説明

乳酸菌生残性向上剤

【課題】乳酸菌の生残性向上に優れた効果を有し、かつ製品の風味に悪影響を与えず、製造コストのかからない新規な乳酸菌生残性向上剤を提供することを課題とする。
【解決手段】マンガン、マンガン含有素材を添加することにより、製品の風味を損なわず、かつ、コストアップ等を回避しながら製品中において高い生菌数を維持することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳酸菌の生残性向上剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
乳酸菌が有する整腸効果、感染防御、免疫賦活、ガン予防等の生理効果が次々と明らかとなり、乳酸菌やその培養物等を健康食品や医薬品等の素材として利用するための開発がなされている。さらに、最近の研究では、乳酸菌を生きた状態で腸まで到達させることで上記の機能性が向上することも見出されており、製品中での生残性を向上させることは、近年需要が急増しつつある特定保健用食品への応用等、産業上からも大きな利点がある。
【0003】
しかしながら、乳酸菌の生残性は、菌株、培養フェーズ、製品pH、甘味料として使用される糖質の濃度等による影響を受け、製品本来の味を維持しながら乳酸菌の生残性を向上させることは非常に困難であった。そのため、酸素透過度を極力抑制する特殊な容器等が使用されてきたが、コストアップという問題点があった。また、保存中の乳酸菌の減少が少ない低脂肪ヨーグルトの製造方法として、オレイン酸、またはその塩やエステルを発酵ベースに添加し、乳酸菌の生残率を向上させることが開示されている(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、国内で食品添加物として利用可能なオレイン酸の関連化合物には独特の臭いを呈する物質がほとんどで、その利用にあたっては製品風味の低下が余儀なくされており、また、満足する生残率は得られていなかった。また、パーオキシダーゼを原料ミックスに添加して、低粘度で、かつ生残性の良い液状ヨーグルトを得る方法が開示されている(例えば、特許文献2参照)が、このような物質の添加は製品のコストに影響を与えてしまう。
【特許文献1】特開2001-45968号公報
【特許文献2】特開平10-262550号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
乳酸菌に対して生残性改善効果を有する従来技術の物質は、物質自体が高価であったり、特異な味や香りがあったりするため、製品を製造する場合には、ごくわずかの量しか培地に添加できないという問題があった。よって、本発明は、これらの問題点を考慮し、乳酸菌の製品中での生残性向上に優れた効果を有し、かつ、製品の風味に悪影響を与えず、製造コストのかからない、新規な乳酸菌の生残性向上剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、乳酸菌の生残性向上に優れた効果を有し、かつ、製品の風味やコストに悪影響を与えない乳酸菌の生残性向上剤を得るために鋭意検討を進めたところ、マンガンに乳酸菌の生残性を著しく高める効果があることを見出した。すなわち、マンガンを使用することで、製品の風味を損なわず、かつ酸素透過度を極力抑制する特殊で高価な容器の使用によるコストアップ等を回避しながら、生育対象とする乳酸菌が製品中において高い生菌数を維持することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
したがって、本発明は、下記の構成からなる発明である。
(1)マンガンを有効成分とすることを特徴とする乳酸菌生残性向上剤。
(2)マンガン含有素材を有効成分とすることを特徴とする乳酸菌生残性向上剤。
(3)マンガンを最終製品中に5 μg/100g以上配合することを特徴とする発酵乳、乳製品乳酸菌飲料又は乳酸菌飲料。
【発明の効果】
【0007】
マンガンを添加することにより、製品の風味を損なわず、かつ、酸素透過度を極力抑制する特殊で高価な容器の使用によるコストアップ等を回避しながら、製品中において高い乳酸菌の生菌数を維持することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明のマンガンとしては、硫酸マンガンのほか、マンガン酵母、マンガン乳酸菌等を利用することができる。本発明のマンガン含有素材としては、紅茶、煎茶や玉露等の茶葉、生姜、あおのり、酸性バターミルク等のマンガンを含有する素材を利用することができる。
【0009】
本発明の乳酸菌生残性向上剤は、水溶液のままで、または、濃縮液あるいは粉末とした状態で使用することができる。乳酸菌を用いて発酵させる発酵バター製造時に得られる酸性バターミルクは、水溶液のまま、濃縮液や粉末として使用することもできる。また、茶葉や生姜等は、粉末として使用することもできるし、抽出エキスとして使用することもできる。
【0010】
本発明の乳酸菌の生残性向上剤は、マンガンやマンガン含有素材を有効成分とすることを特徴とするが、必要に応じてその他の食品、食品素材や、公知の食品添加物も使用することができる。
【0011】
本発明の乳酸菌としては、特に制限はなく、従来知られている発酵食品、発酵乳等に広く利用される乳酸菌であればどのような乳酸菌でも使用することができる。このような乳酸菌には、ラクトバチルス(Lactobacillus)属、ワイセラ(Weissella)属などの乳酸桿菌、ペディオコッカス(Pediococcus)属、ロイコノストック(Leuconostoc)属、ラクトコッカス(Lactococcus)属、ストレプトコッカス(Streptococcus)属、エンテロコッカス(Enterocccus)属などの乳酸球菌のいずれの乳酸菌であっても効果があり、複数の乳酸菌を組み合わせて利用することもできる。
【0012】
本発明の実施の態様としては、乳酸菌の生残性向上剤を、そのまま発酵乳製品の発酵ミックスに直接添加することも可能であり、生育対象の乳酸菌シード又はバルクスターター中に添加して用いることも可能である。また、乳酸菌の生残性向上剤は、生育対象とする乳酸菌による発酵前または発酵後に添加することで効果が得られる。
【0013】
乳酸菌の生残性向上剤として効果の得られるマンガン量としては、最終製品中に5μg /100g以上、好ましくは10μg /100g以上、より好ましくは100μg /100g以上となる量を添加することを特徴とする。5μg /100g未満の量であると、乳酸菌の生残性の向上効果はあまり得られない。ドリンクヨーグルトでは、乳酸菌発酵産物を液糖等と混合して調製するため、最終製品中にマンガンを5μg /100g以上含むことにより、生残性向上効果を得ることができる。なお、マンガン量は、誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析装置を用いて測定した。
【0014】
マンガンを添加すると、通常の脱脂乳培地等に比べて顕著に酸生成速
度があがるため、発酵時間を短縮することも可能となる。
【0015】
本発明の最終製品としては、発酵乳、乳製品乳酸菌飲料又は乳酸菌飲料が挙げられるが、特に限定されるものではなく、乳酸菌を利用した飲食品に用いることができる。
【0016】
このように、本発明のマンガンを添加することにより、製品中での乳酸菌の生残性を容易に高めることが可能であり、酸素透過度を極力抑制する特殊な容器の使用や、中性付近でのpHの維持が不要となるために、コストアップを回避しつつ、従来の製品の風味を損なわずに短時間で製品を製造することができる。
【0017】
次に実施例を示し、本発明を詳細に説明する。なお、以下に記載する実施例は本発明を説明するものであり、実施例の記述に限定するものではない。
【実施例1】
【0018】
脱脂粉乳1,600g(マンガン0.02mg/100g含有)、異性化糖(王子コーンスターチ社製)700g、硫酸マンガン3g、水を混合して10kgとし、95℃で90分殺菌して、発酵ミックスを調製した。各発酵ミックスにラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei) ATCC334株、ラクトバチルス・ヘルベティクス(Lactobacillus helveticus) JCM1120株、ペディオコッカス・ペントサセウス(Pediococcus pentosaceus) JCM5890株のいずれかを0.5重量%接種した。ペディオコッカス・ペントサセウス(Pediococcus pentosaceus) JCM5890は30℃で酸度が1.0%、それ以外の菌株は37℃で酸度が2.1%となるまで発酵させた。発酵終了後、この培養物10kgを異性化糖(王子コーンスターチ社製)40kgと混合して、BRIX 15%のドリンクヨーグルトを調製し、本発明品とした。このドリンクヨーグルトを15℃で保存し、0日、7日、14日、21日後の乳酸菌数の測定を行った。同様に、硫酸マンガンを添加せずにドリンクヨーグルトを調製し、コントロール品とした。なお、最終製品中のマンガン量は、コントロール品が0.64μg/100g、本発明品が2.2mg/100gであった。
【0019】
マンガンの添加がラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)ATCC334株、ラクトバチルス・ヘルベティクス(Lactobacillus helveticus) JCM1120株、ペディオコッカス・ペントサセウス(Pediococcus pentosaceus) JCM5890株の生残性に及ぼす影響を図1に示す。その結果、コントロール品に比べて、マンガンが添加されている本発明品で、生残性が顕著に向上した。また、風味への影響も全く認められなかった。
【実施例2】
【0020】
脱脂粉乳1,600g(マンガン0.02mg/100g含有)、異性化糖(王子コーンスターチ社製)700g、硫酸マンガンを0.49、5.99、12.8、136.4、1372mgとそれぞれ添加し、水を混合して10kgとし、95℃で90分殺菌して、各発酵ミックスを調製した。各発酵ミックスにラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei) ATCC334株を0.5重量%接種した後に、37℃で酸度が2.1%となるまで発酵させた。発酵終了後、この培養物10kgを異性化糖(王子コーンスターチ社製)40kgと混合して、BRIX 15%のドリンクヨーグルトを調製した。このドリンクヨーグルトを15℃で保存し、0日、7日、14日、21日後の乳酸菌数の測定を行った。同様に、硫酸マンガンを添加せずにドリンクヨーグルトを調製し、コントロール品とした。なお、最終製品中のマンガン量は、コントロール品が0.64μg/100g、調製品は、1、5、10、100、1000μg/100gであった。
【0021】
マンガン量がラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)ATCC334株の生残性に及ぼす影響を図2に、保存21日目における生残率を図3に示す。その結果、コントロール品に比べて、マンガンを5μg /100g含有する調製品では、マンガンの添加効果が認められ、10μg /100g以上含有する調製品では生残性が顕著に向上し、保存21日目の生残率はコントロールの2.8倍となった。また風味への影響も全く認められなかった。
【実施例3】
【0022】
脱脂粉乳1,600g(マンガン0.02mg/100g含有)、異性化糖(王子コーンスターチ社製)700g、マンガン酵母(LALMIN社 MN50)5g、水を混合して10kgとし、95℃で90分殺菌して、発酵ミックスを調製した。各発酵ミックスにラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei) ATCC334株を0.5重量%接種した後に、37℃で酸度が2.1%となるまで発酵させた。発酵終了後、この培養物10kgを異性化糖(王子コーンスターチ社製)40kgと混合して、BRIX 15%のドリンクヨーグルトを調製し、本発明品とした。このドリンクヨーグルトを15℃で保存し、0日、7日、14日、21日後の乳酸菌数の測定を行った。同様に、硫酸マンガンを添加せずにドリンクヨーグルトを調製し、コントロール品とした。なお、最終製品中のマンガン量は、コントロール品が0.64μg/100g、本発明品が0.5mg/100gであった。
【0023】
マンガン酵母の添加がラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)ATCC334株の生残性に及ぼす影響を図4に示す。その結果、コントロール品に比べてマンガン酵母が添加されている本発明品では、生残性が顕著に向上した。また風味への影響も全く認められなかった。
【実施例4】
【0024】
脱脂粉乳1,600g(マンガン0.02mg/100g含有)、異性化糖(王子コーンスターチ社製)700g、水7,700gを混合し、95℃で90分殺菌して、発酵ミックスを調製した。各発酵ミックスにラクトバチルス・ヘルベティクス(Lactobacillus helveticus) JCM1120株を3%接種した後に、37℃で酸度が2.1%となるまで発酵させた。この培養物10kgを異性化糖(王子コーンスターチ社製)40kgと混合し、さらに硫酸マンガンを500mgを添加しBRIX 15%のドリンクヨーグルトを調製し、本発明品とした。同様に、硫酸マンガンを添加せずに調製し、コントロール品とした。なお、最終製品中のマンガン量は、コントロール品が0.64μg/100g 、本発明品が36μg/100gであった。このドリンクヨーグルトを10℃で保存し、0日、7日、14日、21日後の乳酸菌数の測定を行った。
【0025】
その結果、コントロール品に比べてマンガンが添加されている本発明品では、生残率が約30倍に向上した。また、風味への影響も全く認められなかった。
【実施例5】
【0026】
生乳2,000g(マンガン0.002mg/100g含有)、脱脂粉乳800g(マンガン0.02mg/100g含有)、砂糖1,000g、硫酸マンガン30mg、水を混合して10kgとし、95℃で20分殺菌して、発酵ミックスを調製した。各発酵ミックスに、ラクトバチルス・ヘルベティクス(Lactobacillus helveticus) JCM1120株を3%接種した後に、37℃で酸度が0.8%となるまで発酵させて発酵乳を調製し、本発明品とした。この発酵乳を10℃で保存し、0日、7日、14日、21日後の乳酸菌数の測定を行った。同様に、硫酸マンガンを添加せずに発酵乳を調製し、コントロール品とした。なお、最終製品中のマンガン量は、コントロール品が2μg/100g、本発明品が109μg/100gであった。
【0027】
その結果、コントロール品に比べてマンガンが添加されている本発明品では、生残率が約10倍に向上した。また、風味への影響も全く認められなかった。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】マンガンが、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)、ラクトバチルス・ヘルベティクス(Lactobacillus helveticus)、ペディオコッカス・ペントサセウス(Pediococcus pentosaceus)の生残性に及ぼす影響を示す。(実施例1)
【図2】マンガン量が、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)、の生残性に及ぼす影響を示す。(実施例2)
【図3】マンガン量が、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)の生残率(保存21日目)に及ぼす影響を示す。(実施例2)
【図4】マンガン酵母の添加が、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)の生残性に及ぼす影響を示す。(実施例3)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マンガンを有効成分とすることを特徴とする乳酸菌生残性向上剤。
【請求項2】
マンガン含有素材を有効成分とすることを特徴とする乳酸菌生残性向上剤。
【請求項3】
マンガンを最終製品中に5μg/100g以上配合することを特徴とする発酵乳、乳製品乳酸菌飲料又は乳酸菌飲料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−199905(P2008−199905A)
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−36277(P2007−36277)
【出願日】平成19年2月16日(2007.2.16)
【出願人】(000006699)雪印乳業株式会社 (155)
【Fターム(参考)】