説明

不凍タンパク質混合物

【課題】 不凍活性の高い不凍タンパク質組成物を提供すること、ならびに低コストで効果的な不凍タンパク質の適用方法を提供する。
【解決手段】 正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質とを有効成分として含む組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不凍タンパク質に関するものであり、分子全体としての荷電が異なる2種類以上の不凍タンパク質を含む組成物、ならびに分子全体としての荷電が異なる2種類以上の不凍タンパク質を添加することを含む、含水物の凝固点を降下させる方法、含水物における凍結濃縮を阻害する方法、氷の再結晶を阻害する方法および含水物を保存する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
0℃以下の温度域においては、水分子および水分子以外の物質を含む含水物の内部では水分子同士だけが結びついて氷塊を形成する。このとき水分子以外の物質が、氷塊形成に伴う物理的な圧迫を受け移動を強いられる凍結濃縮と呼ばれる現象がおこる。このような含水物を解凍すると、凍結前の内部構造、生理活性、または風味などが損なわれる。この問題は、従来プログラムフリーザー等の装置を用いて急速冷凍、緩慢冷凍、急速解凍、緩慢解凍を組み合わせることや、グリセロールなどの化学合成物質を添加すること、または冷凍物を入れる容器の形状に工夫を凝らすことなどによって克服されてきた。しかし対象となる含水物には膨大な種類があり、より汎用性が高く低コストを実現する新しい冷凍保存法の技術開発が強く望まれていた。
【0003】
不凍タンパク質(AFP)は、氷の再結晶阻害や熱ヒステリシス活性などの特性を示し、含水物の凍結濃縮を強く抑制する能力を有する。また、0℃以上の温度域において、AFPは、細胞膜または細胞膜表面の水分子と特異的な相互作用をすることによって、該細胞の生存率を高める能力を有する。これらの能力のために、AFPの添加は、肉、野菜、加工食品、血液、細胞、卵子、精子、移植臓器などのさまざまな含水物の内部構造を保持し、その結果として該含水物の時間経過(保存)に伴う品質や風味あるいは生命活動の低下を妨げる効果があると考えられてきた。このために、食品、医学、その他の分野において最も保存効果の高いAFPを低コストで効率的に生産する手法の開発が強く望まれていた。
【0004】
AFPが1960年代後半に南極等に生息する魚類の体液から発見されてから既に30年以上が経過した。その間、AFPに関する膨大な研究が行われAFPの医学応用や産業応用の可能性が検討され、更にAFPを生産販売するベンチャー企業(A/F Protein Inc.935 Main Str.Waltham,MA 02451 USA)が1994年に設立された。それにもかかわらず、いまだにAFPによる低温保存などの技術は実用化されていない。その最大の原因は、医学分野、食品分野などにおけるAFPの実用化に必要な最低量のAFPを生産する技術が開発されていないことであった。従来、実用化のためのAFPの効果は、魚類の血液から精製されたAFPまたは遺伝子工学的に製造したAFPを用いることによって調べられてきた。しかし、魚体死後におこる凝血現象によって、注射器を用いて何十リットルもの魚体血液を採取することは困難なため、AFPの精製量は限定的なものにとどまっていた(図1を参照)。また、遺伝子工学的手法を用いても一度の実験で50mg程度の量を得るのが限度であり、しかもこの手法には高額の費用を必要とした。医学分野での実用化に必要なAFPの量は最低でも10グラム以上であり、食品分野での実用化に必要なAFPの量は最低でも1キログラム以上である。しかしながら、AFPのグラムオーダー以上の大量生産が実現されたことはなく、また北極および南極魚由来のAFPの希少性のために、その販売価格も実用化には困難な高価に設定されていた。
【0005】
その後、北極海や南極海に漁船を出さずに捕獲する事のできる膨大な食用魚種の筋肉のすり身液から、魚体死の影響を受けずに、非限定的な量のAFPが精製できることが示された(図1および特許文献1を参照)。現在、この手法を用いたAFP大量精製の試みがすでに企業等により開始されているが、同時に多くの技術的問題点が浮き彫りになってきている。最大の問題点はAFPの精製に関することである。魚類が有するAFPは、活性の異なるAFPの混合物である。AFPの精製を続けていくと最終的には筋肉中に存在する10種以上のAFPを分離するまでに至る。各AFPは、アミノ酸組成の違いによって生化学的性質やAFPとしての活性が異なっている。また、これまでの研究で、細胞の時間経過にともなう生存率は、用いたAFPに依存して大きく異なることも明らかとなっている。しかし、どのようなAFPが最も高い効果を発揮するのかは明らかではなく、また、選択したAFPの水への溶解度が低ければ添加物には不向きである。このような状況下、AFPの有利な適用条件の開発が望まれていた。
【特許文献1】特開2004−083546号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、低コストで不凍活性の高い不凍タンパク質組成物を提供すること、ならびに低コストで効果的な不凍タンパク質の適用方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは前記課題を解決すべく鋭意検討を行い、タイプの異なる不凍タンパク質についてそれらの不凍活性を比較検討した結果、不凍タンパク質が有する電荷によって不凍活性の程度が大きく異なること、さらに、負電荷を有する不凍タンパク質と正電荷を有する不凍タンパク質を組み合わせて適用することにより、優れた不凍活性が得られることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質とを有効成分として含む組成物。
(2)正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質を、99:1〜1:99のモル比で含む、(1)記載の組成物。
(3)正に荷電している不凍タンパク質が以下の(a)および(b)のタンパク質:
(a)配列番号2、4、6、8、10または12のいずれかで表されるアミノ酸配列を含むタンパク質、
(b)配列番号2、4、6、8、10または12のいずれかで表されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ不凍活性を有するタンパク質
から選択される少なくとも1種であり、
負に荷電している不凍タンパク質が以下の(c)および(d)のタンパク質:
(c)配列番号14、16、18、20、22、24または26のいずれかで表されるアミノ酸配列を含むタンパク質、
(d)配列番号14、16、18、20、22、24または26のいずれかで表されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ不凍活性を有するタンパク質
から選択される少なくとも1種である、(1)または(2)記載の組成物。
【0009】
(4)含水物の凝固点を降下させるための、(1)〜(3)のいずれかに記載の組成物。
(5)含水物における凍結濃縮を阻害するための、(1)〜(3)のいずれかに記載の組成物。
(6)含水物における氷の再結晶を阻害するための、(1)〜(3)のいずれかに記載の組成物。
(7)含水物を保存するための、(1)〜(3)のいずれかに記載の組成物。
(8)含水物の凝固点を降下させる方法であって、該含水物に正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質とを添加することを含む前記方法。
(9)含水物における凍結濃縮を阻害する方法であって、該含水物に正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質とを添加することを含む前記方法。
(10)含水物における氷の再結晶を阻害する方法であって、該含水物に正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質とを添加することを含む前記方法。
(11)含水物を保存する方法であって、該含水物に正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質とを添加することを含む前記方法。
(12)正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質を、99:1〜1:99のモル比で添加する、(8)〜(11)のいずれかに記載の方法。
【0010】
(13)正に荷電している不凍タンパク質が以下の(a)および(b)のタンパク質:
(a)配列番号2、4、6、8、10または12のいずれかで表されるアミノ酸配列を含むタンパク質、
(b)配列番号2、4、6、8、10または12のいずれかで表されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ不凍活性を有するタンパク質
から選択される少なくとも1種であり、
負に荷電している不凍タンパク質が以下の(c)および(d)のタンパク質:
(c)配列番号14、16、18、20、22、24または26のいずれかで表されるアミノ酸配列を含むタンパク質、
(d)配列番号14、16、18、20、22、24または26のいずれかで表されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ不凍活性を有するタンパク質
から選択される少なくとも1種である、(8)〜(12)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、低コストで不凍活性の高い不凍タンパク質組成物、および低コストで効果的な不凍タンパク質の適用方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明において不凍タンパク質(AFP)は、不凍活性を有するタンパク質を意味し、魚類等の生体内において、凍結温度域で細胞内に生成する氷結晶の表面に特異的に結合してその成長を抑制し、組織の凍結から身を守る生体防御物質として知られている。本明細書において、不凍タンパク質とは、不凍活性を有するペプチドおよびタンパク質の双方を包含するものとする。
【0013】
不凍タンパク質の不凍活性は、該タンパク質が添加された含水物に対し、熱ヒステリシス、氷結晶の成長阻害および氷の再結晶阻害のいずれかをもたらす活性として評価される。あるいは、不凍タンパク質が存在する含水物中には、特徴的な形状の氷結晶(例えば、魚類由来の不凍タンパク質では、ピラミッドを二つ底面で重ねたバイピラミダル型氷結晶)が生成することから、氷結晶の形状を顕微鏡で観察することにより対象とするタンパク質の不凍活性を評価することもできる。
【0014】
通常、水の凝固点と氷の融点は同一であるが、不凍タンパク質が存在するとそれが氷結晶と結合するため、水の凝固点と氷の融点に差が生じる。この現象を熱ヒステリシスという。不凍タンパク質における不凍活性の大きさは、通常、不凍タンパク質が存在するときに生じる氷の融点と水の凝固点の差によって評価され、本明細書において、この融点と凝固点の差を熱ヒステリシス活性として定義する。熱ヒステリシス活性は、浸透圧計(オスモメーター)を用いることによって測定することができる。また、形成した氷結晶は、−10℃以上の比較的高い温度での昇華または一部融解によって、生じた水分を吸収し成長する。氷の再結晶阻害とは、この現象を阻害する効果をいう。
【0015】
本発明において含水物とは、水分子と水分子以外の分子とを含む物質を意味し、例えば、溶質と溶媒からなる水溶液、水に溶解しない物質と水との混合液、穀類、麺類、卵、野菜、果実、肉類、魚介類、パン生地、氷菓子および加工食品などの食品、医療品、診断薬、試薬、化粧品、化粧水、血液、血清、血小板、精子、卵子、単細胞、多細胞、生体組織、心臓、膵臓、肝臓および腎臓などの臓器ならびにこれらの保存液、融雪剤、霜害防止剤等が挙げられる。
【0016】
本発明者らは、タイプの異なる不凍タンパク質のうち、負に荷電している不凍タンパク質が高い不凍活性を有するのに対し、正に荷電している不凍タンパク質が不凍活性をほとんど有しないことを見いだした。さらに、ほとんど不凍活性のない正に荷電している不凍タンパク質に、負に荷電している不凍タンパク質をわずかに添加することにより、高い不凍活性が得られること、さらには負に荷電している不凍タンパク質単独の場合よりもはるかに優れた不凍活性が得られることを見いだした。従って、本発明により、単独で活性の高い負に荷電している不凍タンパク質を節約することができるとともに、全タイプの不凍タンパク質を無駄なく利用できる。その結果、不凍タンパク質の実用化に大きく貢献するものであり、コストの点でも非常に有利である。
【0017】
一実施形態において本発明は、正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質とを有効成分として含む組成物に関する。
【0018】
本発明において、正に荷電している不凍タンパク質とは、分子表面が正に荷電しており、陽イオン交換樹脂、特に荷電基としてスルホプロピル(SP)基を有するイオン交換樹脂に結合する不凍タンパク質を意味する。また、負に荷電している不凍タンパク質とは、分子表面が負に荷電しており、陰イオン交換樹脂、特に荷電基として第四級アミノエチル(QAE)基を有するイオン交換樹脂に結合する不凍タンパク質を意味する。
【0019】
正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質は、それぞれが1種類の不凍タンパク質を含むものでもよいし、2種以上の不凍タンパク質を含むものでもよい。
【0020】
本発明の組成物において、正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質の比は、モル比で、好ましくは99:1〜1:99、より好ましくは95:5〜50:50、さらに好ましくは90:10〜80:20である。異なる荷電を有する不凍タンパク質を上記のような比で配合または添加することにより、それぞれを単独で用いた場合よりもはるかに高度な不凍活性、特に熱ヒステリシス活性が得られる。また、ほとんど活性を有しない不凍タンパク質に活性の高い不凍タンパク質をわずかに配合するだけで高度な不凍活性が得られることから、比較的大量に得られるが単独では活性を有しない正に荷電している不凍タンパク質を有効利用できるとともに、比較的量が少ないが活性の高い負に荷電している不凍タンパク質も効率的に利用することができる。
【0021】
本発明において、正に荷電している不凍タンパク質および負に荷電している不凍タンパク質は、合成のものでも天然由来のものでもよい。天然由来の不凍タンパク質としては、特に限定されないが、例えば、魚類由来、昆虫由来、菌類由来、哺乳動物由来および植物由来の不凍タンパク質が挙げられる。好ましくは魚類に由来する不凍タンパク質であり、さらに好ましくはナガガジ(Zoarces)属の魚類、特に好ましくはナガガジ(Zoarces elongatus Kner)の筋肉から得られる不凍タンパク質である。
【0022】
北海道野付郡別海町尾岱沼港町179−2にある北海道野付漁業協同組合においては、野付湾内で捕獲される北海シマエビ等を中心にした産業振興に勤めているが、同湾内に生息するナガガジは北海シマエビを食い荒らしてしまうことが問題になっている。ナガガジは、底引き網を用いて行う漁の際に、北海シマエビと共に大量に網にかかり、分別されて廃棄魚用のカゴにまとめられ廃棄業者により廃棄される。したがって、ナガガジの原価は無料であり、不凍タンパク質を生産するための原材料としてこれを低価格に抑えるために非常に有利な魚種である。
【0023】
魚類由来不凍タンパク質には主として4つのタイプがあり、分子量約3,000〜4,500のAFPI、分子量約20,000のAFPII、分子量約7,000のAFPIII、および分子量約11,000のAFPIVに分類されている。本発明において好ましい不凍タンパク質は、AFPIIIである。
【0024】
本発明においては、異なる起源に由来する不凍タンパク質を組み合わせてもよいし、例えば、魚類由来の不凍タンパク質の場合は、AFPI〜AFPIVを組み合わせてもよい。好ましくは同種の起源に由来する不凍タンパク質、より好ましくはAFPI〜AFPIVのうち同じタイプの不凍タンパク質、さらに好ましくは同種のAFPアイソフォームを組み合わせる。
【0025】
正に荷電している不凍タンパク質の好ましい例としては、配列番号2、4、6、8、10または12のいずれかで表されるアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。配列番号4または12で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質がさらに好ましく、配列番号12で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質が特に好ましい。
【0026】
負に荷電している不凍タンパク質の好ましい例としては、配列番号14、16、18、20、22、24または26のいずれかで表されるアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。これらのタンパク質はアミノ酸配列の類似性に基づき、配列番号14、16、18または20のアミノ酸配列からなるタンパク質のグループ(QAE1グループ)と配列番号22、24または26のアミノ酸配列からなるタンパク質のグループ(QAE2グループ)に分類することができる。
【0027】
QAE1グループとQAE2グループは、主として分子のN末端側に多く認められるアミノ酸残基の相異に基づいて分類される(図3においては、2、9、19、20、23〜25、27、30および41番のアミノ酸残基)。また、QAE1グループの不凍タンパク質の等電点が8〜9の範囲にあるのに対し、QAE2グループの不凍タンパク質の等電点は4〜7の範囲にある。両者は共にQAEグループの配列上の特徴を有しながら異なる不凍活性を発揮する。
【0028】
本発明においてはQAE1グループに属するタンパク質が好ましく、配列番号16で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質が特に好ましい。
【0029】
本発明においては、配列番号12で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質と配列番号16で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質とを有効成分として含む組成物が特に好ましい。
【0030】
上記の各アミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に同等のタンパク質もまた、好ましい不凍タンパク質として使用できる。機能的に同等とは、対象となるタンパク質が、各アミノ酸配列からなるタンパク質と同等の生物学的機能、生化学的機能、不凍活性を有することを指す。
【0031】
各アミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に同等のタンパク質には、各アミノ酸配列を含むタンパク質、ならびに、各アミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ不凍活性を有するタンパク質が包含される。ここで数個とは、通常、2〜10個、好ましくは2〜5個、より好ましくは2〜3個を意味する。各アミノ酸配列を含み、不凍活性を有するタンパク質のアミノ酸鎖長は、通常、10〜200残基、好ましくは20〜180残基、より好ましくは35〜140残基である。
【0032】
また、各アミノ酸配列と少なくとも50%以上の同一性、好ましくは75%以上の同一性、さらに好ましくは85%以上の同一性、さらに好ましくは90%以上の同一性、特に好ましくは95%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、不凍活性を有するタンパク質も包含される。
【0033】
アミノ酸配列の同一性は、当技術分野において通常用いられる方法によって決定することができ、例えば、Karlin and AltschulによるアルゴリズムBLAST(Proc.Natl.Acad.Sci.USA 90:5873−5877,1993)によって決定することができる。このアルゴリズムに基づいて、BLASTNやBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul et al.J.Mol.Biol.215:403−410,1990)。これらの解析方法の具体的な手法は公知である(http://www.ncbi.nlm.nih.gov.)。
【0034】
本発明において、正に荷電している不凍タンパク質および負に荷電している不凍タンパク質は、当技術分野で公知の手法により、魚類等の天然起源、例えば魚類の血や筋肉から得ることができる。
【0035】
魚類の血液から不凍タンパク質を得る際には、AFP産生魚体の尾部静脈等から注射器を用いて採取した血液を、4℃付近にて12時間以上静置する。この操作によって沈殿する血球成分(不凍タンパク質を含まない)を赤血球の膜を破らないように静かに取り除く(デカンテーション)。残る血清成分(不凍タンパク質を含む)に対して透析、イオン交換クロマトグラフィーまたはHPLCクロマトグラフィーといった汎用の生化学的分離操作を適用することによって、該不凍タンパク質を得ることができる(Schrag,J.D.,ら、Biochim.Biophys.Acta,915,357−370(1987))。
【0036】
魚類の筋肉から不凍タンパク質を得る際には、AFP産生魚体をそのまま、または該魚体から頭部と内臓を取り除いたものを、ミキサーにかけてすり身にする。これに水または緩衝液を加えて良く懸濁する。このとき、必要に応じてすり身懸濁液に対して50〜90℃の加熱を行う(例.IおよびII型AFPを精製する場合)。このすり身懸濁液を静置するか、または3,000〜12,000rpmで30分程度の間、遠心分離操作を行うことによって、上澄み液を得る。これに対して透析、イオン交換クロマトグラフィーまたはHPLCクロマトグラフィーといった汎用の生化学的分離操作を適用することによって、不凍タンパク質を得ることができる(特開2004-083546公報)。
【0037】
また、上記アミノ酸配列または公開されているアミノ酸配列情報を利用して、当技術分野で公知の手法、例えば固相ペプチド合成法などにより合成することができる。また、公知の遺伝子組換え手法を利用して、不凍タンパク質をコードするcDNAの情報を用いて不凍タンパク質を生産することも可能である。
【0038】
なお、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAの塩基配列を配列番号1に、配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAの塩基配列を配列番号3に、配列番号6で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAの塩基配列を配列番号5に、配列番号8で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAの塩基配列を配列番号7に、配列番号10で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAの塩基配列を配列番号9に、配列番号12で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAの塩基配列を配列番号11に、配列番号14で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAの塩基配列を配列番号13に、配列番号16で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAの塩基配列を配列番号15に、配列番号18で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAの塩基配列を配列番号17に、配列番号20で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAの塩基配列を配列番号19に、配列番号22で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAの塩基配列を配列番号21に、配列番号24で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAの塩基配列を配列番号23に、配列番号26で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAの塩基配列を配列番号25に、それぞれ示す。
【0039】
以下、組換え手法を用いた不凍タンパク質の生産に関して説明する。
不凍タンパク質生産用組換えベクターは、上記DNAの塩基配列または公開されているcDNAの塩基配列を適当なベクターに連結することにより得ることができ、形質転換体は、不凍タンパク質生産用組換えベクターを、不凍タンパク質が発現し得るように宿主中に導入することにより得ることができる。
【0040】
ベクターには、宿主微生物で自律的に増殖し得るファージまたはプラスミドが使用される。プラスミドDNAとしては、大腸菌由来のプラスミド(例えばpET21a、pGEX4T、pUC118、pUC119、pUC18、pUC19等)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5等)、酵母由来のプラスミド(例えばYEp13、YEp24、YCp50等)などが挙げられ、ファージDNAとしてはλファージ(λgt11、λZAP等)が挙げられる。さらに、ワクシニアウイルスなどの動物ウイルス、バキュロウイルスなどの昆虫ウイルスベクターを用いることもできる。
【0041】
ベクターに不凍タンパク質cDNAを挿入するには、まず、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、適当なベクターDNAの制限酵素部位またはマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法などが採用される。
【0042】
その他、哺乳動物細胞において用いられる不凍タンパク質生産用組換えベクターには、プロモーター、不凍タンパク質cDNAのほか、所望によりエンハンサーなどのシスエレメント、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、リボソーム結合配列(SD配列)などが連結されていてもよい。
【0043】
DNA断片とベクター断片とを連結させるには、公知のDNAリガーゼを用いる。そして、DNA断片とベクター断片とをアニーリングさせた後連結させ、不凍タンパク質生産用組換えベクターを作製する。
【0044】
形質転換に使用する宿主としては、不凍タンパク質を発現できるものであれば特に限定されるものではない。例えば、細菌(大腸菌、枯草菌等)、酵母、動物細胞(COS細胞、CHO細胞等)、昆虫細胞が挙げられる。
【0045】
一例として、細菌を宿主とする場合は、不凍タンパク質生産用組換えベクターが該細菌中で自律複製可能であると同時に、プロモーター、リボゾーム結合配列、不凍タンパク質DNA、転写終結配列により構成されていることが好ましい。また、プロモーターを制御する遺伝子が含まれていてもよい。大腸菌としては、例えばエッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)BRLなどが挙げられ、枯草菌としては、例えばバチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)などが挙げられる。プロモーターは、大腸菌等の宿主中で発現できるものであればいずれを用いてもよい。細菌への組換えベクターの導入方法は、細菌にDNAを導入する方法であれば特に限定されるものではない。例えばカルシウムイオンを用いる方法、エレクトロポレーション法等が挙げられる。
【0046】
酵母、動物細胞、昆虫細胞などを宿主とする場合には、同様に、当技術分野で公知の手法に従って、不凍タンパク質を生産することができる。
【0047】
不凍タンパク質は、上記作製した形質転換体を培養し、その培養物から採取することにより得ることができる。「培養物」とは、培養上清、培養細胞、培養菌体、または細胞もしくは菌体の破砕物のいずれをも意味するものである。上記形質転換体を培地で培養する方法は、宿主の培養に用いられる通常の方法に従って行われる。
【0048】
大腸菌や酵母菌等の微生物を宿主として得られた形質転換体を培養する培地としては、微生物が資化し得る炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、形質転換体の培養を効率的に行うことができる培地であれば、天然培地、合成培地のいずれを用いてもよい。
【0049】
培養は、通常、振盪培養または通気攪拌培養などの好気的条件下、37℃で6〜24時間行う。培養期間中、pHは中性付近に保持する。pHの調整は、無機または有機酸、アルカリ溶液等を用いて行う。培養中は必要に応じてアンピシリンやテトラサイクリン等の抗生物質を培地に添加してもよい。
【0050】
培養後、不凍タンパク質が菌体内または細胞内に生産される場合には、菌体または細胞を破砕することによりタンパク質を抽出する。また、不凍タンパク質が菌体外または細胞外に生産される場合には、培養液をそのまま使用するか、遠心分離等により菌体または細胞を除去する。その後、タンパク質の単離精製に用いられる一般的な生化学的方法、例えば硫酸アンモニウム沈殿、ゲルクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等を単独でまたは適宜組み合わせて用いることにより、前記培養物中から不凍タンパク質を単離精製することができる。
【0051】
不凍タンパク質が得られたか否かは、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動等により確認することができる。
【0052】
なお、以上の方法によって得られる組換え不凍タンパク質には、他の任意のタンパク質との融合タンパク質も含まれる。例えば、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)や緑色蛍光タンパク質(GFP)との融合タンパク質などが例示できる。さらに、形質転換細胞で発現されたペプチドは、翻訳された後、細胞内で各種修飾を受ける場合がある。したがって、修飾されたペプチドも不凍タンパク質として用いることができる。このような翻訳後修飾としては、N末端メチオニンの脱離、N末端アセチル化、糖鎖付加、細胞内プロテアーゼによる限定分解、ミリストイル化、イソプレニル化、リン酸化などが例示できる。
【0053】
本発明の組成物は、正に荷電している不凍タンパク質および負に荷電している不凍タンパク質を含むものであるが、精製されたそれぞれのタンパク質を混合することによって得られる組成物だけでなく、魚類等の材料を精製する段階で得られる双方の不凍タンパク質を含有する粗精製物としての不凍タンパク質混合物も包含する。
【0054】
そのような不凍タンパク質混合物は、例えば、魚体すり身または魚体乾物の懸濁液を調製し、魚体すり身または魚体乾物の懸濁液を静置または遠心分離して上澄液を得て、必要に応じて上澄液を熱処理し、生じた沈殿物を遠心分離により除去して不凍タンパク質を含有する上澄液を得て、この上澄液から不凍タンパク質を回収する。
【0055】
より具体的には、魚肉をすり身にし、または魚体乾物をハサミなどで細かく切断した後にミキサーなどにより粉砕し、これに対して水、重炭酸アンモニウムまたはリン酸水素ナトリウム等の水溶液を加え魚肉の懸濁液とする。これにより、不凍タンパク質は、水性液中に溶出される。魚肉すり身は、魚肉を細切りにした後ミキサーにかけて得てもよいが、常法によりすり身製造機により擂潰して得てもよい。上記すり身懸濁液または魚体乾物粉砕物の懸濁液の遠心分離の条件は、3,000〜12,000回転/分で、5分間から60分間である。特にI型およびII型の不凍タンパク質を精製する場合には、得られた上澄液に対する加熱処理によって、魚体およびすり身特有の臭いを効果的に除去または減少させるとともに、不凍タンパク質以外の共雑タンパク質を熱変性させ沈殿させることができる。この加熱処理は、通常30〜90℃、より好ましくは50〜75℃で、通常1〜90分、好ましくは20〜40分行う。加熱処理をしない場合には、活性炭フィルターを通過させることによって、魚体およびすり身特有の臭いを除去または減少させることができる。続いて、取得した上澄液を遠心し、沈殿した共雑タンパク質を除去する。得られた不凍タンパク質を高濃度で含有する上澄み液は、そのままの形態で用いてもよいが、好ましくは、凍結乾燥により乾燥粉末とする(特開2004−83546)。
【0056】
本発明の組成物は、高度な不凍活性を有することから、含水物、特に水溶液の凝固点を降下させるための組成物として使用できる。また、本発明の組成物は、含水物における凍結濃縮を阻害するための組成物として使用できる。さらに、本発明の組成物は、含水物における再結晶を阻害するための組成物として使用できる。不凍活性、特に熱ヒステリシス活性を有する不凍タンパク質は、含水物に添加すると凍結濃縮を阻害してその品質や生理活性を維持する作用を有することが知られている(特願2003−78977およびRubinsky,B.,ら、Biochem.Biophys.Res.Commun.,180(2)566−571(1991))。従って、本発明の組成物は、含水物、特に、穀類、麺類、卵、野菜、果実、肉類、魚介類、パン生地、氷菓子および加工食品などの食品、医療品、診断薬、試薬、化粧品、化粧水、血液、血清、血小板、精子、卵子、単細胞、多細胞、生体組織、心臓、膵臓、肝臓および腎臓などの臓器、ならびにこれらの保存液、融雪剤、霜害防止剤などを、好ましくは低温で、例えば−30〜+10℃で保存するための組成物としても使用できる。本発明の組成物を保存のために使用することによって、含水物の品質を維持することができる。また、生理活性物質の失活を抑制することができる。ここで生理活性物質としては、特に、生体に由来する物質、例えば抗生物質、機能性食品添加物、細胞分化誘導物質、機能性脂質(DHA、EPA等)、低分子化合物、ホルモン、ビタミン、ペプチド、酵素、抗体、タンパク質などが挙げられる。生理活性物質を含む含水物としては、生理活性物質を含有する水溶液、生体細胞、組織、臓器、血液等の体液、細菌、ウイルス等の微生物などが挙げられる。
【0057】
本発明の組成物は、不凍タンパク質に加えて、塩、イオン、糖、核酸、低分子物質、高分子物質、ペプチドおよび筋肉由来成分などを含んでいてもよい。
【0058】
本発明はまた、正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質とを添加することを含む、含水物、特に水溶液の凝固点を降下させる方法、含水物における凍結濃縮を阻害する方法、含水物における氷の再結晶を阻害する方法、および含水物を保存する方法に関する。これらの方法において、正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質の添加比率は、上述の本発明の組成物における場合と同様である。含水物に対する不凍タンパク質の合計の添加量は、通常、0.00001〜1.0質量%、好ましくは0.0001〜0.01質量%、より好ましくは0.0001〜0.001質量%である。また、食品、細胞および臓器などの含水物を保存するためには、不凍タンパク質を含む水溶液(保存液)に、目的の含水物を浸漬するのが好ましい。そのような場合、該水溶液における不凍タンパク質の濃度は、通常0.0001〜10.0質量%、好ましくは0.001〜1.0質量%、より好ましくは、0.005〜0.05質量%である。本発明の方法において、正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質は、同時に添加してもよいし、別々に添加してもよい。あるいは、魚類等の材料を精製する段階で得られる双方の不凍タンパク質を含有する粗精製物としての不凍タンパク質混合物を添加してもよい。
【実施例】
【0059】
実施例1
(1)検体試料
不凍タンパク質の採取源として使用した魚種は以下のとおりである。
ナガガジ(Zoarces elongatus kner、英名:Notched−Fineelpout):北海道野付湾で漁獲。
【0060】
(2)ナガガジAFPのアミノ酸配列決定
ナガガジの身を包丁で切断しミキサーを用いてすり身にした。このすり身20mlに対して20mlの0.1Mの重炭酸アンモニウム水溶液を加えることで、すり身の懸濁液40mlを調製した。これをプラスチック試験管に入れ、6,000回転で30分間遠心して、約20mlの上澄み液を得た。この上澄み液を、50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH=3.7)に対して透析し、共雑タンパク質を凝集させた。これを12,000回転で30分間遠心して取り除き、上澄み液を得た。この上澄み液に対して陽イオン交換クロマトグラフィーを行い、1mlずつの溶出液を280nmの吸収を検出しながらフラクションコレクターにより回収した。陽イオン交換クロマトグラフィーにはAmersham Pharmacia BiotechのFPLCシステムとBIO−RADのHigh−Sカラムを用いた。50mMの酢酸ナトリウム緩衝液(pH=3.7)を用いてカラムの平衡化と上澄み液の取り込みを行い、溶出は流速1ml/分で0〜0.5Mの塩化ナトリウムの直線勾配をかけることで行った。ここまでの操作は全て4℃で行った。
【0061】
次に、280nmの吸収の観測された試料液を、TOSOのHPLCシステムとODSカラムを用いた逆相クロマトグラフィーにより精製した。0.1%のトリフルオロ酢酸を用いてカラムの平衡化と試料液の取り込みを行い、溶出にはアセトニトリルの直線勾配を用いた。溶出試料の吸光度は214nmと280nmで検出し、単一のタンパク質を含む溶出液フラクションを得た後にこれを凍結乾燥した。このHPLC操作における溶出のパターンを図2上段に示す。こうして得られた14の分画について、それらの凍結乾燥粉末を0.1Mの重炭酸アンモニウム水溶液に溶解してバイピラミダル氷結晶の観測をおこなった。結果を図2下段に示す。その結果、2〜14までの13分画についてAFPアイソフォームの不凍活性を証拠づけるバイピラミダル氷結晶が観測された。こうして13種類のナガガジAFPの試料を精製した後、これらを凍結乾燥した試料を用いてアミノ酸配列の決定を行った。乾燥状態のサンプルを酢酸に溶解し、ポリブレン処理したカートリッジフィルターに添加した。Applied Biosystems社製491プロテインシークエンサーでエドマン分解し、N末端側から順次アミノ酸配列を決定した。
【0062】
(3)全RNAの単離
全RNAの単離に関する基本的な操作はプロトコール集(「RNeasy(登録商標)Protect and RNAlaterTM Handbook」および「RNeasy(登録商標)Mini Handbook」(QIAGEN))に従った。また、サンプルとするナガガジの肝臓は不凍タンパク質の発現量が増大している厳寒期に生魚から採取した。採取した1〜2gの肝臓を5mm角に裁断して10倍量のRNAlater(QIAGEN)中に保存した。この肝臓サンプル60mgを液体窒素中で粉断し、30mgずつBuffer RLT 600μlに懸濁した後、QIAshredder(QIAGEN)でさらに粉砕した。遠心により回収した上清に等量の70%エタノールを加え、スピンカラムを通すことでRNAをカラムに吸着させた。Buffer RW1、Buffer RPEでカラムを洗浄後、RNaseフリー水30μlでそれぞれRNAを溶出した。
【0063】
(4)mRNAの単離
mRNAの単離は、OligotexTM−dT30<Super>mRNA Purification kit(TaKaRa)を用いて行い、操作は添付されているプロトコールに従った。1.1μg/μlのtotalRNA溶液150μlに対し、2×結合バッファー150μl、OligotexTM−dT30<Super>15μlを加え、70℃で3分間加熱した後、室温で10分間放置した。遠心操作にてOligotexTM−dT30<Super>を回収後、洗浄バッファーに懸濁し、スピンカラムでOligotexTM−dT30<Super>を洗浄した。OligotexTM−dT30<Super>に吸着したmRNAを70℃で加熱しておいたRNaseフリー水40μlで溶出した。
【0064】
(5)cDNAライブラリーの構築
cDNAライブラリーの構築は、ZAP−cDNA Synthesis Kit(STRATAGENE(登録商標))で行った。基本的操作は「cDNA Synthesis Kit,ZAP−cDNA(登録商標)Synthesis Kit,and ZAP−cDNA(登録商標)Gigapack(登録商標)III Gold Cloning Kit INSTRUCTION MANUAL」(STRATAGENE)に従った。上述のように回収したmRNAを鋳型とし、メチル化されたdCTPを含むdNTP(dATP、dCTP、dGTP、dTTP)を基質として用い、StrataScript RTaseを加え、42℃で1時間反応を行うことで第1鎖cDNAを逆転写合成した。次にRNaseH、DNAポリメラーゼ、dNTPを加え、16℃で2.5時間反応を行い、第2鎖cDNAを合成した。PfuDNAポリメラーゼでcDNAの末端を平滑化した後、T4DNAリガーゼでアダプター配列を結合した。
【0065】
(6)塩基配列の決定
構築したcDNAライブラリーの一部を0.8%アガロースで電気泳動したところ、500bpの遺伝子断片が主として確認された。そこで、プロテインシークエンサーにより決定されたアミノ酸配列を元に縮重プライマーを設計し、このプライマーとpolyA配列に相補的なプライマーを用いて500bpのcDNAを鋳型にExTaqTM(TaKaRa)でPCRを行った。PCR産物をpGEM(登録商標)−T Easy(Promega)にクローニングし、このプラスミドで大腸菌を形質転換した。形質転換体を100μg/mlアンピシリン含有LB寒天培地上に広げ、形成された任意のコロニーを100μg/mlアンピシリン含有LB液体培地に植菌し、37℃で一晩大腸菌を振とう培養した。増殖した大腸菌からアルカリ−SDS法でプラスミドを分離精製し、T7プロモータープライマーとBigDye(登録商標)Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(Applied Biosystems)を用いてシークエンス反応を行い、ABI PRISMTM310 Genetic Analyzerおよび3100 Genetic Analyzer(Applied Biosystems)で塩基配列を解析した。この解析結果から、分離精製した不凍タンパク質と高い相同性を有するアミノ酸配列をコードする塩基配列郡が500bpのcDNAに含まれていることが確認された。そこで、この500bpのcDNAを鋳型にリンカー配列およびpoly A配列にアニールするプライマーを用いてExTaqTM(TaKaRa)でPCRを行い、不凍タンパク質をコードする塩基配列全長を増幅した。これらPCR産物をpGEM(登録商標)−T Easy(Promega)にクローニングし、遺伝子断片の配列を前述の方法で解析した。
【0066】
ナガガジ由来の13種類のAFP(nfeAFP1〜13)について、そのアミノ酸配列をそれぞれ配列番号2、4、6、8、10、12、14、16、18、20、22、24または26に、それら遺伝子のCDS領域の塩基配列を1、3、5、7、9、11、13、15、17、19、21、23または25に示す。また、これらのアミノ酸配列を分類してまとめた表を図3に示す。これらのAFPは、マクロゾアルセスアメリカヌス(Macrozoarces americanus)(Hew,C.L.,ら、J.Biol.Chem.263(24),12049−12055(1988))の血液から精製されたAFPIIIと75〜90%の相同性を示したことから、AFPIIIに分類される。図3中のnfeAFPは、ナガガジの学名であるNotched−fin eelpoutの頭文字nfeとAFPを結合した略語を示し、nfeAFP1〜13は13種類のナガガジ由来AFPアイソフォームを表す。図3中の灰色斜線部は互いに相同なアミノ酸配列を示す。図3に示すアミノ酸配列のC末端にリジン(K)が認められるアイソフォームについては、このC末端リジンが翻訳後に切断削除されると推察される。上記Hew,C.L.,らの文献において分類されたアイソフォームのアミノ酸配列と図3中の灰色斜線部分以外のアミノ酸配列との間の類似性比較に基づき、このAFPアイソフォームは、分子表面が正に荷電しており陽イオン交換樹脂(SP−Sephadex)に結合する不凍タンパク質グループ(SPグループ)と、分子表面が負に荷電しており陰イオン交換樹脂(QAE−Sephadex)に結合する不凍タンパク質グループ(QAEグループ)の2種類に分類した。さらにQAEグループに属する7種類のアイソフォームは、図3中のQAE1とQAE2グループについて示した灰色斜線部分の特徴的な相異からこれらの2種類のグループに分類した。これら合計13種類のAFPアイソフォームは、筋肉からAFP最終精製物として得られる13のHPLC分画(図2上段)におよそ対応しているものと考えられる。
【0067】
実施例2
図3中に配列を示している5種類のAFPアイソフォーム(nfeAFP2、6、8、11、13)の不凍活性を比較検討するために、これらを遺伝子工学的に発現させた。PCR法を用いて、各アイソフォームをコードするDNAの両末端にNdeIおよびXhoI制限酵素サイトを付加した断片を増幅した後、同制限酵素で消化したpETベクター(Novagen)に組み込んだ。各々の発現ベクターを用いて大腸菌BL21(DE3)を形質転換し、アンピシリン含有LB寒天培地に広げ37℃で培養した。形成されたコロニーをアンピシリン100μg/ml含有LB液体培地に植菌し、28℃で一晩前振とう培養した。翌日、アンピシリン100μg/ml含有LB液体培地に植継ぎ、28℃で培養した。大腸菌の増殖度は濁度から見積もり、O.D.600=0.5の対数増殖機にイソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシドを終濃度0.5mMとなるように添加して、AFPの発現を誘導した。一晩振とう培養後、6,000回転で30分間遠心して大腸菌を回収し10mM Tris−HCL/1mM EDTA溶液中で超音波破砕した。11,000回転で30分間遠心して上澄みを回収し、nfeAFP11は50mMクエン酸ナトリウム緩衝液(pH=2.9)、その他は50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH=3.7)に対して透析し、共雑タンパク質を凝集させた。これを11,000回転で30分間遠心して取り除き、上澄み液を得た。この上澄み液に対して陽イオン交換クロマトグラフィーを行い、2mlずつの溶出液を280nmの吸収を検出しながらフラクションコレクターにより回収した。陽イオン交換クロマトグラフィーにはBio−RadのDuo FlowシステムとHigh−Sカラムを用いた。50mMクエン酸ナトリウム緩衝液(pH=2.9)または50mMの酢酸ナトリウム緩衝液(pH=3.7)を用いてカラムの平衡化と上澄み液の取り込みを行い、溶出は流速1ml/分で0〜0.5Mの塩化ナトリウムの直線勾配をかけることで行った。こうして5種類のAFPアイソフォームを精製した。
【0068】
実施例3
実施例2で精製した5種類のAFPアイソフォーム(nfeAFP2、6、8、11、13)について、目的の濃度になるように各々を0.1M重炭酸アンモニウム水溶液(pH=7.9)で透析した後に、各々について熱ヒステリシス活性のタンパク質濃度依存性を測定した。凝固点測定にはオスモメーター(VOGEL Osmometer)を用い、融点測定にはサーミスタ温度計付きの低温域顕微鏡(Leica DMLB 100型顕微鏡およびLinkam LK600型冷却装置)を用いた。得られた凝固点と融点の差を熱ヒステリシス活性と定義した。熱ヒステリシス活性の値は各AFPアイソフォームの不凍活性、すなわち氷結晶結合の能力を反映している。この測定の結果を図4に示す。各々の測定点におけるAFPアイソフォームのモル濃度は、該水溶液の吸光度を測定することにより決定した。
【0069】
一次配列中にシステインを含むnfeAFP13については、精製後の試料中に多量体の形成が確認されたため、還元剤(ジチオスレイトール)を加えて単量体化した状態(+DTT)と単量化していない状態(−DTT)の両方について、熱ヒステリシス活性を測定した。濃度は吸光度により決定しているため、これらの測定値はいずれもnfeAFP13の単量体1モル当たりの熱ヒステリシス活性と見なすことができる。
【0070】
図4より、5種類のAFPアイソフォームの間で、熱ヒステリシス活性の値が大きく異なることが明らかになった。このことは、AFPアイソフォームの種類、すなわちAFPアイソフォームが有する電荷によって不凍活性が大きく異なることを示している。特に、SPグループに属するAFPアイソフォーム(nfeAFP2、6)は、単独では不凍活性がゼロであることが示された。また、QAEグループに属するAFPアイソフォームであっても、種類によって不凍活性には大きな差があることが判明した。ここでnfeAFP8に最も近いアミノ酸配列を有する既知のAFPIIIは、これまでに多くの機能解明研究がなされているマクロゾアルセスアメリカヌスから精製されたHPLC12というAFPアイソフォームである。
【0071】
実施例4
単独で活性ゼロのAFPアイソフォーム(nfeAFP6)に、別の活性ゼロのAFPアイソフォーム(nfeAFP2)を微量添加(0.2mM)した場合の影響、および同じくnfeAFP6に活性を有するAFPアイソフォーム(nfeAFP8)を微量添加(0.2mM)した場合の影響を検討した。結果を図5に示す。ここで、図5の横軸の数値は、2種類のAFPアイソフォームのモル濃度を合算した濃度を示す。
【0072】
図5に示す通り、活性ゼロのAFPアイソフォーム(nfeAFP6)は、活性を有するAFPアイソフォーム(+nfeAFP8)を僅かに加えることによって、強い熱ヒステリシス活性を示した。一方、活性ゼロのAFPアイソフォームを混ぜても(+nfeAFP2)、熱ヒステリシス活性はゼロのままであった。この実験結果は、単独では活性の無いSPグループに属するAFPアイソフォームが、活性のあるQAEグループに属するAFPアイソフォームが共存することによって高い不凍活性を発揮することを示している。
【0073】
単独では活性の無いSPグループに属するAFPアイソフォームnfeAFP6は、図2のHPLC溶出パターンにおいて2と番号を付した最も吸収の強いピーク中に存在していた。このことは、ナガガジ筋肉中にはSPグループのAFPアイソフォームが最も多量に存在していることを示している。Ocean pout(Macrozoarces americanus)においても、多くのSPグループAFP(11種類)が見出されているのに対して、QAEグループは1種類しか見出されていない。アミノ酸配列情報の解析から、SPグループのAFPアイソフォームは疎水性が低く水への溶解度が高いことが示唆され、実際にSPグループのAFPアイソフォームの水溶性はQAEグループのAFPアイソフォームよりも高かった。従って、SPグループのAFPアイソフォームの発現は、AFPアイソフォーム混合物全体の水溶性を高めることに貢献しており、このことが、厳冬期に魚類血清中のAFPの濃度を20〜30mg/mlにも高める上で必須であるものと考えられる。
【0074】
以上から、魚類の筋肉から得られるAFPを正に荷電しているAFPと負に荷電しているAFPとの混合物の状態で含水物に対して添加することが最も効果的であると結論付けられる。そうすることにより、すべてのタイプのAFPを有効に利用でき、更にSPグループの存在によってAFP混合物全体としての水への溶解度が高められる。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明の組成物および方法は、例えば、穀類、麺類、卵、野菜、果実、肉類、魚介類、パン生地、氷菓子、加工食品、医療品、診断薬、試薬、化粧品、化粧水、血液、血清などにおける氷晶成長または凍結濃縮による食味劣化、内部構造の破壊を防止し、また、血小板、精子、卵子、単細胞、多細胞、生体組織、心臓、膵臓、肝臓、腎臓などの保存液においても有望である。さらに、融雪剤、霜害防止剤、または氷スラリーを使用する冷熱供給システムまたは冷熱蓄熱等においても期待されるものである。本発明は、不凍タンパク質の効率的な利用の促進または不凍タンパク質の応用研究の発展に大いに寄与するものである。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】魚類由来の不凍タンパク質に関して、旧来の技術と近年の技術を比較した表である。
【図2】上段:HPLCクロマトグラフィーによるナガガジ筋肉由来の不凍タンパク質アイソフォームの溶出パターンを表した図である。下段:HPLCの1〜14番までのピークについて観測した氷結晶の写真である。2〜14番のピークについてはバイピラミダル氷結晶が観測された。最も吸収の大きい2番のピークはSPグループに属するAFPアイソフォームであるnfeAFP6と同定された。
【図3】ナガガジ由来の13種類のAFPアイソフォームについて各々のアミノ酸配列をSPグループとQAEグループに分類して整理した表である。
【図4】図3中の5種類のAFPアイソフォームについて、熱ヒステリシス活性(不凍活性)のタンパク質濃度依存性をプロットした図である。測定値はいずれもAFPアイソフォーム単量体1モル当たりの熱ヒステリシス活性である。SPタイプに属するAFPアイソフォームの活性はゼロであった。
【図5】上側:単独では活性がゼロであるSPグループのAFP(nfeAFP6)が、微量(0.2mM)のQAEグループのAFPの添加によって高活性を有するように変化することを示すプロットである。下側:nfeAFP6は、同じSPグループのAFPの添加(0.2mM)では活性が変化しないことを示すプロットである。横軸の数値は、2種類のAFPアイソフォームのモル濃度を合算した濃度を示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質とを有効成分として含む組成物。
【請求項2】
正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質を、99:1〜1:99のモル比で含む、請求項1記載の組成物。
【請求項3】
正に荷電している不凍タンパク質が以下の(a)および(b)のタンパク質:
(a)配列番号2、4、6、8、10または12のいずれかで表されるアミノ酸配列を含むタンパク質、
(b)配列番号2、4、6、8、10または12のいずれかで表されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ不凍活性を有するタンパク質
から選択される少なくとも1種であり、
負に荷電している不凍タンパク質が以下の(c)および(d)のタンパク質:
(c)配列番号14、16、18、20、22、24または26のいずれかで表されるアミノ酸配列を含むタンパク質、
(d)配列番号14、16、18、20、22、24または26のいずれかで表されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ不凍活性を有するタンパク質
から選択される少なくとも1種である、請求項1または2記載の組成物。
【請求項4】
含水物の凝固点を降下させるための、請求項1〜3のいずれか1項記載の組成物。
【請求項5】
含水物における凍結濃縮を阻害するための、請求項1〜3のいずれか1項記載の組成物。
【請求項6】
含水物における氷の再結晶を阻害するための、請求項1〜3のいずれか1項記載の組成物。
【請求項7】
含水物を保存するための、請求項1〜3のいずれか1項記載の組成物。
【請求項8】
含水物の凝固点を降下させる方法であって、該含水物に正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質とを添加することを含む前記方法。
【請求項9】
含水物における凍結濃縮を阻害する方法であって、該含水物に正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質とを添加することを含む前記方法。
【請求項10】
含水物における氷の再結晶を阻害する方法であって、該含水物に正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質とを添加することを含む前記方法。
【請求項11】
含水物を保存する方法であって、該含水物に正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質とを添加することを含む前記方法。
【請求項12】
正に荷電している不凍タンパク質と負に荷電している不凍タンパク質を、99:1〜1:99のモル比で添加する、請求項8〜11のいずれか1項記載の方法。
【請求項13】
正に荷電している不凍タンパク質が以下の(a)および(b)のタンパク質:
(a)配列番号2、4、6、8、10または12のいずれかで表されるアミノ酸配列を含むタンパク質、
(b)配列番号2、4、6、8、10または12のいずれかで表されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ不凍活性を有するタンパク質
から選択される少なくとも1種であり、
負に帯電している不凍タンパク質が以下の(c)および(d)のタンパク質:
(c)配列番号14、16、18、20、22、24または26のいずれかで表されるアミノ酸配列を含むタンパク質、
(d)配列番号14、16、18、20、22、24または26のいずれかで表されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ不凍活性を有するタンパク質
から選択される少なくとも1種である、請求項8〜12のいずれか1項記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−124295(P2006−124295A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−312546(P2004−312546)
【出願日】平成16年10月27日(2004.10.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 刊行物名:第31回生体分子科学討論会講演要旨集 講演日時:2004年7月2日 講演会場:茨城大学 理学部 発行日:2004年7月1日
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】