説明

レーダ装置

【課題】
気象レーダ装置において、代表的なドップラ速度計算方式たるFFT法とPPP法は相反する性質を持つ。両手法を結合し、より精度の高いドップラ速度観測データを提供する。
【解決方法】
FFT法とPPP法によるドップラ速度並びに速度幅を同時に計算する。両手法によるドップラ速度の閾値に対する多寡を比較し、両者が共に閾値よりも大きい場合、有限項打ち切り誤差の影響による周波数分解能の劣化を受けないPPP法によるドップラ速度を採用する。一方、両手法によるドップラ速度の何れか一方が、前記閾値を下回る場合は、計算した速度幅の小さい方式によるドップラ速度計算結果を出力する。本手法により、より精度の高いドップラ速度観測データを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パルス波を一定間隔で間欠的に空間に発射し、降雨を伴う雲等、気象に影響を与える物体からの反射波を受信し、反射波の周波数を計測することにより目標のドップラ速度を計算する気象レーダ装置に関する発明である。
【背景技術】
【0002】
気象レーダ装置が探知対象とする目標のドップラ速度の推定方法は、推定処理を周波数領域で行うFFT法(Fast Fourier Transform)と、時間領域で行うPPP法(Pulse Pair Processing)とに大別される。(非特許文献1)
【0003】
FFT法は、一定間隔Ts[秒]で空間に発射するパルスによって得られる降雨等などからの反射波の信号列をN個集約し、これをフーリエ変換することによって、ピリオドグラムの一次モーメント、即ち最も支配的な周波数成分から前記反射波のドップラ速度を求め、当該ドップラ速度の確度を表す指標として、ドップラ速度を中心とするスペクトル幅を速度幅として出力するものである。
【0004】
PPP法は、一定間隔Ts[秒]で空間に発射するパルスによる気象エコーからの反射波を、N個集約し、隣接する信号列の相互相関係数の偏角、即ちN×Ts[秒]におけるパルス間の平均位相回転量から気象エコーのドップラ速度を、瞬時的な位相回転量の標準偏差から計算したドップラ速度の確度を表す指標として速度幅を出力する。
【0005】
FFT法、PPP法共、空間をパルス発射周期Ts[秒]で標本化した離散信号を扱う信号処理である為、ドップラ速度の測風範囲はサンプリング定理の制限を受ける。ドップラ速度の測風範囲Vmaxは、空間に発射するパルスの搬送波波長をλ[m]とおくと、(数1)で与えられる。
(数1)
Vmax=−λ×Ts/4
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】石原 正仁 編集 「気象研究ノート 第200号」 社団法人日本気象学会 平成13年12月26日 初版発行 p24−26
【非特許文献2】石原 正仁 編集 「気象研究ノート 第200号」 社団法人日本気象学会 平成13年12月26日 初版発行 p30−32
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
FFT法は、フーリエ変換処理の有限長打ち切り誤差に起因するサイドローブの発生を抑圧する為、処理前の時間領域信号に窓関数を乗ずる。窓関数の乗算は、サイドローブの抑圧に効果的である反面、FFT処理の結果得られるピリオドグラムの周波数分解能劣化、即ちドップラ速度計算精度の劣化を招く。
【0008】
しかし、FFT法は周波数選択性を持つ為、固定目標からの反射波と降雨等の気象エコーからの反射波が重畳した場合、前者は直流に主たる成分を持ち、後者は交流に主たる成分を持つことを利用し、交流成分、即ち気象エコーのみを取り出すことができる。
【0009】
一方、PPP法は前記窓関数処理を経ない為、FFT法に見られた処理の過程における周波数分解能、即ちドップラ速度計算精度の劣化が無い。しかし、時間領域処理であるが故、周波数選択性を持たず、固定目標からの反射波と降雨等の気象エコーからの反射波が重畳した場合、気象エコーに対して反射断面積の大きい固定目標からの反射成分が支配的となり、ドップラ速度計算結果は直流側に遷移し、且つ前記速度幅が拡大してドップラ速度計算精度が劣化する。
【0010】
よって、気象レーダのドップラ速度計算手法たるFFT法とPPP法は相反する性質を持つ。
【0011】
本発明は、相反する性質を持つ両手法を結合し、より精度の高いドップラ速度観測データを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
FFT法とPPP法の両者によるドップラ速度、並びに速度幅を計算する。尚、FFT法によるドップラ速度と速度幅計算結果は、周波数選択性に基づいた直流成分除去処理を経たものとする。両者のドップラ速度計算結果と、予め与える閾値とを比較し、両者が共に閾値以上のドップラ速度を持つ場合、固定目標からの反射波重畳が無いと判別し、両者の内、速度幅が小さい方、即ち確度の高いドップラ速度を計算結果として出力する。
【0013】
対して、どちらか一方が前記閾値よりも小さい値を呈した場合、固定目標からの反射波重畳の可能性があるとして、周波数選択性に基づいた直流成分除去処理を経たFFT法によるドップラ速度計算結果を出力する。
【0014】
尚、FFT法とPPP法によるドップラ速度計算結果の系統選択に用いる閾値は、晴天時、降雨等気象エコーが無く、固定目標のみが観測される環境下で観測データを取得し、ドップラ速度のヒストグラム検定を実施、同統計の最頻値と分散σを基に決定する。
【発明の効果】
【0015】
前記の方法により、相反する性質を持つFFT法とPPP法によるドップラ速度計算結果を動的に選択し、観測領域全域に渡って精度の高いドップラ速度観測データを出力する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明のレーダ装置の構成を示すブロック図である。
【図2】本発明のレーダ装置においてFFT法とPPP法によるドップラ速度計算結果選択に使用する閾値を決定する統計量を示す概念図である。
【図3】本発明の実施形態におけるFFT法とPPP法によるドップラ速度計算結果選択のフローチャートである。
【実施例】
【0017】
本発明の最も好適な実施例について、図を参照して説明する。図1は本発明のレーダ装置の構成を示すブロック図である。
【0018】
図1の送信タイミング計時指示部1は、パルスを空間に発射するタイミングを計時し、同タイミングを指示する送信トリガを生成する。
【0019】
図1の送信部2は、送信タイミング計時指示部1で生成した送信トリガの指示により目標を観測するパルス波を生成、空間に発射する周波数まで周波数変換し、電力増幅する。
【0020】
図1の空中線部3は、送信部2で周波数変換し、電力増幅したパルス波を空間に発射し、目標からの反射波を受信する。
【0021】
図1の受信部4は、空中線部3で受信した目標からの反射波を、中間周波数まで周波数変換し、電力増幅する。
【0022】
図1のA/D変換部5は、受信部4で中間周波数に変換した目標からの反射波を標本/量子化する。
【0023】
図1のディジタル直交検波部6は、A/D変換部で標本/量子化した目標からの反射波を直交検波する。
【0024】
図1のメモリ部7は、ディジタル直交検波部6が出力する直交検波信号を一時保存する。
【0025】
図1の書き込みアドレスカウンタ部8は、送信タイミング計時指示部1が出力する送信トリガを計数開始タイミングとして、前記メモリ部7にディジタル直交検波部が出力する直交検波信号を書き込む為のアドレスを順次指示する。
【0026】
図1の送信回数計数指示部9は、送信タイミング計時指示部1が出力する送信トリガを計数する。
【0027】
図1の処理開始タイミング指示部10は送信回数計数指示部9が指示する送信回数を計数し、送信回数N回毎に処理開始タイミングを指示する。
【0028】
図1の読み出しアドレスカウンタ部11は、処理開始タイミング指示部10が指示する処理開始タイミングを計数開始タイミングとして、前記メモリ部7から直交検波信号を順次読み出す為のアドレスを指示する。
【0029】
図1のFFT処理部12は、前記処理開始タイミング指示部10が指示する処理開始タイミングにより、前記メモリ部7から読み出されたN本のパルス波を起源とする直交検波信号をFFT処理し、ピリオドグラムを出力する。
【0030】
図1の直流成分除去部13は、前記FFT処理部12が出力するピリオドグラムから、直流成分を除去する。尚、直流成分の除去方法は非特許文献2による。
【0031】
図1のドップラ速度計算部(FFT)14は前記直流成分除去部13が出力するピリオドグラムからドップラ速度を計算する。
【0032】
図1の速度幅計算部(FFT)15は、前記直流成分除去部13が出力するピリオドグラムから速度幅を計算する。
【0033】
図1のPPP処理部16は、前記処理開始タイミング指示部10が指示する処理開始タイミングにより、前記メモリ部7から読み出されたN本の直交検波信号から隣接する信号列の相互相関係数を順次計算する。
【0034】
図1のドップラ速度計算部(PPP)17は前記PPP処理部16が出力する相互相関係数の偏角を基にドップラ速度を計算する。
【0035】
図1のドップラ速度幅計算部(PPP)18は前記PPP処理部16が出力する相互相関係数の標準偏差を基に速度幅を計算する。
【0036】
図1の閾値保持部19は、FFT法とPPP法によるドップラ速度計算結果を選択するのに使用する閾値を保持する。
【0037】
前記閾値は、固定目標が統計的に分布する最も高いドップラ速度を持てば良い。(図2参照)
【0038】
例えば、同閾値は、晴天時、降雨等気象エコーが無く、固定目標のみが観測される環境下で観測データを取得し、ドップラ速度のヒストグラム検定を実施、同統計の最頻値と標準偏差σから(数2)の様に決定する。
(数2)
閾値=最頻値+3×σ
なお(数2)の定数は任意であり、3に限定するものではない。
【0039】
なお、前記実施形態において、閾値を計算する手段を自動化し、人手による統計計算を経なくても良い。
【0040】
図1のドップラ速度及び速度幅決定部20は、FFT法とPPP法によるドップラ速度計算結果を図3に示すフローチャートにより動的に選択する。
【0041】
図3のS1、S2において、図1の閾値保持部19が保持する閾値と、FFT法並びにPPP法によるドップラ速度計算結果の絶対値の多寡を比較する。FFT法並びにPPP法によるドップラ速度計算結果の絶対値が共に前記閾値よりも大きい場合は、固定目標が重畳していないとして、両者の内、速度幅が小さい方、即ち確度の高いドップラ速度を計算結果として出力する。(S3、S4)
【0042】
一方、図3のS1、S2において、FFT法及びPPP法によるドップラ速度計算結果の絶対値のどちらか一方が、図1の閾値保持部が保持する閾値よりも小さい場合は、固定目標が重畳している可能性があるとして、FFT法によるドップラ速度計算結果を採用する。(S5)
【0043】
以上の動作を以って、相反する性質を持つFFT法とPPP法によるドップラ速度計算結果を動的に選択し、雲等などの気象に影響を与える物体について、観測領域全域に渡って精度の高いドップラ速度観測データを出力する。
【符号の説明】
【0044】
1 送信タイミング計時指示部
2 送信部タイミング計時指示部
3 空中線部
4 受信部
5 A/D変換部
6 直交検波部
7 メモリ部
8 書き込みアドレスカウンタ部
9 送信回数計数指示部
10 処理開始タイミング指示部
11 読み出しアドレスカウンタ部
12 FFT処理部
13 直流成分除去部
14 ドップラ速度計算部(FFT)
15 速度幅計算部(FFT)
16 PPP処理部
17 ドップラ速度計算部(PPP)
18 速度幅計算部(PPP)
19 閾値保持部
20 ドップラ速度及び速度幅決定部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
気象に影響する物体からの反射波を解析してドップラ速度を算出する気象レーダ装置において、入力された時間領域直交検波信号を高速フーリエ変換して得られるピリオドグラムからドップラ速度1、並びに速度幅1を算出する第1の処理部と、前記時間領域直交検波信号の相互相関係数からドップラ速度2、並びに速度幅2を算出する第2の処理部と、前記第1の処理部および第2の処理部の演算結果からドップラ速度および速度幅を選択するドップラ速度および速度幅決定部と、から成り、前記ドップラ速度および速度幅決定部は、ドップラ速度1とドップラ速度2の予め定める閾値に対する多寡に応じて両者を選択することを特徴とする気象レーダ装置。
【請求項2】
請求項1に記載のドップラ速度および速度幅決定部は、前記ドップラ速度1およびドップラ速度2のいずれもが前記閾値を超えている場合には、前記速度幅1と速度幅2の大きさを比較し、小さな速度幅である方のドップラ速度を選択するものとし、前記ドップラ速度1あるいはドップラ速度2のいずれか一方か、あるいは両方が閾値よりも小さければドップラ速度1を選択することを特徴とする気象レーダ装置。
【請求項3】
請求項1の気象レーダ装置において、前記ドップラ速度1と2の選択に資する閾値を、晴天時の固定目標のみが観測されるデータにおけるドップラ速度のヒストグラム検定の最頻値と分散から決定することを特徴とする気象レーダ装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−149951(P2012−149951A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−7916(P2011−7916)
【出願日】平成23年1月18日(2011.1.18)
【出願人】(000004330)日本無線株式会社 (1,186)
【Fターム(参考)】