説明

乳の酸性化方法

【課題】本発明は、グルコノデルタラクトン(GDL)を使用して牛乳や豆乳などの乳を酸性化してゲル化させるための、新規な方法を開発することを課題とする。
【解決手段】本発明は、牛乳や豆乳などの乳に対してグルコノデルタラクトン(GDL)を添加し、GDLが徐々にグルコン酸に変わることで緩やかにpHを低下させ、タンパク質を緩やかに変性・ゲル化させることにより、これまでにない特性を有するカード食品を製造することができることを見いだした。具体的には、本発明は、牛乳や豆乳などの乳にグルコノデルタラクトン(GDL)を添加し、10〜40℃の温度範囲にて反応させ、カードを形成させることを特徴とする、カード食品を製造する方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、牛乳や豆乳などの乳を酸凝固する方法に関する。より具体的には、牛乳や豆乳などの乳タンパク質をグルコン酸により低温下で酸性化して、ゲル化させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
牛乳、豆乳などに果汁や酸味料などの低pHの物質を添加して酸性化させると、タンパク質が急激に酸変性を起こし、沈殿を生じる。このようにして沈殿したタンパク質は、硬いフロックを形成しており、以降の過程で微細化をしたり、安定剤を加えても舌触りもよくなく、なめらかなペーストや安定な液性にはなりにくいという欠点を有していた。
【0003】
そのため、牛乳や豆乳の酸性化に際しては、急激なpHの低下や沈殿が生じないよう、牛乳、豆乳に乳酸菌を接種・培養し、緩やかに酸を生成させ、pHを低下させる方法を採っている。確かに、このように発酵により生じたタンパク質のカードは、滑らかなカードとなり、舌触りもよいという特徴を有する。また、これを薄めたり、果汁を加えた時に沈殿を生じにくくなり、安定な液状を保つことができる。
【0004】
しかしながら、牛乳、豆乳に乳酸菌を接種・培養する方法では、乳酸菌の増殖や活性をコントロールしながらカードの堅さを調節する必要があり、より簡便な方法が模索されてきた。
【0005】
当該技術分野においては、豆腐やチーズの製造過程で使用される凝固剤として、グルコノデルタラクトン(GDL)が使用されている。グルコノデルタラクトンは、水溶液中でグルコン酸に変化し、水溶液のpHをpH 4.2〜4.5にまで低下させる働きがある。pH 4.2〜4.5の範囲は、大豆タンパク質の等電点であることから、このようなpH範囲において大豆タンパク質は凝固する。このような特徴を利用し、従来から豆腐の製造にGDLが使用されている。
【0006】
また、牛乳にGDLを添加して、ゲル化させることにより、牛乳ゲル食品を作製することもまた知られている(特許文献1)。
豆乳の製造方法においては、豆乳に一定量のGDLを添加した後加熱することにより、または加熱した豆乳にGDLを添加することにより、大豆タンパク質を凝固させて豆腐を製造していた。また牛乳ゲル食品を製造する方法においても、豆腐の場合と同様に、牛乳に一定量のGDLを添加した後加熱することにより、または加熱した牛乳にGDLを添加することにより、牛乳タンパク質を凝固させていた。このように、いずれの場合も、加熱することが必要条件とされていた。すなわち、加熱によGDLを急激にグルコン酸に変化させ、急速に乳のpH値を低下させ、即効的なゲル化反応を生じさせることがることが必要と考えられていたためである。
【0007】
GDLを使用して牛乳や豆乳などをゲル化すると、条件のコントロールが容易になるという特徴を有している。しかしながら、これまで知られている方法により、GDLを使用して牛乳や豆乳などをゲル化させる場合、離水率が高く、時間の経過と共に固形分とホエイが分離してしまうという欠点が存在していた。
【特許文献1】特開昭52-125666
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、グルコノデルタラクトン(GDL)を使用して牛乳や豆乳などの乳を酸性化してゲル化させるための、新規な方法を開発することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、牛乳や豆乳などの乳に対してグルコノデルタラクトン(GDL)を添加し、GDLが徐々にグルコン酸に変わることで緩やかにpHを低下させ、タンパク質を緩やかに変性・ゲル化させることにより、これまでにない特性を有するカード食品を製造することができることを見いだした。
【0010】
具体的には、本発明は、牛乳や豆乳などの乳にグルコノデルタラクトン(GDL)を添加し、10〜40℃の温度範囲にて反応させ、カードを形成させることを特徴とする、カード食品を製造する方法を提供する。
【0011】
本発明において「カード」という場合、牛乳や豆乳などの乳に、酸などを作用させてできる凝固物のことをいう。また、「カード食品」という場合、上述したような凝固物そのものからなる食品またはその凝固物を利用した加工食品のことをいう。また、本発明において使用される「ホエイ」という用語は、牛乳や豆乳などの乳から脂肪分やタンパク質を除いた水溶液成分のことをいう。「カード」を静置しておいた場合に、その表面から「ホエイ」がしみ出すことにより、カードの離水が生じる。
【0012】
当該技術分野においては、これまでも、グルコノデルタラクトン(GDL)を用いて、加熱した乳を凝固させる方法が、GDLを利用した豆腐または牛乳ゲル食品の製造方法として知られている。しかしながら、この様な加熱することを必要条件とする乳の凝固方法では、離水率が高く、時間の経過と共に固形分とホエイが分離してしまうという欠点が存在していた。すなわち、これまでの方法では、加熱して急速にゲル化することをカード食品の製造のための必須の条件としていたが、その様な急速なゲル化を行うことにより、カード食品からの離水率が高まることを見いだした。
【0013】
これに対して、本発明の方法は、グルコノデルタラクトン(GDL)を用いて乳を凝固させる際の反応条件を詳細に検討し、製造されたカード食品の状態および当該カード食品からの離水率などを最適化することができる条件を見いだした。すなわち、本発明の方法においては、ゲル化を穏やかに進行させることを特徴としている。グルコノデルタラクトン(GDL)を用いて乳を凝固させる際の反応条件は、主として、反応温度、グルコノデルタラクトン(GDL)濃度、反応時間により決定される。本発明においては、これらの条件を変化させることにより、乳のゲル化の進行速度を調節することができ、その結果、製造後の離水率を低減したカード食品を提供することができることを明らかにしたものである。
【0014】
ゲル化の進行速度とGDL濃度の関係は、GDL濃度が高くなればなるほど、ゲル化の進行速度は早くなり、一定時間反応させた場合にはより硬いゲルが形成されることになる。また、GDL濃度が高くなればなるほど、反応物中でグルコン酸が多量に産生されることになり、製造されたカード食品中で酸味を呈することになる。そこで、これらの条件を考慮して、乳中のGDL濃度を、0.3%〜0.6%とすることが好ましい。0.3%未満の濃度であると乳が十分にゲル化されず、一方0.6%よりも高い濃度であると、製造したカード食品からのホエイの流出が増加しかつカード食品自体の酸味が増すことが分かったためである。
【0015】
一方、ゲル化の進行速度と反応温度および反応時間の関係は、反応温度の上昇にともなって反応速度が速くなり、反応時間は短くなる。したがって、特定の状態のカード食品を製造する場合、反応温度と反応時間は、反比例の関係を有する。例えば、60℃で10分間反応させることにより形成されるカード食品と同等の性質を有するカード食品を、50℃の場合には約20分間、40℃の場合には約1時間、30℃の場合には約2時間、20℃の場合には約5時間、そして10℃の場合には約13時間、反応させることにより製造することができる。
【0016】
様々な温度条件下で製造した同程度の硬さのカード食品に関して、時間の経過と共に生じるホエイの離水を調べたところ、10〜40℃で反応させることにより製造したカード食品においては離水率が低く品質の安定性が高かったが、50℃以上で反応させることにより製造したカード食品においては離水率が高く品質の安定性が低いことが明らかになった。このことから、本発明においては、これまで当該技術分野において利用されてきた「加熱条件下」でのGDLと乳との反応を行うことなく、10〜40℃にて反応を行うことを特徴とする。すなわち、本発明は、乳中でGDLが徐々にグルコン酸に変わることで緩やかにpHを低下させ、その結果としてタンパク質を緩やかに変性・ゲル化させることを特徴とする。
【0017】
本発明の方法においては、カードを形成させる反応の際、GDLを乳中に添加したらそのまま放置させてゲル化させてもよいが、GDLを乳中に添加した後、攪拌しながらゲル化を進行させてもよい。
【0018】
本発明の方法にしたがって製造したカード食品は、従来になく滑らかなペーストを形成することができることから、ゲル化後に果汁またはヨーグルト風味を添加してヨーグルト様の食品とすることができ、またドレッシングなど粘度が高い液状食品のベースとして使用することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明の方法にしたがって、牛乳や豆乳などの乳中でGDLを緩やかにグルコン酸に変換することで、緩やかにpHを低下させ、タンパク質を緩やかに変性・ゲル化させることにより製造されるカード食品は、これまでの方法で製造されたカード食品と比べて、離水率が低く、品質の安定性が大幅に改善されることが示された。また、タンパク質を緩やかに変性・ゲル化させることにより、従来になく滑らかなペーストを形成することもできることから、果汁またはヨーグルト風味を添加してヨーグルト様の食品またはドレッシングなど粘度が高い液状食品のベースとして使用することができる。
【発明の実施の形態】
【0020】
本発明は、牛乳または豆乳などの乳に対して、0.3%〜0.6%のGDLを添加し、10〜40℃の温度で、加熱すること無く反応を継続させることによりゲルを形成させ、カード食品を製造する方法を提供する。
【実施例】
【0021】
実施例1:GDL濃度とカード食品の性状
本実施例においては、豆乳に種々の濃度のGDLを添加して、一定温度で一定時間反応させることにより製造されたカード食品の性状を明らかにすることを目的とした。
【0022】
本実施例において使用した豆乳は、大豆粉を85℃の熱水に熔解後100℃で3分間加熱、均質化して調製した全粒豆乳であり、タンパク質濃度は6.2%であった。
この豆乳を10℃に調整し、0%、0.3%、0.4%、0.5%、0.6%、0.7%、0.8%、または0.9%のGDL(扶桑化学工業)を添加し、10℃の条件下で1日間反応させた後、4℃にてさらに2日間保存した。反応開始後1日後に豆乳のゲル化の状態を確認し、反応開始後3日後にゲルからの離水状況を確認した。
【0023】
結果を以下の表に示す。
【0024】
【表1】

【0025】
この結果から、カード食品からのホエイの離水を指標として検討することにより、GDLを0.3〜0.6%の濃度範囲で添加することにより、安定した品質の(すなわち離水率が低い)カード食品を提供することができることが見いだされた。したがって、本発明の目的とする品質を保つためには、GDLを0.3〜0.6%の濃度範囲で使用することが必要であることが分かった。
【0026】
実施例2:反応温度とカード食品の性状
本実施例においては、豆乳にGDLを添加し、種々の温度で製造されたカード食品の性状を明らかにすることを目的とした。
【0027】
本実施例において使用した豆乳は、実施例1と同様に製造した豆乳であり、タンパク質濃度は6.2%であった。
この豆乳を10℃、20℃、30℃、40℃、50℃、または60℃に調整し、実施例1の結果に基づいて、0.5%のGDLを豆乳中に添加し、すべての温度において豆乳がペースト状になるまでにそれぞれどの程度の時間がかかるか、そしてその様にして形成した同程度の硬さのカード食品を4℃にて一晩静置した後の離水状況を確認した。なお、0.5%のGDLは、実施例1において適切であることが示された濃度のGDLである。
【0028】
結果を以下の表に示す。
【0029】
【表2】

【0030】
この結果から、カード食品からのホエイの離水を指標として検討することにより、GDLを添加した豆乳を、10℃〜40℃の温度範囲で反応させることにより安定した品質の(すなわち離水率が低い)カード食品を提供することができることが見いだされた。したがって、本発明の目的とする品質を保つためには、GDLによる乳のゲル化を10℃〜40℃の温度範囲で行うことが必要であることが分かった。
【0031】
実施例3:ヨーグルト様食品の製造
本実施例においては、本発明の方法により製造されたカード食品の応用を検討することを目的として行った。
【0032】
実施例1および2の結果から、本実施例においては、0.5%のGDLを添加した牛乳および豆乳を、10℃の温度で一晩反応させることにより、カード食品を製造することとした。
牛乳は、市販の牛乳から入手し、タンパク質を3.2%含有していた。この牛乳に対して0.5%のGDLを添加し、10℃の温度で一晩反応させた。
【0033】
一方、豆乳は実施例1および2において使用したものと同一であり、同様にこの豆乳に対して0.5%のGDLを添加し、10℃の温度で一晩反応させた。
牛乳および豆乳は、それぞれ2群を用意し、反応を終了してから、1群には風味付けとしてオレンジ100%果汁を15%添加し、別の1群はヨーグルト風味を添加した。
【0034】
いずれの群においても、滑らかなゲルを形成し、ヨーグルト様の食感を有するカード食品を形成することができた。また、果汁を添加しても、果汁の酸性によりカード食品のゲル化は変化を受けないことも明らかになった。さらに、これらのカード食品を保存しても、離水はほとんど生じず、品質的にも安定していることを確認できた。
【0035】
実施例4:ドレッシングベースの製造
本実施例においては、本発明の方法により製造されたカード食品の応用を検討することを目的として行った。
【0036】
実施例3の場合と同様に、0.5%のGDLを添加した豆乳を、10℃の温度で一晩反応させることにより、カード食品を製造することとした。
豆乳は実施例1および2において使用したものと同一であり、同様にこの豆乳に対して0.5%のGDLを添加し、10℃の温度で一晩反応させた。一晩の反応終了後、味付けとしてコショウなどの入ったミックス香辛料を添加し、ドレッシングを調製した。
【0037】
一晩反応を行った後のカード食品は、滑らかなゲルを形成しており、ドレッシングベースを形成することができた。また、このようにして調製したドレッシングベースの味を調整し、保存しても、離水はほとんど生じず、品質的にも安定していることを確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明の方法にしたがって、牛乳や豆乳などの乳中でGDLを緩やかにグルコン酸に変換することで、緩やかにpHを低下させ、タンパク質を緩やかに変性・ゲル化させることにより製造されるカード食品は、これまでの方法で製造されたカード食品と比べて、離水率が低く、品質の安定性が大幅に改善されることが示された。また、タンパク質を緩やかに変性・ゲル化させることにより、従来になく滑らかなペーストを形成することもできることから、果汁またはヨーグルト風味を添加してヨーグルト様の食品またはドレッシングなど粘度が高い液状食品のベースとして使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳にグルコノデルタラクトン(GDL)を添加し、10〜40℃の温度範囲にて反応させ、カードを形成させることを特徴とする、カード食品を製造する方法。
【請求項2】
乳が牛乳または豆乳である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
乳中のグルコノデルタラクトン(GDL)濃度が、0.3〜0.6%である、請求項1または2に記載の方法。

【公開番号】特開2008−263796(P2008−263796A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−107389(P2007−107389)
【出願日】平成19年4月16日(2007.4.16)
【出願人】(000141509)株式会社紀文食品 (39)
【Fターム(参考)】