説明

一分子蛍光分析による分子の特異的結合反応検出方法

【課題】 検出対象の分子以外の夾雑物の存在下でも、夾雑物の存在に起因する背景光や非特異的な反応の影響を受けずに、一分子蛍光分析技術を用いた分子の特異的な結合の検出及び観測を行えるようにすること。
【解決手段】 本発明の方法は、蛍光標識された第一の分子を含む第一の試料と、第一の分子と特異的に結合するか否かが判定される第二の分子を含む第二の試料(又は第一の分子と特異的に結合する第二の分子が存在するか否かが判定される第二の試料)との混合試料溶液へ、第二の分子に特異的に結合する第三の分子が固相化されたビーズを添加し、その混合試料溶液中の第一の分子の蛍光標識の蛍光強度に基づいて、第一の分子がビーズ上に固定されているか否かを判定する。第一の分子がビーズ上に固定されている判定された場合には、第一の分子が第二の分子に特異的に結合した(又は第二の試料に第二の分子が存在した)と判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光一分子からの蛍光を計測することによりタンパク質、ペプチド、核酸、脂質、アミノ酸及びその他の生理活性物質又は生体分子(以下、「生体分子等」とする。)の特異的な結合反応を検出する方法に係り、より詳細には、種々の生体分子間に於ける特異的な結合反応と非特異的な結合反応を識別可能な検出方法に係る。
【背景技術】
【0002】
近年の技術などの光計測技術の発展により、現在では、蛍光一分子からの蛍光を測定・解析する蛍光相関分光分析(Fluorescence Correlation Spectroscopy:FCS)、蛍光強度分布分析(Fluorescence-Intensity Distribution Analysis:FIDA)といった蛍光分析方法が利用できるようになっている。これらの蛍光一分子レベルの蛍光測定を行う蛍光分析法(一分子蛍光分析技術)に於いては、レーザー共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング(1光子検出)も可能な超高感度の光検出装置とを用いて蛍光一分子からの蛍光強度が測定され、その強度の揺らぎを種々の方法により解析して、蛍光分子又は蛍光標識された分子の運動の速さ又は分子の大きさ(FCSの場合)、分子(又は粒子)の数密度又は一分子当たりの蛍光強度(FIDAの場合)といった情報を得ることができる。従って、これらの情報に基づいて、分子の構造又は大きさの変化や分子の結合・解離反応又は分散・凝集といった種々の現象を検出することができる。
【0003】
生物科学、医学又は薬学の分野に於いては、上記の如き一分子蛍光分析技術を生体分子等の状態及び運動の検出・観測に応用し、種々の生体分子等の現象・反応を細胞レベル又は分子レベルで解明する試みがなされている。例えば、互いに特異的に相互作用する一対の分子(DNAとDNA結合タンパク質、抗原と抗体など)のうち、少なくとも一方の分子に蛍光分子等で蛍光標識を施した上で、それらの分子を反応させると、一方の分子上の蛍光分子の運動や状態の変化が蛍光分子からの蛍光強度又はその揺らぎに反映され、これにより、タンパク質又はDNA等の分子間の相互作用が検出できることとなる。既に、そのような一分子蛍光分析技術を用いて分子レベルにてタンパク質と核酸の結合反応や抗原抗体反応の検出が為された例が報告されつつある(例えば、特許文献1−2、非特許文献1−2)。また、一分子蛍光分析技術は、従前の生化学的な方法に比して極めて微量な試料にて且短時間にて計測が可能であるので、医学・薬理学等の分野に於いて、種々の病気の臨床診断や生理活性物質のスクーリングに於ける応用も期待される。
【特許文献1】特開2003−275000公報
【特許文献2】特開2005−337805公報
【非特許文献1】カスク外3名、PNAS 96巻、24号、13756−13761頁 1999年11月23日
【非特許文献2】コバヤシ外3名、アナリティカル・バイオケミストリー、2004年 332巻 58−66頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の如き一分子蛍光分析技術に於いて用いられる光学系及び光検出装置の性能は、確かに、蛍光一分子からの蛍光又は一光子程度の光量を検出・測定することが可能なほど向上されているが、検出したい光が微弱であることに変わりはなく、従って、背景の光が高ければ、検出すべき光が背景に埋もれてしまい、識別することができなくなってしまう。特に、生体分子等の相互作用の観測や病気の臨床診断等に使用されることとなる生体試料又は生体由来の試料(血清、血漿など)は、一般に、検出したい反応に関わりのない種々の構成物又は夾雑物が多く含まれており、その中の観測対象の分子以外に多数の分子からの自家蛍光によって背景光が高くなり、このことにより、測定結果の精度又は信頼性が低下してしまうこととなる。また、生体分子等の特異的な結合反応を検出しようとする場合、生体試料中には検出したい特異的な反応とは別の反応又は非特異的な結合又は吸着をする分子が存在している場合が多く、そのような場合、検出したい反応以外の反応や非特異的な結合・吸着が測定結果及び解析結果に影響すると、誤差が生じ、結果の信頼性が低下する。
【0005】
上記の如き一分子蛍光分析の試料中の観測対象の分子以外の構成物又は夾雑物の影響は、試料からそれらの夾雑物を除去するか或いは観測対象の分子を精製することにより排除することができる。しかしながら、試料から特定の分子を抽出したり、或いは、特定の分子以外を除去することは、時間、労力及び多量の試料を必要とし、微量にて短時間に計測が可能であるという一分子蛍光分析技術の利点を損なうこととなる。また、生体試料の場合、物質の抽出・精製又は除去の処理操作中に目的の物質が変性してしまうこともあり、結局、目的の測定が実施できなくなってしまうことも有り得る。
【0006】
かくして、本発明の一つの主な課題は、一分子蛍光分析技術を用いた分子の相互作用、特に、分子の特異的な結合、の検出及び観測に於いて、検出・観測結果の精度及び信頼性を損なう原因となる試料中に含まれる検出対象の分子以外の夾雑物を除去することなく、それらの夾雑物の存在に起因する背景光や非特異的な反応の影響を排除するか又は相対的に低減できるようにすることである。
【0007】
また、本発明のもう一つの課題は、上記の如き一分子蛍光分析技術を用いた分子の相互作用の検出及び観測に於いて、特に、試料として生体試料又は生体由来の試料(血清、血漿など)を用いる場合に、計測結果に於いて、試料中の非特異的な結合又は吸着の影響を排除し、計測結果の精度、信頼性をより向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によれば、上記の如き一分子蛍光分析技術を用いて、特定の分子の特異的結合を、夾雑物を多く含む試料、特に生体試料溶液中に於いて精度良く又は信頼性高く検出することのできる分子の特異的結合反応検出方法が提供される。
【0009】
本発明の一つの態様によれば、特定の分子の特異的結合を検出する方法は、蛍光標識された第一の分子を含む第一の試料と、前記の蛍光標識された第一の分子と特異的に結合するか否かが判定される第二の分子を含む第二の試料とを混合し混合試料溶液を調製する過程と、第二の分子に特異的に結合する第三の分子が表面に固相化された外径1μm以下の粒子を混合試料溶液へ添加する過程と、前記の粒子が添加された混合試料溶液中の第一の分子の蛍光標識の蛍光強度を測定する過程と、蛍光強度に基づいて、第一の分子が前記粒子上に固定されているか否かを判定する過程とを含み、第一の分子が粒子上に固定されている判定された場合には、第一の分子が第二の分子に特異的に結合したと判定することを特徴とする。即ち、この態様に於いては、第一の分子が第二の分子と特異的な結合するか否かを判定することができる。
【0010】
一分子蛍光分析技術を用いて或る分子(例えば、上記第一の分子)と或る別の分子(上記第二の分子)とが特異的な結合をするか否かを判定する場合、現在までに(従来の技術に於いて)提案されている方法では、蛍光標識された第一の分子を含む第一の試料と、第二の分子を含む第二の試料とを混合し、そのまま、その混合試料の蛍光測定と結果の解析が行われていた。この場合、試料中に夾雑物が多いと、背景光が高くS/N比が悪い場合があり、また、夾雑物と蛍光標識された分子との非特異的な結合・吸着があっても、それが特異的な結合とは区別がつかない。
【0011】
そこで、本発明に於いては、上記の如く、蛍光標識された第一の分子と第二の分子とを含む混合試料溶液に、第二の分子に特異的に結合する第三の分子が表面に固相化された外径1μm以下の粒子を混合試料溶液へ添加し、その上で蛍光測定と結果の解析が行われるよう従前の方法の過程が修正される。第二の分子に特異的に結合する第三の分子を表面に担持する粒子が混合溶液に添加されると、第三の分子が第二の分子にのみ結合し、その結果、粒子の表面上に第二の分子が収集されることとなる。もし第二の分子が第一の分子と特異的に結合するものであれば、蛍光標識された第一の分子も粒子上に集められ、その結果、蛍光標識から発せられる蛍光強度は、蛍光標識が外径1μm以下の粒子上に固定された状態を反映されたものとなる。他方、もし第二の分子が第一の分子と特異的に結合しないものであれば、仮に夾雑物と非特異的な結合をしていても、第一の分子上の蛍光標識からの蛍光強度は、第一の分子がフリーの状態(粒子上に結合していない状態)と大きくは変わらないはずである。また、蛍光標識が外径1μm以下の粒子上に固定された状態となると、そうでない状態に比して、蛍光標識のブラウン運動が大幅制限され、また、測定領域内での蛍光標識の分布も大きく変化し、更に、蛍光標識が粒子上に収集されることにより、粒子上の複数又は多数の蛍光標識より蛍光が発せられることになるので、一時に観測される蛍光強度も大きくなり、測定のS/Nが大幅に改善される。かくして、上記の如く、第一の分子が、第二の分子と第三の分子の特異的な結合を介して粒子上に「固定」されるか否かを判定するよう方法の構成を修正することにより、第一の分子が第二の分子と特異的に結合する場合とそうでない場合とが、より高いS/N比にて検出することができるようになる。
【0012】
上記の第二の分子に特異的に結合する第三の分子が表面に固相化された外径1μm以下の粒子を混合試料溶液へ添加し、その蛍光測定及び分析により、蛍光標識された第一の分子が粒子上に固定されているか否かを判定する手法は、或る試料に第二の分子が存在するか否かを検出するために用いることもできる。従って、本発明のもう一つの態様によれば、本発明の特定の分子の特異的結合を検出する方法は、蛍光標識された第一の分子を含む第一の試料と、蛍光標識された第一の分子と特異的に結合する第二の分子が存在するか否かが判定される第二の試料とを混合して混合試料溶液を調製する過程と、第二の分子に特異的に結合する第三の分子が表面に固相化された外径1μm以下の粒子を第一及び第二の試料の混合試料溶液へ添加する過程と、粒子が添加された混合試料溶液中の第一の分子の蛍光標識の蛍光強度を測定する過程と、蛍光強度に基づいて、第一の分子が粒子上に固定されているか否かを判定する過程とを含み、第一の分子が粒子上に固定されている判定された場合には、第二の分子が第二の試料に存在していると判定することを特徴とする。かかる構成によれば、或る分子(第一の分子と第三の分子に特異的に結合する分子)が任意の試料(第二の試料)に含まれているか否かが、前記の態様と同様に、従前に比して、より高いS/N比にて検出することができるようになる。
【0013】
上記の本発明の分子の特異的結合の検出方法に於ける蛍光測定及び分析(又は解析)は、FCS、FIDA、蛍光相互相関分光法(Fluorescence cross-correlation Spectroscopy:FCCS)など、レーザー共焦点顕微鏡の光学系に超高感度光検出装置を組み合わせた蛍光測定装置により実施される一分子蛍光分析法のいずれか任意のものであってよい。また、その他の分子の構造・状態・運動の変化を観測できる任意の蛍光分析法、例えば、蛍光偏光解消法(Fluorescence Depolarization Spectroscopy:FDS)などが用いられてもよい(本発明の構成により各々蛍光分析方法に於いて蛍光測定・分析の結果にどのようになるかは、実施の形態の説明の欄に於いて説明される。)。理解されるべきことは、第一の分子が粒子に固定されているか否かを検出できる蛍光分析方法であれば任意のものであってよく、そのような場合も本発明の範囲に属する。
【0014】
本発明の方法に於いて用いられる試料に於いて、蛍光標識される第一の分子、第二の分子及び第三の分子は、予め特定されている必要があるが、第二の分子を含有する第二の試料は、夾雑物を含んでいてもよく、従って、生物科学、医学又は薬学の分野の研究、病気の臨床診断又は生理活性物質のスクリーニング等に於いて使用される血清又は血漿又はその他の生体から得られた溶液試料であってよい。上記の本発明の態様の説明から理解される如く、第二の試料を生体から得られた溶液試料とする場合、第二の分子がその生体試料に含まれているか否か又は第一の分子と特異的に結合するか否かが、生体試料に或る程度の量の夾雑物が含まれていても、検出が可能となる。例えば、第一の分子をDNAとし、第二の分子をDNA結合タンパク質とし、第三の分子が第二の分子に対する抗体とすれば、或る塩基配列を有するDNAに対して或るDNA結合タンパク質が特異的に結合するか否か又は或る塩基配列を有するDNAに対して特異的に結合するDNA結合タンパク質が或る試料(例えば、血清や血漿)中に含まれているか否かが検出される。
【0015】
上記の構成に於いて、第三の分子が表面に固相化される粒子は、生物科学、医学又は薬学の分野の実験に於いて通常用いられているナノメートルオーダーのビーズであってよく、プラスチック、ラテックス、金コロイド、磁性粒子及びガラスから成る群から選択された少なくとも一つの材料からなるビーズであってよい。第三の分子を粒子の表面上に固相化、即ち、固定する方法は、生物科学、医学又は薬学の実験の分野に於いて通常知られている任意の方法であってよく、当業者に於いて、ビーズの材質、第三の分子の種類に応じて、適宜選択されてよい。好適には、粒子の表面は、第二の分子と第三の分子との特異的結合を除く混合試料溶液中に存在する分子の吸着又は結合を防止するための吸着防止処理が施される。かかる処理もこの分野に於いて知られた任意の方法であってよい(例えば、反応に寄与しないタンパク質(牛血清アルブミンなど)を第三の分子を粒子に固定した後に表面に吸着させるなど。)。
【0016】
なお、上記の本発明の構成に於いて、混合試料溶液へ粒子を添加した後の蛍光測定・分析の結果と比較するために、混合試料溶液への粒子を添加に先立って混合試料溶液中の第一の分子の蛍光標識の蛍光強度を測定し、測定された蛍光強度に基づいて、第一の分子が第二の試料中の分子と結合したか否かを判定する過程を含んでいてよい。粒子を添加する前と後に於いて実行される蛍光分析の方法は、同一であってもよいが、別のものであってよい。即ち、粒子の添加前は、第一及び第二の分子の結合の有無を確認するための蛍光測定をFCSにより行い、粒子の添加後は、FIDAにより粒子と第一の分子との関係を確認するための測定をFIDAにより行うようにしてよい。また、第一の分子の第二の分子に対する結合は、或る程度、蛍光強度の測定・分析結果に反映されるはずであるので、全く、第一の分子を第二の試料に作用させた際に蛍光測定結果に全く変化が見られない場合(第一の分子の第二の分子に対する結合発生の可能性が殆どないと認められる場合)には、粒子の添加は省略されてよい(試料及び時間の節約)。
【発明の効果】
【0017】
従来、多数の夾雑物を含む生体試料に於ける生体分子間の特異的な結合の検出は、例えば、ゲルろ過クロマトグラフィー、タンパク質・DNAの電気泳動法、ウエスタンブロッティング法、ELISA法といった多量又は高濃度の試料量と時間を要する生化学的な方法が必要であった。しかしながら、本発明によれば、高濃度若しくは多量の試料を必要とせず、簡便に且迅速に、生体分子間の特異的な結合の検出を行うことができる。上記の説明から理解される如く、第三の分子を固相化した粒子を用いて、第二の分子を特異的に収集することにより、或る程度の限界はあるが(例えば、励起光が透過できない場合)、蛍光測定される試料中に夾雑物が存在していても、第二の分子と(蛍光標識された)第一の分子との特異的な結合の有無を検出することができ、従って、種々の病気の臨床診断や生理活性物質のスクーリングに於ける応用も期待される
【0018】
特記されるべきことは、第三の分子を固相化した粒子を用いて、第二の分子を特異的に収集するという構成によれば、第二の分子が第一の分子に特異的に結合した場合には、蛍光標識が粒子上に集められることにより、第一の分子が単独でいる場合又は別の第二の分子とのみ結合している場合に比して、一時に得られる蛍光標識からの蛍光光量が増大し、これにより、検出したい蛍光とそうでない蛍光との比、即ち、測定のS/N比が向上される点である。また、第二の分子が第一の分子に特異的に結合した場合には第一の分子の担体がナノメートルオーダーの粒子となるので、蛍光標識の運動の状態も顕著な変化として捉えることができる。総じて、従前の一分子蛍光分析による方法に比して、分子の特異的な結合の有無を顕著に正確に検出できることとなる。
【0019】
本発明のその他の目的及び利点は、以下の本発明の好ましい実施形態の説明により明らかになるであろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に添付の図を参照しつつ、本発明を幾つかの好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0021】
測定試料の調製操作の手順
図1は、生体試料溶液A中に、或る塩基配列を有するDNAに対して特異的に結合するDNA結合タンパク質Pが存在するか否かを検出するために、蛍光標識されたDNA(第一の分子)とDNA結合タンパク質P(第二の分子)の一部をエピトープとするモノクローナル抗体(第三の分子)を表面に固相化したビーズとを用いて、本発明の方法を適用した場合の試料の調製操作と分子の状態の変化を模式的に示したものであり、図2(A)は、その場合の測定の手順をフローチャートの形式で示したものである。
【0022】
図1及び2を参照して、本発明の方法の実施を開始する当たり、予め、DNA結合タンパク質Pに特異的に結合する塩基配列を有する蛍光標識されたDNA(D)が準備される(ステップ10、図1(a))。DNAの長さは、合成のコスト及び検出の容易さから10〜100merが好ましく、20から40merが更に好ましい。蛍光標識のためにDNAに付加される蛍光色素Fとしては、この分野で通常使われる任意の蛍光色素、例えば、TAMRA(carboxymethylrhodamine)、TMR(tetramethylrhodamine)、Alexa647、Rhodamine
Green、Alexa488などであってよいが、これらに限定されない。後述の如く、蛍光分析法として、FCS、FIDA、蛍光偏光解消法を用いる場合には、蛍光標識は、1種類でよいが、2種類以上の蛍光標識を用いると(各DNA分子には、一種類の蛍光分子を付与する。)、FCCSでの計測が可能となる。DNAは、上記条件を満たす生物由来のDNAでもよいが、人工的に合成したDNAは、生物由来のものより安定性が高く、安価で大量生産ができるので、継続的に、病気の臨床診断や、多種類の被検試料にてDNA結合タンパク質Pの検出をする場合に適している。所望の塩基配列のDNAの調製と蛍光標識の付加は、当業者にとって任意の方法でなされてよい。DNAは、本実施形態の方法を実施する度に調製するのではなく、一度に量産した後、変性しない態様にて保存し、本実施形態の方法を実施する際に必要量ずつ使用するようにされてよい。
【0023】
生体試料溶液Aは、励起光及び蛍光の透過を著しく低下させないものであれば、当業者に於いて使用されている任意の溶液であってよく、例えば、血清、血漿等であってよい(ステップ20、図1(b))。血清、血漿等の生体試料溶液の調製は、当業者にとって任意の方法にて、例えば、遠心分離、ろ過、超音波などの処理を経て為されてよい。光に対する試料の透過率が顕著に低い場合には、適宜、生理食塩水やリン酸緩衝液により(内部の分子の活性を損なわないように)希釈されてよい。
【0024】
かくして、調製された生体試料溶液AとDNA(D)を含む溶液とが混合される(ステップ30)。この段階で、生体試料溶液Aにタンパク質Pが含まれていれば、DNAとタンパク質Pとが結合する(図1(c))。しかしながら、タンパク質Pが含まれていなくも、いずれかの生体分子(Q)がDNA(D)又は蛍光標識Fに非特異的に結合又は吸着する場合も有り得る(図1(d))。従って、もしこの段階で後述の蛍光測定を行ったとしても、DNA(D)とタンパク質Pとの複合体上の蛍光色素Fと、DNA(D)と生体分子(Q)とのの複合体上の蛍光色素Fとで、その運動状態又は分布状態は、殆ど区別がつかない場合がある。そこで、本発明に於いては、更に、生体試料溶液AとDNA(D)を含む溶液との混合試料溶液へ、更に、タンパク質Pに特異的に結合する抗体Xが表面に固相化されたビーズが添加される(ステップ40、図1(e)、(f))。
【0025】
タンパク質Pに特異的に結合する抗体Xは、タンパク質Pの一部をエピトープとするモノクローナル抗体であってよい。本発明の実験に於いては、タンパク質Pは、DNAに結合された状態となるので、好ましくは、抗体Xのエピトープは、産生された抗体Xがタンパク質PとDNAとの結合を阻害せずにタンパク質Pと結合するよう選択される。そのような抗体の調製は、当業者にとって公知の任意の方法により調製されたものであってよい。ビーズは、好ましくは、直径数nm程度から1000nm未満のこの分野で通常使用されているプラスチック、ラテックス、金コロイド、磁性粒子、ガラスなどからなる任意のものであってよい。調製された抗体Xをビーズに固相化するために、ELISAやアフィニティクロマトグラフィー等で担体に抗体を固定する手法が採用されてよい。また、ビーズの表面に抗体と共有結合する官能基を修飾したものを用い、抗体Xが確実にビーズ表面へ固定されるようにされてもよい。なお、ビーズ上に抗体Xが付加された後、結合反応に関与しない任意のタンパク質(スキムミルク、牛血清アルブミンなど)をビーズ表面に吸着させ(ブロッキング)、更に生体分子等が吸着することを回避できるようになっていることが好ましい。
【0026】
かくして、タンパク質Pに特異的に結合する抗体Xが表面に固相化されたビーズが混合溶液に添加されたとき、混合溶液中にタンパク質Pが含まれていれば、ビーズ表面上の抗体Xに結合する。従って、その場合、タンパク質Pに結合した蛍光色素Fを担持するDNA(D)もビーズ上に吸着することとなる(図1(e))。他方、タンパク質Pが存在していなければ、仮に生体分子(Q)がDNA(D)に非特異的に吸着していたとしても、DNAは、ビーズ上に吸着されない(図1(f))。この段階で、後述の蛍光分析法により蛍光測定・解析を実行すると(ステップ50)、図1(e)及び(f)の示されている如きDNA及び蛍光色素Fの状態の差が、蛍光分析法の測定・解析結果に於いて顕著に表れることとなり、これにより、DNAとタンパク質Pとの特異的な結合の有無が検出され、タンパク質Pが生体試料中に存在するか否かが特定されることとなる。
【0027】
蛍光分析
上記の本発明の実施形態では、上記の如く調製された混合試料溶液に於けるDNAとタンパク質Pとの特異的な結合の有無の検出のために、レーザー共焦点顕微鏡の光学系に超高感度光検出装置を組み合わせた蛍光測定装置を用いて、一分子蛍光分析法により、混合試料溶液中の蛍光色素Fの蛍光強度が計測され、解析される。蛍光測定には、典型的には、1分子蛍光分析システム MF20(オリンパス)が用いられてよい。かかるシステムに於いては、FCS、FIDA、FDS、FCCSが実行され、蛍光色素Fがビーズ上に固定されているか否かが判定される。以下、各分析方法に於いて、蛍光色素Fがビーズ上に固定されているか否かが計測結果に如何に反映されるかについて説明する。
【0028】
FCS(蛍光相関分光法)では、微小の蛍光観察領域をブラウン運動により通過する分子の移動(並進運動)の速さが観測される。分子の並進運動の速さは、測定された蛍光強度の時間を変数とした自己相関関数の形状に反映される。分子の並進運動の速さの指標としては、測定開始時から自己相関関数の値が半分になるまでの時間の長さ(並進拡散時間)が用いられる。分子の移動は、分子の大きさが大きいほど、遅くなるので、並進拡散時間が長くなる。本発明の場合、図1(e)の如く、タンパク質Pに結合したDNAがビーズ上に固定されると、蛍光色素Fがビーズに拘束され、従って、図1(f)の場合に比して、蛍光色素Fの運動の速さが顕著に低減し、並進拡散時間の長さが顕著に長くなり、タンパク質Pに結合したDNAがビーズ上に固定された否かが検出される。更に特記すべきことは、ビーズ上に複数の蛍光色素が拘束されている場合には、それらの色素が一体的に蛍光観察領域を通過するので、蛍光強度が増大し、従って、蛍光色素一分子が通過するときに比して、蛍光強度(シグナル)の背景光(ノイズ)に対する比がよくなり、良好なS/N比にて蛍光強度の測定がなされることとなる。
【0029】
FDS(蛍光偏光解消法)では、この分野に於いて知られている如く、分子の回転ブラウン運動(自転)の速さが観測される。分子の回転運動の速さは、測定された蛍光の縦偏光と横偏光の強度の割合又は偏光度に反映される(1分子蛍光分析システムで実行される場合には、FIDAに於いて蛍光を縦偏光及び横偏光に分けて検出し偏光度が算出される。その場合、FIDA−polと称する。)。分子の回転は、分子の大きさが大きいほど、遅くなるので、偏光度が大きくなる。本発明の場合、前記のFCSと同様に、図1(e)の如く、タンパク質Pに結合したDNAがビーズ上に固定されると、蛍光色素Fがビーズに拘束され、従って、図1(f)の場合に比して、蛍光色素Fの回転運動の速さが顕著に低減し、偏光度が長くなり、タンパク質Pに結合したDNAがビーズ上に固定された否かが検出される。また、1分子蛍光分析システムにて測定する場合には、ビーズ上に複数の蛍光色素が拘束されている場合には、それらの色素が一体的に蛍光観察領域を通過するので、蛍光強度が増大し、測定のS/N比が向上する。
【0030】
FIDA(蛍光強度分布解析法)では、微小の蛍光観察領域内から発せられる光子の検出(フォトンカウンティング)を行い、単位時間当たりの光子が検出された頻度を統計的に処理することによって、微小の蛍光観察領域内の蛍光粒子の数密度と、一蛍光粒子当たりの蛍光強度が算出される。本発明の場合、タンパク質Pに結合したDNAがビーズ上に固定されると、蛍光色素Fがビーズに拘束され一つの蛍光粒子として運動することになるので、蛍光粒子の数密度が低減する一方、ビーズに複数の蛍光色素分子Fが存在することにより一蛍光粒子当たりの蛍光強度が増大する。従って、蛍光粒子の数密度の低減と一蛍光粒子当たりの蛍光強度の増大からタンパク質Pに結合したDNAがビーズ上に固定された否かが検出される。また、一蛍光粒子当たりの蛍光強度が増大すると、一時に計測される蛍光強度(検出光子数)が増大し、測定のS/N比が向上する。
【0031】
FCCS(蛍光相互相関分光法)では、二つの発光波長の異なる蛍光標識が微小の蛍光観察領域をブラウン運動により通過する際に、各々の標識の蛍光強度の変化から二つの蛍光標識の運動に相関があるか否かを判定することができる。もし蛍光標識が一つの担体(分子)に存在する場合には、二つの蛍光強度の変化が一体的に変化するが、蛍光標識が別々の担体に存在する場合には、二つの蛍光強度の変化は、独立に変化することとなる。蛍光標識が一つの担体に乗っているか否かは、二つの蛍光強度の相互相関関数から判定することができる。本発明の場合、互いに異なる蛍光色素にて標識されたDNAを用いれば、別々の蛍光色素を担持するDNAがタンパク質Pを介してビーズ上に固定されることにより、二つの色素からの蛍光色素に相関があることが検出され、各DNAが自由に運動している場合(ビーズに固定されていない場合)に比して、相互相関関数が高くなるので、タンパク質Pに結合したDNAがビーズ上に固定された否かが検出される。また、前記の蛍光分析法と同様に、一つのビーズから複数の色素による蛍光が発せられることにより、一時に計測される蛍光強度が増大し、測定のS/N比が向上する。
【0032】
上記の一連の蛍光分析法に於いて、特記されるべきことは、一つの結果を検出するために要する試料量は、数十μl程度でよく、また、測定時間は、5−15秒程度の測定を数回繰り返す程度よく、従って、従前の生化学的な手法に比べ、試料量と時間を大幅に低減することができる。しかも、従前の一分子蛍光分析の手法に比較すると、測定される蛍光強度が数倍程度大きくなるので、S/N比が向上し、試料に夾雑物が在っても、特異的な結合反応のみを良好に検出できることとなる。
【0033】
ところで、上記の方法に於いて、ビーズを添加した段階でのみ蛍光測定・分析を実行しても、その結果の数値から蛍光色素がビーズ上にあるか否かを推定することができるが、図2(B)に例示されている如く、蛍光標識されたDNAのみの段階(ステップ10)、生体試料溶液とDNA溶液を混合した状態(ステップ30)で、比較のために蛍光測定・解析を実行してもよい(ステップ15、35)。ステップ35の段階で、ステップ15の場合と蛍光測定・解析の結果に有意な差、即ち、特異・非特異によらず、第一の分子が関与する結合反応の発生が認められないと考える場合には、ビーズの添加及びその後の蛍光測定を実施しなくてもよいであろう。この点に関し、ステップ35とステップ50とで実行する蛍光測定の方法は、別々であってもよい。例えば、ステップ30に於いては、FCSを実行し、ステップ50では、ステップ35のFCSの変化を裏付ける目的でFIDAを実行するようにしてもよい。(FCSの場合、添加されるビーズ径が大き過ぎる場合、並進ブラウン運動が小さくなり、測定時間中に殆ど移動しないといったことが起き得る。他方、FIDAの場合、ビーズを添加しない場合には、蛍光色素を有するDNAは、DNA結合タンパク質に一対一に結合するのみなので、蛍光粒子数は変化せず、結合により色素の蛍光強度が何らかの理由で変化しない限り、FIDAの結果は変化しない。)。ステップ35とステップ50とで別々の蛍光分析法を用いる場合、比較のためには、ステップ15に於いて両方の分析法による測定を行っておくことが望ましい。
【0034】
その他の実施形態について
上記の手順は、生体試料に含まれるDNA結合タンパク質Pに特異的に結合するDNAの塩基配列を検出するために用いることもできる。その場合、DNA結合タンパク質Pに結合すると思われる塩基配列を有するDNAを蛍光標識したものが用いられる。DNAがビーズ上に固定されたことが検出されれば、そのDNAの塩基配列にDNA結合タンパク質Pと特異的に結合する部位が存在することが特定される。
【0035】
また、上記の方法に於いて、蛍光標識される第一の分子、第二の分子は、任意のDNA、タンパク質、その他の生体分子であってよいことは理解されるべきである。例えば、蛍光標識される第一の分子を生体試料中に含まれるか否かが検出される分子の抗体とし、第三の分子をその検出対象の分子の別の部分のエピトープに対する抗体としてもよい。蛍光標識された抗体がビーズ上に固定されれば、生体試料中に第一及び第三の分子である抗体に対する抗原が存在することが検出される。
【0036】
本発明の方法は、試料中に夾雑物が存在していても、有利に特定の分子の特異的結合を非特異的な結合と見分けた態様にて検出可能なので、病気の臨床診断、生理活性物質のスクリーニングのツールとして利用可能である。生体試料中の任意の分子を特異的に化学的又は遺伝子工学的に(GFPなど蛍光タンパク質の発現により)蛍光標識することが可能であれば、第一の分子を含む第一の試料が生体試料であってもよく、また、第二の試料が、任意の態様にて調製された又は物質であってもよいことは理解されるべきであり、そのような場合も本発明の範囲に属する。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】図1は、実施形態の処理過程中に於ける試料中の分子の状態を模式的に表したものである。
【図2】図2は、本発明の方法の好ましい実施形態に於ける処理過程をフローチャートの形式にて示したものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
特定の分子の特異的結合を検出する方法であって、
蛍光標識された第一の分子を含む第一の試料と、前記蛍光標識された第一の分子と特異的に結合するか否かが判定される第二の分子を含む第二の試料とを混合し混合試料溶液を調製する過程と、
前記第二の分子に特異的に結合する第三の分子が表面に固相化された外径1μm以下の粒子を前記第一及び第二の試料の混合試料溶液へ添加する過程と、
前記粒子が添加された前記混合試料溶液中の前記第一の分子の蛍光標識の蛍光強度を測定する過程と、
前記蛍光強度に基づいて、前記第一の分子が前記粒子上に固定されているか否かを判定する過程と
を含み、前記第一の分子が前記粒子上に固定されている判定された場合には、前記第一の分子が前記第二の分子に特異的に結合したと判定することを特徴とする方法。
【請求項2】
特定の分子の特異的結合を検出する方法であって、
蛍光標識された第一の分子を含む第一の試料と、前記蛍光標識された第一の分子と特異的に結合する第二の分子が存在するか否かが判定される第二の試料とを混合し混合試料溶液を調製する過程と、
前記第二の分子に特異的に結合する第三の分子が表面に固相化された外径1μm以下の粒子を前記第一及び第二の試料の混合試料溶液へ添加する過程と、
前記粒子が添加された前記混合試料溶液中の前記第一の分子の蛍光標識の蛍光強度を測定する過程と、
前記蛍光強度に基づいて、前記第一の分子が前記粒子上に固定されているか否かを判定する過程と
を含み、前記第一の分子が前記粒子上に固定されている判定された場合には、前記第二の分子が前記第二の試料に存在していると判定することを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項1又は2の方法であって、前記混合試料溶液へ前記粒子を添加するのに先立って測定された前記混合試料溶液中の前記第一の分子の蛍光標識の蛍光強度に基づいて、前記第一の分子が前記第二の試料中の分子と結合したか否かを判定する過程を含むことを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項1乃至3の方法であって、前記蛍光強度の測定が蛍光相関分光法により行われることを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項1乃至3の方法であって、前記蛍光強度の測定が蛍光偏光解消法により行われることを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項1乃至3の方法であって、前記蛍光強度の測定が蛍光強度分布解析法により行われることを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項1乃至3の方法であって、前記蛍光強度の測定が蛍光相互相関分光法により行われることを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項1乃至3の方法であって、前記第二の試料が血清又は血漿又は生体から得られた溶液試料であることを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項1乃至3の方法であって、前記第一の分子がDNAであり、前記第二の分子がDNA結合タンパク質であり、前記第三の分子が前記第二の分子に対する抗体であることを特徴とする方法。
【請求項10】
請求項1乃至3の方法であって、前記粒子が、プラスチック、ラテックス、金コロイド、磁性粒子及びガラスから成る群から選択された少なくとも一つの材料からなるビーズであることを特徴とする方法。
【請求項11】
請求項1乃至3の方法であって、前記粒子の表面が前記第二の分子と前記第三の分子との特異的結合を除く前記混合溶液中に存在する分子の吸着又は結合を防止するための吸着防止処理が施されていることを特徴とする方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2010−19553(P2010−19553A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−299696(P2006−299696)
【出願日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】