説明

乾燥加熱によるウイルス不活化方法

【課題】不十分なウイルスの不活化と、十分なウイルスの不活化を区別する閾値を提供できる、測定可能な多因子性の物理化学的パラメータを提供すること。
【解決手段】乾燥状態の生物学的製剤に存在するか若しくは存在すると考えられるウイルスを乾燥加熱し、ターゲッティングすることによる、ウイルスの不活化方法であって、a)処理しようとする乾燥状態の生物学的製剤のガラス転移温度Tgを測定する工程と、b)工程a)において測定したガラス転移温度Tg以上の乾燥加熱温度Tで、工程a)に係る、処理しようとする乾燥状態の生物学的製剤を加熱する工程を含んでなる方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は乾燥加熱によるウイルス不活化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
いかなる固体状の生体物質にもウイルスによる汚染リスクが伴い、かかる物質又はその方法による誘導生成物(この種の材料が用いられる)は治療若しくは予防用のウイルスの不活化方法に供される必要がある。
【0003】
治療及び予防の領域において、生物学的給源から生じる活性物質が用いられるが、それらは製造工程において生物学的給源に由来する物質により汚染されるおそれもある。
【0004】
これらの活性物質としてはタンパク、ペプチド、ポリペプチド、抗体であり、おそらく脂質又は炭水化物、核酸、DNA、リボ核酸、多糖、細菌、ウイルス粒子などにより置換されうる。
【0005】
それらを生じさせる、又はそれらの製造工程において汚染源となりうる生物学的給源は、たとえばヒト若しくは動物の組織、血液、血漿、骨、植物組織、あるいは微生物、細胞、ウイルス、菌類、酵母、カビ又は真菌類用の培地であることも考えられる。
【0006】
従って、ウイルスの減少又は不活化工程は通常、この種の生物学的給源から生じる活性物質の抽出工程中に含まれる。
【0007】
本発明では、生物学的副産物とは、前記生物学的給源から生じる活性物質、及び前記活性物質の製造工程から生じる他の化合物又は賦形剤を含有する生成物のことを意味する。
【0008】
化学物質及び/又は熱による処理に基づくウイルスの不活化方法は従来公知である。これらの大多数は、ウイルスの不活化の有効性が重要である輸血分野に由来するものであり、その理由は、ドナーから得られる生成物に由来すると考えられる汚染をなくすために不可欠だからである。
【0009】
HIVの不活化には加熱が推奨されるが、その理由は、ウイルス源が、特に通常血液、血漿、並びに血液及び血漿由来の生成物であることが公知だからである。乾燥加熱(一定時間tにおける温度Tによる乾燥生成物の加熱)が、例えば、凍結乾燥された凝固因子の濃縮物(液状では加熱されなかった)の場合には推奨される。例えば、血中の凝固因子VIIIの場合、ヒト血漿から抽出した後、72〜96時間、60℃で凍結乾燥された形で加熱工程に供することにより、血友病患者の治療用のこの生物学的活性物質の安全性を担保する。しかしながら、かかる熱非働化にもかかわらず、血友病患者においてHIV感染による汚染のケースが報告されているため、乾燥加熱によるウイルスの不活化工程では不十分であることが明らかとなっている。
【0010】
ゆえに、これらの生成物をいわゆる「シビア」な加熱条件(80℃の温度で72時間、乾燥加熱)に供することが提案されている。
【0011】
このウイルスの不活化方法はその後、この方法で処理された因子VIIIにおいて得られた臨床成績に基づき、HIV(エンベロープ型ウイルス)において有効性が確認されている(非特許文献1)。
【0012】
精製タンパクを溶媒及び界面活性剤の混合物で処理することが、生物学的給源に由来するタンパクによる、エンベロープ型ウイルスによる感染防止において通常用いられている(非特許文献2)。かかる処理は、脂質エンベロープを有するウイルスに対して効果的であるが、この種の構造を有さないウイルスに対しては効果が少ない。最近、溶媒/界面活性剤で処理された生物学的製剤の使用による、非エンベロープ型ウイルスの感染への使用に関して報告がなされている。すなわち、A型肝炎ウイルス(非エンベロープ型RNAウイルス)では、溶媒/界面活性剤で処理された第VII因子の使用においても、患者におけるウイルス感染が検出されている(非特許文献3)。第VIII因子はまた、非エンベロープ型のパルボウイルス(B19)の感染にも関与していることが報告されている(非特許文献4)。
【0013】
精製されたタンパク質の熱処理は、ウイルス不活化スペクトラムを非エンベロープ型のウイルスまで広げるために推薦されている。しかしながら、非エンベロープ型のウイルスの熱非働化は、エンベロープ型ウイルスの場合より通常困難であり、しばしば長い処理時間及び/又は高い温度が、良好な不活化のためには必要となる。B19は、100℃で30分間乾燥加熱した因子VIIIを介して、患者に感染することが報告されている(非特許文献5)。
【0014】
したがって、ウイルスの不活化方法をいかに改善することにより、生物学的製剤の安全性を維持又は強化できるかを解明することが何より重要である。
【0015】
(背景技術)
多くの研究者は、乾燥加熱によるウイルスの不活化に影響しうる主要パラメータの発見をこれまで行ってきた。その目的は、ある種の処理方法が、その処理を受けた固体成分に適するか否かに関する予測を可能にするための物理化学パラメータを定義すること、すなわち、当該方法により、生成物の良好な安定性を維持しつつ、充分な効力でウイルスを非働化できるか否かを判定できるパラメータを定義することである。更に、このパラメータがウイルスの不活化若しくは生成物の安定性を維持するために調節可能でありえる場合、それは極めて興味深いと考えられる。
【0016】
ウイルスの不活性化工程におけるウイルス減少係数は、乾燥加熱によるウイルスの不活化が減少する際の因子と定義され、すなわち、不活化工程前における乾燥加熱によるウイルスの不活化と、不活化工程後における乾燥加熱によるウイルスの不活化との比率の常用対数として表される。
【0017】
含水量は、生成物100gに含まれる水の重量として定義される。ゆえに、それは全重量に対するパーセンテージとして表される。従来の測定方法は、100℃以上の温度で加熱した後で、その重量が一定となるまでの間の、生成物重量の減少を測定することに基づくものである。
【0018】
Wilkommen(パウル エールリッヒ研究所)らは、低い含水量(<0.8%)を含有する凍結乾燥物の場合、80℃、72時間の加熱によって得られたA型肝炎ウイルス(HAV)の減少係数が0〜0.4log10であり、一方、比較的高い含水量(0.8%>)を有する凍結乾燥物の場合、同じ条件において、得られたA型肝炎ウイルスの減少係数が4.3log10以上であることを示している。
【0019】
Bunchらは(Alpha Therapeutic社)、80℃で72時間加温したときに、2つの組換えVIII因子中のA型肝炎ウイルスのサンプルの減少係数が≧6.9log10であったことを報告している。
【0020】
Roberts PLらは、生物学的製剤の組成、並びに、因子VIIIの2つの凍結乾燥濃縮物を80℃で72時間加熱して2つのパルボウイルス(ウシ及びイヌ)を不活化させたときのウイルス抵抗性による影響に関して開示している(非特許文献6)。
【0021】
Hart HFらは、80℃で24時間、又は90℃で2時間の加熱した因子VIIIの凍結乾燥物において、同様の、A型肝炎ウイルスの減少係数を得ている(非特許文献7)。
【0022】
Tomokiyoら(非特許文献8)は、各種ウイルスの不活化(因子VIIaの凍結乾燥物中の、CMV(サイトメガロウイルス)、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)、BVDV(ウシウイルス性下痢症ウイルス)、PPV(ブタパルボウイルス))を行い、凍結乾燥物中のそれらのウイルスの不活化は65℃で可能であることを示している。すなわち、PPVを除く全てのウイルスでは、<1.7%の含水量の生成物の、65℃で96時間にわたる加熱により、>4log10という、致命的な減少係数を示した。
【0023】
特許文献1では、72〜77時間の80℃の乾燥加熱工程によるウイルスの不活化の有効性において重要な要素は、処理済みの乾燥状態の生物学的製剤中の含水量であることを開示している。試験したウイルスは、HAV、ブタパルボウイルス及び仮性狂犬病ウイルスである。その発明者らは、この工程を使用して≧4log10のウイルス減少係数とするためには、残留水分含量が0.8%以上でなければならないことを示している。残留水分含量が≦0.8%では、平均ウイルス減少係数は0.12log10である。
【0024】
(技術的課題)
これらの断片的な結果を総合すると、パラメータは確定しなかったが、言い換えると、その決定により、処理される生物学的製剤に応じて使用される乾燥加熱に基づく、ウイルス不活化工程において、操作上の変数を確実に決定することが可能となると考えられる。
【0025】
にもかかわらず、処理される生成物の水分含量が非常に重要な役割を演ずるという事実に関しては、上記研究者間でもある程度のコンセンサスが得られているようであるが、良好なウイルスの不活化を得る閾値として残留水分含量に関してはコンセンサスが得られていない。実際、この数値が数桁減少するだけで、不完全な不活化となることもしばしば生じる。
【0026】
しかしながら、ある研究者が報告する内容とは対照的に、本発明者らは、ウイルスの不活化は、水分含量のきわめて少ない凍結乾燥物において効率的に行われうることを示した。すなわち、0.1%の残留水分を有するヒト線維素原の冷凍乾燥製剤を、77℃で72時間乾燥加熱し、A型肝炎ウイルス(HAV)、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)、ウシウイルス性下痢症ウイルス(BVDV)及びプバパルボウイルス(PPV)で得られた減少係数を以下の表1に示す。
【0027】
表1:
ウイルス 減少係数
HAV 4.10±0.30
3.75±0.26
HIV 4.53±0.36
4.62±0.30
4.88±0.28
BVDV 5.96±0.40
5.21±0.38
PPV 2.97±0.43
2.88±0.37
【0028】
しかしながら、これらの結果から観察されるデータの散乱より、以下の結論しか導き出すことができなかった:処理された生成物の残留水分は、乾燥加熱によるウイルスの不活化の結果にとっては決定的な因子でないが、但し、その決定因子が深く関与するものとして考えれば、重要な因子であると考えられる。
【特許文献1】欧州特許出願公開第0844005号公報
【非特許文献1】L.Winkelmanら、Severe Heat Treatment of Lyophilised Coagulation Factors Curr.Stud.Hematol.Blood Transfus.[1989]56:55−69
【非特許文献2】Pietら、Transfusion[1990]30:592−98
【非特許文献3】Purcellら、Vox Sang[1994]67:2−7
【非特許文献4】Lefrereら、Lancet[1994]343:211−12
【非特許文献5】Santagostinoら、Lancet[1994]343:798
【非特許文献6】Biologicals[2000]Sept、28(3):185−8 Comparison of the Inactivation of Canine and Bovine Parvovirus by Freeze−Drying and Dry−Heat Treatment in Two High−Purity Factor VIII Concentrates
【非特許文献7】Vox Sang[1994]67(4):345−50 Effect of Terminal (Dry) Heat Treatment on Non−Enveloped Viruses in Coagulation Factor Concentrates
【非特許文献8】Vox Sang[2003] Jan、84(1):54−64 Large−Scale Production and Properties of Human Plasma−Derived Activated Factor VII Concentrate
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0029】
以上より、本発明の課題は、不十分なウイルスの不活化と、十分なウイルスの不活化を区別する閾値を提供できる、測定可能な多因子性の物理化学的パラメータを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0030】
驚くべきことに、発明者らは、この測定可能な物理化学パラメータが、処理しようとする生物学的製剤のガラス転移温度であることを見出した。
【0031】
ガラス転移は二次転移であり、すなわち、潜熱でない、熱容量変化を伴う熱的転移のことである。それは、結晶化を防止するために迅速に低温に冷却され、それにより、ガラス若しくはアモルファスポリマー、又は結晶性高分子のアモルファスの一部を形成する、硬い脆弱な状態から、柔軟な状態に転移する際の、いわゆる過冷却された液体に見られる特徴である。
【0032】
ガラス転移温度又はTgは、ガラス転移が発生する温度である。
【0033】
ポリマーがこの温度以下に冷却されると、ガラスのように硬く脆い状態になり、それはれはガラス状態と呼ばれる状態である。
【0034】
ポリイソプレン及びポリイソブチレンのような弾力性ゴムは、すなわちそれらがゴム状の柔軟な状態のとき、それらのガラス転移温度以上の温度で用いられる。
【0035】
当業者にとり、ガラス転移温度は、ある具体的なパラメータセットに依存することが公知である。ポリマーの場合、それはそれらの分子量、鎖の化学構造及び含まれる可塑剤の量に依存する。
【0036】
可塑剤は小分子(塩など)であり、ポリマー間の分子をインターカレートし、それらが互いに摺動するのを補助し、それによりそれらの分子運動を促進する。すなわち、可塑剤の添加によってガラス転移温度を低下させることができる。
【0037】
対照的に、高分子量分子はそれらポリマー分子間の運動をブロックし、ガラス転移温度を上昇させる。
【0038】
更に、発明者らは、ガラス転移温度が、フォン・ウィルブラント因子(vWF)中の所与の凍結乾燥物の残留含水量に直接関連することを見出した。
【0039】
凍結乾燥物のガラス転移温度と、その残留含水量との関係を、図1に示す。
【0040】
したがって生物学的製剤のガラス転移温度は、活性物質の性質及び賦形剤の性質、可塑剤の有無、結晶状であるかアモルファス形状であるか、賦形剤の分子量、生物学的製剤中の残留含水量などに依存する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
本発明は、乾燥状態の生物学的製剤に存在するか若しくは存在すると考えられるウイルスを乾燥加熱し、ターゲッティングすることによる、ウイルスの不活化方法であって、
a)処理しようとする乾燥状態の生物学的製剤のガラス転移温度Tgを測定する工程と、
b)工程a)において測定したガラス転移温度Tg以上の乾燥加熱温度Tで、工程a)に係る、処理しようとする乾燥状態の生物学的製剤を加熱する工程を含んでなる方法の提供に関する。
【0042】
乾燥生成物とは、当業者に公知の方法(例えば凍結乾燥、真空乾燥、浸透気化法又は噴霧乾燥法)を使用して乾燥させた生成物である。
【0043】
特に乾燥生成物は、冷凍乾燥生成物であり、すなわち、最初に生成物を凍結させ、その後、少なくとも一部の含有水分を真空条件下で昇華させることにより得られた生成物である。
【0044】
発明者らは、加熱がTg以上のとき、ウイルス減少係数及びウイルス不活化の動態が強化されることを見出している。
【0045】
したがって、ガラス転移温度の値をあらかじめ把握することにより、不活性化工程が良好であるか、あるいは、必要に応じて当該工程を調整する必要があるか否かを予測することが可能となる。
【0046】
乾燥状態の生物学的製剤のガラス転移温度の測定は、この生成物のサンプルを、−50℃〜100℃の温度で徐々に、プログラム制御しながら増加させる試験に供し、ガラス転移を含むその状態変化を観察することにより実施される。
【0047】
このようにして、乾燥状態の生物学的製剤のサーモグラム、及び特にそのガラス転移温度を測定する。
【0048】
ガラス転移温度の測定の後、従来の熱ベースのウイルス不活化方法を使用する当業者であれば、T≧Tgの要件を満たすにあたり:
− Tgが対象となるウイルスにとり良好である(温度T>−Tgを選択)か、又は、
− 検討しているウイルスの失活及び生成物の安定性が十分となることが確実となるTを選択することができるようにTgを調整する必要があるか否かを判断することが可能となる。
【0049】
例えば、当業者が、目的のウイルスの不活化温度Tgが低すぎる(例えばTg≦T)と考え、また安定性を向上させたいと考える場合には、その当業者は、Tが当該ウイルスの不活化が可能であることが公知の温度範囲になり、またTとTgとの差が、生成物の分解をもたらさない程度となるようにTgを上昇させることができる。
【0050】
一方では、当業者が、そのTgが高すぎる(T≧Tg)と考え、また生成物の安定性を維持したと考える場合には、Tが選択される前にTgを低下させることができる。
【0051】
本発明に係る、乾燥加熱による生物学的製剤のウイルスの不活化方法は、特に非エンベロープ型のウイルスの場合に好適である。
【0052】
この工程は、乾燥状態の生物学的製剤として、1つ以上の血液−血漿から抽出されたタンパク質を含有する組成物を処理する際に用いることができる。
【0053】
具体的実施形態では、乾燥加熱温度Tは、非エンベロープ型のウイルスの不活化を可能にする態様で選択される。
【0054】
好適な方法では、生物学的製剤に対する高分子量賦形剤の添加によって、又は生物学的製剤の含水量を減少させることによってガラス転移温度を上昇させる。一方、生物学的製剤に塩又は低分子量の賦形剤を添加することによって、又は、生物学的製剤中の含水量を増加させることによってガラス転移温度を低下させる。
【0055】
特に、ガラス転移温度は、スキャン差動的な温度アナライザ(scanning differential thermoanalyser)を使用して測定される。状態変化とは、測定の際の温度領域では状態変化を起こさない不活性生成物に関して測定した場合の、熱容量の変化として定義される。
【0056】
本発明の方法に係る加熱温度Tは、生成物の安定性を良好に維持するためには、Tg〜Tg+20℃の範囲であることが好適である。この範囲において、Tg〜T(最大Tg+20℃)の差が増加し、ウイルス減少係数及びウイルスの不活化の動態が促進されるようにTを選択してもよく、又は、Tg〜Tの差が減少し、生成物の安定性が維持されるようにTを選択してもよい。
【0057】
特に好適な方法では、ウイルス減少係数≧3log10(好ましくは4log10)となるように乾燥加熱温度Tを選択する。
【0058】
具体的実施形態では、最終工程において、乾燥され、処理された生物学的製剤のウイルス不活化効率を測定し、前記有効性が不十分であると考えられる場合、前記加熱温度T〜前記ガラス転移温度Tgとの間の差を増加させた後に、乾燥状態の生物学的製剤のウイルスの不活化を実施する。
【0059】
他の具体的実施形態では、最終工程において、乾燥された処理済みの生物学的製剤の安定性を評価し、前記安定性が不十分であると考えられる場合、前記加熱温度T〜前記ガラス転移温度Tgとの間の差を増加させた後に、乾燥状態の生物学的製剤のウイルスの不活化を実施する。
【実施例】
【0060】
<実施例1>:乾燥加熱による凍結乾燥物中のバクテリオファージPR772の不活性化
凍結乾燥物の物理的性質を修飾し、ガラス転移温度(tg)を調整した。
【0061】
ガラス転移温度を、スキャン差動的温度測定器を使用して測定した。スキャン差動的温度測定器の温度を、インジウム(Tm=156.6℃)及びn−オクタデカン(Tm=28.2℃)を使用して校正した。サンプルを、20℃/分の温度変化率で、−50℃〜130℃の温度変化に供した。液体窒素を用い、室温以下の温度での試験を実施した。ガラス転移温度は、見かけの比熱における、吸熱変化のメジアン温度とした。測定を2度実施し、平均値をTgとした。
【0062】
加熱は、Tg(すなわち固体(ガラス)状態)以下の温度、又はTg(すなわち粘弾性(ゴム状)状態)から約20℃高い温度で行った。
【0063】
全ての凍結乾燥物は、1%未満の水分含量であった。
【0064】
水分含量はカールフィッシャー法を使用して測定した(水とヨウ素の反応に基づく、当業者に公知の方法)。
【0065】
生成物Aの組成(pH7.0±0.5)
− グリシン:7.5g/l
− リシン塩酸:5.5g/l
− CaCl:0.15g/l
− マンニトール:40g/l
− スクロース50g/l
− FVIII:100IU/ml。
生成物Aは62℃のTgであった。
【0066】
生成物Bは、NaClを添加した以外、生成物Aと同じ組成とした。これにより、Tgが〜約40℃に減少した(同じ湿度RM)。
【0067】
Cは冷凍乾燥させたvWF濃縮物であり、Dは冷凍乾燥させたヒト線維素原である。
【0068】
生成物Cの組成(pH7.0±0.5)
− クエン酸三ナトリウム:10mM
− CaCl:1mM
− グリシン:5g/l
− アルギニン塩酸:40g/l
− アルブミン:10g/l
− vWF:100IU/ml。
【0069】
生成物Dの組成(6.8<pH<7.2)
− フィブリノーゲン:11〜20g/l
− 塩酸アルギニン:40g/l
− イソロイシン:10g/l
− グリシン:2g/l
− リシン一塩酸塩:2g/l
− クエン酸三ナトリウム・2HO:2.5g/l。
生成物C及びDは、それぞれ80℃及び90℃のTg値であった。
【0070】
バクテリオファージPR772の減少係数は、62℃及び80℃で、12、24及び72時間加熱し、測定した。
【0071】
乾燥加熱によるウイルスの不活化は、Federal Gazette No84,May 4 1994、及びSchmidt,N.J.& Emmons,R.W.(1989) in Diagnostic Procedures for Viral,Rickettsial and Chlamydial Infection,6th Editionに記載のように、Spearman Karber式を使用して算出した。
【0072】
減少係数を、不活化工程前における乾燥加熱によるウイルスの不活化(ml当たり)と、不活化工程後における乾燥加熱によるウイルスの不活化(ml当たり)との比率として表した。
【0073】
結果を、図2及び3においてグラフとして示す。
【0074】
試験の結果T=80℃で加熱した場合、
1.生成物A(Tg=62℃(T−Tg≒20℃))では、不活化は非常に急速であり、減少係数は、24時間以内に4log10に到達した。
2.生成物C(Tg=T)では、減少係数は72時間後に4log10に到達した。
3.生成物D(Tg=90℃)では、減少係数は、72時間後に4log10に到達した。
T=62℃で加温した場合、
1.生成物A(Tg=T)では、減少係数は72時間後に4log10に到達した。
2.生成物B(Tg=40℃(T−Tg≒20℃))では、不活化の動態が非常に迅速であり、減少係数は24時間以内に4log10に到達した。
【0075】
<実施例2>:乾燥加熱による、凍結乾燥物中のPPVの不活化
Tg=80℃又は90℃の凍結乾燥物を、80℃で、12、24及び72時間加熱し、PPV減少係数を測定した。
【0076】
結果を、図4でグラフとして示す。
【0077】
T=80℃で加熱した場合、T=Tgのとき、減少係数は約4log10であり、T<Tgのとき、減少係数は比較的低く、2log10のオーダーであった。
【0078】
<実施例3>:T=Tgの乾燥加熱による、凍結乾燥物中のPPV、HAV、BVDV、PR772及びPhi174の不活化
PPV、HAV、BVDV、PR772及びバクテリオファージPhi174の減少係数を、T=Tg=80℃(Tg=80℃の凍結乾燥物の場合)で、又はT=Tg=62℃(Tg=62℃の凍結乾燥物の場合)で、12、24及び72時間加熱し、測定した。
【0079】
結果を、図5及び6でグラフとして示す。
【0080】
耐性の弱いウイルス(すなわちHAV、BVDV、Phi174)では、T=Tgでの加熱により、24時間以内に4log10の減少係数に到達するのに十分であることが分かった。
【0081】
一方、耐性の強いウイルス(すなわちPPV及びPR772)では、約4log10に減少係数を到達させるためには、加熱時間を72時間まで延長する必要があることが分かった。
【0082】
その結果、これらの耐性の強いウイルスでは、目的がそれらの不活化であるため、ウイルス減少係数及びウイルスの不活化率は、加熱温度Tを増加させるか、又は生成物のTgを低下させることにより強化することができ、それによりTとTgとの差が増加する。
【0083】
更に好ましくは、T−Tgの範囲を≧20℃とすることによりウイルスの不活化率が向上し、また、T−Tgの範囲を≦20℃とすることにより生成物安定性が強化される。
【0084】
<実施例4>:ガラス転移温度の関数としての、vWF凍結乾燥物の物理化学的特性に与える、80℃で72時間にわたる加熱の影響
異なるガラス転移温度を有する3つのvWF凍結乾燥物を、80℃で72時間加熱した。様々なパラメータ(凍結乾燥物の外観、溶解時間及び得られる溶液の外観)に関して観察を行った。
【0085】
結果を表2に示す。
【0086】
表2
【表1】

【0087】
加熱温度T≧Tg及びT−Tg≦20℃により、生成物の安定性が一定に保持され、一方、選択された温度により、ガラス状態からゴム状態への状態変化が行われたことが示された。
【0088】
また、加熱温度とTgとの更に大きな差(本試験では38℃)は、生成物の安定性にとって好ましくないことが明らかとなった。
【0089】
結論として、Tgに近いTを選択することにより、生成物の安定性がより好適に維持される。
【図面の簡単な説明】
【0090】
【図1】Tg及びRM間の相関:Tg=ガラス遷移温度、RM=残余物の含水量。
【図2】62℃の乾燥加熱の後のPR772減少係数(Tgに依存する)。
【図3】80℃の乾燥加熱の後のPR772減少係数(Tgに依存する)。
【図4】80℃の乾燥加熱の後のPPV減少係数(Tgに依存する)。
【図5】T=Tg=80℃における、PPV、HAV、BVDV、PR772、Phi174減少係数。
【図6】T=Tg=62℃における、PPV、HAV、BVDV、PR772、Phi174減少係数。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乾燥状態の生物学的製剤に存在するか若しくは存在すると考えられるウイルスを乾燥加熱し、ターゲッティングすることによる、ウイルスの不活化方法であって、
a)処理しようとする乾燥状態の生物学的製剤のガラス転移温度Tgを測定する工程と、
b)工程a)において測定したガラス転移温度Tg以上の乾燥加熱温度Tで、工程a)に係る、処理しようとする乾燥状態の生物学的製剤を加熱する工程を含んでなる方法。
【請求項2】
前記乾燥状態の生物学的製剤のガラス転移温度Tgが、乾燥加熱の前に調整される、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記乾燥状態の生物学的製剤が凍結乾燥物である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記乾燥状態の生物学的製剤が、血漿から抽出される1つ以上のタンパク質を含有する組成物である、請求項1から3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
前記乾燥加熱温度Tが、非エンベロープ型のウイルスの不活化を可能にするように選択される、請求項1から4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
前記ガラス転移温度が、高分子量の賦形剤を生物学的製剤に添加するか、又は生物学的製剤の含水量を減少させることによって上昇する、請求項2から5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
前記ガラス転移温度が、生物学的製剤に対する塩若しくは低分子量賦形剤の添加によって、又は、生物学的製剤の含水量を増加させることによって低下する、請求項2から5のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
前記Tgが、スキャニング・ディファレンシャル・アナライザを使用して測定される、請求項1から7のいずれか1項記載の方法。
【請求項9】
前記TがTg〜Tg+20℃の間の温度である、請求項1から8のいずれか1項記載の方法。
【請求項10】
前記乾燥加熱温度Tが、ウイルス減少係数≧3log10となるように選択される、請求項1から8のいずれか1項記載の方法。
【請求項11】
前記乾燥加熱温度Tが、ウイルス減少係数≧4log10となるように選択される、請求項1から9のいずれか1項記載の方法。
【請求項12】
前記Tが、Tg〜T(Tg+20℃)の差を増加させ、ウイルス減少係数及びウイルス不活化率を強化させることができるように選択される、請求項9から11のいずれか1項記載の方法。
【請求項13】
前記Tが、Tg〜Tの差を減少させ、生成物安定性を維持することができるように選択される、請求項9から11のいずれか1項記載の方法。
【請求項14】
請求項9から13のいずれか1項記載の方法であって、最終工程において、処理された乾燥状態の生物学的製剤のウイルスの不活化の有効性が測定され、前記有効性が不十分であると考えられる場合、前記加熱温度Tと前記ガラス転移温度Tgとの間の差を増加させた後に、乾燥状態の生物学的製剤のウイルスの不活化が、請求項9から11のいずれか1項記載の方法に従って実施される方法。
【請求項15】
請求項9から13のいずれかに1項記載の方法であって、最終工程におて、処理された乾燥状態の生物学的製剤の安定性が測定され、前記安定性が不十分であると考えられる場合、前記加熱温度Tと前記ガラス転移温度Tgとの間の差を増加させた後に、乾燥状態の生物学的製剤のウイルスの不活化が、請求項9から11のいずれか1項記載の方法に従って実施される方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2009−519920(P2009−519920A)
【公表日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−545048(P2008−545048)
【出願日】平成18年12月19日(2006.12.19)
【国際出願番号】PCT/FR2006/002817
【国際公開番号】WO2007/071845
【国際公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【出願人】(508168815)ラボラトワール フランセ デュ フラクションヌメント エ デ バイオテクノロジーズ ソシエテ アノニム (5)
【Fターム(参考)】