説明

中性子用人体組織等価材料

【課題】
人体を構成する主要な元素の中で、酸素原子の含有量は水素原子に次いで高い。しかし、酸素原子の割合を人体組織と同等に高めた材料は、室温で固体状になりにくい。
【解決手段】
ポリアセタールホモ、ナイロン12、ポリプロピレン等の高分子樹脂を混合することによって、酸素原子の含有量を高めた人体組織に等価な材料を開発するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中性子に対して人体組織と等価な特性を有する擬似人体用の組織等価材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
人体が放射線に被ばくする場合に臓器・組織が受ける被ばく量を実験的に評価するためには、人体の代用物(擬似人体)が必要である。人体は極めて複雑な構造をしているため、精密に模擬するには限界があるが、これまでに様々な用途に応じて数多くの擬似人体や組織等価材料が開発されている。
【0003】
中性子は、人体組織を構成する元素の原子核との相互作用によって人体にダメージを与える。そのため、擬似人体に使用する組織等価材料は、元素組成と密度について人体組織と等価であることが理想的である。これまでに元素組成と密度について人体組織と等価な材料が開発されているが、通常の使用環境において液体状であるため、組織等価材料として取扱いが困難であった。そのため、固体状で、かつ中性子に対する特性を評価された組織等価材料が必要とされていた(非特許文献1)。
【非特許文献1】津田修一、遠藤章、山口恭弘「中性子ファントム用の肺及び骨等価材料の開発」、2004年4月22−23日、日本保健物理学会第38回研究発表会、講演要旨集。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
人体を構成する主要な元素の中で、酸素原子の含有量は水素原子に次いで高い。しかし、酸素原子の割合を人体組織と同等に高めた材料は、室温で固体状になりにくい。そこで、本来相溶し難い数種類の高分子樹脂を特殊な方法で混合することによって、可能な限り酸素原子の割合を高めた組織等価材料を開発するとともに、中性子源を利用して材料の特性を実験的に評価する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、ポリアセタールホモ、ナイロン12、ポリプロピレン等の高分子樹脂を混合することによって、酸素原子の含有量を高めた人体組織に等価な材料を開発するものである。本発明の材料は、具体的には、次のとおりのものから構成されている。
請求項1の材料については、20〜50重量%のポリアセタールホモと、20〜50重量%のナイロン12と、ポリプロピレン20〜50重量%を用いた。
請求項2の材料については、10〜60重量%のポリアセタールホモと、10〜60重量%のナイロン12と、10〜60重量%のポリプロピレンと、発泡剤(C2N4O2H4)0.1〜10重量%と、酸化防止材(C37O3H52)0.01〜5重量%と、滑材(C36O4H70Mg)0.01〜5重量%を用いた。
請求項3の材料については、10〜60重量%のポリアセタールホモと、10〜60重量%のナイロン12と、10〜60重量%のポリプロピレンと、燐酸3カルシウム10〜30重量%と、炭酸カルシウム0.1〜10重量%と、酸化防止材(C37O3H52)0.01〜5重量%と、滑材(C36O4H70Mg)0.01〜5重量%を用いた。各原材料を、撹拌機を用いて170〜190℃で約5分間混合し、エクストルーダーを用いてペレットとして押出した。表1に元素組成及び密度を示す。
【表1】

【発明の効果】
【0006】
本発明による酸素含有量を高めた固体の組織等価材料を用いて、中性子に対して人体組織に等価な特性を有する擬似人体を開発することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明による組織等価材料の特性を実証するには、元素組成と密度の分析結果だけでなく、中性子を用いた実験結果に基づいて評価を行うことが不可欠である。
【0008】
(1)本発明による組織等価材料の特性を実験によって評価するために、各材料からなる試験試料に中性子を照射し、小型の電離箱式検出器を用いて組織等価材料内の中性子による吸収線量の分布を測定した。吸収線量は、中性子と材料を構成する元素との相互作用によって材料に付与される単位質量当たりのエネルギーであり、中性子による被ばくを評価する上で基本となる物理量の一つである。代表的な中性子源である252Cf線源に対する3種類の組織等価材料内の中性子による吸収線量の分布を、シミュレーション計算結果とともに図1(請求項1の材料)、図2(請求項2の材料)及び図3(請求項3の材料)に示す。シミュレーション計算結果は、測定値を良く再現することがわかる。各材料内において、深さが深くなるほど吸収線量は減少することがわかる。またシミュレーション計算は、材料内の吸収線量の減少を良く再現している。即ち、このシミュレーション計算手法を用いて、本材料の特性評価を行うことが妥当であることを示している。
【0009】
(2)本発明による組織等価材料(請求項1の材料)の中性子に対する特性を、人体軟組織及び中性子検出器用の材料として利用されている組織等価材料のA-150(水素:
10.1重量%、炭素:77.7重量%、窒素:3.5重量%、酸素:5.2重量%、フッ素:1.7重量%、及びカルシウム:1.8重量%。密度:1.12g/cm3)の特性と比較するために、各材料内での吸収線量分布をシミュレーション計算によって評価した。結果を図4に示す。本発明による軟組織等価材料は、代表的な中性子源である252Cf線源に対して、人体軟組織とほぼ同等の吸収線量の分布特性を有することがわかる。図5及び図6に、肺及び骨組織等価材料(請求項2の材料及び請求項3の材料)内での吸収線量分布の計算結果を示す。各材料は、吸収線量の分布について、人体組織に近い特性を有することがわかる。
【0010】
(3)入射する中性子のエネルギーを変えた場合の組織等価材料の特性データを取得するために、他の中性子源(0.565MeV、5MeV及び14.2MeV単色中性子源)を用いて同様の実験を実施した。これらの実験によって、252Cf線源を用いた実験と同様に、シミュレーション計算結果は実験結果と良く一致することがわかった。この結果に基づき、実験を行ったエネルギー範囲内において、より詳細に各材料の特性を評価するために、入射する中性子のエネルギー毎に、組織等価材料及び人体組織内の吸収線量の分布をシミュレーション計算した。吸収線量の比から組織等価材料の特性を評価した結果を図7(請求項1の材料)、図8(請求項2の材料)及び図9(請求項2の材料)に示す。縦軸の比が1に近いほど、材料の特性が人体軟組織に近いことを意味する。これらの結果から、広い中性子のエネルギーに対して、各組織等価材料はそれぞれ人体組織に近い特性を有することがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明による軟組織等価材料の吸収線量分布の測定結果を示す図である。
【図2】本発明による肺組織等価材料の吸収線量分布の測定結果を示す図である。
【図3】本発明による骨組織等価材料の吸収線量分布の測定結果を示す図である。
【図4】本発明による軟組織等価材料、人体軟組織及び他の組織等価材料に対する吸収線量分布の計算結果を示す図である。
【図5】本発明による肺組織等価材料及び人体肺組織に対する吸収線量分布の計算結果を示す図である。
【図6】本発明による骨組織等価材料及び人体骨組織に対する吸収線量分布の計算結果を示す図である。
【図7】本発明による軟組織等価材料の各エネルギーの中性子に対する特性を示す図である。
【図8】本発明による肺組織等価材料の各エネルギーの中性子に対する特性を示す図である。
【図9】本発明による骨組織等価材料の各エネルギーの中性子に対する特性を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
20〜50重量%のポリアセタールホモと、20〜50重量%のナイロン12と、ポリプロピレン20〜50重量%、からなることを特徴とする人体軟組織等価材。
【請求項2】
10〜60重量%のポリアセタールホモと、10〜60重量%のナイロン12と、10〜60重量%のポリプロピレンと、発泡剤(C2N4O2H4)0.1〜10重量%と、酸化防止材(C37O3H52)0.01〜5重量%と、滑材(C36O4H70Mg)0.01〜5重量%、からなることを特徴とする人体肺組織等価材。
【請求項3】
10〜60重量%のポリアセタールホモと、10〜60重量%のナイロン12と、10〜60重量%のポリプロピレンと、燐酸3カルシウム10〜30重量%と、炭酸カルシウム0.1〜10重量%と、酸化防止材(C37O3H52)0.01〜5重量%と、滑材(C36O4H70Mg)0.01〜5重量%、からなることを特徴とする人体骨組織等価材。















【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2006−117785(P2006−117785A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−306767(P2004−306767)
【出願日】平成16年10月21日(2004.10.21)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 日本保健物理学会 第38回研究発表会 講演要旨集
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【出願人】(504044252)株式会社蔵幸 (4)
【Fターム(参考)】