レーダ装置
【課題】広域観測を実現しつつ高分解能画像を取得する処理手段を設け、アジマス角方向にレーダビームを走査させながら観測することのできるレーダ装置を得る。
【解決手段】移動するプラットフォームに搭載され、パルス信号からなるレーダビームをアジマス角方向に走査しながら送信して目標からの反射信号を受信する送受信アンテナと、送受信アンテナからの受信信号を観測データとして処理するデータ処理手段とを備える。データ処理手段は、観測データを各角度方向の観測データに分割するデータ分割処理部2と、複数回の観測により得られた受信信号の角度分解能を向上させる合成開口処理部5と、合成開口処理部5により得られた高角度分解能データを格納するデータ出力部8とを有する。
【解決手段】移動するプラットフォームに搭載され、パルス信号からなるレーダビームをアジマス角方向に走査しながら送信して目標からの反射信号を受信する送受信アンテナと、送受信アンテナからの受信信号を観測データとして処理するデータ処理手段とを備える。データ処理手段は、観測データを各角度方向の観測データに分割するデータ分割処理部2と、複数回の観測により得られた受信信号の角度分解能を向上させる合成開口処理部5と、合成開口処理部5により得られた高角度分解能データを格納するデータ出力部8とを有する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、クラッタ(地表面や海面からの不要な反射波)と目標信号とを分離して高分解能な観測データを得るためのレーダ装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、静止目標を検出するレーダ装置は、航空機などのプラットフォームに搭載されて上空から電波を送受信することにより、地表面および海面の観測を行い、地表面や海面に位置する目標を検出して類別する。
【0003】
この種のレーダ装置による地表面や海面の観測においては、目標からの反射波の他に、地表面や海面からの不要な反射波(グランドクラッタ、シークラッタ)が観測される。以下、これらの不要な反射波を「クラッタ」と総称する。
【0004】
図18は従来から周知の一般的なレーダ装置の動作形態を概略的に示す説明図である。
図18において、レーダ装置10は、航空機(プラットフォーム)に搭載されて、送受信用のアンテナ(図示せず)を有しており、背景となる地表面Eに位置する目標Mを観測する。なお、ここでは、レーダ装置10が地上監視や海洋監視を行う航空機に搭載された場合について説明するが、特にこれに限定されるものではない。
【0005】
図18に示すように、航空機に搭載されたレーダ装置10による目標M(地上静止目標)の観測においては、地表面Eからの強い反射波(クラッタ)が観測されるので、目標Mからの反射波とクラッタとの分離が困難となり、目標Mの検出性能および類別性能が低下するという問題がある。
【0006】
ここで、地表面Eからのクラッタの受信強度Pcltは、地表面E(または、海面)に照射するレーダビームQの照射面積Aに依存し、以下の式(1)により与えられる。
【0007】
【数1】
【0008】
ただし、式(1)において、Δmgはグランドレンジ分解能、Δazはアジマス分解能である。また、Ptはレーダ装置10の送信電力、Gtはアンテナの送信ゲイン、Grはアンテナの受信ゲイン、λは観測波長、Rsltはスラントレンジ(レーダ装置10と目標Mとの間の距離)、σpqはクラッタの後方散乱係数である。
【0009】
式(1)から明らかなように、クラッタは、グランドレンジ分解能Δmgまたはアジマス分解能Δazが低い場合に強くなり、逆に各分解能Δmg、Δazが高い場合に小さくなる。
グランドレンジ分解能Δmgは、送信信号の送信帯域幅Bwにより決定され、以下の式(2)のように表される。
【0010】
【数2】
【0011】
ただし、式(2)において、cは光速である。
一方、通常の送受信アンテナからのレーダビームQによる観測で得られるアジマス分解能Δazは、レーダのビーム幅Θw(Θは目標Mに対するレーダビームQの入射角)に依存し、以下の式(3)のように表される。
【0012】
【数3】
【0013】
式(3)から明らかなように、アジマス分解能Δazは、スラントレンジRsltが大きい(遠方にある目標Mを観測する)場合に大きい値を示すので、遠距離に位置する目標Mを観測する場合に、クラッタの影響を強く受けることが知られている。
【0014】
図18のような環境下における目標Mの検出および類別において、目標Mが移動している場合は、クラッタと目標信号とのドップラ周波数が異なることに注目することにより、クラッタと目標信号とを分離することが可能である。
しかし、目標Mが静止している場合には、目標Mとクラッタとのドップラ周波数に相違がないので、上記方式による目標Mの検出および類別は困難である。
【0015】
一方、上記環境においても目標Mの検出性能および類別性能を向上させる手法として、合成開口処理が知られている。
合成開口処理は、プラットフォームが移動しながら複数回の観測を行うことによって、等価的に開口の大きいアンテナを作り出し、レーダ装置10の角度(アジマス)分解能を向上させる手法である。
【0016】
この種の公知技術として、合成開口レーダ(SAR:Synthetic Aperture Radar)が知られており、また、レーダ移動によって生じるドップラ周波数をフィルタで細分化することにより、実ビームよりも狭いビームに分割して高分解能を得るDBS(Doppler Beam Sharpening)が知られている。
合成開口処理によって得られるアジマス分解能Δazsynthは、以下の式(4)により与えられる。
【0017】
【数4】
【0018】
ただし、式(4)において、Lは合成開口長、Φはスクイント角である。スクイント角Φは、レーダビームQの向いている方向とプラットフォームの進行方向との成す角(プラットフォームの進行方向に対するレーダビームQの照射する方向)である。
一般的な合成開口処理においては、側視アンテナレーダ(Side Looking Antenna Radars:SLAR)として知られる固定側方アンテナレーダで適用する場合、スクイント角Φ=90°である。
【0019】
式(4)から明らかなように、合成開口処理により高いアジマス分解能Δazsynthを得るためには、合成開口長Lを長く設定する必要がある。
固定側方アンテナレーダによる観測においては、合成開口長Lは、プラットフォームの移動速度とアンテナからのビーム幅Θwとに依存することが知られている。
【0020】
一方、レーダビームQが回転する回転式レーダ装置により観測されたデータを用いて合成開口処理を適用する場合には、レーダビームQの回転により、レーダビームQを同じ位置に照射し続けることが困難になる可能性が高い。
したがって、回転式レーダ装置による合成開口処理においては、合成開口長Lは、レーダビームQの回転速度にも依存する。
【0021】
そこで、合成開口処理により所望のアジマス分解能Δazsynthを得るために、レーダビームQの回転速度を、合成開口処理の対象領域の観測する間にわたって遅く設定し、観測領域へのビーム照射時間(つまり、合成開口長L)を長くすることにより、高分解能な観測データを得るレーダ装置も提案されている(たとえば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0022】
【特許文献1】特表2009−536329号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
従来のレーダ装置は、特許文献1に記載の技術においては、高分解能な観測データを取得するために、レーダビームの回転速度を低下させることにより、合成開口処理に必要な合成開口長を取得しているので、レーダビームのビーム幅が十分に広くない場合には、レーダビームの回転速度を非常に遅くする必要があり、広範囲の領域を観測する際に多くの時間を要するという課題があった。
【0024】
この発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、広域観測を実現しつつ、同時に高分解能画像を取得する処理手段を設けることにより、アジマス角方向にレーダビームを走査させながら観測することのできるレーダ装置を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0025】
この発明に係るレーダ装置は、移動するプラットフォームに搭載され、パルス信号からなるレーダビームをアジマス角方向に走査しながら送信して目標からの反射信号を受信する送受信アンテナと、送受信アンテナからの受信信号を観測データとして処理するデータ処理手段と、を備えたレーダ装置において、データ処理手段は、観測データを各角度方向の観測データに分割するデータ分割処理部と、複数回の観測により得られた受信信号の角度分解能を向上させる合成開口処理部と、合成開口処理部により得られた高角度分解能データを格納するデータ出力部と、を有するものである。
【発明の効果】
【0026】
この発明によれば、広域観測を実現しつつ、同時に高分解能画像を取得する処理手段を設けることにより、アジマス角方向にレーダビームを走査させながら観測することのできるレーダ装置を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】この発明の実施の形態1に係るレーダ装置を示すブロック図である。
【図2】図1内のレーダ信号処理部の機能構成を示すブロック図である。
【図3】図1内の合成開口処理部の機能構成を示すブロック図である。
【図4】図1内のレーダ信号処理部により取得される複数個のレンジプロフィールの観測形態を示す説明図である。
【図5】図1内のレーダ信号処理部の動作におけるビーム照射領域の両端のドップラ周波数を示す説明図である。
【図6】図1内のデータ分割処理部の動作を示す説明図である。
【図7】図1内の合成開口処理部による距離補償処理を示す説明図である。
【図8】図1内の合成開口処理部による位相補償処理を示す説明図である。
【図9】この発明の実施の形態2に係るレーダ装置を示すブロック図である。
【図10】この発明の実施の形態3に係るレーダ装置を示すブロック図である。
【図11】この発明の実施の形態3による補償処理を示す説明図である。
【図12】この発明の実施の形態4におけるビーム往復動作を示す説明図である。
【図13】この発明の実施の形態4におけるスクイント角方向の観測タイミングを示す説明図である。
【図14】この発明の実施の形態4に係るレーダ装置を示すブロック図である。
【図15】この発明の実施の形態4による復元フィルタ処理を示す説明図である。
【図16】この発明の実施の形態5に係るレーダ装置を示すブロック図である。
【図17】図16内の不等間隔合成開口処理部の機能構成を示すブロック図である。
【図18】一般的なレーダ装置の動作形態を概略的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
実施の形態1.
以下、図1〜図8を参照しながら、この発明の実施の形態1について説明する。
なお、この発明の実施の形態1に係るレーダ装置を用いた地上静止目標の観測は、回転式アンテナパルスレーダ装置を実装した航空機が、レーダビームQを複数回転させながら複数回の観測を行う間に、航空機が移動し、観測領域の高分解能画像を得るものである。
【0029】
ここで、航空機とは、一般的な飛行機やヘリコプタ、無人飛行タイプの自動監視航空機などを指すものとする。
また、ここでは、レーダビームQをアジマス角方向に走査するアンテナを用い、回転式アンテナパルスレーダ装置として説明するが、必ずしもこれに限定されるものではなく、たとえば、フェイズドアレイアンテナのように電気的にレーダビームQを走査するようなアンテナを用いてもよい。
【0030】
図1はこの発明の実施の形態1に係るレーダ装置を示すブロック構成図である。
図1において、レーダ装置(回転式レーダ装置)は、レーダ信号取得部1と、データ分割処理部2と、合成開口処理部5と、データ出力部8とを備えている。
レーダ信号取得部1は、航空機に搭載した回転式レーダ装置による観測を行い、異なる位置で複数回観測した複数個の観測信号(以下、「レンジプロフィール」という)を取得する。
【0031】
データ分割処理部2は、レーダ信号取得部1で取得された複数個のレンジプロフィールを、同一のスクイント角ごとのブロックに分割する。
合成開口処理部5は、複数個のレンジプロフィールを用いて、角度分解能を向上させるための合成開口処理を行う。
データ出力部8は、レーダ信号取得部1、データ分割処理部2および合成開口処理部5により取得されたレーダ装置の出力結果を格納する。
【0032】
図2は図1内のレーダ信号取得部1の機能構成を示すブロック図である。
図2において、レーダ信号取得部1は、パルス信号を生成する送信機11と、送受切換器12と、送受信アンテナ13と、受信機14と、受信信号記憶部15とを備えている。
【0033】
送受信アンテナ13は、送信機11からのパルス信号を、送受切換器12を介して入力して空間に放射するとともに、観測対象によって散乱された散乱波を受信する。
受信機14は、送受信アンテナ13で受信された散乱波の受信信号を、送受切換器12を介して受信する。
受信信号記憶部15は、受信機14で受信処理された受信信号を一時保存する。
【0034】
図3は図1内の合成開口処理部5の機能構成を示すブロック図である。
図3において、合成開口処理部5は、距離補償処理部51と、位相補償処理部52と、フーリエ変換処理部53とを備えている。
【0035】
距離補償処理部51は、複数回の観測における同一地点の距離変化を補償し、同一地点を同一距離に並べて、距離補償後のレンジヒット画像を取得する。距離補償後のレンジヒット画像は、レンジプロフィールを観測位置(時間)で並べたデータからなる。
【0036】
位相補償処理部52は、距離補償処理部51からの距離補償後のレンジヒット画像に対して、距離変化によって生じた位相変化を補償する。なお、位相補償処理部52による補償量は、運動センサ(図示せず)によって計測されたレーダ装置10(プラットフォーム)の軌道データを用いて決定される。
フーリエ変換処理部53は、位相補償処理部52からの位相変化補償後のデータを、観測ヒット方向にフーリエ変換して、周波数データを取得する。
【0037】
次に、図4〜図8を参照しながら、図1〜図3に示したこの発明の実施の形態1による動作ついて、さらに具体的に説明する。
まず、図4および図5を参照しながら、図2に示したレーダ信号取得部1の動作について説明する。
【0038】
送信機11で生成されたパルス信号は、送受切換器12を介して送受信アンテナ13に入力され、送受信アンテナ13から空間に放射される。
空間に放射されたパルス信号は、観測対象によって散乱され、観測対象により散乱された散乱波は、送受信アンテナ13により受信される。
【0039】
送受信アンテナ13で受信された信号(観測対象からの散乱波)は、送受切換器12を介して受信機14に送られる。
受信機14は、受信信号に対して位相検波処理およびA/D変換処理を行い、各受信信号の振幅および位相を示すデジタル受信信号を出力する。
【0040】
受信機14で処理された受信信号は、受信信号記憶部15に送られて一時保存される。
以下、航空機を移動させながら、合成開口処理に必要な観測点数分だけ上記処理を繰り返し実行する。これにより、異なる位置で観測した複数個のレンジプロフィールが受信信号記憶部15に格納される。
【0041】
図4は回転式レーダ装置により取得される複数個のレンジプロフィールの観測形態を示す説明図である。
また、図5はドップラ帯域DBを決定するためのビーム照射領域の両端のドップラ周波数を示す説明図である。
【0042】
図4において、レーダ装置10(プラットフォーム)は、破線位置から実線位置を介して1点鎖線位置まで、1点鎖線の直線矢印で示すように速度Vpltで移動しつつ、且つ破線の円形矢印で示すようにレーダビームQを回転させながら、目標Mを観測する。
【0043】
ここでは、回転式レーダ装置が1回転することにより、同一方向のレンジプロフィールを得ることを想定した説明を行う。したがって、N個のレンジプロフィールを得るためには、レーダビームQをN回転させる必要がある。
【0044】
ただし、異なる位置で観測したレンジプロフィールがN個観測されればよいので、たとえば、2つ以上のレーダビームQにより異なる方位を同時に観測できるようなアンテナを用いた場合には、レーダビームQをN回転させる必要はない。
【0045】
複数回の観測においては、レーダビームQの回転速度で決まる観測間隔から、レーダ装置10(プラットフォーム)の移動速度Vpltを決定する必要がある。
なぜなら、合成開口処理を行う場合、複数回の観測における観測間隔が、信号のドップラ帯域DBに対して十分でない場合には、後段の合成開口処理部5において、アジマス方向の信号の折り返しが生じるので、これを防止する必要があるからである。
【0046】
信号のドップラ帯域DBは、レーダビームQの照射領域の両端のドップラ周波数(図5参照)により決定する。
図5においては、レーダ装置10(プラットフォーム)の移動方向をx軸とし、ビーム照射方向をy軸(スクイント角Φ=90°)としており、ビーム幅Θw(照射領域)の右端相対速度VRおよび左端相対速度VLを矢印で示している。
【0047】
このとき、信号のドップラ帯域DBは、プラットフォームの移動速度Vpltと、右端相対速度VRと左端相対速度VLとの差分とを用いて、以下の式(5)のように与えられる。
【0048】
【数5】
【0049】
合成開口処理における信号の折り返しを防止するためには、式(5)で算出されるドップラ帯域DBよりも、複数回の観測におけるパルス繰り返し間隔PRI(Pulse Repetition Interval)が大きくなるように設定する必要がある。
したがって、パルス繰り返し間隔の周期Tpriとドップラ帯域DBとの間の関係は、以下の式(6)を満足する必要がある。
【0050】
【数6】
【0051】
回転式レーダ装置による観測において、パルス繰り返し間隔PRIは、レーダビームQの回転周期に依存するので、レーダビームQの回転周期Trotは、所要値以下に設定する必要がある。また、プラットフォームの移動速度Vpltは、式(5)および式(6)から、以下の式(7)のように設定される。
【0052】
【数7】
【0053】
また、受信信号記憶部15に格納された各観測位置における受信信号s(f、n、Φsq)は、以下の式(8)で表される。
【0054】
【数8】
【0055】
ただし、式(8)において、Φsqはスクイント角であり、n(n=1、2、・・・、N)は、複数の観測によって得られた観測信号の番号(パルスヒット番号)である。
また、fcは送信中心周波数、Brは送信帯域幅、f(fc−Br/2≦f≦fc+Br/2)は送信周波数、R(n)はレンジ、cは光速である。
なお、ここでは、周波数チャープ方式によるパルス圧縮処理を想定した受信信号を用いて説明するが、特にこれに限定されるものではない。
【0056】
続いて、データ分割処理部2は、レーダ信号取得部1にて取得されたデータについて、同一のスクイント角Φsqごとのブロック(以下、「スクイント角ブロック」という)に分割する。
【0057】
図6はデータ分割処理部2におけるスクイント角ブロックの分割イメージを示す説明図である。
図6において、データ分割処理部2に入力される観測データSoは、あるスクイント角に位置する目標MにレーダビームQが照射されている観測データS1と、レーダビームQが照射されていない観測データS2とを有する。
【0058】
データ分割処理部2は、合成開口処理部5による合成開口処理のために、スクイント角ごとに、目標MにレーダビームQが照射されている観測データS1を抽出し、観測データS1に観測データを分割し、さらに結合処理して分割後の観測データS3とする。
【0059】
データ分割処理部2に入力される観測データSo(レーダ信号)は、各スクイント角Φsqで観測したレンジプロフィールが、回転式アンテナのスクイント角Φsq順に並んだ状態にある。
したがって、レーダのビーム幅Θwが回転式アンテナの回転角度以下の場合に、ある任意のスクイント角に位置する目標Mに関しては、レーダビームQが照射されていない観測データS2が存在することになる。
【0060】
次に、図7および図8を参照しながら、図3に示した合成開口処理部5の動作について説明する。
図7は合成開口処理部5内の距離補償処理部51の動作を示す説明図であり、図8は合成開口処理部5内の位相補償処理部52の動作を示す説明図である。
【0061】
合成開口処理部5は、データ分割処理部2で分割した各スクイント角ブロックに含まれるN個のレンジプロフィールを用いて、角度(アジマス)分解能を向上させるための合成開口処理を行う。
【0062】
なお、合成開口処理としては、公知技術(たとえば、Merrill Skolnik著「RADAR HANDBOOK,Third Edition」参照)のDBS処理を用いて説明する。
また、合成開口処理は、各スクイント角ブロックで並列に処理されるので、ここでは、Φsq=90°のスクイント角ブロックの合成開口処理について説明する。
【0063】
なお、DBS処理の他に、一般的に合成開口(Synthetic Aperture Radar:SAR)で用いられるアジマス圧縮処理を用いてもよい。SARで用いられるアジマス圧縮処理は、公知技術(たとえば、大内和夫著「リモートセンシングのための合成開口レーダの基礎」参照)なので、ここでは記述しない。
【0064】
図18のように、移動する航空機に搭載されたレーダ装置10から目標Mを観測する場合、取得される目標Mの観測信号は、航空機の移動にともなって生じる距離変化(レンジマイグレーション)により、図7(a)のように、観測される目標Mの位置(レンジセル)が異なる可能性がある。
この結果、後段のフーリエ変換処理部53において、十分な積分効果を得ることができない可能性がある。
【0065】
そこで、まず、合成開口処理部5内の距離補償処理部51は、図7(a)のレンジマイグレーションに対して距離補償を行い、図7(b)のように、全ヒットのデータで目標信号が同一のレンジセルに位置するように補償する。
【0066】
なお、図7において、横軸はヒット方向、縦軸はレンジ(位置)であり、図7(a)は同一地点からの反射信号の距離補償前の軌跡を示し、図7(b)は距離補償後の反射信号の軌跡を示している。
【0067】
距離補償処理部51は、時間領域におけるレンジマイグレーション量が、レンジ方向のスペクトル領域においては、線形な位相シフトとして表現されることを利用して、以下の式(9)のように、周波数領域でレンジマイグレーションSmig(f,n,90°)を補償する。
【0068】
【数9】
【0069】
ただし、式(9)において、Rsc(t)は、各観測時刻tにおける航空機の位置と、画像のシーン中心との間の距離である。シーン中心とは、距離補償処理や位相補償処理における補償の基準となる点である。
なお、距離補償処理は、上記の手法に限らず、時間軸上で、距離変化に応じてレンジセルをシフトさせることによっても実行可能であり、いずれを用いてもよい。
【0070】
式(9)のように、距離補償処理部51においてレンジマイグレーションSmig(f,n,90°)の補償を行うことにより、異なる位置から観測することによるレンジセルの変動を補償することが可能となる。
【0071】
しかし、距離補償後のデータにおいても、図8(a)に示すように、機体の動揺などの影響により、観測ヒット方向で位相変化が生じることがある。特に、2次以上の位相変化は、後段のフーリエ変換処理部53における処理において画像にぼけを生じさせる可能性がある。
【0072】
そこで、合成開口処理部5内の位相補償処理部52は、距離補償処理部51による距離補償に続き、図8(a)の軌跡に対して位相補償を行い、図8(b)のように、位相変化を取り除く。
【0073】
なお、図8において、横軸はヒット方向、縦軸は位相であり、図8(a)は同一地点からの反射信号の位相補償前の位相の軌跡であり、図8(b)は位相補償後の反射信号の位相の軌跡を示している。
位相補償処理部52は、以下の式(10)のように、位相Dcmp(f,n,90°)の補償処理を行う。
【0074】
【数10】
【0075】
最後に、合成開口処理部5内のフーリエ変換処理部53は、距離補償処理部51および位相補償処理部52により補償された信号に対して、観測ヒット方向にフーリエ変換を施すことにより、合成開口処理を行う。
【0076】
以上のように、この発明の実施の形態1(図1〜図8)に係るレーダ装置は、移動するプラットフォームに搭載され、パルス信号からなるレーダビームQをアジマス角方向に走査しながら送信して目標からの反射信号を受信する送受信アンテナと、送受信アンテナからの受信信号を観測データとして処理するデータ処理手段と、を備えている。
【0077】
データ処理手段は、観測データを各角度方向の観測データに分割するデータ分割処理部2と、複数回の観測により得られた受信信号の角度分解能を向上させる合成開口処理部5と、合成開口処理部により得られた高角度分解能データを格納するデータ出力部8と、を備えている。
【0078】
これにより、レーダ装置として回転式アンテナパルスレーダ装置を用いて、アジマス角方向にレーダビームを走査させながら観測する際に、複数回の観測により得られた異なる観測位置で観測された複数個のレンジプロフィールを用いて合成開口処理を行うことができる。したがって、広域観測を実現しつつ、同時に高分解能画像を取得可能なレーダ装置を実現することができる。
【0079】
実施の形態2.
なお、上記実施の形態1では、データ分割処理部2で取得したすべての観測データS3を合成開口処理部5に入力したが、目標信号とクラッタ信号との強度比であるSCR(Signal to Clutter Ratio)が、検出処理および類別処理を高精度に実現するために必要な値を満足するような場合には、観測した全スクイント角に対して、検出性能および類別性能の向上を目的とした合成開口処理を行う必要はない。
【0080】
したがって、SCR値が高精度処理を満たす場合を考慮して、前述(図1参照)の構成に加えて、図9のように、データ分割処理部2と合成開口処理部5との間に合成開口ブロック選択部3を挿入することが望ましい。
【0081】
図9はこの発明の実施の形態2に係るレーダ装置を示すブロック図である。
この発明の実施の形態2(図9)による合成開口ブロック選択部3は、合成開口処理を適用するスクイント角ブロックを選択し、SCRが所要値を満たさない場合のみに、スクイント角ブロックを合成開口処理部5に入力する。
以下、合成開口処理により、SCRが所要値を満たすようになれば、合成開口ブロック選択部3は、合成開口処理部5へのスクイント角ブロックの入力を停止する。
【0082】
以上のように、この発明の実施の形態2(図9)によるデータ処理手段は、高分解能画像を再生する領域を選択するための合成開口ブロック選択部3を有するので、合成開口処理部5における処理負荷を低減して合成開口処理の高速化を実現することができる。
【0083】
実施の形態3.
また、上記実施の形態1、2(図1〜図9)では、特に言及しなかったが、合成開口処理部5内の位相補償処理部52は、運動センサで計測されたプラットフォームの軌道データ(誤差を含む)を用いて補償量を決定しているので、さらに高分解能画像を取得するためには、図10に示すように、合成開口処理部5の後段にオートフォーカス処理部6を挿入することが望ましい。
【0084】
図10はこの発明の実施の形態3に係るレーダ装置を示すブロック図である。
位相補償処理を高精度に行うためには、プラットフォームの正確な軌道情報が必要となるが、プラットフォームの実際の軌道は未知であり、実軌道を推定する必要があることから、位相補償処理部52においては、計測誤差を含む軌道データ推定値を用いている。
【0085】
図11はこの発明の実施の形態3(図10)による補償処理を示す説明図である。
図11(a)は位相補償前の同一地点からの位相の軌跡を示し、図11(b)は運動センサデータを用いた位相補償後の位相の軌跡を示し、図11(c)はオートフォーカス処理による位相補償後の位相の軌跡を示している。
【0086】
また、図11(d)はオートフォーカス処理前のボケのある画像を示し、図11(e)はオートフォーカス処理によりボケが解消された画像を示している。
図11(d)、図11(e)において、横軸はドップラ周波数、縦軸は信号強度であり、それぞれ、画像の結像の様子を概念的に示している。
【0087】
図11(b)、図11(d)に示すように、運動センサからの軌道データを用いた位相補償のみによれば、上述した計測誤差により生じる位相誤差を補償することはできない。
すなわち、位相誤差を除去せずにDBS処理を適用した場合には、観測ヒット方向の積分効果を十分に得ることができず、図11(d)のように、ピークレベルが低下して点像が乱れ、ボケのある画像が生成される。
一方、オートフォーカス処理部6による位相補償後には、図11(e)のように、ピークレベルの高い結像により、ボケを抑圧した高分解能画像を得ることができる。
【0088】
なお、オートフォーカス処理については、公知技術(たとえば、D.E.Wahl,P.H.Eichel,D.G.Ghiglia and C.V.Jakowatz,「Phase Gradient Autofocus−A robust tool for high resolution SAR phase correction,」IEEE Transactions on Aerospace and Electronic Systems,vol.30,no.3,July 1994.参照)のPGA(Phase Gradient Autofocus)など、多くの手法が提案されているので、ここでは詳述しない。
【0089】
以上のように、この発明の実施の形態3(図10、図11)によるデータ処理手段は、プラットフォームの観測位置の推定誤差により生じる高分解能画像上のボケを自動的に補償するためのオートフォーカス処理部6を有し、オートフォーカス処理部6は、運動センサの計測誤差に起因して生じた位相誤差を推定し、観測された信号に対して、オートフォーカス処理を適用して位相誤差を自動的に補償する処理を行う。
ことにより、図11(e)のように、ボケを抑圧または排除した高分解能画像を得ることができる。
【0090】
実施の形態4.
なお、上記実施の形態1〜3(図1〜図11)では、特に言及しなかったが、レーダビームQを往復させながら観測する場合(図12内の矢印参照)に、図14のように、データ分割処理部2と合成開口処理部5との間に復元フィルタ処理部4を挿入することが望ましい。
以下、図12〜図15を参照しながら、この発明の実施の形態4について説明する。
【0091】
図12はこの発明における実施の形態4におけるレーダ装置の運用形態を示す説明図であり、図13はレーダビームQを往復させた観測における各スクイント角方向の観測タイミングを示す説明図である。
また、図14はこの発明の実施の形態4に係るレーダ装置を示すブロック図であり、図15は図14内の復元フィルタ処理部4の動作を示す説明図である。
【0092】
図12において、レーダ装置10の移動(x軸方向)にともなって交互に反転する矢印は、レーダビームQの往復動作を示している。
この場合、回転式アンテナパルスレーダ装置における回転角を任意の角度幅に絞った場合の観測を想定し、レーダ装置10は、レーダビームQの角度幅を往復しながら観測するものとする。
【0093】
図13において、横軸は時間であり、図13(a)はレーダビームQの回転幅の一端方向の観測タイミングを示し、図13(b)は側方向(Φsq=90°)の観測タイミングを示し、図13(c)はΦsq≠90°の領域での観測タイミングを示し、図13(d)はレーダビームQの回転幅の他端方向の観測タイミングを示している。
【0094】
たとえば、図13(a)、図13(c)、図13(d)から明らかなように、スクイント角Φsq=90°(図13(b))以外の領域においては、回転式アンテナパルスレーダ装置による観測間隔PRIが不等間隔になる。
【0095】
一般的に、合成開口処理部5内のフーリエ変換処理部53によるフーリエ変換処理は、データが等間隔に観測されていることを前提として実行されるので、不等間隔に観測されたデータに対して、直接に合成開口処理を行うと、適切な結果が得られない可能性得がある。
【0096】
そこで、この発明における実施の形態4(図14)においては、レーダビームQを往復させる運用形態で観測されたデータを正しく合成開口処理するために、復元フィルタ処理部4が設けられている。
【0097】
なお、復元フィルタ処理については、公知技術(たとえば、G.Krieger,N.Gebert,and A.Moreira,「SAR Signal Reconstruction from Non−Uniform Displaced Phase Centre Sampling,」IEEE IGARSS’04,vol.3,20−24,pp.1763−1766,2004.参照)なので、ここでは詳述しない。
【0098】
図14において、前述(図1、図9、図10参照)と同様のものについては、前述と同一符号を付して詳述を省略する。
また、ここでは詳述を省略するが、図14の構成に加えて、前述の実施の形態2、3における合成開口ブロック選択部3またはオートフォーカス処理部6を追加した拡張形態が適用可能なことは言うまでもなく、その場合、それぞれの作用効果も合わせて奏することになる。
【0099】
図14内の復元フィルタ処理部4は、不等間隔で観測された信号を等間隔にするための処理を行い、復元フィルタ処理後の観測データを合成開口処理部5に入力する。
図15は復元フィルタ処理を概念的に示している。
【0100】
図15において、観測タイミングt0と観測タイミングt1とがずれているので、データ取得タイミングは不等間隔となっている。
復元フィルタ処理部4は、観測タイミングt0、t1での各データから、観測タイミングt1(破線枠参照)に代わる観測タイミングt2(実線枠参照)でのデータを推定し、データ取得タイミングがそれぞれ等間隔となるように設定する。
【0101】
以上のように、この発明の実施の形態4(図12〜図15)によれば、送受信アンテナ13は、レーダビームQを往復させながらの観測を行い、データ処理手段は、不等間隔に観測された観測データを等間隔に復元する復元フィルタ処理部4を有する。
【0102】
このように、回転式アンテナパルスレーダ装置による観測で、レーダビームQを往復させて観測データを取得する場合においても、不等間隔に観測されたデータに対して復元フィルタ処理を行うことにより、高分解能画像を取得することができる。
【0103】
実施の形態5.
なお、上記実施の形態4(図14)では、データ分割処理部2と合成開口処理部5との間に復元フィルタ処理部4を追加したが、図16のように、合成開口処理部5に代えて、不等間隔フーリエ変換を行う不等間隔合成開口処理部7を設けることにより、復元フィルタ処理部4を不要としてもよい。
【0104】
図16はこの発明の実施の形態5に係るレーダ装置を示すブロック図であり、図17は図16内の不等間隔合成開口処理部7の機能構成を示すブロック図である。
この場合、不等間隔合成開口処理部7は、前述の復元フィルタ処理に代えて、不等間隔に並んだ観測データをそのまま不等間隔フーリエ変換処理を用いて合成開口処理を行う。
【0105】
図16において、不等間隔合成開口処理部7は、不等間隔で観測された複数個のデータを用い、不等間隔フーリエ変換による合成開口処理を行う。
図17は不等間隔合成開口処理部7の具体的な機能構成を示すブロック図である。
図17において、前述(図3参照)と同様のものについては、前述と同一符号を付して詳述を省略する。
【0106】
不等間隔合成開口処理部7は、前述のフーリエ変換処理部53に代えて、不等間隔フーリエ変換処理部74を備えている。
不等間隔フーリエ変換処理部74は、距離補償処理部51および位相補償処理部52により補償された信号を、観測ヒット方向に不等間隔フーリエ変換することにより、合成開口処理を行う。
【0107】
なお、不等間隔フーリエ変換処理については、公知技術(たとえば、Fessler,J.A.and Sutton,B.P,「Nonuniform fast Fourier transforms using min−max interpolation,」Signal Processing,IEEE Transactions on,vol.51,No.2,pp.560−574,Feb.2003.参照)なので、ここでは詳述しない。
【0108】
以上のように、この発明の実施の形態5(図16、図17)によれば、送受信アンテナ13は、レーダビームQを往復させながらの観測を行い、不等間隔合成開口処理部7は、複数回の不等間隔な観測により得られた受信信号の角度分解能を向上させる合成開口処理を行う。
【0109】
このように、回転式アンテナパルスレーダ装置による観測で、レーダビームQを往復させて観測データを取得する場合においても、不等間隔に観測されたデータに対して不等間隔フーリエ変換処理を用いることにより、高分解能画像を取得することができる。
【0110】
なお、上記実施の形態1〜5では、レーダ装置10をプラットフォーム(航空機)に搭載した場合について説明したが、レーダ信号取得部1のみをプラットフォームに搭載して他の処理手段(データ分割処理部2〜データ出力部8)を地上に設置し、たとえば、取得信号を記憶手段に格納した後で処理してもよい。
【符号の説明】
【0111】
1 レーダ信号取得部、2 データ分割処理部、3 合成開口ブロック選択部、4 復元フィルタ処理部、5 合成開口処理部、6 オートフォーカス処理部、7 不等間隔合成開口処理部、8 データ出力部、10 レーダ装置、11 送信機、12 送受切換器、13 送受信アンテナ、14 受信機、15 受信信号記憶部、51 距離補償処理部、52 位相補償処理部、53 フーリエ変換処理部、74 不等間隔フーリエ変換処理部、Bw 送信帯域幅、E 地表面、M 目標、Q レーダビーム、t0 観測タイミング、t1 観測タイミング、t2 観測タイミング、Vplt 移動速度、Θw ビーム幅、Φsq スクイント角。
【技術分野】
【0001】
この発明は、クラッタ(地表面や海面からの不要な反射波)と目標信号とを分離して高分解能な観測データを得るためのレーダ装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、静止目標を検出するレーダ装置は、航空機などのプラットフォームに搭載されて上空から電波を送受信することにより、地表面および海面の観測を行い、地表面や海面に位置する目標を検出して類別する。
【0003】
この種のレーダ装置による地表面や海面の観測においては、目標からの反射波の他に、地表面や海面からの不要な反射波(グランドクラッタ、シークラッタ)が観測される。以下、これらの不要な反射波を「クラッタ」と総称する。
【0004】
図18は従来から周知の一般的なレーダ装置の動作形態を概略的に示す説明図である。
図18において、レーダ装置10は、航空機(プラットフォーム)に搭載されて、送受信用のアンテナ(図示せず)を有しており、背景となる地表面Eに位置する目標Mを観測する。なお、ここでは、レーダ装置10が地上監視や海洋監視を行う航空機に搭載された場合について説明するが、特にこれに限定されるものではない。
【0005】
図18に示すように、航空機に搭載されたレーダ装置10による目標M(地上静止目標)の観測においては、地表面Eからの強い反射波(クラッタ)が観測されるので、目標Mからの反射波とクラッタとの分離が困難となり、目標Mの検出性能および類別性能が低下するという問題がある。
【0006】
ここで、地表面Eからのクラッタの受信強度Pcltは、地表面E(または、海面)に照射するレーダビームQの照射面積Aに依存し、以下の式(1)により与えられる。
【0007】
【数1】
【0008】
ただし、式(1)において、Δmgはグランドレンジ分解能、Δazはアジマス分解能である。また、Ptはレーダ装置10の送信電力、Gtはアンテナの送信ゲイン、Grはアンテナの受信ゲイン、λは観測波長、Rsltはスラントレンジ(レーダ装置10と目標Mとの間の距離)、σpqはクラッタの後方散乱係数である。
【0009】
式(1)から明らかなように、クラッタは、グランドレンジ分解能Δmgまたはアジマス分解能Δazが低い場合に強くなり、逆に各分解能Δmg、Δazが高い場合に小さくなる。
グランドレンジ分解能Δmgは、送信信号の送信帯域幅Bwにより決定され、以下の式(2)のように表される。
【0010】
【数2】
【0011】
ただし、式(2)において、cは光速である。
一方、通常の送受信アンテナからのレーダビームQによる観測で得られるアジマス分解能Δazは、レーダのビーム幅Θw(Θは目標Mに対するレーダビームQの入射角)に依存し、以下の式(3)のように表される。
【0012】
【数3】
【0013】
式(3)から明らかなように、アジマス分解能Δazは、スラントレンジRsltが大きい(遠方にある目標Mを観測する)場合に大きい値を示すので、遠距離に位置する目標Mを観測する場合に、クラッタの影響を強く受けることが知られている。
【0014】
図18のような環境下における目標Mの検出および類別において、目標Mが移動している場合は、クラッタと目標信号とのドップラ周波数が異なることに注目することにより、クラッタと目標信号とを分離することが可能である。
しかし、目標Mが静止している場合には、目標Mとクラッタとのドップラ周波数に相違がないので、上記方式による目標Mの検出および類別は困難である。
【0015】
一方、上記環境においても目標Mの検出性能および類別性能を向上させる手法として、合成開口処理が知られている。
合成開口処理は、プラットフォームが移動しながら複数回の観測を行うことによって、等価的に開口の大きいアンテナを作り出し、レーダ装置10の角度(アジマス)分解能を向上させる手法である。
【0016】
この種の公知技術として、合成開口レーダ(SAR:Synthetic Aperture Radar)が知られており、また、レーダ移動によって生じるドップラ周波数をフィルタで細分化することにより、実ビームよりも狭いビームに分割して高分解能を得るDBS(Doppler Beam Sharpening)が知られている。
合成開口処理によって得られるアジマス分解能Δazsynthは、以下の式(4)により与えられる。
【0017】
【数4】
【0018】
ただし、式(4)において、Lは合成開口長、Φはスクイント角である。スクイント角Φは、レーダビームQの向いている方向とプラットフォームの進行方向との成す角(プラットフォームの進行方向に対するレーダビームQの照射する方向)である。
一般的な合成開口処理においては、側視アンテナレーダ(Side Looking Antenna Radars:SLAR)として知られる固定側方アンテナレーダで適用する場合、スクイント角Φ=90°である。
【0019】
式(4)から明らかなように、合成開口処理により高いアジマス分解能Δazsynthを得るためには、合成開口長Lを長く設定する必要がある。
固定側方アンテナレーダによる観測においては、合成開口長Lは、プラットフォームの移動速度とアンテナからのビーム幅Θwとに依存することが知られている。
【0020】
一方、レーダビームQが回転する回転式レーダ装置により観測されたデータを用いて合成開口処理を適用する場合には、レーダビームQの回転により、レーダビームQを同じ位置に照射し続けることが困難になる可能性が高い。
したがって、回転式レーダ装置による合成開口処理においては、合成開口長Lは、レーダビームQの回転速度にも依存する。
【0021】
そこで、合成開口処理により所望のアジマス分解能Δazsynthを得るために、レーダビームQの回転速度を、合成開口処理の対象領域の観測する間にわたって遅く設定し、観測領域へのビーム照射時間(つまり、合成開口長L)を長くすることにより、高分解能な観測データを得るレーダ装置も提案されている(たとえば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0022】
【特許文献1】特表2009−536329号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
従来のレーダ装置は、特許文献1に記載の技術においては、高分解能な観測データを取得するために、レーダビームの回転速度を低下させることにより、合成開口処理に必要な合成開口長を取得しているので、レーダビームのビーム幅が十分に広くない場合には、レーダビームの回転速度を非常に遅くする必要があり、広範囲の領域を観測する際に多くの時間を要するという課題があった。
【0024】
この発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、広域観測を実現しつつ、同時に高分解能画像を取得する処理手段を設けることにより、アジマス角方向にレーダビームを走査させながら観測することのできるレーダ装置を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0025】
この発明に係るレーダ装置は、移動するプラットフォームに搭載され、パルス信号からなるレーダビームをアジマス角方向に走査しながら送信して目標からの反射信号を受信する送受信アンテナと、送受信アンテナからの受信信号を観測データとして処理するデータ処理手段と、を備えたレーダ装置において、データ処理手段は、観測データを各角度方向の観測データに分割するデータ分割処理部と、複数回の観測により得られた受信信号の角度分解能を向上させる合成開口処理部と、合成開口処理部により得られた高角度分解能データを格納するデータ出力部と、を有するものである。
【発明の効果】
【0026】
この発明によれば、広域観測を実現しつつ、同時に高分解能画像を取得する処理手段を設けることにより、アジマス角方向にレーダビームを走査させながら観測することのできるレーダ装置を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】この発明の実施の形態1に係るレーダ装置を示すブロック図である。
【図2】図1内のレーダ信号処理部の機能構成を示すブロック図である。
【図3】図1内の合成開口処理部の機能構成を示すブロック図である。
【図4】図1内のレーダ信号処理部により取得される複数個のレンジプロフィールの観測形態を示す説明図である。
【図5】図1内のレーダ信号処理部の動作におけるビーム照射領域の両端のドップラ周波数を示す説明図である。
【図6】図1内のデータ分割処理部の動作を示す説明図である。
【図7】図1内の合成開口処理部による距離補償処理を示す説明図である。
【図8】図1内の合成開口処理部による位相補償処理を示す説明図である。
【図9】この発明の実施の形態2に係るレーダ装置を示すブロック図である。
【図10】この発明の実施の形態3に係るレーダ装置を示すブロック図である。
【図11】この発明の実施の形態3による補償処理を示す説明図である。
【図12】この発明の実施の形態4におけるビーム往復動作を示す説明図である。
【図13】この発明の実施の形態4におけるスクイント角方向の観測タイミングを示す説明図である。
【図14】この発明の実施の形態4に係るレーダ装置を示すブロック図である。
【図15】この発明の実施の形態4による復元フィルタ処理を示す説明図である。
【図16】この発明の実施の形態5に係るレーダ装置を示すブロック図である。
【図17】図16内の不等間隔合成開口処理部の機能構成を示すブロック図である。
【図18】一般的なレーダ装置の動作形態を概略的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
実施の形態1.
以下、図1〜図8を参照しながら、この発明の実施の形態1について説明する。
なお、この発明の実施の形態1に係るレーダ装置を用いた地上静止目標の観測は、回転式アンテナパルスレーダ装置を実装した航空機が、レーダビームQを複数回転させながら複数回の観測を行う間に、航空機が移動し、観測領域の高分解能画像を得るものである。
【0029】
ここで、航空機とは、一般的な飛行機やヘリコプタ、無人飛行タイプの自動監視航空機などを指すものとする。
また、ここでは、レーダビームQをアジマス角方向に走査するアンテナを用い、回転式アンテナパルスレーダ装置として説明するが、必ずしもこれに限定されるものではなく、たとえば、フェイズドアレイアンテナのように電気的にレーダビームQを走査するようなアンテナを用いてもよい。
【0030】
図1はこの発明の実施の形態1に係るレーダ装置を示すブロック構成図である。
図1において、レーダ装置(回転式レーダ装置)は、レーダ信号取得部1と、データ分割処理部2と、合成開口処理部5と、データ出力部8とを備えている。
レーダ信号取得部1は、航空機に搭載した回転式レーダ装置による観測を行い、異なる位置で複数回観測した複数個の観測信号(以下、「レンジプロフィール」という)を取得する。
【0031】
データ分割処理部2は、レーダ信号取得部1で取得された複数個のレンジプロフィールを、同一のスクイント角ごとのブロックに分割する。
合成開口処理部5は、複数個のレンジプロフィールを用いて、角度分解能を向上させるための合成開口処理を行う。
データ出力部8は、レーダ信号取得部1、データ分割処理部2および合成開口処理部5により取得されたレーダ装置の出力結果を格納する。
【0032】
図2は図1内のレーダ信号取得部1の機能構成を示すブロック図である。
図2において、レーダ信号取得部1は、パルス信号を生成する送信機11と、送受切換器12と、送受信アンテナ13と、受信機14と、受信信号記憶部15とを備えている。
【0033】
送受信アンテナ13は、送信機11からのパルス信号を、送受切換器12を介して入力して空間に放射するとともに、観測対象によって散乱された散乱波を受信する。
受信機14は、送受信アンテナ13で受信された散乱波の受信信号を、送受切換器12を介して受信する。
受信信号記憶部15は、受信機14で受信処理された受信信号を一時保存する。
【0034】
図3は図1内の合成開口処理部5の機能構成を示すブロック図である。
図3において、合成開口処理部5は、距離補償処理部51と、位相補償処理部52と、フーリエ変換処理部53とを備えている。
【0035】
距離補償処理部51は、複数回の観測における同一地点の距離変化を補償し、同一地点を同一距離に並べて、距離補償後のレンジヒット画像を取得する。距離補償後のレンジヒット画像は、レンジプロフィールを観測位置(時間)で並べたデータからなる。
【0036】
位相補償処理部52は、距離補償処理部51からの距離補償後のレンジヒット画像に対して、距離変化によって生じた位相変化を補償する。なお、位相補償処理部52による補償量は、運動センサ(図示せず)によって計測されたレーダ装置10(プラットフォーム)の軌道データを用いて決定される。
フーリエ変換処理部53は、位相補償処理部52からの位相変化補償後のデータを、観測ヒット方向にフーリエ変換して、周波数データを取得する。
【0037】
次に、図4〜図8を参照しながら、図1〜図3に示したこの発明の実施の形態1による動作ついて、さらに具体的に説明する。
まず、図4および図5を参照しながら、図2に示したレーダ信号取得部1の動作について説明する。
【0038】
送信機11で生成されたパルス信号は、送受切換器12を介して送受信アンテナ13に入力され、送受信アンテナ13から空間に放射される。
空間に放射されたパルス信号は、観測対象によって散乱され、観測対象により散乱された散乱波は、送受信アンテナ13により受信される。
【0039】
送受信アンテナ13で受信された信号(観測対象からの散乱波)は、送受切換器12を介して受信機14に送られる。
受信機14は、受信信号に対して位相検波処理およびA/D変換処理を行い、各受信信号の振幅および位相を示すデジタル受信信号を出力する。
【0040】
受信機14で処理された受信信号は、受信信号記憶部15に送られて一時保存される。
以下、航空機を移動させながら、合成開口処理に必要な観測点数分だけ上記処理を繰り返し実行する。これにより、異なる位置で観測した複数個のレンジプロフィールが受信信号記憶部15に格納される。
【0041】
図4は回転式レーダ装置により取得される複数個のレンジプロフィールの観測形態を示す説明図である。
また、図5はドップラ帯域DBを決定するためのビーム照射領域の両端のドップラ周波数を示す説明図である。
【0042】
図4において、レーダ装置10(プラットフォーム)は、破線位置から実線位置を介して1点鎖線位置まで、1点鎖線の直線矢印で示すように速度Vpltで移動しつつ、且つ破線の円形矢印で示すようにレーダビームQを回転させながら、目標Mを観測する。
【0043】
ここでは、回転式レーダ装置が1回転することにより、同一方向のレンジプロフィールを得ることを想定した説明を行う。したがって、N個のレンジプロフィールを得るためには、レーダビームQをN回転させる必要がある。
【0044】
ただし、異なる位置で観測したレンジプロフィールがN個観測されればよいので、たとえば、2つ以上のレーダビームQにより異なる方位を同時に観測できるようなアンテナを用いた場合には、レーダビームQをN回転させる必要はない。
【0045】
複数回の観測においては、レーダビームQの回転速度で決まる観測間隔から、レーダ装置10(プラットフォーム)の移動速度Vpltを決定する必要がある。
なぜなら、合成開口処理を行う場合、複数回の観測における観測間隔が、信号のドップラ帯域DBに対して十分でない場合には、後段の合成開口処理部5において、アジマス方向の信号の折り返しが生じるので、これを防止する必要があるからである。
【0046】
信号のドップラ帯域DBは、レーダビームQの照射領域の両端のドップラ周波数(図5参照)により決定する。
図5においては、レーダ装置10(プラットフォーム)の移動方向をx軸とし、ビーム照射方向をy軸(スクイント角Φ=90°)としており、ビーム幅Θw(照射領域)の右端相対速度VRおよび左端相対速度VLを矢印で示している。
【0047】
このとき、信号のドップラ帯域DBは、プラットフォームの移動速度Vpltと、右端相対速度VRと左端相対速度VLとの差分とを用いて、以下の式(5)のように与えられる。
【0048】
【数5】
【0049】
合成開口処理における信号の折り返しを防止するためには、式(5)で算出されるドップラ帯域DBよりも、複数回の観測におけるパルス繰り返し間隔PRI(Pulse Repetition Interval)が大きくなるように設定する必要がある。
したがって、パルス繰り返し間隔の周期Tpriとドップラ帯域DBとの間の関係は、以下の式(6)を満足する必要がある。
【0050】
【数6】
【0051】
回転式レーダ装置による観測において、パルス繰り返し間隔PRIは、レーダビームQの回転周期に依存するので、レーダビームQの回転周期Trotは、所要値以下に設定する必要がある。また、プラットフォームの移動速度Vpltは、式(5)および式(6)から、以下の式(7)のように設定される。
【0052】
【数7】
【0053】
また、受信信号記憶部15に格納された各観測位置における受信信号s(f、n、Φsq)は、以下の式(8)で表される。
【0054】
【数8】
【0055】
ただし、式(8)において、Φsqはスクイント角であり、n(n=1、2、・・・、N)は、複数の観測によって得られた観測信号の番号(パルスヒット番号)である。
また、fcは送信中心周波数、Brは送信帯域幅、f(fc−Br/2≦f≦fc+Br/2)は送信周波数、R(n)はレンジ、cは光速である。
なお、ここでは、周波数チャープ方式によるパルス圧縮処理を想定した受信信号を用いて説明するが、特にこれに限定されるものではない。
【0056】
続いて、データ分割処理部2は、レーダ信号取得部1にて取得されたデータについて、同一のスクイント角Φsqごとのブロック(以下、「スクイント角ブロック」という)に分割する。
【0057】
図6はデータ分割処理部2におけるスクイント角ブロックの分割イメージを示す説明図である。
図6において、データ分割処理部2に入力される観測データSoは、あるスクイント角に位置する目標MにレーダビームQが照射されている観測データS1と、レーダビームQが照射されていない観測データS2とを有する。
【0058】
データ分割処理部2は、合成開口処理部5による合成開口処理のために、スクイント角ごとに、目標MにレーダビームQが照射されている観測データS1を抽出し、観測データS1に観測データを分割し、さらに結合処理して分割後の観測データS3とする。
【0059】
データ分割処理部2に入力される観測データSo(レーダ信号)は、各スクイント角Φsqで観測したレンジプロフィールが、回転式アンテナのスクイント角Φsq順に並んだ状態にある。
したがって、レーダのビーム幅Θwが回転式アンテナの回転角度以下の場合に、ある任意のスクイント角に位置する目標Mに関しては、レーダビームQが照射されていない観測データS2が存在することになる。
【0060】
次に、図7および図8を参照しながら、図3に示した合成開口処理部5の動作について説明する。
図7は合成開口処理部5内の距離補償処理部51の動作を示す説明図であり、図8は合成開口処理部5内の位相補償処理部52の動作を示す説明図である。
【0061】
合成開口処理部5は、データ分割処理部2で分割した各スクイント角ブロックに含まれるN個のレンジプロフィールを用いて、角度(アジマス)分解能を向上させるための合成開口処理を行う。
【0062】
なお、合成開口処理としては、公知技術(たとえば、Merrill Skolnik著「RADAR HANDBOOK,Third Edition」参照)のDBS処理を用いて説明する。
また、合成開口処理は、各スクイント角ブロックで並列に処理されるので、ここでは、Φsq=90°のスクイント角ブロックの合成開口処理について説明する。
【0063】
なお、DBS処理の他に、一般的に合成開口(Synthetic Aperture Radar:SAR)で用いられるアジマス圧縮処理を用いてもよい。SARで用いられるアジマス圧縮処理は、公知技術(たとえば、大内和夫著「リモートセンシングのための合成開口レーダの基礎」参照)なので、ここでは記述しない。
【0064】
図18のように、移動する航空機に搭載されたレーダ装置10から目標Mを観測する場合、取得される目標Mの観測信号は、航空機の移動にともなって生じる距離変化(レンジマイグレーション)により、図7(a)のように、観測される目標Mの位置(レンジセル)が異なる可能性がある。
この結果、後段のフーリエ変換処理部53において、十分な積分効果を得ることができない可能性がある。
【0065】
そこで、まず、合成開口処理部5内の距離補償処理部51は、図7(a)のレンジマイグレーションに対して距離補償を行い、図7(b)のように、全ヒットのデータで目標信号が同一のレンジセルに位置するように補償する。
【0066】
なお、図7において、横軸はヒット方向、縦軸はレンジ(位置)であり、図7(a)は同一地点からの反射信号の距離補償前の軌跡を示し、図7(b)は距離補償後の反射信号の軌跡を示している。
【0067】
距離補償処理部51は、時間領域におけるレンジマイグレーション量が、レンジ方向のスペクトル領域においては、線形な位相シフトとして表現されることを利用して、以下の式(9)のように、周波数領域でレンジマイグレーションSmig(f,n,90°)を補償する。
【0068】
【数9】
【0069】
ただし、式(9)において、Rsc(t)は、各観測時刻tにおける航空機の位置と、画像のシーン中心との間の距離である。シーン中心とは、距離補償処理や位相補償処理における補償の基準となる点である。
なお、距離補償処理は、上記の手法に限らず、時間軸上で、距離変化に応じてレンジセルをシフトさせることによっても実行可能であり、いずれを用いてもよい。
【0070】
式(9)のように、距離補償処理部51においてレンジマイグレーションSmig(f,n,90°)の補償を行うことにより、異なる位置から観測することによるレンジセルの変動を補償することが可能となる。
【0071】
しかし、距離補償後のデータにおいても、図8(a)に示すように、機体の動揺などの影響により、観測ヒット方向で位相変化が生じることがある。特に、2次以上の位相変化は、後段のフーリエ変換処理部53における処理において画像にぼけを生じさせる可能性がある。
【0072】
そこで、合成開口処理部5内の位相補償処理部52は、距離補償処理部51による距離補償に続き、図8(a)の軌跡に対して位相補償を行い、図8(b)のように、位相変化を取り除く。
【0073】
なお、図8において、横軸はヒット方向、縦軸は位相であり、図8(a)は同一地点からの反射信号の位相補償前の位相の軌跡であり、図8(b)は位相補償後の反射信号の位相の軌跡を示している。
位相補償処理部52は、以下の式(10)のように、位相Dcmp(f,n,90°)の補償処理を行う。
【0074】
【数10】
【0075】
最後に、合成開口処理部5内のフーリエ変換処理部53は、距離補償処理部51および位相補償処理部52により補償された信号に対して、観測ヒット方向にフーリエ変換を施すことにより、合成開口処理を行う。
【0076】
以上のように、この発明の実施の形態1(図1〜図8)に係るレーダ装置は、移動するプラットフォームに搭載され、パルス信号からなるレーダビームQをアジマス角方向に走査しながら送信して目標からの反射信号を受信する送受信アンテナと、送受信アンテナからの受信信号を観測データとして処理するデータ処理手段と、を備えている。
【0077】
データ処理手段は、観測データを各角度方向の観測データに分割するデータ分割処理部2と、複数回の観測により得られた受信信号の角度分解能を向上させる合成開口処理部5と、合成開口処理部により得られた高角度分解能データを格納するデータ出力部8と、を備えている。
【0078】
これにより、レーダ装置として回転式アンテナパルスレーダ装置を用いて、アジマス角方向にレーダビームを走査させながら観測する際に、複数回の観測により得られた異なる観測位置で観測された複数個のレンジプロフィールを用いて合成開口処理を行うことができる。したがって、広域観測を実現しつつ、同時に高分解能画像を取得可能なレーダ装置を実現することができる。
【0079】
実施の形態2.
なお、上記実施の形態1では、データ分割処理部2で取得したすべての観測データS3を合成開口処理部5に入力したが、目標信号とクラッタ信号との強度比であるSCR(Signal to Clutter Ratio)が、検出処理および類別処理を高精度に実現するために必要な値を満足するような場合には、観測した全スクイント角に対して、検出性能および類別性能の向上を目的とした合成開口処理を行う必要はない。
【0080】
したがって、SCR値が高精度処理を満たす場合を考慮して、前述(図1参照)の構成に加えて、図9のように、データ分割処理部2と合成開口処理部5との間に合成開口ブロック選択部3を挿入することが望ましい。
【0081】
図9はこの発明の実施の形態2に係るレーダ装置を示すブロック図である。
この発明の実施の形態2(図9)による合成開口ブロック選択部3は、合成開口処理を適用するスクイント角ブロックを選択し、SCRが所要値を満たさない場合のみに、スクイント角ブロックを合成開口処理部5に入力する。
以下、合成開口処理により、SCRが所要値を満たすようになれば、合成開口ブロック選択部3は、合成開口処理部5へのスクイント角ブロックの入力を停止する。
【0082】
以上のように、この発明の実施の形態2(図9)によるデータ処理手段は、高分解能画像を再生する領域を選択するための合成開口ブロック選択部3を有するので、合成開口処理部5における処理負荷を低減して合成開口処理の高速化を実現することができる。
【0083】
実施の形態3.
また、上記実施の形態1、2(図1〜図9)では、特に言及しなかったが、合成開口処理部5内の位相補償処理部52は、運動センサで計測されたプラットフォームの軌道データ(誤差を含む)を用いて補償量を決定しているので、さらに高分解能画像を取得するためには、図10に示すように、合成開口処理部5の後段にオートフォーカス処理部6を挿入することが望ましい。
【0084】
図10はこの発明の実施の形態3に係るレーダ装置を示すブロック図である。
位相補償処理を高精度に行うためには、プラットフォームの正確な軌道情報が必要となるが、プラットフォームの実際の軌道は未知であり、実軌道を推定する必要があることから、位相補償処理部52においては、計測誤差を含む軌道データ推定値を用いている。
【0085】
図11はこの発明の実施の形態3(図10)による補償処理を示す説明図である。
図11(a)は位相補償前の同一地点からの位相の軌跡を示し、図11(b)は運動センサデータを用いた位相補償後の位相の軌跡を示し、図11(c)はオートフォーカス処理による位相補償後の位相の軌跡を示している。
【0086】
また、図11(d)はオートフォーカス処理前のボケのある画像を示し、図11(e)はオートフォーカス処理によりボケが解消された画像を示している。
図11(d)、図11(e)において、横軸はドップラ周波数、縦軸は信号強度であり、それぞれ、画像の結像の様子を概念的に示している。
【0087】
図11(b)、図11(d)に示すように、運動センサからの軌道データを用いた位相補償のみによれば、上述した計測誤差により生じる位相誤差を補償することはできない。
すなわち、位相誤差を除去せずにDBS処理を適用した場合には、観測ヒット方向の積分効果を十分に得ることができず、図11(d)のように、ピークレベルが低下して点像が乱れ、ボケのある画像が生成される。
一方、オートフォーカス処理部6による位相補償後には、図11(e)のように、ピークレベルの高い結像により、ボケを抑圧した高分解能画像を得ることができる。
【0088】
なお、オートフォーカス処理については、公知技術(たとえば、D.E.Wahl,P.H.Eichel,D.G.Ghiglia and C.V.Jakowatz,「Phase Gradient Autofocus−A robust tool for high resolution SAR phase correction,」IEEE Transactions on Aerospace and Electronic Systems,vol.30,no.3,July 1994.参照)のPGA(Phase Gradient Autofocus)など、多くの手法が提案されているので、ここでは詳述しない。
【0089】
以上のように、この発明の実施の形態3(図10、図11)によるデータ処理手段は、プラットフォームの観測位置の推定誤差により生じる高分解能画像上のボケを自動的に補償するためのオートフォーカス処理部6を有し、オートフォーカス処理部6は、運動センサの計測誤差に起因して生じた位相誤差を推定し、観測された信号に対して、オートフォーカス処理を適用して位相誤差を自動的に補償する処理を行う。
ことにより、図11(e)のように、ボケを抑圧または排除した高分解能画像を得ることができる。
【0090】
実施の形態4.
なお、上記実施の形態1〜3(図1〜図11)では、特に言及しなかったが、レーダビームQを往復させながら観測する場合(図12内の矢印参照)に、図14のように、データ分割処理部2と合成開口処理部5との間に復元フィルタ処理部4を挿入することが望ましい。
以下、図12〜図15を参照しながら、この発明の実施の形態4について説明する。
【0091】
図12はこの発明における実施の形態4におけるレーダ装置の運用形態を示す説明図であり、図13はレーダビームQを往復させた観測における各スクイント角方向の観測タイミングを示す説明図である。
また、図14はこの発明の実施の形態4に係るレーダ装置を示すブロック図であり、図15は図14内の復元フィルタ処理部4の動作を示す説明図である。
【0092】
図12において、レーダ装置10の移動(x軸方向)にともなって交互に反転する矢印は、レーダビームQの往復動作を示している。
この場合、回転式アンテナパルスレーダ装置における回転角を任意の角度幅に絞った場合の観測を想定し、レーダ装置10は、レーダビームQの角度幅を往復しながら観測するものとする。
【0093】
図13において、横軸は時間であり、図13(a)はレーダビームQの回転幅の一端方向の観測タイミングを示し、図13(b)は側方向(Φsq=90°)の観測タイミングを示し、図13(c)はΦsq≠90°の領域での観測タイミングを示し、図13(d)はレーダビームQの回転幅の他端方向の観測タイミングを示している。
【0094】
たとえば、図13(a)、図13(c)、図13(d)から明らかなように、スクイント角Φsq=90°(図13(b))以外の領域においては、回転式アンテナパルスレーダ装置による観測間隔PRIが不等間隔になる。
【0095】
一般的に、合成開口処理部5内のフーリエ変換処理部53によるフーリエ変換処理は、データが等間隔に観測されていることを前提として実行されるので、不等間隔に観測されたデータに対して、直接に合成開口処理を行うと、適切な結果が得られない可能性得がある。
【0096】
そこで、この発明における実施の形態4(図14)においては、レーダビームQを往復させる運用形態で観測されたデータを正しく合成開口処理するために、復元フィルタ処理部4が設けられている。
【0097】
なお、復元フィルタ処理については、公知技術(たとえば、G.Krieger,N.Gebert,and A.Moreira,「SAR Signal Reconstruction from Non−Uniform Displaced Phase Centre Sampling,」IEEE IGARSS’04,vol.3,20−24,pp.1763−1766,2004.参照)なので、ここでは詳述しない。
【0098】
図14において、前述(図1、図9、図10参照)と同様のものについては、前述と同一符号を付して詳述を省略する。
また、ここでは詳述を省略するが、図14の構成に加えて、前述の実施の形態2、3における合成開口ブロック選択部3またはオートフォーカス処理部6を追加した拡張形態が適用可能なことは言うまでもなく、その場合、それぞれの作用効果も合わせて奏することになる。
【0099】
図14内の復元フィルタ処理部4は、不等間隔で観測された信号を等間隔にするための処理を行い、復元フィルタ処理後の観測データを合成開口処理部5に入力する。
図15は復元フィルタ処理を概念的に示している。
【0100】
図15において、観測タイミングt0と観測タイミングt1とがずれているので、データ取得タイミングは不等間隔となっている。
復元フィルタ処理部4は、観測タイミングt0、t1での各データから、観測タイミングt1(破線枠参照)に代わる観測タイミングt2(実線枠参照)でのデータを推定し、データ取得タイミングがそれぞれ等間隔となるように設定する。
【0101】
以上のように、この発明の実施の形態4(図12〜図15)によれば、送受信アンテナ13は、レーダビームQを往復させながらの観測を行い、データ処理手段は、不等間隔に観測された観測データを等間隔に復元する復元フィルタ処理部4を有する。
【0102】
このように、回転式アンテナパルスレーダ装置による観測で、レーダビームQを往復させて観測データを取得する場合においても、不等間隔に観測されたデータに対して復元フィルタ処理を行うことにより、高分解能画像を取得することができる。
【0103】
実施の形態5.
なお、上記実施の形態4(図14)では、データ分割処理部2と合成開口処理部5との間に復元フィルタ処理部4を追加したが、図16のように、合成開口処理部5に代えて、不等間隔フーリエ変換を行う不等間隔合成開口処理部7を設けることにより、復元フィルタ処理部4を不要としてもよい。
【0104】
図16はこの発明の実施の形態5に係るレーダ装置を示すブロック図であり、図17は図16内の不等間隔合成開口処理部7の機能構成を示すブロック図である。
この場合、不等間隔合成開口処理部7は、前述の復元フィルタ処理に代えて、不等間隔に並んだ観測データをそのまま不等間隔フーリエ変換処理を用いて合成開口処理を行う。
【0105】
図16において、不等間隔合成開口処理部7は、不等間隔で観測された複数個のデータを用い、不等間隔フーリエ変換による合成開口処理を行う。
図17は不等間隔合成開口処理部7の具体的な機能構成を示すブロック図である。
図17において、前述(図3参照)と同様のものについては、前述と同一符号を付して詳述を省略する。
【0106】
不等間隔合成開口処理部7は、前述のフーリエ変換処理部53に代えて、不等間隔フーリエ変換処理部74を備えている。
不等間隔フーリエ変換処理部74は、距離補償処理部51および位相補償処理部52により補償された信号を、観測ヒット方向に不等間隔フーリエ変換することにより、合成開口処理を行う。
【0107】
なお、不等間隔フーリエ変換処理については、公知技術(たとえば、Fessler,J.A.and Sutton,B.P,「Nonuniform fast Fourier transforms using min−max interpolation,」Signal Processing,IEEE Transactions on,vol.51,No.2,pp.560−574,Feb.2003.参照)なので、ここでは詳述しない。
【0108】
以上のように、この発明の実施の形態5(図16、図17)によれば、送受信アンテナ13は、レーダビームQを往復させながらの観測を行い、不等間隔合成開口処理部7は、複数回の不等間隔な観測により得られた受信信号の角度分解能を向上させる合成開口処理を行う。
【0109】
このように、回転式アンテナパルスレーダ装置による観測で、レーダビームQを往復させて観測データを取得する場合においても、不等間隔に観測されたデータに対して不等間隔フーリエ変換処理を用いることにより、高分解能画像を取得することができる。
【0110】
なお、上記実施の形態1〜5では、レーダ装置10をプラットフォーム(航空機)に搭載した場合について説明したが、レーダ信号取得部1のみをプラットフォームに搭載して他の処理手段(データ分割処理部2〜データ出力部8)を地上に設置し、たとえば、取得信号を記憶手段に格納した後で処理してもよい。
【符号の説明】
【0111】
1 レーダ信号取得部、2 データ分割処理部、3 合成開口ブロック選択部、4 復元フィルタ処理部、5 合成開口処理部、6 オートフォーカス処理部、7 不等間隔合成開口処理部、8 データ出力部、10 レーダ装置、11 送信機、12 送受切換器、13 送受信アンテナ、14 受信機、15 受信信号記憶部、51 距離補償処理部、52 位相補償処理部、53 フーリエ変換処理部、74 不等間隔フーリエ変換処理部、Bw 送信帯域幅、E 地表面、M 目標、Q レーダビーム、t0 観測タイミング、t1 観測タイミング、t2 観測タイミング、Vplt 移動速度、Θw ビーム幅、Φsq スクイント角。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
移動するプラットフォームに搭載され、パルス信号からなるレーダビームをアジマス角方向に走査しながら送信して目標からの反射信号を受信する送受信アンテナと、
前記送受信アンテナからの受信信号を観測データとして処理するデータ処理手段と、
を備えたレーダ装置において、
前記データ処理手段は、
前記観測データを各角度方向の観測データに分割するデータ分割処理部と、
複数回の観測により得られた受信信号の角度分解能を向上させる合成開口処理部と、
前記合成開口処理部により得られた高角度分解能データを格納するデータ出力部と、
を有することを特徴とするレーダ装置。
【請求項2】
前記送受信アンテナは、レーダビームを往復させながらの観測を行い、
前記データ処理手段は、不等間隔に観測された観測データを等間隔に復元する復元フィルタ処理部を有することを特徴とする請求項1に記載のレーダ装置。
【請求項3】
前記送受信アンテナは、レーダビームを往復させながらの観測を行い、
前記合成開口処理部は、複数回の不等間隔な観測により得られた受信信号の角度分解能を向上させる合成開口処理を行うことを特徴とする請求項1に記載のレーダ装置。
【請求項4】
前記データ処理手段は、高分解能画像を再生する領域を選択するための合成開口ブロック選択部を有することを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載のレーダ装置。
【請求項5】
前記データ処理手段は、前記プラットフォームの観測位置の推定誤差により生じる高分解能画像上のボケを自動的に補償するためのオートフォーカス処理部を有することを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載のレーダ装置。
【請求項1】
移動するプラットフォームに搭載され、パルス信号からなるレーダビームをアジマス角方向に走査しながら送信して目標からの反射信号を受信する送受信アンテナと、
前記送受信アンテナからの受信信号を観測データとして処理するデータ処理手段と、
を備えたレーダ装置において、
前記データ処理手段は、
前記観測データを各角度方向の観測データに分割するデータ分割処理部と、
複数回の観測により得られた受信信号の角度分解能を向上させる合成開口処理部と、
前記合成開口処理部により得られた高角度分解能データを格納するデータ出力部と、
を有することを特徴とするレーダ装置。
【請求項2】
前記送受信アンテナは、レーダビームを往復させながらの観測を行い、
前記データ処理手段は、不等間隔に観測された観測データを等間隔に復元する復元フィルタ処理部を有することを特徴とする請求項1に記載のレーダ装置。
【請求項3】
前記送受信アンテナは、レーダビームを往復させながらの観測を行い、
前記合成開口処理部は、複数回の不等間隔な観測により得られた受信信号の角度分解能を向上させる合成開口処理を行うことを特徴とする請求項1に記載のレーダ装置。
【請求項4】
前記データ処理手段は、高分解能画像を再生する領域を選択するための合成開口ブロック選択部を有することを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載のレーダ装置。
【請求項5】
前記データ処理手段は、前記プラットフォームの観測位置の推定誤差により生じる高分解能画像上のボケを自動的に補償するためのオートフォーカス処理部を有することを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載のレーダ装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【公開番号】特開2012−122743(P2012−122743A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−271312(P2010−271312)
【出願日】平成22年12月6日(2010.12.6)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年12月6日(2010.12.6)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】
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