説明

中性子用シンチレーターおよび中性子検出器

【課題】中性子に対する検出効率、及びn/γ弁別能に優れた中性子用シンチレーター並びに当該中性子シンチレーターを使用した中性子検出器を提供する。
【解決手段】層状のフッ化リチウム結晶と層状のフッ化カルシウム結晶とが交互に積層した共晶体であって、この共晶体中の層状のフッ化リチウム結晶層の厚さが0.1〜5μmである共晶体からなる中性子用シンチレーター、或いは、層状のフッ化リチウム結晶と層状のフッ化カルシウム結晶とが交互に積層した共晶体であって、この共晶体中の層状のフッ化カルシウム結晶層が少なくとも一方向に直線的に連続している共晶体からなる中性子用シンチレーター、更に、これら中性子シンチレーターと光検出器から基本構成される中性子検出器である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、共晶体からなる中性子用シンチレーター、及び当該中性子用シンチレーターと光検出器を具備してなる中性子検出器に関する。詳しくは、層状のフッ化リチウム結晶と層状のフッ化カルシウム結晶とが特定の構造で積層してなる共晶体からなる中性子用シンチレーターに関する。
【背景技術】
【0002】
中性子検出器は、中性子利用技術を支える要素技術であって、中性子回折による構造解析等の学術研究分野、非破壊検査分野、或いは貨物検査等の保安分野等における中性子利用技術の発展に伴い、より高性能な中性子検出器が求められている。
中性子検出器に求められる主たる性能は、中性子に対する検出効率と計数率(カウントレート)、更に中性子とγ線との弁別能(以下、n/γ弁別能ともいう)である。検出効率とは線源から放出され、検出器に入射した放射線の数に対する検出器でカウントした放射線の数の比であり、計数率とは単位時間あたりにカウントした放射線の数である。γ線は、中性子を検出するための検出系の構成部材、或いは被検査対象物に含まれるFe(鉄)、Pb(鉛)、Cd(カドミウム)、C(炭素)、N(窒素)等の元素に中性子が当たった際に発生するので、γ線との弁別能が低いと中性子と被検査対象物との相互作用を反映しない信号が混入し、所謂バックグラウンドノイズが増大する。
【0003】
中性子線を検出する場合は、中性子が物質中で何の相互作用もせずに透過する力が強いため、一般にエネルギーをもった荷電粒子に速やかに変換する核反応を利用して検出される。例えば、ヘリウム3(He)と中性子との核反応によって生じるプロトン或いはトリトンを利用して検出するHe検出器が従来から知られている。この検出器は、検出効率は高くn/γ弁別能にも優れるが、カウントレートには限界があるという問題があった。また、ヘリウム3は高価な物質であり、しかも、その資源量には限りがある。
昨今、安価で大型の検出器を目的として、上記He検出器に代わって、中性子シンチレーターを用いた検出器の開発が進められている。中性子用シンチレーターとは、中性子が当たったときに当該中性子を吸収して蛍光を発する物質のことをいい、当該シンチレーターを使用する中性子検出器の前記各種性能は、シンチレーターを構成する物質に依存する。例えば、シンチレーターの発光強度の大きさや発光強度のバラツキは、バックグラウンドノイズとの弁別に影響し、バックグラウンドノイズが主としてγ線に起因するため、n/γ弁別能に影響する。また、蛍光の減衰の早さは、計数率に影響する。
【0004】
従来、中性子に対する検出効率が比較的高く、優れたn/γ弁別能を有する中性子用シンチレーターとして、LiF/ZnSが用いられてきた(非特許文献1参照)。しかしながら当該LiF/ZnSは不透明であるため、厚さを増すとシンチレーション光を効率よく取り出すことができず、したがって中性子に対する検出効率の向上に限界があった。
かかる問題に鑑みて、ユーロピウムを含有するフッ化カルシウム結晶とフッ化リチウム結晶とからなる共晶体を用いた中性子用シンチレーターが提案されている(非特許文献2参照)。当該中性子用シンチレーターは半透明であり、シンチレーション光を効率よく取り出すことができるため、極めて高い中性子検出効率を達成することができる。しかしながら、本発明者らの検討によれば、当該中性子用シンチレーターは中性子を検出した際のシンチレーション光の輝度のばらつきが大きく、したがってγ線との弁別が困難であるという問題があった。
ところで、本発明の中性子用シンチレーターを構成する共晶体と同様の共晶体として、フッ化リチウム結晶とフッ化カルシウム結晶とからなる共晶体にマンガンを含有せしめた共晶体が開示されている(非特許文献3参照)。当該共晶体は熱蛍光現象を利用したドシメーターを開発目的とし、層状のフッ化リチウム結晶層の厚さが約5μmである旨が記載されているが、当該共晶体の積層構造の詳細は不明である。また、中性子用シンチレーターとしての応用については何ら検討されておらず、中性子用シンチレーターとして好適な結晶層の厚さや積層構造に関する知見は皆無である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】N. J. Rhodes, et al., “Pixelated neutron scintillation detectors using fibre optic coded arrays”, Nuclear Instruments and Methods in Physics Research, A392, 315−318(1997).
【非特許文献2】N. J. Rhodes, et al., “CaF2(Eu2+):LiF − Structural and spectroscopic properties of a new system for neutron detection”, Radiation Measurements, in press.
【非特許文献3】A. Chouiyakh, et al., “Thermoluminescence properties of CaF2−LiF:Mn eutectic melt grown composites”, Phys. Chem. News, 13, 139−143(2003).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、中性子に対する検出効率、計数率、及びn/γ弁別能に優れた中性子用シンチレーター並びに中性子検出器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、フッ化リチウム結晶、及びフッ化カルシウム結晶から構成される共晶体を用いた中性子用シンチレーターについて、当該共晶体の積層構造を最適化し、中性子用シンチレーターとしての特性を改善すべく種々検討した。その結果、当該共晶体のフッ化リチウム結晶層の厚さを0.1〜5μmとすることにより、中性子を検出した際のシンチレーション光の輝度のばらつきを抑えて、γ線との弁別を容易にできることを見出した。また、共晶体の構成成分であるフッ化カルシウム結晶が少なくとも一方向に直線的に連続した構造とすることにより、シンチレーション光の伝搬効率が直線的に連続した結晶方向に沿って高くなることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明によれば、
層状のフッ化リチウム結晶と層状のフッ化カルシウム結晶とが交互に積層した共晶体からなる中性子用シンチレーターであって、共晶体中のフッ化リチウム結晶層の厚さが0.1〜5μmであることを特徴とする中性子用シンチレーターが提供される。
また、本発明によれば、
上記中性子用シンチレーター、及び光検出器を具備することを特徴とする中性子検出器が提供される。
上記中性子検出器の発明において、光検出器が、位置敏感型光検出器であることが好適である。
【0009】
更に、本発明によれば、
層状のフッ化リチウム結晶と層状のフッ化カルシウム結晶とが交互に積層した共晶体からなる中性子用シンチレーターであって、共晶体中のフッ化カルシウム結晶層が少なくとも一方向に直線的に連続していることを特徴とする中性子用シンチレーターが提供される。
また、本発明によれば、
上記中性子用シンチレーター、及び光検出器を具備することを特徴とする中性子検出器が提供される。
上記中性子検出器の発明において、
1)光検出器が、直線的に連続しているフッ化カルシウム結晶層の直線方向端部に配置されていること、
2)光検出器が、位置敏感型光検出器であること、
が好適である。
【0010】
更にまた、本発明によれば、
層状のフッ化リチウム結晶と層状のフッ化カルシウム結晶とが交互に積層した共晶体からなる中性子用シンチレーターであって、共晶体中のフッ化リチウム結晶層の厚さが0.1〜5μmであり、且つ、フッ化カルシウム結晶層が少なくとも一方向に直線的に連続していることを特徴とする中性子用シンチレーターが提供される。
また、本発明によれば、
上記中性子用シンチレーター、及び光検出器を具備することを特徴とする中性子検出器が提供される。
上記中性子検出器の発明において、
3)光検出器が、直線的に連続しているフッ化カルシウム結晶層の直線方向端部に配置されていること、
4)光検出器が、位置敏感型光検出器であること、
が好適である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、中性子に対する検出効率が高く、かつn/γ弁別能に優れた中性子用シンチレーターを提供できる。かかる中性子用シンチレーターを用いた中性子検出器は、中性子回折による構造解析等の学術研究分野、非破壊検査分野、或いは貨物検査等の保安分野等で好適に使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本図は、本発明の中性子用シンチレーターの層状構造を示す模式図である。
【図2】本図は、一方向凝固法の模式図である。
【図3】実施例1で得られた共晶体を、凝固方向に平行な方向に切断した面の反射電子組成像である。
【図4】実施例1で得られた共晶体を、凝固方向に鉛直な方向に切断した面の反射電子組成像である。
【図5】本図は、実施例1、実施例2、及び比較例1で得られた共晶体の粉末X線回折パターンである。
【図6】本図は、実施例1、実施例2の製作例1、及び比較例1の中性子用シンチレーターに中性子を照射した際の波高分布スペクトルである。
【図7】実施例2で得られた共晶体を、凝固方向に平行な方向に切断した面の反射電子組成像である。
【図8】実施例2で得られた共晶体を、凝固方向に鉛直な方向に切断した面の反射電子組成像である。
【図9】本図は、実施例2の製作例1及び製作例2の中性子用シンチレーターに中性子を照射した際の波高分布スペクトルである。
【図10】比較例1で得られた共晶体を、凝固方向に平行な方向に切断した面の反射電子組成像である。
【図11】比較例1で得られた共晶体を、凝固方向に鉛直な方向に切断した面の反射電子組成像である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の中性子用シンチレーターの一つは、結晶層の厚みに特徴がある共晶体からなるものである。当該共晶体は、層状のフッ化リチウム(LiF)結晶と層状のフッ化カルシウム(CaF)結晶の二つの相分離した結晶相からなり、LiF結晶層の厚さが0.1〜5μmである。
当該共晶体は、中性子の入射によって、以下の過程に基づくシンチレーション光を発っして中性子シンチレーターとして機能する。まず、中性子がLiFに入射すると、中性子がLiF中のLi同位体に捕獲され、捕獲反応を起こして2次粒子であるα粒子及びトリチウムを生じる。次いで、かかる2次粒子が共晶体中を遊走し、CaFに到達してCaFを励起する。最終的に、励起されたCaFがシンチレーション光を発する。すなわち、本発明の共晶体のLiF、及びCaF成分は、それぞれ中性子捕獲材、シンチレーション光を発する蛍光体として機能する。
【0014】
上記共晶体において、フッ化リチウムとフッ化カルシウムとの成分比は、特に限定されないが、フッ化リチウムとフッ化カルシウムの共晶点組成の成分比であるフッ化リチウム 0.8/フッ化カルシウム 0.2(mol/mol)とすることが好ましい。かかる共晶点成分比のモル比を大きく外れたモル比とした場合には、共晶体が著しく白濁したり、シンチレーション光の発光強度が低下するおそれがある。
【0015】
上記共晶体において、LiFのLi同位体比を20〜99%とすることが好ましい。Li同位体比を20%以上とすることによって、前記捕獲反応の確率が高まり中性子に対する検出効率が向上する。一方、同位体濃縮に係るコストに鑑みて、Li同位体比を99%以下とすることが好ましい。
【0016】
上記共晶体は、層状のフッ化リチウム結晶層の厚さが0.1〜5μmであることが重要である。前述したように、LiF結晶中で中性子を捕獲して生じた2次粒子は、共晶体中を遊走してCaF結晶に到達するが、遊走する過程でエネルギーの一部を失う。したがって、LiF結晶層が厚い場合には、核反応によって生じた2次粒子からCaFに付与されるエネルギーのばらつきが大きくなり、結果としてCaFより発せられるシンチレーション光の輝度のばらつきが大きくなる。本発明者らの検討によれば、LiF結晶層の厚さが薄いほど、前記シンチレーション光の輝度のばらつきが小さくなり、かかる厚さを5μm以下とすることによってn/γ弁別能に優れた中性子用シンチレーターを得ることができることが判明した。なお、LiF結晶層の厚さを0.1μm未満とすることは技術的に困難であり、特段の手段を講じる必要があるため、かかる厚さの下限は0.1μmとする。
【0017】
本発明の中性子用シンチレーターの他の一つは、結晶層の連続性に特徴がある共晶体からなるものである。当該共晶体は、層状のフッ化リチウム(LiF)結晶と層状のフッ化カルシウム(CaF)結晶の二つの相分離した結晶相からなり、フッ化カルシウム結晶層が少なくとも一方向に直線的に連続した層を形成している。
一般には、LiF結晶とCaF結晶からなる共晶体において、CaFより発せられたシンチレーション光は、CaF結晶とLiF結晶との界面において散乱され、シンチレーション光の光検出器への伝搬効率が低下する。これに対して、本発明の共晶体を使用した中性子用シンチレーターにおいては、CaF結晶が直線的に連続した方向(図1中の矢印で示した方向)にはシンチレーション光の伝搬効率が高くなるため、かかる連続した結晶方向の端部に光検出器を配置することにより、光検出器におけるシンチレーション光の検出効率を向上することができる。
当該共晶体の、フッ化リチウムとフッ化カルシウムとの成分比、LiFのLi同位体比などは、前出のフッ化リチウム結晶層の厚みに特徴がある共晶体に準じる。層状のフッ化リチウム結晶層の厚さは特に制限されず、フッ化カルシウム結晶層が上記特徴を有すればその特有の効果が発現する。しかし、層状のフッ化リチウム結晶層の厚さが0.1〜5μmであれば、両特徴に起因する効果が相乗的に発現するので特に好ましい。
【0018】
前出の二つのタイプの共晶体は、何れも、CaF結晶中に、発光中心元素としてCe、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、及びYbからなる元素の内、少なくともいずれか一つの元素を含有せしめることが好ましい。当該発光中心元素を含有せしめることによって、CaFより発せられたシンチレーション光の発光強度を高めることができる。
当該発光中心元素をCaF結晶に含有せしめる量は特に制限されないが、CaFに対して0.05〜10mol%とすることが好ましい。0.05mol%以上とすることによって、シンチレーション光の輝度を高めることができ、また、10mol%以下とすることによって、共晶体の顕著な白濁、あるいは濃度消光によるシンチレーション光の減退等の問題を回避することができる。
【0019】
本発明で使用される前記二種の共晶体の製造方法は特に限定されず、一般にはフッ化リチウム、及びフッ化カルシウムの粉末等を混合して原料混合物を調製し、当該原料混合物を加熱して溶融せしめて融液とした後、当該融液を冷却して凝固せしめる方法を採用することができる。特に層構造(厚み、連続性、直線性)を制御するためには、前記融液を特定の一方向に凝固せしめる一方向凝固法が好適に採用できる。
一方向凝固法について、図2を例にとって説明する。上方が高温、下方が低温となるように調整された炉体の内部に融液を置き、融液を下降するか、あるいは炉体を上昇すると、融液は下部より冷却され、凝固点を下回った部分は凝固して共晶体となる。このとき、共晶体と融液の間に固液界面が形成される。さらに融液を下降するか、あるいは炉体を上昇すると、固液界面が上方に移動して共晶体が伸長する。かかる操作を連続的に行うことにより、融液を特定の一方向に凝固せしめることができる。なお、本発明において、融液を特定の一方向に凝固せしめる方向を凝固方向といい、凝固を進める速度を凝固速度という。
上記一方向凝固法によれば、凝固速度を高めることによって、共晶体のLiF結晶層の厚さを薄くすることが容易であり、当該LiF結晶層の厚さが5μm以下である共晶体を効率よく製造することができる。また、共晶体のCaF結晶は、図2に示すように凝固方向に沿って伸長するため、CaFが一方向に直線的に連続した共晶体を製造することができる。
【0020】
一方向凝固法の具体的な方法を例示すれば、上方が高温、下方が低温となるように調整された炉体の内部に融液を充填した坩堝を置き、坩堝を下降して融液を下方より上方へ一方向に凝固せしめるブリッジマン法、上方が高温、下方が低温となるように調整された炉体の内部に融液を充填した坩堝を置き、常に下方が低温となる温度分布を保ったまま冷却し、融液を下方より上方へ一方向に凝固せしめる温度勾配固化(Gradient Freeze)法、固液界面を一定の位置に保ったまま、共晶体を一方向に凝固させながら引き上げるチョクラルスキー法、或いは固液界面を一定の位置に保ったまま共晶体を一方向に凝固させながら引き下げるマイクロ引下げ法が挙げられる。
【0021】
以下、本発明で使用する共晶体の製造方法について、ブリッジマン法を例にとって詳細に説明する。
まず、原料のフッ化リチウム、及びフッ化カルシウムを混合して原料混合物を調製する。ただし、前記発光中心元素をCaFに含有せしめる場合には、当該原料混合物に発光中心元素のフッ化物を添加するか、あるいは予め発光中心元素をCaFに含有せしめたものを前記フッ化カルシウムの原料に代えて用いる。
フッ化リチウム、フッ化カルシウム、及び発光中心元素のフッ化物の原料の純度は特に限定されないが、99.99%以上とすることが好ましい。このような純度の高い原料を用いることにより、シンチレーション光の輝度等の特性が向上する。なお、原料は、粉末状あるいは粒状の原料を用いても良く、あらかじめ焼結或いは溶融固化させてから用いても良い。
【0022】
次いで、前記原料混合物を坩堝に充填し、加熱ヒーター、断熱材、及び真空排気装置を備えたチャンバー内にセットする。真空排気装置を用いて、チャンバーの内部を1.0×10−3Pa以下まで真空排気した後、高純度アルゴン等の不活性ガスをチャンバー内に導入してガス置換操作を行う。ガス置換操作後のチャンバー内の圧力は特に限定されないが、大気圧が一般的である。かかるガス置換操作によって、原料或いはチャンバー内に付着した水分を除去することができ、かかる水分に由来する共晶体のシンチレーション光の減退等の問題を回避することができる。
上記ガス置換操作によっても除去できない水分による悪影響を避けるため、水分との反応性の高いスカベンジャーを用いて、水分を除去することが好ましい。かかるスカベンジャーとしては、四フッ化メタン等の気体スカベンジャーを好適に用いることができる。なお、気体スカベンジャーを用いる場合には上記不活性ガスに混合してチャンバー内に導入する方法が好適である。
【0023】
ガス置換操作を行った後、加熱ヒーターによって原料混合物を加熱して溶融せしめる。原料混合物を溶融せしめる際の温度は、原料混合物の化学組成によって異なるが、一般にはフッ化リチウムとフッ化カルシウムの共晶点である770℃〜900℃の範囲である。なお、加熱ヒーターの加熱方式は特に限定されず、例えば高周波誘導加熱方式、あるいは抵抗加熱方式等を適宜用いることができる。
次いで、溶融した原料混合物の融液を坩堝とともに降下せしめる。加熱ヒーター及び断熱材は、上方が高温、下方が低温となるように配置されているため、融液は降下するにつれて下方より凝固する。かかる凝固の際にLiF結晶とCaF結晶との相分離が生じ、凝固と同時に共晶体が生成する。さらに融液を連続的に降下せしめることによって、融液は下方より上方へ一方向に凝固し、共晶体が凝固方向に沿って伸長するため、CaF結晶層が一方向に直線的に連続した共晶体を製造することができる。
【0024】
上記製造方法において、融液を降下せしめる速度、すなわち凝固速度は特に制限されないが、2〜50mm/hrとすることが好ましい。凝固速度が速いほど、LiF結晶層の厚さは薄くなり、凝固速度を2mm/hr以上とすることによって、LiF結晶層の厚さが5μm以下の共晶体を製造することができる。一方、凝固速度が50mm/hrを超える場合には、共晶体の白濁や割れが顕著になるおそれがあるため、凝固速度は50mm/hr以下とすることが好ましい。
また、凝固方向に沿った単位距離あたりの温度変化、すなわち温度勾配は、特に限定されないが、0.5℃/mm以上とすることが好ましい。温度勾配を0.5℃/mm以上とすることによって、CaF結晶層の一方向性を高めることができる。温度勾配の上限は、何ら制限されないが、一般には10℃/mm以下である。
【0025】
得られた共晶体の層構造は、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて反射電子組成像を観察することにより同定できる。すなわち、反射電子組成像においては、LiF結晶とCaF結晶がそれぞれの原子番号の差異に基づく明瞭なコントラストを呈するため、図3に示すような層構造を反映した像を容易に得ることができる。かかる反射電子組成像より、LiF結晶層の厚さの計測、およびCaF結晶層の一方向性の評価を行うことができる。なお、LiF結晶層の厚さの計測においては、SEMの測長機能を用い、間隔の長さが既知の標準グリッドを用いて校正して計測する。
また、共晶体を構成する結晶相の同定は、粉末X線回折測定によって行うことができる。すなわち、共晶体を粉砕した粉末について粉末X線回折測定を行い、得られた回折パターンを解析することにより、LiF結晶とCaF結晶からなる共晶体であることを同定する。
【0026】
前記製造方法によって得られた共晶体は、良好な加工性を有しており、所望の形状に加工して本発明の中性子用シンチレーターとすることができる。中性子用シンチレーターの形状は任意の形状で良く、板状、ブロック状、もしくは四角柱形状の共晶体を複数個配列させたアレイ状とすることができる。加工に際しては、公知のブレードソー、ワイヤーソー等の切断機、研削機、或いは研磨盤を何ら制限無く用いることができる。
【0027】
本発明の共晶体からなる中性子用シンチレーターは、光電子増倍管等の光検出器と組み合わせて中性子検出器とすることができる。即ち、中性子の照射により中性子用シンチレーターから発せられたシンチレーション光を、光電子増倍管によって電気信号に変換することによって、中性子の有無及び強度を電気信号として捉えることができる。本発明の中性子用シンチレーターから発せられるシンチレーション光は、約300〜350nmの波長の光であり、この領域の光を検出できる光電子増倍管が特に好適に使用できる。かかる光電子増倍管として具体的なものを例示すれば、浜松ホトニクス社製 R7600U、H7416等が挙げられる。なお、中性子検出器の構造や作製方法は何ら制限されず、従来公知の構造及び方法を採用できる。
【0028】
具体的には、例えば光電子増倍管の光電面に、本発明の中性子用シンチレーターを光学グリース等で接着し、該光電子増倍管に高電圧を印加して、光電子増倍管より出力される電気信号を計測する方法が挙げられる。この光電子増倍管より出力される電気信号を利用して中性子線の強度等を解析する目的で、光電子増倍管の後段に増幅器や多重波高分析器等を設けても良い。
本発明の共晶体からなる中性子用シンチレーターは、位置敏感型光検出器と組み合わせて中性子撮像装置とすることができる。かかる位置敏感型光検出器としては、位置敏感型光電子増倍管が好適に使用でき、具体的なものを例示すれば、PHOTONIS社製XP85012等が挙げられる。
【実施例】
【0029】
以下、本発明の実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら制限されるものではない。また、実施例の中で説明されている特徴の組み合わせすべてが本発明の解決手段に必須のものとは限らない。
【0030】
実施例1
〈共晶体の製造〉
原料のフッ化リチウム 331g、フッ化カルシウム 258g、及びフッ化ユーロピウム 3.45gを混合して原料混合物を調製した。なお、各原料はそれぞれ純度が99.99%以上の粉末を用いた。また、フッ化リチウムについては、Li同位体比が95%の原料を用いた。当該原料混合物において、フッ化リチウムとフッ化カルシウムとの成分比は、フッ化リチウム 0.8mol:フッ化カルシウム 0.2molとし、発光中心元素であるユーロピウムをCaF結晶に含有せしめる量は、CaFに対して0.5mol%とした。
次いで、前記原料混合物を内径が60mmのカーボン製の坩堝に充填し、抵抗加熱方式の加熱ヒーター、断熱材、及び真空排気装置を備えたチャンバー内にセットした。真空排気装置を用いて、チャンバーの内部を2.0×10−4Pa以下まで真空排気した後、5vol%の四フッ化メタンを混合した高純度アルゴンガスをチャンバー内に導入してガス置換操作を行った。ガス置換操作後のチャンバー内の圧力は大気圧とした。
ガス置換操作を行った後、加熱ヒーターによって原料混合物を加熱して溶融せしめた。なお、加熱ヒーター及び断熱材は、凝固方向の温度勾配が2.5℃/mmとなるように配置し、加熱ヒーターの出力は、坩堝底部の温度が830℃となるように調整した。
次いで、溶融した原料混合物の融液を坩堝とともに連続的に降下せしめ、融液を下方より上方へ一方向に凝固せしめた。なお、本実施例において、融液を降下せしめる速度、すなわち凝固速度は10mm/hrとした。かかる操作により、融液を全て凝固せしめ、本発明で使用する共晶体を得た。
【0031】
得られた共晶体を、凝固方向に平行な方向、及び凝固方向に鉛直な方向にダイヤモンドワイヤーを備えたワイヤーソーによって切断し、切断面を鏡面研磨した。凝固方向に平行な方向に切断した面の反射電子組成像を図3に、凝固方向に鉛直な方向に切断した面の反射電子組成像を図4に示す。当該反射電子組成像の明部はCaF結晶層であり、暗部はLiF結晶層である。
図3よりCaF結晶層が一方向に直線的に連続していることが分かる。また、図4の反射電子組成像について、SEMの測長機能を用いてLiF結晶層の厚さを計測した結果、当該共晶体のLiFの層の厚さは3μmであった。なお、LiF結晶層の厚さの計測においては、間隔の長さが25μmの標準グリッドで校正して計測した。
また、得られた共晶体を粉砕した粉末について粉末X線回折測定を行い、結晶相を同定した。測定装置にはBruker AXS社製、D8 DISCOVERを用いた。得られた回折パターンを図5に示す。図5より、LiF結晶とCaF結晶に由来する回折ピークが確認でき、当該共晶体がLiF結晶とCaF結晶からなる共晶体であることが分かった。
【0032】
〈中性子用シンチレーターの作製〉
得られた共晶体を、ダイヤモンドワイヤーを備えたワイヤーソーによって切断し、研削及び鏡面研磨を行い、長さ7mm、幅2mm、厚さ1mmの形状に加工し、本発明の中性子用シンチレーターを得た。なお、当該中性子用シンチレーターの長さ7mm、幅2mmの面は、共晶体の凝固方向に対して鉛直な面となるように加工し、層状のフッ化カルシウム結晶が直線的に連続している方向の端部が、かかる面内となるようにした。
【0033】
〈中性子検出器の作製と特性評価〉
当該中性子用シンチレーターの中性子に対する応答特性を以下の方法によって評価した。
まず光電子増倍管(浜松ホトニクス社製 R7600U)の光電面に、中性子用シンチレーターの長さ7mm、幅2mmの面を光学グリースで接着し、中性子検出器を製作した。
前記光電子増倍管の光電面に外の光が入射しないよう中性子検出器を黒色のビニールシート製の遮光材で覆った後に、1MBqの放射能の252Cfからの中性子を、40mmの厚みのポリエチレンブロックからなる中性子減速材を介して減速して照射した。
中性子用シンチレーターより発せられたシンチレーション光を計測するため、光電子増倍管には電源供給線より800Vの高電圧を印加し、シンチレーション光を電気信号に変換し、信号出力線より出力した。ここで、光電子増倍管より出力される電気信号は、シンチレーション光を反映したパルス状の信号であり、パルスの波高がシンチレーション光の発光強度を表す。かかる光電子増倍管より出力された電気信号を整形増幅器で整形、増幅した後、多重波高分析器に入力して解析し、波高分布スペクトルを作成した。
得られた波高分布スペクトルを図6に示す。該波高分布スペクトルの横軸は、電気信号の波高値すなわちシンチレーション光の発光強度を表しており、ここでは、波高分布スペクトルのピーク値を1とした相対値で示した。また、縦軸は各波高値を示した電気信号の頻度を表し、ここでは、電気信号が計測された回数(counts)で示した。
図6より中性子を検出したことを示す明瞭なピークが確認でき、本発明の共晶体が中性子用シンチレーターとして有効に作用し、また、当該中性子用シンチレーターを用いた中性子検出器が有効であることが分かった。また、図6において、中性子を検出したことを示すピークは、波高値の低い領域に存在するγ線ノイズと明確に区別できる。したがって、例えば、波高値 0.5を閾値とし、当該閾値以下の波高値の電気信号を除去し、当該閾値を超える波高値の電気信号のみを選別することでγ線ノイズを除去することが容易である。すなわち本発明の中性子用シンチレーターは、優れたn/γ弁別能を有することが分かった。
【0034】
実施例2
〈共晶体の製造〉
凝固速度を3mm/hrとする以外は実施例1と同様にして共晶体を得た。得られた共晶体について、実施例1と同様にして反射電子組成像を観察した。凝固方向に平行な方向に切断した面の反射電子組成像を図7に、凝固方向に鉛直な方向に切断した面の反射電子組成像を図8に示す。
図6よりCaF結晶層が一方向に直線的に連続していることが分かる。また、図7の反射電子組成像について、SEMの測長機能を用いてLiF結晶層の厚さを計測した結果、当該共晶体のLiFの層の厚さは4μmであった。また、実施例1と同様にして粉末X線回折測定を行い、結晶相を同定した。得られた回折パターンを図5に示す。図5より、LiF結晶とCaF結晶に由来する回折ピークが確認でき、当該共晶体がLiF結晶とCaF結晶からなる共晶体であることが分かった。
【0035】
〈中性子用シンチレーターの作製〉
得られた共晶体を、実施例1と同様にして加工し、本発明の中性子用シンチレーターを得た。なお、本実施例では、実施例1と同様に、中性子用シンチレーターの長さ7mm、幅2mmの面が、凝固方向に対して鉛直な面となるように加工し、層状のフッ化カルシウム結晶が直線的に連続している方向の端部が、かかる面内となるようにした場合(製作例1)と、中性子用シンチレーターの長さ7mm、幅2mmの面が、凝固方向に対して平行な面となるように加工した場合(製作例2)との2通りについて中性子用シンチレーターを作製した。
【0036】
〈中性子検出器の作製と特性評価〉
当該中性子用シンチレーターの中性子に対する応答特性を実施例1と同様にして評価した。製作例1の中性子シンチレーターを使用した場合の波高分布スペクトルを図6に、製作例1と製作例2の中性子シンチレーターを使用して、両者を比較した波高分布スペクトルを図9に示す。
図6より中性子を検出したことを示す明瞭なピークが確認でき、本発明の共晶体が中性子用シンチレーターとして有効に作用し、また、当該中性子用シンチレーターを用いた中性子検出器が有効であることが分かった。また、実施例1と同様に、中性子を検出したことを示すピークとγ線ノイズとを明確に区別でき、本発明の中性子用シンチレーターは、優れたn/γ弁別能を有することが分かった。
製作例1と製作例2の中性子シンチレーターを使用して、両者を比較した波高分布スペクトルを図9に示す。なお、本図では、製作例1と製作例2の両者とも、製作例1の波高分布スペクトルのピーク値を1とした相対値で示した。図9より、光検出器が、直線的に連続しているフッ化カルシウム結晶層の直線方向端部に配置されている場合(製作例1)には、そうでない場合に比較して、波高値が顕著に増大することが分かる。この効果は、CaF結晶が直線的に連続した方向にはシンチレーション光の伝搬効率が高く、光検出器におけるシンチレーション光の検出効率が向上したことによるものと考えられる。これは共晶体からなるシンチレーターに特有の効果であって、本発明が有効であることが分かる。
【0037】
比較例1
〈共晶体の製造〉
凝固速度を1mm/hrとする以外は実施例1と同様にして共晶体を得た。得られた共晶体について、実施例1と同様にして反射電子組成像を観察した。凝固方向に平行な方向に切断した面の反射電子組成像を図10に、凝固方向に鉛直な方向に切断した面の反射電子組成像を図11に示す。
図10よりCaF結晶層が一方向に直線的に連続していることが分かる。また、図11の反射電子組成像について、SEMの測長機能を用いてLiF結晶層の厚さを計測した結果、当該共晶体のLiFの層の厚さは7μmであった。また、実施例1と同様にして粉末X線回折測定を行い、結晶相を同定した。得られた回折パターンを図5に示す。図5より、LiF結晶とCaF結晶に由来する回折ピークが確認でき、当該共晶体がLiF結晶とCaF結晶からなる共晶体であることが分かった。
〈中性子用シンチレーターの作製〉
得られた共晶体を、実施例1と同様にして加工し、中性子用シンチレーターを得た。
〈中性子検出器の作製と特性評価〉
当該中性子用シンチレーターの中性子に対する応答特性を実施例1と同様にして評価した。得られた波高分布スペクトルを図6に示す。図6より中性子を検出したことを示すピークは、本発明の中性子用シンチレーターと比較してブロードであり、LiF結晶層の厚みが5μmを超えるとノイズとの弁別が困難であることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
層状のフッ化リチウム結晶と層状のフッ化カルシウム結晶とが交互に積層した共晶体からなる中性子用シンチレーターであって、共晶体中のフッ化リチウム結晶層の厚さが0.1〜5μmであることを特徴とする中性子用シンチレーター。
【請求項2】
請求項1に記載の中性子用シンチレーター、及び光検出器を具備することを特徴とする中性子検出器。
【請求項3】
光検出器が、位置敏感型光検出器であることを特徴とする請求項2に記載の中性子検出器。
【請求項4】
層状のフッ化リチウム結晶と層状のフッ化カルシウム結晶とが交互に積層した共晶体からなる中性子用シンチレーターであって、共晶体中のフッ化カルシウム結晶層が少なくとも一方向に直線的に連続していることを特徴とする中性子用シンチレーター。
【請求項5】
請求項4に記載の中性子用シンチレーター、及び光検出器を具備することを特徴とする中性子検出器。
【請求項6】
光検出器が、直線的に連続しているフッ化カルシウム結晶層の直線方向端部に配置されていることを特徴とする請求項5に記載の中性子検出器。
【請求項7】
光検出器が、位置敏感型光検出器であることを特徴とする請求項5または6に記載の中性子検出器。
【請求項8】
層状のフッ化リチウム結晶と層状のフッ化カルシウム結晶とが交互に積層した共晶体からなる中性子用シンチレーターであって、共晶体中のフッ化リチウム結晶層の厚さが0.1〜5μmであり、且つ、フッ化カルシウム結晶層が少なくとも一方向に直線的に連続していることを特徴とする中性子用シンチレーター。
【請求項9】
請求項8に記載の中性子用シンチレーター、及び光検出器を具備することを特徴とする中性子検出器。
【請求項10】
光検出器が、直線的に連続しているフッ化カルシウム結晶層の直線方向端部に配置されていることを特徴とする請求項9に記載の中性子検出器。
【請求項11】
光検出器が、位置敏感型光検出器であることを特徴とする請求項9または10に記載の中性子検出器。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図9】
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【図3】
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【図4】
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【図7】
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【図8】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−232305(P2011−232305A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−105645(P2010−105645)
【出願日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【出願人】(000003182)株式会社トクヤマ (839)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】