説明

一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜及びその製造方法

【課題】海水濃縮において一価陰イオンを選択に透過する性質において優れている一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜を提供する。
【解決手段】超高分子量ポリエチレンフィルムに電離放射線を照射してラジカルを発生させ、陰イオン交換基を導入可能な官能基を有する重合性単量体単独、又は該重合性単量体及び架橋性単量体の重合性混合物を用いてグラフト重合を行って得られた、グラフト重合超高分子量ポリエチレンフィルムを、フィルムが有する陰イオン交換基を導入可能な官能基と2か所以上で反応可能で、かつ陰イオン交換基を形成しえる化合物と反応させることにより、フィルムに前記化合物による架橋構造部分を有しせしめた一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、製塩に用いられる一価陰イオン選択透過性陰イオン交換膜及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン交換膜製塩法における海水濃縮工程には、陽及び陰イオン交換膜を利用した電気透析槽が用いられている。電気透析槽に利用するイオン交換膜の性能上求められているのは、膜の電気抵抗、濃縮性能、耐久性等であり、塩の製造費低減のためには、膜の電気抵抗を増加させることなく、濃縮性能を向上させることが必要である。加えて耐久性、特に機械的強度を向上させることも必要となる。
【0003】
製塩用イオン交換膜の製法については従来から数多くの方法が提案されている(例えば特許文献1〜3参照)が、イオン交換基が導入可能な官能基又はイオン交換基を有するモノマー、架橋剤及び重合触媒を主たる成分として含有する混合物をポリ塩化ビニル製の織布などに塗布して重合した後、必要に応じてイオン交換基を導入する方法が広く知られている。
【0004】
しかしながら、この方法により得られたイオン交換膜は、膜の電気抵抗を増加させることなく、濃縮性能を向上させることは困難であり、かつ機械的強度についても満足できる性質のものではなかった。
【0005】
かかる問題点を解決するため、ポリプロピレン繊維基材等に重合性モノマーを含浸担持させた後、電離放射線でグラフト重合しイオン交換膜を得る方法や、ポリオレフィン製基材等に重合性モノマーを含浸担持させた後、電離放射線で一部重合を行い、続いて重合開始剤の存在下で加熱することにより、重合を完結させてイオン交換膜を得る方法が提案されている(例えば特許文献4〜6参照)。
しかし、いずれの方法も、膜の機械的強度を向上させることは可能であるが、膜の濃縮性能については満足のいく成果は見られなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公昭39−27861号公報
【特許文献2】特公昭40−28951号公報
【特許文献3】特公昭44−19253号公報
【特許文献4】特開昭51−52489号公報
【特許文献5】特開昭60−238327号公報
【特許文献6】特開平6−271687号公報
【0007】
かかる問題点を解決するため、本発明者等は、先にイオン交換膜の基材として、汎用のポリオレフィンに比べ、耐衝撃性、耐摩耗性、耐薬品性、引っ張り強度等に優れている、超高分子量ポリエチレンフィルムを用いた方法を発明し、出願をした(特開2008−255351号公報)。すなわち、この方法は、超高分子量ポリエチレンフィルムに電離放射線を照射し、スチレン系モノマー等をグラフト重合した後、形成されるグラフト側鎖に陰イオン交換基を導入し、イオン交換膜を製造することにより、従来使用されている製塩用のイオン交換膜と比較し、電気抵抗を増加させずに、濃縮性能を増加させ、且つ機械的強度を向上させた陰イオン交換膜を提供できる方法である。
【0008】
しかし、本方法により得られた膜においては、電気透析法による海水濃縮において使用される陰イオン交換膜に要求される特性である、一価陰イオン選択透過性(すなわち、SO2−は通り難く、一価陰イオン、つまりClは選択的に通り易い性能)については、満足できる性能を有していない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、製塩に用いられる一価陰イオン選択透過性陰イオン交換膜について、従来使用されている膜と比較し、一価陰イオン選択透過性が高く、電気抵抗を増加させずに、濃縮性能を向上させることを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、前記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、超高分子量ポリエチレンフィルムに電離放射線を照射することにより、超高分子量ポリエチレンにラジカルを発生させ、陰イオン交換基を導入可能な官能基を有する重合性単量体単独、又は該重合性単量体及び架橋性単量体の重合性混合物を用いてグラフト重合を行うことにより得られた、グラフト重合超高分子量ポリエチレンフィルムを、前記フィルムが有する陰イオン交換基を導入可能な官能基と2か所以上で反応可能でかつ陰イオン交換基を形成しえる化合物と反応させ、フィルムに前記化合物による架橋構造部分を有しせしめることにより、一価陰イオン選択透過性を付与することを特徴とする一価陰イオン選択透過性陰イオン交換膜を提供できることを見出した。
【0011】
すなわち、本発明は、下記の構成とすることにより上記の目的を達成するに至った。
(1)超高分子量ポリエチレンフィルムに電離放射線を照射することにより、超高分子量ポリエチレンにラジカルを発生させ、陰イオン交換基を導入可能な官能基を有する重合性単量体単独、又は該重合性単量体及び架橋性単量体の重合性混合物を用いてグラフト重合を行うことにより得られた、グラフト重合超高分子量ポリエチレンフィルムを、前記フィルムが有する陰イオン交換基を導入可能な官能基と2か所以上で反応可能で、かつ陰イオン交換基を形成しえる化合物と反応させることにより、フィルムに前記化合物による架橋構造部分を有しせしめて、一価陰イオン選択透過性を付与させたことを特徴とする一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜。
(2)前記2か所以上で反応可能な化合物が、2か所以上のアミノ基を有する有機化合物であることを特徴とする前記(1)記載の一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜。
(3)前記2か所以上で反応可能な化合物が、2か所以上の3級アミノ基を有する有機化合物であることを特徴とする前記(1)記載の一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜。
(4)前記の超高分子量ポリエチレンフィルムが、超高分子量ポリエチレンフィルムを融点付近まで加温し一部溶融させ、前記加温条件下で前記フィルムが収縮しない程度に厚み方向に加圧することにより得られるフィルムであることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか1項記載の一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜。
(5)前記の加圧条件下で加熱処理を、130〜160℃の温度で、1000kPa以上の圧力で行ったことを特徴とする前記(4)記載の一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜。
(6)超高分子量ポリエチレンフィルムに電離放射線を照射することにより、超高分子量ポリエチレンにラジカルを発生させ、陰イオン交換基を導入可能な官能基を有する重合性単量体単独、又は該重合性単量体及び架橋性単量体の重合性混合物を用いてグラフト重合を行うことにより得られた、グラフト重合超高分子量ポリエチレンフィルムを、前記フィルムが有する陰イオン交換基を導入可能な官能基と2か所以上で反応可能で、かつ陰イオン交換基を形成しえる化合物と反応させることにより、フィルムに前記化合物による架橋構造部分を有しせしめて、一価陰イオン選択透過性を付与させることを特徴とする一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜の製造方法。
(7)前記2か所以上で反応可能な化合物として、2か所以上のアミノ基を有する有機化合物を用いることを特徴とする前記(6)記載の一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜の製造方法。
(8)前記2か所以上で反応可能な化合物として、2か所以上の3級アミノ基を有する有機化合物を用いることを特徴とする前記(6)記載の一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜の製造方法。
(9)前記の超高分子量ポリエチレンフィルムとして、超高分子量ポリエチレンフィルムを融点付近まで加温し一部溶融させ、前記加温条件下で前記フィルムが収縮しない程度に厚み方向に加圧することにより得られるフィルムを用いることを特徴とする前記(6)〜(8)のいずれか1項記載の一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜の製造方法。
(10)前記の加圧条件下で加熱処理を、130〜160℃の温度で、1000kPa以上の圧力で行うことを特徴とする前記(9)記載の一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、製塩用陰イオン交換膜として、従来使用されている陰イオン交換膜と比較して、一価陰イオン選択透過性が高く硫酸イオンなどの二価陰イオンをほとんど通さない作用があり、かつ膜の電気抵抗を増加させず、高い濃縮性能を示すことから、優れた一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜を提供できる。そのため、この陰イオン交換膜を使用する電気透析法による海水濃縮においては、二価陰イオンの含有量が少ない濃縮かん水を高い効率で得ることができ、膜や装置における難溶性塩の析出が少なく、水の電気分解等の運転上のトラブルが発生しにくいため、長期安定運転に寄与できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】透析試験における膜抵抗と硫酸イオンの選択透過係数との関係を示す。
【図2】透析試験における膜抵抗と濃縮液の塩化ナトリウム濃度との関係を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜の製造方法は、超高分子量ポリエチレンフィルムに電離放射線を照射することにより、超高分子量ポリエチレンにラジカルを発生させ、陰イオン交換基を導入可能な官能基を有する重合性単量体単独、又は該重合性単量体及び架橋性単量体の重合性混合物を用いてグラフト重合を行うことにより得られた、グラフト重合超高分子量ポリエチレンフィルムを、前記フィルムが有する陰イオン交換基を導入可能な官能基と2か所以上で反応可能でかつ陰イオン交換基を形成しえる化合物と反応させ、フィルムに前記化合物による架橋構造部分を有しせしめることにより、一価陰イオン選択透過性を付与することが特徴である。
【0015】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
本発明で使用できる、高分子フィルム基材としては、得られるイオン交換膜の耐久性が向上し、膨潤性も抑制される、分子量が30万以上である超高分子量ポリエチレンを使用することができ、特に分子量が100万〜630万であり、厚みが20〜100μmのものを用いるのが好ましい。
高分子基材の形態は、製塩用のイオン交換膜としての利用面からの要請から、膜(フィルム)の形態であって、その大きさ、厚さは適宜決定することができる。
【0016】
超高分子量ポリエチレンフィルムの製造法による種別は特に限定するものではなく、インフレーションフィルム、スカイブフィルム等いずれのフィルムも使用可能である。インフレーションフィルムとしては、例えば、作新工業株式会社製、Saxinニューライトフィルム イノベート(製品名)などがあげられる。スカイブフィルムとしては、例えば作新工業株式会社製、Saxinニューライトフィルム(製品名)があげられる。
また、超高分子量ポリエチレンを、厚み方向に対して加圧条件とした後、融点付近まで加温し一部溶融させ、冷却することにより製造されるフィルムを用いてもよい。
【0017】
以下にフィルムの加熱加圧処理方法について説明する。
加熱加圧処理は、超高分子量ポリエチレンを、厚み方向に対して加圧条件とした後、融点付近まで加温し一部溶融させ、冷却することにより、フィルムの結晶構造を一部変化させることを特徴とする。前記超高分子量ポリエチレンのフィルムをその一部が溶融するように加温する加熱条件としては、前記超高分子量ポリエチレンの性状により変わるが、120〜170℃、好ましくは130℃〜160℃の範囲である。
【0018】
加圧方法としては、従来行われている広範な方法が何の制限もなく使用できるが、特に有効な方法としては加熱を同時に実施できるホットプレスを用いる方法、及びロールの接触圧力を利用する方法が挙げられる。ホットプレスを用いた場合、加圧の開始と同時に加熱処理をすることが可能となる。膜面全体を均一に処理する場合、ホットプレスを用いる方法が有効であるが、対象とするフィルムの寸法が大きい場合、ロールの接触圧力を利用する方法が有効である。
加圧条件に特に制限はないが、加圧が不十分である場合、加熱時に膜が収縮し、フィルムの形状を維持することが出来なくなる。そのため、少なくとも、膜が収縮しない程度の圧力をかける必要がある。ロール法による場合には、ロールの周囲から加圧型で全面的に加圧する手段を用いなくとも、粘着性テープあるいはベルトを用い、フィルムを巻きつけたロールの上に巻いて締めれば、ロールの周囲からフィルムの厚み方向に全面的に加圧することができる。
【0019】
加熱方法としては、従来行われている広範な方法が何の制限もなく使用できる。特に有効な方法としては、加圧方法としてロールの接触圧力を利用する方法を採用した、熱処理機を用いた加熱方法が挙げられる。
なお、加圧方法としてホットプレスを採用した場合、同時に加熱することが可能である。
加熱時間に特に制限はないが、少なくとも1時間以上、好ましくは6時間以上、より好ましくは12時間以上とするのがよい。実用的には12〜72時間が好ましい。
【0020】
本発明における加熱の目的が超高分子量ポリエチレンを一部溶融させ、結晶構造を変化させることを目的としている。従って、加熱温度は、少なくとも超高分子量ポリエチレンの溶融温度付近とすることが好ましい。そのため、加熱温度は、少なくとも120〜170℃、好ましくは130〜160℃、より好ましくは153℃とする。
【0021】
ロールの接触圧を利用する場合の処理方法の一例を説明する。
超高分子量ポリエチレンフィルム(例えば、作新工業株式会社製、Saxinニューライトフィルム イノベート(製品名))を保護フィルムと共にロールに巻き取る。巻取り速度に特に制限は無く、接触圧は少なくとも熱処理時に膜が収縮しない程度であればよい。保護フィルムに特に制限は無いが、保護フィルムとしては加熱温度において形状変化を生じず、表面平滑性が高く、処理後超高分子量ポリエチレンフィルムとの剥離が容易であることが好ましく、特にPETフィルム(例えば、東レ株式会社製、ルミラー(製品名))を用いるのが好ましい。また、巻取りに使用するロールの芯としては特に制限は無いが、処理温度において形状変化を起こさない物質であり、接触圧による形状変化も起こさず、表面平滑性が高いことが好ましく、特に鉄等の金属を用いるのが好ましい。ロールに巻き取られたフィルムは接触圧を維持したまま、熱処理機に入れ加熱する。熱処理機の温度は145〜160℃とし、12〜72時間加熱した後、熱処理機よりロールを取り出し、自然冷却をした。
【0022】
本発明において用いられる、陰イオン交換基を導入可能な官能基を有する重合性単量体としては、クロロメチルスチレンを用いるのが一般的であるが、従来公知である陰イオン交換樹脂や陰イオン交換膜の製造において用いられる単量体が特に制限されず使用される。具体的には、スチレン、ビニルトルエン、ビニルキシレン、α−メチルスチレン、アセナフチレン、ビニルナフタレン、α−ハロゲン化スチレン等、α,β,β’−トリハロゲン化スチレン、クロロスチレン、ビニルピリジン、メチルビニルピリジン、エチルビニルピリジン、ビニルピロリドン、ビニルカルバゾール、ビニルイミダゾール、アミノスチレン、アルキルアミノスチレン、トリアルキルアミノスチレン、アクリル酸アミド、アクリルアミド、オキシウム等が用いられる。この重合性単量体の使用量としてはフィルムの性質により適宜選択される。重合性単量体は溶媒に溶解して使用することができ、溶液とする場合、その濃度は20〜80質量%とすることができる。
【0023】
本発明において使用することができる架橋性単量体としては、以下に列記する単量体が挙げられる。架橋構造を導入できる単量体。すなわちビニル基を少なくとも2個有するもの。例えばジビニルベンゼン(DVB)、トリビニルベンゼン、ジビニルトルエン、ジビニルナフタレン、エチレングリコールジメタクリレート。架橋性単量体の使用量はフィルムの質量を基準にして0.6〜3.2質量%の範囲が好適である。
【0024】
本発明では、上記したイオン交換基を導入可能な官能基を有する重合性単量体、又は該重合性単量体及び架橋性単量体とともに、必要に応じてこれらの単量体と共重合可能な単量体を用いても良い。こうした他の単量体としては、例えばスチレン、アクリロニトリル、メチルスチレン、ビニルクロライド、アクロレイン、メチルビニルケトン、無水マレイン酸、マレイン酸、その塩またはエステル類、イタコン酸、その塩またはエステル類等が適宜用いられる。
【0025】
また、本発明において使用することができる膨潤溶媒としては特に限定されないが、ベンゼン、キシレン、トルエン、ヘキサン等の炭化水素類、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール類、アセトン、メチルイソプロピルケトン、シクロヘキサン等のケトン類、ジオキサン、テトラヒドロフラン等のエーテル類、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類、イソプロピルアミン、ジエタノールアミン、N−メチルホルムアミド、N,N−ジメチルホルムアミド等の含窒素化合物等の溶媒が挙げられ、これらを適宜、少なくとも1種以上選択して使用することができる。
【0026】
高分子基材への上記モノマーのグラフト重合は、基材を電離放射線照射後、モノマーと重合反応させる、いわゆる前照射法か、又は基材とモノマーとに同時に照射し、重合反応させる、いわゆる同時照射法のいずれによっても行うことができる。高分子基材にグラフト重合しないホモポリマーの生成量が少ないことから、前照射法を使用することが好ましい。前照射法については2方法あり、高分子基材を不活性ガス中で照射するポリマーラジカル法と、基材を酸素の存在する雰囲気下で照射するパーオキサイド法があり、いずれも本発明において使用することができる。
【0027】
前照射法の一例を以下に説明する。
まず、高分子基材を酸素不透過性ポリ袋中に挿入後、この袋内を窒素置換し、袋内酸素を除去する。次いでこの基材を含む袋に電離放射線の一つである電子線を、−10〜80℃、好ましくは室温付近で、20〜400kGy照射する。電子線の照射量は、好ましくは50〜100kGyである。次いで、照射済み基材を大気中で取り出し、ガラス容器に移し替えた後、容器内にモノマー液又はモノマー溶液(溶媒希釈液)を充填する。モノマー液又はモノマー溶液は、酸素の存在しない不活性ガスによるバブリングや凍結脱気などで予め酸素ガスを除いたものを使用する。照射済み基材にポリマーのグラフト鎖を導入するためのグラフト重合は、通常、室温〜80℃、好ましくは、25〜70℃、特に好ましくは40〜50℃で実施する。
【0028】
これにより得られたポリマーのグラフト率(すなわち、重合前の高分子基材に対するグラフト鎖の質量パーセント)は、5〜300質量%、より好ましくは50〜200質量%である。グラフト率は、照射線量、重合温度、重合時間等に依存して適宜変化させることができる。
【0029】
グラフト重合を行うことにより得られた、グラフト重合された超高分子量ポリエチレンフィルムと前記フィルムが有する陰イオン交換基を導入可能な官能基と2か所以上で反応可能でかつ陰イオン交換基を形成しえる化合物としては、以下に挙げられる物質が望ましい。
前記化合物としては、理論的には、前記の基は1か所のものであっても、グラフト重合された超高分子量ポリエチレンフィルムが有する陰イオン交換基を導入可能な官能基と2か所以上で反応可能な物質であってもよいことになる。そのような化合物としては、1級アミンであるメチルアミンや2級アミンであるジメチルアミン等が挙げられる。前記化合物が前記フィルムの有する陰イオン交換基を導入可能な官能基と1か所でしか結合しないのであれば、陰イオン交換基を導入した公知の陰イオン交換膜と違わないことになる。トリメチルアミンは、2か所以上で反応することができず、架橋した構造が得られないために使用には適していない。一方、メチルアミンやジメチルアミンは、2か所以上で反応することができ、架橋した構造が得られるが、その反応をそのまま続行すると、抵抗が著しく大きい膜が生成するので、その反応は選択処理では部分的で止め、その後は陰イオン交換基付与のために、架橋構造を形成せず、陰イオン交換基の付与が可能であるトリメチルアミンなどで処理することが好ましい。
【0030】
前記した趣旨で、2か所以上で反応可能な化合物として好適に用いられるものは、2か所以上のアミノ基を有する有機化合物であり、このような2か所以上のアミノ基を有する有機化合物としては、1,6−ジアミノヘキサン、1,2−ビス(2−アミノエトキシ)エタン、1,2−シクロヘキサンジアミン、1,3−ジアミノペンタン、1,4−ビス(アミノメチル)シクロヘキサン、1,4−ブタンジオールビス(3−アミノプロピル)エーテル、1,11−ジアミノ−,3,6,9−トリオキサウンデカン、2−メチルー1,5−ジアミノペンタン、m−キシリレンジアミン、N,N´−ジメチル−1,6−ジアミノヘキサン、N,N,N´,N´−テトラメチルメチレンジアミン、N,N,N´,N´−テトラメチルエチレンジアミン、N,N,N´,N´−テトラメチル−1,3−ジアミノプロパン、N,N,N´,N´−テトラメチル−1,4−ジアミノブタン、N,N,N´,N´−テトラメチル−1,6−ジアミノヘキサン、N,N,N´,N´´,N´´−ペンタメチルジエチレントリアミン、2,6,10−トリメチル−2,6,10−トリアザウンデカン等が挙げられる。これらのうち、特に好ましいものとしては、N,N,N´,N´−テトラメチル−1,4−ジアミノブタン、N,N,N´,N´−テトラメチル−1,6−ジアミノヘキサン、N,N,N´,N´´,N´´−ペンタメチルジエチレントリアミン、2,6,10−トリメチル−2,6,10−トリアザウンデカン等が挙げられる。
【0031】
特に好ましいのは、アミノ基を2か所以上有し、これらのアミノ基が互いに離れた位置で結合している構造を有する有機化合物である。
これらの化合物のうち、2か所以上のアミノ基を有する有機化合物としては、N,N,N´,N´−テトラメチル−1,6−ジアミノヘキサンのように他のアミノ基が一方のアミノ基が結合している炭素鎖の位置から離れた炭素鎖の位置に結合している構造となるような化合物であることが好ましい。これは、得られた架橋構造を形成する2か所のアミノ基間の距離が選択透過性に大きく影響を与えるためである。特に、2か所のアミノ基の構造が同一であり、間に挟まれる炭素数が異なるN,N,N´,N´−テトラメチルメチレンジアミン、N,N,N´,N´−テトラメチルエチレンジアミン、N,N,N´,N´−テトラメチル−1,3−ジアミノプロパン、N,N,N´,N´−テトラメチル−1,4−ジアミノブタン、N,N,N´,N´−テトラメチル−1,6−ジアミノヘキサンを比較すると、炭素数が6であるN,N,N´,N´−テトラメチル−1,6−ジアミノヘキサンが最も適切であることがわかる。
【0032】
さらに、2か所以上のアミノ基を有する化合物においても、架橋構造を形成するアミノ基間の距離が重要となる。そのため、前記の化合物の骨格である炭素鎖は直鎖状でなく、側鎖状であってもよいが、前記した架橋構造を形成することができやすいものであればよい。
【0033】
また、反応に際してその化合物を希釈する溶媒については、前記化合物を溶解させることが可能である溶媒であれば何の制限もなく使用できるが、水や、メタンール、エタノールといったアルコール類を用いることが好ましい。前記化合物を溶液とする場合には、その濃度には制限は無いが、1〜75質量%とすることが好ましく、また溶媒を使用しなくてもよい。
【0034】
グラフト重合された超高分子量ポリエチレンフィルムを、前記フィルムが有する陰イオン交換基を導入可能な官能基と2か所以上で反応可能で、かつ陰イオン交換基を形成しえる化合物と反応させる際には、常圧で加温下において反応を行うことができる。オートクレーブ中、加圧下で反応させてもよい。その反応温度は常温かあるいはそれより少し高い温度、例えば25℃付近で十分反応させることができる。その反応は前記フィルムの表面から進行するが、一価陰イオン選択透過性を与えるためには、少なくともそのフィルムの表面層がその性質を有していればよいことからして、前記フィルムの内部全体が完全に反応し終わっている必要はなく、前記フィルムの全体の約10%が反応を完了していればよいとみられ、このような段階まで反応を進行させるようにすることで、反応時間が短縮されるなどの経済的利点がある。
【0035】
上記反応を実施し、架橋構造部分を有しせしめた後のグラフト重合された超高分子量ポリエチレンフィルムにおいては、前記の化合物とは反応しないで残った「陰イオン交換基を導入可能な官能基」があるので、この残りの官能基へ陰イオン交換基を導入すると、このフィルムの陰イオン交換基の容量を増加させることができる。このため、前記の反応に引き続いて残りの官能基へ陰イオン交換基を導入する反応を行う。
この残りの官能基への残りの官能基へ陰イオン交換基の導入のための反応は、従来行われている広範な方法が何の制限もなく使用できる。一般的には、強塩基性イオン交換基を導入可能なトリメチルアミン、ジメチルアミンエタノール、トリエタノールアミンなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0036】
なお、前記した陰イオン交換基を導入可能な官能基を有する重合性単量体としては、例えばクロロメチルスチレンであり、フィルム内にこの単量体に由来する重合体単位構造が残っていると、膜抵抗の増大につながり、結果として実用上問題のある膜となるため、上記した残りの官能基へ陰イオン交換基を導入する反応を行うことが好ましいといえる。
【実施例】
【0037】
以下、本発明の陰イオン交換膜及びその製造方法を実施例にもとづいてさらに詳細に説明する。なお、本発明はかかる実施例に限定されるものではない。
【0038】
(実施例1)
分子量160万、膜厚50μmの超高分子量ポリエチレンフィルム(作新工業株式会社製、Saxinニューライトフィルム イノベート(製品名))厚み60μm×縦50m×横60cmを、PETフィルム(膜厚120μm)と共に鉄製ロール(直径100mm)の芯を用いたロールに巻き取る。サンプル巻取り後、その上からPETフィルムを5m程度巻き接触圧を増加させ、さらに粘着性テープ等で巻き締めることにより、内部の接触圧が維持されるようにした。巻き取り速度は100cm/minとし、サンプルにかかる接触圧はいずれの部分も1000kPa以上とした。また、対象フィルム巻き取り後、153℃とした熱処理機に入れ、72時間加熱した後、熱処理機よりロールを取り出し、自然冷却した。
【0039】
得られたフィルムを酸素不透過性ポリエチレン袋中に挿入後、この袋内を窒素置換し、袋内の酸素を除去する。次いでこの基材を含む袋に電子線を25℃、加速電圧250keV、電子線電流32.7mAで、100kGy照射した。次いで、照射済み基材を大気中で取り出し、ガラス容器に移し替えた後、該ガラス容器を高純度窒素によりバブリングし、予め酸素ガスを除いたクロロメチルスチレン20質量%、ジビニルベンゼン0.6質量%としたキシレン溶液を充填した。充填後、40℃で360minグラフト重合した後、膜をガラス容器より取り出し、メタノールで洗浄し、風乾した。グラフト率は53%であった。
【0040】
該グラフト反応後の高分子基材を、メタノールを溶媒とする濃度5質量%のN,N,N´,N´−テトラメチル−1,6−ジアミノヘキサン溶液に、25℃で72時間浸漬した後、濃度30質量%のトリメチルアミン水溶液に、25℃で72時間浸漬し、膜を十分に水洗した。得られた陰イオン交換膜は0.5N−NaCl水溶液中に保存した。
【0041】
さらに、該陰イオン交換膜と市販の陽イオン交換膜(旭硝子(株)CSO)を小型電気透析装置(膜面積8cm)に装着し、透析試験を実施した。脱塩室流速は6cm/s、電流密度3A/dmの透析条件で供給液は硫酸イオンを0.03M含有した0.5M塩化ナトリウム水溶液を用いた。
【0042】
(実施例2〜21、比較例1〜2)
実施例1と異なる方法により製造した膜を実施例2〜21、実施例1と同じ方法により製造した膜でN,N,N´,N´−テトラメチル−1,6−ジアミノヘキサンによる選択処理を実施していない膜を比較例1とし、実施例1とあわせ、合成条件及び膜特性を第1〜2表に示す。
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】

【0045】
透析試験より得られる選択処理性能に関する結果として膜抵抗と硫酸イオンの選択透過係数との関係を図1に示す。
選択透過係数は後述する(1)式に従い算出され、選択処理性能を示す指標として一般的に用いられる。
選択透過係数=(供給液塩化物イオン濃度/かん水塩化物イオン濃度)×(かん水硫酸イオン濃度/供給液硫酸イオン濃度)・・・(1)式
(1)式において得られる硫酸イオンの選択透過係数は、電気透析における塩化物イオンの透過性に対する硫酸イオンの透過性を示す値である。従って、本発明における「一価陰イオン選択透過性」の評価においては、数値が低いほど性能が高いことを示す。第1表によれば、選択透過係数は実施例1〜21では、0.0120〜0.0615の範囲にあり、比較例1における「0.1707」に比してかなり低い値となっているので、本発明は、「一価陰イオン選択透過性」において優れているといえる。
【0046】
なお、実工程における電気透析槽の運転効率上、膜抵抗は3Ωcm以下が好ましい。また評価対象となる選択透過係数の適正値は、実工程においてはかん水中のカルシウムイオン濃度に依存するため(主に硫酸イオンとカルシウムイオンからなる難溶性の石膏の発生が運転トラブルの要因となるため)未処理膜と比較し、選択透過係数が減少するものについて処理効果が見られたとし、選択透過係数0.1以下を示すものを処理効果ありと判断した。
【0047】
さらに、透析試験より得られる濃縮性能に関する結果として、膜抵抗とかん水濃度(かん水中の塩化ナトリウム濃度)との関係を図2に示す。
図2に示したとおり、本発明に従って製造したいずれの陰イオン交換膜についても、市販されている陰イオン交換膜と比較し高い濃縮性能を示した。なお、図2中に示した直線は、市販イオン交換膜と同等の濃縮性能を示す直線であり、直線より上部に示される膜性能はすべて市販膜より高い濃縮性能であるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明によれば、海水濃縮において一価陰イオンを選択に透過する性質において優れている一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜を提供できることから、電気透析法による海水濃縮において長期安定運転に寄与できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超高分子量ポリエチレンフィルムに電離放射線を照射することにより、超高分子量ポリエチレンにラジカルを発生させ、陰イオン交換基を導入可能な官能基を有する重合性単量体単独、又は該重合性単量体及び架橋性単量体の重合性混合物を用いてグラフト重合を行うことにより得られた、グラフト重合超高分子量ポリエチレンフィルムを、前記フィルムが有する陰イオン交換基を導入可能な官能基と2か所以上で反応可能で、かつ陰イオン交換基を形成しえる化合物と反応させることにより、フィルムに前記化合物による架橋構造部分を有しせしめて、一価陰イオン選択透過性を付与させたことを特徴とする一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜。
【請求項2】
前記2か所以上で反応可能な化合物が、2か所以上のアミノ基を有する有機化合物であることを特徴とする請求項1記載の一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜。
【請求項3】
前記2か所以上で反応可能な化合物が、2か所以上の3級アミノ基を有する有機化合物であることを特徴とする請求項1記載の一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜。
【請求項4】
前記の超高分子量ポリエチレンフィルムが、超高分子量ポリエチレンフィルムを融点付近まで加温し一部溶融させ、前記加温条件下で前記フィルムが収縮しない程度に厚み方向に加圧することにより得られるフィルムであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜。
【請求項5】
前記の加圧条件下で加熱処理を、120〜170℃の温度で、1000kPa以上の圧力で行ったことを特徴とする請求項4記載の一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜。
【請求項6】
超高分子量ポリエチレンフィルムに電離放射線を照射することにより、超高分子量ポリエチレンにラジカルを発生させ、陰イオン交換基を導入可能な官能基を有する重合性単量体単独、又は該重合性単量体及び架橋性単量体の重合性混合物を用いてグラフト重合を行うことにより得られた、グラフト重合超高分子量ポリエチレンフィルムを、前記フィルムが有する陰イオン交換基を導入可能な官能基と2か所以上で反応可能で、かつ陰イオン交換基を形成しえる化合物と反応させることにより、フィルムに前記化合物による架橋構造部分を有しせしめて、一価陰イオン選択透過性を付与させることを特徴とする一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜の製造方法。
【請求項7】
前記2か所以上で反応可能な化合物として、2か所以上のアミノ基を有する有機化合物を用いることを特徴とする請求項6記載の一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜の製造方法。
【請求項8】
前記2か所以上で反応可能な化合物として、2か所以上の3級アミノ基を有する有機化合物を用いることを特徴とする請求項6記載の一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜の製造方法。
【請求項9】
前記の超高分子量ポリエチレンフィルムとして、超高分子量ポリエチレンフィルムを融点付近まで加温し一部溶融させ、前記加温条件下で前記フィルムが収縮しない程度に厚み方向に加圧することにより得られるフィルムを用いることを特徴とする請求項6〜8のいずれか1項記載の一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜の製造方法。
【請求項10】
前記の加圧条件下で加熱処理を、120〜170℃の温度で、1000kPa以上の圧力で行うことを特徴とする請求項9記載の一価陰イオン選択透過性製塩用陰イオン交換膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−201693(P2012−201693A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−64445(P2011−64445)
【出願日】平成23年3月23日(2011.3.23)
【出願人】(396021483)財団法人塩事業センター (18)
【Fターム(参考)】