説明

二次元イメージング装置および方法

【課題】弱い化学結合を分子内にもつ分子を含む生体組織や薬剤などを測定対象物とする場合であっても、質量分析の分解能やS/N比を高めて、正確な二次元画像を得ることができる二次元イメージング装置を提供すること。
【解決手段】レーザ光源11と、測定対象物を含む試料90が載置される試料台13を備える。レーザ光源11からの赤外レーザ光を試料90へ導く光学系30を備える。光学系30と試料台13とを相対移動させる移動機構を備える。赤外レーザ光を受けて試料90が発生したイオンを、イオンの質量電荷比に応じて分離する質量分析部14を備える。イオンを検出するイオン検出器17を備える。試料90のマトリックスが付着された複数の部位について部位毎に質量スペクトルを得て、各部位の座標位置と対応づけて記憶する。測定対象物に含まれる特定分子の質量を表すピークの強度に応じた濃度マップを作成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は二次元イメージング装置および方法に関する。より詳しくは、この発明は、試料の複数の部位について赤外線を用いた質量分析(IR−MALDI)を行い、得られた結果を二次元画像で表示するイメージング装置および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば非特許文献1(「MALDI−TOFMSイメージング」、インターネット<URL:http://www.an.shimadzu.co.jp/apl/imaging/invitro01001015.htm>)に公表されているように、平坦な表面を有する試料の複数の部位について質量分析(MALDI−TOFMS)を行い、得られた結果を二次元画像で表示するイメージング装置が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−005410号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】株式会社島津製作所、「MALDI−TOFMSイメージング」、[online]、2010年、[2010年6月7日検索]、インターネット<URL:http://www.an.shimadzu.co.jp/apl/imaging/invitro01001015.htm>
【非特許文献2】株式会社島津製作所、「MALDI/TOFMSの原理」、[online]、2010年、[2010年6月7日検索]、インターネット<URL:http://www.an.shimadzu.co.jp/tofms/axima/princpl1.htm>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来のイメージング装置では、非特許文献1に関連した非特許文献2(「MALDI/TOFMSの原理」、インターネット<URL:http://www.an.shimadzu.co.jp/tofms/axima/princpl1.htm>)に記載されているように、質量分析のために窒素レーザ光(波長=337nm)、つまり紫外光を試料に照射している。例えば、紫外線を用いて弱い化学結合を分子内に有する生体組織を測定対象物とする場合、化学結合が切れてしまい、副次生成物が生成されることがある。そのような場合、質量分析の分解能やS/N比(信号対ノイズ比)を高めることが難しく、その結果、正確な二次元画像が得られないという問題がある。
【0006】
そこで、この発明の課題は、弱い化学結合を分子内にもつ分子を含む生体組織や薬剤などを測定対象物とする場合であっても、質量分析の分解能やS/N比を高めて、正確な二次元画像が得られる二次元イメージング装置および方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、IR−MALDI装置(赤外光−マトリックス支援レーザ脱離イオン化装置)を利用すれば、質量分析の分解能やS/N比を高めて、正確な二次元画像が得られる可能性があることに着目した。知られているように、IR−MALDI装置では、測定対象物に赤外光(特に中赤外光)を照射するので、弱い化学結合を分子内にもつ分子を壊すことなく、副次生成物の生成を抑えてイオン化できるからである(特許文献1(特開2007−005410号公報)参照)。
【0008】
そこで、上記課題を解決するため、この発明の二次元イメージング装置は、
赤外レーザ光を発生するレーザ光源と、
測定対象物と、少なくとも当該測定対象物の表面に付着されたマトリックスとを含む試料が載置される試料台と、
上記レーザ光源からの上記赤外レーザ光を上記試料台上の上記試料へ導く光学系と、
上記赤外レーザ光を上記マトリックスが付着された上記試料の部位に照射させるため、上記光学系と上記試料台とを相対的に移動させる移動機構と、
上記赤外レーザ光を受けて上記試料が発生したイオンを、上記イオンの質量電荷比に応じて分離する質量分析部と、
上記質量分析部により分離されたイオンを検出するイオン検出器と、
上記イオン検出器の出力に基づいて、上記試料の上記表面内で上記マトリックスが付着された複数の部位について上記部位毎に質量スペクトルを得るデータ取得部と、
上記試料の上記部位毎の質量スペクトルを上記試料の表面内の各部位の座標位置と対応づけて記憶するデータ記憶部と、
上記試料の上記部位毎の質量スペクトルに基づいて、上記測定対象物に含まれる特定分子の質量を表すピークの強度に応じた濃度マップを作成する濃度マップ作成部とを備えたことを特徴とする。
【0009】
この発明の二次元イメージング装置では、レーザ光源からの赤外レーザ光を光学系によって試料へ導くとともに、上記赤外レーザ光を上記マトリックスが付着された上記試料の部位に照射させるため、移動機構によって上記光学系と上記試料台とを相対的に移動させる。これによって、上記試料の上記マトリックスが付着された複数の部位について、上記部位毎に上記測定対象物を上記マトリックスの助けによって順次イオン化してイオンとする。
【0010】
上記試料の上記複数の部位が順次発生したイオンは、上記質量分析部によって上記イオンの質量電荷比に応じて分離されて、上記イオン検出器に達して順次検出される。データ取得部は、上記イオン検出器の出力に基づいて、上記試料の上記複数の部位について上記部位毎に質量スペクトルを得る(飛行時間質量分析法(TOFMS))。データ記憶部は、上記試料の上記部位毎の質量スペクトルを上記試料の表面内の各部位の座標位置と対応づけて記憶する。そして、濃度マップ作成部は、上記試料の上記部位毎の質量スペクトルに基づいて、上記測定対象物に含まれる特定分子の質量を表すピークの強度に応じた濃度マップを作成する。
【0011】
この二次元イメージング装置では、赤外レーザ光(特に中赤外光が望ましい。)を試料に照射するので、弱い化学結合を分子内にもつ分子を壊すことなく、副次生成物の生成を抑えて、上記試料をイオン化できる。したがって、窒素レーザのような紫外光を用いる場合に比して、質量分析の分解能やS/N比(信号対ノイズ比)を高めることができる。この結果、濃度マップ作成部によって正確な二次元画像が得られる。
【0012】
一実施形態の二次元イメージング装置では、
上記測定対象物のための比較の基準となる基準物について、上記測定対象物のための測定条件と同じ測定条件で得られた質量スペクトルを記憶する比較基準記憶部を備え、
上記濃度マップ作成部は、上記測定対象物の質量スペクトルと上記基準物の質量スペクトルとを比較して、上記濃度マップを作成することを特徴とする。
【0013】
この一実施形態の二次元イメージング装置では、上記濃度マップ作成部は、上記測定対象物の質量スペクトルと上記基準物の質量スペクトルとを比較して、上記濃度マップを作成するので、さらに正確な二次元画像が得られる。
【0014】
この発明の二次元イメージング方法は、
試料台上に、測定対象物と、少なくとも当該測定対象物の表面に付着されたマトリックスとを含む試料を載置し、
レーザ光源からの赤外レーザ光を光学系によって上記試料へ導くとともに、上記赤外レーザ光を上記マトリックスが付着された上記試料の部位に照射させるため、移動機構によって上記光学系と上記試料台とを相対的に移動させて、上記試料の上記マトリックスが付着された複数の部位について、上記部位毎に上記測定対象物を上記マトリックスの助けによって順次イオン化し、
上記試料の上記複数の部位が順次発生したイオンを、質量分析部によって上記イオンの質量電荷比に応じて分離してイオン検出器に到達させて検出し、
データ取得部によって、上記イオン検出器の出力に基づいて、上記試料の上記複数の部位について上記部位毎に質量スペクトルを得、
データ記憶部に、上記試料の上記部位毎の質量スペクトルを上記試料の表面内の各部位の座標位置と対応づけて記憶させ、
上記試料の上記部位毎の質量スペクトルに基づいて、上記測定対象物に含まれる特定分子の質量を表すピークの強度に応じた濃度マップを作成することを特徴とする。
【0015】
この発明の二次元イメージング方法では、赤外レーザ光(特に中赤外光が望ましい。)を試料に照射するので、弱い化学結合を分子内にもつ分子を壊すことなく、副次生成物の生成を抑えて、上記試料をイオン化できる。したがって、窒素レーザのような紫外光を用いる場合に比して、質量分析の分解能やS/N比(信号対ノイズ比)を高めることができる。この結果、正確な二次元画像が得られる。
【0016】
一実施形態の二次元イメージング方法では、上記試料を、上記測定対象物の上記表面に上記マトリックスを噴霧して作製することを特徴とする。
【0017】
この一実施形態の二次元イメージング方法では、上記測定対象物の表面内で隣り合うマトリックス同士が互いに離間した態様の試料を簡単に作製できる。上記測定対象物の表面内で隣り合うマトリックス同士が互いに離間していれば、隣り合うマトリックス同士の間で上記測定対象物の成分が移動しないので、望ましい。
【0018】
一実施形態の二次元イメージング方法では、上記試料を、上記測定対象物の上記表面に上記マトリックスを所定ピッチで滴下して作製することを特徴とする。
【0019】
この一実施形態の二次元イメージング方法では、滴下の圧力、時間を調節することで、略一定の直径のマトリックスが縦横に離間して配置された態様の試料を容易に作製できる。
【発明の効果】
【0020】
以上より明らかなように、この発明の二次元イメージング装置および方法によれば、弱い化学結合を分子内にもつ分子を含む生体組織や薬剤などを測定対象物とする場合であっても、質量分析の分解能やS/N比を高めて、正確な二次元画像を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】(A)はこの発明の一実施形態の二次元イメージング装置の概略構成を示す図である。(B)および(C)はそれぞれ上記二次元イメージング装置によって作成された二次元画像を模式的に示す図である。
【図2】上記二次元イメージング装置の試料台を示す図である。
【図3】上記二次元イメージング装置のデータ解析装置のブロック構成を示す図である。
【図4】上記二次元イメージング装置のレーザ光源および光学系の一つの構成例を示す図である。
【図5】上記二次元イメージング装置のレーザ光源および光学系の別の構成例を示す図である。
【図6】(A)は試料切片上にマトリックスが噴霧された態様を模式的に表す図であり、(B)は試料切片上にマトリックスが所定間隔で滴下された態様を模式的に表す図である。
【図7】試料切片上にマトリックスを滴下する方法を説明する図である。
【図8】或る試料の表面内の座標位置(25,5)で表される部位の質量スペクトルを示す図である。
【図9】上記試料の表面内の座標位置(35,5)で表される部位の質量スペクトルを示す図である。
【図10】上記試料の表面内の座標位置(25,10)で表される部位の質量スペクトルを示す図である。
【図11】上記試料切片について得られた二次元画像を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、この発明を図示の実施の形態によって詳細に説明する。
【0023】
図1(A)は、この発明の一実施形態の二次元イメージング装置(全体を符号10で示す。)の概略構成を示している。この二次元イメージング装置10は、レーザ光源としてのIR光源11と、真空容器12と、この真空容器12内に設けられた試料台13と、質量分析部14と、イオン検出器17と、ビーム集光ユニット30と、データ解析装置50と、画像表示装置51と、制御信号を出力してこの装置の全体を制御するシステム制御部20とを備えている。
【0024】
IR光源11は、赤外レーザ光、この例では波長5μm〜14μm(マイクロメータ)の範囲内の中赤外光を発生する。このような中赤外光を発生するレーザ光源は、例えば特開2005−331599号公報、特開2007−323021号公報などに開示された光源を用いてもよい。
【0025】
真空容器12は、その内部が、システム制御部20からの制御信号によって制御される図示しない真空ポンプによって真空に排気されるようになっている。この例では、真空容器12は、試料台13、質量分析部14およびイオン検出器17を収容している。
【0026】
なお、本実施の形態では、試料台13は質量分析部14と同様に真空容器12内に設けられるが、この構成に限られない。例えば、試料台13及び質量分析部14を大気圧の容器内に設けてもよい。また、試料台13が設けられる試料室を大気圧とし、キャピラリやオリフィスを介して真空環境となる質量分析部にイオンを導いてもよい。このようなAP−MALDI装置(大気圧マトリクス支援レーザ脱離イオン化装置)では、試料を容易に交換することができるので、利便性が高い。
【0027】
試料台13は、この例では、真空容器12の下部に配置されている。この試料台13には、平坦な表面を有する測定対象物とこの測定対象物の上記表面内に付着されたマトリックスとからなる試料90が載置されるようになっている。図2に示すように、この試料台13は、IR光源11からの赤外レーザ光を試料90のうちの所望の部位に照射できるように、システム制御部20からの制御信号によって制御される移動機構40によって、水平面内で互いに垂直なX方向およびY方向に移動可能になっている。
【0028】
図1に示すように、ビーム集光ユニット30は、IR光源11からの赤外レーザ光を試料台13上の試料90へ導いて照射させる。
【0029】
イオン検出器17は、真空容器12内で試料台13に対向する位置、この例では真空容器12内の上部に設けられている。試料台13側の電極15とイオン検出器17側の電極16との間には、システム制御部20からの制御信号によって制御される図示しない高圧電源によって、試料90が発生したイオンをイオン検出器17へ向けて加速するための電圧(この例では20kV)が印加される。
【0030】
質量分析部14は、試料台13とイオン検出器17との間に設けられた静電的な電磁レンズや多極型の高周波イオンガイドを含んでいる。この質量分析部14は、IR光源11からの赤外レーザ光を受けて試料90が発生した複数のイオンを、それらのイオンの質量電荷比m/zに応じて分離してイオン検出器17へ導く。
【0031】
データ解析装置50は、イオン検出器17の出力をデータ解析して、データ解析結果を例えばLCD(液晶表示素子)のような画像表示装置51に表示させる。
【0032】
図4は、IR光源11からビーム集光ユニット30までの光学系の一つの構成例を模式的に示している。IR光源11から出射した平行光線である赤外レーザ光は、軸外し放物面鏡35によって集光されて光ファイバ(この例では中空ファイバ)36の一端に入射する。それから、その赤外レーザ光は、光ファイバ36を通して伝送され、光ファイバ36の他端を通してビーム集光ユニット30の筐体31内に入る。
【0033】
ビーム集光ユニット30の筐体31には、光ファイバ36の上記他端が接続された側から順に、コリメートレンズ32、集光レンズ33、ヘリコイドからなる位置調整機構34が設けられている。ビーム集光ユニット30の筐体31内に入った赤外レーザ光は、放射状に広がり、コリメートレンズ32によって平行光線に変換され、集光レンズ33によって試料90の表面へ向けて集光される。そして、その赤外レーザ光は、真空容器12の壁面に設けられたZnSeからなる窓12wを通して、試料90の表面へ照射される。照射される赤外レーザ光のスポット径は、数百μm程度(最小120μm)になっている。ここで窓材はZnSeの他、CaFやBaF等の中赤外光を透過させる窓材であってもよい。なお、AP−MALDIにおいては、必ずしも窓を構成しなくてもよい。
【0034】
真空容器12内には、観察用カメラ18が設けられている。この観察用カメラ18によって、赤外レーザ光を照射中に試料90の表面を観察することができる。
【0035】
IR光源11が発生する赤外レーザ光の波長が可変して設定されたとき、試料90上で赤外レーザ光の焦点がずれる傾向がある。このような焦点のずれは、この例では真空容器12内に設けられた観察用カメラ18によって試料90の表面を観察しながら、位置調整機構34によって焦点調整することで解消できる。
【0036】
図5は、IR光源11からビーム集光ユニット30までの光学系の別の構成例を模式的に示している。なお、図5において、図4における構成要素と同一の構成要素には同一の符号を付して、重複した説明を省略する。
【0037】
この図5の構成例では、IR光源11から出射した平行光線である赤外レーザ光は、平面ミラー37,38によって反射されてビーム集光ユニット30′の筐体31内に入る。
【0038】
ビーム集光ユニット30′の筐体31には、集光レンズ33、ヘリコイドからなる位置調整機構34が設けられている。ビーム集光ユニット30′の筐体31内に入った赤外レーザ光は、集光レンズ33によって試料90の表面へ向けて集光される。そして、その赤外レーザ光は、真空容器12の壁面に設けられたZnSeからなる窓12wを通して、試料90の表面へ照射される。
【0039】
この図5の構成例では、図4の構成例に比して、ビーム集光ユニット30′内の部品数を低減できるという利点がある。なお、ビーム集光ユニット30′の筐体31内に入った赤外レーザ光を試料90の表面へ向けて集光するために、ビーム集光ユニット30′内の集光レンズ33に代えて、軸外し放物面鏡を設けても良い。
【0040】
図3は、図1中に示したデータ解析装置50のブロック構成を示している。このデータ解析装置50は、データを記憶可能なデータ記憶部としてのメモリ52と、データ取得部53と、濃度マップ作成部54と、画像作成部55と、例えばLCD(液晶表示素子)のような画像表示装置51(図1中にも示したもの)とを備えている。
【0041】
メモリ52は、データ取得部53や濃度マップ作成部54が取り扱う計算過程のデータや、計算の結果として得られたデータ、つまり質量スペクトルを表すデータを格納することができる。
【0042】
データ取得部53は、イオン検出器17の出力に基づいて演算を行って、試料90の質量スペクトルを得る。この質量スペクトルは、例えば後述の図8、図9、図10に示すようなものである。
【0043】
濃度マップ作成部54は、データ取得部53が得た質量スペクトルに基づいて、試料90に含まれた測定対象物に含まれる特定分子の質量を表すピークの強度に応じた濃度マップを作成する。作成される濃度マップは、例えば、図1(B),図1(C)に示すように、平坦な表面を有する測定対象物90(または90′)の表面内における上記特定の基の濃度の分布を表す。
【0044】
図3中に示す画像作成部55は、濃度マップ作成部54が作成した濃度マップを画像表示装置51に表示するための2次元画像データを作成する。これにより、濃度マップを表す2次元画像が、画像表示装置51の表示画面に表示される。
【0045】
上述のデータ解析装置50におけるデータ取得部53と、濃度マップ作成部54と、画像作成部55は、ソフトウエア(コンピュータプログラム)によって構成されている。
【0046】
次に、上記二次元イメージング装置10によって、測定対象物の濃度分布を表す二次元画像を作成する方法について、具体例を挙げて説明する。
【0047】
この例では、測定対象物は、ガングリシドを含んだ生体組織の切片(これを「試料切片」と呼ぶ。)とする。ガングリシドは、糖鎖上に1つ以上のシアル酸(N−アセチルノイラミン酸:略称NANA、Neu5Ac)を結合しているスフィンゴ糖脂質の一種である。このガングリシドとしては、現在GD1a,GT1b,GQ1bなど、40種類以上が発見されている。それらの種類毎に、それぞれN−アセチルノイラミン酸の数と位置が異なっている。以下の例では、特定分子としてのガングリシドGD1a,GT1b,GQ1bの濃度マップを表す二次元画像を作成するものとする。
【0048】
二次元画像の作成は次のようなフローで行う。
【0049】
ステップS1; ガングリシドを含んだ生体組織をスライスして、生体組織の試料切片を作製する。
【0050】
ここで、試料切片は、生体組織のうちガングリシドの濃度分布が観測されるべき面に沿ってスライスして作製する。
【0051】
ステップS2; 試料切片を矩形板状のサンプルプレート19(図2中に示す。)に載せる。
【0052】
ステップS3; サンプルプレート19上の試料切片にマトリックスを噴霧する。これを試料90とする。
【0053】
このマトリックスとしては、公知の例えばシナピン酸を用いる。また、噴霧作業は、工作用エアブラシやガラススプレイヤーなどを用いて行う。
【0054】
ここで、噴霧時間を比較的短くして、例えば図6(A)に模式的に示すように、試料90の表面内で殆どのマトリックス92,92,…が互いに孤立した態様になるようにする。試料90の表面内で隣り合うマトリックス92同士が互いに離間していれば、隣り合うマトリックス92同士の間で試料90(特に、生体組織)の成分が移動しないので、望ましい。
【0055】
なお、照射される赤外レーザ光のスポット径が数百μmであることを考慮すると、赤外レーザ光が照射されるべきマトリックス92の直径は1.0mm以上とするのが望ましい。一方、作成される二次元画像の解像度の観点からは、マトリックス92の直径は、例えば2.0mm以下というように小さい方が望ましい。よって、マトリックス92の直径は、1.0mm以上2.0mm以下、典型的には1.5mmであるのが望ましい。また、マトリックス92同士の間隔は、マトリックス92同士の融合を介して試料(測定対象物)の成分が移動するのを防ぐ観点から、200μm以上であるのが望ましい。一方、作成される二次元画像の解像度の観点からは、マトリックス92同士の間隔は、例えば500μm以下というように小さい方が望ましい。よって、マトリックス92同士の間隔は、200μm以上500μm以下、典型的には300μmであるのが望ましい。
【0056】
ステップS4; サンプルプレート19上の試料90を乾燥する。
【0057】
ステップS5; 真空容器12内の試料台13上に、試料90が載ったサンプルプレート19を取り付ける。
【0058】
ステップS6; 検査装置10を動作させて、IR光源11からの赤外レーザ光(この例では波長6μm、スポット径が数百μm、時間10nsec(ナノ秒)のパルスレーザ)を試料90に照射する。
【0059】
具体的には、光学系30に対して試料台13を、移動機構40によって試料90の表面に沿った水平方向に移動させて位置決めして、赤外レーザ光を試料90の表面内でマトリックス92が付着された部位92−1,92−2,92−3,…(図11参照)に照射させる。これにより、試料90の表面内でマトリックス92が付着された複数の部位92−1,92−2,92−3,…について、部位毎に試料90をマトリックス92の助けによって順次イオン化する。なお、図11では3つの部位92−1,92−2,92−3についてのみ示しているが、実際には試料90の表面内で多数の部位に対して赤外レーザ光を照射させ、順次イオン化する。そして、試料90の複数の部位92−1,92−2,92−3,…が順次発生したイオンを、試料台13とイオン検出器17との間の電圧によって加速するとともに、質量分析部14によってイオンの質量電荷比に応じて分離してイオン検出器17に到達させて検出する。
【0060】
ステップS7; データ解析装置50のデータ取得部53によって、試料90の複数の部位について部位毎に質量スペクトルを得る。得られた部位毎の質量スペクトルを、試料90の表面内の各部位の座標位置と対応づけて、メモリ52に記憶させる。
【0061】
ここで、得られる質量スペクトルは、例えば図8、図9、図10に示すようなものである。これらの図では、横軸は質量電荷比m/zを表す。縦軸はイオンの相対強度を表し、最大ピークが100%になるように規格化されている。
【0062】
図8は、試料90の表面内の座標位置(25,5)で表される部位92−1の質量スペクトルを示している。図9は、試料90の表面内の座標位置(35,5)で表される部位92−2の質量スペクトルを示している。また、図10は、試料90の表面内の座標位置(25,10)で表される部位92−3の質量スペクトルを示している。
【0063】
図8の座標位置(25,5)で表される部位では、ガングリシドGD1a由来のイオンの質量を表すピーク(例えばm/z=1863.6533のピーク)のみが現れている(なお、規格化前の強度(カウント数)は右軸上部に記載された1094.0である。)。図9の座標位置(35,5)で表される部位では、ガングリシドGD1a由来のイオンの質量を表すピークに加えて、ガングリシドGT1b由来のイオンの質量を表すピークと、ガングリシドGQ1b由来のイオンの質量を表すピークとが現れている。図10の座標位置(25,10)で表される部位では、図9におけるのと同様に、ガングリシドGD1a由来のイオンの質量を表すピークに加えて、ガングリシドGT1b由来のイオンの質量を表すピークと、ガングリシドGQ1b由来のイオンの質量を表すピークとが現れている。
【0064】
ステップS8; データ解析装置50の濃度マップ作成部54によって、試料90の部位毎の質量スペクトルに基づいて、測定対象物に含まれる特定分子(この例では、ガングリシドGD1a,GT1b,GQ1b)の質量を表すピークの強度に応じた濃度マップを作成する。
【0065】
上述の図8、図9、図10の例では、図11に示すような濃度マップが得られる。図11では、最も内部の領域Aは、実質的にガングリシドGD1aのみが観測され、ガングリシドGT1b,GQ1b由来のピークの相対強度が弱い(例えば20%未満)領域を示している。領域Aの外周を取り巻く領域Bは、ガングリシドGD1a由来のピークに加えて、ガングリシドGT1b,GQ1b由来のピークが中間強度(例えば20%以上80%未満)で観測される領域を示している。領域Bの外周を取り巻く領域Cは、ガングリシドGD1a由来のピークに加えて、ガングリシドGT1b,GQ1b由来のピークが高い強度(例えば80%以上)で観測される領域を示している。
【0066】
上記濃度マップでは、これらの領域A,B,Cについて、それぞれ表示画面上での色、濃度が指定される。公知の手法により、表示画面上での色は物質の種類毎に指定され、また、表示画面上での濃度は、質量スペクトルにおけるピークの相対強度が強くなるのに応じて高濃度になるように指定される。
【0067】
例えば、図11の例では、ガングリシドGT1b,GQ1bを併せて、領域A,B,Cによって濃度の変化を表しているが、ガングリシドGT1bとガングリシドGQ1bとにそれぞれ別の色を指定し、それぞれ単独で濃度の変化を表示しても良い。
【0068】
ステップS9; データ解析装置50の画像作成部55は、濃度マップ作成部54が作成した濃度マップを画像表示装置51に表示するための2次元画像データを作成する。これにより、濃度マップを表す2次元画像が、画像表示装置51の表示画面に表示される。
【0069】
このイメージング方法によれば、赤外レーザ光(特に中赤外光が望ましい。)を試料90に照射するので、弱い化学結合を分子内にもつ分子を壊すことなく、副次生成物の生成を抑えて、試料90をイオン化できる。したがって、窒素レーザのような紫外光を用いる場合に比して、質量分析の分解能やS/N比(信号対ノイズ比)を高めることができる。この結果、正確な二次元画像を得ることができる。
【0070】
上の例では、試料切片にマトリックスを噴霧したが(ステップS3)、試料切片にマトリックスを付着させる方法はこれに限られるものではない。
【0071】
例えば図7に示すように、キャピラリチューブ99を用いて、試料切片の表面にマトリックスを滴下しても良い。図7の例では、試料台13′が移動機構40′によって、水平面内で互いに垂直なX方向およびY方向に移動可能になっている。この試料台13′上に試料切片を載せたサンプルプレート19を置き、試料切片を試料台13′とともに移動機構40′によってX方向、Y方向に一定ピッチで移動させながら、試料切片の表面の複数の部位にマトリックス92を順次滴下してゆく。各部位に滴下されるマトリックス92の量は、キャピラリチューブ99を通して押し出される圧力、時間を調節して一定量とする。これにより、図6(B)に示すように、略一定の直径d3のマトリックス92が縦横等間隔c1,c2(c1=c2)で離間して行列状に配置された態様の試料90が確実に得られる。
【0072】
なお、マトリックスを滴下する場合、マトリックス92の直径は、1.0mm以上2.0mm以下、典型的には1.5mmに設定する。また、マトリックス92同士の間隔は、200μm以上500μm以下、典型的には300μmに設定する。
【0073】
このようにしてマトリックス92を滴下して得られた試料90によれば、赤外レーザ光を試料90に照射するとき(ステップS6)、試料90を試料台13とともに移動機構40によってX方向、Y方向に上記滴下のピッチと同じ一定ピッチで移動させれば、確実に目的の部位を照射できる。
【0074】
図3中のデータ解析装置50におけるメモリ52を、測定対象物のための比較の基準となる基準物について、測定対象物のための測定条件と同じ測定条件で得られた質量スペクトルを記憶する比較基準記憶部として用いることができる。
【0075】
すなわち、測定対象物の判定を行うのに先立って、メモリ52に、測定対象物のための比較の基準となる基準物について、測定対象物のための測定条件と同じ測定条件で得られた質量スペクトルを記憶させておく。そして、濃度マップ作成部54は、測定対象物の質量スペクトルと基準物の質量スペクトルとを比較して、濃度マップを作成する。このようにした場合、さらに正確な二次元画像が得られる。
【0076】
なお、上述の実施形態では、図4,図5に示したように、光源11からビーム集光ユニット30,30′までの光学系は、真空容器12外に設けられている。しかしながら、これに限られるものではない。光源11からビーム集光ユニット30までの光学系は、真空容器12内に設けても良い。一方、観測用カメラ18は、真空容器12外に配置されて、窓を通して試料90の表面を観測するようになっていても良い。
【0077】
また、試料90に照射される赤外レーザ光に対して、移動機構40によって試料90を試料台13とともに移動させたが、これに限られるものではない。逆に、試料台13に対して光学系30を平行移動させても良い。または、光学系30が赤外レーザ光の出射方向(角度)を変えて、試料90(試料台13)の表面内の照射位置を変えるようにしても良い。
【0078】
この実施形態では、測定対象物はガングリシドを含んだ生体組織であるものとした。当然ながら、これに限られるものではなく、この発明の二次元イメージング装置および方法は、ガングリシド以外の要素を含む生体組織や薬剤にも広く適用することができる。
【符号の説明】
【0079】
10 二次元イメージング装置
11 IR光源
12 真空容器
13,13′ 試料台
30,30′ ビーム集光ユニット
40,40′ 移動機構
50 データ解析装置
51 画像表示装置
90 試料
99 キャピラリチューブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外レーザ光を発生するレーザ光源と、
測定対象物と、少なくとも当該測定対象物の表面に付着されたマトリックスとを含む試料が載置される試料台と、
上記レーザ光源からの上記赤外レーザ光を上記試料台上の上記試料へ導く光学系と、
上記赤外レーザ光を上記マトリックスが付着された上記試料の部位に照射させるため、上記光学系と上記試料台とを相対的に移動させる移動機構と、
上記赤外レーザ光を受けて上記試料が発生したイオンを、上記イオンの質量電荷比に応じて分離する質量分析部と、
上記質量分析部により分離されたイオンを検出するイオン検出器と、
上記イオン検出器の出力に基づいて、上記試料の上記表面内で上記マトリックスが付着された複数の部位について上記部位毎に質量スペクトルを得るデータ取得部と、
上記試料の上記部位毎の質量スペクトルを上記試料の表面内の各部位の座標位置と対応づけて記憶するデータ記憶部と、
上記試料の上記部位毎の質量スペクトルに基づいて、上記測定対象物に含まれる特定分子の質量を表すピークの強度に応じた濃度マップを作成する濃度マップ作成部とを備えたことを特徴とする二次元イメージング装置。
【請求項2】
請求項1に記載の二次元イメージング装置において、
上記測定対象物のための比較の基準となる基準物について、上記測定対象物のための測定条件と同じ測定条件で得られた質量スペクトルを記憶する比較基準記憶部を備え、
上記濃度マップ作成部は、上記測定対象物の質量スペクトルと上記基準物の質量スペクトルとを比較して、上記濃度マップを作成することを特徴とする二次元イメージング装置。
【請求項3】
試料台上に、測定対象物と、少なくとも当該測定対象物の表面に付着されたマトリックスとを含む試料を載置し、
レーザ光源からの赤外レーザ光を光学系によって上記試料へ導くとともに、上記赤外レーザ光を上記マトリックスが付着された上記試料の部位に照射させるため、移動機構によって上記光学系と上記試料台とを相対的に移動させて、上記試料の上記マトリックスが付着された複数の部位について、上記部位毎に上記測定対象物を上記マトリックスの助けによって順次イオン化し、
上記試料の上記複数の部位が順次発生したイオンを、質量分析部によって上記イオンの質量電荷比に応じて分離してイオン検出器に到達させて検出し、
データ取得部によって、上記イオン検出器の出力に基づいて、上記試料の上記複数の部位について上記部位毎に質量スペクトルを得、
データ記憶部に、上記試料の上記部位毎の質量スペクトルを上記試料の表面内の各部位の座標位置と対応づけて記憶させ、
上記試料の上記部位毎の質量スペクトルに基づいて、上記測定対象物に含まれる特定分子の質量を表すピークの強度に応じた濃度マップを作成することを特徴とする二次元イメージング方法。
【請求項4】
請求項3に記載の二次元イメージング方法において、
上記試料を、上記測定対象物の上記表面に上記マトリックスを噴霧して作製することを特徴とする二次元イメージング方法。
【請求項5】
請求項3に記載の二次元イメージング方法において、
上記試料を、上記測定対象物の上記表面に上記マトリックスを所定ピッチで滴下して作製することを特徴とする二次元イメージング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−3898(P2012−3898A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−136413(P2010−136413)
【出願日】平成22年6月15日(2010.6.15)
【出願人】(000000974)川崎重工業株式会社 (1,710)
【Fターム(参考)】