説明

乳脂肪分解能を有する南極産担子菌酵母及びその利用方法

【課題】現行の微生物処理が困難な低水温環境のパーラー排水を効率的に処理できる方法が望まれている。これらを改善するため排水中の多様な成分に対して安定性の高いリパーゼおよびこれを生産し、低温環境で増殖する微生物が必要である。
【解決手段】低温域で優れた増殖能を有する南極産担子菌酵母ムラキア属のムラキア・ブロロピス(Mrakia blollopis)又はムラキア・フリディダに属する菌株およびこれを低温下培養して生産するリパーゼを用いた低水温パーラー排水処理を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、南極産担子菌酵母およびこの微生物が生産するリパーゼによる乳脂肪含有排水処理法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、農畜産物生産現場で生じる産業排水は、浸透・希釈・放流などの不十分な処理しかしておらず、地下水や河川などの汚染源となっている。特に、酪農業から生じるパーラー排水(搾乳牛舎排水)は、搾乳ライン洗浄水・廃棄乳・洗剤・糞尿・殺菌剤等が主成分であり、周辺環境に与える影響は多大であり、北海道では鮭・鱒の遡上にも悪影響を及ぼすなど深刻な環境や漁業問題となっている。
【0003】
北海道では平成19年において約8,310戸の酪農家があり、34,400トン/日のパーラー排水が排出されている(農林水産省「畜産統計調査」)。パーラー排水の処理法として今までに開発されたものは微生物利用法と膜分離法あるいはオゾン酸化分解法などがある。しかし、膜分離法は膜の洗浄や交換のためのランニングコストが高い。また、オゾン酸化分解法はオゾン発生装置を必要とするためイニシャルコストおよびランニングコストが高いなどの欠点がある。その他、植物を利用した浄化方法も開発されているが、広大な敷地が必要であり、かつ処理に時間がかかるため実用性には乏しい。従って、処理システムを安価にできる微生物処理法が最も有力と言える。パーラー排水のBOD(生物化学的酸素要求量)は通常2,000〜4,000 mg/lと高濃度であり、しかも、乳脂肪分などの難分解性物質も多く含まれており、活性汚泥法などの生物学的処理法を適用するとしても決して容易ではなく、また、北海道のような寒冷地において冬期間の水温低下による微生物処理の効率の低下がさらに問題となっている。
【0004】
このような低温環境での排水処理として極地微生物の利用が検討されており、廃水中の全リン,リン酸,硝酸態窒素,全炭素の減少が報告されている。しかし、低温によって固化し、微生物分解を受けにくくなる脂肪の処理に関する研究は、ほとんど無い。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】佐藤義和ら:膜分離活性汚泥法によるパーラー・パドック排水の浄化処理 流入汚水の性質,活性汚泥の状態と処理水質。農業施設学会大会講演要旨,134-135, 2002
【非特許文献2】加藤邦彦ら:国内情報 酪農パーラー排水処理のための伏流式ヨシ濾床人工湿地システム。畜産技術 (649), 32-37, 2009
【非特許文献3】平山けい子ら:南極産低温醗酵性酵母による有機性廃水の処理。水処理技術,38, 1-4,1997
【非特許文献4】E.P. Tangら:Polar cyanobacteriaversus algae for tertiary waste-water treatment in cool climates. Journal of Applied Phycology, 9, 371-381, 1997
【非特許文献5】K. Katayama-Hirayamaら:Nitrate removal by Antarctic psychrophilic yeast cells under high salt conditions. Proceedings of NIPR Symposium. Polar Biolology, 11, 92-97, 1998
【非特許文献6】P. Chevalierら:Nitrogen and phosphorus removal by high latitude mat-forming cyanobacteria for potential use in tertiary wastewater treatment. Journal of Applied Phycology, 12, 105-112, 2000
【非特許文献7】K. Katayama-Hirayamaら:Removal of nitrogen by Antarctic yeast cells at low temperature. Polar Bioscience, 16, 43-48, 2003
【非特許文献8】S. Brizzioら:Extracellular enzymatic activities of basidiomycetous yeasts isolated from glacial and subglacial waters of northwest Patagonia (Argentina). Canadian Journal of Microbiology, 53, 519-525, 2007
【非特許文献9】V. de Garciaら: Biodiversity of cold-adapted yeasts from glacial meltwater rivers in Patagonia, Argentina. FEMS Microbiological Ecology, 59, 331-341, 2008
【非特許文献10】B. Turchettiら:Psychrophilic yeasts in glacial environments of Alpine glaciers. FEMS Microbiological Ecology, 63, 73-83, 2008
【非特許文献11】A.A.K. Pathanら: Diversity of yeasts from puddles in the vicinity of Midre LovenbreenGlacier, Arctic and bioprospecting for enzymes and fatty acids. Current Microbiology, 60, 307-314, 2010
【非特許文献12】N.R. Kamini, T. Fujii, T. Kurosu, H. Iefuji (2000) Production, purification and characterization of an extracellular lipase from the yeast, Cryptococcus sp. S-2. Process Biochemistry 36, 317-324
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、低水温下においてパーラー排水中の乳脂肪分等の脂肪を分解できる微生物又は微生物由来の低温で脂肪分解することができる酵素を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記課題を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、南極産ムラキア・ブロロピス(Mrakia blollopis)等の担子菌酵母が低水温下で乳脂肪を分解することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)乳脂肪分解性の高いムラキア・ブロロピス又はムラキア・フリディダに属する微生物。
(2)乳脂肪分解性の高いムラキア・ブロロピスがムラキア・ブロロピスSK-4株(FERM AP-22126)である(1)記載の微生物。
(3)乳脂肪分解性の高いムラキア・フリディダがムラキア・フリディダSK-2株(FERM AP-22153)である(1)記載の微生物。
(4)(1)〜(3)のいずれかに記載の微生物を用いた脂肪含有排水の処理方法。
(5)0℃〜15℃で活性汚泥処理を行う(4)記載の脂肪含有排水の処理方法。
(6)脂肪含有排水がパーラー排水である(4)又は(5)記載の処理方法。
(7)ムラキア属に属する微生物の生産する下記の理化学性質
(イ)作用:炭素鎖長4から18の飽和脂肪酸を含む脂質を加水分解し、脂肪酸を生成する、
(ロ)至適温度:60〜65℃
(ハ)熱安定性:50mM Tris-HCl緩衝液(pH8.5)中で30分間保温した場合、65℃まで安定である、
(ニ)至適pH:7.5〜9
(ホ)安定pH範囲:4〜10
(ヘ)分子量:約60,000
を有するリパーゼ。
(8)ムラキア属に属する微生物がムラキア・ブロロピスである(7)に記載のリパーゼ。
(9)ムラキア属に属し、(7)又は(8)に記載のリパーゼを生産する能力を有する菌株を培養し、培養物から当該リパーゼを採取することを特徴とするリパーゼの製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、低水温下においてパーラー排水中の乳脂肪分を分解できるリパーゼを生産する微生物を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明のムラキア・ブロロピスSK-4株、ムラキア・フリディダSK-2株および他のムラキア菌株の系統樹を示す。図中の数値はブーツストラップ値を示す。
【図2】(A)本発明のリパーゼ生産菌ムラキア・ブロロピスSK-4株、(B)北海道内のパーラー排水処理施設中の活性汚泥から分離した乳脂肪分解細菌ジャニバクター・アノフェリスAC-16株、及び(C)シュウドモナス・アルカリゲネスSB3-4株の培養温度10℃における乳脂肪分解を示す図である。コロニー周辺のハロー(乳脂肪分が分解されて培地が半透明となる状態)より乳脂肪分解を評価した。
【図3】本発明のリパーゼ生産菌ムラキア・ブロロピスSK-4株(○で示す)および北海道内のパーラー排水処理施設中の活性汚泥から分離した乳脂肪分解細菌ジャニバクター・アノフェリスAC-16株(●で示す)の乳脂肪分解の際の酸素消費量を示す図である。
【図4】精製したムラキア・ブロロピスSK-4株由来リパーゼ(本発明のリパーゼ)をドテシル硫酸ポリアクリルアミド電気泳動の後、クマシーブリリアントグリーン染色した結果である。本発明のリパーゼの分子量は60kDaと測定された。
【図5】本発明リパーゼの基質特異性を示す図である。脂肪酸p−ニトロフエェニル誘導体を基質に用い、1mM基質を含む50mM リン酸緩衝液pH 7.0に酵素を加え、30℃にて30分間酵素反応を行った。
【図6】本発明リパーゼの至適温度を示す図である。1mMパルミチン酸p−ニトロフエェニルを含む50mM リン酸緩衝液pH 7.0に酵素を加え、各温度にて30分間酵素反応を行った。
【図7】本発明リパーゼの温度安定性を示す図である。酵素液を各温度で30分間加温の後、1mMパルミチン酸p−ニトロフエェニルを含むTris-HCl緩衝液pH8.5を加え、65℃にて30分間酵素反応を行った。
【図8】本発明リパーゼの至適pHを示す図である。1mMパルミチン酸p−ニトロフエェニルを含む50mM緩衝液に酵素を加え、30℃にて30分間酵素反応を行った。
【図9】本発明リパーゼのpH安定性を示す図である。酵素液に25mM各種緩衝液を加え30℃、15時間加温の後、pHを8.5に調整し、1mMパルミチン酸p−ニトロフエェニルを加え、65℃にて30分間酵素反応を行った。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書においてリパーゼとは、当技術分野における通常の意味のとおり、脂質を基質とし、加水分解する酵素を意味する。
【0012】
1.ムラキア属に属する微生物
本発明は、低温下での乳脂肪分解能を有するムラキア属に属する微生物、当該微生物による低温下での乳脂肪分解方法、これに関わるリパーゼ、及びムラキア属に属する微生物の培養物を包含する。
【0013】
本発明に用いるムラキア属微生物は低温下で乳脂肪を分解する菌株であれば、いずれの菌株でもよいが、10℃以下の低温で生育可能な菌株が好ましい。このような菌株として、具体的には担子菌門ハラタケ亜門シロキクラゲ菌綱シストフィロバシディウム目シストフィロバシディウム科ムラキア属の菌類、例えばムラキア・ブロロピス(Mrakia blollopis)、及びムラキア・フリディダ(Mrakia frigida)等が挙げられる。ムラキア・ブロロピスSK-4株(FERM P−22126株)及びムラキア・フリディダSK-2株(FERM AP−22153)が最も好ましい。
【0014】
また、本願発明は、低温下で乳脂肪分解性の高いムラキア・ブロロピス又はムラキア・フリディダに属する微生物を包含する。乳脂肪分解性の高いとは、乳脂肪を含む固体培地中で培養した際にコロニー周辺に速やかなハロー形成を意味する。より具体的には、生クリームを含む寒天培地、培養温度10℃、7日間培養した際にコロニー周辺に5mm以上のハロー形成が認められるものを意味する。より具体的には、ムラキア・ブロロピスSK-4株(FERM P−22126株)及びムラキア・フリディダSK-2株(FERM AP−22153株)が挙げられるが、これに限らない。
【0015】
また、本願発明は、低温での乳脂肪分解性の高いムラキア・ブロロピスに属する微生物としては、例えばムラキア・ブロロピスSK-4株(FERM P−22126株)及びムラキア・フリディダSK-2株(FERM AP−22153株)が挙げられる。ここで低温とは、0℃から20℃、より好適には、4℃から10℃のことを意味する。
【0016】
ムラキア・ブロロピスSK-4株は、自然界より新たに分離した菌株であり、下記のような微生物学的性質を示す。
【0017】
ポテト・デキストロース寒天培地にて培養温度10℃にて培養した場合、帯白色の酵母状菌叢の周囲に白色の菌糸がみられる。培養菌株より常法によりDNAを調製し、菌類系統解析に用いられている代表的PCRプライマーITS1F及びITS4を用いてPCR反応を行い、得られたPCR産物の遺伝子配列を決定した(配列表参照)ところ、本菌株のITS配列はデータベースのムラキア・ブロロピスのITS配列と99%以上の相同性を有していることから、ムラキア・ブロロピスと見なした。尚、本菌株は「Mrakia blollopisSK-4株」として、平成23年6月13日付で、独立行政法人産業技術総合研究所特許微生物寄託センター,日本国茨城県つくば市東一丁目一番地一号(郵便番号305-8566)に受託番号FERM P−22126として寄託されている。
【0018】
また、ムラキア・フリディダSK-2株は、自然界より新たに分離した菌株であり、下記のような微生物学的性質を示す。
【0019】
ポテト・デキストロース寒天培地にて培養温度10℃にて培養した場合、帯白色の酵母状菌叢の周囲に白色の菌糸がみられる。培養菌株より常法によりDNAを調製し、菌類系統解析に用いられている代表的PCRプライマーITS1F及びITS4を用いてPCR反応を行い、得られたPCR産物の遺伝子配列を決定した(配列表参照)ところ、本菌株のITS配列はデータベースのムラキア・ストッケシのITS配列と99%以上の相同性を有していた。Index Fungorum (http://www.indexfungorum.org/)による現時点の分類体系において、ムラキア・ストッケシはムラキア・フリディダのシノニムとすることから、本菌株をムラキア・フリディダと見なした。
【0020】
尚、本菌株は「Mrakia frigida SK-2株」として、平成23年7月20日付で、独立行政法人産業技術総合研究所特許微生物寄託センター,日本国茨城県つくば市東一丁目一番地一号(郵便番号305-8566)に受託番号FERM AP−22153として寄託されている。
【0021】
上記ムラキア・ブロロピスSK-4株及びムラキア・フリディダSK-2株は、本願出願前には本発明者らの管理下にあり、一切分譲はされておらず、また分譲要求があったとしても、本願出願後までは分譲する意図は全くない。
【0022】
2.ムラキア属に属する微生物の菌体及びリパーゼ並びのその製造
2−1.ムラキア属に属する微生物の菌体及びリパーゼの製造
本発明の菌体及びリパーゼは、ムラキア属に属する微生物、好ましくはムラキア・ブロロピス、特に好ましくはムラキア・ブロロピスSK-4株を培地にて低温下で培養し、該培養液から菌体及びリパーゼを回収することにより製造することができる。本発明の微生物の培養に使用する培地としては、菌類が資化し得るのに必要な炭素源,窒素源,無機物,その他必要な栄養素を適量含有するものであれば特に制限されず、天然培地、合成培地のいずれも使用できる。具体的な培地としては、例えば菌類培養に一般に使用されるポテト・デキストロース培地,コーンミール培地,麦芽煎汁培地等が挙げられる。合成培地の炭素源としては、例えば、生クリーム,オリーブ油,ツィーン80等が使用される。窒素源としては、例えば、ペプトン類,酵母エキス,肉エキス等の窒素含有天然物,及び硝酸ナトリウム,塩化アンモニウム等の無機窒素含有化合物が使用される。無機物としては、例えば、リン酸カリウム,リン酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,塩化カルシウム,塩化第二鉄等が使用される。培養方法は特に制限されないが、通常、振とう培養,通気撹拌培養又は置地培養で行う。培養温度は、特に制限されないが、低温下、例えば、-1〜15℃の範囲が好ましく、10℃以下がさらに好ましい。また、菌体を至適増殖温度にて十分に増殖させた後、新たな培地に移し10℃以下で培養することもできる。培養期間は通常2週間程である。
【0023】
本発明のリパーゼの精製には、当技術分野において一般に使用される精製法を用いることができる。菌体の分離には、例えば、遠心分離、濾過、限外濾過等を用いることができる。菌体の分離後に得られる培養上清液に含まれるリパーゼは硫酸アンモニウムや硫酸ナトリウム等による塩析法,アセトンやエタノールによる有機溶媒沈殿法,陽イオン交換体(例えば、CM,S,SP)又は陰イオン交換体(例えば、DEAE,Q,QAE)等を用いたカラムクロマトグラフィー法,アガロース誘導体等を用いたゲル濾過法等により単離・精製することができる。
【0024】
これらの方法で得られた粗精製リパーゼ及び精製リパーゼはグリセロール,シュークロース,エチレングリコール等の安定化剤を添加して液状で使用することができ、又は、スプレードライや凍結乾燥等の乾燥法を用いて粉末として使用することもできる。
【0025】
上記のように、本発明の菌体及びリパーゼは、ムラキア属に属する微生物、好ましくはムラキア・ブロロピスを培養し、培養液から回収することにより製造できる。本菌類は安価な培地を用いて容易に大量培養が可能なことから、安価にかつ大量に本発明のリパーゼおよびリパーゼ生産能力を有する酵母細胞を得ることができる。
【0026】
2−2.本願発明のリパーゼ
本願発明は、ムラキア属に属する微生物の生産するリパーゼを包含する。本願発明のリパーゼは、次のような理化学的性質を備えている。(1)作用として、炭素鎖長4から18の飽和脂肪酸を含む脂質を加水分解し、脂肪酸を生成する。(2)至適温度は60〜65℃である。(3)低温での脂質分解能を有する。(4)熱安定性としては、50mM Tris-HCl緩衝液(pH8.5)中で30分間保温した場合、65℃まで安定である。(5)至適pHは7.5〜9である。(6)安定pH範囲は4〜10である。(7)分子量は約60,000である。
【0027】
3.ムラキアに属する微生物を用いる排水の処理方法
ムラキア属微生物 例えば、ムラキア・ブロロピス又はムラキア・フリディダに属する微生物は、活性汚泥に含めることができる。このように本願発明の微生物を活性汚泥に含めることで、乳脂肪を高濃度で含有する排水を、低温でも効率的に処理することができる。
【0028】
本願発明には、上記ムラキア ブロロピス又はムラキア・フリディダに属する微生物を活性汚泥に含む、活水汚泥法による排水の処理方法が包含される。好適には、上記ムラキア ブロロピス又はムラキア・フリディダに属する微生物を、乳脂肪を高濃度に含有する排水を活水汚泥法で処理に用いることができる。より具体的には、前記ムラキア ブロロピスに属する微生物を用いる活性汚泥を用いて、0−15℃、例えば10℃程度の低温下で、パーラー排水などの乳脂肪を高濃度に含有する排水を処理することができる。
【0029】
活性汚泥法は、曝気槽において、微生物を含む活性汚泥により、排水など汚染物を分解することを中心とするが、本願発明のムラキア ブロロピスに属する微生物は、この曝気槽の活性汚泥に添加することができる。
【0030】
活性汚泥法としては、通常用いられているいずれの方法、又は工程を採用することができる。例えば、本願発明で利用できる活性汚泥法としては、回分式活性汚泥法、連続式活性汚泥法など、種々の方法があり、曝気槽における活性汚泥処理の前に、種々の、分離工程や沈殿工程などの前処理工程を設けたり、曝気槽活性汚泥処理の後に、活性汚泥の沈殿工程、あるいは消毒工程などの後処理工程を設けることもできる。
【0031】
より具体的には活性汚泥法以外にこの変法である接触安定化法,長時間曝気法,ステップエアレーション法,高濃度酸素活性汚泥法,膜分離活性汚泥法に利用可能である。また、活性汚泥法以外の代表的な好気的生物処理法として生物膜法がある。本発明の本法への利用も可能である。本法はプラスチック片,プラスチック網,貝殻,砂利などを担体として利用し、その表面上に膜状に付着した微生物により通気を行いながら排水浄化を行うことができる。
【実施例】
【0032】
以下に、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0033】
[実施例1]乳脂肪分解能の比較(南極産担子菌酵母との比較)
2007年1月宗谷海岸スカルブスネスの湖沼にて採集した堆積物を同年4月に50μg/mlのクロラムフェニコールを含むポテトデキストロース寒天培地に直接接種し、培養温度10℃にて培養し、得られた酵母を以後用いた。分離菌株の同定は、分子生物学的手法を用いた。すなわち分子マーカーとして菌類系統解析に広く用いられているITS領域(Internal Transcribed Spacer region ; 18S rDNAから25S rDNAまでの転写領域のうち5.8S rDNAと非転写領域であるITS1・ITS2を含む配列)を用いた。培地より菌体を掻き取り、市販DNA抽出キットを用いてDNAを抽出した。このDNAを鋳型とし、菌類用プライマーであるITS-1F(5’-TCCGTAGGTGAACCTGCGG-3’, GardesとBruns,1993)およびITS4(5’-TCCTCCGCTTATTGATATGC-3’, White ら,1990)を用いてWhiteら (1990)の条件に準じてITS領域の増幅を行った。アニーリング温度は50〜55℃の範囲で行った。PCR産物を精製した後、ITS1Fをプローブとしてダイレクトシークエンスを行い、ITS領域の塩基配列を得た。これをデータベース上の既知の配列との相同性比較を行い、最近縁種を検索した。上記同定の結果、表1に示されるように、単離した酵母は、ムラキア・ブロロピス、クリプトコッカス・アクアティクス(Cryptococcus aqaticus),クリプトコッカスsp.,ディオスゲギア・フリスティンゲンシス(Dioszegia fristingensis),ロドトルーラ・グラシアリス(Rhodotorula glaciallis),及びロドトルーラsp.と相同性の高い6群に大別された。これら菌株間の乳脂肪の分解能を生クリーム含有寒天培地にて培養し、培地上に形成するハローの大きさにて評価した(表1)。
【0034】
【表1】

【0035】
ムラキア・ブロロピスDBVPG4974株と相同性の高い菌株であるムラキア・ブロロピスSK-4株が最も大きなハローを形成したことから、ムラキア属の菌株に高い乳脂肪分解能を持つことを確認した。このため分離したムラキア属の菌株全ての乳脂肪分解能の検討を行った(表2)。
【0036】
乳脂肪分解能は供試菌株によって大きく異なった。10℃、10日間培養を行った結果、75菌株全てが生クリーム寒天培地上で生育したが、19菌株はハローを形成しなかった。56菌株は同条件で明確なハローを形成し、このうち30菌株は幅1cm以上のハローを形成した。
【0037】
【表2】



【0038】
上記75株のうち、23株について、得られたITS領域の配列を配列表に示した。分離菌株およびデータベース上に登録されたムラキア属菌株のITS領域を用いて、近隣接合法による系統図を作成した(図1)。外群としてムラキア属に近縁なムラキアラ属に属するムラキアラ・クライオコニティ(Mrakialla cryoconiti) DBVPG5180株を外群として用いた。系統樹作成を1000回の繰り返しブーツストラップ値を得た。本発明のSK-4株を始め乳脂肪分解能の高い(生クリームを含む寒天培地、培養温度10℃、7日間培養した際にコロニー周辺に5mm以上のハローを形成する)菌株,あげは池7株,あげは池9株及びとっくり池6株はいずれもムラキア・ブロロピスと同一のクレードを形成した(図1)。これ以外に乳脂肪分解能の高い菌株はムラキア・フリディダのクレードに含まれる孫鉢池2株(ムラキア・フリディダSK-2株)のみである。
【0039】
従来から、ムラキア・フリディダ,ムラキアsp.(ムラキア・フリディダに対して98%の相同性を有する菌株),ムラキア sp. YSAR9株(ムラキア・サイクロフィラに対して99.6%の相同性を有する菌株)は、細胞外のTween80又はトリブチリンを分解する活性が報告されている(非特許文献8−11)。一方、ムラキアsp. YSAR11株(ムラキア・フリディダに対して99.3%の相同性を有する菌株)およびムラキアsp. YSAR12株(ムラキア・フリディダに対して100%の相同性を有する菌株)は、細胞外リパーゼ活性が無いとされる(非特許文献11)。これらの報告は、ムラキア属の生産する細胞外リパーゼの生産量あるいは生産条件が、種レベルで大きく異なる可能性を示唆している。ITS配列により種同定を行った23菌株中、ムラキア・ブロロピスでは14株中4株が、ムラキア・フリディダでは6株中1株が、ムラキア・ロベルティでは2株中0株が高い乳脂肪分解能を示した.本発明では、系統的にムラキア・ブロロピス又はムラキア・フリディダに属する菌株の乳脂肪分解能が高いことを初めて明らかにした。
【0040】
[実施例2]乳脂肪分解能の比較(パーラー排水施設中の細菌との比較)
本発明のムラキア・ブロロピスSK-4株及び北海道上士幌町の牧場にてパーラー排水を活性汚泥処理している曝気槽から得た乳脂肪分解細菌ジャニバクター・アノフェリス(Janibacter anophelis) AC-16株,シュウドモナス・アルカリゲネス(Pseudomonas alcaligenes) SB3-4株を生クリーム寒天培地にて接種し、培養温度10℃にて乳脂肪分解を観察した(図2)。ムラキア・ブロロピスSK-4株の周囲には明確なハローが確認されたが、ジャニバクター・アノフェリスAC-16株は細胞増殖は確認されたが、培養期間中のハロー形成は確認できなかった。また、シュウドモナス・アルカリゲネスSB3-4株は、上記培養条件において細胞成長を目視にて確認できなかった。
【0041】
さらにムラキア・ブロロピスSK-4株およびジャニバクター・アノフェリスAC-16株を用い、乳脂肪の微生物分解能を酸素消費量にて評価した。供試菌株として測定対象とする各検体は次のように調製した。すなわち、容量500mlの培養びんに生クリームを蒸留水で1,000倍希釈した水溶液100mlに無機栄養塩、菌体および水道水を加えて全量を200ml調整し、測定温度は10℃にて自動記録式好気性微生物呼吸計(北開試式クーロメーター, 大倉電気(株)製)を用いて酸素消費量を測定した。無機栄養塩は1l当りリン酸二水素カリウム1.9g,リン酸一水素二ナトリウム2.6g,塩化アンモニウム0.19g,塩化カルシュウム・二水0.037g,硫酸マグネシウム・七水0.1g塩化第一鉄0.015gとした。
【0042】
ムラキア・ブロロピスSK-4株は酸素消費が始まるまでの遅滞時間は約15時間であり、その後は急激な酸素消費を示した(図3)。一方、ジャニバクター・アノフェリスAC-16株の遅滞時間は約45時間であり、その後の酸素消費速度はムラキア・ブロロピスSK-4株と比較して遅かった。以上のことからも低水温下においてムラキア・ブロロピスSK-4株の乳脂肪分解能力の高いことが証明された。
【0043】
[実施例3]パーラー排水の微生物処理
パーラー排水のモデル排水として牛乳希釈液を用いて本発明のムラキア・ブロロピスSK-4株を添加した活性汚泥による処理を行った。供試した活性汚泥は、北海道上士幌町の牧場で実際にパーラー排水を活性汚泥処理している曝気槽から得た。これを2.5Lの曝気槽で牛乳を基質とし、無機栄養塩類も少量添加しながら室温(20〜23℃)で約1ヶ月間馴養した。
【0044】
10℃でポテト・デキストロース液体培地を用いて培養したムラキア・ブロロピスSK-4株(乾燥重量約1g)を室温で馴養した活性汚泥(MLSS:約3,000mg/l,Mixed Liquor Suspended Solid混合液浮遊物質濃度)700mlに加え10℃にて培養を行った。培養7日目までは、1日1回曝気を止め汚泥を沈降させた後、上澄み液を除去した。沈殿した汚泥に、新たに市販牛乳(BOD:約14,000mg/l)2.8mlおよび水道水を添加するfill and draw法で低温に馴養させた。培養7日目および12日目に再度MLSSを約3,000mg/lに調整した後、牛乳原液5.6mlおよび8.4mlをそれぞれ添加し、24時間後のBODを測定した。8〜11日間の培養は培養7日目までと同様に行った。また、ムラキア・ブロロピスSK-4株を添加していない室温で馴養した活性汚泥を用いて同様の処理を行い、結果を比較した。
【0045】
ムラキア・ブロロピスSK-4株を添加した活性汚泥のBOD除去率は、添加していない活性汚泥に比べて向上した(表3)。一般的な排水処理におけるBOD汚泥負荷(kg-BOD/kg-MLSS/d,MLSSkg当たりのBOD処理量)は0.2〜0.4,BOD容積負荷(kg-BOD/m3/d,曝気槽1m3当たりのBOD処理量)は0.4〜0.8とされている。培養7日後および12日後に牛乳原液5.6mlおよび8.4mlをそれぞれ添加した活性汚泥のBOD汚泥負荷は約0.35と0.52,BOD容積負荷は1.0と1.5であった。これらの結果から、本発明のリパーゼを生産するムラキア・ブロロピスSK-4株を活性汚泥に添加することにより比較的負荷の高い排水のBOD除去率が向上することを確認した。
【0046】
【表3】

【0047】
以上の結果から、本発明の菌株をパーラー排水処理に利用することにより、低水温下でも乳脂肪を含むパーラー排水の処理効率の向上が明らかとなった。
【0048】
[実施例4]ムラキア・ブロロピス由来リパーゼの製造
本発明のムラキア・ブロロピスSK-4株が示す低温下での高い乳脂肪分解活性は、脂質分解に関わる酵素に原因があると考え、細胞外リパーゼの精製を行った。1%ツィーン80,0.5%酵母エキス,0.2%リン酸二水素カリウム,0.29%リン酸二ナトリウム,0.02%塩化アンモニウム,0.04%塩化カルシュウム,0.001塩化第二鉄を含む液体培地1lを3l容三角フラスコに移し、121℃にて20分間オートクレーブ滅菌を行った。種菌としてムラキア・ブロロピスSK-4株(FERM P−22126)を接種し、10℃で2週間培養し、培養液を得た。該培養液を遠心分離し、得られた上清液を限外濾過により濃縮した後、分画分子量1万〜8千の透析膜を用いて10mM Tris-HCl緩衝液pH 8.5にて透析した。同緩衝液にて平衡化したブチルトヨパール-650Mカラムクロマトグラフィーで分画し、ドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミド電気泳動法により単一バンドになることを確認した。得られたタンパク質は下記の性質を有していた。
【0049】
タンパク質の分子量は、ドテシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミド電気泳動法で測定したところ、それぞれ約60kDa(図4)であった。
【0050】
[実施例5]脂質分解活性の測定
1.基質特異性:炭素鎖長4,5,8,10,14,16,18の脂肪酸p−ニトロフエェニル誘導体を基質に用い、1mM基質を含む50mM リン酸緩衝液pH 7.0に酵素を加え、30℃にて30分間酵素反応を行った。南極産担子菌酵母ムラキア・ブロロピスSK-4株由来リパーゼ(以下、本発明のリパーゼと称する)は炭素鎖長の異なる全ての基質の加水分解が確認された(図5)。この性質は乳脂肪に含まれる多様な脂肪酸の効率的分解が可能となると思われる。
【0051】
2.温度の影響:本発明のリパーゼの各温度における酵素活性を測定した(図6)。至適温度は60〜65℃に存在した。また、低温域での比活性は0℃で0.8%,10℃で2.8%,20℃で11.5%であった。本発明のリパーゼは65℃,30分の熱処理で残存活性がほとんど変わらなかった(図7)。同様の用途が検討されているクリプトコッカス・sp.2株由来のリパーゼでは、至適温度40℃付近であり、反応温度60℃での比活性が60%以下であることと比較すると(非特許文献12)、これらの結果から本発明のリパーゼが熱に対する高い安定性を有しながら、低温下で活性を示す酵素であることが確認された。
【0052】
3.pHの影響:本発明のリパーゼの各pHの酵素活性を測定した。pH3〜pH5までをクエン酸緩衝液,pH6〜pH8までをリン酸緩衝液,pH9はグリシン-水酸化ナトリウム緩衝液,pH10は炭酸緩衝液を用いた。至適pHは7.5〜9であり(図8),4〜10までの幅広いpH域で高い安定性を示した(図9)。
【0053】
4.金属塩の影響:本発明のリパーゼに対する金属塩の影響を表1に示す。本発明のリパーゼは金属塩によって活性が失われることは無かった。
【0054】
【表4】

【0055】
以上の結果から、本発明のリパーゼは幅広い基質特異性を有し、従来の低温環境に適応した菌類が生産する酵素に比較して安定性が高く、広範囲な環境で機能することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0056】
南極産担子菌酵母ムラキア・ブロロピスは、多様な環境で安定性の高いリパーゼを生産することにより、従来の低温性微生物よりも高い乳脂肪分解効果を示す。また、ムラキア属に属する微生物の持つ生物学的特性から、前記微生物の培養により大量のリパーゼおよびリパーゼ生産能を有する菌体を安価に調製することができる。さらに、試験した菌株は人体に対する毒性が報告されていないことから、安全性も高いと考えられる。従って、本発明は、例えば、寒冷地におけるパーラー排水に代表される脂質を高濃度に含んだ排水の生物学的処理等において、極めて実用的かつ有効な技術である。
【受託番号】
【0057】
FERM P-22126
FERM AP-22153

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳脂肪分解性の高いムラキア・ブロロピス又はムラキア・フリディダに属する微生物。
【請求項2】
乳脂肪分解性の高いムラキア・ブロロピスがムラキア・ブロロピスSK-4株(FERM P-22126)である請求項1記載の微生物。
【請求項3】
乳脂肪分解性の高いムラキア・フリディダがムラキア・フリディダSK-2株(FERM AP-22153)である請求項1記載の微生物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の微生物を用いた脂肪含有排水の処理方法。
【請求項5】
0℃〜15℃で活性汚泥処理を行う請求項4記載の脂肪含有排水の処理方法。
【請求項6】
脂肪含有排水がパーラー排水である請求項4又は5記載の処理方法。
【請求項7】
ムラキア属に属する微生物の生産する下記の理化学性質
(1)作用:炭素鎖長4から18の飽和脂肪酸を含む脂質を加水分解し、脂肪酸を生成する
(2)至適温度:60〜65℃
(3)熱安定性:50mM Tris-HCl緩衝液(pH8.5)中で30分間保温した場合、65℃まで安定である
(4)至適pH:7.5〜9
(5)安定pH範囲:4〜10
(6)分子量:約60,000
を有するリパーゼ。
【請求項8】
ムラキア属に属する微生物がムラキア・ブロロピスである請求項7に記載のリパーゼ。
【請求項9】
ムラキア属に属し、請求項7又は請求項8記載のリパーゼを生産する能力を有する菌株を培養し、培養物から当該リパーゼを採取することを特徴とするリパーゼの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−27374(P2013−27374A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−167225(P2011−167225)
【出願日】平成23年7月29日(2011.7.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 研究集会名:第20回化学工学・粉体工学研究発表会 主催者名 :社団法人化学工学会北海道支部 粉体工学北海道談話会 開催日 :平成23年2月1日・2月2日 発表日 :平成23年2月1日 講演番号 :2−4
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(504202472)大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 (119)
【Fターム(参考)】