説明

二酸化チタン光触媒の製造方法

【課題】母材と一体化した酸化層を乾式処理によって形成し得る二酸化チタン光触媒の製造方法を提供する。
【解決手段】チタンまたはチタン合金からなる基材表面に、レーザを加工閾値近傍の照射強度で照射し、照射領域をオーバーラップさせながら基材表面に対して相対移動させることにより、基材表面に粗面構造を形成した後、酸化性雰囲気中で熱処理を施すことにより、ルチル型二酸化チタンを含有する酸化層を形成することを特徴とする二酸化チタン光触媒の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二酸化チタン光触媒の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二酸化チタンは、光触媒として高い活性を有する。光触媒層を基材表面に形成する手段として、スプレー法やディップコート法等の塗布方式があるが、これらは剥離を生じやすいという問題がある。そこで、母材と一体化した酸化層を得る手段として、種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、チタン含有基材を大気の酸化性雰囲気下で500℃以上に加熱して酸化層を結晶化することにより、光触媒性を付与する方法が提案されている(特許文献1)。しかし、この方法は、加熱酸化のみで酸化層を形成するので、低度の光触媒性しか得られない。
【0004】
他の手段として、陽極酸化によって基材表面に二酸化チタンを形成した後、熱処理を施すことにより、高活性な光触媒層を得る方法が提案されている(特許文献2、3)。しかしながら、この方法で用いる陽極酸化法は、電解液を用いた湿式処理である。したがって、その処理工程は、例えば、酸化層形成前の基材の脱脂洗浄、酸洗い、水洗、並びに、酸化層形成後の電解液成分の除去洗浄等、多くの手間を要する上、洗浄液の排液処理の問題も生じる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3141802号公報
【特許文献2】特開平8−246192号公報
【特許文献3】国際公開WO2009/157266
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、これら従来技術の問題を解決し、母材と一体化した酸化層を乾式処理によって形成し得る二酸化チタン光触媒の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、前記目的を達成するため、チタンまたはチタン合金からなる基材表面に、レーザを加工閾値近傍の照射強度で照射し、照射領域をオーバーラップさせながら基材表面に対して相対移動させることにより、基材表面に粗面構造を形成した後、酸化性雰囲気中で熱処理を施すことにより、ルチル型二酸化チタンを含有する酸化層を形成することを特徴とする二酸化チタン光触媒の製造方法を提供するものである。
【0008】
本発明に係る二酸化チタン光触媒の製造方法においては、チタンまたはチタン合金からなる基材表面に、レーザを加工閾値近傍の照射強度で照射し、照射領域をオーバーラップさせながら基材表面に対して相対移動させることにより、基材表面に粗面構造を形成する。そして、粗面構造形成後に、酸化性雰囲気中で熱処理を施すことにより、ルチル型二酸化チタンを含有する酸化層を形成する。この熱処理により、粗面構造の微細凹凸はさらに分断されて、より微細な凹凸を形成する。配向性の高い微細凹凸の場合は、分断後も元の直線に沿った幾何学的異方性が得られる。
【0009】
このようにして、極めて微細な凹凸を伴った粗面構造が形成されることにより、ルチル型二酸化チタンは、高い光触媒性を示すこととなる。したがって、レーザ照射と熱処理という乾式処理によって基材表面に母材と一体化した二酸化チタン層を形成することができる。
【0010】
特に、レーザとして、フェムト秒レーザを用いれば、周辺領域への熱影響の少ない高精度な加工が可能となり、入射光と基板表面に沿った散乱光またはプラズマ波の干渉により、周期構造が形成される。
【発明の効果】
【0011】
上記の通り、本発明によれば、母材と一体化した酸化層を乾式処理によって形成し得る二酸化チタン光触媒の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施例において得られた周期構造試験片(未熱処理)の電子顕微鏡写真である。
【図2】本発明の実施例における水の接触角の測定結果を示すグラフであり、(a) はバフ研磨試験片、(b) は周期構造試験片のものを示す。
【図3】試験片における紫外線照射時の接触角変化を示すグラフである。
【図4】水滴を滴下した試験片の写真である。
【図5】試験片のX線回折強度を示すグラフである。
【図6】本発明の実施例において得られた周期構造試験片(熱処理後)の電子顕微鏡写真である。
【図7】熱処理後の試験片の分光反射率を示すグラフであり、(a) は周期構造試験片、(b) はバフ研磨試験片のものである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明に係る二酸化チタン光触媒の製造方法においては、チタンまたはチタン合金からなる基材表面に、レーザを加工閾値近傍の照射強度で照射し、照射領域をオーバーラップさせながら基材表面に対して相対移動させることにより、基材表面に粗面構造を形成する。
【0014】
チタン合金としては、例えば、チタン基合金が挙げられ、5族元素(5A族元素)、6族元素(6A族元素)、7族元素(7A族元素)、鉄族元素、白金族元素、11族元素(1B族元素)、14族元素(4B族元素)、3族元素(3A族元素、ランタノイド、アクチノイド、ミッシュメタルを包含する)よりなる群から選択される元素の少なくとも1種を含有するもの、チタンとの金属間化合物を形成する元素の少なくとも1種を含有するもの、α相とβ相の混合組織からなるチタン基合金などを挙げることができる。
【0015】
照射するレーザは、パルス状とされ、加工閾値近傍の照射強度で照射することにより、ショット毎に周期性をもった微細凹凸が形成され、照射領域をオーバーラップさせながら基材表面に対して相対移動させることにより、基材表面が粗面化される。この粗面構造は、直線偏光のレーザを用いた場合は、グレーティング状の凹凸による配向性の高い周期構造として形成される。一方、円偏光のレーザを用いた場合は、照射パルス毎に形成される突起状の周期構造が、照射位置の移動に伴い異方性のないランダムな微細凹凸として形成される。また、楕円偏光のフェムト秒レーザの場合は、楕円の扁平率が高いほど、異方性の高い微細凹凸が形成される。
【0016】
なお、加工閾値近傍の照射強度とは、材料表面に形状や組織の変化を生じさせ得る限界的なエネルギ密度に近いエネルギ密度(フルエンス)を意味する。また、レーザが直線偏光、円偏光、楕円偏光であるというのは、主な偏光成分がこれらの偏光であることを意味しており、副次的に他の偏光成分を含むものであってもよい。
【0017】
特に、レーザとして、フェムト秒レーザを用いれば、周辺領域への熱影響の少ない高精度な加工が可能となる。フェムト秒レーザの照射が行なわれると、材料表面にある欠陥、異物、結晶格子の不連続部位等が起点となって表面散乱光又はプラズマ波が発生し、これと入射光との干渉による周期的エネルギ強度分布に基づいて材料表面に周期構造が形成される。この不連続部位等は、レーザ照射前から材料表面に存在するものであっても、レーザ照射によって材料表面に発生したものでもよい。周期構造には、このようにして形成される初期的な周期構造も、それを元にして引き続いて形成される周期構造をも含む。
【0018】
基材表面に粗面構造を形成した後、酸化性雰囲気中で熱処理を施す。酸化性雰囲気は、例えば大気下または同様の雰囲気とすることができる。この熱処理により、基材表面の粗面構造に結晶性の高い酸化層が形成されると共に、凹凸がより微細化して表面積が増大する。こうして、ルチル型二酸化チタンを含有する酸化層が基材表面に形成される。なお、これと共にアナターゼ型二酸化チタンも基材表面に形成されることがあるが、その含有率は低く、本発明において光触媒性を示すのは主としてルチル型二酸化チタンである。また、得られた酸化層は、微細凹凸が反射率を低減させるので、照射する紫外線を有効利用して光触媒性等の特性を効率的に発揮するという効果も得られる。
【0019】
上記熱処理の温度は、500℃以上、600℃未満で行なうのが望ましい。熱処理温度を500℃以上とすることにより、二酸化チタンの結晶化を促進することができる。一方、熱処理温度を600℃以上とすると、酸化層の凹凸構造が平滑化される傾向を示す。したがって、熱処理温度を500℃以上、600℃未満の範囲とすることにより、酸化層は、粗面構造の表面を増大するように成長し、光触媒性を高めることができる。
【0020】
形成する酸化層の厚さは、50〜200nmとするのが望ましい。酸化層の厚さを50nm以上とすることにより、光反射率のピークを長波長側にシフトさせ、紫外線の反射率を低減することができ、光触媒性を一段と高めることができる。一方、酸化層の厚さが200nmを越えると、凹凸構造が不明瞭となり十分な反射率低減効果が得られない。
【0021】
直線偏光レーザを用いることにより、粗面構造を微細溝構造とし、酸化層に異方性を付与する場合は、微細溝構造の溝間隔を100nm〜10μmとするのが望ましい。微細溝構造の溝間隔を10μm以下とすることにより、粗面構造による表面積増加と光反射率低減の効果を高めることができる。特に、溝間隔を1μm以下とすれば、照射する紫外線の波長と同程度となり、光反射率の低減効果が顕著に高められ、光触媒性が一段と高くなる。一方、溝間隔が、100nm未満の場合は、熱処理により溝構造が酸化層で埋没する傾向を示し十分な異方性が得られない。
【0022】
[実施例]
以下に本発明の実施例を説明する。この実施例は、フェムト秒レーザを用いた周期構造形成と熱処理により、幾何学的異方性と超親水性を併せもつチタン表面の創製を目的としたものである。
【0023】
1.背景
生体材料表面の表面形状および化学的性状が細胞反応に影響を及ぼすことが知られている。表面形状としてナノメートルオーダーの溝構造を付与した場合、骨芽細胞を溝方向に配向させることができる。また、化学的性状として超親水性を付与した場合、骨芽細胞の増殖が促進される。一方、骨は配向により高い力学機能を発揮しており、骨再生において骨密度の回復とともに、骨配向化の重要性が指摘されている。そのため、構造異方性に配慮したインプラント材の開発が期待されている。
【0024】
加工しきい値近傍のエネルギー密度でフェムト秒レーザを照射すると、入射光と基板の表面に沿った散乱光またはプラズマ波の干渉により、グレーティング状の周期構造が自己組織的に形成される。そして、フェムト秒レーザをオーバーラップさせながら走査させることで、配向性の高い周期構造を広範囲に拡張することが可能である。周期構造の間隔は例えば、約700nm、深さは約200nmとすることができる。このようにして周期構造は、例えば5000〜10000本/秒という速い加工速度で形成することができる。
【0025】
2. 実験方法
2-1. 試験片
試験片には純チタン(1mm×25mm×25mm,純度99.5%)を用いた。試験片の表面仕上げは (i) バフ研磨(Ra 0.03μm)[比較例]、(ii) 周期構造(バフ研磨面に周期構造形成)[本発明の実施例]の2種類とした。2種類の試験片に対し、エタノールで10分間超音波洗浄後、電気炉を用いて酸化膜形成および結晶化を目的とした熱処理を行った。熱処理方法は、昇温(10℃/min)−設定温度保持(30min)−炉冷とした。
【0026】
図1に周期構造試験片(未熱処理)の電子顕微鏡像を示す。この試験片は、チタン表面に、直線偏光のフェムト秒レーザを加工閾値近傍の照射強度でパルス照射し、照射領域をオーバーラップさせながら表面に対して相対移動させることにより、表面に微細溝からなる粗面構造を形成したものである。
【0027】
2-2. 接触角測定
熱処理後、7日間大気暴露させた試験片に対し、紫外線(中心波長360nm,蛍光灯型4W,作動距離25mm)を所定の時間(5, 10, 15, 20, 30分)照射後、純水を1μl(マイクロリットル)滴下し、θ/2法で接触角の測定をした。比較のため、未熱処理試験片に対してエタノールで10分間超音波洗浄後、7日間大気暴露させ、同様の手順で接触角の測定をした。
【0028】
3.実験結果
水の接触角の測定結果を図2に示す。バフ研磨試験片[図2(a)]は全ての熱処理条件で紫外線照射(10分)による親水化は認められなかった。周期構造試験片[図2(b)]は熱処理温度500℃〜575℃の条件で紫外線照射による超親水化が認められた。なかでも熱処理温度575℃の試験片は紫外線未照射時の接触角が16°と小さく、紫外線照射後も最も低接触角を示した。しかし、未熱処理および熱処理温度600℃では親水化は認められなかった。また、図示していないが、熱処理温度450℃では若干の親水化しか認められなかった。
【0029】
熱処理温度525℃の試験片における紫外線照射時の接触角変化を図3に示す。周期構造試験片では紫外線照射時間5分で接触角8.6°30分で3.3°となった。最も低接触角を示した熱処理温度575℃の周期構造試験片では紫外線照射時間30分で接触角1.6°となった。30分間紫外線照射した試験片上の水滴写真を図4に示す。
【0030】
4.実験結果の評価
周期構造形成と適切な熱処理(500℃〜575℃)の組み合わせで親水化が起こる原因として、(i) 結晶性の向上、(ii) 表面積の増大、(iii) 紫外線反射率の低減が挙げられる。図5にX線回折の結果を示す。熱処理によりルチル型二酸化チタンのピークが認められる。また、熱処理をした周期構造試験片では、わずかなアナターゼ型二酸化チタンのピークも現れる。親水化には結晶化が重要な要因であり、熱処理は必須であるが、周期構造有無による決定的な結晶性の違いは認められない。
【0031】
図6に熱処理後の周期構造試験片の電子顕微鏡像を示す。熱処理温度575℃の試験片は未熱処理時(図1参照)より表面積が増大する形で酸化膜成長していることがわかる。表面積の増加が親水化に大きな影響を与えるため、熱処理と周期構造形成の組み合わせが親水化に有効であったと考えられる。一方、熱処理温度により酸化膜の成長形態に違いがあり、熱処理温度600℃の試験片は滑らかな凹凸になっていた。そのため、親水化しなかったものと考えられる。
【0032】
図7に、熱処理後の周期構造試験片[図7(a)]、バフ研磨試験片[図7(b)]の分光反射率を示す。周期構造試験片は、図7のグラフの縦軸スケールからも分かるように、反射率が顕著に低くなっている。また、周期構造試験片は、熱処理温度が高くなると酸化膜厚さが増加するため、反射率のピークが長波長側にシフトする。熱処理温度575℃の周期構造試験片は紫外線(320nm〜410nm)反射率が低いため光触媒活性が向上し、最も親水化したものと考えられる。
【0033】
5.他の実施形態について
上記実施例では、幾何学的異方性と親水性を併せもつルチル型二酸化チタンについて説明したが、本発明はこれに限らず、以下に説明する種々の形態を含むものである。
【0034】
照射するレーザは、直線偏光レーザに代えて、円偏光レーザまたは楕円偏光レーザとしてもよい。基材表面に形成される二酸化チタン層の異方性は、円偏光レーザを用いた場合には表れず、楕円偏光レーザを用いた場合は低いものとなる。すなわち、円偏光レーザを加工閾値近傍の照射強度でパルス照射し、照射領域をオーバーラップさせながら基材表面に対して相対移動させることにより、基材表面に粗面構造を形成した場合は、照射パルス毎に形成される突起状の周期構造が、照射位置の移動に伴い異方性のないランダムな凹凸の粗面構造として形成される。そして、これに熱処理が加えられることにより凹凸がより微細化し、異方性のない微細凹凸を表面に備えた酸化層が形成される。
【0035】
楕円偏光レーザを用いる場合は、照射領域をオーバーラップさせながら、基材表面に対して相対移動させることにより、基材表面に粗面構造を形成する。こうして形成される粗面構造は、直線偏光レーザと円偏光レーザとの中間的な異方性を有したものとなり、楕円の扁平度が高いほど高い異方性が得られる。その後の熱処理による凹凸の微細化により異方性は低下するが、異方性をもった酸化層が形成される。
【0036】
上記実施例では、二酸化チタンが示す特有の性質を超親水性として評価し、生体材料への適用について述べたが、本発明は、超親水性を利用して防曇や防汚の用途にも適用することができる。この他、本発明は、二酸化チタンの高い光触媒性を利用した種々の用途に適用することができる。例えば、紫外線照射時に生じる強力な酸化力を利用して、種々の有機化合物を分解することができる。これに基づき、脱臭、殺菌、防カビ等への適用において高い効果を得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタンまたはチタン合金からなる基材表面に、レーザを加工閾値近傍の照射強度で照射し、照射領域をオーバーラップさせながら基材表面に対して相対移動させることにより、基材表面に粗面構造を形成した後、酸化性雰囲気中で熱処理を施すことにより、ルチル型二酸化チタンを含有する酸化層を形成することを特徴とする二酸化チタン光触媒の製造方法。
【請求項2】
前記レーザがフェムト秒レーザであることを特徴とする請求項1に記載の二酸化チタン光触媒の製造方法。
【請求項3】
前記熱処理を500以上、600℃未満で行なうことを特徴とする請求項1または2に記載の二酸化チタン光触媒の製造方法。
【請求項4】
前記酸化層の厚さが50〜200nmであることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の二酸化チタン光触媒の製造方法。
【請求項5】
直線偏光成分を含むレーザを用いることにより、前記粗面構造を微細溝構造とし、前記酸化層に異方性を付与することを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の二酸化チタン光触媒の製造方法。
【請求項6】
前記微細溝構造の溝間隔が100nm〜10μmであることを特徴とする請求項5に記載の二酸化チタン光触媒の製造方法。

【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図7】
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【図1】
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【図4】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−40483(P2012−40483A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−182433(P2010−182433)
【出願日】平成22年8月17日(2010.8.17)
【出願人】(000110859)キヤノンマシナリー株式会社 (179)
【Fターム(参考)】