説明

三価クロム化成処理剤

【課題】 三価クロム化成処理液を用いた亜鉛めっきの化成処理において、化成処理液中に鉄などの金属不純物が蓄積するのを抑制し、液交換を頻繁にしなくても済むような三価クロム化成処理剤を提供することにある。
【解決手段】 三価クロム化成処理剤は、適宜の三価クロム化成処理液中にシステインやシスチンなどのアミノ酸を0.01g/L以上添加してなるものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は亜鉛めっきの後処理として施される化成処理に係り、特に三価クロムを用いた化成処理剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から鉄製品の表面に亜鉛めっきを施した後に、腐食や白錆等を防止する目的で六価クロムを用いたクロメート処理が広く行なわれてきた。ところが、最近になって、六価クロムの有害性が指摘され、その処理品を排除する動きがヨーロッパを中心として起こり、日本でもその対応に迫られている。そのため、自動車やエレクトロニクスなどの産業界では六価クロムの規制対策に本格的に着手し始めており、その代替処理の一例として毒性の少ない三価クロムを用いた化成処理法が提案されている(特許文献1)。
【0003】
しかしながら、三価クロムを用いた化成処理液は六価クロムに比べて鉄や治具として用いられる銅などの金属不純物を蓄積し易く、亜鉛めっきの耐食性に影響を与えることから、六価クロムを用いた化成処理液に比べて頻繁に液交換しなくてはならず、コストが掛かるという課題があった。
【特許文献1】特開2003−313675号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者らは鋭意研究に励んだ結果、三価クロムを用いた化成処理液の中に適量のアミノ酸を添加することによって、化成処理液中への鉄の溶解を抑制する効果があることを見出した。そこで、本発明が解決しようとする課題は、鉄や銅などの金属不純物の蓄積を抑制し、液交換を頻繁にしなくても済むような三価クロム化成処理剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本発明の三価クロム化成処理剤は、三価クロムの化成処理液中にアミノ酸を添加してなることを特徴とする。
【0006】
また、本発明において添加されるアミノ酸は、システイン又はシスチンなどのようにイオウを含んでいることを特徴とし、その場合に溶解抑制効果が大きい。
【0007】
本発明において用いられる三価クロムの化成処理液は、硝酸クロムや硫酸クロムなどの三価のクロム化合物、無機酸、有機酸、コバルト塩などの金属塩などの組成で構成されるものであり、一例として、塩化クロム6水和物(50g/L)、硝酸コバルト(3g/L)、硝酸ナトリウム(100g/L)、マロン酸(31.2g/L)の組成からなるもの(組成液A)、他の例として、硝酸クロム(15g/L)、硝酸ナトリウム(10g/L)、シュウ酸2水塩(10g/L)の組成からなるもの(組成液B)などがある。また、三価クロム化成処理剤として市販のものを幅広く利用することもできる。なお、化成処理する時には三価クロム化成処理剤に酸又はアルカリを添加し、pH1.5〜2.5程度の強酸性に調整して使用するのが望ましい。
【0008】
本発明の三価クロム化成処理剤は、上記の三価クロムの化成処理液に溶解抑制剤としてアミノ酸の適量が添加されている。アミノ酸を添加することによって、アミノ酸が有するカルボキシル基(COOH)やアミノ基(NH)などの官能基が鉄や銅などの金属表面に吸着し、金属表面を覆うことで三価クロムの化成処理液との接触を少なくし、金属の溶解を抑制するものである。また、システイン
HSCHCH(NH)COOH
やシスチン (SCHCH(NH)COOH)などのイオウを含むアミノ酸では、イオウも官能基として作用するために金属の溶解抑制効果がさらに期待できる。
【0009】
上記の溶解抑制効果を図1に示したように、システインの場合を模式的に表せば、システインに含まれる酸素やイオウが非共有電子対を持っているため、この酸素やイオウが極性基として鉄などの金属表面に化学吸着する。また、化成処理する際には三価クロム化成処理液をpH2前後の酸性条件で使用することから、アミノ基がカチオン(NH)となり、このカチオンが金属表面のカソード部分に静電気的に吸着する。このように、アミノ酸の有する複数の官能基が金属表面に吸着し、金属表面を被覆することで金属の溶解を抑止することができる。シスチンその他のアミノ酸についても同様の作用に基づいて金属の溶解抑制効果を持つ。
【0010】
本発明において金属の溶解抑制効果を持つアミノ酸としては、イオウを含むアミノ酸として上記のシステイン及びシスチンの他にメチオニンが挙げられる。これらのアミノ酸は、カルボキシル基、アミノ基、チオール基などの官能基を有することから金属の溶解抑制効果が期待できる。また、その他のアミノ酸として、アスパラギン酸、チロシン、ヒスチジン、アルギニン、トレオニン、セリン、ロイシン、アラニン、トリプトファン、グリシン、フェニルアラニン、イソロイシン、プロリンなどが挙げられる。これらのアミノ酸は、単独で使用する場合のみならず、2種類又はそれ以上の種類のアミノ酸を組み合わせて使用することも可能である。その場合、システイン又はシスチンを含ませることで溶解抑制効果が大きくなる。
【0011】
本発明において、三価クロムの化成処理液に添加されるアミノ酸の量は、0.01g/L以上、好ましくは0.01〜1.0g/Lの範囲である。上記したようにアミノ酸は複数の官能基を有することから、ごく微量の添加であっても金属の溶解を効果的に抑えることができる。また、アミノ酸の添加量が多過ぎても溶解抑制に影響を与えることはないが、化成処理液の中でアミノ酸が飽和して溶けずに残ってしまうことから、実用的には上記の範囲が好ましい。
【0012】
本発明の三価クロム化成処理剤は、例えば上述した組成液A又は組成液Bからなる三価クロム化成処理液、あるいは市販の三価クロム化成処理液を所定濃度に建浴して基本液とし、この基本液に上記のアミノ酸を所定量添加することで調製される。建浴する際にpH電極を用いて計測し、pHが高い場合には水酸化ナトリウムなどのアルカリを添加し、逆にpHが低い場合には硝酸などの酸を添加して、pH1.5〜2.5程度に調整する。このようにしてアミノ酸が添加された三価クロム化成処理剤に亜鉛めっきを施した鉄製品を浸漬して化成処理を行なう。化成処理する際の液温条件や浸漬時間などは三価クロム化成処理剤の組成に応じて適宜設定される。なお、上記の三価クロム化成処理液は、組成物A,Bに限られることなく、三価のクロム化合物、無機酸、有機酸、コバルト塩などで適宜調製したものを使用することができる。
【発明の効果】
【0013】
以上説明したように、本発明の三価クロム化成処理剤によれば、鉄製品の亜鉛めっきを化成処理する際、鉄や銅などの金属が処理液中に溶解するのが抑制されるために、亜鉛めっきの耐食性が低下することなく、また化成処理液の交換も頻繁に行わなくても済むようになった。
【実施例】
【0014】
実施例1
基本液に添加するアミノ酸の種類と鉄の溶解抑制効果との関係を調べた。三価クロム化成処理液としてのトライナーTR−175SR(日本表面化学株式会社製)を所定濃度に建浴し、各種のアミノ酸を1.0g/L添加してpH2に調整した。この三価クロム化成処理剤10mLにコイル状の鉄線(直径0.5mm、長さ300mm)を室温で30秒間浸漬して引き上げたのち、その処理液中に含まれる鉄の溶解濃度を計測した。
【0015】
図2は各種アミノ酸に対する鉄溶解濃度の測定結果を示したものである。それによれば、アミノ酸を添加しない基本液のみの場合に比べて、全てのアミノ酸について鉄溶解濃度が低く、その中でも特にシステイン又はシスチンを添加した時に効果の大きいことがわかった。
【0016】
実施例2
基本液に添加するアミノ酸の添加量と鉄の溶解抑制効果との関係について調べた。実施例1と同様、三価クロム化成処理液としてのトライナーTR−175SR(日本表面化学株式会社製)を所定濃度に建浴し、添加量を変えながらシステイン又はシスチンを添加したのちpH2に調整し、アミノ酸濃度の異なる三価クロム化成処理剤を調製した。次いで、この三価クロム化成処理剤10mLにコイル状の鉄線(直径0.5mm、長さ300mm)を室温で30秒間浸漬して引き上げたのち、その処理液中に含まれる鉄の溶解量を測定した。システイン又はシスチンの添加濃度は、0.0001g/L、0.001g/L、0.01g/L、0.1g/L、1.0g/L、10g/Lの6段階である。
【0017】
図3及び図4は、システイン又はシスチンの添加量に対する鉄溶解濃度の測定結果を示したものである。それによれば、システイン及びシスチンともに、添加濃度が0.0001g/L及び0.001g/Lでは鉄の溶解抑制効果は認められなかったが、0.01g/L添加されると鉄溶解濃度が急激に低くなり、0.1g/L、1.0g/Lと添加量が増えるにしたがって、鉄溶解濃度がさらに低くなり、アミノ酸の添加効果が認められた。なお、添加量が10g/Lの場合にはアミノ酸が十分に溶けないために、正確な測定ができなかった。特に、シスチンの場合には測定不能であった。また、システイン及びシスチンの場合とも鉄溶解溶濃度が添加量0.001g/L又は0.0001g/Lの方が基本液より多いのは測定誤差によるものである。
【0018】
実施例3
複数の基本液のそれぞれにシステインを添加して、アミノ酸による鉄の溶解抑制効果を調べた。実験に用いた基本液は上記の組成液A及び組成液Bの他、市販のクロマックスELV(カニングジャパン株式会社製)、Sur
Tec680LC(サーテック・インターナショナル・ゲーエムベーハー製)、トライナーTR−175SR(日本表面化学株式会社製)、メタスYFA−BM(ユケン工業株式会社製)、ZT−444ABC(ディップソール株式会社製)、ESコート701(奥野製薬工業株式会社製)、トライバレント300(荏原ユージライト株式会社製)、トライバレント600(荏原ユージライト株式会社製)の合計10種類である。これらの三価クロム化成処理液を所定濃度に建浴し、システインを0.1g/L添加してpH2に調整した。次いで、これらの三価クロム化成処理剤10mLにコイル状の鉄線(直径0.5mm、長さ300mm)を室温で30秒間浸漬して引き上げたのち、その処理液中に含まれる鉄の溶解量を測定した。
【0019】
図5は、上記10種類の三価クロム化成処理剤についての鉄溶解濃度の測定結果を基本液との比較で示したものである。それによれば、全ての三価クロム化成処理剤について、システインの添加による鉄の溶解抑制効果が見られた。
【0020】
実施例4
次に、アミノ酸以外の有機酸または金属腐食抑制剤を添加剤として用いた場合の鉄の溶解抑制効果を調べた。有機酸としてはマロン酸、金属腐食抑制剤としては従来から知られているベンゾトリアゾールを用いた。また、比較のためにシステインを添加した場合も同時に行った。前記実施例1と同様、三価クロム化成処理液としてのトライナーTR−175SR(日本表面化学株式会社製)を所定濃度に建浴し、前記の各添加剤をそれぞれ1.0g/L加えてpH2に調整し、三価クロム化成処理剤を調製した。次いで、調製した三価クロム化成処理剤10mLにコイル状の鉄線(直径0.5mm、長さ300mm)を室温で30秒間浸漬して引き上げたのち、その処理液中に含まれる鉄の溶解量を測定した。
【0021】
図6はアミノ酸以外の添加剤に対する鉄溶解濃度の測定結果を示したものである。この結果によれば、マロン酸では鉄の溶解抑制効果がほとんど認められなかった。なお、鉄の溶解量が基本液より多いのは測定誤差によるものである。ベンゾトリアゾールでは一応の効果が確認されたが、システインに比べるとその効果は小さいものであった。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】アミノ酸による鉄の溶解抑制メカニズムを示す模式図である。
【図2】アミノ酸の種類に対する鉄溶解濃度の測定結果を示すグラフである。
【図3】システインの添加量に対する鉄溶解濃度の測定結果を示すグラフである。
【図4】シスチンの添加量に対する鉄溶解濃度の測定結果を示すグラフである。
【図5】種々の三価クロム化成処理液に対するアミノ酸の添加効果を示すグラフである。
【図6】アミノ酸以外の添加剤に対する鉄溶解濃度の測定結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液中にアミノ酸が添加されてなることを特徴とする三価クロム化成処理剤。

【請求項2】
前記アミノ酸がイオウを含んでいる請求項1に記載の三価クロム化成処理剤。

【請求項3】
前記アミノ酸が少なくともシステイン又はシスチンを含んでいる請求項1又は2に記載の三価クロム化成処理剤。

【請求項4】
前記アミノ酸が0.01g/L以上添加されてなる請求項1乃至3のいずれかに記載の三価クロム化成処理剤。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−68085(P2009−68085A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−239060(P2007−239060)
【出願日】平成19年9月14日(2007.9.14)
【出願人】(391017849)山梨県 (19)
【Fターム(参考)】