説明

ワカメ生育海域判別方法

【課題】ワカメの生育海域判別方法を提供すること
【解決手段】本発明のワカメ生育海域判別方法は、判別対象のワカメの安定同位体比を測定し、判別対象のワカメの安定同位体比と第1の海域で生育したワカメの安定同位体比及び第2の海域で生育したワカメの安定同位体比を比較し、判別対象のワカメが生育した海域が第1の海域であるか第2の海域であるかを判別する。
ワカメに含まれる幾つかの元素の安定同位体比は、そのワカメが生育した海域の地理的、環境的要因によって異なる。このため、地理的、環境的要因が異なる第1の海域及び第2の海域のそれぞれで生育したワカメの安定同位体比を予め取得し、判別対象のワカメの安定同位体比と比較することにより、判別対象のワカメが第1の海域で生育したか第2の海域で生育したかを判別することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安定同位体比に基づいてワカメの生育海域を判別する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本国内に流通するワカメの市場への供給の内訳は、中国産が50%、韓国産が30%、国産が20%程度で、輸入ワカメが全体の80%を占める。この中でも養殖ワカメが大半であり、輸入ワカメは、ほぼ100%、国産ワカメでも全体の95%程度が養殖である。国産ワカメの主たる生産地域は、岩手・宮城(三陸)が全体の約70%、鳴門(徳島・兵庫)が約30%である。一方、輸入ワカメについては、中国産が中国・大連一帯、韓国産は韓国南部にて生産される。中国、韓国のワカメ生産は、日本の技術による養殖が原点である。
【0003】
鳴門ワカメは、鳴門海域で生産されるもので、鳴門ワカメと表示される約70%は、徳島県阿南市から鳴門市にかけての海域で生産され、残りの約30%は、兵庫県(淡路島・南鳴門町の播磨灘側が養殖場)産となる。三陸(岩手、宮城)においては、宮城県北部三陸海岸、岩手全域の三陸海岸で養殖されている。ワカメの収穫は、中国、韓国、日本ともに冬場が中心で1−4月に収穫される。
【0004】
国内で流通するワカメは、その大半が輸入ワカメであり、国産ワカメは全市場の20%程度の供給量しかない。一方、その価格においては、国産ワカメは、輸入ワカメの2−3倍の価格であり、輸入・国産の価格差が大きな食品とも言える。国産においても、ワカメの販売においては、三陸産、鳴門産という2大産地を表示して販売されるものが大半であり、その他としては、三陸・鳴門産、その他地域産を混合し国内産として販売するものがある。いずれにせよ、ワカメの場合、その産地(生育海域)は、商品販売において重要な価値を持つものである。
【0005】
農産物や海産物等の食品の産地(生育海域)判別方法としては種々の方法が存在する。例えば、特許文献1には「アサリの産地判別方法」として、生産地によってアサリの塩基配列が異なることを利用して、日本産か否かを判別する方法が記載されている。この他にも、生産地域により食品に含まれる微量元素の割合が異なることを利用した微量元素分析法、成育環境の違いにより色や透明度等の光学的特性が異なることを利用した光学分析法等が多く用いられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−212091号公報(段落[0023])
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上記特許文献1に記載の生産地判別方法は、ワカメに対して用いることは事実上困難である。ワカメの場合、北方系のナンブワカメと南方系のワカメが遺伝的に相違がある事は判明している。しかし、現在流通する養殖ワカメの場合、その種苗の流通等天然ワカメとは異なり、輸入ワカメについては、もともと日本より種苗が持ち込まれているためである。
【0008】
また、微量元素分析法は、分析対象が生の状態か、未加工の状態である必要がある。つまり、例えば原藻ワカメを例にとると中国で生産された原藻ワカメと鳴門や三陸産の原藻ワカメを識別する事は可能であるが、もし中国で生産された原藻ワカメが、国内で再度洗浄、塩蔵処理等を施された場合には、ワカメが保持している周辺環境よりの微量元素が、洗浄、再度塩蔵により変動してしまう為、検査が困難になる。特に塩蔵ワカメの場合、塩が含有する微量成分の影響が大きく、この点からも、産地判別技術としては制約がある。
【0009】
光学分析法もワカメの生産地判別法としては不十分である。鳴門や三陸、中国、韓国という主要ワカメ生産地域では、養殖技術や、生育環境の差異から、生産されるワカメの色合いや、肉質等に差があると言われる。塩蔵ワカメにおいて、鳴門産等特定産地のワカメを70%程度の精度で判別する事が可能な水準にあるが、ワカメの生産からの時間経過による変色等により識別が困難となる等、現時点では用途が限定される。特に加工品には利用することができない。このように、ワカメの生育海域を判別するのに十分な方法は存在していなかった。
【0010】
以上のような事情に鑑み、本発明の目的は、ワカメの生育海域判別方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するため、本発明の一形態に係るワカメ生育海域判別方法は、判別対象のワカメの安定同位体比を測定する。前記判別対象のワカメの安定同位体比と、第1の海域で生育したワカメの安定同位体比及び第2の海域で生育したワカメの安定同位体比とは比較される。前記判別対象のワカメが生育した海域が前記第1の海域であるか前記第2の海域であるかは判別される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本実施形態に係る定同位体ベースから抽出した、窒素及び酸素についての安定同位体比の散布図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の一実施形態に係るワカメ生育海域判別方法は、判別対象のワカメの安定同位体比を測定する。前記判別対象のワカメの安定同位体比と、第1の海域で生育したワカメの安定同位体比及び第2の海域で生育したワカメの安定同位体比とは比較される。前記判別対象のワカメが生育した海域が前記第1の海域であるか前記第2の海域であるかは判別される。
【0014】
ワカメに含まれる幾つかの元素の安定同位体比は、そのワカメが生育した海域の地理的、環境的要因によって異なる。このため、地理的、環境的要因が異なる第1の海域及び第2の海域のそれぞれで生育したワカメの安定同位体比を予め取得し、判別対象のワカメの安定同位体比と比較することにより、判別対象のワカメが第1の海域で生育したか第2の海域で生育したかを判別することが可能となる。安定同位体比はワカメの構成元素から得られるので、湯通し、塩蔵、洗浄、脱塩、乾燥等のワカメの加工工程によって失われるものではなく、加工されたワカメであっても生育海域を判別することが可能である。
【0015】
前記第1の海域は瀬戸内海であり、前記第2の海域は瀬戸内海以外の海域である
ワカメ生育海域判別方法。
【0016】
瀬戸内海は、地理的に外洋に対する閉鎖性が高く、海水の循環は制限されている。また、瀬戸内海は、沿岸に位置する、都市、農業、工業地域により陸上からの有機物流入量が多い。このような特徴から、瀬戸内海の海水に含まれる幾つかの元素の安定同位体比は外洋のそれと明確に異なる。したがって、第1の海域を瀬戸内海とし、第2の海域を瀬戸内海以外の海域とすることにより、第1の海域で生育したワカメと第2の海域で生育したワカメとを高精度に判別することが可能である。
【0017】
前記安定同位体比は、少なくとも窒素の安定同位体比であってもよい。
【0018】
上述のように、瀬戸内海と外洋の海水に含まれる幾つかの元素の安定同位体比は異なるとしたが、特に窒素は環境的要因による瀬戸内海と外洋での差が大きい。これにより、窒素の安定同位体比を判別に用いることにより、瀬戸内海で生育したワカメと外洋で生育したワカメとを高精度に判別することが可能である。
【0019】
前記安定同位体比は、さらに酸素及び炭素を含む複数の元素の安定同位体比であってもよい。
【0020】
ワカメを構成する炭素の安定同位体比は、光合成、海域の温度、炭酸塩濃度等、植物の生育環境に由来する。ワカメを構成する酸素の安定同位体比は、海域の場合、温度や陸上からの淡水の流入等により変動する。このように、炭素及び酸素の安定同位体比もワカメが生育する海域により影響を受ける。したがって、ワカメの生育海域の判別に、窒素の安定同位体比に加えて炭素及び酸素の安定同位体比を利用することにより、より高精度な判別が可能となる。
【0021】
前記判別対象のワカメは、食品としての加工済みワカメであってもよい。
【0022】
湯通し、塩蔵、洗浄、脱塩、乾燥等の加工による加工済みワカメは、未加工ワカメであれば保持している生育海域の情報の多く、例えば微量元素含有量や光学的特性等の情報を失ってしまう。このため、微量元素分析や光学分析等の分析方法により生育環境の情報を得ることは困難である。これに対し、本実施形態に係る判別方法はワカメを構成する元素の安定同位体比を利用するので、加工済みワカメであっても有効に生育海域を判別することが可能である。
【0023】
以下、本発明の実施形態を説明する。
【0024】
[安定同位体について]
物質を構成する原子の科学的性質は、原子を構成する陽子及び電子の数により決定される。そして原子番号として水素を筆頭に、各原子は、周期律表に基づきその原子の化学的性質が示されている。しかし、例えば窒素、炭素、酸素等の各原子は、電子・陽子数が同じでありながら、電気的には中性である中性子を異なる数もつ原子が存在する。このように化学的には「窒素」「炭素」「酸素」として同じ性質を持ちながら、中性子の数が異なる為に「質量」が異なる原子が存在し、これを「同位体」と言う。そして同位体には、自然界において放射能を放出しながら分解する「放射性同位体」と安定して存在する「安定同位体」が存在する。
【0025】
窒素、炭素、酸素の各原子には、それぞれ質量の異なる安定同位体が存在する。窒素の場合、自然界の99.6%は、14N(中性子数14)であるが、0.4%程度中性子数が1多い(つまりより質量の重い)15Nが存在する。同様に、炭素では、12Cが98.9%、13Cが1.1%存在する。酸素の場合は、16Oが99.8%、18Oが0.2%存在する。このいわば「重い窒素、炭素、酸素」と「軽い窒素、炭素、酸素」の存在割合は、さまざまな要因により地理的要因により変動する。つまり、世界中の各地域においては、窒素、炭素、酸素の安定同位体の構成割合がわずかずつ異なり、この結果安定同位体は、地理的な特徴を示すマーカーとなる。
【0026】
安定同位体の構成割合が地理的マーカーとなると記述したが、この比較には、重い原子と軽い原子の構成比を用いて表す。これを「安定同位体比」といい、2地点での安定同位体の構成割合を比較する場合、それぞれの地域での窒素、炭素、酸素の15N/14N、13C/12C、18O/16Oを対比する事で比較する。この比較においては、それぞれの構成割合の違いがわずかである事、また世界各地・物質間での比較評価を統一する為、国際原子力委員会(IAEA)により窒素、炭素、酸素安定同位体比の基準(ゼロ)となる物質が設定されている。各研究機関は、個々にIAEAにより値が決定された標準物質をもとに測定装置の基準を設置し、この標準物質の安定同位体比と、測定対象の物質の安定同位体比を対比した数値をもって評価を行う。
【0027】
具体的には、窒素の場合、空気中の窒素の安定同位体比をゼロとし、それぞれの物質の安定同位体比の大小を標準物質の値への比率として決定する。同様に、炭素の場合は、米国産出の「矢石」という貝の化石を標準とし、その標準物質の安定同位体比と比較した割合を安定同位体比とする。酸素の場合は、特定海域の水を標準物質として用いる。
【0028】
[各元素の安定同位体比の決定要因]
物質を構成する原子の安定同位体比は、いくつかの要因により決定される。
窒素、炭素、酸素安定同位体比の決定要因の概略は以下の[表1]に示す通りである。
【0029】
【表1】

【0030】
[ワカメ産地判別への安定同位体比の利用]
窒素、炭素、酸素安定同位体比は、上記のように地域の環境により変動する。従って、ワカメの場合、ワカメ生息地域において、生息するワカメの安定同位体比値を測定し、ワカメの産地別の安定同位体比値データを集積すれば、特定産地別のワカメの安定同位体比標準を作成する事ができる。
【0031】
例えば鳴門の場合、鳴門は地理的に瀬戸内海という閉鎖された海域という特徴がある。この海域は、内海の海水と外洋(太平洋)の海水の循環が閉鎖海域という特徴のため制約されている。一方、瀬戸内海は隣接する大都市、農業地域、工業地域により、常時陸上より有機物が流入している。
【0032】
従来より、瀬戸内海における過剰な窒素塩は、赤潮の原因となる等、瀬戸内海の各地方自治体は、瀬戸内海の浄化・環境保全に取り組んできた。窒素安定同位体比は、上記のように生物中で濃縮(分別)され、生物中にはより重い窒素が残ることが知られている。例えば大洋中の海水の窒素安定同位体比は、概ね0〜−1‰程度であり、これは大気中の窒素とほとんど変わらない。
【0033】
一方、河川により陸上の有機物(生物由来)が流入する河口域や、陸上との境界である海岸付近では、陸上生物または生物由来の窒素が存在する為、この地域の窒素安定同位体比は、外洋よりも高く、例えば3−5‰という高い値を示す。瀬戸内海の場合、海域には近郊の都市圏、農業圏より常時生物由来の窒素が流入し、一方海域の水の循環は閉鎖海域の為、滞留期間が長い。このため瀬戸内海は、他の水の循環が良好な海域と異なり、特徴的に高い窒素安定同位体比を示す。
【0034】
この値は、従来より広島、兵庫等多くの自治体の環境調査により実証されてきた。これらの研究では、瀬戸内海の褐色海藻が、海域の窒素安定同位体比の目安の一つとして利用され、その窒素安定同位体比は、9‰程度と他の海域と比較して特異的に高い値を示す。このような事例は、九州有明海等、他の閉鎖海域でも見られるが、瀬戸内海という広大な海域の全域にわたり高い窒素安定同位体比を示す事は特筆されるものである。
【0035】
従って、鳴門海域で生産されるワカメは、当然高い窒素安定同位体比を示す海域にて生産されるものであり、瀬戸内海の窒素安定同位体比の特徴を示す事になる。一方、三陸(岩手・宮城)においては、ワカメ養殖場は、太平洋(外洋)に養殖筏を設置した外洋性養殖法と、リアス式海外内に養殖筏を設置した内湾性養殖法がある。まず外洋性養殖においては、三陸沖の太平洋の窒素安定同位体比は、外洋の窒素安定同位体比の値である0〜−2‰程度を示し、リアス式海外内湾における窒素安定同位体比は、海域の水循環及び都市圏由来の陸上生物由来窒素の影響にもよるが3〜7‰程度である。
【0036】
つまり、国内の主たるワカメ生産のほぼ全量を占める三陸と鳴門地域においては、ワカメ養殖の海域の窒素安定同位体比が大きく異なる。同様に、中国の主たる生産地である大連一帯は、黄海に面した海域であり、鳴門のような閉鎖海域ではない。近年の中国の重工業者、地域開発を受けて海域に陸上由来の有機物の流入が拡大しているが、海域としては、黄海に面しており流入物質の拡散は、瀬戸内海のような閉鎖性はない。韓国については、韓国南部・済州島一帯が生産地であるが、同様に黄海に面しており、海域の閉鎖性はない。従って、鳴門産と鳴門産以外(中国、韓国、三陸)のワカメは、生育地域の海域の閉鎖性において大きな差異があり、窒素安定同位体比に差異が生ずる。
【0037】
次に、炭素及び酸素安定同位体比であるが、ワカメの場合、ワカメの構成組織中の炭素安定同位体比は、光合成、海域の温度、炭酸塩濃度等、植物の生育環境に由来する。酸素安定同位体比は、海域の場合、温度や陸上からの淡水の流入等により変動する。海水温度が低いほど植物組織中の酸素安定同位体比は高くなる。例えば貝の貝殻の酸素安定同位体比は、生育海域の水温と相関しており、貝殻の酸素安定同位体比の測定により海域の温度変動の研究等に用いられている。ワカメの場合、鳴門海域の表層海水温度は、3月が最も低く9℃程度である。一方、三陸では、3℃程度、中国大連では1℃程度となる。このような生育環境の温度差、海水中の栄養塩の由来等の相違から、炭素、酸素安定同位体比も産地による変動が生じる。
【0038】
以上のように養殖環境における窒素源の相違、生育環境での海水、栄養塩、日照による光合成の差異等、ワカメ生育環境が反映されるワカメ組織構成の窒素、炭素、酸素安定同位体比は、ワカメ産地の地理的特徴を示す。さらに、こられの原子は、ワカメ組織を構成する原子であり、含まれる物質ではない。つまり、ワカメの加工工程である、湯通し、塩蔵、洗浄、脱塩、乾燥等の各工程においても、植物組織を構成する原子が、周辺の原子と置換する事はない。このため、生ワカメから、乾燥ワカメ等の加工製品に至るまで、産地由来情報を組織中の窒素、炭素、酸素安定同位体比が保持する事から、原料段階のみならず、製品段階においても由来産地の検証に利用する事が可能となる。
【0039】
[ワカメの安定同位体比測定方法]
測定対象のワカメ(以下、サンプルワカメ)について、窒素、炭素及び酸素それぞれの安定同位体比を測定する。この測定は、安定同位体質量分析計(IR−MS:isotope ratio mass spectrometry)によって行うことができる。IR−MSはサンプルガスを熱電子の照射によりイオン化し、真空中で電圧をかけて加速した粒子線を強磁場で曲げ、質量及び電荷の違いによる曲がり具合の差によって同位体を分離し定量するものである。より具体的には、炭素及び窒素の安定同位体比の測定には燃焼型安定同位体比質量分析計(DELTA V(Thermofisher Scientific社製)等)を使用することができ、酸素の安定同位体比の測定には、熱分解型安定同位体比質量分析計(Flash EA 2000(Thermofisher Scientific社製)等)を使用することができる。
【0040】
[ワカメの産地判別方法]
上述のようにして測定したサンプルワカメの安定同位体比から、当該ワカメの生育海域(産地)を判別する方法について説明する。
【0041】
本実施形態では、サンプルワカメが鳴門産であるか、鳴門産以外(三陸産及び輸入)であるかを判別するものとする。判別には、由来の明確な各産地産のワカメの安定同位体データベースを用いる。この安定同位体データベースは、由来の明確な各産地産のワカメについて上述のような安定同位体比測定により得られるものである。図1に、安定同位体ベースから抽出した、窒素「d15N」及び酸素「d18O」についての安定同位体比(‰)の散布図を示す。同図には、207検体の鳴門産ワカメと、501検体の鳴門産以外(三陸産及び輸入)のワカメの安定同位体比が示されている。
【0042】
なお、図1には、窒素及び酸素についての安定同位体比が示されているが、安定同位体データベースには炭素の安定同位体比も含まれており、判別に用いることができる。図1に示すように、鳴門産ワカメと鳴門産以外のワカメの窒素及び酸素の安定同位対比はほぼ明確にグループ分けできるため、安定同位体比に基づいて、サンプルワカメがいずれのグループに属するか、即ち、いずれを産地とするかを判別することが可能である。
【0043】
具体的には、サンプルワカメの安定同位体比が、何れのグループに属するかを判別関数を用いた統計解析的手法により判別することができる。判別関数には、超平面・直線による線形判別関数 (linear discriminant function)と、非線形の場合には超曲面・曲線によるマハラノビス汎距離(Mahalanobis' generalized distance)による非線形判別関数とがある。3つ以上のグループの判別も可能である。これは重判別分析(multiple discriminant analysis)や正準判別分析と呼ばれる。判別式の妥当性は、誤判別率等で評価できる。適した変数選択と判別方法にもとづいて分析することが必要であり、判別式(のみならず変数選択)の妥当性を検証する手法として、元のデータから1つだけ外して判別(モデル)式を得、外したデータを新たなデータとして適用した際に妥当な結果が得られるかを検証する、1つとって置き法(leave-1-out)等が一般に用いられる。
【0044】
以上のように、本実施形態では、サンプルワカメの安定同位体比を測定して、安定同位体比データベースと比較することにより、サンプルワカメの産地を判別することが可能である。
【0045】
本発明はこの実施形態にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において変更することが可能である。
【実施例】
【0046】
サンプルワカメの窒素安定同位体比d15Nと酸素安定同位体比d18Oが、以下の判別式(式1)を用いて鳴門産であるか、鳴門産以外であるかを判別した。
【0047】
Z=d15N×0.501+d18O×(−0.068)−1.364 (式1)
【0048】
各係数は図1に示した由来の明確な各産地産のワカメの安定同位体比から、統計解析的手法により算出したものである。この式により算出されたZが、0.7937より大きければ鳴門産と判別し、小さければ鳴門以外産と判別した。0.7973は、グループ重心の関数の鳴門群平均(2.705)と鳴門外群平均(−1.118)の平均値である。
【0049】
[表2]に、判別結果を示す。同表に示すように、708個のサンプルについて判別したところ703個が正しく判別された。即ち、サンプルワカメが鳴門産か鳴門以外産かを正しく判別した割合は99.3%であった。なお、各サンプルの値を除いて、判別を実施する事で(交差妥当化)妥当性検証を実施している。
【0050】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
判別対象のワカメの安定同位体比を測定し、
前記判別対象のワカメの安定同位体比と、第1の海域で生育したワカメの安定同位体比及び第2の海域で生育したワカメの安定同位体比とを比較し、
前記判別対象のワカメが生育した海域が前記第1の海域であるか前記第2の海域であるかを判別する
ワカメ生育海域判別方法。
【請求項2】
請求項1に記載のワカメ生育海域判別方法であって、
前記第1の海域は瀬戸内海であり、前記第2の海域は瀬戸内海以外の海域である
ワカメ生育海域判別方法。
【請求項3】
請求項2に記載のワカメ生育海域判別方法であって、
前記安定同位体比は、少なくとも窒素の安定同位体比である
ワカメ生育海域判別方法。
【請求項4】
請求項3に記載のワカメ生育海域判別方法であって、
前記安定同位体比は、さらに酸素及び炭素を含む複数の元素の安定同位体比である
ワカメ生育海域判別方法。
【請求項5】
請求項4に記載のワカメ生育海域判別方法であって、
前記判別対象のワカメは、食品としての加工済みワカメである
ワカメ生育海域判別方法。

【図1】
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