説明

乳酸の製造方法

【課題】本発明は、セルロース、セロビオース、デンプン、マルトース、グルコース、マンノース、フルクトース、ガラクトース、アラビノース、若しくはキシロース等のセルロース系原料から乳酸類を高収率で製造する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】炭水化物含有原料を、アルデヒド化合物の存在下で、第3族元素含有化合物を触媒として含む溶媒中で加熱処理することを特徴とする、乳酸及び/又は乳酸エステルの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース等の炭水化物から乳酸類を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
糖類を原料として発酵法により生産される乳酸は、医薬品、化粧品、香料、農薬などの各種製品の中間原料あるいはポリマー原料として極めて有用である。そのため、従来から、乳酸を工業的に製造する方法がいくつか提案されている。
【0003】
現在、工業的に実施されている乳酸の製造法は糖類の乳酸発酵によるものである(特許文献1参照)。
【0004】
しかし、このような生物的な方法は一般に反応速度が遅く、巨大な発酵漕が必要となる他、生成する乳酸の濃度が低いため、精製のためのエネルギー消費量が大きくなるという問題がある。
【0005】
生物的な方法によらない乳酸の製造方法としては、炭水化物をアルカリの存在下で水熱処理する化学的な方法が知られている。例えば、糖類(非特許文献1、2)、セルロース(非特許文献3)、あるいは有機性廃棄物(非特許文献4)をこの方法で処理すれば、高温高圧の反応条件下で分解した炭水化物の一部が異性化して乳酸が生成することが知られている。しかし、この方法では、乳酸はアルカリと反応して乳酸塩となっているため、乳酸を酸として分離するためには反応液に何らかの無機酸を添加して酸性にしなければならず、アルカリと無機酸が量論的に消費されるという問題がある。
【0006】
アルカリを使わない乳酸の化学的な製造方法としては、スズ化合物を触媒として、デンプン、オリゴ糖、あるいは単糖を、アルコールと反応させることにより、乳酸エステルに変換する方法が知られている(特許文献1)。しかし、この方法では、セルロース系の原料を用いることができず、生成物も乳酸エステルに限られる。
【0007】
ところで、セルロース系の原料を化学的な反応により直接有用物質に変換する試みが行われている。例えば、バイオマス廃棄物を、メタノールを主成分とする溶媒中で250℃以上に加熱するとメチルグルコシド等の有用化合物に変換できることが知られている(特許文献2)。また、塩化ランタンを触媒として、セルロースを水溶液中で250℃に加熱するとHMFやレブリン酸が生成することが知られている(非特許文献5)。しかしこれらの方法による乳酸や乳酸エステルの生成は報告されていない。
【0008】
再生可能資源であるバイオマスからポリマー原料等として有用な乳酸を製造するためには、現在の工業的方法では、まずバイオマス中の炭水化物を単糖にまで加水分解し、乳酸発酵させる必要がある。しかし糖原料としてのデンプンは食料と競合するため、より豊富に存在し、食料との競合がないセルロースを利用して乳酸を製造する方法の開発が望まれている。しかし、セルロースの糖化は、まだ有効な加水分解法が開発されていないことからなお困難なのが実情である。セルロース系バイオマス原料から乳酸製造するに際して、前記のような糖化工程後に乳酸化工程を経るような複数の工程を経由することなく、直接乳酸を製造する方法を開発することができれば、その工業的な意義は計り知れないものがある。
【0009】
本発明者らは、先に、ルイス酸触媒として作用するIII族金属塩の存在下で、セルロース等の炭水化物系原料に水性溶媒等を加えて酸素の非存在下で加熱することにより、乳酸や乳酸エステル等の乳酸類を他の有機酸よりも高収率で生成できることを見出している(特許文献3)が、乳酸類の収率の更なる改善が求められている。
【0010】
【特許文献1】特開2001−354616号公報
【特許文献2】特開2001−170601号公報
【特許文献3】特願2007−271508号明細書
【非特許文献1】Byung Y.Y. and Montgomery R., Carbohydrate Research, Vol.280 (1996) p.27-45
【非特許文献2】Byung Y.Y. and Montgomery R., Carbohydrate Research, Vol.280(1996) p.47-57
【非特許文献3】Niemelae K. and Sjoestroem E., Biomass, 11 (1986) p.215-221
【非特許文献4】Armando T.Q. et al., Journal of Hazardous Materials, B93 (2002) p.209-220
【非特許文献5】Seri K.i. et al., Bioresource Technology,81 (2002) p.257-260
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、セルロース系原料から乳酸類を高収率で製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、セルロース等を炭水化物系原料にした触媒反応において、アルデヒド化合物を共存させると、乳酸及び/又は乳酸エステルを他の有機酸と比べてさらに高収率で生成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は以下を包含する。
【0014】
(1) 炭水化物含有原料を、アルデヒド化合物の存在下で、第3族元素含有化合物を触媒として含む溶媒中で加熱処理することを特徴とする、乳酸及び/又は乳酸エステルの製造方法。
【0015】
(2) 前記アルデヒド化合物が、炭素数5以下のアルデヒド化合物である、前記(1)記載の方法。
【0016】
(3) 前記アルデヒド化合物が、ホルムアルデヒド、又はα位に酸素が結合している炭素数2〜5のアルデヒドである、前記(1)又は(2)に記載の方法。
【0017】
(4) 第3族元素含有化合物が、第3族元素の塩又は酸化物である、前記(1)〜(3)記載の方法。
【0018】
(5) 前記アルデヒド化合物の溶媒中の含有量が、前記炭水化物含有原料に含まれる炭素1g原子当たり、アルデヒド化合物が0.01〜10モルとなる量である、前記(1)〜(4)記載の方法。
【0019】
(6) 前記炭水化物含有原料が、セルロース、セロビオース、デンプン、マルトース、グルコース、マンノース、フルクトース、ガラクトース、アラビノース、若しくはキシロース、又はそれらの2つ以上を含有する原料である、前記(1)〜(5)記載の方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明の方法では、セルロース等を炭水化物系原料として用い、触媒反応により、乳酸類をより高収率で製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の乳酸類の製造方法について詳細に説明する。
【0022】
本発明では、炭水化物含有原料(例えば、セルロース系バイオマス原料等)を、アルデヒド化合物(好ましくは、炭素数が5以下のアルデヒド)と触媒(好ましくは、第3族元素を含む触媒)と共存させて、加熱処理することにより、炭水化物から乳酸類が生成される反応に基づき、乳酸類を含む反応生成物を取得することができる。乳酸類は、それらを加熱処理する際に使用しうる溶媒に応じて、乳酸、各種乳酸エステル、又はそれらの混合物でありうる。本発明は、この方法によって、炭水化物含有原料から乳酸及び/又は乳酸エステルを生成させることを特徴とする、炭水化物含有原料の処理方法も提供する。このような本発明の方法を用いれば、炭水化物含有原料から高収率で乳酸を製造することができる。
【0023】
より具体的には、本発明では、炭水化物含有原料(例えば、セルロース系バイオマス原料等)を、アルデヒド化合物と触媒とを予め共存させて、水性溶媒中、加熱処理することにより、炭水化物から乳酸が生成される反応に基づき、乳酸を含む反応生成物を取得することができる。この方法を用いれば、炭水化物含有原料から容易に乳酸を製造することができる。
【0024】
本発明ではまた、アルデヒド化合物と触媒とを予め共存させて、炭水化物含有原料(例えば、セルロース系バイオマス原料等)を、アルコール系溶媒中、加熱処理することにより、炭水化物から乳酸を経由することなく、直接乳酸エステルを含む反応生成物を取得することができる。この方法では、アルコール系溶媒が水を含む場合には、乳酸も生成されうる。さらに、この方法では乳酸エステルとともにレブリン酸エステルも生成されうる。
【0025】
本発明に係る炭水化物からの乳酸類の生成反応は、例えば、セルロースを原料とする場合には、以下のように進行する。
【0026】
【化1】

【0027】
上記で、Rは水素あるいはアルキル基を示す。セルロースは、触媒である第3族元素含有化合物の作用により分解され、グルコース、乳酸を含む各種の有機酸及び/又はそのエステル、ヒドロキシメチルフルフラール(HMF)、及びフルフラールが生成する。アルデヒド化合物(特に、炭素数5以下のアルデヒド化合物)の共存下においては、乳酸が選択的に生成するので、本発明により、高収率での乳酸類の製造が可能になる。
【0028】
本発明の方法において原料として使用できる炭水化物含有原料は、炭水化物を含有する任意の原料であってよく、特に限定されないが、例えば、炭水化物を主成分として含むバイオマス原料が好ましい。限定するものではないが、炭水化物含有原料は、単糖類、二糖類、多糖類などの任意の炭水化物であってよい。炭水化物含有原料は、例えば、セルロース、ホロセルロース、セロビオース、デンプン(例えば、可溶性デンプン)、マルトース、グルコース、マンノース、フルクトース、ガラクトース、グロース等の六炭糖を含む炭水化物、ヘミセルロース、キシロース、アラビノース等の五炭糖を含むヘミセルロース系物質、又はそれらのうち2以上を含有する、例えばリグノセルロース系の原料であってもよい。そのような原料としては、例えば、糖やデンプンを含む農作物(トウモロコシ、ライ麦、小麦、大麦、甜菜、サトウキビ、キャッサバなど)、古紙、林地残材、製材廃材、建築廃材、廃菌床、農業残渣(稲わら、籾殻、麦わら、バガス、コーンストーバー、コーンコブ、トウモロコシの穂、廃糖蜜、パーム空果房、パーム古木など)、エネルギー作物(イネ科植物、ササ、タケ、ユーカリ、ヤナギ、ポプラ、アカシア、藻類など)をはじめとするリグノセルロース系バイオマス原料、あるいは、デンプンやグルコース等の糖類を含む食品加工廃棄物や水産加工残渣等であってもよい。
【0029】
本発明において用いられる「アルデヒド化合物」とは、アルデヒド基(−CHO)を有する有機化合物(広義のアルデヒド)をいう。本発明で用いるアルデヒド化合物は、アルデヒド基を1個有するものでもよいし、2個又はそれ以上有するものでもよい。本発明で用いるアルデヒド化合物は、炭素数5以下のアルデヒドであることが好ましい。本発明で用いるアルデヒド化合物は、ホルムアルデヒド又はα位に酸素が結合している炭素数2〜5のアルデヒドであることがさらに好ましい。本発明で用いるアルデヒド化合物は、ホルムアルデヒド又は全ての炭素に一個以上の酸素が結合している炭素数2〜5のアルデヒドであることが特に好ましい。本発明で用いるそのようなアルデヒド化合物としては、限定するものではないが、例えば、ホルムアルデヒド、グリコールアルデヒド、グリオキサール、メトキシアセトアルデヒド、グリオキシル酸、グリセルアルデヒド等が挙げられる。
【0030】
本発明の方法において、炭水化物含有原料をアルデヒド化合物の存在下で溶媒中で反応させるためには、溶媒中に、炭水化物含有原料及び上記触媒と共に、アルデヒド化合物を含有させればよい。溶媒中にアルデヒド化合物を含有させるためには、アルデヒド化合物を溶媒に直接添加すればよい。
【0031】
あるいは本発明の方法では、溶媒中にアルデヒド化合物を含有させるために、例えばアセタール化合物のような、アルデヒド化合物に容易に変換される有機化合物を、溶媒に添加してもよい。アセタール化合物を始めとする、酸性条件下や触媒反応等により溶媒中でアルデヒド化合物に容易に変換される有機化合物はよく知られている。本発明で溶媒に添加してとりわけ好適に使用されうる、アルデヒド化合物に容易に変換される有機化合物としては、限定するものではないが、例えば、いずれもアセタールである、ジメトキシメタン(ホルムアルデヒドに変換される)、2,2−ジメトキシエタノール等のジメトキシエタノール(グリコールアルデヒドに変換される)、1,1,2−トリメトキシエタン等のトリメトキシエタン(2-メトキシアセトアルデヒドに変換される)等が例示される。
【0032】
本発明の方法において特に好適に溶媒に添加されるアルデヒド化合物又はアルデヒド化合物に容易に変換される有機化合物としては、より好ましくはホルムアルデヒド、グリコールアルデヒド、ジメトキシメタン、1,1,2−トリメトキシエタンが挙げられ、さらに好ましくは、ホルムアルデヒド、1,1,2−トリメトキシエタンが挙げられる。特に、ホルムアルデヒドは、その触媒反応を経ても実質的に消費されないので、繰り返しの利用が可能であり、最も好ましい。
【0033】
本発明の方法では、一種又は二種以上の上記アルデヒド化合物を溶媒中に予め共存させることにより、乳酸類の収率を高めることができる。
【0034】
溶媒中に含有させるアルデヒド化合物の量は、用いられる炭水化物原料の種類や触媒の種類、反応条件により適宜調整すればよいが、少なすぎると十分な効果が得られず、多すぎても使用量に見合うだけの効果が得られず無駄になる。通常は、溶媒中のアルデヒド化合物の含有量が、炭水化物含有原料に含まれる炭素1g原子当たり、アルデヒド化合物が0.01〜10モル、より好ましくは0.1〜5モル、更に好ましくは0.3〜2モルとなる量であることが好ましい。
【0035】
本発明に用いられる触媒は、第3族元素含有化合物であることが好ましい。第3族元素には、スカンジウム、イットリウム、ランタノイドからなる希土類元素とアクチノイドが含まれる。本発明で好適に用いられる第3族元素としては、限定するものではないが、例えば、サマリウム(Sm)、ランタン(La)、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、イッテルビウム(Yb)、セリウム(Ce)、ネオジム(Nd)等が挙げられる。第3族元素含有化合物とは、第3族元素自体、そのイオン化物、又は一種又は二種以上の第3族元素を含む化合物である。
【0036】
第3族元素含有化合物は、第3族元素の塩及び/又は酸化物の形態であることがより好ましい。第3族元素の塩としては、限定するものではないが、ハロゲン化物やトリフルオロメタンスルホン酸塩が特に好ましい。ハロゲン化物としては、限定されるものではないが、塩化物、臭化物、ヨウ化物などが挙げられる。第3族元素の酸化物は、限定するものではないが、例えば、第3族元素のうち希土類元素(スカンジウム、イットリウム、ランタノイド)と酸素原子とからなる化合物であってもよく、また、パイロクロア型酸化物(Ln;Ln=希土類イオン、M=Ti,Ruなど)、ガーネット型酸化物(Ln12;Ln=希土類イオン、M=Fe、Gaなど)及びペロブスカイト型酸化物などの希土類複合金属酸化物であってもよく、アルカリ金属、アルカリ土類金属、ホウ素などを添加した希土類元素酸化物、希土類−アルミナ系などの2成分系酸化物、他の金属酸化物への担持型希土類酸化物、希土類イオン交換ゼオライトなどであってもよい。
【0037】
上記触媒の使用量は、限定するものではないが、通常は炭水化物含有原料中の炭素量に対して質量比で1/1000〜1/1、好ましくは1/100〜1/3である。
【0038】
本発明の方法では、水性溶媒、すなわち、水または水溶性成分を含む水ベースの溶媒を溶媒として用いても良い。水としては、限定するものではないが、水道水、滅菌水、濾過水、蒸留水、イオン交換水、又は工業用水等を使用することが好ましい。また水性溶媒は、特に、本発明の方法で得た乳酸類等の生成物を分離した後の、触媒を含有するかあるいは含有しない水を循環して使用することも好ましい。
【0039】
前記溶媒としてはアルコール系溶媒を用いることもでき、具体的には、例えばメタノール、エタノール、ブタノールなどの任意のアルコール又はそれらのアルコールを主成分とする溶媒(例えば含水アルコールなど)であってよい。本発明の方法で用いるアルコール系溶媒はまた、1種類のアルコールからなる100%アルコールであってもよいし、複数種のアルコールからなるアルコール混合物であってもよいし、それらと水との混合物であってもよい。またアルコール性溶媒は、特に、本発明の方法において乳酸等の生成物を分離した後の、触媒を含有するかあるいは含有しないアルコールを循環して使用することも好ましい。
【0040】
これらの溶媒、例えば水性溶媒又はアルコール系溶媒としては、炭水化物含有原料中の炭水化物量に対して質量比で少なくとも3倍以上、好ましくは7〜1000倍、より好ましくは10〜500倍、さらに好ましくは20〜400倍の量の水性溶媒又はアルコール系溶媒を用いることが好ましい。特に、水性溶媒を使用する場合には7〜1000倍、典型的には20〜400倍の量を用いることがより好ましい。またアルコール系溶媒を使用する場合には3〜1000倍、典型的には20〜400倍の量を用いることがより好ましい。溶媒量が少ないと乳酸の生成量が低下し、あまり多いと溶媒の加熱や生成物の分離のためのエネルギー消費量が多くなる点で好ましくない。
【0041】
本発明の方法では、炭水化物含有原料を、アルデヒド化合物と第3族元素含有化合物である触媒を含む溶媒(例えば、水性溶媒又はアルコール系溶媒)中で加熱処理を行う。加熱条件は、限定するものではないが、少なくとも150℃以上、好ましくは180℃〜400℃まで加熱することである。特に、水性溶媒を使用する場合には200〜400℃、典型的には250〜400℃の加熱温度を用いることがより好ましい。またアルコール系溶媒を使用する場合には150〜400℃、典型的には200〜250℃の加熱温度を用いることがより好ましい。加熱後、水等で冷却することにより温度を急冷することも好ましい。
【0042】
本発明の方法において、フラン類や酢酸、ギ酸、レブリン酸などの副生を抑制し、乳酸類をより高収量で得るためには、系内の酸素は少ない方が好ましい。好ましい酸素濃度は5容量%以下であり、より好ましくは3容量%以下であり、更に好ましくは1容量%以下であり、より更に好ましくは0.1容量%以下であり、実質的に検出限界以下であると、乳酸類が高収量で得られる。
【0043】
酸素濃度の低減化調整は、不活性ガスで空気をパージ(排除)する方法を用いて行うのが簡便である。不活性ガスとしては、二酸化炭素、アルゴンガス等を用いることができる。特に効率良く空気をパージするために、加熱前に加圧(例えば50気圧に)することもできるが、酸素濃度を適正に調整できれば特に加圧しなくてもよい。反応系から不活性ガスで空気をパージ(排除)することにより、酸素の非存在下(すなわち、検出限界以下の酸素濃度)で反応を行うことも好ましい。
【0044】
本発明方法における溶媒中(例えば、水性溶媒又はアルコール系溶媒中)での反応は、使用する触媒に応じて、攪拌回分式反応器、又は固定床若しくは流動床反応器等の任意の反応容器を用いて行うことができる。その反応方式もバッチ式および連続式の如何を問わず、反応プロセスによってその使用方法を何ら制限されるものではない。1つの好適な態様では、本発明の方法は、例えば、オートクレーブ(電磁撹拌式オートクレーブ等)に触媒、原料である炭水化物含有原料、アルデヒド化合物、及び溶媒(例えば水性溶媒及び/又はアルコール系溶媒)を仕込み、不活性ガスで空気をパージした後、上記加熱温度まで加熱して反応させることによって実施することができる。
【0045】
この方法により、乳酸類、すなわち乳酸及び/又は乳酸エステルを、原料とする炭水化物含有原料中から高収率で得ることができる。その後、得られた生成物から公知の有機酸分離方法により乳酸類(乳酸及び/又は乳酸エステル)を単離することができる。
【0046】
得られた乳酸類は公知の方法により、例えば、アクリル酸製造用の原料として用いることができる。そのようにして得られたアクリル酸はポリアクリル酸やポリアクリル酸塩、高吸水性樹脂、アクリル酸エステルの原料として用いることができ、アクリル酸エステルは、アクリル繊維や塗料、インクなどの原料として用いることができる。
【実施例】
【0047】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0048】
[実施例1]
10mL容の高圧反応器中に、微結晶セルロース約0.0324g(1.2mg原子の炭素分を含む)、トリフルオロメタンスルホン酸イッテルビウム(0.01mmol)、表1に記載のホルムアルデヒド、及び水10mL(質量比でセルロースの約309倍に相当する)を仕込み、反応器の蓋を閉めた後、アルゴンガスで空気をパージし、350℃に保持したサンドバス中に反応器を振とうしながら保持した。3〜4分後に反応器内部が300℃に達したところで、水にて急冷し、反応器中の反応液を取り出した。次いでこの反応液中の各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果に基づく各生成物の収量を表1に示す。なお各収量は、炭素基準で、すなわち、原料の微結晶セルロースに含まれる炭素量に対する、各生成物中の炭素量の割合(質量%)で表した。
【0049】
【表1】

表1中、HMFはヒドロキシメチルフルフラールである。
【0050】
表1より、ホルムアルデヒドを添加することにより、乳酸の生成量が向上することが示された。これらの反応条件により、原料の炭水化物に対して炭素基準で50%以上の量の乳酸を得ることができた。また、反応後のホルムアルデヒドは添加量の90%以上が系内に残存していることが確認された。
【0051】
[実施例2]
炭水化物含有原料として、グルコース又はフルクトースを用いた以外は実施例1と同様の条件で反応を行った。次いでこの反応液中の各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果に基づく各生成物の収量を表2に示す。なお各収量は、炭素基準で、すなわち、原料の微結晶セルロースに含まれる炭素量に対する、各生成物中の炭素量の割合(質量%)で表した。
【0052】
【表2】

【0053】
表2の結果が示すように、グルコースやフルクトース原料を用いた場合も、ホルムアルデヒドの添加により、乳酸の収量が向上することがわかった。
【0054】
[実施例3]
触媒として酸化イットリウム0.02gを用いた以外は実験例1と同様の条件で反応を行った。次いでこの反応液中の各種生成物を液体クロマトグラフィーにより定量分析した。その分析結果に基づく各生成物の収量を表3に示す。なお各収量は、炭素基準で、すなわち、原料の微結晶セルロースに含まれる炭素量に対する、各生成物中の炭素量の割合(質量%)で表した。
【0055】
【表3】

【0056】
表3の結果が示すように、触媒として第3族元素の酸化物を用いた場合も、ホルムアルデヒドの添加により、乳酸の収量が向上することがわかった。
【0057】
[実施例4]
アルデヒド化合物としてホルムアルデヒドの代わりに1,1,2−トリメトキシエタンを用いた以外は実験No. 1bと同様の条件で反応を行った。その結果、得られた反応液中の生成物の収量は、乳酸が52質量%、ギ酸が25質量%、グリコール酸が3質量%、酢酸が8.6質量%、レブリン酸が5.9質量%、HMFとフルフラールの合計が9.7質量%であった。なお生成物収量の合計が見かけ上100質量%を超えたのは、アルデヒド化合物として添加した1,1,2−トリメトキシエタンが主にギ酸に分解したことによると考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明の方法を用いれば、自然界に多量に存在し、環境に優しく、また再資源化が要望されているリグノセルロース系バイオマスから、医薬品、化粧品、香料、農薬などの各種製品の中間原料あるいはポリマー原料として極めて有用な乳酸あるいは乳酸エステルを一工程で簡便かつ安価に製造することが可能となる。また、廃棄物系の有機性炭素資源を利用することが可能となるので、環境浄化、資源の有効利用及び省エネルギーの観点からみても、極めて有効な乳酸あるいは乳酸エステルの合成法を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭水化物含有原料を、アルデヒド化合物の存在下で、第3族元素含有化合物を触媒として含む溶媒中で加熱処理することを特徴とする、乳酸及び/又は乳酸エステルの製造方法。
【請求項2】
前記アルデヒド化合物が、炭素数5以下のアルデヒドである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記アルデヒド化合物が、ホルムアルデヒド、又はα位に酸素が結合している炭素数2〜5のアルデヒドである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
第3族元素含有化合物が、第3族元素の塩又は酸化物である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記アルデヒド化合物の溶媒中の含有量が、前記炭水化物含有原料に含まれる炭素1g原子当たり、アルデヒド化合物が0.01〜10モルとなる量である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記炭水化物含有原料が、セルロース、セロビオース、デンプン、マルトース、グルコース、マンノース、フルクトース、ガラクトース、アラビノース、若しくはキシロース、又はそれらの2つ以上を含有する原料である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。

【公開番号】特開2009−263242(P2009−263242A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−111216(P2008−111216)
【出願日】平成20年4月22日(2008.4.22)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】