説明

中性子散乱実験用部材及びその製造方法

【課題】ブラッグピークの発現を低減させた中性子散乱実験用部材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】アルミニウム、クロム、鉄及びニッケルからなる群から選択される少なくとも1種の金属2.8〜12.8重量%並びにバナジウム87.2〜97.2重量%からなるバナジウム合金を含む中性子散乱実験用部材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中性子散乱実験用部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
物質の結晶構造を測定する方法として、中性子回折法とX線回折法がある。このうち、中性子回折法はX線回折法と比較して水素、リチウム、酸素等の軽元素を高精度で測定できることから、近年注目されている。
【0003】
中性子回折法は、中性子を被測定試料に放射し、被測定試料により散乱される中性子の量を検知することにより行われる。
【0004】
中性子回折法では、被測定試料は試料ホルダーの中に保持されているため、中性子は試料ホルダーを通過して被測定試料に到達する。そのため、試料ホルダーが中性子を吸収する場合には、測定結果から得られる中性子回折プロファイルに大きなバックグランド(ノイズ)が生じて測定精度が低下する。従って、試料ホルダーの特性として中性子を吸収しないことが必要である。
【0005】
また、中性子が試料ホルダー通過時にホルダー内で回折又は干渉すると、中性子回折プロファイルにブラッグピーク(Bragg peak)が生じる。このピークも被測定試料に無関係のピークであるため、測定精度が低下する原因となる。従って、試料ホルダーは、回折及び干渉が生じにくい特性も必要である。
【0006】
現在、中性子回折プロファイルにおけるバックグランドが少なく且つブラッグピークの発現が小さい金属としてバナジウム金属単体が知られており、これを用いて試料ホルダーが作製されている(例えば、特許文献1)。
【0007】
しかしながら、バナジウム金属単体を用いても依然としてブラッグピークは生じるため、ブラッグピークを更に低減して測定精度を向上させることが望まれている。
【特許文献1】特開2002−340821号公報(特に[0037]段落)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、ブラッグピークの発現を低減させた中性子散乱実験用部材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、特定のバナジウム合金を中性子散乱実験用部材に適用する場合には、ブラッグピークの発現が低減された中性子散乱実験用部材を簡便に形成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明は、下記の中性子散乱実験用部材及びその製造方法に関する。
1.アルミニウム、クロム、鉄及びニッケルからなる群から選択される少なくとも1種の金属2.8〜12.8重量%並びにバナジウム87.2〜97.2重量%からなるバナジウム合金を含む中性子散乱実験用部材。
2.前記バナジウム合金は、アルミニウム3.7〜7.4重量%及びバナジウム92.6〜96.3重量%からなる、上記項1に記載の中性子散乱実験用部材。
3.前記バナジウム合金は、クロム6.6〜12.8重量%及びバナジウム87.2〜93.4重量%からなる、上記項1に記載の中性子散乱実験用部材。
4.前記バナジウム合金は、鉄2.8〜5.5重量%及びバナジウム94.5〜97.2重量%からなる、上記項1に記載の中性子散乱実験用部材。
5.前記バナジウム合金は、ニッケル2.8〜5.4重量%及びバナジウム94.6〜97.2重量%からなる、上記項1に記載の中性子散乱実験用部材。
6.前記部材は中性子散乱実験用の試料ホルダー又は窓材である、上記項1〜5のいずれかに記載の中性子散乱実験用部材。
7.前記部材は厚さが0.01〜1.0mmである、上記項1〜6のいずれかに記載の中性子散乱実験用部材。
8.中性子散乱実験用部材の製造方法であって、
アルミニウム、クロム、鉄及びニッケルからなる群から選択される少なくとも1種の金属2.8〜12.8重量%並びにバナジウム87.2〜97.2重量%からなるバナジウム合金を圧延する工程を有する製造方法。
9.アルミニウム、クロム、鉄及びニッケルからなる群から選択される少なくとも1種の金属2.8〜12.8重量%並びにバナジウム87.2〜97.2重量%からなるバナジウム合金を中性子散乱実験用部材に使用する方法。

以下、本発明について詳細に説明する。
【0011】
1.中性子散乱実験用部材
本発明の中性子散乱実験用部材は、アルミニウム、クロム、鉄及びニッケルからなる群から選択される少なくとも1種の金属2.8〜12.8重量%並びにバナジウム87.2〜97.2重量%からなるバナジウム合金を含むことを特徴とする。
【0012】
上記バナジウム合金は、実質的にアルミニウム、クロム、鉄及びニッケルからなる群から選択される少なくとも1種の金属2.8〜12.8重量%並びにバナジウム87.2〜97.2重量%からなる。
【0013】
特に、バナジウム合金が、アルミニウム及びバナジウムからなる合金である場合は、アルミニウムの好ましい含有量は3.7〜7.4重量%程度、より好ましくは5.3〜5.8重量%程度である。アルミニウムを含有する場合の合金の結晶粒の平均粒径は、通常20mm以下程度、好ましくは10mm以下程度である。
【0014】
クロム及びバナジウムからなる合金である場合は、クロムの好ましい含有量は6.6〜12.8重量%程度であり、より好ましくは9.4〜10.0重量%程度である。クロムを含有する場合の合金の結晶粒の平均粒径は、通常20mm以下程度、好ましくは10mm以下程度である。
【0015】
鉄及びバナジウムからなる合金である場合は、鉄の好ましい含有量は、2.8〜5.5重量%程度であり、好ましくは4.0〜4.4重量%程度である。鉄を含有する場合の合金の結晶粒の平均粒径は、通常0.5mm以下程度、好ましくは0.1mm以下程度である。
【0016】
ニッケル及びバナジウムからなる合金である場合は、ニッケルの好ましい含有量は、2.8〜5.4重量%程度であり、より好ましくは3.9〜4.3重量%程度である。ニッケルを含有する場合の合金の結晶粒の平均粒径は、通常0.5mm以下程度、好ましくは0.1mm以下程度である。
【0017】
本発明では、上記のうち、特に圧延等の成形性に優れる観点から、鉄及びバナジウムからなる合金、又はニッケル及びバナジウムからなる合金が好ましい。
【0018】
本発明のバナジウム合金は、中性子散乱実験用部材として使用される。特に、中性子散乱実験用の試料ホルダー又は窓材として好適に使用される。当該合金は上記特定の金属を上記特定の割合で含有するため、当該合金を用いた本発明の中性子散乱実験用部材は、中性子測定法により得られるプロファイルにおいて、バックグランドを抑制し、ブラッグピークの発現をより確実に防止することができる。
【0019】
中性子散乱実験装置とは、中性子を放射し、被測定物の結晶構造や磁気構造を測定するものである。このような中性子散乱実験装置としては、例えば、日本原子力研究開発機構のJRR-3 HRPD、高エネルギー加速器研究機構のKENS VEGA等が挙げられる。
【0020】
中性子散乱実験用部材とは、上記で挙げられた中性子散乱実験装置の一部又は付属品として用いられる部材であって、中性子を吸収せずに透過させる特性が求められている部材をいう。具体的には、試料ホルダー、窓材等が挙げられる。
【0021】
試料ホルダーは、中性子散乱実験装置による被測定試料を内部に保持するものである。形状としては、一般的には、一方の端部(例えば、上部)が開口している有底円筒状又は有底角筒状等が挙げられる。
【0022】
なお、試料ホルダーは、側面(測定時に中性子が透過する面)が、上記バナジウム合金から構成されていればよい。一方、底面(被測定試料を置く面)は、上記バナジウム合金であってもよく、また、他の公知の材料であってもよい。
【0023】
窓材は、中性子を装置内部に導入するものであり、通常、平板状等である。その形は限定的でなく、矩形、円形等が挙げられる。
【0024】
中性子散乱実験用部材の厚み(試料ホルダーの場合は、側面の肉厚)は限定的でないが、通常0.01〜1.0mm程度、好ましくは0.01〜0.1mm程度である。
【0025】
2.中性子散乱実験用部材の製造方法
本発明の中性子散乱実験用部材の製造方法は、アルミニウム、クロム、鉄及びニッケルからなる群から選択される少なくとも1種の金属2.8〜12.8重量%並びにバナジウム87.2〜97.2重量%からなるバナジウム合金を圧延する工程を有する。本発明の製造方法は、上記バナジウム合金を使用するため、成形性に優れる。従って、バナジウム合金にうねり等を発生させずに均一に圧延することが可能であり、その結果、試料ホルダー、窓材等といった肉厚の薄い中性子散乱実験用部材に容易に成形することができる。
【0026】
本発明の製造方法で使用するバナジウム合金は、金属単体としてアルミニウム、クロム、鉄及びニッケルからなる群から選択される少なくとも1種の金属を2.8〜12.8重量%、並びにバナジウム金属単体を87.2〜97.2重量%を配合する限り限定されない。なお、各金属の組み合わせの好ましい配合量は上記中性子回折装置用部材で説明したものと同様である。このようなバナジウム合金の製造方法としては、例えば、アーク溶解法、真空誘導溶解法、エレクトロンビーム溶解法等が挙げられる。本発明では、特にアーク溶解法が好ましい。これにより、ボタン型等の塊状、板状、インゴット状等のバナジウム合金が得られる。
【0027】
圧延方法は、上記バナジウム合金を使用する限り限定でなく、常法に従って行えばよく、例えば、冷間圧延、温間圧延等が挙げられる。特に、本発明では冷間圧延が好ましい。
【0028】
必要に応じて、圧延工程の前後又は圧延工程中に、焼鈍処理を1回又は複数回行ってもよい。これにより、うねりをより確実に抑制することができる。
【0029】
焼鈍(加熱)温度は限定的でなく、通常800〜1200℃程度、好ましくは900〜1100℃程度とすればよく、焼鈍時間は、通常0.5〜3.0時間程度、好ましくは1.0〜2.0時間程度とすればよい。
【0030】
焼鈍は、例えば、減圧下又は真空下で行えばよく、例えば、10−3Pa以下(特に10−4Pa以下)で行うことが好ましい。
【発明の効果】
【0031】
本発明の中性子散乱実験用部材によれば、特定の組成の合金を使用しているため、中性子回折法を用いた測定により得られるプロファイルにおいてブラッグピークの発現をより低減させることができる。
【0032】
本発明の製造方法によれば、特定の組成の合金を使用しているため、バナジウム合金にうねり等を発生させずに均一に圧延することが可能であり、その結果、試料ホルダー、窓材等といった肉厚の薄い中性子散乱実験用部材を容易に成形することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下に実施例及び比較例を示し、本発明を具体的に説明する。但し、本発明は実施例に限定されない。
【0034】
実施例1〜4及び比較例1〜4
<合金材料の作製>
下記表1に示す割合で、各種金属単体粉末とバナジウム金属単体粉末とを混合し、アルゴンアーク炉で合金化を行うことにより、実施例1〜4及び比較例1〜4の中性子回折装置用バナジウム合金を作製した。
【0035】
具体的には、各種金属単体とバナジウム金属単体との混合物を、アルゴンアーク炉内に添加した後、熔解出力約8kWで小ボタン型バナジウム合金を作製した。次いで、得られた小ボタン型バナジウム合金を複数混合し、熔解出力約16kWで溶かし合わせることにより、均等に合金化された大ボタン型のバナジウム合金材料を得た。なお、熔解作業は油拡散ポンプを用いて真空にした後、高純度のアルゴンガスで置換することにより、熔解中に酸素及び窒素のガス成分が上昇しないように行った。
【0036】
【表1】

【0037】
<中性子散乱実験用部材の作製(圧延特性の評価)>
上記で得られた実施例1〜4及び比較例1〜4の中性子散乱実験用バナジウム合金材料をそれぞれ幅23mm×長さ23mm×高さ5mmの板状バナジウム合金に切削した。
【0038】
次に、得られた板状バナジウム合金に真空熱処理炉を用いて焼鈍処理を施した。焼鈍条件は、真空度5×10-4Pa以下、焼鈍温度900℃、焼鈍時間1時間とした。
【0039】
次いで、焼鈍した板状バナジウム合金に冷間圧延を行うことにより幅150mm×長さ150mm×高さ0.1mmの厚さにして、実施例1〜4及び比較例1〜4の中性子散乱実験用部材を製造した。なお、冷間圧延の際、試験片が高さ1mm及び高さ0.3mmの時点で更に焼鈍処理(焼鈍条件は上述と同じ)を施した。
【0040】
得られた実施例1〜4及び比較例1〜4の中性子散乱実験用部材について、評価は以下のように行った。この評価結果を表1に併記する。
◎:高さ0.05mmの圧延が達成できた
○:高さ0.05mm圧延時にうねりが発生した
△:高さ0.1mm圧延時にうねりが発生した
×:圧延不可
試験例(中性子回折測定)
実施例1〜4の中性子散乱実験用バナジウム合金及び比較例1の中性子散乱実験用バナジウム金属単体を幅23×長さ23×高さ5mmの板状バナジウム合金(又は板状バナジウム)に切削した。この板状バナジウム合金に中性子回折測定を行った。Vの最強線である(110)面の回折強度を格子面間隔dに対してプロットした結果を図1及びブラッグピークの有無について評価した結果を表1に示す。
【0041】
図1から明らかなように、比較例1の板状バナジウム金属単体には、ブラッグピークと呼ばれる鋭いピークが生じていたが、本実施例1〜4のバナジウム合金材料には、ブラッグピークは見られなかった。従って、本実施例1〜4のバナジウム合金材料から得られる中性子散乱実験用部材にも、ブラッグピークが見られないことが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】実施例1〜4のバナジウム合金材料及び比較例1バナジウム材料に中性子回折測定を行い、得られたプロファイルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム、クロム、鉄及びニッケルからなる群から選択される少なくとも1種の金属2.8〜12.8重量%並びにバナジウム87.2〜97.2重量%からなるバナジウム合金を含む中性子散乱実験用部材。
【請求項2】
前記バナジウム合金は、アルミニウム3.7〜7.4重量%及びバナジウム92.6〜96.3重量%からなる、請求項1に記載の中性子散乱実験用部材。
【請求項3】
前記バナジウム合金は、クロム6.6〜12.8重量%及びバナジウム87.2〜93.4重量%からなる、請求項1に記載の中性子散乱実験用部材。
【請求項4】
前記バナジウム合金は、鉄2.8〜5.5重量%及びバナジウム94.5〜97.2重量%からなる、請求項1に記載の中性子散乱実験用部材。
【請求項5】
前記バナジウム合金は、ニッケル2.8〜5.4重量%及びバナジウム94.6〜97.2重量%からなる、請求項1に記載の中性子散乱実験用部材。
【請求項6】
前記部材は中性子散乱実験用の試料ホルダー又は窓材である、請求項1〜5のいずれかに記載の中性子散乱実験用部材。
【請求項7】
前記部材は厚さが0.01〜1.0mmである、請求項1〜6のいずれかに記載の中性子散乱実験用部材。
【請求項8】
中性子散乱実験用部材の製造方法であって、
アルミニウム、クロム、鉄及びニッケルからなる群から選択される少なくとも1種の金属2.8〜12.8重量%並びにバナジウム87.2〜97.2重量%からなるバナジウム合金を圧延する工程を有する製造方法。
【請求項9】
アルミニウム、クロム、鉄及びニッケルからなる群から選択される少なくとも1種の金属2.8〜12.8重量%並びにバナジウム87.2〜97.2重量%からなるバナジウム合金を中性子散乱実験用部材に使用する方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−270851(P2009−270851A)
【公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−119496(P2008−119496)
【出願日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【出願人】(391033517)太陽鉱工株式会社 (6)
【出願人】(504151365)大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 (125)
【Fターム(参考)】