不定胚塊の分割方法
【課題】植物の不定胚塊からの単一不定胚の割合を高め、従来法に比してより効率的かつ高品質の不定胚集団を誘導する方法を提供する。
【解決手段】植物の不定胚塊を物理的に分割処理することを含む、単一不定胚の誘導方法、並びに、この方法で不定胚塊から単一不定胚を大量に誘導し、該不定胚を発芽させることを含む、植物の大量増殖方法。
【解決手段】植物の不定胚塊を物理的に分割処理することを含む、単一不定胚の誘導方法、並びに、この方法で不定胚塊から単一不定胚を大量に誘導し、該不定胚を発芽させることを含む、植物の大量増殖方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の不定胚塊からの単一不定胚の割合を高め、従来法に比してより効率的かつ高品質の不定胚集団を誘導する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物の増殖には、種子、挿し木、株分け、塊茎、球根、塊根などの種々の方法が用いられているが、クローン増殖が求められる場面においては組織培養法、特に不定胚を用いた増殖法が期待され、一部では実用利用の検討が進められている(非特許文献1)。しかし、従来の不定胚誘導法においては、誘導される不定胚集団に不定胚塊が大きな割合で含まれることが多く(非特許文献2〜4)、大量増殖により適した単一の不定胚を集める為に種々の工夫がなされている。しかし、不定胚集団に大きな割合を占める不定胚塊は、多芽体が許容される植物種別以外においては積極的に利用されることは無く増殖効率の改善に大きな障害となっており、不定胚誘導例がある植物においても、不定胚によるクローン増殖が実現できない大きな要因の1つとなっている。
【0003】
不定胚集団から単一な不定胚を集める方法として、メッシュを用い、物理的処理を伴わずに自然にメッシュの網目を通過する一定サイズ以下の不定胚を選別する技術(非特許文献5)や、画像解析を用いた選別技術(非特許文献6及び7)が検討されている。しかし、これら技術は、既に存在する単一の不定胚を不定胚集団から単に選り分ける方法が主体であり、上述の通り、不定胚集団に大きな割合を占める不定胚塊から単一な不定胚を回収することを意図したものではない。また、不定胚誘導培地の組成を改変することによって、単一の不定胚誘導効率を高める試みもなされており、一定の成果が得られている(非特許文献2及び8)。しかし、多くの植物に共通する普遍的な技術が求められている、単一不定胚の効率的誘導を含めた不定胚塊を積極的に利用する手法はこれまで報告されていない。
【0004】
メッシュによる裏漉し法はカルス(培養細胞の一種)には適用された例はあり、不定胚形成効率の向上など一定の効果は得られている(非特許文献9)。カルス等の培養細胞は不定胚と異なり未分化の組織であり、組織単位も小さく組織間の結合力も弱いため、分割によるダメージが小さい。しかし、不定胚は明確に分化した組織であり、物理的に不定胚塊を分割する手法は、組織へのダメージが極めて大きいことが容易に予見され、これまで検討された例は無かった。
【0005】
不定胚塊を利用する方法としては、不定胚塊を固体培地などの発芽工程に供試し、発芽後に個別の苗に分割する手法もある。しかし、その分割する作業には多大な労力と時間を要することから高コストとなり、適用可能な植物種別は限られた範囲となる。また、不定胚塊自体から1つずつ不定胚を分離することも条件によっては可能と思われるが、発芽体の分割以上に煩雑な作業となり、実用的な方法ではない。
【0006】
【非特許文献1】Pramodら, Scale-up and automation in plant propagation : 76-93, 1991, Academic Press, Inc.
【非特許文献2】MamiyaとSakamoto, J. of Plant Physiol. 159 : 553-556, 2002
【非特許文献3】Shohaelら, J. of Biotechnology 120 : 228-236, 2005
【非特許文献4】Chiら, Biotechnology and Bioengineering 50 : 65-72, 1996
【非特許文献5】Nadelら, Plant Cell, Tissue and Organ Culture 20 : 119-124, 1990
【非特許文献6】Padmanabhanら, Plant Cell Reports 17 : 681-684
【非特許文献7】Harrellら, Acta Horticulturae 319 : 595-600, 1992
【非特許文献8】Dai, In Vitro Cell. Dev. Biol.-Plant 40:376-383, July/August 2004
【非特許文献9】野口、東京農試研報 27:1〜8、1997
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、カルスから誘導される不定胚が塊状の組織(「不定胚塊」と称する)を呈する植物、特に単一の不定胚への誘導がなければ不定胚塊の利用が困難である植物について、従来の不定胚による増殖法の問題点を解消し、高効率、高品質の不定胚の誘導を可能にする方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、鋭意検討の結果、(1)不定胚塊を物理的に分割することによって、単一な不定胚の作出が可能であること、(2)その分割に裏漉し法等の物理的な分割処理、好ましくはメッシュを用いた裏漉し法を用いた場合、ダメージの少ない不定胚の作出が可能であることを見出した。更に、(3)物理的に分割処理して得られた不定胚を特定の培養条件にて再培養することによって、従来には無い大型且つ均一性の高い高品質不定胚を誘導し得ること、(4)上記(3)の培地に、ジベレリン及びアブサイシン酸のいずれか少なくとも1つを加えることによって、得られる不定胚の品質を改善し得ることを見出し、本発明の完成に至った。
【0009】
したがって、本発明は、要約すると以下のような特徴を包含する。
本発明は、植物の不定胚塊を物理的に分割処理することを含む、単一不定胚の誘導方法を提供する。
【0010】
本明細書で使用する「不定胚塊」は、植物のエンブリオジェニック・カルスから誘導される不定胚が多数集合して塊状となった組織をいう。本発明では、不定胚塊を形成する植物で、個々の不定胚に分離されなければ不定胚塊の利用が困難であるような植物を好ましく使用しうる。本発明で使用される不定胚塊は、好ましくは心臓型胚及び/又は魚雷型胚に富むものである。
【0011】
本明細書で使用する「物理的な分割処理」は、不定胚塊から物理的に、具体的には不定胚塊に対し手動により又は機械的に力を加えて、個々の不定胚(すなわち、単一不定胚)に分散させることを含む。このとき不定胚は、無傷の及び/又はダメージを受けた不定胚からなる。不定胚のダメージは、全体的又は部分的のいずれでもよく、例えば圧力、せん断力、切断などの力学的作用によって生じるダメージであり、その程度は、損傷した不定胚を培養することによって修復され実質的に正常な不定胚を誘導することができる程度のダメージである。それゆえ、物理的な分割処理は、分割後の培養によって実質的に正常な不定胚を誘導できるような処理であることが好ましい。
【0012】
本発明の実施形態により、そのような物理的な分割処理は、好ましくは、不定胚塊を、裏濾しする、押し潰す、又は切断する、のいずれかによる処理である。
【0013】
裏濾しは、単一の不定胚が通り抜ける程度の網目からなるメッシュ又はそれと同等の器具(若しくは、装置)を使用して、不定胚塊をメッシュ又は器具に押し付けて個々の不定胚を網目から通過させる手法を指す。
【0014】
押し潰しは、例えば薬さじ、スプーン、ヘラなどの湾曲した若しくは平坦な器具の表面を用いて潰しながら不定胚塊を解す手法を指す。
【0015】
切断は、メスなどの刃物を用いて不定胚塊をランダムに切る手法を指す。切断は、それによって得られた組織及び/又は不定胚を培養にかけるとき実質的に正常な不定胚を誘導できる程度に行うべきである。
【0016】
上記の分割処理によって、単一不定胚の割合を高めることができる。従来、カルスから誘導された不定胚塊と一緒に含まれる遊離の不定胚を単にメッシュで分け取る方法は知られていたが、本発明では、不定胚塊から個々の不定胚に分割する新規の方法を提供しており、これによって、単一不定胚の割合を著しく高めることができる。
【0017】
本発明の別の実施形態により、本発明の方法は、分割処理により得た組織又は不定胚を培養し、これによって改良された品質の不定胚を得ることをさらに含むことができる。
【0018】
この方法において、培養をジベレリン及び/又はアブサイシン酸を含む植物培養培地にて行うことが好ましい。
また、培養の際には、環境濃度を超す炭酸ガスの存在下で行うことが好ましい。
【0019】
本発明はさらに、上記の方法によって不定胚塊から単一不定胚を大量に誘導し、並びに該不定胚を発芽させることを含む、植物の大量増殖方法を提供する。
【0020】
本発明の実施形態によれば、この方法は、誘導された不定胚を脱水処理にかけることをさらに含む。脱水不定胚は、その発芽に影響することなく約1〜3ヶ月の保存を可能にする。
【0021】
本発明の別の実施形態によれば、発芽前に、脱水不定胚をジベレリン及び/又はアブサイシン酸で処理することをさらに含む。これによって、脱水不定胚の発芽率を著しく高めることができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明の方法により、大量増殖に適した単一の不定胚の割合を高めることを可能にし、さらに、分割処理した組織を培養することによって、大型かつ均一性の高い高品質な不定胚を誘導することができる。大型化した不定胚は、発芽工程を含む後工程での取り扱いが極めて容易であり、発芽率も向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下において、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明は、不定胚塊を物理的に分割することによって、単一の不定胚の割合を高め、従来法に比してより効率的かつ高品質の不定胚集団を生産する方法を提供する。これによって、不定胚による植物の大量増殖を、より多くの植物にて効率的に実施することが可能となる。
【0024】
<植物>
本発明は、不定胚塊を提供するあらゆる植物に適用可能である。植物としては、以下のものに限定されないが、好ましくはマンサク科、ヒノキ科、マツ科、マメ科、フトモモ科、ヤナギ科、クワ科、セリ科、サトイモ科、イネ科、ユリ科及びヒルガオ科に属する植物、より好ましくはマンサク科、例えばマンサク科フウ属に属する植物が挙げられ、最も好ましくはスイートガムが挙げられる。
【0025】
上記植物の例は以下のとおりである。マンサク科(スイートガム等)、ヒノキ科(ヒノキ等)、マツ科(マツ等)、マメ科(アルファルファやアカシア等)、フトモモ科(ユーカリ等)、ヤナギ科(ポプラ等)、クワ科(ゴムノキ等)、セリ科(ニンジン、セロリ等)、サトイモ科(スパティフィラム等)、イネ科(イネ等)、ユリ科(アスパラガス等)、ヒルガオ科(サツマイモ等)。
【0026】
<エンブリオジェニック・カルスの誘導>
本発明に用いる各種植物における葉、葉柄等の各種外植片からのエンブリオジェニック・カルスの誘導条件は特に限定はなく、公知の情報を使用することができる。例えば、農林水産研究文献解題No.17 植物バイオテクノロジー 平成3年、国際公開WO2007/064028等に記載されている条件を用いることができる。
【0027】
<エンブリオジェニック・カルスからの不定胚/不定胚塊の誘導>
本発明に用いる上記で得られたエンブリオジェニック・カルスからの不定胚/不定胚塊誘導条件は特に限定はなく、公知の情報を使用することができる。例えば、農林水産研究文献解題No.17 植物バイオテクノロジー 平成3年、国際公開WO2007/064028等に記載されている条件を用いることができる。なお、固体培地と液体培地の何れの条件も適用可能であるが、液体培地の方が不定胚/不定胚塊の回収作業は容易である。また、光条件にも特に限定はないが、暗所にて誘導される不定胚/不定胚塊の方が不定胚/不定胚塊間の結合強度が低いため、その後の工程である物理的な分割処理はより容易となる。
【0028】
<不定胚塊の生育段階と分割処理>
誘導された不定胚塊の場合、生育段階として球状型胚よりも心臓型胚または魚雷型胚が多く含まれていることが好ましい。最も好ましくは、魚雷型胚が多く含まれていることである。前段階の球状型胚が多いと不定胚塊分割後の発芽が遅延等して好ましくはない、逆に後段階の子葉型胚が多いと生育が進みサイズも大きくなっているので不定胚塊分割時のダメージが大きく好ましくはない。心臓型胚または魚雷型胚が多く含まれているような状態とするには、グルタミンやアスパラギン等のアミノ酸やカゼイン酵素分解物のいずれか少なくとも一つを加えた培地で培養する、などの条件が有効である。ここで好適に得られる生育段階として心臓型胚または魚雷型胚が多く含まれている不定胚塊は、エンブリオジェニック・カルスからの不定胚/不定胚塊の誘導条件や植物種別にもよるが0.5〜15mmのサイズのものが多い。当該不定胚塊を主体とした物理的な分割処理には、メスによるランダムカット、メッシュによる裏漉し、薬さじなどを用いた押し潰し、などの方法があり、何れを用いてもよいが、好ましくは単一かつダメージの最も少ない不定胚が得られ易い条件としてメッシュによる裏漉しを挙げることができる。夫々の手法において、植物種別に応じて単一な不定胚を作出する最適な条件を設定する。最適な条件は、種々の処理条件から回収される組織を実体顕微鏡で観察し、単一且つダメージの最も少ない不定胚が得られる条件として選定する。また、処理組織を再培養した後に、回収される不定胚集団における単一不定胚の割合や不定胚のサイズ並びに均一性から条件を選定してもよい。
【0029】
誘導された不定胚塊の物理的な分割処理のうち、メッシュによる裏漉し法においては用いるメッシュの網目サイズが重要である。植物種別及び誘導される不定胚/不定胚塊のサイズに応じて適切な網目サイズを選定する。適切なサイズ以下の網目を用いた場合には、不定胚のダメージが過大となり不定胚の発芽能力が低下する。また、適切なサイズ以上の網目を用いた場合には、不定胚塊の分割が不十分となり単一の不定胚の割合が低下する。植物種別及び不定胚/不定胚塊のサイズによるが、網目サイズが0.6〜4.0mm、より好ましくは、1.0〜2.0mmのメッシュを用いる。ステンレス製のメッシュが組み込まれた篩が裏漉し作業に適している。
【0030】
裏漉し法の具体的な手順は以下の通りである。(1)誘導された不定胚/不定胚塊の適当量を篩のメッシュ上にのせる。(2)薬さじまたはスプーンを用いて、不定胚/不定胚塊をつぶしながらメッシュ上に組織が残らないまでに完全に裏漉しする。(3)メッシュを通過した分割組織を別容器に回収する。適切なメッシュの網目サイズを選定した場合、回収された組織にはダメージの少ない多くの単一な不定胚が含まれている。それらを直接発芽工程に用いることができる。発芽工程の条件は、再培養工程を経て改良された不定胚と同じ条件でよい(後述)。しかし、裏漉しした組織に含まれる不定胚は単一であるもののサイズが極めて小さく、また一部にはダメージを受けた不定胚も含まれるため、再培養工程を経ることがより好ましい。
【0031】
誘導された不定胚塊の物理的な分割処理のうち、メスなどの刃物によるランダムカットにおいては、カットの方向や強弱に特別な条件は無い。通常組織培養に用いるメスを用い無作為にカットを行う。分割するサイズについては、植物種別や不定胚塊の状態にも依存するので、予備試験を行って決定することが好ましい。
【0032】
誘導された不定胚塊の物理的な分割処理のうち、薬さじなどを用いた押し潰しにおいても、押し潰す最大限の力を予備試験にて確認しておくこと以外特に限定はない。好ましくは、薬さじの底部を不定胚塊に押し付け、不定胚塊を解す様に力を加えて押し潰す。薬さじ以外には、スプーン、スパチュラ、ヘラなどを用いることができる。
【0033】
<誘導された不定胚塊の物理的分割処理組織の再培養>
誘導された不定胚塊の物理的分割処理組織を適切条件によって再培養することにより、不定胚が顕著に大型化し、物理的な分割処理による効果、すなわち単一不定胚の割合と均一性の向上、が一層明確となる。大型化した不定胚は、発芽工程を含む後工程での取り扱いが極めて容易であり、発芽率も向上する。不定胚の均一性も再培養にて更に向上する。また、分割処理工程にてダメージを受けた不定胚も、再培養中に正常化することが多く、単一な不定胚の割合が一層向上する。
【0034】
再培養に用いる条件は、通常の植物組織培養に用いられる各種培養条件から、供試する不定胚の過度の発根や発芽を抑制し、不定胚サイズの大型化と、単一不定胚の割合と均一性の向上が両立する条件を選定する。添加する植物生長調節物質(PGR)としては、ジベレリン、アブサイシン酸をそれぞれ単独又はその組合せが特に有効である。
【0035】
再培養培地はMS培地(Physiol. Plant., 15, p143, 1962)など通常組織培養に用いる培地を基本培地とする。通常濃度または0.1〜0.9倍に希釈して用いる。糖源としてショ糖を0.5〜4%、好ましくは1〜3%の濃度で用いる。また、その他の糖類としてソルビトール又はマンニトールを0.5〜6%、好ましくは1〜4%を添加してもよい。基本培地またはショ糖の濃度が高い場合、回収される不定胚の脱水後の保存性が低下する。植物生長調節物質のジベレリンを0〜1ppm、好ましくは0.01〜0.1ppm添加する。ジベレリンは、分割(単一化)された不定胚のサイズの大型化、均質化に効果が高い。また、アブサイシン酸を0〜1ppm、好ましくは0.01〜0.1ppm添加してもよい。ジベレリンとアブサイシン酸の適切な濃度での組合せは、条件によっては生じることのある不定胚の一時的な発芽能力の低下を防止する効果がある。更に、サイトカイニン類として好ましくは6-ベンジルアデニン(BA)を0〜0.5ppm、好ましくは0.01〜0.2ppm、その他のサイトカイニン類としてゼアチン(ZEA)、カイネチン(KN)、6-(ベンジルアミノ)-9-(2-テトラヒドロピラニル)-9H-プリン(PBA)、2-イソペンテニルアデニン(2ip)、チジアズロン(TDZ)などを適宜選択して用いてもよい。バッファーとしてMESを0.1〜10mMを加えてもよい。培地のpHは5〜7とする。
【0036】
光環境は明条件(12〜16時間日長、光合成光量子束密度が5.7〜34.2μmole/m2/sec)か、光感受性の強い植物種別であれば、12〜16時間日長、光合成光量子束密度5.7μmole/m2/sec未満の条件や暗条件でもよい。
【0037】
温度は20℃〜30℃、好ましくは23℃〜27℃とする。培養期間は5〜40日、好ましくは10〜20日とする。フラスコを用いて振とう培養を行う場合の回転数は、50〜150rpm、好ましくは60〜100rpmとする。攪拌式及びエアーリフト式の培養槽を用いることもできる。その場合、通気量は0.001〜0.5vvm、好ましくは0.01〜0.2vvmとする。
【0038】
再培養を炭酸ガスを富化した環境で行うことも可能である。炭酸ガス濃度としては0.1〜10%、好ましくは0.5〜3%を用いる。MS培地など通常組織培養に用いる培地を基本培地とし、通常濃度または0.1〜0.9倍に希釈して用いる。糖源としてショ糖を0〜2%、好ましくは0.05〜1%、また、その他の糖類としてソルビトール又はマンニトールを0.5〜6%、好ましくは1〜4%を添加してもよい。それら以外の条件は上記と同じである。
【0039】
何れの条件も液体培養が好ましいが、寒天やゲルライトで固化した固体培地を用いてもよい。その場合の条件は、寒天の場合は0.6〜2%、好ましくは0.8〜1.2%、ゲルライトの場合は0.1〜0.5%、好ましくは0.2〜0.4%とする。培養容器は通常の組織培養で用いられるものであれば特に限定はない。
【0040】
<不定胚の脱水>
再培養した不定胚はそのまま発芽工程に供試することができる。保存が必要な場合は、不定胚に脱水処理を施すことで一定期間の保存が可能となる。脱水を行う容器は特に限定されないが、少量を処理する場合はシャーレ(直径9cm、高さ1.5cm、など)、多量の場合は透明なプラスティック製の箱型容器(例えば22cm×17cm×7cm程度のサイズ)を用いる。何れの場合も底部にペーパータオルを敷いて不定胚を適量入れる(9cmシャーレの場合は1〜20g程度、上記箱型容器の場合は30〜100g程度)。光環境は12〜16時間日長、光合成光量子束密度1.1〜34.2μmole/m2/sec、好ましくは3.4〜22.8μmole/m2/secの明条件がよいが、12〜16時間日長、3.4μmole/m2/sec未満の明条件や暗条件でも可能である。温度は20℃〜30℃、好ましくは23℃〜27℃とする。期間は1日〜20日、好ましくは2日〜10日とする。脱水を終えた不定胚は、ペーパータオルを敷いた9cmシャーレに入れた状態にて、4℃程度の低温、暗所にて保存することが可能であり、植物種別にもよるが1〜3ヶ月程度であれば保存後の不定胚の発芽に障害を及ぼすことはない。
【0041】
<不定胚の発芽>
上記のようにして得られた不定胚又は脱水不定胚は固体培地上でも液体培地中でも高効率で発芽するので、植物クローンの大量増殖に適している。大量増殖の目的では液体培地を用いることが好ましい。発芽に用いる培地はMS培地などを基本培地とし、糖源としてショ糖を1〜6%、好ましくは2〜4%添加する。発根などが激しい場合は、その他の糖類としてソルビトール又はマンニトールを1〜6%、好ましくは2〜4%を添加してもよい。植物生長調節物質は特に添加する必要はないが、オーキシン類やサイトカイニン類を添加して発芽を促進させてもよい。培地のpHは5〜7とする。光環境は明条件、12〜16時間日長、光合成光量子束密度1.1〜34.2μmole/m2/sec、好ましくは2.3〜11.4μmole/m2/secとする。温度は20℃〜35℃、好ましくは25℃〜30℃とする。固体培地の場合は寒天(0.8〜1.2%)またはゲルライト(0.1〜0.5%)を用いて培地を固形化する。容器は植物組織培養に用いられるものであれば特に限定されるものではないが、固体培地の場合は前述のプラントボックス、液体培地の場合は各種の培養槽を用いる。脱水工程を経ることによって、条件(植物種別、再培養に供試する不定胚の品質)によっては不定胚の発芽能力が一時的に低下する場合はある。その場合、再培養培地のPGR、特にジベレリンとアブサイシン酸の濃度を調整する方法、脱水後の不定胚を一定時間ジベレリン溶液に浸す方法などによって、発芽能力を早期に回復させることも可能である。
【0042】
<温室への移植>
不定胚から再分化した植物体は、培養容器から取出し温室にて正常に生育する。移植に用いる培養土は特に限定されるものではなく、育苗用に市販されている培養土でよい。植物体を移植した後、1〜3週間程度、適度の加湿と遮光を行うことが好ましい。
【実施例】
【0043】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、これらの実施例は本発明の範囲を何ら制限するものではない。なお、各実施例や各比較例で用いる培地のpHは、特に記載のない限り、各種成分を配合しオートクレーブによる滅菌操作を行う前に0.01N又は0.1Nの塩酸や水酸化ナトリウムの水溶液を用いて5.6に調整した。その後のオートクレーブは、121℃で15分の条件で行った。培養容器は同じ試験で4つずつ用い、発芽体、不定胚の数量や発芽率の数値はその平均値で示した。
【0044】
<実施例1>
米国ArborGen社から入手したスイートガム(Liquidambar styraciflua、系統Top Gum)の培養細胞(エンブリオジェニック・カルス、以下「EC」という)を供試材料とした。外植片からのECの誘導条件は米国特許第5840581号に従ったものである。ECの維持を含めた培養条件はDaiらの方法(In Vitro Cell. Dev. Biol.-Plant 40:376-383, July/August 2004)を用いて以下の試験を実施した。寒天維持培地(IMM寒天培地、表1)にて継代培養したECを液体維持培地(IMM液体培地)にて培養し、不定胚誘導に用いるECを得た。Daiらは不定胚誘導を固体倍地(DM寒天培地、表2)にて行っているが、ここでは寒天を除いた液体培地(DM液体培地)に、5mM MES、5mMグルタミン及び5mMアスパラギンを添加した培地を用いた(DMMA液体培地)。IMM液体培地から回収し、Daiらの手法に従って調製したECを、DMMA液体培地を100ml分注した300mlの三角フラスコに700個置床し、25℃、暗所にて6週間振とう培養を行い(80rpm)不定胚誘導を行った。それら誘導された不定胚は殆どが、2〜7mm径の塊状であり、塊状に含まれる不定胚の生育段階は心臓型胚から魚雷型胚の段階であった(図1、図2)。回収した不定胚の余分な水分をペーパータオルで吸収し、プラスティック製の箱型容器(サイズは22cm×17cm×7cm、底部にペーパータオルを敷く)に置床し、25℃暗所にて3日間脱水を行った。
【0045】
脱水した不定胚塊4gを、直径15cm、深さ6cm、メッシュの網目サイズ1.4mmの篩に乗せ、メッシュ上に不定胚塊が残らない様に薬さじにて完全に裏漉しを行った。メッシュの網目に挟まった組織は、振動を加えることによってできる限り網目を通過させた。それら裏漉しした組織は主に単一化された健全な不定胚から構成されており(図3、図4)、裏漉し法が不定胚塊から単一な不定胚を効果的に作出しうる結果が示された。一部にはダメージを受けた不定胚も観察されたが(図5)、そのダメージ程度は軽微であり、またそれら不定胚も単一化されていた。回収された裏漉し組織の重量を計測したところ2.7gであった。それら組織を、ショ糖 2%を含み寒天0.8%にて固化した1/2MS培地(pH5.8、以下「発芽培地」)と称する)50mlを添加したプラントボックスに0.1gずつ置床し、25℃、明所(16時間日長、光合成光量子束密度5.7μmole/m2/sec)にて8週間培養を行ったところ、多芽体ではない発芽体が得られた。供試した1gの脱水不定胚塊あたりの発芽体の数量は、161本であった(図6、「裏漉し」)。
【0046】
<比較例1>
実施例1の条件にて、脱水不定胚塊を裏漉しすることなく発芽培地に置床したところ、発芽体は得られたがその多くは多芽体であった。また、発芽体の数量は1gの脱水不定胚塊あたり63本であった(図6、「裏漉し無し」)。
【0047】
<比較例2>
実施例1の条件にて、脱水不定胚塊を篩にのせた後、裏漉しすることなく振動を与えることのみによってメッシュを通過する組織(1.4pass)とメッシュ上に残る組織(1.4on)に分別した。夫々の組織を発芽培地に置床し発芽体の数量を計数したところ、供試した1gの脱水不定胚塊あたりの発芽体の数量は、1.4passにて69個、1.4onにて62個であった。このうち1.4onの発芽体の殆どが多芽体であった。
【0048】
<実施例2>
実施例1と同じ条件にて得た裏漉し組織を、ショ糖2%、ジベレリン0.02ppmを含む1/2倍に希釈したDM液体培地(pH5.6、以下「再培養培地1」と称する)を100ml添加した300mlのフラスコに0.15gずつ置床し、25℃、明所(16時間日長、光合成光量子束密度22.8μmole/m2/sec)にて12日間振とう培養を行った(80rpm)。この培養中に裏漉し組織に含まれていた単一化された不定胚は大型化し、均一性を更に増した魚雷型胚の集団を形成した(改良不定胚、図7及び図8)。この結果により、再培養工程が不定胚の高品質化に極めて有効であることが確認された。それら高品質化した改良不定胚はピンセットにて容易に取り扱うことができ、裏漉し直後の単一化したもののサイズは小さな不定胚に比して、作業性が大幅に向上した。それら改良された不定胚のフラスコあたりの数量を計数したところ、供試した脱水不定胚塊1gあたり98個となった(図10、「1.4裏漉し」)。それら改良された不定胚は、発芽培地上で80%以上の高率にて発芽した(図9)。
【0049】
<比較例3>
実施例2の条件にて、脱水不定胚を裏漉しすることなく再培養培地を用いて培養したところ、実施例2と同様に高品質な不定胚は全く得られなかった(図10、「裏漉し無し」)。
【0050】
<比較例4>
実施例2の条件にて、再培養にジベレリンを含まない培地を用いて培養したところ、実施例2と同様に高品質な不定胚は全く得られなかった。
【0051】
<実施例3>
実施例2の実験を、メッシュの網目サイズが1.0mm及び2.0mmの篩を用いて行ったところ、1gの供試脱水不定胚塊あたりに得られた高品質不定胚の数量は、夫々2個及び13個であった(図10、「1.0裏漉し」、「2.0裏漉し」)。
【0052】
<実施例4>
実施例2の実験を、脱水不定胚塊を分割する手法として、メッシュによる裏漉しではなくメスによるランダムカット、及び薬さじによる押し潰し法を用いて行った。それら処理後の不定胚は、裏漉し法に比較するとややダメージが認められたが、何れも単一化された不定胚が多く、物理的な分割処理の効果は認められた(図11〜図14)。再培養後に確認された裏漉し法と同様に改良された不定胚の数量は、供試した1gの脱水不定胚塊あたり、ランダムカット法にて36個、押し潰し法にて35個であった(図15、「ランダムカット」、「押し潰し」)。
【0053】
<実施例5>
実施例2の再培養条件のみを以下の様に変更し実験を行った。基本培地としてショ糖0.1%、ソルビトール2%、ジベレリン0.01ppm、BA0.01ppmを添加したDM液体培地(pH5.8、「再培養培地2」)を用い、培養環境を、CO2濃度を2%に高めた条件とした。裏漉し組織に含まれる不定胚は実施例2と同様に改良された上、不定胚全体が緑色化するほどにクロロフィル形成が促進され、一層の品質改善が認められた(図16)。
【0054】
<比較例5>
実施例5の再培養を、CO2を富化しない通常の環境条件にておこなったところ、不定胚の変化速度は遅く、同じ培養期間では殆ど変化が認められなかった。
【0055】
<実施例6>
実施例2の再培養の培地に、アブサイシン酸(ABA)を0ppm(無添加)、0.01ppm及び0.02ppm添加して改良不定胚の誘導を行った。それら改良不定胚を、そのまま(脱水処理前)及び脱水処理(回収した改良不定胚の余分な培地をペーパータオルで吸収し、底部にペーパータオルを敷いたプラスティック製のφ9cmシャーレに置床し、25℃暗所にて2日間培養)を行った後に、実施例1に記載の方法で発芽させ、7週間後に発芽率を調査した。ABA無添加区の改良不定胚の脱水後の発芽率は、脱水処理前に比して1/3以下に低下した。一方、ABA0.01ppm添加区から得られた改良不定胚はその低下の割合が大幅に縮小し、ABA0.02ppm添加区の改良不定胚については、脱水前後にて発芽率に差は認められなかったが、ABAの添加が改良不定胚の発芽力低下の防止に有効であることが確認された(図17)。
【0056】
<実施例7>
実施例6で得られた脱水後の改良不定胚を、更に、4℃暗所にて1ヶ月保存(低温処理)の後にジベレリン溶液に10分間浸漬(低温 + GA処理)後に、発芽培地に置床し7週間後の発芽率を調査したところ、ABA無添加及びABA0.01ppm区にて、発芽率の改善が認められた。低温処理による発芽率の向上には報告例があるが、その処理は更なる発芽率の改善に効果があることが確認できた(図18)。
【0057】
【表1】
【0058】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明は、不定胚塊の利用が困難である植物において不定胚による植物の大量増殖を可能するという点で産業上極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】裏漉し前の不定胚塊(その1)の形状(心臓型胚を含む)を示す。
【図2】裏漉し前の不定胚塊(その2)の形状(魚雷型胚を含む)を示す。
【図3】裏漉し後の健全不定胚(その1)を示す。
【図4】裏漉し後の健全不定胚(その2)を示す。
【図5】裏漉し後のややダメージを受けた不定胚を示す。
【図6】裏漉しが発芽体作出に及ぼす影響を示す。縦軸は、供試脱水不定胚材料1グラムあたりの発芽体数を表す。1.4pass及び1.4onについては比較例2を参照のこと。
【図7】再培養にて大型化した不定胚(改良不定胚)を示す。
【図8】回収された大型化不定胚(改良不定胚)を示す。
【図9】改良不定胚からの発芽体を示す。
【図10】裏漉し及び再培養工程が改良不定胚作出に及ぼす影響を示す。縦軸は、供試脱水不定胚材料1グラムあたりの改良不定胚数を表す。1.4裏漉しについては実施例2を参照のこと。また、1.0裏漉し及び2.0裏漉しについては実施例3を参照のこと。
【図11】ランダムカットした不定胚(その1)の形状を示す。
【図12】ランダムカットした不定胚(その2)の形状を示す。
【図13】押し潰した不定胚(その1)の形状を示す。
【図14】押し潰した不定胚(その2)の形状を示す。
【図15】ランダムカット、押し潰し操作が改良不定胚作出に及ぼす影響を示す。縦軸は、供試脱水不定胚材料1グラムあたりの改良不定胚数を表す。
【図16】CO2富化環境での改良不定胚を示す。
【図17】アブサイシン酸(ABA)の添加が誘導される改良不定胚の発芽に及ぼす影響を示す。縦軸は、7週間後の発芽率を表す。
【図18】脱水/低温保存後のジベレリン(GA)処理が改良不定胚の発芽に及ぼす影響を示す。縦軸は、7週間後の発芽率を表す。
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の不定胚塊からの単一不定胚の割合を高め、従来法に比してより効率的かつ高品質の不定胚集団を誘導する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物の増殖には、種子、挿し木、株分け、塊茎、球根、塊根などの種々の方法が用いられているが、クローン増殖が求められる場面においては組織培養法、特に不定胚を用いた増殖法が期待され、一部では実用利用の検討が進められている(非特許文献1)。しかし、従来の不定胚誘導法においては、誘導される不定胚集団に不定胚塊が大きな割合で含まれることが多く(非特許文献2〜4)、大量増殖により適した単一の不定胚を集める為に種々の工夫がなされている。しかし、不定胚集団に大きな割合を占める不定胚塊は、多芽体が許容される植物種別以外においては積極的に利用されることは無く増殖効率の改善に大きな障害となっており、不定胚誘導例がある植物においても、不定胚によるクローン増殖が実現できない大きな要因の1つとなっている。
【0003】
不定胚集団から単一な不定胚を集める方法として、メッシュを用い、物理的処理を伴わずに自然にメッシュの網目を通過する一定サイズ以下の不定胚を選別する技術(非特許文献5)や、画像解析を用いた選別技術(非特許文献6及び7)が検討されている。しかし、これら技術は、既に存在する単一の不定胚を不定胚集団から単に選り分ける方法が主体であり、上述の通り、不定胚集団に大きな割合を占める不定胚塊から単一な不定胚を回収することを意図したものではない。また、不定胚誘導培地の組成を改変することによって、単一の不定胚誘導効率を高める試みもなされており、一定の成果が得られている(非特許文献2及び8)。しかし、多くの植物に共通する普遍的な技術が求められている、単一不定胚の効率的誘導を含めた不定胚塊を積極的に利用する手法はこれまで報告されていない。
【0004】
メッシュによる裏漉し法はカルス(培養細胞の一種)には適用された例はあり、不定胚形成効率の向上など一定の効果は得られている(非特許文献9)。カルス等の培養細胞は不定胚と異なり未分化の組織であり、組織単位も小さく組織間の結合力も弱いため、分割によるダメージが小さい。しかし、不定胚は明確に分化した組織であり、物理的に不定胚塊を分割する手法は、組織へのダメージが極めて大きいことが容易に予見され、これまで検討された例は無かった。
【0005】
不定胚塊を利用する方法としては、不定胚塊を固体培地などの発芽工程に供試し、発芽後に個別の苗に分割する手法もある。しかし、その分割する作業には多大な労力と時間を要することから高コストとなり、適用可能な植物種別は限られた範囲となる。また、不定胚塊自体から1つずつ不定胚を分離することも条件によっては可能と思われるが、発芽体の分割以上に煩雑な作業となり、実用的な方法ではない。
【0006】
【非特許文献1】Pramodら, Scale-up and automation in plant propagation : 76-93, 1991, Academic Press, Inc.
【非特許文献2】MamiyaとSakamoto, J. of Plant Physiol. 159 : 553-556, 2002
【非特許文献3】Shohaelら, J. of Biotechnology 120 : 228-236, 2005
【非特許文献4】Chiら, Biotechnology and Bioengineering 50 : 65-72, 1996
【非特許文献5】Nadelら, Plant Cell, Tissue and Organ Culture 20 : 119-124, 1990
【非特許文献6】Padmanabhanら, Plant Cell Reports 17 : 681-684
【非特許文献7】Harrellら, Acta Horticulturae 319 : 595-600, 1992
【非特許文献8】Dai, In Vitro Cell. Dev. Biol.-Plant 40:376-383, July/August 2004
【非特許文献9】野口、東京農試研報 27:1〜8、1997
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、カルスから誘導される不定胚が塊状の組織(「不定胚塊」と称する)を呈する植物、特に単一の不定胚への誘導がなければ不定胚塊の利用が困難である植物について、従来の不定胚による増殖法の問題点を解消し、高効率、高品質の不定胚の誘導を可能にする方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、鋭意検討の結果、(1)不定胚塊を物理的に分割することによって、単一な不定胚の作出が可能であること、(2)その分割に裏漉し法等の物理的な分割処理、好ましくはメッシュを用いた裏漉し法を用いた場合、ダメージの少ない不定胚の作出が可能であることを見出した。更に、(3)物理的に分割処理して得られた不定胚を特定の培養条件にて再培養することによって、従来には無い大型且つ均一性の高い高品質不定胚を誘導し得ること、(4)上記(3)の培地に、ジベレリン及びアブサイシン酸のいずれか少なくとも1つを加えることによって、得られる不定胚の品質を改善し得ることを見出し、本発明の完成に至った。
【0009】
したがって、本発明は、要約すると以下のような特徴を包含する。
本発明は、植物の不定胚塊を物理的に分割処理することを含む、単一不定胚の誘導方法を提供する。
【0010】
本明細書で使用する「不定胚塊」は、植物のエンブリオジェニック・カルスから誘導される不定胚が多数集合して塊状となった組織をいう。本発明では、不定胚塊を形成する植物で、個々の不定胚に分離されなければ不定胚塊の利用が困難であるような植物を好ましく使用しうる。本発明で使用される不定胚塊は、好ましくは心臓型胚及び/又は魚雷型胚に富むものである。
【0011】
本明細書で使用する「物理的な分割処理」は、不定胚塊から物理的に、具体的には不定胚塊に対し手動により又は機械的に力を加えて、個々の不定胚(すなわち、単一不定胚)に分散させることを含む。このとき不定胚は、無傷の及び/又はダメージを受けた不定胚からなる。不定胚のダメージは、全体的又は部分的のいずれでもよく、例えば圧力、せん断力、切断などの力学的作用によって生じるダメージであり、その程度は、損傷した不定胚を培養することによって修復され実質的に正常な不定胚を誘導することができる程度のダメージである。それゆえ、物理的な分割処理は、分割後の培養によって実質的に正常な不定胚を誘導できるような処理であることが好ましい。
【0012】
本発明の実施形態により、そのような物理的な分割処理は、好ましくは、不定胚塊を、裏濾しする、押し潰す、又は切断する、のいずれかによる処理である。
【0013】
裏濾しは、単一の不定胚が通り抜ける程度の網目からなるメッシュ又はそれと同等の器具(若しくは、装置)を使用して、不定胚塊をメッシュ又は器具に押し付けて個々の不定胚を網目から通過させる手法を指す。
【0014】
押し潰しは、例えば薬さじ、スプーン、ヘラなどの湾曲した若しくは平坦な器具の表面を用いて潰しながら不定胚塊を解す手法を指す。
【0015】
切断は、メスなどの刃物を用いて不定胚塊をランダムに切る手法を指す。切断は、それによって得られた組織及び/又は不定胚を培養にかけるとき実質的に正常な不定胚を誘導できる程度に行うべきである。
【0016】
上記の分割処理によって、単一不定胚の割合を高めることができる。従来、カルスから誘導された不定胚塊と一緒に含まれる遊離の不定胚を単にメッシュで分け取る方法は知られていたが、本発明では、不定胚塊から個々の不定胚に分割する新規の方法を提供しており、これによって、単一不定胚の割合を著しく高めることができる。
【0017】
本発明の別の実施形態により、本発明の方法は、分割処理により得た組織又は不定胚を培養し、これによって改良された品質の不定胚を得ることをさらに含むことができる。
【0018】
この方法において、培養をジベレリン及び/又はアブサイシン酸を含む植物培養培地にて行うことが好ましい。
また、培養の際には、環境濃度を超す炭酸ガスの存在下で行うことが好ましい。
【0019】
本発明はさらに、上記の方法によって不定胚塊から単一不定胚を大量に誘導し、並びに該不定胚を発芽させることを含む、植物の大量増殖方法を提供する。
【0020】
本発明の実施形態によれば、この方法は、誘導された不定胚を脱水処理にかけることをさらに含む。脱水不定胚は、その発芽に影響することなく約1〜3ヶ月の保存を可能にする。
【0021】
本発明の別の実施形態によれば、発芽前に、脱水不定胚をジベレリン及び/又はアブサイシン酸で処理することをさらに含む。これによって、脱水不定胚の発芽率を著しく高めることができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明の方法により、大量増殖に適した単一の不定胚の割合を高めることを可能にし、さらに、分割処理した組織を培養することによって、大型かつ均一性の高い高品質な不定胚を誘導することができる。大型化した不定胚は、発芽工程を含む後工程での取り扱いが極めて容易であり、発芽率も向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下において、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明は、不定胚塊を物理的に分割することによって、単一の不定胚の割合を高め、従来法に比してより効率的かつ高品質の不定胚集団を生産する方法を提供する。これによって、不定胚による植物の大量増殖を、より多くの植物にて効率的に実施することが可能となる。
【0024】
<植物>
本発明は、不定胚塊を提供するあらゆる植物に適用可能である。植物としては、以下のものに限定されないが、好ましくはマンサク科、ヒノキ科、マツ科、マメ科、フトモモ科、ヤナギ科、クワ科、セリ科、サトイモ科、イネ科、ユリ科及びヒルガオ科に属する植物、より好ましくはマンサク科、例えばマンサク科フウ属に属する植物が挙げられ、最も好ましくはスイートガムが挙げられる。
【0025】
上記植物の例は以下のとおりである。マンサク科(スイートガム等)、ヒノキ科(ヒノキ等)、マツ科(マツ等)、マメ科(アルファルファやアカシア等)、フトモモ科(ユーカリ等)、ヤナギ科(ポプラ等)、クワ科(ゴムノキ等)、セリ科(ニンジン、セロリ等)、サトイモ科(スパティフィラム等)、イネ科(イネ等)、ユリ科(アスパラガス等)、ヒルガオ科(サツマイモ等)。
【0026】
<エンブリオジェニック・カルスの誘導>
本発明に用いる各種植物における葉、葉柄等の各種外植片からのエンブリオジェニック・カルスの誘導条件は特に限定はなく、公知の情報を使用することができる。例えば、農林水産研究文献解題No.17 植物バイオテクノロジー 平成3年、国際公開WO2007/064028等に記載されている条件を用いることができる。
【0027】
<エンブリオジェニック・カルスからの不定胚/不定胚塊の誘導>
本発明に用いる上記で得られたエンブリオジェニック・カルスからの不定胚/不定胚塊誘導条件は特に限定はなく、公知の情報を使用することができる。例えば、農林水産研究文献解題No.17 植物バイオテクノロジー 平成3年、国際公開WO2007/064028等に記載されている条件を用いることができる。なお、固体培地と液体培地の何れの条件も適用可能であるが、液体培地の方が不定胚/不定胚塊の回収作業は容易である。また、光条件にも特に限定はないが、暗所にて誘導される不定胚/不定胚塊の方が不定胚/不定胚塊間の結合強度が低いため、その後の工程である物理的な分割処理はより容易となる。
【0028】
<不定胚塊の生育段階と分割処理>
誘導された不定胚塊の場合、生育段階として球状型胚よりも心臓型胚または魚雷型胚が多く含まれていることが好ましい。最も好ましくは、魚雷型胚が多く含まれていることである。前段階の球状型胚が多いと不定胚塊分割後の発芽が遅延等して好ましくはない、逆に後段階の子葉型胚が多いと生育が進みサイズも大きくなっているので不定胚塊分割時のダメージが大きく好ましくはない。心臓型胚または魚雷型胚が多く含まれているような状態とするには、グルタミンやアスパラギン等のアミノ酸やカゼイン酵素分解物のいずれか少なくとも一つを加えた培地で培養する、などの条件が有効である。ここで好適に得られる生育段階として心臓型胚または魚雷型胚が多く含まれている不定胚塊は、エンブリオジェニック・カルスからの不定胚/不定胚塊の誘導条件や植物種別にもよるが0.5〜15mmのサイズのものが多い。当該不定胚塊を主体とした物理的な分割処理には、メスによるランダムカット、メッシュによる裏漉し、薬さじなどを用いた押し潰し、などの方法があり、何れを用いてもよいが、好ましくは単一かつダメージの最も少ない不定胚が得られ易い条件としてメッシュによる裏漉しを挙げることができる。夫々の手法において、植物種別に応じて単一な不定胚を作出する最適な条件を設定する。最適な条件は、種々の処理条件から回収される組織を実体顕微鏡で観察し、単一且つダメージの最も少ない不定胚が得られる条件として選定する。また、処理組織を再培養した後に、回収される不定胚集団における単一不定胚の割合や不定胚のサイズ並びに均一性から条件を選定してもよい。
【0029】
誘導された不定胚塊の物理的な分割処理のうち、メッシュによる裏漉し法においては用いるメッシュの網目サイズが重要である。植物種別及び誘導される不定胚/不定胚塊のサイズに応じて適切な網目サイズを選定する。適切なサイズ以下の網目を用いた場合には、不定胚のダメージが過大となり不定胚の発芽能力が低下する。また、適切なサイズ以上の網目を用いた場合には、不定胚塊の分割が不十分となり単一の不定胚の割合が低下する。植物種別及び不定胚/不定胚塊のサイズによるが、網目サイズが0.6〜4.0mm、より好ましくは、1.0〜2.0mmのメッシュを用いる。ステンレス製のメッシュが組み込まれた篩が裏漉し作業に適している。
【0030】
裏漉し法の具体的な手順は以下の通りである。(1)誘導された不定胚/不定胚塊の適当量を篩のメッシュ上にのせる。(2)薬さじまたはスプーンを用いて、不定胚/不定胚塊をつぶしながらメッシュ上に組織が残らないまでに完全に裏漉しする。(3)メッシュを通過した分割組織を別容器に回収する。適切なメッシュの網目サイズを選定した場合、回収された組織にはダメージの少ない多くの単一な不定胚が含まれている。それらを直接発芽工程に用いることができる。発芽工程の条件は、再培養工程を経て改良された不定胚と同じ条件でよい(後述)。しかし、裏漉しした組織に含まれる不定胚は単一であるもののサイズが極めて小さく、また一部にはダメージを受けた不定胚も含まれるため、再培養工程を経ることがより好ましい。
【0031】
誘導された不定胚塊の物理的な分割処理のうち、メスなどの刃物によるランダムカットにおいては、カットの方向や強弱に特別な条件は無い。通常組織培養に用いるメスを用い無作為にカットを行う。分割するサイズについては、植物種別や不定胚塊の状態にも依存するので、予備試験を行って決定することが好ましい。
【0032】
誘導された不定胚塊の物理的な分割処理のうち、薬さじなどを用いた押し潰しにおいても、押し潰す最大限の力を予備試験にて確認しておくこと以外特に限定はない。好ましくは、薬さじの底部を不定胚塊に押し付け、不定胚塊を解す様に力を加えて押し潰す。薬さじ以外には、スプーン、スパチュラ、ヘラなどを用いることができる。
【0033】
<誘導された不定胚塊の物理的分割処理組織の再培養>
誘導された不定胚塊の物理的分割処理組織を適切条件によって再培養することにより、不定胚が顕著に大型化し、物理的な分割処理による効果、すなわち単一不定胚の割合と均一性の向上、が一層明確となる。大型化した不定胚は、発芽工程を含む後工程での取り扱いが極めて容易であり、発芽率も向上する。不定胚の均一性も再培養にて更に向上する。また、分割処理工程にてダメージを受けた不定胚も、再培養中に正常化することが多く、単一な不定胚の割合が一層向上する。
【0034】
再培養に用いる条件は、通常の植物組織培養に用いられる各種培養条件から、供試する不定胚の過度の発根や発芽を抑制し、不定胚サイズの大型化と、単一不定胚の割合と均一性の向上が両立する条件を選定する。添加する植物生長調節物質(PGR)としては、ジベレリン、アブサイシン酸をそれぞれ単独又はその組合せが特に有効である。
【0035】
再培養培地はMS培地(Physiol. Plant., 15, p143, 1962)など通常組織培養に用いる培地を基本培地とする。通常濃度または0.1〜0.9倍に希釈して用いる。糖源としてショ糖を0.5〜4%、好ましくは1〜3%の濃度で用いる。また、その他の糖類としてソルビトール又はマンニトールを0.5〜6%、好ましくは1〜4%を添加してもよい。基本培地またはショ糖の濃度が高い場合、回収される不定胚の脱水後の保存性が低下する。植物生長調節物質のジベレリンを0〜1ppm、好ましくは0.01〜0.1ppm添加する。ジベレリンは、分割(単一化)された不定胚のサイズの大型化、均質化に効果が高い。また、アブサイシン酸を0〜1ppm、好ましくは0.01〜0.1ppm添加してもよい。ジベレリンとアブサイシン酸の適切な濃度での組合せは、条件によっては生じることのある不定胚の一時的な発芽能力の低下を防止する効果がある。更に、サイトカイニン類として好ましくは6-ベンジルアデニン(BA)を0〜0.5ppm、好ましくは0.01〜0.2ppm、その他のサイトカイニン類としてゼアチン(ZEA)、カイネチン(KN)、6-(ベンジルアミノ)-9-(2-テトラヒドロピラニル)-9H-プリン(PBA)、2-イソペンテニルアデニン(2ip)、チジアズロン(TDZ)などを適宜選択して用いてもよい。バッファーとしてMESを0.1〜10mMを加えてもよい。培地のpHは5〜7とする。
【0036】
光環境は明条件(12〜16時間日長、光合成光量子束密度が5.7〜34.2μmole/m2/sec)か、光感受性の強い植物種別であれば、12〜16時間日長、光合成光量子束密度5.7μmole/m2/sec未満の条件や暗条件でもよい。
【0037】
温度は20℃〜30℃、好ましくは23℃〜27℃とする。培養期間は5〜40日、好ましくは10〜20日とする。フラスコを用いて振とう培養を行う場合の回転数は、50〜150rpm、好ましくは60〜100rpmとする。攪拌式及びエアーリフト式の培養槽を用いることもできる。その場合、通気量は0.001〜0.5vvm、好ましくは0.01〜0.2vvmとする。
【0038】
再培養を炭酸ガスを富化した環境で行うことも可能である。炭酸ガス濃度としては0.1〜10%、好ましくは0.5〜3%を用いる。MS培地など通常組織培養に用いる培地を基本培地とし、通常濃度または0.1〜0.9倍に希釈して用いる。糖源としてショ糖を0〜2%、好ましくは0.05〜1%、また、その他の糖類としてソルビトール又はマンニトールを0.5〜6%、好ましくは1〜4%を添加してもよい。それら以外の条件は上記と同じである。
【0039】
何れの条件も液体培養が好ましいが、寒天やゲルライトで固化した固体培地を用いてもよい。その場合の条件は、寒天の場合は0.6〜2%、好ましくは0.8〜1.2%、ゲルライトの場合は0.1〜0.5%、好ましくは0.2〜0.4%とする。培養容器は通常の組織培養で用いられるものであれば特に限定はない。
【0040】
<不定胚の脱水>
再培養した不定胚はそのまま発芽工程に供試することができる。保存が必要な場合は、不定胚に脱水処理を施すことで一定期間の保存が可能となる。脱水を行う容器は特に限定されないが、少量を処理する場合はシャーレ(直径9cm、高さ1.5cm、など)、多量の場合は透明なプラスティック製の箱型容器(例えば22cm×17cm×7cm程度のサイズ)を用いる。何れの場合も底部にペーパータオルを敷いて不定胚を適量入れる(9cmシャーレの場合は1〜20g程度、上記箱型容器の場合は30〜100g程度)。光環境は12〜16時間日長、光合成光量子束密度1.1〜34.2μmole/m2/sec、好ましくは3.4〜22.8μmole/m2/secの明条件がよいが、12〜16時間日長、3.4μmole/m2/sec未満の明条件や暗条件でも可能である。温度は20℃〜30℃、好ましくは23℃〜27℃とする。期間は1日〜20日、好ましくは2日〜10日とする。脱水を終えた不定胚は、ペーパータオルを敷いた9cmシャーレに入れた状態にて、4℃程度の低温、暗所にて保存することが可能であり、植物種別にもよるが1〜3ヶ月程度であれば保存後の不定胚の発芽に障害を及ぼすことはない。
【0041】
<不定胚の発芽>
上記のようにして得られた不定胚又は脱水不定胚は固体培地上でも液体培地中でも高効率で発芽するので、植物クローンの大量増殖に適している。大量増殖の目的では液体培地を用いることが好ましい。発芽に用いる培地はMS培地などを基本培地とし、糖源としてショ糖を1〜6%、好ましくは2〜4%添加する。発根などが激しい場合は、その他の糖類としてソルビトール又はマンニトールを1〜6%、好ましくは2〜4%を添加してもよい。植物生長調節物質は特に添加する必要はないが、オーキシン類やサイトカイニン類を添加して発芽を促進させてもよい。培地のpHは5〜7とする。光環境は明条件、12〜16時間日長、光合成光量子束密度1.1〜34.2μmole/m2/sec、好ましくは2.3〜11.4μmole/m2/secとする。温度は20℃〜35℃、好ましくは25℃〜30℃とする。固体培地の場合は寒天(0.8〜1.2%)またはゲルライト(0.1〜0.5%)を用いて培地を固形化する。容器は植物組織培養に用いられるものであれば特に限定されるものではないが、固体培地の場合は前述のプラントボックス、液体培地の場合は各種の培養槽を用いる。脱水工程を経ることによって、条件(植物種別、再培養に供試する不定胚の品質)によっては不定胚の発芽能力が一時的に低下する場合はある。その場合、再培養培地のPGR、特にジベレリンとアブサイシン酸の濃度を調整する方法、脱水後の不定胚を一定時間ジベレリン溶液に浸す方法などによって、発芽能力を早期に回復させることも可能である。
【0042】
<温室への移植>
不定胚から再分化した植物体は、培養容器から取出し温室にて正常に生育する。移植に用いる培養土は特に限定されるものではなく、育苗用に市販されている培養土でよい。植物体を移植した後、1〜3週間程度、適度の加湿と遮光を行うことが好ましい。
【実施例】
【0043】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、これらの実施例は本発明の範囲を何ら制限するものではない。なお、各実施例や各比較例で用いる培地のpHは、特に記載のない限り、各種成分を配合しオートクレーブによる滅菌操作を行う前に0.01N又は0.1Nの塩酸や水酸化ナトリウムの水溶液を用いて5.6に調整した。その後のオートクレーブは、121℃で15分の条件で行った。培養容器は同じ試験で4つずつ用い、発芽体、不定胚の数量や発芽率の数値はその平均値で示した。
【0044】
<実施例1>
米国ArborGen社から入手したスイートガム(Liquidambar styraciflua、系統Top Gum)の培養細胞(エンブリオジェニック・カルス、以下「EC」という)を供試材料とした。外植片からのECの誘導条件は米国特許第5840581号に従ったものである。ECの維持を含めた培養条件はDaiらの方法(In Vitro Cell. Dev. Biol.-Plant 40:376-383, July/August 2004)を用いて以下の試験を実施した。寒天維持培地(IMM寒天培地、表1)にて継代培養したECを液体維持培地(IMM液体培地)にて培養し、不定胚誘導に用いるECを得た。Daiらは不定胚誘導を固体倍地(DM寒天培地、表2)にて行っているが、ここでは寒天を除いた液体培地(DM液体培地)に、5mM MES、5mMグルタミン及び5mMアスパラギンを添加した培地を用いた(DMMA液体培地)。IMM液体培地から回収し、Daiらの手法に従って調製したECを、DMMA液体培地を100ml分注した300mlの三角フラスコに700個置床し、25℃、暗所にて6週間振とう培養を行い(80rpm)不定胚誘導を行った。それら誘導された不定胚は殆どが、2〜7mm径の塊状であり、塊状に含まれる不定胚の生育段階は心臓型胚から魚雷型胚の段階であった(図1、図2)。回収した不定胚の余分な水分をペーパータオルで吸収し、プラスティック製の箱型容器(サイズは22cm×17cm×7cm、底部にペーパータオルを敷く)に置床し、25℃暗所にて3日間脱水を行った。
【0045】
脱水した不定胚塊4gを、直径15cm、深さ6cm、メッシュの網目サイズ1.4mmの篩に乗せ、メッシュ上に不定胚塊が残らない様に薬さじにて完全に裏漉しを行った。メッシュの網目に挟まった組織は、振動を加えることによってできる限り網目を通過させた。それら裏漉しした組織は主に単一化された健全な不定胚から構成されており(図3、図4)、裏漉し法が不定胚塊から単一な不定胚を効果的に作出しうる結果が示された。一部にはダメージを受けた不定胚も観察されたが(図5)、そのダメージ程度は軽微であり、またそれら不定胚も単一化されていた。回収された裏漉し組織の重量を計測したところ2.7gであった。それら組織を、ショ糖 2%を含み寒天0.8%にて固化した1/2MS培地(pH5.8、以下「発芽培地」)と称する)50mlを添加したプラントボックスに0.1gずつ置床し、25℃、明所(16時間日長、光合成光量子束密度5.7μmole/m2/sec)にて8週間培養を行ったところ、多芽体ではない発芽体が得られた。供試した1gの脱水不定胚塊あたりの発芽体の数量は、161本であった(図6、「裏漉し」)。
【0046】
<比較例1>
実施例1の条件にて、脱水不定胚塊を裏漉しすることなく発芽培地に置床したところ、発芽体は得られたがその多くは多芽体であった。また、発芽体の数量は1gの脱水不定胚塊あたり63本であった(図6、「裏漉し無し」)。
【0047】
<比較例2>
実施例1の条件にて、脱水不定胚塊を篩にのせた後、裏漉しすることなく振動を与えることのみによってメッシュを通過する組織(1.4pass)とメッシュ上に残る組織(1.4on)に分別した。夫々の組織を発芽培地に置床し発芽体の数量を計数したところ、供試した1gの脱水不定胚塊あたりの発芽体の数量は、1.4passにて69個、1.4onにて62個であった。このうち1.4onの発芽体の殆どが多芽体であった。
【0048】
<実施例2>
実施例1と同じ条件にて得た裏漉し組織を、ショ糖2%、ジベレリン0.02ppmを含む1/2倍に希釈したDM液体培地(pH5.6、以下「再培養培地1」と称する)を100ml添加した300mlのフラスコに0.15gずつ置床し、25℃、明所(16時間日長、光合成光量子束密度22.8μmole/m2/sec)にて12日間振とう培養を行った(80rpm)。この培養中に裏漉し組織に含まれていた単一化された不定胚は大型化し、均一性を更に増した魚雷型胚の集団を形成した(改良不定胚、図7及び図8)。この結果により、再培養工程が不定胚の高品質化に極めて有効であることが確認された。それら高品質化した改良不定胚はピンセットにて容易に取り扱うことができ、裏漉し直後の単一化したもののサイズは小さな不定胚に比して、作業性が大幅に向上した。それら改良された不定胚のフラスコあたりの数量を計数したところ、供試した脱水不定胚塊1gあたり98個となった(図10、「1.4裏漉し」)。それら改良された不定胚は、発芽培地上で80%以上の高率にて発芽した(図9)。
【0049】
<比較例3>
実施例2の条件にて、脱水不定胚を裏漉しすることなく再培養培地を用いて培養したところ、実施例2と同様に高品質な不定胚は全く得られなかった(図10、「裏漉し無し」)。
【0050】
<比較例4>
実施例2の条件にて、再培養にジベレリンを含まない培地を用いて培養したところ、実施例2と同様に高品質な不定胚は全く得られなかった。
【0051】
<実施例3>
実施例2の実験を、メッシュの網目サイズが1.0mm及び2.0mmの篩を用いて行ったところ、1gの供試脱水不定胚塊あたりに得られた高品質不定胚の数量は、夫々2個及び13個であった(図10、「1.0裏漉し」、「2.0裏漉し」)。
【0052】
<実施例4>
実施例2の実験を、脱水不定胚塊を分割する手法として、メッシュによる裏漉しではなくメスによるランダムカット、及び薬さじによる押し潰し法を用いて行った。それら処理後の不定胚は、裏漉し法に比較するとややダメージが認められたが、何れも単一化された不定胚が多く、物理的な分割処理の効果は認められた(図11〜図14)。再培養後に確認された裏漉し法と同様に改良された不定胚の数量は、供試した1gの脱水不定胚塊あたり、ランダムカット法にて36個、押し潰し法にて35個であった(図15、「ランダムカット」、「押し潰し」)。
【0053】
<実施例5>
実施例2の再培養条件のみを以下の様に変更し実験を行った。基本培地としてショ糖0.1%、ソルビトール2%、ジベレリン0.01ppm、BA0.01ppmを添加したDM液体培地(pH5.8、「再培養培地2」)を用い、培養環境を、CO2濃度を2%に高めた条件とした。裏漉し組織に含まれる不定胚は実施例2と同様に改良された上、不定胚全体が緑色化するほどにクロロフィル形成が促進され、一層の品質改善が認められた(図16)。
【0054】
<比較例5>
実施例5の再培養を、CO2を富化しない通常の環境条件にておこなったところ、不定胚の変化速度は遅く、同じ培養期間では殆ど変化が認められなかった。
【0055】
<実施例6>
実施例2の再培養の培地に、アブサイシン酸(ABA)を0ppm(無添加)、0.01ppm及び0.02ppm添加して改良不定胚の誘導を行った。それら改良不定胚を、そのまま(脱水処理前)及び脱水処理(回収した改良不定胚の余分な培地をペーパータオルで吸収し、底部にペーパータオルを敷いたプラスティック製のφ9cmシャーレに置床し、25℃暗所にて2日間培養)を行った後に、実施例1に記載の方法で発芽させ、7週間後に発芽率を調査した。ABA無添加区の改良不定胚の脱水後の発芽率は、脱水処理前に比して1/3以下に低下した。一方、ABA0.01ppm添加区から得られた改良不定胚はその低下の割合が大幅に縮小し、ABA0.02ppm添加区の改良不定胚については、脱水前後にて発芽率に差は認められなかったが、ABAの添加が改良不定胚の発芽力低下の防止に有効であることが確認された(図17)。
【0056】
<実施例7>
実施例6で得られた脱水後の改良不定胚を、更に、4℃暗所にて1ヶ月保存(低温処理)の後にジベレリン溶液に10分間浸漬(低温 + GA処理)後に、発芽培地に置床し7週間後の発芽率を調査したところ、ABA無添加及びABA0.01ppm区にて、発芽率の改善が認められた。低温処理による発芽率の向上には報告例があるが、その処理は更なる発芽率の改善に効果があることが確認できた(図18)。
【0057】
【表1】
【0058】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明は、不定胚塊の利用が困難である植物において不定胚による植物の大量増殖を可能するという点で産業上極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】裏漉し前の不定胚塊(その1)の形状(心臓型胚を含む)を示す。
【図2】裏漉し前の不定胚塊(その2)の形状(魚雷型胚を含む)を示す。
【図3】裏漉し後の健全不定胚(その1)を示す。
【図4】裏漉し後の健全不定胚(その2)を示す。
【図5】裏漉し後のややダメージを受けた不定胚を示す。
【図6】裏漉しが発芽体作出に及ぼす影響を示す。縦軸は、供試脱水不定胚材料1グラムあたりの発芽体数を表す。1.4pass及び1.4onについては比較例2を参照のこと。
【図7】再培養にて大型化した不定胚(改良不定胚)を示す。
【図8】回収された大型化不定胚(改良不定胚)を示す。
【図9】改良不定胚からの発芽体を示す。
【図10】裏漉し及び再培養工程が改良不定胚作出に及ぼす影響を示す。縦軸は、供試脱水不定胚材料1グラムあたりの改良不定胚数を表す。1.4裏漉しについては実施例2を参照のこと。また、1.0裏漉し及び2.0裏漉しについては実施例3を参照のこと。
【図11】ランダムカットした不定胚(その1)の形状を示す。
【図12】ランダムカットした不定胚(その2)の形状を示す。
【図13】押し潰した不定胚(その1)の形状を示す。
【図14】押し潰した不定胚(その2)の形状を示す。
【図15】ランダムカット、押し潰し操作が改良不定胚作出に及ぼす影響を示す。縦軸は、供試脱水不定胚材料1グラムあたりの改良不定胚数を表す。
【図16】CO2富化環境での改良不定胚を示す。
【図17】アブサイシン酸(ABA)の添加が誘導される改良不定胚の発芽に及ぼす影響を示す。縦軸は、7週間後の発芽率を表す。
【図18】脱水/低温保存後のジベレリン(GA)処理が改良不定胚の発芽に及ぼす影響を示す。縦軸は、7週間後の発芽率を表す。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物の不定胚塊を物理的に分割処理することを含む、単一不定胚の誘導方法。
【請求項2】
物理的な分割処理が、不定胚塊を、裏濾しする、押し潰す、又は切断する、のいずれかによる分割である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
物理的な分割処理により得た組織又は不定胚をジベレリン及び/又はアブサイシン酸を含む植物培養培地にて培養し、これによって改良された品質の不定胚を得ることをさらに含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項1】
植物の不定胚塊を物理的に分割処理することを含む、単一不定胚の誘導方法。
【請求項2】
物理的な分割処理が、不定胚塊を、裏濾しする、押し潰す、又は切断する、のいずれかによる分割である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
物理的な分割処理により得た組織又は不定胚をジベレリン及び/又はアブサイシン酸を含む植物培養培地にて培養し、これによって改良された品質の不定胚を得ることをさらに含む、請求項1又は2に記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【公開番号】特開2010−142145(P2010−142145A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−321557(P2008−321557)
【出願日】平成20年12月17日(2008.12.17)
【出願人】(507107501)ジャパンアグリバイオ株式会社 (3)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年12月17日(2008.12.17)
【出願人】(507107501)ジャパンアグリバイオ株式会社 (3)
【Fターム(参考)】
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