説明

三叉神経・自律神経性頭痛、片頭痛および血管症状の治療および予防のためのボツリヌス毒素の標的デリバリー

【課題】片頭痛、および血管障害に関連する他の頭痛を治療および予防する。
【解決手段】片頭痛、および血管障害に関連する他の頭痛を治療および予防するために、シナプス前神経毒、とりわけボツリヌス毒素を使用する。シナプス前神経毒は、三叉神経終末、後頭神経終末、および翼口蓋神経節を起点とする副交感神経線維の鼻内終末を標的として、限局的にデリバーする。投与の標的は好ましくは、側頭部の三叉神経の頭蓋外神経終末、後頭部の頭蓋外後頭神経終末、および翼口蓋神経節を起点とする三叉神経および副交感神経繊維の鼻内終末である。デリバリーは注射または局所投与によって行う。

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
片頭痛は主たる頭痛障害の一つで、頭を動かすと悪化する一側性の拍動痛を特徴としうる。片頭痛は、悪心、光および音過敏、流涙、鼻閉および鼻漏を包含する他の症状を伴いうる。数々の要因、例えば内的変化(ホルモン変化、ストレス、不眠)または外的変化(気候変化、アルコール、明滅光)が片頭痛の痛みの引き金となりうる。
【0002】
ケースによっては、片頭痛発作は視覚前兆で始まる。そのような患者は、20〜30分間にわたって大きくなる、盲点周辺のジグザグのスペクトルの形態の視覚障害を経験する。この視覚症状は、「閃輝暗点」として知られる。閃輝暗点の経時的発現は、通例後頭葉に始まり前方に広がっていく、皮質ニューロン活動の抑制の波に対応することがわかっている。この対応関係の確立により、片頭痛および他の頭痛を起こしうる病理生理学的変化についての理論が立てられている。
【0003】
ニューロンは抑制されると酸化窒素(NO)を放出し、これが髄膜血管の拡張を引き起こす。この血管拡張の結果、鈍い頭痛が生じうるが、これが片頭痛の初期相に相当する。
【0004】
髄膜血管拡張により、それを取り巻く三叉神経の一次求心性ニューロンの神経終末の活動が亢進する。その結果、三叉神経細胞は血管拡張神経ペプチドのカルシトニン遺伝子関連タンパク質(CGRP)を放出し、これが髄膜血管拡張を更に増大させ、三叉神経活動を更に亢進させる。三叉神経の増大した局部頭蓋内活動は、末梢過敏化として知られるプロセスにおいて、三叉神経節を経て脳幹の三叉神経脊髄路核(TNC)に広がる。TNCの活性化により、今度は、視床および皮質突起を経て中枢活性化プロセスが起こる。これを図1に示す。
【0005】
片頭痛に関する痛みは硬膜動脈からの入力を伴うが、TNC活性化は、側頭動脈および側頭筋を包含する三叉神経網に沿ったどの部分にも関連痛をもたらしうる。片頭痛の病理生理学に関与する三叉神経頸網は、眼枝(V1)、上顎枝(V2)および下顎枝(V3)という三つの主要な三叉神経枝を含み(図2参照);また、TNCに入る後頭および頸の感覚神経(C2、C3、C4、C5)を含む。関連経路の詳細な解剖学的マップは、Agur, A. M. R. およびDalley II, A. F. (2005) Atlas of Anatomy 11th Ed., Lippincott Williams & Wilkins, Philadelphiaの第316、317、600、601および736頁(引用により本発明の一部とする)に記載されている。
【0006】
脳幹におけるTNCの活性化は更に、TNCへの解剖学的連結の故に後頭神経にも広がって、後頭部の痛みも引き起こしうる。
【0007】
TNC活性化はまた、脳幹内の近辺の核を活性化することによって、副交感神経系である上唾液核(SSN)(介在ニューロン網を介して三叉神経脊髄路核に連絡する)に広がる(図3参照)。
【0008】
SSNからのニューロンは翼口蓋神経節とシナプス形成し、該神経節は、血管に対し血管運動支配し、涙腺、鼻粘膜および副鼻腔粘膜に対し分泌支配する。この副交感神経系が活性化されると、片頭痛に関連する上部呼吸器症状が現れ、これには考えられるものとして、鼻症状(鼻漏および後方鼻漏)、眼症状(結膜充血および流涙)および副鼻腔鼻閉(副鼻腔周辺の痛みまたは圧迫感)が含まれる。髄膜血管を支配する翼口蓋神経節求心路のような他の副交感神経突起が、一連の症候を一層悪化させる。片頭痛発作時の副交感神経系活性化に伴って、副交感神経の神経伝達物質である血管活性腸ポリペプチド(VIP)のレベルも顕著に高まり、VIPは血管拡張を起こし、頸静脈ドレナージにおいて片頭痛時に高濃度で検出されうる。
【0009】
上記のような三叉神経、後頭神経および副交感神経系の亢進した活性化は、いわゆる三叉神経・自律神経性頭痛(TAC)に共通する。TACには、群発性頭痛、発作的片頭痛、SUNCT症候群および持続性片側頭痛が含まれる。
【0010】
群発性頭痛は発作が3時間以内の主な頭痛障害で、一側性の眼窩周囲および側頭の強い痛みを伴う。このような頭痛には、流涙、鼻閉、鼻漏、結膜充血およびHorner症候群が伴いうる。発作は明らかに群発して起こる。群発性頭痛は通例、日常生活に支障を来すほどの一連の発作として日周的に起こり、一度に何箇月も続く。このパターンが一年毎または半年毎に再発する。
【0011】
発作的片頭痛は、持続時間が通例30分間未満の、一側性眼窩周囲および側頭痛の頻繁な発作を伴う主な頭痛障害である。この痛みは、結膜充血、流涙、鼻閉、鼻漏、眼瞼下垂および眼瞼浮腫を伴いうる。
【0012】
SUNCT症候群は、持続時間が通例2分間未満の一側性眼窩周囲および側頭痛の多発発作によって特徴付けられる主な頭痛障害である。この痛みは、結膜充血、流涙、鼻閉、鼻漏および眼瞼浮腫を伴う。この頭痛は三叉神経痛を伴いうる。
【0013】
持続性片側頭痛は、インドメタシンに応答する極めて一側性の頭痛によって特徴付けられる主な頭痛障害である。この痛みには、結膜充血、流涙、鼻閉、鼻漏、眼瞼下垂および眼瞼浮腫が伴う。
【0014】
三叉神経は、上記タイプの頭痛すべて、および他の病因によって引き起こされる頭痛の痛みの感覚に関与する。例えば、側頭動脈炎は、動脈に沿った触診可能な節の痛みを伴う側頭動脈の炎症である。側頭動脈炎は、側頭部の頭痛に加えて、視力低下および顎痛をも引き起こす。
【0015】
頭痛は虚血性脳梗塞にも関連しうる。脳梗塞において、脳組織への血液供給が不足し、急激な局部的神経学的障害が起こる。多くの患者において、動脈閉塞は、脳に血液供給する動脈(例えば頸動脈および椎骨・脳底動脈)におけるアテローム斑の存在によるものである。アテローム斑はしばしば炎症を伴い、それが血管閉塞を更に悪化させる。
【0016】
感染性またはアレルギー性鼻炎において炎症メディエーターによって刺激された侵害受容線維も、脳幹三叉神経核を活性化させ、片頭痛を引き起こしうる。
【0017】
TACおよび片頭痛は処置が困難である。群発性頭痛および片頭痛を防ぐために多くの薬物が用いられており、それにはとりわけ、プロプラノロール、チモロール、Divalproexナトリウム、トピラメート、ベラパミル、インドメタシンおよびアミトリプチリンが含まれる。これらの薬物には多くの副作用があり、患者は不満を訴えている。TACの場合、特にインドメタシンは胃腸副作用の故に患者に受け入れられ難い。
【0018】
上記頭痛障害はいずれも苦痛をもたらし、より良い処置方法が必要とされている。
最近、ボツリヌス毒素が、顔、頭蓋および頸への注射により片頭痛処置に有効であることが示された(Binder, 米国特許第5714468号)。ボツリヌス毒素は、ヒトにボツリヌス中毒と呼ばれる麻痺障害を引き起こす、グラム陽性細菌Clostridium botulinumが産生する強力なポリペプチド神経毒である。ボツリヌス毒素は軽鎖および重鎖を有する。重鎖が細胞表面受容体に結合し、その後その複合体がエンドサイトーシスを起こす。エンドサイトーシス後、軽鎖がエンドソームから細胞質に移行し、シナプス前神経終末における小胞融合に関与するSNAREタンパク質複合体セグメントを切断する。その結果、小胞からの神経伝達物質の放出が3〜6箇月間にわたって遮断される。
【0019】
免疫学的に異なる、A、B、C1、D、E、FおよびGの7種の毒素がある(Simpsonら, Pharmacol. Rev., 33:155-188, 1981)。このような毒素は、標的神経のシナプス前膜に結合し、同様の様式で作用するようである(Brinら, "Report of the Therapeutics and Technology Assessment Subcommittee of the American Academy of Neurology", Neurology, 40:1332-1336, 1990)。ボツリヌス毒素はコリン作動性ニューロンに高い親和性を示す。ボツリヌス毒素Aは、おそらくは末梢シナプス前コリン作動性受容体におけるアセチルコリンのエキソサイトーシスの阻害によって、哺乳動物の骨格筋に可逆的な弛緩性麻痺を起こす(Rabassedaら, Toxicon, 26:329-326, 1988)。しかし、片頭痛症候の軽減または防止を達成するために、弛緩性筋肉麻痺は必要ない。実際、骨格筋の弛緩性麻痺を起こすのに要する用量よりも少ないかまたは多いシナプス前神経毒用量で、神経毒を筋肉組織にもたらすことなく、頭痛の軽減が見られうる(Binder, 米国特許第5714468号)。
【0020】
片頭痛の感覚は分子レベルでは明らかでないが(Goadsbyら, N. Eng. J. Med., 346:257-270, 2004)、ボツリヌス毒素は、アセチルコリン放出の抑制ではなく、片頭痛において放出される侵害受容物質および炎症物質の放出を抑制することによって、鎮痛効果を発揮するのかも知れない。ボツリヌス毒素はアセチルコリンに直接作用するのではなく、小胞融合を仲介するSNAREタンパク質複合体に作用するので、SNAREタンパク質複合体によって仲介される他の分子の放出も、ボツリヌス毒素によって影響を受ける(Aoki, Current Medicinal Chemistry, 11;:3085-3092, 2004)。実際、ボツリヌス毒素が、次の物質の放出をも抑制しうることが、研究により示されている:神経性炎症および痛み発生に関与するサブスタンスP(Aoki, Current Medicinal Chemistry, 11:3085-3092, 2004)、やはり侵害受容に関与するグルタメート(Cuiら, Pain, 107:125-133, 2004)、エピネフリン、ノルエピネフリンおよびカルシトニン遺伝子関連ペプチド(Aoki, Current Medicinal Chemistry, 11:3085-3092, 2004)。ボツリヌス毒素Aは、神経組織または筋肉組織の破壊を起こすようではなく、ある種の治療に使用することが米国食品医薬品局によって承認されている。
【0021】
ボツリヌス毒素Aに加えて、他のシナプス前神経毒も、機能的特性がボツリヌス毒素と共通するならば、片頭痛の処置に有用であることが示唆されている(Binder, 米国特許第5714468号)。そのようなシナプス前神経毒の一つは破傷風神経毒であり、これはClostridium tetaniによって産生され(DasGuptaら, Biochemie, 71:1193-1200, 1989)、ボツリヌス毒素血清型AおよびEと顕著な配列相同性を示す。特に、破傷風毒素のペプチド消化によって得られるフラグメントIbcが、末梢的に作用して弛緩性麻痺を起こすようである(Fedinicら, Boll. lst. Sieroter Milan, 64:35-41, 1985; およびGawadeら, Brain Res., 334:139-46, 1985)。
【0022】
ブドウ球菌アルファ毒素も医療用に提案されている。この毒素は脳内での筋肉弛緩因子(MRF)産生を刺激し、その結果、骨格筋の可逆的な弛緩性麻痺を起こす(Harshmanら, Infect. Immun., 62:421-425, 1994)。ブドウ球菌アルファ毒素は、ボツリヌス毒素と同様に機能しうる。
【0023】
可逆的な弛緩性麻痺を起こす他の毒素は、アシルポリアミン毒素であり、これは多くの無脊椎動物の毒中に産生される抗コリン性のシナプス前神経毒である(Heroldら, Anesthesiology, 77:507-512, 1992)。例えば、クモArgiope aurantiaおよびAgelenopsis apertaの毒素AR636およびAG489が、2μgの用量で運動抑制をもたらし、7μgの用量で感覚抑制をもたらす。
【0024】
片頭痛を処置するためのシナプス前神経毒の使用は当初、顔、頭蓋および/または頸への毒素投与によって行われたので(Binder, 米国特許第5714468号)、片頭痛に関わる生理学的変化についての仮説は著しく発展した。
【発明の概要】
【0025】
本発明は、ボツリヌス毒素および他のシナプス前神経毒の新しい投与方法を採用することによって、片頭痛、TACおよび血管症状に関連する他の頭痛を処置するための該神経毒の治療的および予防的使用の改善を提供する。この改善は、三叉神経、後頭神経および副交感神経系に関連し、それ故毒素の投与部位にも影響を及ぼす、前記頭痛を引き起こす病態生理学的変化について明らかにされた最近の理論に基づくものである。
【0026】
片頭痛、TAC、および血管症状に関連する他の頭痛に対する有効な治療および予防処置を提供することが、医療分野で必要とされている。本発明は、哺乳動物(特にヒト)の片頭痛、TAC、および血管症状に関連する他の頭痛に関する症候、特に痛みを、軽減または防止する方法を提供する。本発明は特に、そのような頭痛をシナプス前神経毒で治療および予防するための従来の方法における改善を提供する。本発明はとりわけ、薬学的に安全なシナプス前神経毒を処置有効量で、末梢的に、側頭部の頭蓋外三叉神経終末に沿って、後頭部の頭蓋外後頭神経終末に沿って、また、鼻粘膜の鼻内三叉神経終末および副交感神経終末に沿って、哺乳動物に投与することに関する。
【0027】
本発明のシナプス前神経毒は、哺乳動物に投与されたとき可逆的な局部的筋肉組織麻痺を起こし(そのような麻痺は本発明の実施のためには必要ないが)、筋肉または神経組織の変性を引き起こさないシナプス前神経毒でありうる。ボツリヌス毒素、特にボツリヌス毒素Aが、本発明に好ましいシナプス前神経毒である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】頭痛の痛み伝達経路の図である。脳幹の三叉神経脊髄路核の入力および出力経路を示す。
【図2】脳幹から出入りする、頭痛の痛みに関連する三叉神経および副交感神経網の図である。
【図3】頭部循環の神経支配の図である。内頸動脈から脳幹の三叉神経脊髄路核への三叉神経侵害受容、および上唾液核を経た副交感神経への接続を示す。副交感神経系は、側頭および後頭動脈に通じる内および外頸動脈にフィードバックする。
【図4】図示するヒト頭部の側面図は、外頸動脈並びに浅側頭および後頭動脈の連絡を示す。図4は、Agur, A.M.R.およびDalley II, A.F. (2005) Atlas of Anatomy 11th Ed., Lippincott Williams & Wilkins, Philadelphiaからの出典である。詳細な解剖図は原典の第316、317、600、604および736頁を参照されたい。
【発明を実施するための形態】
【0029】
背景技術の項で説明した、片頭痛、TAC、および血管症状に関連する他の頭痛の解剖学的および生理学的理論から、そのような頭痛の発生に伴う三叉神経、後頭神経および副交感神経系の過活性化によって引き起こされる侵害受容および炎症物質の放出を遮断すれば、有効な治療的および/または予防的処置ができることが示唆される。図1および図2に示すように、上記頭痛の発生に関与する解剖学的経路のいくつかは頭蓋内にある。したがって、非侵襲的手段によって、関与する頭蓋内経路の特異的遮断を行うことはできない。しかし、影響を受ける経路のいくつかは皮膚表面下の頭蓋外または鼻内に存在し、それ故処置のためのアクセスが可能である。そのような経路のいくつかの例は、側頭動脈および筋肉(図1および図4)、鼻腺および粘膜(図2)、並びに後頭神経および動脈(図4)を包含する。本発明は、片頭痛、TAC、または血管症状に関連する他の頭痛において増強される三叉神経、後頭神経および副交感神経線維の過活性化によって引き起こされる侵害受容および炎症物質の放出を遮断する方法の提供に関する。
【0030】
本願において説明する症状の治療および/または予防のために採用する方法は、シナプス前神経毒の使用である。本開示において使用する用語「シナプス前神経毒」は、筋肉または神経組織の変性を招かない、局部的な可逆的弛緩性筋肉組織麻痺を哺乳動物に起こすことが知られている神経毒およびその誘導体をさす。ただし、先に述べたように、本発明のシナプス前神経毒が引き起こしうる弛緩性筋肉麻痺は、本発明の方法によって頭痛症候を軽減または防止するために必要ではない。
【0031】
好ましい態様において、本発明のシナプス前神経毒はボツリヌス毒素である。本発明の特に好ましい態様において、シナプス前神経毒はボツリヌス毒素Aである。ボツリヌス毒素は現在、「Botox(登録商標)」としてAllergan, Inc.(カリフォルニア州アーヴィン)から、および「Dysport(登録商標)」としてIpsen(英国バークシャー)から提供および市販されている。本発明の他の一態様においては、シナプス前神経毒はボツリヌス毒素Bである。ボツリヌス毒素Bは、「Neurobloc(登録商標)」/「Myobloc(登録商標)」としてSolstice Neuroscience, Inc.(カリフォルニア州サンフランシスコ)から市販されている。既知のボツリヌス毒素血清型8種すべての5価トキソイドも、研究用薬物として、U.S. Center for Discase Control(ジョージア州アトランタ)から入手可能である。ボツリヌス毒素A製剤が、その既知の安全性および効力の故に最も好ましい。Botox(登録商標)は、頸部ジストニー、眉間皺、眼瞼痙攣、斜視および多汗などの処置にも用いられている。
【0032】
破傷風毒素もワクチンとしての使用のために市販されている。既に示唆されているように、破傷風毒素のIbcフラグメントはボツリヌス毒素と同様の様式で作用するようであるから、本発明の更なる態様は好ましくは、元の形態の破傷風毒素よりもむしろ薬学的に安全な形態の破傷風毒素Ibcフラグメントの使用を含みうる。
【0033】
ボツリヌス毒素および破傷風毒素を包含する本発明のシナプス前神経毒を、薬学的に安全な形態かつ処置に有効な量で得ることは、当業者に知られているか、または当業者が容易に決定することができる。シナプス前神経毒は好ましくは、検出可能な免疫応答を引き起こさない非催奇性形態である。本発明のシナプス前神経毒の多くについて、薬学的安全性は、障害を招くことが知られている用量と比較してかなり低用量の毒素は「安全」であり得る、というように、用量依存的でありうる。
【0034】
本発明のシナプス前神経毒は好ましくは、薬学的に適当な担体中の組成物として投与しうる。この目的のために、所望の純度の毒素を生理学的に適当な滅菌担体と組み合わせることによって、シナプス前神経毒の投与用組成物を調製しうる。そのような担体は、使用量および使用濃度で被投与体に毒性応答を引き起こさないものでありうる。好ましい態様においては、そのような組成物の調製において通例、シナプス前神経毒を、緩衝剤、抗酸化剤(例えばアスコルビン酸)、低分子量(約10残基未満)のポリペプチド、タンパク質、アミノ酸、炭水化物(グルコースまたはデキストリンを包含する)、キレート剤(例えばEDTA)、グルタチオンおよび他の安定剤および賦形剤と混合する。そのような組成物は凍結乾燥してもよく、薬学的に許容しうる;すなわち、所望の適用に使用するのに適切に調製され承認される。
【0035】
投与を促進するために、シナプス前神経毒は最も好ましくは、単位用量形態に製剤化しうる。シナプス前神経毒を、例えば滅菌溶液として、またはバイアル中の凍結乾燥粉末として提供しうる。
【0036】
処置に使用するシナプス前神経毒の量は通例、該シナプス前神経毒の効力を考慮して、患者の年齢、性別、症状および体重に応じて決定しうる。毒素の効力は、参照哺乳動物のLD50値の倍数として表す。1「単位」の毒素は、毒素接種前には障害のなかった哺乳動物の群の50%を殺す毒素量である。例えば、1単位のボツリヌス毒素は、体重が各18〜20gの雌Swiss Websterマウスに腹腔内注射したときのLD50として定義される。市販ボツリヌス毒素Aの1ngは通例、約40マウス単位を含有する。現在Allergan, Inc.から「Botox(登録商標)」として提供されるボツリヌス毒素A生成物のヒトにおける効力は、ほぼLD50=2730単位であると算定される。
【0037】
およその効力LD50=2730単位からみて、シナプス前神経毒を約1000単位までの用量で投与しうる;しかし、約2.5〜5単位の低用量で処置効果が得られうる。2.5または5単位および250単位の間の用量を通例使用し得、好ましい態様においては個々の用量は約15〜30単位でありうる。シナプス前神経毒は通例、1〜5cc/100単位、すなわち100〜20単位/ccの範囲に比例的に相当する用量の組成物として投与しうる。シナプス前神経毒のより大きいかまたはより小さい効力および上記因子に応じた用量調節は、当業者が容易に決定しうる。
【0038】
好ましい態様において、使用する用量は、処置有効性を保った最低用量(すなわち、頭痛の痛みに関連する他の症候、例えば前兆は残りうるとしても、患者が経験する頭痛の痛みの発生および/または程度の軽減が見られる用量)でありうる。シナプス前神経毒に対する患者の感受性および忍容性は、初回の処置において一つの部位に低用量を投与することによって調べることができる。必要に応じて、同じかまたは異なる用量で更なる投与を行いうる。
【0039】
必要に応じて注射を反復しうる。一般的な指標として、ボツリヌス毒素Aを筋肉組織またはその近辺に投与した場合、標的部位筋肉の弛緩性麻痺が約3〜6箇月間まで起こることが観察されている。しかし、ボツリヌス毒素Aを本発明の方法に従って約3箇月間隔で投与した場合、ボツリヌス毒素Aを用いる処置の効果の向上が期待される。
【0040】
本発明の好ましい態様において、市販のBotox(登録商標)を、注射前に、滅菌した非防腐食塩液で再構成しうる。Botox(登録商標)の各バイアルは、クロストリジウムボツリヌス毒素A型精製神経毒複合体を約100単位含有する。市販製剤に応じて希釈を変化しうる。
【0041】
TAC、片頭痛および血管症状に関連する他の頭痛に関連する副交感神経、三叉神経および後頭神経応答を調節するためのシナプス前神経毒投与法では、シナプス前神経毒を関与する神経終末の周辺に分布させる。三叉神経終末は動脈を取り巻いて密集しているから、側頭頭蓋外動脈に沿ってシナプス前神経毒を注射するのが、片頭痛、TACおよび他の頭痛の処置のためのシナプス前神経毒(特にボツリヌス毒素)の効果的な投与法である。頭蓋外後頭動脈に沿った後頭神経終末にも同じことが言える。この方法は標的神経のシナプス終末の位置特定を支援し、それにより頭痛障害に関与する痛み発生神経にシナプス前神経毒が最大限に付着するのを可能にする。
【0042】
本発明の好ましい態様において、シナプス前神経毒を注射によって投与する。しかし、他の態様においては、シナプス前神経毒を局所投与しうる。通例、局所デリバリー用のシナプス前神経毒溶液の調製は、注射用のものと同様でありうる。しかし、他の態様においては、シナプス前神経毒を当業者に知られた担体によって局所適用しうる。溶液をいくつかの手段で、例えば綿ガーセもしくは綿棒、ドロッパーまたはスプレーで(溶液の場合)、あるいはスパチュラで(クリームの場合)投与しうる。そのような局所適用方法は、それによって三叉神経、後頭神経または副交感神経終末に有効にアクセス可能であるいずれの場合にも採用しうる。そのような手段によってシナプス前神経毒含有溶液を表皮に局所投与し得、その後、経皮担体系によって表皮を通してシナプス前神経毒を分布させうる。当業者に明らかなように、例えば患者、症状の重篤度並びに三叉神経、後頭神経および副交感神経へのアクセスによっては、局所投与は注射による投与ほど有効でない場合がありうる。
【0043】
本発明の標的投与部位は、頭蓋外および鼻内の三叉神経終末、および鼻粘膜の副交感神経終末、頭蓋外側頭三叉神経終末、並びに頭蓋外後頭神経終末である。涙腺周辺にも位置する鼻粘膜の副交感神経終末を図2に示す。三叉神経終末は側頭動脈(図4)および側頭筋の周辺に位置し(図1に示す)、後頭神経終末は、三叉神経脊髄路核に連絡する頸神経根を経て後頭動脈(図4)の周辺に位置する。それらの位置に3〜6箇月毎に注射されたシナプス前神経毒は、片頭痛、TACおよび血管症状に関連する他の頭痛に対して有益な処置効果をもたらす。
【0044】
鼻投与
鼻粘膜における鼻内三叉神経終末および副交感神経終末を標的とするのに、本発明の方法において、上気道(鼻粘膜および鼻介骨)に、食塩液のような適当な溶液で希釈したシナプス前神経毒を浸潤させる。篩板に近い上鼻甲介の上方の鼻上部(鼻内)には、神経線維の集まりがある。また、鼻の最も反応性の器官である下鼻甲介が骨と粘膜で形成されて血管集合部を構成しており、これが、速やかな局所的経粘膜吸収をもたらす鼻スプレーおよび鼻内投与局所薬物の投与基盤を提供することが、解剖学的に知られている。
【0045】
好ましい態様においては、ボツリヌス毒素A(Botox(登録商標))を使用し、生理食塩液4ccで希釈した100単位のBotox(登録商標)の溶液を用いて5〜10単位を各鼻孔に浸潤させる。この好ましい態様において、30ゲージ針を用いる注射によって浸潤を行う。内視鏡または針触診法を用いて、各鼻孔への鼻内注射を行う。鼻孔を通して針を挿入する。外側および内側の粘膜浸潤は、指での触診および誘導によって、または鼻鏡および外部光源もしくは内視鏡誘導で直接に見ることによって行う。
【0046】
他の一態様においては、Botox(登録商標)を使用し、生理食塩液4ccで希釈した100単位のBotox(登録商標)の溶液を用いて5〜10単位を外鼻孔部に投与する。この好ましい態様においては、30ゲージ針を用いる注射によって浸潤を行う。要すれば、Botox(登録商標)を眼窩下神経の分布にも投与しうる。
【0047】
本発明の他の一態様においては、上気道におけるシナプス前神経毒の浸潤を、鼻内粘膜への局所投与によって行いうる(単独で、または担体と共に)。鼻内粘膜は、鼻を神経支配する三叉神経または翼口蓋神経節の終末に解剖学的に近い位置にある故に、頭痛の痛みの軽減のために直接作用しうる。好ましい態様においては、シナプス前神経毒溶液(担体を伴うかまたは伴わない)を、標的部位に綿ガーゼまたはドロッパーで適用し、展延させる。本発明の他の一態様においては、シナプス前神経毒溶液(担体を伴うかまたは伴わない)を、標的部位の表皮にエモリエント、クリームまたは溶液の形態で適用し、展延させうる。本発明の更に別の態様においては、シナプス前神経毒溶液(担体を伴うかまたは伴わない)を、スプレーの形態で適用しうる。他の態様は、当業者に知られた他の局所デリバリー方法を利用しうる。
【実施例1】
【0048】
鼻漏および頸部ジストニーを伴う慢性片頭痛の48歳女性患者を、本発明の方法で治療した。患者の片頭痛は頭の左半分に起こり、左の鼻漏を伴っていた。片頭痛および頸部ジストニーのプロトコルを用いる初回ボツリヌス毒素処置によって、患者の頭痛は改善されたが完治はせず、鼻漏が続いた。患者の左側のみの鼻に、Botox(登録商標)2.5単位(4cc希釈)の鼻内注射を、針触診法によって4回施した。鼻または軟骨基底の形状に変化はなかった。不快感は最小限で、出血は過度ではなかった。処置の2週間後、鼻漏および頭痛の両方が解消した。
【0049】
側頭投与
側頭部の頭蓋外三叉神経終末を標的とするために、頭蓋外側頭動脈を触診し、動脈の脈動が感じられる皮膚部分に印を付ける。次いで、その部分に、適当な溶液(例えば生理食塩液)で希釈したシナプス前神経毒を、動脈に沿って浸潤させる。好ましい態様においては、使用するシナプス前神経毒はボツリヌス毒素Aであり、動脈当たりの総用量は、生理食塩液2〜4ccで希釈したBotox(登録商標)100単位の溶液を使用して、20単位である。この好ましい態様における浸潤は、30ゲージ針による注射によって行う。
【0050】
側頭動脈から生じる頭痛の場合、上記と同様の方法を用いて、シナプス前神経毒を側頭動脈周辺に浸潤させる。本発明の好ましい態様においては、ボツリヌス毒素を注射により投与しうる。
【0051】
本発明の他の一態様においては、側頭動脈に沿ったシナプス前神経毒の浸潤を、鼻内部位に関して説明したのと同様の方法で局所投与によって行いうる。好ましい態様においては、シナプス前神経毒溶液は経皮担体を含有しうる。他の一態様においては、シナプス前神経毒溶液をスプレーの形態で側頭動脈に沿って適用し得、頭皮の非標的部位は遮蔽するよう注意を払いうる。
【0052】
後頭投与
後頭動脈も同様の方法で処置しうる。この動脈の位置は、次の指標を用いて特定する:項線(イニオン)と乳様突起との間の中点を見出す;後頭動脈脈動を感じるように軽く触診する。毛髪を分け、動脈に沿って皮膚に印を付ける。生理食塩液または他の適当な溶液で希釈したシナプス前神経毒を、各動脈の周辺に浸潤させる。好ましい態様においては、生理食塩液2〜4ccで希釈したBotox(登録商標)100単位の溶液を用いて、Botox(登録商標)20単位の分割用量を各動脈の周辺に浸潤させる。この好ましい態様における浸潤は、30ゲージ針による注射によって行う。
【0053】
本発明の他の好ましい一態様においては、後頭動脈に沿ってシナプス前神経毒を浸潤させるのに、側頭投与に関して前述したのと同様の方法で局所投与を行いうる。
【0054】
各患者の状態に応じて、シナプス前神経毒を前記部位の一つまたは複数に投与しうる。一態様においては、投与部位が複数である。特に好ましい態様においては、25〜250単位の範囲の用量を、異なる投与部位に均等に分割する。当業者は、各患者の体重、性別年齢、症状重篤度および症候に基づいて投与部位数および用量をどのように調節するかを容易に確認しうる。
【0055】
他の投与部位
本発明の一態様においては、シナプス前神経毒の直接翼口蓋投与を行いうる。シナプス前神経毒は、好ましい態様においてはボツリヌス毒素、特にボツリヌス毒素Aでありうる。一態様においては、この処置は、先の処置において前記部位のいずれかにシナプス前神経毒を投与して満足できる結果が得られなかった場合に行いうる。
【0056】
アテローム性動脈硬化疾患の場合、シナプス前神経毒(好ましくはボツリヌス毒素)を動脈内カテーテルから斑に直接注射しうる。斑はコレステロール蓄積に応答して血管壁に炎症を生じるので、ボツリヌス毒素は有益でありうる。この炎症は血管腔径を一層狭める。ボツリヌス毒素はこの炎症を3〜6箇月間にわたり限局的に軽減しうる。
【0057】
注射によるシナプス前神経毒投与に当たり、注射する体積よりもむしろ単位数を基準にして希釈に応じてシリンジを用いることが好ましい。これにより確実に、注射する体積が所望の単位量を含有しうる。なぜなら、注射する体積は、元の濃度のシナプス前神経毒が再構成時にどのように希釈されたかに依存しうるからである。例えば、100単位のボツリヌス毒素Aを4ccの生理食塩液で再構成する態様では、2.5単位で0.1cc、5単位では0.2ccの量を定める特定のシリンジを使用しうる。100単位のボツリヌス毒素Aを1ccの生理食塩液で再構成する他の一態様においては、10単位で0.1cc、20単位では0.2ccの量を定めるシリンジを使用しうる。このようなデリバリー用具は、所定用量の正確なデリバリーと記録を可能にする。
【0058】
本発明を充分に説明したが、その実施を説明した実施例は本発明の範囲を制限するものと解釈すべきではない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物において痛みを処置するための医薬組成物であって、痛みは、片頭痛、三叉神経・自律神経性頭痛、および血管症状に起因する頭痛から成る群から選択される頭痛に関連し、有効成分としてシナプス前神経毒を薬学的に安全な形態で含有し、三叉神経終末、後頭神経終末および鼻副交感神経終末から成る群から選択される神経終末の周辺に投与される組成物。
【請求項2】
シナプス前神経毒がボツリヌス毒素である請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
ボツリヌス毒素がボツリヌス毒素Aである請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
三叉神経終末、後頭神経終末および鼻副交感神経終末から成る群から選択される神経終末の位置は、それが取り巻く動脈の触診によって見出される請求項1〜3のいずれかに記載の組成物。
【請求項5】
頭蓋外側頭三叉神経終末、鼻内三叉神経終末、頭蓋外後頭神経終末および鼻副交感神経終末から成る群から選択される神経終末に沿って投与される請求項1〜4のいずれかに記載の組成物。
【請求項6】
鼻内三叉神経終末または鼻副交感神経終末に沿って投与される請求項5に記載の組成物。
【請求項7】
鼻内投与される請求項1〜6のいずれかに記載の組成物。
【請求項8】
局所適用される請求項1〜7のいずれかに記載の組成物。
【請求項9】
ドロッパー、綿ガーゼ、綿棒およびスパチュラから成る群から選択されるアプリケータを用いて、またはスプレーによって投与される請求項8に記載の組成物。
【請求項10】
注射により投与される請求項1〜7のいずれかに記載の組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−131826(P2012−131826A)
【公開日】平成24年7月12日(2012.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−73935(P2012−73935)
【出願日】平成24年3月28日(2012.3.28)
【分割の表示】特願2007−554095(P2007−554095)の分割
【原出願日】平成17年12月29日(2005.12.29)
【出願人】(591018268)アラーガン、インコーポレイテッド (293)
【氏名又は名称原語表記】ALLERGAN,INCORPORATED
【Fターム(参考)】