説明

ワイヤ放電加工装置及び放電加工方法

【課題】被加工物28の切断加工において加工速度及び加工精度の向上を図る。
【解決手段】ワイヤ放電加工装置1は、張設状態で走行するワイヤ電極Wと、ワイヤ電極Wが被加工物28中を横切るように、ワイヤ電極Wと被加工物28とを相対移動させる相対移動手段30と、ワイヤ電極Wと被加工物28との間に所定の加工液34が介在している状態でワイヤ電極Wにパルス電圧を給電することにより、放電現象を通じて被加工物28を切断する給電手段36,38と、を備える。加工液34の比抵抗は10〜10Ω・cmに設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
ここに開示する技術は、ワイヤ電極を用いて被加工物を放電により切断加工するワイヤ放電加工装置及び放電加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、例えばシリコンインゴット等の硬脆材料からなる被加工物を、一度に、多数の薄片にスライスするための装置として、ワイヤソーが知られている(例えば特許文献1参照)。この特許文献に開示されたワイヤソーは、互いに所定の間隔を空けて矩形状を形成するように配置された4個のローラの間に、ワイヤが複数回、巻回されることによって、一対のローラ間で、複数本のワイヤがローラの軸方向に並設された切断部を備えている。このワイヤソーでは、切断部におけるワイヤに対し砥粒を含んだスラリーを供給しながら、各ワイヤが被加工物中を横切るように、切断部に対し被加工物を相対移動させることによって、被加工物が各ワイヤによって切断されて多数の薄片が、同時に切り出されるようになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−61527号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところが前記のワイヤソーは砥粒を含んだスラリーを用いるため、そのスラリーの取り扱いに手間がかかる上に、そのスラリーによって装置を汚したり、作業環境を悪化させたりするといった、様々な不都合がある。
【0005】
また生産性の向上の観点から、高い加工精度を維持しつつ、加工速度のさらなる向上が要求される一方で、従来のワイヤソーはそうした加工速度及び加工精度の双方の要求を共に満たすことが極めて困難である。
【0006】
ここに開示する技術は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、被加工物の切断加工において加工速度及び加工精度の向上を図ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、ワイヤソーのような機械的な切断加工ではなく、ワイヤ放電加工に着目し検討を重ねた結果、放電現象の安定化の観点から、浸漬又は吐出によってワイヤ電極と被加工物との間に加工液を介在させた状態で放電を行うワイヤ放電加工において、通常の放電加工では加工液の比抵抗を比較的高める(つまり、非導電性液体を用いる)のとは逆に、加工液の比抵抗を低下させたときには、放電加工と電解加工とが組み合わさって被加工物の切断加工が進行することにより、加工精度を低下させることなく、加工速度が大幅に向上することを見出したものである。
【0008】
ここに開示するワイヤ放電加工装置は、張設状態で走行するワイヤ電極と、前記ワイヤ電極が被加工物中を横切るように、前記ワイヤ電極と前記被加工物とを相対移動させる相対移動手段と、前記ワイヤ電極と前記被加工物との間に所定の加工液が介在している状態で前記ワイヤ電極にパルス電圧を給電することにより、放電現象を通じて被加工物を切断する給電手段と、を備え、前記加工液の比抵抗は、10〜10Ω・cmに設定されている。
【0009】
加工液を用いる通常の放電加工においては、その加工液として比抵抗が10Ω・cmよりも高いような非導電性液体が用いられる。そうすることによって、ワイヤ電極と被加工物との間で放電を安定して発生させて、被加工物の溶融乃至除去(以下、単に除去ともいう)を行う一方で、ワイヤ電極と被加工物との間の通電は抑制して、必要以上に被加工物が除去されること(電解腐食等)を防止する。
【0010】
これに対し前記の構成では、加工液の比抵抗を10Ω・cm以下の、比較的低い値に設定する。そうすることによって、放電が発生し、それによって被加工物の一部が除去されると共に、その後にワイヤ電極と被加工物との間の通電を通じて、被加工物の電解により、その被加工物一部がさらに除去される。このように放電加工と電解加工とが組み合わさって、被加工物の切断加工が進行することによって、ワイヤソーのような機械加工の場合と比較して、加工速度が大幅に向上し得ると共に、放電加工のみの場合と比較しても加工速度が向上し得る。ここで、この構成では放電加工と電解加工とが組み合わされるものの、前記ワイヤ電極に対してパルス電圧の給電を行うことにより、被加工物の電解が進み過ぎることは抑制される。つまり、通常の電解加工においてはワイヤ電極の通電を連続的に行うのに対し、この構成では、ワイヤ電極に対してパルス状の電圧を給電して電解加工を行うことで、被加工物が必要以上に除去されることは防止し得る。
【0011】
また、放電加工において加工速度を向上させようとした場合には、ワイヤ電極に加えるエネルギを増大させることになるため、結果として被加工物の除去が過剰になって加工精度が低下する(例えば、切断しろ(ワイヤ電極によって除去される被加工物の量に相当)が大幅に増大したり、加工面の粗さが悪化したり、ダメージの深さ(クラック深さ)が増大したりする)のに対し、前記の構成では、放電加工と電解加工との組み合わせによるため、加工速度を向上させるべく加えるエネルギを増大させたとしても、そのエネルギの一部が電解加工に利用されることで、前述した加工精度の低下を招くことはなく、加工精度が向上し得る。
【0012】
前記の構成ではまた、加工液の比抵抗を10Ω・cm以上に設定する。これは、加工液の比抵抗が10Ω・cmよりも低いときには、比抵抗が低すぎることで放電現象が生じずに電解作用のみになりやすい一方で、前述したようにワイヤ電極に対してパルス状に給電を行うことにより、与えるエネルギが少ないことで、通常の電解加工のようには切断加工(被加工物の除去)が行われ難くなるためである。換言すれば加工液の比抵抗を10Ω・cm以上に設定することによって、放電加工と電解加工とが適切に組み合わさって被加工物の切断加工が進行するものであり、その結果、加工速度の向上及び加工精度の向上が両立するのである。
【0013】
尚、加工精度を向上させる観点からは、ワイヤ電極と被加工物とを加工液中に浸漬した状態で放電を行う、水中浸漬式の放電加工であることが好ましい。
【0014】
前記被加工物の比抵抗は、10−2〜10Ω・cmに設定されている、としてもよい。つまり被加工物は、その比抵抗が比較的高いことが好ましく、そうすることによって、所定の比抵抗に設定された加工液と組み合わされることにより、前述した放電加工と電解加工との適切な組み合わせに伴う加工速度の向上及び加工精度の向上が実現し得る。尚、10−2Ω・cmは、安定した放電加工を容易に行い得る限界として設定される被加工物の比抵抗であり、10Ω・cmは、前述した加工液の比抵抗の下限値として10Ω・cmを設定した場合に組み合わせ得る、被加工物の比抵抗である。
【0015】
前記ワイヤ電極は、所定間隔を空けて配設された一対のローラに対し複数回、巻回されることによって、前記一対のローラ間において当該ローラの軸方向に所定間隔を空けて複数本、並設されており、前記被加工物は、前記ローラの軸方向に延びる長細形状を有しており、前記細長形状の被加工物は、前記相対移動手段によって前記一対のローラ間を相対移動することに伴い、前記複数本のワイヤ電極によって複数枚の薄片に切断される、としてもよい。
【0016】
こうしたマルチワイヤの構成では、ワイヤ電極の間隔と切断後の薄片の厚みとが対応するが、前述したように、このワイヤ放電加工装置では切断しろが低下するため、ワイヤ電極同士の間隔を狭くして、被加工物を複数の薄片にスライスする場合に適している。つまり、このワイヤ放電加工装置は微細加工を行う上で有利である。
【0017】
また、マルチワイヤ構成では、加工液の比抵抗を下げすぎたときには、ワイヤ間で通電してワイヤの断線等を招く場合がある。これに対しワイヤの間隔を広げることによって加工液による抵抗は下げ得るが、加工液の比抵抗を下げすぎたときにはワイヤ−被加工物間の抵抗差が小さくなるため、安定放電が起き難くなる。このことを考慮し、マルチワイヤ構成においてワイヤの間隔を、例えば0.25mm程度に設定した場合には特に、加工液の比抵抗は10Ω・cm以上とすることが好ましい。
【0018】
ここに開示する放電加工方法は、張設状態で走行するワイヤ電極にパルス電圧を給電する工程と、所定の加工液が介在している前記ワイヤ電極と被加工物との間で放電を生じさせる工程と、前記放電の発生後、前記ワイヤ電極と前記被加工物との間の通電により、当該被加工物を電解させる工程と、前記放電及び前記電解を繰り返しながら、前記被加工物と前記ワイヤ電極とを相対移動させることによって、前記被加工物を前記ワイヤ電極によって切断する工程と、を含んでいる。前記加工液の比抵抗は、10〜10Ω・cmに設定されている、としてもよい。
【発明の効果】
【0019】
以上説明したように、ここに開示するワイヤ放電加工装置及び放電加工方法は、加工液の比抵抗を適宜設定することにより、放電加工と電解加工とが組み合わさって被加工物の切断加工が進行するようになり、その結果、加工速度の向上及び加工精度の向上の点で有利になる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】ワイヤ放電加工装置の概略構成図である。
【図2】ワイヤ放電加工装置の主要部分の構成を示す斜視図である。
【図3】ワイヤ電極に給電を行う回路構成図である。
【図4】加工液の比抵抗に対する加工速度及び加工粗さの変化を示す図である。
【図5】加工液の比抵抗に対する切断しろ及びダメージ深さの変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、ワイヤ放電加工装置の実施形態を図面に基づいて説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎない。
【0022】
図1は、ワイヤ放電加工装置1の概略構成を示している。このワイヤ放電加工装置1は、一対のワイヤ繰出し・巻取り装置10A,10B、トラバーサ12A,12B、ガイドプーリ14A,14B、ガイドプーリ16A,16B、ガイドプーリ18A,18B、ワイヤ張力調整装置20A,20B、及び5つのガイドローラ24A,24B,26A,26B,26Cを備えている。
【0023】
各ワイヤ繰出し・巻取り装置10A,10Bは、ワイヤ電極Wが巻かれるボビンと、これを回転駆動する図示省略のボビン駆動モータとを備えている。
【0024】
各トラバーサ12A,12Bは、ワイヤ電極Wを、各ワイヤ繰出し・巻取り装置10A,10Bのボビンに対し、その軸方向に整列した状態で巻き取らせるための装置であり、ワイヤ電極Wをボビンの軸方向に往復移動させてこれを案内するガイドプーリ121A,121Bを有している。ガイドプーリ121A,121Bはそれぞれ、ワイヤ電極Wが巻き掛けられてワイヤ電極Wを案内する案内状態(図1におけるガイドプーリ121A参照)と、ワイヤ電極Wから離れた退避状態(図1におけるガイドプーリ121B参照)とに切り換え可能に構成されており、後述するように、ワイヤ電極Wの走行方向の切り換えに応じて、対応するボビンにワイヤ電極Wを巻き取るときには案内状態にされる一方、ボビンからワイヤ電極Wを繰出すときには退避状態にされる。
【0025】
ガイドローラ24A,24Bは、互いに同じ高さ位置において、所定の間隔を空けて並行に配置され、ガイドローラ26A,26Bはそれぞれガイドローラ24A,24Bの上方の位置に配されていると共に、ガイドローラ26Cは、ガイドローラ26A,26Bの間位置において、ガイドローラ24A,24Bとガイドローラ26A,26Bとの高さ方向の中間位置に配置されている。
【0026】
一方のワイヤ繰出し・巻取り装置10Aのボビンから繰出されたワイヤ電極Wは、トラバーサ12Aのガイドプーリ121A、ガイドプーリ14A、16A、18Aの順に掛けられ、さらにガイドローラ24A,24B,26B,26C,26Aの外周面のガイド溝(図示省略)に嵌め込まれながらこれらガイドローラの外側に多数回螺旋状に巻回された後、ガイドプーリ18B、16B,14B、及びトラバーサ12Bのガイドプーリ121Bの順に掛けられ、他方のワイヤ繰出し・巻取り装置10Bのボビンに巻き取られている。ワイヤ電極Wには、ガイドプーリ14A及び16Aの間、並びに、ガイドプーリ16B及び14Bの間に配設されたワイヤ張力調整装置20A,20Bによって適当な張力が与えられている。そうして、図示省略の駆動モータによるガイドローラの回転駆動方向と、各ボビン駆動モータによるボビンの回転駆動方向が正逆に切換えられることにより、ワイヤ電極Wがワイヤ繰出し・巻取り装置10Aから繰出されてワイヤ繰出し・巻取り装置10Bに巻き取られる状態と、ワイヤ電極Wがワイヤ繰出し・巻取り装置10Bから繰出されてワイヤ繰出し・巻取り装置10Aに巻き取られる状態とに切換えられる。すなわち、このワイヤ放電加工装置1においては、ガイドローラ24A,24Bの間に多数本のワイヤ電極Wが、ローラの軸方向(図1における紙面に直交する方向)に所定の等間隔を空けて、互いに平行な状態で張られながらその長手方向(図1における左右方向)に往復駆動される(図2も参照)。
【0027】
前記ガイドローラ24A,24B間に張られたワイヤ電極Wの上方には、ワーク(図1の例では、角柱状のシリコンインゴット)28を移動させるワーク送り装置30が設けられている。このワーク送り装置30は、ワーク28の柱軸がガイドローラ24A,24Bの軸方向と一致するように、このワーク28の上端部を保持しつつ、ワーク28を下向きに移動させることによって、ワイヤ電極Wに対し相対的に移動させる切断送りをする。
【0028】
前記ワーク送り装置30の下方位置には、加工液34が貯留された加工漕32が配設されており、前記ガイドローラ24A,24B間に張られたワイヤ電極Wは、この加工漕32内を通過するように配設されている。このように、このワイヤ放電加工装置1では、水中浸漬式の放電加工を行うように構成されている。尚、加工漕32内の加工液34についての詳細は、後述する。
【0029】
ワーク28を挟んだ両側には、給電装置38に接続された一対の給電子36,36がそれぞれ配設されており、各給電子36はワイヤ電極Wに対して当接して配設されている。この各給電子36を通じてワイヤ電極Wに、パルス状の電圧が給電されることになる。
【0030】
図2は、このワイヤ放電加工装置1において、ワークの切断(スライス)を行っている状態を模式的に示す図である。尚、図2においては、理解容易の観点からワイヤ放電加工装置1の構成を単純化しており、具体的には図1に示すワイヤ放電加工装置1に対して、ガイドローラ26Cを省略していると共に、各ガイドプーリ14A,14B,16A,16B,18A,18B、ワイヤ張力付与装置20A,20B及びトラバーサ12A,12B、並びに、加工漕32及び給電子36を省略している。また、ワーク28の形状も異ならせている。さらに、図2に示すワイヤ放電加工装置1は模式的なものであり、ガイドローラ24A,24B間に巻回されたワイヤ電極Wの本数を限定するものではない。
【0031】
このワイヤ放電加工装置1においては、前述したように一対のガイドローラ24A,24B間において、複数本のワイヤ電極Wが長手方向に往復駆動される一方で、そのワイヤ電極Wに対してワーク28が相対移動する(図2の白抜きの矢印参照)。また、ワイヤ電極Wには、給電子36,36を通じて、所定のパルス幅を有するパルス電圧が、所定の周期で給電されていると共に、ワイヤ電極Wは加工漕32内に浸漬されている。このワイヤ放電加工装置1では、ワイヤ電極Wとワーク28との間で放電を繰り返しつつ、各ワイヤ電極Wがワーク28の下面側からそのワーク28中を横断するように相対移動をすることによって、ワーク28を複数の薄片に切断(スライス)することになる。
【0032】
図3は、ワイヤ放電加工装置1において、給電装置38を含んで構成される回路構成図を示している。この給電装置38は、相対的に高い電圧(例えば300V程度)をワイヤ電極Wに供給するための、高電圧(低電流)回路40と、相対的に低い電圧(例えば100〜120V程度)をワイヤ電極Wに供給するための、低電圧(高電流)回路42と、が並列に設けられて構成されている。給電装置38は、ワイヤ電極Wに対して先ず高電圧回路40によって高電圧を供給し、それによって、ワイヤ電極Wとワーク28との間における放電を発生(図3の一点鎖線参照)させた後、低電圧回路42によってワイヤ電極Wに低電圧を供給することにより、ワイヤ電極Wとワーク28との間で通電状態を維持するようにする。この通電状態、つまり高電圧回路40による高電圧の供給開始から、低電圧回路42による低電圧の供給終了までは、所定のパルス期間(例えば5μs程度)の間維持され、このことによりワイヤ電極Wには、高電圧回路40及び低電圧回路42によって組み合わされたパルス電圧が給電されることになる。尚、このパルスのデューティーファクタは、例えば20〜30%程度に設定すればよい。
【0033】
そうして、このワイヤ放電加工装置1においては、加工漕32に貯留されている加工液34として、その比抵抗が10〜10Ω・cmに設定されている点を特徴とする。通常の放電加工においては、その加工液としては非導電性の液体(例えば比抵抗が、10Ω・cmよりも高い脱イオン水等の液体)を用い、ワイヤ電極Wとワーク28との間の通電を抑制することが行われる。これは、ワイヤ電極Wとワーク28との間の通電によって、必要以上にワーク28が除去されることを防止するため(ワーク28の電解腐食を防止して、その除去量をコントロールするため)である。
【0034】
これに対し、このワイヤ放電加工装置1では、加工液34の比抵抗を、通常の放電加工の場合と比べて低下させ、10Ω・cm以下にしている。このことによって、ワイヤ電極Wとワーク28との間で放電が発生し、それによってワーク28の一部が除去されると共に、その後にワイヤ電極Wとワーク28との間で通電が継続することにより、ワーク28の一部が、電解作用によって除去されるようになる。このように加工液34の比抵抗を低下させることによって、このワイヤ放電加工装置1は、放電加工及び電解加工を繰り返しながらワーク28を切断するようになるため、ワイヤソーのような機械加工の場合と比較して、加工速度が大幅に向上し得ると共に、放電加工のみの場合と比較しても加工速度が向上し得る。
【0035】
ここで、このワイヤ放電加工装置1では、放電加工と電解加工とが組み合わされるものの、ワイヤ電極Wに対してはパルス状の電圧を給電することにより、ワーク28の電解が進み過ぎることは抑制される。つまり、通常の電解加工においてはワイヤ電極Wの通電を連続的に行うのに対し、この構成では、ワイヤ電極Wに対しパルス状の給電を行って電解加工を行うことにより、ワーク28が必要以上に除去されることは防止し得る。
【0036】
また、放電加工において加工速度を向上させようとした場合には、ワイヤ電極Wに加えるエネルギを増大させることになるため、結果としてワーク28の除去が過剰になって、例えば切断しろが大幅に増大したり、加工面の粗さが悪化したり、ダメージの深さ(クラック深さ)が増大したりして、加工精度が低下する。
【0037】
これに対し、前記の構成では、放電加工と電解加工とを組み合わせるため、加工速度を向上させるべく、ワイヤ電極Wに加えるエネルギを増大させたとしても、そのエネルギの一部が電解加工に利用されることで、前述した加工精度の低下を招くことはなく、加工精度が向上し得る。例えば切断しろの減少は、材料効率を向上させると共に、前記ワイヤ放電加工装置1のように、ワイヤ電極Wの配置間隔によって、ワーク28をスライスした薄片の厚みが規定される場合に、その薄片の厚みを薄くすることが可能になる点で有利である。
【0038】
また加工液34の比抵抗を10Ω・cm以上に設定することによって、前述した放電加工と電解加工との組み合わせによる切断加工が実現し得る。つまり加工液34の比抵抗が10Ω・cmよりも低いときには、比抵抗が低すぎることで放電が生じずに電解作用のみになりやすい一方で、このワイヤ放電加工装置1では、ワイヤ電極Wに対してパルス状の電圧を給電するため、電解加工としては十分なエネルギが加えられず、切断加工が行われ難くなるためである。換言すれば加工液34の比抵抗を10Ω・cm以上に設定することによって、放電加工と電解加工とが適切に組み合わさって、加工速度の向上及び加工精度の向上が両立する。また、このワイヤ放電加工装置1のように、複数本のワイヤ電極Wを所定間隔を空けて配設したマルチワイヤ構成では、加工液34の比抵抗が低すぎると、ワイヤ電極W間で通電してしまい、ワイヤ電極Wの断線等を招くことになる。例えばワイヤ電極Wの間隔を広くすることによって、加工液34の比抵抗を下げてもワイヤ電極W間で通電は回避し得る。しかしながら、加工液34の比抵抗を下げることによってワイヤ電極Wとワーク28との間の抵抗差が小さくなるため、安定放電は起き難くなる。この点において、ワイヤ電極Wの間隔を0.25mm程度に設定した場合には、加工液34の比抵抗を10Ω・cm以上に設定することが好ましい。加工液34としては、例えば脱イオン水を用いることが可能である。また、例えば水道水の比抵抗は、10Ω・cm程度であるため、加工液34として水道水レベルの水を利用することも可能である。このように、加工液34の比抵抗を10〜10Ω・cmに設定することは、加工液34の処理及び取り扱いを容易化するという利点もある。
【0039】
ここで、前記加工液34の比抵抗は、ワーク28の比抵抗との関係において適宜設定することが好ましく、ワーク28の比抵抗は、ここでは10−2〜10Ω・cmに設定されていることが好ましい。つまり、このワイヤ放電加工装置1の加工対象としてのワーク28は、その比抵抗が比較的高いことが好ましく、そうすることによって、所定の比抵抗に設定された加工液34と組み合わされることにより、前述した放電加工と電解加工との適切な組み合わせに伴う加工速度の向上及び加工精度の向上が実現し得る。尚、ワーク28の比抵抗の下限値としての10−2Ω・cmは、一般的に放電加工を行い得る下限値として決定されるものである。また、ワークの比抵抗の上限値としての10Ω・cmは、加工液34の比抵抗を10Ω・cmに設定した場合に、前述したような放電加工と電解加工とを組み合わせた、ワイヤ電極Wによるワーク28の切断加工が実現し得る比抵抗の上限である。
【0040】
このワイヤ放電加工装置1による放電加工は、その硬さ故に機械加工が難しい材料であっても、高い加工精度が得られることから、ワーク28としては比較的硬い材料である場合に優位性を持つ。また特に硬脆材料の加工に適している。具体的には、シリコン、炭化シリコン、サファイア、セラミック等を挙げることが可能である。
【0041】
尚、この実施形態では、加工液34を貯留する加工漕32内にワイヤ電極Wを配設し、ワイヤ電極W及びワーク28を加工液34中に浸漬した状態で、放電加工及び電解加工を行うようにしているが、ワイヤ電極Wとワーク28との接触部分に、例えばノズルを通じて加工液を供給するように構成してもよい。
【0042】
また、ここに開示する技術が適用可能なワイヤ放電加工装置1としては、多数本のワイヤ電極Wによってワーク28を、一度に複数枚の薄片に加工することに限定されない。この技術は、ワイヤ電極Wによってワーク28を切断加工する場合に広く適用し得る。
【実施例】
【0043】
次に前記のワイヤ放電加工装置1において、加工液34の比抵抗に関して具体的に実施した実施例について説明する。先ず加工条件について説明すると、ワーク28は単結晶シリコンであって、比抵抗が2〜3Ω・cmのものとした。この比抵抗が比較的高い単結晶シリコンは、例えば太陽電池に用いられ得る。ワイヤ電極Wは、モリブデン製ワイヤであり、その径φを180μmとした。また、ワイヤ電極Wの間隔は1.0mm、ワイヤ電極Wの張力は15N、ワイヤ電極Wの走行速度は600mm/minにそれぞれ設定した。
【0044】
前記の給電装置38における高電圧回路40を通じてワイヤ電極Wに給電する電圧(高電圧)は300Vとし、低電圧回路42を通じてワイヤ電極Wに給電する電圧(低電圧)は、120Vとした。また、パルス期間は5μs、デューティーファクタは20%とした。
【0045】
加工液34としては脱イオン水を用い、温度を20℃に設定した。そうして、この加工液34の比抵抗を10k〜300kΩ・cmの範囲で変更しながら、ワーク28に対し切断加工を施すと共に、それぞれについての加工速度、表面粗さ、切断しろ及びダメージ深さを計測した。結果を、図4及び図5に示す。
【0046】
先ず図4に示すように、加工液34の比抵抗が100kΩ・cm(10Ω・cm)よりも高いときには、比抵抗が変化しても加工速度はほとんど変化しないが、加工液34の比抵抗が100kΩ・cm(10Ω・cm)以下のときには、比抵抗が低下するほど加工速度が向上している。従って、加工速度の観点からは、加工液34の比抵抗は10Ω・cm以下であることが好ましく、この例においては、加工液34の比抵抗が10Ω・cmであることが最も好ましい。
【0047】
一方、表面粗さは、特に加工液34の比抵抗が50kΩ・cm以下のときには、比抵抗が低下するほど小さくなり、加工精度が高くなっている。従って、表面粗さをも考慮すると、加工液34の比抵抗は5×10Ω・cm以下であることが好ましい。
【0048】
次に、図5を参照するに、切断しろ及びダメージ深さに関しては、加工液34の比抵抗が200kΩ・cm以下のときには、比抵抗が低下するほど小さくなる。
【0049】
従って加工液34の比抵抗は、10Ω・cm以下であることが好ましく、5×10Ω・cm以下であることがより好ましく、10Ω・cm以下であることがさらに好ましい。
【0050】
また、加工液34の比抵抗をさらに下げて、10Ω・cmよりも低く設定したときには、ワイヤ電極W間で通電してしまい、ワイヤ電極Wが断線してしまった。ワイヤ電極Wの断線を防止しつつ、安定放電を実現する上では、加工液34の比抵抗を10Ω・cm以上に設定することが好ましい。また、前述したように、加工液34の比抵抗の下限値は、ワーク28の比抵抗との組み合わせをも考慮して決定されるものであり、ワーク28の比抵抗を10−2〜10Ω・cmに設定しているときには、加工液34の比抵抗は10Ω・cm以上にすることが望ましい。これによって、放電加工と電解加工との組み合わせによる切断加工が実現し、加工速度の向上及び加工精度の向上が両立する。
【産業上の利用可能性】
【0051】
以上説明したように、ここに開示したワイヤ放電加工装置及び放電加工方法は、放電加工と電解加工とが組み合わさって被加工物の切断加工を行うことで、高い加工速度及び加工精度が得られるため、各種の被加工物、特に、高硬度材料乃至硬脆材料の切断加工に有用である。
【符号の説明】
【0052】
1 ワイヤ放電加工装置
24A,24B ガイドローラ(ローラ)
28 ワーク(被加工物)
30 ワーク送り装置(相対移動手段)
34 加工液
36 給電子(給電手段)
38 給電装置(給電手段)
W ワイヤ電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
張設状態で走行するワイヤ電極と、
前記ワイヤ電極が被加工物中を横切るように、前記ワイヤ電極と前記被加工物とを相対移動させる相対移動手段と、
前記ワイヤ電極と前記被加工物との間に所定の加工液が介在している状態で前記ワイヤ電極にパルス電圧を給電することにより、放電現象を通じて被加工物を切断する給電手段と、を備え、
前記加工液の比抵抗は、10〜10Ω・cmに設定されているワイヤ放電加工装置。
【請求項2】
請求項1に記載のワイヤ放電加工装置において、
前記被加工物の比抵抗は、10−2〜10Ω・cmに設定されているワイヤ放電加工装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のワイヤ放電加工装置において、
前記ワイヤ電極は、所定間隔を空けて配設された一対のローラに対し複数回、巻回されることによって、前記一対のローラ間において当該ローラの軸方向に所定間隔を空けて複数本、並設されており、
前記被加工物は、前記ローラの軸方向に延びる長細形状を有しており、
前記細長形状の被加工物は、前記相対移動手段によって前記一対のローラ間を相対移動することに伴い、前記複数本のワイヤ電極によって複数枚の薄片に切断されるワイヤ放電加工装置。
【請求項4】
張設状態で走行するワイヤ電極にパルス電圧を給電する工程と、
所定の加工液が介在している前記ワイヤ電極と被加工物との間で放電を生じさせる工程と、
前記放電の発生後、前記ワイヤ電極と前記被加工物との間の通電により、当該被加工物を電解させる工程と、
前記放電及び前記電解を繰り返しながら、前記被加工物と前記ワイヤ電極とを相対移動させることによって、前記被加工物を前記ワイヤ電極によって切断する工程と、を含んでいる放電加工方法。
【請求項5】
請求項4に記載の放電加工方法において、
前記加工液の比抵抗は、10〜10Ω・cmに設定されている放電加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−260151(P2010−260151A)
【公開日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−114495(P2009−114495)
【出願日】平成21年5月11日(2009.5.11)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【出願人】(391003668)トーヨーエイテック株式会社 (145)
【Fターム(参考)】