説明

乳酸発酵液からの乳酸の単離・精製方法

【課題】
発酵法で得られた乳酸発酵液から、収率に優れる効率的な乳酸の単離・精製する方法を提供する。
【解決の手段】
乳酸発酵液から乳酸を単離・精製する方法において、
a)乳酸発酵液に無機酸を添加して、pH3以下に調整する工程と、
b)前記工程で得られる乳酸発酵液から、抽出溶媒として、ジエチルエーテル、t-ブチルメチルエーテル、t-ブチルエチルエーテル、エチルメチルケトン、およびイソブチルメチルケトンから選ばれる少なくとも1種を用いて、粗乳酸を抽出する工程と、
c)抽出工程で得られる粗乳酸から乳酸を含む留出物を留出させ、高沸成分を除去する第一蒸留工程と、
d)前記工程で得られる乳酸を含む留出物から低沸成分を除去し、精製乳酸を回収する第二蒸留工程を含むことを特徴とする乳酸の単離・精製方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発酵法により得られた乳酸発酵液からの乳酸の単離・精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
乳酸は、醸造、漬物などの食品用途、医薬、農薬、化粧品などの化学原料用途、さらに繊維仕上げ、塗料、溶剤、生分解性プラスチックなどの工業用途等に使用されており、需要増加が期待されている。
発酵法で乳酸を製造する方法は以前より知られており、多くの報告がある。しかし、発酵法で得られる乳酸発酵液には、乳酸または乳酸塩以外に、未反応の原料、菌体、培地由来の糖類、アミノ酸、酸類、タンパク質、無機塩など多くの不純物が含まれていることから、乳酸発酵液をそのまま用いることは困難である。そのため、乳酸発酵液からの乳酸の単離が必須であり、更に用途に応じて高純度に精製を行う必要がある。また、光学活性な乳酸の場合、高光学純度である乳酸をその純度を低下させずに乳酸発酵液から単離や精製を行なわなければならない。
【0003】
乳酸発酵液からの乳酸の単離方法として、特許文献1には、乳酸塩を含む発酵液に酸を加えて乳酸を遊離させ、活性炭を充填したカラムを通液し、乳酸水溶液を得て、乳酸水溶液から有機溶媒を用いて乳酸の抽出を行っている。さらに、乳酸-有機溶媒溶液に水を加え、乳酸の逆抽出を行い、水を濃縮し高濃度の乳酸溶液を得る方法が開示されている。しかしながら、特許文献1の方法では、高濃度の乳酸を得るために、非常に多くの工程が必要であり、工業的スケールで行うには実用的ではない。
特許文献2には、乳酸発酵液をイオン交換によりイオン性物質を除去し、次に低濃度の乳酸水溶液から高濃度の乳酸を得るために水を留去し、さらに蒸留を行うことにより、精製乳酸を得る方法を開示している。特許文献2には、乳酸発酵液からの蒸留による乳酸の精製において、収率低下の原因となる乳酸のオリゴマー化を抑制のためには、イオン性物質(アニオン性およびカチオン性不純物)の除去を行う必要があり、何らかの処理を行うことが必須であると記載されている。そこで、特許文献2ではイオン性物質を除去するために、イオン交換樹脂を用いて行っている。しかしながら、イオン交換樹脂はある一定のレベルで破過してしまうため、再生させる必要が生じ、イオン交換樹脂を再生するためには時間と手間を要する。また、高濃度の乳酸を得るためには、水を除去する必要があり、熱源として多大なエネルギーが必要となる。そこで、乳酸発酵液より煩雑な工程やイオン交換樹脂等を必要としない、より簡便で工業化に適した乳酸の単離・精製方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2003−518476号
【特許文献2】特表2001−506274号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
以上のような事情を鑑み、本発明は、発酵法で得られた乳酸発酵液から、収率に優れる効率的な乳酸の単離・精製する方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、乳酸発酵液に無機酸を添加し、pH3以下に調整し、抽出溶媒として、ジエチルエーテル、t-ブチルメチルエーテル、t-ブチルエチルエーテル、エチルメチルケトン、およびイソブチルメチルケトンから選ばれる少なくとも1種を用いることで、乳酸発酵液から効率的に粗乳酸を抽出できることを見出した。また、抽出で得られた粗乳酸の蒸留精製において、初めに乳酸を含む留出物を留出させることにより高沸成分を除去し、次に、得られた乳酸を含む留出物より、低沸成分を除去することで、高収率で精製乳酸が得られることを見出した。
【0007】
本発明は、上記知見に基づき完成されたものであり、以下に発酵法で得られた乳酸発酵液から、収率に優れる効率的な乳酸の単離・精製方法を提供する。
項1.
a)乳酸発酵液に無機酸を添加して、pH3以下に調整する工程と、
b)前記工程で得られる乳酸発酵液から、抽出溶媒として、ジエチルエーテル、t-ブチルメチルエーテル、t-ブチルエチルエーテル、エチルメチルケトン、およびイソブチルメチルケトンから選ばれる少なくとも1種を用いて、粗乳酸を抽出する工程と、
c)抽出工程で得られる粗乳酸から乳酸を含む留出物を留出させ、高沸成分を除去する第一蒸留工程と、
d)前記工程で得られる乳酸を含む留出物から低沸成分を除去し、精製乳酸を回収する第二蒸留工程を含むことを特徴とする乳酸の単離・精製方法。
項2.
無機酸が、塩酸、硝酸、燐酸、または硫酸である項1に記載の方法。
項3.
乳酸が、光学活性な乳酸である項1または2に記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、複雑な工程を経ることなく、乳酸発酵液より短い工程で、効率的に高純度の精製乳酸を得ることが可能となる。また、有機溶媒を用いることで、大量の水を除去する必要がないため、使用するエネルギーを削減することができる。光学活性体な乳酸を用いた場合、光学純度を低下させることなく、高純度の精製乳酸を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、乳酸発酵液から乳酸を単離・精製する方法において、
a)乳酸発酵液に無機酸を添加して、pH3以下に調整する工程と、
b)前記工程で得られる乳酸発酵液から、抽出溶媒として、ジエチルエーテル、t-ブチルメチルエーテル、t-ブチルエチルエーテル、エチルメチルケトン、およびイソブチルメチルケトンから選ばれる少なくとも1種を用いて、粗乳酸を抽出する工程と、
c)抽出工程で得られる粗乳酸から乳酸を含む留出物を留出させ、高沸成分を除去する第一蒸留工程と、
d)前記蒸留工程で得られる乳酸を含む留出物から低沸成分を除去し、精製乳酸を回収する第二蒸留工程を含むことを特徴とする乳酸の単離・精製方法である。
【0010】
本発明で用いる乳酸発酵液は、通常の乳酸発酵法で得られる発酵液を用いることができる。例えば、グルコース、フルクトースのような単糖類;シュークロース、マルトース、トレハロースのような二糖類;デンプン、セルロース、ヘミセルロース、キシランのような多糖類など、糖類を含有する甘藷糖蜜、サトウキビ廃糖蜜のような廃糖蜜などの炭素源を主原料とし、さらに、酵母エキス、ペプトン、動物性ポリペプトン、植物性ポリペプトン、肉エキス、コーンスティープリカー、カザミノ酸、油粕のようなペプチド又はアミノ酸類、アンモニア、硝酸塩のような無機窒素類、尿素などの窒素源を添加した培地を用いて、ラクトバチルス(Lactobacillus)属、ラクトコッカス(Lactococcus)属、ストレプトコッカス(Streptococcus)属、ロイコノストック(Leuconostoc)属など乳酸発酵能を有する乳酸菌を発酵することによって、乳酸発酵液が得られる。また、必要に応じて、培地中に乳酸発酵用の培地に通常添加される、リン酸塩、硫酸マグネシウムのようなマグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩、マンガン塩のような無機塩類;ビタミン類;ポリソルベートのような脂肪酸などを添加してもよい。このような乳酸培養液を得る方法として、例えば、特開平2−76592号公報、特開昭62−44188号公報に記載の方法で調製することができる。
【0011】
乳酸発酵において、生成する乳酸によって、発酵液中のpHが低下するので中和剤を用いて中和しながら、発酵を進めるのが一般的である。なお、生成した乳酸は、中和剤と塩を形成し、乳酸塩の形で得られる。pH調節に用いる中和剤は、アルカリ金属又はアルカリ土類金属の水酸化物、アルカリ金属又はアルカリ土類金属の炭酸塩、アンモニウム化合物及びこれらの混合物が挙げられる。具体的には、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、アンモニア水、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウムなどが挙げことができる。中でも、中和によって得られる乳酸塩の取り扱いやすさの点で、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどが好ましい。また、乳酸発酵によって得られる発酵液は、全て乳酸塩の形ではなく、一部乳酸の状態のものを含んでいてもよい。
【0012】
乳酸発酵時の培地のpHは、用いる微生物の種類、培地の種類、培養条件によって異なるため、必要に応じて適宜決定することができるが、通常pH4−7、好ましくは5.5−6.5である。発酵の温度は、使用する乳酸生産菌が生育する温度であればよく、例えば約0〜60℃である。培養は、回分培養、半回分培養、連続培養の何れであってもよい。培養時間は、使用菌株、培地成分、特に糖質の量などにより異なるが、回分培養の場合、約1〜8日間が好ましく、約2〜7日間がより好ましい。連続培養、半回分培養を行う場合はこれに限定されない。
【0013】
乳酸発酵で得られる乳酸発酵液は、遠心分離や膜ろ過等によって、菌体、培地成分、固形成分などの共雑物を除去することにより、乳酸発酵液として、抽出工程に用いることができる。しかしながら、菌体などの固形分のみを除去した乳酸発酵液中には、タンパク質等が大量に残存しており、そのままの状態で溶媒抽出を行うと、タンパク質よって水層と有機層の分液性が低下する。そこで、抽出工程に用いる乳酸発酵液中に残存しているタンパク質を除去しておくことが好ましい。
【0014】
本発明において、乳酸発酵液中に残存するタンパク質の除去方法として、乳酸発酵液を加熱処理することによって、乳酸発酵液中に残存する菌体及び菌体由来成分、培地由来成分などのタンパク質を熱変性により凝縮させ、固液分離により凝縮物を除去する方法が挙げられる。タンパク質除去の際の加熱処理温度は、約60〜120℃である。加熱処理の時間は、約10分〜10時間である。上記範囲であれば効率良く発酵液中に残存するタンパク質等を熱変性させることができ、凝集物が得られる。加熱処理によって、生成した凝集物は、通常用いられる固液分離法、例えば、遠心分離、膜ろ過、デカンテーション法等によって、容易に除去することができる。また、凝集剤などを添加してもよい。
また、別のタンパク質の除去方法として、乳酸発酵液に無機酸を添加し、pHを調整することによって、タンパク質を変性させ、固液分離により除去する方法が挙げられる。なお、固液分離法は、加熱処理の場合と同じ方法を用いることができる。作業の効率の点で、pH調節によるタンパク質の除去方法が好ましい。なお、タンパク質の除去は、乳酸発酵液のpH調整工程において行なってもよい。
【0015】
pH調整工程
乳酸発酵液中では、乳酸はpHに応じて、乳酸もしくは乳酸塩の形で発酵液中に存在している。発酵液のpHが乳酸より低い場合、発酵液をそのまま抽出工程に付することができるが、pHが乳酸より高い場合は、乳酸は発酵液中で乳酸塩として存在しており、溶媒抽出を行うには、酸を添加して乳酸塩を乳酸と塩に遊離させる必要がある。また、抽出効率の点で、抽出工程に用いる発酵液は、pH3以下とすればよく、pH2以下がより好ましい。上記範囲にpHを調整することで、乳酸発酵液より乳酸を効率よく溶媒抽出することができる。
乳酸発酵液のpH調整に用いる酸は、乳酸よりpKaが小さい無機酸であれば特に制限はなく用いることができる。無機酸として、塩酸、硝酸、硫酸、リン酸などを例示することができ、好ましくは硫酸、リン酸である。無機酸の添加量は、乳酸発酵液のpHに応じて適宜調整すればよい。なお、乳酸発酵液のpHを上記範囲に調整した際に、乳酸発酵液中に残存するタンパク質や無機塩等が析出してくるので、遠心分離や膜ろ過等による固液分離において除去すればよい。
【0016】
pH調整工程において、乳酸発酵液に無機酸を加えることにより希釈熱や中和熱で発酵液の温度が上昇するため、発酵液の温度調節が必要となる。pH調整の際の温度は、抽出工程で使用する抽出溶媒の沸点以下であればよいが、約10〜40℃が好ましい。
【0017】
pHを調整した乳酸発酵液をそのまま抽出工程に用いてもよいが、乳酸発酵液中の乳酸濃度が20重量%以下であると、抽出工程で用いる設備が大きくなってしまう。そこで、限外ろ過膜等を用いて膜ろ過による濃縮、若しくは、減圧または加熱等による濃縮を行なうことで、乳酸発酵液中の乳酸濃度を約20重量%以上に濃縮することが好ましい。
【0018】
抽出工程
pH調整工程でpHを調整した乳酸発酵液からの粗乳酸の抽出は、抽出溶媒を用いて行う。抽出溶媒としては、乳酸発酵液と混和せず粗乳酸を抽出できるものを用いることができる。具体的には、ジエチルエーテル、ジプロピルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジブチルエーテル、t-ブチルメチルエーテル、t-ブチルエチルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル、テトラヒドロフラン、テトラヒドロピラン、ジオキサン、2−メチルテトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒、メチルエチルケトン、2-ペンタノン、3-ペンタノン、2−ヘキサンノン、3-ヘキサノン、メチルイソブチルケトン、2-ヘプタノン、3-ヘプタノン、4-ヘプタノン、ジイソブチルケトン、シクロペンタノン、シクロヘキサノン、メチルシクロヘキサノンなどのケトン系溶媒、1-ブタノール、2-ブタノール、イソブタノール、t-ブチルアルコール、1-ペンタノール、2-ペンタノール、3-ペンタノール、2-メチル-1-ブタノール、イソペンチルアルコール、t-ペンチルアルコール、3-メチル-2-ブタノール、ネオペンチルアルコール、1-ヘキサノール、2-メチル-1-ペンタノール、4-メチル-2-ペンタノール、1-ヘプタノール、2-ヘプタノール、3-ヘプタノールなどのアルコール系溶媒が挙げられる。これらは、1種を単独で、または2種以上を組み合わせて使用できる。粗乳酸の抽出における抽出効率の点で、ジエチルエーテル、メチル-t-ブチルエーテル、エチル-t-ブチルエーテル、エチルメチルケトン、イソブチルメチルケトンが好ましく、ジエチルエーテル、メチル-t-ブチルエーテルがより好ましい
【0019】
抽出溶媒の使用量は、乳酸発酵液の重量に対して約2〜10倍量(W/W)であり、好ましくは約3〜5倍量(W/W)を用いればよい。抽出工程の温度は、約0〜60℃であればよく、好ましくは約20〜40℃である。
【0020】
抽出方法として、多回抽出、向流多段抽出、向流微分抽出のいずれの方式を用いてもよい。また、抽出に用いる抽出装置として、スプレー塔、充填塔、バッフル塔、多孔板抽出塔、撹拌式抽出装置としてミキサーセトラー、シャイベル塔、回転円盤抽出塔、オルドシュー・ラシュトン塔(ミクスコ塔)、RLT抽出機(グラエッサー抽出機)、ARD塔(ルーク抽出機)、クーニ塔、脈動式・振動式抽出装置として脈動充填塔、脈動多孔板塔、振動板塔(カール塔)、遠心分離抽出装置としてポドビルニアク抽出機、ルウェスタ抽出機などが挙げられる。
【0021】
抽出工程で得られる粗乳酸中には、乳酸以外の成分として、未反応の原料、菌体、培地由来の糖類、アミノ酸類、酸類、タンパク質、無機塩などの不純物が含まれており、溶媒抽出工程のみでは、高純度の精製乳酸を得ることができない。そのため、高純度の精製乳酸を得るためには、上記の不純物を分離するために蒸留等による精製を行なう必要がある。
次の蒸留工程には、抽出工程で得られる粗乳酸をそのまま用いてもよいが、粗乳酸中の乳酸濃度が低い場合、減圧または加熱等による濃縮を行ってもよい。濃縮温度は、抽出溶媒の沸点にもよるが約150℃以下であればよく、約120℃以下が好ましい。濃縮圧力は、常圧もしくは減圧どちらでもよい。また、濃縮によって留去した抽出溶媒を単離して、再び抽出工程に用いることで抽出溶媒の使用量の減少を図ることも可能である。
【0022】
第一蒸留工程
上述したように、抽出工程で得られる粗乳酸中には、乳酸以外に未反応の原料、無機塩、タンパク質、培地由来の糖質などの高沸成分および、アミノ酸、水、乳酸エステルなどの低沸成分の不純物が存在しており、精製乳酸を得るためには、粗乳酸を含む溶液から両成分を分離させる必要がある。また、乳酸は水分が少なくなるとオリゴマーを形成することが知られており、粗乳酸中にも低分子量の乳酸オリゴマーが存在している。
【0023】
通常、精製方法として用いられる単蒸留などの精製方法で乳酸精製を行った場合、初めに、粗乳酸中に含まれる水、アミノ酸、乳酸エステルなどの低沸成分の除去を行い、さらに、乳酸を留出させ、タンパク質、無機塩、培地成分、糖質などの高沸成分の除去を行う。水などの低沸成分の除去を先に行った場合、粗乳酸中に含まれる乳酸および低分子量の乳酸オリゴマーが重合し、高分子量の乳酸オリゴマー量が増加する。その結果、除去した高沸成分中に高分子量の乳酸オリゴマーが残存してしまい、乳酸回収率の低下の原因となる。そこで、低分子量の乳酸オリゴマーの重合化を防ぐため、高沸成分の除去は約100℃以上という高温条件で行われる。これは、乳酸の回収率の向上を目的として、乳酸以外に2量体や3量体などの低分子量の乳酸オリゴマーも一緒に留出させるためである。しかしながら、高温条件で除去を行った場合、粗乳酸中に残存しているアミノ酸やタンパク質の分解が起こり、乳酸の純度低下の原因となる。
従って、上記問題点を解決するため、粗乳酸の蒸留による精製は、初めに高沸成分を除去し、続いて低沸成分の分離を行うことが好ましい。
【0024】
第一蒸留工程においては、粗乳酸から水、アミノ酸、乳酸エステルなどの低沸成分および乳酸を含む留出物の留出を行い、タンパク質、無機塩、培地成分、糖質などの高沸成分の除去を行う。
蒸留による高沸成分の除去条件として、蒸留温度は約60〜160℃であり、好ましくは約80〜140℃である。蒸留時の圧力は、約0.1〜20mmHgであり、好ましくは、約0.1〜15mmHgである。上記範囲であれば、粗乳酸中より高沸成分を効率よく除去することができる。
【0025】
第一蒸留工程の蒸留方式として、高沸成分の除去の際、乳酸のオリゴマー化を抑制するため、塔内での乳酸の滞留時間を可能な限り短くすることが必要である。即ち、塔内へ連続的に粗乳酸を供給し、乳酸をすみやかに蒸発させることが重要となる。従って、滞留時間を短くでき、かつ連続的に高沸成分を抜き取ることができる方式が好ましい。
【0026】
第一蒸留工程に用いる蒸留装置としては、乳酸の滞留時間を最短にすることができる装置、即ち、薄膜型蒸発装置、落下フィルム蒸発装置、拭き取りフィルム蒸発装置などが挙げられる。
【0027】
除去した高沸成分中(残渣)には、高分子量の乳酸オリゴマーが含まれており、この蒸留残渣に水を添加し加水分解を行うことで、乳酸オリゴマーを低分子化することが可能である。これを再び抽出工程に用いることにより、乳酸の回収率を向上させることができる。
【0028】
第二蒸留工程
第二蒸留工程においては、第一蒸留工程で得られる乳酸を含む留出物から水、アミノ酸、乳酸エステルなどの低沸成分を分離し、精製乳酸の回収を行う。
蒸留による低沸成分の除去条件として、蒸留温度は約40〜100℃であり、好ましくは約40〜80℃である。蒸留時の圧力は、約0.1〜30mmHgであり、好ましくは、約0.1〜20mmHgである。上記範囲であれば、乳酸を含む留出物から精製乳酸を効率よく回収することができる。
【0029】
第二蒸留工程の蒸留方式として、乳酸を含む留出物より、低沸成分を除去できる方式であればよく、粗乳酸の処理量に応じて適宜選択すればよい。具体的には、バッチ式の単蒸留、または連続式の単蒸留が挙げられる。また、蒸留工程において、得られた精製乳酸をさらに純度を高めるために、必要に応じて精留等によってさらに精製を行ってもよい。
【0030】
第二蒸留工程に用いる蒸留装置としては、バッチ式の単蒸留を行う場合は、通常、単蒸留に用いられる装置であれば、特に制限無く用いることができる。また、連続式の単蒸留(フラッシュ蒸留)を行う場合は、薄膜型蒸発装置、落下フィルム蒸発装置、拭き取りフィルム蒸発装置などが挙げられる。精留によりさらに精製を行う場合に用いる精留塔は、充填塔、または棚段塔が挙げられる。
【0031】
本発明の単離・精製方法において、光学活性な乳酸を含む乳酸発酵液を用いることもでき、この場合、光学純度を低下させることなく、高純度の光学活性な精製乳酸を得ることができる。
【0032】
本発明の単離・精製方法により得られる精製乳酸は、ポリ乳酸の原料として用いてもよく。また、高光学純度が必要とされる医薬・農薬の原料として使用することができる。
【0033】
実施例
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例にその技術的範囲が限定されるものではない。
(分析方法)
後述する実施例および比較例において、乳酸の分析は下記に記載の方法を用いて行った。
1)乳酸濃度の測定方法
乳酸の濃度測定は、HPLCを用いて行った。
カラム:ダイソーパックSP−120−5−ODS−BP 4.6mmIDx250mmL
移動相:20mM KHPO水溶液(pH2.5)
流速:1.0mL/min
温度:40℃
検出:UV、220nm
試料:サンプル150mgと内部標準としてコハク酸250mgを移動相に溶解させ測定用のサンプルとした。
打ち込み量:1μL
乳酸リチウムを標準物質として検量線を作成した。
2)乳酸の光学純度
乳酸の光学純度測定は、HPLCを用いて行った。
カラム:Sumichiral OA-5000 4.6mmIDx150mmL
移動相:2mM CuSO水溶液/イソプロパノール = 98/2
流速:1.0mL/min
温度:室温
検出:UV、254nm
試料:試料10mgに対して2N NaOHを0.5ml加え5hr 攪拌する。さらに、1N 硫酸を1ml加え、移動相(硫酸銅緩衝液)で10倍希釈し測定用のサンプルとした。
打ち込み量:20μL
3)分配係数の求め方
分配係数=有機層中の乳酸のarea/水層中の乳酸のarea
【0034】
実施例1 乳酸発酵液のpHによる抽出効率の検討
乳酸換算濃度が20.9重量%の乳酸ナトリウム含有の発酵液を表1に記載の量を用いて、所定のpHになるまで98%硫酸を添加し調整した。pHを調整した際に、発酵液中にタンパク質および無機塩の固形分の析出が確認できた。析出したタンパク質および無機塩の固形分をろ過により、ろ紙5cを用いて除去した。得られた各pHの乳酸発酵液に抽出溶媒として、t-ブチルメチルエーテル(MTBE)を約20g添加してサンプル管に入れ、室温で5分間激しく振り混ぜた。10分間静置し2層に分液させた後、水層及び有機層のサンプリングを行ない、HPLCにより乳酸濃度の測定を行なった。なお、分配係数は上記記載の方法により算出した。
【0035】
【表1】

上記結果より、乳酸発酵液のpHを3以下とすることで、発酵液中から粗乳酸を効率よく抽出することができることが明らかとなった。
【0036】
実施例2 乳酸発酵液からの精製乳酸の単離・精製
乳酸換算濃度が20.9重量%の乳酸ナトリウム含有乳酸発酵液2,739g(光学純度98.3% ee)に95%硫酸275g加えてpH1.0に調整した。pHを調整した際に析出したタンパク質および無機塩をろ紙5cを用いて除去し、乳酸発酵液3,195gを得た。30mm x 200cmのガラス管に5mm x 5mmのガラス製ラシヒリングを充填し、その充填塔の上部からpHを調整した乳酸発酵液、下部からt-ブチルメチルエーテル(MTBE)をそれぞれ定量ポンプで連続的にフィードし、抽出塔内で乳酸発酵液とt-ブチルメチルエーテル(MTBE)を混合させ向流で粗乳酸の抽出を行った。抽出は室温で行い、抽出時間は4時間20分であった。抽出に用いたt-ブチルメチルエーテル(MTBE)の量は12,342g(抽出に用いた乳酸発酵液の3.9倍量)であった。
充填塔内で分液された粗乳酸を含有するt-ブチルメチルエーテル溶液を塔上部から、乳酸を抽出された水層は塔下部より抜き取りを行った。抜き取った乳酸/t-ブチルメチルエーテル溶液を100℃の油浴で濃縮して573gの粗乳酸溶液を得た。溶液中の乳酸濃度は80.5重量%であり、抽出工程での収率は80.5%であった。次に、滴下ロートをつけたフラスコをあらかじめ160℃の油浴で熱しておき、そこへ滴下ロートから、抽出によって得られた粗乳酸溶液から116.8gを45分で滴下し、0.3mmHgで第一蒸留を行い、高沸成分を除去し、92.5gの乳酸を含む留出物を得た。蒸留時のトップ温は108〜123℃であった。さらに、第一蒸留で得られた乳酸を含む留出物から30.4gを用いて、0.03mmHgで第二蒸留を行い、トップ温53〜77℃の低沸成分を留出させ、26.7gの精製乳酸を得た。得られた精製乳酸の濃度は99.4重量%、光学純度は98.3% eeであった。乳酸換算で収率は87.0%であった。蒸留工程での収率は87.0%であった。
【0037】
比較例1
乳酸濃度が35.7重量%の乳酸発酵液300g(光学純度98.3% ee)をフラスコに仕込み、リービッヒ冷却管と受器を設置し単蒸留で精製し、トップ温54〜99℃、10〜31mmHgの留分を回収し、80.3gの精製乳酸を得た。乳酸の純分は90.7重量%であった。乳酸換算で収率は68.0%であった。光学純度は96.2%eeであった。得られた液は茶色透明、発酵由来の強い臭いが残っていた。また、蒸留残渣は炭化していた。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明の方法において得られる、高純度の精製乳酸は、医薬、農薬、化粧品などの化学原料として有用である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)乳酸発酵液に無機酸を添加して、pH3以下に調整する工程と、
b)前記工程で得られる乳酸発酵液から、抽出溶媒として、ジエチルエーテル、t-ブチルメチルエーテル、t-ブチルエチルエーテル、エチルメチルケトン、およびイソブチルメチルケトンから選ばれる少なくとも1種を用いて、粗乳酸を抽出する工程と、
c)抽出工程で得られる粗乳酸から乳酸を含む留出物を留出させ、高沸成分を除去する第一蒸留工程と、
d)前記工程で得られる乳酸を含む留出物から低沸成分を除去し、精製乳酸を回収する第二蒸留工程を含むことを特徴とする乳酸の単離・精製方法。
【請求項2】
無機酸が、塩酸、硝酸、燐酸、または硫酸である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
乳酸が、光学活性な乳酸である請求項1または2に記載の方法。