不飽和アルデヒド化合物量の測定方法及び不飽和アルデヒド化合物の空気中濃度測定用のガス吸収カートリッジ
【課題】測定対象物に含まれる不飽和アルデヒド化合物を濃縮し、かつその量を精度良く分析することのできる簡便な測定方法、及びそのような測定方法を実施するのに適した不飽和アルデヒド化合物の空気中濃度測定用ガスカートリッジを提供すること。
【解決手段】測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物にハロゲン化剤を作用させてハロゲン化アルデヒド化合物を得るハロゲン化工程と、前記ハロゲン化アルデヒド化合物に2,4−ジニトロフェニルヒドラジンを作用させてハロゲン化ヒドラゾン化合物を得るヒドラゾン化工程と、前記ハロゲン化ヒドラゾン化合物を定量することにより、前記測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物量を算出する定量工程と、を含む不飽和アルデヒド化合物量の測定方法を使用する。
【解決手段】測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物にハロゲン化剤を作用させてハロゲン化アルデヒド化合物を得るハロゲン化工程と、前記ハロゲン化アルデヒド化合物に2,4−ジニトロフェニルヒドラジンを作用させてハロゲン化ヒドラゾン化合物を得るヒドラゾン化工程と、前記ハロゲン化ヒドラゾン化合物を定量することにより、前記測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物量を算出する定量工程と、を含む不飽和アルデヒド化合物量の測定方法を使用する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不飽和アルデヒド化合物量の測定方法及び不飽和アルデヒド化合物の空気中濃度測定用のガス吸収カートリッジに関する。
【背景技術】
【0002】
大気中に含まれるアルデヒド類は、悪臭や健康障害の原因物質となることが知られている。これらは、自動車の排ガス中や煙草の煙等に含まれ、大気汚染物質として社会問題の一つとなっている。また、不飽和アルデヒド化合物の一つであるノネナールは、いわゆる加齢臭の原因物質とされ、関心が寄せられている。
【0003】
これらのアルデヒド類は、その沸点が低いので定量のための濃縮が難しいとされ、一般的には2,4−ジニトロフェニルヒドラジン(以下、「DNPH」ともいう。)を用いてヒドラゾン化合物に変換すると同時に濃縮を行なっている。すなわち、DNPHを溶解させた酸性溶液中に試料ガス、例えば、空気をバブリングさせてアルデヒド類をヒドラゾン化合物に変換させた後、そのヒドラゾン化合物を有機溶媒で抽出、濃縮する方法、あるいはDNPHと酸触媒を固体の担体(シリカゲル等の多孔質体)に担持させたものをガラスやプラスチック製のカートリッジに充填し、そのカートリッジに空気を吸引した後、アセトニトリル等の抽出溶媒で抽出する方法等が用いられている(例えば、非特許文献1を参照)。
【0004】
アルデヒド類の空気中濃度は、上記過程で得られたヒドラゾン化合物を、例えば、高速液体クロマトグラフ法(以下、「HPLC法」ともいう。)により定量し、DNPHと反応したアルデヒド類の量を算出することにより求めることができる。最近では、DNPHと酸触媒とを含浸させたシリカゲルをカートリッジに充填した「DNPHカートリッジ」を用いる方法が主流であり、これらはアクティブサンプリング、拡散サンプリングとして広く使用され、また、環境省、厚生労働省をはじめ多くの公定法にも採用されている。さらに、このような測定法を応用し、例えば、有機物中のアルデヒド濃度の測定方法(例えば、特許文献1を参照)や、溶媒による抽出操作を必要としない分析装置及び繊維ニードル(例えば、特許文献2を参照)等が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−21829号公報
【特許文献2】特開2007−205867号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】JTCCM(財団法人建材試験センター)平成16年4月19日発行「ホルムアルデヒド発散建築材料性能試験・評価業務方法書」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、このようにアルデヒドにDNPHを反応させてヒドラゾン化合物に変換してから定量を行なう濃縮、分析方法を、例えば、アクロレイン、クロトンアルデヒド、ノネナール等の不飽和アルデヒド化合物の定量に使用しようとすると、分析の精度が著しく低下するという問題がある。不飽和アルデヒド化合物としてアクロレインを例示して、このことを説明する。アクロレインをDNPHと反応させると、下記化学反応式(1)に示すように反応してヒドラゾン化合物(2)が得られる。既に述べたように、本来であればこのヒドラゾン化合物(2)を定量することにより、測定対象物に含まれていたアクロレインの濃度を算出することができる。ところが、不飽和アルデヒド化合物であるアクロレインから誘導されたヒドラゾン化合物は、化学式(2)で示されるように反応活性なビニル基を有するため、過剰に存在するDNPHとこのビニル基とが化学反応式(3)に示すように反応する。その結果、得られたヒドラゾン化合物(2)の一部がDNPH付加体(4)に変換されて、ヒドラゾン化合物(2)とDNPH付加体(4)との混合物を与え、DNPH法によるアクロレインの分析を極めて困難にする。このため、大気汚染物質であるアクロレイン、クロトンアルデヒド等や、いわゆる加齢臭の原因物質であるノネナール等、ビニル基を有する不飽和アルデヒド化合物を精度良く濃縮、分析することのできる簡便な方法はこれまで存在しなかったのが実情である。
【0008】
【化1】
【0009】
【化2】
【0010】
本発明は、以上の状況に鑑みてなされたものであり、測定対象物に含まれる不飽和アルデヒド化合物を濃縮し、かつその量を精度良く分析することのできる簡便な測定方法、及びそのような測定方法を実施するのに適した不飽和アルデヒド化合物の空気中濃度測定用ガスカートリッジを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、測定対象物に含まれる不飽和アルデヒド化合物をDNPHと反応させてヒドラゾン化合物に変換するのに先立ち、当該不飽和アルデヒド化合物をハロゲン化水素やハロゲンガス等といったハロゲン化剤と反応させてハロゲン化アルデヒド化合物に変換しておくことにより上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち本発明は、(1)測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法であって、前記測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物にハロゲン化剤を作用させてハロゲン化アルデヒド化合物を得るハロゲン化工程と、前記ハロゲン化アルデヒド化合物に2,4−ジニトロフェニルヒドラジンを作用させてハロゲン化ヒドラゾン化合物を得るヒドラゾン化工程と、前記ハロゲン化ヒドラゾン化合物を定量することにより、前記測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物量を算出する定量工程と、を含む不飽和アルデヒド化合物量の測定方法である。
【0013】
また本発明は、(2)前記ハロゲン化剤及び前記2,4−ジニトロフェニルヒドラジンがそれぞれ第一固体相及び第二固体相に担持され、カートリッジに収容された前記第一固体相に前記測定対象物を通過させることにより前記ハロゲン化工程が行われ、カートリッジに収容された前記第二固体相に前記ハロゲン化ヒドラゾン化合物を通過させることにより前記ヒドラゾン化工程が行われる前記(1)項記載の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法である。
【0014】
また本発明は、(3)前記第一固体相及び前記第二固体相が一又は二以上のカートリッジにそれぞれ連通して収容され、前記測定対象物を前記第一固体相及び前記第二固体相の順にそれぞれ通過させた後に抽出溶媒を前記第一固体相及び前記第二固体相の順にそれぞれ通過させることにより、前記ハロゲン化工程及び前記ヒドラゾン化工程を行なうとともに、前記ヒドラゾン化工程で生成したハロゲン化ヒドラゾン化合物を前記抽出溶媒に溶出させ、さらに、前記定量工程において、前記抽出溶媒に溶出されたハロゲン化ヒドラゾン化合物を定量することを特徴とする前記(2)項記載の不飽和アルデヒド化合物の測定方法である。
【0015】
また本発明は、(4)ハロゲン化剤が担持された第一固体相と、2,4−ジニトロフェニルヒドラジンが担持された第二固体相と、がそれぞれ収容された不飽和アルデヒド化合物の空気中濃度測定用のガス吸収カートリッジである。
【0016】
また本発明は、(5)前記第一固体相及び前記第二固体相が二以上のカートリッジにそれぞれ別々に収容され、かつ、これら二以上のカートリッジが互いに結合可能に構成される前記(4)項記載の不飽和アルデヒド化合物の空気中濃度測定用のガス吸収カートリッジである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、測定対象物に含まれる不飽和アルデヒド化合物を濃縮し、かつその量を精度良く分析することのできる簡便な測定方法、及びそのような測定方法を実施するのに適した不飽和アルデヒド化合物の空気中濃度測定用ガスカートリッジが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法の一実施態様で使用されるガス吸収カートリッジを示す模式図である。
【図2】本発明の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法の別の実施態様を示す模式図である。
【図3】アクロレイン標準ガス通気後のHBr−シリカカートリッジから抽出された溶液(溶媒:アセトニトリル)のGC/MSチャートである。
【図4】アクロレイン標準ガス通気後のガス吸収カートリッジから抽出された溶液(溶媒:アセトニトリル)のHPLCクロマトグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の不飽和アルデヒド化合物の測定方法の一実施態様について説明する。なお、以下の実施態様では、測定対象物として空気を、不飽和アルデヒド化合物としてアクロレインをそれぞれ例に挙げて説明しているが、本発明はこれに限定されるものでなく、不飽和アルデヒド化合物全般の分析に使用することができる。
【0020】
本実施態様の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法は、測定対象物に含まれる不飽和アルデヒド化合物にハロゲン化剤を作用させてハロゲン化アルデヒド化合物を得るハロゲン化工程と、ハロゲン化工程で得られたハロゲン化アルデヒドにDNPHを作用させてハロゲン化ヒドラゾン化合物を得るヒドラゾン化工程と、ヒドラゾン化工程で得られたハロゲン化ヒドラゾン化合物の量を定量することにより、測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物量を算出する定量工程とを含む。上記記載の通り、不飽和アルデヒド化合物にDNPHを作用させてヒドラゾン化合物に変換しようとすると、ヒドラゾン化合物と、生成したヒドラゾン化合物が有する不飽和結合(ビニル基)にさらにDNPHが反応したDNPH付加体との混合物となるため、DNPH法によるアクロレインの分析が極めて困難になるという問題が生じるが、本実施態様のように、不飽和アルデヒド化合物にDNPHを作用させる前に不飽和アルデヒド化合物が有する不飽和結合(ビニル基)に予めハロゲン化剤を作用させてハロゲン化しておくことにより、そのような問題を回避することができる。
【0021】
本実施態様の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法では、不飽和アルデヒド化合物に作用させるハロゲン化剤及びDNPHをそれぞれ第一固体相及び第二固体相に担持させ、これら第一固体相及び第二固体相をカートリッジ状の容器に封入したガス吸収カートリッジが好ましく使用される。以下、このようなガス吸収カートリッジを使用した不飽和アルデヒド化合物量の測定方法について図面を参照しながら説明する。図1は、本実施態様の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法で使用されるガス吸収カートリッジ10を示す模式図である。
【0022】
本実施態様の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法における測定対象物としては、特に限定されないが、空気が例示される。この場合、例えば、大気汚染の測定のために本実施態様の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法を使用する場合には室外の大気が測定対象物となり、室内環境の測定のために本実施態様の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法を使用する場合には室内の空気が測定対象物となる。
【0023】
本実施態様の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法で使用されるガス吸収カートリッジ10は、測定対象物の導入口である入口14及び排出口である出口15を有する筒状の容器11の内部に第一固体相12及び第二固体相13が充填されたものである。
【0024】
容器11を構成する材質は、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート等の樹脂や、ガラス等が例示される。また、後で詳しく説明するが、第一固体相12及び第二固体相13は、微細な粒子で構成される。したがって、第一固体相12及び第二固体相13が入口14や出口15から漏出するのを防止するために、第一固体相12及び第二固体相13は、フリッツ16に挟まれて容器11の内部に収容される。フリッツ16は、多孔質の樹脂で構成された板状の部材であり、気体や液体を通過させる一方で、第一固体相12や第二固体相13のような粒子を通過させない部材である。
【0025】
測定対象物である空気は、入口14からガス吸収カートリッジ10の内部に導入され、ガス吸収カートリッジ10の内部を通過して出口15から排出される。この間に、測定対象物に含まれていた不飽和アルデヒド化合物は、ガス吸収カートリッジ10の内部でハロゲン化ヒドラゾン化合物に変換され、蓄積、濃縮される。測定対象物である空気をガス吸収カートリッジ10の内部に通過させるには、例えば、出口15に吸引ポンプ(図示せず)を接続して一定容量の空気を吸引すればよい。また、測定対象物である空気がガス採集容器に収容されている場合には、ガス採集容器(図示せず)の採集口を入口14に接続して、出口15から一定容量の空気を吸引すればよい。
【0026】
<ハロゲン化工程>
本実施態様のハロゲン化工程は、測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物にハロゲン化剤を作用させてハロゲン化アルデヒドを得る工程である。この工程で使用されるハロゲン化剤は、第一固体相12に担持され、容器11に収容される。
【0027】
測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物は、容器11に収容された第一固体相12を通過する際、第一固体相12に担持されたハロゲン化剤によりハロゲン化される。すなわち、例えば、ハロゲン化剤として臭化水素を担持させた第一固体相12に、アクロレインを含有する測定対象物を通過させた場合には、アクロレインは、下記化学反応式(5)のように3−ブロモプロパナールに変換される。
【0028】
【化3】
【0029】
[第一固体相(12)]
次に、ハロゲン化工程で使用される第一固体相12について説明する。第一固体相12は、固体相にハロゲン化剤を担持させたものである。測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物は、第一固体相12を通過することにより、第一固体相12に担持されたハロゲン化剤と反応して不飽和結合(ビニル基)にハロゲンの付加を受け、ハロゲン化アルデヒド化合物に変換される。
【0030】
第一固体相12を作製するための固体相としては、シリカゲル、XAD−2樹脂(スチレンジビニルベンゼン共重合体)、ガラスビーズ、ODS(オクタデシルシラン結合シリカ)、フロリジル、グラスファイバー等、各種例示することができる。これらの中でも、シリカゲルは表面積が大きいのでハロゲン化剤を担持するのに好ましく使用される。
【0031】
第一固体相12の作製に使用されるハロゲン化剤は、C=C二重結合(ビニル基)と反応して、当該C=C二重結合にハロゲンを付加させてハロゲン化するものであれば、特に限定されない。このようなハロゲン化剤としては、塩化水素、臭化水素、ヨウ化水素等のハロゲン化水素や、塩素、臭素、ヨウ素等のハロゲンガスが例示され、これらの中でも臭化水素が好ましく使用される。
【0032】
固体相にハロゲン化剤を担持させて第一固体相12を作製する方法としては、ハロゲン化剤がハロゲン化水素等のように水溶液として使用することができる場合は、ハロゲン化剤の水溶液を所定量の固体相に添加した後に、よく撹拌し、減圧乾燥させる方法が例示される。ここで使用されるハロゲン化剤の水溶液の濃度や、ハロゲン化剤の水溶液の添加量は、測定対象となる不飽和アルデヒド化合物の反応性を考慮して適宜決定すればよい。例えば、ハロゲン化剤として臭化水素を使用する場合、市販の臭化水素酸(47〜49%水溶液)であれば、固体相10gあたり、0.3〜0.8mL添加するのが好ましく、0.5mL添加することがより好ましい。臭化水素酸以外のハロゲン化水素を使用する場合、入手可能な試薬の濃度やハロゲン化水素の反応性を考慮して、固体相への添加量を適宜決定すればよい。また、固体相にハロゲン化剤を担持させるのに先立ち、水やアセトニトリル等の洗浄溶媒で固体相を適宜洗浄してもよい。
【0033】
なお、上記の第一固体相12の作製方法は一例であり、他に、ハロゲン化剤の溶液中に固体相を含浸させた後、当該固体相をろ別、乾燥して第一固体相12を得る方法を採用しても構わない。
【0034】
また、ハロゲン化剤がハロゲンガスのような気体である場合には、気体をシリカゲル等の固体相に担持させるための公知の方法に基づき、ハロゲン化剤を固体相に担持させて第一固体相12を作製すればよい。
【0035】
ハロゲン化工程を行なう際の温度は、特に限定されないが、室温であることが好ましい。
【0036】
<ヒドラゾン化工程>
本実施形態のヒドラゾン化工程は、ハロゲン化工程で得られたハロゲン化アルデヒド化合物に2,4−ジニトロフェニルヒドラジン(DNPH)を作用させてハロゲン化ヒドラゾン化合物を得る工程である。例えば、上記化学反応式(5)で得られた3−ブロモプロパナールにDNPHを作用させた場合、下記化学反応式(6)のように、ハロゲン化ヒドラゾン化合物(7)が得られる。この工程で使用されるDNPHは、第二固体相13に担持され、容器11の内部に収容される。このため、揮発性の高いハロゲン化アルデヒド化合物は、ガス吸収カートリッジ10の内部で、不揮発性の化合物であるハロゲン化ヒドラゾン化合物に変換され、そのままガス吸収カートリッジ10の内部に蓄積される。すなわち、ハロゲン化工程及びヒドラゾン化工程を経ることにより、揮発性の高い不飽和アルデヒド化合物は、不揮発性のヒドラゾン化合物に変換されてガス吸収カートリッジ10の内部に蓄積、濃縮されることになる。
【0037】
【化4】
【0038】
次に、ヒドラゾン化工程で使用される第二固体相13について説明する。
【0039】
[第二固体相(13)]
第二固体相13は、固体相にDNPHを担持させたものである。ハロゲン化工程で得られたハロゲン化アルデヒド化合物は、第二固体相13を通過することにより、第二固体相13に担持されたDNPHと反応してハロゲン化ヒドラゾン化合物(7)に変換される。
【0040】
ハロゲン化アルデヒド化合物とDNPHとを反応させる際、酸触媒が存在することが好ましい。そこで、本実施態様の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法では、DNPHとともに、触媒として酸性物質が固体相(第二固体相13)に担持される。このような酸性物質としては、揮発性のない無機酸が好ましく使用され、そのような無機酸としては、リン酸、硫酸、ホウ酸等が例示される。これらの中でも、取り扱いやすさの面からはリン酸が好ましく使用される。
【0041】
上記の通り、第二固体相13を作製するための固体相は、DNPH及び触媒である酸性物質を担持させるための媒体として使用される。なお、第二固体相13を作製ための固体相は、第一固体相12を作製するために使用される固体相と同様であるので、ここでは説明を省略する。
【0042】
固体相にDNPHや酸性物質を担持させて第二固体相13を作製する方法としては、酸性物質やDNPHを極性有機溶媒に溶解しておき、当該溶液に所定量の固体相を混合した後に溶媒を留去する方法や、当該溶液に所定量の固体相を混合した後で当該所定量の固体相を混合した後で当該固体相をろ別、乾燥する方法が例示される。ここで使用される極性有機溶媒は、酸性物質やDNPHを溶解させることができ、かつDNPHと反応するようなケト基を持たないものであれば特に制限されることなく使用することができる。このような極性有機溶媒としては、アセトニトリル、ジメチルスルフォキシド、メタノール、酢酸エチル、ジクロロメタン等が例示され、中でもアセトニトリルが好ましく使用される。なお、酸性物質の溶解を助けるために当該極性有機溶媒中に水を含んでもよい。
【0043】
上記溶液中のDNPH濃度は、1〜10mmol/Lが好ましく、4〜6mmol/Lがより好ましい。また、上記溶液中の酸性物質濃度は、2〜50mmol/Lが好ましく、10〜20mmol/Lがより好ましい。上記溶液中のDNPH濃度が1mmol/L以上であれば、ハロゲン化工程で生成したハロゲン化アルデヒド化合物に対して十分にヒドラゾン化を行うことができ、また、10mmol/L以下であれば、定量工程におけるHPLC法による定量の際に、DNPHのピークとハロゲン化ヒドラゾン化合物のピークとを良好に分離することができる。
【0044】
上記溶液を使用して固体相にDNPH及び酸性物質を担持させて第二固体相13を作製する。この際、固体相10gに対して上記溶液を好ましくは0.1〜3mL、より好ましくは0.1〜1mLの割合で上記溶液を用意し、当該溶液を固体相に添加して十分に撹拌する。その後、ロータリーエバポレーター等を使用して、固体相に添加した溶液から溶媒を減圧留去することによって、固体相の表面にDNPH及び酸性物質が担持された担持体が得られる。
【0045】
なお、上記の第二固体相13の作製方法は一例であり、他に、溶液中に固体相を含浸させた後、当該固体相をろ別、乾燥して第二固体相13を得る方法を採用しても構わない。
【0046】
ヒドラゾン化工程を行なう際の温度は、特に限定されないが、室温であることが好ましい。
【0047】
<定量工程>
次に、本実施態様の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法における定量工程について説明する。この工程は、ヒドラゾン化工程において生成したハロゲン化ヒドラゾン化合物の量を定量することにより、測定対象物に含まれていた不飽和アルデヒド化合物の量を算出する工程である。
【0048】
既に述べたように、本実施態様のハロゲン化工程及びヒドラゾン化工程を経ることにより、測定対象物に含まれていた不飽和アルデヒド化合物は、ガス吸収カートリッジ10の内部にハロゲン化ヒドラゾン化合物として蓄積、濃縮されている。したがって、本実施態様の定量工程では、まず、ガス吸収カートリッジ10の内部に蓄積、濃縮されたハロゲン化ヒドラゾン化合物が抽出操作により取り出される。
【0049】
抽出操作には、極性有機溶媒が抽出溶媒として使用される。このような極性有機溶媒としては、アセトニトリル、メタノール、酢酸エチル、ジメチルスルフォキシド等が例示され、これらの中でもアセトニトリルが好ましく使用される。なお、極性有機溶媒であっても、アセトンやメチルエチルケトンのようなケトン系の溶媒はDNPHと反応してヒドラゾン化合物を生成するので好ましくない。
【0050】
抽出操作は、ガス吸収カートリッジ10の入口14から出口15へ抽出溶媒を通過させればよい。ところで、本実施態様で使用されるガス吸収カートリッジ10は、図1に示すように、第一固体相12及び第二固体相13がフリッツ16を挟んで連通するように設けられている。このため、上記のように測定対象物を第一固体相12及び第二固体相13に通過させることによりハロゲン化工程及びヒドラゾン化工程が連続して行われるが、その際、ハロゲン化工程によって生じたハロゲン化アルデヒド化合物の一部は、第一固体相12の表面に吸着されてしまい、第二固体相13を通過しない可能性がある。このような場合であっても、ガス吸収カートリッジ10の入口14から出口15へ抽出溶媒を通過させることにより、第一固体相12の表面に吸着されたハロゲン化アルデヒド化合物は、抽出溶媒に抽出され、抽出溶媒とともに第二固体相13を通過して、ハロゲン化ヒドラゾン化合物に変換されることになる。
【0051】
すなわち、測定対象物を第一固体相12及び第二固体相13の順にそれぞれ通過させた後に抽出溶媒を第一固体相12及び第二固体相13の順にそれぞれ通過させることにより、ハロゲン化工程及びヒドラゾン化工程が完了する。そして、出口15から流出した抽出溶液の中には、ヒドラゾン化工程で生成したハロゲン化ヒドラゾン化合物が含まれる。この抽出溶媒に含まれたハロゲン化ヒドラゾン化合物の量を定量することにより、測定対象物に含まれていた不飽和アルデヒド化合物の量を知ることができる。
【0052】
抽出溶液に含まれるハロゲン化ヒドラゾン化合物の量の定量は、HPLC法を使用するのが簡便かつ正確である。HPLC法で使用するカラムは逆相カラムが好ましく、溶離液としては、例えばアセトニトリル−水系が挙げられるが、これらに限定されるものではないので、条件に合わせてカラムや溶離液を適宜選択すればよい。HPLC法で使用する検出器としてはUV検出器が例示されるが、これに限定されず、条件や装置に合わせて適宜選択すればよい。また、定量を行なうので、予め定量対象であるハロゲン化ヒドラゾン化合物について検量線を作成し、試料には内部標準物質を加えることが必要なことはいうまでもない。
【0053】
このようにして得られた抽出溶液中におけるハロゲン化ヒドラゾン化合物の濃度に、抽出溶液の体積を乗じることにより、測定対象物に含まれていた不飽和アルデヒド化合物のモル数を算出することができるので、これをガス吸収カートリッジ10に通過させた測定対象物の体積で割ることにより、測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物の濃度を求めることができる。測定対象物として大気を選択すれば、大気中の不飽和アルデヒド化合物の濃度を求めることができる。
【0054】
以上、本発明の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法の一実施態様について詳細に説明したが、本発明はこれらの実施態様に何ら限定されるものではなく、本発明の目的の範囲内において、適宜変更を加えて実施することができる。
【0055】
例えば、上記実施態様では、第一固体相12及び第二固体相13が同一の容器11に収容されていたが、図2に示すように、第一固体相12a及び第二固体相13bがそれぞれ別の容器11a及び11bに収容されていてもよい。図2は、本発明の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法の別の実施態様を示す模式図である。この場合であっても、これらのガス吸収カートリッジ10a及び10bは、第一固体相12a及び第二固体相13bが連通した状態で使用される。図2に示す実施態様では、第一固体相12aが収容されたカートリッジ10aの出口15aと第二固体相13bが収容されたカートリッジ10bの入口14bとが直接連結されているが、適切な長さのチューブ(図示せず)を介して連結されていてもよい。
【0056】
また、上記実施態様では、第一固体相12及び第二固体相13をそれぞれ一つずつ有するガス吸収カートリッジ10を使用したが、第一固体相及び第二固体相がそれぞれ一又は複数含まれるガス吸収カートリッジを使用してもよい。また、これら一又は複数の第一固体相及び第二固体相は、同一のカートリッジに収容されてもよいし、別のカートリッジに収容されてもよい。
【0057】
また、上記実施態様では、ガス吸収カートリッジ10を使用してハロゲン化工程及びヒドラゾン化工程を行ったが、ガス吸収カートリッジを使用せずにハロゲン化工程及びヒドラゾン化工程を行ってもよい。この場合、ハロゲン化剤を含有する溶液中に測定対象物を通過させて、当該溶液中にハロゲン化アルデヒド化合物を生成させ、その後、当該ハロゲン化アルデヒド化合物を含む溶液にDNPHを添加する方法が例示されるが、これに限定されない。
【0058】
本発明の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法の上記一実施態様で使用されるガス吸収カートリッジ10も本発明の一つである。本発明のガス吸収カートリッジ10は、ハロゲン化剤が担持された第一固体相12及びDNPHが担持された第二固体相13がそれぞれ収容されている。なお、第一固体相及び第二固体相は、図1に示すようにそれぞれ同一のカートリッジに収容されていてもよいし、図2に示すように二以上のカートリッジにそれぞれ別々に収容されていてもよい。第一固体相及び第二固体相が二以上のカートリッジにそれぞれ別々に収容される場合、これらのカートリッジの使用時に第一固体相及び第二固体相を連通させることができるように、これら二以上のカートリッジは互いに結合可能に構成される。
【0059】
本発明のガス吸収カートリッジに関するその他の説明については、本発明の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法の上記一実施態様において詳細に述べたので、ここでは説明を省略する。
【実施例】
【0060】
以下、実施例をもって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0061】
<第一固体相の調製及びHBr−シリカカートリッジの作製>
60/80メッシュ(120Å)のシリカゲル50gをアセトニトリル500mL中に投入し、撹拌してシリカゲルを洗浄した後、洗浄に使用したアセトニトリルをデカンテーションによりシリカゲルから分離した。次いで、当該シリカゲルを純水1000mL中に投入し、撹拌してシリカゲルを洗浄した後、洗浄に使用した純水をデカンテーションによりシリカゲルから分離して、洗浄済みのシリカゲルを得た。次に、洗浄後で湿った状態のシリカゲルに対して、ハロゲン化剤として臭化水素酸(47〜49%、和光純薬工業株式会社製の特級試薬をそのまま使用した。)5mLを添加し、よく撹拌した後、当該シリカゲルをロータリーエバポレーター(50℃)で減圧乾燥させて溶媒を除去し、臭化水素をシリカゲルに担持させた。この臭化水素を担持させたシリカゲルのうち500mgを第一固体相としてプラスチック製の容器に収容し、HBr−シリカカートリッジとした。
【0062】
<第二固体相の調製及びDNPH−シリカカートリッジの作製>
60/80メッシュ(120Å)のシリカゲル50gをアセトニトリル500mL中に投入し、撹拌してシリカゲルを洗浄した後、洗浄に使用したアセトニトリルをデカンテーションによりシリカゲルから分離した。次いで、当該シリカゲルを純水1000mL中に投入し、撹拌してシリカゲルを洗浄した後、洗浄に使用した純水をデカンテーションによりシリカゲルから分離して、洗浄済みのシリカゲルを得た。次に、DNPH塩酸塩0.25g及びリン酸(和光純薬工業株式会社製、特級試薬、85%水溶液)0.5mLをアセトニトリル200mLに溶解した溶液を、洗浄後で湿った状態のシリカゲルに添加し、よく撹拌した後、当該シリカゲルをロータリーエバポレーター(40℃)で減圧乾燥させて溶媒を除去し、DNPH及びリン酸をシリカゲルに担持させた。このDNPH及びリン酸を担持させたシリカゲルのうち270mgを第二固体相としてプラスチック製の容器に収容し、DNPH−シリカカートリッジとした。
【0063】
なお、上記HBr−シリカカートリッジ及び上記DNPH−シリカカートリッジは、互いに連結可能に構成されている。
【0064】
<ハロゲン(臭素)化の確認>
上記HBr−シリカカートリッジにアクロレイン標準ガスを100mL/minの流速で10分間通気した後、当該HBr−シリカカートリッジにアセトニトリルを満たした注射筒を接続し、1mL/minの流速で溶出させ5mLに定容した。なお、アクロレイン標準ガスとは、200Lのアルミニウムバッグに純空気(99.999%)を200L入れた後、アクロレインを60μL添加して調製したガスであり、アクロレインを100ppm含む(以下、同様)。抽出した溶液をGC/MS(アジレントテクノロジー社製、6890型装置(GC)及び5973型装置(MS)、カラム:SPB−5(30m×0.25mm i.d.,0.25mum film thickness、温度条件:50℃で5分間保持した後、毎分10℃で昇温し、その後250℃で15分間保持)で分析した結果、図3に示すように、3−ブロモプロパナールの存在を示すm/z136のピークが観察された。図3は、アクロレイン標準ガス通気後のHBr−シリカカートリッジから抽出された溶液(溶媒:アセトニトリル)のGC/MSチャートである。このことから、アクロレイン標準ガスに含まれていたアクロレインがHBr−シリカに担持された臭化水素と反応して、3−ブロモプロパナールを生成したことがわかった。
【0065】
<アクロレイン標準ガスの分析>
上記HBr−シリカカートリッジ及び上記DNPH−シリカカートリッジを連結して連結カートリッジとし、当該連結カートリッジのDNPH−シリカ側に吸引ポンプを接続して、アクロレイン標準ガスをHBr−シリカ側から100mL/minの流速で1時間吸引させ、アクロレイン標準ガスに含まれていたアクロレインを連結カートリッジの内部に捕集した。捕集後、連結カートリッジのHBr−シリカ側にアセトニトリルを満たした注射筒を接続して1mL/minの流速で連結カートリッジの内部の物質を溶出させ5mLに定容し、この溶出液に含まれる成分をHPLC法により分析した。HPLC法による分析において使用したカラムはAscentis RP−Amide、使用した溶離液はアセトニトリル/水=40/60であり、上記溶出液のうち10μLをHPLC装置に注入して分析を行なった。HPLC法で分析を行なった際のクロマトグラムを図4に示す。図4に示す通り、アクロレインにDNPHが反応したヒドラゾン化合物のピークの後に、3−ブロモプロパナールにDNPHが反応した臭素化ヒドラゾン化合物のピークが検出された。このことから、HPLC法による分析の際に適切な内部標準を使用することにより、本発明の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法によって測定対象物中の不飽和アルデヒドの量を分析できることが示された。なお、本条件下でのアクロレインから3−ブロモプロパナールへの転換率は81%と算出された。
【符号の説明】
【0066】
10 ガス吸収用カートリッジ
11 容器
12 第一固体相
13 第二固体相
14 入口
15 出口
16 フリッツ
【技術分野】
【0001】
本発明は、不飽和アルデヒド化合物量の測定方法及び不飽和アルデヒド化合物の空気中濃度測定用のガス吸収カートリッジに関する。
【背景技術】
【0002】
大気中に含まれるアルデヒド類は、悪臭や健康障害の原因物質となることが知られている。これらは、自動車の排ガス中や煙草の煙等に含まれ、大気汚染物質として社会問題の一つとなっている。また、不飽和アルデヒド化合物の一つであるノネナールは、いわゆる加齢臭の原因物質とされ、関心が寄せられている。
【0003】
これらのアルデヒド類は、その沸点が低いので定量のための濃縮が難しいとされ、一般的には2,4−ジニトロフェニルヒドラジン(以下、「DNPH」ともいう。)を用いてヒドラゾン化合物に変換すると同時に濃縮を行なっている。すなわち、DNPHを溶解させた酸性溶液中に試料ガス、例えば、空気をバブリングさせてアルデヒド類をヒドラゾン化合物に変換させた後、そのヒドラゾン化合物を有機溶媒で抽出、濃縮する方法、あるいはDNPHと酸触媒を固体の担体(シリカゲル等の多孔質体)に担持させたものをガラスやプラスチック製のカートリッジに充填し、そのカートリッジに空気を吸引した後、アセトニトリル等の抽出溶媒で抽出する方法等が用いられている(例えば、非特許文献1を参照)。
【0004】
アルデヒド類の空気中濃度は、上記過程で得られたヒドラゾン化合物を、例えば、高速液体クロマトグラフ法(以下、「HPLC法」ともいう。)により定量し、DNPHと反応したアルデヒド類の量を算出することにより求めることができる。最近では、DNPHと酸触媒とを含浸させたシリカゲルをカートリッジに充填した「DNPHカートリッジ」を用いる方法が主流であり、これらはアクティブサンプリング、拡散サンプリングとして広く使用され、また、環境省、厚生労働省をはじめ多くの公定法にも採用されている。さらに、このような測定法を応用し、例えば、有機物中のアルデヒド濃度の測定方法(例えば、特許文献1を参照)や、溶媒による抽出操作を必要としない分析装置及び繊維ニードル(例えば、特許文献2を参照)等が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−21829号公報
【特許文献2】特開2007−205867号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】JTCCM(財団法人建材試験センター)平成16年4月19日発行「ホルムアルデヒド発散建築材料性能試験・評価業務方法書」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、このようにアルデヒドにDNPHを反応させてヒドラゾン化合物に変換してから定量を行なう濃縮、分析方法を、例えば、アクロレイン、クロトンアルデヒド、ノネナール等の不飽和アルデヒド化合物の定量に使用しようとすると、分析の精度が著しく低下するという問題がある。不飽和アルデヒド化合物としてアクロレインを例示して、このことを説明する。アクロレインをDNPHと反応させると、下記化学反応式(1)に示すように反応してヒドラゾン化合物(2)が得られる。既に述べたように、本来であればこのヒドラゾン化合物(2)を定量することにより、測定対象物に含まれていたアクロレインの濃度を算出することができる。ところが、不飽和アルデヒド化合物であるアクロレインから誘導されたヒドラゾン化合物は、化学式(2)で示されるように反応活性なビニル基を有するため、過剰に存在するDNPHとこのビニル基とが化学反応式(3)に示すように反応する。その結果、得られたヒドラゾン化合物(2)の一部がDNPH付加体(4)に変換されて、ヒドラゾン化合物(2)とDNPH付加体(4)との混合物を与え、DNPH法によるアクロレインの分析を極めて困難にする。このため、大気汚染物質であるアクロレイン、クロトンアルデヒド等や、いわゆる加齢臭の原因物質であるノネナール等、ビニル基を有する不飽和アルデヒド化合物を精度良く濃縮、分析することのできる簡便な方法はこれまで存在しなかったのが実情である。
【0008】
【化1】
【0009】
【化2】
【0010】
本発明は、以上の状況に鑑みてなされたものであり、測定対象物に含まれる不飽和アルデヒド化合物を濃縮し、かつその量を精度良く分析することのできる簡便な測定方法、及びそのような測定方法を実施するのに適した不飽和アルデヒド化合物の空気中濃度測定用ガスカートリッジを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、測定対象物に含まれる不飽和アルデヒド化合物をDNPHと反応させてヒドラゾン化合物に変換するのに先立ち、当該不飽和アルデヒド化合物をハロゲン化水素やハロゲンガス等といったハロゲン化剤と反応させてハロゲン化アルデヒド化合物に変換しておくことにより上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち本発明は、(1)測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法であって、前記測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物にハロゲン化剤を作用させてハロゲン化アルデヒド化合物を得るハロゲン化工程と、前記ハロゲン化アルデヒド化合物に2,4−ジニトロフェニルヒドラジンを作用させてハロゲン化ヒドラゾン化合物を得るヒドラゾン化工程と、前記ハロゲン化ヒドラゾン化合物を定量することにより、前記測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物量を算出する定量工程と、を含む不飽和アルデヒド化合物量の測定方法である。
【0013】
また本発明は、(2)前記ハロゲン化剤及び前記2,4−ジニトロフェニルヒドラジンがそれぞれ第一固体相及び第二固体相に担持され、カートリッジに収容された前記第一固体相に前記測定対象物を通過させることにより前記ハロゲン化工程が行われ、カートリッジに収容された前記第二固体相に前記ハロゲン化ヒドラゾン化合物を通過させることにより前記ヒドラゾン化工程が行われる前記(1)項記載の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法である。
【0014】
また本発明は、(3)前記第一固体相及び前記第二固体相が一又は二以上のカートリッジにそれぞれ連通して収容され、前記測定対象物を前記第一固体相及び前記第二固体相の順にそれぞれ通過させた後に抽出溶媒を前記第一固体相及び前記第二固体相の順にそれぞれ通過させることにより、前記ハロゲン化工程及び前記ヒドラゾン化工程を行なうとともに、前記ヒドラゾン化工程で生成したハロゲン化ヒドラゾン化合物を前記抽出溶媒に溶出させ、さらに、前記定量工程において、前記抽出溶媒に溶出されたハロゲン化ヒドラゾン化合物を定量することを特徴とする前記(2)項記載の不飽和アルデヒド化合物の測定方法である。
【0015】
また本発明は、(4)ハロゲン化剤が担持された第一固体相と、2,4−ジニトロフェニルヒドラジンが担持された第二固体相と、がそれぞれ収容された不飽和アルデヒド化合物の空気中濃度測定用のガス吸収カートリッジである。
【0016】
また本発明は、(5)前記第一固体相及び前記第二固体相が二以上のカートリッジにそれぞれ別々に収容され、かつ、これら二以上のカートリッジが互いに結合可能に構成される前記(4)項記載の不飽和アルデヒド化合物の空気中濃度測定用のガス吸収カートリッジである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、測定対象物に含まれる不飽和アルデヒド化合物を濃縮し、かつその量を精度良く分析することのできる簡便な測定方法、及びそのような測定方法を実施するのに適した不飽和アルデヒド化合物の空気中濃度測定用ガスカートリッジが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法の一実施態様で使用されるガス吸収カートリッジを示す模式図である。
【図2】本発明の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法の別の実施態様を示す模式図である。
【図3】アクロレイン標準ガス通気後のHBr−シリカカートリッジから抽出された溶液(溶媒:アセトニトリル)のGC/MSチャートである。
【図4】アクロレイン標準ガス通気後のガス吸収カートリッジから抽出された溶液(溶媒:アセトニトリル)のHPLCクロマトグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の不飽和アルデヒド化合物の測定方法の一実施態様について説明する。なお、以下の実施態様では、測定対象物として空気を、不飽和アルデヒド化合物としてアクロレインをそれぞれ例に挙げて説明しているが、本発明はこれに限定されるものでなく、不飽和アルデヒド化合物全般の分析に使用することができる。
【0020】
本実施態様の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法は、測定対象物に含まれる不飽和アルデヒド化合物にハロゲン化剤を作用させてハロゲン化アルデヒド化合物を得るハロゲン化工程と、ハロゲン化工程で得られたハロゲン化アルデヒドにDNPHを作用させてハロゲン化ヒドラゾン化合物を得るヒドラゾン化工程と、ヒドラゾン化工程で得られたハロゲン化ヒドラゾン化合物の量を定量することにより、測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物量を算出する定量工程とを含む。上記記載の通り、不飽和アルデヒド化合物にDNPHを作用させてヒドラゾン化合物に変換しようとすると、ヒドラゾン化合物と、生成したヒドラゾン化合物が有する不飽和結合(ビニル基)にさらにDNPHが反応したDNPH付加体との混合物となるため、DNPH法によるアクロレインの分析が極めて困難になるという問題が生じるが、本実施態様のように、不飽和アルデヒド化合物にDNPHを作用させる前に不飽和アルデヒド化合物が有する不飽和結合(ビニル基)に予めハロゲン化剤を作用させてハロゲン化しておくことにより、そのような問題を回避することができる。
【0021】
本実施態様の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法では、不飽和アルデヒド化合物に作用させるハロゲン化剤及びDNPHをそれぞれ第一固体相及び第二固体相に担持させ、これら第一固体相及び第二固体相をカートリッジ状の容器に封入したガス吸収カートリッジが好ましく使用される。以下、このようなガス吸収カートリッジを使用した不飽和アルデヒド化合物量の測定方法について図面を参照しながら説明する。図1は、本実施態様の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法で使用されるガス吸収カートリッジ10を示す模式図である。
【0022】
本実施態様の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法における測定対象物としては、特に限定されないが、空気が例示される。この場合、例えば、大気汚染の測定のために本実施態様の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法を使用する場合には室外の大気が測定対象物となり、室内環境の測定のために本実施態様の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法を使用する場合には室内の空気が測定対象物となる。
【0023】
本実施態様の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法で使用されるガス吸収カートリッジ10は、測定対象物の導入口である入口14及び排出口である出口15を有する筒状の容器11の内部に第一固体相12及び第二固体相13が充填されたものである。
【0024】
容器11を構成する材質は、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート等の樹脂や、ガラス等が例示される。また、後で詳しく説明するが、第一固体相12及び第二固体相13は、微細な粒子で構成される。したがって、第一固体相12及び第二固体相13が入口14や出口15から漏出するのを防止するために、第一固体相12及び第二固体相13は、フリッツ16に挟まれて容器11の内部に収容される。フリッツ16は、多孔質の樹脂で構成された板状の部材であり、気体や液体を通過させる一方で、第一固体相12や第二固体相13のような粒子を通過させない部材である。
【0025】
測定対象物である空気は、入口14からガス吸収カートリッジ10の内部に導入され、ガス吸収カートリッジ10の内部を通過して出口15から排出される。この間に、測定対象物に含まれていた不飽和アルデヒド化合物は、ガス吸収カートリッジ10の内部でハロゲン化ヒドラゾン化合物に変換され、蓄積、濃縮される。測定対象物である空気をガス吸収カートリッジ10の内部に通過させるには、例えば、出口15に吸引ポンプ(図示せず)を接続して一定容量の空気を吸引すればよい。また、測定対象物である空気がガス採集容器に収容されている場合には、ガス採集容器(図示せず)の採集口を入口14に接続して、出口15から一定容量の空気を吸引すればよい。
【0026】
<ハロゲン化工程>
本実施態様のハロゲン化工程は、測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物にハロゲン化剤を作用させてハロゲン化アルデヒドを得る工程である。この工程で使用されるハロゲン化剤は、第一固体相12に担持され、容器11に収容される。
【0027】
測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物は、容器11に収容された第一固体相12を通過する際、第一固体相12に担持されたハロゲン化剤によりハロゲン化される。すなわち、例えば、ハロゲン化剤として臭化水素を担持させた第一固体相12に、アクロレインを含有する測定対象物を通過させた場合には、アクロレインは、下記化学反応式(5)のように3−ブロモプロパナールに変換される。
【0028】
【化3】
【0029】
[第一固体相(12)]
次に、ハロゲン化工程で使用される第一固体相12について説明する。第一固体相12は、固体相にハロゲン化剤を担持させたものである。測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物は、第一固体相12を通過することにより、第一固体相12に担持されたハロゲン化剤と反応して不飽和結合(ビニル基)にハロゲンの付加を受け、ハロゲン化アルデヒド化合物に変換される。
【0030】
第一固体相12を作製するための固体相としては、シリカゲル、XAD−2樹脂(スチレンジビニルベンゼン共重合体)、ガラスビーズ、ODS(オクタデシルシラン結合シリカ)、フロリジル、グラスファイバー等、各種例示することができる。これらの中でも、シリカゲルは表面積が大きいのでハロゲン化剤を担持するのに好ましく使用される。
【0031】
第一固体相12の作製に使用されるハロゲン化剤は、C=C二重結合(ビニル基)と反応して、当該C=C二重結合にハロゲンを付加させてハロゲン化するものであれば、特に限定されない。このようなハロゲン化剤としては、塩化水素、臭化水素、ヨウ化水素等のハロゲン化水素や、塩素、臭素、ヨウ素等のハロゲンガスが例示され、これらの中でも臭化水素が好ましく使用される。
【0032】
固体相にハロゲン化剤を担持させて第一固体相12を作製する方法としては、ハロゲン化剤がハロゲン化水素等のように水溶液として使用することができる場合は、ハロゲン化剤の水溶液を所定量の固体相に添加した後に、よく撹拌し、減圧乾燥させる方法が例示される。ここで使用されるハロゲン化剤の水溶液の濃度や、ハロゲン化剤の水溶液の添加量は、測定対象となる不飽和アルデヒド化合物の反応性を考慮して適宜決定すればよい。例えば、ハロゲン化剤として臭化水素を使用する場合、市販の臭化水素酸(47〜49%水溶液)であれば、固体相10gあたり、0.3〜0.8mL添加するのが好ましく、0.5mL添加することがより好ましい。臭化水素酸以外のハロゲン化水素を使用する場合、入手可能な試薬の濃度やハロゲン化水素の反応性を考慮して、固体相への添加量を適宜決定すればよい。また、固体相にハロゲン化剤を担持させるのに先立ち、水やアセトニトリル等の洗浄溶媒で固体相を適宜洗浄してもよい。
【0033】
なお、上記の第一固体相12の作製方法は一例であり、他に、ハロゲン化剤の溶液中に固体相を含浸させた後、当該固体相をろ別、乾燥して第一固体相12を得る方法を採用しても構わない。
【0034】
また、ハロゲン化剤がハロゲンガスのような気体である場合には、気体をシリカゲル等の固体相に担持させるための公知の方法に基づき、ハロゲン化剤を固体相に担持させて第一固体相12を作製すればよい。
【0035】
ハロゲン化工程を行なう際の温度は、特に限定されないが、室温であることが好ましい。
【0036】
<ヒドラゾン化工程>
本実施形態のヒドラゾン化工程は、ハロゲン化工程で得られたハロゲン化アルデヒド化合物に2,4−ジニトロフェニルヒドラジン(DNPH)を作用させてハロゲン化ヒドラゾン化合物を得る工程である。例えば、上記化学反応式(5)で得られた3−ブロモプロパナールにDNPHを作用させた場合、下記化学反応式(6)のように、ハロゲン化ヒドラゾン化合物(7)が得られる。この工程で使用されるDNPHは、第二固体相13に担持され、容器11の内部に収容される。このため、揮発性の高いハロゲン化アルデヒド化合物は、ガス吸収カートリッジ10の内部で、不揮発性の化合物であるハロゲン化ヒドラゾン化合物に変換され、そのままガス吸収カートリッジ10の内部に蓄積される。すなわち、ハロゲン化工程及びヒドラゾン化工程を経ることにより、揮発性の高い不飽和アルデヒド化合物は、不揮発性のヒドラゾン化合物に変換されてガス吸収カートリッジ10の内部に蓄積、濃縮されることになる。
【0037】
【化4】
【0038】
次に、ヒドラゾン化工程で使用される第二固体相13について説明する。
【0039】
[第二固体相(13)]
第二固体相13は、固体相にDNPHを担持させたものである。ハロゲン化工程で得られたハロゲン化アルデヒド化合物は、第二固体相13を通過することにより、第二固体相13に担持されたDNPHと反応してハロゲン化ヒドラゾン化合物(7)に変換される。
【0040】
ハロゲン化アルデヒド化合物とDNPHとを反応させる際、酸触媒が存在することが好ましい。そこで、本実施態様の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法では、DNPHとともに、触媒として酸性物質が固体相(第二固体相13)に担持される。このような酸性物質としては、揮発性のない無機酸が好ましく使用され、そのような無機酸としては、リン酸、硫酸、ホウ酸等が例示される。これらの中でも、取り扱いやすさの面からはリン酸が好ましく使用される。
【0041】
上記の通り、第二固体相13を作製するための固体相は、DNPH及び触媒である酸性物質を担持させるための媒体として使用される。なお、第二固体相13を作製ための固体相は、第一固体相12を作製するために使用される固体相と同様であるので、ここでは説明を省略する。
【0042】
固体相にDNPHや酸性物質を担持させて第二固体相13を作製する方法としては、酸性物質やDNPHを極性有機溶媒に溶解しておき、当該溶液に所定量の固体相を混合した後に溶媒を留去する方法や、当該溶液に所定量の固体相を混合した後で当該所定量の固体相を混合した後で当該固体相をろ別、乾燥する方法が例示される。ここで使用される極性有機溶媒は、酸性物質やDNPHを溶解させることができ、かつDNPHと反応するようなケト基を持たないものであれば特に制限されることなく使用することができる。このような極性有機溶媒としては、アセトニトリル、ジメチルスルフォキシド、メタノール、酢酸エチル、ジクロロメタン等が例示され、中でもアセトニトリルが好ましく使用される。なお、酸性物質の溶解を助けるために当該極性有機溶媒中に水を含んでもよい。
【0043】
上記溶液中のDNPH濃度は、1〜10mmol/Lが好ましく、4〜6mmol/Lがより好ましい。また、上記溶液中の酸性物質濃度は、2〜50mmol/Lが好ましく、10〜20mmol/Lがより好ましい。上記溶液中のDNPH濃度が1mmol/L以上であれば、ハロゲン化工程で生成したハロゲン化アルデヒド化合物に対して十分にヒドラゾン化を行うことができ、また、10mmol/L以下であれば、定量工程におけるHPLC法による定量の際に、DNPHのピークとハロゲン化ヒドラゾン化合物のピークとを良好に分離することができる。
【0044】
上記溶液を使用して固体相にDNPH及び酸性物質を担持させて第二固体相13を作製する。この際、固体相10gに対して上記溶液を好ましくは0.1〜3mL、より好ましくは0.1〜1mLの割合で上記溶液を用意し、当該溶液を固体相に添加して十分に撹拌する。その後、ロータリーエバポレーター等を使用して、固体相に添加した溶液から溶媒を減圧留去することによって、固体相の表面にDNPH及び酸性物質が担持された担持体が得られる。
【0045】
なお、上記の第二固体相13の作製方法は一例であり、他に、溶液中に固体相を含浸させた後、当該固体相をろ別、乾燥して第二固体相13を得る方法を採用しても構わない。
【0046】
ヒドラゾン化工程を行なう際の温度は、特に限定されないが、室温であることが好ましい。
【0047】
<定量工程>
次に、本実施態様の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法における定量工程について説明する。この工程は、ヒドラゾン化工程において生成したハロゲン化ヒドラゾン化合物の量を定量することにより、測定対象物に含まれていた不飽和アルデヒド化合物の量を算出する工程である。
【0048】
既に述べたように、本実施態様のハロゲン化工程及びヒドラゾン化工程を経ることにより、測定対象物に含まれていた不飽和アルデヒド化合物は、ガス吸収カートリッジ10の内部にハロゲン化ヒドラゾン化合物として蓄積、濃縮されている。したがって、本実施態様の定量工程では、まず、ガス吸収カートリッジ10の内部に蓄積、濃縮されたハロゲン化ヒドラゾン化合物が抽出操作により取り出される。
【0049】
抽出操作には、極性有機溶媒が抽出溶媒として使用される。このような極性有機溶媒としては、アセトニトリル、メタノール、酢酸エチル、ジメチルスルフォキシド等が例示され、これらの中でもアセトニトリルが好ましく使用される。なお、極性有機溶媒であっても、アセトンやメチルエチルケトンのようなケトン系の溶媒はDNPHと反応してヒドラゾン化合物を生成するので好ましくない。
【0050】
抽出操作は、ガス吸収カートリッジ10の入口14から出口15へ抽出溶媒を通過させればよい。ところで、本実施態様で使用されるガス吸収カートリッジ10は、図1に示すように、第一固体相12及び第二固体相13がフリッツ16を挟んで連通するように設けられている。このため、上記のように測定対象物を第一固体相12及び第二固体相13に通過させることによりハロゲン化工程及びヒドラゾン化工程が連続して行われるが、その際、ハロゲン化工程によって生じたハロゲン化アルデヒド化合物の一部は、第一固体相12の表面に吸着されてしまい、第二固体相13を通過しない可能性がある。このような場合であっても、ガス吸収カートリッジ10の入口14から出口15へ抽出溶媒を通過させることにより、第一固体相12の表面に吸着されたハロゲン化アルデヒド化合物は、抽出溶媒に抽出され、抽出溶媒とともに第二固体相13を通過して、ハロゲン化ヒドラゾン化合物に変換されることになる。
【0051】
すなわち、測定対象物を第一固体相12及び第二固体相13の順にそれぞれ通過させた後に抽出溶媒を第一固体相12及び第二固体相13の順にそれぞれ通過させることにより、ハロゲン化工程及びヒドラゾン化工程が完了する。そして、出口15から流出した抽出溶液の中には、ヒドラゾン化工程で生成したハロゲン化ヒドラゾン化合物が含まれる。この抽出溶媒に含まれたハロゲン化ヒドラゾン化合物の量を定量することにより、測定対象物に含まれていた不飽和アルデヒド化合物の量を知ることができる。
【0052】
抽出溶液に含まれるハロゲン化ヒドラゾン化合物の量の定量は、HPLC法を使用するのが簡便かつ正確である。HPLC法で使用するカラムは逆相カラムが好ましく、溶離液としては、例えばアセトニトリル−水系が挙げられるが、これらに限定されるものではないので、条件に合わせてカラムや溶離液を適宜選択すればよい。HPLC法で使用する検出器としてはUV検出器が例示されるが、これに限定されず、条件や装置に合わせて適宜選択すればよい。また、定量を行なうので、予め定量対象であるハロゲン化ヒドラゾン化合物について検量線を作成し、試料には内部標準物質を加えることが必要なことはいうまでもない。
【0053】
このようにして得られた抽出溶液中におけるハロゲン化ヒドラゾン化合物の濃度に、抽出溶液の体積を乗じることにより、測定対象物に含まれていた不飽和アルデヒド化合物のモル数を算出することができるので、これをガス吸収カートリッジ10に通過させた測定対象物の体積で割ることにより、測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物の濃度を求めることができる。測定対象物として大気を選択すれば、大気中の不飽和アルデヒド化合物の濃度を求めることができる。
【0054】
以上、本発明の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法の一実施態様について詳細に説明したが、本発明はこれらの実施態様に何ら限定されるものではなく、本発明の目的の範囲内において、適宜変更を加えて実施することができる。
【0055】
例えば、上記実施態様では、第一固体相12及び第二固体相13が同一の容器11に収容されていたが、図2に示すように、第一固体相12a及び第二固体相13bがそれぞれ別の容器11a及び11bに収容されていてもよい。図2は、本発明の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法の別の実施態様を示す模式図である。この場合であっても、これらのガス吸収カートリッジ10a及び10bは、第一固体相12a及び第二固体相13bが連通した状態で使用される。図2に示す実施態様では、第一固体相12aが収容されたカートリッジ10aの出口15aと第二固体相13bが収容されたカートリッジ10bの入口14bとが直接連結されているが、適切な長さのチューブ(図示せず)を介して連結されていてもよい。
【0056】
また、上記実施態様では、第一固体相12及び第二固体相13をそれぞれ一つずつ有するガス吸収カートリッジ10を使用したが、第一固体相及び第二固体相がそれぞれ一又は複数含まれるガス吸収カートリッジを使用してもよい。また、これら一又は複数の第一固体相及び第二固体相は、同一のカートリッジに収容されてもよいし、別のカートリッジに収容されてもよい。
【0057】
また、上記実施態様では、ガス吸収カートリッジ10を使用してハロゲン化工程及びヒドラゾン化工程を行ったが、ガス吸収カートリッジを使用せずにハロゲン化工程及びヒドラゾン化工程を行ってもよい。この場合、ハロゲン化剤を含有する溶液中に測定対象物を通過させて、当該溶液中にハロゲン化アルデヒド化合物を生成させ、その後、当該ハロゲン化アルデヒド化合物を含む溶液にDNPHを添加する方法が例示されるが、これに限定されない。
【0058】
本発明の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法の上記一実施態様で使用されるガス吸収カートリッジ10も本発明の一つである。本発明のガス吸収カートリッジ10は、ハロゲン化剤が担持された第一固体相12及びDNPHが担持された第二固体相13がそれぞれ収容されている。なお、第一固体相及び第二固体相は、図1に示すようにそれぞれ同一のカートリッジに収容されていてもよいし、図2に示すように二以上のカートリッジにそれぞれ別々に収容されていてもよい。第一固体相及び第二固体相が二以上のカートリッジにそれぞれ別々に収容される場合、これらのカートリッジの使用時に第一固体相及び第二固体相を連通させることができるように、これら二以上のカートリッジは互いに結合可能に構成される。
【0059】
本発明のガス吸収カートリッジに関するその他の説明については、本発明の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法の上記一実施態様において詳細に述べたので、ここでは説明を省略する。
【実施例】
【0060】
以下、実施例をもって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0061】
<第一固体相の調製及びHBr−シリカカートリッジの作製>
60/80メッシュ(120Å)のシリカゲル50gをアセトニトリル500mL中に投入し、撹拌してシリカゲルを洗浄した後、洗浄に使用したアセトニトリルをデカンテーションによりシリカゲルから分離した。次いで、当該シリカゲルを純水1000mL中に投入し、撹拌してシリカゲルを洗浄した後、洗浄に使用した純水をデカンテーションによりシリカゲルから分離して、洗浄済みのシリカゲルを得た。次に、洗浄後で湿った状態のシリカゲルに対して、ハロゲン化剤として臭化水素酸(47〜49%、和光純薬工業株式会社製の特級試薬をそのまま使用した。)5mLを添加し、よく撹拌した後、当該シリカゲルをロータリーエバポレーター(50℃)で減圧乾燥させて溶媒を除去し、臭化水素をシリカゲルに担持させた。この臭化水素を担持させたシリカゲルのうち500mgを第一固体相としてプラスチック製の容器に収容し、HBr−シリカカートリッジとした。
【0062】
<第二固体相の調製及びDNPH−シリカカートリッジの作製>
60/80メッシュ(120Å)のシリカゲル50gをアセトニトリル500mL中に投入し、撹拌してシリカゲルを洗浄した後、洗浄に使用したアセトニトリルをデカンテーションによりシリカゲルから分離した。次いで、当該シリカゲルを純水1000mL中に投入し、撹拌してシリカゲルを洗浄した後、洗浄に使用した純水をデカンテーションによりシリカゲルから分離して、洗浄済みのシリカゲルを得た。次に、DNPH塩酸塩0.25g及びリン酸(和光純薬工業株式会社製、特級試薬、85%水溶液)0.5mLをアセトニトリル200mLに溶解した溶液を、洗浄後で湿った状態のシリカゲルに添加し、よく撹拌した後、当該シリカゲルをロータリーエバポレーター(40℃)で減圧乾燥させて溶媒を除去し、DNPH及びリン酸をシリカゲルに担持させた。このDNPH及びリン酸を担持させたシリカゲルのうち270mgを第二固体相としてプラスチック製の容器に収容し、DNPH−シリカカートリッジとした。
【0063】
なお、上記HBr−シリカカートリッジ及び上記DNPH−シリカカートリッジは、互いに連結可能に構成されている。
【0064】
<ハロゲン(臭素)化の確認>
上記HBr−シリカカートリッジにアクロレイン標準ガスを100mL/minの流速で10分間通気した後、当該HBr−シリカカートリッジにアセトニトリルを満たした注射筒を接続し、1mL/minの流速で溶出させ5mLに定容した。なお、アクロレイン標準ガスとは、200Lのアルミニウムバッグに純空気(99.999%)を200L入れた後、アクロレインを60μL添加して調製したガスであり、アクロレインを100ppm含む(以下、同様)。抽出した溶液をGC/MS(アジレントテクノロジー社製、6890型装置(GC)及び5973型装置(MS)、カラム:SPB−5(30m×0.25mm i.d.,0.25mum film thickness、温度条件:50℃で5分間保持した後、毎分10℃で昇温し、その後250℃で15分間保持)で分析した結果、図3に示すように、3−ブロモプロパナールの存在を示すm/z136のピークが観察された。図3は、アクロレイン標準ガス通気後のHBr−シリカカートリッジから抽出された溶液(溶媒:アセトニトリル)のGC/MSチャートである。このことから、アクロレイン標準ガスに含まれていたアクロレインがHBr−シリカに担持された臭化水素と反応して、3−ブロモプロパナールを生成したことがわかった。
【0065】
<アクロレイン標準ガスの分析>
上記HBr−シリカカートリッジ及び上記DNPH−シリカカートリッジを連結して連結カートリッジとし、当該連結カートリッジのDNPH−シリカ側に吸引ポンプを接続して、アクロレイン標準ガスをHBr−シリカ側から100mL/minの流速で1時間吸引させ、アクロレイン標準ガスに含まれていたアクロレインを連結カートリッジの内部に捕集した。捕集後、連結カートリッジのHBr−シリカ側にアセトニトリルを満たした注射筒を接続して1mL/minの流速で連結カートリッジの内部の物質を溶出させ5mLに定容し、この溶出液に含まれる成分をHPLC法により分析した。HPLC法による分析において使用したカラムはAscentis RP−Amide、使用した溶離液はアセトニトリル/水=40/60であり、上記溶出液のうち10μLをHPLC装置に注入して分析を行なった。HPLC法で分析を行なった際のクロマトグラムを図4に示す。図4に示す通り、アクロレインにDNPHが反応したヒドラゾン化合物のピークの後に、3−ブロモプロパナールにDNPHが反応した臭素化ヒドラゾン化合物のピークが検出された。このことから、HPLC法による分析の際に適切な内部標準を使用することにより、本発明の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法によって測定対象物中の不飽和アルデヒドの量を分析できることが示された。なお、本条件下でのアクロレインから3−ブロモプロパナールへの転換率は81%と算出された。
【符号の説明】
【0066】
10 ガス吸収用カートリッジ
11 容器
12 第一固体相
13 第二固体相
14 入口
15 出口
16 フリッツ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法であって、
前記測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物にハロゲン化剤を作用させてハロゲン化アルデヒド化合物を得るハロゲン化工程と、
前記ハロゲン化アルデヒド化合物に前記2,4−ジニトロフェニルヒドラジンを作用させてハロゲン化ヒドラゾン化合物を得るヒドラゾン化工程と、
前記ハロゲン化ヒドラゾン化合物を定量することにより、前記測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物量を算出する定量工程と、を含む不飽和アルデヒド化合物量の測定方法。
【請求項2】
前記ハロゲン化剤及び2,4−ジニトロフェニルヒドラジンがそれぞれ第一固体相及び第二固体相に担持され、
カートリッジに収容された前記第一固体相に前記測定対象物を通過させることにより前記ハロゲン化工程が行われ、
カートリッジに収容された前記第二固体相に前記ハロゲン化ヒドラゾン化合物を通過させることにより前記ヒドラゾン化工程が行われる請求項1記載の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法。
【請求項3】
前記第一固体相及び前記第二固体相が一又は二以上のカートリッジにそれぞれ連通して収容され、
前記測定対象物を前記第一固体相及び前記第二固体相の順にそれぞれ通過させた後に抽出溶媒を前記第一固体相及び前記第二固体相の順にそれぞれ通過させることにより、前記ハロゲン化工程及び前記ヒドラゾン化工程を行なうとともに、前記ヒドラゾン化工程で生成したハロゲン化ヒドラゾン化合物を前記抽出溶媒に溶出させ、
さらに、前記定量工程において、前記抽出溶媒に溶出されたハロゲン化ヒドラゾン化合物を定量することを特徴とする請求項2記載の不飽和アルデヒド化合物の測定方法。
【請求項4】
ハロゲン化剤が担持された第一固体相と、
2,4−ジニトロフェニルヒドラジンが担持された第二固体相と、
がそれぞれ収容された不飽和アルデヒド化合物の空気中濃度測定用のガス吸収カートリッジ。
【請求項5】
前記第一固体相及び前記第二固体相が二以上のカートリッジにそれぞれ別々に収容され、かつ、これら二以上のカートリッジが互いに結合可能に構成される請求項4記載の不飽和アルデヒド化合物の空気中濃度測定用のガス吸収カートリッジ。
【請求項1】
測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法であって、
前記測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物にハロゲン化剤を作用させてハロゲン化アルデヒド化合物を得るハロゲン化工程と、
前記ハロゲン化アルデヒド化合物に前記2,4−ジニトロフェニルヒドラジンを作用させてハロゲン化ヒドラゾン化合物を得るヒドラゾン化工程と、
前記ハロゲン化ヒドラゾン化合物を定量することにより、前記測定対象物中の不飽和アルデヒド化合物量を算出する定量工程と、を含む不飽和アルデヒド化合物量の測定方法。
【請求項2】
前記ハロゲン化剤及び2,4−ジニトロフェニルヒドラジンがそれぞれ第一固体相及び第二固体相に担持され、
カートリッジに収容された前記第一固体相に前記測定対象物を通過させることにより前記ハロゲン化工程が行われ、
カートリッジに収容された前記第二固体相に前記ハロゲン化ヒドラゾン化合物を通過させることにより前記ヒドラゾン化工程が行われる請求項1記載の不飽和アルデヒド化合物量の測定方法。
【請求項3】
前記第一固体相及び前記第二固体相が一又は二以上のカートリッジにそれぞれ連通して収容され、
前記測定対象物を前記第一固体相及び前記第二固体相の順にそれぞれ通過させた後に抽出溶媒を前記第一固体相及び前記第二固体相の順にそれぞれ通過させることにより、前記ハロゲン化工程及び前記ヒドラゾン化工程を行なうとともに、前記ヒドラゾン化工程で生成したハロゲン化ヒドラゾン化合物を前記抽出溶媒に溶出させ、
さらに、前記定量工程において、前記抽出溶媒に溶出されたハロゲン化ヒドラゾン化合物を定量することを特徴とする請求項2記載の不飽和アルデヒド化合物の測定方法。
【請求項4】
ハロゲン化剤が担持された第一固体相と、
2,4−ジニトロフェニルヒドラジンが担持された第二固体相と、
がそれぞれ収容された不飽和アルデヒド化合物の空気中濃度測定用のガス吸収カートリッジ。
【請求項5】
前記第一固体相及び前記第二固体相が二以上のカートリッジにそれぞれ別々に収容され、かつ、これら二以上のカートリッジが互いに結合可能に構成される請求項4記載の不飽和アルデヒド化合物の空気中濃度測定用のガス吸収カートリッジ。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図2】
【図3】
【図4】
【公開番号】特開2010−164467(P2010−164467A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−7713(P2009−7713)
【出願日】平成21年1月16日(2009.1.16)
【出願人】(502181665)シグマアルドリッチジャパン株式会社 (6)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年1月16日(2009.1.16)
【出願人】(502181665)シグマアルドリッチジャパン株式会社 (6)
【Fターム(参考)】
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