説明

乳化油脂組成物

【課題】パン生地の発酵時や焼成後のボリュームを向上させ、生地伸展性や機械耐性が良く、焼成後のパンの食感向上、老化防止を図ることができ、特に、アンパンやジャムパン等の包餡パン類に好適な乳化油脂組成物を提供する。
【解決手段】次の成分(A)及び(B)を含有し、(B)/(A)(質量比)が1.5〜4である乳化油脂組成物。
(A):トリアシルグリセロール5〜55質量%、ジアシルグリセロール5〜50質量%、有機酸モノアシルグリセロール2.5〜40質量%、モノアシルグリセロール(有機酸モノアシルグリセロールを除く)10〜50質量%、プロピレングリコール脂肪酸エステル1〜10質量%及びリン脂質1.2〜18質量%を含有する油相
(B):糖類39〜70質量%、水20〜60質量%及びHLB11以上の乳化剤1〜10質量%を含有する水相

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パン類等のベーカリー製品改良用の乳化油脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
通常、パンの製造工程は、仕込み−混捏−発酵−ベンチ−成型−ホイロ−焼成等から構成されており、焼成後のパンの品質は、発酵、成型工程での生地物性や品質に大きく左右される。また、焼成後においては、パンの品質は経時的に変化が少ないことも求められている。
パン市場においては、その製造規模は家内的な小規模のものから広域販売を目的とする大量生産規模まで大小様々であるが、市場の流通量から大量生産方式が大きな比重を占めている。大量生産方式においては、製造工程中の機械的負荷が大きいため、特に前記成型工程において生地の損傷が起こりやすい。また、流通過程を経るために品質に経時変化が生じ易い。
これら問題点を改善するために、機械耐性の良いパン生地を調製するための生地改良剤が使用され、流通過程の品質維持のために老化防止剤などの改良剤が使用されている。
【0003】
製パン用の生地改良剤としては、モノアシルグリセロール、コハク酸モノアシルグリセロール又はジアセチル酒石酸モノアシルグリセロール等の有機酸モノアシルグリセロール、ステアロイル乳酸カルシウム又はレシチン等の乳化剤が広く使用されている。その中でもモノアシルグリセロールは、小麦粉の損傷澱粉と複合体を形成し、その結果、パン生地の粘着性を抑制し、機械への付着を少なくするばかりでなく、焼成後のパンの澱粉の老化を防止し、パンの保存性を向上するという効果がある。そのため、製パン用の改良剤の主要成分として広く使用されている(非特許文献1)。
【0004】
また、コハク酸モノアシルグリセロールやジアセチル酒石酸モノアシルグリセロール等の有機酸モノアシルグリセロールは、小麦粉中のグルテンに作用し、グルテンネットワークが緻密になり、生地の伸展性が向上するという効果がある。そのため、大量生産するために機械化された製パン用の改良剤の主要成分として使用されている(特許文献1)。
【0005】
また、モノアシルグリセロールや有機酸モノアシルグリセロールの製剤としての使い易さや効果を向上させるために粉末化したり(特許文献2、3)、水中油型エマルションとしたり(特許文献4、5)、油中水型エマルションとしたり(特許文献6)する技術が用いられている。
更に、モノアシルグリセロールや有機酸モノアシルグリセロールの効果を向上させるため、液晶状態の製剤とした技術もある(特許文献7〜9)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7−79687号公報
【特許文献2】特開昭58−158144号公報
【特許文献3】特開2002−112692号公報
【特許文献4】特開昭63−7744号公報
【特許文献5】特開昭59−25644号公報
【特許文献6】特開昭60−186248号公報
【特許文献7】特開平2−124052号公報
【特許文献8】特開平4−197130号公報
【特許文献9】特開平5−236919号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】食品用乳化剤 基礎と応用、223〜231頁、光琳、1997年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来、モノアシルグリセロール又は有機酸モノアシルグリセロールは、老化防止、生地伸展性などの性能向上のために添加されているが、本発明者らは、モノアシルグリセロールと有機酸モノアシルグリセロールを併用して乳化物製剤とした場合、モノアシルグリセロールが結晶化してしまうことにより、パン生地の発酵時や焼成後にボリュームが低下するなどの性能低下が生じる場合があることを見出した。
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために検討を行った結果、トリアシルグリセロール、ジアシルグリセロール、モノアシルグリセロール、有機酸モノアシルグリセロール、プロピレングリコール脂肪酸エステル及びリン脂質を特定量含有する油相と、糖を特定量含有する水相を特定比で組み合わせて乳化油脂組成物とし、これをパン生地に配合することにより、パン生地の発酵時や焼成後にボリュームが向上し、生地伸展性や機械耐性が良く、焼成後のパンの食感向上、老化防止を図ることができることを見出した。特に、アンパンやジャムパン等の包餡パン類に使用すると、包餡時の生地伸展性を向上させ、またホイロ時から腰高となり、包餡された具材の水分が移行しても食感低下を抑制し、従来に比べて極めて高いレベルで達成できることを見出した。
【課題を解決するための手段】
【0010】
即ち、本発明は、次の成分(A)及び(B)を含有し、(B)/(A)(質量比)が1.5〜4である乳化油脂組成物を提供するものである。
(A):トリアシルグリセロール5〜55質量%、ジアシルグリセロール5〜50質量%、有機酸モノアシルグリセロール2.5〜40質量%、モノアシルグリセロール(有機酸モノアシルグリセロールを除く)10〜50質量%、プロピレングリコール脂肪酸エステル1〜10質量%及びリン脂質1.2〜18質量%を含有する油相
(B):糖類39〜70質量%、水20〜60質量%及びHLB11以上の乳化剤1〜10質量%を含有する水相
【発明の効果】
【0011】
本発明の乳化油脂組成物を使用することにより、パン生地の発酵時や焼成後にボリュームが向上し、生地伸展性や機械耐性が良く、焼成後のパンの食感向上、老化防止を図ることができる。特にアンパンやジャムパン等の包餡パン類に使用すると、包餡時の生地伸展性を向上させ、またホイロ時から腰高となり、包餡された具材の水分が移行しても食感低下を抑制することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明において使用するトリアシルグリセロール(以下「TAG」と記載する)は特に制限されないが、例えば、大豆油、ナタネ油、オリーブ油、サフラワー油、コーン油、綿実油等の植物油を用いることが風味の点から好ましい。また、TAGは、上昇融点が5℃以下のものを用いることが乳化安定性の点から好ましい。
油相中のTAGの含有量は5〜55質量%(以下、単に「%」と記載する)であり、更に10〜50%、特に15〜45%、殊更20〜40%であることが、乳化安定性の点から好ましい。
【0013】
本発明の態様において、ジアシルグリセロール(以下「DAG」と記載する)を構成する脂肪酸のうち、不飽和脂肪酸の含有量は90%以上であることが好ましいが、更に93〜100%、特に93〜98%、殊更94〜98%であるのが、口溶け感の良さ、しっとり感の向上、油脂の工業的生産性の点で好ましい。該不飽和脂肪酸の炭素数は14〜24であるのが好ましく、更に16〜22であるのが、工業的生産性の点で好ましい。
DAGを構成する脂肪酸のうち、オレイン酸の含有量は20〜65%、好ましくは25〜60%、特に30〜50%、殊更30〜45%であるのが風味、酸化安定性、油脂の工業的生産性の点で好ましい。更に同様の点から、オレイン−オレインDAG含有量は、45%未満、特に0〜40%が好ましい。
【0014】
本発明の態様において、DAGを構成する脂肪酸のうちリノール酸の含有量は15〜65%、更に20〜60%、特に30〜55%、殊更35〜50%であるのが風味、酸化安定性、生理機能への観点の点で好ましい。更に、酸化安定性、混和性、保型性の点から、リノール酸/オレイン酸の含有重量比が0.01〜2、好ましくは0.1〜1.8、特に0.3〜1.7であることが好ましい。特に、健康への影響を考慮すると、リノール酸/オレイン酸の含有重量比は2以下、必須脂肪酸摂取の点から、0.01以上であることが好ましい。
【0015】
本発明の態様において、DAGを構成する脂肪酸のうちリノレン酸の含有量は15%未満、更に0〜13%、特に1〜10%、殊更2〜9%であるのが風味、酸化安定性、生理効果の点で好ましい。リノレン酸には、異性体としてα−リノレン酸とγ−リノレン酸が知られているが、生理効果の点でα−リノレン酸が好ましい。
【0016】
本発明の態様において、DAGを構成する脂肪酸のうち、飽和脂肪酸の含有量は0〜10%であるのが好ましいが、更に0〜7%、特に2〜7%、殊更2〜6%であるのが風味、酸化安定性、口溶け、油脂の工業的生産性の点で好ましい。飽和脂肪酸としては、炭素数14〜24、特に16〜22のものが好ましく、パルミチン酸、ステアリン酸が最も好ましい。
DAGを構成する脂肪酸中、炭素数12以下の脂肪酸の含有量は、風味の点で5%以下であるのが好ましく、更に0〜2%、特に0〜1%、実質的に含まないのが最も好ましい。残余の構成脂肪酸は炭素数14〜24、特に16〜22であるのが好ましい。
【0017】
本発明の態様において、風味、油脂の工業的生産性の点から、DAG中の1,3−DAGの割合が50%以上、更に52〜100%、特に54〜90%、殊更56〜80%であるDAGを用いるのが好ましい。
DAG中の1,2(2,3)−DAGの割合は、30%以下であるのが好ましく、更に0〜25%、特に5〜25%、殊更10〜20%であるのが、風味、生理効果、油脂の工業的生産性の点から好ましい。なお、DAGは、本発明においてはDAG高含有油脂として使用することが、工業的生産性の点から好ましい。
【0018】
DAG高含有油脂は、構成脂肪酸中に不飽和脂肪酸残基を多く含む油脂、例えば、菜種油、大豆油、ひまわり油、サフラワー油、オリーブ油、綿実油、コーン油、パーム油等の植物性油脂、あるいはラード、牛脂、バター等の動物性油脂を原料として製造することが好ましい。具体的には、これら油脂を分別、混合、エステル交換等の方法により所望する脂肪酸組成となるよう調整し、次いで、油脂とグリセリンを混合して触媒存在下でエステル交換反応する方法、又は上記油脂を予め常法により加水分解し、得られた脂肪酸を常法によりウィンタリング、分別、蒸留等の操作により飽和脂肪酸を低減した後、グリセリンを混合して触媒存在下でエステル化反応する方法等によって得ることができるが、後者の方法によることが飽和脂肪酸低減の点から好ましい。後者の方法におけるエステル化反応は、1,3位選択的リパーゼ等を用いて酵素的に穏和な条件で行うことが風味等の点で優れており、好ましい。このようにして製造されたDAG高含有油脂中のDAG含量は、70〜90更に75〜90%、特に80〜90%であることが好ましい。その他の成分としては、TAG、モノアシルグリセロール(以下「MAG」と記載する)等を含んでいても良い。DAG高含有油脂中のTAG含量は10〜28%、更に10〜23.5%、特に10〜19%であることが好ましい。
【0019】
本発明の態様において、DAGを構成する脂肪酸のうち、トランス型不飽和脂肪酸の含有量は0〜5%であるのが好ましく、更に0.1〜4.5%、特に0.2〜4.1%、殊更0.5〜3.5%であるのが風味、生理効果、油脂の工業的生産性の点で好ましい。
油相中のDAG含量は5〜50%であるが、更に6〜45%、特に8〜40%、殊更11〜38%であることが、本発明の乳化油脂組成物の乳化安定性、結晶化抑制に寄与し、その結果パン生地の発酵時や焼成後にボリュームが向上し、生地伸展性や機械耐性が良く、焼成後のパンの食感向上、老化防止を図ることができ、特に、アンパンやジャムパン等の包餡パン類への使用に際し、包餡時の生地伸展性を向上させ、またホイロ時の腰高感の発現や、包餡された具材の水分移行による食感低下の抑制が可能となる点から好ましい。
なお、DAGはグリセリン骨格に2つのアシル基を有する点で後述する有機酸MAGと同じであるが、本願発明でいうDAGは、構成脂肪酸として有機酸MAGにおいて例示した「有機酸」を含まないものであり、両者は明確に区別されるものである。
【0020】
本発明で用いる有機酸モノアシルグリセロールは、モノアシルグリセロール(グリセリン脂肪酸モノエステル、以下「MAG」と記載する)の−OH基の1つを有機酸でエステル化した化合物である。なお、本願発明の有機酸MAGでいう「有機酸」とは、例えば、酢酸、酪酸、プロピオン酸等の低級脂肪酸で構成されるモノカルボン酸;シュウ酸、コハク酸等の脂肪族飽和ジカルボン酸;マレイン酸、フマル酸等の脂肪族不飽和ジカルボン酸;乳酸、りんご酸、酒石酸、ジアセチル酒石酸、クエン酸等のオキソ酸;及びグリシン、アスパラギン酸等のアミノ酸を挙げることができる。本発明においては、上記有機酸は、炭素数10以下(更に好ましくは、炭素数4〜8)のものであることが好ましい。具体的には、クエン酸、コハク酸、酒石酸、及びジアセチル酒石酸が好ましい。特に、クエン酸、コハク酸、ジアセチル酒石酸が好ましい。また、有機酸MAGは、工業的生産性の点から、製剤中の結合している有機酸含有量が5〜50%、更に10〜45%、特に14〜40%のものを使用することが好ましい。油相中に有機酸MAGを含有させて製造した本発明の乳化油脂組成物をパン製造時に使用することにより、機械耐性や伸展性が向上し、機械的シェアを原因とする変質を顕著に抑制する。また、有機酸MAG中の有機酸以外のアシル基を構成する脂肪酸としては、炭素数14〜22の飽和脂肪酸が好ましい。炭素数14〜22の飽和脂肪酸としては、例えば、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキジン酸、ベヘン酸が挙げられる。これらの脂肪酸は、一種で構成されていても良いし、二種以上が混合されていても良い。
有機酸MAGは、有機酸でエステル化していないMAGと比べ、乳化性やパン生地への作用が全く異なるものであり、各々別の乳化剤として把握されるものである。
油相中の有機酸MAGの含量は2.5〜40%であり、更に2.5〜30%、特に2.5〜20%、殊更2.5〜10%であることが、生地伸展性や機械耐性を良くする点、焼成後のパンの食感向上、老化防止の点から好ましい。
【0021】
本発明で使用するMAGは、グリセリンと脂肪酸のモノエステルであり、更に有機酸がエステル結合した前記「有機酸MAG」を除いたものである。また、脂肪酸は飽和のものを用いることが乳化安定性の点から好ましい。MAG中の脂肪酸が結合する位置は、α、β−位のいずれでもよく、好ましくはα位に飽和脂肪酸が結合しているものを用いるのがよい。更に、MAGの全脂肪酸残基に対して、炭素数14〜22の鎖長の飽和脂肪酸残基が60%以上であることが好ましく、更に90%以上であることが、焼成後のパンの食感向上、老化防止の点から好ましい。
炭素数14〜22の飽和脂肪酸としては、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキジン酸、ベヘン酸等の飽和脂肪酸が挙げられる。これらの脂肪酸は、単一で構成されていても良いが、2種以上の混合系で構成されていてもよい。
油相中のMAGの含量は10〜50%であり、更に10〜45%、特に12〜40%、殊更15〜35%であることが、乳化安定性、焼成後のパンの食感向上、老化防止の点から好ましい。
本発明で使用するMAG(有機酸MAGを除く)及び有機酸MAGの合計中の、有機酸MAGに結合した有機酸の割合は、アンパンやジャムパン等の包餡パン類の包餡時の生地物性の向上や、ホイロ時の腰高感の点から3〜30%、更に6〜27%、特に8〜25%であることが好ましい。
【0022】
本発明で使用するプロピレングリコール脂肪酸エステルは、プロピレングリコールと脂肪酸のエステルである。プロピレングリコール中の脂肪酸が結合する位置は、α、β−位のいずれでもよく、好ましくはα位に飽和脂肪酸が結合しているものを用いるのがよい。また、プロピレングリコール脂肪酸エステルの構成脂肪酸は飽和のものを用いることが乳化油脂の安定性の点から好ましい。具体的には、全脂肪酸残基中、炭素数14〜22の鎖長を有する飽和脂肪酸残基が60%以上であることが好ましく、更に90%以上であることが、焼成後のパンの食感向上、老化防止の点から好ましい。
炭素数14〜22の飽和脂肪酸としては、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキジン酸、ベヘン酸等の飽和脂肪酸が挙げられる。これらの脂肪酸は、単一で構成されていても良いが、2種以上の混合系で構成されていてもよい。
油相中のプロピレングリコール脂肪酸エステルの含量は1〜10%であり、更に1〜9%、特に1〜8%、殊更2〜7%であることが、乳化安定性、焼成後のパンの食感向上、老化防止の点から好ましい。
【0023】
本発明に用いるリン脂質としては、フォスファチジルコリン、フォスファチジルエタノールアミン、フォスファチジルイノシトール、フォスファチジン酸等、並びにこれらを酵素処理したもの等が挙げられ、これらから選択される1種また2種以上を用いることができる。例えば、前記リン脂質を含むものとしてレシチンを用いることが好ましく、代表的なものとして、植物由来の大豆レシチン、動物由来の卵黄レシチンが該当する。
リン脂質の含量は、油相中1.2〜18%であるが、更に1.2〜15%、特に1.5〜12%、殊更1.5〜10%であることが、本発明の乳化油脂組成物の乳化安定性、結晶化抑制に寄与し、その結果パン生地の発酵時や焼成後にボリュームが向上し、生地伸展性や機械耐性が良く、焼成後のパンの食感向上、老化防止を図ることができる点から好ましい。特に、アンパンやジャムパン等の包餡パン類に使用すると、包餡時の生地伸展性を向上させ、またホイロ時から腰高となり、包餡された具材中の水分が生地へ移行しても食感低下を抑制する効果がある。
【0024】
本発明の乳化油脂組成物の(A)油相は、前記の通り、TAG5〜55%、DAG5〜50%、有機酸MAG2.5〜40%、MAG10〜50%、プロピレングリコール脂肪酸エステル1〜10%及びリン脂質1.2〜18%を含有するが、乳化安定性、結晶化抑制の点から、成分(A)中の(A1)DAG、(A2)有機酸MAG及び(A3)MAG(有機酸MAGを除く)の質量比が、{(A2)+(A3)}/(A1)=0.4〜3.6であることが好ましく、更に当該質量比が0.6〜3.4、特に0.7〜3.2、殊更0.8〜3であることが好ましい。
【0025】
また、乳化安定性、結晶化抑制の点から、前記(A1)〜(A3)及び(A4)リン脂質の質量比が、{(A1)+(A2)+(A3)}/(A4)=4〜30であることが好ましく、更に当該質量比が4〜27、特に4〜24、殊更5〜21であることが好ましい。
【0026】
また、アンパンやジャムパン等の包餡パン類に使用した場合の生地伸展性を向上や、ホイロ時の腰高感の発現、包餡された具材の水分が移行しても食感低下を抑制する点から、質量比で(A2)/(A3)=0.02〜0.4であることが好ましく、更に0.07〜0.38、特に0.1〜0.36、殊更0.15〜0.35であることが好ましい。
【0027】
本発明の乳化油脂組成物において、水相は、糖類、水及びHLB11以上の乳化剤を含有する。本発明に用いられる糖類は、グルコース、マルトース、フラクトース、シュークロース、ラクトース、トレハロース、マルトトリオース、マルトテトラオース、ソルビトール、キシリトール、エリスリトール、マルチトール等の単糖類、二糖類、三糖類、四糖類、五糖類、六糖類又は澱粉加水分解物、並びにこれらを還元した糖アルコールが挙げられる。また、それらの1種又は2種以上の混合物、各種水飴が例示される。
糖類の含量は、水相中39〜70%であるが、更に39〜65%、特に40〜60%、殊更40〜55%であることが、乳化安定性、味(甘味)、保存性(防腐性)の点から好ましい。
【0028】
本発明での水は、水相中20〜60%であるが、更に30〜60%、特に40〜60%、殊更40〜55%であることが、乳化安定性、保存性(防腐性)の点から好ましい。
【0029】
本発明に用いられるHLB11以上の乳化剤としては、ショ糖脂肪酸エステル、ポリソルベート、ポリグリセリン脂肪酸エステル、レシチン誘導体(リゾレシチンなど)等を挙げることができる。その内、ショ糖脂肪酸エステルが、水への分散性、乳化安定性の点で好ましい。
HLBは11以上であるが、更にHLB11〜15、特にHLB11〜14、殊更HLB11〜13であることが、乳化安定性の点から好ましい。
HLB11以上の乳化剤の含量は、水相中1〜10%であるが、更に1〜8%、特に1〜7%、殊更2〜7%であることが、乳化安定性の点から好ましい。
【0030】
本発明における油相(A)と水相(B)との質量比は(B)/(A)が1.5〜4であるが、更に1.6〜3.7、特に1.7〜3.5、殊更1.8〜3であることが、乳化安定性の点から好ましい。
【0031】
本発明の乳化油脂組成物は、水中油型乳化油脂組成物であることが好ましい。
また、本発明の乳化油脂組成物をパン類等のベーカリー製品に使用する場合には、小麦粉100質量部(以下、単に「部」と記載する)に対して、乳化油脂組成物を1〜10部配合することが好ましいが、更に1〜8部、特に1〜6部、殊更1〜4部配合することが、パン生地の発酵時や焼成後のボリュームが向上し、生地伸展性(機械耐性)と食感(パンの老化防止)向上の両立を図ることができる点から好ましい。
【0032】
本発明の乳化油脂組成物を製造する方法は、例えば以下の方法で製造することができる。糖を含有する水溶液に乳化剤を添加し、これを加熱して水相部を調製する。TAG、DAG、有機酸MAG、MAG、プロピレングリコール脂肪酸エステル及びリン脂質を加熱融解し、油相部を調製する。ホモミキサーを用いて攪拌しながら上記油相部に水相部を加え、乳化混合することにより調製することができる。このような調製方法により油滴の界面に、有機酸MAG及びMAGが液晶状態で存在する乳化油脂組成物とすることが好ましい。油滴の界面に液晶状態の層が存在することは、X線回析を用いてその解析パターンより確認することができる。乳化物の形態としては、水中油型の乳化油脂組成物とすることが好ましい。
【0033】
本発明の乳化油脂組成物は小麦粉を用いる種々の食品に添加し、パン類等のベーカリー製品に利用することができる。製パン工程として、一般に行われているパン類の製造方法をそのまま適用することができる。直捏法(ストレート法)、中種法又は液種法等が挙げられる。
【0034】
パン類としては、食パン、特殊パン、調理パン、菓子パン等が挙げられる。食パンとしては、白パン、黒パン、フランスパン、バラエティーブレッド、ロール類(テーブルロール、バンズ、バターロール等)が挙げられ、特殊パンとしては、マフィン等が挙げられる。調理パンとしては、ホットドッグ、ハンバーガー等が挙げられる。菓子パンとしては、ジャムパン、あんぱん、クリームパン、レーズンパン、メロンパン、スィートロール、リッチグッズ(クロワッサン、ブリオッシュ、デニッシュ、ペストリー等)が挙げられる。
【0035】
特に本発明品は、餡、ジャム、バタークリーム、ホイップクリーム、フラワーペースト等のフィリングなど詰め物をしたパンに効果的であり、包餡による生地ダメージを低減し、包餡時の生地物性の低下やホイロ時の腰高感の低下を抑制し、また内部に包餡された具材の水分移行による食感の低下を防ぐことができる。
【実施例】
【0036】
実施例1〜9及び比較例1〜11
DAG高含有油脂、有機酸MAG含有製剤(商品名:ステップSS、花王(株))、MAG含有製剤(商品名:エキセルT−95、花王(株))、プロピレングリコール脂肪酸エステル(商品名:カオーホモテックスPS−200V)、リン脂質含有製剤(商品名:レシチンDX、日清オイリオ(株))、TAG主体の油脂(菜種白絞油)を、表1又は2に示した量配合し、75℃で加熱溶解し油相とした。また、ソルビトール(商品名:ソルビトール70W、花王(株))、オリゴ糖(商品名:フジオリゴ#450、日本食品化工(株))、ショ糖脂肪酸エステル(S−1170、HLB=11、三菱化学(株))、及び水を、表1又は2に示した量混合し、70℃に加熱し水相とした。攪拌しながら油相液に水相液を加え、ホモミキサー(特殊機化工業(株))にて4000rpm、5分間乳化混合した。乳化混合後、45℃まで冷却し水中油型乳化油脂組成物を得た。
【0037】
〔DAG高含有油脂の調製方法〕
ウインタリングにより飽和脂肪酸を低減させた大豆油脂肪酸455部と、菜種油脂肪酸195部と、グリセリン107部とを、リポザイムIM(ノボザイムス社)を使用して0.07hPaで40℃、5時間エステル化反応を行った。次いで酵素を濾別し、235℃で分子蒸留して未反応の脂肪酸及びMAGを留去し、更に脱色、水洗した。次いでこの油脂150部に10%クエン酸水溶液7.5部を加え、60℃で20分間攪拌した後、110℃で脱水した。これを235℃で2時間脱臭して調製した。
【0038】
〔評価方法〕
<配合(菓子パン)>
下記の表に示す配合に従い菓子パンを製造した。
(中種)
原料配合 配合(部)
強力小麦粉(日清製粉) 70.0
イースト(オリエンタル酵母) 3.0
イーストフード(オリエンタル酵母) 0.1
全卵 5.0
ブドウ糖 3.0
乳化油脂組成物 2.0
水 35.0
(本捏)
強力小麦粉(日清製粉) 30.0
砂糖 22.0
食塩 1.0
脱脂粉乳 2.0
ショートニング 6.0
水 15.0
【0039】
<パンの製造方法>
竪型ミキサー(10コートミキサー、攪拌にフック使用、関東混合機工(株))を用いて、強力小麦粉、イースト、イーストフード、全卵、ブドウ糖、乳化油脂組成物、水をボール(10コート)に入れ、低速3分、高速2分で混捏後(捏ね上げ温度25.0±0.5℃)、温度28℃、湿度80%で2時間30分間発酵(中種発酵)した(発酵終了温度29.0±0.5℃)。
次に中種発酵生地に強力小麦粉、砂糖、食塩、脱脂粉乳、水を入れ低速3分、高速3分混捏後、ショートニングを添加し、低速3分、高速5分間混捏(本捏生地)した(捏上生地温度28.0±0.5℃)。混捏時のダメージを受けた生地を回復するためにフロアータイム(温度28.0℃、湿度80%、30分)とり、約80gの生地に分割した。分割での生地ダメージを回復するために、ベンチタイム(温度28.0℃、湿度80%、20分)をとり、モルダーで成型した。成型した生地にこし餡50gを包んだ。包餡物を天板に載せ発酵(ホイロ)を行った(温度38.0℃、湿度80%、60分)。発酵(ホイロ)終了後パン生地を210℃のオーブンで10分間焼成した。焼成後、室温(20.0℃)で30分間冷却後、ビニール袋に入れ、密閉化し、更に20.0℃にて24時間保存し、菓子パンサンプルとした。
【0040】
<生地評価>
次の基準に従って、各工程の評価を行った。
1.中種生地発酵後のボリューム
1000mlのメスシリンダーに発酵前の中種生地を200g入れ、2時間30分発酵後の生地のボリュームを測定した。
4点:900ml以上
3点:840ml以上、900ml未満
2点:800ml以上、840ml未満
1点:800ml未満
2.捏上げ直後の本捏生地の物性(分割時の生地物性)
4点:生地のべたつきがなく伸展性も良好
3点:生地がややべたつき、伸展性がやや劣るが製パン作業に問題なし
2点:生地のべたつきがあり、伸展性も悪く製パン作業が困難なレベル
1点:生地のべたつきが大きく、伸展性が極めて悪く製パン作業が極めて困難なレベル
3.モルダー成型時の生地物性
4点:生地の肌切れなく、伸展性が良好
3点:生地に若干の肌切れ発生するが、伸展性に問題がなく製パン作業に問題なし
2点:生地の肌切れが大きく、伸展性も悪く、製パン作業に問題があるレベル
1点:生地の肌切れが非常に大きく、モルダーに生地が付着し、製パン作業に問題があるレベル
4.包餡時の生地物性
4点:生地の肌切れなく、伸展性が良好
3点:生地に若干の肌切れ発生するが、伸展性に問題がなく包餡作業に問題なし
2点:生地の肌切れが大きく、伸展性も悪く、包餡作業に問題があるレベル
1点:生地の肌切れが非常に大きく、手や包餡機に付着が多く、包餡作業に問題があるレベル
5.ホイロ時の腰高感
4点:生地の横だれがなく腰高である
3点:生地に若干の横だれが発生するが、腰高である
2点:生地の横だれが大きく、腰高感があまりない
1点:生地の横だれが非常に大きく、腰高感がない
【0041】
<焼成後評価>
1.パンのボリューム測定
比容積計(レーザー体積計 Win VM2000 ASTEX社)にてパンの比容積を測定した。以下の基準に従って評価を行った。
4点:8.0g/cm3以上
3点:7.8g/cm3以上、8.0g/cm3未満
2点:7.5g/cm3以上、7.8g/cm3未満
1点:7.5g/cm3未満
2.パンの官能検査
専門パネル10名にて、外観、内相、しっとり感、ソフト感(焼成直後及び3日後)、口溶け感について、良好であるか否かの評価を行い、次の基準で評価を行った。
4点:8名以上が良好であると判断した
3点:5〜7名が良好であると判断した
2点:3〜4名が良好であると判断した
1点:2名以下が良好であると判断した
【0042】
<総合評価>
また、総合評価について、次の基準で判断した。
◎:評価点の平均点が3.5以上
○:評価点の平均点が2.8以上、3.5未満
△:評価点の平均点が2.0以上、2.8未満
×:評価点の平均点が2.0未満、または乳化油脂組成物が調製不可能なもの
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】

【0045】
表1及び2に示した結果から、本発明の乳化油脂組成物を使用することにより、パン類において、生地の発酵時や焼成後にボリュームが向上し、生地伸展性や機械耐性が良く、焼成後のパンのしっとり感、ソフト感、口溶け感等の食感が向上し、特に、アンパンやジャムパン等の包餡パン類への使用に際し、包餡時の生地伸展性を向上させ、またホイロ時の腰高感や、包餡された具材の水分移行による食感低下の抑制を、極めて高いレベルで達成することが確認された。また、保存3日後においても焼成直後のソフト感がほぼ維持されており、老化防止効果を有することも確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の成分(A)及び(B)を含有し、(B)/(A)(質量比)が1.5〜4である乳化油脂組成物。
(A):トリアシルグリセロール5〜55質量%、ジアシルグリセロール5〜50質量%、有機酸モノアシルグリセロール2.5〜40質量%、モノアシルグリセロール(有機酸モノアシルグリセロールを除く)10〜50質量%、プロピレングリコール脂肪酸エステル1〜10質量%及びリン脂質1.2〜18質量%を含有する油相
(B):糖類39〜70質量%、水20〜60質量%及びHLB11以上の乳化剤1〜10質量%を含有する水相
【請求項2】
前記成分(A)中の(A1)ジアシルグリセロール、(A2)有機酸モノアシルグリセロール及び(A3)モノアシルグリセロール(有機酸モノアシルグリセロールは除く)の質量比が、{(A2)+(A3)}/(A1)=0.4〜3.6である請求項1記載の乳化油脂組成物。
【請求項3】
前記成分(A)中の(A1)ジアシルグリセロール、(A2)有機酸モノアシルグリセロール、(A3)モノアシルグリセロール(有機酸モノアシルグリセロールは除く)及び(A4)リン脂質の質量比が、{(A1)+(A2)+(A3)}/(A4)=4〜30である請求項1又は2記載の乳化油脂組成物。
【請求項4】
前記成分(A)中の(A2)有機酸モノアシルグリセロール及び(A3)モノアシルグリセロール(有機酸モノアシルグリセロールは除く)の質量比が、(A2)/(A3)が0.02〜0.4である請求項1〜3のいずれか1項記載の乳化油脂組成物。
【請求項5】
前記HLB11以上の乳化剤がショ糖脂肪酸エステルである請求項1〜4のいずれか1項に記載の乳化油脂組成物。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載した乳化油脂組成物を使用して製造したパン類。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか1項に記載した乳化油脂組成物を使用して製造した包餡パン類。

【公開番号】特開2011−72270(P2011−72270A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−228457(P2009−228457)
【出願日】平成21年9月30日(2009.9.30)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】