説明

ワークピース上に水素フリーのta−C層を堆積させる装置および方法ならびにワークピース

【課題】金属またはセラミック材料の基材(ワークピース)上に少なくとも実質的に水素フリーのta−C層を製造する装置が提供される。
【解決手段】装置10は、a)不活性ガス供給源および真空ポンプに接続可能な真空チャンバ14と、b)真空チャンバ内へ挿入されるまたは挿入可能な、複数の基材(ワークピース)12のための支持装置と、c)炭素材料の供給源として機能し、マグネトロンを形成するための関連する磁石配置を有する黒鉛陰極16と、d)支持装置上の基材に負のバイアス電圧を印加するバイアス電源32と、e)黒鉛陰極および関連する陽極に接続可能な、陰極のための陰極電源18と、を備えており、陰極電源18は、(好ましくはプログラム可能な)時間間隔で離間された高電力パルス列を伝達するように設計され、各高電力パルス列は、自由選択では増大位相の後に、黒鉛陰極に供給されるように適合された高周波数のDCパルスの列から成る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属またはセラミック材料の基材(ワークピース)上に少なくとも実質的に水素フリーのta−C層を製造する装置および方法と、そのようなta−C層を有する基材とに関する。ta−C層は、ta−C被覆とも呼ばれるが、「炭素薄膜、すなわち基本的知識および薄膜の性質」という名称のVDIガイドライン2840に定義されている。
【背景技術】
【0002】
第4回世界摩擦学会議、京都、2009年9月(4th World Tribology Congress, Kyoto, September 2009)において提出された、アール. ティエティーマ(R. Tietema)、ディー. デルワルト(D. Doerwald)、アール. ジェイコブズ(R. Jacobs)およびティー. クリュク(T. Krug)による「自動車部品上への摩擦学上の適用のためのダイヤモンド様炭素被覆(Diamonod−like Carbon Coatings for tribological applications on Automotive Components)」という名称の論文では、1990年代初めからのダイヤモンド様炭素被覆の製造について検討されている。そこに記載されているように、最初のダイヤモンド様炭素(Diamonod−like Carbon)被覆(DLC被覆)は、自動車部品の市場に投入された。これらの被覆によって、HPディーゼル燃料噴射技術の開発が可能となった。
【0003】
世界中で適用されるますます厳しさの度合いが増している環境規制(例えばEuro 4および5)によって、燃料消費を節約するとともにCO2放出を低減するために摩擦を低減する必要が増している。被覆、表面構造、および潤滑剤の適切な組み合わせによって最近、摩擦の最小化が達成されてきた。これは、特に、カノ. エム(Kano. M)、ヤスダ, ワイ(Yasuda, Y)らの論文、一オレイン酸グリセロール(glycerol mono−oleate)(GMO)存在下のDLCの超低摩擦、摩擦学レターズ、第18巻第2号(2005)245(Ultralow friction of DLC in presence of glycerol mono−oleate(GMO),Tribology Letters, Vol. 18, No. 2(2005)245)に記載された、彼らによって行われた研究などの研究において、報告されている。彼らは、油と被覆の種類、特に水素フリーDLC被覆との適切な組み合わせを用いることで摩擦の大幅な低減が可能であることを示している。鋼表面上のa−C:H被覆(水素化DLC)では、摩擦係数の値は、乾燥表面では0.13であり、5W30潤滑剤を用いると0.12になり、PAO(すなわち、ポリアルファオレフィン(Polyalphaolefines))とGMO(すなわち一オレイン酸グリセロール(glycerol monooleate))の混合物から成る潤滑剤を用いると0.9になる。水素フリーta−C DLC層を用いると、比較値は、乾燥表面では0.13であり、5W30エンジン油で潤滑を施した表面では0.09となるが、PAOとGMOの混合物から成る潤滑剤を適用するとごくわずか0.02より低くなる。
【0004】
ドイツ規格VDI2840(「炭素薄膜: 基本的知識、薄膜の種類および性質」)には、全てがダイヤモンドまたはダイヤモンド様被覆として示される、複数の炭素薄膜のよく規定された概要が与えられている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この文脈では、適切な潤滑剤と共に水素フリーta−C被覆を使用することは、明らかに非常に重要である。今日まで、これらの被覆は、アーク処理を用いて作られてきた。20GPa〜90GPa、特に43GPa〜80GPaの範囲の硬さが、有用であると考えられる(ダイヤモンドは、100GPaの硬さを有する)。しかしながら、アーク処理では液滴の生成がもたらされるので、被膜は非常に粗くなる。表面は、液滴に起因する粗い点を有する。従って、低摩擦が得られるとはいえ、摩擦学上のシステムにおける対応する部分の摩耗速度は、液滴によって生じる表面粗さに起因して比較的高くなる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の目的は、代替の装置および方法を提供することであり、これらによって、所望の範囲の硬さを有しかつ相対的に非常に滑らかな表面を有するとともに、低い摩耗を示し(そして、摺動相手の摩耗が少なくなり)、簡単にかつ比較的経済的に堆積可能な(ドープされた)水素フリーta−C被覆が作成可能となる。
【0007】
この目的を達成するために、最初に指定された種類の装置が提供され、この装置は、少なくとも以下の構成要素:
a) 不活性ガス供給源および真空ポンプに接続可能な真空チャンバと、
b) 1つまたは複数の基材(ワークピース)のための支持装置であって、真空チャンバ内へ挿入されるまたは挿入可能な支持装置と、
c) マグネトロンを形成するための関連する磁石配置を有する少なくとも1つの黒鉛陰極であって、炭素材料の供給源として機能する少なくとも1つの黒鉛陰極と、
d) 支持装置上の1つまたは複数の基材に負のバイアス電圧を印加するバイアス電源と、
e) 前記のまたはそれぞれの陰極のための少なくとも1つの陰極電源であって、少なくとも1つの黒鉛陰極および関連する陽極に接続可能な少なくとも1つの陰極電源と、
を備えており、少なくとも1つの陰極電源は、(好ましくはプログラム可能な)時間間隔で離間された高電力パルス列を伝達するように設計され、各高電力パルス列は、自由選択では増大位相(build−up phase)の後に、少なくとも1つの黒鉛陰極に供給されるように適合された高周波数のDCパルスの(好ましくはプログラム可能な)列から成り、高周波数のDC電力パルスは、100kWから2メガワットを超えるまでの範囲のピーク電力と、1Hz〜350kHzの範囲のパルス繰り返し周波数とを有することを特徴とする。
【0008】
パルス繰り返し周波数は、好ましくは1Hz〜2kHzの範囲、特に約1Hz〜1.5kHzの範囲、特に、約10〜30Hzである。
【0009】
パルスパターンは、10〜5000μsecの範囲、典型的には50〜3000μsecの範囲、特に400〜800μsecの長さの制御可能なマクロパルスから構成される。マクロパルスは、1〜100μsecの範囲、典型的には5〜50μsecの制御可能なマイクロパルスから構成される。各マイクロパルスの間に、陰極への電力は、供給と遮断が切り換えられる。電力供給の範囲は、典型的には2〜25μsecであり、電力遮断すべき電力の範囲は、典型的には6〜1000μsecである。各マイクロパルスは、振動を生成し、この振動は、パルスの周波数が適切に選択される場合、高い値に増幅され、それによって、高度にイオン化されたプラズマが生成される。この電源はさらに、HIPIMS+OSC電源と呼ばれる。
【0010】
驚くべきことに、この種の装置で、50GPaの硬さを有する水素フリー(または少なくとも実質的に水素フリー)のta−C被覆が、実質的に液滴が含まれない比較的滑らかな被覆として金属またはセラミック表面に容易に堆積可能であることが見出された。このような被覆によって、弁機構部品(例えばタペット)、燃料噴射部品、エンジン部品(例えばピストンリング)、および動力伝達機構部品(例えば歯車)などの通常の可動相手との約0.02の低摩擦および低摩耗が達成される。また、これらの被覆を、特に強い接着摩耗(BUE: 構成刃先(Built−Up−Edge)形成)が伴う個所で材料を切断するための、切断および成形工具に用いる可能性が高くなる。
【0011】
炭素基被覆のためのドープ剤材料供給源として機能する、少なくとも1つの他のマグネトロン陰極を提供するのが有利となり得る。
【0012】
支持装置上の1つまたは複数の基材に負のバイアス電圧を印加するバイアス電源は、好ましくは以下の、
(バイアス電圧をほぼ一定に、すなわちWO2007/115819として公開されたEP出願07724122.2の教示に従って必要なイオンエネルギーを供給するのに必要な範囲に、維持しながら、高電流パルスを供給する能力によって特徴付けられるDC電源、
(過剰電流に起因する電力遮断なしにバイアス電圧を必要とされる範囲に維持しながら、パルス電流を供給する能力を有する)パルスDC電源、または、
(過剰電流に起因する電力遮断なしに自己バイアス電圧を必要とされる範囲に維持しながら、パルス電流を供給する能力を有する)RF電源、
のうちの1つである。パルスバイアスが、RFバイアスと同様に使用可能であることも可能である。
【0013】
達成可能な堆積速度は、比較的高く、例えば、非ドープのta−Cの実施例のための以下のスキームを用いて約2〜6時間の期間内で1ミクロンの被覆が(回転基材上に)堆積可能である。
【0014】
処理は、通常、約0.1〜1.8Pa(1.10-3〜8.10-2mbarのAr圧力で実行される。水素が存在しない限り他の不活性、非反応性ガスを使用することが可能であろう。全体の処理時間はもっぱら、被覆する間に装置が作動可能である最大時間平均DC電力に依存する。これは典型的には、10〜50kWの範囲であるが、それより高くなることも可能である。
【0015】
本明細書の残りの部分で、特に別段の断りがない限り、「HIPMS」という表現は概略、HIPIMS、MPP、またはHIPIMS+OSCと読む必要がある。本明細書の残りの部分で「パルス」という用語が述べられる場合。特に本文中に別段の断りがない限り、それは、単一のパルス(HIPIMSの場合)としてまたは上述した説明に従うマクロパルス(MPPまたはHIPIMS+OSCの場合)として解釈する必要がある。
【0016】
被覆内にドープ元素を添加する[可能性がある。ドープ元素の添加によって、耐摩耗性の改善および摩擦低減に関する摩擦システムの部品−潤滑剤−対応する部分の摩擦学的性質を変えることができる。これに関連して、PECVD/スパッタ炭素または炭素アーク被覆において水素化PECVD作成DLC(a−C:H)にケイ素を添加することで、濡れ性が改善し、従って摩擦が低減可能であることがあった。スパッタされた炭素被覆に水素を少量添加することで、PECVDで製造されたa−C:H被覆の硬さを上回るレベルまで硬さが増加することになる。N2の添加も有益な影響を及ぼし得る。金属の添加によって、被覆の硬さが改善すること、または、少なくとも被覆が例えば衝撃疲労摩耗、高温摩耗、その他などのような特定の摩擦学的摩耗現象に、より良好に適したものとなることが予想され得る。
【0017】
1つの可能な被覆処理が以下のように説明可能である。
【0018】
第1の工程において、基材の洗浄およびエッチングが、真空チャンバ内でアルゴン雰囲気を用いてArイオンで行われる。この工程は、10〜30分の期間で行われる。
【0019】
この工程の別の選択肢は、当業技術内でよく知られていてシェフィールドハラム大学(Sheffield Hallam University)のEP−B−1260603に記載されているように、−500〜−2000Vという比較的高い基材バイアスを用いるHIPIMSマグネトロンエッチングモードで作動されるCr、TiまたはSiターゲットを用いるHIPIMSエッチングを使用することである。Cr、TiまたはSi陰極に印加される典型的な時間平均等価DCエッチング電力は、1〜25kWの範囲である。
【0020】
第2の工程において、Cr、TiまたはSiの結合層が、金属またはセラミック表面に堆積される。これは、スパッタ放出モードまたはHIPIMS被覆モードにおいて作動されるCr、TiまたはSiのターゲットから約10〜20分間行われる。これに関連して、HIPIMSモードを用いる場合、陰極によって散逸可能であり、従って陰極に有効に印加可能である最大平均電力が、陰極の望ましくない温度上昇や陰極の所望されていない溶融を生じさせない電力であることに留意されたい。従って、DCスパッタリング作動においては、約15W/cm2のターゲット/陰極の組み合わせの許容可能熱負荷に従う最大電力が、特定の陰極に印加可能である。HIPIMS作動においては、1Hz〜5kHzより小さいパルス繰り返し周波数で50〜3000μsの幅で典型的に電力を印加できるパルス電源が使用される。実施例では、20μsecの間、パルスが電力供給され、5kHzのパルス周波数が印加される場合、各パルスは、それに関連して180kWの電力を有し、結果として、
P=180kW×(20μs/(200−20)μs=20kW
の平均電力となる。
【0021】
従ってこの実施例では、HIPIMSパルスの間に供給可能な最大パルス電力は、180kWである。
【0022】
最新の技術によれば、約0〜200Vの適切な基材バイアスが供給される必要がある。結合層の堆積は、フィルタリングされたアーク陰極を用いて行うことも可能である。フィルタリングされていないアーク陰極を使用することも可能であるが、これは、液滴の生成に起因して被覆の粗さが増すことになるので有利さが少なくなる。
【0023】
第3の工程において、CrC、Ti−CまたはSi−C移行層が、約−50〜−2000Vの基材バイアスで炭素アーク陰極を用いてまたはHIPIMS+OSCモードにおいてCr、TiまたはSiターゲットおよび黒鉛ターゲットの同時作動を用いて約1〜5分間で堆積される。
【0024】
堆積の間、含有する水素ができるだけ少量のガスを使用する必要がある(初期の少量の水蒸気に起因する不純物または水素含有汚染は、完全には防止できない)。
【0025】
第4の工程において、ta−C水素フリーDLC被覆が、主な請求項に従って設計されるHIPIMS+OSC電源で作動される黒鉛陰極を用いて、すなわち、既に上述したように設計される陰極電源であって少なくとも1つの黒鉛陰極および関連する陽極に接続可能な陰極電源を用いて堆積される。堆積の間、HIPIMS+OSC電源のパルス列が、被覆の性質を変えるようにおよび交互の中間層を有する多層構造を可能とするように変更可能である。
【0026】
この処理において、より長い期間に亘って平均化された高電力パルス列(マクロパルス)の平均電力であって、高電力パルス列(マクロパルス)のそれぞれが、複数の高電力パルス列(マイクロパルス)から成る高電力パルス列(マクロパルス)の平均電力は、10〜250kWの範囲の一定DC電力を有するDCスパッタリングシステムの電力と比較できる。
【0027】
さらに、一般に各マイクロパルスにおけるMIPIMS+OSC電源の高電力パルス列の平均電力は、例えば100〜1000kWの範囲にあるHIPIMSパルス電力の電力を上回る。
【0028】
従って、本発明の装置は典型的には、複数のマグネトロンおよび関連する陰極を備え、これらの陰極のうちの少なくとも1つが、結合層材料(Cr、TiまたはSi)を備える。結合層材料用のこの少なくとも1つの陰極は、アーク陰極(フィルタリングされたもの、またはフィルタリングされていないもの)とすることもできる。装置はさらに、ta−C層の堆積の前に1つまたは複数の基材上に結合層材料を堆積させるための結合層材料のスパッタリング用の電源を備える。結合層材料の典型的例は、既に述べたCr、TiまたはSiである。従って、一般に最低2つの陰極、すなわち典型的にはCrの陰極および黒鉛の陰極が存在することになる。実際には、4つまたは5つ以上の陰極を有するスパッタリング装置を使用するのがより便利になり得る。これによって、プラズマのより強力な磁気的閉じ込め(閉じた場)を実現するように本質的に知られた方法で交互の極配置N、S、N;(マグネトロン1)S、N、S(マグネトロン2);N、S、N(マグネトロン3)およびS、N、S(マグネトロン4)が真空チャンバの周囲に配置されるように、マグネトロンおよび/またはアーク陰極を配置することが比較的容易になる。
【0029】
装置は、少なくとも1つの黒鉛アーク陰極と、黒鉛陰極からマグネトロンスパッタリングによりta−C層を堆積させる前にこの少なくとも1つの黒鉛アーク陰極から結合層上にアーク炭素層を堆積させるためのアークを生成する装置とを有することも可能である。
【0030】
基材は典型的には以下の材料、すなわち、鋼、特に100Cr6、チタン、チタン合金、アルミニウム合金、およびWCなどのセラミック材料のうちの1つから成る。他の材料も同様に可能となり得る。RFバイアスまたは単極パルスバイアスが印加される場合は、自由選択的に非伝導性基材材料も使用可能である。一般に、研磨耐磨耗性、耐衝撃疲労性および耐食性が必要な、被覆すべき部品および工具のための設定が好ましい。
【0031】
各高周波数パルス列(マクロパルス)の最後の位相については、HIPIMS+OSC高周波数パルス源は、マクロパルス内に含まれる高周波数のパルス(マイクロパルス)のパルス繰り返し周波数より低いパルス繰り返し周波数で単極電力パルス(マクロパルス)を供給するように設計されることが可能である。これは、各高電力パルス列の最後においてチャンバ内で非常に高いイオン化の度合いを維持するのに必要なエネルギーが次には低くなり、従って、散逸の必要な熱が少なくなり、1つまたは複数の黒鉛陰極の作動温度が低下するという事実を反映している。
【0032】
HIPIMS+OSC電源は好都合には、高周波数電力パルスを供給するように充電可能なコンデンサと、コンデンサと1つまたは複数の陰極との間に接続されるまたは接続可能なLC振動回路とを備える。
【0033】
陰極電源は好ましくは、プログラムによって制御可能な電子スイッチであって、所望のパルス列を生成するためのパルス列繰り返し周波数でコンデンサを少なくとも1つの陰極に接続するように適合された電子スイッチを備える。
【0034】
電子スイッチまたは付加的な電子スイッチは、各パルス列の高電力DCパルスの所望のパルス繰り返し周波数で高周波数DC電力パルスを生成するためにLC回路を介して増大位相の後にコンデンサを少なくとも1つの陰極に接続するように適合可能である。
【0035】
従って、LC振動回路は便利なことには、パルス列の高周波数DCパルス成分の生成のために提供される。LC振動回路がDCパルス成分を生成するのに使用されるのは少しばかり奇妙に思われるかもしれない。しかしながら装置は、DCパルスを生じる固有の整流機能を有すると思われる。
【0036】
本発明はまた、金属またはセラミック材料から成る少なくとも1つの基材(ワークピース)上に少なくとも実質的に水素フリーのta−C層を製造する方法を含み、この方法は、ta−C層が、水素を含有しない不活性ガス供給源および真空ポンプに接続可能な真空チャンバ内で、マグネトロンを形成するための関連する磁石配置を有する少なくとも1つの黒鉛陰極であって炭素材料の供給源として機能する少なくとも1つの黒鉛陰極から、少なくとも1つの基材に負のバイアスを印加するバイアス電源と、少なくとも1つの黒鉛陰極および関連する陽極に接続可能な陰極電源とを用いながらマグネトロンスパッタリングによって堆積され、陰極電源は、所定の時間間隔で離間された高電力パルス列を伝達するように設計され、各高電力パルス列は、自由選択では増大位相の後に、少なくとも1つの黒鉛陰極に供給されるように適合された高周波数のDCパルスの列から成るように適合された高周波数のDCパルスの列から成り、高周波数のDC電力パルスは、100kWから2メガワットを超えるまでの範囲のピーク電力と、1Hz〜350kHzの範囲のパルス繰り返し周波数とを有する。
【0037】
パルス繰り返し周波数は、好ましくは1Hz〜2kHzの範囲、特に1Hz〜1.5kHzの範囲、特に、約10〜30Hzである。
【0038】
本発明はまた、ta−C被覆へのドープ剤の使用を含む。これに関して、ドープ剤は、アーク、スパッタ、またはHIPIMS陰極(Si、Cr、Ti、W、WC)で作動されるスパッタターゲットからの金属、または気相の前駆体(炭化水素ガス、窒素、酸素、シラン、HMDSO、TMSのようなSi含有前駆体)から供給されるドープ剤とすることができる。
【0039】
本発明はまた、本願の請求項のうちの1つの方法によって作成されるta−C層を有する基材に関連する。
【0040】
本発明は、添付の図面に関連してより詳細に以下に説明される。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】ta−C被覆を堆積させる陰極スパッタリング装置の概略図である。
【図2】図1の装置の真空チャンバの変形例の断面図である。
【図3】図1または図2の装置に使用される陰極電源の概略図である。
【図4A】マグネトロンスパッタリングによるta−C被覆の製造を研究するのに使用される高電力DCパルス列の概略図である。
【図4B】マグネトロンスパッタリングによるta−C被覆の製造を研究するのに使用される高電力DCパルス列の概略図である。
【図4C】マグネトロンスパッタリングによるta−C被覆の製造を研究するのに使用される高電力DCパルス列の概略図である。
【図5A】表2に記載されたさまざまなパラメータの関数として硬さを示す棒グラフである。
【図5B】表3に記載されたさまざまなパラメータの関数として硬さを示す棒グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0042】
全ての図面で同じ参照符号は、同じ部品または特徴部について、または同じ機能を有する部品について使用されており、どの特定の部品について与えられた説明も、何らかの重要な相違がなければ、不必要に繰り返さないこととする。従って、特定の部品または特徴部についていったん与えられた説明は、同じ参照符号が与えられた任意の他の部品に当て嵌まるものとする。
【0043】
最初に図1を参照すると、複数の基材またはワークピース12を被覆する真空被覆装置である10が示される。装置は、金属製の真空チャンバ14を備えており、この実施例では真空チャンバ14は、2つの対向して配置されたマグネトロン陰極16を有しており、各マグネトロン陰極16は、高電力インパルス電源18(ここではそのうちの1つのみが図示されている)を備えており、高電力インパルス電源18は、チャンバ14内の気相で存在する材料のイオン、すなわち不活性ガスイオン、および/または、各陰極を形成する材料のイオンを生成するためのものである。ワークピース12は、テーブル20の形態の支持装置上に搭載されており、テーブル20は、モータ24によって矢印22の方向に回転する。モータは、テーブル20に接続されたシャフト26を駆動する。シャフト26は、チャンバ14の基部にある本質的によく知られた方法でシールおよび絶縁された貫通部28を貫通する。これによって、バイアス電源32の1つの端子30が、導線27を介してワークピース支持部20に、従ってワークピースに接続される。この基材バイアス電源32はここでは、文字BPSすなわちバイアス電源(bias power supply)の略語で示される。BPSは好ましくは、WO2007/115819として公開されたEP出願07724122.2に、特に図1〜図3の実施例に関して、記載されているHIPIMSバイアス能力を備えている。
【0044】
バイアスは、パルスバイアスまたはRFバイアスによっても行うことができる。パルスバイアスは、(WO2007/115819にも記載されているように)HIPIMS陰極パルスと同期させることができる。良好な結果が、WO2007/115819の図1〜図3に関連して記載されているHIPIMS−DCバイアスを用いて実現可能である。より厚い被覆では、HIPIMSバイアスは、被覆が幾分か非伝導性となるので問題が生じる。
【0045】
この実施例では、真空チャンバ14の金属ハウジングが接地されており、これは同時に、装置の正端子である。1つまたは複数の高インパルス陰極電源18の1つまたは複数の正端子が同様にハウジング14に、従って、接地36およびバイアス電源32の正端子に接続される。
【0046】
接続スタブ40が、真空チャンバ14の頂部に設けられ(るが、同様に他の位置にも配置可能であり)、処理チャンバ14を排気する目的で弁42およびさらなるライン44を介して真空システムに接続可能である。真空システムは、図示されていないが、当業技術内でよく知られている。不活性ガス、特にアルゴンを真空チャンバ14に供給するように機能するさらなるライン50が、弁48およびさらなる接続スタブ46を介して真空チャンバ14の頂部に同様に接続される。ドープ剤のために、さらなるガス供給システム43、45、47が使用可能である。
【0047】
一般に記載される種類の真空被覆装置は、従来技術で知られており、通常2つまたは3つ以上の陰極16を備えている。例えば、真空被覆装置は、ハウツァーテクノコーティングベーファウ(Hauzer Techno Coating BV)社から入手可能であり、この真空被覆装置においては、チャンバは、断面が概略正方形であり、4つの側面のそれぞれに1つの陰極が配置される。この構成は、チャンバ14への出入を可能にするドアとして設計された1つの側面を有する。別の構成では、チャンバは、断面が概略八角形であり、2つのドアを有し、各ドアがチャンバの3つの側面を形成する。各ドアは、3つまでのマグネトロンおよび関連する陰極16を乗せることができる。典型的な真空被覆装置は、本願では概略図に示されていない複数のさらなる装置を備える。そのようなさらなる装置は、さまざまな設計で、暗空間遮蔽、基材予熱用加熱器、ときに電子ビーム供給源またはプラズマ供給源などの部材を備える。最後に、マグネトロン陰極に加えて同じチャンバ内にそれぞれアーク電源を有するアーク陰極を設けることも可能である。装置を用いるときは、ライン44、弁42およびライン40を介して真空ポンプシステムによって真空チャンバ14から最初に空気が排気され、次いで、ライン50、弁48および接続スタブ50を介してアルゴンが供給される。チャンバおよびワークピースは、ワークピースまたはチャンバ壁に付着しているどのような揮発性ガスまたは化合物も追い出すように排気中に予熱される。
【0048】
チャンバに供給される不活性ガス(アルゴン)は常に、例えば宇宙線によって最初の程度までイオン化され、イオンと電子に分離する。
【0049】
ワークピースに十分高い電圧を生成することで、ワークピース上にグロー放電が生成し得る。アルゴンイオンは、ワークピースに引き寄せられ、そこでワークピースの材料と衝突し、従って、ワークピースにエッチングを行う。
【0050】
代替として、Arイオンは、プラズマ供給源によって生成可能である。生成されたイオンは、負の基材バイアス電圧によってワークピースに引き寄せられることができ、次いで、ワークピースにエッチングを行うことができる。
【0051】
エッチング処理が行われるとすぐに、被覆モードが開始可能である。スパッタ放出では、堆積の間に、陰極が活性化されることになる。Arイオンは、ターゲットと衝突し、ターゲットから原子を叩き出す。電子は、スパッタリングに起因してターゲットから放出され、暗空間の電圧勾配によって加速される。電子はそのエネルギーと共に、Ar原子と衝突可能であり、そこでは、二次電子が放出され、スパッタ放出の継続を助けることになる。各陰極には、磁石システム(図1には図示していないが、本質的によく知られており、関連する陰極の表面に亘って延在する閉ループの形態の磁気トンネルを一般に生成するが設けられる。閉ループとして形成されるこのトンネルによって、電子はループの周りを移動し、アルゴン原子と衝突し、真空チャンバ14のガス雰囲気内でさらなるイオン化が生じる。これによって次には、チャンバ内において関連する陰極の材料からのさらなるイオン化、およびさらなるアルゴンイオンの生成が生じる。堆積の間、これらのイオンは、例えば120V〜1200Vの印加された負のバイアス電圧によって基材に引き寄せられ、被覆の性質を制御する適切なエネルギーでワークピースの表面に衝突することができる。
【0052】
HIPIMS放出の場合は、異なる放出モードが有効である。イオンの数が劇的に増加し、その結果、ターゲットから叩き出されるターゲット材料粒子がイオン化されることになる。これは、通常のスパッタ放出の場合とは異なる。その結果、チャンバ内に存在するガスは、同様に高度にイオン化されることになる。これは、ドープ剤が施されるときに有利である。
【0053】
1つまたは複数の陰極への電力供給によって、陰極材料のイオンの流れが、ワークピース12によって占有される空間に移動し、各陰極材料でワークピース12を被覆する。被覆の構造は、ワークピースへ向かうイオンの移動に影響を与える印加される負のバイアス電圧によって影響を受ける。
【0054】
スパッタリング処理は、さまざまな形態のものが知られている。陰極が一定の電圧で、ワークピースが一定の負の電圧で作動するものがあり、これは、DCマグネトロンスパッタリングと呼ばれる。パルスDCスパッタリングも同様に知られており、パルスDCスパッタリングでは、少なくとも1つの陰極がパルスモードで作動される、すなわち、パルス電力がパルス電源によって陰極に印加される。
【0055】
特殊な形態のパルス放出としてHIPIMS放出がある。HIPIMSモードでは、各パルスの間にかなりの間隔があり、平均電力はDCスパッタリングと同じままであるので、電力インパルスの間に各陰極に印加される電力は、DCスパッタリングモードの電力よりかなり高くなり得る。電力に対する限られた制約は、陰極が過熱する前に陰極において散逸可能な熱量である。
【0056】
近年、陰極にはもはや一定電力は供給されず、より高い電力の電力インパルスがもっぱら比較的短いパルスで供給される。これによって、真空チャンバ内でより高度のイオン化と、改善された被覆が生じる。例えば、よく知られたHIPIMSスパッタリング(高電力インパルスマグネトロンスパッタリング(high power impulse magnetron sputtering))では、各電力パルスは、10μs程度の継続時間を有することができ、200μs程度のパルス繰り返し時間(5000Hzのパルス繰り返し周波数、すなわち190μsのインパルス間の間隔に相当する)が使用される。これらの値は、もっぱら例として与えられただけであり、広い範囲で変更可能である。例えば、インパルス継続時間は、10μs〜4msで選択可能であり、パルス繰り返し時間は、200μs〜1sで選択可能である。非常に高いピーク電力が陰極に印加される継続時間が短いので、平均電力は、DCスパッタリング処理の平均電力と同等の適度なレベルに維持可能である。しかしながら、陰極に高電力インパルスを印加することによって、陰極から放出されるイオンの非常に高いイオン化の度合いが生じるという異なるモードで高電力インパルスが作動し、材料に依存するこのイオン化の度合いが40%から実に90%までの範囲にあるということが見出された。この高いイオン化の度合いの結果として、より多くのイオンがワークピースによって引き寄せられ、より速い速度でそこに到達し、この速度によって、より高密度の被覆が生成し、通常のスパッタリングまたはアーク被覆とは全く異なる、より良好な被覆特性が実現可能である。
【0057】
しかしながら、電力が電力ピークで供給されるという事実は、このような電力ピークの間に比較的高い電流がバイアス電源に流れ、この電流消費が通常の電源では容易に供給できないことを意味する。
【0058】
この困難を克服するために、WO2007/115819は、この出願の図1に示されるような解決策を記載しており、この解決策では、コンデンサによって最も良く実現される追加の電圧供給源60が設けられる。コンデンサ60は、通常のバイアス電源によって所望の出力電圧まで充電される。電力インパルスがHIPIMS電源18から陰極の1つに到達すると、これによって、ワークピース12への本質的に陰極材料のイオンであるイオンの増加した材料の流れが生じ、これは、ワークピース支持部20およびライン27を介するバイアス電源におけるバイアス電流の増加を意味する。通常のバイアス電源は、HIPIMS作動の代わりに一定DC作動のために設計される場合、そのようなピーク電流を供給できなかった。しかしながら、バイアス電源によって電力インパルス間の期間に所望の電圧まで充電されるコンデンサ62は、基材における所望のバイアスを狭い範囲で一定に維持するとともに、必要な電流を供給することができ、この必要な電流は、コンデンサの少しの程度の放電に相当するだけである。このようにして、バイアス電圧は、少なくとも実質的に一定のままとなる。
【0059】
一例として、放電は、−50Vのバイアスが電力パルスの間−40Vまで落ちるように実行可能である。
【0060】
HIPIMSスパッタリングは、発展してきているので、単一の電力パルスの変わりに特別な高電力パルス列を用いるいくつかの提案がなされている。本発明によれば、驚くべきことに、HIPIMS+OSC電源を用いると、そのようなパルス列を特定の範囲のパラメータと共に用いる場合、優れた水素フリーta−C被覆が黒鉛陰極から形成可能であることが見出された。
【0061】
本発明の最も簡単な形態では、陰極16の一方が、マグネトロンスパッタリングによって炭素を供給するための黒鉛陰極であり、他方が、結合層材料を供給するためのCr、TiまたはSiターゲットである。あるいは、他の材料も結合層のために使用可能であろう。
【0062】
研究されたta−C層の全ての堆積は、850mm直径のテーブル20上のワークピースを用いて実行された。基材上への硬い水素フリー炭素層の良好な付着を実現するために、装置は最初、炭素アークによってta−Cを堆積させるときに使用されるような標準的なARC付着層を用いた。これは、好ましい解決策でなく、アーク処理はとにかくよく知られているので、詳細には説明しないこととする。
【0063】
図2は、ワークピースはないが付加的な詳細を有する、図1の真空チャンバの垂直軸に直交する断面図を示す。チャンバはまた、4つの陰極、すなわち、結合層材料としてのCrの2つの陰極と、ta−Cを形成するための黒鉛の2つの陰極とを有している。
【0064】
Cとの符号も付いた2つの陰極16は、黒鉛から成り、磁石配置を有し、この磁石配置は、マグネトロンのよく知られた磁気トンネルを生成するために極性「北」(N)の中心極と、極性「南」(S)の外側の極とを有する。陰極は、正面から見ると細長い長方形の形状を有しており、ここではその長軸に直交する断面が示されている。図示のSNS極性を有する代わりに、図2の頂部と底部にあるCr陰極の磁石配置に示されるようなNSN極性を有することもできるであろう。その場合CR陰極16は、SNS極性を有する磁石配置を有することになるであろう。
【0065】
磁石配置は、各両矢印82の方向に、各陰極16の方へまたは各陰極16から離れる方へと移動可能である。これは、HIPIMS陰極の作動のための重要な制御パラメータである。
【0066】
意図は、マグネトロンが、真空チャンバ14を一周する交互の極性を有することにある。これは、偶数の陰極で磁極がチャンバを一周するとき常に交互になる、すなわち、N、S、N、S、N、S、N、S、N、S、N、Sとなることを意味する。これによって、増強されたプラズマの磁気閉じ込めが生じる。全ての陰極が同じ極性、例えばNSNを有する場合も、同様の磁気閉じ込めが実現可能である。そこでは、チャンバの周りに同様のN、S、N、S、N配置を得るために隣接するマグネトロン間に配置した補助的S極を用いて作動させる必要がある。説明した配置は偶数のマグネトロンで作動するだけであることを理解されたい。しかしながら、奇数のマグネトロンにおいて、いくつかの極を他の極より強くするか、あるいは補助極を用いることで、同様の効果を得ることも可能である。閉プラズマを得るそのような設計は、よく知られており、さまざまな特許出願に記載されている。
【0067】
図2にまた図示されるものは、チャンバ14の外側にあるSNS極またはNSN極を有する磁石と同様に配置された4つの長方形コイル80である。コイルは電磁石を形成し、各陰極16のための外側の磁石と同じ極性を有する。これらの電磁石コイル80は、陰極16の正面およびチャンバ14の内部の磁束を変化させることができる。
【0068】
図3は、特殊なHIPIMS+OSC陰極電源18のための主回路を示す。これは、コンデンサ82の両端に接続された一定電圧Vin(変更可能である)の供給源80を有する。導線84が一定電力供給源80およびコンデンサ82の負の端子から各陰極16へと延びる。第2の端子85が、一定電力供給源80の正の端子から陽極へと延びる。たいていの場合、陽極は真空チャンバ14の接地した壁になる。ときに付加的な陽極が陰極16に隣接して真空チャンバ14内に設けられ、利点を有することができる。参照符号86は、プログラム可能な電子制御器88を用いて電子的に制御可能なスイッチを示す。電子制御器88は、電子スイッチ86を開閉することで各高電力パルス列のために設けられたパルス列のパラメータを変えるパルスファイルと呼ばれるさまざまなプログラムによって制御可能であり、電子スイッチ86は、例えばIBGTまたは同様の装置とすることができる。スイッチ86が、陰極上の(望ましくない)アーク放電を消失させる役割を果たすことに留意されたい。装置が、電圧制御スイッチの組み合わせでも、独立でも可能であることにも留意されたい。例えば、コンデンサ82に対する電圧Vinの制御が、マクロパルスプログラムによる出力電圧の制御に使用可能であることも可能であり、それは当然、アークを検出した場合は、すぐに遮断される必要もある。従って、実際の装置では1つまたは複数の分散された構成要素に相当し得る機能的装置としてスイッチが図示されていることに留意されたい。
【0069】
マイクロプロセッサまたはマイクロ制御装置として考えられ得る電子制御器88は、さらなる電子スイッチ90を作動させることもできる。このスイッチは、クローバーとして使用され、このクローバーは、スイッチ86と一緒に、陰極上でアークが生じる場合、接続されることになる。このスイッチは、最も速く遮断するようにコンデンサおよびインダクタンスからできるだけ多くの貯蔵エネルギーを散逸させるために、選択的に陰極および陽極(14、16)の出力端子間に直接接続されることになる。
【0070】
各高電力パルス列の間に印加される電力がLC回路92の共鳴周波数において変更可能となるように、LC回路92が導線84に接続され、LC回路92はまた好ましくはさまざまな共鳴周波数で作動可能な可変LC回路である。
【0071】
十分には理解されていない理由によって、図4A〜図4Cを参照して以下に説明される波形を生じる非線形特性を有する複雑な電気負荷として真空チャンバ内のプラズマが作動することに留意されたい。周波数を増大させることによって、共鳴条件が生成可能であり、電流および電力の高振動が生じることが見出された。従って、各高電力パルス列の最初の増大位相の後の振動電圧は、振動単極電圧であり、この振動単極電圧は、振動の性質にも拘わらず、正極から負極へと交替せず、常に同じ負のDC極性を有する。
【0072】
図3に関連して説明されるここで使用されるパルスユニットの処理の観点から見た最も特徴的な性質は、広い範囲の可能なパルス形状が生成可能なことである。説明されたパルスユニットによって、パルスパッケージすなわち1つの高周波数パルスシーケンス(マクロパルス)内の電圧パルスの長いオフ時間などのオフ時間の変更が可能である。電圧の長いオフ時間に起因して、陰極電流もゼロに戻る。これは、以下に示す図4の記録のオシロスコープのトレースに示されている。3つの異なるパルスファイルが示されており、その特性が以下の表1に与えられる。
【0073】
表1には、各パルスファイル(表1の列1)ついて適用されたいくつかのパラメータが与えられている。パルスファイルは、マクロパルスのためのプログラムである。この実施例では、マクロパルスは、ここではイグニッション部(列2〜列6)および高イオン化部(列11)と呼ばれるマイクロパルスから形成されている。列12には、マクロパルスの全体の時間が記載されている。表1の列の詳細は、第1行に説明されており、ここで関連するパルスファイルは、35と呼ばれる。マクロパルスのイグニッション部において、4つの繰り返しパルスサイクルがプログラムされており(列5)、ここでは、各個々のサイクルは、マイクロパルスから構成される。各マイクロパルスでは、スイッチ86を用いて電圧が3μsの間、出力に切り換えられ(電圧オン)、その後、電圧がオフにされる40μsの期間が続く。このオン/オフサイクルは4回繰り返され(列5)、172μs(4×40+4×3)の継続時間(列2)となる。列6に示される23kHzの周波数は、列3と列4の合計である43μsの周期性から導かれる。
【0074】
イグニッション期間の後に高イオン化期間が続く。ここでマイクロパルスは、30μsecのオフ(列9)および14μsecのオン(列10)から構成される。従って、このマイクロパルスの期間は44μsecとなり、22.7kHz(列11)に相当する。高イオン化部でプログラムされるマイクロパルスの数は、11であり(列10)、484μsecの高イオン化期間の継続時間となる(列11と、列9および列10の合計とから計算される列8)。列12におけるマクロパルスの全継続期間は、656μsecであり、これは、全てのマイクロパルスの期間の合計から計算される。この場合、それは、イグニッション期間(列2)および高イオン化期間(列7)の継続時間の合計である。
【0075】
【表1】

【0076】
各パルスは、イグニッションパルスから始まる。イグニッションパルスの後に、パルスファイル35は、長いオフ時間を有するパルスを生成し、一方、パルスファイル42は、短いオフ時間を有するパルスを生成する。パルスファイル43は、中間のオフ時間を有する。これは、図4A〜図4Cのオシロスコープの記録に見ることもできる。
【0077】
パルスファイル35では、陰極電流は、最大の振動を有しており、それは実際ゼロまで落ちる。予想できるように、バイアス電流も最大の振動を有するが、オフ時間はなお、バイアス電流が落ちてゼロに戻るほど十分大きくないことに注目されたい。
【0078】
図4A〜図4Cにおいて表示された信号は、左側に1と表示された最上層のトレースである陰極電圧、Tで表示されたレベル程度の中間で左側から始まり、最低の位置まで落ちるバイアス電流、および2と表示された左側の最低位置から始まり、中間位置まで上がる陰極電流である。これらのトレースについてのこの説明は、図4B、図4Cでも最も容易に追随され、そして図4Aで綿密に読むことができる。オシログラムの尺度は、(横軸)時間の尺度については、100μsec/DIVであり、一方、信号の縦軸の尺度は、陰極電流については160A/DIV、バイアス電流については10A/DIV、および陰極電圧については700V/DIVである。ここでDIVは、Division(目盛り)」の略語として使用されており、1DIVは、5つの小さな目盛りに分割された箱の1つの高さである。1で表示されたレベルがゼロボルトに相当することに留意されたい。Tで表示された値は実際、バイアス電流についてのゼロレベルである(すなわち、グラフの尺度から計算可能な2〜3Aの、Tで表示された値からバイアス電流の曲線の開始に対するオフセットがある)。2で表示された位置は、陰極電流のゼロ値である。
【0079】
図4Aの拡大されたオシログラムにおいて、段落[0075]の表1によるパルスファイルのパラメータ設定を認めることができる。一例として、図4Aの陰極電流についてのトレースは、イグニッション部が172μsec継続し、一方、高イオン化部の最後の2目盛りの計数が、5サイクルよりいくぶん少ないものを含んでいることを示している。後者の場合、5サイクルは、表1、列8、9によれば220μsec継続する。
【0080】
処理パラメータ: パルスファイルおよび磁場
処理領域を調べるために、図示の3つのパルスファイルを用いて水素フリー炭素層を堆積させた。さらに、磁石板すなわち永久磁石のホルダーを、矢印82によって示されるように前方あるいは後方の位置に配置することで磁場を変えた。前方の位置では、水平場強度(炭素ターゲット表面に平行)は、約600ガウスである。後方の位置では、約300ガウスの磁場強度となる。被覆の最も興味のある性質の1つは、硬さである。以下の表2には、堆積された6つの被覆(3つのパルスファイル×2つの磁場強度)の硬さの結果が示される。この結果は、図5Aの棒グラフにも示される。他の特徴的な処理パラメータ(最大温度、ピーク陰極電流、ピークバイアス電流、平均バイアス電流)および被覆厚さも与えられている。特に別段の断りがない限り、全ての堆積は、12時間実施された。
【0081】
【表2】

【0082】
表2: いくつかのパラメータの関数としての硬さ。
【0083】
表2は、上記の表として、および図5の棒グラフとして示される。この表から引き出される最も重要な結論は、高イオン化部で最も長いオフ時間を有するパルスファイル(全てのパルスファイルは同じイグニッション部を有していた)が、最も硬い被覆(パルスファイル35)を与え、一方、オフ時間が短いほど、被覆はより軟らかくなった(最も短いオフ時間を有するパルスファイル42は、最も軟らかい被覆を与える)。
【0084】
強い磁場ほど、より硬い被覆が得られる。これは、個々の各パルスファイルについて、ピークバイアス電流およびピーク陰極電流と相互に関係がある。しかしながら、パルスファイルが異なると、この関係が失われることに留意されたい。例えば、後方位置に磁石を有するパルスファイル35は、26Aのピークバイアス電流および3400ビッカースの被覆硬さを有し、後方位置に磁石を有するパルスファイル43は、36Aのピークバイアス電流およびほんの2700ビッカースの硬さを有する。これはおそらく、ピーク陰極電流によって生じる。ピーク陰極電流の高さが、陰極材料のイオン化に対する支配的なパラメータの1つであることが知られている。バイアス電流の増加はおそらく、Arガスのさらなるイオン化に関係する。
【0085】
パラメータについてのこの最初の調査からは、最良の結果が、最も強力な磁場(前方の磁石)およびパルスパッケージにおける最も長いオフ時間(パルスファイル35)を用いて得られるということが結論される。
【0086】
処理パラメータ: アルゴン流量、UBMコイル電流、およびバイアス電圧
被覆の性質に影響を及ぼし得る他の処理パラメータは、最大温度、処理圧力、UBMコイル電流、およびバイアス電圧である。これらのパラメータが被覆の性質に及ぼす影響を調べるために、実施7(パルスファイル35、前方の磁石、400sccmのAr、2AのUBMコイル電流、100Vのバイアス)の被覆が参照として取られた。
【0087】
これらのパラメータの被覆の硬さに対する影響は、以下の表3に示され、図5Bの棒グラフにも示されている。
【0088】
【表3】

【0089】
表3.圧力(Ar流量による)、コイル電流、およびバイアス電圧の変動の影響。
【0090】
コイル電流が2Aから4Aに増加する(これによって、陰極に対するより強い不均衡な影響によりイオン化が増加する)ことは、被覆の硬さに正の効果を及ぼす。またピークバイアス電流、従って、被覆温度も、この場合上昇する。これらの条件下では、約4900ビッカースの被覆硬さが実現されたが、これは、現在までに得られた最良の結果である。さらなる研究を行う必要があり、それによっておそらくこれらの被覆により多くの情報が追加されることになる。
【0091】
おそらく、コイル電圧の増加と組み合わせてバイアス電圧を増加させることには意味がない。より高いコイル電流とより高いバイアス電圧の組み合わせに最適条件がありそうである。この場合最適条件はおそらく150Vより低いであろう。
【0092】
要約および提案
処理パラメータの現在の調査から、パルスパッケージまたは列内において電圧パルスの長いオフ時間を用いて堆積させることによって最良の結果が得られることが結論できる。より高いUBMコイル電流を用いて堆積させることで、現在までに測定された最も高い硬さ(約4900ビッカース)を有する水素フリー炭素被覆の堆積が得られる。従って、以下の提案を与えることができる。
【0093】
・より高いUBMコイル電流(例えば6A)を使用すること、
・より低い負のバイアス電圧を使用すること、
・コイル電流およびバイアス電圧の組み合わせの最適条件を見出すこと、
・少量のC2H2を添加し、従って少量の割合の水素(約1%未満)を被覆内に導入することが有利となり得ることも考えられる、
・他のドープ剤の導入が、より高い硬さを必ずしも生じさせないとしても、摩擦学的性質にとって有利となり得る。
【0094】
このパラメータ領域からの最適な被覆が得られた場合、基部層または結合層に注意する必要がある。改善は、
・炭素アークイオンエッチングを、HIPIMS炭素イオンエッチングによって、または通常のスパってリングで製造された他の結合層によって置き換えること、
・(標準的な)DLC被覆の頂部に硬い水素フリー炭素層を堆積することが、摩擦学的システムにとって、または、上に言及したような他の摩耗システムにとっても有利となり得ること、
によって得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属またはセラミック材料の基材(ワークピース)上に少なくとも実質的に水素フリーのta−C層を製造する装置であって、少なくとも以下の構成要素:
a) 不活性ガス供給源および真空ポンプに接続可能な真空チャンバと、
b) 1つまたは複数の基材(ワークピース)のための支持装置であって、真空チャンバ内へ挿入されるまたは挿入可能な支持装置と、
c) マグネトロンを形成するための関連する磁石配置を有する少なくとも1つの黒鉛陰極であって、炭素材料の供給源として機能する少なくとも1つの黒鉛陰極と、
d) 支持装置上の1つまたは複数の基材に負のバイアス電圧を印加するバイアス電源と、
e) 前記のまたはそれぞれの陰極のための少なくとも1つの陰極電源であって、少なくとも1つの黒鉛陰極および関連する陽極に接続可能な少なくとも1つの陰極電源と、
を備えており、少なくとも1つの陰極電源は、(好ましくはプログラム可能な)時間間隔で離間された高電力パルス列を伝達するように設計され、各高電力パルス列は、自由選択では増大位相の後に、少なくとも1つの黒鉛陰極に供給されるように適合された高周波数のDCパルスの列から成り、高周波数のDC電力パルスは、100kWから2メガワットを超えるまでの範囲のピーク電力と、1Hz〜350kHzの範囲、好ましくは1Hz〜2kHzの範囲、特に1Hz〜1.5kHzの範囲、特に、約10〜30Hzのパルス繰り返し周波数とを有することを特徴とする装置。
【請求項2】
パルスパターンは、10〜5000μsecの範囲、典型的には50〜3000μsecの範囲、特に400〜800μsecの長さの制御可能なマクロパルスから構成されることを特徴とする請求項1記載の装置。
【請求項3】
マクロパルスは、1〜100μsecの範囲、典型的には5〜50μsecの制御可能なマイクロパルスから構成され、各マイクロパルスの間に、陰極への電力は、供給と遮断が切り換えられ、電力供給の範囲は、典型的には2〜25μsecであり、電力遮断すべき電力の範囲は、典型的には6〜1000μsecであることを特徴とする請求項1または2記載の装置。
【請求項4】
より長い期間に亘って平均化された、複数の高電力パルス列から成る高電力パルス列の平均電力は、10〜250kWの範囲の一定DC電力を有するDCスパッタリングシステムの電力と比較できることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つに記載の装置。
【請求項5】
高電力パルス列の平均電力は、例えば100〜300kWの範囲にあるHIPIMSパルス電力の電力と比較できることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1つに記載の装置。
【請求項6】
前記装置は、複数のマグネトロンおよび関連する陰極を備え、これらの陰極のうちの1つが、結合層材料を備えており、前記装置はさらに、ta−C層の堆積の前に1つまたは複数の基材上に結合層材料を堆積させるための結合層材料のスパッタリング用の電源を備えることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1つに記載の装置。
【請求項7】
前記装置は、少なくとも1つの黒鉛アーク陰極と、この少なくとも1つの黒鉛アーク陰極から結合層上にアーク炭素層を堆積させるためのアークを生成する装置とを有することを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つに記載の装置。
【請求項8】
1つまたは複数の基材は以下の材料、すなわち、鋼、特に100Cr6、チタン、チタン合金、アルミニウム合金、およびWCなどのセラミック材料のうちの1つから成ることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1つに記載の装置。
【請求項9】
マクロパルスと呼ばれる各高周波数パルス列は、複数のマイクロパルスから構成されており、最初のマイクロパルスは、イグニッション位相を画成し、後続のマイクロパルスは、高電力位相を画成し、イグニッション位相におけるマイクロパルスの周波数は、典型的には高電力位相の周波数より高いかまたは比較可能であり、イグニッション位相におけるマイクロパルスのオン時間の継続時間は、典型的には高電力位相におけるマイクロパルスのオン時間より短いことを特徴とする請求項1〜8のいずれか1つに記載の装置。
【請求項10】
高周波数電源は、高周波数電力パルスを供給するように充電可能なコンデンサと、コンデンサと1つまたは複数の陰極との間に接続されるLC振動回路とを備えており、電源は、好ましくは、プログラムによって制御可能な電子スイッチであって、所望のパルス列を生成するためにコンデンサを少なくとも1つの陰極に接続するように適合された電子スイッチを備えることを特徴とする請求項1〜9のいずれか1つに記載の装置。
【請求項11】
電子スイッチまたは付加的な電子スイッチが、高周波数のDC電力パルスを生成するためにLC回路を介して増大位相の後にコンデンサを少なくとも1つの陰極に接続するように適合されていることを特徴とする請求項10記載の装置。
【請求項12】
前記装置は、基材のHIPIMSエッチングを実行するように適合されていることを特徴とする請求項1〜11のいずれか1つに記載の装置。
【請求項13】
金属またはセラミック材料から成る少なくとも1つの基材(ワークピース)上に少なくとも実質的に水素フリーのta−C層を製造する方法であって、該方法は、
ta−C層が、水素を含有しない不活性ガス供給源および真空ポンプに接続可能な真空チャンバ内で、関連するマグネトロンを有する少なくとも1つの黒鉛陰極であって炭素材料の供給源として機能する少なくとも1つの黒鉛陰極から、少なくとも1つの基材にバイアスを印加するバイアス電源と、少なくとも1つの黒鉛陰極および関連する陽極に接続可能な陰極電源とを用いながらマグネトロンスパッタリングによって堆積され、陰極電源は、所定の時間間隔で離間された高電力パルス列を伝達するように設計され、各高電力パルス列は、自由選択では増大位相の後に、少なくとも1つの黒鉛陰極に供給されるように適合された高周波数のDCパルスの列から成り、高周波数のDC電力パルスは、100kWから2メガワットを超えるまでの範囲のピーク電力と、1Hz〜350kHzの範囲、好ましくは1Hz〜2kHzの範囲、特に1Hz〜1.5kHzの範囲、特に、約10〜30Hzのパルス繰り返し周波数とを有する、
ことを特徴とし、該方法は好ましくは、約0,1〜1,8Pa(1.10-3〜8.10-2mbarのAr圧力で実行されることを特徴とする方法。
【請求項14】
被覆内に金属などの1つまたは複数のドープ元素を組み込む工程、および/または、被覆に少量の水素および/またはN2を添加する工程を含むことを特徴とする請求項13記載の方法。
【請求項15】
請求項1〜12のうちの1つに記載の装置によって、または請求項13または14のうちの1つに記載の方法によって作成されるta−C層を有する基材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図5A】
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【図5B】
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【公開番号】特開2013−96011(P2013−96011A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2012−238487(P2012−238487)
【出願日】平成24年10月30日(2012.10.30)
【出願人】(512280770)
【Fターム(参考)】