説明

三次元共培養モデル及びその使用方法

【課題】リンパ管の誘引作用及び炎症性細胞の遊走能を解析するための新規手段の提供。
【解決手段】本発明は、リンパ管内皮細胞、炎症性細胞、及び支持体、を含んで成る三次元モデルであって、当該支持体上に、下から順にリンパ管内皮細胞、炎症性細胞が積層されて成り、当該リンパ管内皮細胞が当該支持体上でリンパ管腔を形成している、三次元モデル及びその使用方法、を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リンパ管内皮細胞及び炎症性細胞を含んで成る三次元共培養モデル、並びにその使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血液は、心臓から送り込まれて毛細血管・静脈を経て心臓へもどる。この血管系とは別個に組織液の排水路を形成するものがリンパ管である。リンパ管は、末梢組織で血管から漏出した間質液、タンパク質、脂肪、細胞などを血管系へと環流することにより血液量を一定に保ち、閉鎖循環系を維持する。皮膚に存在する毛細血管では、内皮細胞の外側を基底膜が取り囲み、さらに周皮細胞が付着している。一方、毛細リンパ管では、内皮細胞の外には基底膜がほとんどなく、周皮細胞の付着もない。この構造が、効率よく間質から体液や細胞を取り込むために役立っている(非特許文献1)。
【0003】
皮膚に対する物理的あるいは化学的刺激は、血管新生や血管透過性の亢進を誘導し、その結果組織液の貯留と浮腫が生じる。また、これらの刺激はリンパ管の新生や機能障害を引き起こすことも知られている。これまでに、紫外線による炎症において、リンパ管の拡張が認められ、また、染料を注入した実験では、染料が速やかに回収されずにリンパ管から浸み出してきたことから、リンパ管の過剰な拡張により機能が障害されていることが示された(非特許文献2)。さらに、リンパ管内皮細胞に特異的に発現するチロシナーゼ型受容体VEGFR(vascular endothelial growth factor receptor)-3のリガンドであるVEGF-Cをマウス耳に注入した実験では、VEGFR3が活性化されることにより、紫外線炎症によるリンパ管拡張が抑制され、また、リンパ管新生が促進され、浮腫が軽減したことが示された(非特許文献3)。このように、リンパ管は、炎症により透過性の亢進した血管から組織間へと漏出した液性成分を回収し、組織液の恒常性を保つ役割を担う。
【0004】
一方で、炎症においてはマクロファージなどの炎症性細胞の組織間への侵入が認められる。炎症反応は、血管透過性の亢進、それに続く好中球の浸潤によって誘発される。生体にとって一度誘発された炎症反応は適切に収束する必要がある。炎症の収束過程では、炎症部位でアポトーシス細胞や組織屑がマクロファージによって取り込まれてクリアランスされる。さらに、異物を貪食した細胞および浮腫は、リンパ管を介したドレナージによって炎症組織から除去される。炎症の収束機構が破綻すると慢性炎症や組織障害を伴う病態へと発展してしまう(非特許文献4)。従って、炎症を終焉させるためには、炎症性細胞がリンパ管へと遊走され、回収される必要がある。この炎症性細胞のリンパ管への遊走を、本明細書ではリンパ管の「誘引」作用と定義する。
【0005】
これまでに、ケモカインの一種であるCCケモカインリガンド-19又は-21(それぞれ、CCL19又はCCL21)をリンパ管内皮細胞が産生すること、そして、それらの受容体であるCCケモカイン受容体7(CCR7)を発現する樹状細胞が、リンパ管に誘引されることが明らかにされた(非特許文献5)。さらに、CCR7を発現する樹状細胞は、三次元で模擬的に作りだされた、生体を反映するCCL19、CCL21の濃度勾配に従って誘引されることが示された(非特許文献6)。
【0006】
しかしながら、炎症により組織間に浸潤した炎症性細胞をリンパ管に誘引する機構については不明な点が多く、また、今後の解明においては生体をよりよく反映する実験系が必要になると考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】実験医学 Vol. 24, No. 18 (2006), pp. 133-138
【非特許文献2】Kajiya K., Hirakawa S., and Detmar M., (2006) VEGF-A mediates UVB-induced impairment of lymphatic vessel function. Am J Pathol 169: 1496-1503
【非特許文献3】Kajiya K., Sawane M., Huggenberger R., and Detmar M., (2009) Activation of the VEGFR-3 pathway by VEGF-C attenuates UVB-induced edema formation and skin inflammation by promoting lymphangiogenesis. J Invest Dermatol 129:1292-1298
【非特許文献4】Nathan, C., and Ding, A., (2010) Nonresolving Inflammation. Cell 140: 871-882
【非特許文献5】Ohl L., et al., (2004) CCR7 governs skin dendritic cell migration under inflammatory and steady-state conditions. Immunity 21:279-288
【非特許文献6】Haessler U., Pisano M., Wu M., and Swartz MA., (2011) Dendritic cell chemotaxis in 3D under defined chemokine gradients reveals differential response to ligands CCL21 and CCL19. Proc NatlAcadSci USA 108:5614-5619
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、リンパ管内への炎症性細胞の誘引を模擬する三次元in vitro共培養系、すなわち三次元モデルを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
リンパ管の誘引作用及び炎症性細胞の動態を解析するための実験系を提供するべく、本発明者らは、リンパ管内皮細胞及び炎症性細胞を含んで成る三次元モデルを構築した。その結果、当該三次元モデルを用いることで、リンパ管内皮細胞が形成した管腔網に向かって炎症性細胞が誘引される様子を動態解析できること、そして、当該誘引に関与する物質をスクリーニングすることができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
即ち、本願は下記の発明を包含する:
[1]リンパ管内皮細胞、炎症性細胞、及び支持体、を含んで成る三次元モデルであって、当該支持体上に、下から順にリンパ管内皮細胞、炎症性細胞が積層されて成り、当該リンパ管内皮細胞が当該支持体上で管腔網を形成している、三次元モデル。
[2]前記炎症性細胞が、前記リンパ管内皮細胞によって産生されるCCケモカインの受容体を発現している、[1]に記載の三次元モデル。
[3]前記CCケモカインがCCケモカイン受容体7(CCR7)のリガンドである、[2]に記載の三次元モデル。
[4]前記リガンドがCCケモカインリガンド21(CCL21)である、[3]に記載の三次元モデル。
[5]前記支持体が基底膜成分を含むゲルである、[1]〜[4]のいずれかに記載の三次元モデル。
[6]炎症性細胞誘引剤をスクリーニングする方法であって、[1]〜[5]のいずれかに記載の三次元モデルを用いて、リンパ管内皮細胞により形成された管腔網の炎症性細胞誘引作用及び/又は当該炎症性細胞の遊走能を活性化させる候補薬剤を炎症性細胞誘引剤として選定する工程を含んで成る方法。
[7]前記候補薬剤が、前記リンパ管内皮細胞におけるCCケモカインの発現を亢進するか、又は前記炎症性細胞が発現するCCケモカイン受容体を活性化する場合に、リンパ管内皮細胞により形成された管腔網の炎症性細胞誘引作用及び/又は当該炎症性細胞の遊走能を活性化させると評価される、[6]に記載の方法。
[8]前記CCケモカインがCCケモカイン受容体CCR7のリガンドである、[7]に記載の方法。
[9]前記リガンドがCCL21である、[8]に記載の方法。
[10]前記誘引剤が抗炎症作用を有する、[6]〜[9]のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
炎症性細胞がリンパ管内に誘引されずに炎症部位に留まると炎症は終結せず、浮腫が生じることもある。本発明の三次元モデルによれば、リンパ管ネットワーク上での炎症性細胞の挙動を容易に観察することができるため、リンパ管腔内への炎症性細胞の誘引を促進する薬剤、延いては抗炎症剤のin vitroスクリーニングが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、リンパ管内皮細胞とマクロファージとの共培養開始から6時間までのマクロファージの誘引率(%)を示す。
【図2】図2は、リンパ管内皮細胞とマクロファージとの共培養開始から6時間までのマクロファージの遊走量(変位量)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
三次元モデル
本発明の三次元モデルは、リンパ管内皮細胞、炎症性細胞、及び支持体、を含んで成る。三次元モデルに含まれるリンパ管内皮細胞は、リンパ管腔を形成し、そのネットワーク、すなわち管腔網に炎症性細胞を誘引できるものであれば特に制限はない。また、当該リンパ管内皮細胞は、当該細胞上に積層される炎症性細胞と同種系でも異種系であってもよく、また、任意の哺乳動物由来のものを使用することができる。更に、リンパ管内皮細胞は、紫外線照射や薬剤投与、あるいは遺伝子改変を受けているものでもよい。しかしながら、本発明で使用するリンパ管内皮細胞は、本発明の三次元モデルを用いて得られる薬剤がヒトに適用されることが意図されている場合、ヒト由来のものを使用して三次元モデルの性状をヒトリンパ管周辺のものに近づけることが好ましい。リンパ管内皮細胞は、血管内皮細胞と区別するためにマーカー遺伝子として知られているProx1,podoplaninが強く発現することが確認されているものを用いることが特に好ましい。リンパ管内皮細胞は、本発明の三次元モデルの用途に応じて、例えば、動態解析において炎症性細胞と区別するために標識されることがある。
【0014】
炎症の収束における細胞のリンパ管を介したドレナージでは、マクロファージなどの炎症性細胞が、リンパ管の誘引作用によってリンパ管に遊走することが必要である。リンパ管などの脈管系へのマクロファージなどの遊走に関わる因子としてケモカインが知られている。ケモカインはGタンパク質共役受容体を介して作用し、構造上の違いからCCケモカイン、CXCケモカイン、CケモカインおよびCX3Cケモカインに分類される。これまでに44種類以上のケモカインが同定されている(生化学 Vol. 82, No. 4 (2010), pp. 271-289)。
【0015】
CCケモカインについては現在までに27種類が同定されており、その一つにCCケモカインリガンド21(CCL21)がある。CCL21は主に高内皮細静脈やリンパ管内皮細胞に発現しており、CCケモカイン受容体7(CCR7)を介して細胞遊走に関与する。これまでに、CCL21を発現する高内皮細静脈では、血液中を循環するT細胞やB細胞を接着させ、血管壁を通過して二次リンパ組織へと移動させることが知られている(脈管学 Vol. 48 (2008), pp. 151-157)。さらに、末梢組織では、CCR7を発現するT細胞や、抗原を捕捉して成熟するとともにCCR7の発現を増強した樹状細胞が、CCL21依存的にリンパ管へ移動することが報告されている(Debes GF., et al., (2005) Chemokine receptor CCR7 required for T lymphocyte exit from peripheral tissue. Nat Immunol 6: 889-894; Randolph GJ., et al., (2005) Dendritic-cell trafficking to lymph nodes through lymphatic vessel. Nat Rev Immunol 5:617-628)。
【0016】
また、CCLファミリーの中ではリンパ球などの細胞遊走に関わる因子として、受容体CCL7のもう一つのリガンドであるCCL19も知られている(Haessler U., Pisano M., Wu M., and Swartz MA., (2011) Dendritic cell chemotaxis in 3D under defined chemokine gradients reveals differential response to ligands CCL21 and CCL19. Proc NatlAcadSci USA 108:5614-5619)。限定することを意図するものではないが、本発明で使用するリンパ管内皮細胞から産生されるサイトカインは、好ましくはCCR7のリガンド、例えばCCL21又はCCL19、特に好ましくはCCL21である。
【0017】
上文で定義したとおり、炎症性細胞は、リンパ管の誘引作用によりリンパ管へと遊走し、リンパ管腔内へ浸潤して回収される。本明細書で使用する場合、「炎症性細胞」とは、炎症の際にリンパ管腔内に誘引される細胞、例えばマクロファージ、樹状細胞、T細胞、B細胞等を意味している。更に、炎症性細胞は、紫外線照射や薬剤投与、あるいは遺伝子改変を受けているものでもよい。しかしながら、本発明で使用する炎症性細胞は、本発明の三次元モデルを用いて得られる薬剤がヒトに適用されることが意図されている場合、ヒト由来のものを使用して三次元モデルの性状をヒトリンパ管周辺のものに近づけることが好ましい。本発明の三次元モデルの用途に応じて、例えば、炎症細胞の動態解析を実施するために、炎症性細胞は標識されることがある。
【0018】
リンパ管の誘引作用を評価する観点からは、本発明で使用する炎症細胞は、リンパ管内皮細胞によって産生されるCCケモカインの受容体、例えばCCL21又はCCL19の受容体であるCCR7を発現するものが好ましい。しかしながら、本発明で使用する炎症性細胞が発現すべきCCケモカイン受容体はCCR7に限定されない。
【0019】
上記リンパ管内皮細胞及び炎症細胞は、支持体上に積層されることで本発明の三次元モデルを形成する。本発明で使用する「支持体」は、基底膜成分を含むゲルであって、リンパ管内皮細胞がネットワークを形成することができるゲルを意味する。当該支持体は、基底膜成分に加え、炎症性細胞の遊走能を抑制しない限り任意の成分を含んでもよい。かかる支持体は市販されており、例えばBD Bioscienc社から販売されているBD Matrigel(登録商標)基底膜マトリックス・グロースファクター リデューストを本発明の支持体として使用することもできる。具体的な態様において、当該支持体上にリンパ管内皮細胞が、そして炎症性細胞がリンパ管内皮細胞により形成された管腔網上に配置される。本発明の三次元モデルの構成はこのような配置に限定されず、例えば、異なる種類の細胞層を各層の間に介在させてもよい。例えば、脂肪細胞層や表皮細胞などを介在させて四層、五層構造とすることや、また、本発明の三次元モデルを皮膚モデルの中に組み込むことも想定される。
【0020】
支持体上にリンパ管内皮細胞を播種した後、所定の期間、所定の条件下で培養することで、リンパ管内皮細胞は徐々にネットワークを形成する。例えば、37℃、5%CO2の保湿インキュベーター内で培養した場合、15時間後には安定した管腔網が形成される。培養条件やリンパ管腔のネットワーク形成の程度は本発明の三次元モデルの使用目的に応じて当業者により適宜決定される。管腔網の形成状態は炎症性細胞の遊走能に影響を及ぼすため、本発明の三次元モデルにおいては、安定な管腔網が形成されていることが好ましい。しかしながら、三次元モデルのうち実際に使用される範囲の管腔網、例えば、顕微鏡を使用する場合には一視野中の管腔網が安定して形成されていれば使用することができる。所望のリンパ管内皮細胞層が構成された後、当該層に炎症性細胞が播種される。リンパ管内皮細胞と同様に、炎症性細胞の培養条件も適宜決定されるものであるが、リンパ管内皮細胞と同じ培養条件で培養することが好ましい。
【0021】
三次元モデルの用途
本発明の三次元モデルは、限定することを意図するものではないが、リンパ管内皮細胞により形成された管腔網の炎症性細胞誘引作用や、炎症性細胞の遊走能を解析するのに使用することができる。更に、別の態様において、本発明の三次元モデルは、炎症性細胞誘引剤のスクリーニング方法に利用することができる。
【0022】
本発明に係る炎症性細胞誘引剤のスクリーニング方法は、リンパ管内皮細胞により形成された管腔網の炎症性細胞誘引作用及び/又は当該炎症性細胞の遊走能を活性化させる候補薬剤を炎症性細胞誘引剤として選定する工程を含んで成る。本明細書で使用する場合、用語「誘引作用」とは、上文で定義したとおり、リンパ管、すなわちリンパ管内皮細胞により形成された管腔網が炎症性細胞を誘引する作用を意味する。限定することを意図するものではないが、本発明の三次元モデル中のリンパ管内皮細胞により形成された管腔網に誘引される炎症性細胞の数の増大は、炎症性細胞の誘引作用を「活性化」するものとして評価される。より具体的な態様において、本発明のスクリーニング方法は、上記選定工程の前に候補薬剤を三次元モデルに添加する工程を含んでいてもよい。三次元モデルに添加される候補薬剤の量は当業者により適宜決定される。
【0023】
リンパ管の炎症性細胞誘引作用の評価は、後述するとおり、各細胞を異なる蛍光色素で標識した三次元モデルを、蛍光顕微鏡、好ましくは蛍光タイムプラス顕微鏡にかけ、リンパ管内皮細胞が形成した管腔上に誘引された炎症細胞数を計数することで実施することができる。
【0024】
リンパ管の炎症性細胞誘引作用は、本明細書において「誘引率」として表すこともあり、当該誘引率は、全体の炎症細胞数に対する管腔上の炎症性細胞の割合(%)(管腔上の炎症性細胞数/全体の炎症性細胞数)によって算出される。更に、本発明の三次元モデルはリンパ管への炎症性細胞の誘引のみならず、リンパ管内への炎症性細胞の浸潤を評価する系としても使用可能である。
【0025】
候補薬剤は、例えば、コントロールと比較して有意に誘引率を増大させる場合、管腔網に誘引される炎症性細胞の数が増大していると評価され、炎症性細胞誘引剤として選定され得る。
【0026】
上記選定工程において、リンパ管の誘引作用の代わりに又は誘引作用とともに、炎症性細胞の遊走能を評価してもよい。スクリーニングの精度を向上させる観点からは、リンパ管の誘引作用と炎症性細胞の遊走能の両方を評価することが好ましい。炎症性細胞の「遊走能」は、既定の時間間隔で炎症細胞の遊走距離を測定し、単位時間当たりのその変位量(換言すると「遊走量」)を指標として評価することができる。遊走量を測定するにあたり、統計学的に信頼できる数の炎症細胞が無作為に選択される。遊走量の測定については、動態解析ソフトを用いることで、簡便に測定することができる。
【0027】
候補薬剤は、例えば、コントロールと比較して有意に遊走量を増大させる場合、炎症性細胞の遊走能が活性化されていると評価され、炎症性細胞誘引剤として選定され得る。
【0028】
本発明のスクリーニング方法により得られる「炎症性細胞誘引剤」は、炎症性細胞がリンパ管腔網に誘引されて回収される過程を促進することができる。炎症性細胞がリンパ管腔内に回収されることで炎症が収束するため、本発明のスクリーニング方法により得られる炎症性細胞誘引剤は抗炎症作用を有していると考えられる。また、炎症性細胞はリンパ管腔内に回収されずに炎症部位に留まることで慢性炎症、組織障害を伴う病態、浮腫等を引き起こすことがあるため、抗炎症剤以外の用途として、炎症性細胞誘引剤はこれらの症状を治療又は予防するのにも有用であると考えられる。
【0029】
リンパ管内皮細胞により産生されるCCケモカイン、特にCCL21の発現を阻害するとリンパ管の誘引作用や炎症性細胞の遊走能が低下する。事実、後述するとおりsiRNAによりリンパ管内皮細胞におけるCCL21発現を抑制した結果、マクロファージの誘引率や遊走量が低下した。従って、CCケモカインの発現を亢進させる薬剤は炎症性細胞誘引剤となり得る。同様に、当該CCケモカインの受容体、例えばCCL21の受容体であるCCR7を活性化する薬剤も炎症性細胞誘引剤の候補となる。
【0030】
次に、本願発明を以下の実施例により更に具体的に説明する。
【実施例】
【0031】
1.三次元共培養モデルの作成
BD Matrigel(登録商標)基底膜マトリックス グロースファクターリデュースト(BD Biosciences)と10倍濃度ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(Sigma-Aldrich Co. LLC)を10:1の割合で混合した後、カバーグラスチャンバー 8ウェル(nunc; Thermo Fisher Scientific K.K.)に150 μlを入れ、37℃ 5%CO2の保湿インキュベーターで50分間維持してゲル化した。その後、ゲル上にヒト新生児包皮よりCD31陽性CD34陰性CD45陰性細胞として単離したリンパ管内皮細胞(Kajiya K., et al., (2005) Hepatocyte growth factor promotes lymphatic vessel formation and function. EMBO J 24:2885-95)を2x104細胞数/ウェルで播種し、37℃ 5%CO2の保湿インキュベーターで15時間培養し、ネットワークを形成させた。リンパ管内皮細胞を標識する場合にはPKH26赤色蛍光細胞リンカーキット(Sigma-Aldrich Co. LLC)を用いて細胞膜標識をし、同細胞数をゲル上に播種した。
【0032】
リンパ管内皮細胞と共培養される炎症性細胞として、100 ng/ml PMA(Sigma-Aldrich Co. LLC)刺激を48時間行ってマクロファージへ分化させたTHP1(American Type Culture Collection)細胞を用いた。炎症性細胞をPKH67緑色蛍光細胞リンカーキット(Sigma-Aldrich Co. LLC)で細胞膜標識した後、ネットワークを形成したリンパ管内皮細胞上に2x103細胞数/ウェルで添加した。
【0033】
2.リンパ管内皮細胞の誘引作用及び炎症性細胞の遊走能の評価
上記三次元モデルに加え、CCL21の発現を抑制したリンパ管内皮細胞を導入した三次元モデルを以下のとおり作成した。リンパ管内皮細胞にBasic Nucleofector Kit for Primary Mammalian Endothelial Cells(Lonza Cologne GmbH)を用い、プロトコールに従ってエレクトロポレーションを行い、CCL21 Silencer Select Pre-designed siRNA(s12605:cagcuaccggaagcaggaatt(配列番号1);s12606:ccaucccagcuauccuguutt(配列番号2);s12607:gcucaggacuguugccucatt(配列番号3) 各1μg; Applied Biosystems Inc.)を導入した。その後、37℃ 5%CO2の保湿インキュベーターで48時間培養することで、CCL21の発現が抑制されたリンパ管内皮細胞を含む三次元モデルを作成した。
【0034】
作成後、HSオールインワン蛍光顕微鏡 BZ-9000(KEYENCE CORPORATION. Japan)を用いて、上記二種類の三次元モデルについてタイムラプス撮影を行った。各撮影時間において、視野中のリンパ管内皮細胞ネットワーク上に存在する炎症性細胞を数え、視野中に存在する炎症性細胞の総数に対する割合(誘引率(%))を求めた。結果を図1に示す。図1より、ネガティブコントロール(NC)として使用した、通常のリンパ管内皮細胞を含んで成る三次元モデルと比較して、CCL21の発現が抑制されたリンパ管内皮細胞を含んで成る三次元モデルは、マクロファージの誘引率が有意に低下したことが分かる。
【0035】
また、動画編集解析ソフトウェア(KEYENCE CORPORATION. Japan)を用いて、炎症性細胞の動きを追尾し、追尾開始時点の細胞の位置から追尾終了時点の細胞の位置までの直線距離を算出し、これを炎症性細胞の遊走量として評価した。単位時間当たりに測定された遊走量を図2に示す。
【0036】
図2に示すとおり、CCL21の発現が抑制されたリンパ管内皮細胞を含んで成る三次元モデルにおいて、マクロファージの誘引率だけでなく遊走量も有意に低下した。これらの結果から、CCL21はリンパ管の誘引作用において極めて重要な役割を果たしていることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リンパ管内皮細胞、炎症性細胞、及び支持体、を含んで成る三次元モデルであって、当該支持体上に、下から順にリンパ管内皮細胞、炎症性細胞が積層されて成り、当該リンパ管内皮細胞が当該支持体上で管腔網を形成している、三次元モデル。
【請求項2】
前記炎症性細胞が、前記リンパ管内皮細胞によって産生されるCCケモカインの受容体を発現している、請求項1に記載の三次元モデル。
【請求項3】
前記CCケモカインがCCケモカイン受容体7(CCR7)のリガンドである、請求項2に記載の三次元モデル。
【請求項4】
前記リガンドがCCケモカインリガンド21(CCL21)である、請求項3に記載の三次元モデル。
【請求項5】
前記支持体が基底膜成分を含むゲルである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の三次元モデル。
【請求項6】
炎症性細胞誘引剤をスクリーニングする方法であって、請求項1〜5のいずれか1項に記載の三次元モデルを用いて、リンパ管内皮細胞により形成された管腔網の炎症性細胞誘引作用及び/又は当該炎症性細胞の遊走能を活性化させる候補薬剤を炎症性細胞誘引剤として選定する工程を含んで成る方法。
【請求項7】
前記候補薬剤が、前記リンパ管内皮細胞におけるCCケモカインの発現を亢進するか、又は前記炎症性細胞が発現するCCケモカイン受容体を活性化する場合に、リンパ管内皮細胞により形成された管腔網の炎症性細胞誘引作用及び/又は当該炎症性細胞の遊走能を活性化させると評価される、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記CCケモカインがCCケモカイン受容体CCR7のリガンドである、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記リガンドがCCL21である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記誘引剤が抗炎症作用を有する、請求項6〜9のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−48595(P2013−48595A)
【公開日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−189072(P2011−189072)
【出願日】平成23年8月31日(2011.8.31)
【特許番号】特許第5138079号(P5138079)
【特許公報発行日】平成25年2月6日(2013.2.6)
【出願人】(000001959)株式会社 資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】