説明

一酸化炭素の治療目的での放出

【課題】生理学的効果を与えるべく、COを生理学的対象乃至は標的に放出するためにのカルボニル化合物の提供。
【解決手段】次の1)から4)のいずれかの化合物。1)該金属カルボニルの解離により放出されたCOが、該組成物中に、溶解形態にて存在する;2)溶媒との接触により、該金属カルボニルがCOを放出する;3)組織、器官又は細胞との接触により、該金属カルボニルがCOを放出する;4)照射により、該金属カルボニルがCOを放出する。具体例として、金属カルボニルが、血管拡張及び移植後の拒絶反応の抑制等の、生物学的活性を有するCOを放出するために、用いられる。使用可能な金属としては、Fe及びRu等が用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一酸化炭素を、人間及びその他の哺乳類に治療目的で放出する為の薬剤組成物や化合物に関するものである。これらの組成物及び化合物は、その他、臓器潅流において用いられる。
【背景技術】
【0002】
一酸化炭素(CO)は、一般的な定義によると、無色、無臭、無味、非腐食性の、空気とほぼ同じ密度を有する気体であって、我々を取り巻く環境において最も一般的に遭遇する、浸透力の有る毒物である。それは、通常は、天然ガス、プロパン、石炭、ガソリン及び木材等の化石燃料の不完全燃焼によって産出される。大気中における、世界的な平均値は、0.19 parts per million (p.p.m)であると見積られており、そのうちの90%は、海洋の微生物による産出を含めた自然源に由来しており、10%は、人間の活動により産出されている。そのため、例え少量であれ、COの吸引は、生命体にとって避け得ないものである。
【0003】
露呈の度合と時間により、COは、生物に対して無数の衰弱及び有害な後遺の影響を招来する(非特許文献1)。これらの影響のうち、最も迅速、且つおそらく最も悪評の高いものは、血流中のヘモグロビンとの結合であり、それによって心臓血管系の酸素運搬能力は急速に低下する。逆説的には、半世紀以上前には、COは人体の体内にて、少量ずつ絶え間なく形成されることが見出され(非特許文献2)、またある特定の病態生理学的条件の下においては、この内因性のCOの産出量が、かなり増加する場合があることが見い出された(非特許文献3−5)。ヘム依存性たんぱく質(heme-dependent protein)であるヘモグロビンが、生体内でのCOの産出のための基材として必要とされることの発見(非特許文献6、7)、及び、ヘムオキシゲナーゼ (heme-oxygenase) 酵素が、哺乳類の体内におけるこの気体分子の発生にとっての重要な経路であるとの判別(非特許文献8)は、血管系におけるCOの、予期せぬ、且つ未確認の役割についての、初期の調査の基礎となった(非特許文献9)。それに続くクローニング(非特許文献10)及びヘムオキシゲナーゼの構成(HO−2)並びに誘導(HO−1)イソ型の特性化(非特許文献11−13)の他、前記酵素の動力学並びに組織についての研究(非特許文献14)により、ヘムの生理学的分解における、かかる経路の、主な重要性が明らかになり始めた。すなわち、ヘム分解の最終産物(CO、ビリベルジン及びビリルビン)が、結局は、重要な生物学的活性を有しているかもしれないということである(非特許文献15−17)。
【0004】
心臓血管系に関して、COが血管拡張の特性を有しているとの認識(非特許文献18−20)は、COに薬理学的機能があると考える上で、おそらくは最も重要な証拠となっている。COによって媒介されるシグナルを、特有の生物学的効果に変換するのに必要な分子のメカニズム及び化学修飾について、完全に解明する必要があるとはいうものの、説得力のある科学レポートが、近年、内因的に発生するCOのシグナル特性について強調している(非特許文献21−24)。
【0005】
一酸化窒素(NO)の生理学的若しくは病態生理学的機能を再現する為の、自発的にNOを放出し、且つ簡単に入手可能な広範囲の有機化合物が開発されたことにより、NOについての生理学的影響についての実験的研究が、容易になった。現在は、異型のNO供給体、及びNO放出薬剤についての豊富な文献があるので、それらの安定性並びに半減期に合わせて、前記の重要なシグナル分子の生物学的活動をシミュレートするための異種の生体内外のモデルに用いることができる(非特許文献25、26)。臨床診療においては、ニトロプルシドナトリウムや三硝酸グリセリン等の循環に、NOを放出する化合物が、血圧を下げたり、特定の心臓血管疾患の治療を行なうために、用いられている(非特許文献27)。選択的に一つの器官又は組織を対象とすることのできる機能性NO基を含む薬品が、特定の病態生理学的状態の治療のため、現在開発途中若しくは臨床試験中にある(非特許文献28、29)。しかし、今日迄、COを治療目的で放出することのできる化合物は、明らかにされていなかった。
【0006】
US5882674は、ペンタカルボニル鉄やエンネアカルボニル鉄のような金属カルボニル錯体を含有する、経皮放出システムによるCOの投与について提案している。しかし、この文献は、実験的データを何ら提供しておらず、特定の装置についての説明も無いことから、どのようにすれば、この提案を実施可能にできるのかは、不明である。特に、体内でCOを放出するように、鉄カルボニル錯体がパッチから吸収されることが意図されているのかどうか、又は該錯体がパッチ内で分解することでCOを放出し、皮膚を通じて吸収された後にCOが血流に入るのかどうか、ということは記載されていない。もし、この文献が、一酸化炭素を体内にて実用的且つ効果的に放出するための薬剤装置、組成物、及び方法を利用可能にするために考案されているのであるならば、かかる装置、組成物、及び方法は、本発明の範囲から除外される。
【0007】
金属カルボニルに関する文献の中でも、WO98/48848は、フェイシャル金属トリカルボニル(facial metal tricarbonyl)化合物及び生物学的に活性な基質のラベリングにおける使用について記載している。該金属、好ましくは放射性核種は、第7群のものであり、Mn、99mTc、186Re、及び188Reとして同定されるものである。化合物:fac−[M(CO)3(OH23+ [但し、Mは金属である]が、生物学的に活性な基質を標識付けするために提案されており、その結果、生物学的に活性な様々な配位子を有する金属カルボニル化合物が得られる。その例では、放射性Tcが用いられている。この文献は、診断用及び治療用の組成物の調製については記載しているが、特定の治療用組成物について、及び前記の治療による如何なる条件に対する如何なる治療についても、記載してはいない。一酸化炭素を生理学的対象物に放出するための該化合物の使用についても、開示されていない。もし、この文献が、該カルボニル化合物の治療目的での使用又は治療目的での投与の様式について開示しているとみなされるならば、この主題(subject-matter)については、本発明の範囲から除外される。少なくとも、この文献に開示されているフェイシャルカルボニル化合物の使用については、本発明から除外することが好ましい。
【0008】
WO91/01128及びWO91/01301は、光による老化の影響の修復の為の局所適用、又は、にきび或いは乾癬の治療の為の局所若しくは経口投与による皮膚治療用の組成物について記載している。前記活性化合物は、ポリエンエステル及びその鉄カルボニル錯体である。特に、鉄カルボニルの鉄は、ポリエン鎖に配位結合されている。鉄カルボニルを含める理由については、記されていない。これら二つの文献に開示されている、カルボニル化合物の治療目的での用法又は組成物に限っては、この用法及び組成物を、本発明の範囲から、特に除外する。
【0009】
WO98/29115は、恒温動物の平滑筋を、特定の遷移金属のニトロシル化合物を投与することによって弛緩する為の、組成物及び方法について記載している。高血圧、狭心症、うっ血性心不全、及び勃起不全の治療について記載されている。この化合物の中には、NOに加えて、配位子としてCOを含有しているものもある。特に、そのようなCOを含む化合物は、式:L3M(NO)y3-y [但し、Lは二電子のルイス塩基であるか、又は、L3が六電子のルイス塩基であり、Mは第6群若しくは第8群の遷移金属であり、yが1の場合にはxは一酸化炭素である]にて表される。この文献の重要な教示内容は、ニトロシル錯体による治療効果である。CO配位子が存在する場合の、COを生理学的対象物に放出することによる治療効果については、何ら開示されていない。ここで開示されているCOを含有する金属ニトロシル錯体は、本発明の新規な金属カルボニルからは除外され、前記治療目的の用法についても、本発明から除外される。少なくとも、COを含有する遷移金属のニトロシル錯体は、本発明の範囲から除外されることが好ましい。
【0010】
HU−B−211084は、ある組成物について記載しているが、それは、経口投与用の、骨強化のためのものであり、リン酸カルシウム、有機酸の少なくとも一つのカルシウム塩、及び任意にてペンタカルボニル鉄を含んでいる。本発明は、ペンタカルボニル鉄を、この文献にて特定されているカルシウム化合物と組み合わせて、この文献に記載されている治療目的の用法、及び投与の様式に関連した用法で用いることには言及しておらず、少なくとも、鉄カルボニル、及び鉄並びにCOを含む錯体を、リン酸カルシウム及び/又は有機塩のカルシウム塩と組み合わせて用いる用法について、解釈を広げないことが好ましい。
【0011】
WO95/05814(US6284752)及びWO00/56743は、共に、非常に広範囲な金属錯体の、反応性酸素種の過剰生産、特にNOの過剰生産に関係する病気の治療目的での使用について開示している。ここに記載されている目的は、NOを、そのままの位置でスカベンジング又は除去することによって、体内のNOレベルを調節することである。血管収縮が内因性の一酸化窒素を除去したことによる直接的な結果であることを示す為に、生体外での試験データが記載されている。一酸化炭素が、配位子となりうるものとして記載されているが、一酸化炭素を含んだ錯体の例は、何も挙げられておらず、何の効果についても、COに帰されてはいない。これらの文献が、該特定の目的のために、COを含有する錯体の実用的な用法について開示していると考えられる限りは、かかる使用は、本発明の一部を構成しない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】US5882674
【特許文献2】WO98/48848
【特許文献3】WO91/01128
【特許文献4】WO91/01301
【特許文献5】WO98/29115
【特許文献6】HU−B−211084
【特許文献7】WO95/05814(US6284752)
【特許文献8】WO00/56743
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Piantadosi CA. Toxicity of carbon monoxide: hemoglobins vs. histotoxic mechanisms. In: Carbon monoxide. (Edited by Penney DG).1996; Chapter 8.
【非特許文献2】Sjostrand T. Endogenous formation of carbon monoxide in man under normal and pathological conditions. Scan J Clin Lab Invest 1949;1:201-14.
【非特許文献3】Coburn RF, Blakemore WS, Forster RE. Endogenous carbon monoxide production in man. J Clin Invest 1963;42:1172-8.
【非特許文献4】Coburn RF, Williams WJ, Forster RE. Effect of erythrocyte destruction on carbon monxide production in man. J Clin Invest 1964;43:1098-103.
【非特許文献5】Coburn RF, Williams WJ, Kahn SB. Endogenous carbon monoxide production in patients with hemolytic anemia. J Clin Invest 1966;45:460-8.
【非特許文献6】Sjostrand T. The formation of carbon monoxide by in vitro decomposition of haemoglobin in bile pigments. Acta Physiol Scand 1952;26:328-33.
【非特許文献7】Coburn RF, Williams WJ, White P, Kahn SB. The production of carbon monoxide from hemoglobin in vivo. J Clin Invest 1967;46:346-56.
【非特許文献8】Tenhunen R, Marver HS, Schmid R. Microsomal heme oxygenase. Characterization of the enzyme. J Biol Chem 1969;244:6388-94.
【非特許文献9】Scharf SM, Permutt S, Bromberger-Barnea B. Effects of hypoxic and CO hypoxia on isolated hearts. J Appl Physiol 1975;39:752-8.
【非特許文献10】Shibahara S, Muller R, Taguchi H, Yoshida T. Cloning and expression of cDNA for rat heme oxygenase. Proc Natl Acad Sci USA 1985;82:7865-9.
【非特許文献11】Maines MD, Trakshel GM, Kutty RK. Characterization of two constitutive forms of rat liver microsomal heme oxygenase: only one molecular species of the enzyme is inducible. J Biol Chem 1986;261:411-9.
【非特許文献12】Cruse I, Maines MD. Evidence suggesting that the two forms of heme oxygenase are products of different genes. J Biol Chem 1988;263:3348-53.
【非特許文献13】Trakshel GM, Maines MD. Multiplicity of heme oxygenase isozymes: HO-1 and HO-2 are different molecular species in rat and rabbit. J Biol Chem 1989;264:1323-8.
【非特許文献14】Maines MD. Heme oxygenase: function, multiplicity, regulatory mechanisms, and clinical applications. FASEB J 1988;2:2557-68.
【非特許文献15】Marks GS, Brien JF, Nakatsu K, McLaughlin BE. Does carbon monoxide have a physiological function? Trends Pharmacol Sci 1991;12:185-8.
【非特許文献16】Stocker R, Yamamoto Y, McDonagh AF, Glazer AN, Ames BN. Bilirubin is an antioxidant of possible physiological importance. Science 1987;235:1043-6.
【非特許文献17】McDonagh AF. Is bilirubin good for you. Clin Perinat 1990;17:359-69.
【非特許文献18】Coceani F, Hamilton NC, Labuc J, Olley PM. Cytochrome P 450-linked monooxygenase: involvement in the lamb ductus arteriosus. Am J Physiol 1984;246(4 Pt 2):H640-3.
【非特許文献19】Vedernikov YP, Graser T, Vanin AF. Similar endothelium-independent arterial relaxation by carbon monoxide and nitric oxide. Biomed Biochim Acta 1989;8:601-3.
【非特許文献20】Furchgott RF, Jothianandan D. Endothelium-dependent and -independent vasodilation involving cGMP: relaxation induced by nitric oxide, carbon monoxide and light. Blood Vessels 1991;28:52-61.
【非特許文献21】Morita T, Perrella MA, Lee ME, Kourembanas S. Smooth muscle cell-derived carbon monoxide is a regulator of vascular cGMP. Proc Natl Acad Sci USA 1995;92:1475-9.
【非特許文献22】Christodoulides N, Durante W, Kroll MH, Schafer AI. Vascular smooth muscle cell heme oxygenases generate guanylyl cyclase-stimulatory carbon monoxide. Circulation 1995;91:2306-9.
【非特許文献23】Sammut IA, Foresti R, Clark JE, Exon DJ, Vesely MJJ, Sarathchandra P, Green CJ, Motterlini R. Carbon monoxide is a major contributor to the regulation of vascular tone in aortas expressing high levels of haeme oxygenase-1. Br J Pharmacol 1998;125:1437-44.
【非特許文献24】Coceani F. Carbon monoxide in vasoregulation: the promise and the challenge. Circ Res 2000;86(12):1184-6.
【非特許文献25】Feelisch M. The biochemical pathways of nitric-oxide formation from nitrovasodilators: appropriate choice of exogenous NO donors and aspects of preparation and handling of aqueous NO solutions. J Cardiovasc Pharmacol 1991;17:S 25-33.
【非特許文献26】Feelisch M. The use of nitric oxide donors in pharmacological studies. Naunyn-Schmiedeberg's Arch Pharmacol 1998;358:113-22.
【非特許文献27】Luscher TF. Endogenous and exogenous nitrates and their role in myocardial ischaemia. Br J Clin Pharmacol 1992;34 Suppl 1:29S-35S.
【非特許文献28】Saavedra JE, Billiar TR, Williams DL, Kim YM, Watkins SC, Keefer LK. Targeting nitric oxide (NO) delivery in vivo. Design of a liver-selective NO donor prodrug that blocks tumor necrosis factor-alpha-induced apoptosis and toxicity in the liver. J Med Chem 1997;40(13):1947-54.
【非特許文献29】Saavedra JE, Southan GJ, Davies KM, Lundell A, Markou C, Hanson SR, Adrie C, Hurford WE, Zapol WM, Keefer LK. Localizing antithrombotic and vasodilatory activity with a novel, ultrafast nitric oxide donor. J Med Chem 1996;39(22):4361-5.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
以下に詳記する実験データによって例証されているように、本発明者らは、生理学的効果を与えるべく、COを生理学的対象乃至は標的 (physiological target) に放出するために、金属カルボニル化合物の利用が可能であることを見出した。
【課題を解決するための手段】
【0015】
従って、本発明は、金属カルボニル化合物若しくはその薬学的に許容可能な塩、及び、少なくとも一つの薬学的に許容可能なキャリヤ (carrier) を含む、生理学的対象物に一酸化炭素を放出するための薬剤組成物において、該金属カルボニルが、以下の何れかの方法のうち少なくとも一つにより、生理学的効果に適したCOを利用可能としているものである:
1)該金属カルボニルの解離により放出されたCOが、該組成物中に、溶解形態にて存在している;
2)溶媒との接触により、該金属カルボニルがCOを放出する;
3)組織、器官又は細胞との接触により、該金属カルボニルがCOを放出する;
4)照射により、該金属カルボニルがCOを放出する。
【0016】
ここにおいて、特定の金属カルボニル化合物は、適切な溶媒との接触により、COを放出可能である。前記薬剤組成物が、液状にて投与される場合には、この溶媒は、該薬剤組成物の構成成分の一部を成すことがある。従って、本発明のこの態様においては、該薬剤組成物は、前記金属カルボニルから放出されたCOを、溶解した形態にて含有していることになる。前記薬剤の調製中に、該カルボニル化合物が該溶媒に溶解している状態は、そのようにして放出されたCOが溶液中に保持されるように制御され得る。これは、解離した構成成分と、解離していないカルボニルとの間に平衡が存在する場合には、促進され得る。
【0017】
母体のカルボニルから解離した構成成分自身が、更に、COを放出可能な金属カルボニル化合物である場合もある。例えば、[Ru(CO)3Cl22 がDMSOに溶解している場合、COは溶液中に遊離し、トリカルボニル及びジカルボニルの錯体の混合物が形成され、これら自身が更にCOを放出可能である。
【0018】
本発明の別の態様においては、前記薬剤組成物自身は、解離したCOを含有していないものの、適切な溶媒又は媒体に接触することによって、COを放出するように調製することもできる。例えば、該組成物には、水との接触、すなわち血液やリンパ液のような水性の生理的液体との接触によって、COを放出することの出来る金属カルボニル化合物を含有させることができる。あるいは、該薬剤組成物は、投与の前に水中に溶解せしめられるようにすることもできる。このような薬剤組成物は、溶液の形態、又は錠剤形態等の固体形態で調製することができる。もし、これが溶液の形態にある場合には、適切な溶媒との接触があった場合にのみCOの放出が起きるように、一般的には、金属カルボニル化合物の解離を助けることのない溶媒にて、調製される。
【0019】
その代わりに、又はそれに加えて、前記錯体からのCOの放出は、例えば該錯体からのCOの損失を引き起こす、該錯体の配位子の一つを置換する、溶液中の配位子との反応によって、刺激され得る。
【0020】
本発明の別の態様においては、前記薬剤組成物には、組織、器官、若しくは細胞との接触によってCOを放出する金属カルボニル化合物を含めることができる。以下に示すように、ある特定の金属カルボニル化合物は、溶液中にはCOを放出しないものの、血管内皮のような生理学的な細胞性物質 (cellular material) 若しくは組織にはCOを放出することが可能である。例えば、[Fe(SPh)2(2,2’−bipyridine)(CO)2]は、以下に示す如く、溶液中のミオグロビンにCOを放出することは無いが、予め萎縮した大動脈環状部の拡張を促進させることが可能である。特定の理論に限定されたくは無いが、COは、シトクロムのような細胞性成分を介在させることにより、酸化還元反応の結果として、前記のような化合物から放出され得るのである。
【0021】
しかし、酸化還元が起きなくとも、少なくとも該錯体から最初のCOの損失が起きるために、本発明は、CO放出のメカニズムとしての酸化還元反応に限定されるものではないのである。
【0022】
本発明の別の態様によれば、該薬剤組成物には、照射によってCOを放出する金属カルボニル化合物を含めることができる。この化合物には、例えば溶解したCOの溶液を作製する為に、投与の前に照射を行なうことが可能であり、又は、投与の後に原位置 (in situ) にて照射することも可能である。このような組成物は、COを制御し、局所的に放出することができると考えられる。例えば、この種の薬剤組成物は、手術中に投与することができ、例えば血管拡張を促す場合等、特にCOを必要とする箇所に、レーザー、或いは紫外線等その他の放射エネルギー源による局所的な放射により、COを放出することができる。
【0023】
本発明の薬剤組成物は、一般的には、治療の対象物に対して溶解された形態において利用可能となるような方法にて、COを放出するものである。しかし、ある状況下では、COは、金属カルボニルから、非溶媒アクセプター分子に対して、直接に放出される。
【0024】
本発明に従う薬剤組成物が、上記作用形態の一つ又はそれ以上によって、治療用にCOを放出可能であることが明白となる。
【0025】
概して、該金属カルボニル化合物は、遷移金属、好ましくは第7群若しくは第8群乃至第10群の遷移金属の錯体から構成されるものである(本明細書では、周期表の群には、IUPAC命名法に従い、1乃至18までの番号が付けられている)。少なくとも一つのカルボニル配位子が存在していることが条件である他は、カルボニル配位子の数は限定されていない。好適な金属は、分子量の低い遷移金属、中でも特に、Fe、Ru、Mn、Co、Ni、Mo及びRhである。その他に使用可能な二種の金属は、Pd及びPtである。本発明で用いられる金属カルボニル錯体の金属は、概して、酸化状態が低いもの、即ち、0、I又はIIのものである。好適な金属は、概して、FeII、RuII、MnI、CoII、好ましくはCoI、RhIII、更に好ましくはRhI、NiII、MoII、よりも酸化状態が高くないものである。この金属は、放射性核種では無いことが、好ましい。Feは、哺乳類に多量に存在するため、特に適した金属である。
【0026】
前記金属カルボニル化合物は、錯体であるとみなされる。なぜなら、それは、金属中心に配位結合したCO基を有しているためである。しかし、該金属は、配位結合以外、例えばイオン又は共有結合によって、その他の基にも結合しても良い。そのため、該金属カルボニル組成物の一部を形成するCO以外の基は、孤立電子対を介して金属中心に配位結合されるという点において、厳密に「配位子」である必要は無いが、ここでは、参照し易くする為に、「配位子」として言及する。
【0027】
従って、金属への配位子は、例えば、[Mn2(CO)10]のように、全てカルボニル配位子であっても良い。その代わりに、該カルボニル化合物には、少なくとも一つの調節的な配位子を含めても良い。これによって、COでは無いが、該錯体特有の特性、例えばCOを放出する傾向、溶解性、疎水性、安定性、電気化学ポテンシャル等を調節する配位子が意味される。そのため、配位子の適切な選択は、該化合物の性質を調節するために、行なわれる。例えば、有機及び/又は水性溶媒における該化合物の溶解性、細胞膜を通過する能力、特定の溶媒若しくは細胞種類と接触した際或いは放射時のCOの放出率、を調節することが望ましい。
【0028】
このような配位子は、一般的に、ハロゲン化物のように、中性若しくは陰イオン性の配位子であり、又はルイス塩基から誘導され、配位原子としてN、P、O若しくはS、或いは共役炭素基を有するものである。好適な配位原子は、N、O、及びSである。例としては、ジメチルスルホキシド等のスルホキシド、例えば、グリシン、システイン、プロリン等の天然及び合成アミノ酸とそれらの塩、NEt3 並びにH2NCH2CH2NH2 等のアミン、bi−2,2’−ピリジル、インドール、ピリミジン並びにシチジン等の芳香族塩基並びにその類似化合物、ビリベルジン並びにビリルビン等のピロール、YC−1(2−(5’−ヒドロキシメチル−2’−フリル)−1−ベンジルインダゾール)等の薬物分子、EtSH並びにPhSH等のチオール並びにチオレート (thiolates)、塩化物、臭化物並びにヨウ化物、蟻酸塩、酢酸塩並びに蓚酸塩等のカルボン酸塩、Et2O並びにテトラヒドロフラン等のエーテル、EtOH等のアルコール、及びMeCN等のニトリルが含まれるが、それらに限定される訳ではない。特に好適なものは、アミノ酸等の配位結合の配位子で、水溶液中の該カルボニル錯体を安定化させるものである。その他の利用可能な配位子は、ジエン等の共役炭素基である。本発明において有用な金属カルボニル化合物を与え得ることが可能な配位子の一種は、シクロペンタジエン(C55)、及び置換シクロペンタジエンである。置換されたシクロペンタジエンにおける置換基には、例えば、アルカノール、エーテル若しくはエステル、例えば、−(CH2nOH[但し、nは1乃至4である]、特に、−CH2OH、−(CH2n OR[但し、nは1乃至4であり、Rは、炭化水素、好適には1乃至4の炭素原子を有するアルキルである]、−(CH2n OOCR[但し、nは1乃至4であり、Rは、炭素原子、好適には1乃至4の炭素原子を有するアルキルである]等がある。シクロペンタジエン又は置換シクロペンタジエンのカルボニル錯体における好適な金属は、Feである。シクロペンタジエンカルボニル錯体は、塩化物等のアニオンに会合するカチオンであることが好ましい。
【0029】
上記のように、WO98/29115にて開示されている特定の金属ニトロシル錯体、及び開示されているそれらの用法は、本発明から除外され、本発明は、少なくともNO(ニトロシル)を含有する金属カルボニル錯体に対して、解釈を広げないことが好ましい。更に、上記のように、WO91/01128及びWO91/01301にて開示されている特定の鉄カルボニル錯体、及びそこで開示されている用法については、本発明から除外される。本発明は、鉄カルボニルポリエン錯体の、局所又は経口での投与に対して、また、これらの錯体自体に対しても、解釈を広げないことが好ましい。
【0030】
本発明から更に除外されるものは、WO98/48848に開示されているMn及び放射性核種の錯体である。本発明では、それらMn錯体の、治療目的での使用を、除外することが好ましい。いかなる場合でも、本発明では、放射性金属のカルボニルについて、除外することが好ましい。
【0031】
グアニル酸シクラーゼ活性による刺激を通じて、COが、少なくとも一部において機能することが示されている。従って、該金属カルボニル化合物には、グアニル酸シクラーゼに対するCOの影響を調節する配位子が含有されていることが望ましいと言える。例えば、薬品YC−1(3−(5’−ヒドロキシメチル−2’−フリル)−1−ベンジルインドール)は、COによるグアニル酸シクラーゼの刺激を強めるものとして考えられている。従って、YC−1又はその誘導体等の配位子を、金属カルボニル化合物に混合することにより、放出されたCOの、生物学的効果を変更又は拡大することができる。
【0032】
そのため、本発明の薬剤組成物の特性は、該金属カルボニル化合物中における金属中心、及び結合されている配位子の数や種類を適切に選択することによって、要求されるように調整することができる。
【0033】
そのような金属カルボニル化合物は、更に、適切な部位でのCOの放出を容易にするため、標的となる成分 (targeting moiety) を含むことができる。この標的となる成分は、必要とされた部位でのCOの放出を促進させるため、一般的に、特定の目標となる細胞の表面上で、レセプターを結合することが可能である。この標的となる成分は、前記標的となる細胞の表面上に見られるレセプターに結合可能な調節配位子の一部であってもよく、例えば適切なリンカー (linker) によって該錯体につながっている、特定のレセプターに対して向けられた抗体のような別の分子から誘導され得る。
【0034】
本発明は、活性成分として、式:M(CO)xy [但し、xは少なくとも1であり、yは少なくとも1であり、Mは金属であり、Aは原子、若しくはイオン結合、共有結合、或いは配位結合によりMに結合した基であり、y>1の時、各Aは、同じであっても異なっていても良い]で表される化合物、或いは、該化合物の薬学的に許容可能な塩を含有する、COを放出するための薬剤組成物も、提供するものである。一般的には、Mは、遷移金属、特に、第7群又は第8群乃至第10群のものであり、Aは、ハロゲン類、Mに配位結合するための孤立電子対を与えるN、P、O若しくはS原子を有する基、及び共役炭素基 (conjugated carbon groups)の中から選択され得るものである。好適な金属及び配位子についての更なる詳細については、上記に記載されている。該カルボニル錯体は、薬学的に許容可能なもの、特に、毒性の無いもの、又は適用量から考えた時の毒性が許容範囲であるものにすべきである。
【0035】
本発明の前記薬剤組成物は、概して、薬学的に許容可能なビヒクル、キャリヤ、緩衝剤、安定剤、又は当業者に公知のその他の材料を含有している。このような材料は、毒性の無いものであるべきであり、活性成分の効力に対して過度に妨げないものにすべきである。前記キャリア又はその他の材料の正確な性質は、例えば、口、静脈、皮下、鼻、吸入、筋肉、腹膜、又は座薬のルート等、投与の経路に合ったものにすることができる。
【0036】
経口投与のための薬剤組成物は、錠剤、カプセル、粉末、又は液体の形態にすることができる。錠剤には、ゼラチン又はアジュバンド(佐剤)又は遅放出性のポリマー等のキャリヤを含めても良い。液状の薬剤組成物は、一般的に、水、石油、動物性若しくは植物性オイル、鉱油、又は合成油等のキャリヤを含んでいる。生理食塩水、ブドウ糖若しくはその他の糖類の溶液、又はエチレングリコール、プロピレングリコール、若しくはポリエチレングリコール等のグリコール類を含めることができる。薬学的に許容可能な量のその他の溶媒も、特に組成物に含まれる特定の金属カルボニル化合物を解離させるために必要である場合には、含有させることができる。
【0037】
静脈、皮膚若しくは皮下注射、又は苦痛がある部位への注射のため、前記活性成分は、一般的に、発熱物質を含まず、適切なpH、等張性、並びに安定性を有する、非経口的に許容可能な溶液形態であるものが用いられる。関連の当業者であれば、例えば、生食注射、リンゲル注射、乳酸加リンゲル注射等の等張性のビヒクルを用いて適切な溶液を調製する能力を十分に備えている。保存剤、安定剤、緩衝剤、酸化防止剤、及び/又はその他の添加剤も、必要に応じて加えることができる。針を用いない注入による放出システムについても知られており、かかるシステムと共に用いる組成物についても、それに応じて調製することができる。
【0038】
投与は、予防効果のある量、又は治療効果のある量(但し、場合により、予防も治療と考えられることがある)にすることが好ましく、各個人に利益を示すのに十分なものとする。投与される実際の量、及び、投与の割合並びに時間毎の量は、治療内容の性質及び重症度に左右される。治療の処方、例えば投与量の決定等については、一般開業医及びその他の医師の責任の範囲内であり、一般的には、治療対象となる異常症、個々の患者の健康状態、放出部位、投与の方法、及び医師が知るその他の要因が考慮される。上記の専門技術及びプロトコルの例については、Remington's Pharmaceutical Sciences, 16th edition, Osol, A. (ed), 1980 に記されている。
【0039】
本発明に従う薬剤組成物を処方する際には、活性成分及び/又は溶媒の毒性について考慮しなければならない。医学的効果と毒性とのバランスを、考慮に入れるべきである。該組成物の投与量及び処方は、通常は、構成要素の毒性によるあらゆるリスクに勝る医学的効果が得られるように、決定される。
【0040】
ここでは更に、本発明に従う薬剤組成物を投与する工程を含めた、COを哺乳類に導入する方法についても示される。COは、少なくとも、その一部が、グアニル酸シクラーゼの刺激又は活性を通じて作用すると考えられている。COは、とりわけ、神経伝達物質及び血管拡張剤としての機能を有すると考えられている。それゆえ、ここでは、グアニル酸シクラーゼ活性を刺激するためにCOを哺乳類に放出する方法についても、提供する。ここでは更に、神経伝達又は血管拡張を刺激するためにCOを哺乳類に放出する方法についても、提供する。しかし、本願は、理論に束縛されることは好んでおらず、又、COが他のメカニズムによって作用する可能性を、除外するものでも無い。
【0041】
ヘムオキシゲナーゼ1(HO−1)経路は、長波長紫外線(UVA)の放射、発癌性物質、虚血再潅流による障害、内毒素性ショック、及び酸素フリーラジカルの生成によって特徴付けられるいくつかの他の状態 (condition) を含む、ストレス刺激に対する、中枢の内因性の誘導防衛システムを代表するものであると考えられている(参考文献30−32)。HO−1の保護効果は、強力な酸化防止剤であるビリベルジン並びにビリルビン、及び血管に作用する気体状COの発生に、起因している。HO−1の発現は、心臓の異種移植片の生存(参考文献33)、移植による動脈硬化の抑制(参考文献34)、及び虚血後の心筋の機能不全の改善(参考文献35)に関連付けられてきた。HO−1は、ラットにおける急性の炎症の消散時期にも、直接的に影響している(参考文献36)。敗血症の他、脳並びに肝臓内の出血性ショックのような、その他の病理的状況(参考文献37−39)は、HO−1遺伝子の誘導によって特徴付けられるが、これは、こうした病理学的状態が原因にて起きる、血管機能障害を妨げる上で、重要な役割を果たしている。HO−1の誘導の結果である、CO発生量の増加は、血管の収縮性に著しい影響を与え、生物全体の急性の高血圧を減少させる(非特許文献23、参考文献40)。動物を、濃度の低いCOを含む大気に晒したり、又はHO−1遺伝子のトランスフェクションを行なうと、生体内の酸素過剰が原因による肺疾病から保護することができるが、このメカニズムは、好中球炎症及び肺アポトーシス(細胞死)の両方を弱めることによるものである(参考文献41、42)。外因性のCOガスにも、体内外にて、炎症前のサイトカインを抑制し、抗炎性分子であるIL−10の発現を、調整する能力がある(参考文献43)。従って、本発明に従うCOの投与は、炎症状態の調整、及び癌を含めたその他の病理学的状態の緩解のため、これらの症状の何れに対しても、用いることができる。
【0042】
そのため、ここでは、急性の、肺の、並びに慢性の高血圧等の高血圧症、放射線障害、内毒素性ショック、炎症、喘息並びに慢性関節リウマチ等の炎症に関わる疾病、酸素過剰が原因による疾病、アポトーシス、癌、移植による拒絶反応、動脈硬化、虚血後の臓器障害、心筋梗塞、アンギナ、出血性ショック、セプシス、陰茎勃起障害、及び成人呼吸窮迫症候群の治療の為の、本発明に従う薬剤組成物を投与する工程を含めた、COを哺乳類に導入する方法を開示する。
【0043】
本発明は、ここに記載されている金属カルボニル化合物を用いた、生理的効果、例えば神経伝達若しくは血管拡張の刺激の為の、又は、急性の、肺の、並びに慢性の高血圧等の高血圧症、放射線障害、内毒素性ショック、炎症、喘息並びに慢性関節リウマチ等の炎症に関わる疾病、酸素過剰が要因の疾病、アポトーシス、癌、移植による拒絶反応、動脈硬化、虚血後の臓器障害、心筋梗塞、アンギナ、出血性ショック、セプシス、陰茎勃起障害、及び成人呼吸窮迫症候群の何れかの治療の為の生理的効果を与えるように、COを生理学的な対象物、特に哺乳類に放出するための薬剤の製造のための用法についても提供する。かかる薬剤は、口、静脈、皮下、鼻、吸入、筋肉、腹膜、又は座薬ルート等を経由しての投与に、適用することができる。本発明は、金属カルボニル、又はその分解生成物の、皮膚又は粘膜を通じた生物への放出については、除外することが好ましい。
【0044】
本発明は、更に、ここに記載の該金属カルボニルの、例えば、移植手術の為に、臓器を保管及び/又は輸送している間等に、活性能力のある哺乳類の器官を体外にて (extracorporally) 処置する場合、例えば潅流によって処置する場合における用法についても、提示するものである。この目的のため、該金属カルボニルは、溶解形態、好ましくは水溶液の状態とする。該活性能力のある器官とは、例えば、心臓、腎臓、肝臓、皮膚、又は筋肉皮弁等、生きた細胞を含んだあらゆる組織のことである。
【0045】
本発明は、また、式:M(CO)xyz[但し、MはFe、Co又はRuであり、xは少なくとも1であり、yは少なくとも1であり、zはゼロ又は少なくとも1であり、各AはCO以外の配位子であり且つMに対する単座配位子若しくは多座配位子であり且つ、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシン、バリンの如きアミノ酸、O(CH2COO)2 及びNH(CH2COO)2 の中から選択されるものであり、またBは、任意であり、且つ、CO以外の配位子で、Aがシステイン又はシステインのエステルである場合のFe(CO)xy、及びAがプロリンである場合のRu(CO)xyを除いてある]で表される金属カルボニル化合物から成るものである。
【0046】
xは好ましくは3であり、yは好ましくは1であり、zは好ましくは1である。
【0047】
ここで用いられる、アミノ酸という用語には、グリシナト(glycinato) のように、酸性水素の損失によって得られる種も含まれる。
【0048】
zは、一つ又はそれ以上の、任意による、その他の配位子を意味する。Bについては、特に制限は無く、塩化物、臭化物並びにヨウ化物等のハロゲン化物、及び酢酸塩等のカルボン酸塩の配位子を、用いることができる。
【0049】
Mは、Fe、Ru、及びCoの中から選ばれる。これらの金属は、前記の通り、酸化状態が低いものであることが、好ましい。
【0050】
[Fe(SPh)2(2,2’−bipyridine)(CO)2]及び[Fe(SPh)2(NH2CH2CH2NH2)(CO)2]で表される公知の鉄化合物の使用についても、本発明には、考慮に入れられている。
【0051】
更に、上記に記載の該金属カルボニル化合物の代わりに、本発明の薬剤組成物に、蓚酸塩化合物、蟻酸、又は蟻酸塩化合物といった、生理学的対象に同様にCOを放出することができる成分を含有せしめることについても考慮される。例えば、ビス−(2,4−ジニトロフェニル)蓚酸塩は、水中で分解することにより、COが溶液中に遊離することで知られている。従って、本発明は、更に、一酸化炭素を生理学的対象物に放出するための、蟻酸、蟻酸塩、蟻酸エステル若しくは蟻酸アミド、蓚酸塩若しくは蓚酸エステル若しくは蓚酸アミド、又はそれらの薬学的に許容可能な塩、及び、少なくとも一つの薬学的に許容可能なキャリヤを含有する薬剤組成物も、提供するものであり、該蟻酸、蟻酸塩、蓚酸塩、若しくはそれらのアミド若しくはエステルは、生理学的効果に適したCOを利用可能とするものである。
【0052】
ビス−(2,4−ジニトロフェニル)蓚酸塩のニトロフェニル基は、良好な離脱基であると考えられているが、それは、ニトロ基に、電子吸引効果があり、それによって、蓚酸塩の分解が促進され、COが産出されるからである。
【0053】
そのため、それ自身の中に酸性基を有する蓚酸塩又は蟻酸塩は、例えばエステル結合等によって、トシル基等の電子吸引性置換基と共に芳香族基に結合するものであり、本発明に従う薬剤組成物における使用に、特に適していると考えられる。
【0054】
ここでは、更に、蟻酸、蟻酸塩、蟻酸エステル若しくは蟻酸アミド、又は、蓚酸塩、蓚酸エステル若しくは蓚酸アミド、又はそれらの薬学的に許容可能な塩、及び、少なくとも一つの薬学的に許容可能なキャリヤを含有する薬剤組成物を投与する工程乃至は段階を含めた、一酸化炭素を哺乳類に導入する方法についても、提示する。
【0055】
金属カルボニル化合物に関する、上記全ての記載及び開示内容は、蟻酸、蟻酸塩、蓚酸塩、並びに蟻酸若しくは蓚酸のアミド若しくはエステルも、関係するものであると考えられる。
【0056】
本願を通して、医療への言及は、人間の治療及び獣医学的な治療の両方を含めることが意図されているため、薬剤組成物への言及も、人間の治療及び獣医学的治療での使用のための組成物を包含することが、意図される。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】[Mn2(CO)10 ]及び[Fe(CO)5 ]の構造と、照射時の金属カルボニルによるCOの放出を測定するための装置とを示す図である。
【図2a】1%COガス吹込によるデオキシミオグロビン及びCO−ミオグロビンの吸収スペクトルを示す図である。
【図2b】Fe(CO)5 を用いたときのデオキシミオグロビンとCO−ミオグロビンの吸収スペクトルを示す図である。
【図2c】Mn2(CO)10を用いたときのデオキシミオグロビンとCO−ミオグロビンの吸収スペクトルを示す図である。
【図2d】Mn2(CO)10 を用いたときのMbCOの生成量と時間との関係を示す図である。
【図2e】[Ru(CO)3(Cl)22 の各種濃度下におけるデオキシミオグロビンとCO−ミオグロビンの吸収スペクトルを示す図である。
【図2f】[Ru(CO)3(Cl)22 の濃度とMbCOとの関係を示す図である。
【図3】DMSO中での[Ru(CO)3 Cl2 2の溶解を示す、NMRスペクトルを示す図である。
【図4】金属カルボニル化合物を用いて治療された細胞の、生存能力についてのデータを示す図である。
【図5】金属カルボニル錯体を用いた治療時の、大動脈環状部の弛緩について示す図である。
【図6】潅流されたラットの心臓に関する、様々な治療の効果を示す図である。
【図7】ラットの心臓内のヘムオキシゲナーゼ1の発現について示す図である。
【図8】ラットの平均動脈圧に関する様々な治療が与える影響について示す図である。
【図9a】金属カルボニル錯体のCO放出データを示す表である。
【図9b】金属カルボニル錯体のCO放出データを示す表である。
【図9c】金属カルボニル錯体のCO放出データを示す表である。
【図9d】金属カルボニル錯体のCO放出データを示す表である。
【図9e】金属カルボニル錯体のCO放出データを示す表である。
【図9f】金属カルボニル錯体のCO放出データを示す表である。
【図10】先の実施例に記載された、移植による拒絶反応後の生存率を示すグラフである。
【図11】先の実施例に記載された、大食細胞内のNOの生成研究において生じた亜硝酸塩のグラフである。
【図12】大食細胞内のNOの生成研究における、細胞の生存能力についてのグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0058】
本発明を説明する実験データは、添付図面を参照することにより、明らかにされるであろう。
【0059】
ここに記載の実験のために、鉄五カルボニル、[Fe(CO)5]、二マンガンデカカルボニル (dimanganese decacarbonyl)、[Mn2(CO)10]、トリカルボニルジクロロルテニウム(II)二量体、[Ru(CO)3 Cl22、及び、塩化ルテニウム(III)水和物、RuCl3が、Sigma-Aldrich Company Ltd. (Poole, Dorset, UK) から購入された。その他のカルボニル錯体は、以下に記載の通り合成した。金属カルボニル錯体のストック溶液 (stock solution)は、該化合物を、ジメチルスルホキシド(DMSO)、水、又は塩水中に溶解することにより、各実験前に新しいものを調製した。ヘミン(フェリプロトポルフィリン IX 塩化物)及びスズプロトポルフィリン IX (SnPPIX)は、Porphyrin Products Inc. (Logan, Utah, USA)からのものである。両方のポルフィリンのストック溶液は、0.1 M NaOHに、該化合物を溶解することによって調製し、その後、0.01Mリン酸緩衝液を加えることで、そのpHが7.4になるよう調整した。該グアニル酸シクラーゼ阻害剤、[1H−[1,2,4]オキサジアゾール[4,3−a]キノキサリン−1−オン](ODQ)は、Alexis Corporation (Bingham, Nottingham, UK)より入手し、ウサギの抗HO−1の多クローン性抗体は、Stressgen (Victoria, Canada) から購入した。馬の心臓のミオグロビン、NG−ニトロ−L−アルギニンメチルエーテル(L−NAME)及び、その他全ての試薬は、特に記載が無い限りは、Sigmaからのものである。
【0060】
全てのデータは、平均値±標準誤差(推定量の標準偏差)で示してある。分析を行なったグループ間の違いについては、両側検定のt-テスト(Student's two-tailed t-test)による評価が行なわれ、2つを越える治療について比較する場合には、変量分析(ANOVA)が実施された。結果は、p<0.05と、統計的に有意のものであった。
【0061】
A.遷移金属カルボニル錯体から遊離したCOの検出
金属カルボニル錯体からのCOの遊離について、デオキシミオグロビン(デオキシ−Mb)から一酸化炭素ミオグロビン(MbCO)への転化を分光学的に測定することによって評価した。MbCOは、500乃至600nmの間に、特有の吸収スペクトルを有しており、遊離したCOの量を定量する為に、540nmの時の変化が用いられた。該たんぱく質を、0.04Mのリン酸緩衝液(pH6.8)に溶解することによって、ミオグロビン溶液(最終濃度 66μM)を、新しく調製した。ミオグロビンをデオキシ−Mbに転化させるため、各リーディングの前に、亜ジチオン酸ナトリウム(0.1%)を添加した。全てのスペクトルは、Helios α 分光光度計を用いて測定した。
【0062】
鉄五カルボニル、[Fe(CO)5]、二マンガンデカカルボニル、[Mn2(CO)10]の、ミオグロビン溶液への直接的な添加では、時間が経過しても、一酸化炭素ミオグロビン(MbCO)が、はっきりと検知できるほどに形成することは無かった(データは添付していない)。これは、これら二つの遷移金属カルボニル錯体は、光によって刺激を与えない限りは、COを放出しないとの認識と矛盾がない(参考文献44、45)。従って、COの放出は、図1に示されているように、これらの金属カルボニル錯体を冷光源に露呈し、ミオグロビンとの反応が起きる前に、膜組織を通じて該気体を拡散させることによって、誘発されるものである。
【0063】
500マイクロリットルの鉄五カルボニル([Fe(CO)5]、99.9%)、又は1mlの二マンガンデカカルボニル([Mn2(CO)10]、DMSO中13mM)(化学構造についても参照のこと)を、カルボニル溶液2として、プラスチックチューブ1の中に置いた。該溶液2と挿入膜組織(insert membrane) 6(AnaporeTM 0.4μm)との間に、0.6cmの空間をあけて、分離した二つのチャンバーを作る為、細胞培養挿入部(cell structure insert) 3 (Costar)を、その上部において、封止した。1.5mlのデオキシ−Mb溶液(66μM)を、ParafilmTM 5でカバーした該挿入部の中に配置した。このカルボニル溶液には、その後、CO放出を刺激するため、光源7からの冷光による照射を行い、該気体が細胞膜6を通じてミオグロビン溶液4内に拡散するようにした。ミオグロビン溶液4のアリコートを、異なる時間に採取し、デオキシ−MbからMbCOへの転化を、分光測光により、測定した。
【0064】
デオキシ−MbからMbCOへの転化によるスペクトルの変化を、デオキシ−Mbの溶液にCOガスをバブリングすることで、測定した(図2a)。照明を当てることにより、[Fe(CO)5]及び[Mn2(CO)10]は、ミオグロビンの吸収スペクトルにおいて、時間の経過によりMbCOの形成が漸次増加するという、同様の変化を起した。両方の場合とも、明確に同定されたスペクトルは、MbCOに典型的なものであった(図2b及び2c)。ここで用いた実験条件の下で、該ミオグロビン溶液の完全な飽和は、[Mn2(CO)10](13μmol/ml)まで、約40分間連続して露光することによって、起きた(図2d)。
【0065】
様々な金属カルボニル錯体がデオキシ−Mb溶液に直接的に添加された時、MbCO形成を導きだす能力についての試験を、様々な金属カルボニル錯体を用いて行なった。程度は異なるが、[Ru(CO)3 Cl22、[Ru(CO)2(DMSO)2 Cl2]、[Ru(CO)3 Cl2(シトシン)]、及び[Ru(CO)3(glycinate)Cl]は、全て、Mb溶液に直接添加した際に、COを放出した。[Fe(SPh)2(2,2’−ビピリジン)(CO)2]及び[Fe(SPh)2(H2NCH2CH2NH2)(CO)2 ]の場合には、MbCOは全く検出されなかったが、以下に示すように、これらの化合物は、共に、血管拡張効果を与えた。
【0066】
トリカルボニルジクロロルテニウム(II)二量体[Ru(CO)3 Cl22 は、図2eに示されている。該金属カルボニル錯体は、DMSO(9.7mMストック溶液)内で可溶化し、2〜32μlの部分標本 (aliquot)を、1mlのデオキシ−Mb溶液(66μM)に直接添加し、そして反転によってサンプルを混合した後、直ちに吸収スペクトルを測定した。MbCOの飽和曲線の、線形回帰分析 (linear regression analysis) により、[Ru(CO)3 Cl22 の各モルに対し、約0.7モルのCOが遊離されたことが分かった(図2f)。
【0067】
同様の試験手順によって測定されたCO放出に関する更なるデータが、以下のセクションHに記載されている。
【0068】
B.[Ru(CO)3 Cl22 のNMRによる研究
遷移金属カルボニルの該化学的性質についての更なる研究を、NMR分光法を用いて実施した。13C NMRスペクトルによると、新たにDMSOに溶解した[Ru(CO)3 Cl22 は、ニ量体としては存在しておらず、実際には、公知のトリカルボニル(1)、及びジ−カルボニル(2)モノマーに類似する、明確な二組のシグナルを同定することができた(図3の式を参照のこと)。このNMR分析は、可溶化の工程中には、DMSOがルテニウムに配位した配位子のようにふるまい、それによって前記モノマーの形成が促進されるということを、明らかにしている。
【0069】
図3aは、最初の23分間の新たに調製した[RuCl2(CO)32 及びd6−DMSOとの間の反応の間に得られた、100.62MHz 13C{1H}NMRスペクトルを示している。この溶液は、化合物2の形成によって含まれた、おそらくはCOであると思われる、気体の細かい泡を、非常にゆっくりと発生させた。初めに該金属錯体をDMSOに溶解し、その後にCDCl3 を用いて希釈することによって、この実験を繰り返した時、前記シグナルの割当量は、fac−[RuCl2(CO)3(DMSO)](1,δ183.0,186.8)、シス,シス,トランス−[RuCl2(CO)2(DMSO)2](2,δ185.0)及びシス,シス,シス−[RuCl2(CO)2(DMSO)2](3,δ186.0、191.9)の、公表されている13C(CO)の化学シフトと一致した(参考文献46)。図3bは、d6−DMSO中の[RuCl2(CO)32 を、50℃で5分間温め、集積が起きるよう一晩置いた後に得られた、100.62MHz 13C[1H] NMRスペクトルを示している。化合物1、2、及び3に割り当て得られるピークに加えて、判別されていない種が原因で、δ187.9及び190.5にカルボニルのシグナルがあった。
【0070】
ジ−カルボニルモノマーの検出により、COが遊離していることが示されている。前記13C NMRスペクトルは、化合物1と2との比率が、40:60であることも、示している。
【0071】
以下のセクションC及びDでは、便宜上[Ru(CO)3 Cl22 について言及するが、ここで説明しているように、DMSOに溶解した時には、その他の種も実際に存在する。
【0072】
C.細胞の生存度における[Ru(CO)3 Cl22 の効果
生体系における金属カルボニル化合物の利用、使用についての先行の研究がないため、これらの化合物の、潜在的な細胞毒性効果について、評価する必要があった。そのため、様々な濃度の金属カルボニルに、短期又は長期の露光を行なった後、培養基中の細胞の生存率について測定した。
【0073】
ラットの血管の平滑筋細胞は、Coriell Cell Repository (Camden, NJ, USA)から入手し、ダルベッコ最小必須培地(MEM)内にて、20%の子牛の胎児の血清を20%、2xMEMのビタミン、2xMEMの非必須並びに必須アミノ酸、ペニシリン(100 units/ml)、及びストレプトマイシン(0.1mg/ml)を追加して、培養した。集密的な細胞を、異なる濃度の金属カルボニル(DMSO溶液として導入する−セクションBを参照のこと)と共に、様々な回数処理し、Promega (Madison, WI, USA) 製の比色検査用キット(colorimetric assay kit)を用いて、以前に記述された通り(参考文献47)、3若しくは24時間のインキュベーションの後、又は、3時間の露光した後に完全な培地中で21時間インキュベーションした時の、細胞の生存率について評価した。結果については、6回の独立した実験の平均±標準誤差にて示してあり、その差は、p<0.05(*)と、統計的に有意のものであった。
【0074】
[Fe(CO)5]を露光することにより、除々に緑褐色の析出物の沈殿が起きたため、この金属カルボニルにおける生存率の研究を続行することはできなくなった。しかし、[Fe(SPh)2(2,2’−bipyridine)(CO)2]は、著しい血管拡張効果を発現することが証明された(以下を参照のこと)。
【0075】
図4bに示されているように、[Ru(CO)3Cl22(最終的濃度は0−420μM)を用いた、3時間の、血管の平滑筋細胞の処理によって、検出可能な細胞毒性は、何ら促進されることは無かった。同様に、細胞の生存率は、この金属カルボニルを3時間露光した後に、更に21時間、培地の中で培養を行なった後も、十分に保たれていた。明白な細胞毒性の効果(細胞の生存率の損失が>50%)は、非常に高い濃度(>400μM)の[Ru(CO)3Cl22 に、長期に渡って(24時間)露光した場合にのみ見られた。
【0076】
同量のビヒクル(DMSO)又は当量のモル濃度のルテニウム(RuCl3)を用いた細胞の処置では、時間が経過しても、はっきりと検知可能なほど、細胞の生存率が低下することは無く(それぞれ、図4a及び4cを参照のこと)、該ビヒクル及び該金属の何れも、観察された[Ru(CO)3Cl22 の細胞毒性効果の原因では無かったことが示されている。
【0077】
[Mn2(CO)10](0−100μM)の場合には、完全な培養基での24時間の露光後も、平滑筋に対する重大な細胞毒性は、何も検出されなかった(データは添付されていない)。
【0078】
D.[Ru(CO)3Cl22 から放出されたCOの血管拡張効果
ラットの大動脈での、HO−1誘導が原因による、内因性のCOの増加は、血管収縮を顕著に減ずることについては、既に証明されている(非特許文献23)。金属カルボニル錯体から放出されたCOが、特定の生物活性を呼び起こしているかどうかを調査するために、我々は、まず、分離された大動脈の環状部のモデルを用いて、血管の収縮性におけるこれらの錯体の影響についての評価を行なった。
【0079】
胸大動脈の横断環状部を、オスのルイス(Lewis)・ラットから隔離し、以前に記述したように、酸素処理した37℃のKrebs-Henseleit 緩衝剤を含有した臓器槽内に、2gの張力をかけて吊り下げた(非特許文献23)。金属カルボニル(DMSOに溶解したもの − セクションBを参照のこと)の、蓄積量に対応する弛緩について、フェニレフリン(3μM)で事前に収縮させた大動脈の環状部を用いて評価した。実験対照となる環状部についても、臓器槽に同量のDMSO(ビヒクル)を加えて、同様の処置を行なった。その結果は、表1及び図5に示してある。
【0080】
図5に示されているように、[Ru(CO)3Cl22(最終的濃度は222μM)を、フェニレフリンを用いて事前に収縮させた大動脈の環状部に、連続的に加えたところ、急速且つ顕著な血管拡張(p<0.05)が誘発され、弛緩の程度は、最初に該化合物を添加した後に、既に認められた(実験対照よりも45%多い)。興味深いことには、拡張させながらの洗浄を行なった後には、フェニレフリンによって誘導された収縮は、実験対照物の場合は、完全に元に戻ったが、[Ru(CO)3Cl22 で処理された血管ではそのようなことは無かったため、この化合物には、長期持続性の効果があることが示された。
【0081】
金属カルボニルによって介在される血管拡張レスポンスは、少ない量のMb(150μM)を緩衝剤に加えた場合には、COと貪欲に結合するため、ほとんど完全に破壊された。全体的に、これらの知見は、金属カルボニルから放出されたCOには、血管に作用する特性を有している事実と矛盾がない。
【0082】
[Ru(CO)3 Cl22 に比べると、効果は少ないことが認められるが、表1に示されているように、[Ru(CO)2(DMSO)2 Cl2]も、血管拡張効果を招来していた。興味深いことに、[Ru(CO)3 Cl2(シトシン)]は、この実験を行なっている時間の間には、何の効果も見せなかったが、[Ru(CO)3 (グリシナト)Cl]は、MbCOの検査で検出された高度のCO放出と矛盾しない、顕著な血管拡張効果を誘導した。注目すべき点は、ミオグロビンに対して、検出可能なCOを放出しなかった[Fe(SPh)2(2,2’−ビピリジン)(CO)2]も、血管弛緩を促進させる点で効果的であった。一方、[Fe(SPh)2(H2NCH2CH2NH2)(CO)2]の効果は、これほど顕著ではなかった。
【0083】
【表1】

【0084】
COは、cGMPの発生量が増えることにより、情報伝達のメカニズムを調節すると考えられているため、我々は、血管収縮性における、グアニル酸シクラーゼ(ODQ、10μM)の選択的な阻害剤の効果についての調査を行なった。予期した通り、ODQは、[Ru(CO)3 Cl22 の最初の二回の添加の後に、観察された血管拡張を、著しく減少させた。しかし、興味深いことに、[Ru(CO)3 Cl22 の三回目の添加では、ODQが存在するにも関わらず、実質的な血管拡張作用を誘導した。従って、グアニル酸シクラーゼ−cGMP経路が、この金属カルボニル錯体によって生ずる弛緩には、関わっていると考えられる。
【0085】
E.ラットの組織におけるヘムオキシゲナーゼの発現
以下の実験の背景として、我々は、ヘミンを用いて動物を治療することにより、内因的にCOの生産を刺激する効果について示すため、下記の手順を行なった。
【0086】
免疫組織化学的分析のため、心筋の切片(5μm厚)が、内因性のペルオキシターゼ活性を防ぐためメタノール中で0.3%のH22にて処理された。HO−1(1:1000 希釈)に対するウサギの多クローン抗体を用いて、免疫組織化学的染色を実施した(非特許文献23)。茶色の色が発生したため、HO−1が存在していることが示された。ノーザンブロット(Northern blot)分析のため、心臓の組織が液体窒素下において乳鉢で潰し、グアニジニウムチオシアネートを溶解した緩衝剤の中に吊るした。その後、チョムシンキ(Chomczynki)及びサッチ(Sacchi)の文献(参考文献49)に記載された方法による修飾を用いてRNAを全て抽出した。RNAは、2.2Mのホルムアルデヒドを含有する1.3%の変性アガロースゲル上で走らせ、一晩かけてナイロン膜へと移動させた。この膜は、前述のようにラットHO−1に対する[α−32P]dCTPとラベルされたcDNAプローブ、GPADH遺伝子、並びに濃度計を用いて分析された帯状組織を用いて交雑された(非特許文献23、参考文献50)。
【0087】
ビヒクル(実験対照)又はヘミン(75μmol/kg,i.p.)を用いた処理の後、24時間で、ルイス・ラットから心臓を取り除き、HO−1における免疫染色 (immunostaining) についての評価を行なった。ノーザンブロット分析のため、ラットをヘミン(75μmol/kg,i.p.)を用いて処理し、HO−1 mRNAのレベル(+ve,陽性の対照(positive control)) を評価するため、異なる時点で心臓の除去を行なった。
【0088】
図7は、HO−1たんぱく質(7a)及びmRNA(7b)が、ヘミン処理後24時間で心臓内で高度に発現したことを示している。興味深いことには、HO−1たんぱく質に対する免疫染色は、初めは心筋の血管に限られているのである(図7a、右パネル)。
【0089】
F.潅流を行なった心臓における金属カルボニルによる血管収縮の弱化
金属カルボニルの、血管活動に対する、生体内での生物学的活性を測定するため、追加的実験を行い、隔離したラットの心臓の冠動脈潅流圧(CPP)の変化に対する影響を調査することにより、HO−1によって誘発されたCOとの比較を行なった。
【0090】
当グループにて以前に記載された方法により、オスのルイス・ラット(300−350g)を用いて、ランゲンドルフ(Langendorff)心臓を準備した(参考文献35)。心臓は、刺激され、大動脈にカニューレを挿入し、Kregs-Henseleit緩衝剤(mM:119NaCl、4.7KCl、2.5CaCl2、1.66MgSO4、24.9NaHCO3、1.18KH2PO4、5.55グルコース、2.00ピルビン酸ナトリウム、0.5EGTA)を用いて、95%のO2及び5%のCO2にて37℃(pH7.4)で泡立たせることで、15ml/分の一定の逆行性の潅流を形成した。冠状動脈の収縮性を示すパラメータである冠動脈潅流圧(CPP)を、大動脈カニューレに接続した圧力変換器によって連続的に測定し、Acknowledge Software(BIOPAC System Inc.)を用いてデータの分析を行なった。
【0091】
実験対照用のラット(ビヒクル処理)又は、ヘムオキシゲナーゼ−1を誘発するヘミン(75μmol/kg、i.p)にて前日に前もって処置しておいたその他の動物を、始めにランゲンドルフ装置上で20分間均衡に保った後、L−NAME(最終濃度 25μM)を用いて潅流を行うことで、血管収縮を顕在させた。L−NAMEによるCPPの増加範囲についても、心臓刺激の1時間前にヘムオキシゲナーゼ抑制剤(SnPPIX、40μmol/kg)を受け、ヘミンで処置した動物、及び[Mn2(CO)10](最終濃度 13μM)を追加した緩衝剤にて潅流を行なった実験対照の心臓について、時間内に監視を行なった。[Mn2(CO)10]は、光解離によってのみ、COを放出するため、[Mn2(CO)10]を含有するKrebs緩衝剤は、大動脈のカニューレに挿入する直前に冷光源に露光した。
【0092】
血管収縮は、L−NAMEを用いた潅流によって、時間内に測定されたCPPの増加の程度、誘発された。図6に示されているように、L−NAMEは、時間に応じてCPPの増加を引き起し、これは30分後に最高(3倍)に達した。注目すべき点は、光による刺激を行なった心臓の潅流[Mn2(CO)10](13μM)により、血管の収縮は著しく遅れ、潅流の終わり頃にはCPPをかなり低いレベルに保っていた。[Mn2(CO)10]を含有する緩衝剤を光に露光しない場合、つまりCOによって誘発される放出の工程が省かれる場合には、L−NAMEを媒介とする収縮の程度には影響が現れず(データは添付されていない)、更に、塩化マンガナーゼを用いた潅流の陰性の対照(negative control)は、心筋のCPPに、何ら影響を及ぼすことは無かった(データは添付されていない)。
【0093】
[Mn2(CO)10]を用いて観察された影響は、心臓の組織のHO−1をヘミンによって事前に処置することによる誘発でも、同様に再現することができた。ヘミンを用いたラットの処置によって、内因的に発生したCOと等モルの、心臓のビリルビンの生産量が増加することについては、以前に報告があった(参考文献35)。ヘミンで処置した心臓における、L−NAMEによって媒介されたCPPの増加量は、[Mn2(CO)10]を用いて生産された場合と同様に、著しく弱められた(p<0.05)(図6)。これから予測すると、ヘミンの効果は、ヘムオキシゲナーゼ抑制剤である、プロトポルフィリンスズIX(SnPPIX)によって、完全に逆転するということである。従って、HO−1/COの経路の血管作用は、[Mn2(CO)10]によって、模擬実験することができる。
【0094】
結果は、6回の独立した実験の平均値±標準誤差である。ビヒクルで処置したグループ(実験対照)に対して、*p<0.05。
【0095】
G.動物による研究
HO−1によって放出されたCOも、生体内で、急性の高血圧を防ぐということについては、これまでに報告があるため(参考文献40)、動物の平均大動脈圧の調節において、金属カルボニルの有効性を試験する実験を行なった。
【0096】
ルイス・ラット(280−350g)に、1ml/kgのヒプノーム(Hypnorm)(フェンタニール 0.315mg/ml及びフルアニソン 10mg/ml)を筋肉注射し、その5分後に5mg/kgのジアゼパムを腹膜内に注射することで、麻酔をかけた。次いで、特別に設計した、大腿部の動脈及び静脈カテーテルを、前述のように、手術によって移植した(参考文献40)。動脈のカニューレは、グラス(Grass)圧力変換器に接続し、ポリグラフレコーダーを用いて、連続的に血圧の測定を行なった。実験は、麻酔をかけた動物に対して行い、手術の工程の30分以内に記録を行なった。
【0097】
血圧を観察する24時間前に、ヘミン(75μmol/kg,i.p.)を用いて前もって処置した実験対照のラット(ビヒクルにて処置)及び動物に、平均大動脈圧の増加を顕在させるため、30μmol/kgのL−NAMEを静脈注射にて投与を行なった。また、L−NAMEによる血圧上昇の程度についても、SnPPIX(40μmol/kg,i.p.)を受けた、ヘミンで処置した動物について、一定時間観察した。実験対照のラットには、事前に、[Ru(CO)3 Cl22(60μmol/kg,i.v.)の注射を行なった。これらの2つのグループにおいて、SnPPIX又は[Ru(CO)3 Cl22 を、L−NAME注射の1時間前に、動物に投与した。その結果は、図8に示してある。
【0098】
ラットにおけるL−NAMEの静脈注射によって、血圧が急激に且つ著しく上昇した(p<0.05)。この効果は、L−NAMEの投与の前に、[Ru(CO)3Cl22 を一回注入する動物の予備処置によって、著しく抑制された。更に、隔離した心臓における冠動脈の収縮に基づくデータと類似して、ヘミンを用いて動物を処置することによって、L−NAMEを媒介とする高血圧の反応は著しく抑制される結果となり、ここでも、SnPPIXのヘムオキシゲナーゼの経路の封鎖によって、逆になった。結果は、5回の独立した試験の平均値±標準誤差である。ビヒクルにて処置したグループ(実験対照)に対して*p<0.05。集めると、これらの生体内での発見は、金属カルボニルが、COを運び、放出する能力を通じて、一貫した、且つ再現可能な生物学的活性を有していることを証明している。
【0099】
H.CO放出に関する更なる研究
上記セクションAの、ミオグロビン分析の工程を、その他の多くの金属カルボニル錯体に対して実施し、COの放出量及びCO放出の動力学の情報を決定した。組成物及び結果については、図9a乃至図9fで、表にしてある。この組成物には、セクションAでも試験した[Ru(CO)3 Cl22、及びそれに関連の錯体が含まれる。便宜上、出願人の内部用の参照番号を用いている。
【0100】
図9a乃至図9fのデータを得るため、カルボニル化合物(CO−RMs)を、水又はDMSOに可溶し、即座に、リン酸緩衝液(pH=7.4)のミオグロビン溶液(66μM)に加えた。各CO−RM毎に、2種類の濃度(20及び40μM)について、試験を行ない、ミオグロビンから一酸化炭素ミオグロビン(MbCO)への転化について、異なった時間帯(0、10、20、及び30分)に、分光光度計にて測定した。MW=分子量である。PPTは、形成された沈殿物である。N.D.=検知不能(not detectable)である。
【0101】
セクションA、及び図9a乃至9fにおけるCO放出データは、配位子の選択によって、放出量及び放出率の両方において、COの放出が調節されるため、放出特性を選択することができるようになるわけだが、これは、特定の生物学的効果を目標とする際に重要なことである。
【0102】
I.麻酔をかけたラットにおける、全身系の血圧及び心拍数に対する、CO−RM−3(Ru(CO)3 Cl(グリシナト))の効果
大人のオスのSprague-Dawleyラット(280−350g、8−10週齢)を、Northwick Park Institute for Medical Research (Harrow, UK)において、屋内で育てた。ラットは、昼/夜の12時間のサイクルとなっているケージの中に3つのグループで入れ、飲料水は自由に取りに行けるようにし、えさも任意に食べられるようにした。全ての外科的な工程は、英国内務省の規定(U.K. Home Office regulation)に従って、行なった。ラットには、マスク上に移行させる前に、ポリカーボネートのチャンバー内で、酸素中でEnfluraneTM(Abbot, UK)の流れの中で、麻酔器(anaesthetic machine)(Airmed, UK)を用いて麻酔をかけ 、実験中を通して連続的にEnfluraneTM を与えた。この外科的工程の間、これらのラットの体温は、手術を行なう面の下に置いたヒートパッドによって、37℃に一定に保たれた。その後、前述のように、外科的処置により、特別に設計された大腿部の動脈及び静脈のカテーテルを手術にて移植した(参考文献40)。平均大動脈圧(MAP)及び心拍数(HP)を観察する為、動脈に入れたカテーテルは、ルアーコネクター (luer connector)及び三方タップを通じて圧力変換器(Gould model P23ID Statham, USA) に接続した。専用の尾部血圧計バンド付き変圧計(tail-cuff pressure transducer) (ADInstruments, UK)も、ラットの尻尾及び圧力変換器の上に配置し、尾部血圧計を、事前にミリメートルHg(mmHg)にて目盛設定したポリグラフレコーダーに接続した (Grass Model 7D, Astra-med, UK)。アナログ出力にて、コンピュータベースのデータ収集システム(PowerLabTM, ADInstruments, UK) 用のデータを得た。コンピュータベースのシステムは、平均大動脈圧(MAP)をmmHgにて、及び心拍数(HR)を心拍数/分(bpm)にて、実験の時間を通じて記録するようにセットした。手術後の20分間は、麻酔の供給を調節する時間として割り当て、そうすることで、各動物が、約80mmHg(n=16、平均=81.5mmHg)の安定した静止MAPを有するようにした。ひとたび、安定した圧力に達すると、各カテーテルには、塩水を含んだヘパリンが流され、それ以上の変化は、麻酔の供給には起きなかった。塩水中で化合物を可溶化することにより、20、60、及び120μ moles.ml-1 のストック溶液中で、(Ru(CO)3 Cl(グリシナト)(CO−RM−3)を調製した。シス−RuCl2(DMSO)4 は、如何なるカルボニル基も含んでいないものであるが、「陰性の対照 (negative contorl)」として用いられた。その後、大腿部の血管のカテーテルを通じて、CO−RM−3(若しくは陰性の対照)を、巨丸薬として、動物に注入することにより、最終的な注入濃度が、体重に対して10、30、又は60μ moles.kg-1となるようにした。実験全体を通じて、MAP及びHRが、連続的に記録され、観察された。10、30、又は60μ moles.kg-1 の濃度にて、各動物に注入したとはいえども、結果的に動物体内の濃度は累積されている。従って、動物の体内で最終的に到達した濃度は、それぞれ、10、40、又は100μ moles.kg-1 であった。
【0103】
この結果は、表2に示されており、ここで示されているデータは、ベースライン(化合物の注入の直前)、及び10、30、又は60μ moles.kg-1 を注入した直後に得られたサンプルについて示している。全てのデータは、平均値±標準誤差である。n=3回の独立した実験である。ベースラインに対し、*p<0.05である。
【0104】
シス−RuCl2(DMSO)4(実験対照)は、使用した何れの濃度(10、30、又は60μ moles.kg-1)の場合にも、HR又はMAPの何れに対しても、著しい効果は見せなかった。シス−RuCl2(DMSO)4 の最終的な注入(60μ moles.kg-1)の後にも、ベースラインの測定値(MAPが80±2mmHg、HPが257±7bpm)と比べ、MAP(81±4mmHg)及びHR(256±9bpm)は、十分に維持されていた。該化合物の各巨丸薬を投与している間、MAPには、わずかな増加(5.5±1mmHg)が見られた。しかし、この効果は、挿入の工程中に塩水を注入した際にも発生したため、体積の増加にも関連していると考えられる。対照的に、Ru(CO)3 Cl(グリシナト)の投与は、濃度に応じて一時的にMAPが減少した後、10分間の間、ベースラインに戻り、10、30、及び60μmoles.kg-1 の巨丸薬の注入により、それぞれ、6±2、8±3、及び14±0.3(p<0.05)mmHgの減少となった。前記の場合と同様に、ベースライン(270±20bpm)と比較して、HRには変化が起きなかった(253±23bpm)。これらのデータは、CO−RM−3から遊離したCOは、血圧を調節することが可能で、急性及び慢性の高血圧性の反応を生体内で治療するために用いることが可能であることを示している。これらのデータは、活性化したヘムオキシゲナーゼ−1によって生み出された、内因性のCOが、強力な血管拡張神経薬であり、急性の高血圧を、生体内で抑圧するとの証拠と、相似するものである(非特許文献23、参考文献40)
【0105】
【表2】

【0106】
J. マウスにおける、心臓移植による拒絶反応に対するRu(CO)3 Cl(グリシナト)の影響
オスのBALB/cマウス(25−30g)の心臓が、オスのCBAマウス(25−30g)に移植を行なうための、ドナー臓器として用いた。これらのマウスは、昼/夜の12時間サイクルの下、ケージ内に3つのグループで入れられ、飲料水は自由に取りに行けるようにされ、えさも任意に食べられるようにした。全ての外科的な工程は、英国内務省の規定に従って行なった。動物には、全工程中、ケタミン/キシラジン (ketamine/xylazine)を腹膜内に注射して、麻酔をかけた。外科的技術は、前述のように、受容体の頚部への心臓の同種移植片を含むものであった(参考文献51)。移植片の生存状態について、毎日触診によって評価し、心室の収縮停止により、拒絶反応を診断した。
【0107】
Ru(CO)3 Cl(グリシナト)を、0.1mlの塩水に溶解し、腹膜内に投与した。用量は、全て、Ru(CO)3 Cl(グリシナト)の40mg/kgであった。ドナーは、Ru(CO)3 Cl(グリシナト)を、心臓の採集の1日前及び15分前の、合計二回の用量の投与を受けた。受容体は、Ru(CO)3 Cl(グリシナト)を、手術の1日前、心臓再潅流の30分前、及び移植の1時間後(0日目)に、用量の投与を受けた。その後、移植片の受容体には、手術後の第一日目から第八日目(この日を含む)までの間、Ru(CO)3 Cl(グリシナト)の一日量を毎日投与した。実験対照のグループでは、受容体には、同量の塩水(ビヒクル)を、心臓移植の一日前、及び一日毎に(第一日目から第八日目まで)投与した。移植の直後に、痛み止めのため、カルプロフェン (carprofen)(0.01mg)を、該当する動物全てに、皮下より与えた。この研究の結果は、図10に示されている。各グループ毎にn=5。実験対照に比べて、*p<0.002。塩水での治療の後CBAマウスに移植されたBALB/cの心臓(実験対照のグループ)では、非常に頻繁に、拒絶反応が起きた。それらの心臓の100%が、移植後9日以内に脈を停止した。対照的に、Ru(CO)3 Cl(グリシナト)を投与したマウスに移植した心臓の生存時間は、これよりも著しく長く(p<0.002)、これらの心臓の100%が、移植後18日たっても、脈を打ち続けていた。心臓移植から25日後になっても、Ru(CO)3 Cl(グリシナト)で処置したマウスのうちの60%は、何の拒絶反応も見せず(p<0.002)、30日目になっても、移植された心臓の40%が、生存していた。これらのデータは、Ru(CO)3 Cl(グリシナト)が、ネズミ科の動物の心臓移植片の生存時間を延長させ、臓器の拒絶反応を減らす為に、非常に効果的であることを示している。この結果は、最近発行された、マウスからラットへの心臓移植のモデルにおいて、COガス(吸入による)で処置したマウスが、移植片の拒絶反応に対する影響を、他の場合よりもかなり受けにくいことを示すレポートの内容に相似している(参考文献51)。
【0108】
COの放出及び血管緊張低下に関する上記の知見に基づき、本セクションのデータは、カルボニル錯体から放出されたCOが、抗拒絶反応の過程を調整することを示している。
【0109】
K.内毒素の攻撃に続く、大食細胞内の一酸化窒素の生成に対するRu(CO)3 Cl(グリシナト)の影響
哺乳類の体内で、構成性(nNOS並びにeNOS)及び誘引性(iNOS)のNOシンターゼ (synthase) 酵素の族にて発生せしめられる、信号分子の一酸化窒素(NO)は、心臓血管、神経、及び免疫システム内で起こる、生理学的並びに病態生理学的な様々な過程において、重要な調節の役割を果たしている(参考文献52)。NOの過剰生産は、感染、炎症、及び癌に対する宿主防衛において、強力な細胞毒の武器として確立されてきた。シトキン、エンドトキシン(内毒素)若しくはリポ多糖類(LPS)、又は無酸素基 (oxygen free radical) 若しくはその他のストレスの多い刺激によって、好適当に誘引された時、活性化したiNOSから、かなりの量のNOが発生され得る(参考文献53)。特に、大食細胞は、iNOSを高度に発現し、そして重要な細胞増殖抑制性/殺菌の活動を調整するために過度の量のNOを発生可能であるため、炎症前の刺激に対する特定の目標である。未発表のデータから、ヘムオキシゲナーゼ−1(HO−1)/ビリルビン/CO経路の誘引が、NOの過剰生産によって顕在化される、心身に有害な作用に対する、調節力に対抗するシステムを表していることが、仮定される。特に、CO及びビリルビンは、NOS活性の抑制剤として行動することによってNOの発生を阻害し、またNOのスカベンジャーになり得るものである。COガスは、様々な組織においてNOS活性を抑制することが示されており(参考文献54)、ビリルビンは、直接にNO及びNO関連の種と相互作用し得ることが、指摘されている(参考文献55)。
【0110】
本研究は、内毒素によって刺激された大食細胞からのNO生産に関し、Ru(CO)3 Cl(グリシナト)(CO−RM−3)の効果について評価するために、実施された。マウスRAW264.7大食細胞は、DMEM媒体を用いて、24個のウェル(well)の中で培養された。融合性の細胞は、大腸菌リポ多糖類(LPS、3μg/ml)と共に、CO−RM−3(10、50及び100μM)の増大した濃度の存在下、及び非存在下で、24時間培養された。実験対照の細胞用には、培養基のみを用いた。この培養基内の亜硝酸塩は、NO生産量の指標として、グリース試薬法(Griess reagent method)を用いて測定した(参考文献56)。細胞の生存性についても、参考文献47に記載の、様々な薬剤を用いた処置から24時間後に、大食細胞内にて評価を行なった。LPSを用いた大食細胞の処置は、24時間の培養の後、亜硝酸塩のレベルを著しく増加させた(p<0.05)(図11を参照のこと。この棒グラフは、6回の独立した実験の平均値±標準誤差を示している。実験対照に対して、*p<0.05、LPSに対して†p<0.05)。CO−RM−3が存在することにより、亜硝酸塩の発生は、濃度に従って著しく弱められた。図12に示されているように(この棒グラフは、6回の独立した実験の平均値±標準誤差を示している。)、培養期間の終わりにも、毒性の作用は観察されなかったため、これらの投与は細胞の生存能力には影響を及ぼしていないことになる。
【0111】
これらのデータは、CO−RM−3からのCOの放出能力は、iNOSに誘導されたNOの生産を抑制することにより、大食細胞内の炎症反応を防ぐということを示している。更に、そしてCO−RM−3に示される、血圧及び心臓の移植片の拒絶反応に対する有益な効果と合わせることにより、これらの結果は、水溶性のCOのキャリヤを、血管及び炎症に関連する病理学的状態の調整のために、治療目的に適用できる可能性があることを示している。
【0112】
L.合成
CO放出のための試験を行なった図9a乃至図9fの化合物を得るための合成方法について、以下に記す。生成物の純度については、詳細な調査に調べていない。立体異性体が存在することが予想される。
【0113】
Ru(CO)3 Cl(NH2CH2[CH2SH]CO2)[MR 340.5]の調製
L−システイン錯体。参照番号:CO−RM−26
[Ru(CO)3 Cl22(0.129g、0.25mmol)及びL−システイン(0.039g、0.50mmol)を、丸底フラスコの中で、窒素下に置いた。メタノール(75cm3)及びナトリウムエトキシド(0.034g、0.50mmol)を加え、18時間攪拌することで、反応が起きるようにした。その後、圧力をかけて、この溶媒を取り除き、その黄色の残留物を、再度THFに溶解して、フィルターで濾過し、過剰の40−60の軽油を加えた。この黄色の溶液を蒸発させて、オレンジ色の固体(0.120g、70%)を得た。
【0114】
Ru(CO)3 Cl(NH2CH2CO2)[MR 294.5]の調製
グリシン錯体。参照番号CO−RM−3。
[Ru(CO)3 Cl2 ]2(0.129g、0.25mmol)及びグリシン(0.039g、0.50mmol)を、丸底フラスコの中で、窒素下に置いた。メタノール(75cm3)及びナトリウムエトキシド(0.034g、0.50mmol)を加え、18時間攪拌することで、反応が起きるようにした。その後、圧力をかけて、この溶媒を取り除き、その黄色の残留物を、再度THFに溶解して、フィルターで濾過し、過剰の40−60の軽油を加えた。この黄色の溶液を蒸発させて、薄い黄色の固体(0.142g、96%)を得た。
【0115】
Ru(CO)3 Cl(NH2CH[CHMeCH2CH3}CO2)[MR 350.5]の調製
DL−イソロイシン錯体。参照番号:CO−RM−38。
[Ru(CO)3 Cl2 2(0.129g、0.25mmol)及びDL−イソロイシン(0.066g、0.50mmol)を、丸底フラスコの中で、窒素下に置いた。メタノール(75cm3)及びナトリウムエトキシド(0.034g、0.50mmol)を加え、18時間攪拌することで、反応が起きるようにした。その後、圧力をかけて、この溶媒を取り除き、その黄色の残留物を、再度THFに溶解し、フィルターで濾過し、過剰の40−60の軽油を加えた。この黄色の溶液を蒸発させて、黄色の固体(0.086g、49%)を得た。
【0116】
Ru(CO)3 Cl(NH2CH[CH2OH}CO2)[MR 324.5]の調製
L−セリン錯体。参照番号:CO−RM−39。
[Ru(CO)3 Cl22(0.129g、0.25mmol)及びL−セリン(0.053g、0.50mmol)を、丸底フラスコの中で、窒素下に置いた。メタノール(75cm3)及びナトリウムエトキシド(0.034g、0.50mmol)を加え、18時間攪拌することで、反応が起きるようにした。その後、圧力をかけて、この溶媒を取り除き、その黄色の残留物を、再度THFに溶解して、フィルターで濾過し、過剰の40−60の軽油を加えた。この黄色の溶液を蒸発させて、薄い黄色の固体(0.095g、59%)を得た。
【0117】
Ru(CO)3 Cl(NH2CH[CH3}CO2)[MR 308.5]の調製
L−アラニン錯体。参照番号:CO−RM−40。
[Ru(CO)3 Cl22(0.129g、0.25mmol)及びL−アラニン(0.045g、0.50mmol)を、丸底フラスコの中で、窒素下に置いた。メタノール(75cm3)及びナトリウムエトキシド(0.034g、0.50mmol)を加え、18時間攪拌することで、反応が起きるようにした。その後、圧力をかけて、この溶媒を取り除き、その黄色の残留物を、再度THFに溶解して、フィルターで濾過し、過剰の40−60の軽油を加えた。その溶液を蒸発させて、オレンジ色の固体(0.145g、94%)を得た。
【0118】
Ru(CO)3 Cl(NH2CH[CH2CH2CONH2}CO2)[MR 365.5]の調製
L−グルタミン錯体。参照番号:CO−RM−42。
[Ru(CO)3 Cl22(0.129g、0.25mmol)及びL−グルタミン(0.073g、0.50mmol)を、丸底フラスコの中で、窒素下に置いた。メタノール(75cm3)及びナトリウムエトキシド(0.034g、0.50mmol)を加え、18時間攪拌することで、反応を行なった。その後、圧力をかけて、この溶媒を取り除き、その黄色の残留物を、再度THFに溶解して、フィルターで濾過した。その溶液を蒸発させて、黄色のオイルを得、更に高度の真空下で固化させて薄い黄色の固体(0.170g、93%)を得た。
【0119】
Ru(CO)3 Cl(NH2CH[CH2CH2NHC(=NH)NH2}CO2)[MR 393.5]の調製
L−アルギニン錯体。参照番号:CO−RM−43。
[Ru(CO)3 Cl22(0.129g、0.25mmol)及びL−アルギニン(0.087g、0.50mmol)を、丸底フラスコの中で、窒素下に置いた。メタノール(75cm3)及びナトリウムエトキシド(0.034g、0.50mmol)を加え、18時間攪拌することで、反応が起きるようにした。その後、圧力をかけて、この溶媒を取り除き、その黄色の残留物を、再度THF/MeOH(4:1)に溶解して、フィルターで濾過した。その溶液を蒸発させて、オレンジ色の固体(0.185g、94%)を得た。
【0120】
Ru(CO)3 Cl(NH2CH[CH2CH2CH2CH2NH2]CO2)[MR 365.5]の調製
L−リジン錯体。参照番号:CO−RM−46。
[Ru(CO)3 Cl2 2(0.129g、0.25mmol)及びL−リジン(0.073g、0.50mmol)を、丸底フラスコの中で、窒素下に置いた。メタノール(75cm3)及びナトリウムエトキシド(0.034g、0.50mmol)を加え、18時間攪拌することで、反応が起きるようにした。その後、圧力をかけて、この溶媒を取り除き、その黄色の残留物を、再度THF/MeOH(3:1)に溶解して、フィルターで濾過した。その溶液を蒸発させて、黄色のオイルを得、更に高度の真空下で固化させて、オレンジ色の固体(0.163g、89%)を得た。
【0121】
Ru(CO)3 Cl(NH2CH[CH(CH3)2]CO2)[MR 336.5]の調製
L−バリン錯体。参照番号:CO−RM−67。
[Ru(CO)3 Cl22(0.129g、0.25mmol)及びL−バリン(0.059g、0.50mmol)を、丸底フラスコの中で、窒素下に置いた。メタノール(75cm3)及びナトリウムエトキシド(0.034g、0.50mmol)を加え、18時間攪拌することで、反応が起きるようにした。その後、圧力をかけて、この溶媒を取り除き、その黄色の残留物を、再度THFに溶解して、フィルターで濾過し、過剰の40−60の軽油を加えた。その溶液を蒸発させて、白色の固体(0.114g、68%)を得た。
【0122】
Ru(CO)3 Cl(NH2CH[CH(OH)CH3}CO2)[MR 338.5]の調製
L−スレオニン錯体。参照番号:CO−RM−74。
[Ru(CO)3 Cl2 2(1.129g、0.25mmol)及びL−スレオニン(0.060g、0.50mmol)を、丸底フラスコの中で、窒素下に置いた。メタノール(75cm3)及びナトリウムエトキシド(0.034g、0.50mmol)を加え、18時間攪拌することで、反応が起きるようにした。その後、圧力をかけて、この溶媒を取り除き、その黄色の残留物を、再度THFに溶解して、フィルターで濾過し、過剰の40−60の軽油を加えた。その溶液を蒸発させて、白色の固体(0.149g、88%)を得た。
【0123】
[Fe(g−C55)(CO)3 ]Cl[MR 240.5]の調製
参照番号:CO−RM−70。
シュレンクチューブ(Schlenk tube)内で、窒素下、金属ナトリウム(2.04g)を水銀(18cm3)に溶解することにより、ナトリウムアマルガムを調製した。これを、室温まで冷まし、テトラヒドロフラン(40cm3)を加えた。その後、テトラヒドロフラン(60cm3)中の[FeCp(CO)2 2(7.08g、20.3mmol)を加え、そして45分間、フラスコを激しく振った。
【0124】
その後、窒素でパージした、大きいサイズの三つ口フラスコの中に、THF(300cm3)及びエチルクロロホルメート(40mmol、4.34g、3.84cm3)を入れ、0℃に冷却した。次いで、分割された (cleaved) 二量体の赤味がかった黄色の溶液を、丸底フラスコに移し、体積が凝縮する前に、低温で1時間攪拌した。赤茶色の残留物を、ベンゼン(5x20cm3)で抽出した後、その抽出物をフィルターで濾過し、その溶液に15分間HClガスを吹き込んだ。直ちに、沈殿が観察され、その溶液の容量は減少した。オレンジ色の沈殿物を集め、ジエチルエーテル(20cm3)を用いて洗浄した後、乾燥させた(4.84g、50%)。
【0125】
[Fe(g−C55)(CO)3 ]PF6[MR 350]の調製
参照番号:CO−RM−71。
[Fe(g−C55)(CO)3 ]Cl(3.00g、12.5mmol)を、水(50cm3)に溶解し、そして水(50cm3)に入れたヘキサフロロリン酸ナトリウム(2.00g、leq)を加えた。即座に、オレンジ色の沈殿物が形成された。この反応を15分間攪拌して行い、吸気下に、オレンジ色の沈殿物を採集した(3.04g、70%)。
【0126】
Ru(CO)3 Cl2(グアノシン)[MR 540]の調製
参照番号:CO−RM−17。
[Ru(CO)3 Cl2 2(0.129g、0.25mmol)及びグアノシン(0.142g、0.50mmol)を、窒素下に丸底フラスコ内に置いた。メタノール(75cm3)を加え、18時間攪拌することで、反応が起きるようにした。この溶液をフィルターで濾過し、約10cm3になるまで体積を減らした。過剰のジエチルエーテルを加え、白色の沈殿物が形成されるように、フリーザーの中に一晩置いた。その溶媒を、ピペットで取り、白色の固体を残して、それを高真空度下で乾燥した(0.130g、48%)。
【0127】
[Ru(CO)3 Cl(グアノシン)2 ]/Cl[MR 824]の調製
参照番号:CO−RM−18。
[Ru(CO)3 Cl2 2(0.129g、0.25mmol)及びグアノシン(0.284g、1.00mmol)を、丸底フラスコの中で、窒素下に置いた。メタノール(75cm3)を加え、18時間攪拌することで、反応が起きるようにした。そして、その溶液をフィルターで濾過し、約10cm3 に体積を減らした。過剰のジエチルエーテルを加え、白色の沈殿物が形成されるように、フリーザーの中に一晩置いた。かかる溶媒を、ピペットで取り去り、白色の固体を残し、そしてそれを高真空下で乾燥した(0.220g、53%)。
【0128】
Ru(CO)3 Cl2(トリアセチル−グアノシン)[MR 666]の調製
参照番号:CO−RM−29。
[Ru(CO)3 Cl2 2(0.129g、0.25mmol)及び2,3,5−トリアセチルグアノシン(0.205g、0.50mmol)を、丸底フラスコの中で、窒素下に置いた。メタノール(75cm3)を加え、18時間攪拌することで、反応が起きるようにした。それから、その溶液をフィルターで濾過し、約10cm3になるまで体積を減らした。過剰のジエチルエーテルを加え、白色の沈殿物が形成されるように、フリーザーの中に一晩置いた。そして、その溶媒を、ピペットで取り去り、白色の固体を残し、そしてそれを高真空下で乾燥した(0.212g、63%)。
【0129】
Ru(CO)3 Cl2(グアニン)[MR 408]の調製
参照番号:CO−RM−22。
[Ru(CO)3 Cl2 2(0.129g、0.25mmol)及びグアニン(0.076g、0.50mmol)を、丸底フラスコの中で、窒素下に置いた。テトラヒドロフラン(75cm3)を加え、18時間攪拌することで、反応が起きるようにした。それから、その溶液をフィルターで濾過し、約10cm3になるまで体積を減らした。過剰の40−60の軽油を加え、沈殿物が形成されるように、フリーザーの中に一晩置いた。その溶媒を、ピペットで取り去り、薄い黄色の固体を残し、そしてそれを高真空下で乾燥した(0.082g、39%)。
【0130】
[Ru(CO)3 Cl(グアニン)2]Cl[MR 558]の調製
参照番号:CO−RM−23。
[Ru(CO)3 Cl2 2(0.129g、0.25mmol)及びグアニン(0.152g、1.00mmol)を、丸底フラスコの中で、窒素下に置いた。テトラヒドロフラン(75cm3)を加え、18時間攪拌することで、反応が起きるようにした。この溶液をフィルターで濾過し、約10cm3 になるまで体積を減らした。過剰の40−60の軽油を加え、沈殿物が形成されるように、フリーザーの中に一晩置いた。その溶媒を、ピペットで取り去り、クリーム色の固体を残し、そしてそれを高真空下で乾燥した(0.170g、61%)。
【0131】
fac−RuCl2(CO)3(THF)[MR 328]の調製
参照番号:CO−RM−11。
[Ru(CO)3 Cl22 (0.380g、0.74mmol)及びテトラヒドロフラン(5cm3)を、円錐形のフラスコに入れ、そしてその黄色の溶液を、15分間攪拌した。その後、かかる溶媒を、減圧下で除去して、黄色の油を残し、そしてそれを静置して、凝固させた。そこに、ジエチルエーテル(20cm3)を加えて超音波分解し、白色の沈殿物と黄色の溶液ができるようにした。固形物を集め、真空下で乾燥させた(0.134g、28%)。
【0132】
[RuCl2 (CO)2 n [MR 不明]の調製
参照番号:CO−RM−10。
RuCl3 xH2O(5.00g)、濃塩酸(25cm3)、及び蟻酸(25cm3)を、三つ口の丸底フラスコの中に入れ、その混合物を、18時間還流させた。そして、その黄色い透明な溶液の体積を、黄色/オレンジ色の沈殿物が残るようになるまで減らした。この沈殿物を、ソックスレー濾紙(Soxhlet thimble) に移し、メタノールを用いて一晩抽出を行なった。そして、その溶液の体積を減らして、オレンジ色の油を残し、そしてそれを高真空下で固化させ、オレンジ色の沈殿物(5.30g)を得た。
【0133】
Ru(CO)3(O[CH2CO2]2)[MR 317]の調製
ジグリコール酸錯体。参照番号:CO−RM−99。
[Ru(CO)3 Cl22 (0.129g,0.25mmol)、及びジグリコール酢酸(0.067g)、0.50mmol)を、丸底フラスコの中で、窒素下に置いた。メタノール(75cm3)及びナトリウムエトキシド(0.068g、1.00mmol)を加え、18時間攪拌することで、反応が起きるようにした。その後、圧力をかけて、その溶媒を取り除き、その黄色の残留物を、再度THFに溶解して、フィルターで濾過し、過剰の40−60の軽油を加えた。この黄色の溶液を蒸発させて、白色の固体(0.142g、85%)を得た。
【0134】
Ru(CO)3(NH[CH2CO2]2)[MR 317]の調製
イミノ2酢酸錯体。参照番号:CO−RM−97。
[Ru(CO)3 Cl22 (0.129g,0.25mmol)、及びイミノ2酢酸(0.066g、0.50mmol)を、丸底フラスコの中で、窒素下に置いた。メタノール(75cm3)及びナトリウムエトキシド(0.068g、1.00mmol)を加え、18時間攪拌することで、反応が起きるようにした。その後、圧力をかけて、この溶媒を取り除き、そしてその黄色の残留物を、再度THF/MeOH(4:1)に溶解して、フィルターで濾過し、過剰の40−60の軽油を加えた。この黄色の溶液を蒸発させて、オフホワイトの固体(0.140g、89%)を得た。
【0135】
CO−RM−1a、CO−RM−1b、及びこれらの組成物の陰性の対照の合成については、参考文献57に記されている。CO−RM−16の合成については、参考文献58に記されている。
【0136】
本発明については、上記した模範的な具体例に関連付けて記載してきたが、当業者であれば、ここで開示した内容を得た時に、数多くの同様な修正や変形を加え得ることは、明らかであろう。従って、上記で示した本発明の模範的な具体例は、あくまでも例示的なものであり、本発明を限定するものでは無いことが考慮されるべきである。記載された具体例には、本発明の精神や範囲を逸脱することなく、様々な変更を加えることができるのである。
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【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属カルボニル化合物若しくはその薬学的に許容可能な塩、及び、少なくとも一つの薬学的に許容可能なキャリヤを含む、生理学的対象に一酸化炭素を放出するための薬剤組成物にして、該金属カルボニルが、以下の何れかの方法のうち少なくとも一つにより、生理学的効果に適したCOを利用可能としているものである:
1)該金属カルボニルの解離により放出されたCOが、該組成物中に、溶解形態にて存在している;
2)溶媒との接触により、該金属カルボニルがCOを放出する;
3)組織、器官又は細胞との接触により、該金属カルボニルがCOを放出する;
4)照射により、該金属カルボニルがCOを放出する。
【請求項2】
前記金属カルボニル化合物が、Fe、Mn、Ru、Rh、Ni、Mo又はCoのうち少なくとも一つと、少なくとも一つのカルボニル配位子とから成る錯体である請求項1に記載の薬剤組成物。
【請求項3】
前記金属が、CO以外の少なくとも一つの基に結合されている請求項1又は請求項2に記載の薬剤組成物。
【請求項4】
前記CO以外の基が調節的な基であり、それによって前記化合物の溶解性及び/又は該化合物からのCOの放出が調節される請求項3に記載の薬剤組成物。
【請求項5】
口、静脈、皮下、鼻、吸入、筋肉、腹膜、又は座薬を経由した投与に適合せしめられた請求項1乃至請求項4の何れかに記載の薬剤組成物。
【請求項6】
反応性成分として、式:M(CO)xy [但し、xは少なくとも1であり、yは少なくとも1であり、Mは金属であり、各Aは原子、若しくはイオン結合、共有結合、或いは配位結合によってMに結合した基であり、y>1の時、各Aは、同じ若しくは異なる物である]で表される化合物、又は、該化合物の薬学的に許容可能な塩を含有する、COを放出するための薬剤組成物。
【請求項7】
前記Mが、遷移金属である請求項6に記載の薬剤組成物。
【請求項8】
前記Aが、ハロゲン類、Mに配位結合するための孤立電子対を有するN、P、O若しくはS原子を有する基、及び共役炭素基の中から選択された請求項6又は7に記載の薬剤組成物。
【請求項9】
口、静脈、皮下、鼻、吸入、筋肉、腹膜、又は座薬を経由した投与に適合せしめられた請求項6乃至請求項8の何れかに記載の薬剤組成物。
【請求項10】
請求項1乃至9の何れかに記載の薬剤組成物を投与する工程を含む、COを生理学的に効果的な薬剤として哺乳類に導入する方法。
【請求項11】
グアニル酸シクラーゼ活性による刺激の為の請求項10に記載の方法。
【請求項12】
神経伝達若しくは血管拡張の刺激の為の、又は、高血圧、放射線障害、内毒素性ショック、炎症、炎症に関わる疾病、酸素過剰が要因の負傷、アポトーシス、癌、移植による拒絶反応、動脈硬化、虚血後の臓器障害、心筋梗塞、アンギナ、出血性ショック、セプシス、陰茎勃起性機能不全、及び成人の呼吸障害症候群の何れかの治療の為の請求項10又は請求項11に記載の方法。
【請求項13】
口、静脈、皮下、鼻、吸入、筋肉、腹膜、若しくは座薬を経由した投与の為の、生理学的に効果的な薬剤としてCOによる神経伝達若しくは血管拡張の刺激を行なう為の、又は、高血圧、放射線障害、内毒素性ショック、炎症、炎症に関わる疾病、酸素過剰が要因の負傷、アポトーシス、癌、移植による拒絶反応、動脈硬化、虚血後の臓器障害、心筋梗塞、アンギナ、出血性ショック、セプシス、陰茎勃起性機能不全、及び成人の呼吸障害症候群の何れかの治療の為の薬剤の製造における金属カルボニル化合物の使用。
【請求項14】
前記金属カルボニル化合物が、Fe、Mn、Ru、Rh、Ni、Mo又はCoのうち少なくとも一つと、少なくとも一つのカルボニル配位子とから成る錯体である請求項13に記載の使用。
【請求項15】
神経伝達若しくは血管拡張の刺激の為の、又は、高血圧、放射線障害、内毒素性ショック、炎症、炎症に関わる疾病、酸素過剰が要因の負傷、アポトーシス、癌、移植による拒絶反応、動脈硬化、虚血後の臓器障害、心筋梗塞、アンギナ、出血性ショック、セプシス、陰茎勃起性機能不全、及び成人の呼吸障害症候群の何れかの治療の為の薬剤の製造における請求項6乃至請求項8の何れかに記載の金属カルボニル化合物の使用。
【請求項16】
生存する哺乳類の器官を体外にて処置する為の方法にして、請求項6乃至請求項8の何れかに記載の薬剤組成物に該器官を接触させることを含む方法。
【請求項17】
式:M(CO)xyz [但し、MはFe、Co又はRuであり、xは少なくとも1であり、yは少なくとも1であり、zはゼロ若しくは少なくとも1であり、各Aは、CO以外の配位子であり且つMに対する一座配位子若しくは多座配位子であり且つ、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシン、バリンの如きアミノ酸、O(CH2COO)2 及びNH(CH2COO)2 の中から選択されるものであり、またBは、任意、且つ、Aがシステイン又はシステインのエステルである場合のFe(CO)xy、及びAがプロリンである場合のRu(CO)xyを除いた、CO以外の配位子である]にて表される金属カルボニル化合物。
【請求項18】
蟻酸、蟻酸塩、蟻酸エステル若しくは蟻酸アミド、蓚酸塩若しくは蓚酸エステル若しくは蓚酸アミド、又はそれらの薬学的に許容可能な塩である化合物、及び、少なくとも一つの薬学的に許容可能なキャリヤを含有し、そして該化合物が、生理学的効果に適したCOを利用可能とする、生理学的対象物に一酸化炭素を放出するための薬剤組成物。
【請求項19】
請求項18に記載の薬剤組成物を投与する段階を含む、COを哺乳類に導入するための方法。
【請求項20】
神経伝達若しくは血管拡張の刺激の為の、又は、高血圧、放射線障害、内毒素性ショック、炎症、炎症に関わる疾病、酸素過剰が要因の負傷、アポトーシス、癌、移植による拒絶反応、動脈硬化、虚血後の臓器障害、心筋梗塞、アンギナ、出血性ショック、セプシス、陰茎勃起性機能不全、及び成人の呼吸障害症候群の何れかの治療の為の、請求項19に記載の方法。


【図1】
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【図2a】
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【図2b】
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【図2c】
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【図2d】
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【図2e】
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【図2f】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9a】
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【図9b】
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【図9c】
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【図9d】
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【図9e】
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【図9f】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2009−215311(P2009−215311A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−119983(P2009−119983)
【出願日】平成21年5月18日(2009.5.18)
【分割の表示】特願2002−588992(P2002−588992)の分割
【原出願日】平成14年5月15日(2002.5.15)
【出願人】(505184609)ヘモコーム リミテッド (5)
【氏名又は名称原語表記】HEMOCORM LIMITED
【Fターム(参考)】