説明

乗り心地フィルタを用いた上下・左右の複合振動の乗り心地推定方法

【課題】 高速鉄道の車内振動評価を的確に行い、旅客の体感と合致させるようにした上下・左右の複合振動の乗り心地フィルタを用いた上下・左右の複合振動の乗り心地推定方法を提供する。
【解決手段】 乗り心地フィルタを用いた上下・左右の複合振動の乗り心地推定方法において、左右振動加速度に時間軸で左右用のフィルタをかけ(Yf)、上下振動加速度にも、時間軸で上下用のフィルタをかけ(Zf)、前記(a)のフィルタ処理を行った、左右加速度(Yf)、上下加速度(Zf)のベクトルを時間軸で算出し、このベクトルの長さを合成成分(YZf)とし、この合成成分(YZf)の実効値を求め、基準加速度に対する比として乗り心地レベルを計算する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乗り心地フィルタを用いた上下・左右の複合振動の乗り心地推定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
乗り心地の評価方法として、従来から乗り心地レベルが広く用いられている。この乗り心地レベルは、等感覚曲線に基づいて作られた乗り心地フィルタより算出されるものであるが、最近の高速鉄道の乗り心地を評価する際、このように算出された「乗り心地レベル」が体感と合わないという問題が生じていた。
また、これまでの我が国における乗り心地評価は、上下振動と左右振動とは別々に評価しており、上下振動と左右振動の複合影響を評価することができなかった。
【0003】
図4は従来の乗り心地フィルタと等感覚曲線を示す図である。
乗り心地レベルを算出するための乗り心地フィルタ〔図4 (a) 〕は、図4 (b) の等感覚曲線を元にしている。この等感覚曲線は、1974年に策定されたISO規格(1997年に改定)に準拠して1981年の国鉄時代に定められたもの(1Hz以下は国鉄が追加)だが、元となったISO2631の曲線は、建物・乗り物・産業機械(トラクターなど)全般における全身振動暴露の限界値を規定したもので、振動周波数ごとの同じ「大きさ」と感じる強度変化を示し、正確には「乗り心地における振動不快感」の程度を示すものではない。
【0004】
これまでの鉄道走行振動の主要成分であった低い周波数域では、「大きく」感じやすい振動と「不快」に感じる振動がほぼ同じであるため、この等感覚曲線を用いても問題は生じなかった。しかし、ビリビリとした高周波振動は「大きくなくても不快」、つまり「大きさの印象」と「不快度」が一致しないため、「大きさ」を尺度とする等感覚曲線を用いた乗り心地フィルタでは影響が過小評価され、算出された乗り心地レベルと実際に体感した乗り心地に乖離が生じてしまっていた。
【0005】
特に、最近の高速新幹線や浮上式鉄道では、低い周波数成分が様々な振動対策により低減される一方で、増加した高周波振動成分による体感乗り心地への影響が大きくなっている。
そこで、本願発明者らは、高速鉄道車両で生じやすい30Hz付近の高周波振動の影響を乗り心地レベルの算出に反映させるため、乗り心地フィルタの補正について既に提案している(下記非特許文献1参照)。
【0006】
非特許文献1では、通勤車両から高速車両に至るまで様々な鉄道車両を対象とした乗り心地評価法として、現在最も普及している乗り心地レベルの実用性・汎用性を活かしつつ、高周波成分の影響を正しく反映させる改良を提案している。具体的には、乗り心地レベルの算出方法および尺度は現行のものをそのまま用い、乗り心地フィルタの高周波域の重み付けを体感乗り心地との相関が高くなるよう変更することとした。
【0007】
ここで、乗り心地フィルタと等感覚曲線の関係、乗り心地レベルLT の算出方法について説明する。
乗り心地レベルは等感覚曲線に基づく乗り心地フィルタ(F)によって重み付けがされるが、両者の間には以下の関係がある。
F=−20log10 (A/A0) (dB) … (1)
A:等感覚曲線の値,A0 =0.315(8Hzでの等感覚曲線の値)
従来の乗り心地フィルタでは、高周波域(左右:2Hz以上、上下:8Hz以上)の傾きは周波数が倍になると6dB減少する−6dB/Octaveであったが、非特許文献1における考察により、上下振動に関しては、8Hz以上の傾きを−2.7dB/Octaveと補正することを提案している。
【0008】
なお、乗り心地レベルLT は、車両振動加速度に対し乗り心地フィルタによる周波数補正を行い、その実効値AW を求め、基準加速度A0(10-5m/s2)との比を対数表示したものである。
その関係式は、LT =20log10 (AW /Ao ) で表される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】中川千鶴,島宗亮平,白戸宏明,富岡隆弘,高見創,渡邉健,「高周波上下振動が乗り心地に及ぼす影響」,鉄道総研報告,Vol.23,No.9,pp.35−40,2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上記した乗り心地フィルタの補正において、上下振動については改良を行ったが、上下・左右の複合振動の影響については十分な検討がなされておらず、上下振動の影響しか評価できないといった問題が残されていた。
本発明は、上記状況に鑑みて、高速鉄道の車内振動評価を的確に行い、旅客の体感と合致させるようにした上下・左右の複合振動の乗り心地フィルタを用いた上下・左右の複合振動の乗り心地推定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記目的を達成するために、
〔1〕乗り心地フィルタを用いた上下・左右の複合振動の乗り心地推定方法において、
(a)左右振動加速度に時間軸で左右用のフィルタをかけ(Yf)、上下振動加速度にも、時間軸で上下用のフィルタをかけ(Zf)、
(b)前記(a)のフィルタ処理を行った、左右加速度(Yf)、上下加速度(Zf)のベクトルを時間軸で算出し、このベクトルの長さを合成成分(YZf)とし、
(c)この合成成分(YZf)の実効値を求め、基準加速度に対する比として乗り心地レベルを計算することを特徴とする。
【0012】
〔2〕上記〔1〕記載の乗り心地フィルタを用いた上下・左右の複合振動の乗り心地推定方法において、以下の式に基づいて乗り心地を旅客の体感と合致させることを特徴とする。
Lt_YZ=20log10 (Aw_YZ/A0 ) 〔dB〕 …(1)
ここで、基準加速度A0 =10-5m/s2
Aw_YZは√{〔〔Af_Y (t)〕2 +〔Af_Z (t)〕2 }の実効値
Af_Y (t)は左右加速度に左右振動用の乗り心地フィルタをかけたもの
Af_Z (t) は上下加速度に上下振動用の乗り心地フィルタをかけたもの
である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、高速鉄道の車内振動評価を的確に行い、旅客の体感と合致させるようにした上下・左右の複合振動の乗り心地フィルタを用いた上下・左右の複合振動の乗り心地推定方法を提供することができる。
また、時間的変化を表すことができるため、乗り心地の悪化原因の特定・分析に有効である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明にかかる振動台を用いた被験者振動評価を示す図面代用写真である。
【図2】本発明にかかる上下・左右の合成イメージ図である。
【図3】重み付けフィルタの形状を示す図である。
【図4】本発明にかかる上下・左右の複合振動の乗り心地に関する実験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の乗り心地フィルタを用いた上下・左右の複合振動の乗り心地推定方法は、(a)左右振動加速度に時間軸で左右用のフィルタをかけ(Yf)、上下振動加速度にも、時間軸で上下用のフィルタをかけ(Zf)、(b)前記(a)のフィルタ処理を行った、左右加速度(Yf)、上下加速度(Zf)のベクトルを時間軸で算出し、このベクトルの長さを合成成分(YZf)とし、(c)この合成成分(YZf)の実効値を求め、基準加速度に対する比として乗り心地レベルを計算するようにした。
【実施例】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
図1は本発明にかかる振動台を用いた被験者振動評価を示す図面代用写真である。
この図において、1はその上下(Z方向)加振装置を含む動電型振動台、2はその左右(Y方向)加振装置、3はその前後(X方向)加振装置、4は座席、5はスピーカー内蔵吸音防音装置、6は評価スイッチである。
【0017】
振動乗り心地に対する旅客の感覚特性を把握するために、図1に示す振動台を用いた被験者実験を実施した。
振動方向によらない短区間の乗り心地推定は、乗り心地悪化の原因の究明に有効である。そこで、フィルタ処理した上下振動と左右振動のベクトルの大きさを用いて、乗り心地を推定する方法を試みた。
【0018】
まず、本発明の実施例を示す乗り心地フィルタを用いた上下・左右の複合振動の乗り心地推定方法の実験について説明する。
まず、在来線と新幹線の走行データを繋げた振動を被験者に体感させ、乗り心地を5秒おきに5段階で評価させた。評価対象は、振動すべてとし、振動の方向に関係なく評価をしてもらった。
【0019】
次に、上下・左右の複合振動の乗り心地推定方法について説明する。
図2は本発明にかかる上下・左右の合成イメージ図である。
(1)左右振動加速度に時間軸で左右用のフィルタをかけ (Yf) 、上下加速度にも同様の処理を行う (Zf) 。
(2)上記(1)のフィルタ処理した左右加速度 (Yf) 、上下加速度 (Zf) のベクトルを時間軸上で算出し、図2に示すように、このベクトルの長さを合成成分YZfとする。
(3)YZfの実効値を求め(この場合は主観評価の間隔と同じ5秒間隔で計算)、基準加速度に対する比として乗り心地レベルを計算する。
【0020】
図3は重み付けフィルタの形状を示す図であり、図3(a)は上下振動の周波数(Hz)と重み付け(倍率)との関係を示す図、図3(b)は左右振動の周波数(Hz)と重み付け(倍率)との関係を示す図である。
この図において、実験においては、比較のため、(A)従来の乗り心地フィルタ、(B)は本発明による補正版のフィルタ、(C)はISOフィルタの3種類を用いてフィルタ処理を行った。
〔実験結果〕
図4は本発明にかかる上下・左右の複合振動の乗り心地に関する実験結果を示す図であり、図4(a)は振動から推定した評価値を示す図、図4(b)は被験者の乗り心地不快感の平均値の推移を示す図である。
【0021】
走行条件が変化する箇所は、切り替えに対する心理的動揺の影響を排除するため図から削除した。
この結果から、同一走行条件内の細かい変化、および走行条件間の違いというダイナミックな変化(例えば、乗り心地レベルの2分目(在来線)と4分目(新幹線)のデータは、主観評価は共に「2.2」で、補正版フィルタによる乗り心地レベルも68dBと対応しているが、ISOや従来のフィルタによるレベルは在来線条件の方が新幹線より低い)の両面において、補正版の乗り心地フィルタが主観評価を最も反映するという結果がでていることがわかる。
【0022】
次に、上下・左右の合成振動の乗り心地評価値について説明する。
Lt_YZ=20log10 (Aw_YZ/A0 ) 〔dB〕
ここで、基準加速度A0 =10-5m/s2
Aw_YZは√{〔〔Af_Y (t)〕2 +〔Af_Z (t)〕2 }の実効値
Af_Y (t)は左右加速度に左右振動用の乗り心地フィルタをかけたもの
Af_Z (t) は上下加速度に上下振動用の乗り心地フィルタをかけたもの
である。
【0023】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明の乗り心地フィルタを用いた上下・左右の複合振動の乗り心地推定方法は、高速鉄道の車内振動評価を的確に行い、旅客の体感と合致させるようにした上下・左右の複合振動の乗り心地フィルタを用いた上下・左右の複合振動の乗り心地推定方法として利用可能である。
【符号の説明】
【0025】
1 上下(Z方向)加振装置を含む動電型振動台
2 左右(Y方向)加振装置
3 前後(X方向)加振装置
4 座席
5 スピーカー内蔵吸音防音装置
6 評価スイッチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)左右振動加速度に時間軸で左右用のフィルタをかけ(Yf)、上下振動加速度にも、時間軸で上下用のフィルタをかけ(Zf)、
(b)前記(a)のフィルタ処理を行った、左右加速度(Yf)、上下加速度(Zf)のベクトルを時間軸で算出し、該ベクトルの長さを合成成分(YZf)とし、
(c)該合成成分(YZf)の実効値を求め、基準加速度に対する比として乗り心地レベルを計算することを特徴とする乗り心地フィルタを用いた上下・左右の複合振動の乗り心地推定方法。
【請求項2】
請求項1記載の乗り心地フィルタを用いた上下・左右の複合振動の乗り心地推定方法において、以下の式に基づいて乗り心地を旅客の体感と合致させることを特徴とする。
Lt_YZ=20log10 (Aw_YZ/A0 ) 〔dB〕 …(1)
ここで、基準加速度A0 =10-5m/s2
Aw_YZは√{〔〔Af_Y (t)〕2 +〔Af_Z (t)〕2 }の実効値
Af_Y (t)は左右加速度に左右振動用の乗り心地フィルタをかけたもの
Af_Z (t) は上下加速度に上下振動用の乗り心地フィルタをかけたもの
である。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図1】
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【公開番号】特開2013−104782(P2013−104782A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−248762(P2011−248762)
【出願日】平成23年11月14日(2011.11.14)
【出願人】(000173784)公益財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)