説明

乳化剤及びその製造方法、並びに乳化物の製造方法

【課題】不飽和油であっても良好に乳化することが可能な糖ポリマー由来の乳化剤及びその製造方法、並びにその乳化剤を用いた乳化物の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る乳化剤は、水中に展開された糖ポリマー粒子の乳化作用を向上させる乳化作用向上工程を含む製造方法によって得ることができる。この乳化作用向上工程では、水溶性の、塩類、両親媒性物質、糖類、有機酸、及びアミノ酸から選ばれる少なくとも1種である乳化助剤の作用により、糖ポリマー粒子の乳化作用を向上させることができる。あるいは、水中に展開された糖ポリマー粒子を10℃以下の低温で保存することによっても、糖ポリマー粒子の乳化作用を向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳化剤及びその製造方法、並びに乳化物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、機能性油性基剤又は機能性顆粒を水に乳化分散させる場合には、機能性油性基剤の所要HLBや顆粒表面の性質に応じて界面活性剤を選択し、乳化分散を行っていた。また、乳化剤として用いられる界面活性剤の所要HLB値は、O/W型エマルションを作る場合とW/O型エマルションを作る場合とのそれぞれに応じて使い分ける必要があり、しかも、熱安定性や経時安定性が十分でないため、多種多様な界面活性剤を混合して用いていた(非特許文献1〜4等参照)。
【0003】
しかしながら、界面活性剤は、生分解性が低く、泡立ちの原因となるため、環境汚染等の深刻な問題となっている。また、機能性油性基剤の乳化製剤の調製法として、HLB法、転相乳化法、転相温度乳化法、ゲル乳化法等の物理化学的な乳化方法が一般に行われているが、いずれも油/水界面の界面エネルギーを低下させ、熱力学的に系を安定化させる作用をエマルション調製の基本としているため、最適な乳化剤を選択するために非常に煩雑かつ多大な労力を要し、まして、多種類の油が混在していると、安定に乳化させることは殆ど不可能であった。
【0004】
そこで、特許文献1では、自己組織能を有する両親媒性物質より形成される閉鎖小胞体やナノ粒子化されたバイオポリマーを主成分とする乳化剤、及びこの乳化剤を使用した乳化方法が提案されている。上記乳化方法は、乳化剤を油−水界面に付着させて水相−乳化剤相−油相の三相構造を形成するものであり、いわゆる三相乳化方法と呼ばれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−239666号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】“Emulsion Science” Edited by P. Sherman, Academic Press Inc. (1969)
【非特許文献2】“Microemulsions−Theory and Practice” Edited by Leon M. price, Academic Press Inc. (1977)
【非特許文献3】「乳化・可溶化の技術」 辻薦,工学図書出版(1976)
【非特許文献4】「機能性界面活性剤の開発技術」 シー・エム・シー出版(1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、本発明者らが検討したところ、特許文献1に開示された方法では、乳化剤と被乳化油性成分との組み合わせによっては良好に乳化することができないという問題点が新たに見出された。例えば、澱粉等の糖ポリマー由来の乳化剤は、飽和油に対する乳化能は良好であるものの、不飽和油に対する乳化能は顕著に劣るものであった。
ここで、糖ポリマー由来の乳化剤は、人体に対する安全性が高いことから、食品用の乳化剤としても期待されるものである。一方、動物、植物等の天然由来の油脂には不飽和油が多く含まれていることから、この不飽和油についても乳化できることは、乳化剤の適用範囲(用途)を広げる上で極めて重要である。
【0008】
本発明は、以上の実情に鑑みてなされたものであり、不飽和油であっても良好に乳化することが可能な糖ポリマー由来の乳化剤及びその製造方法、並びに乳化物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、水中に展開された糖ポリマー粒子の疎水性を向上させること等により乳化作用が向上し、不飽和油であっても良好に乳化できるようになることを見出し、本発明を完成するに至った。具体的に、本発明は以下のようなものを提供する。
【0010】
(1) 水中に展開された糖ポリマー粒子と、前記水中に溶解して該糖ポリマー粒子の乳化作用を向上させる乳化助剤とを含有する乳化剤。
【0011】
(2) 前記乳化助剤は、水溶性の、塩類、両親媒性物質、糖類、有機酸、及びアミノ酸から選ばれる少なくとも1種である(1)記載の乳化剤。
【0012】
(3) 水中に展開された前記糖ポリマー粒子は、
糖ポリマー粒子の結合体を含む顆粒を、水に分散して分散液を調製する分散工程と、
前記顆粒を膨潤し、さらに前記顆粒に由来する水素結合を可逆的条件下で切断することで、前記結合体の高次構造が緩和された緩和物を生成する緩和物生成工程と、
前記結合体内の水素結合を切断し、前記糖ポリマー粒子を水中に分離、展開する粒子展開工程とを含む方法によって得られたものである(1)又は(2)記載の乳化剤。
【0013】
(4) 水中に展開された糖ポリマー粒子の乳化作用を向上させる乳化作用向上工程を含む乳化剤の製造方法。
【0014】
(5) 前記乳化作用向上工程は、水溶性の、塩類、両親媒性物質、糖類、有機酸、及びアミノ酸から選ばれる少なくとも1種である乳化助剤の作用により、水中に展開された前記糖ポリマー粒子の乳化作用を向上させる工程である(4)記載の乳化剤の製造方法。
【0015】
(6) 前記乳化作用向上工程は、水中に展開された前記糖ポリマー粒子を10℃以下の低温で保存する工程である(4)記載の乳化剤の製造方法。
【0016】
(7) 水中に展開された前記糖ポリマー粒子は、
糖ポリマー粒子の結合体を含む顆粒を、水に分散して分散液を調製する分散工程と、
前記顆粒を膨潤し、さらに前記顆粒に由来する水素結合を可逆的条件下で切断することで、前記結合体の高次構造が緩和された緩和物を生成する緩和物生成工程と、
前記結合体内の水素結合を切断し、前記糖ポリマー粒子を水中に分離、展開する粒子展開工程とを含む方法によって得られたものである(4)から(6)いずれか記載の乳化剤の製造方法。
【0017】
(8) (1)から(3)いずれか記載の乳化剤、又は(4)から(7)いずれか記載の製造方法によって得られた乳化剤と被乳化油性成分とを混和させる乳化物の製造方法。
【0018】
(9) 前記被乳化油性成分が不飽和油である(8)記載の乳化物の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、水中に展開された糖ポリマー粒子の疎水性を向上させること等によって乳化作用を向上させることで、不飽和油であっても良好に乳化することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】0.5質量%の澱粉粒子を含む従来の乳化剤水溶液に対してNaClを添加したときのゼータ電位及び澱粉粒子の粒子径を示す図である。
【図2】水中に展開された糖ポリマー粒子を疎水化したときの変化を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態を説明するが、何ら本発明を限定するものではない。
以下では、本発明に係る乳化剤及びその製造方法、並びに乳化物の製造方法について説明する前に、本発明の背景及び原理について説明する。
【0022】
まず、前実験として、糖ポリマーの一種である馬鈴薯澱粉顆粒を用いて製造した従来の乳化剤(澱粉粒子)を用いて、種々の被乳化油性成分に対する乳化能を評価した。具体的には、0.5質量%の澱粉粒子を含む従来の乳化剤水溶液と被乳化油性成分(飽和油又は不飽和油)とを1:1の質量比で混合し、ホモジナイザーを用いて撹拌した後、その乳化状態を評価した。評価基準は、良好に乳化したものを○、乳化しなかったもの(相分離したもの)を×とした。結果を下記表1に示す。また、使用した被乳化油性成分の物性を下記表2に示す。なお、界面張力はウィルヘルミー法(25℃)で測定した。
【0023】
【表1】

【0024】
【表2】

【0025】
次に、0.5質量%の澱粉粒子を含む従来の乳化剤水溶液に対してNaClを添加したときのゼータ電位及び澱粉粒子の粒子径を図1に示す。図1から分かるように、NaClの添加量を増加させるに従って澱粉粒子は収縮し、同時にゼータ電位は−13.5mVからほぼゼロにまで増加している。
【0026】
この図1の結果と表2の界面張力の値とから、澱粉粒子の水中における状態を考察すると、次のような考察が可能になる。
(i)油−水界面張力の値から、一般に不飽和油は飽和油に比べて自己凝集力が小さい。
(ii)澱粉粒子は水和層が大きく、構造が膨潤・拡張している。
その結果、次のような現象が起こっていると考えられる。
(iii)澱粉粒子の水和層が大きく、油−粒子界面間距離が離れすぎるために、澱粉粒子は油−水界面に付着固定することができない。
(iv)澱粉粒子自体が水和で膨潤・拡張し、全体として粗の構造粒子となっているために、油−水界面への凝集力が小さい(ファンデルワールス引力が相対的に弱い)。
【0027】
本発明者らは、このような知見に基づき鋭意検討した結果、塩類、両親媒性物質、有機酸等を添加して糖ポリマー粒子の疎水性を向上させることで、糖ポリマー粒子の乳化作用が向上することを見出した。
図2(A)に模式的に示すように、水中に展開された糖ポリマー粒子aの周囲には、水和層bが形成されている。この糖ポリマー粒子aの疎水性を向上させると、図2(B)のa’のように粒子内密度が稠密化し、水和層もb’のように縮退する。その結果、油−粒子界面間距離が短くなり、糖ポリマー粒子が油−水界面に付着固定できるようになる。また、粒子内密度が稠密化することにより、ファンデルワールス引力が高まり、油−水界面への凝集力も大きくなる。これにより、不飽和油であっても良好に乳化することが可能となる。
【0028】
また、さらに検討を進めた結果、糖類、アミノ酸等のように、必ずしも糖ポリマー粒子の疎水性を向上させない物質を添加した場合にも、その原理は不明ながら、乳化作用が向上することを見出した。
本発明は、以上のような背景のもとに完成されたものである。
【0029】
<乳化剤>
本発明に係る乳化剤は、水中に展開された糖ポリマー粒子と、水中に溶解して該糖ポリマー粒子の乳化作用を向上させる乳化助剤とを含有するものである。
【0030】
糖ポリマー粒子は、澱粉、セルロース等のグルコシド構造を有するポリマーからなる粒子が、単粒子又は複数個の塊となったものである。糖ポリマーとしては、リボース、キシロース、ラムノース、フコース、グルコース、マンノース、グルクロン酸、グルコン酸等の単糖類の中からいくつかの糖を構成要素として微生物が産生するもの、キサンタンガム、アラビアゴム、グアーガム、カラヤガム、カラギーナン、ペクチン、フコイダン、クインシードガム、トラントガム、ローカストビーンガム、ガラクトマンナン、カードラン、ジェランガム、フコゲル、カゼイン、ゼラチン、澱粉、コラーゲン等の天然高分子、メチルセルロース、エチルセルロース、メチルヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、アルギン酸プロピレングリコールエステル、セルロース結晶体、澱粉・アクリル酸ナトリウムグラフト重合体、疎水化ヒドロキシプロピルメチルセルロース等の半合成高分子、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、ポリアクリル酸塩、ポリエチレンオキシド等の合成高分子等が挙げられる。これらの糖ポリマーの中でも、安全性に優れ、安価である点で澱粉が好ましい。
【0031】
水中における糖ポリマー粒子の濃度は、0.05〜1.0質量%であることが好ましい。
【0032】
乳化助剤は、糖ポリマー粒子の乳化作用を向上させることができる限りにおいて特に限定されないが、水溶性の、塩類、両親媒性物質、糖類、有機酸、及びアミノ酸から選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。塩類を添加することにより、陽イオンの作用により糖ポリマー粒子の水和層の脱水和を図り、疎水性を向上させ、その結果、乳化作用を向上させることができる。また、有機酸を添加した場合にも、糖ポリマー粒子の水和層の脱水和を図り、疎水性を向上させ、その結果、乳化作用を向上させることができる。また、両親媒性物質を添加することにより、糖ポリマー粒子に両親媒性物質が浸入するため、疎水性を向上させ、その結果、乳化作用を向上させることができる。また、糖類、アミノ酸を添加した場合にも、原理は不明であるが、糖ポリマー粒子の乳化作用を向上させることができる。
【0033】
上記塩類は、無機塩及び有機塩のいずれであってもよい。無機塩としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、塩化アンモニウム、塩素酸カリウム、塩化第一鉄、塩化第二鉄、炭酸ナトリウム等が挙げられ、有機塩としては、酢酸ナトリウム、コハク酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、グルタミン酸ナトリウム、アスパラギン酸ナトリウム等が挙げられる。これらの中でも、多価陽イオンの塩の方が1価陽イオンの塩よりも、脱水和力が大きい点で好ましい。
塩類の添加量は、特に限定されるものではないが、乳化剤中に0.01〜10質量%であることが好ましい。
【0034】
両親媒性物質としては、脂肪酸エステル、糖エステル等が挙げられる。
両親媒性物質の添加量は、特に限定されるものではないが、乳化剤中に0.1〜1.0質量%であることが好ましい。
【0035】
糖類としては、単糖類、二糖類、三糖類、四糖類等が挙げられる。単糖類としては、グルコース、ガラクトース、フルクトース、マンノース等が挙げられ、二糖類としては、スクロース、マルトース、ラクトース等が挙げられ、三糖類としては、マルトトリオース、ラフィノース等が挙げられ、四糖類としては、ニストース、ニゲロテトラオース等が挙げられる。
糖類の添加量は、特に限定されるものではないが、例えばマルトースの場合、乳化剤中に10.0質量%程度であることが好ましい。
【0036】
有機酸としては、コール酸、クエン酸、コハク酸等が挙げられる。
有機酸の添加量は、特に限定されるものではないが、乳化剤中に0.5〜10質量%であることが好ましい。
【0037】
アミノ酸としては、グルタミン酸、アスパラギン酸、グリシン、リシン、アルギニン等が挙げられる。
アミノ酸の添加量は、特に限定されるものではないが、乳化剤中に0.5〜10質量%であることが好ましい。
【0038】
また、上記で列挙した乳化助剤以外に、非電解質のアルコール、グリコールを用いてもよい。
【0039】
<乳化剤の製造方法>
本発明に係る乳化剤の製造方法は、水中に展開された糖ポリマー粒子の乳化作用を向上させる乳化作用向上工程を含むものである。
【0040】
この乳化作用向上工程では、上述した乳化助剤の作用により、水中に展開された糖ポリマー粒子の乳化作用を向上させることができる。具体的には、水中に展開された糖ポリマー粒子に対して、上述した乳化助剤を添加することにより、糖ポリマー粒子の乳化作用を向上させることができる。あるいは、水中に乳化助剤を予め溶解しておき、この溶液に糖ポリマー粒子を展開することによっても、糖ポリマー粒子の乳化作用を向上させることができる。乳化助剤としては、上述したとおり、水溶性の、塩類、両親媒性物質、糖類、有機酸、及びアミノ酸から選ばれる少なくとも1種が挙げられる。
【0041】
また、乳化作用向上工程では、水中に展開された糖ポリマー粒子を10℃以下の低温で保存するようにしてもよい。この場合にも、いわゆる老化現象により、糖ポリマー粒子の水和層が脱水和され、乳化作用が向上する。保存温度は3.0〜7.0℃が好ましく、4.0〜5.0℃がより好ましい。保存期間は、糖ポリマー粒子の水和層が脱水和され、乳化作用が向上する限りにおいて特に限定されないが、通常は3〜7日間程度である。
【0042】
<水中に展開された糖ポリマー粒子を得る方法>
以上の説明における、水中に展開された糖ポリマー粒子は、従来、乳化剤として知られている糖ポリマー粒子と同様の方法で得ることができる。ただし、糖ポリマー粒子の径のばらつきを抑制できる観点から、以下の製造方法で得ることが好ましい。
この製造方法は、糖ポリマー粒子の結合体を含む顆粒を、水に分散して分散液を調製する分散工程と、上記顆粒を膨潤し、さらに上記顆粒に由来する水素結合を可逆的条件下で切断することで、上記結合体の高次構造が緩和された緩和物を生成する緩和物生成工程と、上記結合体内の水素結合を切断し、上記糖ポリマー粒子を水中に分離、展開する粒子展開工程とを少なくとも含むものである。以下、各工程の詳細を説明する。
【0043】
(分散工程)
分散工程では、糖ポリマー粒子の結合体を含む顆粒を、水に分散して分散液を調製する。顆粒の凝集体が残留すると以後の膨潤等の工程の効率が悪化するため、顆粒を水に分散することで、顆粒の凝集体をなくす、あるいはその量を減らす。なお、分散に用いる水は、上述した乳化助剤が予め溶解されているものであってもよい。
【0044】
分散は、用いる糖ポリマーに応じ常法に沿って行えばよく、例えば、澱粉等の場合には、常温水に十分に分散する一方、キタンサンガム等の場合には、熱水に添加することが一般的である。
【0045】
なお、分散液における顆粒の量は、操作性及び量産化の要請を考慮して適宜設定してよい。すなわち、顆粒の量が過大であると、顆粒膨潤後の高粘性化によって撹拌等の操作が困難になりやすい一方、過小であると、量産の面で不都合である。したがって、顆粒の量は、これらの事情を考慮し、用いる重縮合ポリマーに応じて適宜設定してよく、通常は1質量%以下程度である。
【0046】
(緩和物生成工程)
緩和物生成工程では、顆粒を膨潤し、さらに顆粒に由来する水素結合を可逆的条件下で切断することで、結合体の高次構造が緩和された緩和物を生成する。これにより、高次構造が緩和され、糖ポリマー粒子を分離しやすい状況が整いつつ、水素結合を回復させることで、糖ポリマー粒子の乳化機能を維持できる。
【0047】
顆粒を膨潤することで、糖ポリマー粒子が水和し、水素結合の切断等の作用を効率的に与えることができる。顆粒の膨潤は、通常、顆粒の透明化、分散液の粘度の上昇等によって確認できる。なお、膨潤は、用いる糖ポリマーに応じ常法に沿って行えばよい。
【0048】
水素結合の可逆的条件下での切断は、水素結合が回復し得るような穏和な条件での切断である。結合体において相対的に切断されやすいのは、順に、高次構造を形成する水素結合、粒子間の水素結合、粒子内の結合、糖ポリマー内の結合であると考えられる。このように穏和な条件で水素結合を切断することにより、糖ポリマー内の結合の切断は回避され、糖ポリマー粒子の乳化機能を維持できる。なお、水素結合の切断は、分散液の粘度の下降、顕微鏡による結合体の高次構造の緩和の観察等によって、確認することができる。
【0049】
水素結合の切断は、加熱、撹拌等の物理的処理、及び/又は製剤(例えば、尿素、チオ尿素)処理等の化学的処理により行うことができる。水素結合の切断が可逆的となるように、加熱温度、撹拌速度、製剤添加量、処理時間等を調節する。具体的な条件は、用いる糖ポリマーに応じ適宜設定してよいが、例えば70〜90℃、好ましくは約80℃で、20〜40分間、好ましくは30分間程度に亘り、穏やかに撹拌すればよい。なお、水素結合の切断が可逆的であったことは、温度変化に応じた粘度の可逆的変化によって確認することができる。
【0050】
(第1回復工程)
この製造方法は、切断された水素結合を部分的に回復させる第1回復工程を有することが好ましい。これにより、粒子間の水素結合が回復するため、後述の粒子分離工程における粒子同士の水素結合の切断分布が一様化し、得られる粒子の径のばらつきを抑制できる。また、粒子内の水素結合も回復するため、粒子の乳化特性が損なわれることを予防できる。
【0051】
第1回復工程における回復は、非処理条件(例えば、常温、非撹拌、化学製剤非存在下)の下、数時間に亘り放置することで行うことができる。水素結合の回復は、温度変化に応じた粘度の可逆的変化によって確認することができる。
【0052】
(粒子展開工程)
粒子展開工程では、結合体内の水素結合を切断し、糖ポリマー粒子を水中に分離、展開する。粒子間の水素結合が回復されているため、切断される水素結合の分布が略均質になり、結果的に分離、展開される糖ポリマー粒子の径のばらつきが抑制される。なお、糖ポリマー粒子の分離、展開は、糖ポリマー粒子が1個ずつ単離されることに限らず、数個の糖ポリマー粒子の塊として分離、展開されることも包含する。
【0053】
粒子展開工程における水素結合の切断は、糖ポリマー内の共有結合を実質的に切断しない条件である限りにおいて特に限定されず、典型的には上述の緩和物生成工程における水素結合の切断と同様であってよい。つまり、水素結合の切断は、加熱、撹拌等の物理的処理、及び/又は製剤(例えば、尿素、チオ尿素)処理等の化学的処理により行うことができる。糖ポリマー内の共有結合が切断されないように、加熱温度、撹拌速度、製剤添加量、処理時間等を調節する。具体的な条件は、用いる糖ポリマーに応じ適宜設定してよいが、例えば70〜90℃、好ましくは約80℃で、20〜40分間、好ましくは30分間程度に亘り、穏やかに撹拌すればよい。
【0054】
このような水素結合の切断は、粒度分布測定装置FPAR(大塚電子(株)社製)で測定される粒径が50〜800nmの範囲である糖ポリマー粒子(単粒子又は複数個の塊)が所望の収率で得られるまで行ってよい。このような粒径の糖ポリマー粒子は、優れた乳化機能を呈することが分かっている(例えば、特開2006−239666号公報)。ただし、水素結合の切断を過剰に行うと、糖ポリマー粒子内の結合に悪影響を及ぼす虞がある点を考慮すべきである。
【0055】
(第2回復工程)
この製造方法は、切断された水素結合を部分的に回復させる第2回復工程をさらに有することが好ましい。これにより、糖ポリマー粒子内の水素結合が回復し、本来の乳化機能を回復できる。
【0056】
第2回復工程における回復は、特に限定されず、典型的には上述の第1回復工程と同様であってよい。つまり、非処理条件(例えば、常温、非撹拌、化学製剤非存在下)の下、数時間に亘り放置することで行うことができる。水素結合の回復は、温度変化に応じた粘度の可逆的変化によって確認することができる。
【0057】
<乳化物の製造方法>
本発明に係る乳化物の製造方法は、上述した乳化剤、又は上述した製造方法によって得られた乳化剤と被乳化油性成分とを混和させるものである。
【0058】
上述した乳化剤、又は上述した製造方法によって得られた乳化剤は、乳化助剤の作用により、又はいわゆる老化現象により、糖ポリマー粒子の乳化作用が向上している。
したがって、この乳化剤に、水相に分配される物質を適宜添加し又は添加せずに、被乳化油性成分と混和することで、油相と水相とが良好に分散したエマルションを得ることができる。
【0059】
本発明に係る乳化物の製造方法において、乳化対象となる被乳化油性成分は、特に限定されず、軽油、A重油、C重油、タール、バイオディーゼル燃料、再生重油、廃食油、化粧用油、食用油、工業用油剤(例えばシリコン油、灯油)等の種々の油が挙げられる。これらの中でも、本発明で用いられる糖ポリマー粒子は安全性により優れるため、経口投与組成物(例えば飲食品、経口投与製剤)、外用剤、化粧品、農薬等の生体に使用されるものの乳化に適用することが好ましい。特に、動物、植物等の天然由来の油脂には不飽和油が多く含まれているが、本発明によれば、このような不飽和油についても乳化することができる点で有用である。
【0060】
なお、上述した乳化物の製造方法では、被乳化油性成分と混和する前に予め糖ポリマー粒子の乳化作用を向上させているが、被乳化油性成分と混和した後で糖ポリマー粒子の乳化作用を向上させるようにしても構わない。例えば、水中に展開された糖ポリマー粒子と被乳化油性成分とを混和した後、上述した乳化助剤を添加し、強撹拌しても、糖ポリマー粒子の乳化作用を向上させることができる。
【実施例】
【0061】
<実施例1:乳化助剤の添加効果の確認(1)>
馬鈴薯澱粉顆粒を、1質量%の濃度となるように水に添加し、水を撹拌することで分散させ、分散液を調製した。この分散液を撹拌しながら80℃に加熱し、白色のデンプン顆粒が透明になるまで撹拌を続け、顆粒を膨潤させた。この膨潤化の過程で分散液の粘度は上昇した。
【0062】
その後、80℃で30分間に亘り撹拌を続けた後、室温で一晩静置した。なお、この加熱の間に、分散液の粘性は低下した。
【0063】
次に、静置後の液を、澱粉粒子の濃度が0.5質量%になるよう水で希釈し、希釈液を撹拌しながら80℃に加熱し、80℃で30分間に亘り撹拌を続けた。その後、液を室温まで放冷した。なお、この液について、粒度分布測定装置FPAR(大塚電子(株)社製)を用いて粒度分布を測定したところ、粒径70〜200nmの範囲にピークが確認された。
【0064】
このようにして調製された澱粉粒子水溶液に対して下記表3〜5に示す濃度となるように乳化助剤を添加した後、被乳化油性成分であるスクワレンと混合した。スクワレンの濃度は50質量%に固定した。乳化助剤としては、塩類(NaCl、CaCl)、糖類(マルトース)、両親媒性物質(糖エステル;三菱フードケミカル社製、SE−14)を用いた。
そして、得られた溶液をホモジナイザーを用いて撹拌した後、乳化状態を評価した。評価基準は、室温で24時間以上安定に乳化したものを○、相分離したものを×とした。結果を下記表3〜5に示す。
【0065】
【表3】

【表4】

【表5】

【0066】
表3〜5に示されるように、乳化助剤として、塩類(NaCl、CaCl)、糖類(マルトース)、両親媒性物質(糖エステル;三菱フードケミカル社製、SE−14)のいずれを用いた場合にも、スクワレンを24時間以上安定に乳化することができた。特に、CaClはNaClの1/10の濃度で良好な乳化能を示した。これは、2価のカルシウムイオンの方が1価のナトリウムイオンよりも脱水和力が大きく、より低濃度で、澱粉粒子のゼータ電位をゼロに近付くように作用するためと考えられる。
【0067】
<実施例2:乳化助剤の添加効果の確認(2)>
上記実施例1と同様にして調製した49.5質量部の澱粉粒子水溶液に対して0.5質量部の乳化助剤を添加した後、被乳化油性成分である50質量部のスクワレンと混合した。乳化助剤としては、有機酸塩(クエン酸ナトリウム、グルタミン酸ナトリウム)、有機酸(アスコルビン酸、コール酸、クエン酸、コハク酸)、アミノ酸(グルタミン酸、グリシン、リシン、アルギニン)を用いた。これらの乳化助剤はいずれも和光純薬社製である。
得られた溶液をホモジナイザーを用いて撹拌した後、乳化状態を評価したところ、いずれの乳化助剤を用いた場合にも24時間以上安定に乳化した。
【0068】
<実施例3:低温保存による乳化作用向上効果の確認>
上記実施例1と同様にして調製した澱粉粒子水溶液を、5℃で所定期間保存し、澱粉粒子の老化を促した。そして、所定期間経過後の澱粉粒子水溶液と被乳化油性成分であるスクワレンとを1:1の質量比で混合し、ホモジナイザーを用いて撹拌した後、乳化状態を評価した。評価基準は、24時間以上安定に乳化したものを○、相分離したものを×とした。結果を下記表6に示す。
【0069】
【表6】

【0070】
図6に示されるように、澱粉粒子水溶液を5℃で3〜7日間に亘って保存した場合には、スクワレンを24時間以上安定に乳化することができた。なお、25℃で1日間保存した場合の澱粉粒子の平均粒子径を測定したところ150nmであったが、5℃で1日間保存した場合の澱粉粒子の平均粒子径は100nmとなっており、低温保存により粒子径は明らかに縮径していた。これは、澱粉粒子の老化による疎水化によるものと考えられる。
【0071】
<実施例4:他の被乳化油性成分に対する乳化能の確認>
上記実施例1と同様にして調製した49.5質量部の澱粉粒子水溶液に対して0.5質量部のNaClを添加した後、被乳化油性成分である50質量部の菜種油又はオリーブ油と混合した。
得られた溶液をホモジナイザーを用いて撹拌した後、25℃で一昼夜放置後における乳化状態を評価したところ、菜種油及びオリーブ油のいずれについても安定に乳化することができた。
【0072】
<実施例5:他の糖ポリマー粒子による乳化能の確認>
糖ポリマーとして馬鈴薯澱粉の代わりにカラギーナン又はキサンタンガムを用いたほかは、上記実施例1と同様にして、0.5質量%のカラギーナン粒子水溶液及び0.3質量%のキサンタンガム粒子水溶液を調製した。
そして、49.5質量部の糖ポリマー粒子水溶液(カラギーナン粒子水溶液又はキサンタンガム粒子水溶液)に対して0.5質量部のNaClを添加した後、被乳化油性成分である50質量部のスクワレンと混合した。
得られた溶液をホモジナイザーを用いて撹拌した後、乳化状態を評価したところ、糖ポリマーとしてカラギーナン及びキサンタンガムのいずれを用いた場合にも、スクワレンを24時間以上安定に乳化することができた。
【符号の説明】
【0073】
a,a’ 糖ポリマー粒子
b,b’ 水和層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水中に展開された糖ポリマー粒子と、前記水中に溶解して該糖ポリマー粒子の乳化作用を向上させる乳化助剤とを含有する乳化剤。
【請求項2】
前記乳化助剤は、水溶性の、塩類、両親媒性物質、糖類、有機酸、及びアミノ酸から選ばれる少なくとも1種である請求項1記載の乳化剤。
【請求項3】
水中に展開された前記糖ポリマー粒子は、
糖ポリマー粒子の結合体を含む顆粒を、水に分散して分散液を調製する分散工程と、
前記顆粒を膨潤し、さらに前記顆粒に由来する水素結合を可逆的条件下で切断することで、前記結合体の高次構造が緩和された緩和物を生成する緩和物生成工程と、
前記結合体内の水素結合を切断し、前記糖ポリマー粒子を水中に分離、展開する粒子展開工程とを含む方法によって得られたものである請求項1又は2記載の乳化剤。
【請求項4】
水中に展開された糖ポリマー粒子の乳化作用を向上させる乳化作用向上工程を含む乳化剤の製造方法。
【請求項5】
前記乳化作用向上工程は、水溶性の、塩類、両親媒性物質、糖類、有機酸、及びアミノ酸から選ばれる少なくとも1種である乳化助剤の作用により、水中に展開された前記糖ポリマー粒子の乳化作用を向上させる工程である請求項4記載の乳化剤の製造方法。
【請求項6】
前記乳化作用向上工程は、水中に展開された前記糖ポリマー粒子を10℃以下の低温で保存する工程である請求項4記載の乳化剤の製造方法。
【請求項7】
水中に展開された前記糖ポリマー粒子は、
糖ポリマー粒子の結合体を含む顆粒を、水に分散して分散液を調製する分散工程と、
前記顆粒を膨潤し、さらに前記顆粒に由来する水素結合を可逆的条件下で切断することで、前記結合体の高次構造が緩和された緩和物を生成する緩和物生成工程と、
前記結合体内の水素結合を切断し、前記糖ポリマー粒子を水中に分離、展開する粒子展開工程とを含む方法によって得られたものである請求項4から6いずれか記載の乳化剤の製造方法。
【請求項8】
請求項1から3いずれか記載の乳化剤、又は請求項4から7いずれか記載の製造方法によって得られた乳化剤と被乳化油性成分とを混和させる乳化物の製造方法。
【請求項9】
前記被乳化油性成分が不飽和油である請求項8記載の乳化物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−61385(P2012−61385A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−205661(P2010−205661)
【出願日】平成22年9月14日(2010.9.14)
【出願人】(592218300)学校法人神奈川大学 (243)
【Fターム(参考)】