説明

レーダ装置及び干渉波除去方法

【課題】干渉波による影響を除去してパルス圧縮時のサイドローブを低減する。
【解決手段】IQ検波部171は、受信信号を直交検波してIQデータを求める。干渉波除去部172は、IQデータから干渉波の影響を除去する。干渉波除去処理では、同一ヒットでの対象レンジ目の電力値を周囲のレンジ目の電力値に基づいて補正し、同一ヒット間で位相変化が保たれるようにデータ補正が行なわれる。パルス圧縮部173は、位相変調または周波数変調が施された送信パルスの受信信号において、その復調を施す際に変調送信波との自己相関をとることによって送信パルスより幅の短いパルスに変換する処理を行う。このとき、干渉波除去処理において位相状態が保持されているので、パルス圧縮後の出力にサイドローブが発生することを抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば気象レーダシステムに用いられるレーダ装置及び干渉波除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
気象レーダは、雲や雨の降雨粒子によって反射されるエコーの強さを検出し、気象状況を観測あるいは予測するために用いられている。気象レーダを用いた観測を行う際に、他のレーダサイト等からの信号が干渉波として受信信号に混入することがある。このような干渉波を除去する技術として、干渉波が混入したと判定された受信信号を、1ヒット前の受信信号で置き換える手法が提案されている(非特許文献1参照)。
【0003】
しかしながら、上記の手法では、干渉波による影響を受けたデータを1ヒット前のデータで置き換えてしまうため、受信信号の位相情報を保持することができない。このため、送信パルスとして位相変調または周波数変調を施した長いパルスを用いて、受信後の処理においてその復調を施して短いパルスに変換するパルス圧縮レーダのようなレーダ装置では、干渉が生じた場合に、パルス圧縮後のレンジサイドローブが増大することがある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】気象庁,「空港気象ドップラーレーダー製作仕様書(鹿児島空港)」,平成18年5月,p.19
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
以上述べたように、従来のレーダ装置の干渉波除去方法として提案されている手法では、干渉波による影響を受けたデータを1ヒット前のデータで置き換えてしまうため、受信信号の位相情報を保持することができず、パルス圧縮レーダのようなレーダ装置では、干渉が生じた場合に、パルス圧縮後のレンジサイドローブが増大してしまうことがある。
【0006】
本実施形態は前記のような問題に鑑みなされたもので、干渉波による影響を除去することが可能なレーダ装置及び干渉波除去方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本実施形態に係るレーダ装置は、ヒット単位で観測対象から反射された受信波の直交検波を行い、レンジ番号に沿って同相成分と直交成分で表される電力値を求める直交検波手段と、前記受信波に干渉波が混入しているか否かを、前記同相成分の時系列データ及び前記直交成分の時系列データに基づいて判定する干渉波判定手段と、前記干渉波判定手段で前記受信波に干渉波が混入していると判定した場合に、同一ヒットでの対象レンジ目の電力値を周囲のレンジ目の電力値に基づいて補正することで前記干渉波を除去する干渉波除去手段と、前記干渉波除去手段によって前記干渉波が除去された受信信号に基づいて、前記観測対象の受信強度及びドップラー速度を算出する算出手段とを具備することを特徴とする。
【0008】
また、本実施形態に係る干渉波除去方法は、ヒット単位で観測対象から反射された受信波の直交検波を行い、レンジ番号に沿って同相成分と直交成分で表される電力値を求め、前記受信波に干渉波が混入しているか否かを、前記同相成分の時系列データ及び前記直交成分の時系列データに基づいて判定し、前記干渉波判定で前記受信波に干渉波が混入していると判定した場合に、同一ヒットでの対象レンジ目の電力値を周囲のレンジ目の電力値に基づいて補正し、前記干渉波除去手段によって前記干渉波が除去された受信信号に基づいて、前記観測対象の受信強度及びドップラー速度を算出することを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本実施形態に係るパルス圧縮レーダを用いた気象レーダシステムの構成を示すブロック図。
【図2】図1に示すシステムの信号処理部の詳細な構成を示すブロック図。
【図3】本実施形態に係る干渉波除去処理を示すフローチャート。
【図4】本実施形態の干渉波除去処理を説明するための波形図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を参照して本実施形態について説明する。
【0011】
図1は本発明の一実施形態に係るパルス圧縮レーダを用いて降水強度を観測する気象レーダシステムの構成を示すブロック図である。
【0012】
このシステムは、空中線装置(アンテナ)11、送信装置12、受信装置13、周波数変換装置16、信号処理装置17、監視制御装置18、データ変換装置19、データ表示装置20、データ蓄積装置21、データ通信装置22、遠隔監視制御装置23、遠隔表示装置24から構成される。
【0013】
このうち遠隔監視制御装置23及び遠隔表示装置24は、レーダサイトに設けられた他の装置からは遠方に設けられており、システムを遠隔監視及び遠隔制御するために用いられる。
【0014】
システムを監視又は制御するための監視制御信号は、遠隔監視制御装置23から監視制御装置18に送られる。監視制御装置18は、監視制御信号に応じて制御信号を信号処理装置17に送信する。また、監視制御装置18は、信号処理装置17からの監視信号を受信して遠隔監視制御装置23に転送する。
【0015】
信号処理装置17は、監視制御装置18からのデジタル制御信号に応じてアナログの送信IF(中間周波数)信号を周波数変換装置16に出力する。周波数変換装置16は、送信IF信号を送信RF(無線周波数)信号に変換(アップコンバート)し、送信装置12に出力する。送信装置12は、送信RF信号を遠距離での観測が可能な送信電力の送信電波に増幅し、空中線装置11に出力する。
【0016】
送信電波は空中線装置11から空中に放射され、観測対象によって反射される。気象レーダシステムにおける観測対象は、所定の有効反射面積内に存在する降雨粒子である。
【0017】
観測対象からの反射波(受信電波)は、空中線装置11によって捕捉され、受信装置13に受信される。受信装置13は、受信した受信電波を復調し、受信RF信号として周波数変換装置16に出力する。周波数変換装置16は、受信RF信号を受診IF信号に周波数変換(ダウンコンバート)して信号処理装置17に出力する。
【0018】
信号処理装置17は、周波数変換装置16から出力された受信IF信号に対して、IQ検波、アナログ−デジタル(A/D)変換、干渉波除去、パルス圧縮、受信強度算出、ドップラー速度算出等の、所要の信号処理を施す。
【0019】
図2は上記信号処理装置17の詳細な構成を示すブロック図である。図2に示す信号処理部17は、IQ検波部171、干渉波除去部172、パルス圧縮部173及び信号処理部174を備えている。
【0020】
IQ検波部171は、受信信号を2系統に分配して、互いに90°位相オフセットした基準中間周波数発信信号(COHO信号)によって直交検波(IQ検波)する。これによって、I(同相;In-phase)データ及びQ(直交;Quadrature)データが生成される。Iデータ及びQデータは、A/D変換回路(図示せず)よってA/D変換されて干渉波除去部172に出力される。
【0021】
干渉波除去部172は、後述する干渉波除去処理によって、IQデータから干渉波の影響を除去する。干渉波除去処理では、パルスヒット間で位相変化の時間連続性が保たれるようにデータ補正が行なわれる。この干渉波除去処理のため、干渉波除去部172は、所定のヒット数のIQ時系列データを保持するバッファを有していてもよい。
【0022】
パルス圧縮部173は、位相変調または周波数変調が施された送信パルスの受信信号において、その復調を施す際に変調送信波との自己相関をとることによって送信パルスより幅の短いパルスに変換する処理を行う。
【0023】
信号処理部174は、干渉波の影響が除去され、パルス圧縮されたIQデータの平均電力に基づいて受信強度を算出し、また、IQデータの位相変化量からドップラー速度を算出する。
【0024】
上記構成による信号処理装置17によってデジタル信号処理された信号処理データ(受信強度やドップラー速度)は、データ変換装置19に出力される。データ変換装置19は、信号処理装置17が算出した受信強度やドップラー速度に基づいて、データを解析しレーダ反射因子等や降水強度等を検出する。データ表示装置20は、例えばLCD等の表示装置であり、データ変換装置19で解析されたデータを表示する。データ蓄積装置21は、例えばハードディスクドライブ(HDD)等の記憶装置を有し、データ変換装置19で解析されたデータを蓄積する。
【0025】
データ通信装置22は、当該解析データを、無線又は有線の通信ネットワークを介してレーダサイト外の遠隔表示装置24に転送する。遠隔表示装置24は、例えばLCD等の表示装置を有し、データ通信装置22から転送されてきたデータを表示する。
【0026】
遠隔表示装置24に表示されたデータに基づいて、遠隔地からレーダサイトを解析し、遠隔監視制御装置23によってレーダサイトを監視及び制御することができる。
【0027】
上記構成による気象レーダシステムにおいて、以下に干渉波を除去する手法について説明する。
【0028】
図3は本実施形態に係る干渉波除去処理を示すフローチャートである。この処理では、干渉波判定処理S1において、干渉波発生の有無を判定し、干渉波ありと判定された場合に、干渉波除去処理S2を実行する流れとなっている。
【0029】
干渉波判定処理S1として、第1の判定方法について説明する。
【0030】
まず、ヒット番号をi(=1,2,…)、レンジ番号をj(=1,2,…)、C1,C2,C3を干渉波判定しきい値とし、IQ検波部171で得られた干渉波除去処理前のIQデータをinIQ(i,j)、干渉波除去部171による干渉波除去後のIQデータをoutIQ(i,j)とする。
【0031】
上記前提の下で、同一レンジ(jレンジ番目)におけるi-2ヒット目、i-1ヒット目、iヒット目の電力値を比較して、iヒット目の干渉波の判定を行う。具体的には、以下の(1)式が成立するときに「干渉波あり」と判定する。
【数1】

【0032】
すなわち、(1)式の方法は、干渉波除去処理前のi-2ヒット目とi-1ヒット目の電力値(入力IQデータの絶対値の2乗)を比較してその大きい方(max)と小さい方(min)の比率を求め、干渉波判定しきい値C1より小さく、かつi-1ヒット目とiヒット目の電力値(入力IQデータの絶対値の2乗)の比率が干渉波判定値C2より大きいとき、「干渉波あり」と判定する。
【0033】
また、干渉波判定処理S1として、第2の判定方法について説明する。
【0034】
図4はレンジ方向の各レンジ区分それぞれの電力値分布を示しており、干渉波により波形が乱れている様子を示している。この判定方法では、同一ヒット(iヒット目)におけるj-nレンジ目、jレンジ目、j+nレンジ目の電力値を用いてjレンジ目の干渉波判定を行う。具体的には、以下の(2)式が成立するときに「干渉波あり」と判定する。
【数2】

【0035】
すなわち、j-nレンジ目とj+nレンジ目それぞれの電力値P1,P4を加算して2で割り、その結果P2とjレンジ目の電力値P3との比率を求め、この値P3/P2が判定しきい値C3より大きいとき、「干渉波あり」と判定する。
【0036】
尚、上記の判定方法では、P3/P2の比率に基づいて判定しているが、これに限らず、P3/P1,P3/P4それぞれの比率であっても同様に実施可能である。
【0037】
次に、干渉波除去処理S2について説明する。
【0038】
まず、iヒット目、jレンジ目のIQデータをoutIQ(i,j)とする。「干渉波あり」と判定された場合には、次式(3)により干渉波成分を抑圧して出力する。
【数3】

【0039】
すなわち、上記抑圧による除去処理は、j-nレンジ目及びj+nレンジ目の電力値P1,P4の和を2分した結果P2とjレンジ目の電力値P3との比率の平方根を係数として、入力IQデータに乗算することによって干渉波部分を抑圧する。
【0040】
尚、上記の例では、P2/P3の平方根を係数としたが、P1/P3の平方根、P4/P3の平方根を係数に用いてもよい。
【0041】
上記除去処理によれば、過去のヒットにおける同一レンジのデータによる置き換えではなく、同一ヒットでの対象レンジ目の電力値を周囲のレンジ目の電力値に基づいて補正しているので、基本的に位相変化は生じない。
【0042】
したがって、本実施形態の気象レーダシステムでは、干渉波除去に際して位相変化が生じないので、パルス圧縮において無用なレンジサイドローブの発生を防止することができ、これによって降水強度やドップラー速度を精度良く算出することが可能となる。また、干渉波発生判定が誤判定で、誤って除去処理が行われたとしても、サイドローブが増大してしまうことはない。
【0043】
尚、上述の実施形態では、説明を簡単にするために個々のパラメータをnで表現したが、このnは同一の値であってもよいし、互いに別々の値であってもよい。具体的には、(2)式のnを(4)式のようにk,lに置き換え、(3)式のnをm,nに置き換え、それぞれを任意の値として処理するようにしても同様に実施可能である。
【数4】

【数5】

【0044】
また、上記実施形態では、一例として、降雨量等を観測するための気象レーダにおける干渉波除去について説明した。しかしながら、上述の実施形態は、航空機を検出する空港監視レーダ等、他の1次レーダにも適用可能である。特に、航空機検出レーダでは、観測される受信波の振幅は変わらず、位相のみが変化する。本実施形態に係るレーダ装置によれば、このように位相のみが変化する場合であっても、より正確に干渉波の影響を除去することができるようになる。
【0045】
上述のように、信号処理によって電波干渉の影響を除去することで、密な周波数配置や同一周波数の再利用等による周波数の有効利用を進展させることができるようになる。
【0046】
また、上記実施形態はそのままに限定されるものではなく、実施段階ではその要旨を逸脱しない範囲で構成要素を変形して具体化できる。また、上記実施形態に開示されている複数の構成要素の適宜な組み合わせでもよい。例えば、実施形態に示される全構成要素から幾つかの構成要素を削除してもよい。さらに、異なる実施形態にわたる構成要素を適宜組み合わせてもよい。
【符号の説明】
【0047】
11…空中線装置(アンテナ)、12…送信装置、13…受信装置、16…周波数変換装置、17…信号処理装置、18…監視制御装置、19…データ変換装置、20…データ表示装置、21…データ蓄積装置、22…データ通信装置、23…遠隔監視制御装置、24…遠隔表示装置、171…IQ検波部、172…干渉波除去部、パルス圧縮部、174…信号処理部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒット単位で観測対象から反射された受信波の直交検波を行い、レンジ番号に沿って同相成分と直交成分で表される電力値を求める直交検波手段と、
前記受信波に干渉波が混入しているか否かを、前記同相成分の時系列データ及び前記直交成分の時系列データに基づいて判定する干渉波判定手段と、
前記干渉波判定手段で前記受信波に干渉波が混入していると判定した場合に、同一ヒットでの対象レンジ目の電力値を周囲のレンジ目の電力値に基づいて補正することで前記干渉波を除去する干渉波除去手段と、
前記干渉波除去手段によって前記干渉波が除去された受信波の電力値に基づいて、前記観測対象の受信強度、ドップラー速度の少なくともいずれかを算出する算出手段と、
を具備することを特徴とするレーダ装置。
【請求項2】
前記干渉波除去手段は、同一ヒットにおける周囲のレンジ目の電力値に基づいて係数を算出し、当該係数を前記対象レンジ目の電力値に乗算することで干渉波を除去することを特徴とする請求項1記載のレーダ装置。
【請求項3】
前記干渉波判定手段は、同一ヒットにおける周囲のレンジ目の電力値を用いて対象レンジの干渉波判定を行うことを特徴とする請求項1記載のレーダ装置。
【請求項4】
前記ヒットの番号をi(=1,2,…)、レンジの番号をj(=1,2,…)、干渉波判定しきい値をC(=1,2,…)とし、干渉波除去処理前のIQデータをinIQ(i,j)、干渉波除去後のIQデータをoutIQ(i,j)、k,l,m,nを任意の自然数とするとき、
前記干渉波判定手段は、
【数6】

の処理を行い、
前記干渉波除去手段は、
【数7】

の処理を行うことを特徴とする請求項1記載のレーダ装置。
【請求項5】
ヒット単位で観測対象から反射された受信波の直交検波を行い、レンジ番号に沿って同相成分と直交成分で表される電力値を求め、
前記受信波に干渉波が混入しているか否かを、前記同相成分の時系列データ及び前記直交成分の時系列データに基づいて判定し、
前記干渉波判定で前記受信波に干渉波が混入していると判定した場合に、同一ヒットでの対象レンジ目の電力値を周囲のレンジ目の電力値に基づいて補正し、
前記干渉波除去手段によって前記干渉波が除去された受信波の電力値に基づいて、前記観測対象の受信強度、ドップラー速度の少なくともいずれかを算出することを特徴とするレーダ装置の干渉波除去方法。
【請求項6】
前記干渉波除去は、同一ヒットにおける周囲のレンジ目の電力値に基づいて係数を算出し、当該係数を前記対象レンジ目の電力値に乗算することで干渉波を除去することを特徴とする請求項5記載のレーダ装置の干渉波除去方法。
【請求項7】
前記干渉波判定は、同一ヒットにおける周囲のレンジ目の電力値を用いて対象レンジの干渉波判定を行うことを特徴とする請求項5記載のレーダ装置の干渉波除去方法。
【請求項8】
前記ヒットの番号をi(=1,2,…)、レンジの番号をj(=1,2,…)、干渉波判定しきい値をC(=1,2,…)とし、干渉波除去処理前のIQデータをinIQ(i,j)、干渉波除去後のIQデータをoutIQ(i,j)、k,l,m,nを任意の自然数とするとき、
前記干渉波判定手段は、
【数8】

の処理を行い、
前記干渉波除去手段は、
【数9】

の処理を行うことを特徴とする請求項5記載のレーダ装置の干渉波除去方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−15454(P2013−15454A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−149382(P2011−149382)
【出願日】平成23年7月5日(2011.7.5)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】