部標準物質のピーク自体が十分な強度で現れるとは限らない。
【0016】
そこで、本発明の好ましい一態様として、同一微小領域にレーザ光を複数回照射し、その照射毎に得られるマススペクトルを積算する較正前積算手段をさらに備え、
前記質量較正手段は、前記較正前積算手段により積算されたマススペクトルについて質量較正を行って1つの微小領域に対する較正済みのマススペクトルを求める構成とするとよい。
【0017】
同一微小領域に対して複数回の測定(レーザ光照射)を行った場合には、測定毎の飛行距離の変化はないものとみなすことができるから、質量較正していない状態のマススペクトルの積算を行っても質量分解能の低下は殆ど無視できる。一方、この積算によって内部標準物質のピーク強度は十分に大きくなるため、内部標準法による質量較正を高い精度で行って正確な質量軸を求めることができる。
【0018】
なお、飛行時間型質量分析装置では、検出器から得られるデータから横軸が飛行時間、縦軸が信号強度である飛行時間スペクトルをまず作成し、その飛行時間スペクトル上で内部標準物質のピークを見い出して、その飛行時間の理論値と実測値とを比較し、時間軸を正確な質量軸に換算する質量較正を行うこともできる。この場合には、上記質量較正手段は、同一測定領域内の異なる複数の微小領域に対し取得された飛行時間スペクトルについて、それぞれ内部標準法により質量較正を行って微小領域毎に較正済みのマススペクトルを求めるようにすればよい。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係るレーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析装置によれば、試料表面に凹凸があって積算対象のスペクトルデータを収集する微小領域毎に検出器までの飛行距離に差異がある場合でも、高い質量分解能、質量精度を有するマススペクトルを求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の一実施例であるMALDI−TOFMSの要部の構成図。
【図2】本実施例のMALDI−TOFMSにおける試料上の測定点の一例を示す模式図。
【図3】本実施例のMALDI−TOFMSにおける特徴的な測定動作を示すフローチャート。
【図4】本実施例のMALDI−TOFMSにおける測定例と従来との比較を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施例であるMALDI−TOFMSについて、添付図面を参照して説明する。図1は本実施例のMALDI−TOFMSの要部の構成図である。
【0022】
測定対象の試料6が形成されたサンプルプレート5は、図示しないモータ等を含むステージ駆動部7により図中のX−Yの2軸方向に移動される試料ステージ4上に載置される。試料6はマトリックスが混合されて調製されたものである。また、この試料6には目的試料以外に、内部標準法による質量較正のための内部標準物質が混合されている。マトリックス自体を内部標準物質とすることもできる。この試料6に対し、レーザ照射部1から出射して集光レンズ2、反射鏡3を経たレーザ光が照射され、それにより、試料6中の試料成分がイオン化される。レーザ光の照射位置は固定されているため、ステージ駆動部7により試料ステージ4が移動されると、それに伴い試料6上でレーザ光照射位置が移動する。
【0023】
試料ステージ4の上方には、試料6から発生したイオンをその発生位置の近傍から上方に引き出すための電場を形成するイオン引き出し用電極8とイオンに初期運動エネルギーを付与するための加速電極9とが配設されている。加速電極9により初期運動エネルギーを付与されて飛行を開始したイオンはフライトチューブ10内に形成された飛行空間11を飛行し検出器12に到達する。質量電荷比が小さいイオンほど大きな飛行速度を有するため、ほぼ同時に飛行を開始した各種のイオンの中で、質量電荷比が小さなイオンから順に検出器12に到達して検出される。
【0024】
なお、この実施例ではフライトチューブ10の構成はリニア型であるが、リフレクトロン型など他の構成のフライトチューブでもよいことは当然である。
【0025】
検出器12は入射したイオンの量に応じた検出信号を出力し、この検出信号はアナログ/デジタル変換器13によりデジタルデータに変換されてデータ処理部20に入力される。データ処理部20は例えば較正前スペクトル積算処理部21、質量較正部22、較正後スペクトル積算処理部23などの機能ブロックを備える。また、操作部16や表示部17が接続された制御部15は分析動作全体を制御する機能を有し、ステージ駆動部7、レーザ照射部1などをそれぞれ制御する。
【0026】
次に本実施例のMALDI−TOFMSの特徴的な測定動作を、図3に示すフローチャートに従って説明する。
【0027】
このMALDI−TOFMSでは、試料6上の狭い測定領域内の近接した複数の測定点についてそれぞれ質量分析を実行して収集したデータを用いて、その測定領域に対するマススペクトルを作成する。一例として、図2(a)に示すように、試料6上に設定された1mm×1mm四方の測定領域30内に、格子状に5×5=25箇所の測定点(レーザ光照射の中心点)31を設け、測定点31毎に測定を行うものとする。そうして得られるデータを用いて、測定領域30に対する1つのマススペクトルを作成する。測定領域30内の25個の測定点31を順に走査しながら各測定点31の質量分析を行うが、その走査の順序は特に問わない。もちろん、測定のスループットを上げるには移動距離が短いことが望ましく、例えば、図2(b)に示すように、周辺から中心に向かって(又はその逆に中心から周辺に向かって)渦巻き状に走査することが考えられる。
【0028】
測定開始の指示がなされると、制御部15はまず測定対象の測定点31の位置を示す変数nを1にセットし(ステップS1)、第n測定点がレーザ光照射位置に来るように試料ステージ4を移動させるべくステージ駆動部7を駆動する(ステップS2)。図2(b)に示すように走査を行う場合には、図中の測定点Psがレーザ光照射位置に来るように試料ステージ4を移動させる。
【0029】
その後、レーザ照射部1から短時間レーザ光を出射し、試料6上の第n測定点付近にレーザ光を照射し、その付近にある試料成分をMALDI法によりイオン化する。一方、データ処理部20はレーザ光照射時点から所定時間スペクトルデータを収集する(ステップS3)。このスペクトルデータは1回のレーザ光照射に対して得られる、各種イオンの飛行時間と信号強度との関係を示す飛行時間スペクトルデータであり、データ処理部20では、予め求められている時間−質量電荷比の換算情報を利用して飛行時間を質量電荷比に変換することにより、マススペクトルを求める。
【0030】
さらに、較正前スペクトル積算処理部21は、1回のレーザ光照射により得られたマススペクトルを積算用メモリに既に保存されているマススペクトルに積算し、新たに得られたマススペクトルを積算用メモリに格納する(ステップS4)。なお、較正前スペクトル積算処理部21で積算処理が行われるのは、同一位置の測定点から得られたマススペクトルだけであるから、後述するように測定点が移動した直後には積算用メモリの内容はゼロであり、得られたマススペクトルがそのまま積算用メモリに格納される。
【0031】
次いで、制御部15は同一測定点繰り返し回数に到達したか否かを判定し(ステップS5)、繰り返し回数に到達していなければステップS3へ戻る。例えば、同一測定点繰り返し測定回数を10に定めておくと、ステップS3〜S5の処理が10回繰り返される。これは、1回のレーザ光照射では試料6から十分な量のイオンが発生しない場合があり、1回のレーザ光照射で得られるマススペクトル毎に質量較正を実行するのは現実的でないためである。
【0032】
上記ステップS3〜S5の繰り返しの中で、較正前スペクトル積算処理部21は積算用メモリに既に格納されているマススペクトルにさらに新たに取得されたマススペクトルを加算してゆく。これにより、10回のレーザ光照射により得られる10個のマススペクトルデータを積算する。このマススペクトルは同一測定点のものであるから、試料6表面の高さは同一であるとみなすことができ、それ故に飛行距離も同一であるとみなすことができる。そのため、同一質量電荷比を有するイオンは同一の飛行時間となり、質量較正前に積算を行ってもピークの拡がりは無視できる程度に小さい。
【0033】
ステップS5において同一測定点繰り返し測定回数に到達したと判定されると、その第n測定点に対する質量分析は終了され、その時点で較正前スペクトル積算処理部21の積算用メモリに保存されているマススペクトルデータが取得されて質量較正部22に送られる(ステップS6)。なお、質量較正前のマススペクトルが積算用メモリから読み出されて質量較正部22に送られると、その積算用メモリはクリアされ、次の測定点における新たな積算の準備がなされる。
【0034】
質量較正部22は与えられたマススペクトルを用い、質量較正を行うことにより正確な質量軸を持つマススペクトルを算出する(ステップS7)。即ち、マススペクトル中には質量電荷比の理論値が既知である内部標準物質(通常は複数)のピークが必ず存在する。内部標準物質の質量電荷比の理論値は既知であり、実測値が理論値からずれるとしても、そのずれ量は或る程度決まった範囲に収まる。そこで、理論値を利用して内部標準物質のピークを見つけることができ、そのピークの位置から質量電荷比の実測値を求める。そして、質量電荷比の実測値を理論値と比較し、実測値を理論値に換算するための較正情報を求める。較正情報は例えば計算式として導出することができる。質量較正部22この較正情報を用いて、マススペクトルの質量軸を較正して、質量較正がなされたマススペクトルを取得する。
【0035】
次に、較正済みのマススペクトルの形状の良否を判定する(ステップS8)。これは、以降の積算処理の際に積算することにより明らかに質量分解能を低下させるようなマススペクトルを前もって排除するためである。具体的な判定方法としては、例えば、マススペクトルに出現しているピークの中で最も大きなピーク(又は強度が大きな複数のピーク)を選択し、そのピークの半値幅を計算して半値幅が所定の閾値以上である場合に、そのマススペクトルの形状が不良であると判断するとよい。マススペクトルの形状が不良であると判定された場合には、そのマススペクトルを廃棄することにより積算対象から除外する(ステップS10)。
【0036】
一方、質量較正済みのマススペクトルの形状が良好であると判定された場合には、そのマススペクトルを較正後スペクトル積算処理部23へ送り、較正後スペクトル積算処理部23内の積算用メモリに格納されているマススペクトルに加算することで積算を行う(ステップS9)。この積算用メモリはこの一連の処理を開始する時点でクリアされており、最初の測定点に対する較正済みマススペクトルを積算する際にはそのスペクトルはそのまま積算用メモリに格納される。
【0037】
それから、制御部15は最終測定点(この例ではn=25)であるか否かを判定し(ステップS11)、最終測定点に未だ達していない場合には、変数nをインクリメントすることにより、次の測定点へ移動するようにし(ステップS12)、ステップS2へと戻る。したがって、例えば第1測定点の測定が終了した後には、第2測定点に移動して第2測定点の測定が実施されることになる。ステップS3〜S12の処理を測定点の数だけ繰り返し、各測定点毎に得られた較正済みのマススペクトルを順に積算してゆく。
【0038】
第1測定点から順に各測定点の測定が実行されていって、ステップS11で最終測定点に達していると判定されると、全ての測定点に対する測定が終了したと判断してステップS13へと進む。図2(b)の例では測定点Peが最終測定点である。最終測定点に到達した場合、データ処理部20では、その時点で較正後スペクトル積算処理部23の積算用メモリに保存されているマススペクトルが、その測定領域30における最終的なマススペクトルとして取得される。そして、例えば制御部15により表示部17に出力されることで、画面上に上記マススペクトルが表示される。
【0039】
較正後スペクトル積算処理部23で積算が行われる前に、積算対象であるマススペクトルは既に質量較正が実行されているので、測定点の相違、具体的には、試料6表面の凹凸による測定点から検出器12までの飛行距離の相違の影響は補正されている。したがって、較正後スペクトル積算処理部23で積算される各マススペクトルの質量軸は精度が高く、積算することによる質量分解能の低下は殆ど起こらない。それ故に、高い質量分解能、質量精度のマススペクトルを出力することができる。
【0040】
なお、上記実施例では、マススペクトルの形状の良否を判断して不良の、つまり質量分解能の低いマススペクトルを積算対象から外していたが、それは本発明において必須の処理ではなく、各測定点毎の全ての較正済みマススペクトルを積算して測定領域全体のマススペクトルを求めるようにしてもよい。また、マススペクトルの形状の良否の判定を行う場合、その方法は上記記載の方法に限らない。例えば、全ての較正済みマススペクトルを積算せずにスペクトルパターンを比較して類似度(一致度)を判定し、類似度が低いスペクトルを排除するようにしてもよい。
【0041】
また上記実施例では、1回のレーザ光照射に対応して得られたマススペクトルを同一測定点については積算した上で質量較正を行うようにしていたが、飛行時間を質量電荷比に換算する際に内部標準法による質量較正を行うように処理を変形することが可能である。即ち、1回のレーザ光照射に対応して取得されるデータに基づいて飛行時間スペクトルを作成し、この飛行時間スペクトルを較正前スペクトル積算処理部21で積算する。そして、1つの測定点における積算飛行時間スペクトルが得られたならば、そのスペクトル中に存在する内部標準物質由来のピークを見い出し、その飛行時間の実測値と理論値とから、飛行時間を正確な質量電荷比に換算する較正情報を求め、この較正情報を用いて飛行時間スペクトルから正確な質量軸を持つマススペクトルを求めるようにしてもよい。
【0042】
また、上記実施例は本発明をMALDI−TOFMSに適用したものであるが、イオン源はMALDIに限るものではなく、例えばシリコン上脱離イオン化法(Desorption/Ionization on (porous)Silicon:DIOS)や表面支援レーザ脱離イオン化法(Surface Assisted Laser Desorption/Ionization:SALDI)などの、公知のレーザ脱離イオン化法を用いるものにも適用可能である。
【実施例】
【0043】
上述したMALDI−TOFMSによる質量分解能の改善効果について測定例を挙げて説明する。ここで測定対象の試料は、Angiotensin II(AngII):モノアイソトピック質量=1046.5422([M+H])、P14R:モノアイソトピック質量=1533.8582([M+H])、及び、ACTH fragmant 1-17:モノアイソトピック質量=2093.0867([M+H])という3種のペプチド混合物を、CHCA(α-cyano-hydroxycinnamic acid):モノアイソトピック質量=379.0930([2M+H])であるマトリックスと混合したものである。また、CHCAの2量体、AngII、ACTHの3つを、質量較正のための内部標準物質として用いた。
【0044】
図2(a)に示したように、測定領域30を1mm角とし、この測定領域30内の5×5箇所(250μmピッチ)の測定点を順に走査しつつ、各測定点毎にそれぞれ10回のレーザ光照射を行った。この25箇所の測定点の中で、図2(a)中にP1、P2、P3で示す3箇所の測定点について、10回のレーザ光照射によりそれぞれ得られるマススペクトルデータを積算したマススペクトルを、図4(a)の左側に示す。これらマススペクトルは質量較正を行っていない状態である。測定点P1におけるマススペクトルではピークの先割れが生じており、測定点P3におけるマススペクトルでは0.052Daの質量誤差(36.5ppm)を生じている。一方、測定点P2におけるマススペクトルでは0.0024Da(1.5ppm)の質量誤差しか生じない。このように測定点の位置によって質量誤差にばらつきがあるのは、試料の凹凸による飛行距離の差異が主な原因であると考えられる。
【0045】
図4(a)の右側には、25箇所の全ての測定点におけるマススペクトルを積算し、その後に上記の内部標準物質を用いた質量較正を実行して得られるマススペクトルを示している。これから計算される質量分解能は8998であり、各測定点で得られる、図4(a)の左側に示したマススペクトルよりも質量分解能が低下してしまっている。特に測定点P3におけるマススペクトルでは、十分なピーク強度が得られているにも拘わらず質量精度が悪い。こうした質量精度が悪い状態でマススペクトルを積算してしまっているため、その後に質量較正を実行しても質量分解能を高くすることはできないものと考えられる。
【0046】
これに対し本発明では、図4(b)の左側に示すように測定点毎に得られたマススペクトルを積算する前に内部標準法により質量較正して質量軸の精度を高める。この際に、上記実施例に記載の方法では、測定点P1におけるマススペクトルのようにピークの先割れが生じている等、波形形状が不良であるマススペクトルは積算対象から除外される。それにより、異なる測定点におけるマススペクトルを積算しても質量分解能や質量精度が低下することがなく、図4(b)の右側に示すようなマススペクトルを得ることができる。これから計算される質量分解能は13000以上である。なお、図4(b)の右側に示すマススペクトル自体は、実際に上記処理を行って求めたものではなく、同一測定点に対するレーザ照射の繰り返し回数をさらに増やして作成したものであるが、異なる測定点におけるマススペクトルを積算した場合でも飛行距離の差異の影響がなくなることで、ほぼ同等のマススペクトルが得られることになる。
【0047】
なお、上記実施例は本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜に変更、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【符号の説明】
【0048】
1…レーザ照射部
2…集光レンズ
3…反射鏡
4…試料ステージ
5…サンプルプレート
6…試料
7…ステージ駆動部
8…イオン引き出し用電極
9…加速電極
10…フライトチューブ
11…飛行空間
12…検出器
13…アナログ/デジタル変換器
15…制御部
16…操作部
17…表示部
20…データ処理部
21…較正前スペクトル積算処理部
22…質量較正部
23…較正後スペクトル積算処理部
30…測定領域
31…測定点

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料にレーザ光を照射することにより該試料中の物質をイオン化するレーザ脱離イオン化部と、生成されたイオンを飛行時間に応じて質量分析する飛行時間型質量分析部と、を有するレーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析装置であって、
a)試料上の測定領域内の相異なる微小領域にレーザ光を照射するべくレーザ光照射位置に対し試料を移動させる走査手段と、
b)前記走査手段による走査の下に、同一測定領域内の異なる複数の微小領域に対し取得されたマススペクトルについて、それぞれ内部標準法により質量較正を行って微小領域毎に較正済みのマススペクトルを求める質量較正手段と、
c)前記質量較正手段により微小領域毎に質量較正されたマススペクトルを積算して、測定領域に対するマススペクトルを求める較正後積算手段と、
を備えることを特徴とするレーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載のレーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析装置であって、
同一微小領域にレーザ光を複数回照射し、その照射毎に得られるマススペクトルを積算する較正前積算手段をさらに備え、
前記質量較正手段は、前記較正前積算手段により積算されたマススペクトルについて質量較正を行って1つの微小領域に対する較正済みのマススペクトルを求めることを特徴とするレーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−205460(P2010−205460A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−47468(P2009−47468)
【出願日】平成21年3月2日(2009.3.2)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】