説明

ワイヤソー装置及び切断加工方法

【課題】揺動切断の際に発生するワイヤの局所的な張力変動を抑制する。
【解決手段】走行しながら揺動するワイヤ3に被加工物Wを押し付けて切断するワイヤソー装置1である。揺動するワイヤガイド支持部4に、各々が互いに離れて回転する一対のワイヤガイド2が配置されている。1本のワイヤ3を一対のワイヤガイド2の周囲に巻き付けることにより、これらワイヤガイド2の間に略平行なワイヤ群3aが形成されている。ワイヤ3の巻き出し及び巻き取りが可能なワインダ6,7とワイヤガイド2との間に、ワイヤ3を案内するワイヤ走行経路14が設けられている。制御装置8は、ワイヤガイド支持部4の揺動に同調させてワインダ6,7の回転速度を制御するワインダ速度制御手段8aを有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、シリコンインゴット等から薄板状の基板を切り出すのに用いられるワイヤソー装置及び切断加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、この種のワイヤソー装置では、離れて配置されたロール状のワイヤガイドの周囲に切断用ワイヤ(単にワイヤともいう)が螺旋状に巻き付けられている。そうすることで、ワイヤガイド間には略平行に並ぶワイヤ群が形成される。ワイヤを走行制御することにより、ワイヤ群の各ワイヤは同じ速度で同方向に走行する。ワイヤ群にシリコンインゴット等(ワークともいう)を押し当てることにより、ワークから複数の基板を同時に切り出すことができる。
【0003】
ところが、切削が進むと、切削負荷が大きくなって切り粉も排出され難くなるため、ワイヤを揺動させながら切断する方法(揺動切断)が提案されている(特許文献1)。ワイヤを揺動させた場合、ワークとワイヤとの接触量が全体的に小さくなるため、切断速度が増大し、切り粉も排出され易くなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平01−171753号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、揺動切断を行った場合、ワイヤに局所的な張力変動が発生する場合がある。その場合、切断精度の低下やワイヤの断線などの不具合を招く虞がある。
【0006】
図1に、揺動切断を行うワイヤソー装置を簡略的に示す。同図では、ワイヤ101が供給ワインダ102から巻き出されて巻取ワインダ103に巻き取られている状態を表している。ワイヤ101の中間部分は供給側ガイド104及び巻取側ガイド105からなる一対のワイヤガイドの周囲に巻き付けられ、両ワイヤガイド104,105間にワイヤ群が形成されている。このワイヤ群にワークWが押し付けられ、ワークWは切断される。
【0007】
供給側ガイド104と供給ワインダ102との間や、巻取側ガイド105と巻取ワインダ103との間には、ワイヤ101を案内する複数のプーリPが配置されている。ワイヤ101の張力はテンションプーリPtによって一定に保持されている。同図の(a)や(b)に示すように、一対のワイヤガイド104,105は揺動変位する。
【0008】
例えば、ワイヤガイド104,105等が、同図の(a)のように揺動変位したとすると、供給ワインダ102から供給側ガイド104に至るワイヤ101の走行距離は相対的に長くなる。一方、巻取側ガイド105から巻取ワインダ103に至るワイヤ101の走行距離は相対的に短くなる。その結果、巻取側ガイド105の近傍ではワイヤ101は緩み、供給側ガイド104の近傍ではワイヤ101は引っ張られる。
【0009】
また、同図の(b)のように揺動変位したとすると、供給ワインダ102から供給側ガイド104に至るワイヤ101の走行距離は相対的に短くなり、巻取側ガイド105から巻取ワインダ103に至るワイヤ101の走行距離は相対的に長くなる。その結果、巻取側ガイド105の近傍ではワイヤ101は引っ張られ、供給側ガイド104の近傍ではワイヤ101は緩む。同図の(a)と(b)の状態が繰り返されることで、ワイヤ101には、局所的な引っ張り状態や緩み状態が繰り返し発生する。
【0010】
そこで、本発明の目的は、ワイヤの張力変動の発生が効果的に抑制できるワイヤソー装置及び切断加工方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明のワイヤソー装置は、走行しながら揺動する切断用ワイヤに被加工物を押し付けて当該被加工物を切断するワイヤソー装置である。ワイヤソー装置は、前記被加工物が押し付けられる方向に対して略垂直な基準位置から所定の角度の範囲で揺動軸を中心に揺動するワイヤガイド支持部と、前記ワイヤガイド支持部に配置され、各々が互いに離れて前記揺動軸と平行な回転軸を中心に回転する一対のワイヤガイドと、1本の前記切断用ワイヤを前記一対のワイヤガイドの周囲に螺旋状に巻き付けることにより、これらワイヤガイドの間に形成される略平行なワイヤ群と、前記切断用ワイヤの巻き出し及び巻き取りが可能なワインダと、前記ワイヤガイドと前記ワインダとの間に設けられ、前記切断用ワイヤを案内するワイヤ走行経路と、前記被加工物を支持し、変位して当該被加工物を前記ワイヤ群に押し付けるワーク保持部と、制御装置と、を備える。
【0012】
そして、前記制御装置が、前記ワイヤガイド支持部の揺動に同調させて前記ワインダの回転速度を制御するワインダ速度制御手段を有している。
【0013】
このような構成のワイヤソー装置によれば、ワインダ速度制御手段がワインダ等と協働することにより、ワイヤガイド支持部の揺動に同調させてワインダの回転速度を制御することができる。
【0014】
すなわち、ワイヤガイド支持部の揺動に伴うワイヤ走行経路の長さの変化に合わせてワインダの回転速度を増減することができるので、変化した長さの分だけワイヤの巻き出し量や巻き取り量を増やしたり減らしたりできる。従って、揺動によってワイヤ走行経路の長さが変化してもワイヤの張力を一定にすることが可能になり、ワイヤの局所的な張力変動の発生を効果的に抑制することができる。
【0015】
具体的には、前記ワインダが前記切断用ワイヤを巻き出している場合に、前記ワインダ速度制御手段は、前記ワイヤ走行経路が長くなる方向に前記ワイヤガイド支持部が揺動する時に、前記ワイヤ走行経路が短くなる方向に前記ワイヤガイド支持部が揺動する時よりも、前記ワインダの回転速度が大きくなるように制御すればよい。
【0016】
そうすれば、ワイヤ走行経路が長くなる時には、ワイヤ走行経路が短くなる時よりもワインダの回転速度が大きくなるので、ワイヤが引っ張られる時には、ワイヤの巻き出し等の量が相対的に多くなり、ワイヤが緩む時には、ワイヤの巻き出し量等が相対的に少なくなる。従って、ワイヤ走行経路と、ワイヤ走行経路を走行するワイヤとで、長さの差がほどんど無くなるので、ワイヤの局所的な張力変動の発生を効果的に抑制することができる。
【0017】
例えば、前記ワインダ速度制御手段が、予め設定された制御パラメータを含み、当該制御パラメータに基づいて前記ワインダの回転速度を制御することができる。そうすれば、複雑な装置を用いずに済み、既存の装置等を活用して比較的簡単に実現できる。
【0018】
また、前記ワイヤ走行経路に、前記切断用ワイヤの張力を一定に保持するテンションプーリが設けられている場合には、前記ワインダ速度制御手段が、前記テンションプーリの変位量の実測値に基づいて前記ワインダの回転速度を制御する補正手段を有しているようにすることができる。
【0019】
そうすれば、加工中に張力が変化しても、それに合わせてワインダの回転速度を補正することができるので、ワイヤの局所的な張力変動の発生を安定して抑制することができる。
【0020】
切断加工方法としては、前記切断用ワイヤの揺動に同調して、前記切断用ワイヤの走行速度を自動制御するワインダ速度制御工程を含むのが好ましい。そうすれば、ワイヤの揺動に合わせてワイヤの走行速度が自動的に制御されるので、複雑な処理を要さず、簡単に高精度な切断加工を行うことができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明のワイヤソー装置等によれば、揺動切断を行う際に発生し得る張力変動を効果的に抑制することができるので、高精度な切断加工を安定して行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】(a)、(b)は、揺動切断を行っている従来のワイヤソー装置の異なる状態を簡略的に示した図である。
【図2】実施形態に係るワイヤソー装置の要部の全体構成を示す概略図である。
【図3】ワイヤソー装置の主要部の概略図である。
【図4】ワイヤ走行経路の変化を説明するための図である。
【図5】ワイヤ走行経路の変化を説明するための図である。
【図6】ワイヤの走行方向とワイヤガイド支持部等の揺動方向との組み合わせ別に、各ワインダの回転速度制御についてまとめた表である。
【図7】揺動角度に対する各ワインダの回転速度のタイムチャートである。(a)は揺動角度の経時変化、(b)は(a)に対応した前進走行時における各ワインダの回転速度の経時変化、(c)は(a)に対応した後退走行時における各ワインダの回転速度の経時変化である。
【図8】テンションプーリの変位を説明するための図である。
【図9】補正プログラムによる制御の流れを示すフローチャートである。(a)は、前進走行時における供給ワインダのフローチャート、(b)は、前進走行時における巻取ワインダのフローチャートである。
【図10】ワイヤの走行方向とテンションプーリの変位方向との組み合わせ別に、各ワインダの回転速度の補正制御についてまとめた表である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
(ワイヤソー装置)
図2に、本実施形態のワイヤソー装置1を示す。このワイヤソー装置1は、例えば、半導体装置や太陽電池等の製造に用いられるシリコンインゴット等の柱状の被加工物(ワークWと称する)を、複数の薄板状の基板に切断するために使用される。ワイヤソー装置1には、ワイヤガイド2や切断用ワイヤ3、ワイヤガイド支持部4、供給ワインダ6、巻取ワインダ7、制御装置8、側壁プレート10、張力保持機構11、ワイヤ走行経路14、ワーク保持部50などが備えられている。
【0024】
側壁プレート10は、ワイヤソー装置1の加工領域を区画する壁体の一部であり、加工領域に面するその側面に円形に開口する貫通孔12を有している。貫通孔12の内側には、揺動円板91が配置されている。揺動円板91は、貫通孔12の中心を通る揺動軸A1回りに揺動変位する。
【0025】
揺動円板91の一方の側面(加工領域側)には、ワイヤガイド支持部4が固定されている。ワイヤガイド支持部4も揺動軸A1を中心に揺動変位する。ワイヤガイド支持部4は、揺動軸A1の方向に離れて対向する一対の支持壁4a,4aや、これら支持壁4aの一端に連なる連結壁4bなどで構成されている。ワイヤガイド支持部4における連結壁4bの反対側(ワークW側)に、一対のワイヤガイド2、2が配置されている。
【0026】
ワイヤガイド2は、円柱形状をしている。ワイヤガイド2の端部は両支持壁部4aに支持されていて、各ワイヤガイド2は互いに離れて並列している。ワイヤガイド2は、互いに同期して、揺動軸A1と平行な回転軸A2を中心に回転する。これら2つの回転軸A2を結ぶ線分の中点に揺動軸A1が位置している(図3参照)。
【0027】
揺動円板91の他方の側面(裏面側)には、ワイヤガイド駆動モータ20や揺動駆動モータ92が取り付けられている。揺動駆動モータ92の駆動によって揺動円板91は揺動し、ワイヤガイド駆動モータ20の駆動によってワイヤガイド2は回転する。揺動駆動モータ92及びワイヤガイド駆動モータ20は、制御装置8によって駆動制御されている。
【0028】
本実施形態では、切断用ワイヤ3(ワイヤ3ともいう)に、ワイヤ3の表面にダイヤモンド等の微細な砥粒が固着されている固定砥粒ワイヤが用いられている。1つのワイヤソー装置1に対し、例えば100m以上の長さの1本のワイヤ3が用いられる。一対のワイヤガイド2、2の間に略平行な複数のワイヤ3の列(ワイヤ群3aともいう)が形成されるように、ワイヤ3は一対のワイヤガイド2、2に螺旋状に巻き付けられている。
【0029】
具体的には、図3にも示すように、ワイヤ3の中間部分が、一対のワイヤガイド2の全体の周囲に繰り返し巻き掛けられ、両ワイヤガイド2の間に張り渡されている。ワイヤ3は、一方のワイヤガイド2(供給側ワイヤガイド2)のワークW側を通って他方のワイヤガイド2(巻取側ワイヤガイド2)まで張り渡され、巻取側ワイヤガイド2に巻き掛けられている。巻取側ワイヤガイド2に巻き掛けられたワイヤ3は、連結壁4b側を通って供給側ワイヤガイド2まで張り渡され、供給側ワイヤガイド2に巻き掛けられている。この状態が回転軸A2の方向に所定のピッチで繰り返し行われ、最後に巻取側ワイヤガイド2のワークW側からワイヤ3が引き出されている。
【0030】
供給ワイヤガイド2から外方に引き出されたワイヤ3は、ワイヤ走行経路14(供給側ワイヤ走行経路14aともいう)に案内されて供給ワインダ6まで延びている。供給側ワイヤ走行経路14aには複数のプーリPが配設されていて、ワイヤ3はこれらプーリPに巻き掛けられて向きを変えながら供給ワインダ6まで延びている。
【0031】
供給ワインダ6には、供給側ボビン61や供給側アシストモータ62などが備えられている。供給ワインダ6には、最初に、ワイヤ3の新線が巻装された供給側ボビン61が装着される。供給側アシストモータ62は、制御装置8と協働して供給側ボビン61を回転駆動し、ワイヤ3を巻き出したり巻き取ったりする。
【0032】
巻取側ワイヤガイド2から外方に引き出されたワイヤ3は、ワイヤ走行経路14(巻取側ワイヤ走行経路14bともいう)に案内されて巻取ワインダ7まで延びている。巻取側ワイヤ走行経路14bには複数のプーリPが配設されていて、ワイヤ3はこれらプーリPに巻き掛けられて向きを変えながら巻取ワインダ7まで延びている。
【0033】
巻取ワインダ7には、巻取側ボビン71や巻取側アシストモータ72などが備えられている。巻取ワインダ7には、最初に、ワイヤ3が巻装されていない空の状態の巻取側ボビン71が装着される。巻取側アシストモータ72は、制御装置8と協働して巻取側ボビン71を回転駆動し、ワイヤ3を巻き取ったり巻き出したりする。
【0034】
本実施形態では、ワイヤ群3aがワイヤガイド2から離れないように、ワイヤガイド2から引き出されたワイヤ3が最初に巻き掛けられるプーリP(第1プーリP1)は、軸方向から見て、ワークW側とは逆の方向に両ワイヤガイド2から離れて配置されている。
【0035】
ワイヤ3の張力を一定に保持制御するために、各ワイヤ走行経路14には張力保持機構11が配設されている。張力保持機構11には、テンションアーム11aやテンションモータ11b、テンションプーリP2などが備えられている。
【0036】
テンションアーム11aの先端部にテンションプーリP2が回転自在に支持され、テンションアーム11aの基端部にテンションモータ11bのシャフトが固定されている。テンションプーリP2はシャフトを中心に回動変位する。テンションプーリP2が変位することによってワイヤ走行経路14の長さが変化する。
【0037】
サーボモータ等からなるテンションモータ11bは、テンションアーム11aに一定のトルクを与えている。それにより、ワイヤ3の張力は一定に保持されている。テンションモータ11bには、エンコーダ(図示せず)が設けられている。このエンコーダにより、テンションアーム11aの回転角度の変位量、つまりテンションプーリP2の位置の変位量が実測されている。本実施形態のテンションモータ11bは制御装置8に接続されており、制御装置8は、テンションモータ11bからテンションプーリP2の変位量を受信する。
【0038】
本実施形態のワイヤソー装置1では、回転方向を交互に変えてワイヤガイド駆動モータ20及び両アシストモータ62,72を駆動させることにより、供給ワインダ6及び巻取ワインダ7のそれぞれにおいてワイヤ3の巻き出しとワイヤ3の巻き取りとが交互に繰り返し行われる。
【0039】
具体的には、供給側ボビン61から所定長さのワイヤ3が巻き出され、供給ワインダ6側から巻取ワインダ7側へ向かってワイヤ3が走行し、巻取側ボビン71に巻き取られる(前進走行)。続いて、所定長さよりも短い長さ分だけ、巻取側ボビン71からワイヤ3が巻き出され、巻取ワインダ7側から供給ワインダ6側へ向かってワイヤ3が走行し、供給側ボビン61に再度巻き取られる(後退走行)。この前進走行と後退走行との処理を交互に繰り返し行うことにより、ワイヤ3の新線部分は供給側ボビン61から順次繰り出され、ワイヤ3は、供給側ボビン61から巻取側ボビン71へと順次巻き取られていく。
【0040】
ワーク保持部50は、ワーク保持部材51やワーク昇降モータ52などで構成さていて、ワイヤガイド支持部4のワークW側に離れて配設されている。詳しくは、図3に示したように、軸方向から見て、揺動軸A1を通り、揺動角度が0の時の2つの回転軸A2を結ぶ線分に対して略垂直な延長線L上にワーク保持部材51が位置している。ワーク保持部材51の一端(テーブル51aともいう)はワイヤ群3aと対向していて、そのテーブル51aにワークWが着脱可能に支持されている。
【0041】
ワーク保持部材51の他端側に、ワーク昇降モータ52が配置されている。ワーク昇降モータ52は、制御装置8と協働し、ボールネジ機構(不図示)によってワーク保持部材51を延長線Lに沿って変位させる。
【0042】
制御装置8は、CPUやメモリ等のハードウエアと、メモリに実装された制御プログラム等のソフトウエアとで構成されている。制御装置8には、ワイヤガイド駆動モータ20やワーク昇降モータ52、供給側アシストモータ62,巻取側アシストモータ72、揺動駆動モータ92等が接続されていて、制御装置8はこれらを駆動制御している。
【0043】
具体的には、制御装置8はワーク昇降モータ52を駆動制御している。それにより、ワーク保持部材51やワークWはワイヤ群3aに向かって変位し、ワークWは切断されるまで常時ワイヤ3に押し付けられる。
【0044】
また、制御装置8は、揺動駆動モータ92も駆動制御している。それにより、揺動円板91が揺動し、揺動円板91とともにワイヤガイド支持部4やワイヤガイド2、ワイヤ群3aも揺動する。具体的には、図3に示したように、延長線Lに垂直な揺動角度0の基準位置から、時計回り及び反時計回りに所定の角度(θ)の範囲で、ワイヤガイド支持部4等は揺動軸A1を中心に揺動変位する。
【0045】
更に、制御装置8は、ワイヤガイド駆動モータ20や供給側アシストモータ62,巻取側アシストモータ72を駆動制御している。それにより、ワイヤ3の巻き出し及び巻き取りの処理が交互に繰り返し行われ、ワイヤ3は次第に供給側ボビン61から巻取側ボビン71に巻き取られる。
【0046】
制御装置8は、ワイヤガイド駆動モータ20等とワイヤガイド支持部4等とを同時に駆動制御する。その結果、ワイヤ群3aは走行状態で揺動変位し、ワイヤ走行経路14の長さは繰り返し変化する。
【0047】
例えば、図4に示すように、ワイヤガイド2が揺動角度が0の基準位置(仮想線)から時計回りに揺動した場合には、ワイヤ3の引き出し位置は第1プーリP1から遠ざかる。その結果、ワイヤ走行経路14は、遠ざかった距離(L1)だけ基準位置でのワイヤ走行経路14と比べて長くなる。また、図5に示すように、基準位置(仮想線)から反時計回りに揺動した場合には、ワイヤ3の引き出し位置は第1プーリP1に近づく。その結果、ワイヤ走行経路14は、近づいた距離(L2)だけ基準位置でのワイヤ走行経路14と比べて短くなる。
【0048】
その結果、ワイヤ3は繰り返し引っ張られたり緩んだりするため、切断精度の低下やワイヤ3の断線などの不具合を招く虞がある。また、その張力変動の影響がテンションプーリP2に及ぶと、それによってもワイヤ走行経路14の長さが変動するため、局所的な張力変動が増強され、より不安定になる虞もある。
【0049】
そこで、揺動によって生じるワイヤ3の張力変動の発生を抑制するために、制御装置8に、供給ワインダ6や巻取ワインダ7の回転速度を制御するワインダ速度制御プログラム8a(ワインダ速度制御手段)が組み込まれている。
【0050】
ワインダ速度制御プログラム8aは、各アシストモータ62,72と協働して、ワイヤガイド支持部4等の揺動に同調させて各ワインダ6,7の回転速度を制御する処理を実行する。この点、前進走行が行われている状態を例に具体的に説明する。
【0051】
供給側ワイヤ走行経路14aでは、ワイヤガイド支持部4等が時計回りに揺動する時(供給側ワイヤ走行経路14aが長くなる方向)には、ワイヤ3が引っ張られる。従って、ワインダ速度制御プログラム8aは、その長さの変化に合わせてワイヤ3を多く巻き出すために供給ワインダ6の回転速度を増加させる。そして、ワイヤガイド支持部4等が反時計回りに揺動する時(供給側ワイヤ走行経路14aが短くなる方向)には、ワイヤ3が緩む。従って、ワインダ速度制御プログラム8aは、その長さの変化に合わせてワイヤ3を少なく巻き出すために供給ワインダ6の回転速度を減少させる。
【0052】
巻取側ワイヤ走行経路14bでは、ワイヤガイド支持部4等が時計回りに揺動する時(巻取側ワイヤ走行経路14bが短くなる方向)には、ワイヤ3が緩む。従って、ワインダ速度制御プログラム8aは、その長さの変化に合わせてワイヤ3を多く巻き取るために巻取ワインダ7の回転速度を増加させる。そして、ワイヤガイド支持部4等が反時計回りに揺動する時(巻取側ワイヤ走行経路14bが長くなる方向)には、ワイヤ3が引っ張られる。従って、ワインダ速度制御プログラム8aは、その長さの変化に合わせてワイヤ3を少なく巻き取るために巻取ワインダ7の回転速度を減少させる。
【0053】
後退走行の場合には、ワイヤ3の走行方向が逆になるので、各ワインダ6,7の回転速度の制御もそれに応じて変更される。各ワインダ6,7の回転速度の制御について、ワイヤ3の走行方向とワイヤガイド支持部4等の揺動方向との組み合わせ別にまとめた表を図6に示す。
【0054】
各ワインダ6,7の回転速度を制御するために、ワインダ速度制御プログラム8aには制御パラメータが予め設定されている。制御パラメータは、ワイヤソー装置1の機械的条件から算出される。例えば、ワイヤガイド支持部4等が揺動しても、テンションプーリP2が所定の基準位置で安定する、つまり張力変動が生じなくなるように、各ワインダ6,7の回転速度を増減する制御パラメータを算出し、この制御パラメータを用いて各ワインダ6,7の回転速度を制御する。
【0055】
更に、本実施形態のワインダ速度制御プログラム8aには補正プログラム8b(補正手段)も備えられている。補正プログラム8bは、テンションプーリP2の変位量の実測値に基づいて各ワインダ6,7の回転速度を補正する処理を実行する。
【0056】
ワイヤ3の張力が一定でなく可変制御される場合や、経時的にワイヤ3の張力が変化するような場合には、制御パラメータによる制御では対応できない。そこで、補正プログラム8bにより、テンションプーリP2の変位量の実測値に基づいて各ワインダ6,7の回転速度を補正することで、加工中にワイヤ3の張力が変化しても各ワインダ6,7の回転速度を適正に保つことができる。
【0057】
(切断加工方法)
このワイヤソー装置1では、ワークWをセットし、例えば、操作スイッチを操作してワイヤソー装置1を作動させることで、ワイヤガイド駆動モータ20等と制御装置8との協働により、ワークWの切断が完了するまでの一連の処理が自動的に実行される。
【0058】
まず最初には、テーブル51aにワークWがセットされる(ワーク支持工程)。具体的には、ワークWはその切断方向がワイヤ群3aと平行になるようにテーブル51aに取り付けられる。そうしてワイヤソー装置1を作動させると、ワイヤガイド2の回転に連動して、供給ワインダ6及び巻取ワインダ7においてワイヤ3の巻き出し処理や巻き取り処理が行われ、ワイヤ3は前進走行と後退走行を繰り返す(ワイヤ走行工程)。
【0059】
ワイヤ3の走行に連動して、ワイヤガイド支持部4等も制御装置8によって自動的に揺動制御される(揺動制御工程)。ワイヤ走行工程及び揺動制御工程が行われる際に、ワインダ速度制御プログラム8aや補正プログラム8bが実行され、各ワインダ6,7の回転速度が制御される。
【0060】
図7に、揺動角度に対する各ワインダ6,7の回転速度のタイムチャートを示す。同図の(a)はワイヤガイド支持部4等の揺動角度の経時変化を表している。同図の(b)は(a)に対応した前進走行時における各ワインダ6,7の回転速度の経時変化を表している。同図の(c)は(a)に対応した後退走行時における各ワインダ6,7の回転速度の経時変化を表している。(b)及び(c)の各図における、上側の実線は供給ワインダ6の回転速度の経時変化、下側の実線は巻取ワインダ7の回転速度の経時変化である。
【0061】
同図に示すt1の時間帯では、図3に示すように、ワイヤガイド2等は符号S1の状態から符号S2の状態に変位している(揺動方向が時計回り)。また、t2の時間帯では、ワイヤガイド等は符号S2の状態から符号S1の状態に変位している(揺動方向が反時計回り)。
【0062】
t1の時間帯では、供給側ワイヤガイド2は第1プーリP1から遠ざかるため、供給側ワイヤ走行経路14aは長くなる。一方、巻取側ワイヤガイド2は第1プーリP1に近づくため、巻取側ワイヤ走行経路14bは短くなる。従って、t1の時間帯では、前進走行時には各ワインダ6,7は同調して回転速度が大きく制御され、後退走行時には各ワインダ6,7は同調して回転速度が小さく制御される。
【0063】
t2の時間帯では、供給側ワイヤガイド2は第1プーリP1に近づくため、供給側ワイヤ走行経路14aは短くなる。一方、巻取側ワイヤガイド2は第1プーリP1から遠ざかるため、巻取側ワイヤ走行経路14bは長くなる。従って、t2の時間帯では、前進走行時には各ワインダ6,7は同調して回転速度が小さく制御され、後退走行時には各ワインダ6,7は同調して回転速度が大きく制御される。
【0064】
各時間帯t1,t2での各ワインダ6,7の回転速度は略一定の速度に制御されている。そして、各ワインダ6,7の回転速度の切り替えは、ワイヤガイド支持部4等の揺動角度が最大となる状態(図3のS1,S2)の時間帯、つまり揺動の速度が最も遅くなる時間帯で切り替わるように設定されている。そうすることで、回転速度を安定して切り替えることができる。
【0065】
このように、揺動によってワイヤ走行経路14に長さの変動が発生しても、それに応じて各ワインダ6,7の回転速度が大小に変化するので、ワイヤ3の張力変動が効果的に抑制される。それにより、テンションプーリP2も基準位置に安定し、ワイヤ3の張力も精度高く保持できるようになるため、高精度な切断を実現できる。
【0066】
ワイヤソー装置1では、走行方向を反転させながらワイヤ3が走行を繰り返すため、経時的にワイヤ3の張力が変化する場合がる。また、加工の途中で意図的にワイヤ3の張力を可変制御する場合もある。そのような場合には、所定の張力になるようにテンションプーリP2は基準位置から外れた位置に変位する。
【0067】
図8に、テンションプーリP2を示す。例えば、ワイヤ3の張力が高まると、テンションアーム11aは実線で示す基準位置から回動し、仮想線Y1で示すように、テンションプーリP2が、ワイヤ3が連続して巻き掛けられた直近のプーリPに近づく方向(+方向ともいう)に変位する。また、ワイヤ3の張力が緩むと、テンションアーム11aは基準位置から回動し、仮想線Y2で示すように、テンションプーリP2が、ワイヤ3が連続して巻き掛けられた直近のプーリPから離れる方向(−方向ともいう)に変位する。
【0068】
そこで、テンションプーリP2が基準位置から変位しても、自動的に基準位置に戻って安定するように、補正プログラム8bが実行される(フィードバック制御)。加工中は、常時、テンションプーリP2の変位が実測されていて、その実測値が制御装置8に入力されている。補正プログラム8bは、その実測値に基づいて各ワインダ6,7の回転速度を補正する処理を実行する。
【0069】
図9に、補正制御のフローチャートを示す。同図の(a)は、前進走行時における供給ワインダ6の制御を、同図の(b)は、前進走行時における巻取ワインダ7の制御を表している。
【0070】
補正プログラム8bは、供給側ワイヤ走行経路14a内のテンションプーリP2(供給側テンションプーリP2aともいう)が+方向へ変位したか否かを判断する(ステップS1)。そして、供給側テンションプーリP2aが+方向へ変位した場合には、ワイヤ3が引っ張られているので、補正プログラム8bは、それに応じてワイヤ3が多く巻き出されるように供給ワインダ6の回転速度を増やす処理を実行し、供給側テンションプーリP2aを基準位置に戻す(ステップS2)。
【0071】
また、補正プログラム8bは、供給側テンションプーリP2aが−方向へ変位したか否かを判断している(ステップS3)。そして、供給側テンションプーリP2aが−方向へ変位した場合には、ワイヤ3が緩んでいるので、補正プログラム8bは、それに応じてワイヤ3が少なく巻き出されるように供給ワインダ6の回転速度を減らす処理を実行し、供給側テンションプーリP2aを基準位置に戻す(ステップS4)。
【0072】
同様に、補正プログラム8bは、巻取側ワイヤ走行経路14b内のテンションプーリP2(巻取側テンションプーリP2bともいう)が+方向へ変位したか否かを判断する(ステップS11)。そして、巻取側テンションプーリP2bが+方向へ変位した場合には、ワイヤ3が引っ張られているので、補正プログラム8bは、それに応じてワイヤ3を少なく巻き取るように巻取ワインダ7の回転速度を減らす処理を実行し、巻取側テンションプーリP2bを基準位置に戻す(ステップS12)。
【0073】
また、補正プログラム8bは、巻取側テンションプーリP2bが−方向へ変位したか否かを判断している(ステップS13)。そして、巻取側テンションプーリP2bが−方向へ変位した場合には、ワイヤ3が緩んでいるので、補正プログラム8bは、それに応じてワイヤ3を多く巻き取るように巻取ワインダ7の回転速度を増やす処理を実行し、巻取側テンションプーリP2bを基準位置に戻す(ステップS14)。
【0074】
後退走行の場合には、ワイヤ3の走行方向が逆になるので、各ワインダ6,7の回転速度の補正もそれに応じて変更される。各ワインダ6,7の回転速度の補正制御について、ワイヤ3の走行方向とテンションプーリP2の変位方向との組み合わせ別にまとめた表を図10に示す。
【0075】
従って、加工中にワイヤ3の張力が変化するような場合が発生しても、テンションプーリP2は基準位置に保持されるので、各ワインダ6,7の回転速度を安定して適正に保つことができる。
【0076】
そして、ワークWをワイヤ群3aに押し付けるために、揺動制御されながら走行しているワイヤ群3aに向かってワーク保持部材51が変位する(変位制御工程)。走行するワイヤ群3aにワークWが接すると、その摩擦抵抗によってワークWは切削される。切削時には、オイル供給装置(不図示)よりワークWの切削部位にオイルが供給される。ワークWが分断されるまで、ワイヤ3の走行制御及び揺動制御が自動的に実行される。
【0077】
なお、本発明にかかるワイヤソー装置等は、上述した実施形態に限定されず、それ以外の種々の構成をも包含する。本発明が適用可能なワイヤソー装置は、図1に示すワイヤソー装置1に限られない。揺動しながら走行するワイヤにワークを押し当てて切断加工を行うタイプのワイヤソー装置に本発明は広く適用可能である。
【0078】
例えば、張力保持機構11は、テンションモータ11bに限らずバネ等で構成してあってもよい。例えば、供給ワインダ6や巻取ワインダ7に張力保持機構を組み込んであってもよい。ワイヤガイド2は3つ以上であってもよい。
【0079】
ワークWの形状(加工前の形状)も特に限定されるものではない。例えば、円柱状や直方体状等の様々な形状を持つワークWに本発明は広く適用可能である。ワークWの材質もシリコン等に限定されるものではない。切断用ワイヤは固定砥粒ワイヤに限らないが、ワークWがサファイアや炭化ケイ素(SiC)等の難削材の場合には固定砥粒ワイヤを用いるのが好ましい。
【0080】
ワイヤをワークの反対側から引き出すなど、ワイヤガイドへのワイヤの巻き付け方も仕様に応じて適宜変更できる。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明のワイヤソー装置及び切断加工方法は、シリコンインゴット等の切断に好適である。
【符号の説明】
【0082】
1 ワイヤソー装置
2 ワイヤガイド
3 切断用ワイヤ
4 ワイヤガイド支持部
6 供給ワインダ
7 巻取ワインダ
8 制御装置
8a ワインダ速度制御プログラム
8b 補正プログラム
10 側壁プレート
11 張力保持機構
50 ワーク保持部
61 供給側ボビン
71 巻取側ボビン
P プーリ
P1 第1プーリ
P2 テンションプーリ
W ワーク
A1 揺動軸
A2 回転軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
走行しながら揺動する切断用ワイヤに被加工物を押し付けて当該被加工物を切断するワイヤソー装置であって、
前記被加工物が押し付けられる方向に対して略垂直な基準位置から所定の角度の範囲で揺動軸を中心に揺動するワイヤガイド支持部と、
前記ワイヤガイド支持部に配置され、各々が互いに離れて前記揺動軸と平行な回転軸を中心に回転する一対のワイヤガイドと、
1本の前記切断用ワイヤを前記一対のワイヤガイドの周囲に螺旋状に巻き付けることにより、これらワイヤガイドの間に形成される略平行なワイヤ群と、
前記切断用ワイヤの巻き出し及び巻き取りが可能なワインダと、
前記ワイヤガイドと前記ワインダとの間に設けられ、前記切断用ワイヤを案内するワイヤ走行経路と、
前記被加工物を支持し、変位して当該被加工物を前記ワイヤ群に押し付けるワーク保持部と、
制御装置と、
を備え、
前記制御装置が、前記ワイヤガイド支持部の揺動に同調させて前記ワインダの回転速度を制御するワインダ速度制御手段を有しているワイヤソー装置。
【請求項2】
請求項1に記載のワイヤソー装置において、
前記ワインダが前記切断用ワイヤを巻き出している場合に、前記ワインダ速度制御手段は、前記ワイヤ走行経路が長くなる方向に前記ワイヤガイド支持部が揺動する時に、前記ワイヤ走行経路が短くなる方向に前記ワイヤガイド支持部が揺動する時よりも、前記ワインダの回転速度が大きくなるように制御するワイヤソー装置。
【請求項3】
請求項2に記載のワイヤソー装置において、
前記ワインダ速度制御手段が、予め設定された制御パラメータを含み、当該制御パラメータに基づいて前記ワインダの回転速度を制御するワイヤソー装置。
【請求項4】
請求項3に記載のワイヤソー装置において、
前記ワイヤ走行経路に、前記切断用ワイヤの張力を一定に保持するテンションプーリが設けられ、
前記ワインダ速度制御手段が、前記テンションプーリの変位量の実測値に基づいて前記ワインダの回転速度を制御する補正手段を有しているワイヤソー装置。
【請求項5】
走行しながら揺動する切断用ワイヤに被加工物を押し付けて当該被加工物を切断する切断加工方法であって、
前記切断用ワイヤの揺動に同調して、前記切断用ワイヤの走行速度を自動制御するワインダ速度制御工程を含む切断加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−236256(P2012−236256A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−106904(P2011−106904)
【出願日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【出願人】(391003668)トーヨーエイテック株式会社 (145)
【Fターム(参考)】