二次イオン質量分析法

【課題】母材組成が不均一な試料において、測定対象の元素のより正確な二次元分布の情報が得られるようにする。
【解決手段】測定対象の元素Cが含まれている試料と同一の母材より構成された基板に、元素Cを設定されたイオン注入条件でイオン注入して標準試料を作製する。次に、標準試料の表面における各組成領域の各々についてイオン注入条件をもとに元素Cの濃度を算出して算出濃度を得る。次に、設定された測定条件で標準試料における元素Cの二次イオンを測定して標準試料の表面における各組成領域の各々について元素Cの標準二次イオン強度を得る。次に、標準試料の表面における各組成領域の各々について、標準二次イオン強度を算出濃度で除した二次イオン収率を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体材料中の微量元素成分の分布を分析する二次イオン質量分析法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
固体試料に含まれている元素の試料表面における二次元分布の測定では、電子プローブマイクロアナライザーによる分析、オージェ電子分光、および二次イオン質量分析法が、一般に用いられる。
【0003】
電子プローブマイクロアナライザーによる分析では、固体試料の表面に収束電子ビームを照射し、この照射により発生する二次X線のうち、目的とする元素に特有な波長を有する特性X線を測定する。この分析では、特性X線の発生領域がμmオーダー以上にわたるため、プローブである電子線を収束させても二次元分解能はせいぜいμmオーダーである。また、元素により検出下限は異なるが、感度のよい元素でサブパーセント、一般的にはパーセントオーダーである。
【0004】
オージェ電子分光では、固体試料の表面に収束電子ビームを照射し、この照射により発生する二次電子のうち、目的とする元素に特有なエネルギーを有するオージェ電子を測定する。この分析では、二次元分解能は高いものとなっている。なお、オージェ電子分光の検出下限は、感度のよい元素でサブパーセント、一般的にはパーセントオーダーである。
【0005】
上述した分析方法に対し、二次イオン質量分析法では、一次イオンと呼ばれる収束したイオンのビームを固体試料の表面に照射し、この照射によって発生する二次イオンを質量分析計で検出する。この検出により、目的とする元素に特有な質量・電荷比をもつ二次イオンの強度を測定する(非特許文献1参照)。このような二次イオン質量分析法の検出下限は、空間分解能にも依存するが、感度のよい元素では原子ppm(母材の原子濃度の百万分の一)を下回り、高感度である。従って、検出下限の観点から、固体試料中の微量元素成分の二次元濃度分布を測定するには、二次イオン質量分析法が用いられることが多い。微量元素成分の二次元分布を測定する二次イオン質量分析装置としては、投影型が主であるが、走査型も用いられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】日本表面科学学会編、「二次イオン質量分析法」、丸善株式会社、平成11年。
【非特許文献2】James F. Gibbons, William S. Johnson, and Steven W. Mylroie, "Projected Range Statistics Semiconductors and Related Materials, 2nd Edition", HALSTEAD PRESS, A division of John Wiley & Sons, Inc. 1975.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述した二次イオン質量分析法では、以下に示すことにより、測定対象元素の二次元的な濃度分布(二次元濃度分布)が正確に測定できないという問題があった。まず、上述した二次イオン質量分析法では、対象とする元素の濃度に比例した二次イオン強度の二次元分布を得るためには、試料表面の測定対象の範囲において、母材組成が均一であること、もしくは、母材組成が不均一であっても各組成を有する領域の間で目的とする元素の二次イオン収率が等しいこと、のいずれかの条件を満たすことが要求される。従って、試料表面の測定対象領域で、母材組成が不均一であり、各組成領域の間で測定対象の元素の二次イオン収率が異なる場合、検出される二次イオン強度の二次元分布は、測定対象元素の二次元濃度分布を正しく反映しない。
【0008】
原理的には、母材組成が不均一な試料の各組成領域において、二次イオン強度を二次イオン収率で補正した補正後の強度を用い、濃度に比例した二次元分布を得ることは可能である。しかしながら、二次イオン収率は測定領域における組成に大きく依存するため、二次イオン収率を得るためには、各組成領域の組成が各々全て判明していることが必要となるが、これは不可能であり、現実的ではない。
【0009】
これに対し、異なる組成領域の組成の違いによる二次イオン収率の差が小さければ、この差の範囲で、二次イオン強度の分布から微量元素の濃度分布を議論することは可能である。しかしながら、実際には、異なる組成領域の組成の違いによる二次イオン収率の差が小さいことは少ない。例えば、二次イオン収率は、酸素の共存下で数桁にわたって増加することが一般的に知られている。
【0010】
例えば、多結晶ケイ素(ポリシリコン)を試料とし、この試料の表面に存在する微量元素の分布を二次イオン質量分析法により測定する場合を例に考える。この試料の組織としては、少なくとも結晶粒と粒界が存在する。仮に、粒界の領域における測定対象の微量元素の二次イオン強度が、結晶粒の領域における二次イオン強度に比較して、2桁大きいという測定結果を得た場合、この結果については、次の2つの解釈ができる。1つは、微量元素が結晶粒より粒界に多く存在すると解釈できる。また、粒界に存在する酸素により微量元素の二次イオン収率が増加しただけであるとも解釈できる。これら2つの解釈のいずれが正しいかは、判断することが容易ではない。
【0011】
上述した例では、試料の結晶粒界に共存する酸素という組成の違いが、微量元素の濃度の二次元分布の解釈に影響を及ぼしたものである。しかしながら、仮に酸素の二次イオン強度を同時に測定しても、微量元素の濃度分布につながる正確な補正は難しく、酸素共存下では、結晶粒と粒界の2つの領域における微量元素の正確な二次元濃度分布は得られない。
【0012】
また、炭素鋼やステンレス鋼など、2つ以上の母材成分を有する合金の場合、複数の母材成分の組成の違いが、対象とする測定対象元素の二次イオン収率の違いに及ぼす影響がさらに大きい。上述した合金試料の場合、結晶粒および粒界の2つの領域に加え、母材成分が平均組成と異なる偏析領域、および偏析領域に伴う酸化状態の違いによる酸素含有量の違う領域が存在することがある。この場合、微量元素の濃度に比例した二次イオン強度の二次元分布を得ることは非常に難しく、得られた二次イオン強度の二次元分布から二次元濃度分布についての情報を得ることも難しい。
【0013】
以上に説明したように、上述した二次イオン質量分析では、母材組成が不均一な試料では、測定対象の元素の正確な二次元分布の情報が得られないという問題がある。
【0014】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、母材組成が不均一な試料において、測定対象の元素のより正確な二次元分布の情報が得られるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明に係る二次イオン質量分析法は、測定対象の元素が含まれている試料と同一の母材より構成された基板に、設定されたイオン注入条件で元素をイオン注入して標準試料を作製する第1ステップと、標準試料の表面における各組成領域の各々についてイオン注入条件をもとに元素の濃度を算出して算出濃度を得る第2ステップと、設定された測定条件で標準試料における元素の二次イオンを測定して標準試料の表面における各組成領域の各々について元素の標準二次イオン強度を得る第3ステップと、標準試料の表面における各組成領域の各々について、標準二次イオン強度を算出濃度で除した二次イオン収率を算出する第4ステップと、測定条件で試料における元素の二次イオンを測定して試料の表面における各組成領域の各々について元素の二次イオン強度を得る第5ステップと、試料の表面における各組成領域の各々について二次イオン強度を二次イオン収率で除した値により、試料の表面における各組成領域の各々における元素の濃度を求める第6ステップとを備える。
【0016】
上記二次イオン質量分析法において、基板は、元素が含まれていないものであるとよい。例えば基板より元素が除去される条件で基板を加熱することで、基板に元素が含まれていない状態にすればよい。また、第1ステップでは、基板に含まれている元素濃度の100倍以上の一定濃度の元素が導入されるイオン注入条件で、元素を基板にイオン注入してもよい。
【発明の効果】
【0017】
以上説明したように、本発明によれば、測定対象の元素が含まれている試料と同一の母材より構成された基板に、元素を設定されたイオン注入条件でイオン注入して標準試料を作製し、この標準試料の表面における各組成領域の各々についてイオン注入条件をもとに元素の濃度を算出して算出濃度を得るようにしたので、母材組成が不均一な試料において、測定対象の元素のより正確な二次元分布の情報が得られるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、本発明の実施の形態における二次イオン質量分析法を説明するためのフローチャートである。
【図2】図2は、測定対象の試料における分析目的となる元素Cの二次元の二次イオン像を示す説明図である。
【図3】図3は、標準試料における分析目的となる元素Cの二次元の二次イオン像を示す説明図である。
【図4】図4は、測定対象の試料における分析目的となる元素Cの二次元濃度分布を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。図1は、本発明の実施の形態における二次イオン質量分析法を説明するためのフローチャートである。本実施の形態における二次イオン質量分析法は、まず、ステップS101で、測定対象の元素Cが含まれている試料と同一の母材より構成された基板に、設定されたイオン注入条件で元素Cイオン注入して標準試料を作製する。
【0020】
次に、ステップS102で、標準試料の表面における各組成領域の各々についてイオン注入条件をもとに、元素Cの濃度を算出して算出濃度を得る。
【0021】
次に、ステップS103で、設定された測定条件で標準試料における元素Cの二次イオンを測定し、標準試料の表面における各組成領域の各々について元素Cの標準二次イオン強度を得る。
【0022】
次に、ステップS104で、標準試料の表面における各組成領域の各々について、標準二次イオン強度を算出濃度で除した二次イオン収率を算出する。
【0023】
次に、ステップS105で、上記測定条件で試料における元素Cの二次イオンを測定し、試料の表面における各組成領域の各々について元素Cの二次イオン強度を得る。
【0024】
次に、ステップS106で、試料の表面における各組成領域の各々について、二次イオン強度を二次イオン収率で除した値により、試料の表面における各組成領域の各々における元素Cの濃度を求める。
【0025】
上述した本実施の形態によれば、測定対象の試料表面の測定対象とする範囲において、試料の母材組成が不均一であり、不均一なこれらの各組成領域の間で分析対象の元素の二次イオン収率が異なる状態でも、上記標準試料における各組成領域における分析対象の元素の濃度は、各々上述した計算によって得られる濃度(算出濃度)に近いものといえる。
【0026】
従って、本実施の形態によれば、算出濃度を用いることで、標準試料における各組成領域における分析目的元素の二次イオン収率を決定することができ、この二次イオン収率を用いれば、試料における各組成領域の分析対象の元素の濃度を求めることができる。この結果、本実施の形態によれば、試料について得られた二次イオン強度の二次元分布から、分析対象の元素のより正確な二次元濃度分布についての情報を得ることが可能となる。
【0027】
以下、より詳細に説明する。例えば、測定対象の試料として組成領域Aおよび組成領域Bをもつ試料があり、この試料の元素Cの分析を行う場合を考える。まず、測定対象の試料と同一の組成領域Aおよび組成領域Bをもつ母材を有する基板に、元素Cをイオン注入した標準試料を作製すれば、この標準試料における組成領域Aあるいは組成領域Bの表面における元素Cの濃度は、一般には、以下に示すイオン注入条件によって計算される濃度に近くなる。イオン注入条件としては、元素Cの単位面積あたりのイオン注入量、イオン注入エネルギーによって決まる組成領域Aあるいは組成領域Bの中の元素Cの平均飛程、および平均飛程の標準偏差がある。
【0028】
以上のことは、次に示すことが理由となる。まず、母材組成の不均一性は、主に、結晶粒の違いや粒界によるものであり、これらはμmのオーダーもしくはこれより大きい。このため、測定対象の元素Cのイオンにとって、組成領域内では面方向にも深さ方向にも均一と見なせる大きさであり、上述した計算の前提を満たすからである。
【0029】
上記計算のための、イオン注入量およびイオン注入エネルギーは、イオン注入条件によって決定されるパラメータであり、組成領域Aあるいは組成領域Bの中の元素Cの平均飛程、および平均飛程の標準偏差は、イオン注入エネルギーが既知であれば、非特許文献2などの文献から得ることができる。従って、標準試料における組成領域Aあるいは組成領域Bの表面における元素Cの濃度は、計算によって得ることができる。
【0030】
組成領域Aあるいは組成領域Bの中の元素Cの二次イオン収率は、組成領域Aあるいは組成領域Bの中の元素Cの二次イオン強度を、標準試料における組成領域Aあるいは組成領域Bの表面における元素Cの濃度で除することによって得られる。このときの単位は、分析者が選ぶことができ、一連の計算操作の中で一律とすればよい。
【0031】
測定対象の試料における組成領域Aあるいは組成領域Bの中の元素Cの分析を行う場合、組成領域Aあるいは組成領域Bごとの二次イオン強度を、標準試料を用いることで得られた組成領域Aあるいは組成領域Bの中の元素Cの二次イオン収率で除すれば、濃度の情報を得ることができる。ただし、測定対象の試料および標準試料の測定は、同一条件で行う必要がある。これらのことを、測定対象の範囲において繰り返すことで、元素Cの二次イオン強度の二次元分布から、元素Cの二次元濃度分布についての情報を得ることが可能となる。
【0032】
ここで、標準試料を作製するための基板は、測定対象となる元素Cが含まれていない方がよい。元素Cを含まない基板を用いれば、元素Cをこの基板にイオン注入することで作製した標準試料における、組成領域Aあるいは組成領域Bの表面における元素Cの濃度は、イオン注入した量に等しくなるから、組成領域Aあるいは組成領域Bの表面における元素Cの濃度は、純粋に計算によって得られるものとなる。このため、計算によって得られる二次イオン収率の誤差が排除でき、標準試料における各組成領域における元素Cの二次イオン収率をより正確に求めることができるようになる。この結果、より正確な二次イオン収率を用いて、測定対象の試料における各組成領域の元素Cの濃度を求めることができるので、測定対象の試料について得られた二次イオン強度の二次元分布から、元素Cの二次元濃度分布についてのより正確な情報を得ることが可能となる。
【0033】
元素Cを含まない母材を有する基板を用意する方法としては、例えば、元素Cがある温度以上でガスとして脱離する成分や昇華する成分であれば、この温度以上に基板を加熱して元素Cを基板から除く方法がある。この方法によれば、元素Cを含まない基板を得ることができるので、極めて正確な情報を得ることが可能になる。
【0034】
ただし、加熱によって組成領域Aあるいは組成領域Bの相変化などの変化を招くなど、加熱による元素Cの除去が適用できない基板もある。この場合は、標準試料の作製では、加熱を行わず、イオン注入を行うのみとする。この場合、標準試料を作製するための基板が元素Cを含む母材より構成されている可能性はある。しかしながら、例えば、基板における元素Cの存在量が最大でも1と予想できる場合、これより十分に大きな100以上の一定濃度をイオン注入すれば、結果として得られる二次イオン収率や試料における元素Cの測定濃度は、誤差1%以内(以下)とすることができる。
【0035】
また、元素Cが含まれることがない環境で、基板を作製して用意してもよい。例えば、対象となる試料が結晶材料の場合、元素Cの存在しない環境で結晶成長させることで対象となる試料と同一の母材より構成された基板を作製すればよい。また、試料が鉄鋼の場合、元素Cの存在しない環境で製鉄しまた鋳造することで、試料と同一の母材より構成された基板を作製すればよい。
【0036】
以下、実施例を用いてより詳細に説明する。
【0037】
[実施例1]
はじめに、実施例1について説明する。実施例1では、測定対象となる試料に、結晶粒および粒界が存在する場合について説明する。
【0038】
図2は、測定対象の試料の分析目的となる元素Cの二次元の二次イオン像を示す説明図である。図2において、組成領域201は、例えば、結晶粒であり、組成領域202は、例えば、粒界である。なお、これらの組成領域の違いは、あらかじめ、全イオン像や他の電子像などの顕微鏡的手法により判別できる(判別されている)ものとする。
【0039】
図2に示す組成領域201における元素Cの二次イオン強度をI’A(C)とし、組成領域202における元素Cの二次イオン強度をI’B(C)とする。観察される二次イオン象においては、組成領域202の方が組成領域201に比較してより明るく見えるものとする。これは、組成領域202の方が、元素Cの二次イオン強度が強いことを示す。このとき、組成領域201および組成領域202における元素Cの二次イオン収率は不明であり、組成領域202の方が組成領域201よりも元素Cの二次イオン強度は強くても、実際に、いずれの組成領域の方が元素Cの濃度が高いのかを判断する(知る)ことはできない。
【0040】
図3は、測定対象試料と同一の母材を有する基板に、元素Cをイオン注入した標準試料を作製し、上述の図2に示す結果を得た測定条件と同じ条件で得られた二次イオン像を示す説明図である。組成領域301は、結晶粒であり、組成領域302は、粒界である。この場合においても、組成領域の違いは、あらかじめ、全イオン像や他の電子像などの顕微鏡的手法により判別できるものとする。また、この標準試料において、組成領域301における元素Cの二次イオン強度をIA(C)、組成領域302における元素Cの二次イオン強度をIB(C)とする。
【0041】
図3においても、観察される二次イオン象においては、組成領域302の方が組成領域301に比較してより明るく見えるものとする。これは、組成領域302の方が、元素Cの二次イオン強度が強いことを示す。また、この例では、標準試料において後述するようにイオン注入により高濃度に元素Cを導入しているので、図3では、図2に比較して全体に明るく観察される。
【0042】
図3における組成領域301における元素Cの濃度cA(C)は、元素Cの単位面積あたりのイオン注入量Φ(単位:原子数/cm2)、イオン注入エネルギーによって決まる組成領域301の中の元素Cの平均飛程RpA(C)(単位:cm)、および平均飛程の標準偏差σpA(C)(単位:cm)によって以下の式1で計算できる。単位は、原子数/cm3である。
【0043】
cA(C)=Φ/{σpA(C)・√(2π)}×exp〔−RpA(C)2/{2σpA(C)2}〕・・・(1)
【0044】
同様に、組成領域302における元素Cの濃度cB(C)は、組成領域302の中の元素Cの平均飛程RpB(C)(単位:cm)、および平均飛程の標準偏差σpB(C)(単位:cm)によって以下の式2で計算できる。単位は、原子数/cm3である。
【0045】
cB(C)=Φ/{σpB(C)・√(2π)}×exp〔−RpB(C)2/{2σpB(C)2}〕・・・(2)
【0046】
上述したイオン注入量Φとイオン注入エネルギーは、イオン注入条件によって決まるパラメータであり、組成領域301または組成領域302の中の元素Cの平均飛程RpA(C)とRpB(C)、および平均飛程の標準偏差σpA(C)およびσpB(C)は、上記イオン注入エネルギーが既知であれば、非特許文献2などの文献から得ることができる。
【0047】
例として、多結晶ケイ素(ポリシリコン)を測定対象試料とし、分析目的元素を水素とし、測定対象試料と同一の組成である多結晶ケイ素の基板に水素をイオン注入することにより、標準試料を作製する場合を示す。試料における組成領域201をケイ素の結晶粒、組成領域202を二酸化ケイ素とする。従って、基板における組成領域301はケイ素の結晶粒であり、組成領域302は二酸化ケイ素である。ケイ素と二酸化ケイ素のように酸素が含まれない母材と酸素が含まれる母材の場合、各々に含まれる元素の二次イオン収率は数桁異なる場合があることが知られている。
【0048】
ここで、イオン注入量を1×1016/cm2、イオン注入エネルギーを30keVとする。このとき、非特許文献2より、RpA(C)=0.4009×10-4cm、RpB(C)=0.3423×10-4cm、σpA(C)=0.0898×10-4cm、σpB(C)=0.0677×10-4cmが与えられるので、式1と式2によって、cA(C)=2.09×1016/cm3、cB(C)=1.66×1015/cm3が求められる。
【0049】
以上のようにして標準試料(ポリシリコン)における各領域の元素C(水素原子)の算出濃度が得られれば、図3に示す標準試料の組成領域301における元素Cの二次イオン収率YA(C)は、以下の式3で計算できる。
【0050】
YA(C)=IA(C)/cA(C)・・・(3)
【0051】
また、図3に示す標準試料の組成領域302における元素Cの二次イオン収率YB(C)は、以下の式4で計算できる。
【0052】
YB(C)=IB(C)/cB(C)・・・(4)
【0053】
図2に示す試料の組成領域201における元素Cの二次イオン強度I’A(C)、および組成領域202における元素Cの二次イオン強度I’B(C)を、各々上述したように求めたYA(C)およびYB(C)で除すれば、組成領域201における元素Cの濃度c’A(C)、および組成領域202における元素Cの濃度c’B(C)を求めることができる。
【0054】
c’A(C)=I’A(C)/YA(C)=I’A(C)/IA(C)×cA(C)・・・(5)
c’B(C)=I’B(C)/YB(C)=I’B(C)/IB(C)×cB(C)・・・(6)
【0055】
図4は、式5と式6により濃度を求める上記操作を、測定対象の範囲で繰り返し行うことによって得た、元素Cの濃度分布を示した説明図である。この濃度分布において、結晶粒を示す領域401に比較し、粒界を示す領域402の方が元素Cの濃度が高いことを示している。このように、本発明により、測定対象試料の元素Cの二次イオン強度の二次元分布から、元素Cの二次元濃度分布についての情報を得ることができる。
【0056】
[実施例2]
次に、実施例2について説明する。実施例2では、測定対象となる試料に、結晶粒,粒界,および偏析領域が存在する場合について説明する。以下では、鉄鋼(炭素鋼)を測定対象試料とし、分析目的元素を水素とする。
【0057】
例えば炭素鋼では、結晶粒からなる組成領域Aおよび粒界を示す組成領域Bの他に、Fe3Cの組成をもつ偏析領域(組成領域Dとする)が存在する場合がある。この場合、組成領域Dにおける元素Cの濃度cD(C)は、組成領域Dの中の元素Cの平均飛程RpD(C)(単位:cm)、および平均飛程の標準偏差σpD(C)(単位:cm)によって以下の式7で計算できる。単位は、原子数/cm3である。
【0058】
cD(C)=Φ/{σpD(C)・√(2π)}×exp〔−RpD(C)2/{2σpD(C)2}〕・・・(7)
【0059】
上述した式7に基づき、前述した実施例1と同様の方法によって、組成領域Dにおける元素Cの濃度c’D(C)を求めることができる。また、組成領域Aおよび組成領域Bについても、前述同様に元素Cの濃度を求めることができるので、本実施例における炭素鋼の場合も、元素C(水素)の二次元濃度分布についての情報を得ることができる。
【0060】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形が実施可能であることは明白である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象の元素が含まれている試料と同一の母材より構成された基板に、設定されたイオン注入条件で前記元素をイオン注入して標準試料を作製する第1ステップと、
前記標準試料の表面における各組成領域の各々について前記イオン注入条件をもとに前記元素の濃度を算出して算出濃度を得る第2ステップと、
設定された測定条件で前記標準試料における前記元素の二次イオンを測定して前記標準試料の表面における各組成領域の各々について前記元素の標準二次イオン強度を得る第3ステップと、
前記標準試料の表面における各組成領域の各々について、前記標準二次イオン強度を前記算出濃度で除した二次イオン収率を算出する第4ステップと、
前記測定条件で前記試料における前記元素の二次イオンを測定して前記試料の表面における各組成領域の各々について前記元素の二次イオン強度を得る第5ステップと、
前記試料の表面における各組成領域の各々について前記二次イオン強度を前記二次イオン収率で除した値により、前記試料の表面における各組成領域の各々における前記元素の濃度を求める第6ステップと
を備えることを特徴とする二次イオン質量分析法。
【請求項2】
請求項1記載の二次イオン質量分析法において、
前記基板は、前記元素が含まれていないことを特徴とする二次イオン質量分析法。
【請求項3】
請求項2記載の二次イオン質量分析法において、
前記基板より前記元素が除去される条件で前記基板を加熱することで、前記基板に前記元素が含まれていない状態にすることを特徴とする二次イオン質量分析法。
【請求項4】
請求項1記載の二次イオン質量分析法において、
前記第1ステップでは、前記基板に含まれている前記元素の濃度の100倍以上の一定濃度の前記元素が導入される前記イオン注入条件で、前記元素を前記基板にイオン注入することを特徴とする二次イオン質量分析法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−237242(P2011−237242A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−108040(P2010−108040)
【出願日】平成22年5月10日(2010.5.10)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】