説明

中空微小体およびその作製方法

【課題】目的の元素成分のみで構成された微小体とその作製方法を提供すること。
【解決手段】本発明は、有機物にて構成された微小な構造体を鋳型として、基板上に配置し、真空蒸着法などにより、有機物構造体の表面に目的の元素を堆積させ、その後、紫外線-オゾン処理法などにより、鋳型である有機物構造体を分解除去することにより、目的の元素成分のみで構成された微小体を得ることを含む微小体の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は金属,半導体などで構成された中空状の微小体(microscopic object)と、それらを作製する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微粒子(microparticle)などの微小構造体(microstructure)は、ナノメートルサイズの構造の物差しとして、新規デバイスの材料として、また、生物分野ではタンパク質やDNAを可視化するための標識物として、多岐に渡って利用されている。大きさの揃った様々な素材の微粒子を作製することは、上記分野での研究開発推進に必須であり、本願の発明者らは、特開平11−001703「超微粒子の調製方法」(特許文献1)、および特開2006−153826「生体試料標識物および生体物質標識法および生体物質の検査法」(特許文献2)において、生体分子を標識するために利用することができる微小体の作成方法および電子顕微鏡を利用した検査法を提案した。
【0003】
特開平11−001703には、平坦な基板上にポリスチレン球を一層に分散し、金属または半導体を蒸着することにより微粒子を形成する方法が開示されている。特開2006−153826には、作製した微粒子に対してタンパク質やDNAなどの生体分子を固定する方法、走査型電子顕微鏡を利用した観察により表面を被覆した元素の種類を特定する方法が開示されている。
【0004】
しかしながら、これらの方法で作製された微粒子はポリスチレンやガラスなどの表面に元素が被覆されたものであり、目的の元素のみで構成された純粋な微粒子を作製する方法は記載されていない。
【0005】
他方、単一分子観測を可能とした技術的大革新は、これまでにないほどの詳細な情報を物理学の様々な分野にもたらし、数多くの驚くべき現象も発見されるようになった。ナノサイズの発光素子は、数多くの物理学的、化学的素過程を追跡する蛍光マーカーとして使うことができる。例えば大きな生体分子にナノ発光素子を付着させれば、その構造変化や分子機能を直接観測することができる。さらに個々の分子の動きを追うこともできるので、生体細胞の動的な振る舞いを探ることもできる。このような単一分子観測がもつ極めて高い潜在能力は、しばしば次に挙げる二つの要因により制限されてしまう。第一は点滅である。点滅が観測中に起こると実験結果から有益な情報を引き出す作業が煩雑になる。第二は測定が光退色(photobleaching)により制限される点である。励起状態の分子はその余分なエネルギーにより非可逆的な化学反応を起こし、蛍光を発さなくなることがある。
【0006】
退色しにくい発光素子が開発されると、長い時間スケールでの点滅現象の研究が行われるようになった。恐らくほぼ無限大の測定時間が可能と考えられるこのナノ発光素子は、半導体ナノ結晶であり、一般的にはコロイド量子ドットと呼ばれている。量子ドットはナノテクノロジー技術が産み出した最も輝かしい成果の一つであり、その大きさに依存した電気的、光学的な性質は非常に魅力的である(A. P. Alivisatos, Science 271, 933 (1996)(非特許文献1))。
【0007】
孤立した量子ドットからの蛍光の点滅は、1996年にMITのバウェンディ(Moungi Bawendi)とベル研究所(当時)のブルス(Louis Brus)の共同研究により初めて観測された(M. Nirmal, B. O. Dabbousi, M. G. Bawendi, J. J. Macklin, J. K. Trautman, T. D. Harris, L. E. Brus, Nature383, 802 (1996)(非特許文献2))。
【0008】
実際、ドットの発光に何が影響を及ぼすのかという点については、当時は何も知られていなかったので、量子ドットの点滅は大変な驚きだった。それに加えて研究グループは、オン状態やオフ状態に留まる時間(逗留時間)が指数関数的には分布していないことも確認していた。この結果は、この新奇な点滅現象の背景には複雑な過程が潜んでいることを示唆する。後に、JILAのクノ(Masaru Kuno)、ネスビット(David Nesbitt)等のグループは、オン時間とオフ時間の確率密度分布は次式のようなベキ乗則にしたがうことを見いだした(M. Kuno, D. P. Fromm, H. F. Hamann, A. Gallagher, D. J. Nesbitt, J. Chem. Phys.115, 1028 (2001)(非特許文献3))。
【数1】

【0009】
ここで、t はオンまたはオフ時間の長さ、そして指数 α は1と2の間の数である(典型的には1.5)。
【0010】
このベキ乗則は、半導体ナノロッドあるいはナノワイアー、有機分子、蛍光タンパク質、複合ポリマーをはじめとしたほとんど全ての乱雑に配置された単一量子発光素子で確認されている。
【0011】
近年、蛍光光源として利用がされるようになった、コロイド量子ドットについては、たとえばCdSeのようなコロイド量子ドットは、大きさを2〜6nm程度のものを化学的に合成することができ、一個一個が孤立した半導体ナノ結晶である。この大きさの範囲は、いろいろな物性値が分子からバルクへと変化するところである。ナノ結晶の大きさが小さくなると電荷の担体が動き回れる範囲が狭くなる。これは量子閉じ込め効果と呼ばれている。結果として小さい量子ドットは離散的なエネルギー準位と大きなバンドギャップをもつ。バンドギャップより大きなエネルギーの光を照射すると、量子ドットは光を吸収して励起子と呼ばれる電子-正孔対を形成する。この励起子はいずれ光を発して消滅する。ドットの大きさや組成を変化させれば、光吸収端や発光波長を可視光領域で自由に制御することができる。CdTe量子ドット(粒径2.5nm〜5nm)、CdHgTe量子ドット、HgTe量子ドットなどが実用化され、さまざまな蛍光を発することが確認されている。
【0012】
コロイド量子ドットは大変小さいため、その表面には多数のダングリングボンド(dangling bond)、すなわち、共有結合性物質の表面や欠陥近傍に現れる結合に関与しない結合手(不対電子)があり、そこに励起された電子が捕獲されるために量子ドットの性能が低下する。量子ドット表面を有機物配位子で修飾することが現在試みられており、2つの効能が確認されている。ひとつはコロイド量子ドットが溶液中で分散した形で安定に存在できるようになることと、ダングリングボンドの影響を緩和できることである。量子ドット表面のダングリングボンドを塞ぐ他の方法として、表面を無機物のシェルで覆う手法もある。シェルとしてはより大きなバンドギャップをもつ半導体がよく使われ、このような量子ドットはコア-シェル量子ドットと呼ばれている。
【0013】
ベキ乗則にしたがう振る舞いが何に起因するかの理解はまだ進んでいないが、最近、点滅現象に関して二つの新しい手法が開発された。ひとつは量子ドットを他の応用に利用する目的のため新機能を追加する試みの中で得られ、量子ドット表面にさまざまな分子配位子を結合させたところ、ドットの光学的な性質が大きく変化したというものである(V. Fomenko, D. J. Nesbitt, Nano Lett. 8, 287 (2008(非特許文献4))。たとえば電子ドナーとなる配位子はオフ時間の長さと頻度を劇的に減少させる。しかし点滅の動力学が同時に変わったとは必ずしも言えない。オフ時間の現れる頻度は少なくなったが、ベキ乗分布には相変わらずしたがっている。したがって、あまり望ましくない点滅の頻度を減らすという現実的な応用に関しては大きな進歩をもたらしたものである。
【0014】
二番目の手法は、CdSe量子ドットをコアとしてその周囲をCdS結晶の厚い(5 - 15 nm)シェルで覆うことで点滅を抑えることができるというものである(B. Mahler, P. Spinicelli, S. Buil, X. Quelin, J.-P. Hermier, B. Dubertret, Nat. Mater. 7, 659 (2008)(非特許文献5); Y. Chen, J. Vela, H. Htoon, J. L. Casson, D. J. Werder, D. A. Bussian, V. I. Klimov, J. A. Hollingsworth, J. Am. Chem. Soc. 130, 5026 (2008)(非特許文献6))。この発見から、ベキ乗則にしたがう点滅は周囲の欠陥に関係しており結晶そのものを起源とするものではないという理解が得られる。実際、高品質の結晶をエピタキシー成長させる際にある条件の下で勝手に形成され基板とほぼ完璧に格子定数が一致する、いわゆる自己組織化量子ドットでは蛍光が点滅しないことはすでによく知られている。
【0015】
したがって、各量子ドットの相互の距離を一定以上の距離に隔離すること、3次元に分散配置しないこと、量子ドットがイオン化しないように量子ドットの周囲を被覆すること、などが量子ドットの点滅を防ぐために有効であることが理論および実験の結果より示唆されている。
【0016】
他方、外界と孤立化できるナノ空間を人工的に構築することは、ケージド化合物の光刺激による選択的放出、あるいはシャペロンタンパク質内への変性タンパク質の取り込みによるタンパク質の再生など、さまざまな有用性が予測されるにも関わらず、人工ナノ構造物による効果的な孤立空間の可逆構築技術の開発は行われていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特開平11−001703
【特許文献2】特開2006−153826
【非特許文献】
【0018】
【非特許文献1】A. P. Alivisatos, Science271, 933 (1996).
【非特許文献2】M. Nirmal, B. O. Dabbousi, M. G. Bawendi, J. J. Macklin, J. K. Trautman, T. D. Harris, L. E. Brus, Nature 383, 802 (1996) .
【非特許文献3】M. Kuno, D. P. Fromm, H. F. Hamann, A. Gallagher, D. J. Nesbitt, J. Chem. Phys. 115, 1028 (2001).
【非特許文献4】V. Fomenko, D. J. Nesbitt, Nano Lett. 8, 287 (2008).
【非特許文献5】B. Mahler, P. Spinicelli, S. Buil, X. Quelin, J.-P. Hermier, B. Dubertret, Nat. Mater. 7, 659 (2008)
【非特許文献6】Y. Chen, J. Vela, H. Htoon, J. L. Casson, D. J. Werder, D. A. Bussian, V. I. Klimov, J. A. Hollingsworth, J. Am. Chem. Soc. 130, 5026 (2008).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
したがって、ポリスチレンなどの成分を含まず、目的の元素のみで構成された微小体を作製する方法の開示が望まれる。
【0020】
また、ナノ発光素子または量子ドットの蛍光の点滅現象の問題に対する解決手段が提供されることが望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明は、上記状況を鑑み、作製を望む厚さの金属、遷移金属または半導体ならびに、これらを層状に組み合わせたもののみで構成された中空構造を持つ微小体、およびそれを作製する方法を提供する。また、本発明は、中空構造を持つ微小体内部に層状に配置された複数の物質の特定の2つの物質層の間の界面に微粒子を2次元に分散して内包配置する微小体、およびそれを製作する方法を提供する。さらに、この微粒子を蛍光微粒子とすること、微小体の表面が環境の液体の性質の変化によって溶解すること、微小体内側表面に結合した高分子が環境の液体の性質の変化、電場および/または磁場の印加、光照射等によって伸縮すること、2つ以上の中空微小体の内面と高分子の両端が結合しており環境の液他の性質の変化によって2つの中空微小体が接合することを特徴とする微小体およびその製法が提供される。
【0022】
より具体的には、本発明は、以下の中空微小体およびその製造方法を提供する。
(1)外殻を形成し、遷移金属、金属または半導体の1以上の薄膜の層を含む層状構造、ならびに該層状構造によって規定された内部空間および開口部を備える、中空状の微小体(A hollow microscopic object comprising: a layer structure which forms an outer shell and comprises a layer of at least one thin film of a transition metal, a metal or a semiconductor; and an inner space and an opening which are defined by the layer structure.)。
(2)上記遷移金属、金属または半導体が、周期律表で原子番号43番を除く79番までの遷移金属、原子番号13,31,32,33,49,50,51,81,82,もしくは83番の金属、または原子番号14,34,もしくは52番の半導体のいずれかである、上記(1)記載の微小体。
(3)上記層状構造が、
2以上の薄膜の層と、
上記2以上の薄膜の層間の界面に二次元的に分散埋没されて配置された微粒子と、
を含み、
上記微粒子が薄膜層の物質とは異なるものである、上記(1)記載の微小体。
(4)上記層状構造の最外層の物質が金であり、その膜厚が2nm以上である、請求項1記載の微小体。
(5)上記微粒子が、蛍光を発光する物質である、上記(3)記載の微小体。
(6)上記層状構造が、2以上の上記薄膜の層を含み、
最外層の薄膜層の物質が、所定の液体によって溶解する性質を有し、
内側の薄膜層の物質が、上記液体によって溶解しない性質を有する、上記(1)記載の微小体。
(7)上記最外層の薄膜層の物質が金属であり、上記内側の薄膜層の物質が誘電体物質または半導体物質である、上記(6)記載の微小体。
(8)上記層状構造の上記内部空間に面した表面に、その一端が固定された高分子をさらに含む、上記(1)記載の微小体。
(9)上記層状構造の最内層の物質と最外層の物質とが異なっており、上記最内層の物質が、上記高分子の一端が付加されることに適した物質であり、上記最外層の物質が、上記高分子の一端が付加されにくい物質である、上記(8)記載の微小体。
(10)上記最内層の物質が金、銀、シリコン、酸化シリコンのいずれかであり、上記最外層の物質が鉄、銅、ゲルマニウム、アルミニウム、クロム、スズ、チタン、マンガン、ニッケルのいずれかである、上記(8)または(9)記載の微小体。
(11)上記高分子が、溶液のイオン強度および/もしくはpHの変化、電場の印加、磁場の印加、または光照射によって構造が変化する高分子である、上記(8)〜(10)のいずれか記載の微小体。
(12)上記高分子が、DNA鎖またはセルロースポリマー、またはこれらを電場の印加、磁場の印加、もしくは光照射により構造変化する分子で連結したものである、上記(8)〜(11)のいずれか記載の微小体。
(13)上記高分子の他端が、別の微小体または基板表面に固定されている、上記(8)〜(12)のいずれか記載の微小体。
(14)有機物で構成された微小構造物を鋳型として、遷移金属、金属または半導体の少なくとも1つ以上の層を上記鋳型に薄膜層状に堆積させる工程を含む、中空微小体の作製方法。
(15)所定の直径を有する有機物鋳型、適量の純水、および有機物鋳型間の静電反発力を抑制するための材料を含む有機物鋳型懸濁液を基板の一面に滴下して、上記基板上に上記有機物鋳型を所定の密度に分布させる工程、
上記基板上に吸着していない過剰量の上記有機物鋳型を洗浄除去する工程、
上記基板上に分布された上記有機物鋳型を乾燥させる工程、
上記有機物鋳型の切削処理を行い、上記基板上に配置された上記有機物鋳型の間隙を所定の間隔に調整する工程、
上記基板上に分布された上記有機物鋳型に、遷移金属、金属または半導体の薄膜の層を少なくとも1層堆積させる工程、
遷移金属、金属または半導体の層を少なくとも1層堆積させた上記有機物鋳型を分解除去し、残存した中空微小体を得る工程、
を含む、遷移金属、金属または半導体で構成された中空微小体の製作方法。
(16)上記有機物鋳型の切削処理法が、プラズマエッチング処理、イオンミリング処理、収束イオンビーム処理、レジスト処理のいずれかである、上記(15)記載の中空微小体の作製方法。
(17)上記基板上に分布された上記有機物鋳型に遷移金属、金属または半導体を少なくとも1層堆積させる工程が、抵抗加熱式真空蒸着法、スパッタリング法、化学気相成長法のいずれかによって行われる、上記(15)記載の中空微小体の作製方法。
(18)遷移金属、金属または半導体を少なくとも1層蒸着させた上記有機物鋳型を分解除去する工程が、紫外線-オゾン法、プラズマ分解法、光触媒分解法のいずれかによって行われる、上記(15)記載の中空微小体の作製方法。
(19)上記中空微小体を得る工程がさらに、
上記中空微小体上に、微量の液体を滴下し、
上記基板の他面に超音波を作用させながら、上記中空微小体が固定された上記一面側に平坦な底面を有する素材を該底面に若干加重が加わる様に載置して、該素材を任意の方向に移動させることにより上記微小体を上記基板から剥離させることを含む、
上記(15)記載の微小体の製造方法。
(20)上記中空微小体上に滴下する液体が、純水、あるいは純水に牛血清、抗体、牛血清アルブミン(bovine serum albumin (BSA))を含むタンパク質、合成DNA、クエン酸塩、リン酸塩、および硫酸ドデシルナトリウム(sodium dodecyl sulfate (SDS))もしくはタンニン酸(tannic acid)を含む界面活性剤を加えたものである、上記(19)記載の中空微小体の作製方法。
(21)上記遷移金属、金属または半導体を少なくとも1層堆積させる工程の後に、該堆積させた層の表面に微粒子を分散して結合させる工程と、その工程の後に、再び遷移金属、金属または半導体を少なくとも1層堆積させる工程とをさらに含み、
それによって、上記微粒子が、上記第1層の堆積物質と、上記第2層の堆積物質との間に作られる界面にサンドイッチ状に2次元に分散埋没される、上記(15)記載の中空微小体の作製方法。
(22)上記基板が、シリコン基板、ガラス基板、アルミ基板、またはプラスチック基板である、上記(15)〜(21)のいずれか記載の中空微小体の製造方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明では、金属、遷移金属または半導体を、その厚さを制御して1層以上堆積させた各元素成分のみで構成された粒径の揃った微小体を作成するため、活性酸素発生装置などの利用により、有機物鋳型を分解除去する。これにより、堆積させた元素成分のみで構成された微小体を得る。得られた微小体に超音波などの微弱な振動を作用させることにより、任意の溶媒に分散させることができる。
【0024】
また、本発明は、作製を望む厚さの金属、遷移金属または半導体ならびに、これらを層状に組み合わせたものの層の間に、量子ドット微粒子を配置して構成された微小体、および、この微小体を作成する手法を提供する。これにより、蛍光の点滅を減少させることができる。
【0025】
本発明では、粒径が揃ったポリスチレンなどの有機物で構成された微小な構造体を鋳型とし、その表面に金属、遷移金属または半導体を1層以上、厚さを制御して堆積させた後、量子ドット微粒子を、これら1層以上堆積させた各元素成分の上に配置し、さらに、その表面に金属、遷移金属または半導体を1層以上堆積させた後、活性酸素発生装置などの利用により、有機物鋳型を分解除去する。これにより、堆積させた元素成分のみで構成された微小体を得ることができる。
【0026】
本発明によれば、ポリスチレンやガラスなどの不純成分を含まない、目的の元素のみで構成された微小体を得ることができる。また、有機物鋳型の粒径を揃えることで、従来の自己重合法や破砕法では困難であった元素について、粒径が有機物鋳型と同程度に揃った目的の元素のみで構成された微小体を得ることができる。また、有機物鋳型の形状や大きさを様々なものとすることにより、様々な形状、大きさの目的の元素のみで構成された微小体を得ることができる。また、微小体内の異なるブ物質の層の間に微粒子を分散して2次元に(すなわち、層間界面に平行な方向に広がって)配置して内包することが可能となる。
【0027】
また、本発明によれば、量子ドットを、粒径が有機物鋳型と同程度に揃った、目的の元素のみで構成された粒径の揃った微小体を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明において作製する中空状微小体の概念図である。
【図2】微小体を作製する手順の概念図である。
【図3】基板上に配置した有機物鋳型の概念図である。
【図4】(a)はプラズマエッチング処理を行う前、(b)は処理後の有機物鋳型の走査型電子顕微鏡写真である。
【図5】真空蒸着法により元素を堆積させた有機物鋳型の概念図である。
【図6】(a)直径100nmのポリスチレン球微小体表面に金、ゲルマニウム、銅、ニッケルを1層目として10nm蒸着した後、その上に2層目として金を蒸着しなかった場合、および(b)金を2nm蒸着した場合、の微小体に対して、5'末端にチオール基を持つDNAを3μMの濃度で反応させた後、上清に残った未反応のDNAに対して光吸収スペクトル測定を行った結果のグラフである。図中の"Before"の線は、微小体と反応を行う前の、3μMの濃度に相当するDNAに対して光吸収スペクトル測定を行った結果である。
【図7】直径100nmのポリスチレン球微小体表面に金、ゲルマニウム、銅、ニッケルを1層目として10nm蒸着した後、その上に2層目として金を0, 2, 5, 10nmの各膜厚で蒸着した場合において、微小体表面に固定化された、チオール基を含有するDNAの固定化密度を計算した結果をまとめた表である。
【図8】(a)は元素を堆積させた有機物鋳型に紫外線-オゾン処理を行う手順の概念図である。(b)紫外線-オゾン処理により有機物鋳型を分解除去した後の概念図である。
【図9】(a)は作製した鉄製微小体の走査型電子顕微鏡2次電子像、(b)は同反射電子像である。
【図10】(a)は量子ドットを挟み込んだ微小体と(a')元素を1層除去した際の概念図、(b)および(b')は(a)および(a')それぞれの場合に微小体から発せられる蛍光波長特性を示す概念図である。
【図11】(a)は中空状微小体内部に生体分子を固定化し、電気的誘引により標的生体分子を捕捉する場合の概念図である。(a')は電気的誘引を行った結果、標的生体分子が捕捉された様子の概念図である。(b)は鎖状生体分子を直線状に伸ばして標的生体分子を中空状微小体内に捕捉する場合の概念図である。(b')は鎖状生体分子により標的生体分子が捕捉された様子の概念図である。(c)は鎖状生体分子により連結された二つの中空状微小体内部に標的生体分子を捕捉する場合の概念図である。(c')は二つの中空状微小体内部に標的生体分子が捕捉された様子の概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
1.本発明の中空微小体
本発明は、1つの実施形態において、遷移金属、金属または半導体の1以上の薄膜の層を含む層状構造を備え、該層状構造によって規定された内部空間および開口部を有する、中空状の微小体を提供する。
【0030】
本発明の中空状の微小体は、層状構造によって規定された内部空間および開口部を有するキャップ様の構造を有する。キャップ部分の形状は、該微小体の製造過程で用いる鋳型の形に応じて変化し得、半球形、円柱形、円錐形、角柱形などでありうるが、これらに限定されない。
【0031】
本発明の中空状微小体のサイズ(または粒径)もまた、用途に応じて、製造過程で用いる鋳型のサイズに応じて変化させることができ、約0.1nm〜約1mmの範囲内にあり、好ましくは、約1nm〜約500μm、より好ましくは、約5nm〜100μm、最も好ましくは、約5nm〜1μmである。
【0032】
本明細書中、単に「金属」という場合、典型元素の金属を指すものとする。「典型元素」とは、周期表の1族、2族と12族から18族の元素で、全ての非金属および一部の金属から構成される元素の区分である。本発明において使用される「金属」としては、例えば、Al、Ga、Ge、As、In、Sn、Sb、Tl、Pb、Biなどの金属が好ましい。
【0033】
本明細書中、「遷移金属」とは、遷移元素を意味し、周期表の3族から11族の元素をいうものとする。本発明に使用する「遷移金属」としては、原子番号43番を除く21番から79番までの遷移金属が好ましい。
【0034】
本明細書中、「半導体」という用語は、当該分野で通常用いられる意味(「室温における電気伝導率σが、金属と絶縁体の中間の10〜10−10S/cm程度である物質」(岩波 理化学辞典 第5版、1998 岩波書店))で用いられる。本発明において使用する「半導体」としては、例えば、Si、Se、Teなどが好ましい。
【0035】
図1は本発明の中空状の微小体の例を示す。この例では、3種類の元素1、2、3の層からなる半球状の中空微小体が示されているが、層の数、微小体の形状などはこれに限定されない。
【0036】
図1に示すように、本発明の中空微小体の外殻は、各元素1、2、3が薄膜状に積層された層状構造を有しており、それぞれの層の厚さは、典型的には、約1nm〜約1μmの範囲であり、より好ましくは、約1nmから500nmであり、最も好ましくは、約1nm〜約100nmの範囲であるが、これらの範囲に限定されず、下限は、約0.1nmから、上限は約10μmまでの任意の範囲で目的に応じて適宜設定可能である。
【0037】
図2は中空微小体の作製方法を模式的に示したものである。真空蒸着法やスパッタリング法などにより、微小体の鋳型となる、例えば、5nmから100ミクロンの有機物構造体4の上に、蒸着源5−1、5−2から発せられた元素1、2、3を1nmから500nmの範囲で順次堆積させた後、有機物鋳型4を、例えば、紫外線-オゾン法、プラズマ分解法、光触媒分解法等の方法により分解除去することにより中空状の微小体を得る。さらに具体的な作製手順については本明細書の後の部分で示す。
【0038】
本発明の中空微小体のさらなる実施形態においては、上記層状構造の内部空間に面した表面に、その一端が固定された高分子をさらに含む中空微小体が提供される。「高分子」には、生体分子、例えば、核酸分子(例:DNA、RNA)、タンパク質、高分子ポリマー(例:セルロースポリマー、ポリエチレングリコール)等が含まれる。この実施形態の特定の用途には、例えば、溶液のイオン強度、pHの変化によって構造が変化する高分子が好ましく用いられる。
【0039】
この実施形態の中空微小体において、殻の最外層を形成する物質には、例えば、鉄、銅、ゲルマニウム、アルミニウム、クロム、スズ、チタン、マンガン、ニッケル等の高分子の一端が結合しにくい物質が含まれる。また、最内層を形成する物質には、例えば、金、銀、シリコン、酸化シリコン等の高分子の一端が結合しやすい物質が含まれる。いずれの物質を用いるかは、用途に応じて、当業者が容易に決定しうる。
【0040】
本発明の中空微小体のさらに別の実施形態においては、層状構造が2以上の薄膜の層を含み、2以上の薄膜の層間の界面に二次元的に分散埋没されて配置された微粒子を含む中空状の微小体が提供される。これらの微粒子は、薄膜の層を形成する物質とは異なるものであり、典型的には、蛍光を発光する物質である。そのような微粒子には、例えば、カドミウム-セレンなどの元素により構築された直径数nmの微粒子(量子ドット)が含まれる。その他の量子ドットの例としては、CdHgTe、HgTe、等が挙げられる。
【0041】
この実施形態では、量子ドットの周辺環境を層界面への分散埋没により一定なものに保つことができるので、安定な蛍光特性を発する量子ドットを提供することができる。このようにして、量子ドットイオン化の問題を解決することが可能である。
【0042】
本発明の中空微小体のさらなる実施形態においては、外殻を形成する層状構造が2以上の薄膜の層を含み、外殻の最外層の薄膜層の物質が、所定の液体によって溶解する性質を有し、内側の薄膜層の物質が、上記液体によって溶解しない性質を有する中空微小体が提供される。
【0043】
この実施形態では、例えば、最外層とその直ぐ内側の層(Aとする)を所定の溶液によって溶解する性質を有する物質2(例えば、アルミニウム、銅)からなる層とし、そのさらに内側の層(B)とさらにその内側の層(C)(最内層であり得る)とを上記溶液によって溶解しない性質の物質であって、かつ、好ましくは化学修飾し易い物質1(例えば、金)からなる層とし、最外層と層Aとの間にナノサイズの量子ドット8を二次元的に分散埋没させ、さらに層Bと層Cとの間にも量子ドット8とは異なる光学特性を有する量子ドット7を二次元的に分散埋没させる。このような形態にすることにより、量子ドット8と7との間で蛍光共鳴現象が起こり、特徴的な波長の蛍光が安定に発せられる(図10(a)及び(b)を参照)。このようにして、量子ドットの点滅やイオン化の問題を解決することができる。量子ドット7と8との距離は、層Aと層Bの厚さを適宜調節することにより、蛍光共鳴現象が起こるように適切に調節可能である。
【0044】
また、この実施形態の本発明の中空微小体では、物質2を溶解することができる溶液(例えば、塩酸)に上記中空微小体を曝すことにより最外層とその直ぐ内側の層Aとを溶出し、これらの層と共に量子ドット8を取り除くことができる。それによりこの実施形態に係る本発明の微小体から発せられる蛍光は量子ドット7が本来発する波長となる。このようにして、溶媒条件により異なる光を発するセンサーを提供することができる(図10(a’)及び(b’)を参照)。
【0045】
この実施形態における最外層の薄膜層を形成する物質には、溶媒条件により溶出可能な物質が好ましく、例えば、マグネシウム、アルミニウムなどの金属、亜鉛、銅などの遷移金属、ゲルマニウムなどの半導体が含まれるが、これらに限定されない。また、最内層の薄膜層を形成する物質には、化学修飾し易い物質が好ましく、例えば、金、銀などの遷移金属、誘電体、一酸化ケイ素、二酸化ケイ素などの半導体酸化物が含まれるが、これらに限定されない。さらに、上記「所定の液体」としては、最外層に用いる物質によって異なるが、例えば、アルミニウムの場合には塩酸や水酸化ナトリウム、銅の場合には硝酸、または亜鉛の場合には塩酸や硫酸等が用いられうる。
【0046】
2.本発明の中空微小体の作製方法
本発明は、一つの実施形態において、有機物で構成された微小構造物を鋳型として、遷移金属、金属または半導体の少なくとも1つ以上の層を上記鋳型に薄膜層状に堆積させる工程を含む、中空微小体の作製方法を提供する。
【0047】
より具体的には、本発明の一実施形態では、
所定の直径を有する有機物鋳型、適量の純水、および有機物鋳型間の静電反発力を抑制するための材料を含む有機物鋳型懸濁液を基板の一面に滴下して、上記基板上に上記有機物鋳型を所定の密度に分布させる工程、
上記基板上に吸着していない過剰量の上記有機物鋳型を洗浄除去する工程、
上記基板上に分布された上記有機物鋳型を乾燥させる工程、
上記有機物鋳型の切削処理を行い、上記基板上に配置された上記有機物鋳型の間隙を所定の間隔に調整する工程、
上記基板上に分布された上記有機物鋳型に、遷移金属、金属または半導体の薄膜の層を少なくとも1層堆積させる工程、
遷移金属、金属または半導体の層を少なくとも1層堆積させた上記有機物鋳型を分解除去し、残存した中空微小体を得る工程、
を含む、遷移金属、金属または半導体で構成された中空微小体の製作方法が提供される。
【0048】
図3は本発明の中空状微小体を作製する際の鋳型となる有機物構造体を基板上に配置した一例を示す模式図である。ここでは平坦な基板6の上に配置した角柱状の有機物鋳型4を例とする。基板の材質はシリコン、ガラス、アルミ、プラスチックなどが一般的であるが、平坦であるならどのような材質でも構わない。
【0049】
有機物鋳型4のサイズは、用途に応じて変化させることができ、約0.1nm〜約1mmの範囲内にあり、好ましくは、約1nm〜約500μm、より好ましくは、約5nm〜100μm、最も好ましくは、約5nm〜1μmである。代表的には、5nmから100ミクロンであり、球や円柱、円錐、賽子のような形状のものを用いることができる。材質はポリスチレン、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリメチルシロキサン(PDMS)、ポリメタクリル酸メチル樹脂(PMMA)などの中から最終的に作製を望む微小体の形状に合わせて適宜選択する。例えば、球状にするにはポリスチレン、半球、円柱、円錐、賽子状にするにはPDMSやPMMAなどがそれぞれ適している。
【0050】
有機物鋳型4の基板6上への配置法は、基板上に塗布した有機物薄膜を切削する方法、自己組織化膜形成法を応用する方法、溶媒中の有機物鋳型の分散力を制御する方法などがある。一例として、溶媒中の有機物鋳型の分散力を制御する方法では、有機物鋳型が分散している溶媒に適量の塩を添加して、有機物鋳型間の静電反発力を抑制した状態で基板上に塗布することにより、基板上に有機物鋳型を高密度に配置することができる。添加する塩の量は有機物鋳型の大きさや材質により異なるが、例えば100nm径のポリスチレン球を鋳型とする場合では、有機物鋳型溶液と500mMの塩溶液を1:2の比率で混合するとよい。
【0051】
基板6上に配置した有機物鋳型4は、プラズマエッチング処理、イオンミリング処理、収束イオンビーム処理、レジスト処理などの物理的切削や、酸性溶媒、アルカリ性溶媒、有機溶媒による化学的切削を行うことにより、大きさと有機物鋳型間の距離を適宜制御することができる。例えば図4に示すように、基板上に互いに接するよう配置した100nm径のポリスチレン球を15秒間プラズマエッチング処理することにより、直径約80nm、間隔約30nmとすることができる。
【0052】
基板6上に有機物鋳型4を適切な大きさ、間隔にて配置した後、作製を望む微小体の元素を鋳型上に堆積させる。堆積させる方法は、(抵抗加熱式)真空蒸着法、スパッタリング法、化学気相成長法などの中から適切な方法を選択するとよい。以下、真空蒸着法により微小体を作成する方法を例として説明する。
【0053】
本発明において蒸着源(微小体を構成する元素)として利用できる元素の例を列挙すると周期律表において以下のようである。
(1)原子番号43番を除く79番までの遷移金属、
(2)原子番号13,31,32,33,49,50,51,81,82,83番の金属、および
(3)原子番号14,34,52番の半導体
である。
【0054】
基板6と、その上に配置した有機物鋳型4共に、真空蒸着装置内に配置して1層以上の元素の蒸着を行う。蒸着は、例えば、次のように行うことができる。
【0055】
まず、抵抗加熱式蒸着装置のチャンバー内に、基板6上に予め配置した有機物鋳型4が、装置内の蒸着源に向くようにセットする。チャンバーの真空度は、たとえば、5×10−4パスカル、チャンバー内の温度は室温である。有機物鋳型4と蒸着源との間にはシャッターが設けられている。蒸着源は蒸着源容器と加熱用抵抗器とから構成される。シャッターは前後または左右に移動させることができ、シャッターが基板6の全面を覆うときは有機物鋳型への蒸着が阻止され、シャッターの移動により基板6が蒸着源に曝されるときは有機物鋳型4への蒸着が行われる。蒸着源容器には有機物鋳型の表面に蒸着される金属、遷移金属あるいは半導体が入れられる。加熱用抵抗器は蒸着源容器に入れられた元素を加熱し、蒸発させるために使用される。
【0056】
図5に、有機物鋳型4の上に元素1、2を2層堆積させた場合の模式図を示す。元素を2層以上堆積させる場合は、内部の層となる元素から順次蒸着を行うとよい。例えば図5の例では、元素1の蒸着を行った後に元素2の蒸着を行う。蒸着を行う元素の膜厚は、例えば、1nmから500nmの範囲で適切に選択するとよい。
【0057】
図5において元素2に相当する、微小体表面に堆積させる元素のうち最も外側となる層を金や銀などの分子修飾が容易な素材とすることにより、微小体の表面に有機分子を固定化することができる。例えば、金の表面にはチオール基が強く結合することがよく知られているが、この結合反応を利用して末端にチオール基が導入されたDNAやRNA、チオール基を含有する抗体などのタンパク質、チオール基を含有する単分子膜形成試薬など、各種有機分子を固定化することができる。この最も外側を構成する元素の層の厚さは、安定した固定化層とするためには、少なくとも約1nmとすることが好ましく、少なくとも約1.5nmとすることがより好ましく、少なくとも約2nmとすることが最も好ましい。
【0058】
図6は、直径100nmのポリスチレン球微小体表面に金、ゲルマニウム、銅、ニッケルを1層目として10nm蒸着した後、その上に2層目として金を蒸着しなかった場合(図6(a))、および金を2nm蒸着した場合(図6(b))の微小体に対して、5'末端にチオール基を持つDNAを3μMの濃度で反応させた後、上清に残った未反応のDNAに対して光吸収スペクトル測定を行った結果である。横軸は光の波長、縦軸は光吸収度である。図中には微小体と反応を行う前の、3μMの濃度に相当するDNAに対して光吸収スペクトル測定を行った結果を同時に示してある。DNAは260nmに吸収ピークを持つため、微小体へのDNA固定反応前後の260nm光吸収度の差分を計算することにより、微小体表面へ固定化されたDNA分子数を定量化することができる。外側の層として金が存在しない図(6(a))では、ゲルマニウム、銅、ニッケルを1層目とした場合、チオール基が各元素の表面に密に結合しないため、反応前後で260nmの光吸収度に顕著な変化が見られないが、外側に2nmの金の層を2層目として形成した図(6(b))では、ゲルマニウム、銅、ニッケルを1層目とした場合においても1層目を金とした場合と同程度に、反応前後で260nmの光吸収度に顕著な変化が見られた。すなわち、微小体表面に2nmの金の層を形成することにより、チオール基を含有するDNAを高密度固定化することができることが確認できた。
【0059】
さらに、図7は、直径100nmのポリスチレン球微小体表面に金、ゲルマニウム、銅、ニッケルを1層目として10nm蒸着した後、その上に2層目として金を0, 2, 5, 10nmの各膜厚で蒸着した場合において、微小体表面に固定化された、チオール基を含有するDNAの固定化密度を上記の光吸収スペクトル測定の差分計測により計算した結果をまとめた表である。1層目が金の場合を比較対象として1層目がゲルマニウムやニッケルの場合の固定化密度を見ると、2層目の金の膜厚が2nmの場合にDNAの固定化密度が金の場合と同程度となり、かつ膜厚が5nm, 10nmと増加しても固定化密度はほとんど変化しないことから、最外層となる2層目の金の膜厚は2nm以上であれば十分に分子の固定層として利用することができ、それ以上の膜厚に変化させても性能は変化しないことが確認された。
【0060】
さらに、目的の中空状の微小体を得るために、紫外線-オゾン法、プラズマ分解法、光触媒分解法いずれかの方法にて有機物鋳型の分解除去を行うことができるが、これらの方法に限定されない。ここでは、図8に示すように、紫外線-オゾン法による分解除去を例として説明する。元素1、2を堆積させた有機物鋳型4を基板6と共に紫外線-オゾン分解装置庫内に配置する。庫内に酸素を導入して紫外線を照射することによりオゾンが発生し、有機物鋳型4を含む有機物が分解除去される。処理を行う時間は有機物鋳型の大きさなどに依存して当業者が適宜調整し得るが、100nm径のポリスチレン球鋳型の例では約60分の処理で十分である。
【0061】
有機物鋳型4の分解除去により、蒸着を行った元素のみで構成された中空状の微小体を得る。図8の例では、分解処理後に元素1および2の2層構造の微小体を得ることができる。作製した微小体は、超音波処理などの方法により基板6から剥離させて適切な溶媒に懸濁することができる。例えば、基板6上に純水を滴下し、基板6の微小体が付着している側と反対側に超音波を作用させることにより、微小体を純水中に懸濁することができる。
【0062】
したがって、本発明の中空微小体の製造方法の好ましい実施形態では、上記の中空微小体を得る工程においてさらに、
上記中空微小体上に、微量の液体を滴下し、
上記基板の他面に超音波を作用させながら、上記中空微小体が固定された上記一面側に平坦な底面を有する素材を上記底面に若干加重が加わる様に載置して、上記素材を任意の方向に移動させることにより上記微小体を上記基板から剥離させることを行ってもよい。
【0063】
上記中空微小体上に滴下する液体は、純水に限らず、例えば、純水に牛血清、抗体、牛血清アルブミン(bovine serum albumin (BSA))を含むタンパク質、合成DNA、クエン酸塩、リン酸塩、および硫酸ドデシルナトリウム(sodium dodecyl sulfate (SDS))もしくはタンニン酸(tannic acid)を含む界面活性剤を加えたもの等であってもよい。また、硫酸、塩酸、硝酸などの酸、アンモニア、水酸化カリウムなどのアルカリ、エタノール、ジメチルスルホキシド(DMSO)などの有機溶媒等であってもよい。
【0064】
以上の手順により、蒸着を行った元素のみで構成された中空状の微小体を得ることができる。得られた微小体の一例を図9に示す。図9は、100nm径ポリスチレン球鋳型の上に鉄を10nm堆積させ、紫外線-オゾン法により有機物鋳型を分解除去し、純水に懸濁した後に別の基板上に微小体を再度配置して走査型電子顕微鏡により観察を行った例である。2次電子計測により微小体の詳細な構造を見ることができ、また、反射電子計測では作製した微小体の反射電子輝度がほぼ均一であることがわかる。
【0065】
本発明の中空微小体の製造方法のさらなる実施形態においては、中空微小体を構成する2層以上の薄膜層の間の特定の層の表面に薄膜層の物質とは異なるナノサイズの微粒子を分散して配置して、前記微粒子を前記2層以上の層の特定の2層の間の界面にサンドイッチ状に2次元に分散(すなわち、層間界面に平行な方向に広がって)埋没させた構造を持つことを特徴とした微小体を製造することができる。
【0066】
具体的には、たとえば、上記の遷移金属、金属または半導体を少なくとも1層堆積させる工程の後に、その表面に微粒子を分散して結合させる工程と、その工程の後に、再び遷移金属、金属または半導体を少なくとも1層堆積させる工程を用いることで、前記微粒子が、前記第1層の堆積物質と、前記第2層の堆積物質との間に作られる界面にサンドイッチ状に2次元に分散埋没させることで製作することができる。
【0067】
例のひとつとして、量子ドットを微小体に挟み込み、光学特性を制御する方法を紹介する。量子ドットはカドミウム-セレンなどの元素により構築された直径数nmの微小な粒子で、サイズに依存した蛍光を発することが特徴である。生物分野では目的生体分子の標識として広く利用されているが、隣り合う量子ドット間の距離や溶媒条件など周辺環境要因により蛍光の点滅や消光が起こることが知られている。また、異なる波長の光を発する2種類の量子ドットを一定距離で近づけると、エネルギー異動による共鳴現象が起こり、特徴的な波長の光を発することが知られている。
【0068】
本発明にて開発した微小体を利用すると、量子ドット間の距離を制御することにより光学特性を制御することができる。図10にその方法を示す。微小体を構成する元素1を金などの化学修飾が容易な素材とし、その上に量子ドット7を固定化する。固定化の方法はDNAの2次元空間構造構築の利用や両末端にアミノ基、チオール基、ビオチンを導入して架橋を行う方法、BSAや抗体などのタンパク質を介する方法、2架性架橋剤を使用する方法などがある。量子ドット7を元素1の表面に固定化した後、同じ種類の元素1’を積層して量子ドット7を元素1中に閉じ込める。これにより隣接する量子ドットの距離を制御することが可能であり、また閉じ込めにより周辺環境を一定に保つことができ、安定な蛍光特性を発することができる。
【0069】
次に異なる種類の元素2を積層し、量子ドット7とは異なる光学特性を示す別の量子ドット8を元素2の表面に固定化する。その後、同様に元素2’を再度積層し、量子ドット8を閉じ込める。元素1’と元素2の合計の厚さを2nmから1ミクロンの間の適切な値とすることにより、量子ドット7と8の間で蛍光共鳴現象が起こり、特徴的な波長の蛍光が安定に発せられる。また、元素2の種類をアルミニウムや銅などの溶媒条件により溶出可能な材質とすることにより、微小体から元素2および2’、それと共に量子ドット8を取り除くことができる。それにより微小体から発せられる蛍光は量子ドット7が本来発する波長となり、これを利用して溶媒条件により異なる光を発するセンサーとして応用することが可能である。
【0070】
本発明にて開発した微小体は、標的生体分子を捕捉するための微小な罠としても利用することができる。図11にその方法を示す。1層もしくは複層の中空状微小体9を、図11(a)のように開口部が基板6と逆を向くように配置する。微小体9をそのように配置させる方法は、基板6の素材として粘着性テープなどを利用し、図8にて作製した中空状微小体の上にテープをそっと貼った後に剥がすことにより行う。次に、標的生体分子11と反応を行うことを望む生体分子10を微小体9の内側に固定する。中空状微小体9の内部の素材を金や銀などの素材とすることにより、タンパク質が持つアミノ基やチオール基を介して中空状微小体9の内部に固定化することができる。基板6と、標的生体分子11が分散している溶媒中に配置した別の基板6’の間に電場を印加することにより、標的生体分子を中空状微小体内部に捕捉することができる。この方法により、例えば反応用生体分子10を抗体、標的生体分子11を抗原とすることにより、溶媒中から抗原のみを選択的に回収することができる。また、反応用生体分子10をシャペロンタンパク質、標的生体分子11を構造が壊れたタンパク質とすることにより、目的のタンパク質を中空状微小体内部空間に閉じ込めて効率よく修復することができる。
【0071】
別の方法として、図11(b)のように中空状微小体9の内部に鎖状生体分子14を固定化し、鎖の伸縮により標的生体分子12を回収する方法がある。鎖状生体分子14の素材はDNAや高分子ポリマー、さらにはこれらを光照射および/または電場印加により構造変化する分子で連結した素材を用いると良い。光照射、電場印加、磁場印加等により構造変化する分子としては、例えば波長365nmの光を照射することにより構造変化するジアゾベンゼンのような物質を用いると良い。また、鎖状生体分子14には標的生体分子12を捕捉するための捕捉生体分子13を固定化しておく。固定化の方法は、鎖状生体分子14の側鎖と捕捉生体分子13のアミノ基、チオール基もしくはカルボキシル基を化学的に架橋するとよい。鎖状生体分子14を電場および/もしくは磁場の印加、光照射、または溶媒塩濃度の変化により直線状に伸ばして、溶媒中の標的生体分子12を捕捉生体分子13に結合させる。次に、電場、磁場、もしくは溶媒塩濃度の逆方向への変化、あるいは光照射の中止により鎖状生体分子14を中空状微小体内部に折りたたませることで、標的生体分子12を中空状微小体9の内部に回収する。中空状微小体9の内部に反応用生体分子9を予め固定化しておくことにより、微小体内部で標的生体分子12と反応用生体分子9を効率的に反応させることができる。反応後は電場および/もしくは磁場の再印加、光照射、または溶媒塩濃度を再度変化させることにより鎖状生体分子14を伸張させて、標的生体分子12を溶媒中に戻すことができる。例えば反応用生体分子10をシャペロンタンパク質、標的生体分子12を構造が壊れたタンパク質、捕捉生体分子13をタンパク質に対する抗体とすることにより、効率的にタンパク質の修復を行うことができる。
【0072】
中空状微小体9を基板に固定化せず、図11(c)に示すように二つの中空状微小体を鎖状生体分子14により連結して溶媒中の標的生体分子12を捕捉する方法がある。二つの中空状微小体を連結する方法は、微小体内部の素材を金もしくは銀とし、鎖状生体分子14の両末端にアミノ基、チオール基もしくはカルボキシル基を導入して混合することで作成可能である。鎖状生体分子14を電場や磁場の印加、光照射、もしくは溶媒塩濃度の変化により直線状に伸ばして、二つの中空状微小体9の距離を離し、捕捉用生体分子13を露出させることにより、溶媒中の標的生体分子12を捕捉生体分子13に結合させる。次に、電場、磁場、もしくは溶媒塩濃度の逆方向への変化、あるいは光照射の中止により鎖状生体分子14を中空状微小体内部に折りたたませる。これにより二つの中空状微小体が閉じ、標的生体分子12を中空状微小体9の内部に捕捉することができる。電場および/もしくは磁場の再印加、光照射、または溶媒塩濃度を再度変化させることにより鎖状生体分子14を伸張させて、標的生体分子12を溶媒中に戻すことができる。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は上述のように、基板上に配置した有機物鋳型の上に目的の元素を堆積させた後、有機物鋳型を分解除去することにより、作製を望む元素のみで構成された中空状の微小体を作製することができる。これを利用すれば、様々な種類の微小体を大量に作製することができるため、様々な生体分子を同時に標識できるのみでなく、ナノメートルサイズの様々な元素の微小体を利用した新規素材を開発することができる。
【符号の説明】
【0074】
1…元素1、1’…元素1と同じ素材の堆積層、2…元素2、2’…元素2と同じ素材の堆積層、3…元素3、4…有機物鋳型、4’ …紫外線-オゾン処理により分解除去された有機物鋳型、5−1…元素1を堆積させる蒸着源、5−2…元素2を堆積させる蒸着源、6…基板1、6’…基板2、7…量子ドット1、8…量子ドット2、9…1層もしくは複層の中空状微小体、10…生体分子1、11…生体分子2、12…生体分子3、13…12を捕捉するための生体分子、14…鎖状生体分子。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外殻を形成し、遷移金属、金属または半導体の1以上の薄膜の層を含む層状構造、ならびに該層状構造によって規定された内部空間および開口部を備える、中空状の微小体。
【請求項2】
前記遷移金属、金属または半導体が、周期律表で原子番号43番を除く79番までの遷移金属、原子番号13,31,32,33,49,50,51,81,82,もしくは83番の金属、または原子番号14,34,もしくは52番の半導体のいずれかである、請求項1記載の微小体。
【請求項3】
前記層状構造が、
2以上の薄膜の層と、
前記2以上の薄膜の層間の界面に二次元的に分散埋没されて配置された微粒子と、
を含み、
前記微粒子が薄膜層の物質とは異なるものである、請求項1記載の微小体。
【請求項4】
前記層状構造の最外層の物質が金であり、その膜厚が2nm以上である、請求項1記載の微小体。
【請求項5】
前記微粒子が、蛍光を発光する物質である、請求項3記載の微小体。
【請求項6】
前記層状構造が、2以上の前記薄膜の層を含み、
最外層の薄膜層の物質が、所定の液体によって溶解する性質を有し、
内側の薄膜層の物質が、前記液体によって溶解しない性質を有する、請求項1記載の微小体。
【請求項7】
前記最外層の薄膜層の物質が金属であり、前記内側の薄膜層の物質が誘電体物質または半導体物質である、請求項6記載の微小体。
【請求項8】
前記層状構造の前記内部空間に面した表面に、その一端が固定された高分子をさらに含む、請求項1記載の微小体。
【請求項9】
前記層状構造の最内層の物質と最外層の物質とが異なっており、前記最内層の物質が、前記高分子の一端が付加されることに適した物質であり、前記最外層の物質が、前記高分子の一端が付加されにくい物質である、請求項8記載の微小体。
【請求項10】
前記最内層の物質が金、銀、シリコン、酸化シリコンのいずれかであり、前記最外層の物質が鉄、銅、ゲルマニウム、アルミニウム、クロム、スズ、チタン、マンガン、ニッケルのいずれかである、請求項8または9記載の微小体。
【請求項11】
前記高分子が、溶液のイオン強度および/もしくはpHの変化、電場の印加、磁場の印加、または光照射によって構造が変化する高分子である、請求項8〜10のいずれか記載の微小体。
【請求項12】
前記高分子が、DNA鎖またはセルロースポリマー、またははこれらを電場の印加、磁場の印加、もしくは光照射により構造変化する分子で連結したものである、請求項8〜11のいずれか記載の微小体。
【請求項13】
前記高分子の他端が、別の微小体または基板表面に固定されている、請求項8〜12のいずれか記載の微小体。
【請求項14】
有機物で構成された微小構造物を鋳型として、遷移金属、金属または半導体の少なくとも1つ以上の層を前記鋳型に薄膜層状に堆積させる工程を含む、中空微小体の作製方法。
【請求項15】
所定の直径を有する有機物鋳型、適量の純水、および有機物鋳型間の静電反発力を抑制するための材料を含む有機物鋳型懸濁液を基板の一面に滴下して、前記基板上に前記有機物鋳型を所定の密度に分布させる工程、
前記基板上に吸着していない過剰量の前記有機物鋳型を洗浄除去する工程、
前記基板上に分布された前記有機物鋳型を乾燥させる工程、
前記有機物鋳型の切削処理を行い、前記基板上に配置された前記有機物鋳型の間隙を所定の間隔に調整する工程、
前記基板上に分布された前記有機物鋳型に、遷移金属、金属または半導体の薄膜の層を少なくとも1層堆積させる工程、
遷移金属、金属または半導体の層を少なくとも1層堆積させた前記有機物鋳型を分解除去し、残存した中空微小体を得る工程、
を含む、遷移金属、金属または半導体で構成された中空微小体の製作方法。
【請求項16】
前記有機物鋳型の切削処理法が、プラズマエッチング処理、イオンミリング処理、収束イオンビーム処理、レジスト処理のいずれかである、請求項15記載の中空微小体の作製方法。
【請求項17】
前記基板上に分布された前記有機物鋳型に遷移金属、金属または半導体を少なくとも1層堆積させる工程が、抵抗加熱式真空蒸着法、スパッタリング法、化学気相成長法のいずれかによって行われる、請求項15記載の中空微小体の作製方法。
【請求項18】
遷移金属、金属または半導体を少なくとも1層蒸着させた前記有機物鋳型を分解除去する工程が、紫外線-オゾン法、プラズマ分解法、光触媒分解法のいずれかによって行われる、請求項15記載の中空微小体の作製方法。
【請求項19】
前記中空微小体を得る工程がさらに、
前記中空微小体上に、微量の液体を滴下し、
前記基板の他面に超音波を作用させながら、前記中空微小体が固定された前記一面側に平坦な底面を有する素材を該底面に若干加重が加わる様に載置して、該素材を任意の方向に移動させることにより前記微小体を前記基板から剥離させることを含む、
請求項15記載の微小体の製造方法。
【請求項20】
前記中空微小体上に滴下する液体が、純水、あるいは純水に牛血清、抗体、牛血清アルブミン(bovine serum albumin (BSA))を含むタンパク質、合成DNA、クエン酸塩、リン酸塩、および硫酸ドデシルナトリウム(sodium dodecyl sulfate (SDS))もしくはタンニン酸(tannic acid)を含む界面活性剤を加えたものである、請求項19記載の中空微小体の作製方法。
【請求項21】
前記遷移金属、金属または半導体を少なくとも1層堆積させる工程の後に、該堆積させた層の表面に微粒子を分散して結合させる工程と、その工程の後に、再び遷移金属、金属または半導体を少なくとも1層堆積させる工程とをさらに含み、
それによって、前記微粒子が、前記第1層の堆積物質と、前記第2層の堆積物質との間に作られる界面にサンドイッチ状に2次元に分散埋没される、請求項15記載の中空微小体の作製方法。
【請求項22】
前記基板が、シリコン基板、ガラス基板、アルミ基板、またはプラスチック基板である、請求項15〜21のいずれか記載の中空微小体の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2011−101941(P2011−101941A)
【公開日】平成23年5月26日(2011.5.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−130512(P2010−130512)
【出願日】平成22年6月7日(2010.6.7)
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【出願人】(504179255)国立大学法人 東京医科歯科大学 (228)
【Fターム(参考)】