説明

二次イオン質量分析装置及び二次イオン質量分析方法

【課題】 エッチングの進行に伴って形成されるクレーターが深くなっても、試料の深さ方向の組成プロファイルの正確な測定が行える二次イオン質量分析方法を提供する。
【解決手段】
本発明は、試料面内の一次イオンビームが照射される範囲内にマークを形成し、このマークを含む領域に対して一次イオンのラスタースキャンを行い、特定組成の二次イオンの信号強度について一次イオンビームのスキャン範囲とマークの位置関係とその変化を検出し、クレーター底部における二次イオン計測範囲の位置を試料面に平行な向きに移動しないように補正する二次イオン質量分析方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二次イオン質量分析装置及び二次イオン質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
SIMS(Secondary Ion Mass Spectrometry:二次イオン質量分析法)は、加速した一次イオンビームを固体の試料表面に照射し、試料表面からスパッタリング現象によって放出される二次イオンを質量分析器で検出して試料表面を構成している元素の情報を得ることを目的とする表面分析法である。SIMSは、その検出感度の高さから、半導体産業をはじめとして様々な分野において広く活用されている。
【0003】
SIMS測定では、試料表面に一次イオンビームを入射させ、スパッタリングされた二次イオンの質量数を計測することで材料の組成を分析する。一次イオンビームはラスタースキャンさせるため、試料表面には底が平坦なクレーターが生じ、クレーターを掘り進めながら組成分析を行うことで材料組成の深さ方向のプロファイルを得ることを可能としている。
【0004】
しかし、クレーターの側壁部分からは、深さが異なる位置からの二次イオンが同時に計測されるため、測定の深さ分解能が低下してしまう。そこで、一次イオンビームのラスタースキャンの範囲のうち、中央部付近に一次イオンビームが照射されている時だけ二次イオンを計測する、いわゆるエレクトリックゲート法を適用することによって、深さ分解能を向上させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平07―280754号公報
【特許文献2】特開2008―232838号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、通常、SIMS測定では、一次イオンによるミキシングを抑えて深さ分解能を高めたり、スパッタリングイールド(1個のイオンが衝突することによりスパッタされる原子数または分子数)を大きくして二次イオンの感度を高めたりする目的で、一次イオンビームは試料表面に対して斜めに入射させている。
【0007】
従来の測定装置では、深さプロファイルの測定中は、一次イオンビームと試料の相対的な位置関係は固定されている。このため、エッチングが進行するにつれて、クレーターの深さが大きくなり、二次イオンの検出領域の位置ずれが生じる。こうした二次イオンの検出領域の位置ずれは、一次イオンビームの入射角度やクレーターの深さが大きくなるにつれて増加し、深さ方向の組成分布の精度を低下させる。
【0008】
そこで、本発明では、エッチングの進行に伴って形成されるクレーターが深くなっても、試料の深さ方向における材料組成プロファイルの測定を正確に行うことのできる二次イオン質量分析装置および二次イオン質量分析方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明の一つの態様は、試料の表面と垂直にマークを形成するイオンビーム照射手段と、前記イオンビームの走査中に該試料の表面から放出される二次イオンの信号強度を計測する計測手段と、前記マークに対する前記二次イオンの計測範囲の位置ずれを検知する位置ずれ検知手段と、検知された前記二次イオンの計測範囲の位置ずれを補正する補正手段と、を有することを特徴とする二次イオン質量分析装置に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、イオンビームの走査と試料表面に垂直に形成したマークによって二次イオン計測範囲の位置ずれを検出し、そのずれ量を補正することで、試料面に対して正確に垂直な方向に沿っての深さ方向の試料の組成分布を測定することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明に適用される二次イオン測定法の概略図である。
【図2】一次イオンビームの入射角度の定義を模式的に説明する図である。
【図3】一次イオンビームのラスタースキャンを説明する図である。
【図4】ラスタースキャンによって形成されたクレーターの状態を示す図である。
【図5】ラスタースキャンの範囲における二次イオンの計測領域を示す図である。
【図6】クレーター内の二次イオン計測範囲を説明する図である。
【図7】二次イオン計測範囲の位置ずれを説明する図である。
【図8】本発明の実施の形態になる一次イオン照射範囲の位置ずれを検出するためのマークの形成を示す図である。
【図9】本発明の実施の形態になる一次イオン照射範囲の位置ずれを検出するためのマークの形成方法を示す図である。
【図10】本発明の実施の形態になるマーク位置と二次イオン信号強度との関係を表すグラフである。
【図11】本発明の実施の形態になる一次イオン照射範囲とマーク位置の関係を説明する図である。
【図12】本発明の実施の形態になる計測ビーム範囲の位置の移動による補正を説明する図である。
【図13】本発明の実施の形態になる計測ビーム範囲の位置の補正前後の状態を説明する図である。
【図14】本発明の実施の形態になる試料の移動による補正を説明する図である。
【図15】本発明の実施の形態になる試料を移動させるための機構を示す図である。
【図16】本発明の実施の形態になる二次イオンの計測範囲の位置ずれを検出する二次イオン信号強度の計測フローを示す図である。
【図17】本発明の実施の形態になる二次イオン計測範囲の位置ずれ補正の制御システム(計測ビーム範囲の位置を移動させる場合)を示す図である。
【図18】本発明の実施の形態になる二次イオン計測範囲の位置ずれ補正の制御システム(試料の位置を移動させる場合)を示す図である。
【図19】本発明の効果を確認するための測定に使用した試料の断面構造を示す図である。
【図20】本発明の実施の形態になる二次イオン計測範囲の初期位置を示す図である。
【図21】実施例の適用が深さ方向プロファイルに及ぼす効果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態につき、図面に基づいて説明する。
【0013】
図1は、本発明に適用される二次イオン測定法の概略図を示す。二次イオンの測定系は、試料台2に載置された固体の試料1、試料1の表面に向けて一次イオンビーム4を射出する一次イオンガン3、および一次イオンビーム4の照射によって試料1の表面から放出される二次イオン5を検出する質量分析器6を有する。
【0014】
一次イオンガン3では、ガン内部のイオン源で発生させた一次イオンを、数百eVから数千eVのエネルギーにまで電気的に加速する。一次イオンには、O+イオン(酸素イオン)やCs+イオン(セシウムイオン)などが用いられる。加速された一次イオンの流れは、何段階かの静電レンズを通過させることによって、空間的に収束されて細いビーム状となり、試料1の表面に照射される。試料1の表面に当たる一次イオンビーム4の直径は、0.1μm乃至数μmの程度にまで絞られている。
【0015】
一次イオンビーム4が試料1の表面に照射されると、試料1の表面では、入射した一次イオンと試料1を構成している原子間相互におけるエネルギーと運動量のやり取りによって、試料1の最表面から試料1を構成している原子が空間に放出されるスパッタリング現象が発生する。スパッタリング現象によって空間に放出された原子のうちの一部がイオン化して二次イオン5となる。二次イオン5は空間内のあらゆる方向に向かって飛散するが、図1では、簡単のため、質量分析器6に向かう二次イオン5の流れだけを矢印で示している。
【0016】
質量分析器6は、様々な質量数のイオンが混在する二次イオン5を取り込み、質量数毎に分離し、質量数毎に単位時間あたりの二次イオンの検出個数、すなわち二次イオン信号強度を測定する。
【0017】
一方、一次イオンビーム4を試料1の表面に照射し続けると、試料1の最表面部分を構成する原子はスパッタリング現象によって失われるので、試料1の表面は一次イオンビーム4によってエッチングされて行く。各元素の二次イオン信号強度は、試料1の最表面部分における濃度に比例した強度を示すので、一次イオンビーム4によって試料1をエッチングして掘り進みながら、深さとその深さにおける特定の元素の二次イオン信号強度の関係を測定すれば、試料1を構成する元素の深さ方向の濃度分布を知ることができる。
【0018】
なお、図1では省略しているが、図1において示した機器(一次イオンガン3、質量分析器6)と試料は、すべて真空チャンバーの内部に収容されており、上述してきたSIMSの測定は、真空ポンプによって高度に真空排気された環境において行われる。
【0019】
SIMS測定では、一次イオンビーム4は、通常、試料1の表面に対して斜めに入射させている。その理由の一つは、一次イオンを斜めに入射させた方が、入射させた一次イオンの数に対してより多くの原子がスパッタリングにより放出され、二次イオンの信号強度が強くなり、感度の高い測定ができるためである。
【0020】
また、もう一つの理由は、一次イオンを斜めに入射させることにより、試料表面に侵入した一次イオンによって掻き乱される範囲の厚さが浅くなり、その結果、測定の深さ分解能が向上するためである。
【0021】
図2は、一次イオンビームの入射角度の定義を模式的に説明する図である。
【0022】
図2に示すように、試料1の表面への一次イオンの入射角度8は、試料1の表面に立てた法線7と一次イオンビーム4のベクトルが成す角度によって表される。通常、一次イオンの入射角度8は、45度から60度の範囲で設定されることが多い。なお、一次イオンの入射角度8が0度の時には、一次イオンビーム4は試料1の表面に垂直に入射する。
【0023】
SIMS測定では、より高い深さ分解能を得るため、一次イオンビームのラスタースキャンを行い、さらにエレクトリックゲート法を適用して測定を行う。以下、その内容について説明する。
【0024】
図1に示した一次イオンガン3の内部には、一次イオンビーム4を挟むように配置され、一次イオンビーム4のイオンの流れに垂直な方向に電場を発生させることが可能な偏向電極(図示していない)が設置されている。発生させる電場の向きが互いに直交するような偏向電極が2組設けられていれば、これらの偏向電極によって生じる電場を制御することによって、一次イオンビーム4を自在に走査させることが可能となる。
【0025】
図3は、一次イオンビームのラスタースキャンを説明する図である。SIMS測定では、一次イオンガン3の内部の偏向電極を制御して、一次イオンビーム4にラスタースキャンを行わせる。図3は、一次イオンビーム4の標準的なラスタースキャンの動きを示し、一次イオンガン3から放出された一次イオンビーム4に垂直な面内における、一次イオンビーム4のラスタースキャンによる動きを示している。一次イオンビーム4は、縦・横の長さがともにスキャン幅13である正方形のスキャン範囲10の内部において、始点9から出発して、正方形のスキャン範囲10の内側を一筆書きで漏れなく塗りつぶすように、軌跡11に沿って運動し、終点12に到達すると再び始点9に戻り、そして再び同じ運動を繰り返す。このようなラスタースキャンを行うことにより、スキャン範囲10の内側では、どの位置においても、単位面積および単位時間当たりに通過する一次イオンの数が等しくなる。
【0026】
図4は、ラスタースキャンされた一次イオンビーム4が試料1の表面に照射される様子を説明している。図3に示したように、スキャン範囲10は1辺の長さがスキャン幅13の正方形であるが、一次イオンビーム4は試料1の表面に斜めに入射するので、試料1の表面において一次イオンビーム4が当たる領域は、長方形となる。一次イオンビーム4が試料1の表面に当たる点は、一次イオンビーム4のラスタースキャンの動きに従って、この長方形の領域の内部を一筆書きで漏れなく塗りつぶすような運動を繰り返す。
【0027】
この長方形の領域の内側では、単位面積および単位時間当たりに入射する一次イオンの数はどの位置でも等しい。このため、この長方形の領域の内側では、どの位置でもゆっくりと均一な速度で、入射した一次イオンによって試料1の表面がエッチングされていく。その結果、試料1には、元の試料1の表面と平行でかつ平坦なクレーター底部14を持つ、クレーター15が形成される。
【0028】
一次イオンビーム4によりクレーター15を掘り進める過程で、スパッタリングでクレーター底部14から放出される二次イオンの信号強度と、その時点でのクレーター深さ16とを対応させれば、試料1を構成している個々の元素の深さ方向の濃度分布が得られる。
【0029】
ところで、静電レンズ(図示していない)によって絞られた一次イオンビーム4は、ビームの断面内における一次イオンの密度が均一ではなく、ビームの中央部分の密度が最も高く、外周に向かうにつれて低くなるという分布を持っている。このため、そのようなビームによって形成されたクレーター15の最外周部分には、スロープ状の側壁17が形成される。ラスタースキャン中の一次イオンビーム4がクレーター15の最外周部にやって来ると、一次イオンは側壁17にも照射され、側壁17からもスパッタリングにより二次イオンが放出される。側壁17から放出された二次イオンが、平坦なクレーター底部14から放出された二次イオンとともに計測されると、その時点でのクレーター深さ16とは異なる深さからの二次イオン信号が混入することになり、結果的に、濃度分布の測定の深さ分解能が低下してしまう。
【0030】
このような問題に対処するために、エレクトリックゲート法という手法を適用する。以下に、図5と図6を用いて、エレクトリックゲート法について説明する。
【0031】
エレクトリックゲート法では、スキャン範囲10において、一次イオンビーム4が特定の範囲を通過している時にだけ、二次イオンの計測が行われるようにする。図5は、図3と同じく、一次イオンビーム4のスキャン範囲10を示しているが、この正方形の範囲のうち、中央の計測ビーム範囲18の中を一次イオンビーム4が通過している時にだけ、質量分析器6において二次イオンの計測を行う。
【0032】
図6は、図5におけるスキャン範囲10および計測ビーム範囲18と、クレーター15の位置関係を説明している。一次イオンビーム4が、スキャン範囲10の中央の計測ビーム範囲18を通過しているに時にだけ、二次イオンの計測が行われるので、クレーター15のクレーター底部14の中央の二次イオン計測範囲19から放出された二次イオンのみが、質量分析器6で計測される。すなわち、クレーター15の最外周部の側壁17にも一次イオンが入射してスパッタリングが発生し、側壁17からも二次イオンが放出されるが、側壁17から放出された二次イオンは、質量分析器6で計測されることはない。
【0033】
なお、質量分析器6には、質量分析器6に二次イオンを取り込むための引出し電極が設けられている。この引出し電極に電圧をかけることによって、二次イオンが質量分析器6に取り込まれて計測が行われるが、この引出し電極に電圧をかけなければ、質量分析器6に二次イオンが取り込まれることはなく、計測は行われない。この引出し電極にかける電圧をオン・オフすることによって、二次イオンの計測のする・しないを切り替えることができる。
【0034】
以上のように、一次イオンビームのラスタースキャンとエレクトリックゲート法を用いて、試料表面からの深さが一定の平坦なクレーター底部から放出される二次イオンだけを計測することにより、材料組成の深さ方向の分布を、より高い深さ分解能で測定することができている。
【0035】
図7は、二次イオン計測範囲の位置ずれを説明する図である。
【0036】
図7を用いて、一次イオンビーム4のスキャン範囲10、計測ビーム範囲18、クレーター底部14、二次イオン計測範囲19の位置関係を説明する。
【0037】
クレーター底部14がD1の深さにある時には、クレーター底部14内の二次イオン計測範囲W1からスパッタリングにより放出された二次イオンが質量分析器6によって計測される。
【0038】
その後、一次イオンビーム4によってクレーター内部のエッチングが進行し、クレーター底部の深さがD2になった時点では、二次イオン計測範囲W2から放出された二次イオンが計測される。さらにエッチングが進み、クレーター底部14の深さがD3になった時点では、二次イオン計測範囲W3から放出された二次イオンが計測される。
【0039】
このように、クレーター15内部のエッチングが進行し、クレーター底部14の深さが、D1、D2、D3と深くなるにつれて、クレーター底部14内の二次イオン計測範囲19は、W1、W2、W3というように、試料1の表面、すなわちクレーター底部14に平行な向きに、位置ずれを起こして移動していくことがわかる。これは、一次イオンビーム4を、試料1の表面に斜めに入射させていることに起因する現象である。
【0040】
ところで、一般に試料の材料組成の深さ方向の分布という場合には、試料の表面に対して垂直な向きに沿って、濃度の分布を表した情報を指す。例えば、図7に示す二次イオン計測範囲W1の位置における濃度の深さ方向の分布は、クレーター底部に対して垂直な点線20と点線21に挟まれた範囲における深さ方向の分布を意味する。
【0041】
以上のように、一次イオンビームを試料表面に対して斜めに入射させて行われるSIMS測定によって得られる材料組成の深さ方向の分布の情報は、試料表面に対して垂直な向きに沿っての深さ方向の分布とは、異なっていることがわかる。
【0042】
図7において説明したような二次イオン計測範囲19の位置ずれは、実質上問題とならない場合も多い。例えば、試料1の材料組成が面内では均一であることが予めわかっており、深さ方向の濃度分布だけが問題となるような場合が挙げられる。
【0043】
しかしながら、試料1の面内で材料組成が急激に変化している場合、特に、試料1の面内に組成が全く異なる材料の界面が存在していて、その界面に接近した位置において、材料組成の深さ方向の分布を測定する場合には、二次イオン計測範囲19の位置ずれは、材料組成の試料面に対して垂直な方向における変化と、試料面内における変化とを切り分けることができなくなるという問題を生じさせ、測定に深刻な影響をもたらす。
【0044】
例えば、絶縁材料の膜面に垂直に形成されたトレンチの内部に配線形成用の導体が埋め込まれている試料において、導体材料に含まれている不純物の深さ方向の濃度分布を測定するような場合が考えられる(後述する図19、20参照)。この場合、絶縁材料と導体の界面は、試料面に対して垂直に形成されている。このため、まず、二次イオン計測範囲が試料の導体部分に重なるように位置決めをして測定を開始し、その後のSIMSによるエッチングの進行に伴って、二次イオン計測範囲を試料面に対して垂直な方向に維持できれば測定上の問題は生じない。
【0045】
しかし、一次イオンビームを試料面に対して斜めに入射させることにより、エッチングの進行に伴って、図7で説明したような二次イオン計測範囲の位置ずれが生じると、二次イオン計測範囲の一部が界面を超えて絶縁材料の側に侵入し、導体側とはまったく組成が異なる絶縁材料からの二次イオンを計測してしまうという問題が生じる。さらに、測定を行う深さ方向の範囲が大きいほど、二次イオン計測範囲の位置ずれの絶対量が大きくなるため、問題は一層深刻となる。
【0046】
(実施例1)
先の図7で述べてきたように、一次イオンビーム4を試料1の表面に斜めに入射させる場合には、エッチングが進行してクレーター底部14の深さが変化すると、クレーター底部14において一次イオンビーム4が照射される範囲が位置ずれを起こして移動していく。一次イオンビーム4が照射される範囲の中央にある二次イオン計測範囲19もまた、同様に位置ずれを起こして移動する。
【0047】
こうした二次イオン計測範囲19の位置ずれを検出し、計測ビーム範囲の位置を移動して位置ずれを補正する第一の実施例について、以下、図8〜13を用いて説明する。
【0048】
本発明の位置ずれ検出は、一次イオンビーム4が照射される試料1面の範囲内に形成したマークを含む領域に対して一次イオンビーム4のラスタースキャンを行った際に、質量分析器6で測定される特定組成の二次イオン5の信号強度がこのマークの位置で変化することを利用し、一次イオンビーム4のスキャン範囲とマークの位置関係とその変化を検出することによってなされる。
【0049】
図8(1)は、試料1の表面において一次イオンビーム4が照射される範囲を示している。最も外側の長方形は一次イオン照射範囲22であり、図3および図5における一次イオンビーム4の正方形のスキャン範囲10を、試料1の表面に斜めに射影した図形である。一次イオン照射範囲22の内側では、一次イオンビーム4が漏れなく一筆書きでラスタースキャンされ、全面に均一に一次イオンが照射される。また、一次イオン照射範囲22の外周の輪郭は、図4および図6に示したクレーター15の周囲に形成される側壁17の位置と一致している。また、試料1の表面の一次イオン照射範囲22の外側の領域には、一次イオンは照射されない。
【0050】
一次イオン照射範囲22の中央にある長方形の領域は、図6および図7で説明してきた二次イオン計測範囲19である。二次イオン計測範囲19は、図5に示したスキャン範囲10の中央にある正方形の計測ビーム範囲18を、試料1の表面に斜めに射影した図形である。先に説明したエレクトリックゲート法により、この二次イオン計測範囲19から放出された二次イオンだけが、質量分析器6で計測される。
【0051】
本実施例では、図8(1)に示すように、試料1の表面の一次イオン照射範囲22の内側であり、かつ、二次イオン計測範囲19の外側の領域に、マーク23を形成する。本実施例では、試料1の表面に対して垂直な向きに掘られた細長い穴を、マーク23として利用する。図8(2)は、本実施例でのマーク23の構成図を示し、試料1の断面方向からマーク23を見た図である。
【0052】
マーク23の形成方法としては、マーク23を形成する位置を決めたら、その位置に、一次イオンビーム4を、ラスタースキャンさせることなく、試料1の表面に対して垂直な向きに照射する(図9に後述)。収束された一次イオンビーム4が試料1の1点に照射されるので、その位置には、図8(2)に示すような、試料1の表面に垂直な細長い穴が形成される。マーク23を形成するために用いる一次イオンビーム4は、二次イオンを計測して深さ方向組成分析を行う時に照射する一次イオンビーム4と、同一の条件で照射して構わない。マーク23の穴の直径は、通常、数μmから十数μm程度となる。また、マーク23の穴の深さには特に限定はないが、少なくとも試料1の材料組成の分布を測定する深さを上回るだけの深さが必要である。マーク23は、一次イオン照射範囲22の内側で、かつ二次イオン計測範囲19の外側の領域に、少なくとも1ヶ所設ければよい。
【0053】
図9は、クレーター底部の深さの変化に伴って生じる一次イオンビームの照射位置の移動量を検出する手段としてのマークの形成方法を示している。
【0054】
通常のSIMS装置では、試料1を載置した試料台2は、試料1の表面への一次イオンビーム4の入射角度が自在に変えられるよう、その傾斜角度が変えられるようになっている。図9に示すように、マーク23を形成するには、一次イオンガン3からの一次イオンビーム4が試料1の表面に対して垂直に入射するように、試料台2の傾斜角度を設定した上で一次イオンビーム4を照射すればよい。
【0055】
マーク23の位置の検出には、材料組成の深さ方向分布の測定に使用するのと全く同じ一次イオンビーム4のラスタースキャンと二次イオン信号強度の測定とを利用する。まず、SIMSで試料1の測定を行った時に、どの深さにおいても安定して強い信号強度が得られる二次イオン種を1つ選ぶ。安定して強い信号強度が得られるのであれば、この二次イオン種は、必ずしも試料1に含まれる元素の単原子から成るイオンである必要はなく、試料1に含まれる元素から成る分子イオンであっても構わない。この二次イオン種を、ここでは組成Xとする。
【0056】
つぎに、図8(1)に示した一次イオン照射範囲22の内部において、図3に示したような軌跡に従って、一次イオンビーム4をラスタースキャンさせながら、質量分析器6によって組成Xの二次イオン信号強度の測定を行う。
【0057】
ラスタースキャンのラインによって、一次イオン照射範囲22の内部は漏れなく埋め尽くされるので、ラスタースキャンの走査ラインの少なくとも1本以上が、必ずマーク23と重なることになる。
【0058】
図10は、本発明の実施の形態になるマーク位置と二次イオン信号強度との関係を表すグラフを示す。図10は、ラスタースキャンの各走査ライン上の位置と組成Xの二次イオン信号強度の関係を示している。まず、走査ラインがマーク23のない位置にある場合には、図10(1)に示すように、組成Xの二次イオン信号強度は、走査ライン上でほとんど変化することなく、ほぼ一定の水準を維持する。これに対して、走査ラインがマーク23のある位置にある場合には、図10(2)に示すように、マーク23の位置において、一次イオンビーム4がマーク23の穴の中に照射されることによって、組成Xの二次イオン信号強度が局所的に大幅に小さくなる。
【0059】
このような組成Xの二次イオン信号強度の変化を監視するシステムと、一次イオンビーム4にラスタースキャンを行わせるための偏向電極を制御するシステムを連携させることにより、一次イオン照射範囲22のどの位置にマーク23が存在しているかを特定することができる。
【0060】
図11は、本発明の実施の形態になる一次イオン照射範囲とマーク位置の関係を説明する図である。図11は、エッチングの進行に伴ってクレーター底部14の深さが変化した時の、一次イオン照射範囲22とマーク23の相対的な位置関係の変化を示している。
【0061】
エッチングの進行に伴って、クレーター底部14の深さが、D1、D2、D3と変化すると、一次イオン照射範囲22は、それぞれS1、S2、S3というように横方向に移動していく。クレーター底部14に対して垂直な向きに掘られた細長い穴であるマーク23の位置は、クレーター底部14の深さが変化しても移動しないので、一次イオン照射範囲22に対するマーク23の相対的な位置は、エッチングの進行に伴って変化していく。
【0062】
一次イオン照射範囲22の内部におけるマーク23の相対的な位置の移動量は、図7に説明したように、二次イオン計測範囲19の位置ずれの量と一致しているので、図8および図10で説明した、マーク23の位置における組成Xの二次イオン信号強度の変化によって一次イオン照射範囲22内でのマーク23の位置を特定する方法を利用して、エッチングの進行に伴う二次イオン計測範囲19の位置ずれの量を知ることができる。
【0063】
以上に説明したような位置ずれ検出手段によって、エッチングの進行に伴う試料1の表面での二次イオン計測範囲19の位置ずれを検出することができる。
【0064】
つぎに、この位置ずれの検出を踏まえて、二次イオン計測範囲19の位置ずれを補正し、試料1の表面に対して垂直な向きに沿って二次イオンの計測が行われるようにするための補正手段について、その実施例を説明する。
【0065】
先にも述べたように、本発明では、二次イオン計測範囲19の位置ずれを補正するための手段として、実施形態の異なる2つの手段を用意している。すなわち、実施例1では、一次イオンビームのスキャン範囲の中で計測ビーム範囲の位置を移動させることで補正を行う。また、後述する実施例2では、試料そのものを試料面に対して垂直な方向もしくは平行な方向に移動させることで補正を行う。
【0066】
図12は、本発明の実施の形態になる計測ビーム範囲の位置の移動による補正を説明する図を示す。
【0067】
図12(1)は、補正が行われていない状態を示している。クレーター底部14の深さがD1の時には、クレーター底部14における二次イオン計測範囲19は、計測ビーム範囲18とクレーター底部14が交差するW1の位置にあり、このW1の位置から放出される二次イオンが計測される。試料1のエッチングが進行し、クレーター底部14の深さがD1からD2へと変化した時、W1からクレーター底部14に対して垂直な向きに沿って二次イオンの計測が行われるのであれば、クレーター底部14の深さがD2の時には、W2bの位置から放出された二次イオンの計測が行われなければならない。しかし、これまでに説明してきた理由により、二次イオン計測範囲19は位置ずれを起こすため、W2の位置から放出された二次イオンが計測されることになる。
【0068】
そこで、実施例1では、マーク23の位置の計測によって二次イオン計測範囲19の位置ずれの量が測定されたら、その位置ずれ量を打ち消すように、一次イオンビーム4のスキャン範囲10の中での計測ビーム範囲18の位置を移動させてやる。
【0069】
図12(2)は、計測ビーム範囲18の位置を移動による補正を示したものである。クレーター底部14の深さがD1からD2に変化し、これに伴う二次イオン計測範囲19の位置ずれが検出されたら、一次イオンビーム4のスキャン範囲10の中で、計測ビーム範囲18を、B1からB2へと移動させる。その結果、クレーター底部14の深さがD2になった時には、二次イオン計測範囲19はW2bの位置となり、W1から試料面に対して垂直に伸びる線上にあるW2bの位置から放出される二次イオンが計測される。
【0070】
図13は、本発明の実施の形態になる計測ビーム範囲の位置の補正前後の状態を説明する図である。図13は、一次イオンビーム4のスキャン範囲10の中で計測ビーム範囲18の移動を一次イオンビーム4に沿った方向から見た場合を表している。
【0071】
一次イオンビーム4がラスタースキャンを行う範囲であるスキャン範囲10の中で、計測ビーム範囲18が、B1からB2へと移動することになる。
【0072】
このような操作は、エレクトリックゲート法を制御しているシステム、すなわち、一次イオンビーム4にラスタースキャンを行わせている一次イオンガン3の内部の偏向電極の動作を制御するシステムと、質量分析器6への二次イオンの取り込みのオン・オフを制御するシステムの連携を、二次イオン計測範囲19の位置ずれに応じて自動的に調整することにより、容易に行うことが可能である。
【0073】
(実施例2)
実施例2では、クレーター底部14の中で二次イオン計測範囲19の位置が移動しないように、その位置ずれ量に応じた距離だけ試料1そのものを移動させるという補正を行う。このような補正は、試料1を、試料面に垂直な向きに移動させることによっても、また、試料面に平行な向きに移動させることによっても行うことが可能である。
【0074】
図14は、試料1の移動による二次イオン計測範囲の位置ずれの補正について説明する図である。
【0075】
図14(1)は、試料1を試料面に垂直な向きに移動させる場合を示している。エッチングの進行により、クレーター底部14の深さがD1からD2へと変化した時、そのままでは、二次イオン計測範囲19は、W1からW2へと位置ずれを起こしてしまう。そこで、試料1全体を、矢印24のように、試料面に垂直な向きに移動させる。そうすると、深さD2のクレーター底部14におけるW2bの部分が、計測ビーム範囲18と重なる位置まで移動するので、再びW1の位置から放出される二次イオンを計測することができる。
【0076】
図14(2)は、試料1を試料面に平行な向きに移動させる場合を示している。二次イオン計測範囲19が、W1からW2へと位置ずれを起こしたら、今度は、この位置ずれを追いかけるように、試料1の全体を、矢印25のように、試料面に平行な向きに移動させる。そうすると、クレーター底部14のうちのW2bの位置にあった部分が、計測ビーム範囲18と重なるW2の位置に移動し、この部分から放出される二次イオンを計測することができる。
【0077】
図15は、本発明の実施の形態になる試料を移動させるための機構を示す。実施例2において、試料1を移動させる距離は非常に小さく、その制御は、二次イオン計測範囲19の位置ずれ量を踏まえて精密に行わなければならない。図15は、これを実現するための、試料1を移動させるための機構例を示している。
【0078】
図15(1)は、試料1を試料面に垂直な向きに移動させるための機構を示している。試料1は、全体が治具26に収容され、治具26は、圧電素子27を介して、試料台2に固定されている。二次イオン計測範囲19の位置ずれ量を踏まえて、図示しない制御システムが試料1の移動量を決定すると、その移動量に応じた電圧信号が制御システムから圧電素子27へと送られ、その結果、圧電素子27の体積が変化し、試料1が矢印24のように移動する。
【0079】
図15(2)は、試料1を試料面に平行な向きに移動させるための機構を示している。圧電素子を用いる駆動方法は、(1)に示した垂直な向きに移動させるための機構と同じである。(2)では、位置決めのための弾性体28と圧電素子27に固定された治具26が、試料1を載置したまま矢印25のように移動するところが(1)と異なる。
【0080】
試料1を移動させるための方法は、図15を用いて説明したものに限定されるものではなく、移動量を正確に制御しながら微小な距離を移動させることが可能であれば、どのような方法を採用してもよい。
【0081】
ここで、本発明により試料の材料組成の深さ方向の分布を測定する場合の、測定の一連の手順について、図16を用いて説明する。
【0082】
図16は、本発明の実施の形態になる二次イオンの計測範囲の位置ずれを検出する二次イオン信号強度の計測フローを示す。
【0083】
本発明による計測フローは、主に、各組成の二次イオン信号強度を測定するステップ、特定の組成の強度測定からマークとの位置ずれを検出するステップ、および位置ずれを補正するステップからなる。
【0084】
なお、試料を構成する材料組成のうち、組成1から組成nまでのn種類の組成に注目し、試料面に対して垂直な向きにおける、これらの各組成の深さ方向の濃度分布をSIMSにより測定するものとする。また、これらのn種類の組成の中には、どの深さにおいても安定して強い二次イオン信号強度が得られる組成Xが含まれるものとする。
【0085】
測定を開始する前に、準備として、図8において説明したように、試料表面において、ラスタースキャンによって一次イオンが照射される範囲の中であり、かつ、二次イオンを計測する範囲の外側である領域に、一次イオンビームをラスタースキャンさせずに垂直に入射させて、マークを形成しておく。
【0086】
まず、ステップS11において、n種類の組成のそれぞれの濃度分布を得ることを目的とした二次イオン信号強度の計測を行なう。ステップS11は、一次イオンビームの1回のラスタースキャンの間に行われる計測を示している。一次イオンビームが1回のラスタースキャンを行う間には、n種類の各組成の二次イオン信号強度の計測が、非常に短い時間ずつ連続して順番に行われ、組成1から組成nまでの計測が一通り終わったら、再び組成1に戻って同様に各組成の二次イオン強度の計測を順番に行う処理が何度も繰り返される。また、ステップS11での測定は、濃度分布を得ることが目的であるので、エレクトリックゲート法を適用してクレーターの側壁からの二次イオンの計測を防止し、測定の深さ方向の分解能が低下しないようにする。
【0087】
本発明では、一次イオンビームのラスタースキャン、すなわち、ステップS11が、測定者が任意に設定する回数(k回)にわたって繰り返し連続して行われる。1回のラスタースキャンが終了すると、処理は、ラスタースキャンの繰り返し回数を判定するためのステップS12へと進む。ステップS12において、それまでに終了したラスタースキャンの回数が、所定のk回に達しているかどうかが判定される。
【0088】
ステップS12において、ラスタースキャンの回数がk回に達していないと判定されると、処理はステップS11の前に戻され、ステップS11において再び新たなラスタースキャンが開始される。このような場合、ある回のラスタースキャンの最後の瞬間に中断されたS11の処理は、その次の回のラスタースキャンの最初に、中断されたところから再開されるようにして、S11の処理の繰り返しが、ラスタースキャンの異なる回をまたいでも途切れることなく継続されるようにする。
【0089】
ステップS12において、ラスタースキャンの回数がk回に達したと判定されると、その時点でS11の処理が打ち切られ、ステップS13に進む。
【0090】
ステップS13では、k回のラスタースキャンの間に試料のエッチングが進行した結果、二次イオン計測範囲にどれだけの位置ずれが生じたかを把握することを目的に、二次イオン信号強度の計測を行う。
【0091】
ステップS13では、どの深さにおいても安定して強い二次イオン信号強度が得られる組成Xについてのみ、二次イオン信号強度の測定を行なう。ステップS13でのラスタースキャンは1回のみであり、そのラスタースキャンの間、エレクトリックゲート法を適用することなく、一次イオンビームが照射された全ての位置から発生する組成Xの二次イオン信号強度を計測し、その変化が監視される。
【0092】
ラスタースキャンの走査ラインが試料表面に形成したマークに重なると、図10で説明したように、組成Xの二次イオン信号強度が大きく変化するので、どの走査ラインにおいて強度の変化が生じたか、また、その走査ラインのどの位置で強度の変化が生じたか、を知ることによって、一次イオンビームのラスタースキャンの範囲の中における、マークの相対的な位置情報が得られる。測定のループが繰り返される中で、前後する2回のステップS13で得られたマークの位置情報を比較することによって、k回のラスタースキャン処理が進められるうちに生じたマークの位置ずれの大きさが測定される。
【0093】
そして、ステップS14において、マークの位置ずれが検出されたか否かを判定する。マークの位置ずれが検出されたら、次のステップS15に進む。
【0094】
ステップS15において、測定されたマークの位置のずれの大きさ、すなわちクレーター底部における二次イオン計測範囲の位置ずれの大きさを踏まえて、これを補正する操作を実施する。ずれた二次イオン計測範囲の位置を元に戻す作業が行われる。
【0095】
この時、二次イオン計測範囲の位置を補正するために行う操作としては、これまで説明したように、計測ビーム範囲を移動させる方法(実施例1)を採用してもよいし、試料を移動させる方法(実施例2)を採用してもよい。このステップS15での処理を行うことにより、ループが元に戻って再びステップS11での二次イオン信号強度の計測が行われる時、二次イオン計測範囲の位置ずれが補正されているので、ループを回してステップS11〜S15の処理を繰り返す際に、ステップS11の各回における二次イオン信号強度の測定は、試料面に対して垂直な直線に沿って行われることになる。
【0096】
その結果、ステップS11の各回で得られる二次イオン信号強度の値を、組成ごとに深さ方向に順番に連ねることによって、各組成の深さ方向の濃度分布が得られる。
【0097】
つぎに、本実施例における二次イオン計測範囲の位置ずれを補正する機構について、図17および図18を用いて説明する。
【0098】
図17は、本実施例における二次イオン計測範囲の位置ずれを補正するための方法のうち、一次イオンビームのスキャン範囲の中で計測ビーム範囲を移動させる場合について、これを実現するための測定装置内部の機構の概略を示している。
【0099】
測定者は、操作盤(表示画面)29を操作することにより、測定装置に対して様々な測定動作の指示を与える。また、操作盤(表示画面)29は、測定装置の運転状況についての様々な情報や測定結果を画面に表示し、測定者に伝える。
【0100】
操作盤(表示画面)29を介して測定装置に与えられた指示は、まず、主制御部30に伝えられる。主制御部30は、測定装置全体の動作を制御する中心的な部分であり、制御用プログラムを動作させるためのCPUとデータを格納するための補助記憶装置を備えている。主制御部30は、測定装置内部の各部分に対して動作の指示を与えるとともに、各部分から戻された情報を処理する。
【0101】
まず、通常の材料組成の深さ方向分析の流れについて説明する。
【0102】
通常の材料組成の深さ方向分析では、まず、主制御部30が、与えられた条件に従って一次イオンガン3に一次イオンビーム4を照射させるとともに、偏向電極制御部31に指示を出し、一次イオンガン3の内部に設置された偏向電極を動作させて、一次イオンビーム4に指定した広さでのラスタースキャンを行わせる。
【0103】
一方、偏向電極制御部31からは、各々の時刻における一次イオンビーム4の位置の情報、すなわち、一次イオンビーム4がスキャン範囲10の中のどこにいるかが、主制御部30に戻される。そして、一次イオンビーム4が指定された計測ビーム範囲18の内側に入った時にのみ、主制御部30は、引出し電極制御部32に指示を出し、質量分析器6の内部の引出し電極に電圧をかける。引出し電極に電圧がかかると、試料から放出された二次イオン5は、質量分析器6に取り込まれる。
【0104】
質量分析器6の内部は、大きく質量分離器33とイオン検出器34とに分けられる。図17の中央の点線に囲まれた部分は、その直下に描かれた質量分析器6の模式図の部分と等価であり、試料1からスパッタリングによって放出された二次イオン5は、質量分析器6に取り込まれると、まず、質量分離器33によって処理される。質量分析器6に取り込まれた二次イオン5は、様々な質量数の二次イオンが一緒になった状態であるが、これらは質量分離器33の動作によってフルイにかけられ、注目する特定の質量数の二次イオンのみが、イオン検出器34に送り込まれる。
【0105】
イオン検出器34は、二次イオンを捕獲するごとにパルス状の電気信号を発生させる。この信号は、イオン強度計測部35へと送られ、単位時間当たりの信号数、すなわち、単位時間当たりに検出された二次イオンの数が計測される。このようにして得られた単位時間当たりの検出二次イオン数が、二次イオン信号強度として扱われる。
【0106】
各々の時刻における二次イオン信号強度の値は、記録処理部36において、測定開始からの経過時間、すなわち、エッチング開始からの経過時間と組にして、主制御部30に送られて記録される。二次イオン信号強度は、その質量数の元素の濃度に比例しているので、エッチング開始からの経過時間と、二次イオン信号強度の関係をプロットすれば、測定中のその質量数の元素の深さ方向の濃度分布が得られる。
【0107】
また、質量分析器6では、同時に一つの質量数の二次イオン信号強度しか計測できないが、質量分離器33を通過させる二次イオンの質量数の設定を、短い時間で区切って変化させて、複数の異なる質量数について二次イオン信号強度を交互に計測すること繰り返すことによって、並行して複数の元素の深さ方向の濃度分布を測定することができる。
【0108】
次に、材料組成の深さ方向分析の間に行う、二次イオン計測範囲の位置ずれの補正作業について説明する。
【0109】
二次イオン計測範囲の位置ずれを補正するためには、まず、一次イオン照射範囲22の内部におけるマーク23の位置を測定することが必要である。マーク23の位置を測定するためのラスタースキャンでは、試料のどの深さにおいても安定して強い二次イオン信号強度が得られる組成Xについてのみ、二次イオン強度の計測が続けられる。イオン強度計測部35で計測された組成Xの二次イオン信号強度の値は、マーク位置検出部37に送られ、その強度の変化が監視される。
【0110】
一次イオンビーム4をラスタースキャンさせていく途上で、組成Xの二次イオン信号強度が、図10に説明したようにマーク23の位置で局所的に大幅に小さくなると、マーク位置検出部37は、偏向電極制御部31を参照し、スキャン範囲10の内部におけるその瞬間の一次イオンビーム4の位置の情報を入手する。
【0111】
このような、スキャン範囲10の内部における一次イオンビーム4の位置の測定は、二次イオン計測範囲の位置ずれを測定するためのラスタースキャンのたびに行われ、測定結果は、その都度、マーク位置比較演算部38に送られる。マーク位置比較演算部38では、このような一次イオンビーム4の位置の変化量が算出され、さらに、一次イオン照射範囲22の中でのマーク23の相対的な移動距離が算出される。
【0112】
一次イオン照射範囲22の中でのマーク23の相対的な移動距離が算出されると、その値は主制御部30に送られる。主制御部30では、マーク23の移動距離をもとに、図12において説明したような位置関係になるよう、スキャン範囲10の内部における計測ビーム範囲18を移動させる補正を行い、その上で、材料組成の深さ方向分析の次の段階が再開される。
【0113】
一方、図18は、本実施例における二次イオン計測範囲の位置ずれを補正するための方法のうち、試料の位置を移動させる場合について説明したものである。
【0114】
この場合についても、一次イオン照射範囲22の中でのマーク23の相対的な移動距離が算出され、その値が主制御部30に送られるところまでは、図17で説明した計測ビーム範囲の位置を移動させて補正を行う場合とまったく同じである。
【0115】
この場合では、主制御部30において、マーク23の移動距離をもとに、試料を試料面に対して垂直もしくは水平な方向に、どれだけ移動させればよいかが算出される。算出された移動量の値は、圧電素子駆動制御部39へと送られる。
【0116】
圧電素子駆動制御部39は、主制御部30から指示された移動量に従って駆動電圧を発生させ、圧電素子27を動作させて、試料面に対して垂直もしくは水平な方向に所定の移動量だけ試料1を移動させる。(図18では、圧電素子27によって試料1が試料面に対して垂直に移動する場合の模式図を示している。)
試料1が、図14において説明したような位置関係になるように移動することによって、二次イオン計測範囲19の位置ずれに対する補正が行われ、そのうえで、材料組成の深さ方向分析の次の段階が再開される。
【0117】
つぎに、本実施例の効果を確認する目的で、以下のような実験を行った。まず、図19を用いて、測定に使用した試料の断面構造について説明する。
【0118】
Siの基板40の上に、Taのバリアメタル41の層を設け、さらに、その上に高純度Cu膜42とTi含有Cu膜43とが、基板40に対して垂直な界面を隔てて接する構造の試料を作製した。Ti含有Cu膜の内部におけるTiの濃度は、熱拡散を利用して、深さ方向に一定となるようにした。
【0119】
この試料のTi含有Cu膜43の部分において、Cu膜中のTiの深さ方向濃度分布を、SIMSにより測定した。
【0120】
測定には、Csガンを使用し、一次イオンの加速エネルギーは10keV、試料表面への入射角度は60度とした。二次イオンの検出は、TiとCsの分子イオンである(Ti+Cs)+によって行った。
【0121】
図20に、この測定における二次イオン計測範囲の初期位置を示す。図に点線で示された長方形の領域のうち、外側の長方形の内部が一次イオン照射範囲22であり、内側の長方形の内部が二次イオン計測範囲19である。一次イオン照射範囲22の内側で試料表面のスパッタリングが生じて二次イオンが放出されるが、そのうち二次イオン計測範囲19の内側の領域から放出された二次イオンだけが、二次イオン信号として採用される。この実験では、二次イオン計測範囲19の面積は、一次イオン照射範囲22の面積の9%となるように設定した。
【0122】
矢印44は、入射角度60で試料表面に入射する一次イオンビームのベクトルを、試料表面に射影したベクトルであり、Ti含有Cu膜43側から高純度Cu膜42側へと向かう成分を持っている。
【0123】
この実験では、測定を開始する時点で、二次イオン計測範囲19の一辺が、Ti含有Cu膜43の範囲にあって、かつ、高純度Cu膜42との界面までぎりぎりに近付いたところに存在するように、二次イオン計測範囲19の初期位置を設定した。
【0124】
なお、Csイオンを一次イオンに用いて同一の条件のもとでエッチングを行った場合に、高純度Cu膜42とTi含有Cu膜43のエッチングレートには、差がないことを事前に確認した。
【0125】
まず、本実施例を適用せずに、Tiの深さ方向濃度分布の測定を行った。その結果を図21の(a)に示す。縦軸は、二次イオン(Ti+Cs)+の信号強度であり、そのままTiの濃度変化を示す量であると解釈することができる。また、横軸はエッチング開始からの経過時間である。
【0126】
二次イオン(Ti+Cs)+の信号強度は、しばらくの間は一定の値を保っているが、その後は少しずつ強度が低下した。これは、エッチングの進行とともに、二次イオン計測範囲19の位置ずれが発生して、Ti含有Cu膜43の側から、高純度Cu膜42の側へと移動し、ついには両者の界面を超えて、一部が高純度Cu膜42の領域に侵入したために、計測される二次イオン(Ti+Cs)+の数が減少したことが原因であると推定される。
【0127】
そこで、本実施例を適用し、二次イオン計測範囲19の位置ずれを補正することとした。この実験では、一次イオンビームのスキャン範囲10の内部で計測ビーム範囲18を移動させる方法によって、補正を行うこととした。試料表面でのマーク23の形成は、図20に示す位置において行った。
【0128】
図21の(b)に、本実施例を適用して測定を行った場合における、Tiの深さ方向の濃度分布の測定結果を示す。二次イオン(Ti+Cs)+の強度は、本実施例を適用しない場合において強度が低下し始めた時間を経過しても、変化することなく一定の強度を示し続けた。これは、エッチングの進行に伴って、一次イオン照射範囲22が移動しても、本実施例による補正を行ったことによって、二次イオン計測範囲19が、図20に示した初期位置に留まり続け、試料表面に対して正確に垂直な向きに沿って、深さ方向の濃度分布の測定が行われた結果である、と解釈することができる。
【0129】
以上のように、本実施例を適用することによって、エッチングの進行に伴って発生する二次イオン計測範囲の位置ずれを補正することができ、試料表面に対して正確に垂直な向きに沿って、材料組成の深さ方向測定が可能になることが確かめられた。
【産業上の利用可能性】
【0130】
本発明は、二次イオン質量分析技術の分野に関する。
【符号の説明】
【0131】
1 試料
2 試料台
3 一次イオンガン
4 一次イオンビーム
5 二次イオン
6 質量分析器
7 法線
8 一次イオンの入射角度
9 始点
10 スキャン範囲
11 軌跡
12 終点
13 スキャン幅
14 クレーター底部
15 クレーター
16 クレーター深さ
17 側壁
18 計測ビーム範囲
19 二次イオン計測範囲
20、21 点線
22 一次イオン照射範囲
23 マーク
24、25 矢印
26 治具
27 圧電素子
28 弾性体
29 操作盤
30 主制御部
31 偏向電極制御部
32 引出し電極制御部
33 質量分離器
34 イオン検出器
35 イオン強度計測部
36 記録処理部
37 マーク位置検出部
38 マーク位置比較演算部
39 圧電素子駆動制御部
40 基板
41 バリアメタル
42 高純度Cu膜
43 Ti含有Cu膜
44 矢印

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料の表面と垂直にマークを形成するイオンビーム照射手段と、
前記イオンビームの走査中に該試料の表面から放出される二次イオンの信号強度を計測する計測手段と、
前記マークに対する前記二次イオンの計測範囲の位置ずれを検知する位置ずれ検知手段と、
検知された前記二次イオンの計測範囲の位置ずれを補正する補正手段と、
を有することを特徴とする二次イオン質量分析装置。
【請求項2】
前記位置ずれ検知手段は、前記一次イオンビームが照射された試料位置から発生する特定の組成の二次イオン信号強度を計測し、前記マークにおける前記二次イオンの信号強度の減衰位置の変位から、前記二次イオンの計測範囲の前記マークに対する位置ずれを検知することを特徴とする請求項1に記載の二次イオン質量分析装置。
【請求項3】
前記補正手段は、前記イオンビームの走査範囲の中における前記二次イオンの計測範囲の相対的な位置を移動させることを特徴とする請求項1または2に記載の二次イオン質量分析装置。
【請求項4】
前記補正手段は、前記試料の表面に対して垂直もしくは平行な方向に試料を移動させることを特徴とする請求項1または2に記載の二次イオン質量分析装置。
【請求項5】
試料の表面に垂直に予めマークを形成するイオンビーム照射ステップと、
イオンビームの走査中に該試料の表面から放出される二次イオンの信号強度を計測する計測ステップと、
前記二次イオンの計測範囲の前記マークに対する位置ずれを検出する位置ずれ検出ステップと、
検知された前記二次イオンの計測範囲の位置ずれ量を補正する補正ステップと、
を有することを特徴とする二次イオン質量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【公開番号】特開2013−69606(P2013−69606A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−208509(P2011−208509)
【出願日】平成23年9月26日(2011.9.26)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】