説明

一分子蛍光・りん光分析方法及びそのための装置

【課題】 共焦点光学顕微鏡の光学系を用いて蛍光又はりん光を計測し分析する技術に於いて、自家蛍光を発する夾雑物の存在下で、検出対象物質からの発光を検出できるようにすること。
【解決手段】 本発明の方法では、対物レンズの焦点領域を含む試料を流通させるための流路と、焦点領域の上流にて試料に励起光を照射する手段とが設けられ、自家蛍光よりも長い発光寿命を有する発光物質が付加されている被検物質を含む試料が準備される。発光の計測に於いては、試料は流路内に流通され、励起光が照射されてから所定時間経過後、夾雑物の自家蛍光が消滅してから、対物レンズの焦点領域に到達し、そこで、被検物質からの発光が検出される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、アミノ酸及びその他の生理活性物質又は生体分子(以下、「生体分子等」とする。)或いはその他の物質に標識された蛍光若しくはりん光を発する分子又は物質の発光強度を計測し、計測された光強度を解析して、生体分子等の特性、反応又は相互作用を検出する蛍光・りん光分析方法に係り、より詳細には、共焦点顕微鏡の光学系を採用し、蛍光又はりん光一分子(又は数分子)からの発光を計測して光強度を解析する蛍光・りん光分析方法に係る。
【背景技術】
【0002】
近年の光計測技術の発展により、現在では、蛍光一分子からの蛍光を測定・解析する蛍光相関分光分析(Fluorescence Correlation Spectroscopy:FCS)、蛍光強度分布分析(Fluorescence-Intensity Distribution Analysis:FIDA)といった蛍光分析方法が利用できるようになっている。これらの蛍光一分子レベルの蛍光測定を行う蛍光分析法(一分子蛍光分析技術)に於いては、レーザー共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング(1光子検出)も可能な超高感度の光検出装置とを用いて蛍光一分子レベルの蛍光強度が測定され、その強度の揺らぎを種々の方法により解析して、蛍光分子又は蛍光標識された分子の運動の速さ又は分子の大きさ(FCSの場合)、分子(又は粒子)の数密度又は一分子当たりの蛍光強度(FIDAの場合)といった情報を得ることができる。従って、これらの情報に基づいて、分子の構造又は大きさの変化や分子の結合・解離反応又は分散・凝集といった種々の現象を検出することができる。生物科学、医学又は薬学の分野では、かかる一分子蛍光分析技術を生体分子等の状態及び運動の検出・観測に応用し、種々の生体分子等の現象・反応、例えば、タンパク質と核酸の結合反応や抗原抗体反応を細胞レベル又は分子レベルで解明する試みがなされている(例えば、特許文献1−2、非特許文献1−2)。また、一分子蛍光分析技術は、従前の生化学的な方法に比して極めて微量な試料にて且短時間にて計測が可能であるので、医学・薬理学等の分野に於いて、種々の病気の臨床診断や生理活性物質のスクーリングに於ける応用も期待されている。
【0003】
上記の如き一分子蛍光分析技術に於いて、蛍光一分子レベルの微弱な蛍光(一分子又は数分子レベルの蛍光分子から放出される蛍光の強度のレベルの微弱光)の計測が可能となった理由の一つは、光の測定のために共焦点光学顕微鏡の光学系を採用したということである。蛍光測定のための光学系に於いて、当業者に於いて理解されている如く、光検出器の感度が十分高くても、種々の要因で生ずる盲蛍光や励起光の反射・散乱光が光検出器に入射すると、それらの光に蛍光一分子レベルの微弱光は埋もれてしまうため、通常の落射式の光学系では、蛍光一分子レベルの微弱光の計測は、極めて困難である(特許文献4)。しかしながら、共焦点顕微鏡の光学系によれば、光検出器で受光される光は、実質的に、対物レンズの焦点領域内からの光のみとすることができるので、原理的には、盲蛍光や励起光の反射・散乱光の影響を受けずに、精度よく対物レンズの焦点領域内の蛍光一分子レベルの微弱な蛍光を計測することが可能となっている。
【特許文献1】特開2003−275000公報
【特許文献2】特開2005−337805公報
【特許文献3】特許第3517241号
【特許文献4】特許第3676212号
【非特許文献1】カスク外3名、PNAS 96巻、24号、13756−13761頁 1999年11月23日
【非特許文献2】コバヤシ外3名、アナリティカル・バイオケミストリー、2004年 332巻 58−66頁
【非特許文献3】グーシュ外3名、アナリティカル・ケミストリー、2000年 72巻 3260−3265頁
【非特許文献4】ケーラー外3名、ジャーナル・オブ・セル・サイエンス 2000年 113巻、3921−3930頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の如く共焦点顕微鏡の光学系を用いることにより、確かに、装置の蛍光観測領域(対物レンズの焦点領域)以外からの光を、それらが光検出器に入射しないよう遮断することが可能となる。しかしながら、装置の蛍光観測領域の内部から検出しようする光以外の光が発せられる場合、即ち、測定対象を含む試料中に自家蛍光を生ずる夾雑物が存在し、従って、かかる夾雑物の自家蛍光が背景光となって装置の蛍光観測領域の内部から生ずる場合には、共焦点顕微鏡の光学系をもってしても、かかる背景光を除去することはできない。特に、生体分子等の相互作用の観測や病気の臨床診断等に使用されることとなる生体試料又は生体由来の試料(血清、血漿など)は、一般に、検出したい反応に関わりのない種々の構成物又は夾雑物が多く含まれており、その場合、試料中の観測対象の分子以外に多数の分子からの自家蛍光によって背景光が高くなり、このことにより、測定結果の精度又は信頼性が低下してしまうこととなる。
【0005】
上記の如き一分子蛍光分析技術の試料中の観測対象の分子以外の構成物又は夾雑物の影響は、試料からそれらの夾雑物を除去するか或いは観測対象の分子を精製することにより排除することができる。しかしながら、試料から特定の分子を抽出したり、或いは、特定の分子以外を除去することは、時間、労力及び多量の試料を必要とし、微量にて短時間に計測が可能であるという一分子蛍光分析技術の利点を損なうこととなる。また、生体試料の場合、物質の抽出・精製又は除去の処理操作中に目的の物質が変性してしまうこともあり、結局、目的の測定が実施できなくなってしまうことも有り得る。
【0006】
かくして、本発明の一つの主な課題は、一分子蛍光分析技術に於いて、検出・観測結果の精度及び信頼性を損なう原因となる試料中に含まれる検出対象の分子以外の夾雑物を除去することなく、それらの夾雑物の存在に起因する背景光を排除するか又は相対的に低減できるようにすることである。
【0007】
また、本発明のもう一つの課題は、上記の如き一分子蛍光分析技術を用いた分子の特性、反応、相互作用等の検出及び観測に於いて、試料として、生体試料又は生体由来の試料(血清、血漿など)など、自家蛍光が比較的強い試料を用いる場合に、計測結果に於いて、かかる自家蛍光の影響を排除し、計測結果の精度、信頼性をより向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によれば、自家蛍光を有する夾雑物を多く含む試料、特に生体試料溶液に於いて、観測対象となる物質に夾雑物の自家蛍光より発光寿命の長い蛍光又はりん光標識を付加しておき、光計測時には、試料に励起光の照射してから夾雑物の自家蛍光が消滅してから、試料の放射光を計測することにより、蛍光一分子レベルの蛍光又はりん光の強度を、精度良く又は信頼性高く検出することを可能にする蛍光又はりん光分光分析方法又はそのための装置が提供される。
【0009】
本発明の一つの態様によれば、共焦点光学顕微鏡の光学系を用いて、自家蛍光を有する夾雑物を含む試料から発せられる蛍光又はりん光を計測し分析する方法に於いて、まず、共焦点光学顕微鏡の対物レンズの焦点領域を試料が通過するよう構成された試料を流通させるための流路と、その流路に於いて、対物レンズの焦点領域よりも上流にて試料に励起光を照射するための励起光照射手段とが設けられる。しかる後、流路内に試料を流通する過程と、試料に焦点領域よりも上流にて励起光を照射し焦点領域内に到達した試料からの蛍光又はりん光の強度を測定する過程とが実行され、試料が励起光にて照射されてから所定の時間が経過した後該試料からの蛍光又はりん光が測定される。かかる本発明の方法に於いて、試料は、特に、その試料中の蛍光又はりん光を計測したい物質(以下、「被検物質」とする。)に、夾雑物の自家蛍光よりも長い発光寿命を有する発光物質が付加された状態となっているものが準備される。なお、被検物質が、本来的に夾雑物の自家蛍光よりも長い発光寿命を有する蛍光分子基又はりん光分子基を持つなど、蛍光物質又はりん光物質にて標識された状態となっている場合には、被検物質は、そのまま用いられてよい。しかしながら、被検物質が、任意の方法にて、そのような長い発光寿命を有する長蛍光寿命の蛍光物質又はりん光物質を付加するなどにより標識されてよい。長蛍光寿命の蛍光物質としては、希土類錯体であってよい。なお、計測された蛍光又はりん光の強度の解析は、共焦点顕微鏡の光学系を用いて実行される蛍光相関分光分析法(FCS)、蛍光偏光解消法(Fluorescence Depolarization Spectroscopy:FDS)、蛍光強度分布解析法(FIDA)又は蛍光相互相関分光法(Fluorescence cross-correlation Spectroscopy:FCCS)のいずれかに従った手法にて行われてよい。
【0010】
上記の本発明の一つの態様の構成によれば、被検物質を含む試料は、励起光にて照射された後、流路内にて下流の対物レンズの焦点領域まで流され、その段階で、即ち、試料の励起後所定の時間の経過後に、そのときに試料から放射される蛍光又はりん光が計測されることとなる。前記の如く、本発明の方法に於いて使用される試料は、被検物質の発光寿命が夾雑物の自家蛍光よりも長くなるよう準備されている。従って、上記の構成の如く、被検物質からの放射光の計測を励起光の照射から所定の時間遅らせることにより、被検物質からの放射光を計測する段階で、夾雑物の自家蛍光が相対的に低減又は消滅し、これにより、被検物質からの放射光が、従前よりも精度よく計測されることが期待される。なお、試料の励起後からその放射光を計測するまでの時間は、使用される試料の夾雑物の自家蛍光の寿命と被検物質の標識の発光寿命とにより適宜決定されてよく、かかる時間は、流路内に流通させられる試料の流速を調節することにより為されてよい。具体的には、試料の励起後からその放射光を計測するまでの時間(所定の時間)は、現在までに利用可能な発光物質(蛍光物質・りん光物質)を考えると、100μ秒以上であり、より好適には、1m秒以上であるが、被検物質の標識の発光寿命が長ければ長いほど、試料の励起後からその放射光を計測するまでの時間は、延長されてよいことは理解されるべきである。
【0011】
なお、本発明の方法に於いて用いられる試料は、生物科学、医学又は薬学の分野の研究、病気の臨床診断又は生理活性物質のスクリーニング等に於いて使用される血清、血漿又はその他の生体から得られた溶液試料であってよい。
【0012】
上記の本発明の方法は、共焦点顕微鏡の光学系を有する任意の光分析装置に、対物レンズの焦点領域を含む流路と、その流路に試料を流通させる手段と、流路に於いて焦点領域よりも上流にて試料に励起光を照射するための励起光照射手段とを設けてなる装置により達成される。従って、本発明のもう一つの態様として、本発明によれば、自家蛍光を有する夾雑物を含む試料にしてその試料中の被検物質に夾雑物の自家蛍光よりも長い発光寿命を有する蛍光又はりん光物質が付加されている試料からの蛍光又はりん光の強度を測定し解析するための光分析装置であって、共焦点光学顕微鏡の光学系を有しその対物レンズの焦点領域内の試料から発せられる蛍光又はりん光を検出する光検出手段と、対物レンズの焦点領域を含み試料を流通させるための流路を含む試料流通手段と、流路に於いて焦点領域よりも上流にて試料に励起光を照射する励起光照射手段と、流路内に流通される試料が励起光にて照射されてから焦点領域に到達したときに試料から放射され光検出手段により検出された蛍光又はりん光の強度を解析する手段とを含むことを特徴とする装置が提供される。かかる装置によれば、上記の本発明の方法に関連して説明されているように、夾雑物の自家蛍光よりも長い発光寿命をもつ発光物質により被検物質を含む試料は、励起光にて照射された後、流路内にて下流の対物レンズの焦点領域まで流され、この段階で、夾雑物の自家蛍光が相対的に低減した状態で試料から放射される蛍光又はりん光が計測される。
【発明の効果】
【0013】
従前の共焦点顕微鏡の光学系を用いた分光分析法は、確かに、蛍光一分子レベルの蛍光又はりん光の検出及び分析が可能であったが、通常、試料が比較的“きれいな”場合に於いてのみ精度の良い結果が得られ、血清、血漿等の生体から得られた溶液試料をそのまま検査試料とする場合には、あまり精度の良い結果が得られなかった。その理由の一つが、既に述べた如く、生体から得られた溶液試料には、多数の夾雑物が混在し、共焦点顕微鏡の光学系により、どんなに背景光の進入を防いでも、その対物レンズの焦点領域内の夾雑物からの発光までを遮断することはできないからであった。上記の本発明の方法及び装置は、観察試料として、被検物質に夾雑物の自家蛍光よりも長い発光寿命を有する発光物質を付与し、且つ、観測領域以外の盲蛍光や散乱光が光検出器に入射することを遮断する共焦点顕微鏡の光学系に於いて、更に、試料の励起と放射光の検出のタイミングをずらすことにより、目的の被検物質からの光の検出時に、観測領域内の夾雑物の自家蛍光を相対的に低減しておくという手法により、自家蛍光を発する夾雑物を含む試料でも、共焦点顕微鏡の光学系を用いた光分析法が適用できるようにするものであるということができる。
【0014】
なお、従来に於いて、例えば、特許文献4に於いて、通常の落射式の蛍光分析装置に於いて、観測領域以外の盲蛍光や散乱光が光検出器に入射することを遮断する目的で試料の励起位置と放射光の検出位置を空間的にずらす例は存在するが、本発明の場合は、観測領域以外の盲蛍光や散乱光の遮断又は除去は、共焦点顕微鏡の光学系を採用することにより既に達成されている。本発明の特徴的な構成は、共焦点顕微鏡の光学系に於いて、焦点領域内からの不要な光を除去するべく、試料の励起と放射光の検出のタイミングをずらすためのもの(時間的なずれを与えるもの)であり、落射式の蛍光分析装置に於いて観測領域以外の盲蛍光や散乱光を除去するために試料の励起位置と放射光の検出位置を空間的にずらすこととは、構成だけでなく目的も異なっていることは理解されるべきである。
【0015】
本発明の光分析の手法により、既に述べた如く、血清、血漿又はその他の生体から得られた溶液試料であっても、良好な蛍光一分子レベルの蛍光・りん光の検出及び分析が可能となり、試料からの夾雑物の除去或いは観測対象である被検物質の精製などのための労力又は費用が軽減され、FCS、FIDA、FCCS等の一分子蛍光分析技術の生物科学、医学又は薬学の分野の研究、病気の臨床診断又は生理活性物質のスクリーニング等に於ける適用範囲が拡大することが期待される。
【0016】
本発明のその他の目的及び利点は、以下の本発明の好ましい実施形態の説明により明らかになるであろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に添付の図を参照しつつ、本発明を幾つかの好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0018】
光検出の原理
「発明の開示」の欄に於いて述べた如く、或る試料中の発光標識が付加された或る特定の物質(被検物質)からの発光を計測しようとする場合、試料に励起光を照射することで、試料中の夾雑物が自家蛍光を発するために、被検物質からの発光を検出できない場合がある。特に、生体分子等の相互作用の観測や病気の臨床診断等に使用されることとなる血清、血漿といった生体由来の試料(など)は、タンパク質、糖質、脂質等の自家蛍光を発する物質を多く含んでいるため、そのような生体由来の試料を用いて光分析を実行する際には、夾雑物の自家蛍光のために、良好な計測が実行できない場合が多い。かかる状況は、光検出のために共焦点顕微鏡の光学系を採用しても同様である。
【0019】
そこで、本発明の光分析方法及び装置に於いては、発光標識として、長蛍光寿命の蛍光物質又はりん光物質などの通常の蛍光物質よりも発光寿命の長い物質を被検物質に付加しておき、試料の励起光照射から所定時間経過した後、夾雑物の自家蛍光が消滅してから、被検物質からの発光の検出が行われる。そのために、光分析装置に於いて、試料に励起光を照射する部位と、試料からの放射光を検出する部位を分離するとともに、励起光照射部位から放射光検出部位まで、試料を移動させる手段が設けられる。
【0020】
図1は、上記の本発明の方法及び装置に於ける光分析の原理を模式的に表したものである。同図を参照して、本発明に於いては、図中、自家蛍光を発する夾雑物と発光標識が付加された被検物質とを含む試料が、次々に、左方(a)から右方(c)へ流動させられる。かかる状態で、まず、試料は、(a)に於いて、試料に励起光が照射され、被検物質とともに、夾雑物が自家蛍光を発する(この状態では、被検物質からの発光と夾雑物の自家蛍光との区別が付かない。)。その後、試料は、(b)、(c)の位置に移動される間、励起光が無くなるので、夾雑物の自家蛍光は消滅するが、被検物質の発光寿命は、相対的に夾雑物の自家蛍光よりも長いので、(c)の位置でも発光が存続することとなる。かくして、(c)の位置にて、放射光を検出する手段を配置することにより、被検物質からの放射光のみを検出することが可能となる。
【0021】
被検物質に付加される発光標識は、典型的には、上記に触れたように、長蛍光寿命の蛍光物質又はりん光物質であってよい。例えば、長寿命蛍光色素としては、希土類、ユーロピウム、テルビウム、サマリウム、ジスプロシウムなどの錯体が用いられてよい。特に、蛍光寿命の長いユーロピウム錯体が好適に用いられる。また、りん光色素としては、有機EL素子に用いられるイリジウム化合物であるIr(ppy)3、またコロネン、ピレンなどの有機化合物などが用いられてよい。被検物質への発光標識の付加は、この分野に於いて通常実行されている任意の手法にて為されて良い。
【0022】
装置の構成と光検出・分析の方法
図2(A)は、本発明の光検出・分析方法の好ましい実施形態に於いて用いられる光分析装置10の構成を模式的に表したものである。同図を参照して、光分析装置10に於いては、共焦点光学顕微鏡の光学系を有する光検出手段と、共焦点光学顕微鏡の対物レンズ18の焦点領域Sを包含して試料溶液を流通させるため流路12を有する試料流通手段と、流路12に於いて、対物レンズ18の焦点領域Sよりも上流の領域に於いて励起光λexを照射するための励起光照射手段とが設けられる。
【0023】
光検出手段の構成は、端的に述べれば、通常の共焦点光学顕微鏡の光学系に於いて試料を励起するための励起光照射手段が省略されたものであってよい(既存の通常の共焦点顕微鏡が用いられる場合には、その励起光照射のための光学系・光源は、使用されない。)。図示されているように、光検出手段に於いては、対物レンズ18の焦点領域S内にある試料からの放射光(蛍光・りん光)λemは、集光レンズ20によりピンホール22にて焦点を結ぶよう収斂された後、リレーレンズ24、ミラー26を経由して受光器APDに入射される。ここに於いて、対物レンズ18の焦点領域S以外から光は、ピンホール22により遮断されるので、受光器APDに到達できる光は、焦点領域S内にある試料からの放射光のみとなり(共焦点顕微鏡の原理)、かくして、焦点領域Sが本実施形態の光分析に於ける光の観測領域となる。なお、焦点領域Sの大きさは、対物レンズの開口数、ピンホール22の大きさ及び検出波長により画定される(通常、対物レンズの光軸方向に1〜2μm、光軸と垂直方向に直径1μm程度。)。また、検出光に於いて、励起光が装置の各部を照射することによる盲蛍光、散乱光、反射光等の光を除去する必要は原理的には必要なくなっているが、励起光の迷光等をより確実に遮断するために、バンドパスフィルター28が設けられ、検出されるべき波長のみが受光器APDに入射されるようになっていることが望ましい。受光器APDは、通常、共焦点光学顕微鏡による光検出に用いられている任意の受光素子又は光検出装置であってよく、例えば、アンバラシェ・フォトダイオードであってよい。受光器APDに於いては、通常の態様にて、受光した光の強度に対応した電気信号が生成され、信号解析装置50へ送信される。
【0024】
上記の光検出手段の対物レンズ18の焦点領域Sにて観測される試料は、本発明の光分析装置に於いては、試料流通手段により供給される。図2(A)に例示されている如く、試料流通手段は、焦点領域Sを包含するよう設置される流路12と、試料を焦点領域Sまで圧送するためのポンプPを有する。試料流通手段の作動に於いては、ポンプPは、溶液槽12bから溶液を吸入して流路12へ図中の矢印Fに沿った方向に送出する。ポンプPから焦点領域Sまでの流路12の任意の位置には、試料投入口12aが設けられ、そこから、試料が流路12内へ投入され、ポンプPからの溶液の流れに乗せて焦点領域Sまで送られる(焦点領域Sを通過した溶液及び試料は、その後、廃棄又は回収されてよい。)。流路12の材質は、典型的には、ガラス、特に合成石英などの無蛍光ガラスが用いられてよい。
【0025】
焦点領域Sに於ける試料からの放射光の検出に先立って行われる試料に対する励起光の照射を実行する手段は、流路12に於いて、焦点領域Sよりも試料の流れの上流に位置する部位を照射するよう構成される。典型的には、図に於いて模式的に示されているように、光源からの光が、架台16に担持された対物レンズ(又はコンデンサ)16aにより流路12の一部を照射するよう導かれる。図2(B)は、流路12に於ける焦点領域Sと励起光照射領域λexとの位置関係を対物レンズ18の光軸方向から見た模式図である。励起光の照射には、この分野に於いて通常実行されている落射照明(ケーラー照明等)を用い、視野絞りの位置、大きさ及び輪郭を調節することにより、領域λexが決定されてよい(矢印X1、X2の方向に位置が可変)。光源としては、典型的には、図示の如く、レーザーLが用いられ、そのレーザー光が光ファイバ14により対物レンズ16aへ入射するようになっていてよいが、水銀ランプ、ハロゲンランプ等の蛍光・りん光物質の励起光源として通常用いられるものが採用されてよい。
【0026】
上記の如く、装置が構成された後、光の検出及び分析を実行する際には、まず、ポンプPによる流路12に溶液の流れに乗せて、試料が試料投入口12aより添加又は投入される。試料中の被検物質及び夾雑物は、励起光照射領域λexを通過する際に励起され、発光を開始する。しかる後、溶液の流れに乗って、焦点領域Sを通過する際には、夾雑物の自家蛍光は、消滅していることが期待され、かくして、被検物質からの放射光のみが、光検出手段の各部を通過し、受光器APDにて受光され、受光器は、受光強度に応じた電気信号を生成して、信号解析装置50へ送信する。信号解析装置50は、放射光強度の逐次的に又は時系列に記録し、記録された光強度に基づいて、FCS、FDS、FIDA又はFCCSといった種々の分光分析法に従って、光分析を実行する。
【0027】
なお、上記の如き分光分析法に於いて、取得された蛍光強度の解析に於いては、被検物質が一方向に流れる試料中に於いて拡散しつつ焦点領域を通過することが考慮される。例えば、FCSを用いる場合の蛍光強度の解析に於いて、一方向の流れ中にて拡散する蛍光粒子の蛍光強度のゆらぎの自己相関関数は、理論的には、下記の式により与えられることが知られている(例えば、非特許文献4参照。)
【数1】

ここで、Nは、焦点領域中の平均蛍光粒子数、tdは、拡散のみにより粒子が領域を通過する場合(流れがない時)の粒子の領域内での平均滞在時間、tfは、拡散がないとした場合に流れにより粒子が領域を通過する場合の粒子の領域内での平均滞在時間、r/zは、焦点領域の縦横比(光軸に垂直方向の幅/光軸方向の幅)である。従って、蛍光強度データから算出される自己相関関数G(t)に上記の式をフィッテングし、tdが算出される。そして、tdから蛍光粒子の拡散定数、分子間相互作用の有無、結合解離状態等のFCSで測定可能な情報が得られることとなる。その他の分析方法についての被検物質が一方向に流れる試料中に於いて拡散しつつ焦点領域を通過することを考慮した解析処理は、当業者に於いて任意に構成されてよい。
【0028】
また、説明を明瞭にするため、図示していないが、実行する分析方法に従って、励起光の波長帯域の数、波長及び受光器の数、波長は、適宜設定されてよいことは理解されるべきである。FDS、FCCSなど、複数の光信号を用いて分析する方法が実行される際には、受光器が複数設けられ、それぞれの受光器に放射光を分割するための光学系が通常の態様にて設けられていてよい。また、同様に、FCCSに於いて、複数の励起光波長帯域にて、試料を励起する必要がある場合には、適宜複数の光源からの光を混合するための光学系が設けられてよい。
【0029】
焦点領域Sと励起光照射領域λexの距離、試料の流速は、被検物質の発光標識の発光寿命により適宜設定されてよいことは、理解されるべきである。例えば、焦点領域Sと励起光照射領域λexの距離を1mmとし、流速は2m/sとした場合、励起光照射領域λexから焦点領域Sまでの所要時間は、500μ秒と設定される。例として、試料を血清とし、その中の或る特定のタンパク質を被検物質とする場合に、その被検物質をピレンにて標識すると、血清中の自家蛍光の蛍光寿命は数ナノ秒であるので、試料が焦点領域を通過する際には消光しているが、ピレンは発光寿命が930μ秒と長いため、焦点領域Sを通過する際に放射光が検出されることとなる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】図1は、実施形態の光検出の原理を説明する試料中の分子の状態を模式的に表したものである。図中、破線にて示された夾雑物は、蛍光が消滅している状態を示している。
【図2】図2(A)は、本発明の好ましい実施形態に於ける光検出・分析装置の構成の模式図であり、図2(B)は、焦点領域(観測領域)と励起光照射領域との関係を対物レンズ18の光軸方向から示したものである。各構成要素の寸法は、構成を明瞭するべく、実際のものとは、大きく異なっている。
【符号の説明】
【0031】
12…流路
12a…試料投入口
16…励起光用対物レンズ
18…光検出用対物レンズ
22…ピンホール
50…信号解析装置
L…レーザー
P…ポンプ
APD…受光器
S…焦点領域(観測領域)
λex…励起光照射領域
λem…放射光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
共焦点光学顕微鏡の光学系を用いて、自家蛍光を有する夾雑物を含む試料から発せられる蛍光又はりん光を計測し分析する方法であって、
前記共焦点光学顕微鏡の対物レンズの焦点領域を前記試料が通過するよう構成された前記試料を流通させるための流路を設ける過程と、
前記流路に於いて前記焦点領域よりも上流にて前記試料に励起光を照射するための励起光照射手段を設ける過程と、
前記試料であって該試料中の被検物質に前記自家蛍光よりも長い発光寿命を有する発光物質が付加されている試料を準備する過程と、
前記流路内に前記試料を流通する過程と、
前記試料に前記焦点領域よりも上流にて前記励起光を照射し前記焦点領域内に到達した前記試料からの蛍光又はりん光の強度を測定する過程と
を含み、前記試料が前記励起光にて照射されてから所定の時間が経過した後該試料からの蛍光又はりん光強度を測定し解析することを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1の方法であって、前記所定の時間が100μ秒以上であることを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項1又は2の方法であって、前記蛍光又はりん光の強度の解析が、蛍光相関分光分析法、蛍光偏光解消法、蛍光強度分布解析法又は蛍光相互相関分光法により行われることを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項1の方法であって、前記試料が血清、血漿又は生体から得られた溶液試料であることを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項1乃至3の方法であって、前記試料中の被検物質が長蛍光寿命を有する蛍光物質又はりん光物質にて標識されていることを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項5の方法であって、前記長蛍光寿命を有する蛍光物質が希土類錯体であることを特徴とする方法。
【請求項7】
自家蛍光を有する夾雑物を含む試料にして該試料中の被検物質に前記自家蛍光よりも長い発光寿命を有する蛍光又はりん光物質が付加されている試料からの蛍光又はりん光の強度を測定し解析するための光分析装置であって、
共焦点光学顕微鏡の光学系を有し前記共焦点光学顕微鏡の対物レンズの焦点領域内の試料から発せられる蛍光又はりん光を検出する光検出手段と、
前記対物レンズの焦点領域を含み試料を流通させるための流路を含む試料流通手段と、
前記流路に於いて前記焦点領域よりも上流にて前記試料に励起光を照射する励起光照射手段と、
前記流路内に流通される前記試料が前記励起光にて照射されてから前記焦点領域に到達したときに前記試料から放射され前記光検出手段により検出された蛍光又はりん光の強度を解析する手段と
を含むことを特徴とする装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−150665(P2009−150665A)
【公開日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−326500(P2007−326500)
【出願日】平成19年12月18日(2007.12.18)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】